ステント形状最適化シミュレータ
【課題】血管内にステントを留置する際のステントの形状を最適化させること。
【解決手段】血管内にステントが留置されているときの血小板血栓形成過程の数学モデルを開発し、先ず、予め記憶されたステントの特性に関する情報を参照して、予め記憶された計算式から、血小板の活性化グレードに対応した接着力を計算する計算式を選択する。次に、それぞれの活性化グレードの血小板に対応する前記計算式に基づいて、前記血小板の接着力を計算する。最後に、計算された前記各血小板の接着力から、ステント周辺への血小板の集積状況を出力するの手順でシミュレーションを行う。
【解決手段】血管内にステントが留置されているときの血小板血栓形成過程の数学モデルを開発し、先ず、予め記憶されたステントの特性に関する情報を参照して、予め記憶された計算式から、血小板の活性化グレードに対応した接着力を計算する計算式を選択する。次に、それぞれの活性化グレードの血小板に対応する前記計算式に基づいて、前記血小板の接着力を計算する。最後に、計算された前記各血小板の接着力から、ステント周辺への血小板の集積状況を出力するの手順でシミュレーションを行う。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、コンピュター上に作成した仮想血小板を、仮想的血管に植え込んだ仮想ステントに灌流し、ステント周囲の血小板集積を計測することにより、ステント形状を非血栓性に最適化するためのシミュレータ、及び当該最適化をシミュレーションするためのコンピュータプログラムに関するものである。
【背景技術】
【0002】
ステントは、血管が狭窄又は閉塞することによって生じる様々な疾患を治療するために、血管の狭窄又は閉塞部位を拡張し、血管の拡張状態を維持するために血管内に留置する医療用具である。ステントには、1本の線状の金属又は高分子材料からなるコイル状のもの、金属チューブをレーザーによって切り抜いて加工したもの、線状の部材をレーザーによって溶接して組み立てたもの、複数の線状金属を織って作ったもの、ステント周囲に細胞増殖抑制効果を有する薬剤等を塗布して局所細胞増殖抑制効果を有するもの(薬剤溶出ステント)等がある。
【0003】
これらのステントは血管の狭窄又は閉塞部位を拡張しその拡張状態を維持するための医療用具であるにもかかわらず、これらのステントを血管内に留置しておくと、ステントが原因で血栓が形成される場合がある。特に薬剤溶出ステントでは、ステントによる内膜障害が継続するため血栓性の亢進が長期間にわたって継続する。
ステントが原因となる血栓の形成は、あるいはアスピリンやチエノピリジンなどの抗血小板薬を用いることで、ある程度防ぐことができる。しかしながら、抗血小板薬の硬化が不十分な時、又は抗血小板薬の投与を中止したときに、血栓が形成される場合がある。血栓の形成を防ぐために抗血小板薬を投与し続けることも考えられるが、抗血小板薬の投与を長期間続けると、出血性合併症が発症するリスクが高まるので、抗血小板薬の投与をいつまでも続けるわけにもいかない。
このため、抗血小板薬等の薬物の投与のみならず、ステントが原因となる血栓の形成を防ぐことができる他の手段の探索が進められている。
【非特許文献1】Sakakibara M, Goto S, Eto K, Tamura N, Isshiki T, Handa S. Application of ex vivo flow chamber system for assessment of stent thrombosis.Arterioscler Thromb Vasc Biol. 2002 Aug 1;22(8):1360-4. J Am Coll Cardiol. 2006 Dec 19;48(12):2584-91.
【非特許文献2】Pfisterer M, Brunner-La Rocca HP, Buser PT, Rickenbacher P, Hunziker P, Mueller C, Jeger R, Bader F, Osswald S, Kaiser C; BASKET-LATE Investigators. Late clinical events after clopidogrel discontinuation may limit the benefit of drug-eluting stents: an observational study of drug-eluting versus bare-metal stents. J Am Coll Cardiol. 2006 Dec 19;48(12):2592-5.
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
このような状況の下、血管内にステントを留置させる際に、生体内で実際に起こる血小板血栓形成を機械的に模擬し、どのような血管のときにどのような形状のステントが最適なのか、ステント形状を最適化させるためのシミュレータ、及び当該シミュレータを機能させるためのプログラムが求められていた。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明者は、上記課題を解決するため鋭意研究を行った結果、血管内にステントが留置されているときの血小板血栓形成過程の数学モデルを開発し、この数学モデルを用いることにより、血管内にステントが留置されているときの血小板血栓形成過程を実測の形成過程とほぼそっくりに模擬し得ることを見出し、本発明を完成するに至った。
すなわち、本発明は、以下の通りである。
【0006】
(1) 血管内にステントを留置する際のステントの形状を最適化させるためのシミュレータであって、以下の手段:
(a) 予め記憶されたステントの特性に関する情報を参照して、予め記憶された計算式から、血小板の活性化グレードに対応した接着力を計算する計算式を選択する手段、
(b) それぞれの活性化グレードの血小板に対応する前記計算式に基づいて、前記血小板の接着力を計算する手段、並びに
(c) 計算された前記各血小板の接着力から、ステント周辺への血小板の集積状況を出力する手段、
を備えた前記シミュレータ。
【0007】
(2)血管内にステントを留置する際のステントの形状の最適化をシミュレーションするためのプログラムであって、コンピュータに、以下の手順:
(a) 予め記憶されたステントの特性に関する情報を参照して、予め記憶された計算式から、血小板の活性化グレードに対応した接着力を計算する計算式を選択する手順、
(b) それぞれの活性化グレードの血小板に対応する前記計算式に基づいて、前記血小板の接着力を計算する手順、並びに
(c) 計算された前記各血小板の接着力から、ステント周辺への血小板の集積状況を出力する手順、
を実行させるための前記プログラム。
【0008】
(3)上記プログラムを記録したコンピュータ読み取り可能な記録媒体。
【0009】
本発明のシミュレータ及びコンピュータプログラムは、さらにステントの最適形状を出力する手段または手順を備えることができる。
ここで、前記ステントの特性は、ステントの材質、強度、ストラット角、ストラットの縦及び横方向の長さ、断面の直径、並びに血管壁への埋め込みの程度からなる群から選択される少なくとも1つが挙げられる。
また、本発明の好ましい態様において、前記計算式は血栓形成に関するパラメータを利用するものであり、前記パラメータは、血小板の密度、血小板の濃度、血小板の直径、血小板の血管内分布比率、バネ定数、血管の直径、血管の長さ、動脈と静脈の種別、ステント周囲の局所血流の速度、損傷部位の大きさ又は形状、及び損傷部位に表出する複数の接着分子の種類と割合からなる群から選択される少なくとも1つを例示することができる。
さらに、前記出力する手段又は手順としては、例えば所定の表示手段への出力であり、例えば、前記表示は、ステントの2次元的又は3次元的形状の画像表示、ステント周辺に集積した血小板数のグラフ表示、ステント周囲の組織欠損状況の画像又はアニメーション表示、及び、ステント周囲の血流の画像又はアニメーション表示からなる群から選択される少なくとも1つが挙げられる。
【発明の効果】
【0010】
本発明により、血管内にステントを留置する際のステントの形状を最適化させるためのシミュレータが提供される。従来は、ステントの形状を最適化するために実証実験が必要とされており、従来の実証実験では、一つのステント形状の血栓性を検証するために20 mlのヒト血液を要した。これに対し、本発明のシミュレータを用いた仮想実験では、ステントを血管内に留置させたときの血小板の集積状況を、実際のヒト血液を全く必要とせずに実際に血栓性を評価したものと同様の検証をすることができる。したがって、本発明によれば、どのようなステントを用いて治療すればよいかを予測することが可能となるため、本発明は患者の治療方法を選択するためのツールとして極めて有用である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0011】
以下、本発明を詳細に説明する。以下の実施形態は、本発明を説明するための例示であって、本発明をこの実施形態にのみ限定することは意図されない。本発明は、その要旨を逸脱しない限り、様々な形態で実施することが可能である。
なお、本明細書において引用した全ての刊行物、例えば、先行技術文献および公開公報、特許公報その他の特許文献は、その全体が本明細書において参照として組み込まれる。
【0012】
1.概要
本発明は、コンピュータ上の仮想血小板を、自在な形態をとり得る仮想ステントを留置した仮想血管に灌流することにより、血栓性の少ないステント形状を探索し、ステント形状の最適化を計るものである。
すなわち、本発明は、(1)コンピュータを用いた仮想血管、仮想ステント、仮想血小板による血栓形成を評価する技術、(2)仮想的von Willebrand因子(vWF)と相互作用して活性化する血小板シミュレータを、ステントを留置させた仮想血管に適用する技術、(3)仮想血小板の形状を自由に変化させられる仮想ステント周囲の集積を定量的に計測することにより血栓性の少ないステント形状を見い出す技術に関する。
血栓性の少ないステント形状を開発するために、従来は実証実験、すなわち、ステントを留置又は挿入した動物血管、あるいはflow chamber内に血液を灌流して、血小板の集積を実測し、血栓性の少ない形状を見いだす実験を行う必要があった(Sakakibara M, et al ATVB, 2002)。
【0013】
しかしながら、実証実験にて検証できるステント形状の種類には限界があった。
本発明は、血小板シミュレータと、仮想血管及び仮想ステントとを用いることにより、実証実験を行うことなくコンピュータ上でバーチャルに血小板集積の少ないステント形状を見い出すことを可能とするものである。
本発明は、血小板と血小板との間、あるいは血小板とvWF及び/又はコラーゲンとの間の相互作用を、バネ及びダッシュポットを用いたフォークトモデル(Voigt model)に基づき、複数の接着分子の機能を個々の血小板でモデル化するとともに、血管内に留置する際のステントの特性を考慮することなどにより完成されたステント形状最適化シミュレータである。
ここで、「最適化」とは、(i)絶対的最適化、すなわち本発明のシミュレータにより、対象とする血管内に留置するステントの形状が本来的に最適となるような形状(潜在する最適形状)を見出すこと、及び(ii)相対的最適化、すなわち設定された条件下でシミュレーションを実行したときに、シミュレーションの対象となる候補形状の中から、目的の血管に留置させるのにふさわしい形状、好ましくは最もふさわしい形状を見出すことの両者を意味する。したがって、絶対的最適化に合致しない形状であっても、相対的最適化に合致する形状は、本発明にいう「最適化」に含まれる。
【0014】
本発明のシミュレータは、超高速度生体蛍光顕微鏡による単一血小板挙動解析法による実測実験データに基づき、血流速度が増加するのに応じて赤血球が中心流を占拠することにより変化する血小板の血管内分布の偏在を、血管内にステントを留置したと仮定したときの状況を想定してシミュレーション上に再現し、実際に生体内にステントを留置したときの血小板と血管壁との接触確率が局所の血行動態により変動する事象をバーチャルに再現している。そして、血管内にステントを留置したときの、ステント周辺に生じる血小板の衝突や接着の影響を非線形バネ定数と減衰係数により記述すること、すなわち、せん断応力により縦、横方向のバネ定数を変化させることにより、血小板の接着力を変化させ、これをアニメーション表示することを可能とするものである。
【0015】
本発明のシミュレータは、生体において実際に血小板が保持する複数の接着分子機能を考慮することで、微小血管における血漿流動のずり速度によって生じるせん断応力を感知して血小板の接着力を変化させる接着分子間相互作用を利用したものである。そして、せん断応力情報と血小板の接着力情報に基づいて、2次元又は3次元でステント周辺に生じる血小板の集積状態、ステントにより血管壁が障害を受けたときの血小板の集積状態、これらの集積状態とステント形状とを関係づけて、どのステントがその血管に留置させるのに最適であるかを評価するステント形状最適化シミュレータである。
本発明のシミュレータは、ステントの存在と、血漿流によるせん断応力と、血小板の活性化状態による血小板塊の出現頻度又はその飛散頻度(血小板血栓の塊がステント部位から剥離する頻度)とを定量的又は定性的に評価することを可能としており、本発明のシミュレータによって計算されたステント周辺への血小板集積過程の計算と、せん断応力や活性化状態を変化させた計算を実施することにより、血管内のステント留置部位に対する血小板集積状況の評価が可能となる。
また本発明は、ステント形状の最適化をシミュレーションするためのプログラムであり、ステントを留置するときの血管内の任意の流路及び流体について血栓形成をシミュレーションすることができる。
【0016】
具体的なシミュレーション方法としては、血管内の空間部を格子区画状に分割し、その分割した区画毎に、離散化した連続の式および離散化したナビエストークス(Navier-Stokes)の方程式を用いて微小時間毎に演算して運動要素の数値を算出する。ステントが血管内に存在すると、その部分の格子区画における演算結果と、他の区画における演算結果とは異なるため、これら各格子区画毎の演算結果を組み合わせて血管内全体にかかる血漿流をシミュレーションすることでステント周囲を含む血管内での血小板の変化を解析することができる。また、時間の経過に伴う血小板の変化、あるいは異なる時間帯における血漿流を解析する場合は、微小時間毎に時間を進行させて式を演算することで所要時間帯の血漿流の変化を解析することが可能である。
また、血漿流にかかる圧力分布は、上記演算結果から得られる数値を等圧線または色に変換することにより可視化される。
本発明においては、以下の数学モデル及び血小板血栓シミュレータを、ステントの形状条件に当てはめることにより、ステントの形状を最適化させるものである。
【0017】
2.数学モデルと血小板血栓シミュレータ
本発明に利用される血小板血栓シミュレータは以下の2点から構成される。
・血小板血栓形成過程の数学モデル
・上記数学モデルを用いた血小板血栓シミュレータ
以下、それぞれについて説明する。
【0018】
(1)血小板血栓形成過程のメカニズム
血小板血栓形成過程の数学モデルを説明するに際し、まず、血小板血栓形成のメカニズムについて説明する。
血小板は、GPIbα、GPIIb/IIIa、ならびにコラーゲン受容体(GPIaIIa及びGPVI両者の機能を実装する)の3つの基本接着分子を使って、(i):血流中でtetheringと呼ばれる「ころがり反応」、(ii):adhesionと呼ばれる固着反応、(iii)〜(iv):形態変化と放出反応を惹起して非可逆的に接着し、他の血小板が接着して凝集反応にいたるプロセスといった多段階プロセスを経て接着する。このプロセスを、さらに詳細に説明する。
血管に損傷のない通常の血流状態では、血小板は非活性状態であり(Quiescent platelet)、その膜表面に、GPIbα, GPIIb/IIIa及びGPIaIIaと呼ばれる糖タンパク質、並びにGPVIと呼ばれる細胞膜上のコラーゲン受容体を発現している(図1A)。血管に損傷が生じると、この状態の血小板は血栓を形成するための活性化状態となる(図1B)。
上記血小板の非活性状態を「Grade 0」とする。本明細書においては、血小板の活性化状態を、血小板の膜に存在する分子の種類と接着力の程度に応じて「Grade」(グレード)という用語を使用して表現することとする。「状態」には、一瞬の時、および一定時間の範囲内の様子を含む。
【0019】
以下に、個々の血小板の活性化プロセスを詳細に説明する(図2)。
Grade 0は活性化を受けていない血小板である。血管に損傷が生じると、障害部位にvWFが出現し、Grade 0の血小板(図2)はGPIbα複合体を介してvWFに結合して、tetheringと呼ばれる2つの血小板の連結状態を形成し、Grade 1となる(図2)。すなわちGrade 1はGPIbαとvWFとの接着が開始する段階である。Grade 1の血小板は、他の血小板を介して複数のGPIbαと結合することによりGrade 2となる(図2)。すなわちGrade 2は、GPIbαにより媒介される複数の分子セットで接着が起こり、細胞内シグナリングが生じる状態である。これらのGrade間の反応は可逆的であり、局所の流れなどの物理的ストレスにより乖離し、血小板の活性化プロセスが元に戻る余地を残している。またvWFとGPIbαとの接着力は局所のせん断応力(wall shear stress)により増強することが知られている。本発明においては、回転円盤型血小板凝集解析装置などを用いた実測実験データにより、ユーザーのニーズに合わせて実測データを反映したシミュレーションを構築することができるようにプログラムを設計した。
Grade 2の状態の血小板は細胞内シグナルが入力されるため、一定時間経過後にはGPIIb/IIIaの活性化が起こる。GPIIb/IIIaの活性化状態には接着性の異なる3つの異なる立体構造が存在することが知られている。もっとも接着力の小さい構造に対応した活性化状態をGrade 3と定義し、中等度、高度の接着力を保持した状態をそれぞれ、Grade 4、 Grade 5と定義する。一方、血小板の膜にはGPVIと呼ばれる接着分子が存在するが(図1)、この分子に細胞外マトリックスの1つであるコラーゲンが接触すると、IP3を介した細胞内シグナル伝達が活性化し、直接Grade 3のGPIIb/IIIaのコンフォメーション変化を起こすプロセスが知られている。本発明においては、このプロセスによりGrade 4の活性化プロセスが起こるときのプログラムを導入した。
【0020】
図2に示した活性化プロセスにしたがって複数の血小板が相互作用をした際に活性化状態(Grade)の異なる血小板がどのように集塊を形成するかをモデル化した概念図を図3に示した。Grade 0の血小板が、血液中や障害面に存在するvWFと結合すると、この反応を契機として複数の血小板による小凝集塊が形成される(図3a、b、c)。また障害面にcollagenが露出している場合はGPVIを介した活性化が起こるため、接触した血小板はGrade 4となる(図3d)。ここに別の血小板が流れて接触し、Grade 4の血小板に複数のGPIbαを介した接着によりシグナルが入ると、Grade 4のものはGrade 5に、Grade 1のものはGrade 2に活性化レベルが上昇する(図3e, f)。流れの効果により血小板が偶然にcollagenに接触すると活性化レベルは4まで達するため、次第に活性化レベルの高い(Grade 5)血小板が集合する(図3f, g)。その一方では、表層には新しいGrade 0の血小板がさらに接着し、集塊を形成するようになる。
本発明では他の血液凝固因子の効果は勘案されていないが、Grade 5となった血小板(図3g)はいかなる流れの条件でも接着面から剥離しないと仮定とした。この反応は生体内では血小板が不可逆的な分泌反応を示し、局所にフィブリン形成を伴う強固な止血プロセスを反映したものとして位置づけた。また、本発明のシミュレータにおいては、P-selectin等の他の接着分子の影響については考慮されていないが、そのような他の接着分子の影響を見る目的でP-selectin等を加えることも可能である。
【0021】
(2)血小板血栓形成過程の数学モデル
上記のとおり、生体内では血小板の凝集反応の際に多段階プロセスを経ている点に鑑み、本発明においては、図1に示される血小板血栓の形成過程について、仮想血小板の活性化状態を図2及び図3のように6段階に定義し、各々の段階における仮想血小板の接着強度を変化させる数学モデルを開発した。そして、この数学モデルによる血小板の接着強度は、血漿のずり速度によっても変化し得るものとした。
ここで、図3において1個の血小板(図3の破線の円で囲った血小板)に注目すると、この血小板は、上記の通り、複数の活性化状態(Grade)を経て血栓の形成に至り、各Gradeによって異なる複数の接着力を有することとなる。そこで本発明においては、接着力を表現するため、仮想単一血小板に異なるバネ定数を有する複数の「ばね」を設定することとした(図4)。このバネは、血小板の接着に関与する接着分子の接着力を表現するものである。図4はレオロジー物体のモデルであり、各Gradeにおけるフォークト部のバネ定数Kn0、Kn1、・・・(垂直方向)及びKt0、Kt1、・・・(水平方向)、並びにダンパー部の粘性係数ηn0、ηn1、・・・(垂直方向)及びηt0、ηt1、・・・(水平方向)を示している。そして、本発明においては、血小板のGradeごとに各々のばね定数を変化させて、実際の血小板接着に合致した接着様式をコンピュータ上に再現する。この際、血管径や血管内に流れる血小板数、あるいは血管流路の形状を変更できるように設計した。また、本発明のシミュレータでは、血漿流動のずり速度と血小板の活性化による血小板の接着強さをGUIにより変更することが可能であり、血小板の接着過程を経時的且つ3次元空間的に表示することができ、これと同時にリアルタイムにステント周辺の血漿流動のずり速度の変化のアニメーションを表示することも可能である。
【0022】
【数1】
Grade 0ではvWF又は他の活性化した血小板と接着していない状態であり、接着力を定義するためのバネ定数は0である。
Grade 1:
Grade 1ではせん断応力によってバネ定数を以下の式で変化させる。
【0023】
【数2】
血漿の流速が増加するとせん断応力は線形に増加する。そのため、流速が低い場合と流速が速い場合で、同じ様相で血小板が凝集するためにはせん断応力の増加に従って血小板接着力が増加する必要がある。さらに、流速が速くなった(せん断応力が高い)場合には、血小板凝集がより促進されるためには、流速が遅い(せん断応力が低い)場合に比較して、流速が増加することによるせん断応力の増加よりも接着力の増加が大きくなければならない。上記の式は血小板1個が受ける流体力を基本に、せん断応力による接着力の増加を付与したものである。
【0024】
【数3】
粘性係数μは、血小板が他の血小板に接触した際の撥ね返りを抑止するために、以下の式で与える。
【0025】
【数4】
【0026】
ところで、凝集している血小板凝集塊の表面に加わるせん断応力を計算したときに所定の値を超えた場合、すなわち血小板間の距離が設定した値以上になった場合は、血小板の接着力よりも前記せん断応力が強くなるため、血小板凝集塊から、血小板又は凝集塊の一部の塊が剥離する。このGrade 1では血小板の剥離状況の数式は、以下の通り記載することができる。
【0027】
【数5】
Grade 2はGPIbαにより媒介される複数の分子セットで接着が起こり、細胞内シグナリングが生じる。Grade 2では、Grade 1で計算される接着力に定数を乗じて複数の分子セットによる接着を模擬する。Grade 2では血小板の剥離状況の数式は、以下の通り記載することができる。
【0028】
【数6】
GPIIb/IIIaの活性化状態のもっとも接着力の小さい立体構造を模擬するために、Grade 2の接着力に加えて線形のバネを付与する。Grade 3では血小板の剥離状況の数式は、以下の通り記載することができる。
【0029】
【数7】
GPIIb/IIIaの活性化状態の中程度の接着力の立体構造を模擬するために、Grade 2の接着力に加えて線形のバネを付与する。
【0030】
【数8】
Grade 5ではいかなる流れの条件でも血小板は接着面から剥離しないものと仮定するために、非常に大きな接着力を付与できるようにした。
また、コラーゲンとの接触によるバネ定数(Kc)と粘性係数(μc)を以下のように定義した。
【0031】
【数9】
【0032】
あるGradeからあるGradeへの活性化は不可逆反応のところと可逆反応のところがあることが知られており、それもアルゴリズム内に再現することができる。この場合の処理は、以下の通りである。
1)Grade 1又はGrade 2の血小板とvWFとの距離が所定の値を超えた場合、あるいは、
2)Grade 1又はGrade 2の血小板と活性化した血小板との距離が所定の値を超えた場合
に、Grade 1からGrade 0またはGrade 2からGrade 1へ可逆反応すると判断し、活性化状態とバネ定数を低いGradeの設定に戻す。
また、各Gradeから次のステップに移る時間設定も自由に変更が可能であり、この時間パラメータを、生化学的実測実験のデータを参照にしてあらかじめ入力することが可能である。接着力に関するグレード間における変化、すなわち、所定のグレードから他のグレードに変化したときの接着力は、バネ定数をグレードにより変化させることで表現することができる。
具体的には、以下のとおりである。
Grade 0→Grade 1:
【0033】
【数10】
入力値とは、血小板同士の衝突回数がこの値以上になった場合に次のGradeに活性化させるとき の基準となる値である。入力値は、実験結果等から得られる知見を基にユーザが計算条件設定手段 911(後述)を用いて入力する。
Grade 1→Grade 2:
【0034】
【数11】
Grade 1の状態での接着時間が入力値以上になった場合に次のGradeに活性化させる。
入力値は、実験結果等から得られる知見を基にユーザが計算条件設定手段911を用いて入力する。
Grade 2→Grade 3:
【0035】
【数12】
Grade 2の状態での接着時間が入力値以上になった場合に次のGradeに活性化させる。入力値は 、実験結果等から得られる知見を基にユーザが計算条件設定手段911を用いて入力する。
Grade 3→Grade 4:
【0036】
【数13】
Grade 3の状態での接着時間が入力値以上になった場合に次のGradeに活性化させる。
入力値は、実験結果等から得られる知見を基にユーザが計算条件設定手段911を用いて入力する。
Grade 4→Grade 5:
【0037】
【数14】
Grade 4の状態での接着時間が入力値以上になった場合に次のGradeに活性化させる。入力値は、実験結果等から得られる知見を基にユーザが計算条件設定手段911を用いて入力する。
【0038】
上記の通り、本発明のシミュレータにおいては、所定のグレードから他のグレードに変化したときの血小板の接着力を計算することができ、種々の条件下における実物の血小板を模擬的に表すことができる。したがって、本発明のシミュレータを用いると、特定の動物(ヒトを含む)の血小板の性能を反映させた、血栓シミュレーションをオーダーメイドすることが可能になる。
【0039】
(3)上記数学モデルを用いた血小板血栓シミュレータ
本発明のシミュレータは、以下の手段:
(a) 予め記憶されたステントの特性に関する情報を参照して、予め記憶された計算式から、血小板の活性化グレードに対応した接着力を計算する計算式を選択する手段、
(b) それぞれの活性化グレードの血小板に対応する前記計算式に基づいて、前記血小板の接着力を計算する手段、並びに
(c) 計算された前記各血小板の接着力から、ステント周辺への血小板の集積状況を出力する手段、
を備える。
図5は、本発明のシミュレータの構成図である。図5において、本発明のシミュレータは計算手段910とデータベース920から構成され、計算手段910は、(i) 計算条件設定手段911、(ii) 血小板凝集/融解計算手段912、(iii) 血漿流動計算手段913、及び(iv)計算結果表示手段914を備える。
【0040】
(i) 計算条件設定手段911
計算条件設定手段911は、GUI(Graphical User Interface)により、計算に必要な条件を、マウスやキーボードから入力するための手段であり、入力された情報は、グラフにより確認することができる。
計算条件設定手段により、本発明のシミュレータに、ステントの特性に関する情報、及び血小板の活性化グレードに対応させた計算式を予め記憶させておくことができる。
ステントの特性は、ステントの材質、強度、ストラット角(θ)、ストラットの縦方向及び横方向の長さ、断面の直径、および血管壁への埋め込みの程度などが挙げられ、そのうち1つ又は2つ以上の特性を適宜参照することができる。
ここで、「ストラット角」とは、ステントが血管内壁の円周方向(図8Cのy軸方向)に一定の周期でジグザグに伸びるときの頂点部の角度を意味し、図8C又は図9Aに示すθ角をいう。図8Aはステントの斜視図であり、図8Bの枠で囲った部分は1つのストラットを表している。図8Cは2つのストラットを並列させた図であり、横方向(図8Cのx軸方向)は血液の流れ方向、縦方向(図8Cのy軸方向)は血管壁の円周方向を意味している。
ステントの特性に関する情報としては、例えば以下の通り例示される。
ステントの材質:医療用ステンレス、タンタル、コバルト合金、ニッケル・チタン合金、ベアメタルステントにePTFE膜やシリコン膜を被覆したもの、薬剤溶出性ステント(Drug Eluting Stents:DES)
強度:内側からのバルーンによる加圧限界(例えば16気圧)
ストラット角:θ=0度〜180度
断面の直径:0.01〜1 mm
血管壁への埋め込みの程度:0.005〜0.5 mm
【0041】
血管壁への埋め込みの程度は、図8D又は図9Bのように表示することができる。図8Dには、血管壁に図8Cのx2-y2で結ばれるステント部分、及びy2-x1で結ばれるステント部分が埋め込まれたことが示されている。
上記ステントの特性に関する情報は、血管内の微小区画における血流の速度、ずり応力などに反映され、後述する血小板の運動方程式(1)〜(3)を解く際に参照される。「参照される」、「参照」するとは、血小板の活性化グレードに対応した接着力を計算する際、どの計算式や血栓形成に関するパラメータを選択すればよいかの指標として利用することを意味する。例えば、ステントの近傍と遠方では血漿流動が受ける力が異なるので、それぞれの位置(座標)において選択される血小板の分布比率やバネ定数が変化することとなる。
【0042】
計算式は、上記ステントの特性に関する情報を参照しながら、血栓形成に関するパラメータを利用するものであり、血小板の活性化グレードに対応した接着力を計算する。パラメータとして、例えば、血小板の密度、血小板の濃度(例えば血中濃度)、血小板の直径、血小板の血管内分布比率、バネ定数、血管の直径、血管の長さ、動脈と静脈の種別、血流の速度、損傷部位の大きさ又は形状、及び損傷部位に表出する接着分子(例えば接着力の異なる複数の接着分子)の種類と割合などがある。但し、パラメータはこれらに限定されるものではなく、シミュレーションの目的に応じて適宜設定することができる。ここで、血管内分布比率とは、血管壁周辺を流れる血小板密度と血管長軸中心を流れる血小板密度の割合を意味する。また、動脈と静脈の種別は、血流脈波の有無により区別することができる。
また、本発明においては血栓剥離に関するパラメータも利用することができる。血栓剥離に関するパラメータとしては、例えば血小板の密度、血小板の濃度(例えば血中濃度)、血小板の直径、血小板の分布比率、バネ定数、血管の直径、血管の長さ、動脈と静脈の種別、血流の速度、損傷部位の大きさ又は形状、及び損傷部位に存在する接着分子の種類と密度などが挙げられる。血栓剥離に関するパラメータも、上記のものに限定されるものではない。
また、入力された条件(ステントの特性に関する情報、パラメータ、計算式など)はデータベース920に保存され、再参照、再利用することができる。
【0043】
(ii)血小板凝集/融解計算部912
血小板凝集/融解計算部912は、計算条件設定手段911又はデータベース920により、記憶された条件、及び血小板の活性化グレードに対応した接着力を計算する計算式を選択するとともに、それぞれのグレードの血小板に対応する計算式に基づいて、血小板の接着力を計算する手段である。この手段では、血小板の移動や接着、剥離、飛散を計算することができる。接着力を表すバネとして、例えばGPIbα用バネ、GPIIb/IIIa用バネ、GPVI用バネ、vWF用バネなどを設定することができる。
前記の通り、血漿の流速が増加するとせん断応力は線形に増加する。本計算部においては、せん断応力の計算は、血小板1個が受ける流体力を基本として、以下のパラメータを用いて次のように行うことができる。
パラメータ:血小板の密度、血小板の直径、血小板の濃度、血小板の分布比率、バネ定数、血管の直径、血管の長さ、動脈と静脈の種別、血流の速度(例えば、ステント周囲の局所血流の速度)、損傷部位の大きさ又は形状、及び損傷部位に存在する接着分子の種類と密度
これらのパラメータは、せん断応力を計算するために次のように数値化される。但し、これらの数値に限定されるものではない。
血小板の密度:1000kg/m3程度
血小板の直径:1〜2μm程度
血小板の濃度:0〜200万個/μL
血小板の分布比率:血管内に一様に分布/血管壁に集中から選択
バネ定数:前述のばね定数算出式より求められる値であり、血液のずり速度
が1000/s程度の場合には約200N/mm程度である。
血管の直径:40μm〜数mm程度
血管の長さ:直径の10倍程度
動脈と静脈の種別:動脈の場合には血管壁近傍に血小板を集中して配置し、
静脈の場合には血管内に一様に血小板を配置
血流の速度:1mm/s〜数百mm/s程度
損傷部位の大きさ又は形状:一辺が血管径程度の矩形形状
損傷部位に存在する接着分子の種類と密度:vWFとコラーゲンを1μm間隔で配置
上記数値化されたパラメータを計算式に当てはめることによりせん断応力が計算される。例えば、計算は次のように行われる。
せん断応力は血液のずり速度に血漿の粘性係数を乗ずることによって得られるが、血液のずり速度は血管内の血小板凝集によって変化する。上記パラメータを入力して血小板の凝集状況を計算し、血小板1個が血漿流動より受ける流体力を血漿流動に作用する反力として流動分布を再計算することで、血小板凝集による流れの変化を求め、血液のずり速度を逐次計算する。
個々の血小板の運動は次の通り現すことができる。
【0044】
【数15】
【0045】
【数16】
ここで、各パラメータは、具体的には次のように計算に用いる。
【0046】
【数17】
動脈の場合は、血管壁近傍に血小板を集中して配置するように座標値を割り当てる。静脈の場合は、血管内に一様に(均一に)血小板が分布するように座標値を割り当てる。
血小板の濃度は、血管内に発生させる血小板の数を求めるために用いられる。すなわち、血小板の濃度に対象とする血管の体積を乗ずることで、血管内に存在する血小板の数が決定される。
血小板の分布比率は、静脈と動脈の種別を設定するために用いられる。
【0047】
【数18】
血管の直径及び血管の長さは、個々の血小板の存在位置を示す座標を定める際の空間として反映される。
血流の速度はNavier-Stokes方程式を解く際の境界条件として用いられ、損傷部位の大きさ又は形状、及び損傷部位に存在する接着分子の種類と密度は、血小板接着を計算するために式(1)〜(3)の境界条件として用いられる。
また本発明において、血小板の接着力は、パラメータを数値化し、数値化されたパラメータを計算式に当てはめることにより計算することができる。
パラメータの数値化は、例えば次の通り行うことができる。但し、これらの数値に限定されるものではない。
血小板の密度:1000kg/m3程度
血小板の直径:1〜2μm程度
血小板の濃度:0〜200万個/μL
血小板の分布比率:血管内に一様に分布/血管壁に集中から選択
バネ定数:前述のばね定数算出式より求められる値であり、血液のずり速度
が1000/s程度の場合には約200N/mm程度である。
血管の直径:40μm〜数mm程度
血管の長さ:直径の10倍程度
動脈と静脈の種別:動脈の場合には血管壁近傍に血小板を集中して配置し、
静脈の場合には血管内に一様に血小板を配置
血流の速度:1mm/s〜数百mm/s程度
損傷部位の大きさ又は形状:一辺が血管径程度の矩形形状
損傷部位に存在する接着分子の種類と密度:vWFとコラーゲンを1μm間隔で配置
例えば、接着力の計算は次のように行われる。
血小板の接着力はばね定数により決定されるが、ばね定数は血液のずり速度により変化する。上記パラメータによる血小板の凝集状況の計算結果をもとに血漿流動状況の変化を逐次計算し、血小板凝集の変化に伴うずり速度の変化を算出して接着強度の変化が算出される。また、接着力は血小板と複数の接着分子間にバネが設定されることによっても変化する。損傷部位に存在する接着分子の密度が高い場合には、血小板は複数の接着分子とバネによって結合されるために、設定されたバネの数の分だけ接着強度が増加する。
ここで、各パラメータは、前記と同様にして所定の計算式にあてはめて計算に用いる。
血小板の密度および血小板の直径は、血小板の質量Mを求める計算式のρとDにそれぞれ当てはめる。
血小板の濃度は、血管内に発生させる血小板の数を求めるために用いられる。すなわち、血小板の濃度に対象とする血管の体積を乗ずることで、血管内に存在する血小板の数が決定される。
血小板の分布比率は、静脈と動脈の種別を設定するために用いられる。
【0048】
【数19】
動脈の場合は、血管壁近傍に血小板を集中して配置するように座標値を割り当てる。静脈の場合は、血管内に一様に(均一に)血小板が分布するように座標値を割り当てる。
血管の直径及び血管の長さは、個々の血小板の存在位置を示す座標を定める際の空間として反映される。
血流の速度はNavier-Stokes方程式を解く際の境界条件として用いられ、損傷部位の大きさ又は形状、及び損傷部位に存在する接着分子の種類と密度は、血小板接着を計算するために式(1)〜(3)の境界条件として用いられる。
【0049】
(iii) 血漿流動計算部913
血漿流動計算部913は、血小板分布をもとに血漿の流動を計算する手段である。
血漿流のシミュレーション対象となる空間をモデル化するために、血管内の空間において、凝集した血小板と接する一部をブロック状に区切って空間部を形成する。このように形成した空間部を格子状に分割し、多数の格子区画を形成する。分割する格子区画の大きさは任意に設定することが可能であり、部分的に各区画の寸法を変化させることも可能である。格子区画の形状は、立方体、直方体、六面体、三角錐、四角錐、三角柱等の形状に形成することが可能であり、さらに、これら種々の形状を組み合わせて空間部を区画分割することもできる。このような多種類におよぶ空間部の格子状の区画はシミュレーションにかかる血小板の凝集状態や血漿流の状態等を考慮して適宜決定される。
上記のように空間部および格子区画をモデル化した後、シミュレーション用プログラムは、血漿を血管の一端から流入させ、血管内部を通過させて血管の他端より流出させる。このような血漿流れに関する運動は、下記に示す一般的な物体の運動における質量保存則に相当する連続の式および一般的な物体の運動量保存則に相当するナビエストークスの方程式を用いて表すことができる。
したがって、本発明においてステントを留置させたときの血栓形成をシミュレートするには、上記血漿の流動は、血漿流動計算部において以下のように求めることができる。
計算式は、以下の通りである。
【0050】
【数20】
ここで、上記式(4)及び(5)はテンソル形式で表記されており、
【数21】
【数22】
σ11 σ11 σ13
σ21 σ22 σ23
σ31 σ32 σ33
本発明におけるシミュレーションでは、血管内部に設けられた各格子区画毎に血漿の流れを演算により解析している。この演算には上記式(4)及び(5)が用いられ、血管内部を格子区画で区切ったことに対応して上記式(4)及び(5)を離散化して演算を行っている。
【0051】
【数23】
但し、演算は有限体積法に限定されるものではなく、シミュレーションの条件等を考慮して、埋め込み境界法、有限差分法、境界要素法、有限要素法等を適宜選択して行うことができる。
血漿の密度と粘性係数は(i) 計算条件設定により設定され、血小板から受ける力は血小板が受ける流体力の反力に相当し、(ii)血小板凝集/融解計算部による計算から求められる。
本発明におけるシミュレーションは、ステントを留置したときの血小板の接着力と血漿流との関係を表すものであるから、血漿流と血小板の血栓形成とは、式(1)〜(3)並びに式(4)及び(5)を同時に解くことでのシミュレートすることができる。例えば、各格子区画の各交点で微小時間dt毎に逐次演算を行い、特定時間における血漿流に関する運動要素である血漿流速度、流れ方向、血漿流動から受ける力をそれぞれ求め、これら各交点の演算結果を組み合わせることで空間部全体の血液の流れにかかる運動を数値化できる。
なお、有限体積法は、例えば、伊藤忠テクノソリューションズ株式会社製FINAS/CFD等を改良することによって計算することができる。
計算された血漿流動からずり速度が算出され、算出されたずり速度は、(ii)血小板凝集/融解計算のための血小板接着強度に反映される。
【0052】
(iv) 計算結果出力手段914
計算結果出力手段914は、計算された前記各血小板の接着力に基づいてステント周辺への血小板の集積状況を出力する表示手段であり、ステント周囲の血小板の集積をリアルタイムで表示するインターフェースを用いることができる。
上記(ii)により計算された血小板のステント周囲への移動又は凝集、ステント周囲からの剥離又は飛散状況のアニメーションを表示する。また、これと同時に(iii)により計算された血漿流のずり速度を表示することができる。さらに、ステント形状と血小板のステント周辺への集積状況との関係を上記計算式から導き出し、複数種類の計算結果を比較することで、選択又は設定された条件に最適となるステント形状を出力することができる。
前記表示は、ステントの2次元的又は3次元的形状の画像表示、ステント周辺に集積した血小板数のグラフ表示、ステント周囲の組織欠損状況の画像又はアニメーション表示、ステント周囲の血流の画像又はアニメーション表示などを採用することができる。
上記のようにして求められた血漿流の運動又は血栓形成に関する各数値、あるいはステントの最適形状は、専用又は汎用の可視化ソフトを用いて、シミュレーションの結果として視覚的に表示される。例えば、(i)ステントの形状とストラット角(θ)、(ii)ステントが血管内に留置されたときのと血漿流の同じ圧力値を結んだ等圧線や等圧面での圧力分布、(iii)ステントのストラット角を変えたときの血小板の集積状況(各種ステントの血栓性)の時間変化(単位時間内の血小板の集積を定量化)、(iv)ステント周囲に窪みを設けたときの血小板の集積状況の時間変化、(v)複数のストラットが血流方向に留置されたモデル、(vi)ステントの周囲に生じた組織欠損と血流方向などを表示して、ステント形状の最適化に関する種々の要素を視覚的に示している。その際、最適化されたステントの形状を2次元的又は3次元的に表示することができる。例えば図10において、血小板の集積が最も少なかったストラット角θ3を有するステントの形状を表示することができる。
【0053】
(v) データ蓄積手段
入力された計算条件と計算結果は関連付けられてデータ蓄積手段としてデータベース920に保存される。
保存された計算条件と計算結果は再度データベース920から、あるいは計算条件設定手段911と計算結果表示手段914から読み込むことができる。
【0054】
3.ステントの形状の最適化をシミュレーションするためのプログラム
本発明のプログラムは、ステントの形状の最適化をシミュレーションするためのプログラムであって、コンピュータに、以下の手順:
(a) 予め記憶されたステントの特性に関する情報を参照して、予め記憶された計算式から、血小板の活性化グレードに対応した接着力を計算する計算式を選択する手順、
(b) それぞれの活性化グレードの血小板に対応する前記計算式に基づいて、前記血小板の接着力を計算する手順、並びに
(c) 計算された前記各血小板の接着力から、ステント周辺への血小板の集積状況を出力する手順、
を実行させるための前記プログラムを提供する。
【0055】
(1)構成例
本発明のプログラムにおいて、コンピュータを実行させるための手段を示す構成例を図6に示す。
図6は、本発明のプログラムを実行させるためのシステム100の詳細構成図である。図6において、システム100は、図5に示す計算部910及びデータベース(以下「DB」という)920を備え、さらに、制御部101、送信/受信部102、入力部103、出力部104、ROM105、RAM106、ハードディスクドライブ(HDD)107、CD-ROMドライブ108により構成される。
制御部101はCPUやMPU等の中央演算処理部であり、システム100全体の動作を制御する。特に、送信/受信部102の通信制御を行い、あるいはDB920に記憶されているデータを利用して、ステント周辺への血小板の集積過程及びその結果表示(例えば最適化形状の表示)等の表示データ読出し処理等を行う。
送信/受信部102は、制御部101の指示に基づいて、ユーザ端末との間でデータの送信及び受信処理を行う。なお、ユーザ端末は、インターネット回線111を介して接続されていてもよい。送信/受信部102は、血小板血栓形成処理等に必要とするパラメータや計算式を計算部910に対して送信する。
入力部103は、キーボード、マウス、タッチパネル等であり、パラメータの入力やDB920の内容更新時等に操作される。出力部104はLCD(液晶ディスプレイ)等であり、DB920の更新時等に制御部101からのコードデータをその都度表示用データに変換して表示処理を行う。ROM105は、システム100の処理プログラムを格納する。RAM106は、システム100の処理に必要なデータを一時的に格納する。HDD107は、プログラム等を格納し、制御部101の指示に基づいて、格納しているプログラム又はデータ等を読み出し、例えばRAM106に格納する。CD-ROMドライブ108は、制御部101からの指示に基づいて、CD-ROM120に格納されているプログラム等を読み出してRAM106等に書き込む。CD-ROM120の代わりに記録媒体として書き換え可能なCD-R、CD-RW等を用いることもできる。その場合には、CD-ROMドライブ108の代わりにCD-R又はCD-RW用ドライブを設ける。また、上記媒体の他に、DVD、MO、フラッシュメモリースティック等の媒体を用い、それに対応するドライブを備える構成としても良い。
【0056】
(2)実行手順
図7は、本発明のプログラムの動作を説明するフローチャートである。
ユーザは、計算条件設定手段911を用いて、ステントの特性に関する情報、及び計算条件を入力する。入力に際しては、DB920から、過去に登録して記憶させた条件を参照・変更して利用することができる。
本発明のプログラムは、入力された条件をもとに、
(i)血小板凝集/融解計算手段による計算、及び
(ii)血漿流動計算手段による計算を行う。
計算の起動は制御部101からの指令に基づいて行うことができる。
計算は以下の順に実施される。
(a) 最初に、血管内のステント周辺における血漿流動状況を計算し(S201)、血漿流動状況を血小板凝集/融解計算手段に3次元の流速分布を引き渡す(S202)。
(b) 血小板凝集/融解計算手段では、3次元の流速分布から血小板の移動を計算する(S203)。その際、血小板と血小板との間の距離、血小板と血管との距離、あるいは血小板とステントとの距離を測定し(S204)、血小板が他の血小板や、ステントの埋め込みに伴う血管の傷部に対し、所定の距離以下となった場合には(S204, Yes)、血小板の活性化状態と血小板が位置する箇所でのずり速度に応じたバネを新規に設定する(S205)。この新規に設定されたバネは、血小板のグレードに対応した接着力を計算するための計算式に組み込まれる所定の値である。設定されたバネはずり速度が大きくなれば強くなり、ずり速度が小さくなれば弱くなる。さらに、バネは血小板の接着時間(活性化)によって逐次追加される(S206)。
また、血小板間に設定されたバネは、血小板間の距離が所定の距離よりも離れた場合(S204, No)には、切断される(S207)。
ここで、図7のフローチャートは、特定の血小板を基準としたときの、その血小板に関する接着力や凝集等の計算手段を示したものである。この血小板(血小板1とする)に他の血小板(血小板2とする)が接着した場合における、血小板2に関する接着力や凝集等の計算は、図7のフローチャートを用いて血小板1のときと同様に行うことができる。従って、本発明においては、シミュレーションに登場する血小板の数だけ図7のフローチャートにより処理されることとなる。従って、血小板1及び2の両者又は一方に、さらに別の血小板(血小板3、血小板4、・・・)が接着した場合も、血小板1及び2のときと同様に接着力や凝集等の計算を行うことになる。追加されたバネについても、血小板間の距離の測定が行なわれる(S204)。
【0057】
(c) 血小板凝集/血栓崩壊計算手段で計算された血小板の位置と速度は、血漿流動計算手段に引き渡される(S208)。血漿流動計算手段では、血小板の位置と速度をもとに血漿の流動状況を計算する(S209)。血小板が凝集/停止している場合には血漿は凝集塊を迂回する流動状況を計算する。
(d) 上記(a)〜(c)の計算を交互に所定の時間となるまで繰り返す。これにより、制御部101は血小板の集積状況を出力する。「集積状況」とは、一定範囲の時間内において血小板が集積して凝集する様子、及び特定時刻における凝集状態のいずれをも意味するものである。
(e) 上記(d)によって計算が繰り返されてステント周辺に血小板が集積すると、集積塊(凝集塊)は血漿の流動によってせん断応力を受ける。このせん断応力に基づいて、本発明のプログラムは血小板の剥離状況を出力する。血小板が凝集するということは、時間の経過とともに個々の血小板について図7に示す計算がそれぞれなされている。従って、制御部101は、図7に示すフローチャート全体又はその一部と、血漿の流動とを対比させて、所定のせん断応力が生じたときに、凝集した血小板のどの部分のバネを切り離すのか、すなわちどの程度の大きさの塊を剥離、飛翔させればよいのかを計算して、血小板の剥離状況を出力する。「剥離状況」とは、一定範囲の時間内において血小板が剥離する様子、及び特定時刻における剥離状態のいずれをも意味するものである。したがって、上記バネを切り離す態様、すなわち血小板の剥離態様(塊の大きさ)は、血小板凝集塊の全部又は一部となり得るものであり、凝集塊の表層部に存在する血小板のみが剥離する場合もあれば、凝集塊の一部のまとまりが剥がれる態様もある。
入力されたステントの特性に関する情報を参照して、上記血小板の集積状況又は剥離状況を対応させて計算した結果を、計算結果表示手段914を用いて表示させる。表示結果の一例を図9及び図10に示す。図9は、ステントの形状とそのストラット角(θ)(A)、ステントを血管壁に埋め込んだときにできる溝(B)、及びそれぞれのストラット角における血小板の流れ(C)を1画面に表示した態様であり、図10は、それぞれのステント角における血小板の集積状況の時間変化をグラフ化して表示した態様である。
計算結果は、データベースに逐次保存される。
【0058】
4.コンピュータ読み取り可能な記録媒体
本発明のプログラムは、例えばC言語、Java(登録商標)、Perl、Fortran、Pascal等で書くことができ、そしてクロスプラットフォームに対応できるように設計されている。従って、このソフトウエアはWindows(登録商標)95/98/2000/XP/Vista、Linux、UNIX(登録商標)、Macintoshで作動させることが可能である。
本発明のプログラムは、コンピュータ読み取り可能な記録媒体又はコンピュータに接続しうる記憶手段に保存することができる。本発明のプログラムを含有するコンピュータ用記録媒体又は記憶手段も本発明に含まれる。記録媒体又は記憶手段としては、磁気的媒体(フレキシブルディスク、ハードディスクなど)、光学的媒体(CD、DVDなど)、磁気光学的媒体(MO、MD)、フラッシュメモリーなどが挙げられるが、これらに限定されるものではない。
以下、実施例により本発明をさらに具体的に説明する。但し、本発明はこれら実施例に限定されるものではない。
【実施例1】
【0059】
ステント最適化シミュレーション
(1)血栓形成に関する関数
(i) GPIbαレセプタ(vWFに結合:Grade 1)
GPIbαのモデルでは、血小板の活性化の有無に関係なく、高せん断応力条件下でGPIbαはvWFに 結合する。GPIbαがvWFに結合するときの結合力はせん断応力により影響を受けるので、vWFに結 合するGPIbαのばね定数は下記式により計算した。
【0060】
【数24】
(ii) GPIIb/IIIaレセプタ(vWFとフィブリノゲンに結合:Grade 2,3)
GPIIb/IIIaは、血小板が活性化したときにのみvWFとフィブリノゲンに結合できる。GPIIb/IIIaの結合定数は、実験結果によって調節し、以下の通り設定した。
【0061】
【数25】
(iii) GPIa/IIaおよびGPVIレセプタ(コラーゲンに結合:Grade 4)
GPIa/IIa及びGPVIはコラーゲンレセプターである。GPIa/IIaはコラーゲンと結合するためのレセプターであり、GPVIは強い血小板活性化シグナルを発する。結合に関するGPIbαとの違いは、血小板とコラーゲンとの結合力が高せん断応力の条件下でも強くならないことである。このときのばね定数の計算は下記式により行った。
【数26】
【0062】
(2)血小板活性化モデル
血小板活性化は、図2に示すモデルを用いた。血小板活性化は、高せん断応力条件下に曝され、vWFとの相互作用により引き起こされることから、個々の血小板が多数のvWFと相互作用したときに段階的に進むモデルを構築した。
血小板活性化のモデルの条件設定は、最初の2つのステップ(Grade 0-2)は可逆的なステップとし、Grade 3以降は不可逆的なステップであるものとした。GPVIが血小板の活性化を刺激すると、Grade 0の血小板はGrade 4にまで活性化するものとした。血小板の活性化がGrade 4になると、vWFやコラーゲンとの相互作用の有無に関係なく、所定時間内にGrade 5になるものとした。
【0063】
(3)血流モデル
仮想のNewton流動条件下で、Navier-Stokesの式を以下の通り解いた。
【数27】
【数28】
Immersed boundary法により、血小板の周囲に血流を計算した。血小板は、活性化後も丸くて同じ形状をしているものとし、モデルを単純化した。血小板の剥離に対する抵抗力は、次の式で計算した。
【数29】
【0064】
(4)ステントモデル
ステントの形状が血小板の集積についてどのように影響するかを調べるため、ステントモデルを、図8に示すステント(Johnson & Johnson製)を用いて開発した。ステント全体は一つのストラットの繰り返しからなる。そこで、ステント全体の血栓形成をテストするために、種々の形状のステントのうち一つのストラットを選択した。
ステントストラットの外周側の半分は血管内に留置されるものとし、内径側の半分は血流にさらされるものとした。
【0065】
(5)結果
(5-1) 流れが一定の状況下でのステントの周りの血小板の集積シミュレータ
様々な形状のステントを用いたシミュレータ実験により、ステントのストラットの形状は、ステント周囲の血小板の集積に重要な因子となることが分かった。
計算のパラメータは以下の設定で行った。
血管の直径:3mm
平均血液流速:22.5mm/秒(一定)
血小板数:300×103/μl
図9Aに、ストラットの形状(θ1=78度、θ2=67度、θ3=56度)を示す。この3つのストラットを仮想血管内に移植した。そして、図9Bに示すモデルについて計算を行い、仮想血小板を灌流して10秒後の血小板の集積状況を示した(図9C)。
最初の数秒は、血小板の大部分がステントのストラットの下流に集積した。また、ステントの周囲に集積した血小板の量を図10に示した。流れが一定(22.5mm/秒)の状況下では、ステントのストラットがθ1(78度)のものが最も早くステント周囲に血小板が集積した。
【0066】
(5-2) 拍動血流状況下のステントの周りの仮想血小板の集積
図11Aは、冠動脈血流を、実験データを下にモデル化したことを示す図である。
図11Bは、拍動血流状況下でのステントのストラットがθ1−θ3のものの周りに集積する血小板の量を示す。
一定の血流状況下と異なり、ステントのストラットがθ2のもの(中間のもの)の周りに、最も多く血小板が集積した。
【実施例2】
【0067】
実証実験(フローチャンバー実験)
ステントの血栓症のシミュレータの有効性を評価するため、実証実験を行った。
健康人ボランティアから血液サンプルを採取し、トロンビン阻害剤Argatroban(最終濃度100μM)を添加した。これにmepacrineを加えて、血小板を蛍光染色した。蛍光染色した血小板を含有する血液サンプルを、コラーゲン繊維でコートしたガラス板上で、流路にステントのストラットを留置させた状態で又は留置させずに灌流した。
ステント周囲の血小板の集積は、圧度計を備えた超高速レーザー共焦点顕微鏡により、3次元映像化技術を用いて可視化した。血小板血栓が形成されたステントの上流および下流の3次元投影イメージをimage Jを用いて作成した。
その結果、仮想実験と同様に、血小板の集積はステントの下流で顕著に認められた(図12A)。
図12は、フローチャンバー実験においてステントのストラットの周りに血小板が集積したことを示す図である。
Aにおいて、「a」の枠はステント上流における血小板の集積、「b」の枠はステント下流における血小板の集積を表す。
B:ステント上流の血栓の上面からの投影像
C:ステント上流の血栓の斜面からの投影像
D:ステント上流の血栓の側面からの投影像
E:ステント下流の血栓の上面からの投影像
F:ステント下流の血栓の斜面からの投影像
G:ステント下流の血栓の側面からの投影像
【0068】
3次元投影イメージによれば、ステントがない場合に1500s-1の壁せん断速度を生ずる血液で6分灌流すると、ステントのストラットの下流に血小板血栓の形成が多くみられた。
ステントの下流に血小板の集積が見られ、ステントストラット角度の小さいステントにてステント下流の集積が大きかった。このことは、実証実験とシミュレータの結果が同一であることを示すものである。
【実施例3】
【0069】
複数のストラットからなるステントを留置するモデル
まず、冠動脈に複数のストラットからなる薬剤放出ステント(ストラット数:1から20まで変更可能)を留置したときの実証実験を行った。図13は冠動脈のエコーの図であり、Aは薬剤溶出ステントを入れた直後にステントと血管壁が密着している様子を、Bは薬剤溶出ステントを入れた6ヶ月後にステントと血管壁の間の組織が脱落して隙間ができている様子を示す。C、DはそれぞれパネルA、Bに示す血管壁の長手方向の断面図である。
上記実証実験のシミュレーションを行った。
血液の流入速度を30mm/s、血液の密度を0.001g/m3、動粘性係数を0.001004m2/sとして算出した。
血栓性を評価したステントの3形状を表1にまとめた。
【0070】
【表1】
結果を図14に示す。図14は、ストラット角(θ)を変えた3種のステントを血流に対して並行な方向に延長したシミュレーションモデルを示すものである。上パネルは、複数ストラットが血流方法に留置されたモデルの3次元図であり、下パネルは、その2次元図である。
【実施例4】
【0071】
ステントの周囲への組織欠損作成モデル
本実施例では、ステントの周囲に組織欠損を仮想的に作り出したときのシミュレーションを行った。
パラメータは以下の条件に設定し、ステント周囲に窪みがあるときとない場合における血流方向及び流れ強度を画像表示した。
血液の流入速度:25mm/s
血液の密度:1,200g/m3
動粘性係数:4.7x10-3 P/m2
窪みの深さ:0.5 mm
図15は、血管とステントとの間に、ステントと同じサイズの隙間ができたときのシミュレーションモデルを示す。隙間の中の血流の分布を図15最下パネルに示した。
また、血管とステントの間の隙間がある場合とない場合をステント角(θ2)及び定常流の条件で比較した結果を図16に示す。ステント周囲に窪みがあるときは、窪みがないときに比べてステント周囲に血小板が多く集積することが示された。
したがって、植え込まれたステント周囲の組織が欠損する、細胞増殖抑制効果を有する薬物を局所放出するステントは長期的に血栓性を増強させることが示された。
【図面の簡単な説明】
【0072】
【図1】非活性化状態及び活性化状態の血小板の模式図である。
【図2】血栓形成過程の模式図である。
【図3】血小板の活性化状態を示す模式図である。
【図4】異なるバネ定数を有するバネの模式図である。
【図5】本発明のシミュレータの構成図である。
【図6】本発明のプログラムを実行させるためのシステムの詳細構成図である。
【図7】本発明のプログラムの動作を説明するフローチャートの図である。
【図8】ステントのモデルを示す図である。
【図9】ステントの形状及び血小板の流れを表示した態様を示す図である。
【図10】それぞれのステント角における血小板の集積状況の時間変化を示す図である。
【図11】冠動脈血流を、実験データを下にモデル化したことを示す図である。
【図12】フローチャンバー実験においてステントのストラットの周りに血小板を集積したことを示す図である。
【図13】冠動脈のエコーの図である。
【図14】複数のストラットからなるステントを留置させたときのシミュレーション結果を示す図である。
【図15】ステントの周囲に組織欠損を作製したときのシミュレーション結果を示す図である。
【図16】血管とステントの間の隙間がある場合とない場合をステント角及び定常流の条件で比較した結果を示す図である。
【符号の説明】
【0073】
100:システム、 910:計算部、 920:データベース、 101:制御部、 102:送信/受信部、 103:入力部、 104:出力部、 105:ROM、 106:RAM、 107:ハードディスクドライブ、 108:CD-ROMドライブ、 111:インターネット回線、 120:CD-ROM
【技術分野】
【0001】
本発明は、コンピュター上に作成した仮想血小板を、仮想的血管に植え込んだ仮想ステントに灌流し、ステント周囲の血小板集積を計測することにより、ステント形状を非血栓性に最適化するためのシミュレータ、及び当該最適化をシミュレーションするためのコンピュータプログラムに関するものである。
【背景技術】
【0002】
ステントは、血管が狭窄又は閉塞することによって生じる様々な疾患を治療するために、血管の狭窄又は閉塞部位を拡張し、血管の拡張状態を維持するために血管内に留置する医療用具である。ステントには、1本の線状の金属又は高分子材料からなるコイル状のもの、金属チューブをレーザーによって切り抜いて加工したもの、線状の部材をレーザーによって溶接して組み立てたもの、複数の線状金属を織って作ったもの、ステント周囲に細胞増殖抑制効果を有する薬剤等を塗布して局所細胞増殖抑制効果を有するもの(薬剤溶出ステント)等がある。
【0003】
これらのステントは血管の狭窄又は閉塞部位を拡張しその拡張状態を維持するための医療用具であるにもかかわらず、これらのステントを血管内に留置しておくと、ステントが原因で血栓が形成される場合がある。特に薬剤溶出ステントでは、ステントによる内膜障害が継続するため血栓性の亢進が長期間にわたって継続する。
ステントが原因となる血栓の形成は、あるいはアスピリンやチエノピリジンなどの抗血小板薬を用いることで、ある程度防ぐことができる。しかしながら、抗血小板薬の硬化が不十分な時、又は抗血小板薬の投与を中止したときに、血栓が形成される場合がある。血栓の形成を防ぐために抗血小板薬を投与し続けることも考えられるが、抗血小板薬の投与を長期間続けると、出血性合併症が発症するリスクが高まるので、抗血小板薬の投与をいつまでも続けるわけにもいかない。
このため、抗血小板薬等の薬物の投与のみならず、ステントが原因となる血栓の形成を防ぐことができる他の手段の探索が進められている。
【非特許文献1】Sakakibara M, Goto S, Eto K, Tamura N, Isshiki T, Handa S. Application of ex vivo flow chamber system for assessment of stent thrombosis.Arterioscler Thromb Vasc Biol. 2002 Aug 1;22(8):1360-4. J Am Coll Cardiol. 2006 Dec 19;48(12):2584-91.
【非特許文献2】Pfisterer M, Brunner-La Rocca HP, Buser PT, Rickenbacher P, Hunziker P, Mueller C, Jeger R, Bader F, Osswald S, Kaiser C; BASKET-LATE Investigators. Late clinical events after clopidogrel discontinuation may limit the benefit of drug-eluting stents: an observational study of drug-eluting versus bare-metal stents. J Am Coll Cardiol. 2006 Dec 19;48(12):2592-5.
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
このような状況の下、血管内にステントを留置させる際に、生体内で実際に起こる血小板血栓形成を機械的に模擬し、どのような血管のときにどのような形状のステントが最適なのか、ステント形状を最適化させるためのシミュレータ、及び当該シミュレータを機能させるためのプログラムが求められていた。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明者は、上記課題を解決するため鋭意研究を行った結果、血管内にステントが留置されているときの血小板血栓形成過程の数学モデルを開発し、この数学モデルを用いることにより、血管内にステントが留置されているときの血小板血栓形成過程を実測の形成過程とほぼそっくりに模擬し得ることを見出し、本発明を完成するに至った。
すなわち、本発明は、以下の通りである。
【0006】
(1) 血管内にステントを留置する際のステントの形状を最適化させるためのシミュレータであって、以下の手段:
(a) 予め記憶されたステントの特性に関する情報を参照して、予め記憶された計算式から、血小板の活性化グレードに対応した接着力を計算する計算式を選択する手段、
(b) それぞれの活性化グレードの血小板に対応する前記計算式に基づいて、前記血小板の接着力を計算する手段、並びに
(c) 計算された前記各血小板の接着力から、ステント周辺への血小板の集積状況を出力する手段、
を備えた前記シミュレータ。
【0007】
(2)血管内にステントを留置する際のステントの形状の最適化をシミュレーションするためのプログラムであって、コンピュータに、以下の手順:
(a) 予め記憶されたステントの特性に関する情報を参照して、予め記憶された計算式から、血小板の活性化グレードに対応した接着力を計算する計算式を選択する手順、
(b) それぞれの活性化グレードの血小板に対応する前記計算式に基づいて、前記血小板の接着力を計算する手順、並びに
(c) 計算された前記各血小板の接着力から、ステント周辺への血小板の集積状況を出力する手順、
を実行させるための前記プログラム。
【0008】
(3)上記プログラムを記録したコンピュータ読み取り可能な記録媒体。
【0009】
本発明のシミュレータ及びコンピュータプログラムは、さらにステントの最適形状を出力する手段または手順を備えることができる。
ここで、前記ステントの特性は、ステントの材質、強度、ストラット角、ストラットの縦及び横方向の長さ、断面の直径、並びに血管壁への埋め込みの程度からなる群から選択される少なくとも1つが挙げられる。
また、本発明の好ましい態様において、前記計算式は血栓形成に関するパラメータを利用するものであり、前記パラメータは、血小板の密度、血小板の濃度、血小板の直径、血小板の血管内分布比率、バネ定数、血管の直径、血管の長さ、動脈と静脈の種別、ステント周囲の局所血流の速度、損傷部位の大きさ又は形状、及び損傷部位に表出する複数の接着分子の種類と割合からなる群から選択される少なくとも1つを例示することができる。
さらに、前記出力する手段又は手順としては、例えば所定の表示手段への出力であり、例えば、前記表示は、ステントの2次元的又は3次元的形状の画像表示、ステント周辺に集積した血小板数のグラフ表示、ステント周囲の組織欠損状況の画像又はアニメーション表示、及び、ステント周囲の血流の画像又はアニメーション表示からなる群から選択される少なくとも1つが挙げられる。
【発明の効果】
【0010】
本発明により、血管内にステントを留置する際のステントの形状を最適化させるためのシミュレータが提供される。従来は、ステントの形状を最適化するために実証実験が必要とされており、従来の実証実験では、一つのステント形状の血栓性を検証するために20 mlのヒト血液を要した。これに対し、本発明のシミュレータを用いた仮想実験では、ステントを血管内に留置させたときの血小板の集積状況を、実際のヒト血液を全く必要とせずに実際に血栓性を評価したものと同様の検証をすることができる。したがって、本発明によれば、どのようなステントを用いて治療すればよいかを予測することが可能となるため、本発明は患者の治療方法を選択するためのツールとして極めて有用である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0011】
以下、本発明を詳細に説明する。以下の実施形態は、本発明を説明するための例示であって、本発明をこの実施形態にのみ限定することは意図されない。本発明は、その要旨を逸脱しない限り、様々な形態で実施することが可能である。
なお、本明細書において引用した全ての刊行物、例えば、先行技術文献および公開公報、特許公報その他の特許文献は、その全体が本明細書において参照として組み込まれる。
【0012】
1.概要
本発明は、コンピュータ上の仮想血小板を、自在な形態をとり得る仮想ステントを留置した仮想血管に灌流することにより、血栓性の少ないステント形状を探索し、ステント形状の最適化を計るものである。
すなわち、本発明は、(1)コンピュータを用いた仮想血管、仮想ステント、仮想血小板による血栓形成を評価する技術、(2)仮想的von Willebrand因子(vWF)と相互作用して活性化する血小板シミュレータを、ステントを留置させた仮想血管に適用する技術、(3)仮想血小板の形状を自由に変化させられる仮想ステント周囲の集積を定量的に計測することにより血栓性の少ないステント形状を見い出す技術に関する。
血栓性の少ないステント形状を開発するために、従来は実証実験、すなわち、ステントを留置又は挿入した動物血管、あるいはflow chamber内に血液を灌流して、血小板の集積を実測し、血栓性の少ない形状を見いだす実験を行う必要があった(Sakakibara M, et al ATVB, 2002)。
【0013】
しかしながら、実証実験にて検証できるステント形状の種類には限界があった。
本発明は、血小板シミュレータと、仮想血管及び仮想ステントとを用いることにより、実証実験を行うことなくコンピュータ上でバーチャルに血小板集積の少ないステント形状を見い出すことを可能とするものである。
本発明は、血小板と血小板との間、あるいは血小板とvWF及び/又はコラーゲンとの間の相互作用を、バネ及びダッシュポットを用いたフォークトモデル(Voigt model)に基づき、複数の接着分子の機能を個々の血小板でモデル化するとともに、血管内に留置する際のステントの特性を考慮することなどにより完成されたステント形状最適化シミュレータである。
ここで、「最適化」とは、(i)絶対的最適化、すなわち本発明のシミュレータにより、対象とする血管内に留置するステントの形状が本来的に最適となるような形状(潜在する最適形状)を見出すこと、及び(ii)相対的最適化、すなわち設定された条件下でシミュレーションを実行したときに、シミュレーションの対象となる候補形状の中から、目的の血管に留置させるのにふさわしい形状、好ましくは最もふさわしい形状を見出すことの両者を意味する。したがって、絶対的最適化に合致しない形状であっても、相対的最適化に合致する形状は、本発明にいう「最適化」に含まれる。
【0014】
本発明のシミュレータは、超高速度生体蛍光顕微鏡による単一血小板挙動解析法による実測実験データに基づき、血流速度が増加するのに応じて赤血球が中心流を占拠することにより変化する血小板の血管内分布の偏在を、血管内にステントを留置したと仮定したときの状況を想定してシミュレーション上に再現し、実際に生体内にステントを留置したときの血小板と血管壁との接触確率が局所の血行動態により変動する事象をバーチャルに再現している。そして、血管内にステントを留置したときの、ステント周辺に生じる血小板の衝突や接着の影響を非線形バネ定数と減衰係数により記述すること、すなわち、せん断応力により縦、横方向のバネ定数を変化させることにより、血小板の接着力を変化させ、これをアニメーション表示することを可能とするものである。
【0015】
本発明のシミュレータは、生体において実際に血小板が保持する複数の接着分子機能を考慮することで、微小血管における血漿流動のずり速度によって生じるせん断応力を感知して血小板の接着力を変化させる接着分子間相互作用を利用したものである。そして、せん断応力情報と血小板の接着力情報に基づいて、2次元又は3次元でステント周辺に生じる血小板の集積状態、ステントにより血管壁が障害を受けたときの血小板の集積状態、これらの集積状態とステント形状とを関係づけて、どのステントがその血管に留置させるのに最適であるかを評価するステント形状最適化シミュレータである。
本発明のシミュレータは、ステントの存在と、血漿流によるせん断応力と、血小板の活性化状態による血小板塊の出現頻度又はその飛散頻度(血小板血栓の塊がステント部位から剥離する頻度)とを定量的又は定性的に評価することを可能としており、本発明のシミュレータによって計算されたステント周辺への血小板集積過程の計算と、せん断応力や活性化状態を変化させた計算を実施することにより、血管内のステント留置部位に対する血小板集積状況の評価が可能となる。
また本発明は、ステント形状の最適化をシミュレーションするためのプログラムであり、ステントを留置するときの血管内の任意の流路及び流体について血栓形成をシミュレーションすることができる。
【0016】
具体的なシミュレーション方法としては、血管内の空間部を格子区画状に分割し、その分割した区画毎に、離散化した連続の式および離散化したナビエストークス(Navier-Stokes)の方程式を用いて微小時間毎に演算して運動要素の数値を算出する。ステントが血管内に存在すると、その部分の格子区画における演算結果と、他の区画における演算結果とは異なるため、これら各格子区画毎の演算結果を組み合わせて血管内全体にかかる血漿流をシミュレーションすることでステント周囲を含む血管内での血小板の変化を解析することができる。また、時間の経過に伴う血小板の変化、あるいは異なる時間帯における血漿流を解析する場合は、微小時間毎に時間を進行させて式を演算することで所要時間帯の血漿流の変化を解析することが可能である。
また、血漿流にかかる圧力分布は、上記演算結果から得られる数値を等圧線または色に変換することにより可視化される。
本発明においては、以下の数学モデル及び血小板血栓シミュレータを、ステントの形状条件に当てはめることにより、ステントの形状を最適化させるものである。
【0017】
2.数学モデルと血小板血栓シミュレータ
本発明に利用される血小板血栓シミュレータは以下の2点から構成される。
・血小板血栓形成過程の数学モデル
・上記数学モデルを用いた血小板血栓シミュレータ
以下、それぞれについて説明する。
【0018】
(1)血小板血栓形成過程のメカニズム
血小板血栓形成過程の数学モデルを説明するに際し、まず、血小板血栓形成のメカニズムについて説明する。
血小板は、GPIbα、GPIIb/IIIa、ならびにコラーゲン受容体(GPIaIIa及びGPVI両者の機能を実装する)の3つの基本接着分子を使って、(i):血流中でtetheringと呼ばれる「ころがり反応」、(ii):adhesionと呼ばれる固着反応、(iii)〜(iv):形態変化と放出反応を惹起して非可逆的に接着し、他の血小板が接着して凝集反応にいたるプロセスといった多段階プロセスを経て接着する。このプロセスを、さらに詳細に説明する。
血管に損傷のない通常の血流状態では、血小板は非活性状態であり(Quiescent platelet)、その膜表面に、GPIbα, GPIIb/IIIa及びGPIaIIaと呼ばれる糖タンパク質、並びにGPVIと呼ばれる細胞膜上のコラーゲン受容体を発現している(図1A)。血管に損傷が生じると、この状態の血小板は血栓を形成するための活性化状態となる(図1B)。
上記血小板の非活性状態を「Grade 0」とする。本明細書においては、血小板の活性化状態を、血小板の膜に存在する分子の種類と接着力の程度に応じて「Grade」(グレード)という用語を使用して表現することとする。「状態」には、一瞬の時、および一定時間の範囲内の様子を含む。
【0019】
以下に、個々の血小板の活性化プロセスを詳細に説明する(図2)。
Grade 0は活性化を受けていない血小板である。血管に損傷が生じると、障害部位にvWFが出現し、Grade 0の血小板(図2)はGPIbα複合体を介してvWFに結合して、tetheringと呼ばれる2つの血小板の連結状態を形成し、Grade 1となる(図2)。すなわちGrade 1はGPIbαとvWFとの接着が開始する段階である。Grade 1の血小板は、他の血小板を介して複数のGPIbαと結合することによりGrade 2となる(図2)。すなわちGrade 2は、GPIbαにより媒介される複数の分子セットで接着が起こり、細胞内シグナリングが生じる状態である。これらのGrade間の反応は可逆的であり、局所の流れなどの物理的ストレスにより乖離し、血小板の活性化プロセスが元に戻る余地を残している。またvWFとGPIbαとの接着力は局所のせん断応力(wall shear stress)により増強することが知られている。本発明においては、回転円盤型血小板凝集解析装置などを用いた実測実験データにより、ユーザーのニーズに合わせて実測データを反映したシミュレーションを構築することができるようにプログラムを設計した。
Grade 2の状態の血小板は細胞内シグナルが入力されるため、一定時間経過後にはGPIIb/IIIaの活性化が起こる。GPIIb/IIIaの活性化状態には接着性の異なる3つの異なる立体構造が存在することが知られている。もっとも接着力の小さい構造に対応した活性化状態をGrade 3と定義し、中等度、高度の接着力を保持した状態をそれぞれ、Grade 4、 Grade 5と定義する。一方、血小板の膜にはGPVIと呼ばれる接着分子が存在するが(図1)、この分子に細胞外マトリックスの1つであるコラーゲンが接触すると、IP3を介した細胞内シグナル伝達が活性化し、直接Grade 3のGPIIb/IIIaのコンフォメーション変化を起こすプロセスが知られている。本発明においては、このプロセスによりGrade 4の活性化プロセスが起こるときのプログラムを導入した。
【0020】
図2に示した活性化プロセスにしたがって複数の血小板が相互作用をした際に活性化状態(Grade)の異なる血小板がどのように集塊を形成するかをモデル化した概念図を図3に示した。Grade 0の血小板が、血液中や障害面に存在するvWFと結合すると、この反応を契機として複数の血小板による小凝集塊が形成される(図3a、b、c)。また障害面にcollagenが露出している場合はGPVIを介した活性化が起こるため、接触した血小板はGrade 4となる(図3d)。ここに別の血小板が流れて接触し、Grade 4の血小板に複数のGPIbαを介した接着によりシグナルが入ると、Grade 4のものはGrade 5に、Grade 1のものはGrade 2に活性化レベルが上昇する(図3e, f)。流れの効果により血小板が偶然にcollagenに接触すると活性化レベルは4まで達するため、次第に活性化レベルの高い(Grade 5)血小板が集合する(図3f, g)。その一方では、表層には新しいGrade 0の血小板がさらに接着し、集塊を形成するようになる。
本発明では他の血液凝固因子の効果は勘案されていないが、Grade 5となった血小板(図3g)はいかなる流れの条件でも接着面から剥離しないと仮定とした。この反応は生体内では血小板が不可逆的な分泌反応を示し、局所にフィブリン形成を伴う強固な止血プロセスを反映したものとして位置づけた。また、本発明のシミュレータにおいては、P-selectin等の他の接着分子の影響については考慮されていないが、そのような他の接着分子の影響を見る目的でP-selectin等を加えることも可能である。
【0021】
(2)血小板血栓形成過程の数学モデル
上記のとおり、生体内では血小板の凝集反応の際に多段階プロセスを経ている点に鑑み、本発明においては、図1に示される血小板血栓の形成過程について、仮想血小板の活性化状態を図2及び図3のように6段階に定義し、各々の段階における仮想血小板の接着強度を変化させる数学モデルを開発した。そして、この数学モデルによる血小板の接着強度は、血漿のずり速度によっても変化し得るものとした。
ここで、図3において1個の血小板(図3の破線の円で囲った血小板)に注目すると、この血小板は、上記の通り、複数の活性化状態(Grade)を経て血栓の形成に至り、各Gradeによって異なる複数の接着力を有することとなる。そこで本発明においては、接着力を表現するため、仮想単一血小板に異なるバネ定数を有する複数の「ばね」を設定することとした(図4)。このバネは、血小板の接着に関与する接着分子の接着力を表現するものである。図4はレオロジー物体のモデルであり、各Gradeにおけるフォークト部のバネ定数Kn0、Kn1、・・・(垂直方向)及びKt0、Kt1、・・・(水平方向)、並びにダンパー部の粘性係数ηn0、ηn1、・・・(垂直方向)及びηt0、ηt1、・・・(水平方向)を示している。そして、本発明においては、血小板のGradeごとに各々のばね定数を変化させて、実際の血小板接着に合致した接着様式をコンピュータ上に再現する。この際、血管径や血管内に流れる血小板数、あるいは血管流路の形状を変更できるように設計した。また、本発明のシミュレータでは、血漿流動のずり速度と血小板の活性化による血小板の接着強さをGUIにより変更することが可能であり、血小板の接着過程を経時的且つ3次元空間的に表示することができ、これと同時にリアルタイムにステント周辺の血漿流動のずり速度の変化のアニメーションを表示することも可能である。
【0022】
【数1】
Grade 0ではvWF又は他の活性化した血小板と接着していない状態であり、接着力を定義するためのバネ定数は0である。
Grade 1:
Grade 1ではせん断応力によってバネ定数を以下の式で変化させる。
【0023】
【数2】
血漿の流速が増加するとせん断応力は線形に増加する。そのため、流速が低い場合と流速が速い場合で、同じ様相で血小板が凝集するためにはせん断応力の増加に従って血小板接着力が増加する必要がある。さらに、流速が速くなった(せん断応力が高い)場合には、血小板凝集がより促進されるためには、流速が遅い(せん断応力が低い)場合に比較して、流速が増加することによるせん断応力の増加よりも接着力の増加が大きくなければならない。上記の式は血小板1個が受ける流体力を基本に、せん断応力による接着力の増加を付与したものである。
【0024】
【数3】
粘性係数μは、血小板が他の血小板に接触した際の撥ね返りを抑止するために、以下の式で与える。
【0025】
【数4】
【0026】
ところで、凝集している血小板凝集塊の表面に加わるせん断応力を計算したときに所定の値を超えた場合、すなわち血小板間の距離が設定した値以上になった場合は、血小板の接着力よりも前記せん断応力が強くなるため、血小板凝集塊から、血小板又は凝集塊の一部の塊が剥離する。このGrade 1では血小板の剥離状況の数式は、以下の通り記載することができる。
【0027】
【数5】
Grade 2はGPIbαにより媒介される複数の分子セットで接着が起こり、細胞内シグナリングが生じる。Grade 2では、Grade 1で計算される接着力に定数を乗じて複数の分子セットによる接着を模擬する。Grade 2では血小板の剥離状況の数式は、以下の通り記載することができる。
【0028】
【数6】
GPIIb/IIIaの活性化状態のもっとも接着力の小さい立体構造を模擬するために、Grade 2の接着力に加えて線形のバネを付与する。Grade 3では血小板の剥離状況の数式は、以下の通り記載することができる。
【0029】
【数7】
GPIIb/IIIaの活性化状態の中程度の接着力の立体構造を模擬するために、Grade 2の接着力に加えて線形のバネを付与する。
【0030】
【数8】
Grade 5ではいかなる流れの条件でも血小板は接着面から剥離しないものと仮定するために、非常に大きな接着力を付与できるようにした。
また、コラーゲンとの接触によるバネ定数(Kc)と粘性係数(μc)を以下のように定義した。
【0031】
【数9】
【0032】
あるGradeからあるGradeへの活性化は不可逆反応のところと可逆反応のところがあることが知られており、それもアルゴリズム内に再現することができる。この場合の処理は、以下の通りである。
1)Grade 1又はGrade 2の血小板とvWFとの距離が所定の値を超えた場合、あるいは、
2)Grade 1又はGrade 2の血小板と活性化した血小板との距離が所定の値を超えた場合
に、Grade 1からGrade 0またはGrade 2からGrade 1へ可逆反応すると判断し、活性化状態とバネ定数を低いGradeの設定に戻す。
また、各Gradeから次のステップに移る時間設定も自由に変更が可能であり、この時間パラメータを、生化学的実測実験のデータを参照にしてあらかじめ入力することが可能である。接着力に関するグレード間における変化、すなわち、所定のグレードから他のグレードに変化したときの接着力は、バネ定数をグレードにより変化させることで表現することができる。
具体的には、以下のとおりである。
Grade 0→Grade 1:
【0033】
【数10】
入力値とは、血小板同士の衝突回数がこの値以上になった場合に次のGradeに活性化させるとき の基準となる値である。入力値は、実験結果等から得られる知見を基にユーザが計算条件設定手段 911(後述)を用いて入力する。
Grade 1→Grade 2:
【0034】
【数11】
Grade 1の状態での接着時間が入力値以上になった場合に次のGradeに活性化させる。
入力値は、実験結果等から得られる知見を基にユーザが計算条件設定手段911を用いて入力する。
Grade 2→Grade 3:
【0035】
【数12】
Grade 2の状態での接着時間が入力値以上になった場合に次のGradeに活性化させる。入力値は 、実験結果等から得られる知見を基にユーザが計算条件設定手段911を用いて入力する。
Grade 3→Grade 4:
【0036】
【数13】
Grade 3の状態での接着時間が入力値以上になった場合に次のGradeに活性化させる。
入力値は、実験結果等から得られる知見を基にユーザが計算条件設定手段911を用いて入力する。
Grade 4→Grade 5:
【0037】
【数14】
Grade 4の状態での接着時間が入力値以上になった場合に次のGradeに活性化させる。入力値は、実験結果等から得られる知見を基にユーザが計算条件設定手段911を用いて入力する。
【0038】
上記の通り、本発明のシミュレータにおいては、所定のグレードから他のグレードに変化したときの血小板の接着力を計算することができ、種々の条件下における実物の血小板を模擬的に表すことができる。したがって、本発明のシミュレータを用いると、特定の動物(ヒトを含む)の血小板の性能を反映させた、血栓シミュレーションをオーダーメイドすることが可能になる。
【0039】
(3)上記数学モデルを用いた血小板血栓シミュレータ
本発明のシミュレータは、以下の手段:
(a) 予め記憶されたステントの特性に関する情報を参照して、予め記憶された計算式から、血小板の活性化グレードに対応した接着力を計算する計算式を選択する手段、
(b) それぞれの活性化グレードの血小板に対応する前記計算式に基づいて、前記血小板の接着力を計算する手段、並びに
(c) 計算された前記各血小板の接着力から、ステント周辺への血小板の集積状況を出力する手段、
を備える。
図5は、本発明のシミュレータの構成図である。図5において、本発明のシミュレータは計算手段910とデータベース920から構成され、計算手段910は、(i) 計算条件設定手段911、(ii) 血小板凝集/融解計算手段912、(iii) 血漿流動計算手段913、及び(iv)計算結果表示手段914を備える。
【0040】
(i) 計算条件設定手段911
計算条件設定手段911は、GUI(Graphical User Interface)により、計算に必要な条件を、マウスやキーボードから入力するための手段であり、入力された情報は、グラフにより確認することができる。
計算条件設定手段により、本発明のシミュレータに、ステントの特性に関する情報、及び血小板の活性化グレードに対応させた計算式を予め記憶させておくことができる。
ステントの特性は、ステントの材質、強度、ストラット角(θ)、ストラットの縦方向及び横方向の長さ、断面の直径、および血管壁への埋め込みの程度などが挙げられ、そのうち1つ又は2つ以上の特性を適宜参照することができる。
ここで、「ストラット角」とは、ステントが血管内壁の円周方向(図8Cのy軸方向)に一定の周期でジグザグに伸びるときの頂点部の角度を意味し、図8C又は図9Aに示すθ角をいう。図8Aはステントの斜視図であり、図8Bの枠で囲った部分は1つのストラットを表している。図8Cは2つのストラットを並列させた図であり、横方向(図8Cのx軸方向)は血液の流れ方向、縦方向(図8Cのy軸方向)は血管壁の円周方向を意味している。
ステントの特性に関する情報としては、例えば以下の通り例示される。
ステントの材質:医療用ステンレス、タンタル、コバルト合金、ニッケル・チタン合金、ベアメタルステントにePTFE膜やシリコン膜を被覆したもの、薬剤溶出性ステント(Drug Eluting Stents:DES)
強度:内側からのバルーンによる加圧限界(例えば16気圧)
ストラット角:θ=0度〜180度
断面の直径:0.01〜1 mm
血管壁への埋め込みの程度:0.005〜0.5 mm
【0041】
血管壁への埋め込みの程度は、図8D又は図9Bのように表示することができる。図8Dには、血管壁に図8Cのx2-y2で結ばれるステント部分、及びy2-x1で結ばれるステント部分が埋め込まれたことが示されている。
上記ステントの特性に関する情報は、血管内の微小区画における血流の速度、ずり応力などに反映され、後述する血小板の運動方程式(1)〜(3)を解く際に参照される。「参照される」、「参照」するとは、血小板の活性化グレードに対応した接着力を計算する際、どの計算式や血栓形成に関するパラメータを選択すればよいかの指標として利用することを意味する。例えば、ステントの近傍と遠方では血漿流動が受ける力が異なるので、それぞれの位置(座標)において選択される血小板の分布比率やバネ定数が変化することとなる。
【0042】
計算式は、上記ステントの特性に関する情報を参照しながら、血栓形成に関するパラメータを利用するものであり、血小板の活性化グレードに対応した接着力を計算する。パラメータとして、例えば、血小板の密度、血小板の濃度(例えば血中濃度)、血小板の直径、血小板の血管内分布比率、バネ定数、血管の直径、血管の長さ、動脈と静脈の種別、血流の速度、損傷部位の大きさ又は形状、及び損傷部位に表出する接着分子(例えば接着力の異なる複数の接着分子)の種類と割合などがある。但し、パラメータはこれらに限定されるものではなく、シミュレーションの目的に応じて適宜設定することができる。ここで、血管内分布比率とは、血管壁周辺を流れる血小板密度と血管長軸中心を流れる血小板密度の割合を意味する。また、動脈と静脈の種別は、血流脈波の有無により区別することができる。
また、本発明においては血栓剥離に関するパラメータも利用することができる。血栓剥離に関するパラメータとしては、例えば血小板の密度、血小板の濃度(例えば血中濃度)、血小板の直径、血小板の分布比率、バネ定数、血管の直径、血管の長さ、動脈と静脈の種別、血流の速度、損傷部位の大きさ又は形状、及び損傷部位に存在する接着分子の種類と密度などが挙げられる。血栓剥離に関するパラメータも、上記のものに限定されるものではない。
また、入力された条件(ステントの特性に関する情報、パラメータ、計算式など)はデータベース920に保存され、再参照、再利用することができる。
【0043】
(ii)血小板凝集/融解計算部912
血小板凝集/融解計算部912は、計算条件設定手段911又はデータベース920により、記憶された条件、及び血小板の活性化グレードに対応した接着力を計算する計算式を選択するとともに、それぞれのグレードの血小板に対応する計算式に基づいて、血小板の接着力を計算する手段である。この手段では、血小板の移動や接着、剥離、飛散を計算することができる。接着力を表すバネとして、例えばGPIbα用バネ、GPIIb/IIIa用バネ、GPVI用バネ、vWF用バネなどを設定することができる。
前記の通り、血漿の流速が増加するとせん断応力は線形に増加する。本計算部においては、せん断応力の計算は、血小板1個が受ける流体力を基本として、以下のパラメータを用いて次のように行うことができる。
パラメータ:血小板の密度、血小板の直径、血小板の濃度、血小板の分布比率、バネ定数、血管の直径、血管の長さ、動脈と静脈の種別、血流の速度(例えば、ステント周囲の局所血流の速度)、損傷部位の大きさ又は形状、及び損傷部位に存在する接着分子の種類と密度
これらのパラメータは、せん断応力を計算するために次のように数値化される。但し、これらの数値に限定されるものではない。
血小板の密度:1000kg/m3程度
血小板の直径:1〜2μm程度
血小板の濃度:0〜200万個/μL
血小板の分布比率:血管内に一様に分布/血管壁に集中から選択
バネ定数:前述のばね定数算出式より求められる値であり、血液のずり速度
が1000/s程度の場合には約200N/mm程度である。
血管の直径:40μm〜数mm程度
血管の長さ:直径の10倍程度
動脈と静脈の種別:動脈の場合には血管壁近傍に血小板を集中して配置し、
静脈の場合には血管内に一様に血小板を配置
血流の速度:1mm/s〜数百mm/s程度
損傷部位の大きさ又は形状:一辺が血管径程度の矩形形状
損傷部位に存在する接着分子の種類と密度:vWFとコラーゲンを1μm間隔で配置
上記数値化されたパラメータを計算式に当てはめることによりせん断応力が計算される。例えば、計算は次のように行われる。
せん断応力は血液のずり速度に血漿の粘性係数を乗ずることによって得られるが、血液のずり速度は血管内の血小板凝集によって変化する。上記パラメータを入力して血小板の凝集状況を計算し、血小板1個が血漿流動より受ける流体力を血漿流動に作用する反力として流動分布を再計算することで、血小板凝集による流れの変化を求め、血液のずり速度を逐次計算する。
個々の血小板の運動は次の通り現すことができる。
【0044】
【数15】
【0045】
【数16】
ここで、各パラメータは、具体的には次のように計算に用いる。
【0046】
【数17】
動脈の場合は、血管壁近傍に血小板を集中して配置するように座標値を割り当てる。静脈の場合は、血管内に一様に(均一に)血小板が分布するように座標値を割り当てる。
血小板の濃度は、血管内に発生させる血小板の数を求めるために用いられる。すなわち、血小板の濃度に対象とする血管の体積を乗ずることで、血管内に存在する血小板の数が決定される。
血小板の分布比率は、静脈と動脈の種別を設定するために用いられる。
【0047】
【数18】
血管の直径及び血管の長さは、個々の血小板の存在位置を示す座標を定める際の空間として反映される。
血流の速度はNavier-Stokes方程式を解く際の境界条件として用いられ、損傷部位の大きさ又は形状、及び損傷部位に存在する接着分子の種類と密度は、血小板接着を計算するために式(1)〜(3)の境界条件として用いられる。
また本発明において、血小板の接着力は、パラメータを数値化し、数値化されたパラメータを計算式に当てはめることにより計算することができる。
パラメータの数値化は、例えば次の通り行うことができる。但し、これらの数値に限定されるものではない。
血小板の密度:1000kg/m3程度
血小板の直径:1〜2μm程度
血小板の濃度:0〜200万個/μL
血小板の分布比率:血管内に一様に分布/血管壁に集中から選択
バネ定数:前述のばね定数算出式より求められる値であり、血液のずり速度
が1000/s程度の場合には約200N/mm程度である。
血管の直径:40μm〜数mm程度
血管の長さ:直径の10倍程度
動脈と静脈の種別:動脈の場合には血管壁近傍に血小板を集中して配置し、
静脈の場合には血管内に一様に血小板を配置
血流の速度:1mm/s〜数百mm/s程度
損傷部位の大きさ又は形状:一辺が血管径程度の矩形形状
損傷部位に存在する接着分子の種類と密度:vWFとコラーゲンを1μm間隔で配置
例えば、接着力の計算は次のように行われる。
血小板の接着力はばね定数により決定されるが、ばね定数は血液のずり速度により変化する。上記パラメータによる血小板の凝集状況の計算結果をもとに血漿流動状況の変化を逐次計算し、血小板凝集の変化に伴うずり速度の変化を算出して接着強度の変化が算出される。また、接着力は血小板と複数の接着分子間にバネが設定されることによっても変化する。損傷部位に存在する接着分子の密度が高い場合には、血小板は複数の接着分子とバネによって結合されるために、設定されたバネの数の分だけ接着強度が増加する。
ここで、各パラメータは、前記と同様にして所定の計算式にあてはめて計算に用いる。
血小板の密度および血小板の直径は、血小板の質量Mを求める計算式のρとDにそれぞれ当てはめる。
血小板の濃度は、血管内に発生させる血小板の数を求めるために用いられる。すなわち、血小板の濃度に対象とする血管の体積を乗ずることで、血管内に存在する血小板の数が決定される。
血小板の分布比率は、静脈と動脈の種別を設定するために用いられる。
【0048】
【数19】
動脈の場合は、血管壁近傍に血小板を集中して配置するように座標値を割り当てる。静脈の場合は、血管内に一様に(均一に)血小板が分布するように座標値を割り当てる。
血管の直径及び血管の長さは、個々の血小板の存在位置を示す座標を定める際の空間として反映される。
血流の速度はNavier-Stokes方程式を解く際の境界条件として用いられ、損傷部位の大きさ又は形状、及び損傷部位に存在する接着分子の種類と密度は、血小板接着を計算するために式(1)〜(3)の境界条件として用いられる。
【0049】
(iii) 血漿流動計算部913
血漿流動計算部913は、血小板分布をもとに血漿の流動を計算する手段である。
血漿流のシミュレーション対象となる空間をモデル化するために、血管内の空間において、凝集した血小板と接する一部をブロック状に区切って空間部を形成する。このように形成した空間部を格子状に分割し、多数の格子区画を形成する。分割する格子区画の大きさは任意に設定することが可能であり、部分的に各区画の寸法を変化させることも可能である。格子区画の形状は、立方体、直方体、六面体、三角錐、四角錐、三角柱等の形状に形成することが可能であり、さらに、これら種々の形状を組み合わせて空間部を区画分割することもできる。このような多種類におよぶ空間部の格子状の区画はシミュレーションにかかる血小板の凝集状態や血漿流の状態等を考慮して適宜決定される。
上記のように空間部および格子区画をモデル化した後、シミュレーション用プログラムは、血漿を血管の一端から流入させ、血管内部を通過させて血管の他端より流出させる。このような血漿流れに関する運動は、下記に示す一般的な物体の運動における質量保存則に相当する連続の式および一般的な物体の運動量保存則に相当するナビエストークスの方程式を用いて表すことができる。
したがって、本発明においてステントを留置させたときの血栓形成をシミュレートするには、上記血漿の流動は、血漿流動計算部において以下のように求めることができる。
計算式は、以下の通りである。
【0050】
【数20】
ここで、上記式(4)及び(5)はテンソル形式で表記されており、
【数21】
【数22】
σ11 σ11 σ13
σ21 σ22 σ23
σ31 σ32 σ33
本発明におけるシミュレーションでは、血管内部に設けられた各格子区画毎に血漿の流れを演算により解析している。この演算には上記式(4)及び(5)が用いられ、血管内部を格子区画で区切ったことに対応して上記式(4)及び(5)を離散化して演算を行っている。
【0051】
【数23】
但し、演算は有限体積法に限定されるものではなく、シミュレーションの条件等を考慮して、埋め込み境界法、有限差分法、境界要素法、有限要素法等を適宜選択して行うことができる。
血漿の密度と粘性係数は(i) 計算条件設定により設定され、血小板から受ける力は血小板が受ける流体力の反力に相当し、(ii)血小板凝集/融解計算部による計算から求められる。
本発明におけるシミュレーションは、ステントを留置したときの血小板の接着力と血漿流との関係を表すものであるから、血漿流と血小板の血栓形成とは、式(1)〜(3)並びに式(4)及び(5)を同時に解くことでのシミュレートすることができる。例えば、各格子区画の各交点で微小時間dt毎に逐次演算を行い、特定時間における血漿流に関する運動要素である血漿流速度、流れ方向、血漿流動から受ける力をそれぞれ求め、これら各交点の演算結果を組み合わせることで空間部全体の血液の流れにかかる運動を数値化できる。
なお、有限体積法は、例えば、伊藤忠テクノソリューションズ株式会社製FINAS/CFD等を改良することによって計算することができる。
計算された血漿流動からずり速度が算出され、算出されたずり速度は、(ii)血小板凝集/融解計算のための血小板接着強度に反映される。
【0052】
(iv) 計算結果出力手段914
計算結果出力手段914は、計算された前記各血小板の接着力に基づいてステント周辺への血小板の集積状況を出力する表示手段であり、ステント周囲の血小板の集積をリアルタイムで表示するインターフェースを用いることができる。
上記(ii)により計算された血小板のステント周囲への移動又は凝集、ステント周囲からの剥離又は飛散状況のアニメーションを表示する。また、これと同時に(iii)により計算された血漿流のずり速度を表示することができる。さらに、ステント形状と血小板のステント周辺への集積状況との関係を上記計算式から導き出し、複数種類の計算結果を比較することで、選択又は設定された条件に最適となるステント形状を出力することができる。
前記表示は、ステントの2次元的又は3次元的形状の画像表示、ステント周辺に集積した血小板数のグラフ表示、ステント周囲の組織欠損状況の画像又はアニメーション表示、ステント周囲の血流の画像又はアニメーション表示などを採用することができる。
上記のようにして求められた血漿流の運動又は血栓形成に関する各数値、あるいはステントの最適形状は、専用又は汎用の可視化ソフトを用いて、シミュレーションの結果として視覚的に表示される。例えば、(i)ステントの形状とストラット角(θ)、(ii)ステントが血管内に留置されたときのと血漿流の同じ圧力値を結んだ等圧線や等圧面での圧力分布、(iii)ステントのストラット角を変えたときの血小板の集積状況(各種ステントの血栓性)の時間変化(単位時間内の血小板の集積を定量化)、(iv)ステント周囲に窪みを設けたときの血小板の集積状況の時間変化、(v)複数のストラットが血流方向に留置されたモデル、(vi)ステントの周囲に生じた組織欠損と血流方向などを表示して、ステント形状の最適化に関する種々の要素を視覚的に示している。その際、最適化されたステントの形状を2次元的又は3次元的に表示することができる。例えば図10において、血小板の集積が最も少なかったストラット角θ3を有するステントの形状を表示することができる。
【0053】
(v) データ蓄積手段
入力された計算条件と計算結果は関連付けられてデータ蓄積手段としてデータベース920に保存される。
保存された計算条件と計算結果は再度データベース920から、あるいは計算条件設定手段911と計算結果表示手段914から読み込むことができる。
【0054】
3.ステントの形状の最適化をシミュレーションするためのプログラム
本発明のプログラムは、ステントの形状の最適化をシミュレーションするためのプログラムであって、コンピュータに、以下の手順:
(a) 予め記憶されたステントの特性に関する情報を参照して、予め記憶された計算式から、血小板の活性化グレードに対応した接着力を計算する計算式を選択する手順、
(b) それぞれの活性化グレードの血小板に対応する前記計算式に基づいて、前記血小板の接着力を計算する手順、並びに
(c) 計算された前記各血小板の接着力から、ステント周辺への血小板の集積状況を出力する手順、
を実行させるための前記プログラムを提供する。
【0055】
(1)構成例
本発明のプログラムにおいて、コンピュータを実行させるための手段を示す構成例を図6に示す。
図6は、本発明のプログラムを実行させるためのシステム100の詳細構成図である。図6において、システム100は、図5に示す計算部910及びデータベース(以下「DB」という)920を備え、さらに、制御部101、送信/受信部102、入力部103、出力部104、ROM105、RAM106、ハードディスクドライブ(HDD)107、CD-ROMドライブ108により構成される。
制御部101はCPUやMPU等の中央演算処理部であり、システム100全体の動作を制御する。特に、送信/受信部102の通信制御を行い、あるいはDB920に記憶されているデータを利用して、ステント周辺への血小板の集積過程及びその結果表示(例えば最適化形状の表示)等の表示データ読出し処理等を行う。
送信/受信部102は、制御部101の指示に基づいて、ユーザ端末との間でデータの送信及び受信処理を行う。なお、ユーザ端末は、インターネット回線111を介して接続されていてもよい。送信/受信部102は、血小板血栓形成処理等に必要とするパラメータや計算式を計算部910に対して送信する。
入力部103は、キーボード、マウス、タッチパネル等であり、パラメータの入力やDB920の内容更新時等に操作される。出力部104はLCD(液晶ディスプレイ)等であり、DB920の更新時等に制御部101からのコードデータをその都度表示用データに変換して表示処理を行う。ROM105は、システム100の処理プログラムを格納する。RAM106は、システム100の処理に必要なデータを一時的に格納する。HDD107は、プログラム等を格納し、制御部101の指示に基づいて、格納しているプログラム又はデータ等を読み出し、例えばRAM106に格納する。CD-ROMドライブ108は、制御部101からの指示に基づいて、CD-ROM120に格納されているプログラム等を読み出してRAM106等に書き込む。CD-ROM120の代わりに記録媒体として書き換え可能なCD-R、CD-RW等を用いることもできる。その場合には、CD-ROMドライブ108の代わりにCD-R又はCD-RW用ドライブを設ける。また、上記媒体の他に、DVD、MO、フラッシュメモリースティック等の媒体を用い、それに対応するドライブを備える構成としても良い。
【0056】
(2)実行手順
図7は、本発明のプログラムの動作を説明するフローチャートである。
ユーザは、計算条件設定手段911を用いて、ステントの特性に関する情報、及び計算条件を入力する。入力に際しては、DB920から、過去に登録して記憶させた条件を参照・変更して利用することができる。
本発明のプログラムは、入力された条件をもとに、
(i)血小板凝集/融解計算手段による計算、及び
(ii)血漿流動計算手段による計算を行う。
計算の起動は制御部101からの指令に基づいて行うことができる。
計算は以下の順に実施される。
(a) 最初に、血管内のステント周辺における血漿流動状況を計算し(S201)、血漿流動状況を血小板凝集/融解計算手段に3次元の流速分布を引き渡す(S202)。
(b) 血小板凝集/融解計算手段では、3次元の流速分布から血小板の移動を計算する(S203)。その際、血小板と血小板との間の距離、血小板と血管との距離、あるいは血小板とステントとの距離を測定し(S204)、血小板が他の血小板や、ステントの埋め込みに伴う血管の傷部に対し、所定の距離以下となった場合には(S204, Yes)、血小板の活性化状態と血小板が位置する箇所でのずり速度に応じたバネを新規に設定する(S205)。この新規に設定されたバネは、血小板のグレードに対応した接着力を計算するための計算式に組み込まれる所定の値である。設定されたバネはずり速度が大きくなれば強くなり、ずり速度が小さくなれば弱くなる。さらに、バネは血小板の接着時間(活性化)によって逐次追加される(S206)。
また、血小板間に設定されたバネは、血小板間の距離が所定の距離よりも離れた場合(S204, No)には、切断される(S207)。
ここで、図7のフローチャートは、特定の血小板を基準としたときの、その血小板に関する接着力や凝集等の計算手段を示したものである。この血小板(血小板1とする)に他の血小板(血小板2とする)が接着した場合における、血小板2に関する接着力や凝集等の計算は、図7のフローチャートを用いて血小板1のときと同様に行うことができる。従って、本発明においては、シミュレーションに登場する血小板の数だけ図7のフローチャートにより処理されることとなる。従って、血小板1及び2の両者又は一方に、さらに別の血小板(血小板3、血小板4、・・・)が接着した場合も、血小板1及び2のときと同様に接着力や凝集等の計算を行うことになる。追加されたバネについても、血小板間の距離の測定が行なわれる(S204)。
【0057】
(c) 血小板凝集/血栓崩壊計算手段で計算された血小板の位置と速度は、血漿流動計算手段に引き渡される(S208)。血漿流動計算手段では、血小板の位置と速度をもとに血漿の流動状況を計算する(S209)。血小板が凝集/停止している場合には血漿は凝集塊を迂回する流動状況を計算する。
(d) 上記(a)〜(c)の計算を交互に所定の時間となるまで繰り返す。これにより、制御部101は血小板の集積状況を出力する。「集積状況」とは、一定範囲の時間内において血小板が集積して凝集する様子、及び特定時刻における凝集状態のいずれをも意味するものである。
(e) 上記(d)によって計算が繰り返されてステント周辺に血小板が集積すると、集積塊(凝集塊)は血漿の流動によってせん断応力を受ける。このせん断応力に基づいて、本発明のプログラムは血小板の剥離状況を出力する。血小板が凝集するということは、時間の経過とともに個々の血小板について図7に示す計算がそれぞれなされている。従って、制御部101は、図7に示すフローチャート全体又はその一部と、血漿の流動とを対比させて、所定のせん断応力が生じたときに、凝集した血小板のどの部分のバネを切り離すのか、すなわちどの程度の大きさの塊を剥離、飛翔させればよいのかを計算して、血小板の剥離状況を出力する。「剥離状況」とは、一定範囲の時間内において血小板が剥離する様子、及び特定時刻における剥離状態のいずれをも意味するものである。したがって、上記バネを切り離す態様、すなわち血小板の剥離態様(塊の大きさ)は、血小板凝集塊の全部又は一部となり得るものであり、凝集塊の表層部に存在する血小板のみが剥離する場合もあれば、凝集塊の一部のまとまりが剥がれる態様もある。
入力されたステントの特性に関する情報を参照して、上記血小板の集積状況又は剥離状況を対応させて計算した結果を、計算結果表示手段914を用いて表示させる。表示結果の一例を図9及び図10に示す。図9は、ステントの形状とそのストラット角(θ)(A)、ステントを血管壁に埋め込んだときにできる溝(B)、及びそれぞれのストラット角における血小板の流れ(C)を1画面に表示した態様であり、図10は、それぞれのステント角における血小板の集積状況の時間変化をグラフ化して表示した態様である。
計算結果は、データベースに逐次保存される。
【0058】
4.コンピュータ読み取り可能な記録媒体
本発明のプログラムは、例えばC言語、Java(登録商標)、Perl、Fortran、Pascal等で書くことができ、そしてクロスプラットフォームに対応できるように設計されている。従って、このソフトウエアはWindows(登録商標)95/98/2000/XP/Vista、Linux、UNIX(登録商標)、Macintoshで作動させることが可能である。
本発明のプログラムは、コンピュータ読み取り可能な記録媒体又はコンピュータに接続しうる記憶手段に保存することができる。本発明のプログラムを含有するコンピュータ用記録媒体又は記憶手段も本発明に含まれる。記録媒体又は記憶手段としては、磁気的媒体(フレキシブルディスク、ハードディスクなど)、光学的媒体(CD、DVDなど)、磁気光学的媒体(MO、MD)、フラッシュメモリーなどが挙げられるが、これらに限定されるものではない。
以下、実施例により本発明をさらに具体的に説明する。但し、本発明はこれら実施例に限定されるものではない。
【実施例1】
【0059】
ステント最適化シミュレーション
(1)血栓形成に関する関数
(i) GPIbαレセプタ(vWFに結合:Grade 1)
GPIbαのモデルでは、血小板の活性化の有無に関係なく、高せん断応力条件下でGPIbαはvWFに 結合する。GPIbαがvWFに結合するときの結合力はせん断応力により影響を受けるので、vWFに結 合するGPIbαのばね定数は下記式により計算した。
【0060】
【数24】
(ii) GPIIb/IIIaレセプタ(vWFとフィブリノゲンに結合:Grade 2,3)
GPIIb/IIIaは、血小板が活性化したときにのみvWFとフィブリノゲンに結合できる。GPIIb/IIIaの結合定数は、実験結果によって調節し、以下の通り設定した。
【0061】
【数25】
(iii) GPIa/IIaおよびGPVIレセプタ(コラーゲンに結合:Grade 4)
GPIa/IIa及びGPVIはコラーゲンレセプターである。GPIa/IIaはコラーゲンと結合するためのレセプターであり、GPVIは強い血小板活性化シグナルを発する。結合に関するGPIbαとの違いは、血小板とコラーゲンとの結合力が高せん断応力の条件下でも強くならないことである。このときのばね定数の計算は下記式により行った。
【数26】
【0062】
(2)血小板活性化モデル
血小板活性化は、図2に示すモデルを用いた。血小板活性化は、高せん断応力条件下に曝され、vWFとの相互作用により引き起こされることから、個々の血小板が多数のvWFと相互作用したときに段階的に進むモデルを構築した。
血小板活性化のモデルの条件設定は、最初の2つのステップ(Grade 0-2)は可逆的なステップとし、Grade 3以降は不可逆的なステップであるものとした。GPVIが血小板の活性化を刺激すると、Grade 0の血小板はGrade 4にまで活性化するものとした。血小板の活性化がGrade 4になると、vWFやコラーゲンとの相互作用の有無に関係なく、所定時間内にGrade 5になるものとした。
【0063】
(3)血流モデル
仮想のNewton流動条件下で、Navier-Stokesの式を以下の通り解いた。
【数27】
【数28】
Immersed boundary法により、血小板の周囲に血流を計算した。血小板は、活性化後も丸くて同じ形状をしているものとし、モデルを単純化した。血小板の剥離に対する抵抗力は、次の式で計算した。
【数29】
【0064】
(4)ステントモデル
ステントの形状が血小板の集積についてどのように影響するかを調べるため、ステントモデルを、図8に示すステント(Johnson & Johnson製)を用いて開発した。ステント全体は一つのストラットの繰り返しからなる。そこで、ステント全体の血栓形成をテストするために、種々の形状のステントのうち一つのストラットを選択した。
ステントストラットの外周側の半分は血管内に留置されるものとし、内径側の半分は血流にさらされるものとした。
【0065】
(5)結果
(5-1) 流れが一定の状況下でのステントの周りの血小板の集積シミュレータ
様々な形状のステントを用いたシミュレータ実験により、ステントのストラットの形状は、ステント周囲の血小板の集積に重要な因子となることが分かった。
計算のパラメータは以下の設定で行った。
血管の直径:3mm
平均血液流速:22.5mm/秒(一定)
血小板数:300×103/μl
図9Aに、ストラットの形状(θ1=78度、θ2=67度、θ3=56度)を示す。この3つのストラットを仮想血管内に移植した。そして、図9Bに示すモデルについて計算を行い、仮想血小板を灌流して10秒後の血小板の集積状況を示した(図9C)。
最初の数秒は、血小板の大部分がステントのストラットの下流に集積した。また、ステントの周囲に集積した血小板の量を図10に示した。流れが一定(22.5mm/秒)の状況下では、ステントのストラットがθ1(78度)のものが最も早くステント周囲に血小板が集積した。
【0066】
(5-2) 拍動血流状況下のステントの周りの仮想血小板の集積
図11Aは、冠動脈血流を、実験データを下にモデル化したことを示す図である。
図11Bは、拍動血流状況下でのステントのストラットがθ1−θ3のものの周りに集積する血小板の量を示す。
一定の血流状況下と異なり、ステントのストラットがθ2のもの(中間のもの)の周りに、最も多く血小板が集積した。
【実施例2】
【0067】
実証実験(フローチャンバー実験)
ステントの血栓症のシミュレータの有効性を評価するため、実証実験を行った。
健康人ボランティアから血液サンプルを採取し、トロンビン阻害剤Argatroban(最終濃度100μM)を添加した。これにmepacrineを加えて、血小板を蛍光染色した。蛍光染色した血小板を含有する血液サンプルを、コラーゲン繊維でコートしたガラス板上で、流路にステントのストラットを留置させた状態で又は留置させずに灌流した。
ステント周囲の血小板の集積は、圧度計を備えた超高速レーザー共焦点顕微鏡により、3次元映像化技術を用いて可視化した。血小板血栓が形成されたステントの上流および下流の3次元投影イメージをimage Jを用いて作成した。
その結果、仮想実験と同様に、血小板の集積はステントの下流で顕著に認められた(図12A)。
図12は、フローチャンバー実験においてステントのストラットの周りに血小板が集積したことを示す図である。
Aにおいて、「a」の枠はステント上流における血小板の集積、「b」の枠はステント下流における血小板の集積を表す。
B:ステント上流の血栓の上面からの投影像
C:ステント上流の血栓の斜面からの投影像
D:ステント上流の血栓の側面からの投影像
E:ステント下流の血栓の上面からの投影像
F:ステント下流の血栓の斜面からの投影像
G:ステント下流の血栓の側面からの投影像
【0068】
3次元投影イメージによれば、ステントがない場合に1500s-1の壁せん断速度を生ずる血液で6分灌流すると、ステントのストラットの下流に血小板血栓の形成が多くみられた。
ステントの下流に血小板の集積が見られ、ステントストラット角度の小さいステントにてステント下流の集積が大きかった。このことは、実証実験とシミュレータの結果が同一であることを示すものである。
【実施例3】
【0069】
複数のストラットからなるステントを留置するモデル
まず、冠動脈に複数のストラットからなる薬剤放出ステント(ストラット数:1から20まで変更可能)を留置したときの実証実験を行った。図13は冠動脈のエコーの図であり、Aは薬剤溶出ステントを入れた直後にステントと血管壁が密着している様子を、Bは薬剤溶出ステントを入れた6ヶ月後にステントと血管壁の間の組織が脱落して隙間ができている様子を示す。C、DはそれぞれパネルA、Bに示す血管壁の長手方向の断面図である。
上記実証実験のシミュレーションを行った。
血液の流入速度を30mm/s、血液の密度を0.001g/m3、動粘性係数を0.001004m2/sとして算出した。
血栓性を評価したステントの3形状を表1にまとめた。
【0070】
【表1】
結果を図14に示す。図14は、ストラット角(θ)を変えた3種のステントを血流に対して並行な方向に延長したシミュレーションモデルを示すものである。上パネルは、複数ストラットが血流方法に留置されたモデルの3次元図であり、下パネルは、その2次元図である。
【実施例4】
【0071】
ステントの周囲への組織欠損作成モデル
本実施例では、ステントの周囲に組織欠損を仮想的に作り出したときのシミュレーションを行った。
パラメータは以下の条件に設定し、ステント周囲に窪みがあるときとない場合における血流方向及び流れ強度を画像表示した。
血液の流入速度:25mm/s
血液の密度:1,200g/m3
動粘性係数:4.7x10-3 P/m2
窪みの深さ:0.5 mm
図15は、血管とステントとの間に、ステントと同じサイズの隙間ができたときのシミュレーションモデルを示す。隙間の中の血流の分布を図15最下パネルに示した。
また、血管とステントの間の隙間がある場合とない場合をステント角(θ2)及び定常流の条件で比較した結果を図16に示す。ステント周囲に窪みがあるときは、窪みがないときに比べてステント周囲に血小板が多く集積することが示された。
したがって、植え込まれたステント周囲の組織が欠損する、細胞増殖抑制効果を有する薬物を局所放出するステントは長期的に血栓性を増強させることが示された。
【図面の簡単な説明】
【0072】
【図1】非活性化状態及び活性化状態の血小板の模式図である。
【図2】血栓形成過程の模式図である。
【図3】血小板の活性化状態を示す模式図である。
【図4】異なるバネ定数を有するバネの模式図である。
【図5】本発明のシミュレータの構成図である。
【図6】本発明のプログラムを実行させるためのシステムの詳細構成図である。
【図7】本発明のプログラムの動作を説明するフローチャートの図である。
【図8】ステントのモデルを示す図である。
【図9】ステントの形状及び血小板の流れを表示した態様を示す図である。
【図10】それぞれのステント角における血小板の集積状況の時間変化を示す図である。
【図11】冠動脈血流を、実験データを下にモデル化したことを示す図である。
【図12】フローチャンバー実験においてステントのストラットの周りに血小板を集積したことを示す図である。
【図13】冠動脈のエコーの図である。
【図14】複数のストラットからなるステントを留置させたときのシミュレーション結果を示す図である。
【図15】ステントの周囲に組織欠損を作製したときのシミュレーション結果を示す図である。
【図16】血管とステントの間の隙間がある場合とない場合をステント角及び定常流の条件で比較した結果を示す図である。
【符号の説明】
【0073】
100:システム、 910:計算部、 920:データベース、 101:制御部、 102:送信/受信部、 103:入力部、 104:出力部、 105:ROM、 106:RAM、 107:ハードディスクドライブ、 108:CD-ROMドライブ、 111:インターネット回線、 120:CD-ROM
【特許請求の範囲】
【請求項1】
血管内にステントを留置する際のステントの形状を最適化させるためのシミュレータであって、以下の手段:
(a) 予め記憶されたステントの特性に関する情報を参照して、予め記憶された計算式から、血小板の活性化グレードに対応した接着力を計算する計算式を選択する手段、
(b) それぞれの活性化グレードの血小板に対応する前記計算式に基づいて、前記血小板の接着力を計算する手段、並びに
(c) 計算された前記各血小板の接着力から、ステント周辺への血小板の集積状況を出力する手段、
を備えた前記シミュレータ。
【請求項2】
さらに、ステントの最適形状を出力する手段を備えた請求項1に記載のシミュレータ。
【請求項3】
前記ステントの特性は、ステントの材質、強度、ストラット角、ストラットの縦及び横方向の長さ、断面の直径、並びに血管壁への埋め込みの程度からなる群から選択される少なくとも1つである請求項1に記載のシミュレータ。
【請求項4】
前記計算式は、血栓形成に関するパラメータを利用するものである請求項1に記載のシミュレータ。
【請求項5】
前記パラメータは、血小板の密度、血小板の濃度、血小板の直径、血小板の血管内分布比率、バネ定数、血管の直径、血管の長さ、動脈と静脈の種別、ステント周囲の局所血流の速度、損傷部位の大きさ又は形状、及び損傷部位に表出する複数の接着分子の種類と割合からなる群から選択される少なくとも1つである請求項4に記載のシミュレータ。
【請求項6】
前記出力する手段は、所定の表示手段への出力である請求項1又は2に記載のシミュレータ。
【請求項7】
前記表示は、ステントの2次元的又は3次元的形状の画像表示、ステント周辺に集積した血小板数のグラフ表示、ステント周囲の組織欠損状況の画像又はアニメーション表示、ステント周囲の血流の画像又はアニメーション表示からなる群から選択される少なくとも1つである、請求項6に記載のシミュレータ。
【請求項8】
血管内にステントを留置する際のステントの形状の最適化をシミュレーションするためのプログラムであって、コンピュータに、以下の手順:
(a) 予め記憶されたステントの特性に関する情報を参照して、予め記憶された計算式から、血小板の活性化グレードに対応した接着力を計算する計算式を選択する手順、
(b) それぞれの活性化グレードの血小板に対応する前記計算式に基づいて、前記血小板の接着力を計算する手順、並びに
(c) 計算された前記各血小板の接着力から、ステント周辺への血小板の集積状況を出力する手順、
を実行させるための前記プログラム。
【請求項9】
さらに、ステントの最適形状を出力する手順を備えた請求項8に記載のプログラム。
【請求項10】
前記ステントの特性は、ステントの材質、強度、ストラット角、ストラットの縦及び横方向の長さ、断面の直径、並びに血管壁への埋め込みの程度からなる群から選択される少なくとも1つである請求項8に記載のプログラム。
【請求項11】
前記計算式は、血栓形成に関するパラメータを利用するものである請求項8に記載のプログラム。
【請求項12】
前記パラメータは、血小板の密度、血小板の濃度、血小板の直径、血小板の血管内分布比率、バネ定数、血管の直径、血管の長さ、動脈と静脈の種別、ステント周囲の局所血流の速度、損傷部位の大きさ又は形状、及び損傷部位に表出する複数の接着分子の種類と割合からなる群から選択される少なくとも1つである請求項11に記載のプログラム。
【請求項13】
前記出力する手順は、所定の表示手段への出力である請求項8又は9に記載のプログラム。
【請求項14】
前記表示手段は、ステントの2次元的又は3次元的形状の画像表示、ステント周辺に蓄積した血小板数のグラフ表示、ステント周囲の組織欠損状況の画像又はアニメーション表示、ステント周囲の血流の画像又はアニメーション表示からなる群から選択される少なくとも1つである、請求項13に記載のシミュレータ。
【請求項15】
請求項8〜14のいずれか1項に記載のプログラムを記録したコンピュータ読み取り可能な記録媒体。
【請求項1】
血管内にステントを留置する際のステントの形状を最適化させるためのシミュレータであって、以下の手段:
(a) 予め記憶されたステントの特性に関する情報を参照して、予め記憶された計算式から、血小板の活性化グレードに対応した接着力を計算する計算式を選択する手段、
(b) それぞれの活性化グレードの血小板に対応する前記計算式に基づいて、前記血小板の接着力を計算する手段、並びに
(c) 計算された前記各血小板の接着力から、ステント周辺への血小板の集積状況を出力する手段、
を備えた前記シミュレータ。
【請求項2】
さらに、ステントの最適形状を出力する手段を備えた請求項1に記載のシミュレータ。
【請求項3】
前記ステントの特性は、ステントの材質、強度、ストラット角、ストラットの縦及び横方向の長さ、断面の直径、並びに血管壁への埋め込みの程度からなる群から選択される少なくとも1つである請求項1に記載のシミュレータ。
【請求項4】
前記計算式は、血栓形成に関するパラメータを利用するものである請求項1に記載のシミュレータ。
【請求項5】
前記パラメータは、血小板の密度、血小板の濃度、血小板の直径、血小板の血管内分布比率、バネ定数、血管の直径、血管の長さ、動脈と静脈の種別、ステント周囲の局所血流の速度、損傷部位の大きさ又は形状、及び損傷部位に表出する複数の接着分子の種類と割合からなる群から選択される少なくとも1つである請求項4に記載のシミュレータ。
【請求項6】
前記出力する手段は、所定の表示手段への出力である請求項1又は2に記載のシミュレータ。
【請求項7】
前記表示は、ステントの2次元的又は3次元的形状の画像表示、ステント周辺に集積した血小板数のグラフ表示、ステント周囲の組織欠損状況の画像又はアニメーション表示、ステント周囲の血流の画像又はアニメーション表示からなる群から選択される少なくとも1つである、請求項6に記載のシミュレータ。
【請求項8】
血管内にステントを留置する際のステントの形状の最適化をシミュレーションするためのプログラムであって、コンピュータに、以下の手順:
(a) 予め記憶されたステントの特性に関する情報を参照して、予め記憶された計算式から、血小板の活性化グレードに対応した接着力を計算する計算式を選択する手順、
(b) それぞれの活性化グレードの血小板に対応する前記計算式に基づいて、前記血小板の接着力を計算する手順、並びに
(c) 計算された前記各血小板の接着力から、ステント周辺への血小板の集積状況を出力する手順、
を実行させるための前記プログラム。
【請求項9】
さらに、ステントの最適形状を出力する手順を備えた請求項8に記載のプログラム。
【請求項10】
前記ステントの特性は、ステントの材質、強度、ストラット角、ストラットの縦及び横方向の長さ、断面の直径、並びに血管壁への埋め込みの程度からなる群から選択される少なくとも1つである請求項8に記載のプログラム。
【請求項11】
前記計算式は、血栓形成に関するパラメータを利用するものである請求項8に記載のプログラム。
【請求項12】
前記パラメータは、血小板の密度、血小板の濃度、血小板の直径、血小板の血管内分布比率、バネ定数、血管の直径、血管の長さ、動脈と静脈の種別、ステント周囲の局所血流の速度、損傷部位の大きさ又は形状、及び損傷部位に表出する複数の接着分子の種類と割合からなる群から選択される少なくとも1つである請求項11に記載のプログラム。
【請求項13】
前記出力する手順は、所定の表示手段への出力である請求項8又は9に記載のプログラム。
【請求項14】
前記表示手段は、ステントの2次元的又は3次元的形状の画像表示、ステント周辺に蓄積した血小板数のグラフ表示、ステント周囲の組織欠損状況の画像又はアニメーション表示、ステント周囲の血流の画像又はアニメーション表示からなる群から選択される少なくとも1つである、請求項13に記載のシミュレータ。
【請求項15】
請求項8〜14のいずれか1項に記載のプログラムを記録したコンピュータ読み取り可能な記録媒体。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図14】
【図15】
【図16】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図14】
【図15】
【図16】
【公開番号】特開2009−213617(P2009−213617A)
【公開日】平成21年9月24日(2009.9.24)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−59457(P2008−59457)
【出願日】平成20年3月10日(2008.3.10)
【公序良俗違反の表示】
(特許庁注:以下のものは登録商標)
1.Linux
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成19年度、文部科学省、科学技術試験研究委託費による委託研究「細胞・生体機能シミュレーションプロジェクト 網羅的代謝計測技術に基づく細胞機能シミュレーションとその応用並びに支援・基盤領域の研究開発」(実証的血栓形成シミュレーション開発のための流体下ヒト血小板接着の分子機構解析)、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
【出願人】(000125369)学校法人東海大学 (352)
【出願人】(899000079)学校法人慶應義塾 (742)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成21年9月24日(2009.9.24)
【国際特許分類】
【出願日】平成20年3月10日(2008.3.10)
【公序良俗違反の表示】
(特許庁注:以下のものは登録商標)
1.Linux
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成19年度、文部科学省、科学技術試験研究委託費による委託研究「細胞・生体機能シミュレーションプロジェクト 網羅的代謝計測技術に基づく細胞機能シミュレーションとその応用並びに支援・基盤領域の研究開発」(実証的血栓形成シミュレーション開発のための流体下ヒト血小板接着の分子機構解析)、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
【出願人】(000125369)学校法人東海大学 (352)
【出願人】(899000079)学校法人慶應義塾 (742)
【Fターム(参考)】
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