説明

ステンレス鋼の腐食抑制方法

【課題】 腐食性の有機酸または有機酸を含む溶液と接触しているステンレス鋼の腐食を抑制する方法を提供する。
【解決手段】有機酸または有機酸を含む溶液中に特定のN−オキシル化合物を存在させる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、有機酸またはその含有溶液と接触しているステンレス鋼の腐食を抑制する方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
一般に腐食を受けやすい雰囲気下で使用される材料には、耐腐食性のステンレス鋼が用いられることが多い。しかしながら、例えば、蟻酸、酢酸、シュウ酸、アジピン酸、カプロン酸、アクリル酸、メタクリル酸、テレフタル酸等の有機酸あるいはその含有溶液を取扱う装置では、温度、濃度等の条件にもよるが、腐食が発生する。従って、長期の使用期間中には、定期点検などを頻繁に行うことが必要であった。ステンレス鋼からなる装置で有機酸あるいはその含有溶液を取扱って腐食の虞がある場合、通常、より耐食性の高い材質を用いることが一般的である。例えば、有機酸溶液であるテレフタル酸の水溶液を処理するに際し、装置の溶接部材質として、SUS316、SUS317、チタニウムやハステロイC等の高耐食性材料を用いることが記載されている(特許文献1参照)。また、耐食性の向上を目的として、ステンレス鋼基材表面に高速フレーム溶射法によりニッケル−モリブデン−クロム合金の皮膜を形成させ、有機酸含有水溶液用耐食部材を提供する方法(特許文献2参照)が開示されている。
【0003】
【特許文献1】特開平11−92415号公報
【特許文献2】特開2004−137548号公報
【0004】
しかしながら、これらの方法では、高耐食性材質は材質そのものが高価であり、加工し難いという問題がある。また、表面を処理する方法では、特殊な装置が必要であり、結果としてコスト上昇を招くという問題があり、これまで、特に有効な手段が講じられることは無かった。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明の目的は、蟻酸、酢酸、シュウ酸、アジピン酸、カプロン酸、アクリル酸、メタクリル酸、テレフタル酸等の有機酸またはその含有溶液と接触しているステンレス鋼の腐食を防止する方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者らは、前記の問題点を解決するために鋭意研究を行った結果、特定のN−オキシル化合物を有機酸またはその含有溶液中に存在させることにより、ステンレス鋼の腐食を効果的に軽減できることを見出し、本発明を成すに至った。
【0007】
即ち、本請求項1に係る発明は、ステンレス鋼が有機酸またはその含有溶液と接触している系において、N−オキシル化合物を共存させることを特徴とするステンレス鋼の腐食抑制方法である。
【0008】
本請求項2に係る発明は、N−オキシル化合物が2,2,6,6−テトラメチルピペリジン−1−オキシル、4−オキソ−2,2,6,6−テトラメチルピペリジン−1−オキシル、4−ヒドロキシ−2,2,6,6−テトラメチルピペリジン−1−オキシル、4−メトキシ−2,2,6,6−テトラメチルピペリジン−1−オキシルおよび4−エトキシ−2,2,6,6−テトラメチルピペリジン−1−オキシルから選ばれた少なくとも1種であるステンレス鋼の腐食抑制方法である。
【0009】
本請求項3に係る発明は、有機酸が蟻酸、酢酸、プロピオン酸、シュウ酸、アジピン酸、カプロン酸、アクリル酸、メタクリル酸またはテレフタル酸であるステンレス鋼の腐食抑制方法である。
【0010】
本請求項4に係る発明は、N−オキシル化合物に加えて酸素又は酸素含有ガスを共存させることを特徴とするステンレス鋼の腐食抑制方法である。
【0011】
本請求項5に係る発明は、ステンレス鋼が有機酸またはその含有溶液を取り扱うステンレス鋼製装置またはその付帯設備であるステンレス鋼の腐食抑制方法である。
【発明の効果】
【0012】
本発明により、有機酸またはその含有溶液と接触しているステンレス鋼の腐食問題を軽減することができ、設備、特に有機酸またはその含有を取扱うステンレス鋼製装置の安全運転に大きく寄与する等の利点を享受することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0013】
本発明において、ステンレス鋼の腐食をもたらす有機酸またはその含有溶液として、例えば蟻酸、酢酸、シュウ酸、アジピン酸、カプロン酸、アクリル酸、メタクリル酸、テレフタル酸、またはこれらの有機酸を含む溶液が挙げられる。
【0014】
本発明で対象とするステンレス鋼は、SUS304、SUS316、SUS317等のオーステナイト系、あるいは、それらの低炭素鋼であり、その相当品を含む。ここで、「SUS番号」は日本工業規格(JIS)G4303〜4309の規格記号を意味する。特にこれらのステンレス鋼からなる化学反応器、塔、凝縮器、タンク(槽)、配管、熱交換器、フィルタ、ポンプ、弁、計装関連機器等である。
【0015】
本発明において、ステンレス鋼が有機酸またはその含有溶液と接触している系に存在させるN−オキシル化合物としては、2,2,6,6−テトラメチルピペリジン−1−オキシル、4−ヒドロキシ−2,2,6,6−テトラメチルピペリジン−1−オキシル、4−オキソ−2,2,6,6−テトラメチルピペリジンオキシル、4−メトキシ−2,2,6,6−テトラメチルピペリジン−1−オキシルおよび4−エトキシ−2,2,6,6−テトラメチルピペリジン−1−オキシル等が挙げられ、これらを単独、あるいは任意の量で組み合わせて存在させても良い。通常、N−オキシル化合物は、α−位に水素の存在しないジ−アルキルアミンを出発原料として合成されるため、本発明におけるN−オキシル化合物中に当該ジ−アルキルアミンが含まれていても良い。
【0016】
N−オキシル化合物を系内に存在させるために添加する方法としては、特に制限が無く、固体のまま、もしくは適当な溶媒(水や有機溶媒)に溶解させ、間歇あるいは連続的に注入することができる。
【0017】
N−オキシル化合物の維持濃度は、有機酸の種類や、温度条件により異なり、一概にはいえないが、対象となるステンレス鋼が接触している有機酸あるいは有機酸を含む溶液に対して、0.1から1000ppm、好ましくは、1〜200ppmである。これらの濃度は、ステンレス鋼製装置に対する防食効果を発揮する上で適当な範囲として見出されたものであり、この範囲より小さいと効果が充分でなく、また、この範囲より多くとも効果は充分にあるが、添加量の割に効果は大きくならず、経済的見地から好ましくない場合がある。
【0018】
また、ステンレス鋼の不働態皮膜は、構成元素であるクロムと、酸素との反応により、形成されることが知られており、本発明のN−オキシル化合物の防食効果を高めるため、系内に酸素又は酸素含有ガス(例えば空気)を存在させても良い。
【0019】
本発明におけるN−オキシル化合物のステンレス鋼に対する防食メカニズムについては、明らかではないが、実施例で後述するように、N−オキシル化合物の酸化力により、ステンレス鋼の不動態化が促進され、防食されるものと考えられる。また、N−オキシル化合物が酸性媒体中で、式1のような反応が起こることが示されており、(非特許文献1)この反応により生じたN−オキシル化合物由来の生成物が防食効果を示すものと考えられる。
【0020】
【非特許文献1】L.B.Volodarsky et al;Synthetic Chemistry of Stable Nitroxide.CRC Press,P48,1994
【0021】
【化1】

【実施例】
【0022】
以下、本発明を実施例により具体的に説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。
【0023】
(N−オキシル化合物)
H-TEMPO:4−ヒドロキシ−2,2,6,6−テトラメチルピペリジン−1−オキシル(東京化成工業社製試薬)
Oxo−TEMPO:4−オキソ−2,2,6,6−テトラメチルピペリジン−1−オキシル(東京化成工業社製 試薬)
M−TEMPO:4−メトキシ−2,2,6,6−テトラメチルピペリジン−1−オキシル(東京化成工業社製試薬)
(非N−オキシル化合物)
TEMPNOL:4−ヒドロキシ−2,2,6,6−テトラメチルピペリジン
【0024】
(腐食防止試験1)
各有機酸試験液20gにSUS316のテストピース(2×15×30mm 400番研磨)を一枚浸漬させた。N−オキシル化合物を所定量添加した後、室温、大気開放条件で144時間放置後、溶液中に溶出した鉄、クロム、ニッケル濃度をICP発光分光装置により測定した。結果を表1に示した。
【0025】
【表1】

【0026】
表1に示す通り、N−オキシル化合物の添加により、金属の腐食による溶出が抑制されていることが分かる。また、実施例2、4、5の結果から防食効果はピペリジン骨格の4位置換基に左右されず、また、比較例6に示すように、N−オキシル置換基を持たないTEMPNOLでは、さしたる防食効果が無いことから、N−オキシル置換基が防食作用を有していることが理解される。
【0027】
(腐食防止試験2)
テレフタル酸精製工程を想定して、酢酸0.1wt%、テレフタル酸25wt%、残部が水として試験液を調製し、これにH−TEMPO:100ppmを添加し、オートクレーブに入れた。JIS規格に基づくSUS304、316、317のステンレス板を0.6×1.8×0.3(cm)の試験片に切り、これをオートクレーブ内の試験液に漬け、12日間、撹拌無しで260℃の温度で保持した。12日後、試験片を取り出して、試験片表面を軽く、水で洗浄し、その腐食率を次式で算出した。その結果を以下に示す。
【0028】
腐食率(mm/年)=〔(重量変化:mg)/A〕×24(時間)×365(日)
A=(表面積:cm)×(密度:g/cm)×(試験時間:h)
【0029】
【表2】

【0030】
この結果より、N−オキシル化合物の共存下でれば、SUS304、316、317の年間腐食率は無添加よりも大きく低下し、テレフタル酸精製工程の接液部の腐食防止に十分有効であることが判明した。
【0031】
(腐食防止試験3)
水5%を含む酢酸溶液100gにSUS316製の電極を浸漬し、参照電極との電位差をステンレス鋼の表面腐食電位として経時的に測定した。浸漬30分後に、N−オキシル化合物としてH−TEMPO200ppmを添加し、電位の変化を測定した。結果を図1に示す。図1から、浸漬後から低下傾向にあるSUS316電極の腐食電位が、N−オキシル化合物の添加直後より上昇し始め、最終的に浸漬直後の値まで復帰することが分かる。有機酸にさらされることにより、活性態電位域にあるステンレス鋼が、N−オキシル化合物の添加により、不働態電位域にシフトし、腐食が軽減されるものと考えられる。本発明によれば、腐食性の大きい有機酸または有機酸を含有する溶液を取り扱うSUS304やSUS316等の汎用ステンレス鋼の腐食問題を軽減することが出来る。
【図面の簡単な説明】
【0032】
【図1】N−オキシル化合物として4−ヒドロキシ−2,2,6,6−テトラメチルピペリジン−1−オキシル(H−TEMPO)を5%酢酸水溶液中に200ppm添加した場合におけるSUS316電極電位の経時的変化を示す図面

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ステンレス鋼が有機酸またはその含有溶液と接触している系において、N−オキシル化合物を共存させることを特徴とするステンレス鋼の腐食抑制方法。
【請求項2】
N−オキシル化合物が、2,2,6,6−テトラメチルピペリジン−1−オキシル、4−オキソ−2,2,6,6−テトラメチルピペリジン−1−オキシル、4−ヒドロキシ−2,2,6,6−テトラメチルピペリジン−1−オキシル、4−メトキシ−2,2,6,6−テトラメチルピペリジン−1−オキシルおよび4−エトキシ−2,2,6,6−テトラメチルピペリジン−1−オキシルから選ばれた少なくとも1種である請求項1記載のステンレス鋼の腐食抑制方法。
【請求項3】
有機酸が、蟻酸、酢酸、プロピオン酸、シュウ酸、アジピン酸、カプロン酸、アクリル酸、メタクリル酸またはテレフタル酸である請求項1記載のステンレス鋼の腐食抑制方法。
【請求項4】
更に酸素又は酸素含有ガスを共存させることを特徴とする請求項1記載のステンレス鋼の腐食抑制方法。
【請求項5】
ステンレス鋼が、有機酸またはその含有溶液を取り扱うステンレス鋼製装置またはその付帯設備である請求項1乃至4のうちのいずれか記載のステンレス鋼の腐食抑制方法。

【図1】
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