説明

ステンレス鋼の電解研磨液

【課題】
本発明の目的は、研磨性能の再現性が高く電解条件の設定が容易で、繰り返し安定して作業でき、かつ研磨面の仕上がりも良いステンレス鋼の電解研磨液を提供することにある。
【解決手段】
本発明のステンレス鋼の電解研磨液は、酢酸濃度が90.0%〜97.5%で残部の主成分が過塩素酸である混合溶液に対し、重量比で50ppm〜500ppmの鉄分を添加したことを特徴とする。前記鉄分は、鉄粉、鉄標準液、酸化鉄(II)、酸化鉄(III)、四酸化三鉄、酸化鉄(II,III)、酸化二鉄(III)鉄(II)、酢酸鉄(II)、酢酸鉄(II)、過塩素酸第二鉄、過塩素酸鉄(III)からなる群より選択される1または2以上の組成であることが好ましい

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は取り扱いやすく、研磨面の仕上がりの良いステンレス鋼の電解研磨液に関し、特に鉄分を極微量添加したステンレス鋼の電解研磨液に関する。
【背景技術】
【0002】
ステンレス鋼の材料試験における走査型電子顕微鏡(SEM)観察、後方散乱電子解析法(EBSD)などの表面観察・分析の前処理としては、機械的研磨(#4000)、アルミナ研磨(0.05μm)後に電解研磨にて観察面を平滑清浄にすることが必要である。
【0003】
電解研磨液の選定他、電解条件の設定は、試験片の状況を確認しながら試行錯誤により実施されることが多く、実際の条件は画一的に決められないことが多い。また、研磨面の仕上がり(平滑度)も電解条件によってさまざまであった。そのため、取り扱いやすく、仕上がりの良い電解研磨液が求められていた。
【0004】
平滑な研磨面を得るためには、電解研磨液への鉄分の混在が有効とされているが、従来はパーセントオーダー投入する必要があるとされてきた(特許文献1、非特許文献1参照)。特許文献1には、硫酸濃度45%以上60%以下の電解研磨液1リットルに硫酸第二鉄を2g〜20g(重量比で0.15%〜1.5%)含有させることで、ステンレス鋼の表面光沢度が向上することが示されている。また、非特許文献1によれば、鉄分混入率の有効範囲は3%程度であることが示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開平8−337899号公報
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】間宮他、化学研磨と電解研磨、槙書店
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかし、鉄イオン蓄積量は7.3%以下と言われており(非特許文献1参照)、特許文献1や非特許文献1のように最初から鉄イオンを過剰に混在させると電解研磨液の寿命低下につながっていた。さらに、研磨性能が経時的に変化するため、電解条件が安定的に設定できなかった。
【0008】
そこで、これらの課題を解決すために本発明の目的は、研磨性能の再現性が高く電解条件の設定が容易で、繰り返し安定して作業でき、かつ研磨面の仕上がりも良いステンレス鋼の電解研磨液を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者が鋭意検討した結果、鉄分無添加の電解研磨液は、最初、研磨条件の変化に鋭敏に反応し研磨性能が安定しないが、一定数量のステンレス鋼を研磨すると研磨性能が安定かつ向上し、作業性が改善されることを見出した。また、これは電解研磨液に鉄分が極微量(ppmオーダー)溶解することが要因であることをつきとめ、本発明を完成するに至った。
【0010】
すなわち本発明に係わるステンレス鋼の電解研磨液は、酢酸濃度が90.0%〜97.5%で残部の主成分が過塩素酸である混合溶液に対し、重量比で50ppm〜500ppmの鉄分を添加したことを特徴とする。
【0011】
ここで、前記鉄分は、鉄粉、鉄標準液、酸化鉄(II)、酸化鉄(III)、四酸化三鉄、酸化鉄(II,III)、酸化二鉄(III)鉄(II)、酢酸鉄(II)、酢酸鉄(II)、過塩素酸第二鉄、過塩素酸鉄(III)からなる群より選択される1または2以上の組成であることが好ましい。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、研磨性能の再現性が高く電解条件の設定が容易で、繰り返し安定して作業でき、かつ研磨面の仕上がりも良いステンレス鋼の電解研磨液を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【図1】実施例および比較例におけるステンレス鋼表面の拡大写真である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下に添付図面を参照しながら、本発明を実施するための形態について詳細に説明する。かかる実施形態に示す寸法、材料、その他具体的な数値などは、発明の理解を容易とするための例示に過ぎず、特に断る場合を除き、本発明を限定するものではない。
【0015】
本発明では、ステンレス鋼の電解研磨液を対象とする。電解研磨とは、電解液中で研磨する金属表面(研磨対象)と対極間に電流を流すことによって、金属表面の凸部が優先的に溶解され、平滑面が得られる現象を利用した研磨方法である。その原理は次の通りである。まず陽極から溶出した鉄イオンと液中の酸類とが結合し、粘液層を形成する。この粘液層は電解液より電気抵抗が大きいため、金属表面の凸部に電流が流れやすくなり、表面は平滑化する。
【0016】
本実施形態のステンレス鋼の電解研磨液は、酢酸濃度が90.0%〜97.5%で残部の主成分が過塩素酸である混合溶液に対し、重量比で50ppm〜500ppmの鉄分を添加したことを特徴とする。
本電解研磨液における酢酸の役割は、ステンレス鋼の表面に粘性層を形成せしめステンレス鋼表面の比較的大きな凹凸を平滑化させるものである。また、その強力な酸としての作用によって金属表面より金属原子を速やかに溶解させるものである。
【0017】
酢酸濃度が90.0%より低いと、酢酸の作用が弱すぎて十分なステンレス鋼の表面光沢を得ることができないため、90.0%を濃度の下限とする。しかし、酢酸濃度が97.5%より高いと、酢酸の作用が強すぎて取り扱いにくくなるため、97.5%を濃度の上限とする。
【0018】
残部の主成分である過塩素酸の主な役割は、鉄イオン、酢酸と結合して粘性層としての錯イオンを形成するものである。また、他の役割は、金属表面の酸化皮膜の破壊作用を有することである。この過塩素酸の濃度は、酢酸との濃度比を考慮して適宜設定される。上記酢酸の残部(2.5%〜10.0%)であれば上記役割を発揮するのに好適な範囲に収まっている。
【0019】
本実施形態では、この酢酸と過塩素酸の混合溶液に鉄分を添加する。前述の通りパーセントオーダーの鉄分の添加により電解研磨面の仕上がり(平滑度)が向上することは知られている。本実施形態では、鉄分添加量を限定し、極微量(ppmオーダー)添加することに特徴がある。
【0020】
鉄分を極微量添加するだけで、多量添加した場合と同様に平滑な研磨面を得ることができる。さらに、鉄分添加量を限定したことにより、研磨性能の再現性が高まり電解条件が設定しやすくなり、試行錯誤の手間を削減できる。繰り返し使用しても研磨性能は安定しているため、電解研磨液の寿命を延伸できると共に作業性も向上できる。これらの効果は、鉄分から供給される鉄イオンにより、陽極表面に粘液層あるいは固体皮膜が生成されやすくなるためと考えられる。
【0021】
本実施形態では、鉄分の添加量(溶液に対する重量比)は50ppm〜500ppmとする。鉄分添加量が50ppmより低いと、鉄イオンによる作用が弱すぎて十分な平滑度を得ることができないため、50ppmを添加量の下限とする。また、鉄分添加量が500ppmを超えると、鉄イオン量が拡散しにくくなり効率が低下して効果が飽和すると共に、鉄イオンが過剰となり経時的に研磨性能が低下しやすくなる。よって、500ppmを添加量の上限とする。さらに、研磨性と安定性のバランスとるためには、鉄分添加量を100ppm〜200ppmの範囲から設定するのが好ましい。
【0022】
鉄分は、鉄粉、鉄標準液、酸化鉄(II)、酸化鉄(III)、四酸化三鉄、酸化鉄(II,III)、酸化二鉄(III)鉄(II)、酢酸鉄(II)、酢酸鉄(II)、過塩素酸第二鉄、過塩素酸鉄(III)
の組成であることが好ましい。これらの組成は比較的安価に入手でき、取り扱いも容易なためである。添加する鉄分はいずれか単独の組成であってもよいが、2以上の組成の混合体であってもよい。
【0023】
次に、本実施形態の電解研磨液を用いたステンレス鋼の研磨方法について説明する。
まず、電解研磨の前処理としてステンレス鋼を機械研磨する。研磨粒子の細かさはステンレス鋼の種類や使用目的に応じて適宜設定すればよいが、♯4000程度に設定するのが好ましい。
【0024】
通常は機械研磨の後に、アルミナ研磨(研磨粒子の細かさは0.05μm程度)を行う。しかし、本実施形態の電解研磨液を用いれば、機械研磨後に直接電解研磨しても十分な平滑度が得られることがわかっている。よって、アルミナ研磨は省略してもよい。
【0025】
アルミナ研磨(アルミナ研磨を省略する場合は機械研磨)の後で、電解研磨を行う。本実施形態の電解研磨液に研磨対象のステンレス鋼を入れて、このステンレス鋼を陽極として電流を流す。ここで、電解電流密度は電解条件に合わせて適宜設定すればよいが、一般に50〜500A/dmの範囲から設定するのが好ましい。また、電解時間も電解電流密度等を考慮して適宜設定すればよく、一般に5〜60秒間の範囲から設定するのが好ましい。
【0026】
以上説明の通り、本実施形態によれば研磨性能の再現性が高く電解条件の設定が容易で、繰り返し安定して作業でき、かつ研磨面の仕上がりも良いステンレス鋼の電解研磨液を提供することができる。
【実施例】
【0027】
(実施例1)
ステンレス鋼板(SUS304)の試験片を機械研磨(♯4000)した後で電解研磨した。電解研磨液には、酢酸:過塩素酸=19:1の混合溶液に、鉄分を酸化鉄(マグネタイト)で120ppm相当添加したものを用いた。電解電圧は20V(電解電流密度で100A/dm)とし、電解時間は20秒間とした。
【0028】
(比較例1)
実施例1と同様の試験片に機械研磨(♯4000)のみを行った。
(比較例2)
電解研磨液には、酢酸:過塩素酸=19:1の混合溶液(鉄分は無添加)を用いた。その他の条件は実施例1と同様とした。
【0029】
図1に実施例1および比較例1、2におけるステンレス鋼表面の拡大写真を示す。図1(a)、図1(b)、図1(c)にはそれぞれ比較例1、比較例2、実施例1の結果を示す。
【0030】
比較例1の電解研磨前の状態では細かい機械研磨傷が残っていた(図1(a)参照)。比較例2では機械研磨傷が選択的に溶出し、研磨傷を完全には除去できなかった(図1(b)参照)。なお、電解時間を増加させても結果は同様であった。それに対して、実施例1では機械研磨傷を効果的に除去でき、平滑な研磨面を得ることができた(図1(c)参照)。


【特許請求の範囲】
【請求項1】
酢酸濃度が90.0%〜97.5%で残部の主成分が過塩素酸である混合溶液に対し、
重量比で50ppm〜500ppmの鉄分を添加したことを特徴とするステンレス鋼の電解研磨液。
【請求項2】
前記鉄分は、鉄粉、鉄標準液、酸化鉄(II)、酸化鉄(III)、四酸化三鉄、酸化鉄(II,III)、酸化二鉄(III)鉄(II)、酢酸鉄(II)、酢酸鉄(II)、過塩素酸第二鉄、過塩素酸鉄(III)からなる群より選択される1または2以上の組成であることを特徴とする請求項1に記載のステンレス鋼の電解研磨液。

【図1】
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【公開番号】特開2011−195933(P2011−195933A)
【公開日】平成23年10月6日(2011.10.6)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−66722(P2010−66722)
【出願日】平成22年3月23日(2010.3.23)
【出願人】(000003687)東京電力株式会社 (2,580)
【出願人】(591130319)東電環境エンジニアリング株式会社 (27)