説明

ステンレス鋼材とその製造方法

【課題】精密バネやリチウムイオン二次電池容器に適した、表面抵抗が低く、鉛フリーはんだ濡れ性に優れ、板厚精度が高いステンレス鋼板を提供する。
【解決手段】質量%で、C:0.15%以下、Si:1.0%以下、Mn:3.0%以下、Cr:10.0%以上22.0%以下、Ni:4.0%以上10.0%以下、Cu:1.0%以上4.5%以下、N:0.15%以下を含有するステンレス鋼母材と、このステンレス鋼母材の表面上に形成された該ステンレス鋼母材に由来するCuを含む不動態皮膜と、更にその上に設けられたNiまたはNi合金めっき層とを備えるステンレス鋼材。前記不動態皮膜は、熱間圧延後のステンレス鋼材に酸洗を施し、無酸化性雰囲気中での最終焼鈍時に酸洗を行わずにNiまたはNi合金めっきを施すことにより形成される。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明はステンレス鋼材とその製造方法に関する。本発明のステンレス鋼材は、低い接触抵抗、良好な強度−加工性バランス、優れたバネ特性を兼ね備え、さらに優れた鉛フリーはんだ濡れ性を有するので、電気部品、電子部品などの導電性部品、具体的には配線端子、コネクタなどの材料、そしてLiイオン電池ケース用として好適である。
【背景技術】
【0002】
上述した用途には、これまでSUS301やSUS304に代表される準安定オーステナイト系ステンレス鋼が用いられてきた。これらのステンレス鋼は、変形部が硬質なマルテンサイト相へ変態し、変形が相対的に軟質な周辺の未変形部へ伝播するため、局所的な変形が抑制される、所謂TRIP効果のために良好な加工性が得られる。しかし、近年、電気・電子部品の形状は小型化かつ複雑化してきているため、そのような形状の部品を製造するには成形性が不十分になってきている。
【0003】
ステンレス鋼は、表面に形成されている不動態皮膜により優れた耐食性を呈する。その反面、この不動態皮膜は、Crを主体とし、その他にSi、Mn等を含む酸化物や水酸化物の皮膜であるため、電気抵抗が高く、導電性に劣る。
【0004】
そのため、導電性が必要な用途、すなわち導電性部品としての用途には、不動態皮膜が接触抵抗を高めてしまうステンレス鋼材は通常は使用されず、表面に不動態皮膜が形成されないCu合金からなる材料が一般的に使用されている。ここで、導電性部品の具体例として、配線端子、コネクタ、電池の缶体、電池等を固定するためのバネ材、および電磁リレー等の電気回路接点部材が挙げられる。
【0005】
しかし、Cu合金は耐食性が十分でなく、発錆によって導電性が劣化するという問題がある。そこで、ステンレス鋼本来の優れた耐食性を活かしつつ、導電性部品としての用途にステンレス鋼材を適用すべく、ステンレス鋼材の表面に例えば、Cu、Ni、Agなどの金属めっきを施して、不動態皮膜に由来する欠点、すなわち高い接触抵抗、を解消する方法が採用されている。
【0006】
この方法では、ステンレス鋼材の表面にある不動態皮膜の上に金属めっきを施しても接触抵抗の低下は達成されないため、不動態皮膜を除去してステンレス鋼母材を露出させた状態でめっき処理を行うことが理想的である。ところが、ステンレス鋼母材を露出させてもその表面には不動態皮膜が速やかに形成されてしまうため、一般的には金属めっき層はステンレス鋼母材上には直接形成されず、ステンレス鋼母材上に薄く再生した不動態皮膜の上に形成されてしまう。したがって、得られた金属めっき層を備えるステンレス鋼材は、接触抵抗が期待したほどには低下しない、めっき層の密着性が低い、といった問題を有していた。
【0007】
そこで、これらの問題を解決するために、特許文献1〜4には、NiまたはCuの下地めっき処理を行った後に、NiやAgの金属めっき処理を行う技術が提案されている。
しかし、NiやCuの下地めっき処理として無電解めっき処理を行うと、析出速度が遅い、液の寿命が短いなど、生産性が低いといった問題を有する。一方、電解めっき処理を行う場合でも、電位や電流密度が高く不適切であると、逆に密着性が悪化することが懸念される。さらに、電解条件によっては、水素がステンレス鋼母材中に取り込まれ、耐疲労特性が低下してしまうことも懸念される。
【0008】
特許文献3に開示された発明は、電解酸洗中に、ステンレス鋼板がカソード側となったときにCuめっきを行う技術が開示されている。しかし、電解酸洗と同時にCuを析出させるため、Cuの析出に最適な電解条件を設定することが本質的に不可能である。具体的には、Cuめっき処理を単独で行う場合に比べて電位や電流密度が高くなる。このため、電解酸洗により電解液中に溶解したステンレス鋼母材の構成元素、すなわちFe、Cr、Ni、Si等がCuとともに析出してしまう。こうして得られためっき上にNiめっきを施しても、Cuめっき処理を単独で行う場合に比べて、耐食性の低下、密着性の低下、接触抵抗の上昇などの不具合がめっき層全体について発生しやすい。このようなめっき層を有する導電性部品は、初期の接触抵抗が高いのみならず、接触抵抗が経時的に上昇しやすい。また、Cuめっき処理を単独で行う場合に比べて水素発生量が極めて多くなることから、耐疲労特性の低下も懸念される。
【0009】
特許文献4に開示されているのは、貴金属で高価な材料である銀または銀合金を被覆する発明であり、経済性の観点で問題がある。
一方、ステンレス鋼板の不動態皮膜の導電性を向上させる方法が特許文献5、6に提案されている。
【0010】
特許文献5に提案されている方法は、モリブデン酸イオンを含有する水溶液中で陰極電解を行うことにより、MoO3含有皮膜中を形成し、その後の焼鈍においてMoO3の一部を還元する方法であるが、MoO3を析出させる工程が新たに必要なこと、Mo自体が高価なこと、などの問題があった。
【0011】
特許文献6に提案された方法は、不動態皮膜の間にCuリッチ層(Cuの析出物)を形成させ、電気抵抗を低下させる方法であるが、不動態皮膜自体の電気抵抗に変化がないことや、通電部分の面積率を高くできないことなどから、導電性が不安定となる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0012】
【特許文献1】特開2000−282290号公報
【特許文献2】特開2001−11655号公報
【特許文献3】特開2009−84590号公報
【特許文献4】特開2005−133169号公報
【特許文献5】特開2010−209405号公報
【特許文献6】特開2004−10993号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0013】
本発明者らは先に、ステンレス冷延鋼板にCuを含有させ、焼鈍後の脱スケールのため行われる酸洗工程においてCuをステンレス鋼板表面に置換析出させ、その後Niめっきを行うことによって、接触抵抗の低いステンレス鋼材が製造できることを提案した。
【0014】
本発明は、上記ステンレス鋼材をさらに改良することを目的とする。具体的には、ステンレス鋼材が厚さ0.1mm程度の薄鋼板であっても、酸洗による減肉の結果で板厚精度が低下することが防止され、板厚精度が高く、安定して接触抵抗が低いステンレス鋼板を提供することが本発明の課題である。
【課題を解決するための手段】
【0015】
本発明により、質量%で、C:0.15%以下、Si:1.0%以下、Mn:3.0%以下、Cr:10.0%以上22.0%以下、Ni:4.0%以上10.0%以下、Cu:1.0%以上4.5%以下、N:0.15%以下を含有し、残部Feおよび不純物からなる化学組成を有するステンレス鋼母材と、このステンレス鋼母材の表面上に形成された該ステンレス鋼母材に由来するCuを含む不動態皮膜と、更にその上に設けられたNiまたはNi合金からなる層を備えることを特徴とするステンレス鋼材が提供される。前記化学組成は、前記Feの一部に代えて、(1)質量%で2.0%以下のMo、および(2)Nb、V、Tiの少なくとも1種を質量%で合計0.5%以下、の一方または両方を含有しうる。
【0016】
前記ステンレス鋼母材は好ましくは平均結晶粒径が15μm以下である。
前記Cuを含む不動態皮膜は、熱間圧延後のステンレス鋼材にそれぞれ1回以上の焼鈍および酸洗工程を施し、最後の焼鈍後に酸洗等の脱スケールを行わずにNiまたはNi合金めっきを施すことにより形成されうる。
【0017】
NiまたはNi合金めっき後に調質圧延することによりステンレス鋼材にバネ特性を付与することができる。
別の側面において、本発明により、熱間圧延により前記化学組成を有するステンレス鋼材を作製し、このステンレス鋼材に酸洗工程、冷間圧延工程および冷間圧延後の焼鈍工程をそれぞれ1回以上施し、少なくとも最終焼鈍工程は無酸化性雰囲気中で行い、この最終焼鈍工程後のステンレス鋼材に直接Niめっきを施すことを特徴とするステンレス鋼材の製造方法が提供される。この製造方法は、電解Niめっき後に冷間での調質圧延を行う工程をさらに含んでいてもよい。
【0018】
以下に、本発明において使用される用語の定義を記載する。
「ステンレス鋼母材」とは、不動態皮膜や他の表面析出物(例えば、後述するCuリッチ層)を含まない(すなわち、それらの表面析出物より内部に存在する)ステンレス鋼材の母材部分を意味する。
【0019】
「不動態皮膜」とは、ステンレス鋼母材が大気中の酸素などと反応することにより母材表面上に形成される、酸化物などからなる絶縁性の皮膜である。
「ステンレス鋼基材」とは、後述するCuリッチ層をステンレス鋼母材の表面上に析出させる処理に供される被処理部材を意味する。
【0020】
「Cuリッチ層」とは、ステンレス鋼母材の表面に存在する、Cuを該母材より多量に含有する層を意味する。本発明では、このCuリッチ層は、酸洗工程で母材から溶出したCuが母材表面に再析出することにより形成されるので、Cuはステンレス鋼母材に由来する。また、Cuイオンを酸洗液に含有させても同様にCuリッチ層を形成できるが、Cuリッチ層を形成するのに長時間を要する。本発明においては、Cuリッチ層中の多くのCuは、酸洗後の最終焼鈍工程において生成する不動態皮膜中に熱拡散によって取り込まれてしまうため、最終焼鈍を後、酸洗等の脱スケール処理をせずにNiめっきすることにより製造された本発明に係るステンレス鋼材では、Cuを含有する不動態皮膜がステンレス鋼母材の表面に生成する。不動態皮膜中のCuは、金属原子として取り込まれていると考えられ、ステンレス鋼母材と不動態被膜の表面との通電パスを形成し、表面接触抵抗を低下させていると考えられる。
【発明の効果】
【0021】
本発明によれば、経時変化が少ない優れた導電特性(低い接触抵抗)を有し、しかも経済性に優れた導電性ステンレス鋼材が提供される。この導電性ステンレス鋼材を用いてなる導電性部品は、安価でありながら接点抵抗が低く、しかも抵抗の経時変化が少ない。また、薄鋼板においても高い板厚精度が得られる。
【0022】
本発明に係るステンレス鋼材は、表面がNiまたはNi合金めっき(以下、Ni系めっきと総称する)で被覆されており、耐食性や低い接触抵抗を有し、鉛フリーはんだ濡れ性に優れ、かつ強固なはんだ密着性を有する。加えて、硬度、プレス成形性にも優れ、耐薬品性も良好である。従って、このステンレス鋼材は、はんだで接合されることが多い電気部品または電子部品などの導電性部品、例えば、配線端子、コネクタや、精密バネ接点材、さらには、耐薬品性を求められるケース用途(例えば、大型Liイオン二次電池のケース)に適用するのに特に適している。
【図面の簡単な説明】
【0023】
【図1】ステンレス鋼母材の表面観察像から平均結晶粒径を求積法により求める方法を説明する図。
【図2】実施例で採用したステンレス鋼板の製造方法を示すフローチャート。
【発明を実施するための形態】
【0024】
以下、本発明に係るステンレス鋼材およびその製造方法を説明する。以下の説明において鋼組成における各成分元素の含有量を示す「%」は、質量%を意味する。また、主にステンレス鋼材がステンレス鋼板である場合を例にとって説明するが、ステンレス鋼材は鋼板である必要はなく、管、棒、線、異形材などの形態であってもよい。
【0025】
1.鋼組成
[C:0.15%以下]
Cは、固溶強化元素であり、鋼の強度向上に寄与するために、0.01%以上含有させるのが好ましい。しかし、C含有量が0.15%超と過度に多くなると、製造過程で粗大な炭化物が多数生成され、これら粗大な炭化物が破壊の起点となって、素材の成形性が劣化する。そこで、C含有量は0.15%以下とする。C含有量は好ましくは0.03%以下である。
【0026】
[Si:1.0%以下]
Siは、固溶強化元素であるとともに、溶製時の脱酸材としても用いられる。しかし、Si含有量が1.0%超と過度に多くなると、製造過程で粗大なSi化合物が生成され、これらの粗大なSi化合物は熱間加工性及び冷間加工性の劣化を招く。そこで、Si含有量は1.0%以下とする。Si含有量は好ましくは0.5%以下である。
【0027】
[Mn:3.0%以下]
Mnは、溶製時の脱酸材として用いられるとともに、オーステナイト生成元素であるのでオーステナイト相の安定度を調整可能な元素である。しかし、Mn含有量が3.0%超と過度に多くなると、製造過程で粗大なMn化合物が生成され、粗大なMn化合物は破壊の起点となって、素材の成形性を劣化させる。そこで、Mn含有量は3.0%以下とする。Mn含有量は好ましくは2.5%以下である。
【0028】
[Cr:10.0%以上22.0%以下]
Crは、ステンレス鋼の基本元素であり、10.0%以上含有することによりステンレス鋼母材の表面上に金属酸化物層(不動態皮膜)を形成して耐食性を高める作用を果たす。Cr含有量は好ましくは15.0%以上である。しかし、Crはフェライト安定化元素であるため、含有量が22.0%超と過度に多すぎるとδフェライトが生成し、このδフェライトは素材の熱間加工性を劣化させる。そこで、Cr含有量を22.0%以下とする。好ましくは21.0%以下である。
【0029】
[Ni:4.0%以上10.0%以下]
Niは、オーステナイト生成元素であり、室温で優れた成形性を示すオーステナイト相を安定して得るために、4.0%以上含有させる。しかし、Ni含有量が10.0%超と多すぎると、オーステナイト相が安定化し過ぎて、加工誘起マルテンサイト変態が抑制される。さらに、Niは高価な元素であり、Ni含有量の増加はコストの大幅な上昇を招く。そこで、Ni含有量は10.0%以下とする。好ましくは9.5%以下である。
【0030】
[Cu:1.0%以上4.5%以下]
Cuは、本発明に係るステンレス鋼材において、ステンレス鋼母材の表面上に設けられるCuリッチ層(詳細は後述する)の主成分となる。このため、Cu含有量が過度に少ないと、このCuリッチ層が酸洗中にステンレス鋼母材上に再析出されにくくなり、ステンレス鋼材からなる導電性部品の接触抵抗の増加をもたらす。従って、Cu含有量は1.0%以上とする。また、Cuはオーステナイト生成元素であり、オーステナイト相の安定度を調整可能な元素であり、Moが含有されている場合には、Moとの相乗効果で積層欠陥エネルギーを上昇させて、オーステナイト母相中の歪の蓄積を抑制する機能も有する。この意味でも、Cuを1.0%以上含有させることにより、過度な加工硬化が抑制されて成形性が向上する。
【0031】
しかし、Cu含有量が4.5%超と過度に多くなると、製造過程でCuが粒界に偏析し、この粒界偏析は熱間加工性を顕著に劣化させ、製造を困難にする。またマトリックス中にCu相が析出して加工性が不芳になる、バネ性が劣化する、などの問題が生じる。そこで、Cu含有量を1.0%以上4.5%以下とする。Cu含有量は、好ましくは3.0%超である。この範囲でCuを含有することにより、加工の初期から終期にかけてTRIP効果を継続させ、成形性をさらに向上することができる。本発明では、Cuの多くが鋼中に固溶しているために、前述した効果を発揮できる。
【0032】
[N:0.15%以下]
Nは、Cと同様に固溶強化元素であり、鋼の強度向上に寄与するために0.01%以上含有することが好ましい。しかし、N含有量が0.15%超と過度に多くなると、鋼板の製造過程で粗大な窒化物が多数生成され、この粗大な窒化物が破壊の起点となって、素材の成形性を劣化させる。よって、N含有量は0.15%以下とする。N含有量は好ましくは0.12%以下である。
【0033】
以下の元素は必要に応じて含有しうる任意元素である。
[Mo:2.0%以下]
Moは、Cuとの相乗効果で、積層欠陥エネルギーを上昇させてオーステナイト母相中の歪の蓄積を抑制する元素である。したがって、過度な加工硬化を抑制して成形性を向上させるために、母材がMoを0.1%以上含有することが好ましい。また、Moは、材料の耐食性を向上させる効果もある。しかし、Mo含有量が2.0%超と過度に多くなると、鋼板の製造工程で粗大なMo化合物が生成し、粗大なMo化合物は破壊の起点となって、素材の成形性を劣化させる。そこで、Moを含有する場合には、その含有量は2.0%以下とする。
【0034】
[Nb、V、Tiの少なくとも1種以上:合計0.5%以下]
Nb、VおよびTiは、それぞれ炭化物あるいは窒化物を生成し、ピン止め効果により結晶の粒成長を抑制して、結晶粒を微細化して、優れた成形性を得るのに有効な元素である。しかし、これらの元素の含有量が合計で0.5%超と多くなりすぎると、炭化物あるいは窒化物が粗大にかつ多量に析出する。これらの粗大な炭化物あるいは窒化物が破壊の起点となって、素材の成形性が劣化する。そこで、これらの元素を含有させる場合には、これらの元素の合計含有量を0.5%以下とする。この合計含有量は、好ましくは0.30%以下である。上述した効果を安定的に得るためには、Nb含有量は0.01%以上とすることが好ましい。V含有量は0.01%以上とすることが好ましく、0.02%以上とすればさらに好ましい。Ti含有量は0.02%以上とすることが好ましく、0.05%以上とすればさらにこのましい。
【0035】
本発明に係るステンレス鋼母材の化学組成の残部はFeおよび不純物である。ステンレス鋼の製造においては、スクラップを使用する場合が多いことから、種々の不純物元素が不可避的に混入する。そのため、不純物元素の含有量を一義的に定めることは困難である。本発明において、不純物とは、本発明の作用効果を阻害しない範囲の元素の含有を意味する。
【0036】
2.金属組織
本発明に係るステンレス鋼母材は、その平均結晶粒径が15μm以下であることが好ましい。これは、厳しい加工を受けた場合に加工面の特にコーナー部に肌荒れが生じるのを防ぐためである。平均結晶粒径が15μmを超えると前記肌荒れが目立つようになる。したがって、平均結晶粒径は15μm以下であることが好ましく、10μm以下であればさらに好ましい。
【0037】
平均結晶粒径の下限は特に限定されない。しかし、過度に小さくすることは製造上の負荷を増大させたり、組成の設計自由度を狭めたりする。このため、通常は1.5μm以上である。
【0038】
平均結晶粒径は、焼鈍条件、特に最終焼鈍条件に依存するので、最終焼鈍は結晶粒径を粗大化しないような条件で行うことが好ましい。
平均結晶粒径の求め方は特に限定されない。求積法、切断法、比較法などがある。本発明では10μm以下の結晶粒径を測定するため、下記の求積法(測定面積中の結晶粒の数を数えて、平均結晶粒径を計算する方法)により平均粒径を求めた。
【0039】
被測定試料を樹脂に埋め込み、エメリー紙研磨およびバフ研磨を行って、研磨面を鏡面に近い状態まで仕上げる。次に、グリセリンで薄めた王水を用いて研磨面のエッチングを行ない、エッチング後の研磨面を観察倍率1500倍で8視野のSEM観察を行う。図1はそのようにして観察されたSEM画像の一つである。図1に示されるように、画像内に設けられた所定の面積の長方形の枠内に結晶全体が含まれる場合(図1では白丸にて示されている)には結晶を1個単位で数え、枠線が結晶の内部を通過する場合(図1では黒丸にて示されている)には結晶を0.5個単位で数える。
【0040】
3.Cuリッチ層
本発明では、最終焼鈍を無酸化性雰囲気で行うことで、ステンレス鋼板表面に形成される不動態皮膜中にCuを取りこませる。
【0041】
一般にCu含有ステンレス鋼板を、例えば水素と窒素を含む無酸化性雰囲気中で焼鈍すると、鋼板表面の不動態皮膜中にCuが取り込まれる。しかし、不動態皮膜中に取り込まれたCuは、熱拡散によって母材内部から母材表面に移動してきたCuであるため、不動態皮膜中のCu濃度は、不動態皮膜の接触抵抗を改善できるほどの濃度とはならない。また、不動態皮膜中のCuの形態は不明であるが、多くが金属原子として存在していると推測され、一部のCuはCu相として存在している可能性もある。
【0042】
本発明では、熱間圧延後または冷間圧延の中間焼鈍後の酸洗工程において、鋼中のCuが一旦酸洗液の中に溶けだした後、溶けだしたCuがステンレス鋼板表面に再析出すること等によって、ステンレス鋼板上にCuリッチ層が形成される。このCuリッチ層は、ステンレス鋼板表面上に均一に形成されるのではなく、斑らに(島状に)形成されるのが普通である。この理由は、酸洗中のCuの析出がステンレス鋼板中に含まれるFe等の原子との置換反応によって析出するためである。前記のCuリッチ層は、酸洗を繰り返すごとに厚く形成される。
【0043】
このCuリッチ層のステンレス鋼板における最終焼鈍前の厚さは、0.005μm以上0.5μm以下とすることが好ましい。Cuリッチ層の厚さが0.005μmを下回ると接触抵抗が上昇することが懸念される。また、Cuリッチ層の厚さが0.5μmを超えると、この厚さのCuリッチ層を形成するために要する時間が長くなって生産性が低下する。
【0044】
なお、Cuリッチ層の厚さは薄いため、その厚さの測定値の正確性を高める観点から、次の方法でCuリッチ層の厚さを測定することが好ましい。
ステンレス鋼基材上にCuリッチ層を析出させた後、その表面にさらにNi系めっきを施し、Cu相がステンレス鋼母材とNi系めっき層との間に挟まれた状態とする。続いて、このステンレス鋼材を切断し、表面部の断面観察するための試料を複数作成し、それぞれの試料について、好ましくは樹脂に埋め込んで断面を公知の方法により研磨する。断面観察用の試料を得るべく研磨を行うと、最表層部は研磨時の応力が集中するために過度に研磨されやすく、また硬度が大きく変動する部分では過度に研磨されたりする傾向もあり、表面部がCuのようなステンレス鋼母材よりも相対的に軟質な材料の場合に顕著になるが、上記の方法によればCuリッチ層はNi系めっきとステンレス鋼母材との間に挟まれているため、Cuリッチ層が研磨の過程で過度に研磨されることが抑制される。研磨後の試料については、公知の方法で観察してCuリッチ層の厚さを測定すればよい。
【0045】
ここで、本発明に係るステンレス鋼材では、ステンレス鋼母材の表面上にCuリッチ層のみならず不動態皮膜が形成されることから、Cuリッチ層を形成する処理が施されたステンレス鋼材であっても、そのステンレス鋼材における母材の表面上にはCuリッチ層が形成されない領域も存在する。このため、研磨後の試料の断面を観察すると、Cuリッチ層の厚さは観察に係る断面において一定ではなく、Cuリッチ層の厚みを十分に計測できる部分と、Cuリッチ層の厚みを実質的に計測できない部分とを有する。したがって、本発明に係るCuリッチ層の厚みは、観察に係る断面における平均値として求められる。
【0046】
このCuリッチ層の平均厚みの計測方法は特に限定されない。断面観察像を画像処理することによって求めてもよいし、次の方法により求めてもよい。すなわち、断面観察像においてCuリッチ層または不動態皮膜との界面をなすステンレス鋼母材の末端線上に複数の測定点を任意に設定する。これらの複数の測定点におけるCuリッチ層厚さを計測する。このとき、測定点が不動態皮膜とステンレス鋼母材との界面に相当する場合にはCuリッチ層厚さは0μmとなる。こうして測定した複数の測定点におけるCuリッチ層の厚さを平均してCuリッチ層の平均厚さとする。
【0047】
一方Cuリッチ層の厚さが0.01μm程度以下と薄くなると、上記の方法では測定精度が低くなる。このような場合は、機器分析装置による分析で、純銅を標準試料として定量分析を行ってもよい。この場合、XPS等の光電子分光分析や、WDS等のX線分析装置が制度的に好適である。但し、光電子分光分析等は、0.1μm以上の厚さの定量分析には不向きである。
【0048】
酸洗工程で生成したCuリッチ層は、その後の最終焼鈍工程で、不動態皮膜中やステンレス鋼母材中に熱拡散によって取り込まれので、最終焼鈍中にCuリッチ層自体は消失する(ただし、Cuリッチ層が厚い場合は、その一部が最終焼鈍後も残存する場合がある)が、形成された不動態皮膜は、Cuを含有するために導電性を有することとなる。その後、酸洗せずにNi系めっきを施すことにより、導電性を有したNi系めっきステンレス鋼板が得られる。
【0049】
このNi系めっきステンレス鋼板は、不動態皮膜が導電性を有することから、大きな電流を通電させた場合においても、ステンレス鋼板とNi系めっき層との界面におけるジュール熱の発生が抑制されると同時に、熱を散逸させやすくなる。このため、前記界面における接触抵抗が経時的に上昇する現象が生じにくい。
【0050】
4.Ni系めっき層
本発明に係るステンレス鋼板では、上述したように、ステンレス鋼母材の表面に導電性を有するCu含有不動態皮膜が形成されるが、その不動態皮膜の表面は、Ni系めっき層(すなわち、NiまたはNi合金からなるめっき層)で被覆され、このNi系めっき層が導電性を有する不動態皮膜と電気的に接続される。
【0051】
Ni系めっき層の厚さは10μm以下とすることが好ましい。過度に厚くなると生産性が低下する上に、めっき内に発生する応力によってめっきの密着性が低下することが懸念される。めっきの密着性が低下すると、接触抵抗の経時的な安定性が低下する。
【0052】
Ni系めっき層の組成およびその製造方法は特に限定されない。Niのみでもよいし、耐食性を高めるため、または硬度を調整するために、他の元素を含有させてもよい。Ni合金の例としては、Ni−Zn、Ni−Pd、Ni−W、Ni−W−Coなどが例示される。めっき方法は電気めっき、無電解めっき、ドライプレーティングのいずれでも構わないが、経済性の観点からは電気めっきが好ましい。
【0053】
5.製造方法
上記の化学組成を有するステンレス鋼母材、導電性を有するCu含有不動態皮膜、および上記のNi系めっき層を備える限り、本発明に係るステンレス鋼材の製造方法は限定されない。しかし、次の製造方法により製造すれば、本発明に係るステンレス鋼材を安定性かつ経済性に優れて製造することができる。
【0054】
その製造方法の特徴は、ステンレス鋼材の製造における熱間圧延によって得られたホットコイルの焼鈍酸洗工程あるいは冷間圧延工程の中間焼鈍酸洗工程でCuをステンレス表面に析出させ、冷間圧延後の最終焼鈍工程は無酸化性雰囲気で行って、酸洗工程で形成させたCuリッチ層を熱拡散により不動態皮膜に取り込ませる処理を行うことと、その後酸洗処理等を実施することなく直接その表面にNi系めっき処理を行うこととにある。
【0055】
Cuリッチ層を形成する処理に供されるステンレス鋼基材は、溶製されたステンレス鋼に対して熱間圧延(その後のスケール除去のための酸洗を伴う)と、冷間圧延および場合により中間焼鈍を経たものである。冷間圧延に供されるステンレス鋼材は、次に説明するように熱間圧延後の酸洗により表面にCuリッチ層が形成されているため、表面のCu濃度が高くなっている。
【0056】
熱間圧延後は、得られた熱延鋼材を保温することなく、速やかに冷却を行うことが好ましい。この理由は、熱間圧延後に保温を行うと、ステンレス鋼中のCuが析出し、その後の酸洗工程中に酸線液にCuが溶出しにくくなることや、加工性が劣化するためである。
【0057】
熱間圧延が完了した時点で、表面にはスケールが存在している。このスケール中には鋼母材由来のCuを含有している。その後の酸洗で表面のスケールを除去するが、この時、表面スケール中のCuは、一旦溶出し、その後に表面に再析出する。そのために、ステンレス鋼板の表面にCuリッチ層が形成される。酸洗は、ステンレス鋼材の酸洗に使用可能な酸洗液を用いて実施すればよい。例えば、硝フッ酸浴、硝硫酸浴、硫酸浴などが使用できる。なかでも、硫酸を含む酸液で酸洗をおこなう場合に、Cuリッチ層が多く形成される傾向がある。
【0058】
この後、冷間圧延を行う。冷間圧延が終了すると、表面のCuリッチ層は圧延加工により鋼母材と強固に密着された状態になる。冷間圧延により導入された加工歪の除去などを目的として、冷間圧延後の鋼板に対して最終焼鈍がなされる。
【0059】
この最終焼鈍の際の雰囲気を無酸化性雰囲気とすることにより、鋼板表面のCuリッチ層は、この焼鈍で生成する不動態皮膜中に取り込まれるので、Cuを含有し、それにより導電性を備えた不動態皮膜が生成する。Cuリッチ層の一部はステンレス鋼板中にも取り込まれるが、Cuリッチ層が厚い場合は、一部Cu層としてステンレス鋼板と導電性を有する不動態皮膜との間に残存する場合がある。このようにして形成された最表層のCu含有不動態皮膜は、導電性を有するために、表面の接触抵抗を低下させることができる。
【0060】
焼鈍に用いる無酸化性雰囲気は、不活性ガス雰囲気(窒素、アルゴンなどの1種または2種以上からなる雰囲気)、少なくとも1種の不活性ガスと水素とからなる雰囲気、および水素100%の雰囲気のいずれでもよい。酸化を防ぐため、雰囲気ガスの露点は−30℃以下であることが望ましく、より望ましく−60℃以下である。雰囲気ガスが還元作用を有する水素を含んでいることが望ましい。経済性も考慮して最も望ましいのは水素と窒素との混合ガスである。
【0061】
冷間圧延を2回以上に分けて行う場合には、最後の冷間圧延より前の冷間圧延後に中間焼鈍を行ってもよく、また中間焼鈍後に酸洗を実施してもよい。こうして酸洗を2回以上行うことによりCuリッチ層の厚さを増大させることができる。中間焼鈍の焼鈍条件は特に制限されない。一方、最終焼鈍は前記のように無酸化性雰囲気で行い、かつその後に酸洗は行わない。また、最終焼鈍工程は、1000℃未満の温度で行うことが好ましい。それにより、平均結晶粒径が15μm以下、望ましくは10μm以下の、プレス成形性が一般的なSUS304材より優れステンレス鋼材を得ることができる。
【0062】
こうして得られた導電性を有するCu含有不動態皮膜を備えるステンレス鋼板の表面上に、Ni系めっきを施す。Ni系めっきの形成方法として電気めっきが好ましいこと、およびめっきの厚さは10μm以下が好ましいことは前述のとおりである。電気めっきを行うにあたり、ステンレス鋼母材が通電されるようにしながらめっきを行うことにより、形成されたNi系めっきが導電性を有する不動態皮膜と電気的に接続されることが担保される。
【0063】
Ni系めっき後は、必要に応じて調質圧延を施す。調質圧延は、求められる硬さ、伸びにより適切な圧下率を設定して実施すれば良い。本発明の実施例では304CSP 1/2Hを想定し、約10%の圧下率を設定した。本発明では、表面のNi系めっき層が導電性を有する不動態皮膜を介してステンレス鋼板と強固に接合しているため、調質圧延によってもめっき層が剥離することはない。
【実施例】
【0064】
以下の実施例は本発明を例示するものであり、本発明はそれにより制限されない。
1.実施例に用いるステンレス鋼板の準備
表1に示す組成のステンレス鋼を真空雰囲気高周波誘導加熱炉で溶製した。なお、溶解時はAr雰囲気とした。得られたインゴットに対して図2に示す各工程を実施し、本実施例に用いるステンレス鋼板を得た。
【0065】
【表1】

【0066】
2.評価方法
(1)表面抵抗の測定
本発明に係る材料の表面抵抗を下記の装置および方法で測定し、従来技術(特許文献1から6)に従った方法により得られた材料の表面抵抗との比較を行った。
【0067】
測定装置:三菱化学(株)製の抵抗率計ロレスターGP
測定プローブ:ASプローブ(4探針、探針間5mm、加圧力210g/本)
測定法:JIS K7194に準拠
(2)はんだ濡れ性の評価
本発明で得られる材料のはんだ濡れ性評価は以下の試験装置と評価条件で行った。
【0068】
評価装置:(株)レスカ製SAT−5100
はんだ:千住金属工業(株)製M705 Sn−3Ag−0.5Cu鉛フリーはんだ
フラックス:タムラ化研(株)製Y−20 活性フラックス
試験方法:ウェットバランス法、JEITA ET−7404,JIS C0099に準拠
温度:300℃
浸漬深さ:5mm
浸漬時間:10秒
ハンダ浴に被試験材を浸漬する速度:20mm/sec
濡れ性は、ウェットバランス法による試験において試験片(板厚×3.0mm幅×40mm長)が受ける浮力とはんだの濡れ表面張力が一致するまでの時間(ゼロクロス時間、T0)により評価を行った。なお、本発明の材料は、調質圧延後にはんだ濡れ性を調査した。
【0069】
(3)表面から深さ方向の元素分析
本発明材料の表面から深さ方向の元素の状態を調査するために、ESCAにより濃度および状態分析を行った。
【0070】
「分析手法・条件」
手法 :ESCA
装置仕様 : アルバック・ファイ社製Quantum 2000
X線源 : mono-AlKα(hν=1486.6eV)
X線径 : 約200μmφ板中央付近の任意ポイント
検出深さ : 約1〜1000nm(光電子取出角:45°)
帯電中和銃: 1.0V、20μA
Arスパッタリングにより深さ方向に元素分析。
【0071】
(4)プレス成形性試験(角筒絞り試験、1回絞り)
ポンチ:50mm正方形,肩RおよびコーナーRともに5mm
元板サイズ:80〜120mm正方形
潤滑油:一般機械油550S
評価:サイズの異なる元板をポンチで絞りきり、割れずに絞れる成形高さで評価。市中から入手したSUS304のBA(焼鈍)材と比較し、割れずに絞れる高さがSUS304BA材より高い材料を○(良好)とした。
【0072】
(5)コスト
各材料の製造工程を勘案して、次の基準で評価を行った。
○(良好):製造工程が簡素であり、製造コストも低い、
△(不良):製造工程が複雑であり、製造コストは高い、
×(特に不良):製造コストが著しく高く、工業的生産に向かない。
【0073】
(6)総合評価
上記の評価に基づき、次の基準で総合評価を行った。
○(良好):電気的特性、プレス成形性およびはんだ濡れ性に優れ、生産性も高く、製造コストは低い、
△(不良):電気的特性、プレス成形性およびはんだ濡れ性に優れておらず、生産性は低く、製造コストは高い、
×(特に不良):製造コストが著しく高く、工業的生産に向かない。
【0074】
3.焼鈍条件
焼鈍は表2に記載した組成のガスを用いて実施した。焼鈍時間は各実施例に記載した通りである。
【0075】
【表2】

【0076】
4.酸洗条件
酸洗は、表3に示した組成の酸洗液を用いて、表示の温度で実施した。処理時間は各実施例に記載した通りである。
【0077】
【表3】

【0078】
5.Niめっき条件
Niめっきは、表4に示した組成のめっき液を用いて、表示のめっき条件での電解めっきにより実施した。
【0079】
【表4】

【0080】
6.従来技術の追試
特許文献1から6に開示される技術について追試を行った。以下に試験条件等について詳しく説明する。なお、特許文献4、5に記載される技術については、追試は行わず、コストの観点での評価のみを行った。
【0081】
(1)特許文献1
素材として、表面粗さRaが0.045μmの0.25mm厚SUS304冷延ステンレス鋼板を用いた。
【0082】
上記素材に対して電解脱脂を実施後、硫酸10g/L、浴温30℃の硫酸液に浸漬することにより酸洗を実施した。その後、下記の条件でNiストライクめっきを行った。
浴組成:硫酸ニッケル300g/L+硫酸ナトリウム80g/L
浴温度:60℃
pH:2.1
電流密度:0.5kA/m2
陰極析出効率:30%
めっき膜厚:0.2μm
Niストライクめっきされた表面を水洗した後、下に掲げるNiめっき条件でNiめっき層を形成した。
【0083】
浴組成:硫酸ニッケル300g/L+硫酸ソーダ80g/L
浴温度:60℃
pH:3.2
電流密度:1kA/m2
めっき膜厚:1μm
Niめっき後のステンレス鋼板の光沢度は460であった。
【0084】
(2)特許文献2
特許文献2は、線材を対象としたものであり、電解酸洗→スマット除去→Niめっき→Cuめっき→水洗→伸線のプロセス手順である。最終の伸線を圧延に置き換え従来技術とした。
【0085】
素材:0.40mm厚のSUS304冷延ステンレス鋼板
電解酸洗:15質量%硫酸中で電解酸洗
スマット除去:ふっ酸−硝酸溶液を用いて除去
Niめっき:特許文献1と同じ条件
Cuめっき:
浴組成:硫酸銅200g/L+硫酸50g/L
対極:銅板
浴温度:30℃
電流密度:3A/dm2
めっき時間:15秒
最終加工:0.40mm厚を0.25mm厚まで冷間圧延。
【0086】
(3)特許文献3
素材として、表面粗さRaが0.045μmの0.25mm厚SUS304冷延ステンレス鋼板を用いた。
【0087】
上記素材に対してアルカリ電解脱脂を行った後、以下の条件でCu下地めっきを行い、その後Niめっきを実施した。
下地Cuめっき
浴組成:硫酸濃度100g/L+銅濃度5g/L
対極:Ti
浴温度:30℃
電流密度:2A/dm2
めっき時間:20秒
Niめっき
浴組成:ワット浴
浴温度:60℃
電流密度5A/dm2
めっき時間:20秒。
【0088】
(4)特許文献4
貴金属である銀を用いる発明で、経済性の観点(銀の価格は約10万円/kg)で問題がある。
【0089】
(5)特許文献5
特許文献5に提案されている方法は、モリブデン酸イオンを含む電解液中での陰極電解により酸化モリブデンを不動態皮膜中に析出させ、その後焼鈍において還元する方法である。酸化モリブデンを析出させる工程が新たに必要なこと、モリブデン自体が高価であるなどの問題があるので、経済性の観点のみで評価した。
【0090】
(6)特許文献6
特許文献6に記載されているF−2と同等組成の材料を溶解し(表1の材質欄のM)、最終焼鈍前に800℃×24時間のCuリッチ相析出処理を施した。その後、実施例に記載するように焼鈍、酸洗処理、そして調質圧延を行い、評価に供した。
【0091】
(実施例1)
本発明の効果を実証するため従来技術の材料との比較を行った。比較を行った項目は、表面抵抗、表面抵抗の経時変化、はんだ濡れ性、そしてコストの4点である。
【0092】
本発明例では、表1に示す鋼種のうちAの組成を有する鋼塊を用いて、図2に示す工程順でステンレス鋼板を製造した。これらの工程のうち、熱間圧延工程(3)後の焼鈍・酸洗工程(4)での焼鈍雰囲気は、表5の欄中に示した表2に示す条件1〜5を、酸洗は表3に示す酸洗液1〜3を適用した。工程(6)および工程(8)の焼鈍は、工程(4)の焼鈍と同じ雰囲気ガスを用いて実施した。実施例1では、工程(8)において酸洗は実施しなかった。工程(10)の最終焼鈍は、表5に示す焼鈍条件(雰囲気条件は表2に記載)で実施した。その後、脱脂や酸洗処理を実施することなく、表5に示すNiめっき処理条件(めっき液およびめっき条件は表4記載)で直流電解によりNiめっきを実施した。こうして得られた、Niめっき冷延ステンレス鋼板に対して上記の評価を行った結果を表5に示す。
【0093】
【表5】

【0094】
表5に示される結果から、本発明に係る材料について次の点が確認された。
(A)初期の表面抵抗が2.0×10−3Ω/□未満と低く、経時変化テストでの抵抗上昇が少ない。経時劣化が小さいのは、結晶粒が小さく、Cuリッチ層を生成させる際に母材が過度な腐食に曝されないことに起因すると考えられる。
【0095】
(B)特に最終焼鈍雰囲気の露点が−60℃以下(焼鈍条件2〜5)であった材料は、表面に露出したCuリッチ層の酸化が軽微であるため、より低い初期の表面抵抗であり、次に述べる鉛フリーはんだ濡れ性が良好であった。
【0096】
(C)前述したように、焼鈍条件が2〜5であると、はんだ濡れ性が良好(ゼロクロス時間<1.00秒)である。
(D)バネ材に求められる硬さ(304−CSP 1/2Hに規定のHv>250)を有している。
【0097】
(E)従来技術4、5のように高価な銀や多量のMoを使用する必要がなく、さらに複数回めっき処理が不要であり、また800℃×24時間のような長時間の熱処理が不要でありながら、上記のように優れた特性が得られるため、経済性に優れるプロセスである。
【0098】
(実施例2)
本発明の好適な範囲を定めるに至った検討内容を表6に示す。工程順は図2に示した通りである。表6に記載のない最終焼鈍(10)は、表6の工程(8)と同じ条件の雰囲気ガス用いて図に示す条件で実施した。ただし、実施例2−7のみ、焼鈍温度を850℃ではなく1100℃に高めて実施した。評価を行った項目は、平均結晶粒径、初期表面抵抗、表面抵抗の経時変化、鉛フリーはんだ濡れ性、硬さ、そしてプレス成形性である。結果も表6に併記する。
【0099】
【表6】

【0100】
1)本発明例である実施例2−0〜2−6では、初期の表面抵抗が2.0×10−3Ω/□未満と低く、経時変化テストでの抵抗上昇が少ない。また鉛フリーはんだ濡れ性試験のゼロクロス時間が1秒未満で濡れ性に優れる。さらに、プレス成形性(角筒絞り試験)では、基準となる従来例であるSUS304焼鈍材より優れる。
【0101】
2)本発明例の2−0と2−1は、焼鈍酸洗工程の回数の影響を調査するための実施例であるが、工程(4)、(8)のいずれにおいても酸洗処理を施した実施例2−0は、初期の表面抵抗が低く、経時変化テストの抵抗上昇が少なく、またはんだ濡れ性が良好でゼロクロス時間が0.9秒以下の短時間となる。この差異が発生する原因は、酸洗時のCu溶解・再析出の回数が増えたため、Cuリッチ層厚が厚くなるとともに、不動態皮膜中に取り込まれるCuが多くなるためである。実施例2−6も2−0と同様に焼鈍・酸洗工程を2回施した材料である。この材料も、2−0と同様に低い接触抵抗と優れた鉛フリーはんだ濡れ性を有する。
【0102】
本発明例である実施例2−7は、最終焼鈍工程(10)を1100℃で実施したため、結晶粒が15μm以上と粗大化し、プレス成形性がSUS304焼鈍材と同等とやや劣化するが、他の試験項目では優れた特性を有する。
【0103】
実施例2−8〜2−13は、使用したステンレス鋼の組成(母材組成)が本発明で規定する組成からはずれているため、比較例である。
実施例2−8は、Ni含有量が高く、高価な材料である。
【0104】
実施例2−9は、Cu含有量が少ないため、表面抵抗が高い。
実施例2−10は、Cu含有量が高すぎ、熱間加工時に溶融脆化の問題が発生する。このため量産が困難という問題を有する。
【0105】
本発明の材料は電気接点等の成形加工が必要な用途に供されるため、良好な加工性が求められる。この観点からすると、実施例2−11、2−12の材料は成形性や加工性に劣る。
【0106】
実施例2−13は、Ni含有量が低く、室温で優れた成形性を有するオーステナイト相を安定して得ることができない。
以上からわかるように、本発明に係るNiめっきステンレス鋼材は、表面抵抗が低く(導電性に優れ)、鉛フリーはんだ濡れ性にも優れ、加えて、硬度、プレス成形性にも優れたている。従って、このステンレス鋼材は、精密バネ接点材や耐薬品性を求められるれケース用途(具体的には大型Liイオン電池ケース)に好適である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量%で、C:0.15%以下、Si:1.0%以下、Mn:3.0%以下、Cr:10.0%以上22.0%以下、Ni:4.0%以上10.0%以下、Cu:1.0%以上4.5%以下、N:0.15%以下を含有し、残部Feおよび不純物からなる化学組成を有するステンレス鋼母材と、このステンレス鋼母材の表面上に形成された該ステンレス鋼母材に由来するCuを含む不動態皮膜と、更にその上に設けられたNiまたはNi合金からなる層を備えることを特徴とするステンレス鋼材。
【請求項2】
前記化学組成が、前記Feの一部に代えて、質量%で2.0%以下のMoを含有する請求項1に記載のステンレス鋼材。
【請求項3】
前記化学組成が、前記Feの一部に代えて、Nb、V、Tiの少なくとも1種を質量%で合計0.5%以下含有する請求項1または2に記載されたステンレス鋼材。
【請求項4】
前記ステンレス鋼母材の平均結晶粒径が15μm以下である請求項1から3のいずれかに記載のステンレス鋼材。
【請求項5】
前記Cuを含む不動態皮膜が、熱間圧延後のステンレス鋼材に1回以上の焼鈍および酸洗工程を施し、最後の焼鈍後に酸洗を行わずに電解Niめっきを施すことにより形成されたものである、請求項1から4のいずれかに記載のステンレス鋼材。
【請求項6】
前記電解めっき後に調質圧延することによりバネ特性が付与された、請求項1から5に記載のステンレス鋼材。
【請求項7】
熱間圧延により請求項1から3のいずれかに記載の化学組成を有するステンレス鋼材を作製し、このステンレス鋼材に酸洗工程、冷間圧延工程および冷間圧延後の焼鈍工程をそれぞれ1回以上施し、少なくとも最終焼鈍工程は無酸化性雰囲気中で行い、この最終焼鈍工程後のステンレス鋼材にNiまたはNi合金めっきを施すことを特徴とする、請求項1から5のいずれか記載のステンレス鋼材の製造方法。
【請求項8】
前記電解めっき後に冷間での調質圧延を行う工程をさらに含む請求項7に記載の方法。

【図2】
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【図1】
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【公開番号】特開2013−87329(P2013−87329A)
【公開日】平成25年5月13日(2013.5.13)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−228939(P2011−228939)
【出願日】平成23年10月18日(2011.10.18)
【出願人】(000006655)新日鐵住金株式会社 (6,474)
【Fターム(参考)】