説明

ステンレス鋼材へのめっき方法及びそのめっき材

【課題】過酷な腐食環境下であっても、ステンレス鋼材の孔食状の腐食を抑制することができるステンレス鋼材へのめっき方法を提供する。
【解決手段】ステンレス鋼材の表面に、第一のめっき金属層を被覆する工程S13と、該第一のめっき金属層が被覆されたステンレス鋼材を熱処理することにより、前記ステンレス鋼材の元素と前記第一のめっき金属層の元素が相互に拡散した相互拡散層を形成する工程S14と、該相互拡散層が被覆されたステンレス鋼材の表面に、第二のめっき金属層を被覆する工程S16と、を少なくとも含む。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ステンレス鋼材の表面にめっき処理を行うめっき方法およびそのめっき材に係り、特に、耐食性に優れたステンレス鋼材へのめっき方法及びそのめっき材に関する。
【背景技術】
【0002】
従来から、自動車部品など、腐食環境下にある鋼材の表面には、鋼材である母材の腐食を抑えるべく、亜鉛、ニッケル、クロム等のめっき被膜(めっき金属層)が被覆されている。緩やかな腐食環境下である場合には、鋼材に犠牲腐食作用のある亜鉛めっき等が施されるのが一般的である。しかしながら、強酸雰囲気下などの過酷な腐食環境下では、単に、犠牲腐食作用のあるめっきを行ったとしても、母材である鋼材の腐食の進行を充分に抑えることができない。
【0003】
このような観点から、鋼材の中でも耐食性の高いステンレス鋼材を用いたり、さらにこのステンレス鋼材を母材として、耐食性の高い金属でめっき金属層(バリアタイプのめっき金属層)を被覆したりするような手法が採られている。このような手法の一例として、例えば、フェライト系またはオーステナイト系ステンレス鋼板の表面に、無電解めっきによりリン含有ニッケル皮膜を形成し、その後、加熱処理により、リン含有ニッケルを内部に拡散させるステンレス鋼材のめっき方法が提案されている(例えば特許文献1参照)。このめっき方法によれば、加熱処理によりリン含有ニッケル皮膜(ニッケルめっき層)のニッケルは、結晶化するものの、このニッケルめっき層がステンレス鋼材の表面に被覆されるので、ステンレス鋼材の耐食性は向上する。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2004−205059号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、特許文献1に示す如く、ステンレス鋼材の表面にニッケルめっき層などのめっき層を設けた場合であっても、例えば、pH2〜3の強酸雰囲気下に、長時間晒された場合、めっき層は腐食する。
【0006】
めっき層の腐食がさらに進むと、腐食は、ステンレス鋼材(母材)の表面に達する。このとき、めっき層の材料よりも、ステンレス鋼材の材料のほうが、卑なる材料であるので、さらに腐食が進むと、図4に示すように、ステンレス鋼材は、孔食状の腐食状態となる。この状態から、ステンレス鋼材の厚さ方向に沿って腐食がさらに進行した場合、ステンレス鋼材の内部を腐食孔が貫通してしまい、この結果、ステンレス鋼材の部品は、その本来の機能を失うおそれがある。なお、単に、ステンレス鋼材を用いた場合には、酸化クロムの不動態膜が形成される。この場合であっても、図4と同様の孔食状の腐食状態になってしまう。
【0007】
また、このようなニッケルなどのめっき層には、ピンホールと呼ばれるめっき層の表面から内部に向って延在した微細な空孔が、僅かながらにも形成される。このピンホールを介して、酸溶液等の腐食液が浸入することがある。これにより、上述の如くステンレス鋼材(母材)に孔食状の腐食が発生するおそれがある。
【0008】
本発明は、このような点を鑑みて成されたものであり、その目的とするところは、過酷な腐食環境下であっても、ステンレス鋼材の孔食状の腐食を抑制することができるステンレス鋼材へのめっき方法及びそのめっき材を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
前記課題を解決すべく、本発明に係るステンレス鋼材へのめっき方法は、ステンレス鋼材に、第一のめっき金属層を被覆する工程と、該第一のめっき金属層が被覆されたステンレス鋼材を熱処理することにより、前記ステンレス鋼材の元素と前記第一のめっき金属層の元素が相互に拡散した相互拡散層を形成する工程と、該相互拡散層が形成されたステンレス鋼材に、第二のめっき金属層を被覆する工程と、を少なくとも含むことを特徴とする。
【0010】
本発明では、まず、ステンレス鋼材(ステンレス鋼からなる部材)の表面に第一のめっき金属層を被覆する。次に、第一のめっき金属層を利用して、相互拡散層を形成する。すなわち、第一のめっき金属層が被覆されたステンレス鋼材を熱処理することにより、第一のめっき金属層の元素が、ステンレス鋼材との界面からステンレス鋼材の内部に拡散すると共に、ステンレス鋼材の元素(Fe,Cr,C等)が、第一のめっき金属層の界面から第一のめっき金属層の内部に拡散する。本発明では、このように双方の元素が相互に拡散した層を、相互拡散層という。次に、この相互拡散層が形成されたステンレス鋼材に、第二のめっき金属層を被覆する。
【0011】
このようにしてステンレス鋼材にめっき処理を施しためっき材は、第二のめっき金属層を構成する金属に比べて、相互拡散層を構成する金属の方が、卑なる金属(イオン化傾向の大きい金属)となるため、この相互拡散層が、犠牲腐食層として作用する。すなわち、ステンレス鋼の母材に腐食が進行する前に、相互拡散層が先に腐食される。この結果、ステンレス鋼の母材の表面に沿った方向に腐食が進行し、ステンレス鋼の母材の厚さ方向に沿った腐食、すなわち、ステンレス鋼の母材への孔食状の腐食を抑制することができる。ここで、本発明にいう「めっき金属層」とは、層の主材が金属材料となる層のことをいう。
【0012】
また、第一のめっき金属層の一部又は全部が相互拡散層となるように、熱処理によりステンレス鋼材の元素を、第一のめっき金属層に拡散させることができるが、より好ましい態様としては、本発明に係るステンレス鋼へのめっき方法は、前記相互拡散層を形成する工程において、第一のめっき金属層の表面まで前記ステンレス鋼材の元素を拡散させる。
【0013】
すなわち、本発明は、換言すると第一のめっき金属層の全体に、ステンレス鋼材の元素を、拡散するものである。本発明によれば、第一のめっき金属層の表面までステンレス鋼材の元素を拡散させるので、この表面(相互拡散層の表面)には鉄元素が存在することになる。これにより、この表面に被覆された第二のめっき金属層の密着強度は、表面に鉄元素が存在しないものに比べて、さらに向上する。
【0014】
また、第一のめっき金属層を被覆する前には、ステンレス鋼材の表面に形成される不動態皮膜(大気中で酸素と結合して表面に形成されるステンレス鋼特有の酸化クロム皮膜)を除去することが一般的である。しかしながら、より好ましくは、本発明に係るステンレス鋼材へのめっき方法では、前記第一のめっき金属層を被覆する前に、電解めっき法により、前記ステンレス鋼材の表面に形成された不動態皮膜を除去すると共に、除去された表面に、前記第一のめっき金属層のめっき金属と同じ種類のめっき金属からなる層を被覆する。
【0015】
本発明によれば、電解めっき法により、同じめっき浴槽内において、不動態皮膜を除去すると同時に、前記第一のめっき金属層と同種のめっき金属層(ストライクめっき層)を被覆することができる。これにより、不動態皮膜の除去後、ステンレス鋼材は大気に触れることはないので、再度、不動態皮膜は形成され難い状態で、密着強度の高いめっき金属層(ストライクめっき層)を形成することができる。また、同種のめっき金属層が形成されるので、第一のめっき金属層の密着強度を向上させることもできる。なお、ここで、本発明にいう「第一のめっき金属層のめっき金属と同じ種類のめっき金属」とは、主材となる金属が同じことを意味し、例えば、第一のめっき金属層がニッケル系金属(すなわち、ニッケルまたはこれを主材とした化合物)である場合、ここでめっきされるめっき金属は、ニッケル系金属となる。
【0016】
また、第一のめっき金属層のめっき金属は、相互拡散層の形成時の熱処理により溶融することなく、この金属を構成する元素がステンレス鋼に拡散するのであれば、特に限定されず、より好ましくは、ステンレス鋼よりも貴なる金属(イオン化傾向の小さい金属)である。たとえば、第一のめっき金属層のめっき金属としては、ニッケル、クロム、錫、パラジウム、または、これらの合金金属等を挙げることができるが、より好ましくは、前記第一めっき金属層のめっき金属は、ニッケル系金属である。ニッケル系金属(ニッケル及びこれを主材とした化合物)は他の金属に比べて汎用性があり、相互拡散層の形成時の熱処理により、溶融することなく、さらには、ステンレス鋼材を鋭敏化することなく、ニッケル元素をステンレス鋼に拡散することができる。
【0017】
また、ステンレス鋼材は、フェライト系ステンレス鋼材、オーステナイト系ステンレス鋼材、マルテンサイト系ステンレス鋼材など、特に限定されるものではない。また、相互拡散層を被覆する工程において、行う熱処理は、ステンレス鋼材の元素と第一のめっき金属層の元素を相互に拡散させることができるのであれば、その熱処理の温度条件は特に限定されるものではない。
【0018】
しかしながら好ましい態様としては、前記ステンレス鋼材は、オーステナイト系ステンレス鋼材であり、前記相互拡散層を形成する工程において、前記ステンレス鋼材を800℃〜1100℃の範囲で加熱することにより前記熱処理を行う。
【0019】
本発明によれば、オーステナイト系ステンレス鋼材を用いることにより、酸による粒界腐食等を抑えることができ、さらに、このような熱処理条件で、オーステナイト系ステンレス鋼を加熱しても、ステンレス鋼の鋭敏化を抑えることができる。すなわち、熱処理温度が、600℃〜800℃未満である場合には、オーステナイト粒界にCr炭化物が析出し、その粒界近傍にはCrの欠乏層が形成され、ステンレス鋼が鋭敏化するおそれがある。これにより、熱処理後のステンレス鋼は、粒界腐食し易くなる。また、1100℃を超えた場合も、同様の現象が生じると考えられる。
【0020】
前記第二めっき金属層のめっき金属は、相互拡散層の金属よりも貴なる金属などであり、例えば、Ni,Cr,Ti,W,Snの(単一及び合金)などの表面に強固な酸化膜ができることによる耐食性に優れた金属か、Au,Pd,Ag,Pt,Phなどの貴金属と呼ばれる不活性金属等が望ましく、より好ましくは、前記第二めっき金属層のめっき金属は、リン含有ニッケルであり、第二のめっき金属層を被覆する工程後、前記ステンレス鋼材を300℃以下で加熱することがより好ましい。
【0021】
本発明によれば、めっき処理により得られたリン含有ニッケル(Ni−P)は、非晶質金属であるので耐食性に優れている。そして、300℃以下で加熱することにより、各めっき層及び相互拡散層に形成されるピンホールを起因とした腐食を低減することができる。この加熱条件が300℃を超えた場合には、リン含有ニッケル(Ni−P)の結晶化が進み、この結晶化により第二のめっき金属層の耐食性が低下してしまうことがある。なお、加熱温度の下限値は、これらの効果を期待するためには、少なくとも150℃以上であることが好ましい。
【0022】
また、本発明としてステンレス鋼をめっきしためっき材をも開示する。本発明に係るめっき材は、ステンレス鋼材に、めっき金属層が被覆されたステンレス鋼材のめっき材であって、前記ステンレス鋼材と前記めっき金属層との間には、前記ステンレス鋼材の元素とめっき金属層の元素が相互に拡散した相互拡散層が形成されていることを特徴とする。
【0023】
本発明によれば、ステンレス鋼材とめっき金属層との間に相互拡散層が形成されているので、この相互拡散層が、犠牲腐食層として作用する。これにより、相互拡散層がまず先に腐食するので、ステンレス鋼の母材の表面に沿った方向に腐食が進行し、ステンレス鋼の母材の厚さ方向に沿った腐食、すなわち、ステンレス鋼の母材への孔食状の腐食を抑制することができる。
【0024】
また、より好ましくは、前記めっき金属層は、ニッケル系金属からなり、少なくとも前記めっき金属層の表層には、非晶質のリン含有ニッケルからなる層が形成されている。本発明によれば、めっき材の表層には、非晶質のリン含有ニッケルからなる層が形成されているので、めっき材の耐食性を向上させることができる。
【0025】
さらに好ましくは、本発明に係るめっき材のステンレス鋼材は、オーステナイト系ステンレス鋼材である。オーステナイト系ステンレス鋼材を用いることにより、粒界腐食等を抑えることができ、めっき材の耐食性をさらに向上させることができる。
【発明の効果】
【0026】
本発明によれば、過酷な腐食環境下であっても、ステンレス鋼材の孔食状の腐食を抑制することができる。
【図面の簡単な説明】
【0027】
【図1】本発明に係る実施形態のステンレス鋼材へのめっき方法の各工程を説明するためのフロー図。
【図2】図1に示す工程におけるステンレス鋼材の模式的断面図であり、(a)は、ストライクめっき処理工程を説明するための図であり、(b)は、第一のめっき処理工程後のステンレス鋼材の断面図であり、(c)は、第一の熱処理工程後のステンレス鋼材の断面図であり(d)は、第二のめっき処理工程後の断面図であり、(e)は、第二の熱処理工程後の断面図である。
【図3】実施例1に係るめっき材の耐食試験後の断面図であり、(a)は、腐食孔近傍の断面写真図であり、(b)は、(a)の拡大写真図。
【図4】従来のステンレス鋼をめっきしためっき材の腐食状態を説明するための図。
【発明を実施するための形態】
【0028】
以下、図面を参照して、本実施形態に基づき本発明を説明する。図1は、本発明に係る実施形態のステンレス鋼材へのめっき方法の各工程を説明するためのフロー図である。図2は、図1に示す工程におけるステンレス鋼材の模式的断面図であり、(a)は、ストライクめっき処理工程を説明するための図であり、(b)は、第一のめっき処理工程後のステンレス鋼材の断面図であり、(c)は、第一の熱処理工程後のステンレス鋼材の断面図であり(d)は、第二のめっき処理工程後の断面図であり、(e)は、第二の熱処理工程後の断面図である。以下に、図1のフロー図の各工程と、図2の(a)〜(e)のステンレス鋼材の断面図とを対応付けて説明する。
【0029】
まず、ステンレス鋼材の成形工程S11を行う。具体的には、めっき処理の対象となるステンレス鋼材として、オーステナイト系ステンレス鋼(例えば、JIS規格:SUS304、SUS316等)からなる素材を準備し、このステンレス鋼材を、所望の製品形状にプレス成形などにより成型する。
【0030】
次に、化学めっき処理として、ストライクめっき処理工程S12を行う。具体的には、ニッケルが溶解した強酸溶液(例えば塩酸)を含むニッケルめっき浴中に、ステンレス鋼材を浸漬させ、電解めっき法により、所定の電流値の電流を所定時間、通電することにより、ステンレス鋼材の表面の不動態皮膜(酸化膜)を除去し、これと同時に、図2(a)に示すように、ステンレス鋼材20の表面に電解ニッケルストライクめっき層21を被覆する。その後、ステンレス鋼材の水洗及び乾燥を行う。
【0031】
従来の不動態皮膜の除去処理では、その処理後、処理浴(酸洗浴)からステンレス鋼材を取り出したときから、不動態皮膜は、大気中において酸素に触れることで自己修復を開始するところ、この工程では、その開始前に電解ニッケルストライクめっき層を形成し、不動態皮膜の再生を抑えることができる。これにより、ステンレス鋼材の表面へのめっき層の密着強度を向上させることができる。
【0032】
このような処理は、オーステナイト系ステンレス鋼のうち、Mo等を含有することで、より強固な不動態皮膜が形成されるステンレス鋼(例えば、SUS316)等に対して行うことが望ましい。また、この他のステンレス鋼材(例えば、SUS304等)の場合、塩酸、硫酸等の強酸溶液に、ステンレス鋼材を浸漬することにより、その表面の不動態皮膜(酸化膜)を除去することのみを行ってもよい。
【0033】
次に、第一のめっき処理工程S13を行う。ここでは、化学めっき処理として、無電解ニッケル−ホウ素(Ni―B)めっき処理を行う。具体的には、硫酸ニッケル、DMBA、有機酸、その他添加剤を含むめっき液中に、ステンレス鋼材を浸漬し、図2(b)に示すように、電解ニッケルストライクめっき層21の表面に、ニッケル−ホウ素めっき層(第一のめっき金属層)22を被覆する。
【0034】
なお、ここでは、めっき液に、ステンレス鋼材を浸漬しながら、ステンレス鋼材を振動させてもよい。これにより、第一のめっき金属層22の形成時に層内に発生する水素ガスが起因したピンホールの形成を抑制することができる。
【0035】
次に、第一の熱処理工程S14を行う。具体的には、ホウ素含有ニッケル合金からなるニッケル−ホウ素めっき層(第一のめっき金属層)が形成されたステンレス鋼材を水洗及び乾燥させてから、真空雰囲気下で800℃〜1100℃、数時間の加熱条件(例えば、1080℃、6時間の加熱条件)で、このステンレス鋼材を熱処理する。
【0036】
これにより、図2(b)の矢印で示すように、電解ニッケルストライクめっき層21及び第一のめっき金属層22のニッケルが、ステンレス鋼材20の界面からその内部に拡散すると共に、ステンレス鋼材20のFe,Cr,C等が、電解ニッケルストライクめっき層21及び第一のめっき金属層22の界面からその内部に拡散する。この結果、図2(c)に示すように、ステンレス鋼材20と第一のめっき金属層22との間に、ステンレス鋼材20の元素と第一のめっき金属層22の元素が相互に拡散した相互拡散層23が形成される。
【0037】
ここで、相互拡散層23の層厚さが、少なくともステンレス鋼材20の表面粗さの最大高さを超える厚さとなるように、相互拡散層23が形成されることが好ましい。これにより、相互拡散層23は、ステンレス鋼材20の表面を均一に覆うことができる。
【0038】
なお、ここでは、第一のめっき金属層22の一部が、表層に残るように熱処理を行ったが、第一のめっき金属層22の内部全体に、ステンレス鋼材の元素を拡散してもよい。これにより、ステンレス鋼材20の表面に均一に相互拡散層を覆うことができるばかりでなく、第一のめっき金属層22の表面までステンレス鋼材の元素(Fe)を拡散させることができる。この結果、鉄元素が存在する表面に被覆された第二のめっき金属層の密着強度を、図2(c)に示す鉄元素が存在しない場合に比べて、より高めることができる。
【0039】
次に、エッチング処理工程S15を行う。具体的には、相互拡散層が形成されたステンレス鋼材を水洗し、塩酸溶液に浸漬、水洗、硫酸水溶液に浸漬、水洗、及び乾燥を順次行う。これにより、めっき層の表面の酸化物等を除去し、後工程における第二のめっき金属層の密着性を高めることができる。
【0040】
次に、第二のめっき処理工程S16を行う。ここでは、化学めっき処理として、無電解ニッケル−リン(Ni―P)めっき処理を行う。具体的には、硫酸ニッケル、次亜リン酸ナトリウム、有機酸、その他添加剤を含むめっき液中に、ステンレス鋼材を浸漬し、図2(d)に示すように、第一のめっき金属層22の表面に、非晶質のリン含有ニッケル(Ni−P)からなるニッケル−リンめっき層(第二のめっき金属層)25を数十μm被覆する。なお、ここでも、めっき液にステンレス鋼材を浸漬しながら、ステンレス鋼材を振動させてもよい。
【0041】
最後に、第二の熱処理工程S17を行う。ここでは、第二のめっき処理後のステンレス鋼材を、水洗及び乾燥した後、300℃以下、数時間の加熱条件(例えば280℃で1時間の条件)で、このステンレス鋼材を熱処理する。
【0042】
これにより、図2(e)に示すように、非晶質のリン含有ニッケルを結晶化させること無く、非晶質の状態を保持したまま、第二のめっき金属層25のニッケル及びリンを拡散させた拡散層27を形成することができる。また、各めっき層22,25、相互拡散層23、及び拡散層27に形成されるピンホールを起因とした腐食を低減することができる。
【0043】
以上の一連の工程を経ることにより、図2(e)に示すように、オーステナイト系のステンレス鋼材20と第二のめっき金属層(ニッケル−リンめっき層)25との間には、ステンレス鋼材のFe,Cr,Cと第一のめっき金属層(ニッケル−ホウ素めっき層)22のニッケルが相互に拡散した相互拡散層23が形成されためっき材2を得ることができる。
【0044】
このようにして得られたステンレス鋼材20にめっき処理を施しためっき材2は、第二のめっき金属層25のニッケルに比べて、相互拡散層23を構成するFe,Cr,Niを含む合金金属の方が、卑なる金属(イオン化傾向の大きい金属)となるため、相互拡散層23が、犠牲腐食層として作用する。すなわち、ステンレス鋼材20に腐食が進行する前に、相互拡散層23が先に腐食される。この結果、ステンレス鋼材20の表面に沿った方向に腐食が進行し、ステンレス鋼材20の厚さ方向に沿った腐食、すなわち、ステンレス鋼材20への孔食状の腐食を抑制することができる。
【実施例】
【0045】
以下に、本発明を実施例により説明する。なお、本発明は、以下の実施例に限定されるものではない。
【0046】
(実施例1)
以下に示すようにして、ステンレス鋼材にめっき処理を行っためっき材(試験体)を作製した。
[不動態皮膜除去工程]
めっき処理の対象となるステンレス鋼材として、40mm×40mm×厚さ0.8mmのオーステナイト系ステンレス鋼(JIS規格:SUS304)を準備した。次に、前処理として、水洗後、210g/Lの濃度の塩酸溶液中に45℃で3分浸漬後、水洗し、さらに、210g/Lの濃度の硫酸溶液中に60℃で1分浸漬した。これにより、ステンレス鋼材の表面の不動態皮膜を除去した。
【0047】
[第一のめっき処理工程]
次に、第一のめっき処理工程として、無電解Ni−Bめっき処理を行った。具体的には、硫酸ニッケル25g/L、DMBA数g/L、有機酸10g/L、その他添加剤からなるNi−Bめっき液(奥野製薬工業製:トップケミアロイ66−LF)を用いて、Ni濃度5.5〜6.5g/L、pH6.0〜6.5、温度64℃にして、層厚さが3μm形成されるまで、スレンレス鋼材を振動させながら、ステンレス鋼材の表面に無電解Ni−Bめっき層(第一のめっき金属層)を被覆した。そして、水洗及び湯洗を行い、ステンレス鋼材を乾燥した。
【0048】
[第一の加熱処理工程]
次に、このステンレス鋼材を加熱炉内に投入し、真空雰囲気下で、ステンレス鋼材に対して1080℃、6時間加熱処理を行った。これにより、ステンレス鋼材にニッケルが拡散し、無電解Ni−Bめっき層に鉄及びクロムが少なくとも拡散した相互拡散層を形成した。なお、以下の一連の工程後に得られた試験体に対して、EDX分析により、15μmの相互拡散層が形成されていることを確認した。
【0049】
[エッチング処理工程]
次に、前処理として、水洗後、210g/Lの濃度の塩酸溶液中に45℃で3分浸漬後、水洗し、さらに、210g/Lの濃度の硫酸溶液中に60℃で1分浸漬した。これにより、めっき層(相互拡散層)の表面の酸化物を除去した。
【0050】
[第二のめっき処理工程]
次に、第二のめっき処理工程として、無電解Ni−Pめっき処理を行った。具体的には、硫酸ニッケル25g/L、次亜リン酸ナトリウム15g/L、有機酸10g/L、その他添加剤からなる無電解Ni−Pめっき液(奥野製薬工業製:トップニコロンNAC)を用いて、Ni濃度5.2〜6.8g/L、pH4.4〜4.8、温度84℃にして、層厚さが30μm形成されるまで、スレンレス鋼材を振動させながら、めっき層(相互拡散層)の表面に無電解Ni−Pめっき層(第二のめっき金属層)を被覆した。そして、水洗及び湯洗を行った。
【0051】
[第二の加熱処理工程]
無電解Ni−Pめっき層が被覆されたステンレス鋼材を、280℃の温度条件で、1時間加熱した。以上の一連の工程を経て、実施例1に係るめっき材の試験体を得た。
【0052】
(実施例2)
実施例と同じようにして、めっき材を製作した。実施例1と異なる点は、ステンレス鋼材に、Moをさらに含有したオーステナイト系ステンレス鋼(JIS規格:SUS316)を用いた点と、不動態皮膜除去工程の代わりに、ストライクめっき処理工程を行った点である。具体的には、ニッケル濃度60g/L、塩酸濃度35g/Lの溶液に、ステンレス鋼材を浸漬し、常温で電流1.5A/dmで5分間通電し、不動態皮膜の除去を行うと共に、その除去されたステンレス鋼材の表面に、電解ニッケルストライクめっき層を0.3μm被覆した。
【0053】
(比較例1)
実施例1と同じステンレス鋼材(JIS規格:SUS304)を準備し、これを試験体とした。すなわち、比較例1は、ステンレス鋼材へのめっき処理は行っていない。
【0054】
(比較例2)
実施例2と同じステンレス鋼材(JIS規格:SUS316)を準備し、これを試験体とした。すなわち、比較例2は、ステンレス鋼材へのめっき処理は行っていない。
【0055】
(比較例3)
実施例1と同じステンレス鋼材を準備し、実施例1の不動態皮膜除去工程、第二のめっき処理工程、第二の熱処理のみを行って、ステンレス鋼材へのめっきを行った。すなわち、実施例1と相違する点は、第一のめっき処理と第一の熱処理を行っていない(相互拡散層を形成していない点である)。
【0056】
<耐食試験1>
塩酸及び硫酸溶液を混合したpH2の腐食試験液を準備し、この溶液を90℃に加熱して、実施例1、2及び比較例1〜3の試験体のそれぞれを6時間浸漬した。そして、これらの試験体を取り出して、1時間放冷後、17時間大気中に湿潤放置した。得られた各試験体に対して、表面の腐食状態をSEMで観察した。図3は、実施例1に係るめっき材の耐食試験後の断面図であり、(a)は、腐食孔近傍の断面写真図であり、(b)は、(a)の拡大写真図である。
【0057】
<耐食試験2>
塩酸及び硫酸溶液を混合したpH3.5及びpH7.0の腐食試験液を準備し、それぞれの溶液を90℃に加熱して、実施例1及び比較例1及び2の試験体のそれぞれを6時間浸漬した。そして、これらの試験体を取り出して、1時間放冷後、17時間大気中に湿潤放置した。この作業を1サイクルとして、連続して8サイクル(8日間)行った。そして、試験後のステンレス鋼材(母材)の最大腐食深さを測定した。この結果を以下の表1に示す。なお、最大腐食深さは、実施例1の場合には、相互拡散層とステンレス鋼母材との界面からの腐食深さの最大値であり、比較例1及び2の場合は、不動態皮膜とステンレス鋼母材との界面からの腐食深さの最大値である。
【0058】
【表1】

【0059】
<結果1>
図3(a),(b)に示すように、実施例1の試験体は、相互拡散層の腐食が確認され、ステンレス鋼材(母材)の腐食はほとんどみられなかった。なお、確認的に、EPMA分析も行い、同様の結果を得られた。実施例2の試験体も、同様の結果が得られた。しかしながら、比較例1〜3の場合には、ステンレス鋼母材に、孔食状の腐食が確認された。
【0060】
<結果2>
表1に示すように、実施例1の試験体は、腐食試験液(pH3.5)の場合には、相互拡散層の腐食が確認され、ステンレス鋼材(母材)の腐食はほとんどみられなかった。腐食溶液(pH7)の場合には、めっき層の腐食すらなく、錆は発生していなかった。一方、比較例1及び2の試験体は、ステンレス鋼母材に孔食状の腐食が確認され、腐食試験液(pH3.5)の場合には、最大腐食深さがいずれも70μm以上となり、腐食試験液(pH7.0)の場合には、最大腐食深さが40μm以上となった。
【0061】
結果1及び2から、実施例1の試験体は、第二のめっき金属層のニッケルに比べて、相互拡散層を構成するFe,Cr,Niを含む合金金属の方が、卑なる金属(イオン化傾向の大きい金属)となるため、相互拡散層が、犠牲腐食層として作用し、ステンレス鋼材(母材)に腐食が進行する前に、相互拡散層が先に腐食したと考えられる。この結果、ステンレス鋼材の表面に沿った方向に腐食が進行し、ステンレス鋼材への孔食状の腐食が抑制されたと考えられる。
【0062】
以上、本発明の実施形態について詳述したが、本発明は、前記の実施形態に限定されるものではなく、特許請求の範囲に記載された本発明の精神を逸脱しない範囲で、種々の設計変更を行うことができるものである。
【0063】
本実施形態では、第一及び第二のめっき処理工程を、無電解めっき処理により行った。これは、ステンレス鋼材の形状が複雑な形状な場合に、めっき層をムラ無く被覆するのに有効であるが、ステンレス鋼材の形状が単純な形状(平板状等)である場合には、電解めっき処理によりおこなってもよい。
【0064】
また、本実施形態では、すべてのめっき処理を湿式めっき処理により行ったが、相互拡散層が形成され、めっき層の耐食性が確保され、ステンレス鋼材の粒界腐食が回避できるのであれば、その少なくとも一部のめっき処理を溶融めっき処理やスパッタ、蒸着等のドライプロセス処理等により、行ってもよい。
【符号の説明】
【0065】
2:めっき材、20:ステンレス鋼材、21:電解ニッケルストライクめっき層、22:第一のめっき金属層、23:相互拡散層、25:第二のめっき金属層、27:拡散層、S11:ステンレス鋼材の成形工程、S12:ストライクめっき処理工程、S13:第一のめっき処理工程、S14:第一の熱処理工程、S15:エッチング処理工程、S16:第二のめっき処理工程、S17:第二の熱処理工程


【特許請求の範囲】
【請求項1】
ステンレス鋼材に、第一のめっき金属層を被覆する工程と、
該第一のめっき金属層が被覆されたステンレス鋼材を熱処理することにより、前記ステンレス鋼材の元素と前記第一のめっき金属層の元素が相互に拡散した相互拡散層を形成する工程と、
該相互拡散層が形成されたステンレス鋼材に、第二のめっき金属層を被覆する工程と、を少なくとも含むことを特徴とするステンレス鋼材へのめっき方法。
【請求項2】
前記相互拡散層を形成する工程において、前記第一のめっき金属層の表面まで前記ステンレス鋼材の元素を拡散させることを特徴とする請求項1に記載のステンレス鋼材へのめっき方法。
【請求項3】
前記第一のめっき金属層を被覆する前に、電解めっき法により、前記ステンレス鋼材の表面に形成された不動態皮膜を除去すると共に、前記第一のめっき金属層のめっき金属と同じ種類のめっき金属層を被覆することを特徴とする請求項1または2に記載のステンレス鋼材へのめっき方法。
【請求項4】
前記第一のめっき金属層のめっき金属は、ニッケル系金属であることを特徴とする請求項1〜3のいずれかに記載のステンレス鋼材へのめっき方法。
【請求項5】
前記ステンレス鋼材は、オーステナイト系ステンレス鋼材であり、前記相互拡散層を形成する工程において、前記ステンレス鋼材を800℃〜1100℃の範囲で加熱することにより前記熱処理を行うことを特徴とする請求項1〜4のいずれかに記載のステンレス鋼材へのめっき方法。
【請求項6】
前記第二めっき金属層のめっき金属は、リン含有ニッケルであり、第二のめっき金属層を被覆する工程後、前記ステンレス鋼材を300℃以下で加熱することを特徴とする請求項1〜5のいずれかに記載のステンレス鋼材へのめっき方法。
【請求項7】
ステンレス鋼材に、めっき金属層が被覆されためっき材であって、前記ステンレス鋼材と前記めっき金属層との間には、前記ステンレス鋼材の元素とめっき金属層の元素が相互に拡散した相互拡散層が形成されていることを特徴とするめっき材。
【請求項8】
前記めっき金属層は、ニッケル系金属からなり、少なくとも前記めっき金属層の表層には、非晶質のリン含有ニッケルからなる層が形成されていることを特徴とする請求項7に記載のめっき材。
【請求項9】
前記ステンレス鋼材は、オーステナイト系ステンレス鋼材であることを特徴とする請求項7または8に記載のめっき材。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2011−246739(P2011−246739A)
【公開日】平成23年12月8日(2011.12.8)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−118208(P2010−118208)
【出願日】平成22年5月24日(2010.5.24)
【出願人】(000003207)トヨタ自動車株式会社 (59,920)
【Fターム(参考)】