説明

ストレスに起因する脳機能の低下およびそれに伴う症状あるいは疾患の予防又は改善作用を有する組成物

【課題】 ストレスに起因する脳機能の低下およびそれに伴う症状あるいは疾患の予防又は改善作用を有する新規な組成物の提供。
【解決手段】 アラキドン酸及び/又はアラキドン酸を構成脂肪酸とする化合物を含んで成る、ストレスに起因する脳機能の低下およびそれに伴う症状あるいは疾患の予防又は改善作用を有する組成物。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、アラキドン酸及び/又はアラキドン酸を構成脂肪酸とする化合物を有効成分とする、ストレスに起因する脳機能の低下およびそれに伴う症状あるいは疾患の予防又は改善剤、並びにストレスに起因する脳機能の低下およびそれに伴う症状あるいは疾患の予防又は改善作用を有する組成物及びその製造方法に関するものである。より詳細には、アラキドン酸、アラキドン酸のアルコールエステル、構成脂肪酸の一部もしくは全部がアラキドン酸であるトリグリセリド、リン脂質又は糖脂質の群から選ばれた少なくとも1種を有効成分とするストレスに起因する記憶・学習能力の低下、感情障害(たとえば、うつ病)などの予防又は改善剤、さらには予防又は改善作用を有する組成物及びその製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
脳障害を引き起こす反応という観点からストレスを見た場合、15年程前に遠距離輸送中のサルが過密ストレスにより死亡する事故があり、死んだサルを調べた結果、胃潰瘍、免疫不全、肥大した副腎など強度のストレスによる影響が認められると同時に海馬におけるCA3領域の錐体細胞が脱落していることを報告している(J. Neurosci. 9, 1705, 1989)。この報告以来、心理的な原因で発生する脳障害に研究者の注目が集まるようになり、特にストレスによる脳機能障害に関する研究が進められている。
【0003】
脳海馬に高頻度刺激を与えるとシナプスが興奮し、その後のシナプス応答が高く持続する現象が知られている。これを海馬LTP(長期増強)と言って、シナプス可塑性のもととなっている現象で、脳機能評価のひとつの指標となっている。MA Lynchらは、個別飼いによる軽度のストレスを与えたラットの海馬LTPがグループ飼いしたコントロール群と比較して明らかに低下していると報告している(J. Neurosci. 18, 2974, 1998)。このようにストレスが脳機能障害に関与することが明らかとされてきた。
【0004】
一般にストレス負荷時には血中のコルチゾール値が上昇するが、McEwenらは生理条件下の海馬ではType 1のグルココルチコイド受容体が機能しており、ストレスによるコルチコステロン上昇時にはType 2のグルココルチコイド受容体も作用することを報告し、Type 1受容体は海馬歯状回では保護的に、逆にType 2受容体は神経細胞障害を増悪する方向に働くとしている(Ann. NY Acad. Sci. 512, 394, 1987)。また最近、心的外傷後ストレス障害患者の血中IL-1βの上昇が報告され(Biol Psychiatry 42, 345, 1997)、IL-1βと神経細胞障害との関係が注目され、グルココルチコイド受容体を介した海馬におけるIL-1βの上昇が神経細胞障害に関与している可能性が示されたが、いまだに未知な部分が多いのが現状である。
【0005】
一方で、脳疾患の治療に有効な薬剤(脳循環・代謝改善薬、抗痴呆薬)の研究・開発が進められている。具体的には、脳細胞に栄養を効率良く吸収させて、細胞の働きを活性化する脳エネルギー代謝改善法(例えば脳内グルコースの上昇など)、脳血行を良くして脳細胞に必要な栄養や酸素を十分に供給しようとする脳循環改善法(例えば、脳血流の増加)、さらに、神経伝達物質を介してシナプス間隙で行われる神経伝達を活性化させる方法(神経伝達物質の前駆体の供給(例えば、コリン、アセチルCoAの補給など)、放出された神経伝達物の変換の阻害(例えば、アセチルコリンエステラーゼ阻害など)、神経伝達物質放出の増加(例えば、アセチルコリン、グルタミン酸の放出増加など)、神経伝達物質受容体の活性化など)、また、神経膜の保護(例えば、抗酸化、膜成分の補給、動脈硬化の予防など)など検討されている。しかしながら、今日でも、有効な治療薬が見出されていないのが現状である。
【0006】
そして、従来の脳機能の治療に有効な薬剤の作用メカニズムとストレスによる脳機能の低下の作用メカニズムとは異なることが知られており、従来の薬剤をそのままストレスによる脳機能の低下の予防及び改善に使用することができなかった。
そこで、ストレスによる脳機能の低下は、ストレスの原因を取り除くことによって、進行を押さえることが可能であり、予防及び改善のための選択肢であることには違いないが、ストレス社会の現代においては実施が難しい方法であった。したがって、乳幼児から老人まで手軽に飲用でき、かつ安全であり、ストレスに起因する脳機能の低下およびそれに伴う症状あるいは疾患を予防し、さらに改善効果を有する薬剤は全く知られていなかった。
【0007】
脳は脂質の塊のような組織であって、例えば、白質においては1/3が、灰白質においては1/4がリン脂質で占められている。脳の各種細胞膜を構成しているリン脂質中の高度不飽和脂肪酸は、アラキドン酸とドコサヘキサエン酸が主である。しかし、これらアラキドン酸とドコサヘキサエン酸は動物体内ではde novo合成できず、直接あるいは間接(アラキドン酸、ドコサヘキサエン酸の前駆体となるリノール酸、α-リノレン酸)的に食事から摂取する必要がある。このようにアラキドン酸が脳の機能維持に重要な役割をはたす可能性を示唆するものの、アラキドン酸の十分な供給源がなかったことから、具体的な実証がなされていなかったのが現状である。
【0008】
脳の機能維持にアラキドン酸を利用する発明がいくつか示されている。特開平10-101568「脳機能改善及び栄養組成物」においては、新規な脳機能改善剤及びそれを含有する栄養組成物を提供する手段としてガングリオシドとアラキドン酸の組み合わせが示されている。特開2003-048831「脳機能低下に起因する症状あるいは疾患の予防又は改善作用を有する組成物」においては、アラキドン酸がラットの加齢に起因する脳機能の低下を改善するという実験を試験例として示している。しかし、いずれの発明も従来型の脳機能の改善を目指すものであり、ストレスによる脳機能の低下に対してアラキドン酸が効果を示すことは何ら示されていない。
【0009】
【特許文献1】特開平10-101568
【特許文献2】特開2003-048831
【非特許文献1】J. Neurosci. 9, 1705, 1989
【非特許文献2】J. Neurosci. 18, 2974, 1998
【非特許文献3】Ann. NY Acad. Sci. 512, 394, 1987
【非特許文献4】Biol Psychiatry 42, 345, 1997
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
したがって、ストレスに起因する脳機能の低下およびそれに伴う症状あるいは疾患を予防し、さらに改善効果を示し、医薬、さらには食品への適応に優れた副作用の少ない化合物の開発が強く望まれている。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者等は、アラキドン酸及び/又はアラキドン酸を構成脂肪酸とする化合物を有効成分とする、ストレスに起因する脳機能の低下およびそれに伴う症状あるいは疾患の予防又は改善効果を明らかにする目的で鋭意研究した結果、驚くべきことに、拘束ストレスを負荷したマウスをモリス型水迷路学習試験に供し、本発明の有効成分の効果を行動薬理で明らかにした。
【0012】
さらに、微生物の産生するアラキドン酸を10%以上含有するトリグリセリドの工業生産に成功し、本発明の効果試験に供することが可能となり、効果を明らかにした。
従って本発明により、アラキドン酸及び/又はアラキドン酸を構成脂肪酸とする化合物を有効成分とする、ストレスに起因する脳機能の低下およびそれに伴う症状あるいは疾患の予防又は改善剤、並びにストレスに起因する脳機能の低下およびそれに伴う症状あるいは疾患の予防又は改善作用を有する組成物及びその製造方法を提供する。
【0013】
より詳細には、アラキドン酸、アラキドン酸のアルコールエステル、構成脂肪酸の一部もしくは全部がアラキドン酸であるトリグリセリド、リン脂質又は糖脂質の群から選ばれた少なくとも1種を有効成分とするストレスに起因する記憶・学習能力の低下、感情障害(たとえば、うつ状態、うつ病)の予防又は改善剤、さらには予防又は改善作用を有する組成物及びその製造方法を提供する。
【発明を実施するための最良の形態】
【0014】
本発明は、アラキドン酸及び/又はアラキドン酸を構成脂肪酸とする化合物を有効成分とする、ストレスに起因する脳機能の低下およびそれに伴う症状あるいは疾患の予防又は改善剤、並びにストレスに起因する脳機能の低下およびそれに伴う症状あるいは疾患の予防又は改善作用を有する組成物及びその製造方法に関するものである。
ストレスに起因する脳機能の低下およびそれに伴う症状あるいは疾患とは、記憶・学習能力の低下、感情障害(たとえば、うつ状態、うつ病)などを挙げることができるが、これら症状あるいは疾患に限定しているわけではなく、ストレスに起因する脳機能の低下に伴う症状あるいは疾患はすべて含まれる。
【0015】
本発明の有効成分はアラキドン酸であって、アラキドン酸を構成脂肪酸とするすべての化合物を利用することができる。アラキドン酸を構成脂肪酸とする化合物には、アラキドン酸塩、例えばカルシウム塩、ナトリウム塩などを挙げることができる、また、アラキドン酸の低級アルコールエステル、例えばアラキドン酸メチルエステル、アラキドン酸エチルエステルなどを挙げることができる。また、構成脂肪酸の一部又は全部がアラキドン酸であるトリグリセリド、リン脂質、さらには糖脂質などを利用することができる。なお、本発明は上記に挙げたものに限定しているわけではなく、アラキドン酸を構成脂肪酸とするすべての化合物を利用することができる。
【0016】
食品への適応を考えた場合には、アラキドン酸はトリグリセリドやリン脂質の形態、特にトリグリセリドの形態にすることが望ましい。アラキドン酸を含有するトリグリセリド(構成脂肪酸の一部又は全部がアラキドン酸を含有するトリグリセリドを含有するトリグリセリドと同義)の天然界の給源はほとんど存在していなかったが、本発明者等によりアラキドン酸を構成脂肪酸として含有するトリグリセリドを工業的に利用することが可能となり、拘束ストレスを負荷したマウスをモリス型水迷路学習試験に供し、本発明の有効成分の効果を行動薬理で初めて明らかにし、ストレスに起因する脳機能の低下およびそれに伴う症状あるいは疾患の予防又は改善効果を有すること、そして、その効果がアラキドン酸によることを明確にした。
【0017】
従って本発明においては、本発明の有効成分である構成脂肪酸の一部又は全部がアラキドン酸であるトリグリセリドを含有するトリグリセリド(アラキドン酸を含有するトリグリセリド)を使用することができる。アラキドン酸を含有するトリグリセリド(アラキドン酸含有トリグリセリド)としては、トリグリセリドを構成する全脂肪酸のうちアラキドン酸の割合が10重量(W/W)%以上、好ましくは20重量%以上、より好ましくは30重量%以上、最も好ましくは40重量%以上である油脂(トリグリセリド)が食品を適用する場合には望ましい形態となる。したがって、本発明において、アラキドン酸を含有する油脂(トリグリセリド)を生産する能力を有する微生物を培養して得られたものであればすべて使用することができる。
【0018】
アラキドン酸を含有する油脂(トリグリセリド)の生産能を有する微生物としては、モルティエレラ(Mortierella)属、コニディオボラス(Conidiobolus)属、フィチウム(Pythium)属、フィトフトラ(Phytophthora)属、ペニシリューム(Penicillium)属、クラドスポリューム(Cladosporium)属、ムコール(Mucor)属、フザリューム(Fusarium)属、アスペルギルス(Aspergillus)属、ロードトルラ(Rhodotorula)属、エントモフトラ(Entomophthora)属、エキノスポランジウム(Echinosporangium)属、サプロレグニア(Saprolegnia)属に属する微生物を挙げることができる。
【0019】
モルティエレラ(Mortierella)属モルティエレラ(Mortierella)亜属に属する微生物では、例えばモルティエレラ・エロンガタ(Mortierella elongata)、モルティエレラ・エキシグア(Mortierella exigua)、モルティエレラ・フィグロフィラ(Mortierella hygrophila)、モルティエレラ・アルピナ(Mortierella alpina)等を挙げることができる。具体的にはモルティエレラ・エロンガタ(Mortierella elongata)IFO8570、モルティエレラ・エキシグア(Mortierella exigua)IFO8571、モルティエレラ・フィグロフィラ(Mortierella hygrophila)IFO5941、モルティエレラ・アルピナ(Mortierella alpina)IFO8568、ATCC16266、ATCC32221、ATCC42430、CBS219.35、CBS224.37、CBS250.53、CBS343.66、CBS527.72、CBS529.72、CBS608.70、CBS754.68等の菌株を挙げることができる。
【0020】
これらの菌株はいずれも、大阪市の財団法人醗酵研究所(IFO)、及び米国のアメリカン・タイプ・カルチャー・コレクション(American Type Culture Collection, ATCC)及び、Centrralbureau voor Schimmelcultures(CBS)からなんら制限なく入手することができる。また本発明の研究グループが土壌から分離した菌株モルティエレラ・エロンガタSAM0219(微工研菌寄第8703号)(微工研条寄第1239号)を使用することもできる。
【0021】
本発明に使用される菌株を培養する為には、その菌株の胞子、菌糸、又は予め培養して得られた前培養液を、液体培地又は固体培地に接種し培養する。液体培地の場合に、炭素源としてはグルコース、フラクトース、キシロース、サッカロース、マルトース、可溶性デンプン、糖蜜、グリセロール、マンニトール等の一般的に使用されているものが、いずれも使用できるが、これらに限られるものではない。
【0022】
窒素源としてはペプトン、酵母エキス、麦芽エキス、肉エキス、カザミノ酸、コーンスティープリカー、大豆タンパク、脱脂ダイズ、綿実カス等の天然窒素源の他に、尿素等の有機窒素源、ならびに硝酸ナトリウム、硝酸アンモニウム、硫酸アンモニウム等の無機窒素源を用いることができる。この他必要に応じリン酸塩、硫酸マグネシウム、硫酸鉄、硫酸銅等の無機塩及びビタミン等も微量栄養源として使用できる。これらの培地成分は微生物の生育を害しない濃度であれば特に制限はない。実用上一般に、炭素源は0.1〜40重量%、好ましくは1〜25重量%の濃度するのが良い。初発の窒素源添加量は0.1〜10重量%、好ましくは0.1〜6重量%として、培養途中に窒素源を流加しても構わない。
【0023】
さらに、培地炭素源濃度を制御することでアラキドン酸を45重量(W/W)%以上含有する油脂(トリグリセリド)を本発明の有効成分とすることもできる。培養は、培養2-4日目までが菌体増殖期、培養2-4日目以降が油脂蓄積期となる。初発の炭素源濃度は1-8重量%、好ましくは1-4重量%の濃度とし、菌体増殖期および油脂蓄積期の初期の間のみ炭素源を逐次添加し、逐次添加した炭素源の総和は2-20重量%、好ましくは5-15重量%とする。なお、菌体増殖期および油脂蓄積期初期の間での炭素源の逐次添加量は、初発の窒素源濃度に応じて添加し、培養7日目以降、好ましくは培養6日目以降、より好ましくは培養4日目以降の培地中の炭素源濃度を0となるようにすることで、アラキドン酸を45重量%以上含有する油脂(トリグリセリド)を得ることができ本発明の有効成分とすることができる。
【0024】
アラキドン酸生産菌の培養温度は使用する微生物によりことなるが、5〜40℃、好ましくは20〜30℃とし、また20〜30℃にて培養して菌体を増殖せしめた後5〜20℃にて培養を続けて不飽和脂肪酸を生産せしめることもできる。このような温度管理によっても、生成脂肪酸中の高度不飽和脂肪酸の割合を上昇せしめることができる。培地のpHは4〜10、好ましくは5〜9として通気攪拌培養、振盪培養、又は静置培養を行う。培養は通常2〜30日間、好ましくは5〜20日間、より好ましくは5〜15日間行う。
【0025】
さらに、アラキドン酸を含有する油脂(トリグリセリド)中のアラキドン酸の割合を高める手だてとして、培地炭素源濃度を制御する以外に、アラキドン酸含有油脂に選択的加水分解を行ってアラキドン酸高含有油脂を得ることもできる。この選択的加水分解に用いられるリパーゼはトリグリセリドの位置特異性はなく、加水分解活性は二重結合の数に比例して低下するため、高度不飽和脂肪酸以外の脂肪酸のエステル結合が加水分解される。そして、生じたPUFA部分グリセリド間でエステル交換反応が起こるなどして、高度不飽和脂肪酸が高められたトリグリセリドとなる(「Enhancement of Archidonic: Selective Hydrolysis of a Single-Cell Oil from Mortierella with Candida cylindracea Lipase」:J. Am. Oil Chem. Soc., 72, 1323, 1998)。
【0026】
このように、アラキドン酸含有油脂に選択的加水分解を行って得たアラキドン酸を高含有する油脂(トリグリセリド)を本発明の有効成分とすることができる。本発明のアラキドン酸を含有する油脂(トリグリセリド)の全脂肪酸に対するアラキドン酸の割合は、他の脂肪酸の影響を排除する目的で高いほうが望ましいが、高い割合に限定しているわけでなく、実際には、食品に適応する場合にはアラキドン酸の絶対量が問題になる場合もあり、10重量%以上のアラキドン酸を含有する油脂(トリグリセリド)であっても実質的には使用することができる。
【0027】
さらに、本発明では構成脂肪酸の一部又は全部がアラキドン酸であるトリグリセリドとして、1,3-位に中鎖脂肪酸が、2-位にアラキドン酸が結合したトリグリセリドを使用することができる。また、1,3-位に中鎖脂肪酸が、2-位にアラキドン酸が結合したトリグリセリドを5モル%以上、好ましくは10モル%以上、さらに好ましくは20モル%以上、最も好ましくは30モル%以上含む油脂(トリグリセリド)を使用することができる。上記トリグリセリドの1,3-位に結合する中鎖脂肪酸は、炭素数6-12個を有する脂肪酸から選ばれたものを利用できる。炭素数6-12個を有する脂肪酸として、例えば、カプリル酸又はカプリン酸等を挙げられ、特に1,3-カプリロイル-2-アラキドノイル-グリセロール(以後「8A8」とも称す)が好ましい。
【0028】
これら、1,3-位に中鎖脂肪酸が、2-位にアラキドン酸が結合したトリグリセリドは、高齢者を対象とした場合には、最適な油脂(トリグリセリド)となる。一般に油脂(トリグリセリド)を摂取し、小腸の中に入ると膵リパーゼで加水分解されるが、この膵リパーゼが1,3-位特異的であり、トリグリセリドの1,3-位が切れて2分子の遊離脂肪酸ができ、同時に1分子の2-モノアシルグリセロール(MG)が生成する。この2-MGは非常に胆汁酸溶解性が高く吸収性が良いため、一般に2-位脂肪酸の方が、吸収性が良いと言われる。また、2-MGは胆汁酸に溶けると界面活性剤的な働きをして、遊離脂肪酸の吸収性を高める働きをする。
【0029】
次に遊離脂肪酸と2-MGはコレステロールやリン脂質等と一緒に胆汁酸複合ミセルを生合成して小腸上皮細胞に取り込まれ、トリアシルグリセロールの再合成が起こり、最終的にはカイロミクロンとしてリンパに放出されていく。ところが、この膵リパーゼの脂肪酸特性は飽和脂肪酸に高く、アラキドン酸は切れにくい特徴を持っている。さらに問題なのは、膵リパーゼ活性が加齢により低下することから高齢者には、1,3-位に中鎖脂肪酸が、2-位にアラキドン酸が結合したトリグリセリドは最適な油脂(トリグリセリド)となる。
【0030】
1,3-位に中鎖脂肪酸が、2-位にアラキドン酸が結合したトリグリセリドの具体的な製造法のひとつとして、アラキドン酸を含有する油脂(トリグリセリド)及び中鎖脂肪酸の存在下で、トリグリセリドの1,3-位のエステル結合にのみ作用するリパーゼを作用させることで製造することができる。
原料となる油脂(トリグリセリド)はアラキドン酸を構成脂肪酸とするトリグリセリドであり、トリグリセリドを構成する全脂肪酸に対するアラキドン酸の割合が高い場合には、未反応油脂(原料トリグリセリド並びに1,3-位の脂肪酸のうち一方のみが中鎖脂肪酸となったトリグリセリド)の増加による反応収率の低下を防ぐため、通常の酵素反応温度20-30℃より、高く30-50℃、好ましくは40-50℃とする。
【0031】
トリグリセリドの1,3-位のエステル結合に特異的に作用するリパーゼとして、例えば、リゾプス(Rhizopus)属、リゾムコール(Rhizomucor)属、アスペルギルス(Aspergillus)属などの微生物が産生するもの、ブタ膵臓リパーゼなどを挙げることができる。かかるリパーゼについは、市販のものを用いることができる。例えば、リゾプス・デレマー(Rhizopus delemar)のリパーゼ(田辺製薬(株)製、タリパーゼ)、リゾムコール・ミーハイ(Rhizomucor miehei)のリパーゼ(ノボ・ノルディスク(株)社製、リボザイムIM)、アセペルギルス・ニガー(Apergillus niger)のリパーゼ(天野製薬(株)、リパーゼA)等が挙げられるが、これら酵素に限定しているわけではなく、1,3-位特異的リパーゼであればすべて使用することができる。
【0032】
上記リパーゼの使用形態は、反応効率を高める目的で反応温度を30℃以上、好ましくは40℃以上とするため、酵素の耐熱性を付加する目的で固定化担体に固定化したリパーゼを使用することが望ましい。固定化担体として多孔室(ハイポーラス)樹脂であって、約100オングストローム以上の孔径を有するイオン交換樹脂担体、例えばDowex MARATHON WBA等が挙げられる。しかし、これら固定化担体に限定しているわけではなく、耐熱性を付加できる固定化担体であればすべて使用することができる。
【0033】
固定化担体1に対して、1,3-位特異的リパーゼの水溶液0.5〜20倍重量に懸濁し、懸濁液に対して2〜5倍量の冷アセトン(例えば-80℃)を攪拌しながら徐々に加えて沈殿を形成させる。この沈殿物を減圧下で乾燥させて固定化酵素を調製することができる。さらに簡便な方法では、固定化担体1に対して、0.05〜0.4倍量の1,3-位特異的リパーゼを最小限の水に溶解し、撹拌しながら固定化担体を混ぜ合わせ、減圧下で乾燥させて固定化酵素を調製することができる。この操作により約90%のリパーゼが担体に固定化されるが、このままではエステル交換活性は全く示さず、水1〜10重量(w/v)%を加えた基質中で、好ましくは水1〜3重量%を加えた基質中で前処理することで固定化酵素は最も効率よく活性化することができ製造に供することができる。
【0034】
酵素の種類によっては、本反応系に加える水分量は極めて重要で、水を含まない場合はエステル交換が進行しにくくなり、また、水分量が多い場合には加水分解が起こり、グリセリドの回収率が低下する(加水分解が起こればジグリセリド、モノグリセリドが生成される)。しかし、この場合、前処理により活性した固定化酵素を使用することで、本反応系に加える水分量は重要ではなくなり、全く水を含まない系でも効率よくエステル交換反応を起こすことができる。さらに酵素剤の種類を選択することで前処理を省略することも可能である。
【0035】
このように、耐熱性を有する固定化酵素を使用し、酵素反応温度を上げることで、1,3-位特異的リパーゼに反応性の低いアラキドン酸を含有する油脂(トリグリセリド)においても、反応効率を低下させることなく、1,3-位に中鎖脂肪酸が、2-位にアラキドン酸が結合したトリグリセリド(8A8)を効率的に製造することができる。
【0036】
ストレスに起因する脳機能の低下およびそれに伴う症状あるいは疾患の予防又は改善作用を有する飲食品の製造法であっては、アラキドン酸及び/又はアラキドン酸を構成脂肪酸とする化合物を単独で、あるいはアラキドン酸が実質的に含有しない、あるいは含有していても僅かな飲食品原料とともに配合することができる。ここで、僅かな量とは、飲食物原料にアラキドン酸が含まれていたとしても、それを配合した食品組成物を人が摂取しても、後述する本発明の1日当たりのアラキドン酸摂取量に達していない量を意味する。
特に構成脂肪酸の一部又は全部がアラキドン酸であるトリグリセリドの場合に、油脂(トリグリセリド)の用途に関しては無限の可能性があり、食品、飲料、化粧品、医薬品の原料並びに添加物として使用することがでる。そして、その使用目的、使用量に関して何ら制限を受けるものではない。
【0037】
例えば、食品組成物としては、一般食品の他、機能性食品、栄養補助食品、特定保健用食品、未熟児用調製乳、乳児用調製乳、乳児用食品、妊産婦食品又は老人用食品等を挙げることができる。油脂を含む食品例として、肉、魚、またはナッツ等の本来油脂を含む天然食品、スープ等の調理時に油脂を加える食品、ドーナッツ等の熱媒体として油脂を用いる食品、バター等の油脂食品、クッキー等の加工時に油脂を加える加工食品、あるいはハードビスケット等の加工仕上げ時に油脂を噴霧または塗布する食品等が挙げられる。さらに、油脂を含まない、農産食品、醗酵食品、畜産食品、水産食品、または飲料に添加することができる。さらに、機能性食品・医薬品の形態であっても構わなく、例えば、経腸栄養剤、粉末、顆粒、トローチ、内服液、懸濁液、乳濁液、シロップ等の加工形態であってもよい。
【0038】
また本発明の組成物は、本発明の有効成分以外に、一般に飲食品、医薬品または医薬部外品に用いられる各種担体や添加物を含んでよい。特に本発明の有効成分の酸化防止を防ぐ目的で抗酸化剤を含むことが望ましい。抗酸化剤として、例えば、トコフェロール類、フラボン誘導体、フィロズルシン類、コウジ酸、没食子酸誘導体、カテキン類、フキ酸、ゴシポール、ピラジン誘導体、セサモール、グァヤオール、グァヤク酸、p-クマリン酸、ノールジヒドログァヤテッチク酸、ステロール類、テルペン類、核酸塩基類、カロチノイド類、リグナン類などのような天然抗酸化剤およびアスコルビン酸パリミチン酸エステル、アスコルビン酸ステアリン酸エステル、ブチルヒドロキシアニソール(BHA)、ブチルヒドロキシトルエン(BHT)、モノ-t-ブチルヒドロキノン(TBHQ)、4-ヒドロキシメチル-2,6-ジ-t-ブチルフェノール(HMBP)に代表されるような合成抗酸化剤を挙げることができる。
【0039】
トコフェロール類では、α-トコフェロール、β-トコフェロール、γ-トコフェロール、δ-トコフェロール、ε-トコフェロール、ζ-トコフェロール、η-トコフェロールおよびトコフェロールエステル(酢酸トコフェロール等)、さらに、トコトリエノールを類縁化合物として挙げることができる。また、カロチノイド類では、例えば、β-カロチン、カンタキサンチン、アスタキサンチン等を挙げることができる。
【0040】
本発明の組成物は、本発明の有効成分以外に、担体として、各種キャリアー担体、イクステンダー剤、希釈剤、増量剤、分散剤、賦形剤、結合剤溶剤(例、水、エタノール、植物油)、溶解補助剤、緩衝剤、溶解促進剤、ゲル化剤、懸濁化剤、小麦粉、米粉、でん粉、コーンスターチ、ポリサッカライド、ミルクタンパク質、コラーゲン、米油、レシチンなどが挙げられる。添加剤としては、例えば、ビタミン類、甘味料、有機酸、着色剤、香料、湿化防止剤、ファイバー、電解質、ミネラル、栄養素、抗酸化剤、保存剤、芳香剤、湿潤剤、天然の食物抽出物、野菜抽出物などを挙げることができるが、これらに限定しているわけではない。
【0041】
アラキドン酸およびアラキドン酸を構成脂肪酸とする化合物の主薬効成分はアラキドン酸にある。アラキドン酸の一日あたり食事からの摂取量は関東地区で0.14g、関西地区で0.19-0.20gとの報告があり(脂質栄養学4, 73, 1995)、高齢者の場合には油脂の摂取量が低下する点、膵リパーゼ活性が低下する点などから相当量、さらにはそれ以上、アラキドン酸を摂取する必要がある。したがって、本発明のアラキドン酸およびアラキドン酸を構成脂肪酸とする化合物の成人(例えば、体重60kgとして)一日当たりの摂取量は、アラキドン酸量換算として、0.001g〜20g、好ましくは0.01g〜10g、より好ましくは0.05〜5g、最も好ましくは0.1g〜2gとする。
【0042】
本発明の有効成分を実際に飲食品に適用する場合には、食品に配合するアラキドン酸の絶対量も重要となる。ただし、飲食品に配合する絶対量も、配合する飲食品の摂取量によって変化することから、構成脂肪酸の一部又は全部がアラキドン酸であるトリグリセリドを含有するトリグリセリドを食品に配合する場合には、アラキドン酸として0.001重量%以上、好ましくは0.01重量%以上、より好ましくは0.1重量%以上となるように配合する。さらに、1,3-位に中鎖脂肪酸が、2-位にアラキドン酸が結合したトリグリセイドを飲食品に配合する場合には、0.0003重量%以上、好ましくは0.003重量%以上、より好ましくは0.03重量%以上とする。
【0043】
本発明の組成物を医薬品として使用する場合、製剤技術分野において慣用の方法、例えば、日本薬局方に記載の方法あるいはそれに準じる方法に従って製造することができる。
本発明の組成物を医薬品として使用する場合、組成物中の有効成分の配分量は、本発明の目的が達成される限り特に限定されず、適宜適当な配合割合で使用可能である。
【0044】
本発明の組成物を医薬品として使用する場合、投与単位形態で投与するのが望ましく、特に、経口投与が好ましい。本発明の組成物の投与量は、年齢、体重、症状、投与回数などにより異なるが、例えば、成人(約60kgとして)一日当たり本発明のアラキドン酸及び/又はアラキドン酸を構成脂肪酸とする化合物を、アラキドン酸量換算として、通常約0.001g〜20g、好ましくは0.01g〜10g、より好ましくは0.05〜5g、最も好ましくは0.1g〜2gを一日1回、場合によっては複数回、例えば3回に分割して投与してもよい。
【0045】
脳のリン脂質膜の主要な脂肪酸はアラキドン酸並びにドコサヘキサエン酸であり、バランスを考えた場合、ドコサヘキサエン酸との組み合わせが望ましい。また、脳のリン脂質膜にはエイコサペンタエン酸の割合が非常に低いことから、ほとんどエイコサペンタエン酸を含まないアラキドン酸とドコサヘキサエン酸を組み合わせがより望ましい。そして、アラキドン酸とドコサヘキサエン酸の組み合わせにおいて、アラキドン酸/ドコサヘキサエン酸比が0.1 -15の範囲、好ましくは0.25〜10の範囲にあることが望ましい。また、アラキドン酸の5分の1(質量比)を超えない量のエイコサペンタエン酸の配合した飲食物が望ましい。
【実施例】
【0046】
次に、実施例により、本発明をさらに具体的に説明する。しかし、本発明は、実施例に限定されない。
実施例1. アラキドン酸を含有するトリグリセリドの製造方法
アラキドン酸生産菌としてモルティエレラ・アルピナ(Mortierella alpina)CBS754.68を用いた。グルコース1.8%、脱脂大豆粉3.1%、大豆油0.1%、KH2PO4 0.3%、Na2SO4 0.1%、CaCl2・2H2O 0.05%及びMgCl2・6H2O 0.05%を含む培地6kLを、10kL培養槽に調製し、初発pHを6.0に調整した。前培養液30Lを接種し、温度26℃、通気量 360m3/h、槽内圧200kPaの条件で8日間の通気撹拌培養を行った。なお、攪拌数は溶存酸素濃度を10-15ppmを維持するように調整した。さらに、グルコース濃度を4日目までは流加法によって培地中のグルコース濃度が1-2.5%の範囲内となるように、それ以降は0.5-1%を維持した(上記の%は、重量(W/V)%を意味する)。
【0047】
培養終了後、ろ過、乾燥によりアラキドン酸を構成脂肪酸とするトリグリセリドを含有する菌体を回収し、得られた菌体からヘキサン抽出により油脂を抽出し、食用油脂の精製工程(脱ガム、脱酸、脱臭、脱色)を経て、アラキドン酸含有トリグリセリド(構成脂肪酸の一部又は全部がアラキドン酸であるトリグリセリドを含有するトリグリセリド)150kgを得た。得られた油脂(トリグリセリド)をメチルエステル化し、得られた脂肪酸メチルエステルをガスクロマトグラフィーで分析したところ、全脂肪酸に占めるアラキドン酸の割合は40.84重量%であった。
【0048】
なお、パルミチン酸、ステアリン酸、オレイン酸、リノール酸、γ-リノレン酸、ジホモ-γ-リノレン酸などが、それぞれ11.63%、7.45%、7.73%、9.14%、2.23%、3.27重量%であった。さらに、上記アラキドン酸含有油脂(トリグリセリド)(TGA40)をエチルエステル化し、アラキドン酸エチルエステルを40重量%含む脂肪酸エチルエステル混合物から、定法の高速液体クロマトグラフィーによって、99重量%アラキドン酸エチルエステルを分離・精製した。
【0049】
実施例2. 8A8を5モル%以上含有するトリグリセリドの製造
イオン交換樹脂担体(Dowex MARATHON WBA:ダウケミカル)100gを、Rhizopus delemarリパーゼ水溶液(タリパーゼ現末、12.5%:田辺製薬(株))80mlに懸濁し、240mlの冷アセトン(-80℃)を攪拌し、減圧下で乾燥させて固定化リパーゼを得た。
【0050】
次に、実施例1で得たアラキドン酸を40重量%含有するトリグリセリド(TGA40S)80g、カプリル酸160g、上記固定化リパーゼ12g、水4.8 mlを30℃で48時間、撹拌(130rpm)しながら反応させた。反応終了後、反応液を取り除き、活性化された固定化酵素を得た。
次に、固定化リパーゼ(Rhizopus delemarリパーゼ、担体:Dowex MARATHON WBA)10gをジャケット付きガラスカラム(1.8 x 12.5cm、容量31.8ml)に充填し、実施例1で得たTGA40Sとカプリル酸を1:2に混合した反応油脂を一定の流速(4ml/h)でカラムに流し、連続反応を実施することで、反応油脂を400gを得た。なお、カラム温度は40-41℃とした。得られた反応油脂から未反応のカプリル酸及び遊離の脂肪酸を分子蒸留により取り除き、食用油脂の精製工程(脱ガム、脱酸、脱臭、脱色)を経て、8A8を含有する油脂(トリグリセリド)を得た。
【0051】
そして、ガスクロマトグラフィー及び高速液体クロマトグラフィーにより、得られた8A8含有油脂(トリグリセリド)中の8A8の割合を調べたところ、31.6モル%であった(なお、8P8、808、8L8、8G8、8D8の割合はそれぞれ0.6、7.9、15.1、5.2、4.8モル%であった。トリグリセリドの2-位結合する脂肪酸P、O、L、G、Dはそれぞれパルミチン酸、オレイン酸、リノール酸、γ-リノレン酸、ジホモ-γ-リノレン酸を表し、8P8は1,3-カプリロイル-2-パルミトレイン-グリセロール、8O8は1,3-カプリロイル-2-オレオイル-グリセロール、8L8は1,3-カプリロイル-2-リノレオイル-グリセロール、8G8は1,3-カプリロイル-2-γ-リノレノイル-グリセロール、8D8は1,3-カプリロイル-2-ジホモ-γ-リノレノイル-グリセロールをいう)。なお、得られた8A8含有油脂(トリグリセリド)から定法の高速液体クロマトグラフィーによって、96モル% 8A8を分離・精製した。
【0052】
実施例3. モリス型水迷路試験によるTGA40Sの学習能評価
実験群として、2〜3ヶ月齢雄性ICR系マウス56匹を対照飼料群(27匹)とTGA40S配合飼料群(29匹)の2群に分け、それぞれの群に、表1に示した対照飼料およびTGA40S配合飼料を3週間与えた。さらに各群を拘束をかけない非拘束群(非拘束-対照食群(13匹)、非拘束-ARA食群(15匹))と拘束をかける拘束群(拘束-対照食群(14匹)、拘束-ARA食群(14匹))に分けた。ワイヤーメッシュ拘束チューブによる拘束は、摂取開始から3週間後に1回、6時間だけ行った。その後も実験期間中は、それぞれの群に対して表1に示した対照飼料またはTGA40S配合飼料を与え続けた。なお、TGA40S配合飼料に使用したTGA40Sは実施例1で得たものを使用した。
【0053】
【表1】

【0054】
マウス一匹当たりの一日の摂餌量は約5gであるから、TGA40Sのマウス一匹あたりの一日摂取量は25mgとなる。実施例1で調製したアラキドン酸含有油脂(TGA40S)に結合する全脂肪酸の内、40重量%がアラキドン酸であることから、マウス一匹あたりの一日のアラキドン酸摂取量は10mgとなる。
【0055】
ワイヤーメッシュ拘束チューブによる6時間の拘束の直後からモリス型水迷路学習試験を実施した。モリス型水迷路試験は、水槽(直径100cm、高さ35cm)に墨汁で黒く濁った水を入れ(液面の高さ20cm)、マウスがかろうじて立てるくらいの大きさの逃避台を入れておき(逃避台は水面下にあり、水槽内で泳ぐマウスには逃避台は見えない)、学習を行うマウスを、この水槽の決められた位置より入れ(出発点)、逃避台まで泳がせる空間認識による学習試験で、記憶を司る脳海馬との関連が認められ、欧米で広く使われている。
【0056】
水温は30℃±1℃で、1試行の制限時間を120秒と設定し、試行と試行の間に60秒のインターバルを挟み、1日5試行を5日間実施した。この時のマウスが逃避台にたどり着くまでの時間(逃避潜時)を、学習の指標とした。拘束ストレスを負荷していないマウスでは、対照食群とARA食群の間に違いは認められなかった。一方で、拘束ストレスを負荷した対照食群のマウスの学習の獲得は拘束ストレスを負荷していないマウスと比較して、明らかに低下するが、TAG40Sつまりアラキドン酸を与えることで、拘束ストレスを負荷していないマウスと同等レベルの学習能力を示した(図1)。
【0057】
このように、TGA40Sを与えることで、ストレスにより低下した学習能力あるいは認知能力が改善することを初めて明らかにし、アラキドン酸がストレスによる学習能力あるいは認知能力低下に対して改善効果があることを初めて証明した。
【0058】
実施例4. アラキドン酸を含有する油脂(トリグリセリド)配合カプセルの調製例
ゼラチン100重量部及び食品添加物用グリセリン35重量部に水を加え50〜60℃で溶解し、粘度2000cpのゼラチン被膜を調製した。次に実施例1で得たアラキドン酸含有油脂(トリグリセリド)にビタミンE油0.05重量%を混合し、内容物1を調製した。実施例2で得た8A8を32モル%含有する油脂(トリグリセリド)にビタミンEを配合し、内容物2を調製した。実施例1で得たアラキドン酸含有油脂(トリグリセリド)50重量%と魚油(ツナ油:全脂肪酸に占めるエイコサペンタエン酸およびドコサヘキサエン酸の割合は、それぞれ5.1%および26.5%)50重量%で混合し、ビタミンE油0.05重量%を混合して内容物3を調製した。
【0059】
実施例1で得たアラキドン酸含有油脂(トリグリセリド)80重量%と魚油(ツナ油:全脂肪酸に占めるエイコサペンタエン酸およびドコサヘキサエン酸の割合は、それぞれ5.1%および26.5%)20重量%で混合し、ビタミンE油0.05重量%を混合して内容物4を調製した。実施例1で得た99%アラキドン酸エチルエステルに、ビタミンE油0.05重量%を混合し内容物5を調製した。これら内容物1から5を用いて、常法によりカプセル成形及び乾燥を行い、一粒当たり180mgの内容物を含有するソフトカプセルを製造した。
【0060】
実施例5. 脂肪輸液剤への使用
実施例2で得た8A8を96モル%含有する油脂(トリグリセリド)400g、精製卵黄レシチン48g、オレイン酸20g、グリセリン100g及び0.1N 苛性ソーダ40mlを加え、ホモジナイザーで分散させたのち、注射用蒸留水を加えて4リットルとする。これを高圧噴霧式乳化機にて乳化し、脂質乳液を調製した。該脂質乳液を200mlずつプラスチック製バッグに分注したのち、121℃、20分間、高圧蒸気滅菌処理して脂肪輸液剤とする。
【0061】
実施例6. ジュースへの使用
β-シクロデキストリン2gを20%エタノール水溶液20mlに添加し、ここにスターラーで撹拌しながら、実施例1で得たアラキドン酸含有トリグリセリド(ビタミンEを0.05%配合)100mgを加え、50℃で2時間インキュベートした。室温冷却(約1時間)後、さらに撹拌を続けながら4℃で10時間インキュベートした。生成した沈殿を、遠心分離により回収し、n-ヘキサンで洗浄後、凍結乾燥を行い、アラキドン酸含有トリグリセリドを含有するシクロデキストリン包接化合物1.8gを得た。この粉末1gをジュース10Lに均一に混ぜ合わせ、アラキドン酸含有トリグリセリドを含有するジュースを調製した。
【図面の簡単な説明】
【0062】
【図1】図1は、ストレス負荷ラットの空間認知に与えるアラキドン酸の影響をします、実施例3の結果のグラフである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
アラキドン酸及び/又はアラキドン酸を構成脂肪酸とする化合物を含んで成る、ストレスに起因する脳機能の低下およびそれに伴う症状あるいは疾患の予防又は改善作用を有する組成物。
【請求項2】
前記アラキドン酸を構成脂肪酸とする化合物が、アラキドン酸のアルコールエステル、構成脂肪酸の一部もしくは全部がアラキドン酸であるトリグリセリド、リン脂質又は糖脂質である請求項1に記載の組成物。
【請求項3】
前記構成脂肪酸の一部もしくは全部がアラキドン酸であるトリグリセリドが、1,3-位に中鎖脂肪酸が、2-位にアラキドン酸が結合したトリグリセリドである請求項2に記載の組成物。
【請求項4】
前記中鎖脂肪酸が、炭素数6〜12個を有する脂肪酸から選ばれたものである請求項3に記載の組成物。
【請求項5】
構成脂肪酸の一部又は全部がアラキドン酸であるトリグリセリドを含有するトリグリセリドを含んでなる、ストレスに起因する脳機能の低下およびそれに伴う症状あるいは疾患の予防又は改善作用を有する組成物。
【請求項6】
前記構成脂肪酸の一部又は全部がアラキドン酸であるトリグリセリドを含有するトリグリセリドの、アラキドン酸の割合が、トリグリセリドを構成する全脂肪酸に対して10重量%以上であることを特徴とする請求項5に記載の組成物。
【請求項7】
前記構成脂肪酸の一部又は全部がアラキドン酸であるトリグリセリドを含有するトリグリセリドが、モルティエレラ(Mortierella)属、コニディオボラス(Conidiobolus)属、フィチウム(Pythium)属、フィトフトラ(Phytophthora)属、ペニシリューム(Penicillium)属、クラドスポリューム(Cladosporium)属、ムコール(Mucor)属、フザリューム(Fusarium)属、アスペルギルス(Aspergillus)属、ロードトルラ(Rhodotorula)属、エントモフトラ(Entomophthora)属、エキノスポランジウム(Echinosporangium)属、サプロレグニア(Saprolegnia)属に属する微生物から抽出したものでる請求項5又は6に記載の組成物。
【請求項8】
構成脂肪酸の一部又は全部がアラキドン酸であるトリグリセリドを含有するトリグリセリドが、エイコサペタエン酸をほとんど含まないトリグリセリドである請求項5〜7のいずれか1項に記載の組成物。
【請求項9】
1,3-位に中鎖脂肪酸が結合し、2-位にアラキドン酸が結合したトリグリセリドを5モル%以上含有するトリグリセリドを含んで成る、ストレスに起因する脳機能の低下およびそれに伴う症状あるいは疾患の予防又は改善作用を有する組成物。
【請求項10】
前記中鎖脂肪酸が、炭素数6〜12個を有する脂肪酸から選ばれたものである請求項9に記載の組成物。
【請求項11】
前記ストレスに起因する脳機能の低下に伴う症状が、記憶・学習能力の低下である、請求項1〜10のいずれか1項に記載の組成物。
【請求項12】
前記ストレスに起因する脳機能の低下に伴う症状が、認知能力の低下である、請求項1〜10のいずれか1項に記載の組成物。
【請求項13】
前記ストレスに起因する脳機能の低下に伴う症状が、うつ状態である、請求項1〜10のいずれか1項に記載の組成物。
【請求項14】
前記ストレスに起因する脳機能の低下に伴う疾患が、うつ病である、請求項1〜10のいずれか1項に記載の組成物。
【請求項15】
前記組成物が、食品組成物又は医薬組成物である請求項1〜14のいずれか1項に記載の組成物。
【請求項16】
前記食品組成物が、一般食品(飲食物)、機能性食品、栄養補助食品、特定保健用食品、未熟児用調製乳、乳児用調製乳、乳児用食品、妊産婦食品又は老人用食品であることを特徴とする請求項15に記載の組成物。
【請求項17】
さらにドコサヘキサエン酸及び/又はドコサヘキサエン酸を構成脂肪酸とする化合物を含んで成る、請求項1〜16のいずれか1項に記載の組成物。
【請求項18】
前記ドコサヘキサエン酸を構成脂肪酸とする化合物が、ドコサヘキサエン酸のアルコールエステル、構成脂肪酸の一部もしくは全部がドコサヘサエン酸であるトリグリセリド、リン脂質又は糖脂質である請求項17に記載の組成物。
【請求項19】
上記アラキドン酸とドコサヘキサエン酸の組み合わせにおいて、アラキドン酸/ドコサヘキサエン酸比(重量)が0.1〜15の範囲にあることを特徴とする請求項17又は18に記載の組成物。
【請求項20】
さらに、組成物中のアラキドン酸に対して、組成物中のエイコサペンタエン酸が、5分の1を超えない量であることを特徴とする請求項1〜19のいずれか1項に記載の組成物。
【請求項21】
ストレスに起因する脳機能の低下およびそれに伴う症状あるいは疾患の予防又は改善作用を有する飲食品の製造法であって、アラキドン酸及び/又はアラキドン酸を構成脂肪酸とする化合物を単独で、あるいはアラキドン酸が実質的に含有しない、あるいは含有していても僅かな飲食品原料とともに配合することを特徴とする食品組成物の製造方法。
【請求項22】
アラキドン酸及び/又はアラキドン酸を構成脂肪酸とする化合物を、その投与が必要な対象に投与することを含んで成る、ストレスに起因する脳機能の低下およびそれに伴う症状あるいは疾患の予防又は治療方法。

【図1】
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【公開番号】特開2006−83136(P2006−83136A)
【公開日】平成18年3月30日(2006.3.30)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−271958(P2004−271958)
【出願日】平成16年9月17日(2004.9.17)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 平成16年(2004年)3月22日 東海大学開発工学部生物工学科神経生物工学研究室ホームページアドレス(http://nerve.fb.u−tokai.ac.jp)に掲載の「2003年度卒業論文要旨」に発表
【出願人】(000001904)サントリー株式会社 (319)
【Fターム(参考)】