説明

ストレス状態測定装置

【課題】リアルタイムに被験者のストレス状態を判断できるストレス状態測定装置を提供する。
【解決手段】ストレス状態測定装置は、活性度測定部1と、ストレス状態判断部2とからなる。活性度測定部1は、右側前頭前野の活性度と左側前頭前野の活性度とをそれぞれ測定する。ストレス状態判断部2は、活性度測定部1で測定される右側前頭前野の活性度と左側前頭前野との活性度の差分に基づき、ストレスの程度を判断する。例えば活性度測定部1は、酸素化ヘモグロビン濃度又は酸素飽和度に基づき活性度を測定する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明はストレス状態測定装置に関し、特に、脳の活動状態からストレスの程度を測定するストレス状態測定装置に関する。
【背景技術】
【0002】
近年では、ストレスを脳の活動状態から解明しようとする試みが行われている。例えば、血液中のストレスホルモン量の測定や、ポジトロン断層法(PET)や核磁気共鳴画像法(MRI)により脳活動を測定する装置等がある。しかしながら、これらの手法は何れも装置や測定が大掛かりなものであり、高コストであった。また、血液採取や、身体拘束等の測定時において生ずるストレスも問題となる。
【0003】
ストレスのかからない測定手法として、例えば近赤外線分光法、又は、近赤外線時間分解分光法を用い、脳の状態を非浸襲で測定する測定装置が存在する。近赤外線分光法の測定原理は、吸光物質を含む溶液に光を照射したときの光の減衰と吸光物質の濃度関係を示したBeer−Lambert法による。この原理を利用した装置により、被験者の頭部に設置した測定用プローブ等を用いて、脳の血流量を測定する。

測定パラメータは、酸素化ヘモグロビン濃度、脱酸素化ヘモグロビン濃度及び酸素飽和度である。酸素化ヘモグロビン濃度の濃度変化や酸素飽和度は、神経活動時の局所脳血流変化と相関するため、神経活動の指標とされている。近赤外線時間分解分光法は、上記近赤外線分光法に、時間分解分光法を導入したものであり、ヘモグロビン濃度や酸素飽和度を絶対値として得られるようにしたものである。
【0004】
上述の近赤外線時間分解分光法を用いて、脳の血流量を測定する装置として、例えば特許文献1や特許文献2に記載のものがある。特許文献1では、外的刺激前後での前頭前野全体の血流量の変化と、血圧、脈拍数等の変化等とから、総合的に人体に作用する外的刺激を評価する手法が開示されている。特許文献2では、森林浴前後での前頭前野全体の血流量の変化と、血圧、脈拍数等の変化等とから、総合的に生理反応を評価する手法が開示されている。
【0005】
また、近赤外線時間分解分光法を用いて、脳の血流量を測定し、ストレスに対する耐性を測定する装置の例として、例えば本願の発明者による非特許文献1がある。非特許文献1では、演算タスクを与える等のストレステスト前後での前頭前野の血流量の検出値の時間的変化量を右側と左側の前頭前野で比較して、右側前頭前野の活動優位性により、ストレスに対する耐性を判断する装置が開示されている。非特許文献1では、ストレステスト前後における左右の前頭前野の正規化された血流量の変化量を比較して、右側前頭前野の活動優位性が顕著である程、即ち、ストレステスト前後で左側前頭前野より右側前頭前野の血流量の変化量が大きい程、ストレス耐性が低いことを、統計的に明らかにしている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2002−177282号公報
【特許文献2】特開2005−103309号公報
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】Kaoru SAKATANI 「Relation between Mental Stress−induced Prefrontal Cortex Activity and Skin Conditions: A Near−infrared Spectroscopy Study」、BRAIN RESEARCH 1184(2007)P210−216
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
特許文献1や特許文献2に開示の技術は、環境変化に対する前頭前野の血流量の変化と、その他種々のパラメータから総合的に生理反応を判断するものである。また、特許文献1では、人体に作用する外的刺激前後の脳の活動状態を見るものであり、ストレス状態を判断するものではなかった。また、特許文献2でも、森林浴前後での脳の活動状態を見るものであり、これもストレス状態を判断するものではなかった。
【0009】
非特許文献1に開示の技術は、非浸襲で測定できるため、被験者の測定に対するストレスは低減される。しかしながら、まずストレステスト前に、基準となる安静時の脳の活動状態を測定し、ストレステストを行った後に、再度脳の活動状態を測定するため、特許文献1や特許文献2に開示の技術と同様、脳の活動状態の変化を見るものであった。さらに、ストレステストに対する慣れや個人の好悪の問題等が生じ得るため、計測された脳の活動状態の誤差要因となり得るという問題があった。また、非特許文献1は、ストレステストに起因する脳の活動状態の変化が測定できるのであって、被験者がストレスを受けやすいか否かの傾向を判断できるにすぎない。したがって、被験者の現在のストレス状態を解明するものではなかった。
【0010】
本発明は、斯かる実情に鑑み、リアルタイムに被験者のストレス状態を判断できるストレス状態測定装置を提供しようとするものである。
【課題を解決するための手段】
【0011】
上述した本発明の目的を達成するために、本発明によるストレス状態測定装置は、右側前頭前野の活性度と左側前頭前野の活性度とをそれぞれ測定する活性度測定部と、活性度測定部で測定される右側前頭前野の活性度と左側前頭前野との活性度の差分に基づき、ストレスの程度を判断するストレス状態判断部と、を具備するものである。
【0012】
また、活性度測定部は、酸素化ヘモグロビン濃度又は酸素飽和度に基づき活性度を測定すれば良い。
【0013】
また、活性度測定部は、赤外線発光部と赤外線受光部とからなる一対の測定用プローブを有し、一対の測定用プローブにより、近赤外線時間分解分光法を用いて右側前頭前野の活性度と左側前頭前野の活性度とをそれぞれ測定すれば良い。
【発明の効果】
【0014】
本発明のストレス状態測定装置には、リアルタイムに被験者のストレス状態を判断できるという利点がある。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【図1】図1は、本発明のストレス状態測定装置を説明するための概略ブロック図である。
【図2】図2は、本発明のストレス状態測定装置の活性度測定部で測定される活性度の差分と従来技術において測定される活性度の相対変化量との違いを説明する模式図である。
【図3】図3は、本発明のストレス状態測定装置の測定結果と、状態−特性不安検査によるストレス度との相関関係を示すグラフである。
【図4】図4は、本発明のストレス状態測定装置の測定結果と、身体的ストレス反応との相関関係を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0016】
以下、本発明を実施するための形態を図示例と共に説明する。図1は、本発明のストレス状態測定装置を説明するための概略ブロック図である。図示例の通り、本発明のストレス状態測定装置は、活性度測定部1と、ストレス状態判断部2から主に構成されている。
【0017】
活性度測定部1は、右側前頭前野の活性度と左側前頭前野の活性度とをそれぞれ測定するものである。ここで、活性度とは、神経の活動量を意味するものである。即ち、活性度測定部1は、右側前頭前野の神経活動量と左側前頭前野の神経活動量とをそれぞれ測定できるものであれば良い。
【0018】
図示例では、活性度測定部1は、近赤外線時間分解分光法を用いて、脱酸素化ヘモグロビン濃度や酸素飽和度を測定するものを示した。なお、近赤外時間分解分光法は、近赤外光領域において、血液中のヘモグロビン等の色素蛋白が酸素と結合した状態と解離した状態とでは、吸光度スペクトルが異なることを利用し、間接的に生体内の酸素代謝を測る方法である。近赤外光をパルス光として生体に照射すると、パルス光は生体内部で散乱し、時間に応じた様々な光路を通って反射してくる。このパルス光の広がりを時間分解分光法(TRS: Time Resolved Spectroscopy)によって解析することにより、生体の活動を捉えることが可能となる。時間分解分光法は、測定する物理量が時間に対してどのように変化するかを測定するための手法である。図示例の活性度測定部1では、この近赤外時間分解分光法を用いて、脱酸素化ヘモグロビン濃度や酸素飽和度を測定することで、前頭前野の活性度を測定するものである。
【0019】
ここで、近赤外線時間分解分光法を用いた活性度測定部1は、測定用プローブ3,3を有する。測定用プローブ3,3は、被験者の前額部の左右の皮膚上にそれぞれ貼付されるものである。測定用プローブ3,3は、赤外線発光部4と赤外線受光部5とからなる。赤外線発光部4は、例えば波長が700nmから1200nm、より具体的には、例えば760nm、800nm、830nmの3種類の近赤外光のパルス波を、例えば150ピコ秒以下、より具体的には、例えば数ピコ秒毎に照射可能な半導体パルスレーザ光源である。赤外線受光部5は、例えば光電子増倍管と増幅器からなるものである。赤外線受光部5は、赤外線発光部4から照射された近赤外光が脳組織内で散乱・透過して戻ってきた光を受講するものである。活性度測定部1の具体例としては、例えば浜松ホトニクス株式会社製のTRSシリーズが挙げられる。
【0020】
このように、本発明のストレス状態測定装置の活性度測定部1は、赤外線受光部5で受光した結果を、時間分解分光法により解析することで、ヘモグロビン濃度や酸素飽和度が測定できるものである。
【0021】
なお、左右の前頭前野の位置する辺りに配置された測定用プローブ3,3は、それぞれ左右の前頭前野の活性度を別々に測定するために、例えば左右交互に赤外線発光部4から近赤外光を照射し交互に赤外線受光部5により受光すれば良い。
【0022】
なお、上述の活性度測定部1では、近赤外線時間分解分光法を用いて右側前頭前野の活性度と左側前頭前野の活性度とをそれぞれ測定するものを説明したが、本発明のストレス状態測定装置の活性度測定部はこれに限定されず、右側前頭前野の活性度と左側前頭前野の活性度とをそれぞれ測定できるものであれば、例えば超音波や磁気等を用いて活性度を測定するものを用いても良い。
【0023】
ストレス状態判断部2は、活性度測定部1で測定される右側前頭前野の活性度と左側前頭前野との活性度の差分に基づき、ストレスの程度を判断するものである。
【0024】
例えば、活性度測定部1で左右の前頭前野の活性度として酸素飽和度を測定した場合、右側前頭前野の酸素飽和度の数値と、左側前頭前野の酸素飽和度の数値とを減算する。この差分の大きさを、例えばストレス値として、ストレスの程度を測る指標とすれば良い。
【0025】
ここで、本発明のストレス状態測定装置と、従来技術の非特許文献1との違いを説明する。図2は、本発明のストレス状態測定装置の活性度測定部で測定される活性度の差分と従来技術において測定される活性度の相対変化量との違いを説明する模式図であり、図2(a)が、非特許文献1に記載の従来技術により測定された左右の前頭前野の活性度の相対変化量を示す模式図であり、図2(b)が、本発明のストレス状態測定装置で測定された左右の前頭前野の活性度の絶対量を示す模式図である。
【0026】
非特許文献1に記載の従来技術は、図2(a)に示される通り、ストレステスト前の左右の前頭前野の活性度を正規化し、それを相対基準として、ストレステスト後の左右の前頭前野のそれぞれの活性度を測定するものである。ここで、ストレステスト前から、ストレステスト後の活性度の変相対化量を、右側前頭前野に対してはΔ右変化量、左側前頭前野に対してはΔ左変化量とする。従来技術では、このΔ右変化量とΔ左変化量の差分であるΔ左右変化量を取り、右側の変化量が大きい場合、即ち、右側優位性がある場合に、ストレスを受けやすい傾向があると判断するものである。
【0027】
一方、本発明のストレス状態測定装置では、図2(b)に示される通り、左右の前頭前野の活性度の絶対量をそれぞれ測定する。ここで、測定された左右の前頭前野の活性度の差分をΔ左右とする。本発明のストレス状態測定装置では、このΔ左右を求めて、この値が大きい程、高ストレス状態であると判断している。反対に、左側前頭前野の活性度が大きい場合は、低ストレス状態であると判断する。
【0028】
本願発明者は、上述の左右の前頭前野の活性度の差が、ストレスと相関関係があることを見出した。本発明のストレス状態測定装置は、左右の前頭前野の活性度の差を求めることで、リアルタイムにストレス状態を測定することが可能となった。
【0029】
以下、本発明のストレス状態測定装置により測定したストレス状態と従来の一般的なストレス検査によるストレス状態との相関関係を検証したので、以下に説明する。
【0030】
図3は、本発明のストレス状態測定装置の測定結果と、状態−特性不安検査によるストレス状態との相関関係を示すグラフである。従来から知られている、状態−特性不安検査(STAI)によるストレス度と、本発明のストレス状態測定装置により測定されたストレス状態とを比較した。
【0031】
図3(a)は、ネガティブな感情の場合の比較グラフであり、図3(b)は、ポジティブな感情の場合の比較グラフである。また、グラフの横軸は、STAIによる状態不安尺度のスコアである。縦軸は、左右の前頭前野の酸素飽和度の差の割合(%)であり、プラス値は、右側前頭前野の酸素飽和度が大きい、即ち、ストレス状態測定装置が高ストレス状態であると判断していることを示す。反対に、マイナス値は、左側前頭前野の酸素飽和度が大きい、即ち、ストレス状態測定装置が低ストレス状態であると判断していることを示す。
【0032】
図示の通り、ネガティブな感情の場合もポジティブな感情の場合も、本発明のストレス状態測定装置とSTAIとは、同じような傾向があることが分かる。ネガティブな感情の場合の比較においては、相関係数rは、r=+0.51であり、p値はp<0.03であった。また、ポジティブな感情との比較においては、相関係数rはr=−0.57であり、p値はp<0.02であった。このように、本発明のストレス状態測定装置による測定結果は、高ストレス状態、又は、低ストレス状態の両方において、本発明のストレス状態測定装置の結果は、従来のSTAIによるストレス度と相関が高いことが分かる。
【0033】
また、図4は、本発明のストレス状態測定装置により測定されたストレス状態と、身体的ストレス反応との相関関係を示すグラフである。一般に、ストレス状態が高くなると、身体的ストレス反応として、顔面皮脂量が増加することが知られている。そこで、顔面皮脂量と本発明のストレス状態測定装置による測定結果を比較した。グラフの横軸は、左右の前頭前野の酸素飽和度の差の割合(%)であり、縦軸は、顔面皮脂量(μg/cm)である。
【0034】
図示の通り、右側前頭前野の酸素飽和度が高い、即ち、ストレス状態測定装置が高ストレス状態であると判断する程皮脂量が多くなる傾向があることが分かる。また、相関係数rはr=+0.40であり、p値はp<0.01であった。このように、本発明のストレス状態測定装置の結果は、身体的ストレス反応とも相関が高いことが分かる。
【0035】
なお、上述の図示例では、ストレス状態を酸素飽和度で示したが、本発明のストレス状態測定装置はこれに限定されず、酸素化ヘモグロビン濃度や総ヘモグロビン濃度等を用いてストレス状態の指標としても良い。
【0036】
なお、本発明のストレス状態測定装置は、上述の図示例にのみ限定されるものではなく、本発明の要旨を逸脱しない範囲内において種々変更を加え得ることは勿論である。
【符号の説明】
【0037】
1 活性度測定部
2 ストレス状態判断部
3 測定用プローブ
4 赤外線発光部
5 赤外線受光部

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ストレスの程度を測定するストレス状態測定装置であって、該ストレス状態測定装置は、
右側前頭前野の活性度と左側前頭前野の活性度とをそれぞれ測定する活性度測定部と、
前記活性度測定部で測定される右側前頭前野の活性度と左側前頭前野との活性度の差分に基づき、ストレスの程度を判断するストレス状態判断部と、
を具備することを特徴とするストレス状態測定装置。
【請求項2】
請求項1に記載のストレス状態測定装置において、前記活性度測定部は、酸素化ヘモグロビン濃度又は酸素飽和度に基づき活性度を測定することを特徴とするストレス状態測定装置。
【請求項3】
請求項1又は請求項2に記載のストレス状態測定装置において、前記活性度測定部は、赤外線発光部と赤外線受光部からなる一対の測定用プローブを有し、該一対の測定用プローブにより、近赤外線時間分解分光法を用いて右側前頭前野の活性度と左側前頭前野の活性度とをそれぞれ測定することを特徴とするストレス状態測定装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2011−142967(P2011−142967A)
【公開日】平成23年7月28日(2011.7.28)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−4458(P2010−4458)
【出願日】平成22年1月12日(2010.1.12)
【出願人】(899000057)学校法人日本大学 (650)
【Fターム(参考)】