説明

スパッタリングターゲット

【課題】垂直磁気記録媒体のRu中間膜の配向性を高め記録媒体のノイズを減らすこと。
【解決手段】
非磁性基板上に軟磁性裏打ち層を製膜し、その上に組成がCu−Geからなるスパッタリングターゲットを用いてCuとGeからなる組成のシード膜を製膜する。Geが2〜10at%の範囲で上記スパッタリングターゲットは(10.1)面の回折強度と(00.2)面の回折強度との強度比I(10.1)/I(00.2)が1より小さい擬hcp結晶構造となり、スパッタ製膜されたシード膜も擬hcp構造となる。該Cu−Geシード膜の上にRu中間層を製膜することでRu中間膜の配向性を向上させることが可能であり、ひいては記録媒体のノイズを減少できる。Cu−Geターゲットは上記強度比を1以下にするためにCu、Ge以外の不純物元素混入量を2at%以下に抑える必要があり、そのため粉末焼結法で作成される。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は垂直磁気記録媒体に用いられるシード膜を製膜するためのスパッタリングターゲット(以下単にターゲットと称する)に関するものであり、特にRuを中間膜とした垂直磁気記録媒体において該Ru中間膜の配向性を高め、ひいては再生時の熱揺らぎによるノイズ成分の低減を図るために好適な、該Ru中間膜と軟磁性裏打ち層との間に挿入するシード膜を製膜することが可能なターゲットに関する。
【背景技術】
【0002】
垂直磁気記録が提案されて以来様々な改良が施され現在では200Gb/平方インチ程度の高密度垂直磁気記録のハードディスクドライブがパソコンをはじめ様々な用途に適用されている。垂直磁気記録は面内磁気記録に比べて極めて高密度の記録を達成できると言う特徴を有する。しかし一方垂直磁気記録では磁化が膜面に垂直に配向し、かつビット長も極めて短いので媒体から漏れる磁界が面内磁気記録に比べて小さくなる。このため垂直磁気記録では面内磁気記録に比べて再生時の再生出力が小さいと言う本質的な欠点がある。
【0003】
無論垂直磁気記録の再生出力を高めるための種々の考案がなされてきた。その一つは媒体と磁気ヘッドの間の浮上量の低減である。しかし浮上量を小さくすれば再生出力は増大するもののトライボロジーの観点からは限界がある。また他の考案は媒体構造と磁気ヘッドの組み合わせである。垂直磁気記録媒体は大別して記録磁性膜が単層である単層垂直記録媒体と中間層を介して軟磁性裏打ち層を非磁性基板側に設けた二層垂直記録媒体がある。また磁気ヘッドは単磁極ヘッドとリング型ヘッドがあり、主として(1)リング型ヘッドと単層垂直記録媒体および(2)単磁極ヘッドと二層垂直記録媒体の組み合わせが検討されてきた。しかし現在では後者の単磁極ヘッドと二層垂直記録媒体の組み合わせが最も高い再生出力が得られることがわかり垂直磁気記録ハードディスクドライブに適用されている。
【0004】
しかしながら上記組み合わせでも当初は充分な高い再生出力を得ることには困難が付きまとった。そこで再生出力を高めるよりはむしろノイズを小さくすることによりS/N比を高めて再生エラーを低減する試みがなされるようになった。隣り合う記録ビットの磁化は反対方向になるがこの時、静磁エネルギーを最小にするために隣接記録ビット間に磁化遷移領域が形成される。この場合磁化遷移領域が広いと磁化反転に要する時間が長くなりノイズが増大する。従って磁化遷移領域を狭くすることが垂直磁気記録媒体にとって重要であり、このためには記録磁性膜の結晶粒径の微細化が有効とされてきた。
【0005】
記録磁性膜の結晶粒を微細化するのに最も効果があったのは記録磁性膜をCoPtCr−OxideやCoCrPt−SiOのようなグラニュラー構造と称される磁性膜に変更することであった。これらの磁性膜の結晶粒径は20nm以下であり、最近では10nmを下回るような微細な結晶粒径が実現されるようになってきた。しかしながら結晶粒径を小さくすると記録磁性膜のC軸配向性が低くなるという好ましくない反面がある。
【0006】
垂直磁気記録では磁化を膜面に垂直にするためにCo系の六方稠密構造(hcp)の記録磁性膜材料を採用する必要があり、また膜面に対して垂直にC軸を配向させることが重要である。そのため下地膜を採用してC軸配向性を高くすることが検討されてきた。当初は面内磁気記録の技術を転用してCr下地膜等が検討されてきたが、Crは体心立方(bcc)構造であり記録磁性膜とは結晶型が異なる。下地膜および記録磁性膜がスパッタリングによって形成される場合、これらの膜はエピタキシャル成長しながら形成される。従って下地となる膜の結晶型が記録磁性膜の結晶型と異なる場合には記録磁性膜の成長初期段階でC軸配向性が低くなりがちである。そこで記録磁性膜と同じ結晶型である六方稠密(hcp)構造のRu膜を記録磁性膜と軟磁性裏打ち層との間に中間膜として挿入する構成が選択された。該Ru中間膜の採用により例えばCoCrPt−SiO記録磁性膜の配向性は高められ、配向度Δθ50を4〜6度にまで低くすることが可能となった(Δθ50の値が小さいほどC軸配向性が高い)。なお本発明では配向度Δθ50を、X線をRu膜面に垂直に照射して回折線を測定した際の(00.2)面のロッキングカーブの半値幅として定義する。
【0007】
以上説明したことを総合して現在採用されている垂直磁気記録媒体の膜構造を示すと図4および図5に示すようになっている。図4は現状の垂直磁気記録媒体の膜構成の一例であり、非磁性のガラス基板1の上に軟磁性裏打ち層2、ついでRu中間膜4がスパッタリングで製膜され、さらにRu中間膜の上に記録磁性膜5が製膜され、最後に保護層6が製膜されたものである。軟磁性裏打ち層として最も古くから知られているのはNiFeであり、その後CoNbZr、FeCoBのような非晶質膜が1T近傍の高い飽和磁束密度を有する材料として検討されてきた。記録磁性膜はCoCrPt−OxideやCoCrPt−SiOグラニュラー膜に代表されるCo系hcp構造の膜である。Ru中間膜は軟磁性裏打ち層と該Co系記録磁性膜との間に挿入され、該Co系hcp構造の記録磁性膜の配向性を高くする効果がある。
【0008】
またRuを単層ではなくて2層にすることも行われている。図5はその例であり軟磁性裏打ち層2の上には第一のRu中間膜が、ついで第二のRu中間膜が2層に製膜される。第一のRu中間膜は比較的Ar圧が低い雰囲気で製膜されるので高配向になる、さらにその上に製膜される第二のRu中間膜は逆に比較的Ar圧を高くして製膜されるので原子レベルでRu中間膜の表面が粗くなり、その上に製膜される記録磁性膜5を一層ノイズの少ない良好なものとすることが可能である。以上述べたようにRu中間膜を単層あるいは2層にした垂直磁気記録媒体が知られているが、これらの場合いずれもRu中間膜は高配向であることが必須となる。
【0009】
以上述べたようにRu中間膜はその上に製膜されるCo系hcp構造の膜の配向性を高めるのに効果があるが、その理由はRuの膜構造にある。Ruはhcp構造であり記録磁性膜と同一結晶構造であることに加え、Ruがかなり高い配向性を有するのがその主な理由である。但しRuを高配向させるには次に述べるような製造条件の吟味が必要であった。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
hcp構造の垂直磁気記録磁性膜を高配向させるには高配向したRuを中間膜が採用されてきたが、該Ru膜そのものも高配向である必要がある。特開2001−283428号公報に記載されているようにRuは膜面に垂直な方向が(00.1)となるように配向しやすいものの、高配向させるには特開2005−190517号公報の明細中に記されているように従来ではRu中間膜の厚さとして40nm以上が必要であった。Ruは希少金属でありきわめて高価なのでその厚さは薄いほど好ましい。そこで中間層をRu単独ではなくてRuにC,Cu,W,Mo,Cr,Ir,Pt,Re,Rh,Ta,Vの内1種を加えることによって20nmの膜厚でも高配向に出来ることが特開2003−178412号公報に開示されている。従ってRu膜厚を20nmまで薄くすることは現在では可能なことであるが、配向性には未だ改良の余地があった。
【0011】
通常Ru中間膜の配向性を評価するにはX線回折で(00.2)面のロッキングカーブを測定しその半値幅Δθ50を尺度とする場合が多い。該Δθ50は通常10度程度であり、これ以上に小さなΔθ50値の高配向にするには困難が付きまとった。Ru中間膜の配向性は特開2008−34104号公報に記されているようにスパッタリング製膜の際のAr圧にもよる。すなわちAr圧を低くして製膜することで高配向性が得られるものの充分満足できる水準ではなかった。そこでRu中間膜をRu単独ではなくて、▲1▼RuとSi酸化物等あるいは▲2▼RuとCoあるいはCrの2層積層にすることによって(00.2)面のロッキングカーブの半値幅Δθ50を5度以下にすることが特開2005−108268号公報に開示されている。しかし該公報のようにRuにSiを加えるとターゲットそのものの製造が困難になるという欠点がある。またRuとCoあるいはCrの2層積層にすることはチャンバー数が増えることになり生産性の観点から好ましくない。
【0012】
Ru膜そのものの改良ではなくてRu膜の製膜に先立つシード膜の採用も図られてきた。例えば特開2005−243093号公報ではTi,ZrあるいはHfからなる第一のシード膜(該公報では第一中間層と称する)およびAl,Ag,Au,Cu,Ni,Pdのいずれかからなる第二のシ−ド膜(該公報では第二中間層と称する)を採用してその上にRu膜を設けた構成が記されている。しかしながらシード膜を2層にすることはコストの増大を招き、決して好ましいことではない。そこで特開2003−77122号公報ではCu,Al,Pd,Pt,Ir等の単一シード膜を採用し、該シード膜の上にRu膜を製膜し、5〜6度のCoCrPt記録磁性膜のΔθ50が得られることが記されている。ただし該公報で得られているCoCrPt記録磁性膜の高配向がRuの配向性が良好になったためか、あるいは他の原因によるものかの明確な記載は無い。また該シード膜は面心立方fccであり、その(111)面配向が必ずしも完全ではないと推測される。そのため該シード膜の上にエピタキシャル成長するRu中間膜の初期成長段階では該Ru中間膜の配向は低配向に留まる懸念がある。実際に公報では該シ−ド膜とRu中間膜との間に配向制御膜として体心立方bccのNb,Mo,Ta,Wのいずれかを挿入してシード膜の(111)配向を強くする事も記載されている。またRu膜を対象としたものではないがCr膜の粒子構造を制御できるGeやAgの単一組成金属fcc構造の金属被覆層も特開平10−233014号公報に開示されておりRu膜の配向性向上に対する示唆ではあった。
【特許文献1】 特開2001−283428号公報
【特許文献2】 特開2005−190517号公報
【特許文献3】 特開2003−178412号公報
【特許文献4】 特開2008−34104号公報
【特許文献5】 特開2005−108268号公報
【特許文献6】 特開2005−243093号公報
【特許文献7】 特開2003−77122号公報
【特許文献8】 特開平10−233014号公報
【0013】
以上のようにRu中間膜の配向性を高めるための幾つかの工夫があるが、これらの開示技術を用いてRu中間膜を製膜しても該Ru中間膜の配向性は十分ではなかった。上記従来例に示されたような2層のシード膜を採用することやRuと結晶構造の異なるシード膜を採用することは決して好ましいことではなく、このような問題の無い新規技術を見出すことによりRu中間膜の配向性を高めることが待ち望まれていた。
【課題を解決するための手段】
【0014】
Ru中間膜の配向性を高める目的で発明者は種々の組成のターゲットを用いて軟磁性裏打ち層とRu中間膜との間に挿入するシード膜を検討した。しかしながら先に述べた特開2003−77122号公報に記されたようなCuやAlの単一組成のターゲット、あるいは特開平10−233014号公報に開示されたGeやAgの単一組成のターゲットを用いてシード膜を製膜してみたが、いずれの場合もRu中間膜の配向性を高める効果を見出し得なかった。上記のようなCuやAlあるいはGeのような単一組成のターゲットを用いてシード膜を製膜してもRu中間膜の配向性を高めることが出来なかった理由について発明者が種々考察をめぐらした結果、これら単一組成のシード膜はいずれも面心立方fccであり、hcpのRuとは結晶型が全く異なるためではないかとの思いに到った。すなわちfcc構造の膜の上にhcp構造のRuをスパッタリングでエピタキシャル成長させると成長の初期段階では配向性が低下したRu膜になると推測した。そこでCuとGeからなる種々の組成のターゲットを用いてシード膜を製膜し、その上にRu膜を製膜して該Ru膜の配向性を調べた結果、一定範囲のCuとGeの組成比のターゲットを用いた場合のみにRu膜の配向性を向上出来ることを見出した。
【0015】
すなわち本発明の第一の発明に要点は上記CuとGeの比率が、Cuが90〜98at%、Geが2〜10at%の範囲にあるターゲットを用いることにある。該ターゲットを用いてシード膜を製膜することにより、該Ru中間膜の配向性を高めることが可能となる。本発明の第二の発明は上記ターゲットを擬hcp構造としたことにある。すなわちX線でその回折強度を2θ―θ法で測定したときの(10.1)面の強度と(00.2)面の強度との比I(10.1)/I(00.2)が1より小さい擬hcp結晶構造をとるターゲットを用いてシード膜を製膜することによりRu中間膜の配向性を高めることが出来る。Ge量が10at%を超えたCu−Geターゲットの上記強度比は1を超えて、完全hcpの結晶構造となり、Ru中間膜の配向性を高める効果が乏しい。さらに第三の発明はCu,Ge以外の元素の混入が2at%以下となるように粉末焼結法により上記ターゲットを作成することにある。ターゲット作成過程においてCu,Ge以外の元素の混入が上記範囲より多いとターゲット中にCuあるいはGeと混入元素との金属間化合物を生じる。そのためターゲットとしては擬hcp結晶構造を維持するものの、該ターゲットを用いて製膜したCu−Ge膜は擬hcp結晶構造ではなくて完全hcp構造へと変化していくので、Ru中間膜の配向性を向上させる効果が薄れる。Cu−Geターゲットを作成するに当ってルツボ中で溶解する溶解方法では好ましくない元素の混入が多いので、本発明のターゲットは粉末焼結法により作成される必要がある。また溶解方法により作成されるターゲットはその結晶粒径が粗大化しやすいという欠点がある。以下のこれらの点を詳述する。
【発明の効果】
【0016】
本発明のターゲットを用いて軟磁性裏打ち層とRu中間膜との間にCu−Geシード膜を挿入することによりRu中間膜の配向性を高めることが可能となる。そのためひいては記録磁性膜の配向性を高め熱ゆらぎのようなノイズ成分を減らした垂直磁気記録媒体が得られる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0017】
本発明のCu−Geターゲットを用いてシード膜を製膜した垂直磁気記録媒体の構成の一例を図1に示す。図1で1は非磁性基板であり、ガラスあるいはアルミニウムが用いられる。ガラス基板の場合にはその上に軟磁性裏打ち層2が製膜される。アルミニウム基板の場合には図示しないNiP層がメッキで製膜されて、その上に軟磁性裏打ち層2が製膜される。本発明の目的はRu中間膜の配向性の向上であるので軟磁性裏打ち層とは直接関連しない。従って軟磁性裏打ち層としては既に知られているNiFe等の結晶質材料やCoNbZr,CoFeTaZrのような非晶質材料のいずれも適用可能である。またその厚さも現在採用されている50〜100nmの範囲から選択すれば良い。
【0018】
図1の構成では軟磁性裏打ち層2の上に本発明のターゲットを用いて製膜したCu−Geシード膜3、ついでRu中間膜4、さらにその上に記録磁性膜5が順に製膜され、最後に保護膜6が製膜されて垂直磁気記録媒体が完成する。図1ではRu中間膜が単層の場合を示したが、図5に掲げた構成のようにRu中間膜を二層にする場合は、第一のRu中間膜は第二のRu中間膜よりも厚く、従ってRu中間膜全体の配向は第一のRu中間膜の配向性によって決定される。いずれの場合においてもCu−Geシード膜はRu中間膜の配向性を高く出来るので、以降は図1の単層Ru中間膜の場合について説明する。
【0019】
Cu−Geシード膜はCuに適量のGeを添加した本発明のターゲットを用いてスパッタリングで製膜する。Cu−Geターゲットは夫々の粉末を混合し焼結によって作成されなければならない。一般的に金属からなるターゲットの作成は溶解鋳込み法により可能であるが、本発明のCu−Geターゲットを溶解鋳込み法によって作成するのは好ましくない。すなわち溶解鋳込み法ではターゲットの結晶粒径が粗大化してしまう。また溶解鋳込みでは原料中に含まれるあるいは製造工程(例えば容器からのコンタミネーション)からの不純物がCuあるいはGeと金属間化合物を生じたターゲットとなってしまう。この金属間化合物はCu−Geシード膜を製膜した際に異相として膜中に析出する。従ってこの金属間化合物を生じたターゲットを用いてCu−Geシード膜を製膜すると、上記異相析出のためにCu−Geシード膜が擬hcp構造になるのが妨げられるので好ましくない。従ってこれら好ましくない金属間化合物を生じさせないターゲットは粉末焼結法により作成されねばならない。該粉末焼結法の場合使用する原料金属粉としてはCuとGeの夫々の粉末を所定の割合で混合して使用しても、あるいは一旦CuとGeとの合金にしたものの粉末を使用しても良い。また原料中に含まれるCu、Ge以外の不純物元素およびターゲット作成中に混入する不純物元素の総量について検討したところそれら不純物元素総量が2at%を超えると、ターゲット中にCuと上記不純物あるいはGeと上記不純物との異相を生じる。このためCu−Geシ−ド膜が擬hcp構造ではなくて完全hcp構造になり、ひいてはRu中間膜の配向性を向上させる効果がなくなる。従ってCu−GeターゲットとしてCu、Ge以外の不純物元素の総量を2at%以下にする必然性がある。
【0020】
Cu−Geターゲットはその比抵抗が0.1Ω・cm以下であるのでスパッタ速度を速める目的で直流スパッタ法で製膜しても良いし、あるいは同一スパッタ装置で他の膜をも製膜する場合RFスパッタ法を選択するならば、RFスパッタ法で製膜しても差し支えない。Cu−Geターゲットを用いたCu−Geシード膜スパッタの際の雰囲気は0.1〜20PaのArガスを導入して行う。Cu−Geシード膜は金属なのでことさら酸素や窒素を導入したいわゆる雰囲気スパッタリングを行う必要はない。
【0021】
Cuはfcc構造であるがCuに2at%以上のGeを加えることで該Cu−Geターゲットは擬hcp構造となる。さらにGe量を増して10at%を超えるGe量になると該Cu−Geターゲットは擬hcp構造から完全hcp構造へと移行していく。図2は92.5Cu−7.5Geおよび85Cu−15Geの組成のターゲットについて2θ―θ法で測定したX線回折プロファイルである。比較のために純Cuのターゲットの結果も合わせて記載している。純Cuターゲットではfcc構造の回折線が見られるがCu−GeターゲットではGe量が2at%以上であると、θが46度近傍に回折線が見られる。該回折線はhcpに特有の(10.1)面の回折線であるが、その強度は92.5Cu−7.5Geターゲットでは小さく、85Cu−15Geターゲットで大きくなる。また2θが43度近傍の回折線の強度I(00.2)はGe量が増えると大きくなる。結晶学上は完全hcp構造の場合、強度比I(10.1)/I(00.2)はおよそ4となる。該強度比は92.5Cu−7.5Geターゲットでは1未満、そして85Cu−15Geターゲットでは1を超える値である。種々の組成比のCu−Geターゲットについて検討したところ、Cuが90〜98at%、Geが2〜10at%の組成範囲で(10.1)面の回折線が認められ、かつ強度比I(10.1)/I(00.2)は1より小さかった。このような状態を本発明では擬hcp構造と称する。この強度比I(10.1)/I(00.2)は1より小さい擬hcp構造のCu−Geターゲットを用いて製膜したシード膜はRu中間膜の配向性向上に寄与する。
【0022】
次に上記ターゲットを用いて製膜したCu−Geシード膜について説明する。図3は夫々95Cu−5Ge(at%)、90Cu−10Ge(at%)、85Cu−15Ge(at%)の組成を有するCu−Geターゲットを用いてArガス圧0.6Pa、回転カソードでDCスパッタリングをした場合のCu−Ge膜のin―plane法すなわち膜面に垂直な格子面によるX線回折プロファイルを示す。図3には比較のため純Cuのターゲットを用いて同一条件でスパッタ製膜したCu膜のプロファイルを同時に示してある。Cu−Ge膜ではいずれのGe量でもCu(220)のピークよりもやや低角側にhcp(11.0)の主ピークが認められCuにGeを含ませることによりfccからhcp構造に変化していくことが判る。またhcp構造になるのはGe含有量が2at%以上の場合であった。さらに低角部のプロファイルを拡大すると95Cu−5Ge(at%)の膜で弱い強度ながらhcp(10.0)のピークが認められる。該ピークはGe量を15at%へと増すと強いピークとなる。X線学の教えるところによれば完全なhcp構造の場合in―plane法では、主ピーク(11.0)の強度I(11.0)と(10.0)ピークの強度I(10.0)との比I(10.0)/I(11.0)はおよそ2となる。本発明でGe量について種々検討したところGeが10at%を超えるターゲットを用いて製膜すると上記強度比は1を超えるが、該Geが2〜10at%のターゲットを用いると上記強度比は1より低い値であった。このようにGeが2〜10at%の範囲のCu−Geターゲットを用いた膜では、上記強度比が1より低い、すなわち完全hcpではなくて擬hcp構造なる。
【0023】
このようにCuにGeを2〜10at%含ませたターゲットを用いて製膜したシード膜の結晶構造は擬hcpとなりRu中間膜の配向性を高くする効果がある。しかしGe含有量が10at%を超えてCu−Geシード膜の結晶構造が完全hcp構造へと近づいていくとRu中間膜の配向性を高くする効果が認められなかった。その原因は完全には明らかではないが次のような推測をしている。すなわち該シード膜のin―plane法のX線回折測定では(10.0)と(11.0)面以外に(10.1)面の回折線が現れる。(10.1)面のピークが観察されると言うことは膜面に垂直に配向している(11.0)面が垂直からやや水平に傾き始めたことを表しており、このことにより該Cu−Geシード膜の上に製膜するRu中間膜の配向性に何らかの影響を与えて、該Ru中間膜の配向性が向上するものと推察される。しかしながらGe量が10at%を超えると(10.1)面の回折線が強くなりすぎる、すなわち(11.0)面がC軸の膜法線方向から傾きすぎて、その結果Ru中間膜の配向性向上の効果がなくなってくる現象と推測される。従ってシード膜の(11.0)面の傾きが適度の範囲の場合にのみRu中間膜の配向性が向上され、それを実現するのがCu90〜98at%、Ge2〜10at%の組成のターゲットであるということになる。またその場合ターゲットは2θ―θ法でのX線回折強度比I(10.1)/I(00.2)が1より小さい擬hcp結晶構造を有する。
【0024】
Cu−Geシード膜の上にはRu中間膜が製膜されるが、該Ru膜のスパッタには特に制約は無く、直流スパッタでもRFスパッタでも構わない。従来から知られているRu膜のスパッタはAr圧の大小によりRu膜の配向性が変化すると言うことであった。すなわちArガス圧が2Pa未満のスパッタリングではRu膜の配向性は高くなる。逆にAr圧を5〜10Paへと高めることで配向性が低くなるとの知見であった。またRu中間膜の配向性を高めるにはその膜厚を厚くする必要があった。従来例ではRu膜とその下の軟磁性裏打ち層の結晶構造が異なるためにRu膜の初期生成段階では該Ru膜が歪んだ状態になっており、膜厚が厚くなるにつれ歪が緩和されたRu膜が積み重なっていく。そのためRu中間膜の配向性を高めるにはある程度の厚さ以上に厚いRu膜にする必要があった。Ru中間膜の初期の検討段階では厚さが40nm以上必要であり原価面で好ましくない。そこで上記のようなAr圧を低くすることによりRu中間膜の厚さを20nmにまで薄くしてその(00.2)面のロッキングカーブの半値幅Δθ50として10度を得ることは可能となった。しかしながら10度よりさらに小さな半値幅Δθ50を得ることは困難であった。本発明のCu−Geシード膜の採用によりさらに小さな半値幅Δθ50を得ることが出来る。その具体的な数値については後の実施例で示す。
【0025】
Cu−Geターゲットを用いてシード膜を製膜することによりRu中間膜の製膜の際のAr圧を厳密に制御する必要はないという利点があることも判明した。この点も実施例で数値を示すが1Paを下回るArガス圧および5Paを超えるArガス圧でRu膜を製膜したところいずれの場合もほぼ同程度のRu中間膜の半値幅Δθ50が得られることが判った。この判明した事実は恐らく生成初期段階から歪みの無いかつ一様に配向したRu中間膜が得られるということを示唆しているものと思われる。
【0026】
Cu−Geターゲットを用いてシード膜を製膜する際の該シード膜の厚さは薄くてもRu中間膜の配向性を向上させるのに充分な効果を発揮する。該厚さを変えてその上にRu中間膜を製膜し、該Ru中間膜の配向性を調べた結果ではCu−Geシード膜厚が2nmであっても小さなΔθ50のRu中間膜が得られた。勿論Cu−Geシード膜厚をさらに厚くした場合にも同様にRu中間膜のΔθ50を小さくする効果を維持できる。しかしCu−Geシード膜の両側の軟磁性裏打ち層と記録磁性層は強磁性結合しており、Cu−Geシード膜厚をあまり厚くすると該強磁性結合を損なう恐れがある。そのためCu−Geシード膜厚の上限は40nmとなる。1〜40nmの範囲の膜厚であれば何ら差し支えない。
【0027】
Ru中間膜の上には記録磁性膜が製膜される。この記録磁性膜としては従来から知られているCo系の種々の磁性膜が製膜される。中でも最近ではCoCrPtにSiOやAlを加えたグラニュラー膜が最も好ましいとされている。記録磁性膜の配向性はその下地であるRu中間膜の配向性に影響を受けるので、本発明のCu−Geシード膜を採用した垂直磁気記録媒体は高配向Ru中間膜が得られるので、結果として高配向な記録磁性膜が得られる可能性が高い。以下に実施例を示す。
【実施例】
【実施例1】
【0028】
表面を平滑に研磨したガラス基板を用いてその上に軟磁性裏打ち層として(50Co50Fe)8020膜をその厚さが10nmとなるようにスパッタで製膜した。スパッタ時のArガス圧は0.6Paとした。次いで純度が99.9at%のCu粉末と純度が99.8at%のGe粉末(粒度はいずれも325メッシュ以下)を原料としてその組成比が92.5Cu−7.5Geat%となるように各々CuとGe粉末を秤量したのち、V型の混合ミキサーで混合し、次いでターゲット形状に成形を施し大気中800℃で2時間焼結した後、表面を平滑に研磨して直径164mm、厚さ5mmのCu−Geターゲットを作成した。該Cu−Geターゲットを用いて上記軟磁性裏打ち層を製膜したのと同じ装置内でArガス圧0.6Paで、厚さが2nmとなるようにしてCu−Geシード膜を製膜した。さらに引き続き同一スパッタ装置内で直径164mmの純Ruターゲットを用いてArガス圧8Paで厚さが20nmとなるようにRu中間膜を製膜した。Ru中間膜の製膜後試料を装置から取り出してX線回折を行った。X線回折条件は以下のようである。すなわちX線源としてCu−Kαを使用し、検出器と入射X線との角度を固定してRuの(00.2)面近傍でスキャンしてロッキングカーブを得た。該ロッキングカーブの半値幅Δθ50を求めて配向性の評価を行った。結果を表1に示す。
【実施例2】
【0029】
実施例1と同じように非磁性ガラス基板上に実施例1と同一条件で(50Co50Fe)8020膜を製膜しさらに実施例1と同じターゲットでCu−Geシード膜を厚さが5nmとなるように製膜し、さらに実施例1と同じ厚さにRu中間膜を製膜して、同様にRu中間膜のΔθ50を測定した。結果を表1に示す。
【実施例3】
【0030】
Cu−Ge膜の厚さを10nmとなるようにした以外は実施例1と同様に(50Co50Fe)8020軟磁性裏打ち層およびRu中間膜を製膜して、実施例1と同様にRu中間膜のΔθ50を測定した。結果を表1に示す。
【表1】

上記表1に示した結果から判るように本発明のCu−Geターゲットを用いてCu−Geシード膜を適用した場合、Arガス圧が8Paと高いガス圧で製膜したRu中間膜のΔθ50は6.1〜6.6度の範囲にあり該Ru中間膜の配向性が高いことがわかる。
【実施例4】
【0031】
Ru中間膜のスパッタ時のガス圧を0.6Paと低くした以外は実施例1と同様の製膜を行いRu中間膜のΔθ50を測定した。結果を表2に示す。
【実施例5】
【0032】
Ru中間膜のスパッタ時のガス圧を0.6Paと低くした以外は実施例2と同様の製膜を行いRu中間膜のΔθ50を測定した。結果を表2に示す。
【実施例6】
【0033】
Ru中間膜のスパッタ時のガス圧を0.6Paと低くした以外は実施例3と同様の製膜を行いRu中間膜のΔθ50を測定した。結果を表2に示す。
【表2】

表2の結果から判るようにRu製膜時のArガス圧が0.6Paと低くてもRu中間膜のΔθ50は4.6〜5.8度の範囲にある。Cu−Geシード膜が無い従来の構成ではRu中間膜の製膜時のArガス圧が低い方がRu中間膜のΔθ50を小さく出来るといわれているが本発明の結果ではその様なことは無く、Arガス圧が高くてもΔθ50が小さい。このことはRu製膜時のArをわざわざ低くしなくても、本発明のCu−Geターゲットを用いて製膜したCu−Geシード膜挿入により充分小さなΔθ50のRu中間膜が得られることを表している。
【比較例1】
【0034】
実施例1と同様に厚さ10nmの(50Co50Fe)8020軟磁性裏打ち層を製膜して、その上にはCu−Geシード膜は設けずに直接Ru中間膜を製膜した。該Ru中間膜はArガス圧8Paで厚さが20nmとなるように製膜した。Ru中間膜のΔθ50を表3に示す。
【比較例2】
【0035】
Ru中間膜製膜時のArガス圧を0.6Paとした以外は比較例1と同様に(50Co50Fe)8020とRu中間膜のみの製膜を行い、Ru中間膜のΔθ50を測定した。結果を表3に示す。
【表3】

表3の結果から容易にわかるようにCu−Geシード膜を設けずに(50Co50Fe)8020軟磁性裏打ち層の上に直接Ru中間膜を製膜した場合は、該Ru中間膜のΔθ50は9.2あるいは10.0度と、本発明のCu−Geターゲットを用いてCu−Geシード膜を挿入した場合に比べておよそ倍程度の大きな値であった。
【0036】
【比較例3】
実施例1で使用したのと同じ純度99.9%の電解銅と純度99.8%のGeをその組成比が実施例1と同じく92.5Cu−7.5Geat%になるように秤量して、炭素からなる坩堝中で960℃に加熱して溶解した。溶湯を鉄の鋳型に鋳込み冷却後実施例1と同一形状のターゲットに加工した。加工残渣をEMPAで成分分析した結果炭素が1.4%混入していることが判明した。該ターゲットを用いて実施例1と同一厚さのCu−Geシード膜を製膜し、引き続き同一スパッタ装置内で実施例1と同様にRu中間膜を製膜した。該Ru中間膜のロッキングカーブの半値幅Δθ50を求めたところ10.5度と大きな値であった。
【0037】
以上から理解できるように本発明のCu−Geターゲットを用いてCu−Geシード膜を軟磁性裏打ち層とRu中間膜の間に挿入することにより、Ru中間膜の配向性を従来以上に高めることが可能である。ひいては配向性の高い磁気記録膜が得られる可能性が大であり、本発明のCu−Geターゲットは低ノイズの垂直磁気記録媒体を得るのに好適な新規なターゲットである。
【図面の簡単な説明】
【0038】
【図1】本発明のCu−Geターゲットを用いてCu−Geシード膜を挿入した垂直磁気記録媒体の一例
【図2】本発明のCu−Geターゲットおよび比較例のターゲットの2θ―θ法でのX線回折プロファイル
【図3】本発明のCu−Geターゲットおよび比較例のターゲットを用いて製膜したCu−Ge膜のin−plane法でのX線回折プロファイル
【図4】一例として従来の垂直磁気記録媒体の構成を示す図
【図5】他の従来の垂直磁気記録媒体の構成を示す図
【符号の説明】
【0039】
1:非磁性基板 2:軟磁性裏打ち層 3:Cu−Geシード膜
4、4a、4b:Ru中間膜 5:記録磁性膜
6:保護膜

【特許請求の範囲】
【請求項1】
垂直磁気記録媒体のシード層のスパッタリング製膜に用いられるターゲットであってCuが90〜98at%、Geが2〜10at%の組成からなることを特徴とするスパッタリングターゲット。
【請求項2】
2θ―θ法でX線回折強度を測定したときの(10.1)面の回折強度と(00.2)面の回折強度との強度比I(10.1)/I(00.2)が1より小さい擬hcp結晶構造であることを特徴とする請求項1に記載のスパッタリングターゲット。
【請求項3】
Cu,Ge以外の不純物の総量が2at%以下であり、粉末焼結法により作成されることを特徴とする請求項1および請求項2に記載のスパッタリングターゲット。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2010−65312(P2010−65312A)
【公開日】平成22年3月25日(2010.3.25)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−263259(P2008−263259)
【出願日】平成20年9月10日(2008.9.10)
【出願人】(593163449)株式会社豊島製作所 (15)
【出願人】(504157024)国立大学法人東北大学 (2,297)
【Fターム(参考)】