説明

スピン反転装置、スピン反転評価システム及びスピン反転方法

【課題】コイル位置や磁場の調整を行うことない偏極ビームのスピン反転方法及びスピン反転装置を提供する。
【解決手段】空間部31eに連通された開口部31c、31dを備え、開口部31cから入射させたスピンを有する粒子からなるビームを、開口部31dから出射可能なスピン反転装置であって、開口部31c、31dで、通過する粒子に次式(1)、(2)で表されるスピン非断熱遷移が起きる磁場を印加可能であるスピン反転装置31を用いる。断熱ポテンシャルがLandau−Zener型交差の場合、[数1]


断熱ポテンシャルがRosen−Zener型非交差の場合、[数2]

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、スピン反転装置、スピン反転評価システム及びスピン反転方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、0以外のスピン量子数を有する粒子からなるビームで、スピンの分布が偏ったビーム(以下、偏極ビームともいう)を、試料に照射して得られる信号を分析することで、物性を評価する計測方法が注目されている。例えば、スピン偏極率の大きな偏極ビームを試料に照射する。そして、試料からの信号を分析する。
【0003】
ビームのスピン偏極率とは、そのビームを構成する粒子のスピンの偏りの指標である。例えば、質量数4のヘリウムの1価の正イオン(He)の場合、1個の電子を持つので、Heはこの電子のスピンに起因する磁気モーメントを持つ。Heの電子のスピンは、上向きと下向きの2種類があるので、Heのスピン量子数は、1/2または−1/2である。それぞれのスピンを持つHeの個数をn↑とn↓とすれば、スピン偏極率は(n↑−n↓)/(n↑+n↓)で定義される。しばしば、これに100を乗じて、%単位で表示される。
【0004】
スピンが関与する物性を偏極ビームを用いて観測する際に、偏極ビームの極性を反転することで信号のスピン依存性(スピン非対称性)を検出する測定がしばしば行われる。
そのため、偏極ビームによる物性測定には、偏極ビームの極性を効率よく反転することの出来るスピン反転装置が必要とされている。これまでのスピン反転装置では、急峻な磁場反転におけるスピン非断熱遷移がしばしば利用されてきた。そして、これを実現するには、2個の縦置きソレノイドコイルとこれに垂直な磁場を発生する1個の横置きコイルの組み合わせが必要とされていた。
しかし、この従来の方法では複数のコイルを使用するため、コイル位置や磁場の調整が煩雑であり、これが従来技術の課題であった。
【0005】
スピン非断熱遷移とは、急激に変化する外場中において原子核の位置が変化したとすると、スピンは断熱ポテンシャルに追随できず、その結果としてある確率で起こる状態遷移のことである。この非断熱遷移は、しばしば断熱ポテンシャルの擬交差で起こる。
この非断熱遷移は、核座標の変化が早いほど遷移確率は大きく、擬交差での断熱ポテンシャルのエネルギー差が小さいほど遷移確率は大きく、擬交差をしている二つの断熱ポテンシャルの傾きの差が小さいほど遷移確率は大きくなる。
【0006】
スピン反転方法に関する技術としては、非特許文献1〜7に開示されている。例えば、非特許文献1〜3には、従来技術であるスピン非断熱遷移を利用したスピン反転方法とその装置が開示されている。また、非特許文献4,5には、原子と中性子のスピン非断熱遷移が開示されている。また、非特許文献6,7には、準安定水素原子の不均一磁場におけるスピンの挙動が開示されている。更にまた、非特許文献8には、スピン非断熱遷移間の量子力学的干渉であるStuckelberg振動が開示されている。さらにまた、非特許文献9には、偏極準安定ヘリウム原子(2,1s2s)ビームと偏極ヘリウムイオン(He)ビームとの間で放出電子スペクトルを比較することにより、偏極Heビームの偏極率を求める方法が開示されている。
しかし、これらの方法を用いても、前記課題を解消することはできなかった。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】応用物理74(2005)1345、山内泰、倉橋光紀、鈴木拓
【非特許文献2】J.Phys.E 16(1983)52,W.Schroder,G.Baum
【非特許文献3】Japanese Journal of Applied Physics,22(1983)1009,S.Urabe,Y.Ohta
【非特許文献4】Nuovo Cimento 9(1945)45,E.Majorana
【非特許文献5】Physical Review,J.Schwinger,51(1937)648.
【非特許文献6】Physical Review A17(1978)561,R.D.Hight,T.Robiscoe.
【非特許文献7】Physical Review A23(1981)1234,F.Garisto,B.C.Sanctuary.
【非特許文献8】Physics Reports 492(2010)1,S.N.Shevchenko,S.Ashhab,F.Nori
【非特許文献9】Physical Review A77(2008)022902,T.Suzuki,Y.Yamauchi
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明は、コイル位置や磁場の調整をほとんど行うことなく、高効率のスピン反転を可能とするスピン反転装置、スピン反転評価システム及びスピン反転方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、スピン非断熱遷移間の量子力学的干渉を利用することで、1個のソレノイドコイルのみで、高効率のスピン反転が可能であることに想到して、本発明を完成した。具体的には、本発明は、スピン反転に2回の非断熱遷移の間で生ずる量子力学的干渉を利用する。この量子力学的干渉は、しばしばLandau−Zener−Stuckelberg干渉と呼ばれるものである。
本発明は、以下の構成を有する。
【0010】
本発明のスピン反転装置は、空間部と、前記空間部に連通された2つの開口部を備え、前記2つの開口部の一方から前記空間部内に入射させたスピンを有する粒子からなるビームを、前記開口部の他方から外部に出射可能なスピン反転装置であって、前記開口部で、それぞれ通過する粒子に次式(1)、(2)で表されるスピン非断熱遷移が起きるための条件を満たす磁場を印加可能であることを特徴とする。
【0011】
断熱ポテンシャルがLandau−Zener型交差を持つ場合、この交差における非断熱遷移確率は、式(1)で与えられる。
【0012】
【数1】

【0013】
一方、断熱ポテンシャルが非交差型の場合の非断熱遷移確率は、Rosen−Zenerモデルによって、式(2)で与えられる。
【0014】
【数2】

【0015】
式(1)で、pは非断熱遷移確率、H12は擬交差における断熱ポテンシャル曲線の間隔の1/2、Rxは擬交差の位置、hはプランク定数、vは粒子の速度、εとεは断熱ポテンシャル、Rは位置、μはボーア磁子、gはg因子、Hは磁場である。式(2)で、Δは透熱状態のエネルギー差、βは透熱結合の指数部の係数である。
【0016】
本発明のスピン反転装置は、前記磁場の大きさが、式(1)、(2)で表される非断熱遷移の確率が50%となる大きさとされていることが好ましい。
【0017】
本発明のスピン反転装置は、前記粒子が、イオン、原子又は中性子のいずれかであることが好ましい。
【0018】
本発明のスピン反転装置は、一本の導線を渦巻状としたコイルからなり、前記コイルの一端側の環状部に囲まれた部分が前記2つの開口部の一方とされ、前記コイルの他端側の環状部に囲まれた部分が前記2つの開口部の他方とされていることが好ましい。
【0019】
本発明のスピン反転装置は、前記導線の太さが1〜30mmであり、前記コイルの環状部の直径が10〜100mmであり、前記コイルの一端側から他端側までの長さが10〜500mmであり、前記コイルの巻き数が3〜100回であることが好ましい。
【0020】
本発明のスピン反転装置は、一端側と他端側が異なる極性とされた筒状の磁石からなり、前記磁石の一端側の孔部が前記2つの開口部の一方とされ、前記磁石の他端側の孔部が前記2つの開口部の他方とされていることが好ましい。
【0021】
本発明のスピン反転評価システムは、スピンを有する粒子を発生可能なスピン粒子発生源と、前記スピン粒子発生源に接続され、空洞部を有するビームライン部と、前記ビームライン部に接続された超高真空槽部とを備え、前記スピン粒子発生源で発生させた粒子を、前記空洞部内を通過させてから、前記超高真空槽部内で分析可能なスピン反転評価システムであって、先に記載のスピン反転装置が、前記ビームライン部に取り付けられていることを特徴とする。
【0022】
本発明のスピン反転方法は、粒子のスピンを反転させるスピン反転方法であって、スピンを有する粒子に式(1)、(2)で表されるスピン非断熱遷移が起きるための条件を満たす磁場を印加する工程と、前記粒子に式(1)、(2)で表されるスピン非断熱遷移が起きるための条件を満たす磁場を再度印加する工程と、を有することを特徴とする。
断熱ポテンシャルがLandau−Zener型交差を持つ場合、この交差における非断熱遷移確率は、式(1)で与えられる。
【0023】
【数3】

【0024】
一方、断熱ポテンシャルが非交差型の場合の非断熱遷移確率は、Rosen−Zenerモデルによって、式(2)で与えられる。
【0025】
【数4】

【0026】
式(1)で、pは非断熱遷移確率、H12は擬交差における断熱ポテンシャル曲線の間隔の1/2、Rxは擬交差の位置、hはプランク定数、vは粒子の速度、εとεは断熱ポテンシャル、Rは位置、μはボーア磁子、gはg因子、Hは磁場である。式(2)で、Δは透熱状態のエネルギー差、βは透熱結合の指数部の係数である。
【0027】
本発明のスピン反転方法は、前記磁場の大きさが、式(1)、(2)で表される非断熱遷移の確率が50%となる大きさとされていることが好ましい。
【発明の効果】
【0028】
本発明のスピン反転装置は、空間部と、前記空間部に連通された2つの開口部を備え、前記2つの開口部の一方から前記空間部内に入射させたスピンを有する粒子からなるビームを、前記開口部の他方から外部に出射可能なスピン反転装置であって、前記開口部で、それぞれ通過する粒子に式(1)、(2)で表される非断熱遷移が起きるための条件を満たす磁場を印加可能である構成なので、2つの開口部で、それぞれ通過する粒子のスピンに対して非断熱遷移を起こし、さらに2つの開口部間でこの非断熱遷移の量子力学的干渉を生じせしめ、2回の非断熱遷移の間で生ずるこの量子力学的干渉を利用して、スピンを反転させることができ、通過する粒子のスピンの非断熱遷移確率をほぼ等しくすることができ、コイル位置や磁場の調整をほとんど行うことなく、高効率のスピン反転を可能とするスピン反転装置、スピン反転方法及びスピン反転評価システムを提供することができる。
【0029】
本発明のスピン反転評価システムは、スピンを有する粒子を発生可能なスピン粒子発生源と、前記スピン粒子発生源に接続され、空洞部を有するビームライン部と、前記ビームライン部に接続された超高真空槽部とを備え、前記スピン粒子発生源で発生させた粒子を、前記空洞部内を通過させてから、前記超高真空槽部内で分析可能なスピン反転評価システムであって、先に記載のスピン反転装置が、前記ビームライン部に取り付けられている構成なので、スピン反転装置によって高効率にスピンが反転されたビームの偏極率を正確に調べるための、スピン反転評価システムを提供することが出来る。
【0030】
本発明のスピン反転方法は、粒子のスピンを反転させるスピン反転方法であって、スピンを有する粒子に式(1)、(2)で表されるスピン非断熱遷移が起きるための条件を満たす磁場を印加する工程と、前記粒子に式(1)、(2)で表されるスピン非断熱遷移が起きるための条件を満たす磁場を再度印加する工程と、を有する構成なので、2回の非断熱遷移の間で生ずるこの量子力学的干渉を利用して、スピンを反転させることができ、粒子のスピンの非断熱遷移確率をほぼ等しくすることができ、コイル位置や磁場の調整をほとんど行うことなく、高効率のスピン反転を可能とするスピン反転装置、スピン反転方法及びスピン反転評価システムを提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0031】
【図1】本発明のスピン反転評価システムの一例を示す概略図である。
【図2】本発明のスピン反転装置の一例を示す概略図である。
【図3】本発明のスピン反転方法の一例を説明する概略図である。
【図4】本発明のスピン反転方法の一例を示すフローチャート図である。
【図5】本発明のスピン反転原理を説明する概略図である。
【図6】本発明のスピン反転装置の別の一例を示す概略図である。
【図7】本発明のスピン制御用ソレノイドコイルに1Aを通電する際に発生する軸方向の磁場と磁場勾配をソレノイドコイル中心からの距離の関数として計算結果の一例を示すグラフである。
【図8】本発明のスピン制御用ソレノイドコイルの発生する磁場の関数として測定したHeイオンビームの偏極率の一例を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0032】
(本発明の実施形態)
以下、添付図面を参照しながら、本発明の実施形態であるスピン反転装置、スピン反転方法及びスピン反転評価システムについて説明する。
【0033】
<スピン反転評価システム>
まず、本発明の実施形態であるスピン反転評価システムについて説明する。
図1は、本発明の実施形態であるスピン反転評価システムの一例を示す概略図である。
図1に示すように、スピン反転評価システム32は、全体を取り囲むように配置された磁場補正用3軸コイル12と、スピン粒子発生源(偏極Heイオン源)21と、ビームライン部22と、超高真空槽部23と、を備えて、概略構成されている。
【0034】
スピン粒子発生源21は、スピンを有する粒子を発生可能な装置である。図1では、スピン粒子発生源21として偏極Heイオン源を用いた例を示しており、ガス導入口2と、ガス排気口3とが備えられたRF放電管1から構成されている。このRF放電管1内の所定の位置に、光ポンピング照射光4、5を照射可能とされている。
【0035】
なお、本実施形態では、スピンを有する粒子として、電子スピンが偏極したヘリウムの1価の正イオン(He)を用いたが、量子力学的干渉を生じさせる粒子であれば、これに限られるものではなく、Heイオン以外のイオン、原子、中性子を用いても良い。
なお、この量子力学的干渉は、実施例で示すHeイオンのみならず、他のイオン種や原子、さらには中性子においても起こることは既に知られている(非特許文献8)。
【0036】
スピン粒子の発生は、例えば、次のような工程で行う。
まず、RF放電管1に、ヘリウムガスをガス導入口2から導入するとともに、ガス排気口3から排気を行い、RF放電管1中のヘリウム圧力が約20Paとなるように調整する。
次に、RF出力を3Wとして、RF放電管1内にヘリウムプラズマを発生させる。
次に、RF放電管1内に発生させたヘリウムプラズマに、直線偏光の光ポンピング照射光4と円偏光の光ポンピング照射光5を照射して、偏極Heイオンを発生させる。
なお、光ポンピングの波長は1083nmD線に調整する。偏極Heイオンのスピンの向き(上向き、又は下向き)は、円偏光の光ポンピング照射光5のヘリシティで制御する。また、光ポンピングの照射光密度は、たとえば、約0.1W/cmとする。
【0037】
ビームライン部22は、ビームライン排気口7、8が接合された筒状のビームライン本体部6から構成されている。
RF放電管1で発生させたスピン偏極Heは、ビームライン本体部6の筒内を通過して、超高真空槽11の中に設置した静電エネルギー分析器を有するスピン検出器(以下、スピン偏極率分析器ともいう)まで輸送される。
なお、ビームライン本体部6中の残留ガスは、ビームライン排気口7、8から排気される。
【0038】
超高真空槽部23は、超高真空槽11と、標的マニュピュレータ10と有している。超高真空槽11内には、Fe(100)標的と静電エネルギー分析器が備えられており、標的マニュピュレータ10は前記Fe(100)標的の位置・角度を調節するマニュピュレータである。
【0039】
図1に示すように、ビームライン本体部6の超高真空槽部23側には、本発明の実施形態であるスピン反転装置31(コイル9)が巻き付けられている。これにより、スピン反転装置31(コイル9)が発生する磁場と偏極Heイオンビームの偏極率との関係を調べることが可能となる。
【0040】
<スピン反転装置>
次に、本発明の実施形態であるスピン反転装置について説明する。
図2は、本発明の実施形態であるスピン反転装置31の一例を示す模式図であって、図2(a)は斜視図であり、図2(b)はA方向から見た側面図である。
図1、2に示すように、本発明の実施形態であるスピン反転装置31は、コイル9である。具体的には、スピン制御用ソレノイドコイルである。
【0041】
図2に示すように、スピン反転装置31は、一本の導線を渦巻状としたコイル9からなり、コイル9の一端9a側の環状部9cに囲まれた部分が開口部31cとされ、コイル9の他端9b側の環状部9dに囲まれた部分が開口部31dとされている。
また、開口部31cと開口部31dの間のコイル9に取り囲まれた部分は空間部31eとされている。空間部31eは、導線の隙間からコイル9の外部空間と連通されているとともに、開口部31c、31dで外部空間と連通されている。
【0042】
コイル9に電流を流すことにより、空間部31eの軸方向に平行な磁場を形成することができる。これにより、空間部31e内を、イオンを有する粒子を通過させたときに、開口部31c、31dで、後述するスピン反転方法で示す式(1)、(2)で表される非断熱遷移が起きるための条件を満たす磁場を印加することができる。磁場の大きさは、式(1)、(2)で表される非断熱遷移の確率が50%となるように調整することがより望ましい。
【0043】
前記導線の太さは0.5〜30mmとすることが好ましく、0.5〜15mmとすることがより好ましい。0.5mm未満及び30mm超では、高効率のスピン反転に必要なコイル9の空間部31eにおける均一磁場を形成することが困難となる。
また、コイル9の環状部の直径が10〜100mmとすることが好ましく、20〜80mmとすることがより好ましい。10mm未満及び100mm超では、所定の磁場を形成することが困難となる。
コイル9の開口部31c、31dでおこるスピン非断熱遷移の間の量子力学的干渉を利用するには、開口部31cと31dが適切な間隔である必要がある。この理由から、コイルの一端側から他端側までの長さが10〜500mmとすることが好ましく、20〜80mmとすることがより好ましい。10mm未満及び100mm超では、高効率のスピン反転は困難となる。
更に、コイル9の巻き数は3〜100回であることが好ましく、5〜80回とすることがより好ましい。3回未満及び100回超では、所定の磁場を形成することが困難となる。
【0044】
<スピン反転方法>
次に、本発明の実施形態であるスピン反転方法について説明する。
図3は、スピン反転評価方法の一例を説明する概略図である。
図3に示すように、まず、RF放電管1から発射された粒子は、矢印yの方向に進み、スピン反転装置31の空間部31e内を通過する。
次に、超高真空槽11内のスピン偏極率分析器17によってスピン反転評価が行われる。すなわち、粒子はFe(100)標的15で散乱された後、静電エネルギー分析器16の穴部16cから、静電エネルギー分析器16の内部に取り込まれてスピン反転評価が行われる。
【0045】
Fe(100)標的15としては、例えば、MgO(100)単結晶基板の上にエピタキシャル成長させたFe単結晶薄膜を利用することができる。Fe(100)標的15は、測定前にあらかじめ超高真空中で容易磁化軸方向に磁化しておくことが好ましく、この容易磁化軸が鉛直方向と平行になるようにFe(100)標的の位置を調整することが好ましい。これにより、スピン反転の測定精度を向上させることができる。
【0046】
スピン偏極率分析器17からの信号は、コンピュータに取り込まれ、データ処理が行われる。データ処理は次のように行う。
まず、Heイオンビームのビームの偏極率PHe+を、(n−n)/(n+n)と定義する。ここで、nとnはそれぞれ、上向きと下向きのスピンを持つHeイオンの個数である。
【0047】
また、Heイオンビームの偏極率PHe+は、例えば、次のように測定する。
まず、上向きに偏極したHeの弾性散乱強度Iを測定する。
次に、下向きに偏極したHeの弾性散乱強度Iを測定する。
そして、PHe+=(I−I)/[P(I+I)]として、PHe+を評価する。ただし、Pは比例定数である。
【0048】
このPは別途、偏極準安定ヘリウム原子(2, 1s2s)との間で放出電子スペクトルを比較する方法で評価する(非特許文献9)。
このPHe+測定の際、入射角、出射角、散乱角をそれぞれ0°、30°、150°となるように、Fe(100)標的15と静電エネルギー分析器16の位置を調整する。ただし、入射角と出射角は、それぞれFe(100)標的15の表面の法線方向と入射方向及び出射方向がなす角度である。
【0049】
スピン非断熱繊維は、粒子がスピン反転装置31に入射されるとき及び粒子がスピン反転装置31から出射されるときに起こる。
図4は、本発明の実施形態であるスピン反転方法の一例を示すフローチャート図である。
図4に示すように、本発明の実施形態であるスピン反転方法は、第1の磁場印加工程S1と、粒子通過工程S2と、第2の磁場印加工程S3とからなる。
第1の磁場印加工程S1が、スピンを有する粒子に式(1)、(2)で表されるスピン非断熱遷移が起きるための条件を満たす磁場を印加する工程であり、第2の磁場印加工程S3が、前記粒子に式(1)、(2)で表されるスピン非断熱遷移が起きるための条件を満たす磁場を再度印加する工程である。
【0050】
{第1の磁場印加工程S1}
第1の磁場印加工程S1は、スピンを有する粒子を、スピン反転装置31の開口部31cに外部から入射する際に、通過する粒子に次式(1)、(2)で表されるスピン非断熱遷移が50%の確率で起きるための条件を満たす磁場を印加する工程である。
【0051】
{粒子通過工程S2}
粒子通過工程S2は、スピン反転装置31の空間部31e内を、開口部31cから開口部31dに向けて前記粒子を通過させる工程である。
【0052】
{第2の磁場印加工程S3}
第2の磁場印加工程S3は、スピン反転装置31の2つの開口部31dから外部に出射する際に、通過する粒子に式(1)、(2)で表されるスピン非断熱遷移が起きるための条件を満たす磁場を印加する工程S3である。
【0053】
図5は、本発明の実施形態であるスピン反転原理を説明する概略図であって、図5(a)は磁場形成模式図であり、図5(b)は磁場により形成されるエネルギー図である。
本発明の実施形態であるスピン反転装置では、コイル9に電流を流すことにより、2つの開口部31c、31dで、それぞれ通過する粒子は、次式(1)、(2)で表されるスピン非断熱遷移が起きるための条件を満たす磁場が印加される。
【0054】
断熱ポテンシャルがLandau−Zener型交差を持つ場合、この交差における非断熱遷移確率は、式(1)で与えられる。
【0055】
【数5】

【0056】
一方、断熱ポテンシャルが非交差型の場合の非断熱遷移確率は、Rosen−Zenerモデルによって、式(2)で与えられる。
【0057】
【数6】

【0058】
式(1)で、pは非断熱遷移確率、H12は擬交差における断熱ポテンシャル曲線の間隔の1/2、Rxは擬交差の位置、hはプランク定数、vは粒子の速度、εとεは断熱ポテンシャル、Rは位置、μはボーア磁子、gはg因子、Hは磁場である。式(2)で、Δは透熱状態のエネルギー差、βは透熱結合の係数である。
例えば、偏極Heイオン源21から超高真空槽11までの磁場が、鉛直方向に平行でその大きさが約3×10−5Tとなるように調整可能とされる。
【0059】
これにより、図5(a)に示すように、一方の開口部31cから他方の開口部31dへ向かう方向であって、空間部31eの軸方向(y軸方向)に平行な方向に磁場Hが形成される。これにより、空間部31eの軸方向(y軸方向)に平行な方向に図5(b)に示すエネルギーEyが形成される。スピン反転装置31内を通過する粒子は、図5(b)に示すエネルギーEyに支配される。
エネルギーEyは磁場Hに比例するゼーマンエネルギーであり、開口部31cのy軸上の位置y及び開口部31dのy軸上の位置yでそれぞれ、その変化は最大となる。
【0060】
開口部31cのy軸上の位置y及び開口部31dのy軸上の位置yでそれぞれ、Eyの変化が最大となる場所において、スピン非断熱遷移の確率は最大となる。
例えば、RF放電管1でほぼ上向きのスピンだけからなる粒子ビーム(100%、UP)を発生させても、開口部31cのy軸上の位置y及び開口部31dのy軸上の位置yで、Eyの変化が最大となるので、スピン非断熱遷移が生じ、上のエネルギー状態の粒子の数(50%、UP)と下のエネルギー状態の粒子の数(50%、DOWN)がほとんど等しくなる。
【0061】
つまり、この磁場Hを印加することにより、スピン非断熱遷移間の量子力学的干渉を利用することができ、1個のソレノイドコイルのみで、粒子の高効率のスピン反転が可能となる。
具体的には、2つの開口部で、それぞれ通過する粒子のスピンの非断熱遷移間の量子力学的干渉を生じせしめ、2回の非断熱遷移の間で生ずる量子力学的干渉を利用して、スピンを反転させることができ、通過する粒子のスピンの非断熱遷移確率をほぼ等しくすることができる。これにより、コイル位置や磁場の調整をほとんど行うことなく、高効率のスピン反転を可能とするスピン反転装置、スピン反転方法及びスピン反転評価システムを提供することができる。
【0062】
<本発明の第2の実施形態>
次に、本発明の第2の実施形態であるスピン反転装置について説明する。
図6は、本発明のスピン反転装置の別の一例を示す概略図であって、図6(a)は斜視図であり、図6(b)は側面図である。
図6では、スピン反転装置31が一端61a側と他端61b側が異なる極性とされた筒状の磁石61とされている。
磁石61の一端61a側の孔部61cが2つの開口部31cとされ、磁石61の他端61b側の孔部61dが2つの開口部31dとされ、開口部31cと開口部31dとを連通する空間部31eが設けられている。
【0063】
このように、スピン反転装置31はコイル9に限られるものではなく、何らかの方法で磁場を変化させてスピン非断熱遷移を誘起可能な装置であれば良い。この構成を備えることにより、スピン非断熱遷移の間の量子力学的干渉を生じさせることができ、その結果、高効率にスピンを反転させることができる。
【0064】
本発明の実施形態であるスピン反転装置31は、空間部31eと、空間部31eに連通された2つの開口部31c、31dを備え、前記開口部31c、31dの一方31cから前記空間部31e内に入射さたスピンを有する粒子からなるビームを、前記開口部31c、31dの他方31dから外部に出射可能なスピン反転装置であって、前記2つの開口部31c、31dで、それぞれ通過する粒子に式(1)、(2)で表されるスピン非断熱遷移が50%の確率で起きるための条件を満たす磁場を印加可能である構成なので、2つの開口部で、それぞれ通過する粒子のスピンに対して非断熱遷移を起こし、さらに2つの開口部間でこの非断熱遷移の量子力学的干渉を生じせしめ、2回の非断熱遷移の間で生ずるこの量子力学的干渉を利用して、スピンを反転させることができ、通過する粒子のスピンの非断熱遷移確率をほぼ等しくすることができ、コイル位置や磁場の調整をほとんど行うことなく、高効率のスピン反転を可能とするスピン反転装置、スピン反転方法及びスピン反転評価システムを提供することができる。
【0065】
本発明の実施形態であるスピン反転装置31は、前記磁場の大きさが、式(1)、(2)で表される非断熱遷移の確率が50%となる大きさとされている構成なので、2つの開口部で、それぞれ通過する粒子のスピンに対して非断熱遷移を起こし、さらに2つの開口部間でこの非断熱遷移の量子力学的干渉を生じせしめ、2回の非断熱遷移の間で生ずるこの量子力学的干渉を利用して、スピンを反転させることができ、通過する粒子のスピンの非断熱遷移確率をほぼ等しくすることができ、コイル位置や磁場の調整をほとんど行うことなく、高効率のスピン反転を可能とするスピン反転装置、スピン反転方法及びスピン反転評価システムを提供することができる。
【0066】
本発明の実施形態であるスピン反転装置31は、前記粒子が、イオン、原子又は中性子のいずれかである構成なので、イオン、原子又は中性子等の粒子のスピンを、コイル位置や磁場の調整をほとんど行うことなく、高効率で反転できるスピン反転装置、スピン反転方法及びスピン反転評価システムを提供することができる。
【0067】
本発明の実施形態であるスピン反転装置31は、一本の導線を渦巻状としたコイル9からなり、コイル9の一端9a側の環状部9cに囲まれた部分が前記2つの開口部の一方31cとされ、コイル9の他端9b側の環状部9dに囲まれた部分が前記2つの開口部の他方31dとされている構成なので、コイル位置や磁場の調整をほとんど行うことなく、高効率のスピン反転を可能とするスピン反転装置、スピン反転方法及びスピン反転評価システムを提供することができる。
【0068】
本発明の実施形態であるスピン反転装置31は、前記導線の太さが1〜30mmであり、コイル9の環状部9c、9dの直径が10〜100mmであり、コイル9の一端9a側から他端9b側までの長さが10〜500mmであり、コイル9の巻き数が3〜100回である構成なので、コイル位置や磁場の調整をほとんど行うことなく、高効率のスピン反転を可能とするスピン反転装置、スピン反転方法及びスピン反転評価システムを提供することができる。
【0069】
本発明の実施形態であるスピン反転装置31は、一端61a側と他端61b側が異なる極性とされた筒状の磁石61からなり、磁石61の一端61a側の孔部61cが前記2つの開口部の一方31cとされ、磁石61の他端61b側の孔部61dが前記2つの開口部の他方31dとされている構成なので、コイル位置や磁場の調整をほとんど行うことなく、高効率のスピン反転を可能とするスピン反転装置、スピン反転方法及びスピン反転評価システムを提供することができる。
【0070】
本発明の実施形態であるスピン反転評価システム32は、スピンを有する粒子を発生可能なスピン粒子発生源21と、スピン粒子発生源21に接続され、空洞部22を有するビームライン部と、ビームライン部22に接続された超高真空槽部23とを備え、スピン粒子発生源21で発生させた粒子を、前記空洞部内を通過させてから、超高真空槽部23内で分析可能なスピン反転評価システムであって、スピン反転装置31が、ビームライン部22に取り付けられている構成なので、スピン反転装置によって高効率にスピンが反転されたビームの偏極率を正確に調べるための、スピン反転評価システムを提供することが出来る。
【0071】
本発明の実施形態であるスピン反転方法は、粒子のスピンを反転させるスピン反転方法であって、スピンを有する粒子に式(1)、(2)で表されるスピン非断熱遷移が起きるための条件を満たす磁場を印加する工程S1、前記粒子に式(1)、(2)で表されるスピン非断熱遷移が起きるための条件を満たす磁場を再度印加する工程S3と、を有する構成なので、2回の非断熱遷移の間で生ずるこの量子力学的干渉を利用して、スピンを反転させることができ、粒子のスピンの非断熱遷移確率をほぼ等しくすることができ、コイル位置や磁場の調整をほとんど行うことなく、高効率のスピン反転を可能とするスピン反転装置、スピン反転方法及びスピン反転評価システムを提供することができる。
【0072】
本発明の実施形態であるスピン反転方法は、前記磁場の大きさが、式(1)、(2)で表される非断熱遷移の確率が50%となる大きさとされている構成なので、2つの開口部で、それぞれ通過する粒子のスピンに対して非断熱遷移を起こし、さらに2つの開口部間でこの非断熱遷移の量子力学的干渉を生じせしめ、2回の非断熱遷移の間で生ずるこの量子力学的干渉を利用して、スピンを反転させることができ、通過する粒子のスピンの非断熱遷移確率をほぼ等しくすることができ、コイル位置や磁場の調整をほとんど行うことなく、高効率のスピン反転を可能とするスピン反転装置、スピン反転方法及びスピン反転評価システムを提供することができる。
【0073】
本発明の実施形態であるスピン反転装置、スピン反転評価システム及びスピン反転方法は、上記実施形態に限定されるものではなく、本発明の技術的思想の範囲内で、種々変更して実施することができる。本実施形態の具体例を以下の実施例で示す。しかし、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【実施例】
【0074】
(実施例1)
図1、図2及び図3の装置(偏極Heイオン源、ビームライン部、スピン制御用ソレノイドコイル、スピン偏極率分析器を備えた超高真空槽部、磁場補正用3軸コイルを備えた装置)を用いて以下の実験を行った。
また、図3において、RF放電管からスピン制御用ソレノイドコイルまでの距離dは40cmとし、スピン制御用ソレノイドコイルの長さdは5cmとし、スピン制御用ソレノイドコイルからスピン偏極率分析器までの距離dは28cmとした。
また、スピン制御用ソレノイドコイルの直径は7cm、巻き数は20回とした。
なお、装置全体を取り囲む磁場補正用3軸コイルを設置した。
【0075】
まず、RF放電管にヘリウムガスをガス導入口から導入して、また、RF放電管からガス排気口を利用して、ヘリウムガスの排気を行い、RF放電管中のヘリウム圧力を、約20Paとなるように調整した。
次に、RF出力は、3Wとして、ヘリウムプラズマを発生させた。
次に、RF放電管に発生させたヘリウムプラズマに、直線偏光の光ポンピング照射光と円偏光の光ポンピング照射光を照射して、電子スピン偏極したヘリウムの1価の正イオン(He)(以下、スピン偏極Heイオン)を発生させた。
なお、光ポンピングの波長は1083nmD線に調整した。スピン偏極Heイオンのスピンの向き(上向き、又は下向き)は、円偏光の光ポンピング照射光のヘリシティで制御した。また、光ポンピングの照射光密度は、約0.1W/cmとなるように調整した。
【0076】
次に、スピン偏極Heイオンからなるビーム(以下、スピン偏極Heイオンビーム)を、ビームライン部を用いて超高真空槽まで輸送した。なお、ビームライン中の残留ガスは、ビームライン排気口から排気した。
次に、マニピュレータを操作して、超高真空槽に設置したFe(100)標的の位置を、Fe(100)標的の容易磁化軸が鉛直方向と平行になるようにFe(100)標的の位置を調整した。
Fe(100)標的としては、MgO(100)単結晶基板の上にエピタキシャル成長させたFe単結晶薄膜を用いた。また、このFe(100)標的は、測定前にあらかじめ超高真空中で容易磁化軸方向に磁化しておいた。
Fe(100)標的で散乱させることにより、超高真空槽の中に設置した静電エネルギー分析器にスピン偏極Heイオンビームを輸送した。
【0077】
次に、スピン偏極率分析器からの信号をコンピュータに取り込み、データ処理を行った。その際、ビームの偏極率PHe+を、(n−n)/(n+n)と定義した。ただし、nとnはそれぞれ、上向きと下向きのスピンを持つHeイオンの個数である。また、Heイオンビームの偏極率PHe+は、次のように測定した。即ち、まず上向きに偏極したHeの弾性散乱強度Iを測定した。次に下向きに偏極したHeの弾性散乱強度Iを測定した。そして、PHe+=(I−I)/[P(I+I)]として、PHe+を評価した。ただし、Pは比例定数である。このPは別途、偏極準安定ヘリウム原子(2, 1s2s)との間で放出電子スペクトルを比較する方法で評価した(非特許文献9)。このPHe+測定の際、入射角、出射角、散乱角は、それぞれ、0°、30°、150°となるように、Fe(100)標的と静電エネルギー分析器の位置を調整した。ただし、入射角と出射角は、それぞれFe(100)標的の表面法線方向と入射方向および出射方向がなす角度である。
【0078】
ビームライン部にはスピン制御用ソレノイドコイルを設置しており、これに電流を流すことにより発生する磁場の大きさを変え、ソレノイドコイルの磁場とスピン偏極Heイオンビームの偏極率(以下、ビーム偏極率)との関係を調べた。
発生する磁場は、偏極Heイオン源から超高真空槽までの磁場が、鉛直方向に平行でその大きさが約3×10−5Tとなるように調整した。
【0079】
図7は、スピン制御用ソレノイドコイルに1Aを通電した際に発生する軸上の磁場Hと磁場勾配を、ソレノイドコイル中心からの距離の関数として計算した結果である。
磁場Hは、ソレノイドコイル中で最大となり、それから離れるに従い単調に減少する。装置では前述のように、鉛直方向に約3×10−5Tの磁場が印加されているので、スピン制御用ソレノイドコイルの入り口と出口でHeイオンの感じる磁場変化は最大となり、それぞれの地点において一定の確率でスピン反転(スピン非断熱遷移)が起きることになる。またこの時、スピン反転しないHeイオンのスピンは磁場に追随することになる。
【0080】
図8は、スピン制御用ソレノイドコイルの磁場とHeイオンビームの偏極率との関係を示す。横軸の磁場は、ソレノイドコイル中心の軸方向の磁場に対応している。Heイオンビームの運動エネルギーは1.73keVとした。また測定は、弾性散乱エネルギーに対応する1.32keVで行った。図8において、Heイオンビームの偏極率は、明瞭な磁気振動を示している。これは、スピン制御用ソレノイドコイルの入り口と出口とでそれぞれ起こる非断熱遷移の間の量子力学的干渉の結果であり、Stuckelberg振動と呼ばれる。この磁気振動では、Heイオンビームの偏極率は正弦的に変化する。即ち、約0.6Oe毎にHeイオンビームのスピンは上向きと下向きとの間でほぼ完全に反転している。従って、図8に示される結果は、上述のスピン制御用ソレノイドコイルが高効率のスピン反転を可能にする装置であることを示している。
【産業上の利用可能性】
【0081】
本発明のスピン反転装置、スピン反転評価システム及びスピン反転方法は、1個のソレノイドコイルのみにより高効率のスピン反転を可能とし、コイル位置や磁場の調整をほとんど行うことないので、容易に物性の解析を行うことができ、偏極ビームを利用する分析・装置産業等において利用可能性がある。
【符号の説明】
【0082】
1…RF放電管、2…ガス導入口、3…ガス排気口、4…光ポンピング照射光(直線偏光)、5…光ポンピング照射光(円偏光)、6…ビームライン本体部、7…ビームライン排気口、8…ビームライン排気口、9…コイル(スピン制御用ソレノイドコイル)、9a…一端、9b…他端、9c、9d…環状部、10…標的マニピュレータ、11…超高真空槽、12…磁場補正用3軸コイル、15…Fe(100)標的、16…静電エネルギー分析器、16c…穴部、17…スピン偏極率分析器、21…スピン粒子発生源(偏極Heイオン源)、22…ビームライン部、23…超高真空槽部、31…スピン反転装置、31c、31d…開口部、31e…空間部、32…スピン反転評価システム、61…磁石、61a…一端、61b…他端、61c、61d…開口部、61e…空洞部、S1…第1の磁場印加工程、S2…粒子通過工程、S3…第2の磁場印加工程。



【特許請求の範囲】
【請求項1】
空間部と、前記空間部に連通された2つの開口部を備え、前記開口部の一方から前記空間部内に入射させたスピンを有する粒子からなるビームを、前記開口部の他方から外部に出射可能なスピン反転装置であって、前記2つの開口部で、それぞれ通過する粒子に次式(1)、(2)で表されるスピン非断熱遷移が起きるための条件を満たす磁場を印加可能であることを特徴とするスピン反転装置。
断熱ポテンシャルがLandau−Zener型交差を持つ場合、この交差における非断熱遷移確率は、式(1)で与えられる。
【数1】


一方、断熱ポテンシャルが非交差型の場合の非断熱遷移確率は、Rosen−Zenerモデルによって、式(2)で与えられる。
【数2】


式(1)で、pは非断熱遷移確率、H12は擬交差における断熱ポテンシャル曲線の間隔の1/2、Rxは擬交差の位置、hはプランク定数、vは粒子の速度、εとεは断熱ポテンシャル、Rは位置、μはボーア磁子、gはg因子、Hは磁場である。式(2)で、Δは透熱状態のエネルギー差、βは透熱結合の指数部の係数である。
【請求項2】
前記磁場の大きさが、式(1)、(2)で表される非断熱遷移の確率が50%となる大きさとされていることを特徴とする請求項1に記載のスピン反転装置。
【請求項3】
前記粒子が、イオン、原子又は中性子のいずれかであることを特徴とする請求項1又は請求項2に記載のスピン反転装置。
【請求項4】
一本の導線を渦巻状としたコイルからなり、前記コイルの一端側の環状部に囲まれた部分が前記2つの開口部の一方とされ、前記コイルの他端側の環状部に囲まれた部分が前記2つの開口部の他方とされていることを特徴とする請求項1〜3のいずれか1項に記載のスピン反転装置。
【請求項5】
前記導線の太さが1〜30mmであり、前記コイルの環状部の直径が10〜100mmであり、前記コイルの一端側から他端側までの長さが10〜500mmであり、前記コイルの巻き数が3〜100回であることを特徴とする請求項4に記載のスピン反転装置。
【請求項6】
一端側と他端側が異なる極性とされた筒状の磁石からなり、前記磁石の一端側の孔部が前記2つの開口部の一方とされ、前記磁石の他端側の孔部が前記2つの開口部の他方とされていることを特徴とする請求項1又は請求項2に記載のスピン反転装置。
【請求項7】
スピンを有する粒子を発生可能なスピン粒子発生源と、前記スピン粒子発生源に接続され、空洞部を有するビームライン部と、前記ビームライン部に接続された超高真空槽部とを備え、前記スピン粒子発生源で発生させた粒子を、前記空洞部内を通過させてから、前記超高真空槽部内で分析可能なスピン反転評価システムであって、
請求項1〜6のいずれか1項に記載のスピン反転装置が、前記ビームライン部に取り付けられていることを特徴とするスピン反転評価システム。
【請求項8】
粒子のスピンを反転させるスピン反転方法であって、スピンを有する粒子に式(1)、(2)で表されるスピン非断熱遷移が起きるための条件を満たす磁場を印加する工程と、前記粒子に式(1)、(2)で表されるスピン非断熱遷移が起きるための条件を満たす磁場を再度印加する工程と、を有することを特徴とするスピン反転方法。
断熱ポテンシャルがLandau−Zener型交差を持つ場合、この交差における非断熱遷移確率は、式(1)で与えられる。
【数3】


一方、断熱ポテンシャルが非交差型の場合の非断熱遷移確率は、Rosen−Zenerモデルによって、式(2)で与えられる。
【数4】


式(1)で、pは非断熱遷移確率、H12は擬交差における断熱ポテンシャル曲線の間隔の1/2、Rxは擬交差の位置、hはプランク定数、vは粒子の速度、εとεは断熱ポテンシャル、Rは位置、μはボーア磁子、gはg因子、Hは磁場である。式(2)で、Δは透熱状態のエネルギー差、βは透熱結合の指数部の係数である。
【請求項9】
前記磁場の大きさが、式(1)、(2)で表される非断熱遷移の確率が50%となる大きさとされていることを特徴とする請求項8に記載のスピン反転方法。



【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【公開番号】特開2012−52970(P2012−52970A)
【公開日】平成24年3月15日(2012.3.15)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−197216(P2010−197216)
【出願日】平成22年9月3日(2010.9.3)
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成22年度、科学技術振興機構、先端計測分析機器開発事業委託事業、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
【出願人】(301023238)独立行政法人物質・材料研究機構 (1,333)
【Fターム(参考)】