スピン回転装置
【目的】本発明は、電子銃あるいは試料から放出あるいは反射されたスピン偏極した電子線を任意の方向に回転させるスピン偏極装置に関し、簡略な構造にして照射系全体をコンパクトにすることを目的とする。
【構成】電子銃から放出、あるいは試料から放出または反射されたスピン偏極した電子線をフォーカスさせる第1のコンデンサレンズと、第1のコンデンサレンズで電子線がフォーカスされた点がレンズ中心であって、かつ電場および磁場を発生可能な多極子を有するスピン回転器と、スピン回転器を構成する多極子に、指定された角度だけ電子線のスピンを回転させかつ電子線を直進させるウィーン条件を満たす電圧および電流を印加するウィーン条件発生手段と、スピン回転器でスピンの回転された電子線をフォーカスする第2のコンデンサレンズとを備える。
【構成】電子銃から放出、あるいは試料から放出または反射されたスピン偏極した電子線をフォーカスさせる第1のコンデンサレンズと、第1のコンデンサレンズで電子線がフォーカスされた点がレンズ中心であって、かつ電場および磁場を発生可能な多極子を有するスピン回転器と、スピン回転器を構成する多極子に、指定された角度だけ電子線のスピンを回転させかつ電子線を直進させるウィーン条件を満たす電圧および電流を印加するウィーン条件発生手段と、スピン回転器でスピンの回転された電子線をフォーカスする第2のコンデンサレンズとを備える。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、スピン偏極した電子を放出する電子銃から出た電子や、磁性体試料からのスピン偏極した反射電子、トポロジカル絶縁体表面から放出されたスピン偏極した電子などをモット検出器にスピンの方向を合わせて入力するため、あるいは磁性体の磁区構造観察のために磁性体の磁化方向に電子のスピンの向きを合わせるためなどに使用するスピン回転装置に関するものである。
【背景技術】
【0002】
従来、スピン回転器は電子の進行方向をZ軸としたとき、Z軸を含む面内での回転を行わせる機構と、これに垂直なXY面内での回転を行う機構との2種類が必要である。後者については、試料又は検出器を機械的に回転する機構を設ける場合もあるが、電磁的に行う方法としては、非特許文献1に記載されたDudenらによる軸対称磁場レンズによる方法が最も一般的である。
【0003】
以下、図12から図16の従来技術の説明図をもとに詳細に説明する。
【0004】
図12にこのようなスピン回転器の断面図に磁気ポテンシャル分布を書き込んだ図と、そこに入射した電子ビームの軌道を後段のコンデンサレンズ系(CL2,CL3)と共に示した。
【0005】
また、Z軸を含む面内でのスピン回転器としては、これも先ほどのDudenらの論文にあるような90°の電場偏向器と磁場偏向器を重畳した装置がある。図13(a)に同じような原理による90°偏向型スピン回転機構をその前後のラウンドレンズ系と共に示した。スピンの向きが電子の進行方向と同じである場合、電場のみで90°偏向を行わせれば、図13(b)に示すように、出てきたビームのスピンの向きは変化しないが電子の進行方向は90°回転しているので、スピンの向きは電子の進行方向と90°の傾きを持つことになる。磁場のみで90°偏向させれば、図13(c)に示すように、スピンは電子の回転と共に回転するので、90°偏向後もスピンの向きと電子の進行方向は同じである。電場と磁場を同時にかけて合わせて90°回転を実現すれば、スピンの向きは0°と90°の中間の値にとることができる。
【0006】
上の装置の場合は電子ビームを常に90°回転しなければならないが、装置によってはこれが不都合な場合もある。あくまでも電子の進行方向は直線を保ったまま、スピンだけを回転したい場合もある。このような要求に対しては、非特許文献2に掲載したようにウィーン(Wien)フイルタを用いる方法が知られている。
【0007】
図14にウィーンフィルタ式のスピン回転器の一例と、それをラウンドレンズではさんで、ウィーンフィルタの電場・磁場をオフにした場合と、スピンを90°回転する条件にした場合の電子の軌道をシミュレーションした例を示した。
【0008】
ウィーンフィルタは90°偏向型のスピン回転器と原理的には同じで、やはり電場と磁場を重畳して加えているのであるが、電場による電子の偏向方向と磁場によるそれが逆向きになるように電圧と電流の向きが設定されている点が異なっている。90°偏向型では、両者の偏向が同じ向きになるように設定されている。
【0009】
ウィーンフィルタでは、電場と磁場による偏向の向きが反対であると同時に、電場による偏向の大きさと磁場による偏向の大きさが常に同じになるように電場と磁場の大きさを設定してあり、その結果としてビームは直進する。このビーム直進の条件をウィーン条件と呼び、E1=vBlとあらわされる。El,B1とvはそれぞれ一様電場、一様磁場の大きさと電子の速度である。スピンは磁場によってだけ回転し、その大きさは、
ラーモア歳差運動の周波数 ω=eB/m
回転角度 α=Lω/v=LeB1/mv L:フィルタ長
ここで、ウィーン条件 E1=vB1 と速度の2乗 v2=3eUo/mを代入すると、
α=LE1/2Uoで表される。
【0010】
電場の値E1をそれを作る電極電圧V1に変換すると、
V1=E1R R:中心の丸穴の半径
α=π/2(90°)、Uo=20,000V、 R=5mm、 L=80mmとして、
V1=2x20,000x5π/2x80=3926.69V
と求まる。磁場は先に示したウィーン条件から求められる。
【0011】
ここで、ウィーンフィルタを使用した場合には電場と磁場の大きさは電子ビームを直進させるために常にウィーン条件を満たす関係に置いておかなければならない。このため、いろいろなスピン回転角に調整するためには、90°偏向器のように電場・磁場を合わせて一定の値にするということができない。磁場の値の調整によってスピン回転角が決まることになる。そこで、図14に示すようにウィーンフィルタの中心にビームがフォーカスするようにウィーンフィルタの前段のレンズ条件を設定しておく。このようにすると、図13の下の図に示すように、電場・磁場を加えてスピンを回転させた後でも、後段レンズのレンズ条件が大きくは狂わないため、コンデンサレンズ系の再調整が最小限で済み、スピンだけを回転させることができる。
【非特許文献1】T.Duden, E.Bauer, A compact electron-sipin-polarization manipulater, Rev. Sci. Instrum 66(4) 1995, 2861-2864.
【非特許文献2】T. Kohashi, M. Konoto, K. Kike J-Electorn Microscopy 59(1)(2010)43-52.
【非特許文献3】T.T.tang, Optik 74(1986) 51-56.
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
上で説明したように、スピンの回転には電子ビームの進行方向Zを含む面内の回転と、これと垂直なXY面内の回転の2種類が必要であり、それぞれの場合に電子ビームをそれぞれの機器の中心面上にフォーカスさせるための補助のラウンドレンズを必要とすることで、ラウンドレンズ+Z軸を含む面内回転器+ラウンドレンズ+XY面内回転器の4種類の光学素子を必要とする。ウィーンフィルタ型回転器を含む場合を図15に、90°偏向スピン回転器と磁場型レンズによる面内回転器を備えたスピン回転形を図16に示す。
【0013】
これらの機構のほかに、通常のLEEMで必要とされるコンデンサレンズ系が必要である。このように、電子銃からビームセパレーターを通して試料にまで至る電子ビーム照射系は非常に大がかりなものとなってしまうという大きな問題があった。
【0014】
このような状況から、スピン回転器をもっと簡略な構造にし、照射系全体をコンパクトにすることが求められていた。
【課題を解決するための手段】
【0015】
本発明は、これらの問題を解決するために、電子銃あるいは試料から放出あるいは反射されたスピン偏極した電子線を任意の方向に回転させるスピン回転装置において、電子銃から放出、あるいは試料から放出または反射されたスピン偏極した電子線をフォーカスさせる第1のコンデンサレンズと、第1のコンデンサレンズで電子線がフォーカスされた点がレンズ中心であって、かつ電場および磁場を発生可能な多極子を有するスピン回転器と、スピン回転器を構成する多極子に、指定された角度だけ電子線のスピンを回転させかつ電子線を直進させるウィーン条件を満たす下式で表される電圧および電流を印加するウィーン条件発生手段と、スピン回転器でスピンの回転された電子線をフォーカスする第2のコンデンサレンズとを備えるようにしている。
【0016】
V1(n)=V1Cos(θ0+nθ+α)
N1(n)=N1Sin(θ0+nθ+α)
ここで、nは極の番号、V1(n)とN1(n)はn番目の極の電圧と電流、V1とN1はウィーン条件を満たす一様場の電圧と電流、θ0は1番目の極の水平方向からの角度、θは多極子の数によって決まる角度であって360°/極数、αはスピンの向きをそれぞれ表す。
【0017】
この際、多極子が4の整数倍となるようにしている。
【0018】
また、多極子に、非点を補正する4極子の電場および磁場のうちの1つ以上を供給するようにしている。
【0019】
また、多極子を構成する磁場の極を、内側と外側に分離してその間に耐真空用の隔壁を設けて外側の極にコイルを巻くようにしている。
【0020】
また、耐真空用の隔壁の内側の極の長さを、電子線が通過する中心部の円の直径の4倍以上の長さにして、電極と磁極との形状違いによるウィーン条件の違いを低減するようにしている。
【0021】
また、電子線のスピンの向きを、電子線の進行方向Zと直角方向のXY面に偏向、およびXY面内で任意の向きに偏向するようにしている。
【0022】
また、試料を、磁性体試料あるいはトポロジカル絶縁体とするようにしている。
【発明の効果】
【0023】
本発明は、第1のコンデンサレンズ、電場および磁場を発生可能な多極子を有するスピン回転器、ウィーン条件発生手段、および第2のコンデンサレンズを備えて電子線の方向を直進させかつスピンを指定された角度に回転させることにより、簡略な構造で電子線を直進させかつスピンを任意の方向に回転させる装置の実現が可能となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0024】
ここで、ウィーンフィルタには従来の図示外の電磁石の間に電極を挿入した型のものが古くから用いられてきたが、その場合には、フリンジ部分での電場と磁場の分布が同じ形にならないため、中心部でウィーン条件を満足するように電圧と電流を調整してもフリンジ部分でウィーン条件からのはずれがどうしても起こることから、両方の場の分布を同じにすることのできるウィーンフィルタとして導電性の磁性体を用いた8極ないしは12極子を用いた多極子ウィーンフィルタが1986年に提案されていた(非特許文献3)。
【0025】
多極子の場合には、電場を作る電極と、磁場を作る磁極が同じ8ないし12極のX軸方向にあるものが電極として用いられ、Y軸方向にある極が磁極として用いられるため、電場と磁場のフリンジ場の分布が同−に近くなる。対角線方向の場は電極・磁極の両方を兼ねて用いられる。
【0026】
図1は、本発明のウィーンフィルタ例を示す。
【0027】
図1(a)に12極子ウィーンフィルタの全体を示した。中心部の12個のくさび状のものが12極子の極(電極かつ磁極)1であり、その外側に真空容器2が置かれ、さらに外側を磁場のための磁極3と当該磁極間を磁気的につなぐヨーク4とで構成されており、12個の各々の磁極3に図示外のコイルが巻かれる構造となっている。
【0028】
図1(b)には8極子ウィーンフィルタを示した。この場合には、図示外のコイルは真空の内部の極1にそれぞれ巻かれることになる。このときそれぞれの極1のくさび型の外周近くで切り込んで、コイルを巻くスペースを大きくとる場合もある。このような多極子ウィーンフィルタをZ軸を含む面内のスピン回転子として用いた場合には、スピンの倒れる方向は電場として利用されるX軸方向となる。尚、スピンを偏向させる電子線は、中央の軸を紙面に直角方向(Z軸)に直進する。また、図1の(b)で、図示の真空容器2はヨーク(複数の極1のヨーク)とし、図示外の真空容器内に当該ヨーク2を収納するようにしてもよい。
【0029】
図2は、本発明のスピン回転説明図を示す。図示のスピン回転器は、図1の構成を持つ12極子のフィーンフィルタであって、左側から入射したZ軸方向(電子線の進行方向)を向いたスピンが、ウィーンフィルタを出たときにXY面(Z軸に直角方向の面)内で一方は上向き(図2(a)参照)、他方は横向き(図2(b)参照)になるように調整(磁場と電場とを調整)した場合のウィーンフィルタ内でのスピンの回転の様子を模式的にそれぞれ示す。
【0030】
[スピン回転の方法]
次に、説明を簡単にするために、図1の(b)の8極のウィーンフィルタを用いた場合について以下説明する。電場を発生させる電極となるのは図1(b)において左側が4と5、右側が1と8であるが、今仮に4と5の代わりに5と6を用い、1と8の代わりに1と2極を電極として用い、磁極として2と3の代わりに3と4、6と7の代わりに7と8を用いたとすれば最初と比べて45°反時計回りに回転した方向がX軸即ち電場方向となり、このウィーンフィルタを使ってスピンを回転させれば、スピンの倒れる方向は面内で45°の方向となる。同じことは次の極を使えばさらに45°回転した方向に倒すことができ、結果として90°方向にスピンを倒すことができる。
【0031】
こうして、極のある方向にスピンを倒すことができることはわかるが、図1(b)の8極では45°ステップ、図1(a)および図2の12極を使えば30°スチップでしかスピンを回転できないようにみえる。
【0032】
しかし、本発明ではあらゆる角度にスピンを回転することができてそれは、8極子又は12極子(更に、その4極の整数倍)に次のようにして加える電圧、電流を調整すればよい。即ち、図1(b)の1〜8極のそれぞれをn(即ちn=1,2,3・・・8)と置けば、
V1(n)=V1Cos(θ0+nθ+α)
N1(n)=N1Sin(θ0+nθ+α)
ここで、θ0は図1(b)のような8極子の場合は、22.5°で、θは45°、nは1〜8となる。αは、回転させたい角度である。電極1を図1(b)のように水平方向から外して置いた場合は、θ0が零でない値をとるが、電極1を水平に置いた場合は、θ0=0なる。αが零の時に回転のない普通の場合の電庄配置になる。
【0033】
図3は、本発明のスピン回転説明図(その2)を示す。この図3は、12極子の場合であって、0°方向(θ=0°)の場合と、20°方向(θ=20°)の場合とについて計算で求めた各極に与える電圧値を示す。ここで、Vo=100Vとした場合に、各極1から12にそれぞれ印加する、電圧例を示す。
【0034】
尚、8極フィルタの場合には、2,3、6、7の極は1、4,5,8極の電圧に対して、(√2−1)にすることが知られている。これをX方向とする。同じ値をY方向に与えた場合は90°回転した場合に相当する。XとYを足し合わせるとXとYのベクトル合成の方向、即ち45°方向に場が向くことになる。
【0035】
図4は、本発明のスピン回転説明図(その3)を示す。図4において、Sin,Cos法(サインコサイン法)でX方向即ち0°方向と、ここから45°回転させた場合と、上に説明したベクトル合成法で、X方向とY方向および両方向を足し合わせて45°方向とした場合と、その値を√2で割った値を示してある。Sin,Cos法では0°と45°の場合が一段ずれているだけであるが、ベクトル法の場合も両者を足し合わせた値を√2で割ると、X方向の値を一段ずらせたものと一致することがわかる。XとYの割合を変えれば45°ではなく別の角度にすることもできる。このようなベクトル和によって一様場の向きを変える方法は、昔から偏向場を作るときに利用されていた。
【0036】
このようにスピン回転方向の設定は、サインコサイン法であれ、ベクトル和法であれいずれの方法によっても設定することができる。
【0037】
図5は、本発明のスピン回転説明図(その4)を示す。この図5は、本発明の電場と磁場の向きの例を示し、12極子の場合について0°、20°、40°スピン回転を行わせるために、電場と磁場の向きを回転させる場合を示す。このように極の間隔よりも小さな角度の回転も問題なく行うことができる。多極子ウィーンフィルタを用いることによって、加える電場と磁場の方向を回転すれば、スピンを倒す方向を電場の回転角と等しい角度だけ回転させ、かつ後述するように直進させることができる。
【0038】
次に、90°偏向器の場合は、光軸に平行な方向を向いたスピンは電場のみによってビームを90°偏向すれば光軸と垂直方向を向くようになることは明らかであるが、ウィーンフィルタの場合は先に示したラーモア歳差運動による式から求めることができるが、ビームのフォーカスとの関係は、次のように理解される。
【0039】
ウィーンフィルタではビームが直進すると言っても磁場による回転運動を電場によって振り戻しているだけであるから、磁場による偏向角度とビームのフォーカス条件の間の関係によって推定することができる。X方向へのフォーカスだけをしてY方向フォーカスのない一方向フォーカスの条件での磁場偏向器のフォーカスに必要な回転角度は180°であることが知られている。したがって、ウィーンフィルタにビームを平行入射してフィルタの出口でフォーカスするようにアンペアターンを調整すれば、これがスピンを90°回転できる条件であることがわかる。
【0040】
[一様場ウィンフィルタの問題点と4極場の付加]
これまでは一様電場Elと一様磁場Blによるウィーンフィルタを使った場合を示した。この場合の電子軌道をXZ面とYZ面について描いてみるとそれぞれ図6(a)、(b)のようになる。ウィーンフィルタがオフのときには、ウィーンフィルタの中心面上でフォーカスするように外部のレンズ系によってコントロールされているものとする。ここで、XZ面ではウィーンフィルタのレンズ作用により、フォーカス位置はフィルタ中心から左に移動しているが、図6(b)に示すZY面ではY方向(磁場方向)にレンズ作用がないためフィルタをオフにしたときと同じ軌道を示している。つまり、X方向とY方向とでレンズ条件が異なることになる。図6で見る限りこの影響はそれほど深刻には見えないかもしれないが、図7に示すビーム形状を見るとフォーカスの違いは深刻であることがわかる。図7(a)はフィルタを出た後のZ=80mmと、図7(b)はフィルタの中心Z=0mmでのビーム形状を示している。フィルタを出た後の形は楕円形であり、Z=0では、フィルタがない場合はY方向では0になるようにビームを入射させているので、そのままほとんど0になっている。このように強い非点を有するビームとなってしまっては、試料に照射するための照射光学系としては使いにくくなってしまうので後の光学系でこの非点を取り除かなければならない。
【0041】
そこで、ウィーンフィルタそのものに4極子電場をくわえて、Y方向にフォーカス作用を持たせ非点のないビームを作る方法を次に示す。以下の式は、非点のないビームを作るための4極子電場を求めるための計算式であり、合わせて一様場を求める式もー緒に記してある。V(n)=Vl(n)+V2(n)、Ni(n)がそれぞれn番目の極に与える電圧と電流かけるコイル巻き数を表している。
【0042】
E2=−El/4R (1)
R=L/(2)1/2π (2)
El=(2)3/2 πU0/L (3)
E2=π2U0/L2 (4)
Vl=rE1 (5)
V2=r2E2 (6)
V(n)=V1(n)+V2(n) (7)
V1(n)=V1Cos(θ+α) (8)
V2(n)=V2Cos(2(θ+α)) (9)
E2=2(1+l/(2)1/2 )πU0/L (10)
Bl=El/v (11)
NT=C1B1s/(μπ). (12)
NT(n)=NTSin(θ+α) (13)
このようにして4極子電場を重畳することによって、Y方向にフォーカスを作り、スピン回転器を出るビームの非点を取り去ることができる。図8(a)にZ=80mmと図8(b)にZ=0でのビーム形状を示す。また、図9には、ZX面とZY面の電子軌道を示す。ただし、この場合、実際には
V(n)=Vl(n)+CV2(n)
として、係数Cを掛けた値を入れてある。図8の場合、C=0.875であった。なぜ、計算値より加える4極場の値が少なくてよいかという理由は、フリンジ場の作用にある。
【0043】
上の説明では、一様場を用いた場合、Y方向のフォーカスがないと述べたが、実際には少しだけフォーカス作用がある。それはフリンジ場の作用で、フリンジ場はラウンドレンズ作用を持つことが知られている。このため、Y方向には12.5%分のレンズ作用がすでにあったということである。実際、フィルタ長を短くするほど、割合としてラウンドレンズの作用が大きくなるので、この係数の値は小さくなる。
【0044】
図10は、本発明のスピーン回転説明図(その9)を示す。この図10は、ウィーン型全方位スピン回転器の前段の入射用レンズ(回転器の中心(レンズ中心)にフォーカスさせるレンズ)と後段のコンデンサレンズ(回転器の中心(レンズ中心)を試料などの被照射面にフォーカスさせるレンズ)を含む照射レンズ系を示す。ここでは後段のコンデンサレンズは一段しか示していないが、もう一段追加すれば幅広い照射面積をコントロールできる照射レンズ系にすることができる。
【0045】
4極子電場を加えて非点なしフォーカスを行った場合にはY方向にフォーカス作用を持たせるために4極子電場を加えるのであるが、4極子はフォーカスする方向(Y)と逆方向(X)には発散作用がある。このため上に示した式からわかるように、フォーカスアンペアターンは√(2)倍に増大する。この場合スピン回転角にどのような影響があるだろうか。磁場偏向器の場合、非点なしフォーカスをする回転角は254°に増加する。従って、スピンを90°回転させる条件を見つけるには、4極子電場を付加していない時の平行ビーム入射でフォーカスさせる条件を探さなければならない。
【0046】
次に、実際の装置に必要な事柄について説明する。
【0047】
[超高真空対策]
図11は、本発明のスピン回転説明図(その10)を示す。この図11は、本発明のウィーンフィルタの例である。スピン回転器として使用するウィーンフィルタは超高真空中で使われることが多いため、図1で説明したように、磁場発生のためのコイルを真空の外に出すことが求められる。図11に示した例では各極を2つに分割し、内側と外側の極の間に真空容器2としてのパイプ(非磁性)を入れる構造としている。もちろん、内側の各極1と真空パイプの間には絶縁体を置いて、内側の各極1が電気的には絶縁されている必要がある。ただ、この構造の欠点は、真空容器が金属製となるため、多極子電場は真空容器より内側だけの構成となるのに対し、磁場コイルは真空パイプの外の極3に巻かれるので、多極子磁場は真空容器の外にまで伸びており、電場と磁場を構成する各極の長さが異なることである。しかし、真空容器が電場・磁場を作る空間・ギャップの直径の4倍以上を取ればこの電極と磁極の長さの違いは実用的には問題とならないことを見出した。
【0048】
図6(a)、図9(a)は、XZ面の電子軌道を示す図であるが、電極と磁極の形の違いによって、ウィーン条件が成立しなくなった場合には、この軌道が途中で折れ曲がってまっすぐな光軸を構成しなくなるのであるが、ここに示したように、光軸はまっすぐなままなので、電極と磁極の長さの違いの問題は克服されていることが判明した。
【0049】
[初期状態でスピンの向きがビーム進行方向に垂直な面内の場合]
今まではスピンの向きが電子ビームの進行方向Zに対して平行なビームを90°偏向し、その時にビーム進行方向に垂直なXY面内のどの方向にスピンを倒すかを自由に選ぶことのできる装置について述べてきた。
【0050】
しかしながら、真空中にスピン偏極した電子を放出するのはこのような場合に限られるのではなく、XY面内の特定の方向を向いたビームが放出される場合もある。このような場合に、スピンの向きがZ方向を向くように回転させることは、上で述べた方法で90°偏向を行わせるだけでよい。このときはXY面内での角度を気にすることは必要ないので、XY面の角度の指定はいかなる値でも良い。
【0051】
ここでは、XY面内をスピンが向いている場合に、最初のスピンの向きと異なる向きにXY面内で回転させたい場合について考えてみよう。この場合は、上で述べたスピンの90°回転の電場・磁場の値に対してその倍の値即ち、180°スピンを回転させるように設定する。XY面内でのスピンの角度は最終的に向けたい角度の場合に対応するようにそれぞれの8極子の電場・磁場を設定する。このようにすると、スピンは最初の半分で90°回転してZ方向を向く。あとの半分は上で述べたZ方向からZY面内にスピンが再び向くが、このときのXY面内での角度が指定した角度方向を向くことになる。
【0052】
このように、最初にスピンの向きがZ方向の場合は90°回転、最初がXY面内の場合は180°回転の設定をすることによって、両者の場合に対応させることが出来る。もちろん、途中の角度の場合はそれらの中間の値に設定すればよいので、どのような方向を向いたスピンにも対応させることが出来る。
【図面の簡単な説明】
【0053】
【図1】本発明のウィーンフィルタ例である。
【図2】本発明のスピン回転説明図(その1)である。
【図3】本発明のスピン回転説明図(その2)である。
【図4】本発明のスピン回転説明図(その3)である。
【図5】本発明のスピン回転説明図(その4)である。
【図6】本発明のスピン回転説明図(その5)である。
【図7】本発明のスピン回転説明図(その6)である。
【図8】本発明のスピン回転説明図(その7)である。
【図9】本発明のスピン回転説明図(その8)である。
【図10】本発明のスピン回転説明図(その9)である。
【図11】本発明のスピン回転説明図(その10)である。
【図12】従来技術の説明図(その1)である。
【図13】従来技術の説明図(その2)である。
【図14】従来技術の説明図(その3)である。
【図15】従来技術の説明図(その4)である。
【図16】従来技術の説明図(その5)である。
【符号の説明】
【0054】
1:極(電極/磁極)
2:真空容器(ヨーク)
3:磁極
4:ヨーク
【技術分野】
【0001】
本発明は、スピン偏極した電子を放出する電子銃から出た電子や、磁性体試料からのスピン偏極した反射電子、トポロジカル絶縁体表面から放出されたスピン偏極した電子などをモット検出器にスピンの方向を合わせて入力するため、あるいは磁性体の磁区構造観察のために磁性体の磁化方向に電子のスピンの向きを合わせるためなどに使用するスピン回転装置に関するものである。
【背景技術】
【0002】
従来、スピン回転器は電子の進行方向をZ軸としたとき、Z軸を含む面内での回転を行わせる機構と、これに垂直なXY面内での回転を行う機構との2種類が必要である。後者については、試料又は検出器を機械的に回転する機構を設ける場合もあるが、電磁的に行う方法としては、非特許文献1に記載されたDudenらによる軸対称磁場レンズによる方法が最も一般的である。
【0003】
以下、図12から図16の従来技術の説明図をもとに詳細に説明する。
【0004】
図12にこのようなスピン回転器の断面図に磁気ポテンシャル分布を書き込んだ図と、そこに入射した電子ビームの軌道を後段のコンデンサレンズ系(CL2,CL3)と共に示した。
【0005】
また、Z軸を含む面内でのスピン回転器としては、これも先ほどのDudenらの論文にあるような90°の電場偏向器と磁場偏向器を重畳した装置がある。図13(a)に同じような原理による90°偏向型スピン回転機構をその前後のラウンドレンズ系と共に示した。スピンの向きが電子の進行方向と同じである場合、電場のみで90°偏向を行わせれば、図13(b)に示すように、出てきたビームのスピンの向きは変化しないが電子の進行方向は90°回転しているので、スピンの向きは電子の進行方向と90°の傾きを持つことになる。磁場のみで90°偏向させれば、図13(c)に示すように、スピンは電子の回転と共に回転するので、90°偏向後もスピンの向きと電子の進行方向は同じである。電場と磁場を同時にかけて合わせて90°回転を実現すれば、スピンの向きは0°と90°の中間の値にとることができる。
【0006】
上の装置の場合は電子ビームを常に90°回転しなければならないが、装置によってはこれが不都合な場合もある。あくまでも電子の進行方向は直線を保ったまま、スピンだけを回転したい場合もある。このような要求に対しては、非特許文献2に掲載したようにウィーン(Wien)フイルタを用いる方法が知られている。
【0007】
図14にウィーンフィルタ式のスピン回転器の一例と、それをラウンドレンズではさんで、ウィーンフィルタの電場・磁場をオフにした場合と、スピンを90°回転する条件にした場合の電子の軌道をシミュレーションした例を示した。
【0008】
ウィーンフィルタは90°偏向型のスピン回転器と原理的には同じで、やはり電場と磁場を重畳して加えているのであるが、電場による電子の偏向方向と磁場によるそれが逆向きになるように電圧と電流の向きが設定されている点が異なっている。90°偏向型では、両者の偏向が同じ向きになるように設定されている。
【0009】
ウィーンフィルタでは、電場と磁場による偏向の向きが反対であると同時に、電場による偏向の大きさと磁場による偏向の大きさが常に同じになるように電場と磁場の大きさを設定してあり、その結果としてビームは直進する。このビーム直進の条件をウィーン条件と呼び、E1=vBlとあらわされる。El,B1とvはそれぞれ一様電場、一様磁場の大きさと電子の速度である。スピンは磁場によってだけ回転し、その大きさは、
ラーモア歳差運動の周波数 ω=eB/m
回転角度 α=Lω/v=LeB1/mv L:フィルタ長
ここで、ウィーン条件 E1=vB1 と速度の2乗 v2=3eUo/mを代入すると、
α=LE1/2Uoで表される。
【0010】
電場の値E1をそれを作る電極電圧V1に変換すると、
V1=E1R R:中心の丸穴の半径
α=π/2(90°)、Uo=20,000V、 R=5mm、 L=80mmとして、
V1=2x20,000x5π/2x80=3926.69V
と求まる。磁場は先に示したウィーン条件から求められる。
【0011】
ここで、ウィーンフィルタを使用した場合には電場と磁場の大きさは電子ビームを直進させるために常にウィーン条件を満たす関係に置いておかなければならない。このため、いろいろなスピン回転角に調整するためには、90°偏向器のように電場・磁場を合わせて一定の値にするということができない。磁場の値の調整によってスピン回転角が決まることになる。そこで、図14に示すようにウィーンフィルタの中心にビームがフォーカスするようにウィーンフィルタの前段のレンズ条件を設定しておく。このようにすると、図13の下の図に示すように、電場・磁場を加えてスピンを回転させた後でも、後段レンズのレンズ条件が大きくは狂わないため、コンデンサレンズ系の再調整が最小限で済み、スピンだけを回転させることができる。
【非特許文献1】T.Duden, E.Bauer, A compact electron-sipin-polarization manipulater, Rev. Sci. Instrum 66(4) 1995, 2861-2864.
【非特許文献2】T. Kohashi, M. Konoto, K. Kike J-Electorn Microscopy 59(1)(2010)43-52.
【非特許文献3】T.T.tang, Optik 74(1986) 51-56.
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
上で説明したように、スピンの回転には電子ビームの進行方向Zを含む面内の回転と、これと垂直なXY面内の回転の2種類が必要であり、それぞれの場合に電子ビームをそれぞれの機器の中心面上にフォーカスさせるための補助のラウンドレンズを必要とすることで、ラウンドレンズ+Z軸を含む面内回転器+ラウンドレンズ+XY面内回転器の4種類の光学素子を必要とする。ウィーンフィルタ型回転器を含む場合を図15に、90°偏向スピン回転器と磁場型レンズによる面内回転器を備えたスピン回転形を図16に示す。
【0013】
これらの機構のほかに、通常のLEEMで必要とされるコンデンサレンズ系が必要である。このように、電子銃からビームセパレーターを通して試料にまで至る電子ビーム照射系は非常に大がかりなものとなってしまうという大きな問題があった。
【0014】
このような状況から、スピン回転器をもっと簡略な構造にし、照射系全体をコンパクトにすることが求められていた。
【課題を解決するための手段】
【0015】
本発明は、これらの問題を解決するために、電子銃あるいは試料から放出あるいは反射されたスピン偏極した電子線を任意の方向に回転させるスピン回転装置において、電子銃から放出、あるいは試料から放出または反射されたスピン偏極した電子線をフォーカスさせる第1のコンデンサレンズと、第1のコンデンサレンズで電子線がフォーカスされた点がレンズ中心であって、かつ電場および磁場を発生可能な多極子を有するスピン回転器と、スピン回転器を構成する多極子に、指定された角度だけ電子線のスピンを回転させかつ電子線を直進させるウィーン条件を満たす下式で表される電圧および電流を印加するウィーン条件発生手段と、スピン回転器でスピンの回転された電子線をフォーカスする第2のコンデンサレンズとを備えるようにしている。
【0016】
V1(n)=V1Cos(θ0+nθ+α)
N1(n)=N1Sin(θ0+nθ+α)
ここで、nは極の番号、V1(n)とN1(n)はn番目の極の電圧と電流、V1とN1はウィーン条件を満たす一様場の電圧と電流、θ0は1番目の極の水平方向からの角度、θは多極子の数によって決まる角度であって360°/極数、αはスピンの向きをそれぞれ表す。
【0017】
この際、多極子が4の整数倍となるようにしている。
【0018】
また、多極子に、非点を補正する4極子の電場および磁場のうちの1つ以上を供給するようにしている。
【0019】
また、多極子を構成する磁場の極を、内側と外側に分離してその間に耐真空用の隔壁を設けて外側の極にコイルを巻くようにしている。
【0020】
また、耐真空用の隔壁の内側の極の長さを、電子線が通過する中心部の円の直径の4倍以上の長さにして、電極と磁極との形状違いによるウィーン条件の違いを低減するようにしている。
【0021】
また、電子線のスピンの向きを、電子線の進行方向Zと直角方向のXY面に偏向、およびXY面内で任意の向きに偏向するようにしている。
【0022】
また、試料を、磁性体試料あるいはトポロジカル絶縁体とするようにしている。
【発明の効果】
【0023】
本発明は、第1のコンデンサレンズ、電場および磁場を発生可能な多極子を有するスピン回転器、ウィーン条件発生手段、および第2のコンデンサレンズを備えて電子線の方向を直進させかつスピンを指定された角度に回転させることにより、簡略な構造で電子線を直進させかつスピンを任意の方向に回転させる装置の実現が可能となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0024】
ここで、ウィーンフィルタには従来の図示外の電磁石の間に電極を挿入した型のものが古くから用いられてきたが、その場合には、フリンジ部分での電場と磁場の分布が同じ形にならないため、中心部でウィーン条件を満足するように電圧と電流を調整してもフリンジ部分でウィーン条件からのはずれがどうしても起こることから、両方の場の分布を同じにすることのできるウィーンフィルタとして導電性の磁性体を用いた8極ないしは12極子を用いた多極子ウィーンフィルタが1986年に提案されていた(非特許文献3)。
【0025】
多極子の場合には、電場を作る電極と、磁場を作る磁極が同じ8ないし12極のX軸方向にあるものが電極として用いられ、Y軸方向にある極が磁極として用いられるため、電場と磁場のフリンジ場の分布が同−に近くなる。対角線方向の場は電極・磁極の両方を兼ねて用いられる。
【0026】
図1は、本発明のウィーンフィルタ例を示す。
【0027】
図1(a)に12極子ウィーンフィルタの全体を示した。中心部の12個のくさび状のものが12極子の極(電極かつ磁極)1であり、その外側に真空容器2が置かれ、さらに外側を磁場のための磁極3と当該磁極間を磁気的につなぐヨーク4とで構成されており、12個の各々の磁極3に図示外のコイルが巻かれる構造となっている。
【0028】
図1(b)には8極子ウィーンフィルタを示した。この場合には、図示外のコイルは真空の内部の極1にそれぞれ巻かれることになる。このときそれぞれの極1のくさび型の外周近くで切り込んで、コイルを巻くスペースを大きくとる場合もある。このような多極子ウィーンフィルタをZ軸を含む面内のスピン回転子として用いた場合には、スピンの倒れる方向は電場として利用されるX軸方向となる。尚、スピンを偏向させる電子線は、中央の軸を紙面に直角方向(Z軸)に直進する。また、図1の(b)で、図示の真空容器2はヨーク(複数の極1のヨーク)とし、図示外の真空容器内に当該ヨーク2を収納するようにしてもよい。
【0029】
図2は、本発明のスピン回転説明図を示す。図示のスピン回転器は、図1の構成を持つ12極子のフィーンフィルタであって、左側から入射したZ軸方向(電子線の進行方向)を向いたスピンが、ウィーンフィルタを出たときにXY面(Z軸に直角方向の面)内で一方は上向き(図2(a)参照)、他方は横向き(図2(b)参照)になるように調整(磁場と電場とを調整)した場合のウィーンフィルタ内でのスピンの回転の様子を模式的にそれぞれ示す。
【0030】
[スピン回転の方法]
次に、説明を簡単にするために、図1の(b)の8極のウィーンフィルタを用いた場合について以下説明する。電場を発生させる電極となるのは図1(b)において左側が4と5、右側が1と8であるが、今仮に4と5の代わりに5と6を用い、1と8の代わりに1と2極を電極として用い、磁極として2と3の代わりに3と4、6と7の代わりに7と8を用いたとすれば最初と比べて45°反時計回りに回転した方向がX軸即ち電場方向となり、このウィーンフィルタを使ってスピンを回転させれば、スピンの倒れる方向は面内で45°の方向となる。同じことは次の極を使えばさらに45°回転した方向に倒すことができ、結果として90°方向にスピンを倒すことができる。
【0031】
こうして、極のある方向にスピンを倒すことができることはわかるが、図1(b)の8極では45°ステップ、図1(a)および図2の12極を使えば30°スチップでしかスピンを回転できないようにみえる。
【0032】
しかし、本発明ではあらゆる角度にスピンを回転することができてそれは、8極子又は12極子(更に、その4極の整数倍)に次のようにして加える電圧、電流を調整すればよい。即ち、図1(b)の1〜8極のそれぞれをn(即ちn=1,2,3・・・8)と置けば、
V1(n)=V1Cos(θ0+nθ+α)
N1(n)=N1Sin(θ0+nθ+α)
ここで、θ0は図1(b)のような8極子の場合は、22.5°で、θは45°、nは1〜8となる。αは、回転させたい角度である。電極1を図1(b)のように水平方向から外して置いた場合は、θ0が零でない値をとるが、電極1を水平に置いた場合は、θ0=0なる。αが零の時に回転のない普通の場合の電庄配置になる。
【0033】
図3は、本発明のスピン回転説明図(その2)を示す。この図3は、12極子の場合であって、0°方向(θ=0°)の場合と、20°方向(θ=20°)の場合とについて計算で求めた各極に与える電圧値を示す。ここで、Vo=100Vとした場合に、各極1から12にそれぞれ印加する、電圧例を示す。
【0034】
尚、8極フィルタの場合には、2,3、6、7の極は1、4,5,8極の電圧に対して、(√2−1)にすることが知られている。これをX方向とする。同じ値をY方向に与えた場合は90°回転した場合に相当する。XとYを足し合わせるとXとYのベクトル合成の方向、即ち45°方向に場が向くことになる。
【0035】
図4は、本発明のスピン回転説明図(その3)を示す。図4において、Sin,Cos法(サインコサイン法)でX方向即ち0°方向と、ここから45°回転させた場合と、上に説明したベクトル合成法で、X方向とY方向および両方向を足し合わせて45°方向とした場合と、その値を√2で割った値を示してある。Sin,Cos法では0°と45°の場合が一段ずれているだけであるが、ベクトル法の場合も両者を足し合わせた値を√2で割ると、X方向の値を一段ずらせたものと一致することがわかる。XとYの割合を変えれば45°ではなく別の角度にすることもできる。このようなベクトル和によって一様場の向きを変える方法は、昔から偏向場を作るときに利用されていた。
【0036】
このようにスピン回転方向の設定は、サインコサイン法であれ、ベクトル和法であれいずれの方法によっても設定することができる。
【0037】
図5は、本発明のスピン回転説明図(その4)を示す。この図5は、本発明の電場と磁場の向きの例を示し、12極子の場合について0°、20°、40°スピン回転を行わせるために、電場と磁場の向きを回転させる場合を示す。このように極の間隔よりも小さな角度の回転も問題なく行うことができる。多極子ウィーンフィルタを用いることによって、加える電場と磁場の方向を回転すれば、スピンを倒す方向を電場の回転角と等しい角度だけ回転させ、かつ後述するように直進させることができる。
【0038】
次に、90°偏向器の場合は、光軸に平行な方向を向いたスピンは電場のみによってビームを90°偏向すれば光軸と垂直方向を向くようになることは明らかであるが、ウィーンフィルタの場合は先に示したラーモア歳差運動による式から求めることができるが、ビームのフォーカスとの関係は、次のように理解される。
【0039】
ウィーンフィルタではビームが直進すると言っても磁場による回転運動を電場によって振り戻しているだけであるから、磁場による偏向角度とビームのフォーカス条件の間の関係によって推定することができる。X方向へのフォーカスだけをしてY方向フォーカスのない一方向フォーカスの条件での磁場偏向器のフォーカスに必要な回転角度は180°であることが知られている。したがって、ウィーンフィルタにビームを平行入射してフィルタの出口でフォーカスするようにアンペアターンを調整すれば、これがスピンを90°回転できる条件であることがわかる。
【0040】
[一様場ウィンフィルタの問題点と4極場の付加]
これまでは一様電場Elと一様磁場Blによるウィーンフィルタを使った場合を示した。この場合の電子軌道をXZ面とYZ面について描いてみるとそれぞれ図6(a)、(b)のようになる。ウィーンフィルタがオフのときには、ウィーンフィルタの中心面上でフォーカスするように外部のレンズ系によってコントロールされているものとする。ここで、XZ面ではウィーンフィルタのレンズ作用により、フォーカス位置はフィルタ中心から左に移動しているが、図6(b)に示すZY面ではY方向(磁場方向)にレンズ作用がないためフィルタをオフにしたときと同じ軌道を示している。つまり、X方向とY方向とでレンズ条件が異なることになる。図6で見る限りこの影響はそれほど深刻には見えないかもしれないが、図7に示すビーム形状を見るとフォーカスの違いは深刻であることがわかる。図7(a)はフィルタを出た後のZ=80mmと、図7(b)はフィルタの中心Z=0mmでのビーム形状を示している。フィルタを出た後の形は楕円形であり、Z=0では、フィルタがない場合はY方向では0になるようにビームを入射させているので、そのままほとんど0になっている。このように強い非点を有するビームとなってしまっては、試料に照射するための照射光学系としては使いにくくなってしまうので後の光学系でこの非点を取り除かなければならない。
【0041】
そこで、ウィーンフィルタそのものに4極子電場をくわえて、Y方向にフォーカス作用を持たせ非点のないビームを作る方法を次に示す。以下の式は、非点のないビームを作るための4極子電場を求めるための計算式であり、合わせて一様場を求める式もー緒に記してある。V(n)=Vl(n)+V2(n)、Ni(n)がそれぞれn番目の極に与える電圧と電流かけるコイル巻き数を表している。
【0042】
E2=−El/4R (1)
R=L/(2)1/2π (2)
El=(2)3/2 πU0/L (3)
E2=π2U0/L2 (4)
Vl=rE1 (5)
V2=r2E2 (6)
V(n)=V1(n)+V2(n) (7)
V1(n)=V1Cos(θ+α) (8)
V2(n)=V2Cos(2(θ+α)) (9)
E2=2(1+l/(2)1/2 )πU0/L (10)
Bl=El/v (11)
NT=C1B1s/(μπ). (12)
NT(n)=NTSin(θ+α) (13)
このようにして4極子電場を重畳することによって、Y方向にフォーカスを作り、スピン回転器を出るビームの非点を取り去ることができる。図8(a)にZ=80mmと図8(b)にZ=0でのビーム形状を示す。また、図9には、ZX面とZY面の電子軌道を示す。ただし、この場合、実際には
V(n)=Vl(n)+CV2(n)
として、係数Cを掛けた値を入れてある。図8の場合、C=0.875であった。なぜ、計算値より加える4極場の値が少なくてよいかという理由は、フリンジ場の作用にある。
【0043】
上の説明では、一様場を用いた場合、Y方向のフォーカスがないと述べたが、実際には少しだけフォーカス作用がある。それはフリンジ場の作用で、フリンジ場はラウンドレンズ作用を持つことが知られている。このため、Y方向には12.5%分のレンズ作用がすでにあったということである。実際、フィルタ長を短くするほど、割合としてラウンドレンズの作用が大きくなるので、この係数の値は小さくなる。
【0044】
図10は、本発明のスピーン回転説明図(その9)を示す。この図10は、ウィーン型全方位スピン回転器の前段の入射用レンズ(回転器の中心(レンズ中心)にフォーカスさせるレンズ)と後段のコンデンサレンズ(回転器の中心(レンズ中心)を試料などの被照射面にフォーカスさせるレンズ)を含む照射レンズ系を示す。ここでは後段のコンデンサレンズは一段しか示していないが、もう一段追加すれば幅広い照射面積をコントロールできる照射レンズ系にすることができる。
【0045】
4極子電場を加えて非点なしフォーカスを行った場合にはY方向にフォーカス作用を持たせるために4極子電場を加えるのであるが、4極子はフォーカスする方向(Y)と逆方向(X)には発散作用がある。このため上に示した式からわかるように、フォーカスアンペアターンは√(2)倍に増大する。この場合スピン回転角にどのような影響があるだろうか。磁場偏向器の場合、非点なしフォーカスをする回転角は254°に増加する。従って、スピンを90°回転させる条件を見つけるには、4極子電場を付加していない時の平行ビーム入射でフォーカスさせる条件を探さなければならない。
【0046】
次に、実際の装置に必要な事柄について説明する。
【0047】
[超高真空対策]
図11は、本発明のスピン回転説明図(その10)を示す。この図11は、本発明のウィーンフィルタの例である。スピン回転器として使用するウィーンフィルタは超高真空中で使われることが多いため、図1で説明したように、磁場発生のためのコイルを真空の外に出すことが求められる。図11に示した例では各極を2つに分割し、内側と外側の極の間に真空容器2としてのパイプ(非磁性)を入れる構造としている。もちろん、内側の各極1と真空パイプの間には絶縁体を置いて、内側の各極1が電気的には絶縁されている必要がある。ただ、この構造の欠点は、真空容器が金属製となるため、多極子電場は真空容器より内側だけの構成となるのに対し、磁場コイルは真空パイプの外の極3に巻かれるので、多極子磁場は真空容器の外にまで伸びており、電場と磁場を構成する各極の長さが異なることである。しかし、真空容器が電場・磁場を作る空間・ギャップの直径の4倍以上を取ればこの電極と磁極の長さの違いは実用的には問題とならないことを見出した。
【0048】
図6(a)、図9(a)は、XZ面の電子軌道を示す図であるが、電極と磁極の形の違いによって、ウィーン条件が成立しなくなった場合には、この軌道が途中で折れ曲がってまっすぐな光軸を構成しなくなるのであるが、ここに示したように、光軸はまっすぐなままなので、電極と磁極の長さの違いの問題は克服されていることが判明した。
【0049】
[初期状態でスピンの向きがビーム進行方向に垂直な面内の場合]
今まではスピンの向きが電子ビームの進行方向Zに対して平行なビームを90°偏向し、その時にビーム進行方向に垂直なXY面内のどの方向にスピンを倒すかを自由に選ぶことのできる装置について述べてきた。
【0050】
しかしながら、真空中にスピン偏極した電子を放出するのはこのような場合に限られるのではなく、XY面内の特定の方向を向いたビームが放出される場合もある。このような場合に、スピンの向きがZ方向を向くように回転させることは、上で述べた方法で90°偏向を行わせるだけでよい。このときはXY面内での角度を気にすることは必要ないので、XY面の角度の指定はいかなる値でも良い。
【0051】
ここでは、XY面内をスピンが向いている場合に、最初のスピンの向きと異なる向きにXY面内で回転させたい場合について考えてみよう。この場合は、上で述べたスピンの90°回転の電場・磁場の値に対してその倍の値即ち、180°スピンを回転させるように設定する。XY面内でのスピンの角度は最終的に向けたい角度の場合に対応するようにそれぞれの8極子の電場・磁場を設定する。このようにすると、スピンは最初の半分で90°回転してZ方向を向く。あとの半分は上で述べたZ方向からZY面内にスピンが再び向くが、このときのXY面内での角度が指定した角度方向を向くことになる。
【0052】
このように、最初にスピンの向きがZ方向の場合は90°回転、最初がXY面内の場合は180°回転の設定をすることによって、両者の場合に対応させることが出来る。もちろん、途中の角度の場合はそれらの中間の値に設定すればよいので、どのような方向を向いたスピンにも対応させることが出来る。
【図面の簡単な説明】
【0053】
【図1】本発明のウィーンフィルタ例である。
【図2】本発明のスピン回転説明図(その1)である。
【図3】本発明のスピン回転説明図(その2)である。
【図4】本発明のスピン回転説明図(その3)である。
【図5】本発明のスピン回転説明図(その4)である。
【図6】本発明のスピン回転説明図(その5)である。
【図7】本発明のスピン回転説明図(その6)である。
【図8】本発明のスピン回転説明図(その7)である。
【図9】本発明のスピン回転説明図(その8)である。
【図10】本発明のスピン回転説明図(その9)である。
【図11】本発明のスピン回転説明図(その10)である。
【図12】従来技術の説明図(その1)である。
【図13】従来技術の説明図(その2)である。
【図14】従来技術の説明図(その3)である。
【図15】従来技術の説明図(その4)である。
【図16】従来技術の説明図(その5)である。
【符号の説明】
【0054】
1:極(電極/磁極)
2:真空容器(ヨーク)
3:磁極
4:ヨーク
【特許請求の範囲】
【請求項1】
電子銃あるいは試料から、放出あるいは反射あるいは透過されたスピン偏極した電子線を任意の方向に回転させるスピン回転装置において、
前記電子銃から放出、あるいは試料から放出または反射されたスピン偏極した電子線をフォーカスさせる第1のコンデンサレンズと、
前記第1のコンデンサレンズで前記電子線がフォーカスされた点がレンズ中心あるいはレンズ中心付近であって、かつ電場および磁場を発生可能な多極子を有するスピン回転器と、
前記スピン回転器を構成する多極子に、指定された角度だけ前記電子線のスピンを回転させかつ電子線を直進させるウィーン条件を満たす下式で表される電圧および電流を印加するウィーン条件発生手段と、
前記スピン回転器でスピンの回転された電子線をフォーカスする第2のコンデンサレンズと
を備えたことを特徴とするスピン回転装置。
V1(n)=V1Cos(θ0+nθ+α)
N1(n)=N1Sin(θ0+nθ+α)
ここで、nは極の番号、V1(n)とN1(n)はn番目の極の電圧と電流、V1とN1はウィーン条件を満たす一様場の電圧と電流、θ0は1番目の極の水平方向からの角度、θは多極子の数によって決まる角度であって360°/極数、αはスピンの向きをそれぞれ表す。
【請求項2】
前記多極子が4の整数倍としたことを特徴とする請求項1記載のスピン回転装置。
【請求項3】
前記多極子に、非点を補正する4極子の電場および磁場のうちの1つ以上を供給したことを特徴とする請求項1あるいは請求項2記載のスピン回転装置。
【請求項4】
前記多極子を構成する磁場の極を、内側と外側に分離してその間に耐真空用の隔壁を設けて外側の極にコイルを巻いたことを特徴とする請求項1から請求項3のいずれかに記載のスピン回転装置。
【請求項5】
請求項4において、前記耐真空用の隔壁の内側の極の長さを、電子線が通過する中心部の円の直径の4倍以上の長さにして、電極と磁極との形状違いによるウィーン条件の違いを低減したことを特徴とする請求項1から請求項4のいずれかに記載のスピン回転装置。
【請求項6】
前記電子線のスピンの向きを、当該電子線の進行方向Zと直角方向のXY面に偏向、およびXY面内で任意の向きに偏向することを特徴する請求項1から請求項5のいずれかに記載のスピン回転装置。
【請求項7】
前記試料を、磁性体試料あるいはトポロジカル絶縁体としたことを特徴とする請求項1から請求項6のいずれかに記載のスピン回転装置。
【請求項1】
電子銃あるいは試料から、放出あるいは反射あるいは透過されたスピン偏極した電子線を任意の方向に回転させるスピン回転装置において、
前記電子銃から放出、あるいは試料から放出または反射されたスピン偏極した電子線をフォーカスさせる第1のコンデンサレンズと、
前記第1のコンデンサレンズで前記電子線がフォーカスされた点がレンズ中心あるいはレンズ中心付近であって、かつ電場および磁場を発生可能な多極子を有するスピン回転器と、
前記スピン回転器を構成する多極子に、指定された角度だけ前記電子線のスピンを回転させかつ電子線を直進させるウィーン条件を満たす下式で表される電圧および電流を印加するウィーン条件発生手段と、
前記スピン回転器でスピンの回転された電子線をフォーカスする第2のコンデンサレンズと
を備えたことを特徴とするスピン回転装置。
V1(n)=V1Cos(θ0+nθ+α)
N1(n)=N1Sin(θ0+nθ+α)
ここで、nは極の番号、V1(n)とN1(n)はn番目の極の電圧と電流、V1とN1はウィーン条件を満たす一様場の電圧と電流、θ0は1番目の極の水平方向からの角度、θは多極子の数によって決まる角度であって360°/極数、αはスピンの向きをそれぞれ表す。
【請求項2】
前記多極子が4の整数倍としたことを特徴とする請求項1記載のスピン回転装置。
【請求項3】
前記多極子に、非点を補正する4極子の電場および磁場のうちの1つ以上を供給したことを特徴とする請求項1あるいは請求項2記載のスピン回転装置。
【請求項4】
前記多極子を構成する磁場の極を、内側と外側に分離してその間に耐真空用の隔壁を設けて外側の極にコイルを巻いたことを特徴とする請求項1から請求項3のいずれかに記載のスピン回転装置。
【請求項5】
請求項4において、前記耐真空用の隔壁の内側の極の長さを、電子線が通過する中心部の円の直径の4倍以上の長さにして、電極と磁極との形状違いによるウィーン条件の違いを低減したことを特徴とする請求項1から請求項4のいずれかに記載のスピン回転装置。
【請求項6】
前記電子線のスピンの向きを、当該電子線の進行方向Zと直角方向のXY面に偏向、およびXY面内で任意の向きに偏向することを特徴する請求項1から請求項5のいずれかに記載のスピン回転装置。
【請求項7】
前記試料を、磁性体試料あるいはトポロジカル絶縁体としたことを特徴とする請求項1から請求項6のいずれかに記載のスピン回転装置。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図14】
【図15】
【図16】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図14】
【図15】
【図16】
【公開番号】特開2013−4342(P2013−4342A)
【公開日】平成25年1月7日(2013.1.7)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−135054(P2011−135054)
【出願日】平成23年6月17日(2011.6.17)
【出願人】(591003208)サンユー電子株式会社 (9)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成25年1月7日(2013.1.7)
【国際特許分類】
【出願日】平成23年6月17日(2011.6.17)
【出願人】(591003208)サンユー電子株式会社 (9)
【Fターム(参考)】
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