説明

スピン注入磁化反転素子

【課題】MgOを障壁層として磁化反転電流を低減したTMR素子構造を備える光変調素子を提供する。
【解決手段】光変調素子5は、磁化固定層11、MgOからなる障壁層12、磁化自由層13を積層してなるTMR素子構造1と、その上下に接続した上部電極3、下部電極2を備える。下部電極2は、組成がCu1-xCrx(0.07<x<0.42)である非晶質のCu−Cr合金からなり、磁化固定層11は非晶質の磁性体からなり、このような非晶質の層の上に、障壁層12としてMgO膜が形成されるため、MgO膜が強い(001)面配向を示して、TMR素子構造1の磁化反転電流を低減できる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、入射した光を磁気光学効果により光の位相や振幅等を空間的に変調して出射する空間光変調器に用いる光変調素子に好適なスピン注入磁化反転素子に関する。
【背景技術】
【0002】
スピン注入磁化反転素子は、2層以上の磁性体膜を備え、上下に接続された電極(配線)から膜面に垂直に電流を供給されることで、スピン注入磁化反転により一部の磁性体膜の磁化方向が180°回転(反転)し、磁化方向が変化しない別の磁性体膜と同じ方向または反対方向になる。このスピン注入磁化反転素子は、磁性体膜同士の磁化が同じ方向の状態と異なる方向の状態とで上下の電極間の抵抗が変化するため、磁気抵抗効果素子として1ビットのデータの書き込み/読み出しを行うことができる。すなわち、スピン注入磁化反転素子は、これを備えたメモリセルをマトリクス状に配列して磁気ランダムアクセスメモリ(MRAM)を構成する。スピン注入磁化反転素子は、その大きさが極めて小さい上、磁化反転の動作が高速であるため、大容量磁気メモリとしてMRAMおよびスピン注入磁化反転素子の研究・開発が進められている。
【0003】
スピン注入磁化反転素子としては、CPP−GMR(Current Perpendicular to the Plane Giant MagnetoResistance:垂直通電型巨大磁気抵抗)素子やTMR(Tunnel MagnetoResistance:トンネル磁気抵抗)素子が知られているが、磁気抵抗効果素子として、より磁気抵抗比の高いTMR素子について特に研究されている。また、近年では、MRAMの、よりいっそうの大容量化および省電力化のために、微細化が可能で、かつ磁化反転に要する電流(反転電流)を低減できる、膜面に垂直方向の磁化を示す(垂直磁気異方性を有する)磁性体材料が適用されている。TMR素子は、2枚の磁性体膜の間に、トンネル障壁または障壁層と呼ばれる極めて薄い絶縁体膜を挟んだ構造である。障壁層の材料としては、磁化反転に要する電流をいっそう低減できる酸化マグネシウム(MgO)が好適とされている。
【0004】
また、スピン注入磁化反転素子の別の用途として、空間光変調器の画素に搭載される光変調素子が挙げられる。光変調素子としてのスピン注入磁化反転素子は、磁性体膜で反射または透過した光の偏光の向きが変化する(旋光する)磁気光学効果により、磁性体膜の磁化方向を反転させて光の偏光の向きを2値に変化させるものである。空間光変調器においても、高精細化および高速化のために、従来の液晶に代わる材料として、MRAMと同様に研究・開発が進められている(例えば、特許文献1参照)。光変調素子として使用するスピン注入磁化反転素子は、偏光の向きの変化が大きい(光変調度が大きい)ことが望ましい。そのため、光変調素子においても、垂直磁気異方性のスピン注入磁化反転素子を用いて、膜面にほぼ垂直に光を入射することにより、極カー効果で光変調度を大きくすることが望ましい(例えば、非特許文献1参照)。また、高精細化するべく画素数を増大しても好適に駆動し、かつ省電力化のために反転電流を低減できる材料が要求されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2008−83686号公報
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】K. Aoshima et. al, “Spin transfer switching in current-perpendicular-to-plane spin valve observed by magneto-optical Kerr effect using visible light”, Appl. Phys. Lett. 91, 052507 (2007)
【非特許文献2】S. S. P. Parkin, C. Kaiser, A. Panchula, P. M. Rice, B. Hughes, M. Samant, S. H. Yang, “Giant tunnelling magnetoresistance at room temperature with MgO (100) tunnel barriers”, Nature Materials, vol.3, p.862, Dec. 2004
【非特許文献3】Shinji Yuasa, Taro Nagahama, Akio Fukushima, Yoshishige Suzuki, Koji Ando, “Giant room-temperature magnetoresistance in single-crystal Fe/MgO/Fe magnetic tunnel junctions”, Nature Materials, vol.3, p.868, Dec. 2004.
【非特許文献4】M. Nakayama, T. Kai, N. Shimomura, M. Amano, E. Kitagawa, T. Nagase, M. Yoshikawa, T. Kishi, S. Ikegawa, H. Yoda, “Spin transfer switching in TbCoFe/CoFeB/MgO/CoFeB/TbCoFe magnetic tunnel junctions with perpendicular magnetic anisotropy”, J. Appl. Phys. 103, 07A710 (2008).
【非特許文献5】久保田均,他,“MgOバリアを用いたMTJにおけるスピン注入磁化反転”,日本応用磁気学会研究会資料145巻, p.43-48, 2006.01.30
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
障壁層としてMgOを適用したTMR素子においては、この障壁層を挟む2枚の磁性膜の少なくとも一方について、当該障壁層との界面に(001)面配向のFeやCoFeからなる薄膜を設けることで、スピン注入効率が飛躍的に向上することが知られている(非特許文献2〜5)。
【0008】
さらに、障壁層としてのMgOは、結晶を(001)面配向として原子が規則正しく配列されていることにより、電子が散乱せずに注入されるために、反転電流を低減できる(非特許文献2〜4)。ところが、MgO膜の結晶構造は、下地膜に大きく依存する傾向がある。ここで、スピン注入磁化反転素子の上下に接続される電極は、一般的な金属電極材料のCu,Au,Ag,Pt,Pd等の単層膜や、これらの単層膜にTa,Ru等の薄膜を積層したものが用いられている。これらの金属電極材料は、面心立方格子(fcc)構造の(111)面構造をとり易く、このような結晶構造の電極上にMgO膜を形成すると、Ta,Ru等の薄膜や磁性体膜を介しても、MgO膜が(001)面構造になり難いという問題がある。
【0009】
また、TMR素子全般において、障壁層とこれを挟む2枚の磁性膜のそれぞれとの界面の平坦性が良好であることが、磁気トンネル接合のために好ましい。しかし、TMR素子の下に接続される電極を、例えばCuの単層膜として50nm以上の膜厚にスパッタリング法で成膜した場合、その表面粗さ(算術平均粗さ)Raは通常1nmを超えるため、その上に形成される磁性膜等も表面形状が保持されて同程度の表面粗さとなって、障壁層との界面の平坦性が十分に得られ難いという問題がある。
【0010】
本発明は前記問題点に鑑み創案されたもので、反転電流を低減できて空間光変調器の光変調素子に好適なTMR素子を提供することを目的として、TMR素子の障壁層としてのMgOを好適な結晶構造にすることが課題である。
【課題を解決するための手段】
【0011】
前記課題を解決するために、非晶質の下地膜であればMgO膜が強い(001)面配向を示すことから、本発明者らは非晶質の電極材料、特に光変調素子の下部電極として光反射性の高い金属電極材料について、鋭意研究した。
【0012】
すなわち、本発明に係るスピン注入磁化反転素子は、垂直磁化異方性を有する磁化固定層、MgOからなる障壁層、および垂直磁化異方性を有する磁化自由層を積層してなるトンネル磁気抵抗素子構造と、このトンネル磁気抵抗素子構造の上に接続した上部電極と下に接続した下部電極とからなる一対の電極と、を備え、前記下部電極は、組成がCu1-xCrx(0.07<x<0.42)である非晶質のCu−Cr合金からなり、前記磁化固定層は非晶質の磁性体からなることを特徴とする。
【0013】
あるいは、前記トンネル磁気抵抗効果素子構造は、垂直磁化異方性を有する磁化自由層、MgOからなる障壁層、および垂直磁化異方性を有する磁化固定層を積層してもよい。このような構造の場合は、磁化固定層に代えて磁化自由層を非晶質の磁性体とする。
【0014】
かかる構成により、MgO膜は、非晶質合金からなる下部電極、および非晶質の磁性体からなる磁化固定層または磁化自由層に積層されるため、強い(001)面配向に容易に形成できる。
【0015】
さらに、本発明に係るスピン注入磁化反転素子は、前記下部電極に、Ta/Ru膜を積層して備えることが好ましい。かかる構成により、MgO膜は、いっそう強い(001)面配向に形成できる。
【0016】
また、本発明に係るスピン注入磁化反転素子は、前記上部電極を透過して入射した光の偏光の向きを変化させて出射する光変調素子であることを特徴とする。かかる構成により、上部電極が光を透過させることで光変調素子とすることができる。
【発明の効果】
【0017】
本発明に係るスピン注入磁化反転素子によれば、強い(001)面配向を示すMgO膜を障壁層に備えるため、低電流で磁化反転可能なトンネル磁気抵抗効果素子構造となるため、光変調素子として、高精細化しても省電力化された反射型の空間光変調器とすることができる。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【図1】本発明の第1実施形態に係るスピン注入磁化反転素子からなる光変調素子の構成を模式的に示す断面図である。
【図2】本発明に係るスピン注入磁化反転素子の光変調素子としての動作を模式的に説明する断面図である。
【図3】本発明の第1実施形態の変形例に係るスピン注入磁化反転素子からなる光変調素子の構成を模式的に示す断面図である。
【図4】本発明の第2実施形態に係るスピン注入磁化反転素子からなる光変調素子の構成を模式的に示す断面図である。
【図5】実施例のスピン注入磁化反転素子のサンプルのX線回折パターンであり、(a)は第1実施形態に係るスピン注入磁化反転素子を模擬したサンプル、(b)は第2実施形態に係るスピン注入磁化反転素子を模擬したサンプル、(c)は従来のスピン注入磁化反転素子を模擬したサンプルである。
【図6】スピン注入磁化反転素子の下部電極のサンプルのX線回折パターンであり、(a)〜(e)はCu−Cr合金の組成を変化させた第1実施形態に係るスピン注入磁化反転素子を模擬したサンプルである。
【発明を実施するための形態】
【0019】
以下、本発明に係るスピン注入磁化反転素子を実現するための形態について、図を参照して説明する。
本発明の実施形態に係るスピン注入磁化反転素子は光変調素子であり、上方から入射した光を反射して異なる2値の光(偏光成分)に変調して上方へ出射する。
【0020】
[光変調素子]
本発明の第1実施形態に係る光変調素子(スピン注入磁化反転素子)5は、図1(a)に示すように、基板7上に、下部電極2、磁化固定層11、障壁層12、磁化自由層13、保護層14、上部電極3の順に積層された構成である。光変調素子5は、磁化が一方向に固定された磁化固定層11および磁化の方向が回転可能な磁化自由層13を、絶縁体であるMgOからなる障壁層12を挟んで備えたTMR素子構造(トンネル磁気抵抗素子構造)1を備える。そして、光変調素子5は、TMR素子構造1に、下部電極2と上部電極3と(以下、適宜、電極2,3)を一対の電極として、膜面に垂直に双方向に(上下方向に)電流を供給される。したがって、TMR素子構造としては、後記の変形例に係るTMR素子構造1A(図3参照)のように、磁化自由層13と磁化固定層11との積層順序を入れ替えてもよい。光変調素子5はさらに、光変調素子5の製造工程におけるダメージからTMR素子構造1の各層、特に最上層の磁化自由層13を保護するために、TMR素子構造1の上に保護層14が設けられている。光変調素子5は、例えば空間光変調器の画素とする場合、膜面方向において2次元アレイ状に配列されて、一対の電極2,3の一方を行方向に、他方を列方向にそれぞれ延設して共有される(図示せず)。そのため、光変調素子5,5間に、具体的にはTMR素子構造1,1間、電極2,3間、下部電極2,2間および上部電極3,3間(配線間)のそれぞれに、絶縁層6が充填される。光変調素子5を構成する各層は、例えばスパッタリング法や分子線エピタキシー(MBE)法等の公知の方法で連続的に成膜されて基板7に積層され、電子線リソグラフィおよびイオンビームミリング法等で所望の平面視形状に加工される。
【0021】
ここで、TMR素子構造1の磁化反転の動作を、図2を参照して説明する。なお、図2において保護層14は図示を省略する。スピン注入磁化反転素子であるTMR素子構造1は、逆方向のスピンを持つ電子を注入することにより、磁化自由層13の磁化方向を反転(スピン注入磁化反転、以下、適宜磁化反転という)させて、磁化固定層11の磁化方向と同じ方向または180°異なる方向にする。そのために電子の注入方向と反対向きに電流を供給すればよく、具体的には、図2(a)に示すように、上部電極3を「+」、下部電極2を「−」にして、磁化自由層13側から磁化固定層11へ電流を供給すると、磁化自由層13の磁化は磁化固定層11の磁化方向と同じ方向になる。以下、この状態をTMR素子構造1の磁化が平行である(P:Parallel)という。反対に、図2(b)に示すように、上部電極3を「−」、下部電極2を「+」にして、磁化固定層11側から磁化自由層13へ電流を供給すると、磁化自由層13の磁化は磁化固定層51の磁化方向と逆方向になる。以下、この状態をTMR素子構造1の磁化が反平行である(AP:Anti-Parallel)という。
【0022】
このように、TMR素子構造1は、膜面垂直方向に電流を供給されることで磁化自由層13の磁化方向を変化させる(磁化反転させる)ことができるので、上下面に電極材料を積層することで一対の電極2,3が接続される。また、TMR素子構造1の磁化が平行、反平行いずれかの磁化を示していれば、その磁化を反転させる電流が供給されるまでは、磁化自由層13の保磁力により磁化が保持される。そのため、TMR素子構造1に供給する電流としては、パルス電流のように、磁化方向を反転させる電流値に一時的に到達する電流(直流パルス電流)を用いることができる。また、磁化自由層13と磁化固定層11とは、図3に示す変形例のようにその積層順序を入れ替えても磁化反転動作には影響しない。このようなTMR素子構造1Aは、電極2,3による電流の向きを図2とは逆方向に供給すれば同様に磁化反転する。以下、TMR素子構造1を構成する要素について詳しく説明する。
【0023】
(TMR素子構造)
磁化固定層11および磁化自由層13は、垂直磁気異方性を有するTMR素子の磁化固定層、磁化自由層として公知の磁性材料にて構成することができる。具体的には、Fe,Co,Ni等の遷移金属とPt,Pd等の貴金属とを含む、例えばCoPt,CoPd合金、または[Co/Pt]×n、[Co/Pd]×nの多層膜、あるいは前記遷移金属とNd,Gd,Tb,Dy,Ho等の希土類金属との合金(RE−TM合金)が挙げられる。また、磁化自由層13は、磁化固定層11よりも保磁力を小さくするため、保磁力の小さい磁性材料で形成したり、その厚さを磁化固定層11よりも薄くすることが好ましい。
【0024】
ここで、TMR素子構造1において障壁層12の下に配置される磁化固定層11は、非晶質の磁性材料を適用した非晶質層11aからなる。本発明において非晶質とは、X線回折(XRD)による検出が困難なほど微細な結晶構造を持つ材料、すなわち微結晶構造体を指す。障壁層12の下地となるこの層を非晶質とすることで、障壁層12を形成するMgOを強い(001)面配向の結晶とすることができる。非晶質層11aとなる磁性材料としては、前記の垂直磁気異方性を有する磁性材料の中で、例えばTbFeCo合金のようなRE−TM合金が挙げられる。
【0025】
障壁層12は、(001)面配向のMgOで形成され、その厚さは0.5〜2nmとすることが好ましい。このような結晶構造とすることにより、TMR素子構造1において電子が散乱せずに注入されるために、反転電流を低減できる。
【0026】
TMR素子構造1において、図1(b)に示すように、磁化固定層11(11B)は、さらに障壁層12との界面に遷移金属を含む磁性金属膜11bを備えることが好ましい。この磁性金属膜11bは、具体的には、Fe,Co,Niから選択される少なくとも1種の遷移金属、またはこの遷移金属を含む合金、例えばCoFe,CoFeB,NiFe,CoFeSiからなり、膜厚は0.1〜1nmの範囲とすることが好ましい。あるいはスピン分極率の特に高い(理論的に1の)ホイスラー合金等を用いることもできる。特に障壁層12であるMgOと組み合わせてコヒーレントなトンネル電流を流すことによって磁化反転電流を低減できるCoFeB,Fe,Coが好ましい。磁化固定層11Bが、障壁層12との界面にこのような磁性金属膜11bを備えることで、当該界面でのスピン偏極率を高くして、障壁層12を介して磁化自由層13に注入されるスピンによるスピントルクが増大するため、TMR素子構造1の磁化反転に要する電流を低減することができる。なお、これらの磁性金属膜11bは十分に薄く、また熱処理等により(001)面配向を示すようになるものが多いため、障壁層12とするMgO膜の(001)面配向を妨げるものではない。さらに磁化自由層13についても、障壁層12との界面に同様の磁性金属膜(図示省略)を備えても前記効果が得られる。
【0027】
保護層14は、Ru,Ta,Pt,Au等の金属材料からなる単層膜、または異なる金属材料からなる金属膜を2層以上積層した積層膜から構成される。保護層14の厚さは、1nm未満であると連続した(ピンホールのない)膜を形成し難く、一方、10nmを超えて厚くしても、製造工程において磁化自由層13等を保護する効果がそれ以上には向上せず、その上、光変調素子5の上方からの入射光の透過光量を減衰させる。したがって、保護層14の厚さは1〜10nmとすることが好ましい。
【0028】
本発明の第1実施形態の変形例に係る光変調素子(スピン注入磁化反転素子)5Aは、図3(a)に示すように、基板7上に、下部電極2、磁化自由層13、障壁層12、磁化固定層11、保護層14、上部電極3の順に積層された構成である。第1実施形態(図1(a)参照)と同一の要素については同じ符号を付し、説明を省略する。すなわち光変調素子5Aは、前記第1実施形態に係る光変調素子5のTMR素子構造1の磁化自由層13と磁化固定層11との積層順序を入れ替えたTMR素子構造1Aを備えるもので、積層順序が異なる以外は光変調素子5と同様の構成で、その動作(磁化反転)も同様である。
【0029】
本変形例に係る光変調素子5AのTMR素子構造1Aにおいては、磁化自由層13が障壁層12の下に配置されるため、磁化自由層13は、非晶質の磁性材料を適用した非晶質層13aからなる。さらに図3(b)に示すように、磁化自由層13(13B)は、障壁層12との界面に遷移金属を含む磁性金属膜13bを備えることが好ましい。なお、磁化固定層11についても、障壁層12との界面に同様の磁性金属膜(図示省略)を備えてもよい。磁化自由層13に適用される非晶質層13aおよび磁性金属膜13bは、それぞれTMR素子構造1における磁化固定層11の非晶質層11aおよび磁性金属膜11bと同じであり、その作用も同様であるので、説明を省略する。
【0030】
(下部電極)
下部電極2は、非晶質のCu−Cr合金で形成されたCuCr合金層21からなる。CuCr合金層21は、非晶質とするために、組成がCu1-xCrx(0.07<x<0.42)である(Crの含有率が7at%超42at%未満である)Cu−Cr合金からなる。組成がこの範囲外では、Cuの結晶構造である(111)面構造またはCrの結晶構造である(110)面構造を示す合金となり、非晶質となり難い。なお、非晶質とは前記した通り、微結晶構造体であり、さらに非晶質のCu−Cr合金とは、X線回折(XRD)による検出で、(111)面、(110)面の検出強度が、それぞれCu単体、Cr単体よりも低い構造を指す。また、Crは、Cuよりも抵抗が高い(Cuの約9倍)ので、前記組成の範囲において少ないことが、下部電極2の抵抗を抑制するために好ましい。また、基板7上にCuCr合金層21を形成するための下地としてTa膜(図示せず)を設けてもよい。CuCr合金層21は、下部電極2の配線抵抗等に応じて厚さを設定すればよいが、厚さ10nm以上とすることが、その上に形成される障壁層12とするMgO膜を(001)面配向とするために好ましい。
【0031】
図4(a)に示すように、前記CuCr合金層21に、Ta膜22、Ru膜23をさらに積層した下部電極2Bとしてもよい。すなわち第2実施形態に係る光変調素子(スピン注入磁化反転素子)5Bは、CuCr合金層21にTa膜22、Ru膜23を積層し、その上にTMR素子構造1(1A)を備える。Ta膜22、さらにRu膜23が設けられることにより、障壁層12とするMgO膜をいっそう強い(001)面配向とすることができる。Ta膜22は、厚くなり過ぎるとこの効果が低下するため、厚さ1〜50nmとすることが好ましい。また、Ru膜23は、酸化し易いTa膜22の保護膜とするため、連続した膜を形成するように2nm以上が好ましい。なお、光変調素子5Bは図1(a)に示すTMR素子構造1を備えるが、これに限られず、図1(b)や図2(a)、(b)に示すTMR素子構造1,1Aを備える構成とすることができる。
【0032】
前記したように、下部電極2,2Bは、その厚さを配線抵抗等に応じて設定すればよい。ここで、非晶質のCu−Cr合金で形成されたCuCr合金層21は、一般的なCu電極と比較して、Cu(抵抗:1.67μΩ・cm)よりも抵抗の高いCr(抵抗:12.9μΩ・cm)との合金であり、さらに非晶質であることから、抵抗が約10倍に高くなる場合がある。また、Ta(抵抗:12.5μΩ・cm)も抵抗が高いため、Ta膜22が積層された下部電極2BもCu電極よりも抵抗が高くなる。したがって、下部電極2,2Bは、配線抵抗を低減するために厚く形成してもよいが、CuCr合金層21等を厚膜化するよりも、図4(b)に示すように、CuCr合金層21の下に低抵抗のCu等からなる層(Cu層24)を設けた下部電極2Cとすることが好ましい。最下層(基板7上)に(111)面構造のCuの層が存在しても、その上にCuCr合金層21、さらにTa膜22、Ru膜23が設けられているため、これらを下地として障壁層12とするMgO膜は(001)面配向とすることができる。なお、Cuを単層で50nm以上の膜厚にスパッタリング法で成膜すると表面が粗くなって(算術平均粗さRa:1nm超)、その上に形成されるCuCr合金層21等も表面形状が保持されるため、障壁層12と層11,13との各界面の平坦性が低下し、TMR素子構造1における磁気トンネル接合に好ましくない。したがって、Cu単層は厚さ15nm程度として、例えば厚さ3nm程度のTa層を挟んで積層を繰り返したCu/Ta多層膜とすることがさらに好ましい。
【0033】
(上部電極)
上部電極3は、光が透過するように透明電極材料で構成される。透明電極材料は、例えば、インジウム亜鉛酸化物(Indium Zinc Oxide:IZO)、インジウム−スズ酸化物(Indium Tin Oxide:ITO)、酸化スズ(SnO2)、酸化アンチモン−酸化スズ系(ATO)、酸化亜鉛(ZnO)、フッ素ドープ酸化スズ(FTO)、酸化インジウム(In23)等の公知の透明電極材料からなる。特に、比抵抗と成膜の容易さとの点からIZOが最も好ましい。これらの透明電極材料は、スパッタリング法、真空蒸着法、塗布法等の公知の方法により成膜される。
【0034】
電極(配線)を透明電極材料で構成する場合、電極とこの電極に接続するTMR素子構造1(1A)との間に金属膜を設けることが好ましい。すなわち透明電極材料で構成された上部電極3においては、TMR素子構造1との間の下地として金属膜を積層することが好ましい(図示せず)。TMR素子構造1との間に金属膜を介在させることで、電極用金属材料より抵抗が大きい透明電極材料からなる上部電極3においても、上部電極3−TMR素子構造1間の接触抵抗を低減させて応答速度を上げることができる。
【0035】
透明電極の下地を構成する金属膜としては、例えば、Au,Ru,Ta、またはそれらの金属の2種以上からなる合金等を用いることができ、これらの金属はスパッタリング法等の公知の方法により成膜される。そして、金属膜とその上の層すなわち透明電極との密着性をよくして接触抵抗をさらに低減するため、金属膜は、透明電極材料と連続的に真空処理室にて成膜されることが好ましい。金属膜の厚さは、1nm未満であると連続した(ピンホールのない)膜を形成し難く、一方、10nmを超えると光の透過量を低下させるので、1〜10nmが好ましい。
【0036】
なお、本実施形態においては、スピン注入磁化反転素子は光変調素子に適用されるため、上部電極は光が透過するように構成されるが、例えばMRAMに適用される場合は、上部電極はCu等、公知の金属電極材料で形成される。
【0037】
基板7は、例えば表面を熱酸化したSi基板等の公知の基板が適用できる。絶縁層6は、例えばSiO2やAl23等からなる。
【0038】
(光変調素子の製造方法)
次に、光変調素子5の製造方法について、その一例を説明する。
まず、下部電極2を形成する。基板7の表面に、スパッタリング法等で所望の組成のCu−Cr合金を成膜して、下部電極2とする。そして、下部電極2,2間にSiO2等の絶縁膜(絶縁層6となる)を堆積させる。
【0039】
次に、TMR素子構造1を形成する。下部電極2(および絶縁層6)の上に、磁化固定層11、障壁層12、磁化自由層13、保護層14の各材料を連続して成膜し、これらの層を電子線リソグラフィおよびイオンビームミリング法等により前記平面視形状に成形加工して、TMR素子構造1とする。前記成形加工においてマスクとしたレジストを残した状態で、絶縁膜を成膜して、TMR素子構造1,1間に堆積させ、レジストをその上の絶縁膜ごと除去して(リフトオフ)絶縁層6とする。
【0040】
次に、上部電極3を形成する。TMR素子構造1および絶縁層6の上に、下地層としての金属膜、透明電極材料を連続して成膜し、下部電極2と直交するストライプ状に形成して上部電極3とする。最後に、上部電極3,3間に絶縁膜を堆積して絶縁層6とし、光変調素子5とする。
【0041】
(光変調素子の動作)
本発明に係る光変調素子の動作を、図2を参照して説明する。図2(a)、(b)においては、1個の光変調素子5を示し、それぞれに光源91等を設けているが、前記したように複数の光変調素子5を2次元アレイ状に配列して空間光変調器等の画素とし、光源91、偏光子PF1,PF2、および検出器93は共有されている。光源91は、例えばレーザー光源、およびこれに光学的に接続されてレーザー光を拡大するビーム拡大器、さらに拡大されたレーザー光を平行光とするレンズで構成される(図示省略)。偏光子PF1,PF2はそれぞれ偏光板等であり、特定の偏光成分の光を遮光する。検出器93はスクリーン等の画像表示手段であり、あるいはカメラ等の撮像手段としてもよい。
【0042】
光変調素子5のTMR素子構造1の磁化反転動作は、前記した通りである。光源91から照射したレーザー光を偏光子PF1にて1つの偏光成分の光(以下、このような光を適宜、偏光という)とし、上方から光変調素子5に入射する。光変調素子5に入射した偏光(入射偏光)は、上部電極3を透過してTMR素子構造1に到達し、磁化自由層13で反射、あるいは磁化固定層11まで透過して下部電極2で反射して、再び上部電極3を透過して光変調素子5から上方へ出射する。この出射偏光は、磁化自由層13で反射した、あるいは磁化自由層13を透過した際に、カー効果またはファラデー効果により、その偏光面が回転している(旋光している)。さらに、図2(a)、(b)にそれぞれ示すように、TMR素子構造1の磁化が平行、反平行な光変調素子5にそれぞれ入射した光は、磁化自由層13の磁化方向が180°異なるため、同じ大きさの旋光角すなわち磁化自由層13のカー回転角(またはファラデー回転角)+θk,−θkで互いに逆方向に偏光面が回転する。このように、光変調素子5は、供給される電流の向きに応じて入射した光の偏光面の回転方向を変化させて出射するため、異なる2値の偏光成分の出射偏光とすることができ、空間光変調器等の画素として機能する。
【0043】
光変調素子5からの異なる偏光成分の出射偏光は、例えば次のようにして検出される。図2(a)、(b)に示すすべての光変調素子5からの出射偏光は、偏光子PF2に到達し、偏光子PF2を透過した出射偏光のみが検出器93に到達して検出される。偏光子PF2は、入射偏光に対して+θk回転した偏光を遮光するため、図2(a)に示すTMR素子構造1の磁化が平行な光変調素子5からの出射偏光は検出されず、このような光変調素子5からなる画素は暗く(黒く)検出器93に表示される。一方、図2(b)に示すTMR素子構造1の磁化が反平行な光変調素子5からの出射偏光は検出されて、この画素は明るく(白く)検出器93に表示される。このように、画素毎に明/暗(白/黒)を切り分けられ、電流の向きを切り換えれば明/暗が切り換わる。
【0044】
図2においては、入射偏光と出射偏光の経路を識別し易くするため、入射偏光の入射角を傾斜させて示しているが、これに限られず、特に磁化自由層13の極カー効果でカー回転角を大きくするために、膜面に垂直に入射、すなわち入射角を0°とすることが望ましい。このようにする場合は、入射偏光と出射偏光の経路が一致するため、偏光子PF1と光変調素子5との間にハーフミラーを配置して、出射偏光のみを側方へ反射させてもよく、反射させた先に偏光子PF2および検出器93を配置する。
【0045】
以上のように、本発明に係るスピン注入磁化反転素子によれば、磁化反転動作に要する電流が低いため、光変調素子として画素に備える空間光変調器を省電力化できる。
【実施例1】
【0046】
本発明の効果を確認するために、熱酸化Si基板上に、表1に示す材料を下から順に積層してサンプルを作製し、X線回折(XRD)にて結晶構造を解析した。表1の( )内の数値は膜厚(単位:nm)を示す。実施例No.1は本発明の第1実施形態に係る光変調素子(図1(b)参照)のサンプル、実施例No.2は本発明の第2実施形態に係る光変調素子(図4(a)参照)のサンプルである。下部電極のCu−Cr合金はCr:36.8at%とし、Cuからなるスパッタ源(純度9N)とCrからなるスパッタ源(純度3N)とを取り付けたデュアルイオンビームスパッタ装置にてCu,Crを同時にスパッタリングすることにより成膜した。磁化自由層の「Pt/Co」は、下からPt:1.5nm/[Co:0.3nm/Pt:1.0nm]×3の多層膜である。また、比較例No.2の磁化固定層の「Pt/Co」は、下から[Pt:1.2nm/Co:0.2nm]×10の多層膜である。MgO膜は、障壁層としては膜厚1nm程度であるが、MgOの結晶構造解析の感度を高くするために膜厚50nmとした。また、上部電極は設けず、成形加工も施さなかった。また、比較例として、下部電極をCu層にTa/Ru膜を積層して構成し、MgO膜の上には磁性膜(磁化自由層)等を形成しなかった。X線回折(Cokα線使用、θ−2θ走査)パターンを図5に示す。
【0047】
【表1】

【0048】
MgO(001)面は消滅則で観測不能なため、この面と平行なMgO(002)面の現れる回折角度2θ=50.2°近傍を観察した。図5(c)に示すように、Cu単独で下部電極を形成した比較例No.1では、Cu(111)面が強く、その上にTa/Ru膜を積層しても、Ta膜が薄いためにMgO(002)面は観察できず、あるいは存在したとしてもCu(111)面のピークの裾に隠れる程度の微小なものであった。さらにMgO膜の下地である磁化固定層をfcc構造のPt/Co多層膜で形成した比較例No.2は、MgO(111)面が観測された。これに対して、図5(a)に示すように、下部電極をCu−Cr合金で形成した実施例No.1は、MgO(002)面を観測することができた。また、Cu−Cr合金からCr(110)面も観察されたが、Cr単独の結晶構造の半分程度のピーク強度であることから、Cu−Cr合金は非晶質に近い結晶構造であるといえる。さらに、図5(b)に示すように、Cu−Cr合金層にTa/Ru膜を積層した実施例No.2は、MgO(002)面のピーク強度が実施例1の約2倍となり、いっそう強い(002)面配向のMgO膜を形成できた。また、実施例No.1の下部電極(CuCr合金層)は、表面の算術平均粗さRaが0.3nmであり、Cu層を同じ50nm厚さとした場合の表面の算術平均粗さRa1.3nmと比較して平坦性が良好であった。
【実施例2】
【0049】
下部電極のCu−Cr合金の組成による結晶構造を確認するために、熱酸化Si基板上に組成を変化させた厚さ50nmのCu−Cr合金膜を成膜してサンプルを作製し、X線回折(XRD)にて結晶構造を解析した。Cu−Cr合金は、実施例1と同様にCu,Crそれぞれからなるスパッタ源を取り付けたデュアルイオンビームスパッタ装置にて、イオンビームの出力を変化させてCu,Crを同時にスパッタリングすることにより成膜した。Cr:7.7at%,14.0at%,36.8at%,42.9at%,47.8at%の5通りの組成のCu−Cr合金膜について、X線回折(Cukα線使用、θ−2θ走査)パターンを図6に示す。なお、Cu膜(Cr:0%)のパターンを、図6(a)〜(e)のそれぞれに破線で併記する。
【0050】
図6(a)、(b)に示すように、Cr:7.7at%,14.0at%でCu(111)面が十分に弱くなり(Cu単体の1/4程度のピーク強度)、かつCr(110)面も弱く、図6(c)に示すようにCr:36.8at%になるとCr(110)面が観測されるようになり、さらに図6(d)、(e)に示すように、Cr:42.9at%,47.8at%でCr(110)面が強く観測された。このように、Cu−Cr合金の結晶構造は組成に依存し、公知の成膜方法で組成を制御してCu−Cr合金膜を成膜することにより、非晶質のCu−Cr合金として下部電極を形成することができる。
【符号の説明】
【0051】
1,1A TMR素子構造(トンネル磁気抵抗素子構造)
11,11B 磁化固定層
11a 非晶質層(非晶質の磁性体)
12 障壁層
13,13B 磁化自由層
13a 非晶質層(非晶質の磁性体)
2,2B,2C 下部電極
21 CuCr合金層(非晶質のCu−Cr合金)
22 Ta膜
23 Ru膜
24 Cu層
3 上部電極
5,5A,5B,5C 光変調素子(スピン注入磁化反転素子)

【特許請求の範囲】
【請求項1】
垂直磁気異方性を有する磁化固定層、MgOからなる障壁層、および垂直磁気異方性を有する磁化自由層を積層してなるトンネル磁気抵抗素子構造と、このトンネル磁気抵抗素子構造の上に接続した上部電極と下に接続した下部電極とからなる一対の電極と、を備えるスピン注入磁化反転素子であって、
前記下部電極は、組成がCu1-xCrx(0.07<x<0.42)である非晶質のCu−Cr合金からなり、
前記磁化固定層は非晶質の磁性体からなることを特徴とするスピン注入磁化反転素子。
【請求項2】
垂直磁気異方性を有する磁化自由層、MgOからなる障壁層、および垂直磁気異方性を有する磁化固定層を積層してなるトンネル磁気抵抗素子構造と、このトンネル磁気抵抗素子構造の上に接続した上部電極と下に接続した下部電極とからなる一対の電極と、を備えるスピン注入磁化反転素子であって、
前記下部電極は、組成がCu1-xCrx(0.07<x<0.42)である非晶質のCu−Cr合金からなり、
前記磁化自由層は非晶質の磁性体からなることを特徴とするスピン注入磁化反転素子。
【請求項3】
前記下部電極に、Ta膜、Ru膜をこの順に積層して備えることを特徴とする請求項1または請求項2に記載のスピン注入磁化反転素子。
【請求項4】
前記上部電極を透過して入射した光の偏光の向きを変化させて出射する光変調素子であることを特徴とする請求項1ないし請求項3のいずれか一項に記載のスピン注入磁化反転素子。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2013−21033(P2013−21033A)
【公開日】平成25年1月31日(2013.1.31)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−151239(P2011−151239)
【出願日】平成23年7月7日(2011.7.7)
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成21年度、独立行政法人情報通信研究機構「革新的な三次元映像技術による超臨場感コミュニケーション技術の研究開発 課題ア革新的な三次元映像表示のためのデバイス技術」に係わる委託研究、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
【出願人】(000004352)日本放送協会 (2,206)
【Fターム(参考)】