説明

スピーカ装置の指向性制御方法およびオーディオ再生装置

【課題】一般ユーザが簡易な設定入力をすることにより、各チャンネルのオーディオビームを設定することのできるオーディオ再生装置を提供する。
【解決手段】アレイスピーカを部屋に設置したとき、ユーザがその部屋の形状をオーディオ再生装置に入力する。オーディオ再生装置は、その部屋の形状に基づいて各チャンネルのオーディオ信号をそれぞれどの方向に形成するかのビーム制御パターンを決定し、その方向にビームを形成するためのディレイ時間を含むビーム制御データをパターンメモリから読み出してDSPに自動設定する。これにより、ユーザは部屋の形状を入力するのみで、その部屋に適したビーム制御パターンでビーム制御され、マルチチャンネルオーディオを最適に再生することが可能になる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、アレイスピーカを用いて、マルチチャンネルオーディオ信号を再生するオーディオ再生装置およびその指向性制御方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来より、複数のスピーカユニットをマトリクス状に配列したアレイスピーカを用いてマルチチャンネルオーディオ信号を再生する装置が提案されていた。すなわち、同一のオーディオ信号を各スピーカユニットに同時にまたは少しずつタイミングを変えて入力することにより、重ね合わせの原理に基づきこのオーディオ信号をビーム状に出力することができるものである。図3に示すように、スピーカユニット毎に少しずつタイミングをずらしてオーディオ信号を入力することにより、ビームは斜め方向に形成され、このタイミングのずれ時間(ディレイ時間)を適当に設定することにより、所望の方向にオーディオビームを形成することができる。
【0003】
アレイスピーカのこの性質を利用して、マルチチャンネルオーディオ信号の各チャンネルのオーディオ信号のディレイ時間をそれぞれ適当に設定してアレイスピーカに入力することにより、各チャンネルのオーディオ信号は、たとえば図1(A)に示すように、それぞれ別々の方向にビームとして出力される。
【0004】
図1(A)の例では、センタチャンネルC(のオーディオ信号:以下同じ)は正面の聴取者に向けて直接出力されるが、フロント左チャンネルFL、フロント右チャンネルFRは、側壁で1回反射して聴取者に到達し、サラウンド左チャンネルSL、サラウンド右チャンネルSRは側壁および後壁で2回反射したのち聴取者に到達するため、聴取者には各チャンネルのオーディオ信号がそれぞれ異なる方向から到来したように聴こえ、これによって擬似的にマルチチャンネルオーディオの再生を実現している。
【特許文献1】特表2003−510924号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、図1(A)の部屋の形状は理想的な形状であり、オーディオシステムが設置される部屋が全てこのような形状であるとは限らない。すなわち、図1(B)〜(F)のような形状の部屋にオーディオシステムが設置される場合もあり、この場合、各チャンネルのビーム経路や各チャンネルの仮想的な音像の形成方式は、図1(A)の場合と異なる。
【0006】
しかし、上記のオーディオシステムで、部屋の形状に合わせて各チャンネルのオーディオ信号のビーム方向の設定を、オーディオシステムを購入した一般ユーザが自分で行うことは困難である。
【0007】
この発明は、一般ユーザが簡易な設定入力をすることにより、各チャンネルのオーディオビームを設定することのできるオーディオ再生装置およびスピーカ装置の指向性制御方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
この発明は、複数のスピーカユニットをマトリクス状またはライン状に配列したアレイスピーカを有し、複数のオーディオ信号をそれぞれ独立に指向性を制御して出力可能なスピーカ装置を、左右側壁を有する部屋の正面に設置し、センタチャンネルのオーディオ信号を、聴取位置に向けて出力し、フロント左チャンネルのオーディオ信号を、聴取位置に向けて出力するとともに、左側壁に反射して聴取位置に到達するように指向性を制御して出力し、フロント右チャンネルのオーディオ信号を、聴取位置に向けて出力するとともに、右側壁に反射して聴取位置に到達するように指向性を制御して出力し、サラウンド左チャンネルのオーディオ信号を、左側壁に反射して聴取位置に到達するように指向性を制御して出力し、サラウンド右チャンネルのオーディオ信号を、右側壁に反射して聴取位置に到達するように指向性を制御して出力することを特徴とする。
【0009】
この発明は、複数のスピーカユニットをマトリクス状またはライン状に配列したアレイスピーカを有し、複数のオーディオ信号をそれぞれ独立に指向性を制御して出力可能なスピーカ装置を、左右側壁を有する部屋の正面に設置し、センタチャンネルのオーディオ信号の高域成分を、前記アレイスピーカの中央の一部を用いて出力し、フロント左チャンネルのオーディオ信号の高域成分を、前記アレイスピーカの左側の一部を用いて出力し、フロント右チャンネルのオーディオ信号の高域成分を、前記アレイスピーカの右側の一部を用いて出力し、サラウンド左チャンネルのオーディオ信号を、左側壁に反射して聴取位置に到達するように指向性を制御して出力し、サラウンド右チャンネルのオーディオ信号を、右側壁に反射して聴取位置に到達するように指向性を制御して出力することを特徴とする。
【0010】
この発明は、複数のスピーカユニットをマトリクス状またはライン状に配列したアレイスピーカを有し、複数のオーディオ信号をそれぞれ独立に指向性を制御して出力可能なスピーカ装置を、左(右)側壁および背面壁を有する部屋の正面に設置し、センタチャンネルのオーディオ信号の高域成分を、前記アレイスピーカの中央の一部を用いて出力し、フロント左チャンネルのオーディオ信号の高域成分を、前記アレイスピーカの左側の一部を用いて出力し、フロント右チャンネルのオーディオ信号の高域成分を、前記アレイスピーカの右側の一部を用いて出力し、サラウンド左(右)チャンネルのオーディオ信号を、左(右)側壁および背面壁に反射して聴取位置に到達するように指向性を制御して出力し、サラウンド右(左)チャンネルのオーディオ信号を、前記アレイスピーカの右(左)側の一部を用いて出力するとともに、左(右)側壁および背面壁に反射して聴取位置に到達するように指向性を制御して出力することを特徴とする。
【0011】
この発明は、複数のスピーカユニットをマトリクス状またはライン状に配列したアレイスピーカを有し、複数のオーディオ信号をそれぞれ独立に指向性を制御して出力可能なスピーカ装置を、右(左)側壁および背面壁を有する部屋の正面左(右)角に設置し、センタチャンネルのオーディオ信号の高域成分を、前記アレイスピーカの中央の一部を用いて出力し、フロント左チャンネルのオーディオ信号の高域成分を、前記アレイスピーカの左側の一部を用いて出力し、フロント右チャンネルのオーディオ信号の高域成分を、前記アレイスピーカの右側の一部を用いて出力し、サラウンド左チャンネルのオーディオ信号を、背面(左側)壁に反射して聴取位置に到達するように指向性を制御して出力し、サラウンド右チャンネルのオーディオ信号を、右側(背面)壁に反射して聴取位置に到達するように指向性を制御して出力することを特徴とする。
【0012】
この発明は、複数のスピーカユニットをマトリクス状またはライン状に配列したアレイスピーカを有し、複数のオーディオ信号をそれぞれ独立に指向性を制御して出力可能なスピーカ装置を、左右側壁および背面壁を有する部屋の正面に設置し、フロント左チャンネルのオーディオ信号を、聴取位置に向けて指向性を制御して出力するとともに、左側壁に反射して聴取位置に到達するように指向性を制御して出力し、フロント右チャンネルのオーディオ信号を、聴取位置に向けて指向性を制御して出力するとともに、右側壁に反射して聴取位置に到達するように指向性を制御して出力し、フロント左,右チャンネルの前記聴取位置に向けたオーディオ信号の出力と前記壁に反射させるオーディオ信号の出力の比率をそれぞれ調整することで、左右の音響バランスの改善を可能としたことを特徴とする。
【0013】
なお、上記各発明においては、指定した方向に壁面があればよく、指定した以外の方向には壁面があってもなくてもよい。
【0014】
この発明は、複数のスピーカユニットをマトリクス状またはライン状に配列したアレイスピーカと、マルチチャンネルオーディオ信号の各チャンネルについて、前記アレイスピーカへの出力タイミングを制御する処理回路を各スピーカユニット別に備え、該処理回路に設定されるタイミング制御データにより、前記各チャンネルのオーディオ信号を任意の方向にビーム化して出力するように前記アレイスピーカを制御する信号処理部と、部屋の形状を入力する部屋形状入力手段と、入力された部屋の形状に応じて各チャンネルのオーディオ信号をビーム化する方向を決定し、この方向にビームを形成するためのタイミング制御データを前記各チャンネルの各スピーカユニットに設定する制御手段と、を備えたことを特徴とする。
【0015】
この発明は、前記部屋形状入力手段が、部屋の輪郭形状と大きさを入力する手段であり、前記制御手段が、入力された輪郭形状と大きさに基づいて、前記各チャンネルのオーディオ信号をビーム化する方向を決定する手段であり、前記制御手段が、複数の方向にビームを形成するためのタイミング制御データを記憶した記憶手段を有し、各チャンネルのオーディオ信号をビーム化する方向を決定したとき、その方向に対応するタイミング制御データを記憶手段から読み出して前記各チャンネルの各スピーカユニットに設定することを特徴とする。
【発明の効果】
【0016】
この発明によれば、部屋の形状に基づいてその部屋に適した各チャンネルのビーム方向(ビーム制御パターン)を決定し、その方向にビームが形成されるように信号処理部にタイミング制御データを設定するため、ユーザは、部屋の形状を入力するのみでよく、面倒な設定操作をすることなく、アレイスピーカによるマルチチャンネルオーディオの再生を行うことが可能になる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0017】
図面を参照してこの発明の実施形態であるマルチチャンネルオーディオシステムについて説明する。このオーディオシステムは、5チャンネルのマルチチャンネルオーディオの再生を5個のスピーカシステムを設置することなく1つのアレイスピーカを用いて擬似的に実現するシステムである。
【0018】
アレイスピーカは、図2(A)〜(C)に例示するように複数のスピーカユニットを列状またはマトリクス状に配置したものであり、この実施形態では同図(C)に示す3列のラインアレイを用いるものとする。
【0019】
図3に示すように、各スピーカユニットから同じオーディオ信号を出力し、各スピーカユニットにおける出力タイミングを空間上の所定点(焦点)に到達する時刻が一致するように調整することにより、重ね合わせの原理によってその焦点方向に指向性を有するビーム状にオーディオ信号を出力することができる。
【0020】
アレイスピーカのこの性質を利用して、マルチチャンネルオーディオ信号の各チャンネルのオーディオ信号をそれぞれ異なる方向にビーム化されるようにタイミング制御したのち重畳してアレイスピーカに入力することにより、各チャンネルのオーディオ信号は重なり合うことなく、たとえば図1(A)に示すように、それぞれ別々の方向にビーム化して伝搬される。
【0021】
図1(A)の例は、アレイスピーカによるマルチチャンネル再生の基本形であり、正方形に近い長方形の部屋を縦長に用い、壁面の中央にアレイスピーカを設置した例である。この部屋形状では以下のように各チャンネルのオーディオ信号を出力する。センタチャンネルC(のオーディオ信号:以下同じ)を正面の聴取者に向けて直接出力する。フロント左チャンネルFL、フロント右チャンネルFRは、側壁で1回反射させて聴取者に到達するようにビーム化する。サラウンド左チャンネルSL、サラウンド右チャンネルSRは、側壁および後壁で2回反射したのち聴取者に到達するようにビーム化する。これにより、聴取者には、センタチャンネルCは正面から到来し、フロント左チャンネルFL、フロント右チャンネルFRは、左右斜め前方から到来し、サラウンド左チャンネルSL、サラウンド右チャンネルSRは、左右斜め後方から到来したように聴こえ、これによって擬似的にマルチチャンネルオーディオの再生を実現している。
【0022】
図1(A)の部屋の形状は理想的な形状であり、これ以外の輪郭形状の部屋にオーディオシステムが設置された場合には、その部屋形状に合わせたパターンでビームを制御する。
ここで、図1を参照して、種々の部屋形状に合わせたビーム制御パターンについて説明する。
まず、同図(A)は、上述したように、理想的な(長方形の)形状の部屋の正面中央にアレイスピーカ1を設置した場合のビーム制御パターンである。
【0023】
同図(B)は、後壁の壁面がない部屋(後壁が遠い場合あるいは背面の壁面が音声を吸収する素材である場合を含む)にアレイスピーカ1を設置した場合のビーム制御パターンを説明する図である。
センタチャンネルCについては、上記同図(A)の場合と同様に正面に向けてビームを形成し直接音を聴取者に到達させる。そして、同図(A)のフロントチャンネルに代えてサラウンドチャンネルSL,SRのオーディオビームを左右の壁面に1回反射させて聴取者に到達させる。これは同図(A)の場合のようにオーディオビームを背面の壁面に反射させることができないからである。そして、フロントチャンネルFL,FRについては、アレイスピーカ1の近傍にファントムを形成して仮想的て音源としている。
【0024】
ここで、ファントムとは、同じオーディオ信号が複数の方向から到来したとき、聴取者が、その複数の方向の中間の所定方向(信号のパワーに応じて内分された方向)に仮想的な音像を感じる聴覚上の性質を利用した仮想的な音源である。
【0025】
フロント左チャンネルFLについては、係数αを乗じたパワーでセンタチャンネルCと一緒に正面に向けて出力するとともに、係数βを乗じたパワーでサラウンド左チャンネルSLチャンネルと一緒に左壁面に向けて出力する。これにより、聴取者に対して、正面および左やや前方の2方向からフロント左チャンネルFLのオーディオ信号が到来するが、聴取者はこれを別々に認識することなく、α,βのパワー比率に応じて内分された位置にファントムが形成される。これにより、センタチャンネルCよりも左でサラウンド左チャンネルSLよりも前方にフロント左チャンネルFLの仮想的な音源を生成することができる。
また、フロント右チャンネルFRについても同様である。
【0026】
なお、前記方式でα=0,β=1とすると、フロントチャンネルの経路(定位)がリア(サラウンド)チャンネルと一致する。コンテンツによっては、リアチャンネルが殆どないものがあり、この場合にはフロント左右の定位感、広がり感が知覚されやすい。α=0,β=1の比率で定位制御を行うことが有効である。
【0027】
図1(C)も同図(B)と同様背面側の壁面がない場合のビーム制御パターンを示しているが、このビーム制御パターンでは、アレイスピーカ1を中央および左右の3ブロックに分割して使用することにより、3チャンネルのステレオスピーカシステムのように機能させ、それぞれの分割したブロックからセンタチャンネルC、フロント左チャンネルFL、フロント右チャンネルFRのオーディオ信号を出力するようにしている。
【0028】
この場合のアレイスピーカ1の分割例を図4に示す。この例では、オーディオ信号のうち低音域の信号は聴取者の定位感の形成にあまり寄与しないため、また低音を強調するためには音圧が必要であるため、センタチャンネルC、フロント左チャンネルFL、フロント右チャンネルFRの全チャンネルの低音域は、同図(D)に示すように共通に全スピーカユニットから出力し、高音域のオーディオ信号を同図(A)〜(C)に示すように、センタチャンネルCは中央のブロックのスピーカユニットから出力し、フロント左チャンネルFLは左端のブロックのスピーカユニットから出力し、フロント右チャンネルFRは右端のブロックのスピーカユニットから出力するようにしている。
【0029】
図1(C)において、センタチャンネルC、フロント左右チャンネルFL,FRについては、上記のようにアレイスピーカ1を分割してステレオ出力し、サラウンド左右チャンネルSL,SRについては、同図(B)と同様に左右にビームを形成して左右の壁面に1回反射させたのち聴取者に到達するようにしている。
【0030】
図1(D)は、一方の側壁が無い部屋(後壁が遠い場合あるいは背面の壁面が音声を吸収する素材である場合を含む)にアレイスピーカ1を設置した場合のビーム制御パターンを説明する図である。この例は右側壁が無い場合の例を示している。この場合、フロント左チャンネルFLは同図(A)のような左側壁で1回反射させるビーム形成をすることが可能であるが、右チャンネルが右側壁による反射を使うことができないため、左右のバランスを維持するため、両チャンネルとも同図(C)と同じようにアレイスピーカ1を分割して聴取者に対する直接音を出力するようにしている。
【0031】
一方サラウンドチャンネルは、フロントチャンネルほど左右のバランスを考慮する必要がないため、サラウンド左チャンネルは、同図(A)と同じように左側壁、後壁に2回反射させて聴取者に到達するようなビームを形成する。一方、サラウンド右チャンネルは、フロント右チャンネルFRと同じスピーカユニットから直接音(α*SR)として出力したり、サラウンド左チャンネルSLと同じビーム方向に2回反射音(β*SR)として出力し、音場バランスとサラウンド感を側壁のある場合に近づける。
【0032】
図1(E)は、同図(A)と同じ形状の部屋の正面左角に斜め向けてアレイスピーカ1を設置した場合のビーム制御パターンを説明する図である。この場合、センタチャンネルC、フロント左チャンネルFL、フロント右チャンネルFRは、同図(C)の場合と同様に、アレイスピーカ1を分割して直接音を出力する。サラウンド左チャンネルSLは、背面壁に1回反射させて聴取者に到達する方向にビーム出力する。サラウンド右チャンネルSRは、右側面に1回反射させて聴取者に到達する方向にビーム出力する。これにより、左右のバランスを維持したマルチチャンネル再生が可能になる。なお、スピーカの設置場所は反対側(正面右角)の場合も同様に、サラウンド左チャンネルSLは左側壁に1回反射させ、サラウンド右チャンネルSRは後壁に1回反射させるようにすればよい。
【0033】
なお、この設置方法で、フロントチャンネルの広がりや、フロントチャンネルとリア(サラウンド)チャンネルのつながりの自然さを向上させるために、同図(B)のようにフロントチャンネルをリア経路にも出力してファントム音源を形成する方式も有効である。
【0034】
同図(F)は、横幅の広い部屋におけるビーム制御パターンを説明する図である。この部屋は両側壁および後壁を有するため、同図(A)と同様のビーム制御でマルチチャンネルオーディオの再生が可能である。しかし、フロント左右チャンネルFL,FRを同図(A)の例と同様に側壁で1回反射させて聴取者に到達させるようにした場合、部屋の横幅が広いため、オーディオビームは殆ど真横から聴取者に到達し、聴取者の聴感が不自然なものになるうえ、左右の距離が大きく異なると、左右のバランスが悪くなる。そこで、フロント左右チャンネルFL,FRを、上記側壁で1回反射させるビームとして、αl*FL,αr*FRのパワーで出力するとともに、センタチャンネルCと同じ正面ビーム(直接音)としてもβl*FL,βr*FRのパワーで出力し、それぞれ正面と側壁の間にファントム音源を形成させている。このとき、係数比率を左右それぞれ任意に設定することで、左右バランスの良いファントム位置を形成させることができる。
【0035】
この実施形態のマルチチャンネルオーディオシステムでは、上記様々な部屋形状に対応したビーム制御パターンを実現するためのビーム制御データをパターンメモリに予め記憶しておき、ユーザが入力した部屋形状データに基づいて1つのビーム制御データを選択して信号処理部14(図5参照)に設定するようにしている。これにより、ユーザは、部屋形状を入力するのみで、全チャンネルについてその部屋に最適なビーム方向やファントムの設定を自動的に行うことができる。
【0036】
図5は、同マルチチャンネルオーディオシステムのブロック図である。このオーディオシステムは、アレイスピーカ1および回路部2からなっている。回路部2は、アレイスピーカ1と一体に筐体に収納されていてもよく、別体であってもよい。
【0037】
回路部2は、制御部10、パターンメモリ11、デコーダ13、信号処理部14、アンプ16、ユーザインタフェース17を有している。
デコーダ13は、デジタルオーディオ入力端子12に接続されており、このデジタルオーディオ入力端子12から入力されたデジタルオーディオデータをマルチチャンネルのオーディオ信号にデコードする。この実施形態では、5チャンネルのオーディオ信号にデコードしている。デコードされた5チャンネルのオーディオ信号(センタC、フロント左FL、フロント右FR、サラウンド左SL、サラウンド右SR)は信号処理部14に入力される。
【0038】
信号処理部14はDSPで構成されており、マイクロプログラムにより、フィルタ部(BPF)20、マルチプレクサ部(MUX)21、調整部(ADJ)22、指向性制御部(DirC)23、およびスピーカユニット毎の加算器24の機能部が構成されている。各機能部は、制御部10の設定により、種々の動作を行う。
【0039】
フィルタ部20は、各チャンネルのオーディオ信号を帯域別に分離する機能部である。同図の例では、図1(C)のビーム制御パターンに合わせてセンタチャンネルCおよびフロント左FL、フロント右FRの高音域と低音域を分離している。
【0040】
マルチプレクサ部21は、各チャンネルのオーディオ信号(帯域分離された各信号)のうち同方向のビームとして出力されるものをそれぞれのゲイン係数を乗算して合成する機能部である。たとえば、図1(C)のビーム制御パターンでは、センタチャンネルC、フロント左FL、フロント右FRの低音域を合成する。図1(B)のビーム制御パターンでは、センタチャンネルC、フロント左FL*α、フロント右FR×αを合成するとともに、フロント左FL*βとサラウンド左SLを合成し、フロント右FR×βとサラウンド右SRを合成する。
【0041】
調整部22は、マルチプレクサ部21から出力された各ビームごとの合成信号を、各ビームの経路長や反射回数等による音量や音質の変化を補償する機能部である。調整部22は、ゲイン係数乗算器、イコライザおよびディレイ部を有している。ゲイン係数乗算器は、ビームが聴取者に到達するまでの距離や反射の回数による減衰を補償するために、オーディオ信号にゲイン係数を乗算する。イコライザは、アレイスピーカ1のスピーカユニット自体の周波数特性や壁面での反射による高域の減衰等を補償するために周波数帯毎のゲインを調整する。ディレイ部は、ビームの経路長の差による聴取者への到達時間の差を補償するため、各ビーム(直接音を含む)の聴取者までの距離に応じてディレイさせる機能部である。
【0042】
指向性制御部23は、オーディオ信号を所定の焦点に向けたビームとして出力するために各スピーカユニットに出力するタイミングを制御する機能部である。この機能部はたとえば、シフトレジスタに各スピーカユニット毎の出力タップを設けることで実現される。マルチプレクサ部21から出力されたオーディオ信号毎に指向性制御を行うため、オーディオ信号の数だけ指向性制御部が設けられる。
【0043】
オーディオ信号毎の指向性制御部から出力された各スピーカユニット向けのオーディオ信号は加算器24で各スピーカユニット毎に合成され、D/Aコンバータ15でアナログ信号に変換されたのち、パワーアンプ16に入力される。パワーアンプ16はこのオーディオ信号を増幅してアレイスピーカ1の各スピーカユニットに入力する。スピーカユニットはこのオーディオ信号を空気振動として放音する。
【0044】
制御部10が上記構成の信号処理部14を制御する。制御部10は、パターンメモリ11に記憶されているビーム制御データを読み出し、このビーム制御データに基づいて、フィルタ部20、マルチプレクサ部21、調整部22、指向性制御部23を所定の構成に設定し、マルチプレクサ部21のゲイン係数乗算器、調整部22のゲイン係数乗算器、イコライザ、ディレイ部に所定のパラメータを設定するとともに、指向性制御部23にビーム方向・焦点距離に合わせた出力タップを設定する。
【0045】
図6はパターンメモリ11の記憶内容の例を示す図である。パターンメモリには、図1(A)〜(F)に示した部屋の輪郭形状に応じたビーム制御パターン(パターン1〜6)を実現するためのビーム制御データを記憶している。ビーム制御データは、上述したように、フィルタ部(BPF)20、マルチプレクサ部(MUX)21の構成を設定するためのビームパターン、指向性制御部(DirC)23を制御してビーム方向および焦点距離を設定するためのタップデータ、各ビーム毎のアラインメントを設定するためのディレイデータ、ビーム間のゲイン差を補償するためのゲイン補正値G、各ビーム間の音質の差を補償するためのイコライズデータからなっている。
【0046】
これらのデータは、部屋の輪郭形状のみならず、部屋の大きさ等によっても最適値が変化するため、各ビーム制御パターンのそれぞれについて、異なる部屋の大きさに応じた複数のビーム制御データ(たとえば、パターン1−1,1−2,・・・)を記憶している。すなわち、部屋の大きさによってアレイスピーカ1と聴取者との距離などビーム方向や焦点を決定するための条件が若干異なるため、部屋の大きさも考慮して焦点の位置を設定し、それに合わせたビーム制御データを決定する必要がある。そこで、この実施形態では、1つのビーム制御パターンについて、部屋の大きさに応じた複数種類のビーム制御データを記憶するようにしている。
【0047】
ビーム制御データの選択は、ユーザ(聴取者)にパターン番号を直接入力させて選択するようにしてもよいが、ユーザに部屋の形状を入力させ、その部屋形状にあったビーム制御パターンを選択するようにしてもよい。
【0048】
図7は、同オーディオシステムの制御部の動作を示すフローチャートである。この動作はビーム制御パターン設定動作を示している。このビーム制御パターン設定動作は、アレイスピーカ1を部屋に設置したときに1回行えばよく、ユーザの操作によってビーム制御パターン設定モードになったとき、この処理動作が行われる。
【0049】
まずディスプレイに、図1(A)〜(F)に示す複数の部屋の輪郭形状を表示してユーザに選択させる(s1)。次に部屋の横幅を3つの選択肢のなかから選択させる(s2)。ディスプレイに3つの選択枝を表示し、上下のカーソルキーでいずれかを選択可能にする。確定ボタンがオンされたとき選択されていた大きさを取り込む。
【0050】
次に部屋の奥行を3つの選択肢のなかから選択させる(s3)。以上の選択が行われると、制御部10は、この選択内容に応じたビーム制御データをパターンメモリ11から読み出し(s4)、これをDSPである信号処理部14に設定する(s5)。これにより、上記動作で選択された部屋の輪郭形状、大きさに応じたパターンのビーム制御が可能になる。
【0051】
以上のように、この実施形態では、複数の部屋形状モデルのなかから1つ選択させることで部屋の輪郭形状を特定し、部屋の横幅および奥行を入力させることで部屋の大きさを特定しているが、部屋の形状の特定方式はこの例に限定されるものではない。また、この実施形態では、パターンメモリ11にモデル化された部屋の形状のビーム制御データを予め記憶しているが、部屋の形状が入力されたとき、この情報に基づいてビーム制御データを演算するようにしてもよい。
【0052】
図8は、部屋の形状に基づいてビーム制御データを演算する手順を示すフローチャートである。まず、部屋の形状を特定するための情報として、部屋の幅、奥行、スピーカの座標、聴取位置の座標、壁の有無、壁の硬さ、カーテンの有無、主な家具などの入力を受け付ける(s11)。
【0053】
入力された部屋の形状を特定するための情報に基づいて、図1に示した複数のビーム制御パターンのなかから1つを選択し(s12)、各ビームの経路長と焦点方向を計算する(s13)。算出された経路長に基づき、聴取位置で妥当なビーム幅となるように焦点距離を決定する(s14)。このとき、ビーム幅は遠方で広がり、また焦点距離が長いほどビーム形状が細いことを考慮する。次に、アレースピーカ1の各スピーカユニットの座標と、各ビームの焦点座標に基づき、指向性制御部23に設定する「各ビーム毎のタップデータ」を算出する(s15)。次に各ビームの経路長の差を補償してタイムアラインメントをとるためのディレイ値Dを算出する(s16)。このディレイ値は、調整部22のディレイ部Dに設定される。
【0054】
次に、各ビームの経路長の違いによる減衰量の違い、および、反射による減衰(反射回数、壁の材質(カーテンの有無を含む)による減衰)量の違いを補償するためのゲイン補正値Gを計算する(s17)。ゲイン補正値Gは、調整部22のゲイン係数乗算器に設定される。さらに、各ビームのビーム角度とユニットの指向特性に基づく周波数特性や反射による高域減衰などを補償するためのイコライズデータを算出する(s18)。このイコライズデータは、調整部22のイコライザEQに設定される。
【0055】
この演算手順は、予めビーム制御データを計算してパターンメモリ11に記憶しておく場合、および、入力された部屋形状データに基づいてその場で計算する場合の両方に用いることができる。
【0056】
制御部のビーム制御パターン設定動作およびビーム制御データ演算手順は、上記図7,図8のフローチャートの動作に限定されない。また、ユーザによる手動のイコライザ設定やビーム経路の変更・微調整を受け付けるようにしてもよい。
【図面の簡単な説明】
【0057】
【図1】この発明の実施形態であるオーディオシステムが実行する部屋の輪郭形状に応じたビーム制御パターンの例を示す図
【図2】同オーディオシステムに用いられるアレイスピーカの形態を示す図
【図3】同アレイスピーカが形成するビームの焦点とディレイ時間の関係を説明する図
【図4】アレイスピーカを3チャンネルのステレオユニットとして用いる場合のスピーカユニットの分割例を示す図
【図5】同オーディオシステムのブロック図
【図6】同オーディオシステムのパターンメモリの構成例を示す図
【図7】制御部がパターンメモリからビーム制御データを読み出して信号処理部に設定する場合の動作を示すフローチャート
【図8】ビーム制御データの演算手順を示すフローチャート
【符号の説明】
【0058】
1…アレイスピーカ
2…回路部
10…制御部
11…パターンメモリ
14…信号処理部
20…フィルタ部
21…マルチプレクサ部
22…調整部
23…ビーム制御部
24…加算器

【特許請求の範囲】
【請求項1】
複数のスピーカユニットをマトリクス状またはライン状に配列したアレイスピーカを有し、複数のオーディオ信号をそれぞれ独立に指向性を制御して出力可能なスピーカ装置を、左右側壁を有する部屋の正面に設置し、
センタチャンネルのオーディオ信号を、聴取位置に向けて出力し、
フロント左チャンネルのオーディオ信号を、聴取位置に向けて出力するとともに、左側壁に反射して聴取位置に到達するように指向性を制御して出力し、
フロント右チャンネルのオーディオ信号を、聴取位置に向けて出力するとともに、右側壁に反射して聴取位置に到達するように指向性を制御して出力し、
サラウンド左チャンネルのオーディオ信号を、左側壁に反射して聴取位置に到達するように指向性を制御して出力し、
サラウンド右チャンネルのオーディオ信号を、右側壁に反射して聴取位置に到達するように指向性を制御して出力する
スピーカ装置の指向性制御方法。
【請求項2】
複数のスピーカユニットをマトリクス状またはライン状に配列したアレイスピーカを有し、複数のオーディオ信号をそれぞれ独立に指向性を制御して出力可能なスピーカ装置を、左右側壁を有する部屋の正面に設置し、
センタチャンネルのオーディオ信号を、前記アレイスピーカの中央の一部を用いて出力し、
フロント左チャンネルのオーディオ信号の高域成分を、前記アレイスピーカの左側の一部を用いて出力し、
フロント右チャンネルのオーディオ信号の高域成分を、前記アレイスピーカの右側の一部を用いて出力し、
サラウンド左チャンネルのオーディオ信号の高域成分を、左側壁に反射して聴取位置に到達するように指向性を制御して出力し、
サラウンド右チャンネルのオーディオ信号を、右側壁に反射して聴取位置に到達するように指向性を制御して出力する
スピーカ装置の指向性制御方法。
【請求項3】
複数のスピーカユニットをマトリクス状またはライン状に配列したアレイスピーカを有し、複数のオーディオ信号をそれぞれ独立に指向性を制御して出力可能なスピーカ装置を、左(右)側壁および背面壁を有する部屋の正面に設置し、
センタチャンネルのオーディオ信号の高域成分を、前記アレイスピーカの中央の一部を用いて出力し、
フロント左チャンネルのオーディオ信号の高域成分を、前記アレイスピーカの左側の一部を用いて出力し、
フロント右チャンネルのオーディオ信号の高域成分を、前記アレイスピーカの右側の一部を用いて出力し、
サラウンド左(右)チャンネルのオーディオ信号を、左(右)側壁および背面壁に反射して聴取位置に到達するように指向性を制御して出力し、
サラウンド右(左)チャンネルのオーディオ信号を、前記アレイスピーカの右(左)側の一部を用いて出力するとともに、左(右)側壁および背面壁に反射して聴取位置に到達するように指向性を制御して出力する
スピーカ装置の指向性制御方法。
【請求項4】
複数のスピーカユニットをマトリクス状またはライン状に配列したアレイスピーカを有し、複数のオーディオ信号をそれぞれ独立に指向性を制御して出力可能なスピーカ装置を、右(右)側壁および背面壁を有する部屋の正面左(右)角に設置し、
センタチャンネルのオーディオ信号を、前記アレイスピーカの中央の一部を用いて出力し、
フロント左チャンネルのオーディオ信号の高域成分を、前記アレイスピーカの左側の一部を用いて出力し、
フロント右チャンネルのオーディオ信号の高域成分を、前記アレイスピーカの右側の一部を用いて出力し、
サラウンド左チャンネルのオーディオ信号の高域成分を、背面(左側)壁に反射して聴取位置に到達するように指向性を制御して出力し、
サラウンド右チャンネルのオーディオ信号を、右側(背面)壁に反射して聴取位置に到達するように指向性を制御して出力する
スピーカ装置の指向性制御方法。
【請求項5】
複数のスピーカユニットをマトリクス状またはライン状に配列したアレイスピーカを有し、複数のオーディオ信号をそれぞれ独立に指向性を制御して出力可能なスピーカ装置を、左右側壁および背面壁を有する部屋の正面に設置し、
フロント左チャンネルのオーディオ信号を、聴取位置に向けて指向性を制御して出力するとともに、左側壁に反射して聴取位置に到達するように指向性を制御して出力し、
フロント右チャンネルのオーディオ信号を、聴取位置に向けて指向性を制御して出力するとともに、右側壁に反射して聴取位置に到達するように指向性を制御して出力し、
フロント左,右チャンネルの前記聴取位置に向けたオーディオ信号の出力と前記壁に反射させるオーディオ信号の出力の比率をそれぞれ調整することで、左右の音響バランスの改善を可能とする
スピーカ装置の指向性制御方法。
【請求項6】
複数のスピーカユニットをマトリクス状またはライン状に配列したアレイスピーカと、
マルチチャンネルオーディオ信号の各チャンネルについて、前記アレイスピーカへの出力タイミングを制御する処理回路を各スピーカユニット別に備え、該処理回路に設定されるタイミング制御データにより、前記各チャンネルのオーディオ信号を任意の方向にビーム化して出力するように前記アレイスピーカを制御する信号処理部と、
部屋の形状を入力する部屋形状入力手段と、
入力された部屋の形状に応じて各チャンネルのオーディオ信号をビーム化する方向を決定し、この方向にビームを形成するためのタイミング制御データを前記各チャンネルの各スピーカユニットに設定する制御手段と、
を備えたオーディオ再生装置。
【請求項7】
前記部屋形状入力手段は、部屋の輪郭形状と大きさを入力する手段であり、前記制御手段は、入力された輪郭形状と大きさに基づいて、前記各チャンネルのオーディオ信号をビーム化する方向を決定する手段であり、
前記制御手段は、複数の方向にビームを形成するためのタイミング制御データを記憶した記憶手段を有し、各チャンネルのオーディオ信号をビーム化する方向を決定したとき、その方向に対応するタイミング制御データを記憶手段から読み出して前記各チャンネルの各スピーカユニットに設定する請求項6に記載のオーディオ再生装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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