説明

スフィンゴシンを含有する昆虫病原糸状菌発芽促進剤

【課題】緑きょう病菌(Nomuraea rileyi)の分生子発芽促進剤の提供。
【解決手段】緑きょう病菌の発芽を促進するスフィンゴシン(より具体的には炭素数12〜18のスフィンゴシン群から選択される少なくとも一種のスフィンゴシン)を活性成分として含有する緑きょう病菌発芽促進剤。活性成分として少なくともD-erythro-C14-Sphingosineを含むこと、さらにペプチド性窒素成分を含有することが望ましい。これにより
、昆虫病原糸状菌である緑きょう病菌の発芽を促進して、緑きょう病菌を含む天敵微生物農薬を得ることができる。これは特に、鱗翅目、直翅目、半翅目および鞘翅目などの昆虫駆除のための農薬として有用である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、昆虫病原糸状菌の一種である緑きょう病菌、Nomuraea rileyiの発芽促進剤
およびその発芽促進剤を含む培地、天敵微生物農薬および培養方法に関する。
【背景技術】
【0002】
天敵微生物を利用するという微生物農薬の考えは古くからあるが、最近、食の安全、持続的農業などへの関心から再び注目されてきている。天敵微生物として糸状菌はよく知られており、糸状菌の培養方法も提案されている(特許文献1参照)。
【0003】
昆虫病原糸状菌は昆虫に寄生することにより昆虫を死に到らしめる昆虫天敵糸状菌であり、一般には、ボーベリア(Beauveria)、メタリジューム(Metarhizium)、バーティシリューム(Verticillium)、ペーシロミセス(Pae-cilomyces)、エントモフトラ(Entomophthora)などが、鱗翅目昆虫・鞘翅目昆虫・半翅目昆虫・アザミウマ目昆虫などに特に病原性が高いことで知られている。昆虫病原糸状菌を利用する害虫管理は、たとえば1933年頃からBeauveria bassianaについてマツカレハの防除への利用が検討され、1987年、Metarhidium anisopliaeがコガネムシ類の防除に使用されるなど古くから検討されていた。しかしながら実験室レベルでは殺虫活性が非常に高く、その効果が期待されていても、野外では効果の発現が遅いために自然条件に影響されやすく、乾燥、紫外線、脱皮などにより効果が不安定になりやすいという課題を有している。
【0004】
このため昆虫病原糸状菌は、水平伝搬により二次的感染が期待できるという一般的特徴に加え、寄主範囲が広いという長所を有するにもかかわらず、化学農薬に比して取り扱いが煩雑で、かつ二次的植物病害が懸念されているため、普及が進まないのが現状である。製品化されたものは多くなく、国内では、先のBeauveria bassianaを有効成分とする製剤(商品名「ボタニガードSE」)、Verticillium lecaniiを有効成分とする製剤(商品名「バーターレックス」)などがある。
【0005】
昆虫病原糸状菌のうちでも、Nomuraea rileyi(以下、N.rileyi)はカイコの緑きょう
病菌として知られ、鱗翅目(チョウ目)で30種(カイコ、ハスモンヨトウ等)、直翅目(バッタ目)で2種(クビキリギリス等)、半翅目(カメムシ目)で1種(イネクロカメムシ)、鞘翅目(甲虫目)で1種(ウバタマムシ)への感染が確認されている(非特許文献1参照)。緑きょう病菌は、近年問題となっているハスモンヨトウおよびオオタバコガなどのヤガ科害虫に殺虫活性を有することが確認されていることから、緑きょう病菌の実用化研究が続けられているが、未だ国内では天敵微生物農薬としての実用的な製剤化には至っていない。
【0006】
昆虫病原糸状菌は、胞子の発芽から寄主への侵入にいたる感染が成立する間に、微生物にとって適温適湿などの好適環境が維持されなければならないことなどに起因して、一般的には「菌の発芽を誘導するために使用2時間くらい前に水で懸濁する」、「好適条件(湿度80%以上、18℃から28℃)を10時間以上維持する」などの使用条件が求められる。特に、緑きょう病菌の感染時間については、カイコに対する既存のデータが有り、それによれば、経皮侵入の可能性があるのは早くとも付着後12時間以降であるとされ、12時間以前には感染しないとされていた(特許文献1、非特許文献2参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2007‐195427号公報
【非特許文献】
【0008】
【非特許文献1】天敵微生物の研究手法、日本植物防疫協会、1993年、p201〜215
【非特許文献2】横川正一・島田一、「埼玉県蚕試研究要報(26)」、1953年、p1−13
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
上記のような現状に鑑み、緑きょう病菌の発芽誘導期を短縮することができれば、緑きょう病菌の天敵微生物農薬として実用的な製剤化に極めて有用になると考えられる。本発明は、緑きょう病菌発芽促進剤、さらに発芽促進剤を含む昆虫病原糸状菌を発芽誘導するための培地、培養方法および天敵微生物農薬などを提供することを目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者らは、昆虫病原糸状菌を害虫管理に応用するため、数種の昆虫病原糸状菌を用いて害虫に対する経皮感染所要時間を調査するうちに、緑きょう病菌(Nomuraea rileyi
)の経皮感染所要時間について、従来とは異なる知見を得た(特許文献1)。具体的には昆虫病原糸状菌を用いて害虫(ハスモンヨトウ)に対し、野外での使用を検討するための基礎的データの収集を目的として、虫体表面に分生子が付着して感染が成立するまでを推定する実験を実施した。この研究において昆虫の中に昆虫病原糸状菌の発芽を促進し、寄生のための代謝を誘導している物質が存在していることが推察されたのである(特許文献1)。そこで緑きょう病菌の発芽を促進する生理活性物質を探索することを目的として、本発明者は、その生理活性物質の分離精製とその構造解析に着手した。後記するように(実施例1)、ホモジナイズしたカイコからのメタノールによる粗抽出液(特許文献1)から、最終的に活性が40,000倍以上に向上した高純度精製物を得ることができた。この精製物質について、常法により核磁気共鳴分光分析、質量分析などによって構造解析を行った。その活性成分が、2S-amino-tetradecane-4-ene-1,3R-diol(D-erythro-C14-Sphingosine)であることが最終的に明らかとなった(実施例1)。さらにその関連スフィンゴシンに
ついてもその生理活性が調べられた(実施例2)。
【0011】
本発明は、緑きょう病菌の発芽を促進するスフィンゴシンを含有することを特徴とする緑きょう病菌発芽促進剤である。
【0012】
上記スフィンゴシンは、より具体的には、炭素数12〜18のスフィンゴシン群(たとえばD-erythro-C12-Sphingosine、D-erythro-C14-Sphingosine、D-erythro-C16-Sphingosine、D-erythro-C18-Sphingosineからなるスフィンゴシン群)から選択される少なくとも一種のスフィンゴシンである。
【0013】
さらにペプチド性窒素成分を含有することが望ましい。好ましい前記ペプチド性窒素成分はペプトンまたはアミノ酸である。また、好ましい前記アミノ酸はアラニン、メチオニンまたはヒスチジンである。
【0014】
本発明は、上記の緑きょう病菌発芽促進剤および界面活性剤を含むことを特徴とする緑きょう病菌発芽培地を含む。
【0015】
D-erythro-C12-Sphingosine、D-erythro-C14-Sphingosine、D-erythro-C16-Sphingosine、D-erythro-C18-Sphingosineからなるスフィンゴシン群から選択される少なくとも一種のスフィンゴシンを発芽促進物質として含有し、かつ、ペプトンを含む緑きょう病菌用発芽促進剤を用い、ポリオキシエチレンソルビタンモノラウレート系界面活性剤を含有し、
かつ、pHが4.0〜7.5である培地で緑きょう病菌を培養してその分生子を発芽させる方法もまた、本発明に含まれる。
【0016】
本発明の別の面として、上記の緑きょう病菌の発芽促進剤および緑きょう病菌を含むことを特徴とする天敵微生物農薬がある。好ましくは鱗翅目、直翅目、半翅目および鞘翅目からなる群より選ばれる少なくとも一種の昆虫を駆除するための天敵微生物農薬である。
【0017】
さらに本発明は、カイコの極性有機溶媒抽出物から、少なくとも酸分解および溶媒分配、次いでカラムクロマトグラフィーを含む工程により、緑きょう病菌の発芽を促進するスフィンゴシンを分離精製する方法も包含する。
【発明の効果】
【0018】
本発明によれば、微生物農薬に有用な昆虫病原糸状菌の発芽促進剤が提供される。緑きょう病菌の発芽時間を大幅に短縮させるという、新規の重要な生理活性が見出された炭素数12〜18のスフィンゴシンを利用する本発明発芽促進剤は、緑きょう病菌を天敵微生物農薬として応用する際に、該スフィンゴシンと緑きょう病菌の協同による相乗的効果が期待される。緑きょう病菌の発芽誘導物質を含む発芽促進剤は、ハスモンヨトウ(農業害虫)などの害虫への効率的感染に効果的である。本発明製剤により緑きょう病菌の虫体に対する経皮感染所要時間が短縮し得るため、昆虫病原糸状菌の害虫管理応用の場面において、糸状菌を散布した後、胞子発芽までの期間、好適環境を維持することが容易になる。散布前に園芸栽培で行う芽だしのような前処理をして寄生準備のできた胞子を散布するならば、散布後の保湿と併せさらに速やかな感染成立が期待される。
【図面の簡単な説明】
【0019】
【図1】図1は抽出溶媒の検討を示す。データは非直線最小平方調製(non-linear least square fitting)によって調製した。非線形回帰解析で算出されたED50(mg/ml)の値はWaterで1.45 X 10-3、 Methanolで7.40 X 10-4 、 Ethanol で2.23 X 10-3 、 2-Propanolで 3.14 X 10-3 、 Acetoneで4.19 X 10-3 、 Chloroform:Methanol=1:1 で2.84 X 10-3 であった。
【図2】図2は界面活性剤の濃度と生物検定におよぼす影響を示す。発芽率は3回別々に行った実験の平均±標準誤差(MEAN±SE)を示している。メタノール抽出による溶質重は22.8mg/mlで生物検定時における濃度は最も濃い区で0.76mg/mlとなる。
【図3】図3は分解反応による生物活性の変化を示す。データは非直線最小平方調製(non-linear least square fitting)によって調製した。非線形回帰解析で算出されたED50(mg/ml)の値はメタノール性1N塩酸5.0 X 10-6、 90%メタノール性0.3N水酸化ナトリウムによる分解物で8.1 X 10-5 であった。
【図4】図4は、溶媒分配による当該生理活性物質の活性画分を示す。発芽率は3回別々に行った実験の平均±標準誤差(MEAN±SE)を示している。a画分は酸分解サンプルを石油エーテルとメタノールで分配した際の石油エーテル層で発芽率2.0±1.5%。b画分は酸分解サンプルを石油エーテルとメタノールで分配した際のメタノール層で発芽率90.7±2.0%。c画分はb画分をn-ブタノールと水で分配した際のブタノール層で発芽率91.0±3.4%。
【0020】
c画分はb画分をn-ブタノールと水で分配した際の水層で発芽率1.3±1.3%。
【図5】図5は、順相カラムクロマトグラフィーによる当該生理活性物質の分離を示す。カラムはシリカゲル60(500×20mmI.D.ナカライテスク製、球状・中性)を使用し、6020mgをカラムに負荷した。溶出:は流速1.0ml/minで実施し、クロロホルム300mlを通液後、0min(A液:B液=10:0)→990min(A液:B液=5:5)→999min(A液:B液=0:10)で実施した(A液:クロロホルム、B液:メタノールル)。分画は15min(15ml)ごとに分取し、分取溶液×10-6×1/30の濃度で生物検定を実施した。
【図6】図6は逆相カHPLCによる当該生理活性物質の分離を示す。カラムはナカライテスク製5C18-MS-2(250X20mmI.D.)、40%メタノールで平衡し384mgをカラムに負荷した。5分間40%メタノールを通液後100分かけて100%メタノールまで上昇させる濃度勾配で溶離した。溶出は流速2.0ml/minで実施。分画は2min(4ml)ごとに分取し、分取溶液×10-6×1/30の濃度で生物検定を実施した。
【図7】図7はTLCによる純度の検定を示す。検出はMeOH性5%硫酸を噴霧し、電気コンロで加熱した。Silica Gel 60のプレートは:MERCK TLC plate Silica gel 60 F254(0.25mm)、ODSのプレートは:MERCK TLC plate RP-18 F254(0.25mm)を使用した。
【図8】図8はゲルろ過カラムクロマトグラフィーによる精製とHPTLCを示す。
【図9】図9はゲルろ過クロマトグラフィーにおけるフラクションの生物活性とHPTLC示す。( )の数字はフラクション番号を示す。生物検定は分取溶液×10-6×1/30の濃度で実施した。TLCプレートはSilica gel 60(MERCK HPTLC plate)を使用し、CH3Cl:MeOH:28%NH4OH=70:20:1の溶媒で展開した。スポットは、MeOH性5%硫酸を噴霧後加熱して検出した。
【図10】図10はHPTLCかき取り分取と生物活性示す。TLCプレートはシリカゲル60(MERCK社、HPTLC plate)を使用して、CH3Cl:MeOH:28%NH4OH = 65:25:4の溶媒で展開した。スポットは、MeOH性5%硫酸を噴霧後加熱して検出した。
【図11】図11はゲルろ過クロマトグラフィーによる再分取とHPLCの結果を示す。
【図12】図12は精製サンプルのゲルろ過クロマトグラフィーとHPLCの結果を示す。
【図13】図13は、酸分解前後の活性画分のRf値変化を示す。Silica Gel 60はMERCKTLC plate Silica gel 60 F254(0.2mm)アルミニウムシートを使用し、CH3Cl:MeOH:28%NH4OH=70:20:1で展開した。ODSはMERCK TLC plate RP-18 F254(0.2mm) アルミニウムシートを使用し、MeOH:28%NH4OH= 95:5展開した。
【図14】図14は精製工程を示す。
【図15】図15はNMRスペクトルから解析された精製活性物質の部分構造を表わす。
【図16】図16は、上記精製活性物質のアセチル化体についての1H-NMRスペクトル解析を示す。
【図17】図17は、炭素鎖の異なるスフィンゴシンによる生物検定の結果を示す。データは非直線最小平方調整(non-linear least square fitting)によって調整した。非線形回帰解析で算出されたED50(mg/ml)の値は、C12-Sphで5.88x10-7 、C14-Sphで1.02x10-8、 C16-Sphで9.20x10-6であった。緑きょう病菌の分生子溶液は5%Twee20水溶液で調製し、生物検定溶液に終濃度で1.7%含む。
【図18】図18は炭素鎖の異なるスフィンゴシン(Sph)による生物検定の結果を示す。データはスプライン曲線(smoothing spline regression)により調整した。緑きょう病菌の分生子溶液は0.05%Twee20水溶液で調製し、生物検定溶液に終濃度で0.017%含む。
【図19】図19は、窒素養分の違いによる、C14-スフィンゴシンによる緑きょう病菌発芽効果への影響を表わすグラフである。上段の図は10時間培養した場合の発芽率を、下段の図は20時間培養した場合の発芽率を各々示す。各発芽率は3回別々に行った実験の平均±標準誤差(MEAN±SE)を示している。21種のアミノ酸濃度は、生物検定培地における終濃度で0.33%であり、A〜Gは上の図中カッコ内のアミノ酸混合物(A;非極性アミノ酸、B;非電荷性アミノ酸、C;塩基性アミノ酸、D;酸性アミノ酸、E;荷電性アミノ酸、F;極性アミノ酸、G;全アミノ酸)であり、アミノ酸量は終濃度で0.33%、Peptonは終濃度で0.33%、硫酸アンモニウム及び硝酸アンモニウムは終濃度で33mMである。生物検定培地に当該生理活性物質としてC14-Sphを終濃度で33.3ppt添加した。C14-Sphを添加しなかった場合、Pepton区において10時間後では0.0%、20時間後においては24.4%の発芽率であった。
【発明を実施するための形態】
【0021】
緑きょう病菌発芽促進剤
本発明は、緑きょう病菌の発芽を促進するスフィンゴシンを含有することを特徴とする緑きょう病菌発芽促進剤である。
【0022】
本発明では、対象糸状菌として、昆虫病原糸状菌として知られているノムラエア属(Nomuraea)、なかでもNomuraea.rileyi (N.rileyiとも記す。以下、緑きょう病菌)が好ましく使用される。本発明で、緑きょう病菌は、通常は分生子というその胞子形態で用いられる。
【0023】
緑きょう病菌の「発芽」とは、分生子の発芽、すなわち全分生子の伸長をいう。分生子は、分生胞子とも称される糸状菌類にみられる無性的な胞子の1種で、分生子柄上に生じて球形、長円形、線形、その他いろいろな形状をとり、細胞壁は厚膜胞子と異なり、あまり厚くない。一般に糸状菌胞子は1個当り2〜10μmの大きさを有する。この大きさは菌種によって異なるが、同一菌ではほぼ一定で、一般に培地組成や培養法によって大きく変わることはないとされている。「緑きょう病菌の発芽を促進する」こととは、緑きょう病菌の発芽を誘導し促進すること、すなわち分生子の発芽誘導期を短縮することである。
【0024】
緑きょう病菌の発芽を促進するスフィンゴシン(sphingosine)は、本発明の緑きょう
病菌発芽促進剤の活性成分であり、構造的要件として好ましくは、炭素数12〜18のスフィンゴシン群から少なくとも一種のスフィンゴシンが選択される。なお、本明細書で、「スフィンゴシン」とは、緑きょう病菌の発芽を促進するスフィンゴシンの総称であるが、以下に示すような天然型のスフィンゴシン(2位と3位との炭素がD-erythro型であり
、4位と5位との間の二重結合がトランス構造のもの)単独からなるもののみならず、化学合成等により生ずるそれらの立体異性体を含むもの(ラセミ体等)であってもよい。
【0025】
炭素数12〜18のスフィンゴシン群として、具体的には炭素鎖が12〜18の範囲に含まれる4種類のスフィンゴシン(C12-スフィンゴシン、C14-スフィンゴシン、C16-スフィンゴシン、C18-スフィンゴシン)からなるスフィンゴシンの群が例示され、このスフィゴシン群から少なくとも1種のスフィンゴシンが選択されることが望ましい。かかるスフィンゴシン群のなかで、特に好ましいものとして、次の4種のスフィンゴシンからなる群が示される。
【0026】
【化1】

【0027】
【化2】

【0028】
【化3】

【0029】
【化4】

【0030】
従って、好ましいスフィンゴシンの使用態様としてD-erythro-C12-Sphingosine、D-erythro-C14-Sphingosine、D-erythro-C16-Sphingosine、D-erythro-C18-Sphingosineからなるスフィンゴシン群から、少なくとも1種のスフィンゴシンが選択され、本発明製剤の緑きょう病菌発芽促進剤の活性成分として用いられる。これらのスフィンゴシンは、それぞれ単独で用いてもよく、あるいはそれらを組合わせて用いてもよく、その組合わせ方は随意である。分生子の発芽促進作用の観点からは、上記スフィンゴシン群の中でもS-amino-tetradeca-4-ene-1,3R-diol(D-erythro-C14-Sphingosine)(以下、C14-スフィンゴシン)が特に好ましく、このスフィンゴシン単独でもよく、あるいは少なくともこれを含む組合わせも好ましい。
【0031】
上記スフィンゴシンによる緑きょう病菌(Nomuraea.rileyi)の発芽促進は、その発芽
誘導期を短縮する生理活性作用として発現される。この作用の研究の結果、緑きょう病菌において、上記スフィンゴシンを後述するSMY培地に添加すると、それを含まない通常の培地と比較し分生子の発芽所要時間が半分以下になった。具体的にはその発芽が培養開始3時間後から観察され、従来の報告よりも早く感染が成立していることが推察された。緑きょう病菌の分生子発芽に対する一般的理解として、適当な温湿度を得ると10時間くらいで膨大し、15〜20時間で主として胞子の一端から発芽管を出すという従来の発芽時間が大幅に短縮される。糸状菌の応用において、特定の物質が糸状菌の発芽を早めるという現象を利用した例はなく、特に、緑きょう病菌についての例はない。このような生理活性物質は、緑きょう病菌の寄主(昆虫)認識に関して重要な役割を担うとともに、寄生のため発芽などの代謝を誘導していると考察される。
【0032】
本発明の緑きょう病菌発芽促進剤に含有される上記スフィンゴシンは、溶媒中でもモノマー状態で存在することが活性を発揮させる上で重要であって、そのスフィンゴシンの使用量は、その炭素鎖で区別される種類、共存する界面活性剤の種類や濃度、さらには溶質の種類等によって影響を受け、最適濃度は変化する。
【0033】
例えば、C14-スフィンゴシンを後述する界面活性剤であるポリオキシエチレンソルビタンモノラウレート(Tween20(R))が1.7%濃度で調製された水溶液に添加する場合には、その濃度が10-7〜10-1mg/mlの範囲で高い活性を示す。同じ条件でC12-スフィンゴシン
やC16-スフィンゴシンの場合には、10-2mg/ml以上の濃度で高い活性を示す。またTween20(R)の濃度が0.017%に調製された水溶液に添加する場合には、C14-スフィンゴシンでは
10-4〜10-6mg/mlの範囲で高い活性を示し、C12-スフィンゴシンでは10-2〜10-4mg/mlの範囲で高い活性を示す。
【0034】
本発明の緑きょう病菌発芽促進剤は、上記スフィンゴシンに加えて、栄養源になってその発芽促進作用を増強させるペプチド性窒素成分をさらに含有することが望ましい。そのペプチド性窒素成分がペプトンまたはアミノ酸であることが好ましい。なかでもペプトンが最も望ましく、またアミノ酸のうち、アラニン、メチオニンまたはヒスチジンが好ましく、アラニンが特に好ましい。
【0035】
本発明に係る緑きょう病菌発芽促進剤に栄養源として好ましく添加される上記のペプチド性窒素成分の量は、その種類等によって一概に決まるものではないが、例えば0.05〜5
重量%の範囲で添加すると、発芽促進作用を増強させることができる。
【0036】
本発明に係る緑きょう病菌発芽促進剤には、本発明の目的を損なわない範囲で、通常製剤に用いられる他の物質を配合することができる。たとえば、容易に入手できる成分を用いて、従来から使用されている方法で処方してもよい。したがって、活性成分(上記スフィンゴシン、ペプチド性含窒素成分)を、必要であればさらに他の活性基質とともに、一以上の従来の担体(クレー、ゼオライト、タルク、炭酸カルシウム、ケイソウ土、ベントナイト、結晶質シリカ、デンプン、ホワイトカーボン、塩化カリウム、糖類)、希釈剤(水、有機溶剤など)および賦形剤と一緒に取り込ませて、固形剤、溶液剤、懸濁剤、乳濁剤などの剤型と共に調製してもよい。さらに補助剤として、増量剤、結合剤、物理性改良剤、界面活性剤、品質保持のために安定化剤、酸化防止剤、紫外線防止剤などの物質を1種または2種以上を必要に応じて配合してもよい。
【0037】
このような本発明の緑きょう病菌発芽促進剤は、天敵微生物農薬においてその効力を発揮する緑きょう病菌の散布前処理などに使用することができる。
【0038】
緑きょう病菌発芽培地
本発明の別の態様は、上記緑きょう病菌発芽促進剤および界面活性剤を含むことを特徴とする緑きょう病菌発芽培地である。本培地は、緑きょう病菌増殖用培地であってもよい。上記発芽促進剤を含む培地は、固体(寒天)、液体のどちらの形態でもよいが、発芽促進剤の液体での使用がより有効であるため、液体培地が好ましい。具体的な培地として、従来公知の培地、たとえばSMY培地(典型例:ショ糖1%、乾燥酵母エキス4%、マルト
ース4%、寒天1.5%)などに発芽促進剤を添加したものであってもよい。好適な培地については、特許文献1に記載がある。
【0039】
界面活性剤としては、非イオン系界面活性剤、陰イオン系界面活性剤、陽イオン系界面活性剤、両性界面活性剤などが用いられるが、特に非イオン系界面活性剤が望ましい。
【0040】
非イオン系界面活性剤としては、例えば、ソルビタン脂肪酸エステル、ポリオキシエチレンソルビタン脂肪酸エステル、ショ糖脂肪酸エステル、ポリオキシエチレン脂肪酸エステル、ポリオキシエチレン脂肪酸ジエステル、ポリオキシエチレンアルキルエステル、ポリオキシエチレンアルキルフェニルエーテル、ポリオキシエチレンジアルキルフェニルエーテル、ポリオキシエチレンアルキルフェニルエーテルホルマリン縮合物、ポリオキシエチレン・ポリオキシプロピレンブロックポリマー、アルキルポリオキシエチレン・ポリオキシプロピレンブロックポリマーエーテル、ポリオキシエチレンアルキルアミン、ポリオキシエチレン脂肪酸アミド、ポリオキシエチレン脂肪酸ビスフェニルエーテル、ポリオキシアルキレンベンジルフェニル(またはフェニルフェニル)エーテル、ポリオキシアルキレンスチリルフェニル(またはフェニルフェニル)エーテル、ポリオキシエチレンエーテルおよびエステル型シリコンおよびフッ素系界面活性剤、ポリオキシエチレンヒマシ油、ポリオキシエチレン硬化ヒマシ油などが挙げられる。
【0041】
この中でもポリオキシエチレンソルビタン脂肪酸エステルが好ましく、とりわけTween
(R)系(ポリオキシエチレンソルビタンモノラウレート:Poly(oxyethylene)sorbitan monolaulate系)、特にTween20(R)、Tween40(R)の界面活性剤が好ましい。その培
地中の界面活性剤濃度は、スフィンゴシンや他の添加物の溶解ないし乳濁を可能とし、また緑きょう病菌の増殖を抑制しない範囲内で広く調整することができ、例えば、0.005〜5重量%で添加使用することができる。
【0042】
緑きょう病菌の培養方法
本発明に係る緑きょう病菌の培養方法は、上記培地を使用する以外は、特に制限されず、通常の糸状菌培養条件にしたがって実施してもよい。本発明の発芽促進剤、これを含む培地および培養方法によれば、昆虫病原糸状菌のうちでも、緑きょう病菌の分生子の発芽を誘発し、発芽を促進することができる。
【0043】
上記緑きょう病菌の好ましい発芽方法は、D-erythro-C12-Sphingosine、D-erythro-C14-Sphingosine、D-erythro-C16-Sphingosine、D-erythro-C18-Sphingosineからなるスフィンゴシン群から少なくとも一種のスフィンゴシンを発芽促進物質として含有し、かつ、ペプトンを含む緑きょう病菌用発芽促進剤を用い、ポリオキシエチレンソルビタンモノラウレート系界面活性剤を含有し、かつ、pHが酸性ないし中性領域、例えばpH4.0〜7.5、好ましくはpH6.0〜7.5である培地で緑きょう病菌を培養してその分生子を発芽させる方法であり、これも本発明に包含される。その最も好ましい態様として次の培養方法が例示される。発芽促進物質として少なくともD-erythro-C14-Sphingosineを含有し、かつ、ペ
プトンを含む緑きょう病菌発芽促進剤を用い、Tween20(R)を含有するpH6.8〜7.2の培
地(例えばSMY培地)で、緑きょう病菌を培養してその分生子を発芽させる方法である。この方法において、D-erythro-C14-Sphingosineなどのスフィンゴシン、ペプトン、ポ
リオキシエチレンソルビタンモノラウレート系界面活性剤(Tween 20など)の含有量または使用量は、それぞれ上記した範囲内であることが好ましい。緑きょう病菌の上記発芽方法は緑きょう病菌の通常の培養だけでなく、後記するように上記培地を用いて本発明の天敵微生物農薬である糸状菌製剤を調製する手順の一部として用いてもよい。
【0044】
天敵微生物農薬製剤
本発明では、また上記のようにして培養された緑きょう病菌を含む天敵微生物農薬を提供することができる。本発明の天敵微生物農薬は、糸状菌製剤として緑きょう病菌および上記緑きょう病菌の発芽促進剤(適宜補助剤が配合されていてもよい)を少なくとも含む構成である。上述した発芽培地およびそこで培養した緑きょう病菌をそのまま、または必要に応じて精製した上で含有することもできる。本発明の天敵微生物農薬は、最終的に散布される態様として、上記緑きょう病菌発芽促進剤で処理した緑きょう病菌の培養懸濁液、その乳剤またはそれを担体に吸着させた固形製剤の形態をとることができる。緑きょう病菌の発芽培地や培養方法について前述したような界面活性剤およびpHに係る要件は、この農薬製剤に適用することもできる。
【0045】
本発明の天敵微生物農薬は、好ましくは鱗翅目、直翅目、半翅目および鞘翅目からなる群より選ばれる少なくとも一種の昆虫駆除に有効な天敵微生物農薬である。前記したように緑きょう病菌の鱗翅目、直翅目、半翅目、鞘翅目などへの感染が確認されていることから、本発明の微生物農薬は、これら害虫、特に近年問題となっているハスモンヨトウ、オオタバコガ、フタオビコヤガなどといった、ヤガ科害虫の駆除のために有用である。
【0046】
本発明の散布液等への分生子の添加量は、106分生子/ml以上であると微生物農薬製剤として高い効力を発揮する。本発明の緑きょう病菌と発芽促進剤を混合した調製液に含有される上記緑きょう病菌の発芽促進剤の量は、スフィンゴシンについての濃度として、1 ppb以上であると高い効果を発揮する。発芽促進効果を害虫防除のために有効に活用する上
で、調製液を圃場に散布する2〜8時間前、好ましくは4時間程度前にあらかじめ混合する
ことにより高い効果を発揮する。
【0047】
本発明の天敵微生物農薬製剤の剤型としては、粒状の製剤(粒剤、顆粒水和剤)、錠剤、懸濁剤、溶液剤などの形態に製剤化して用いられる。なお必要であれば、化学殺虫物質の併用も排除しない。例えば、有機リン系、カーバメート系、ピレスロイド系、クロロニコチニル系、フェニルピラゾール系、ネライストキシン系、およびベンゾイルフェニル尿素系の殺虫剤、天然殺虫剤、殺ダニ剤および殺線虫剤などが挙げられる。
【0048】
上記方法で培養された緑きょう病菌は、散布前の発芽前処理がなされており、寄生準備のできた胞子を散布することができ、散布後の保湿と併せさらに速やかな感染成立が期待される。このため、胞子の発芽から寄主への侵入にいたる感染が成立するまでの間に、微生物にとって適温適湿等の好適環境が維持されなければならないという制約に対しても、本発明の天敵微生物農薬製剤は支障なく対応できる。
【0049】
微生物資材を利用した微生物農薬では、いかに有効成分である微生物を安定に製剤化できるか、あるいは長期保管中に微生物の活力低下または死滅などを抑制できるかが重要な課題となっているが、本発明に係る農薬の微生物は緑きょう病菌の胞子形態であるため、長期にわたり極めて安定である。本発明の農薬を散布する前に、緑きょう病菌を上記発芽促進剤で処理することにより、寄生準備のできた胞子を散布することが可能となる。具体的には本発明の天敵微生物農薬製剤として、上記緑きょう病菌発芽促進剤を添加した培養液に、緑きょう病菌の胞子(または緑きょう病菌製剤)を加えて発芽させて散布用の最終糸状菌製剤を調製する方式が好ましく採用される。もっとも本発明の目的から逸脱しない限り、他の態様であってもよい。
【0050】
農薬の散布は、水和剤、水溶剤、乳剤、液剤または油剤の散布形態が挙げられる。本発明の天敵微生物農薬製剤の散布方式、条件などは、他の天敵微生物農薬製剤または通常の化学農薬製剤と同様な方法によって施用することができる。
【0051】
以上を要するに、本発明の緑きょう病菌発芽促進剤およびこれを含有する緑きょう病菌発芽培地、天敵微生物農薬製剤について、スフィンゴシンによる上記生物活性をより効果的に発揮させるためには、以下の要件を充足することが望ましい。
(i) 昆虫病原糸状菌である緑きょう病菌(Nomuraea.rileyi)の発芽誘導期を短縮する
生理活性物質としてスフィンゴシンが好ましく、特に炭素鎖14のスフィンゴシンの効果が最も高い。
(ii) 水溶液中で効果的に上記活性を発揮させるためには、両親媒性のスフィンゴシンにミセルを形成させずにモノマーの状態を維持させることが重要である。そのためには、スフィンゴシンを可溶化させる界面活性剤を添加することによって臨界ミセル濃度を上げることが望ましい。
(iii) 最適なpH条件は酸性ないし中性領域のpH4.0〜7.5、好ましくはpH6.0〜7.5、特に好ましくはpH6.8〜7.2であり、この範囲内にあると高い活性が示される。
(iv) 窒素養分が共存すると、スフィンゴシンによる高い生物活性が得られる。そのためにはペプトンのようなペプチド性の窒素成分の併用が最も効果が得られる。アラニン、メチオニン、ヒスチジンなどのアミノ酸もまた次に高い生物活性へと導ける。一方、無機体窒素ではまったく活性が得られない。
【0052】
スフィンゴシンを分離精製する方法
さらに本発明は、カイコの極性有機溶媒抽出物から、少なくとも酸分解および溶媒分配、次いでカラムクロマトグラフィーを含む工程により、緑きょう病菌の発芽を促進するスフィンゴシンを分離精製する方法も包含する。その好ましい態様として、カイコ蛹からメ
タノールにより抽出し、塩酸-メタノールで酸分解反応をさせ、石油エーテル-メタノール分配におけるメタノール層を濃縮後、n-ブタノール-水分配のn-ブタノール層を活性画分
として順相カラムクロマトグラフィーを適用し、さらに活性画分を逆相カラムクロマトグラフィー、続いてゲルろ過カラムクロマトグラフィーに適用することより当該生理活性物質が精製される。
【実施例】
【0053】
次に本発明を実施例により具体的に説明するが、本発明はこれら実施例に限定されるものではない。
【0054】
[実施例1]
その1:緑きょう病菌発芽誘導期を短縮する生理活性物質の分離方法の検討
1.抽出溶媒の検討
緑きょう病菌発芽誘導期を短縮する生理活性物質を分離して、その構造解析を行うために、効率よく抽出する溶媒を決定する。
(1)ホモジナイザーを使用して乾燥したカイコの蛹を粉末状に粉砕し、その粉末1gをガラス製の蓋付き試験管にとり、それぞれに抽出溶媒を5ml加え、ボルテックスミキサーで
懸濁した後、一晩放置して、その上清を抽出液とした。使用した抽出溶媒は、メタノール、エタノール、2-プロパノール、アセトン及びクロロホルムとメタノールの1:1混合溶媒
の5種類であった。その抽出液を直径12mm、高さ105mmのガラス製試験管にとり、減圧式遠心濃縮器を使用して40℃で12時間乾燥させ、1mlあたりの溶質の重量を計測した。
(2)ここで得られた抽出液100μlをメタノール900μlに希釈(×10-1)し、その溶液をさらにメタノールをもちいて10倍希釈で10-7倍まで希釈して、それを活性成分溶液とした。マイクロプレートの各穴に活性成分溶液を1μl入れ、クリーンベンチ内で5分間風乾さ
せた後、20mMリン酸緩衝液(pH7.0)10μl、1%ペプトン水溶液10μl、後述すると同じ分生
子懸濁液を用い、その10μl入れ、マイクロプレートミキサーで5分間振とう混和し23℃で培養した。10時間後に、倒立顕微鏡でマイクロプレート底面から倍率300倍で、分生子発
芽管の伸長の有無を観察した。
(3)1mlあたりの溶質量から算出される検定溶液の濃度(mg/ml)と、その用量に対する反応(発芽率%)をプロットし、非線形回帰解析により50%有効量(ED50)を算出した。
その結果を、各溶媒から抽出された溶質に対する緑きょう病菌の反応(発芽)として、図1に示した。抽出効率は水よりも有機溶媒のほうが高く、メタノール>エタノール>2-プロパノール>クロロホルム:メタノール混合液>水の順であった。さらに、EC50(mg/ml
)の値で比較すると水で1.45 × 10-3、 メタノールで7.40 × 10-4 、 エタノールで2.23 × 10-3 、 2-プロパノールで 3.14 × 10-3 、 アセトンで4.19 × 10-3 、クロロホ
ルム:メタノール混合液で2.84 × 10-3 で、最も高いメタノールでは水の約20倍の純度
で抽出された。
(4)以上により、メタノールのような極性の高い有機溶媒による抽出方法が最も有効であったことから、緑きょう病菌発芽誘導期を短縮する生理活性物質は、極性の高い脂溶性物質と推測した。
【0055】
【表1】

【0056】
2.界面活性剤の検討
疎水性の強い緑きょう病菌分生子を水系の生物検定系に均等に分散させる能力と、脂溶性物質の高い可溶化能と、生物検定に影響をおよぼさない濃度範囲との観点から、適切な界面活性剤の選定を行った。界面活性剤の可溶化能の程度は、親水性-親油性バランス(hydrophile-lipophil balance;HLB)で示されるが、HLB値は0〜20の数値で表され、0に近
いほど親油性が高く、20に近いほど親水性が高くなる。さらにポリオキシエチレン付加型非イオン界面活性剤では、水溶液濃度が低いときにでも会合数がきわめて大きい層状のミセルを形成し、そのミセルへの炭化水素類の可溶化が著しく大きい。そこでポリオキシエチレン付加型非イオン界面活性剤の一つであるツインシリーズの中で、HLB値が16.7と最
も高いPolyoxyethylene(20) Sorbitain monolaurate (Tween20)の生物検定系への適用
性を検討した。
【0057】
(1)Tween20の5%、0.5%、0.05%の水溶液を調製した後、オートクレーブ滅菌して緑きょう病菌分生子の懸濁用の界面活性剤溶液とした。メタノール抽出液(溶質濃度:22.8mg/ml)からメタノールを使用し10-1から10-3倍まで10倍希釈し、メタノール抽出原液及び3種類の希釈液を活性成分溶液とした。マイクロプレートの各穴に活性成分溶液を1μl入れ、クリーンベンチ内で5分間風乾させた後、20mMリン酸緩衝液(pH7.0)10μl、1%ペプトン水
溶液10μl、3種類濃度の界面活性剤溶液で調製した分生子懸濁液10μl入れ、マイクロプ
レートミキサーで5分間振とう混和し23℃で培養した。10時間後に、倒立顕微鏡でマイク
ロプレート底面から倍率300倍で、分生子発芽管の伸長の有無を観察した。
【0058】
(2)その結果、5%および0.5%Tween20水溶液を使用した生物検定では、図2に示した
ように10-3倍に希釈した活性成分溶液を供試した区で約50%の発芽率で、10-2倍から抽出
物原液(生物検定系での終濃度0.76mg/ml)の活性成分溶液を供試した区まで100%近い高
い発芽率を示した。0.05%Tween20水溶液を使用した生物検定では10-3倍に希釈した活性成分溶液を使用した場合約50%の発芽率で、10-2倍から10-1倍の活性成分溶液を供試した区
までは100%近い高い発芽率を示し、5%および0.5%Tween20水溶液を使用した生物検定と同
様の結果であったが、抽出原液を供試した区においては約60%まで低下した。
【0059】
(3)0.05%Tween20水溶液では、界面活性剤の濃度が低いために脂溶性物質に対する可溶化能が低下して、正しい生物検定が行えなかった。しかし、5%の高い濃度においても生物検定において悪い影響は見られず、生物検定に使用可能と判断した。
【0060】
3.分解反応による生物活性の変化
種々の分解反応を実施し、緑きょう病菌発芽誘導期を短縮する生理活性が失活するか否
かを検証した。
【0061】
(1)脂質中の0-アシルエステル結合、N-アシルアミド、グルコシド結合などは、塩酸-メタノールで分解されて脂肪酸メチル、メチルグルコシドなどを生ずる(宮澤陽夫,藤野泰朗 .2000. 脂質・酸化脂質分生法入門 . 学会出版センター.161-166)。そこでこのメ
タノリシスを行うために、メタノール抽出液1mlをテフロン(登録商標)ライナー蓋付き
ガラス製試験管にとり、減圧式遠心濃縮期を使用し40℃で12時間乾燥させ、メタノール性1N塩酸を3 ml加え、沸騰水中で4時間加熱し分解処理液を得た。
【0062】
(2)脂質中の0-アシルエステル結合は低濃度のアルカリで分解される(宮澤, 2000)。そこで、メタノール抽出液1mlをテフロン(登録商標)ライナー蓋付きガラス製試験管
にとり、同様に乾燥させ、90%メタノール性0.3N水酸化ナトリウムを3 ml加え、70℃で2時間加熱し分解処理液を得た。
【0063】
(3)グリセロリン脂質中のグリセロールリン酸結合、グリセロ糖脂質中のグリセロール-糖結合などは、酢酸系溶媒中で酢化分解(アセトリシス)されてアセチルグリセリド
を生ずる(宮澤, 2000)。そこで、メタノール抽出液1mlをテフロン(登録商標)ライナ
ー蓋付きガラス製試験管にとり、同様に乾燥させ、90%酢酸性0.5N硫酸を3 ml加え、80℃
で16時間加熱し分解処理液を得た。
【0064】
(4)各分解処理液について、メタノールを使用して10-2から10-6倍まで10倍希釈し、6段階に調整した。マイクロプレートの各穴に希釈した分解処理液を1μl入れ、クリーン
ベンチ内で10分間風乾させた後、20mMリン酸緩衝液(pH7.0)10μl、1%ペプトン水溶液10μl、5%のTween20水溶液で106分生子/mlに調整した分生子懸濁液10μl入れ、マイクロプ
レートミキサーで5分間振とう混和し23℃で培養した。10時間後に、倒立顕微鏡でマイク
ロプレート底面から倍率300倍で分生子発芽管の伸長の有無を観察した。
【0065】
(5)その結果を図3に示したが、メタノール性塩酸により分解されたサンプルは、EC50(mg/ml)の値が、メタノール抽出原液の約148.0倍へと高まり、活性が向上した。また、メタノール性水酸化ナトリウムにより分解されたサンプルは、メタノール抽出原液と比較して87.1倍に活性が向上した。しかし、アセトリシスさせたサンプルでは、メタノール抽出原液と同程度か、それ以下であった。
【0066】
(6)メタノリシスおよび弱アルカリ分解においてはむしろ活性の向上がみられたが、このことは、活性物質が極性の高い別の化合物に変化し水溶性が増したためなのか、前駆体から誘導化され活性物質の濃度自体が向上したためなのかは不明である。しかし、メタノールのような極性の高い有機溶媒では脂質二重膜を構成するリン脂質等の両親媒性の物質が多量に抽出され、次の精製工程での溶媒分配において激しく撹拌すると乳濁し二層分離が困難となる。しかしメタノリシス分解反応によりエステル結合が切断されれば、両親媒性の強いしかも多量に含まれているリン脂質等の両親媒性が低下して溶媒分配の際に乳濁せずに、液-液の二層形成が容易になるメリットがあることから、以後の検討では酸分
解サンプルについて解析を進めることとした。
【0067】
4.溶媒分配による分画の検討
酸分解サンプルと、互いに混合しない2種の溶媒を使用して、緑きょう病菌発芽誘導期
を短縮する生理活性物質の溶解度の差に基づく分配方法の検討を行い、混合物から不純物を除き当該生理活性物質の純度の向上をめざした。
【0068】
(1)メタノール抽出液1mlを蓋付きガラス製試験管にとり、減圧式遠心濃縮機を使用
して40℃で12時間乾燥させ、その後メタノール性1N塩酸を3ml加え、沸騰水中で3時間加熱
分解して処理液を得た。分解処理液に石油エーテル6mlを加えてから振とうし、静止後に
上層(石油エーテル層)と下層(メタノール層)とを形成させた。その後メタノール層を石油エーテルで洗う操作を繰り返して、石油エーテル層画分及びメタノール層画分を得た。それぞれの画分は減圧式遠心濃縮器を使用して、40℃で12時間乾燥させ、メタノール1mlに溶解させた。
【0069】
(2)同様の操作により石油エーテル - メタノール分配により得られたメタノール層
を乾固したサンプルに、n-ブタノール3mlと水3mlとを加え、振とう後に上層(n-ブタノール層)と下層(水層)とを形成させた。水層はn-ブタノールで洗浄を繰りかえし、n-ブタノール層画分及び水層画分を得た。それぞれの画分は減圧式遠心濃縮機を使用し、40℃で12時間乾燥させ、メタノール1mlに溶解させた。
【0070】
(3)各画分のメタノール溶液をメタノールで1000倍希釈してその1μlをマイクロプレートの各穴に入れ、クリーンベンチ内で5分間風乾させた後、20mMリン酸緩衝液(pH7.0)10μl、1%ペプトン水溶液10μl、5%のTween20水溶液で106分生子/mlに調整した分生子懸
濁液を10μl入れ、マイクロプレートミキサーで5分間振とう混和し23℃で培養した。10時間後に、倒立顕微鏡でマイクロプレート底面から倍率300倍で分生子発芽管の伸長の有無
を観察した。
【0071】
(4)その結果を図4に示したように、石油エーテル - メタノール分配において、石
油エーテル層で2.0±1.5%、メタノール層において90.7±2.0%の発芽率を示し、メタノー
ル層において高い活性を示した。また、n-ブタノール-水分配において、n-ブタノールで91.0±3.4%、水層において1.3±1.3%の発芽率を示し、n-ブタノール層において高い活性を示した。
【0072】
(5)石油エーテル - メタノール分配による石油エーテル層には、酸分解により生成
した脂肪酸メチル等が分配されて除かれ、またn-ブタノール-水分配による水層には、メ
タノール抽出の際に脂溶性物質の極性基と会合し、随伴して溶出された極性の高い低分子化合物が分配されて除かれたと考えられる。さらに、酸分解の際に使用した塩酸は、n-ブタノール-水分配の際に水層に溶解して除かれるので、酸分解物の溶媒分配によって、石
油エーテル-メタノール分配におけるメタノール層を濃縮後、n-ブタノール-水分配のn-ブタノール画分に純度の上昇した活性画分が得られた。
【0073】
5.カラムクロマトグラフィーの分離条件検討
前記により得られた活性画分を、吸着カラムクロマトグラフィー法で分離するための条件を検討した。ここではシリカゲルを吸着担体とする順相クロマトグラフィーと、オクタデシル基を化学結合したシリカゲル(ODS)を吸着担体とする逆相クロマトグラフィーに
ついて、高速液体クロマトグラフィーを用いて吸着及び溶離条件の検討を行った。
【0074】
(1)溶媒分配で得られたn-ブタノール層は、ロータリーエバポレーターを用いて水と共沸させながら濃縮乾固し計量した。乾固したサンプルは、順相クロマトグラフィー用のサンプルとしてクロロホルムを、また逆相クロマトグラフィー用のサンプルとしてメタノールをもちいて1mg/mlに調整し、HPLC用の注入原液とした。
【0075】
(2)順相カラムクロマトグラフィーのカラムは、ナカライテスク「5SL-II」(150
×4.6mmI.D.)を使用し、クロロホルムに溶解したサンプル10μl(1ml/ml)を注入して、1ml/minの流速により50分間イソクラティックで溶離した。溶離液にはクロロホルム:メタノール:水の比が、極性の低い順に100:0:0、140:20:1、100:20:1、80:20:2、65:25:4の5種類を供試した。溶出した50mlの分取液をロータリーエバポレーターで濃縮後に少量のメタノールで溶解し、マイクロチューブに移して減圧式遠心濃縮器を使い40℃で
4時間乾燥させ、100μlのメタノールに溶解して生物検定用溶液とした。
【0076】
(3)逆相カラムクロマトグラフィーのカラムは、ナカライテスク 「5C18-MS-II」
(150×4.6mmI.D.)を使用し、メタノールに溶解したサンプル10μl(1ml/ml)を注入し、1ml/minの流速により50分間イソクラティックで溶離した。溶離液として20%、40%、60%、70%、80%のメタノール溶液を供試し、溶出した50mlの分取液をロータリーエバポレーターで濃縮後、少量のメタノールで溶解し、マイクロチューブに移して減圧式遠心濃縮器を使い40℃で4時間乾燥させ、100μlのメタノールに溶解し生物検定用溶液とした。
【0077】
(4)生物検定用溶液を1倍〜10-5倍まで段階的にメタノールで10倍希釈した。また、
注入原液においても同様の希釈倍率となるようにメタノールを用いて、10倍希釈液〜10-6倍まで段階的に10倍希釈し、比較対照とした。それぞれの希釈液はマイクロプレートの各穴に1μlを入れ、クリーンベンチ内で5分間風乾させた後、20mMリン酸緩衝液(pH7.0)10μl、1%ペプトン水溶液10μl、5%のTween20水溶液で106分生子/mlに調整した分生子懸濁
液10μlを入れ、マイクロプレートミキサーで5分間振とう混和し、23℃で培養した。10時間後に、倒立顕微鏡でマイクロプレート底面から倍率300倍で分生子発芽管の伸長の有無
を観察した。EC50の値は、希釈率(倍)で算出した。
【0078】
(5)1ml/minで50分間溶出した結果、順相カラムクロマトグラフィーにおいては、ク
ロロホルム:メタノール:水の比が100:0:0、140:20:1の溶離液では当該生理活性物
質はほとんど溶出されず、100:20:1より溶媒極性が高い溶離液においては、85%以上の
活性回収率であった。他方、逆相カラムクロマトグラフィーにおいては、40%メタノール
までは、生理活性物質はほとんど溶出されず、60%メタノールによりわずかに溶出され、70%より高い濃度のメタノール液では90%程度の高い活性回収率であった。
【0079】
(6)順相カラムクロマトグラフィーにおいては、初期溶媒をクロロホルムとして活性物質がシリカゲルカラムに吸着され、メタノール濃度を上げていくグラジエント溶離で分離がされる。また、逆相カラムクロマトグラフィーにおいては、40%メタノールでODSカラムに吸着され、メタノール濃度を上げていくグラジエント溶離で分離がされる。
【0080】
(7)カラムクロマトグラフィーの分離条件の検討結果を表2にまとめて示した。
【0081】
【表2】

【0082】
6.以上の実験結果から、緑きょう病菌発芽誘導期を短縮する生理活性物質は、水よりも極性有機溶媒のほうが3〜20倍効率よく抽出され、メタノールによる抽出が最も効率的
であって、生理活性物質は脂溶性の有機化合物であることが推測された。メタノールにより抽出したサンプルは、塩酸-メタノールで分解反応をさせることにより活性が100倍以上に向上した。塩酸-メタノールによる酸分解処理液に、直接石油エーテルを加えて2層分
配すると、当該生理活性物質はメタノール層から回収された。さらに、活性画分をn-ブタノール-水分配すると、n-ブタノール層からに当該生理活性物質が回収されることが明ら
かになった。
【0083】
溶媒分配によりある程度濃縮された活性画分は、順相カラムクロマトグラフィーによって初期溶媒をクロロホルムにすると、活性物質がシリカゲルカラムに吸着され、メタノール濃度を上げていくグラジエント溶離で分離がされる。また、逆相カラムクロマトグラフィーにおいて、40%メタノールでODSカラムに吸着され、メタノール濃度を上げていくグラジエント溶離法で分離されることがわかった。
【0084】
その2:緑きょう病菌発芽誘導期を短縮する生理活性物質の大量調製方法の検討
1.溶媒分配クロマトグラフィー法による活性画分の分取
緑きょう病菌発芽誘導期を短縮する生理活性物質の構造解析に必要な数mgの高純度精製物を得ることを目的にして、前記した分離法をスケールアップして検討を加えた。
【0085】
(1)乾燥したカイコの蛹5kgを、ホモジナイザーを使用して粉末状に粉砕した。得ら
れた粉末を10000mlのガラス製試薬瓶に入れ、メタノール5000mlを加えて撹拌し、一晩放
置した。透明になった上清1000mlについて、吸引式濾過器を用いてガラスフィルター(桐山製作所 GFP 0.8ミクロン)でろ過した。得られた1000mlの抽出液をロータリーエバポレーターで濃縮乾固し、その後凍結乾燥機で一晩乾燥させ、溶質を計量した。
【0086】
(2)前記溶質に、メタノール性1N塩酸を1000ml加え、テフロン(登録商標)ライナー
蓋付きガラス製試薬瓶に密閉し、沸騰水中で4時間加熱して分解処理液を得た。
【0087】
(3)分解処理液1000mlを2000mlの分液ロートに移し、石油エーテル1000mlを加え、振とうした後4時間静置して、上層に石油エーテル層、下層にメタノール層を形成させた。
別の分液ロートにメタノール層を移し、500mlの石油エーテルを加えてメタノール層を分
別し、さらに同様の操作を石油エーテル層が透明になるまで数回繰り返した。得られたメタノール層は、ロータリーエバポレーターで100ml以下程度に濃縮し、メタノールで100mlに調整し、そのうち10μlを990μlのメタノールに希釈して生物検定用溶液とした。メタ
ノール層はロータリーエバポレーターで濃縮し、濃縮された油状物質にはベンゼンを小分けに繰り返し加えて脱水し濃縮した。得られた濃縮物は一晩凍結乾燥機で乾燥してから計量した。
【0088】
(4)前記したメタノール層を乾固したサンプルに、n-ブタノール300mlと水300mlを加えて激しく振とうし、溶解させてから1000mlの分液ロートに移した。同様にn-ブタノールと水を100mlずつ加え溶解させ分液ロートに加えた。同様の操作をもう一度実施してからn-ブタノールと水とを各500mlを加え、2層溶媒を得た。振とうした後4時間静置し、上層
にn-ブタノール層、下層に水層を形成させた。下層の水層を分別し、残ったn-ブタノール溶液に500mlの水を加えて同様に水層を分別し、同様の操作を水層が透明になるまで数回
繰り返した。得られたブタノール層は、水を少量繰り返し加えながらロータリーエバポレーターで濃縮した。濃縮物について一旦メタノールで100mlに調整、そのうち10μlを990
μlのメタノールに希釈し生物検定用溶液とした。n-ブタノール画分は、ロータリーエバ
ポレーターで濃縮し、濃縮された油状物質にはベンゼンを小分けに繰り返し加えて脱水し濃縮し、得られた濃縮物は一晩凍結乾燥機で乾燥し、計量した。
【0089】
(5)調製した抽出液、100μlをメタノール900μlに希釈(×10-1)し、その溶液をさらにメタノールをもちいて10倍希釈で10-7倍まで希釈し、活性成分溶液とした。マイクロプレートの各穴に活性成分溶液を1μl入れ、クリーンベンチ内で5分間風乾させた後、20mMリン酸緩衝液(pH7.0)10μl、1%ペプトン水溶液10μl、分生子懸濁液10μl入れ、マイク
ロプレートミキサーで5分間振とう混和し、23℃で培養した。10時間後に、倒立顕微鏡で
マイクロプレート底面から倍率300倍で分生子発芽管の伸長の有無を観察した。非線形回
帰解析によりED50(mg/ml)を算出した。
【0090】
表3に溶媒分配による分取結果を示したように、石油エーテル - メタノール分配にお
けるメタノール層からは11440mgの油状物質を得て、そのED50(mg/ml)の値は2.7×10-5
あって、前工程の酸分解処理物から1.88倍に活性が向上した。さらにメタノール層は99.5%と高い活性収率であった。一方、石油エーテル - メタノール分配により得られたメタノール画分を、n-ブタノール-水分配によって得られたn-ブタノール層からは6020mgの油状
物質が得られ、そのED50(mg/ml)の値は1.4×10-5であって、前工程の1.89倍、酸分解サンプルと比較すると3.55倍に活性が向上した。さらにn-ブタノール層には、前工程から99.6%、酸分解サンプルと比較しても99.1%と高い活性収率であった。
【0091】
【表3】

【0092】
2.順相カラムクロマトグラフィーによる活性画分の分取
前記した溶媒分配で活性の向上した6020mgのサンプルについて、100mlのクロロホルム
に溶解させて、シリカゲルクロマトグラフィーによる分離を検討した。
【0093】
(1)吸着担体はナカライテスク製カラムクロマトグラフ用シリカゲル60平均粒子径150μm(球状・中性)(Silica Gel 60,spherical,neutrality)を使用し、70℃で一晩乾燥させ、クロロホルムを用いてスラリー状に調整し、耐圧ガラス製クロマト管(500×20mmI.D.)に充填した。充填したカラムは、シリカゲルが透明のガラス状になるまでクロロホルム
を1ml/minで通液し、コンディショニングした。
【0094】
サンプル全量をHPLCポンプを利用しでカラムに吸着させ、その後クロロホルム300mlを
通液して吸着されない画分を溶出させた。次いで990分かけてメタノールの割合を50%まで上げ、さらに999分にメタノール100%まで上昇させる濃度勾配で溶離した。流速は1ml/minで実施した。
【0095】
(2)フラクションコレクターを用いて、15分(15ml)おきに分取した。分取したフラクションは、減圧式遠心濃縮機を使って40℃で一晩乾燥させた。溶出溶質の乾固物を計量し、分離された溶質を溶質量で検出した。
【0096】
各分画1μlをメタノール999μlに希釈(1000倍希釈)し、さらに希釈液を同様に1000倍希したものを生物検定用溶液とした。マイクロプレートの各穴に生物検定用溶液を1μl入れ、クリーンベンチ内で5分間風乾させた後、20mMリン酸緩衝液(pH7.0)10μl、1%ペプト
ン水溶液10μl、分生子懸濁液10μl入れ、マイクロプレートミキサーで5分間振とう混和
し23℃で培養した。10時間後に、倒立顕微鏡でマイクロプレート底面から倍率300倍で分
生子発芽管の伸長の有無を観察した。
【0097】
(3)生物検定により高い活性を示したフラクションは活性画分としてまとめて濃縮し、計量した後、段階希釈し用量に対する反応(発芽率)を上記同様の生物検定で調査し、非線形回帰解析によりED50(mg/ml)を算出した。
【0098】
クロロホルムで溶離される物質が徐々に低下しながら200分まで溶出された。その後、255分から270分の画分に467mgの溶出をピークにいくつかのピークがみられながら徐々に溶出されなくなり、800分以降は10mg/フラクション以下で推移した。図5に示したように、活性成分は500分〜600分にかけて溶出されたが、活性と同期するような明確なピークは認められなかった。510〜600分に分取されたフラクションをまとめて濃縮し、384mgの活性
画分を得た。活性画分のED50(mg/ml)の値は1.9×10-7と注入サンプルと比較して7.25倍の活性の向上がみられた。活性収率は46.2%であった。
【0099】
3.逆相カラムクロマトグラフィーによる活性画分の分取
前記した順相カラムクロマトグラフィーにおいて分取した活性画分には、その周辺に隣接するピークが存在したことから、複数成分の混合物とも考えられたので、逆相カラムクロマトグラフィーによってさらに活性の向上した画分の分取を目指した。
【0100】
(1)順相カラムクロマトグラフィーにおいて活性の向上した384mg のサンプルを2ml
の40%メタノールに溶解させた。
【0101】
逆相カラムはナカライテスク製5C18-MS-2(250X20mmI.D.)を使用した。40%メタノールで平衡化して調整したサンプル全量を注入した後、5分間40%メタノールを通液し、その後100分かけて100%メタノールまで上昇させる濃度勾配で溶離した。流速2.0ml/minで実施し
た。
【0102】
フラクションコレクターを用いて2分(4ml)おきに分取した。分取したフラクションは減圧式遠心濃縮器を使い40℃で一晩乾燥させた。溶出された溶質の乾固物を計量し、分離された溶質を溶質量で検出した。
【0103】
(2)各分画1μlをメタノール999μlに希釈(1000倍希釈)し、さらに希釈液を同様に1000倍希したものを生物検定用溶液とした。マイクロプレートの各穴に生物検定用溶液を1μl入れ、クリーンベンチ内で5分間風乾させた後、20mMリン酸緩衝液(pH7.0)10μl、1%
ペプトン水溶液10μl、分生子懸濁液10μl入れ、マイクロプレートミキサーで5分間振と
う混和し23℃で培養した。10時間後に、倒立顕微鏡でマイクロプレート底面から倍率300
倍で分生子発芽管の伸長の有無を観察した。
【0104】
上記生物検定により高い活性を示したフラクションは活性画分としてまとめて濃縮し、計量したしたのち、段階希釈し用量に対する反応(発芽率)を上記の生物検定で調査し、非線形回帰解析によりED50(mg/ml)を算出した。
【0105】
(3)その結果を図6に示したが、20〜60分にかけて複数のピークがみられ、その後に明確なピークはなく数mgで推移し、86〜90分にかけて40mg/フラクションと最も大きなピ
ークがみられた。その後は明確なピークはなく数mgで推移した。86〜90分にかけて溶出した画分に強い活性を示し、溶出されたが溶質のピークと同期した。86〜90分に分取されたフラクションをまとめて濃縮し、50.7mgの活性画分を得た。活性画分のED50(mg/ml)の値
は3.1×10-8と注入サンプルと比較して6.25倍の活性の向上がみられた。活性収率は82.5%であった。
【0106】
4.活性画分の純度検定
逆相HPLCにおいて分取した活性画分50.7mgにおいては、生物活性のピークと検出ピークが同期し、隣接する明瞭なピークが認められなかったことから、分取した活性画分は著しく純度が上昇していると考えられた。そこで薄層クロマトグラフィー(TLC)を用いて分
取物の純度を確認した。
【0107】
(1)順層TLCでは、TLCプレートとしてMERCK TLC plate Silica gel 60 F254(0.25mm)を用いた。展開溶媒はクロロホルム:メタノール:水=65:25:4の混合溶媒を作成し、こ
の混合比を基準に、酢酸を添加したクロロホルム:メタノール:酢酸=65:25:4およびア
ンモニアを加えたクロロホルム:メタノール:28%アンモニア水=65:25:4について検討した。
【0108】
逆相TLC(ODS)では、TLCプレートとしてMERCK TLC plate RP-18 F254(0.25mm)を用い
た。展開溶媒は100%メタノールを基準に酢酸を5%添加した展開溶媒及び28%アンモニア水
を5%添加した展開溶媒について検討した。
【0109】
(2)プレートにMeOH性5%硫酸を噴霧し、電気コンロでスポットが現れるまで数秒間加熱して検出した。
【0110】
その結果を図7に示したが、順相TLCにおいては、クロロホルム:メタノール:水=65:25:4により展開した場合、スポットはRf0.66〜Rf0.40にかけてテーリングするスポットが検出された。クロロホルム:メタノール:酢酸=65:25:4により展開した場合、スポット
はRf0.56〜Rf0.39とクロロホルム:メタノール:水=65:25:4と比較すればややまとまっ
たスポットとして検出されたが、いぜんテーリングした。クロロホルム:メタノール:28%アンモニア水=65:25:4により展開した場合、テーリングのない明瞭なスポットが検出さ
れた。しかし、主として検出されたRf0.56のスポットとわずかRf0.61にわずかにスポットが検出された。
【0111】
逆相TLCにおいては、100%メタノールにより展開した場合、スポットはRf0.18〜Rf0.92
まで激しくブリーディングした。酢酸を5%添加した場合にも、スポットはRf0.36〜Rf0.85とやや保持が弱くなったが、同様にブリーディングした。28%アンモニア水を5%添加した
展開溶媒については、ブリーディングは収まったが、Rf0.31〜Rf0.46とやや拡散したスポットであった。
【0112】
5.ゲルろ過カラムクロマトグラフィーによる分離
逆相HPLCで分取したサンプルをTLCで純度を検定した結果、順相TLCにおけるクロロホルム:メタノール:28%アンモニア水=65:25:4により展開した際に2つのスポットが検出されたため、分取したサンプルは複数成分の混合物であると考えられた。そこで、これらの複数成分を分離するために、これまでの分離モードとは異なるゲルろ過カラムクロマトグラフィーによる分離を試みた。
【0113】
(1)ゲルは、Sephadex LH-20(Amersham Biosiences)を使用し、メタノールで一晩
十分膨潤させた後、上清の浮遊物を数回メタノールで洗浄して除いた。耐圧ガラス製クロマト管(1000×10mmI.D.)にメタノールを満たし、スラリー状になったゲルを充填した。充填したカラムは、メタノールを0.3ml/minで数時間通液後、カラム上端までゲル満たされ
ていなければゲルを追加し、同様の操作を繰り返しカラムのパッキングをした。その後、0.1ml/minで数時間通液し、カラムベッドを安定させた。
【0114】
逆相HPLCにより活性の向上した50.7mgのサンプルを、100μlのメタノールに溶解させてサンプル全量を注入し、メタノールを0.1ml/minの流速で流し分離した。
【0115】
示差屈折計(RI)で検出し、フラクションコレクターを用いて10分(1ml)おきに分取
した。分取したフラクションは、TLCプレートSilica gel 60(MERCK HPTLC plate)を使用
し、クロロホルム:メタノール:28%アンモニア水==70:20:1により展開して、MeOH性5%
硫酸でスポットを検出し分離状況を確認した。
【0116】
(2)その結果を図8に示したように、サンプル由来のピークが519分及び561分にピ
ークが見られ、RI検出により2つの成分が認められた。サンプル由来のピークが見られた部分のフラクション番号48〜57(RT470〜570min)についてHPTLCによってスポットを検出すると、RI検出器における519分のピークにはRf0.40(成分A)の成分とRf0.29(成分B)の2つの成分が含まれていた。また。RI検出器における561分のピークには成分Bと同じRf0.29(成分C)の成分であった。したがって、逆相HPLCで単一と考えられた分画は、3つ
の成分の混合物であることが考えられた。
【0117】
(3)成分Aと成分Bはゲルろ過クロマトグラフィーによりピークが重なり、完全には分離されないが、成分Aのほうが成分Bよりもわずかに溶出時間が短いため、この2つの成分については、再度クロマトグラフィーを実施することにより分離は可能と考えられた。成分Cについてはクロマトグラム上もA及びB成分のピークと分離され、単離することが可能
と考えられる。
【0118】
6.活性成分の特定
逆相HPLCで単一と思われた分画は、実は3つの成分の混合物であったことから、各フラクションの生物検定とTLCによるかき取り分取による生物検定を実施して、いずれかの成
分が緑きょう病菌発芽誘導期を短縮する生理活性物質であるのかを検討した。
【0119】
(1)RI検出器で抽出サンプル由来のピークが検出された、RT470min〜RT590min(フラクション番号48〜59)について、各分画1μlをメタノール999μlに希釈(1000倍希釈)し、さらに希釈液を同様に1000倍希したものを生物検定用溶液とした。マイクロプレートの各穴に生物検定用溶液を1μl入れ、クリーンベンチ内で5分間風乾させた後、20mMリン酸
緩衝液(pH7.0)10μl、1%ペプトン水溶液10μl、分生子懸濁液10μl入れ、マイクロプレートミキサーで5分間振とう混和し23℃で培養した。10時間後に、倒立顕微鏡でマイクロプ
レート底面から倍率300倍で分生子発芽管の伸長の有無を観察した。
【0120】
(2)図8において成分Aと成分Bが同程度含まれていると考えられるフラクション番号51の画分を用いた。Silica Gel 60プレート (MERCK HPTLC plate)においては70:20:1 (CH3Cl:MeOH:28%NH4OH)で展開し、ヨウ素蒸気によりスポットを検出した。検出したスポットは鉛筆でマーキングし、ドラフトチャンバー内に放置しスポットが退色後プレートから検出されたスポット及びその上下の部分についてシリカゲルをかき取る方法で分画した(図10における分画番号1〜4)。分画した担体はマイクロチューブに入れて1mlのメタノ
ールを加えてボルレックスミキサーで撹拌し抽出した。抽出液は6000rpmで10秒間遠心し
て、さらにその上清をメタノールで1000倍希釈して同様に生物検定に供した。
【0121】
(3)ゲルろ過クロマトグラフィーによる分取フラクションの生物検定の結果、フラクション番号52〜54の画分において強い活性が認められた。この活性画分に高濃度で含まれている成分Bが活性成分と考えられた。また、TLCかき取り分取における生物活性の結果、分画番号2(活性成分B)において強い活性が認められた。これらの結果をあわせると、成分Bが活性成分と判断された。
【0122】
7.ゲルろ過カラムクロマトグラフィーによる精製
成分Bが活性成分と考えられたため、活性成分Bの成分が非常に高いと考えられたフラクション番号52〜54(図9)について、ゲルろ過カラムクロマトグラフィーによる再分離を実施して成分Bを単離し、ゲルろ過カラムクロマトグラフィーとHPTLCで分取成分の純度を検定した。
【0123】
(1)フラクション番号54については成分Bの純度が非常に高いと考えられたため、こ
こでは、フラクション番号52、53をまとめて濃縮し、100μlのメタノールに溶解させた。その後、前記したゲルろ過カラムクロマトグラフィーによる分離方法と同様にして分取した。フラクション番号52、53分取した成分Bは再度濃縮し、同様にゲルろ過カラムクロマ
トグラフィー及びHPTLCにおいて純度を検定した。生物検定により高い活性を示したフラ
クションは活性画分としてまとめて濃縮し、計量したしたのち、段階希釈して用量に対する反応(発芽率)を前記同様の生物検定で調査し、非線形回帰解析によりED50(mg/ml)を
算出した。
【0124】
(2)フラクション番号52、53をまとめて濃縮し、ゲルろ過クロマトグラフィーによる再分取した結果を図11に示す。サンプルは500〜540分にかけて溶出し、各フラクションをHPTLCで検出すると、フラクション番号51,52ては成分Aと成分Bの混合物であったが、フラクション番号53,54は成分Aのみ検出されなかった。
【0125】
(3)フラクション番号54とフラクション番号53,54をまとめて濃縮し、同様の条件で
ゲルろ過カラムクロマトグラフィー及びHPTLCによって純度を検定した結果を図12に示
した。分取したサンプルはいずれのクロマトグラフィーでも単一のピーク及び単一のスポットが得られ、成分Bが高純度に濃縮されものと考えられた。
【0126】
図12における、フラクション番号52〜54をまとめて濃縮し、12.4mgの活性画分を得た。活性画分のED50(mg/ml)の値は1.6X10-8と、逆相クロマトグラフィーにより分取した活
性画分と比較して1.96倍の活性の向上がみられた。活性収率は47.9%であった。
【0127】
8.酸分解前後での活性成分の変化
これまで精製を進めてきたサンプルは、粗抽出物に対して酸分解処理を施したものであったことから、酸分解による活性成分の化学変化の有無を確認するために、順相と逆相のTLCを用いてメタノール抽出源液と精製物の挙動を比較した。
【0128】
(1)順相TLCプレートは、MERCK TLC plate Silica gel 60 F254(0.2mm)アルミニウムシートを使用した。酸分解前のメタノール抽出源液1μlを原点にスポットし、CH3Cl:MeOH:28%NH4OH=70:20:1で、35mm展開した。展開したアルミニウムシートは5mm間隔にはさみを使って7等分し、分割したシートはマイクロチューブに入れて1mlのメタノールを加え、ボルテックスミキサーで吸着担体から抽出した。抽出液は6000rpmで10秒間遠心して、その
上清を生物検定に供試した。
【0129】
精製物は1ml/mlに調整したものを1μlスポットし、同様に分離し、分画したシートはマイクロチューブに入れて1mlのメタノールを加えてボルレックスミキサーで撹拌し、抽出
した。抽出液は6000rpmで10秒間遠心分離して、さらにその上清をメタノールで1000倍希
釈し生物検定に供試した。
【0130】
(2)逆相TLCプレートは、MERCK TLC plate RP-18 F254(0.2mm) アルミニウムシート
を使用した。酸分解前のメタノール抽出源液1μlを原点にスポットし、MeOH:28%NH4OH= 95:5で35mm展開した。展開したアルミニウムシートは5mm間隔にはさみを使って7等分した
。分割したシートはマイクロチューブに入れ1mlのメタノールを加えて、ボルテックスミ
キサーで吸着担体から抽出した。抽出液は6000rpmで10秒間遠心分離して、その上清を生
物検定溶液とした。
【0131】
精製物については1ml/mlに調整したものを1μlスポットし、同様に分離し、分画したシートはマイクロチューブに入れて1mlのメタノールを加えてボルレックスミキサーで撹拌
し抽出した。抽出液は6000rpmで10秒間遠心して、さらにその上清をメタノールで1000倍
希釈し生物検定溶液とした。
【0132】
(3)マイクロプレートの各穴にメタノール抽出サンプルから調整した生物検定用溶液を10μl入れ、また精製物から調整した生物検定用溶液については1μl入れ、クリーンベ
ンチ内で10分間風乾させた後、20mMリン酸緩衝液(pH7.0)10μl、1%ペプトン水溶液10μl
、分生子懸濁液10μl入れ、マイクロプレートミキサーで5分間振とう混和し23℃で培養した。10時間後に、倒立顕微鏡でマイクロプレート底面から倍率300倍で分生子発芽管の伸
長の有無を観察した。
【0133】
(4)その結果を図13に示したが、順相TLCプレート(Silica gel 60)ではメタノール抽出原液と酸分解物を精製したサンプルはいずれもRf2.9〜Rf4.3の画分に活性のピークが得られた。逆相TLCプレート(ODS)においても、メタノール抽出原液と酸分解物を精製したサンプルは、いずれもRf4.3〜Rf5.7の画分に活性物質が得られた。
【0134】
(5)順相及び逆相のTLC分離において、いずれも同程度のRf値示において活性が得ら
れたことから、極性基および脂溶性基についての化学構造の高い類似性が示唆され、酸分解の前後で化学構造の変化はなかったと考えられた。酸分解により活性が向上したことは、生物活性を示す物質よりも、活性物質が化学構造の一部となっている前駆体が、活性を示す物質よりもはるかに多く存在し、分解反応により遊離し、活性物質の濃度自体が向上したためと考えられた。
【0135】
9.以上の結果を表4及び図14にまとめた。これまで述べてきた緑きょう病菌発芽誘導期を短縮する生理活性物質の分離精製工程の中で、最も活性が向上したのは酸分解処理であり、もし酸分解をせず同程度のサンプルを得るには70kg以上のカイコを700 L以上のメ
タノールを使い、非常に大きなスケールで精製を進めなければならないこととなり、酸分解工程は非常に効果の高い処理であった。最終的に濃縮された画分は高純度の精製物と判断された。この精製物を純度100%と仮定すると、メタノール抽出原液はわずか0.0028%程
度しか活性成分が含んでいなかったこととなる。
【0136】
【表4】

【0137】
その3:生理活性物質の構造決定
昆虫病原糸状菌の緑きょう病菌の発芽誘導期を短縮する生理活性物質を、前記した分離精製方法に従って、カイコからのメタノール粗抽出液から40000倍以上に活性が向上した
高純度精製物を得ることができたことから、この精製物について核磁気共鳴分析、質量分析などによって構造解析を行って、その化学構造を決定した。
【0138】
(1)1H-NMRスペクトルおよび13C-NMRスペクトルによる構造解析
精製活性物質は、1H-NMRスペクトルにおいて、1個のtertiary-メチル基[δ0.88(3H, t, J=6.7 Hz)]、2個の互いにトランスカップリングしたオレフィンプロトン[δ5.47(1H, dd, J=5.3, 15.3 Hz);δ5.84 (1H, dt, J=15.3, 6.5 Hz)]、2個の二重結合に隣接すると考えられるメチレンプロトン[δ2.03(2H, dt, J=6.5, 6.5 Hz)]ならびに
4個の酸素官能基または窒素官能基に隣接するプロトン[δ3.51(1H, br s); 3.90(1H, br s); 3.89(1H, br s);4.62(1H, br s)]由来の各シグナルを与えた。
【0139】
一方、13C-NMRスペクトルでは、2個のオレフィンカーボン[δ135.3, 126.2]、1個の酸素官能基の結合したメチンカーボン[δ58.4]、1個の酸素官能基の結合したメチ
ンカーボン[δ70.4]、1個の窒素官能基の結合したと考えられるメチンカーボン[δ56.4]、1個のメチルカーボン[δ14.1]、および多数のメチレンカーボン[δ29.2〜32.4]由来の各シグナルが観察された。
【0140】
これらのデータから、当該活性物質は、各1個の酸素官能基の結合したメチレンカーボ
ン、酸素官能基が結合したメチンカーボン、窒素官能基が結合したメチンカーボンおよび二重結合を有する長鎖アルコールと推定された。
【0141】
(2)1H-1HCOSYスペクトル、HMQCスペクトル、HMBCスペクトルによる
解析
上記の分析によって示した各シグナルを、 1H-1HCOSYスペクトル、HMQCスペクトル、HMBCスペクトルを用いてさらに詳細に解析した結果、当該精製物質は図15に示す部分構造を有するスフィンゴシンであると判明した。
【0142】
(3)活性物質のトリメチルシリルエーテル(TMS)化体のマススペクトル測定による質量解析
上記精製物質について常法によってTMS化した後、GC‐MSの測定を行った。その結果、m/z 132およびm/z 284に強いフラグメントピークが観察された。両フラグメントピークの出現から、その分子量を387と決定した。また、この分子量は上記1H-NMRスペ
クトルにおける積分曲線から得られるプロトン数ならびに13C-NMRスペクトル概算さ
れる炭素数からも支持された。
【0143】
(4)活性物質のアセチル化体についての1H-NMRスペクトルおよび旋光度測定による立体構造解析
スフィンゴシンの立体配置については、アセチル化体の1H-NMRスペクトルを用いた詳細な研究報告がある。そこで上記生成物質を常法によってアセチル化し、得られたアセチル化体の各シグナルを文献値(Kisic Aら, J. Lipid Res., 36, 787-803, 1995)と比
較した結果、図16に示したように、当該物質はrel.2S,3R の相対配置を有するこ
とが明らかとなった。また旋光度([α]D21=−31.0o(C=0.1, CHCl3))が負の値を示したことから、活性物質の構造は、2S-amino-tetradeca-4-ene-1,3R-diolと決定した。
【0144】
[実施例2]スフィンゴシンによる緑きょう病菌の発芽促進効果の検討
活性成分である2S-amino-tetrade-4-ene-1,3R-diol(D-erythro-C14-Sphingosine)(以
下、C14-スフィンゴシン)のED50(mg/ml)の値は、1.60x10-8であった。そこで市販の標品及び炭素鎖の異なる類似化合物を用いて、同様の生物活性の確認を行った。
【0145】
(1)供試標品の調製
炭素鎖が12〜18までの4種類のスフィンゴシン(D-erythro-C12-Sphingosine(C12-スフィンゴシン)、D-erythro-C14-Sphingosine (C14-スフィンゴシン)、D-erythro-C16-Sphingosine(C16-スフィンゴシン)、D-erythro-Sphingosine(C18-スフィンゴシン)(Matreya, LLC製)を用い、メタノールで1000ppmから1pptまで10倍希釈して、11段階の濃度
の溶液を調製した。
【0146】
(2)緑きょう病菌の分生子液の調製
菌株は、熊本県農業研究センター内のサトイモ圃場において菌叢を形成し死亡していた鱗翅目幼虫から分離した菌株(N-37株)を用いた。培地は、直径7.5cm、高さ13cmのガラ
ス製培養瓶にSMY固形培地(ペプトン1%、乾燥酵母エキス4%、マルトース4%、寒天1.5%、ph7.0)を30ml分注し、オートクレーブ(121℃、20分)滅菌した。滅菌した0.05%Tween40水溶液を用いて107分生子/ml程度に調整した懸濁液300μlを培地に滴下し、傾けながら均等に広げた。23℃で10日から2週間培養し、培地上に菌叢を均一に形成させた。形成し
た分生子は、5% Tween20と0.05% Tween20の2種類の濃度の非イオン性界面活性剤を使用
し、それぞれ106〜107分生子/mlに調整して生物検定用の分生子懸濁液とした。
【0147】
(3)生物検定
生物検定には96穴マイクロプレート(FALCONR 96wellノントリートメントプレート平
底)を用いた。各穴にメタノールで濃度を調整した標品溶液を1μl入れ、クリーンベンチ内で5分間風乾させた後、20mMリン酸緩衝液(pH7.0)10μl、1%ペプトン水溶液10μl、分生子懸濁液10μl入れ、マイクロプレートミキサーで5分間振とう混和し、23℃で培養した。10時間後に、倒立顕微鏡でマイクロプレート底面から倍率300倍で、分生子における発芽
管の伸長の有無を観察した。
【0148】
(4)結果
(4.1)5% Tween20水溶液で分生子を調製した試験では、C12-スフィンゴシン、C14-スフィンゴシン、C16-スフィンゴシンにおいて、濃度が濃くなるに従い活性が向上するシグモイド型の用量反応を示した。最も活性が高かったのはC14-スフィンゴシンで、ED50(mg/ml)の値は1.02x10-8であった。次に活性が高かったのはC12-スフィンゴシンで、ED50(mg/ml)の値は5.88x10-7であり、C14-スフィンゴシンと比較すると約1/58の活性であった。次に活性が高かったのがC16-スフィンゴシンで、ED50(mg/ml)の値は9.20x10-6であり、C14-スフィンゴシンと比較すると約1/90の活性であった。C18-スフィンゴシンにおいては、濃度の上昇にともなう活性の向上は認められず、10-4〜10-6mg/ml付近にゆるやかなピー
クがあり、それ以上の濃度では濃くなるに従い活性が低下した(図17)。
【0149】
(4.2)分生子を調製する界面活性剤濃度を1/100にした(0.05%Tween20水溶液)場
合には、最も高い活性を示したC14-スフィンゴシンにおいて、10-5mg/mlくらいまでは濃
度が高くなるに従い活性の向上がみられ80%以上の分生子の発芽を示したが、それ以上の
濃度になると急激に活性が低下し、最も濃度の濃い33.3ppmではほとんど活性を示さなか
った。次に活性が高かったのがC12-スフィンゴシンであり、10-3mg/mlくらいまでは濃度
が高くなるに従い活性の向上がみられたが、発芽率は50%程度であった。それ以上の濃度
になると活性が低下し、最も濃度の濃い33.3ppmでは20%以下の発芽率まで低下した。5% Tween20水溶液で調製した際には活性を示したC16-スフィンゴシンはほとんど活性を示さず、10-6〜10-7mg/ml付近をピークに濃度が濃くなるに従い活性が低下した。C18-スフィン
ゴシンもC16-スフィンゴシンと同様の傾向を示した(図18)。
【0150】
(5)スフィンゴシンによる緑きょう病菌に対する生物活性の作用として、次のように考えている。分生子を調製する界面活性剤の濃度を1/100の濃度にした場合に一定以上の
濃度になれば活性が低下することは、両親媒性物質であるスフィンゴシンが高濃度で臨界ミセル濃度(Critical Micelle Concentration ; CMC)を越えてミセル形成するためではないかと考えられた。つまり濃度が高くなりCMCを超えると、溶液中でモノマーとして存在
していた分子が、親水部を外側に疎水部を内側にしたミセルを形成する。モノマーの状態で活性を示し、ミセルの状態で活性が低下することは、スフィンゴシンのアルキル鎖が分生子表面に存在する受容体に結合することで活性が得られるものと考えている。これに対してスフィンゴシンが水溶液中で会合してミセルを形成すれば、受容体との分子間反応に重要な疎水性のアルキル鎖が表面に現れず、親水性の水酸基側と受容体の間ではスフィンゴシンは認識されないために分生子の発芽は誘導されない。
【0151】
さらに、C12およびC14スフィンゴシンを比較すると、活性が低下しはじめる濃度は、炭素鎖が短いC12-スフィンゴシンのほうが炭素鎖の長いC14-スフィンゴシンよりも高い。このことからもモノマーの状態でスフィンゴシンのアルキル鎖が受容体に疎水的な結合により認識され、分生子内の生化学的反応により発芽を誘導すると考察される。
【0152】
疎水性化合物の水系溶媒中での溶解性を高めるために、高濃度の界面活性剤(5%Tween20水溶液)を使用すれば、CMC値が高まり、高濃度でもミセルを形成せずにモノマーの状態で存在する。C12-スフィンゴシン、C14-スフィンゴシン、C16-スフィンゴシンでは、用量
に対する反応が一定濃度以上で飽和に達するシグモイド型の曲線を示したものと考えられた。炭素鎖18のスフィンゴシンは、水系溶媒に対する溶解度が低いので、モノマーの状態では存在しがたく、それで生物活性が小さいと考えた。
【0153】
[実施例3]緑きょう病菌の分生子発芽に対する栄養要求性の検討
発芽促進効果を発揮させるための最低限の栄養素を明らかにするために、要求される窒素源について検討した。
【0154】
(1)窒素養分溶液の調製
有機体窒素として、次の21種類のアミノ酸(アラニン;Ala、バリン;Val、ロイシン;Leu、イソロイシン;Ile、メチオニンMet、トリプトファン;Trp、プロリン;Pro、フェ
ニルアラニン;Phe、グリシン;Gly、セリン;Ser、トレオニン;Thr、システィン;Cys
、アスパラギン;Asn、グルタミン;Gln、チロシン;Tyr、リシン;Lys、アルギニン;Arg、ヒスチジン;His、アスパラギン酸;Asp、グルタミン酸;Glu)を準備し、その1%水溶液を調製した。
【0155】
さらにアミノ酸は、次の7グループにわけた。Aグループ(非極性アミノ酸8種類;Ala
、Val、Leu、Ile、Met、Trp、Pro、Phe)、Bグループ(非電荷アミノ酸7種類;Gly、Ser
、Thr、Cys、Asn、Gln、Tyr)、Cグループ(塩基性アミノ酸3種類;Lys、Arg、His)、D
グループ(酸性アミノ酸;Asp、Glu)、Eグループ(荷電アミノ酸5種類;Lys、Arg、His
、Asp、Glu)、Fグループ(極性アミノ酸12種類;Gly、Ser、Thr、Cys、Asn、Gln、Tyr、Lys、Arg、His、Asp、Glu)、Gグループ(21種類のアミノ酸混合物)で、それぞれのグループは、1%溶液を等量ずつ混ぜた混合液を調製した。
【0156】
無機体窒素として、硫酸アンモニウム;(NH4)2SO4100mM、硝酸アンモニウム;NH4NO3100mMを調製した。比較対照として1%ペプトン水溶液およびミリQ水を使用した。それぞれ
の溶液は、オートクレーブ滅菌して生物検定に供試した。
【0157】
(2)緑きょう病菌の分生子液の調製
実施例2と同様に行い、形成した分生子は5% Tween20を使用して106〜107分生子/mlに
調製し、生物検定用の分生子懸濁液とした。
【0158】
(3)生物検定法
生物検定には、96穴マイクロプレート(FALCONR 96wellノントリートメントプレート
平底)を用いた。各穴にメタノールで1ppmに濃度を調整したC14-スフィンゴシン溶液を1
μl入れ、クリーンベンチ内で5分間風乾させた後、それぞれに調整した窒素養分溶液10μl、20mMリン酸緩衝液(pH7.0)10μl、分生子懸濁液10μl入れ、マイクロプレートミキサーで5分間振とう混和して、23℃で培養した。10時間後と20時間後に倒立顕微鏡でマイクロ
プレート底面から300倍で、分生子における発芽管の伸長の有無を観察した。
【0159】
(4)結果
(4.1)10時間後の発芽率において、単組成のアミノ酸溶液ではアラニンがもっと高く50%以上であり、次いでメチオニン、ヒスチジンが高かった。トリプトファン、システ
ィン、グルタミン、リシン、アスパラギン酸及びグルタミン酸においてはまったく発芽が認められなかった。アミノ酸混合溶液では非極性アミノ酸混合溶液が約35%の発芽率がみ
られたものの、アラニン単成分よりも発芽が劣った。A〜Gとアミノ酸の物性によりグル
ープ分けし生物検定を実施したが、物性による傾向は認められなかった。無機体窒素の硫酸アンモニウム及び硝酸アンモニウムにおいてはまったく発芽が認められなかった。比較対照のペプトンが90%以上の発芽率であるのに対し、アラニン、メチオニンで50%程度の発芽率が得られたものの総じて低かった(図19の上図)。
【0160】
(4.2)20時間後の発芽率において、10時間後と同様に単組成のアミノ酸溶液ではアラニンがもっと高く約90%であり、次いでメチオニン、ヒスチジンが高かった。トリプト
ファン、システィン、グルタミン、リシン、アスパラギン酸及びグルタミン酸においては培養20時関経過しても水と同様にまったく発芽が認められなかった。アミノ酸混合溶液では荷電性アミノ酸混合溶液が約60%の発芽率がみられたものの、アラニン単成分よりも発
芽が劣った。10時間後と同様に物性による傾向は認められなかった。無機体窒素の硫酸アンモニウム及び硝酸アンモニウムにおいてもまったく発芽が認められなかった。比較対照のペプトンが90%以上の発芽率で培養10時間から発芽率においては定常状態にあるのに対
し、発芽が認められるアミノ酸においても総じて低かった(図19の下図)。
【0161】
(5)C14-スフィンゴシンで緑きょう病菌の発芽促進効果を得るためには、栄養素として窒素成分が必要であり、アミノ酸ではアラニン、メチオニン、ヒスチジンによる効果が高かった。アミノ酸混合溶液においてはアラニン、メチオニン、ヒスチジンの各単成分よりも発芽率が低かったことは、アミノ酸混合による相乗的効果はなく、効果の高いアミノ酸含量が相対的に低下したためと考えられた。また、いずれのアミノ酸及びその混合においても、ペプトンと同等の発芽率は得られず、ペプチド性の窒素成分かペプトンのいずれかの成分により、C14-スフィンゴシンの発芽促進効果を最大限に発揮させることができると考えられた。
【0162】
考察
これまでに知られているスフィンゴ脂質の生理活性に関する知見をまとめると、以下のようになる。
【0163】
(1)細胞膜に存在する、スフィンゴミエリンの誘導体は様々な生理活性を示す。セラミドはアポトーシスを誘導し、スフィンゴシン-1-リン酸は細胞増殖を促す。その中間体
のスフィンゴシンはアポトーシス誘導作用について多くの報告があり、またメチルスフィンゴシンの実験からスフィンゴシンはアポトーシス誘導作用があると示唆されるものの、繊維芽細胞など限られた細胞では細胞増殖にプラスに作用するなど、その生理作用の一般化はされていない。
【0164】
(2)スフィンゴシン-1-リン酸は、細胞外に放出されセカンドアゴニストとして作用
する。その受容体も同定されてEdgファミリーであることがわかっている。その他の誘導
体(セラミドおよびスフィンゴシン)につては、細胞内メッセンジャーと考えられ、アゴニストとして作用する報告はない。
【0165】
このような既知の状況を踏まえ、上記のスフィンゴシンのN.rileyiの発芽を誘導した生物活性について、本発明者は次のように考えている。
【0166】
もっとも大きな違いは、上記のような生物活性が同一細胞内のメッセンジャーとして、または同種細胞に対する細胞間アゴニストとして作用するのに対して、スフィンゴシンの緑きょう病菌分生子に対する作用は、カイコという昆虫の生体成分が別の生物である微生物の緑きょう病菌に対する作用ということである。
【0167】
しかも、この生理活性を他の昆虫病原性糸状菌、Aspergillus flavus( MAFF番号111305)、Beauveria bassiana( MAFF番号830025)、Beauveria brongniartii (Saccardo) Petch( MAFF番号830015)、Metarhizium anisopliae (Metschnikoff) Sorokin( MAFF番号830005)、Nomuraea rileyi (Farlow) Samson( MAFF番号830007)、Paecilomyces fumosoroseus (Wize) A.H.S. Brown et G. Smith( MAFF番号830002)、Verticillium lecanii
(Zimmermann) Viegas( MAFF番号235140)について同様に生物検定を実施したが、生物
活性が得られたのは緑きょう病菌のみであった(菌株は独立行政法人 農業生物資源研究
所ジーンバンクより分譲された)。このことから、スフィンゴシンの昆虫病原性糸状菌に対しての生物活性は、緑きょう病菌への特異的な反応であると考えられ、一般性は認められなかった。
【0168】
N.rileyiの分生子が、スフィンゴシンを特異的に認識する理由として、次のように考えている。昆虫病原性糸状菌は、人工培地においても腐性生活で増殖することができ、また寄主との間においては寄生生活を営む。昆虫病原糸状菌がなんらかの情報を得て、寄主に付着したことを認識すると、特異な代謝をし、腐性生活では形成しない付着器等の器官を形成して寄主に侵入する。そこでN.rileyiは、寄主に付着したことをスフィンゴシンの有無で認識しているとも考えられる。N.rileyiの分生子は、炭素鎖14のスフィンゴシンに対して特に強い活性を示し、そのアルキル鎖長がエピトープとして重要であることが示唆される。遊離のスフィンゴイド塩基の炭素鎖長は、ほ乳動物や酵母においてC18やC20が一般的であるが(Merrill et al.,1988;Valsecchiet al.,1996;Jenkins et al.,1997;Kim et al.,2000;Lester et al.,2001)、キイロショウジョウバエ(Drosophalia Melanogaster
)において、遊離のスフィンゴイド塩基では炭素鎖14のものが90%以上と最も多く占めら
れており(Henrik et al., 2004)、昆虫におけるスフィンゴ脂質は炭素鎖14のスフィンゴ
イド塩基を基本骨格とするのではないかと考えている。
【0169】
また、N.rileyiの分生子が炭素鎖14のスフィンゴシンに特異的に反応することは、寄主である昆虫を認識する上で非常に都合がよいと考えられる。つまり、カイコのように、その生活史で完全変態により成長するような昆虫は、変態時に脱皮殻を脱ぎ捨て齢を重ねていく。変態する際には局所的には細胞増殖と細胞死がダイナミックに行われ、細胞死に導かれた表皮は脱皮殻となって脱ぎ捨てられると考えられる。この表皮細胞の細胞死にスフィンゴシンが関与し、脱皮殻に含まれるスフィンゴシンが脱ぎ捨てられるときに昆虫表皮に残存していただけなのかもしれない。そうであるとしても、N.rileyiの分生子が、昆虫表面に付着したことを認識するには重要な情報が得られると考えられる。すなわち、スフィンゴシンによりアポトーシス誘導された細胞の残存物質を認識し、そのスフィンゴシンの炭素鎖長が14であることを感知すれば、そこは昆虫の脱皮殻が存在した場であり、すなわち昆虫表面の可能性が非常に高いと考えられる。
【0170】
また、発芽にはペプチド性の窒素成分が栄養素として重要であることを示したが、アポトーシスに誘導された脱皮殻由来を構成する細胞の自己消化によって、ペプチド性の窒素源が脱皮殻に残存している可能性もあり、発芽に要求される栄養的条件が満たされるものと考えられる。
【0171】
これらの考察には、表皮にスフィンゴシンが存在していなければならない。そこで、ハスモンヨトウの蛹および老熟幼虫を使用して実験を試みた。蛹においての実験では、脱ぎ捨てられた蛹殻の表面及び内壁、および生きている蛹表面から、また老熟幼虫から、表皮および血液から抽出した物質の生物検定を実施した。その結果、いずれの場所においても十分な活性が得られ、表皮及び血液中にスフィンゴシンが存在しており、クチクラ表面に特異的に存在しているものではないと考えられた。ヒトやウマの血清中にはスフィンゴシン-1-リン酸が数100nM存在することが報告されており(Yatomi et al.,1995)、昆虫血液中にも一定量のスフィンゴ脂質が存在し、侵入したN.rileyiの増殖にプラスに作用すると考えられる。
【0172】
Merrill,A.H., Wang,E., Mullins,R.E., Jamison,W.C.L., Nimkar,S. and Liotta,D.C.
.1988. Quantitation of free sphingosine in liver by HPLC. Anal. Biochem., 171, 373-381.
Valsecchi, M., V. Chigorno, M. Nicolini, and S. Sonnino. 1996. Changes of free
long-chain bases in neuronal cells during differentiation and aging in culture.
J. Neurochem. 67: 1866-1871.
Jenkins GM, Richards A, Wahl T, Mao C, Obeid L, Hannun Y. 1997.Involvement of yeast sphingolipids in the heat stress response of Saccharomyces cerevisiae. J Biol Chem. 19;272(51):32566-32572.
Kim, S., Fyrst, H., and Saba, J. 2000. Accumulation of phosphorylated sphingoid long chain bases results in cell growth inhibition in Saccharomyces cerevisiae. Genetics. 156:1519-1529.
Lester, R.L., and R.C. Dickson. 2001. High-performance liquid chromatography analysis of molecular species of sphingolipid-related long chain bases and long chain base phosphates in Saccharomyces cerevisiae after derivatization with 6-aminoquinolyl-N-hydroxysuccinimidyl carbamate. Anal. Biochem. 298: 283-292.
Henrik Fyrst, Deron R. Herr, Greg L. Harris, and Julie D. Saba.2004.Characterization of free endogenous C14 and C16 sphingoid bases from Drosophila melanogaster J. Lipid Res. 45: 54-62.
Yatomi Y, Ruan F, Ohta H, Welch RJ, Hakomori S, Igarashi Y.1995. Quantitative measurement of sphingosine 1-phosphate. in biological samples by acylation with radioactive acetic anhydride. Anal Biochem 230, 315-320.

【特許請求の範囲】
【請求項1】
緑きょう病菌の発芽を促進するスフィンゴシンを含有することを特徴とする緑きょう病菌発芽促進剤。
【請求項2】
前記スフィンゴシンが、炭素数12〜18のスフィンゴシン群から選択される少なくとも一種のスフィンゴシンである、請求項1に記載の緑きょう病菌発芽促進剤。
【請求項3】
前記スフィンゴシン群が、D-erythro-C12-Sphingosine、D-erythro-C14-Sphingosine、D-erythro-C16-Sphingosine、D-erythro-C18-Sphingosineからなる、請求項2に記載の緑きょう病菌発芽促進剤。
【請求項4】
さらにペプチド性窒素成分を含有する、請求項1〜3のいずれかに記載の緑きょう病菌発芽促進剤。
【請求項5】
前記ペプチド性窒素成分がペプトンまたはアミノ酸である、請求項4に記載の緑きょう病菌発芽促進剤。
【請求項6】
前記アミノ酸がアラニン、メチオニンまたはヒスチジンである、請求項5に記載の緑きょう病菌発芽促進剤。
【請求項7】
請求項1〜6のいずれかに記載の緑きょう病菌発芽促進剤および界面活性剤を含むことを特徴とする緑きょう病菌発芽培地。
【請求項8】
請求項1〜6のいずれかに記載の緑きょう病菌発芽促進剤および界面活性剤を含む培地で緑きょう病菌を培養してその分生子を発芽させる方法。
【請求項9】
D-erythro-C12-Sphingosine、D-erythro-C14-Sphingosine、D-erythro-C16-Sphingosine、D-erythro-C18-Sphingosineからなるスフィンゴシン群から選択される少なくとも一種のスフィンゴシンを発芽促進物質として含有し、かつ、ペプトンを含む緑きょう病菌用発芽促進剤を用い、ポリオキシエチレンソルビタンモノラウレート系界面活性剤を含有し、かつ、pHが4.0〜7.5である培地で緑きょう病菌を培養してその分生子を発芽させる、請求項8に記載の方法。
【請求項10】
請求項1〜6のいずれかに記載の緑きょう病菌の発芽促進剤および緑きょう病菌を含むことを特徴とする天敵微生物農薬。
【請求項11】
鱗翅目、直翅目、半翅目および鞘翅目からなる群より選ばれる少なくとも一種の昆虫を駆除するための、請求項10に記載の天敵微生物農薬。
【請求項12】
カイコの極性有機溶媒抽出物から、少なくとも酸分解および溶媒分配、次いでカラムクロマトグラフィーを含む工程により、緑きょう病菌の発芽を促進するスフィンゴシンを分離精製する方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図13】
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【図14】
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【図15】
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【図16】
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【図17】
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【図18】
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【図19】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【公開番号】特開2010−252751(P2010−252751A)
【公開日】平成22年11月11日(2010.11.11)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−109340(P2009−109340)
【出願日】平成21年4月28日(2009.4.28)
【出願人】(000125369)学校法人東海大学 (352)
【出願人】(591202155)熊本県 (17)
【Fターム(参考)】