説明

スフィンゴシン1−リン酸トランスポーターの新規機能

【課題】Spns2遺伝子の機能解析により得られた知見に基づき、免疫系疾患に対し新たな作用機序を有する医薬、または試薬を提供すること、ならびに医薬または試薬の開発などに有用な手段を提供すること。
【解決手段】Spns2遺伝子を欠損してなる、免疫機能低下非ヒトモデル動物及び下記工程:(a)前記非ヒトモデル動物及びその野生型対照に被験物質を投与する工程、(b)前記被験物質を投与した非ヒトモデル動物及び野生型対照における投与前後の血中またはリンパ液中のリンパ球の数を調べ、比較する工程、および、(c)前記(b)の比較結果に基づいて、血中またはリンパ液中のリンパ球の数を変動させる被験物質を選択する工程を含む、リンパ球のリンパ器官から血中またはリンパ管への遊出を制御する物質のスクリーニング方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、免疫機能低下非ヒトモデル動物、リンパ球のリンパ器官から血中またはリンパ管への遊出を制御する物質のスクリーニング方法ならびに免疫機能調節剤などを提供する。
【背景技術】
【0002】
スフィンゴシン1-リン酸(以下、「S1P」という。)は、細胞膜に存在するG蛋白質共役受容体であるS1P受容体1(S1P)-5(S1P)と相互作用し、血管内皮細胞、血管平滑筋細胞等に作用して、血管内皮細胞の増殖、平滑筋の収縮、細胞の遊走を調節している。特に血栓形成時のS1Pの機能が注目され、また免疫調節因子としての新たな機能が明らかにされている(非特許文献1)。S1Pとその受容体の血管系、免疫系における生理的重要性は明らかにされつつある。血液中にS1Pが高濃度に存在することから、血管系におけるS1Pの重要性が予測される。また、免疫系におけるS1Pとその受容体の重要性は、臨床評価中の新たな免疫抑制剤(FTY720、ノバルティスファーマ株式会社)により明らかにされつつある。FTY720は、生体内において直接作用するのではなく、リン酸化されてFTY720-Pとなり、S1P以外の受容体のアゴニストとして作用するといわれている。このように、S1Pとその受容体の作用については明らかにされつつある。
【0003】
S1Pは、細胞膜スフィンゴミエリンから代謝されたスフィンゴシンの1位の水酸基が、スフィンゴキナーゼによってリン酸化されることにより、細胞内で生成される。細胞膜表面でS1P受容体S1P-S1Pを活性化するためには、S1Pは細胞外へと輸送される必要がある(図1)。
【0004】
S1Pの細胞外への輸送には、ABCトランスポーターに属するABCA1とABCC1が関与するとの報告があるが(非特許文献2、3)、アッセイ方法の違いにより、S1Pのトランスポーターとして機能するか否かは、まだ十分に解明されているわけではない。一方、SPNS2が、S1Pの細胞外への放出に関わるトランスポーターであることが最近報告されている(特許文献1、非特許文献2および3)。
【0005】
このSPNS2蛋白質のS1Pトランスポーターとしての機能欠損が、どのような特定の疾患に直結するのかは明らかではなく、また全く予想されてもいなかった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2010-77045号公報
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】Nat. Rev. Mol. Cell Biol., 9, 139-150(2008)
【非特許文献2】Science, 323, 524-527(2009)
【非特許文献3】Curr. Biol., 18, 1882-1888(2008)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
遺伝子の機能解析は、種々の疾患に対する新たな作用機序を有する医薬、または試薬の開発などにつながる。本発明は、SPNS2をコードする遺伝子(以下、Spns2遺伝子またはSpns2と省略する場合もある)の機能解析により得られた知見に基づき、種々の疾患に対し新たな作用機序を有する医薬、または試薬を提供すること、ならびに医薬または試薬の開発などに有用な手段を提供することを目的とする。また、本発明は、Spns2遺伝子の機能解析自体に有用な手段を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者は、Spns2ノックアウト(KO)マウスを作製し、その形質を解析したところ、当該マウスでは、血液中の免疫細胞数が減少等していることを見出した。従って、Spns2遺伝子は、免疫機能に重要な役割を果たすと考えられる。また、Spns2遺伝子を欠損する動物は、免疫系疾患等の疾患に対する医薬および研究用試薬の開発、ならびにSpns2遺伝子または免疫機能調節機構の解析等の研究用途などに有用であると考えられる。
【0010】
以上に基づき、本発明者らは、本発明を完成するに至った。即ち、本発明は下記の通りである:
[1] Spns2遺伝子を欠損してなる、免疫機能低下非ヒトモデル動物。
[2] 前記Spns2遺伝子の欠損が血管内皮細胞特異的である、[1]に記載の非ヒトモデル動物。
[3] 前記動物がマウスである[1]または[2]に記載の非ヒトモデル動物。
[4] 野生型対照に比べて血中またはリンパ液中のリンパ球の数が減少している、[1]〜[3]に記載の非ヒトモデル動物。
[5] 下記工程:
(a)[1]〜[4]に記載の非ヒトモデル動物及びその野生型対照に被験物質を投与する工程、
(b)前記被験物質を投与した非ヒトモデル動物及び野生型対照における投与前後の血中またはリンパ液中のリンパ球の数を調べ、比較する工程、および、
(c)前記(b)の比較結果に基づいて、血中またはリンパ液中のリンパ球の数を変動させる被験物質を選択する工程を含む、リンパ球のリンパ器官から血中またはリンパ管への遊出を制御する物質のスクリーニング方法。
[6] 被験物質が、以下の工程:
(1)SPNS2発現用細胞に、SPNS2とスフィンゴシンキナーゼを発現させる工程;
(2)上記(1)の細胞培養液に標識したスフィンゴシンを加えて培養し、細胞内に該標識スフィンゴシンを導入し、前記(1)の細胞内で発現したスフィンゴシンキナーゼを反応させて、標識スフィンゴシン1−リン酸を生成させる工程;
(3)さらに、上記(2)の細胞培養液に被験物質を加えて培養し、被験物質と細胞内で発現したSPNS2とを相互作用させる工程;
(4)一定時間培養後に、細胞内外のスフィンゴシン1−リン酸量を測定する工程。
を含む、SPNS2のアンタゴニストおよび/またはアゴニストのスクリーニング方法によってスクリーニングされたアンタゴニストおよび/またはアゴニストである、[5]に記載の方法。
[7] リンパ器官から血中またはリンパ管へのリンパ球遊出を制御する物質が当該遊出を促進させる物質である、[5]または[6]に記載のスクリーニング方法。
[8] リンパ器官から血中またはリンパ管へのリンパ球遊出を制御する物質が当該遊出を阻害する物質である、[5]または[6]に記載のスクリーニング方法。
[9] Spns2遺伝子又はSPNS2の発現または機能を調節する物質を含有してなるリンパ器官から血中またはリンパ管へのリンパ球遊出調節剤。
[10] 物質がSpns2遺伝子又はSPNS2の発現または機能を阻害する物質であり、リンパ器官から血中またはリンパ管へのリンパ球遊出調節が遊出抑制である、[9]に記載の剤。
[11] Spns2遺伝子又はSPNS2の発現または機能を阻害する物質が、下記(i)または(ii)のいずれかである、[10]に記載の剤:
(i)Spns2遺伝子のアンチセンス核酸、リボザイムもしくはRNAi誘導性核酸分子、またはこれらを含む発現ベクター;
(ii)SPNS2に対する抗体もしくはアプタマー、またはこれらをコードする核酸を含む発現ベクター。
[12] 発現ベクターが、血管内皮細胞特異的に発現するものである、[11]に記載の剤。
【発明の効果】
【0011】
本発明の動物は、免疫系疾患等のモデル動物として、ならびにSpns2遺伝子および免疫機能調節機構の解析などに有用である。本発明の免疫機能調節剤は、免疫系疾患等に対する医薬および研究用試薬などとして有用である。本発明のスクリーニング方法は、免疫系疾患等に対する医薬および研究用試薬の開発などに有用である。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【図1】S1Pの作用機構を示した模式図である。
【図2A】コントロール(Spns2+/+)マウスおよびグローバルSpns2 KO(Spns2-/-)マウスのフローサイトメトリー解析を示す。末梢血液細胞の代表的なフローサイトメトリー解析であり、数字は、全リンパ球中のCD4シングルポジティブ(SP)T細胞およびCD8シングルポジティブ(SP)T細胞のパーセンテージを表す。
【図2B】コントロール(Spns2+/+)マウスおよびグローバルSpns2 KO(Spns2-/-)マウスのフローサイトメトリー解析を示す。CD4 SP(CD4)T細胞およびCD8 SP(CD8)T細胞の頻度(左)および総数(右)を示す(n=11)。バーおよび丸印は、それぞれ平均および個々のマウスについての値を示す。
【図2C】コントロール(Spns2+/+)マウスおよびグローバルSpns2 KO(Spns2-/-)マウスのフローサイトメトリー解析を示す。末梢血液細胞の代表的なフローサイトメトリー解析であり、数字は、プロットのゲート中で、CD19+の末梢血液リンパ球(成熟再循環B細胞;Mature rec. B)中のIgD+CD23+細胞のパーセンテージを表す。
【図2D】コントロール(Spns2+/+)マウスおよびグローバルSpns2 KO(Spns2-/-)マウスのフローサイトメトリー解析を示す。成熟再循環B細胞(CD19+CD23+IgD+)の頻度(左)および総数(右)を示す(n=11)。バーおよび丸印は、それぞれ平均および個々のマウスについての値を示す。
【図2E】コントロール(Spns2+/+)マウスおよびグローバルSpns2 KO(Spns2-/-)マウスのフローサイトメトリー解析を示す。胸腺におけるT細胞の代表的なフローサイトメトリー解析であり、数字は、CD4 SP T細胞、CD8 SP T細胞、CD4CD8ダブルポジティブ(DP)T細胞、およびCD4CD8ダブルネガティブ(DN)T細胞のパーセンテージを示す。
【図2F】コントロール(Spns2+/+)マウスおよびグローバルSpns2 KO(Spns2-/-)マウスのフローサイトメトリー解析を示す。CD4/CD8 DN(DN)、CD4/CD8 DP(DP)、CD4 SP(CD4)およびCD8 SP(CD8)の胸腺細胞およびT細胞の頻度(左)および総数(右)を示す(n=11)。バーおよび丸印は、それぞれ平均および個々のマウスについての値を示す。
【図2G】コントロール(Spns2+/+)マウスおよびグローバルSpns2 KO(Spns2-/-)マウスのフローサイトメトリー解析を示す。末梢リンパ節におけるCD4 SP(CD4)T細胞およびCD8 SP(CD8)T細胞の頻度および総数を、それぞれ左および右のパネル中に示す(n=11)。バーおよび丸印は、それぞれ平均および個々のマウスについての値を示す。
【図2H】コントロール(Spns2+/+)マウスおよびグローバルSpns2 KO(Spns2-/-)マウスのフローサイトメトリー解析を示す。脾臓におけるCD4 SP(CD4)T細胞およびCD8 SP(CD8)T細胞の頻度および総数を、それぞれ左および右のパネル中に示す(n=11)。バーおよび丸印は、それぞれ平均および個々のマウスについての値を示す。
【図2I】CD3+T細胞(濃灰色)およびB220+B細胞(薄灰色)を検出するために染色した、コントロール(Spns2+/+)マウスおよびグローバルSpns2 KO(Spns2-/-)マウスからの脾臓切片を示す。上欄のボックス領域を下欄に拡大する。スケールバーは200μm(上部)および50μm(下部)を表す。
【図3A】コントロール(Spns2+/+)マウスおよびSpns2 KO(Spns2-/-)マウス中のB細胞のフローサイトメトリー解析を示す。髄腔における前駆B細胞、未成熟B細胞および成熟再循環B細胞の代表的なフローサイトメトリー解析を示す。数字は、全リンパ球中のIgM発現細胞およびB220発現細胞のパーセンテージを示す。
【図3B】コントロール(Spns2+/+)マウスおよびSpns2 KO(Spns2-/-)マウス中のB細胞のフローサイトメトリー解析を示す。図3Aにおいて定義されたプロ-/プレ-B細胞(B220+IgM-)、未成熟B細胞(B220lowIgM+)および成熟再循環B細胞(B220highIgM+)の頻度(左)および総数を示す(n=11)。バーおよび丸印は、それぞれ平均および個々のマウスについての値を示す。
【図3C】コントロール(Spns2+/+)マウスおよびSpns2 KO(Spns2-/-)マウス中のB細胞のフローサイトメトリー解析を示す。末梢リンパ節における成熟再循環(Mature rec. B)B細胞(CD19+CD23+IgD+)の頻度(左)および総数(右)を示す(n=11)。バーおよび丸印は、それぞれ平均および個々のマウスについての値を示す。
【図3D】コントロール(Spns2+/+)マウスおよびSpns2 KO(Spns2-/-)マウス中のB細胞のフローサイトメトリー解析を示す。脾臓におけるトランジショナル(T1)B細胞およびB1 B細胞(T1+B1; CD19+CD21-CD23-)、辺縁帯(MZ; CD19+CD21+CD23low)B細胞ならびに濾胞性(FO; CD19+CD21lowCD23+)B細胞の頻度(左)および総数(右)を示す(n=11)。バーおよび丸印は、それぞれ平均および個々のマウスについての値を示す。
【図4】Spns2は、内皮細胞からのS1P放出に関与することを示す図である。(A〜D)コントロール(Spns2+/+)マウスまたはSpns2 KO(Spns2-/-)マウスにおけるS1P(A)、スフィンゴシン(SPH)(B)、リゾホスファチジン酸(LPA)(C)およびリゾホスホコリン(LPC)(D)の血漿中濃度を示す。データは平均±S.D.として示す(n=3〜5)。(E)コントロール(Spns2+/+)マウスおよびSpns2 KO(Spns2-/-)マウスから単離した血液細胞によるS1Pの放出を示す。4℃または37℃のいずれかで90分間、細胞をインキュベートした。データは、インキュベートしない細胞中のS1P総量のパーセンテージとして表し、平均±S.D.として示す(n=4)。(F, G)Spns2が枯渇した内皮細胞からのS1Pの放出を示す。(F)コントロールsiRNA(Control)またはSpns2を標的にした、独立した2種のsiRNA(Spns2#1およびSpns2#2)のいずれかで、或いはそれ無し(-)でトランスフェクションした内皮細胞によるS1Pの放出。(G)siRNA媒介性のSpns2ノックダウンの有効性を評価するためのリアルタイムRT-PCR解析。FおよびGにおいては、データはトランスフェクションしていない細胞で観察されたものに対して相対的に表し、独立した3実験の平均±S.D.として示す。(H)胸腺におけるSpns2 mRNAのin situハイブリダイゼーションを示す。アンチセンス(上パネル)プローブおよびセンス(下パネル)プローブを、胸腺の連続切片に対してハイブリダイズさせた。左欄のボックス領域を右欄に拡大する。矢印は血管を示す。皮質領域および髄質領域は、それぞれ「C」および「M」で表示する。スケールバーは50μmを表す。
【図5A】コントロールマウス(Spns2f/f)またはコンディショナルEC-Spns2 cKO(Spns2f/f;Tie2Cre)マウスのリンパ球のフローサイトメトリー解析を示す。末梢血におけるCD4 SP(CD4)およびCD8 SP(CD8)のT細胞の頻度(左)および数(右)を示す(n=11)。バーおよび丸印は、それぞれ平均および個々のマウスについての値を示す。
【図5B】コントロールマウス(Spns2f/f)またはコンディショナルEC-Spns2 cKO(Spns2f/f;Tie2Cre)マウスのリンパ球のフローサイトメトリー解析を示す。胸腺におけるCD4/CD8 DN(DN), CD4/CD8 DP(DP), CD4 SP(CD4)およびCD8 SP(CD8)の胸腺細胞およびT細胞の頻度(左)および数(右)を示す(n=11)。バーおよび丸印は、それぞれ平均および個々のマウスについての値を示す。
【図5C】コントロールマウス(Spns2f/f)またはコンディショナルEC-Spns2 cKO(Spns2f/f;Tie2Cre)マウスのリンパ球のフローサイトメトリー解析を示す。脾臓におけるCD4 SP(CD4)およびCD8 SP(CD8)のT細胞の頻度(左)および数(右)を示す(n=11)。バーおよび丸印は、それぞれ平均および個々のマウスについての値を示す。
【図5D】コントロールマウス(Spns2f/f)またはコンディショナルEC-Spns2 cKO(Spns2f/f;Tie2Cre)マウスのリンパ球のフローサイトメトリー解析を示す。末梢血における成熟再循環B(Mature rec. B)細胞(CD19+CD23+IgD+)の頻度(左)および数(右)を示す(n=11)。バーおよび丸印は、それぞれ平均および個々のマウスについての値を示す。
【図5E】コントロールマウス(Spns2f/f)またはコンディショナルEC-Spns2 cKO(Spns2f/f;Tie2Cre)マウスのリンパ球のフローサイトメトリー解析を示す。骨髄におけるプロ-/プレ-B細胞(B220+IgM-)、未成熟B細胞(B220lowIgM+)および成熟再循環B細胞(B220highIgM+)の頻度(左)および数(右)を示す(n=11)。バーおよび丸印は、それぞれ平均および個々のマウスについての値を示す。
【図5F】コントロールマウス(Spns2f/f)またはコンディショナルEC-Spns2 cKO(Spns2f/f;Tie2Cre)マウスのリンパ球のフローサイトメトリー解析を示す。脾臓におけるトランジショナル(T1)B細胞およびB1 B細胞(T1+B1)、辺縁帯(MZ)B細胞ならびに濾胞性(FO)B細胞の頻度(左)および数(右)を示す(n=11)。T1およびB1 B細胞、辺縁帯B細胞ならびに濾胞性B細胞は図3Dの説明に記載したとおり、表現型で定義した。バーおよび丸印は、それぞれ平均および個々のマウスについての値を示す。
【図6】コンディショナルSpns2ノックアウトマウスの作出を示す。(A)野生型Spns2遺伝子座(Spns2+)、標的化対立遺伝子、flox化した対立遺伝子(Spns2f)および欠失対立遺伝子(Spns2-)の模式図。標的化対立遺伝子において、Spns2遺伝子のエクソン2(濃灰色のボックス)に2つのloxP部位が隣接する(薄灰色の矢頭)。第一のloxP部位と共に、2つのfrt部位(濃灰色矢頭)が隣接するネオマイシンセレクションカセット、PKG-Neo-pA(薄灰色のボックス)を挿入している。標的化Spns2対立遺伝子を有しているマウスをサイトメガロウイルス初期エンハンサー/ニワトリベータアクチン(CAG)プロモーターの制御下、Flpリコンビナーゼを発現するトランスジェニックマウスと交配させてPKG-Neo-pAカセットを除去し、Spns2がflox化したマウスを得た。従来型のSpns2ノックアウトマウスを作製するために、flox化したSpns2対立遺伝子を有しているマウスを、サイトメガロウイルス(CMV)プロモーターの制御下、Creリコンビナーゼを発現するトランスジェニックマウスと交配させた。内皮細胞においてSpns2遺伝子を不活性化するために、Spns2がflox化したマウスを、Tie2プロモーターでドライブされたCreリコンビナーゼを有するTie2-Creマウスと繁殖させた。(B)Aに表示したプローブ(黒色線)を用いて、AvrIIで消化した、Spns2f/fマウス、Spns2-/-マウスおよびSpns2+/+マウスの尾の生検由来のゲノムDNAのサザンブロット解析を行った。予想通り、野生型マウス(Spns2+/+)、Spns2がflox化したマウス(Spns2f/f)およびSpns2ノックアウトマウス(Spns2-/-)において、7.2 kb、7.5 kbおよび7.0 kbのバンドを検出した。(C)Aに表示した、エクソン2を増幅するためのプライマーセット(矢印)を用いて、Spns2f/fマウス、Spns2-/-マウスおよびSpns2+/+マウスからのゲノムDNAのPCR解析を行った。野生型マウス(Spns2+/+)、Spns2がflox化したマウス(Spns2f/f)およびSpns2ノックアウトマウス(Spns2-/-)において、552-bp、842-bpおよび316-bpの断片を増幅した。(D)Spns2遺伝子のエクソン2(上パネル)を増幅するためのプライマーセットおよびCreリコンビナーゼ遺伝子(下パネル)を増幅するためのプライマーセットを用い、Spns2+/+マウス、Spns2-/-マウス、Spns2f/-マウス、Spns2f/-;Tie2Creマウス、Spns2f/fマウス、Spns2f/f;Tie2CreマウスのゲノムPCR解析を行った。
【図7】Spns2 KOマウスがほぼ正常に発生することを示す。(A〜F)10週齢の野生型(Spns2+/+)マウスおよびSpns2 KO(Spns2-/-)マウスの体重および器官の重量(体重(A)、心臓(B)、肺(C)、肝臓(D)、脾臓(E)、腎臓(F))を測定した。野生型マウスとSpns2 KOマウスとの間には、体重および器官の重量に差異は無かった。データは平均±S.D.として示す(野生型、n=11;Spns2 KO、n=10)。
【図8】Spns2 KOマウスの血液の生化学検査を示す。8週齢の野生型(Spns2+/+)マウスおよびSpns2 KO(Spns2-/-)マウスの総タンパク質量(TP)(A)、総ビリルビン量(TBIL)(B)、アスパラギン酸アミノトランスフェラーゼ(AST)(C)、アラニンアミノトランスフェラーゼ(ALT)(D)、トリグリセロール(TG)(E)、グルコース(GLU)(F)、血中尿素窒素(BUN)(G)およびアルブミン(ALB)(H)の血漿中レベル。野生型マウス(左)とSpns2 KOマウス(右)との間には、血液の生化学的パラメータに差異は無かった。データは平均±S.D.として示す(n=4)。
【図9】Spns2 KOマウスの血液学的プロファイルを示す。8週齢の野生型(Spns2+/+)マウスおよびSpns2 KO(Spns2-/-)マウスから血液を採取し、白血球(WBC)(A)、赤血球(RBC)(B)、血小板(C)、ヘモグロビン(HBG)(D)、ヘマトクリット値(HCT)(E)、平均赤血球容積(MCV)(F)、平均赤血球ヘモグロビン量(MCH)(G)および平均赤血球ヘモグロビン濃度(MCHC)(H)について解析した。Spns2 KO(右)は野生型マウス(左)に比べて、白血球数の減少を示した。データは平均±S.D.として示す(n=4)。
【図10】Spns2 KOマウスの胸腺および末梢リンパ節(LN)の組織学的解析を示す。野生型(Spns2+/+)マウスおよびSpns2 KO(Spns2-/-)マウスの胸腺および末梢LNの代表的なヘマトキシリン・エオジン染色切片。Spns2 KOマウスとコントロールマウスとの間では、胸腺および末梢LNに著しい構造的差異を検出しなかった。
【図11】Spns2 KOマウスの骨髄における成熟再循環B(Mature rec. B)細胞数の減少を示す。コントロール(Spns2+/+)マウスまたはSpns2 KO(Spns2-/-)マウス由来の骨髄由来B細胞の代表的なフローサイトメトリー解析。(A)数字は、IgMおよびIgDを発現するCD19+B細胞のパーセンテージを示す。成熟再循環B(Mature rec. B)細胞および未成熟B細胞は、それぞれCD19+IgM+IgD+およびCD19+IgM+IgD-として同定した。(B)成熟再循環B細胞および未成熟B細胞の頻度(左)および数(右)を示す(n=11)。バーおよび丸印は、それぞれ平均および個々のマウスについての値を示す。
【図12】Spns2 KOマウスにおけるグリセロリン脂質の血漿中濃度を示す。コントロール(Spns2+/+)マウスまたはSpns2 KO(Spns2-/-)マウスのリゾホスファチジルエタノールアミン(LPE)(A)、リゾホスファチジルグリセロール(LPG)(B)、リゾホスファチジルイノシトール(LPI)(C)およびリゾホスファチジルセリン(LPS)(D)の血漿中レベル。データは平均±S.D.として示す(n=3)。
【図13】内皮細胞におけるSpns2の発現を示す。RT-PCR解析を行って内皮細胞におけるSpns2の発現を検証した。ヒト臍帯静脈内皮細胞(HUVEC)、ヒト微小血管内皮細胞(HMVEC)、ヒト大動脈内皮細胞(HAEC)、ヒト皮膚リンパ管内皮細胞(HDLEC)、HeLa細胞およびHEK293細胞から全RNAを単離し、逆転写してcDNAを生成した。PCRは、Spns2(上パネル)またはGAPDH(下パネル)のいずれかに特異的なプライマーを用いて行った。Spns2およびGAPDHのための反応は、それぞれ30および25サイクル行った。夾雑ゲノムDNAの存在を確認するために、逆転写酵素非存在下(-)でもRT-PCRを行った。
【図14】EC-Spns2 cKOマウスの末梢リンパ節中の成熟T細胞数の減少を示す。コントロールマウス(Spns2f/f)またはEC-Spns2 cKO(Spns2f/f;Tie2Cre)マウス由来の末梢リンパ節中のCD4 SP(CD4)T細胞およびCD8 SP(CD8)T細胞の頻度(左)および数(右)を示す(n=11)。バーおよび丸印は、それぞれ平均および個々のマウスについての値を示す。
【図15】EC-Spns2 cKOマウスの骨髄中の成熟再循環B細胞数の減少を示す。コントロールマウス(Spns2f/f)またはEC-Spns2 cKO(Spns2f/f;Tie2Cre)マウス由来の骨髄由来B細胞のフローサイトメトリー解析。(A)数字は、IgMおよびIgDを発現するCD19+B細胞のパーセンテージを示す。成熟再循環B(Mature rec. B)細胞および未成熟B細胞は、それぞれCD19+IgM+IgD+およびCD19+IgM+IgD-として同定した。(B)成熟再循環B細胞および未成熟B細胞の頻度(左)および数(右)をそれぞれ左パネルおよび右パネルに示す(n=11)。バーおよび丸印は、それぞれ平均および個々のマウスについての値を示す。
【図16】EC-Spns2 cKOマウスの末梢リンパ節中の成熟再循環B細胞数。コントロールマウス(Spns2f/f)またはEC-Spns2 cKO(Spns2f/f;Tie2Cre)マウス由来の末梢リンパ節中の成熟再循環B細胞(CD19+CD23+IgD+)の頻度(左)および数(右)を示す(n=11)。バーおよび丸印は、それぞれ平均および個々のマウスについての値を示す。
【発明を実施するための形態】
【0013】
(1.定義)
本発明において「遺伝子」とは、2本鎖DNAのみならず、それを構成するセンス鎖およびアンチセンス鎖といった各1本鎖DNAを包含する趣旨で用いられる。またその長さによって特に制限されるものではない。本発明において遺伝子(DNA)とは、特に言及しない限り、ヒトゲノムDNAを含む2本鎖DNAおよびcDNAを含む1本鎖DNA(正鎖)ならびに該正鎖と相補的な配列を有する1本鎖DNA(相補鎖)、およびこれらの断片のいずれもが含まれる。また当該「遺伝子」には、特定の塩基配列(配列番号1)で示される「遺伝子」だけでなく、これらによりコードされる蛋白質と生物学的機能が同等である蛋白質(例えば同族体(ホモログやスプライスバリアントなど)、変異体および誘導体)をコードする「遺伝子」が包含される。かかる同族体、変異体または誘導体をコードする「遺伝子」としては、具体的には、ストリンジェントな条件下で、前記の配列番号1で示される特定塩基配列の相補配列とハイブリダイズする塩基配列を有する「遺伝子」をあげることができる。なお、ここでストリンジェントな条件は、Berger and Kimmel(1987, Guide to Molecular Cloning Techniques Methods in Enzymology, Vol. 152, Academic Press, San Diego CA)に教示されるように、核酸の融解温度(Tm)に基づいて決定することができる。例えばハイブリダイズ後の洗浄条件として、通常「1×SSC、0.1%SDS、37℃」程度の条件をあげることができる。相補鎖はかかる条件で洗浄しても対象とする正鎖とハイブリダイズ状態を維持するものであることが好ましい。特に制限されないが、より厳しいハイブリダイズ条件として「0.5×SSC、0.1%SDS、42℃」程度、さらに厳しいハイブリダイズ条件として「0.1×SSC、0.1%SDS、65℃」程度の洗浄条件をあげることができる。
【0014】
例えばヒト由来の蛋白質のホモログをコードする遺伝子としては、当該蛋白質をコードするヒト遺伝子に対応するマウスやラットなど他生物種の遺伝子が例示でき、これらの遺伝子(ホモログ)は、HomoloGene(http://www.ncbi.nlm.nih.gov/HomoloGene/)により同定することができる。具体的には、特定ヒト塩基配列をBLAST(Proc. Natl. Acad. Sci. USA 90:5873-5877, 1993、http://www.ncbi.nlm.nih.gov/BLAST/)にかけて一致する(Scoreが最も高く、E-valueが0でかつIdentityが100%を示す)配列のアクセッション番号を取得する。そのアクセッション番号をUniGene(http://www.ncbi.nlm.nih.gov/UniGene/)に入力して得られたUniGene Cluster ID(Hs.で示す番号)をHomoloGeneに入力する。結果として得られた他生物種遺伝子とヒト遺伝子との遺伝子ホモログの相関を示したリストから、特定の塩基配列で示されるヒト遺伝子に対応する遺伝子(ホモログ)としてマウスやラットなど他生物種の遺伝子を選抜することができる。
【0015】
本発明において「Spns2遺伝子」または「Spns2のDNA」とは、特定塩基配列(配列番号1)で示されるヒトSpns2遺伝子(DNA)ならびに、その同族体、変異体および誘導体などをコードする遺伝子(DNA)を包含する趣旨で用いられる。具体的には、配列番号1に記載のヒトSpns2遺伝子ならびに、そのマウスホモログおよびラットホモログなどが包含される。なお、遺伝子またはDNAは、機能領域の別を問うものではなく、例えば発現制御領域、コード領域、エキソン、またはイントロンを含むことができる。
【0016】
本発明において「蛋白質」または「ペプチド」には、特定のアミノ酸配列(配列番号2)で示される「蛋白質」または「ペプチド」だけでなく、これらと生物学的機能が同等であることを限度として、その同族体(ホモログやスプライスバリアント)、変異体、誘導体、成熟体およびアミノ酸修飾体などが包含される。ここでホモログとしては、ヒトの蛋白質に対応するマウスやラットなど他生物種の蛋白質が例示でき、これらはHomoloGene(http://www.ncbi.nlm.nih.gov/HomoloGene/)により同定された遺伝子の塩基配列から演繹的に同定することができる。前記変異体には、天然に存在するアレル変異体、天然に存在しない変異体、および人為的に欠失、置換、付加および挿入されることによって改変されたアミノ酸配列を有する変異体が包含される。なお、前記変異体としては、変異のない蛋白質または(ポリ)ペプチドと、少なくとも70%、好ましくは80%、より好ましくは95%、さらにより好ましくは97%相同なものをあげることができる。前記誘導体には、蛋白質のアミノ末端もしくはカルボキシ末端または側鎖を置換したものが包含される。前記アミノ酸修飾体には、天然に存在するアミノ酸修飾体、天然に存在しないアミノ酸修飾体が包含され、具体的にはアミノ酸のリン酸化体があげられる。
【0017】
本発明において「SPNS2」という用語を用いる場合、配列番号で特に指定しない限り、特定アミノ酸配列(配列番号2)で示されるヒトSPNS2やその同族体、変異体、誘導体、成熟体およびアミノ酸修飾体などを包含する趣旨で用いられる。
【0018】
本明細書中、SPNS2は通常、温血動物(哺乳動物または鳥類)由来のものを意味する。哺乳動物としては、例えば、マウス、ラット、ハムスター、モルモット等のげっ歯類やウサギ等の実験動物、ブタ、ウシ、ヤギ、ウマ、ヒツジ、ミンク等の家畜、イヌ、ネコ等のペット、ヒト、サル、カニクイザル、アカゲザル、マーモセット、オランウータン、チンパンジーなどの霊長類等をあげることができるが、これらに限定されるものではない。鳥類としては、ニワトリ、ウズラ、アヒル、ガチョウ、シチメンチョウ、エミュ、ダチョウ、ホロホロ鳥、ハト等を挙げることができる。SPNS2は、好ましくは哺乳動物由来のものであり、より好ましくは霊長類(ヒト等)またはげっ歯類(マウス等)由来のものである。
【0019】
「SPNS2が哺乳動物由来である」とは、SPNS2の配列(ヌクレオチド配列またはアミノ酸配列)が哺乳動物のものであることを意味する。
【0020】
本発明において「Spns2遺伝子の機能」とは、生体膜貫通蛋白質であるSPNS2が、生体膜を介してS1Pを輸送する機能(トランスポート機能)ならびに当該トランスポート機能に基づき、in vivoでリンパ球のリンパ器官から血中およびリンパ管への遊出を制御する機能をさす。
【0021】
本発明においてSpns2遺伝子は、例えば、ヒトSpns2遺伝子は、特開2010-77045号公報で公表されており、自体公知の方法により単離することができる。また、ヒトおよびマウスのSPNS2の代表的なヌクレオチド配列およびアミノ酸配列が、NCBIに以下の通りに登録されている。
[ヒトSPNS2]
ヌクレオチド配列(cDNA配列):アクセッション番号 No.AB441165(配列番号1)
アミノ酸配列:アクセッション番号 No.BAH15192.1(配列番号2)
[マウスSPNS2]
ヌクレオチド配列(cDNA配列):アクセッション番号 AB441166(配列番号3)
アミノ酸配列:アクセッション番号 BAH15193.1(配列番号4)
【0022】
なお、本明細書においてヌクレオチド配列は、特にことわりのない限りDNAの配列として記載するが、ポリヌクレオチドがRNAである場合は、チミン(T)をウラシル(U)に適宜読み替えるものとする。
【0023】
(2.動物)
本発明は、Spns2遺伝子を欠損してなる、免疫機能低下非ヒト動物を提供する。
【0024】
本発明の動物の種は、ヒトを除く動物である限り特に限定されないが、哺乳動物および鳥類が好ましい。哺乳動物としては、例えば、マウス、ラット、ハムスター、モルモット、ウサギ等の実験動物、ブタ、ウシ、ヤギ、ウマ、ヒツジ等の家畜、イヌ、ネコ等のペット、サル、オランウータン、チンパンジー等の霊長類が挙げられる。鳥類としては、例えばニワトリが挙げられる。遺伝子工学的に利用が容易なことから、マウスが好ましい。
【0025】
Spns2遺伝子の欠損とは、Spns2遺伝子が本来有する正常な機能が十分に発揮できない状態をいい、例えば、Spns2遺伝子が全く発現していない状態、またはSpns2遺伝子が本来有する正常な機能が発揮できない程度にその発現量が低下している状態、あるいはSpns2遺伝子産物の機能が完全に喪失した状態、またはSpns2遺伝子が本来有する正常な機能が発揮できない程度にSpns2遺伝子産物の機能が低下した状態が挙げられる。
【0026】
本発明における血管細胞とは、生体内における血管を構成する細胞またはその前駆細胞をいう。血管細胞としては、例えば、血管内皮細胞、血管壁細胞、血管平滑筋細胞、血管芽細胞、内皮前駆細胞が挙げられるが、血管内皮細胞が好ましい。
【0027】
本明細書中で使用される場合、血管内皮細胞とは、血管の内表面を構成する細胞であって、血液の循環する内腔と接している細胞をいう。これらの細胞は心臓から毛細血管まで全ての循環器系の内壁に並んでいる。
【0028】
本明細書中で使用される場合、リンパ球とは、免疫細胞であって、生体内における免疫(例えば、液性免疫、細胞性免疫)機能を担う細胞またはその前駆細胞をいい、例えば、B細胞、T細胞、NKT細胞等が挙げられるが、B細胞がより好ましい。B細胞は、任意のB細胞系列の細胞(B-lineage cell)であり得、例えば、分化段階に応じて、骨髄中に見出されるプロB細胞、プレB細胞、未熟(immature)B細胞、ならびに脾臓中に見出される成熟(mature)B細胞、GC(germinal center)B細胞、ならびにその性質からメモリーB細胞、形質(plasma)細胞などに分類できる。各細胞に特異的な細胞マーカーは公知であるので、当業者であれば、免疫学的手法により免疫細胞の種類を同定することが可能であり、また、FACS等の細胞ソーティング法を用いることで、免疫細胞をその種類に応じて選別することが可能である。例えば、マウスでは、各細胞マーカーは以下の通りである:B細胞(B220);T細胞(CD3)、NK細胞(NK1.1)、NKT細胞(TCR、NK1.1);マクロファージ(Mac1);プロB細胞(B220、CD43、IgM-)、プレB細胞(B220、CD43-、IgM-);未熟B細胞(B220、CD43-、IgM);成熟B細胞(B220、PNA-);GC B細胞(B220、PNA)。
【0029】
本発明の動物は、Spns2遺伝子の機能的欠損に伴う種々の特徴を有する。例えば、本発明の動物は、野生型動物に比し、血中またはリンパ液中のリンパ球の数が減少し得る。
【0030】
一実施形態では、本発明の動物は、ゲノムDNAの改変を伴う動物、いわゆるノックアウト動物であり得る。本発明の動物は、Spns2遺伝子欠損ヘテロ接合体、またはSpns2遺伝子欠損ホモ接合体であり得る。
【0031】
本発明の動物はまた、細胞特異的なSpns2遺伝子の欠損を含む動物であり得る。このような動物としては、少なくとも血管内皮細胞におけるSpns2遺伝子の欠損を含むものが好ましい。かかる動物もまた、上述した形質を示し得る。
【0032】
本発明の動物は、自体公知の方法により製造できる。先ず、本発明の動物の作製に有用なキメラ動物の作製法について説明する。なお、本発明の動物は、本発明の動物の作製に有用なキメラ動物をも含む。
【0033】
キメラ動物は、例えば下記の工程(a)〜(c)を含む方法により製造できる。
(a)Spns2遺伝子の欠損を含む胚性幹細胞を提供する工程;
(b)該胚性幹細胞を胚に導入し、キメラ胚を得る工程;
(c)該キメラ胚を動物に移植し、キメラ動物を得る工程;
【0034】
上記方法の工程(a)では、Spns2遺伝子の欠損を含む胚性幹細胞(ES細胞)は、例えば、後述の方法にて作製されたものを使用できる。
【0035】
上記方法の工程(b)では、胚が由来する動物種は、本発明の動物種と同様であり得、また、導入される胚性幹細胞が由来する動物種と同一であることが好ましい。胚としては、例えば胚盤胞、8細胞期胚などが挙げられる。胚はホルモン剤(例えばFSH様作用を有するPMSGおよびLH作用を有するhCGを使用)等により過排卵処理を施した雌動物を、雄動物と交配させること等により得ることができる。胚性幹細胞を胚に導入する方法としては、マイクロマニピュレーション法、凝集法などが挙げられる。
【0036】
上記方法の工程(c)では、キメラ胚が動物の子宮に移入され得る。キメラ胚が移植される動物は好ましくは偽妊娠動物である。偽妊娠動物は、正常性周期の雌動物を、精管結紮等により去勢した雄動物と交配することにより得ることができる。キメラ胚が導入された動物は、妊娠し、キメラ動物を出産する。
【0037】
次いで、出生した動物がキメラ動物か否かが確認される。出生した動物がキメラ動物であるか否かは自体公知の方法により確認でき、例えば、体色や被毛色で判別できる。また、判別のために、体の一部からDNAを抽出し、サザンブロット解析やPCRを行ってもよい。
【0038】
本発明の動物は、例えば下記の工程(a)〜(d)を含む方法により製造できる:
(a)Spns2遺伝子の欠損を含む胚性幹細胞を提供する工程;
(b)該胚性幹細胞を胚に導入し、キメラ胚を得る工程;
(c)該キメラ胚を動物に移植し、キメラ動物を得る工程;
(d)該キメラ動物を交配させ、Spns2遺伝子欠損ヘテロ接合体を得る工程。
【0039】
上記方法の工程(a)〜(c)は、上述したキメラ動物の作製方法と同様にして行うことができる。
【0040】
上記方法の工程(d)では、工程(c)で得られたキメラ動物が成熟した後に交配させる。交配は好ましくは、野生型動物とキメラ動物との間で、またはキメラ動物同士で行われ得る。Spns2遺伝子欠損が、キメラ動物の生殖系列細胞へ導入され、Spns2遺伝子欠損ヘテロ接合体子孫が得られたか否かは、自体公知の方法により種々の形質を指標として確認でき、例えば、子孫動物の体色や被毛色により判別できる。また、判別のために、体の一部からDNAを抽出し、サザンブロット解析やPCRアッセイを行ってもよい。さらに、このようにして得られたSpns2遺伝子欠損ヘテロ接合体同士を交配させることにより、Spns2遺伝子欠損ホモ接合体を作製できる。
【0041】
一般的に、ノックアウト動物の作製の過程では、胚性幹細胞に由来する遺伝子と、交配に用いた動物に由来する遺伝子とが交雑した遺伝子型を有する子孫動物が得られるため、結果としてSpns2遺伝子が欠損することのみによる特有の効果を調べることが困難となってしまう場合がある。そこで、Spns2遺伝子欠損特有の効果のみをより適切に抽出するために、得られたSpns2遺伝子欠損動物(ヘテロ接合体またはホモ接合体)を純系の動物系統と、5世代〜8世代程度にわたり戻し交配することが好ましい。また、自然交配のみにより戻し交配を行うと長い年月がかかる場合があるので、世代交代を早めたい場合には体外受精技術を適宜用いることもできる。
【0042】
また、本発明の動物が、細胞特異的なSpns2遺伝子を欠損する動物である場合、かかる動物は、例えば、リコンビナーゼ標的配列を含む所定のターゲティングベクター(後述)の使用により作製された動物と、少なくとも血管細胞においてリコンビナーゼを発現するノックアウト動物(例えば、血管内皮細胞特異的にリコンビナーゼを発現するノックアウト動物)を交配させることで作製できる。また、リコンビナーゼ標的配列を含むターゲティングベクター(後述)の使用により作製された動物の血管細胞に対し、リコンビナーゼ、またはリコンビナーゼ発現ベクターを作用させてもよい。例えば、血管内皮細胞に対してリコンビナーゼを作用させる方法、あるいは該細胞に特異的にリコンビナーゼを作用させる方法としては、血管内皮細胞特異的プロモーター(例えば、Tie2プロモーター)を含む発現ベクターを使用する方法、エプスタイン・バー・ウイルスを発現ベクターとして使用する方法、血管内皮細胞で特異的に発現する細胞表面分子に対する抗体が組み込まれたリポソームを使用する方法が挙げられる。
【0043】
別の実施形態では、本発明の動物は、ゲノムDNAの改変を伴わない動物であり得る。かかる動物は、例えば、後述するSpns2遺伝子の発現または機能を抑制する物質(例えば、アンチセンス核酸、RNAi誘導性核酸)の動物での強制発現により作製できる。投与は、例えば、リポソーム等の適切な送達手段を使用して行われ得る。また、細胞特異的なSpns2遺伝子の欠損を達成することも可能である。例えば、血管内皮細胞特異的なSpns2遺伝子の欠損を達成するためには、血管内皮細胞に特異的にリコンビナーゼを作用させる方法と同様の方法を使用できる。
【0044】
本発明の動物は、免疫系疾患モデルとして有用である。本発明の動物がモデルとなり得る免疫不全疾患は、免疫機能の低下を伴う疾患、例えば、液性または細胞性免疫機能の低下を伴う疾患であり得る。液性免疫機能の低下を伴う疾患は、血液・リンパ液中のB細胞数の減少により引き起こされ得る疾患であり得る。一方、細胞性免疫機能の低下を伴う疾患は、血液・リンパ液中のT細胞数の減少により引き起こされ得る疾患であり得る。液性免疫機能の抑制を伴う免疫不全疾患としては、例えば、抗体産生能の低下を伴う疾患(例えば、無γグロブリン症、BLNK欠損症)が挙げられる。一方、細胞性免疫機能の抑制を伴う免疫不全疾患としては、例えば、ディ・ジョージ症候群、クラスII MHC欠損症、T細胞減少・欠損症(例えば、特発性CD4T細胞減少症)が挙げられる。
【0045】
本発明の動物はまた、Spns2遺伝子および免疫機能調節機構の解析、ならびに免疫機能調節剤の開発などに有用である。例えば、本発明の動物における遺伝子発現を網羅的に解析することで、免疫機能調節に関与する他の遺伝子(例えば、Spns2遺伝子の発現様式と連動する発現様式を示す遺伝子)の同定が可能となる。この場合、例えば、本発明の動物において、遺伝子発現の網羅的解析を可能にする手段(例えば、マイクロアレイ)により遺伝子発現プロフィールが測定され、野生型動物または他の免疫疾患モデル動物等のコントロール動物(同種または異種動物)の遺伝子発現プロフィールと比較される。また、本発明の動物の遺伝子発現プロフィールを経時的に追跡し、病態の発現、進行と遺伝子発現プロフィールの変化との連動性を評価することもできる。
【0046】
本発明の動物は、Spns2遺伝子に相同な第一のポリヌクレオチドおよび第二のポリヌクレオチド、ならびに選択マーカーを含む、Spns2遺伝子の相同組換えを誘導し得るターゲティングベクターを用いることにより、作製され得る。
【0047】
第一および第二のポリヌクレオチドは、Spns2遺伝子を含むゲノムDNAに対して、相同組換えを生じるのに十分な程度の配列同一性および長さを有するポリヌクレオチドである。第一および第二のポリヌクレオチドはそれぞれ、Spns2遺伝子を含むゲノムDNAの異なる領域に対応する。
【0048】
また、第一および第二のポリヌクレオチドは、相同組換えにより、Spns2遺伝子の欠損を引き起こすように選択される。即ち、第一および第二のポリヌクレオチドは、Spns2遺伝子を含むゲノムDNAにおいて、第一および第二のポリヌクレオチドに対して相同な2つの領域の間に存在するゲノムDNA部分領域が欠失すると、Spns2遺伝子の欠損がもたらされるように選択される。かかる領域は、当業者であれば適宜決定できるが、例えば、1以上のエクソン(例えば、エクソン3〜5)、あるいはプロモーター領域またはエンハンサー領域を少なくとも欠失するように第一および第二のポリヌクレオチドが選択される。
【0049】
Spns2遺伝子を含むゲノムDNAに対する第一および第二のポリヌクレオチドの同一性の程度は、相同組換えを可能とする限り特に限定されない。例えば、相同組換えを可能とする同一性の程度は、ポリヌクレオチドの長さによっても異なるが、例えば少なくとも約80%以上、好ましくは少なくとも約85%以上、より好ましくは少なくとも約90%以上、最も好ましくは約95〜100%であり得る。同一性%は、自体公知の方法により決定でき、例えば、NCBIホームページで利用可能なBLASTNを初期(default)設定で用いることにより決定できる。同一性%はまた、Smith-Watermanのアルゴリズムを使用して、ギャップ・オープン・ペナルティー(gap open penalty):12、ギャップ・エクステンション・ペナルティー(gap extension penalty):1によりアフィン・ギャップ検索(affine gap search)を行うことにより決定してもよい。
【0050】
第一および第二のポリヌクレオチドの長さは、ゲノムDNAの相同組換えが生じる長さである限り特に限定されない。しかしながら、一般論として、ターゲティングベクターによってゲノムDNAの相同組換えが効率よく起こるためには、相同領域が長いほどよい。一方、ターゲティングベクターの種類によって、挿入可能なDNAの長さは一定に制限される。従って、これらを考慮すると、第一のポリヌクレオチド、第二のポリヌクレオチドの長さは、例えば0.5kb-20kb、好ましくは1kb-10kbであり得る。
【0051】
一実施形態では、Spns2遺伝子に相同な第一のポリヌクレオチドと、第二のポリヌクレオチドとの間(換言すれば、内側)に選択マーカーが含まれる。この場合、選択マーカーとしては、ポジティブ選択マーカーが好ましい。ポジティブ選択マーカーは、その遺伝子を有する細胞のみを所定の条件下で生存および/または増殖可能にする産物をコードする遺伝子であり、例えば、ネオマイシン耐性遺伝子、ハイグロマイシンBホスホトランスフェラーゼ(BPH)遺伝子、ブラスティシジンSデアミナーゼ遺伝子、ピューロマイシン耐性遺伝子などが挙げられる。
【0052】
別の実施形態では、Spns2遺伝子に相同な第一のポリヌクレオチドと、第二のポリヌクレオチドとの外側に選択マーカーが含まれる。この場合、選択マーカーとしては、ネガティブ選択マーカーが好ましい。ネガティブ選択マーカーは、非ターゲティング染色体部位に組み込まれたDNA挿入物を有する細胞に対して毒性に作用する遺伝子であり、例えば、単純ヘルペスウイルス(HSV)のチミジンキナーゼ(tk)遺伝子、ジフテリア毒素Aフラグメント(DTA)遺伝子などが挙げられる。
【0053】
ターゲティングベクターは、ポジティブ選択マーカー、ネガティブ選択マーカーのいずれか一方、好ましくは両方を含むことができる。
【0054】
ターゲティングベクターの基本骨格となるベクターは特に限定されず、形質転換を行う細胞(例えば、大腸菌)中で自己複製可能なものであればよい。例えば、市販のpBluscript(Stratagene社製)、pZErO 1.1(Invitrogen社)、pGEM-1(Promega社)等が使用可能である。
【0055】
ターゲティングベクターはまた、2以上のリコンビナーゼ標的配列を含んでいてもよい。2以上のリコンビナーゼ標的配列は、同一または反対の配向性(orientation)で配置できる。2以上のリコンビナーゼ標的配列は、Spns2遺伝子に相同な第一のポリヌクレオチドと第二のポリヌクレオチドとの間(換言すれば、内側)に配置される。このようなターゲティングベクターは、いわゆるコンディショナルノックアウトを可能にする。
【0056】
リコンビナーゼ標的配列としては、当該分野で公知の配列、例えば、バクテリオファージP1由来のCre/loxPシステムで用いられるloxP配列、酵母由来のFLP/FRTシステムで用いられるFRT配列を使用できる。
【0057】
一実施形態では、2つのリコンビナーゼ標的配列の間(換言すれば、内側)に、Spns2遺伝子を含むゲノムDNA中の部分領域、あるいは当該領域およびポジティブ選択マーカーが配置される。具体的には、リコンビナーゼ標的配列-Spns2遺伝子を含むゲノムDNA中の部分領域(およびポジティブ選択マーカー)-リコンビナーゼ標的配列の様式で、リコンビナーゼ標的配列が配置される。
【0058】
別の実施形態では、3つのリコンビナーゼ標的配列の間に、Spns2遺伝子を含むゲノムDNA中の部分領域およびポジティブ選択マーカーが個別に配置される。具体的には、リコンビナーゼ標的配列-Spns2遺伝子を含むゲノムDNA中の部分領域-リコンビナーゼ標的配列-ポジティブ選択マーカー-リコンビナーゼ標的配列の様式で、リコンビナーゼ標的配列が配置される。
【0059】
2以上のリコンビナーゼ標的配列の間に含まれるゲノムDNA中の部分領域は、リコンビナーゼ作用下での当該領域の欠失により、Spns2遺伝子の欠損がもたらされる領域である。かかる領域は、当業者であれば適宜決定でき、例えば、少なくとも1つのエクソン、あるいはプロモーター領域またはエンハンサー領域を含む領域であり得る。
【0060】
ターゲティングベクターは、自体公知の方法により製造できる。例えば、ターゲティングベクターは、Spns2遺伝子に相同な第一のポリヌクレオチドおよび第二のポリヌクレオチドならびに該選択マーカーをベクターに挿入することにより製造できる。なお、このようなターゲティングベクターを作製するにあたっては、最初に、Spns2遺伝子を含むゲノムDNA断片を単離する必要があるが、ゲノムDNA断片は、相同組換えの際に効率良く組換えが生じるよう、作製しようとするES細胞が由来する動物種と同一の動物種から単離することが好ましい。また、相同組換えの効率をさらに上げるために、ES細胞が由来する同一種の動物のうち同じ系統の動物から、ゲノムDNAを単離することがより好ましい。
【0061】
本発明の動物の作製、ターゲティングベクターの作製の詳細については、例えば、下記文献を参照のこと。
1.別冊 実験医学 ザ・プロトコールシリーズ 「ジーンターデティングの最新技術」(2000年、羊土社)コンディショナルターゲティング法p.115-120
2.バイオマニュアルシリーズ8 「ジーンターゲティング」-ES細胞を用いた変異マウスの作製(1995年、羊土社)p.71-77
3.Sambrookら, Molecular Cloning: A LABORATORY MANUAL, 第3版, COLD SPRING HARBO
R LABORATORY PRESS, 2001年, 4. 82-4.85
4.Robertson E. J. in Teratocarcinomas and embryonic stem cells-a practical approach, ed. Robertson, E. J.(IRL Press, Oxford), 1987: pp.108-112
5.Dynecki, S. M.ら, Gene Targeting -a practical approach, 2nd edition, ed. Joyner, A.L.(Oxford Univ. Press), 2000: pp.68-73
6.Dynecki, S. M. ら, Gene Targeting -a practical approach, 2nd edition, ed. Joyner, A. L.(Oxford Univ. Press), 2000: pp.75-81
【0062】
(3.免疫機能を調節し得る物質のスクリーニング方法)
本発明はまた、被験物質がSpns2遺伝子の発現または機能を調節することを特徴とする、リンパ球のリンパ器官から血中またはリンパ管への遊出を制御する物質のスクリーニング方法を提供する。
【0063】
スクリーニング方法に供される被験物質は、いかなる公知化合物および新規化合物であってもよく、例えば、核酸、糖質、脂質、蛋白質、ペプチド、有機低分子化合物、コンビナトリアルケミストリー技術を用いて作製された化合物ライブラリー、固相合成やファージディスプレイ法により作製されたランダムペプチドライブラリー、あるいは微生物、動植物、海洋生物等由来の天然成分等が挙げられる。本発明のスクリーニング方法に供する前に、一次スクリーニングとしてSpns2遺伝子又はSPNS2の発現・機能を調節する被験物質を候補物質として選別することが望ましい。
【0064】
本発明のスクリーニング方法は、下記の工程(a)〜(c)を含む、リンパ球のリンパ器官から血中またはリンパ管への遊出を制御する物質のスクリーニング方法である:
(a)本発明の非ヒトモデル動物及び当該非ヒトモデル動物の野生型対照に被験物質を投与する工程、
(b)前記被験物質を投与した非ヒトモデル動物及び野生型対照における投与前後の血中またはリンパ液中のリンパ球の数の変動を調べ、比較する工程、および、
(c)前記(b)の比較結果に基づいて、血中またはリンパ液中のリンパ球の数を変動させる被験物質を選択する工程。
【0065】
被験物質を本発明の動物に投与する方法は特に限定されるものではないが、経口的または非経口的に投与され得る。非経口的投与経路としては、例えば、静脈内、動脈内、筋肉内、腹腔内、気道内等の全身投与、あるいは標的細胞付近への局所投与等があげられる。
【0066】
前記被験物質の投与量は、有効成分の種類、分子の大きさ、投与経路、投与対象となる動物種、投与対象の薬物受容性、体重、年齢等によって適宜設定することができる。
【0067】
前記工程(b)において、前記被験物質を投与した野生型対照における投与前後の血中またはリンパ液中のリンパ球の数を調べ、前記被験物質を投与した本発明の非ヒトモデル動物における血中またはリンパ液中のリンパ球の数と比較する。
【0068】
前記工程(b)において、被験物質を投与した本発明の非ヒトモデル動物および野生型対照における投与前後の血中またはリンパ液中のリンパ球の数は、自体公知の方法により調べられる。例えば、非ヒトモデル動物およびその野生型対照から血液またはリンパ液を採取し、リンパ球に特徴的な細胞表面マーカーに対する抗体等で染色し、フローサイトメーター等の測定機器を用いることにより、血中またはリンパ管中のリンパ球数を測定できる。
【0069】
「血液」としては、いかなる組織由来の血液も想定することができるが、採取の容易さから、通常は末梢血が用いられる。血液の採取方法としては、自体公知の方法が適用できる。また採取した血液はそのまま本工程に用いてもよいが、抗凝固剤で処理した後に用いてもよい。
【0070】
「リンパ液」とは、リンパ管に存在する、一般にアルカリ性の黄色の漿液性の液体であって、血管より漏出した血漿蛋白質、組織内の細胞より排出された高分子物質を成分として含み、血漿に類似する性状を示す体液をさす。リンパ液の採取は、例えば、非ヒトモデル動物またはその野生型対照の十二指腸と胸管リンパに、それぞれ採取用カテーテルを留置することにより行い得る。
【0071】
あるいは、当該スクリーニング方法は、前記工程(b)において、リンパ球数を測定する代わりに、非ヒトモデル動物およびその野生型対照からリンパ節を摘出して固定し、リンパ球に特徴的な細胞表面マーカーに対する抗体等で染色し、免疫組織化学的にリンパ球の遊出の促進/阻害について、比較するものであってもよい。
【0072】
前記工程(c)において、工程(b)で得られた比較結果に基づき、リンパ球のリンパ器官から血中またはリンパ管への遊出を制御する物質を選択する。被験物質を投与した後の野生型対照における血中またはリンパ管中のリンパ球数が、投与前の野生型対照における血中またはリンパ管中のリンパ球数よりも相対的に多く、かつ被験物質を投与した非ヒトモデル動物における被験物質の投与前後の血中またはリンパ管中のリンパ球数の変動が野生対照型における変動に比べて小さいか実質的にない場合には、当該被験物質を、SPNS2依存的にリンパ球のリンパ器官から血中またはリンパ管への遊出を促進させる物質として選択することができる。逆に、被験物質を投与した後の野生型対照における血中またはリンパ管中のリンパ球数が、投与前の野生型対照における血中またはリンパ管中のリンパ球数よりも相対的に少なく、かつ被験物質を投与した非ヒトモデル動物における被験物質の投与前後の血中またはリンパ管中のリンパ球数の変動が野生対照型における変動に比べて小さいか実質的にない場合には、当該被験物質を、SPNS2依存的にリンパ球のリンパ器官から血中またはリンパ管への遊出を抑制する物質として選択することができる。
【0073】
上記方法の工程(c)では、Spns2遺伝子又はSPNS2の発現・機能を調節する被験物質が選択され得る。Spns2遺伝子又はSPNS2の発現・機能の調節は、発現の増加または減少・機能の促進または阻害であり得る。例えば、Spns2遺伝子又はSPNS2の発現を増加させる(発現を促進する)被験物質は、リンパ器官から血中またはリンパ管への遊出を促進させる物質であり得、例えば、免疫不全疾患の予防・治療薬となり得る。一方、Spns2遺伝子又はSPNS2の発現を減少させる(発現を抑制する)被験物質は、リンパ器官から血中またはリンパ管への遊出を阻害する物質であり得、例えば、自己免疫疾患またはアレルギー疾患の予防・治療薬となり得る。同様に、Spns2遺伝子又はSPNS2の機能を促進させる被験物質は、リンパ器官から血中またはリンパ管への遊出を促進させる物質であり得、例えば、免疫不全疾患の予防・治療薬となり得る。一方、Spns2遺伝子又はSPNS2の機能を阻害する被験物質は、リンパ器官から血中またはリンパ管への遊出を阻害する物質であり得、例えば、自己免疫疾患またはアレルギー疾患の予防・治療薬となり得る。従って、Spns2遺伝子やSPNS2の発現量を指標として、免疫系疾患の予防・治療剤等の医薬、または研究用試薬のための候補物質を選択することが可能となる。
【0074】
本発明のスクリーニング方法はまた、例えば、SPNS2のアンタゴニストまたはアゴニストを対象とした二次スクリーニングとしても有用であり得る。SPNS2のアンタゴニストまたはアゴニストは公知の物質であってもよく、例えば、特開2010−770451号公報に開示されているSPNS2のアンタゴニストまたはアゴニストのスクリーニング方法に供して選別されたアンタゴニストまたはアゴニスト候補物質を本発明のスクリーニング方法に供してもよい。
【0075】
前記SPNS2のアンタゴニストまたはアゴニストのスクリーニング方法は、例えば以下の(1)〜(4)の工程によることができる。
(1)SPNS2発現用細胞に、SPNS2とスフィンゴシンキナーゼを発現させる工程;
(2)上記(1)の細胞培養液にスフィンゴシンを加えて培養し、細胞内に当該スフィンゴシンを導入し、前記(1)の細胞内で発現したスフィンゴシンキナーゼを反応させて、S1Pを生成させる工程;
(3)さらに、上記(2)の細胞培養液に被験物質を加えて培養し、被験物質と細胞内で発現したSPNS2とを相互作用させる工程;
(4)一定時間培養後に、細胞内外のS1P量を測定する工程。
【0076】
前記工程(1)において、前記細胞は、SPNS2をコードするcDNAを含む。具体的には、発現ベクターのプロモーターの下流に当該cDNAを有するプラスミドを構築し、発現用ベクターを作製して、宿主細胞に導入することで、SPNS2を発現し得る細胞を構築することができる。ここで、発現ベクターは特に限定されず、SPNS2を発現可能なベクターであればよい。具体的には、CMVプロモーターなどを含むベクターが挙げられ、例えば市販のpcDNA3.1(Invitrogen社)などを利用することができる。SPNS2発現確認のために、レポータータンパク質との融合タンパク質を発現する発現用ベクターを用いてもよい。
【0077】
遺伝子の導入方法は特に限定されず、自体公知の方法、または今後開発される方法を適用することができるが、例えば遺伝子導入試薬(LipofectamineTM-200試薬, Invitogen社)を用いることができる。
【0078】
また、宿主細胞についても、特に限定されないが、例えば細菌、酵母、動物細胞、植物細胞等を用いることができる。SPNS2のアゴニストおよび/またはアンタゴニストのスクリーニングを行うために、細胞を利用する場合には、SPNS2を発現させることにより細胞外にS1Pをトランスポート可能にできる細胞であることが必要であり、好適には動物細胞を用いることができ、より具体的には、CHO(Chinese Hamster Ovary)細胞等を用いることができる。
【0079】
前記SPNS2のアゴニストおよび/またはアンタゴニストのスクリーニング方法に使用するためには、SPNS2を発現し得る細胞は、SPNS2の機能を確認できる細胞であることが好ましい。SPNS2の機能は、例えば細胞内外のS1P量を測定することにより、確認することができる。例えば、細胞外にS1Pが認められない場合は、SPNS2の機能が低いと考えられ、細胞内よりも細胞外にS1Pが多く認められる場合は、SPNS2が機能していると考えられる。
【0080】
そこで、SPNS2を発現し得る細胞は、さらにスフィンゴシンキナーゼをコードするcDNAを含んでいてもよい。各々の発現用ベクターは、各タンパク質が別々に発現し得るものであればよく、異なるベクターであってもよいし、1種のベクターに、各々を発現しうる発現カセットを含んでいてもよい。スフィンゴシンキナーゼをコードするcDNAの配列は、NCBI Accession No.NP_079643に開示する配列を参照することができる。
【0081】
前記SPNS2のアンタゴニストまたはアゴニストのスクリーニング方法は、より具体的には、以下の(1)〜(5)の工程によることができる。
(1)スフィンゴシンキナーゼおよびSPNS2分子を発現する細胞を構築する工程。
(2)構築した細胞の培養液にスフィンゴシンを加えて培養し、細胞内にスフィンゴシンを導入する工程。導入したスフィンゴシンは、細胞内のスフィンゴシンキナーゼによりS1Pとなる。ここで、導入するスフィンゴシンは、後の検出のために標識ラベルしたものであってもよい。
(3)上記細胞と被験物質を相互作用させ、一定時間培養後、遠心分離などにより細胞と培養液を分離し、細胞内外のS1Pを検出する工程。検出方法は、S1Pが検出可能な方法であればよく、特に限定されない。例えば、クロマトグラフィーや質量分析、またはこれらの組み合わせによって検出することができ、あるいは標識スフィンゴシンから生成した標識S1Pであれば、標識を検出することができる。
(4)被験物質と細胞を相互作用させない場合の細胞内外のS1P量を対照とし、被験物質と細胞を相互作用させた場合の細胞内外のS1Pを比較する工程。
(5)対照の細胞外S1P量に対して、被験物質と細胞を相互作用させた場合の細胞外S1Pが増加した場合に、被験物質はSPNS2アゴニストとし、細胞外S1Pが減少した場合に、被験物質はSPNS2アンタゴニストと判定する工程。
【0082】
上記のスクリーニング方法において、スフィンゴシンキナーゼおよびSPNS2を発現する細胞は、あらかじめ構築したものを用いてもよい。また、標識ラベルしたスフィンゴシンは、予め標識されたものを用いてもよい。スフィンゴシンの標識方法も特に限定されず、自体公知の標識方法を適用することができる。判定の容易さを考慮すると、放射性物質や蛍光物質で標識することができ、例えば3Hで標識することができる。
【0083】
より具体的には、以下の方法によりSPNS2のアゴニストおよび/またはアンタゴニストをスクリーニングすることができる。
(1)発現ベクターのプロモーターの下流にスフィンゴシンキナーゼコードするcDNAを有するプラスミドを構築し、発現用ベクターを作製してCHO(Chinese Hamster Ovary)細胞に導入し、スフィンゴシンキナーゼ1を発現するCHO細胞(CHO-SphK)を構築する。さらにSPNS2を発現する発現用ベクターを作製し、CHO-SphKに導入する。SPNS2発現確認のために、レポータータンパク質との融合タンパク質を発現する発現用ベクターを用いてもよい。遺伝子の導入は、例えば遺伝子導入試薬(LipofectamineTM-200試薬, Invitogen社)を用いることができる。
(2)CHO-SphKを6−16時間程度培養後、培養液を交換し、標識したスフィンゴシンを加える。脂溶性のスフィンゴシンは、細胞内に発現するマウス・スフィンゴシンキナーゼ1によりリン酸化され、標識S1Pに変換される。
(3)培養液に被験物質を添加し、COインキュベータ内で37℃、約30分経過後、各遺伝子を導入したCHO-SphKについて、培地(上清:S)および細胞(沈殿:P)に分離し、抽出された標識S1Pを薄層クロマトグラフィーで展開し、バイオイメージングアナライザーを用いて検出する。
(4)被験物質と細胞を相互作用させない場合の細胞内外のS1P量を対照とし、被験物質と細胞を相互作用させた場合の細胞内外のS1Pを比較する。
(5)対照の細胞外S1P量に対して、被験物質と細胞を相互作用させた場合の細胞外S1Pが増加した場合に、被験物質はSPNS2アゴニストとし、細胞外S1Pが減少した場合に、被験物質はSPNS2アンタゴニストと判定する。
【0084】
本発明のスクリーニング方法は、SPNS2を標的として免疫機能を調節し得る物質のスクリーニングを可能とする。本発明のスクリーニング方法は、上述の医薬または研究用試薬、あるいは上述した免疫細胞数の調節による免疫機能調節剤の開発などに有用である。
【0085】
(4.免疫機能調節剤)
本発明はまた、Spns2遺伝子又はSPNS2の発現または機能を調節する物質を含有してなる、免疫機能調節剤を提供する。本発明の免疫機能調節剤は、リンパ器官から血中またはリンパ管へのリンパ球遊出調節剤であり得る。
【0086】
一実施形態では、本発明のスクリーニング方法により同定される、免疫機能を調節する物質は、Spns2遺伝子又はSPNS2の発現または機能を調節する物質であって、Spns2遺伝子又はSPNS2の発現を促進する物質であり得る。
【0087】
Spns2遺伝子の発現とは、Spns2遺伝子からの翻訳産物(即ち、SPNS2蛋白質)が産生されかつ機能的な状態でその作用部位に局在することをいう。従って、Spns2遺伝子の発現を促進する物質は、Spns2遺伝子の転写、転写後調節、翻訳、翻訳後修飾、局在化および蛋白質フォールディング等の、いかなる段階で作用するものであってもよい。なお、本明細書で使用される場合、Spns2遺伝子の発現の促進としては、SPNS2蛋白質の補充をも含むものとする。
【0088】
Spns2遺伝子又はSPNS2の発現を促進する物質の例は、SPNS2蛋白質、またはSpns2遺伝子をコードする核酸を含む発現ベクターであり得る。
【0089】
別の実施形態では、免疫機能を調節する物質は、Spns2遺伝子の発現または機能を調節する物質であって、Spns2遺伝子の発現を抑制する物質であり得る。Spns2遺伝子の発現を抑制する物質は、Spns2遺伝子の転写、転写後調節、翻訳、翻訳後修飾、局在化および蛋白質フォールディング等の、いかなる段階で作用するものであってもよい。
【0090】
Spns2遺伝子又はSPNS2の発現を抑制する物質の例は、Spns2遺伝子の転写産物、詳細にはmRNAもしくは初期転写産物に対するアンチセンス核酸である。アンチセンス核酸とは、標的mRNA(初期転写産物)を発現する細胞の生理的条件下で該標的mRNA(初期転写産物)とハイブリダイズし得る塩基配列からなり、かつハイブリダイズした状態で該標的mRNA(初期転写産物)にコードされるポリペプチドの翻訳を阻害し得る核酸をいう。アンチセンス核酸の種類はDNAであってもRNAであってもよいし、あるいはDNA/RNAキメラであってもよい。
【0091】
アンチセンス核酸の長さは、Spns2遺伝子の転写産物と特異的にハイブリダイズし得る限り特に制限はなく、短いもので約15塩基程度、長いものでmRNA(初期転写産物)の全配列に相補的な配列を含むような配列であってもよい。合成の容易さや抗原性の問題等から、例えば約15塩基以上、好ましくは約15〜約30塩基からなるオリゴヌクレオチドが例示される。
【0092】
アンチセンス核酸の標的配列は、アンチセンス核酸がハイブリダイズすることにより、Spns2遺伝子もしくはその機能的断片の翻訳が阻害される配列であれば特に制限はなく、mRNAの全配列であっても部分配列であってもよいし、あるいは初期転写産物のイントロン部分であってもよいが、アンチセンス核酸としてオリゴヌクレオチドを使用する場合は、標的配列はSpns2遺伝子のmRNAの5’末端からコード領域のC末端までに位置することが望ましい。
【0093】
さらに、アンチセンス核酸は、Spns2遺伝子の転写産物とハイブリダイズして翻訳を阻害するだけでなく、二本鎖DNAと結合して三重鎖(トリプレックス)を形成し、mRNAへの転写を阻害し得るものであってもよい。
【0094】
Spns2遺伝子又はSPNS2の発現を抑制する物質の別の例は、Spns2遺伝子の転写産物、詳細にはmRNAもしくは初期転写産物を、コード領域の内部(初期転写産物の場合はイントロン部分を含む)で特異的に切断し得るリボザイムである。リボザイムとは核酸を切断する酵素活性を有するRNAをいうが、最近では当該酵素活性部位の塩基配列を有するオリゴDNAも同様に核酸切断活性を有することが明らかになっているので、本発明では配列特異的な核酸切断活性を有する限りDNAをも包含する概念として用いるものとする。リボザイムとして最も汎用性の高いものとしては、ウイロイドやウイルソイド等の感染性RNAに見られるセルフスプライシングRNAがあり、ハンマーヘッド型やヘアピン型等が知られている。また、リボザイムを、それをコードするDNAを含む発現ベクターの形態で使用する場合には、細胞質への移行を促進するために、tRNAを改変した配列をさらに連結したハイブリッドリボザイムとすることもできる[Nucleic Acids Res., 29(13): 2780-2788(2001)]。
【0095】
Spns2遺伝子又はSPNS2の発現を抑制する物質のさらに別の例は、RNA干渉(RNAi)誘導性核酸である。RNAi誘導性核酸とは、細胞内に導入されることにより、RNAi効果を誘導し得る核酸をいい、好ましくはRNAである。RNAi誘導性核酸としては、たとえばsiRNA、stRNA、miRNAなどが挙げられる。RNAi誘導性核酸としては、後述の通り自ら合成したものを使用できるが、市販のものを用いてもよい(例えば、ステルスRNAi(インビトロジェン社製、カタログ番号:10620-310)。
【0096】
短い二本鎖RNAを細胞内に導入するとそのRNAに相補的なmRNAが分解される、いわゆるRNA干渉(RNAi)と呼ばれる現象は、以前から線虫、昆虫、植物等で知られていたが、最近、この現象が動物細胞でも起こることが確認されたことから[Nature, 411(6836): 494-498(2001)]、リボザイムの代替技術として注目されている。
【0097】
siRNAは、代表的には、標的遺伝子のmRNAのヌクレオチド配列またはその部分配列(以下、標的ヌクレオチド配列)と相補的な配列を有するRNAとその相補鎖からなる2本鎖オリゴRNAである。また、ヘアピンループ部分を介して、標的ヌクレオチド配列に相補的な配列(第1の配列)と、その相補配列(第2の配列)とが連結された一本鎖RNAであって、ヘアピンループ型の構造をとることにより、第1の配列が第2の配列と2本鎖構造を形成するRNA(small hairpin RNA: shRNA)もsiRNAの好ましい態様の1つである。
【0098】
siRNAに含まれる、標的ヌクレオチド配列と相補的な部分の長さは、通常、約18塩基以上、好ましくは約19塩基以上、より好ましくは約21塩基以上の長さであるが、標的遺伝子の発現を特異的に抑制可能である限り、特に限定されない。siRNAが23塩基よりも長い場合には、該siRNAは細胞内で分解されて、約20塩基前後のsiRNAを生じ得るので、理論的には標的ヌクレオチド配列と相補的な部分の長さの上限は、標的遺伝子のmRNA(成熟mRNAもしくは初期転写産物)のヌクレオチド配列の全長である。しかし、インターフェロン誘導の回避、合成の容易さ、抗原性の問題等を考慮すると、該相補部分の長さは、例えば約50塩基以下、好ましくは約25塩基以下、最も好ましくは約23塩基以下である。即ち、該相補部分の長さは、通常、約18〜約50塩基、好ましくは約19〜約25塩基、より好ましくは約21〜約23塩基である。
【0099】
また、siRNAを構成する各RNA鎖の長さも、通常、約18塩基以上、好ましくは約19塩基以上、より好ましくは約21塩基以上の長さであるが、標的遺伝子の発現を特異的に抑制可能である限り、特に限定されず、理論的には各RNA鎖の長さの上限はない。しかし、インターフェロン誘導の回避、合成の容易さ、抗原性の問題等を考慮すると、siRNAの長さは、例えば約50塩基以下、好ましくは約25塩基以下、最も好ましくは約23塩基以下である。即ち、各RNA鎖の長さは、例えば通常、約18〜約50塩基、好ましくは約19〜約25塩基、より好ましくは約21〜約23塩基である。なお、shRNAの長さは、2本鎖構造をとった場合の2本鎖部分の長さとして示すものとする。
【0100】
標的ヌクレオチド配列と、siRNAに含まれるそれに相補的な配列とは、完全に相補的であることが好ましい。しかし、siRNAの中央から外れた位置についての塩基の変異(少なくとも90%以上、好ましくは95%以上の同一性の範囲内であり得る)については、完全にRNA干渉による切断活性がなくなるのではなく、部分的な活性が残存し得る。他方、siRNAの中央部の塩基の変異は影響が大きく、RNA干渉によるmRNAの切断活性が極度に低下し得る。
【0101】
siRNAは、5’および/または3’末端に塩基対を形成しない、付加的な塩基を有していてもよい。該付加的塩基の長さは、siRNAが標的遺伝子の発現を特異的に抑制可能である限り特に限定されないが、通常5塩基以下、例えば2〜4塩基である。該付加的塩基は、DNAでもRNAでもよいが、DNAを用いるとsiRNAの安定性を向上させることができる。このような付加的塩基の配列としては、例えばug-3’、uu-3’、tg-3’、tt-3’、ggg-3’、guuu-3’、gttt-3’、ttttt-3’、uuuuu-3’などの配列が挙げられるが、これに限定されるものではない。
【0102】
shRNAのヘアピンループのループ部分の長さは、標的遺伝子の発現を特異的に抑制可能である限り、特に限定されないが、通常、5〜25塩基程度である。該ループ部分のヌクレオチド配列は、ループを形成することができ、かつ、shRNAが標的遺伝子の発現を特異的に抑制可能である限り、特に限定されない。
【0103】
天然型の核酸は、細胞中に存在する核酸分解酵素によってそのリン酸ジエステル結合が容易に分解されるので、本発明において使用されるアンチセンス核酸、リボザイムおよびRNAi誘導性核酸は、分解酵素に安定なチオリン酸型(リン酸結合のP=OをP=Sに置換)や2’-O-メチル型等の修飾ヌクレオチドを用いて合成もできる。アンチセンス核酸の設計に重要な他の要素として、水溶性および細胞膜透過性を高めること等が挙げられるが、これらはリポソームやマイクロスフェアを使用するなどの剤形の工夫によっても克服できる。
【0104】
アンチセンスオリゴヌクレオチドおよびリボザイムは、例えば、Spns2遺伝子のcDNA配列もしくはゲノミックDNA配列に基づいてSpns2遺伝子の転写産物、詳細にはmRNAもしくは初期転写産物の標的配列を決定し、市販のDNA/RNA自動合成機(アプライド・バイオシステムズ社、ベックマン社等)を用いて、これに相補的な配列を合成することにより調製できる。RNAi誘導性核酸は、例えば、センス鎖およびアンチセンス鎖をDNA/RNA自動合成機でそれぞれ合成し、適当なアニーリング緩衝液中、約90〜約95℃で約1分程度変性させた後、約30〜約70℃で約1〜約8時間アニーリングさせることにより調製できる。また、相補的なオリゴヌクレオチド鎖を交互にオーバーラップするように合成して、これらをアニーリングさせた後リガーゼでライゲーションすることにより、より長い二本鎖ポリヌクレオチドを調製することもできる。
【0105】
Spns2遺伝子又はSPNS2の発現または機能を抑制する物質の別の例は、SPNS2蛋白質に対する抗体である。該抗体は、ポリクローナル抗体、モノクローナル抗体のいずれであってもよく、周知の免疫学的手法により作製できる。また、該抗体は、抗体のフラグメント(例えば、Fab、F(ab’)2)、組換え抗体(例えば、単鎖抗体)であってもよい。さらに、該抗体をコードする核酸(プロモーター活性を有する核酸に機能可能に連結されたもの)もまた、Spns2遺伝子の発現または機能を抑制する物質として好ましい。
【0106】
例えば、ポリクローナル抗体は、SPNS2蛋白質あるいはそのフラグメント(必要に応じて、ウシ血清アルブミン、KLH(Keyhole Limpet Hemocyanin)等のキャリア蛋白質に架橋した複合体とすることもできる)を抗原として、市販のアジュバント(例えば、完全または不完全フロイントアジュバント)とともに、動物の皮下あるいは腹腔内に2〜3週間おきに2〜4回程度投与し(部分採血した血清の抗体価を公知の抗原抗体反応により測定し、その上昇を確認しておく)、最終免疫から約3〜約10日後に全血を採取して抗血清を精製することにより取得できる。抗原を投与する動物としては、ラット、マウス、ウサギ、ヤギ、モルモット、ハムスターなどの哺乳動物が挙げられる。
【0107】
また、モノクローナル抗体は、細胞融合法(例えば、渡邊武、細胞融合法の原理とモノクローナル抗体の作成、谷内昭、高橋利忠編、「モノクローナル抗体とがん-基礎と臨床-」、第2-14頁、サイエンスフォーラム出版、1985年)により作成することができる。例えば、マウスに該因子を市販のアジュバントと共に2〜4回皮下あるいは腹腔内に投与し、最終投与の約3日後に脾臓あるいはリンパ節を採取し、白血球を採取する。この白血球と骨髄腫細胞(例えば、NS-1, P3X63Ag8など)を細胞融合して該因子に対するモノクローナル抗体を産生するハイブリドーマを得る。細胞融合はPEG法[J. Immunol. Methods,81(2): 223-228(1985)]でも電圧パルス法[Hybridoma, 7(6): 627-633(1988)]であってもよい。所望のモノクローナル抗体を産生するハイブリドーマは、周知のEIAまたはRIA法等を用いて抗原と特異的に結合する抗体を、培養上清中から検出することにより選択できる。モノクローナル抗体を産生するハイブリドーマの培養は、インビトロ、またはマウスもしくはラット、好ましくはマウス腹水中等のインビボで行うことができ、抗体はそれぞれハイブリドーマの培養上清および動物の腹水から取得できる。
【0108】
しかしながら、ヒトにおける治療効果と安全性を考慮すると、本発明の抗体は、キメラ抗体、ヒト化またはヒト型抗体であってもよい。キメラ抗体は、例えば「実験医学(臨時増刊号), Vol.6, No.10, 1988」、特公平3-73280号公報等を、ヒト化抗体は、例えば特表平4-506458号公報、特開昭62-296890号公報等を、ヒト抗体は、例えば「Nature Genetics, Vol.15, p.146-156, 1997」、「Nature Genetics, Vol.7, p.13-21, 1994」、特表平4-504365号公報、国際出願公開WO94/25585号公報、「日経サイエンス、6月号、第40〜第50頁、1995年」、「Nature, Vol.368, p.856-859, 1994」、特表平6-500233号公報等を参考にそれぞれ作製することができる。
【0109】
Spns2遺伝子又はSPNS2の発現を抑制する物質の別の例は、SPNS2蛋白質に特異的に結合してその機能的発現を阻害するオリゴヌクレオチド、即ちアプタマーである。SPNS2に対するアプタマーは、例えば、以下の手順により取得することができる。即ち、まず、DNA/RNA自動合成機を用いてランダムにオリゴヌクレオチド(例えば、約60塩基)を合成し、オリゴヌクレオチドのプールを作製する。次に、目的の蛋白質、即ちSPNS2と結合するオリゴヌクレオチドをアフィニティーカラムで分離する。分離したオリゴヌクレオチドをPCRで増幅し、前述の選抜プロセスで再度選抜する。この過程を約5回以上繰り返すことによって、SPNS2に親和性の強いアプタマーを選抜することができる。
【0110】
Spns2遺伝子又はSPNS2の発現または機能を調節する物質が、核酸分子または蛋白質分子である場合、本発明の免疫機能調節剤は、核酸分子または蛋白質分子をコードする核酸分子を含む発現ベクターを有効成分とすることもできる。当該発現ベクターは、上記の核酸分子をコードするオリゴヌクレオチドもしくはポリヌクレオチドが、投与対象である哺乳動物の細胞内でプロモーター活性を発揮し得るプロモーターに機能的に連結されていなければならない。使用されるプロモーターは、投与対象である哺乳動物で機能し得るものであれば特に制限されず、例えば、SV40由来初期プロモーター、サイトメガロウイルスLTR、ラウス肉腫ウイルスLTR、MoMuLV由来LTR、アデノウイルス由来初期プロモーター等のウイルスプロモーター、ならびにβ-アクチン遺伝子プロモーター、PGK遺伝子プロモーター、トランスフェリン遺伝子プロモーター等の哺乳動物の構成蛋白質遺伝子プロモーターなどが挙げられる。
【0111】
発現ベクターは、好ましくは核酸分子をコードするオリゴ(ポリ)ヌクレオチドの下流に転写終結シグナル、すなわちターミネーター領域を含有する。さらに、形質転換細胞選択のための選択マーカー遺伝子(テトラサイクリン、アンピシリン、カナマイシン、ハイグロマイシン、ホスフィノスリシン等の薬剤に対する抵抗性を付与する遺伝子、栄養要求性変異を相補する遺伝子等)をさらに含有することもできる。
【0112】
発現ベクターとして使用される基本骨格のベクター、プラスミドまたはウイルスベクターであり得るが、ヒト等の哺乳動物への投与に好適なベクターとしては、アデノウイルス、レトロウイルス、アデノ随伴ウイルス、ヘルペスウイルス、ワクシニアウイルス、ポックスウイルス、ポリオウイルス、シンドビスウイルス、センダイウイルス、エプスタイン・バー・ウイルス等のウイルスベクターが挙げられる。
【0113】
本発明の免疫機能調節剤は、所定の血管細胞特異的(例えば、血管内皮細胞特異的)に作用させても、非特異的に作用させてもよい。例えば、Spns2遺伝子又はSPNS2の発現または機能を調節する物質を発現ベクターの形態で用いる場合には、核酸分子を血管細胞特異的プロモーターに連結したベクターを利用することで、血管細胞特異的(例えば、血管内皮細胞特異的)に作用させることができる(例えば、「(1.動物)」の項を参照)。
【0114】
本発明の免疫機能調節剤は、Spns2遺伝子またはSPNS2の発現または機能を調節する物質、特に本発明のスクリーニング方法によって同定されたSpns2遺伝子またはSPNS2の発現または機能を調節する物質に加え、任意の添加剤、例えば医薬上許容され得る添加剤を含むことができる。
【0115】
医薬上許容され得る添加剤としては、例えば、ショ糖、デンプン、マンニトール、ソルビトール、乳糖、グルコース、セルロース、タルク、リン酸カルシウム、炭酸カルシウム等の賦形剤、セルロース、メチルセルロース、ヒドロキシプロピルセルロース、ポリプロピルピロリドン、ゼラチン、アラビアゴム、ポリエチレングリコール、ショ糖、デンプン等の結合剤、デンプン、カルメロース、ヒドロキシプロピルスターチ、ナトリウム-グリコール-スターチ、炭酸水素ナトリウム、リン酸カルシウム、クエン酸カルシウム等の崩壊剤、ステアリン酸マグネシウム、アエロジル(登録商標)、タルク、ラウリル硫酸ナトリウム等の滑沢剤、クエン酸、メントール、グリチルリチン酸二アンモニウム、グリシン、オレンジ油等の矯味剤、安息香酸ナトリウム、亜硫酸水素ナトリウム、メチルパラベン、プロピルパラベン等の保存剤、クエン酸、クエン酸ナトリウム、酢酸等の安定化剤、メチルセルロース、ポビドン、ステアリン酸アルミニウム等の懸濁剤、界面活性剤等の分散剤、水、生理食塩水、オレンジジュース等の希釈剤、カカオ脂、ポリエチレングリコール、白灯油等のベースワックスなどが挙げられるが、それらに限定されるものではない。
【0116】
経口投与に好適な製剤としては、水、生理食塩水のような希釈液に有効量の物質を溶解させた液剤、有効量の物質を固体や顆粒として含んでいるカプセル剤または錠剤、適当な分散媒中に有効量の物質を懸濁させた懸濁液剤、有効量の物質を溶解させた溶液を適当な分散媒中に分散させ乳化させた乳剤等が挙げられる。
【0117】
非経口的な投与(例えば、皮下注射、筋肉注射、局所注入、腹腔内投与など)に好適な製剤としては、水性および非水性の等張な無菌の注射液剤があり、これには抗酸化剤、緩衝液、制菌剤、等張化剤等が含まれていてもよい。また、水性および非水性の無菌の懸濁液剤が挙げられ、これには懸濁剤、可溶化剤、増粘剤、安定化剤、防腐剤等が含まれていてもよい。当該製剤は、アンプルやバイアルのように単位投与量あるいは複数回投与量ずつ容器に封入することができる。また、有効成分および医薬上許容され得る担体を凍結乾燥し、使用直前に適当な無菌のビヒクルに溶解または懸濁すればよい状態で保存することもできる。
【0118】
本発明の免疫機能調節剤の投与量は、有効成分の活性や種類、病気の重篤度、投与対象となる動物種、投与対象の薬物受容性、体重、年齢等によって異なり一概に云えないが、通常、成人1日あたり有効成分量として約0.001〜約500mg/kgである。
【0119】
本発明の免疫機能調節剤は、例えば、医薬または研究用試薬として有用である。
【0120】
本発明の免疫機能調節剤がSpns2遺伝子又はSPNS2の発現または機能を阻害する物質を含有してなる場合、当該免疫機能調節は免疫機能降下であり得る。
【0121】
本発明の免疫機能調節剤は、Spns2遺伝子又はSPNS2の発現または機能を調節する物質であり得、従って、リンパ球のリンパ器官から血中またはリンパ管への遊出を制御する物質であり得る。
【0122】
本明細書で使用する用語「治療」は、ある疾患、障害、または状態の予防、低減、または改善、部分的なもしくは完全な軽減、または治癒を指し、この場合、「予防」とは、そのような疾患、障害または状態を発達させる危険がある動物の完全なもしくは部分的な治療を示す。
【0123】
詳細には、本発明の免疫機能調節剤が、有効成分としてSpns2遺伝子又はSPNS2の発現または機能を促進する物質を含有する場合、例えば、免疫系疾患として、免疫機能の低下を伴う疾患、例えば、液性または細胞性免疫機能の低下を伴う疾患の予防・治療に使用され得る。液性または細胞性免疫機能の低下を伴う疾患は、上述の通りである(例えば、「(2.動物)」の項を参照)。
【0124】
また、本発明の免疫機能調節剤が、有効成分としてSpns2遺伝子又はSPNS2の発現または機能を抑制する物質を含有する場合、免疫系疾患として、免疫機能の亢進を伴う疾患、例えば、自己免疫疾患またはアレルギー疾患の予防・治療に使用され得る。液性免疫機能の亢進を伴う自己免疫疾患としては、例えば、全身性エリテマトーデス、慢性関節リウマチ、強直性脊椎炎、多発性硬化症、自己免疫性甲状腺炎、橋本病、自己免疫性溶血性貧血、悪性貧血、自己免疫性血小板減少症、自己免疫性血球減少症、重症筋無力症、強皮症、多発性筋炎、続発性アディソン病、不妊症、自己免疫性糸球体腎炎、シェーグレン病、脈管炎が挙げられる。細胞性免疫機能の亢進を伴う自己免疫疾患としては、例えば、自己免疫性脊髄炎、インスリン依存性糖尿病、潰瘍性大腸炎、クローン病などが挙げられる。一方、液性免疫機能の亢進を伴うアレルギー疾患としては、例えば、I型アレルギー疾患(例えば、気管支喘息、アレルギー性鼻炎、じんま疹、アトピー性皮膚炎)、II型アレルギー疾患(例えば、橋本病(慢性甲状腺炎)、グッドパスチャー症候群、臓器移植拒絶反応)、III型アレルギー疾患(例えば、全身性血管炎、クリオグロブリン血症、糸球体腎炎)が挙げられる。細胞性免疫機能の亢進を伴うアレルギー疾患としては、例えば、IV型アレルギー疾患(例えば、接触性皮膚炎、各種臓器移植拒絶反応)が挙げられる。
【0125】
さらに、本発明の免疫機能調節剤が研究用試薬である場合、例えば、実験動物における免疫系疾患の誘発剤として使用され得る。詳細には、本発明の研究用試薬が、有効成分としてSpns2遺伝子又はSPNS2の発現または機能を促進する物質を含有する場合、例えば、自己免疫疾患またはアレルギー疾患の誘発に使用され得る。本発明の研究用試薬が、有効成分としてSpns2遺伝子又はSPNS2の発現または機能を抑制する物質を含有する場合、例えば、免疫不全疾患の誘発に使用され得る。
【0126】
本発明の免疫機能調節剤はまた、血中またはリンパ液中のリンパ球数の調節剤として有用である。詳細には、本発明の調節剤が、有効成分としてSpns2遺伝子又はSPNS2の発現または機能を促進する物質を含有する場合、血中またはリンパ液中のリンパ球数の増加に使用され得る。また、本発明の調節剤が、有効成分としてSpns2遺伝子又はSPNS2の発現または機能を抑制する物質を含有する場合、血中またはリンパ液中のリンパ球数の減少に使用され得る。
【0127】
本明細書中で挙げられた特許および特許出願明細書を含む全ての刊行物に記載された内容は、本明細書での引用により、その全てが明示されたと同程度に本明細書に組み込まれるものである。
【0128】
以下に実施例を挙げ、本発明を更に詳しく説明するが、本発明は下記実施例等に何ら制約されるものではない。
【実施例】
【0129】
コンディショナルSpns2ノックアウトマウスの作出
2つのloxP部位がエキソン2に隣接するコンディショナルSpns2ノックアウトマウス(Acc. No. CDB0705K:http://www.cdb.riken.jp/arg/mutant%20mice%20list.html)は、(http://www.cdb.riken.jp/arg/Methods.html; 図6A)に記載のとおりに作製した。TT2胚性幹(ES)細胞(T. Yagi et al., Anal. Biochem. 214, 70(1993))をターゲティングベクターでトランスフェクションし、G418の存在下でセレクションし、PCRおよびサザンブロットにより、相同組換えについてスクリーニングした(http://www.cdb.riken.jp/arg/Methods.html)。2種のESクローンを宿主胚に導入し、キメラマウスを作製した。ES細胞の寄与が高いキメラマウスをC57BL/6Jマウスと繁殖させ、標的化対立遺伝子を有しているマウスを作出した。次いで、これらのマウスを、サイトメガロウイルス初期エンハンサー/ニワトリベータアクチンプロモーターの制御下、Flpリコンビナーゼを発現するトランスジェニックマウスと交配させてPKG-Neo-pAカセットを除去し、Spns2がflox化したマウスを得た。Spns2グローバルノックアウトマウスを作製するために、Spns2がflox化したマウスを、サイトメガロウイルスプロモーターの制御下(図6)、Creリコンビナーゼを発現するトランスジェニックマウスと交配させた。内皮細胞においてSpns2遺伝子を不活性化するために、Spns2がflox化したマウスを、Tie2プロモーターでドライブされたCreリコンビナーゼを有するTie2-Creマウス(T. N. Sato(Nara Institute of Science and Technology, Japan)、M. Yanagisawa(University of Texas Southwestern Medical Center, Dallas, TX)より供与された;図6)と繁殖させた。標的化が正確なことを確認するため、ターゲティングベクター(図6)において用いた領域の外側に位置するプローブで、DIG DNA Labeling and Detection Kit(Roche)をプローブ調製用およびハイブリダイゼーション用に用いたこと以外はhttp://www.cdb.riken.jp/arg/protocol.htmlに記載されたプロトコールに従ってサザンブロット解析を行った。マウスの遺伝子型決定のために、フォワードプライマー、5’-aggctcatttcatggctgat-3’(配列番号5)およびリバースプライマー、5’-agccctgtgctctctgttgt-3’(配列番号6)(野生型対立遺伝子の552-bp断片、flox化した対立遺伝子の842-bp断片および欠失対立遺伝子の316-bp断片の産物を生成する)を用いてPCRを行った。マウスは全て特定の病原体フリー条件下で飼育した。動物実験は全て、国立循環器病研究センターの動物委員会で承認され、国立循環器病研究センターの規則にしたがって行った。
【0130】
血液の生化学的試験及び血液学的試験
EDTAを抗凝固剤として用い、吸入麻酔(イソフルレン)下、腹部大動脈を介して野生型(Spns2+/+、n=4)マウス及びSpns2 KO(Spns2-/-、n=4)マウスから血液を採取した。血液の生化学的パラメータ(総タンパク量、総ビリルビン量、アスパラギン酸アミノトランスフェラーゼ、アラニンアミノトランスフェラーゼ、トリグリセロール、グルコース、血中尿素窒素およびアルブミン)は、血液のバイオケミカルアナライザー、Fuji DRI-CHEM3500V(Fuji Film)を用いることによって決定した。血液学的パラメータおよび血液凝固パラメータ(白血球、赤血球、血小板、ヘモグロビン、ヘマトクリット値、平均赤血球容積、平均赤血球ヘモグロビン量および平均赤血球ヘモグロビン濃度)はSysmex XT-1800iv hematology analyzer(Sysmex)を用いることによって決定した。
【0131】
抗体およびフローサイトメトリー解析
特に明記しない限り、抗マウスモノクローナル抗体はeBioscience Inc.から取得した。細胞表面染色のために用いた抗体は、フィコエリスリン(PE)結合抗CD19(ebio1D3)および抗CD23(B3B4)、フルオレセインイソチオシアネート(FITC)結合抗B220(RA3-6B2)、抗CD19(1D3)(BD Biosciences)および抗CD8(53-6.7)、パシフィックブルー結合抗IgD(11-26)および抗CD4(RM4-5)(BD Biosciences)、PeCy7結合抗IgM(II/41)およびPerCP-Cy5.5結合抗CD21/CD35(7E9)(BioLegend)であった。新鮮単離した胸腺、脾臓、末梢リンパ節(鼠径部、腋窩および上腕部)ならびに大腿骨および脛骨の全骨髄細胞の単細胞懸濁液を、続けて抗CD16/CD32と10分間インキュベートし、その後にFACS緩衝液(PBS+ 4% 熱により不活性化したFCS + 2 mM EDTA)中で結合抗体を組合せて30分間染色した。抗体染色の前に、250 μlの新鮮な単離血液をへパリン溶液で処理し、BD Pharm Lyse(登録商標)solution(BD Biosciences)で、製造業者のプロトコールに従って赤血球を溶血させた。染色した細胞は、青色(488 nm)、紫色(405 nm)、および赤色(633 nm)レーザーを搭載したFACSCanto II flow cytometer(BD Biosciences)で解析した。FACSのデータはFlowJo software(TreeStar Inc.)で統計学的に解析した。
【0132】
組織病理学および免疫組織化学
脾臓、胸腺、腋窩リンパ節、腸間膜リンパ節および小腸(パイエル板を含む)由来の組織サンプルを野生型(Spns2+/+、n=3)およびSpns2 KO(Spns2-/-, n=3)マウスから採取し、20%ホルマリン(中性リン酸緩衝液)中で固定した。各パラフィン包埋組織を4μm厚の切片にし、光学顕微鏡法用にエオシン-ヘマトキシリンで染色した。
【0133】
次いで、免疫組織化学用に、切片からパラフィンを除去し、切片を加圧調理器中に3分間置くことにより、10 mMクエン酸緩衝液(pH 6.0)中で抗原回復を行った。メタノール中0.3%H2O2により、内在性ペルオキシダーゼ活性をブロックした。切片をPBS中1%BSAに曝し、次いでヤギ抗CD3ε(M-20, Santa Cruz biotechnology)と4℃で一晩インキュベートした。免疫複合体をビオチン化抗ヤギIgGおよびストレプトアビジン結合アルカリホスファターゼ(Nichirei)により標識した。シグナルはVector Blue alkaline phosphatase substrate kit(Vector laboratories)で可視化した。二重免疫染色用に、切片を続けてラット抗CD45R(BD Biosciences Pharmingen)とインキュベートした。免疫複合体を、セイヨウワサビペルオキシダーゼ(HRP)結合抗ラットIgG(simple stain Max-Po, Nichirei)および、発色用の3-amino-9-ethyl carbazole(AEC)substrate system(Lab Vision)で検出した。
【0134】
LC-MS/MSを用いたS1Pの定量
S1Pの定量は、以前に記載の方法(A. Inoue et al., EMBO J. 投稿中)をやや修正し、それによって行った。簡単に言うと、血漿および馴化培地を混合し、10倍体積のメタノールおよび内部標準(C17ベースを含有するスフィンガニン−1−リン酸)と共に超音波破砕した。同様に、細胞からのS1P抽出は細胞をメタノール中でホモジェナイズおよび超音波破砕することにより行った。21,500 x gで遠心後、生じた上清を回収してLC−MS/MS解析に用いた。20μlのメタノール抽出物を注入し、溶媒A(水中5 mMギ酸アンモニウム)および溶媒B(95%(v/v)アセトニトリル中5 mMギ酸アンモニウム)を用い、C18 CAPCELL PAK ACR column(1.5 x 250 mm, Shiseido)を搭載したNanospace LC(Shiseido)で分離した。溶離液はESIプローブにより順にイオン化し、親イオン(m/z 380.2)および断片イオン(m/z 264.2)をQuantum Ultra triple quadrupole mass spectrometer(Thermo Fisher Scientific)でポジティブ・モードでモニターした。同様に、リゾホスファチジン酸(LPA)、リゾホスファチジルコリン(LPC)、リゾホスファチジルエタノールアミン(LPE)、リゾホスファチジルグリセロール(LPG)、リゾホスファチジルイノシトール(LPI)、リゾホスファチジルセリン(LPS)を含む他のリゾリン脂質をメタノールで抽出し、LC-MS/MSシステムにより解析した。リゾリン脂質の各クラスについては、12種のアシル鎖(14:0, 16:0, 16:1, 18:0, 18:1, 18:2, 18:3, 20:3, 20:4, 20:5, 22:5および22:6)をモニターした。
【0135】
血液細胞からのS1P放出
ヘパリン処理したシリンジを用い、麻酔した野生型(Spns2+/+、n=4)マウスおよびSpns2 KO(Spns2-/-、n=4)マウスから下大静脈を介して血液を採取し、抗凝固剤としてEDTAを含有するチューブに移した。4℃、1,200 x g 5分間の遠心により血球を血漿から分離し、氷冷PBSで2回洗浄して血漿の残留物を除去した。血球を20 mM Hepes, pH7.4, 138 mM NaCl, 3.3 mM NaH2PO4, 2.9 mM KCl, 1.0 mM MgCl2, 1 mg/mlグルコースおよび1%の脂肪酸フリーのウシ血清アルブミンを含有する氷冷インキュベーション緩衝液中に5 x 108 cells/mlの細胞密度で再懸濁した。500μlの血球懸濁液(2.5 x 108 cells/ml)を4℃または37℃で90分間インキュベートした。インキュベート後、4℃での1,200 x g 5分間の遠心により血球をペレットにした。上清中のS1Pレベルを上記のとおり決定した。血液細胞中のS1P総量を定量するため、4℃での1,200 x g 5分間の遠心により細胞を500μlの細胞懸濁液から回収し、100μlのメタノール中でホモジェナイズした。
【0136】
細胞培養およびsiRNA媒介性の遺伝子サイレンシング
ヒト臍帯静脈内皮細胞(HUVEC)、ヒト微小血管内皮細胞(HMVEC)およびヒト大動脈内皮細胞(HAEC)をKuraboから購入し、以前に記載されたとおり(S. Fukuhara et al., Nat. Cell Biol 10, 513(2008))維持した。ヒト皮膚リンパ管内皮細胞(HDLEC)はLonzaから取得し、内皮細胞増殖培地、EGM-2(Lonza)中で維持した。HeLa細胞およびHEK293細胞は10%ウシ血清および抗生物質(ストレプトマイシン100 μg/mlおよびペニシリン100 U/ml)を補充したDulbecco改変Eagle's培地(Nissui)中で培養した。ヒトSpns2を標的にしたステルスsiRNA、Spns2#1(HSS151335(auaucucggagccaugagguccgggcccggaccucauggcuccgagauau;配列番号7))およびSpns2#2(HSS151336(aaucccguaaagcaggugauggcccgggccaucaccugcuuuacgggauu;配列番号8))はInvitrogen Corp.から購入した。コントロールとして、無関係な配列のsiRNA二重鎖を用いた。Lipofectamine RNAi MAX reagent(Invitrogen Corp.)を用いて、HUVECを20 nMのsiRNA二重鎖でトランスフェクションした。48時間培養後、細胞を実験用に用いた。
【0137】
内皮細胞からのS1P放出
コントロールsiRNAまたは独立した2種のSpns2 siRNAのいずれかで、或いはそれ無しでトランスフェクションしたHUVECを剥離させ、コラーゲンでコーティングした24ウェルプレートに再びプレーティング(2.5 x 105細胞/well)し、12時間培養した。次いで、細胞をmedium 199(Invitrogen Corp.)で2回洗浄し、20 mM Hepes, pH 7.4、10 mMグリセロリン酸ナトリウム、5 mMフッ化ナトリウム、1 mMセミカルバジド、0.5%の脂肪酸フリーのウシ血清アルブミン、40 ng/ml血管内皮細胞増殖因子、40 ng/ml線維芽細胞増殖因子2、および400 ng/mlアンジオポイエチン1を含有するmedium 199 200μl中でインキュベートした。12時間後、馴化培地を回収し、4℃で5分間、15,000 x gで遠心して細胞残屑を除去した。馴化培地のS1Pレベルは上記のとおり決定した。
【0138】
in situ ハイブリダイゼーション
in situハイブリダイゼーションはGenostaff Co., Ltdにより行った。8週齢のマウスの胸腺を、灌流した後切除し、Tissue Fixative(Genostaff)で固定し、次いでその専用の手順でパラフィンに包埋し、6μmの切片にした。in situハイブリダイゼーションのために、組織切片をキシレンで脱ワックスし、エタノール系列およびPBSによって再水和した。切片をPBS中、4%パラホルムアルデヒドで15分間固定し、次いでPBSで洗浄した。切片をPBS中8 μg/mlのプロテイナーゼKで30分間、37℃で処理し、PBSで洗浄し、PBS中、4%パラホルムアルデヒドで再固定し、再びPBSで洗浄し、0.2 N HCl中に10分間置いた。PBSで洗浄後、0.1 Mトリエタノールアミン-HCl、pH 8.0、0.25%無水酢酸で10分間インキュベートすることにより、切片をアセチル化した。PBSで洗浄後、切片をエタノール系列により脱水した。Spns2のcDNAテンプレートは、マウスSpns2 cDNA(GenBank Accession No. NM_153060.2)の1629-2163塩基に対応する535-bpの断片であった。Spns2 mRNAのセンスおよびアンチセンスのリボプローブは、digoxigenin RNA labeling kit(Roche)を用い、製造業者のプロトコールに従って合成した。ハイブリダイゼーションは、Probe Diluent-1(Genostaff)中、300 ng/mlのプローブ濃度で、60℃で16時間行った。ハイブリダイゼーションの後、切片を5xSSCと同等の5xHybriWash(Genostaff)中で、50℃で20分間洗浄し、次いで50%ホルムアミド、2xHybriWash中で、50℃で20分間洗浄した後、10 mM Tris-HCl、pH 8.0、1 M NaClおよび1 mM EDTA中50 μg/ml RNaseAで、37℃で30分間RNase処理した。次いで、切片を2xHybriWashで、50℃で20分間、2回、0.2xHybriWashで、50℃で20分間、2回、そしてTBST(0.1% Tween20 in TBS)で1回洗浄した。TBST中0.5% blocking reagent(Roche)で30分間処理した後、切片をTBSTで1:1000希釈したanti-DIG AP conjugate(Roche)と室温で2時間、インキュベートした。切片をTBSTで2回洗浄し、次いで100 mM NaCl、50 mM MgCl2、0.1% Tween20、100 mM Tris-HCl、pH 9.5中でインキュベートした。発色反応はNBT/BCIP solution(Sigma)で一晩行い、次いでPBSで洗浄した。切片はKernechtrot stain solution(Mutoh)で対比染色し、脱水し、Malinol(DBS)とマウントした。
【0139】
逆転写−PCRおよびリアルタイム逆転写PCR
内皮細胞におけるSpns2の発現を測定するために、図13の説明中に示した細胞から、TRIzol reagent(Invitrogen Corp.)を用いて全RNAを調製し、Superscript II(Invitrogen Corp.)を用い、製造業者の指示書に従って、ランダムヘキサマープライマーにより逆転写した。PCRは、ヒトSpns2の遺伝子特異的プライマーを用いて行った。グリセロアルデヒド-3-リン酸デヒドロゲナーゼ(GAPDH)の増幅も、コントロールとして平行して行った。Spns2のsiRNA媒介性ノックダウンの有効性を評価するため、コントロールsiRNAまたは独立した2種のSpns2 siRNAのいずれかで、或いはそれ無しでトランスフェクションしたHUVECから全RNAを抽出し、既報(J. Zhang et al., J. Biol. Chem. 286, 8055(2011))に従って、QuantiFast SYBR Green RT-PCR kit(Qiagen)を用いた定量的リアルタイム逆転写(RT)-PCR解析に供した。各反応に関しては、100 ngの全RNAを50℃で10分間転写し、その後に95度の変性過程を5分ならびに95℃10秒および60℃30秒を40サイクル続けた。蛍光データは、Mastercycler ep realplex(Eppendorf)を用いて収集し解析した。標準化のために、ヒトGAPDHの発現を、内在性コントロールとして並行して測定した。RT-PCRおよびリアルタイムRT-PCRの両方の研究のために、以下のプライマー:
ヒトSpns2、5’-actttggggtcaaggaccga-3’(配列番号9)および5’-aatcaccttcctgttgaagcg-3’ (配列番号10)
ヒトGAPDH、5’-atggggaaggtgaaggtcg-3’ (配列番号11)および5’-ggggtcattgatggcaacaata-3’ (配列番号12)
を用いた。
【0140】
統計学
データはGraphPad Prism software(GraphPad Software Inc.)を用いて解析した。統計学的有意性は、対応のある標本についてはMann-Whitney U検定(両側検定)、また複数の群については一元配置分散分析およびノンパラメトリック検定を用いて決定した。P-値< 0.05を統計学的有意とみなした。
【0141】
結果と考察
S1Pは、密接に関連する2つのアイソザイム、スフィンゴシンキナーゼ1および2により細胞の内側で生成され、細胞の外側へと移行して、その細胞表面受容体を刺激する(S. Spiegel, S. Milstien, J. Biol. Chem. 282, 2125(2007))。in vitroの解析により、ATP結合カセットトランスポーターが、肥満細胞、赤血球、乳癌細胞および星状細胞等のいくつかの細胞種においてS1P放出を媒介することが明らかとなっている(N. Kobayashi, N. Kobayashi, A. Yamaguchi, T. Nishi, J. Biol. Chem. 284, 21192(2009)、P. Mitra et al., Proc. Natl. Acad. Sci. U.S.A. 103, 16394(2006)、K. Sato et al., J. Neurochem.(2007)、K. Takabe et al., J. Biol. Chem. 285, 10477(2010))。本発明者らおよび他の研究者は、ゼブラフィッシュにおいて、Spns2をS1Pトランスポーターと同定している(A. Kawahara et al., Science 323, 524(2009)、N. Osborne et al., Curr. Biol. 18, 1882(2008))。しかしながら、動物におけるSpns2の生理学的機能は全く知られていままであった。更に、S1P媒介性リンパ球輸送の原因となるS1Pトランスポーターは同定されていなかった。
【0142】
これらの問題に取り組むために、本発明者らは、Spns2遺伝子のエクソン2にloxP部位が隣接するSpns2コンディショナルノックアウトマウスと、サイトメガロウイルスプロモーターの制御下でCreリコンビナーゼが発現しているマウスとを交配することにより、グローバルSpns2ノックアウト(Spns2 KO:Spns2-/-)マウスを作出した(図6)。Spns2 KOマウスは正常に発生し、生存して成体となり、繁殖力がある(図7)。更に、血液の生化学的検証により、野生型マウスとSpns2 KOマウスとの間に有意な差異がないことが明らかとなった(図8)。特に、血液学的な解析により、Spns2 KOにおいて、コントロールマウスに比べて白血球数が有意に減少していることが示された。他の血液学的パラメータにおいては差異はなかった(図9)。このことは、白血球輸送におけるSpns2の役割を示唆している。Spns2 KOマウスの血液中で、CD4シングルポジティブ(SP)T細胞およびCD8シングルポジティブ(SP)T細胞の数および割合が劇的に減少していた(図2AおよびB)。同様に、Spns2 KOマウスの血液中で、成熟循環B細胞(CD19+CD23+IgD+)が顕著に減少していた(図2CおよびD)。これらの知見により、Spns2が、Tリンパ球およびBリンパ球の両方の輸送に関わっていることが示唆される。
【0143】
血中成熟Tリンパ球の減少の原因を研究するため、本発明者らは、Tリンパ球が成熟し、血中へ遊出する胸腺を検証した。Spns2 KOマウスの胸腺の構造は正常であった(図10)。Spns2 KOマウスの胸腺では、野生型マウスのものに比べ、含まれる成熟CD4 SP T細胞およびCD8 SP T細胞の数および割合が増加していた。ただ、未成熟なCD4/CD8ダブルポジティブ(DP)細胞の数はやや減少し、より未成熟なCD4/CD8ダブルネガティブ(DN)細胞の数は同程度であった(図2EおよびF)。これらの知見により、Spns2は、成熟T細胞の胸腺から血液への遊出に重要な役割を果たすことが示される。このことと一貫して、胸腺における成熟T細胞の蓄積とは対照的に、Spns2 KO マウスの末梢リンパ節および脾臓においては、それらの構造は正常であったものの、成熟CD4 SP T細胞および成熟CD8 SP T細胞の数および割合が劇的に減少していた(図2G〜Iおよび図10)。まとめると、これらの結果により、Spns2がT細胞の胸腺からの遊出に必要なS1Pの放出に関与することが示唆される。
【0144】
骨髄でのB細胞発生の後期段階において、新生未成熟B細胞は、S1P/S1P1シグナル依存的に末梢血に移行する(M. L. Allende et al., J. Exp. Med. 207, 1113(2010)、J. P. Pereira, Y. Xu, J. G. Cyster, PLoS. One. 5, e9277(2010))。次いで、未成熟B細胞は二次リンパ組織中で成熟し、血液を通じて骨髄へと戻る。Spns2 KOマウスの末梢血中で成熟B細胞数が減少する(図2CおよびD)理由を理解するために、本発明者らは成熟段階でのリンパ球の数および割合を検証した。Spns2 KOマウスの骨髄においては、コントロールマウスのそれに比べて、成熟再循環B細胞(B220highIgM+またはCD19+IgM+IgD+)の数および頻度が有意に減少していた(図3AおよびBならびに図11)。しかしながら、Spns2 KOマウスの骨髄は、正常数のプロ-/プレ-B細胞(B220lowIgM+)および未成熟B細胞(B220+IgM-またはCD19+IgM+IgD-)を含んでいた。ただ、それらの頻度は、おそらく成熟再循環B細胞数の減少のために、コントロールマウスのものよりも、やや高かった(図3AおよびBならびに図11)。これらの結果により、2つの可能性:1)Spns2 KOマウスにおいては、未成熟B細胞の骨髄からの遊出が損なわれている;2)Spns2 KOマウスにおいては、成熟循環B細胞が二次リンパ組織で捕捉されている、が示唆される。
【0145】
これら2つの可能性を検証するために、本発明者らは二次リンパ組織中の成熟循環B細胞数を計数した。Spns2 KOマウスの末梢リンパ節では、含まれる成熟B細胞の数は減少していたが、頻度は、コントロールマウスのものと差は無かった(図3C)。更に、Spns2 KOマウスの脾臓では、コントロールマウスのものに比べて、濾胞性B細胞の数および割合が有意に減少していた。コントロールマウスとSpns2 KOマウスとの間で、辺縁帯B細胞、T1(トランジショナル)B細胞およびB1 B細胞の数に差は無かった(図2Iおよび図3D)。血中の成熟B細胞の欠損についての証拠(図2CおよびD)と共に、これらの知見により、Spns2が未成熟B細胞の骨髄から血液への遊出に必要なことが示唆される。
【0146】
Spns2を発現するどの細胞が、リンパ球輸送に必要なS1P放出の原因なのであろうか。血液細胞、特に赤血球はS1Pを産生し、それにより高血漿中S1P濃度に寄与している(R. Pappu et al., Science 316, 295(2007)、P. Hanel, P. Andreani, M. H. Graler, FASEB J. 21, 1202(2007)、K. Ito et al., Biochem. Biophys. Res. Commun. 357, 212(2007))。従って、Spns2が血球からのS1P放出に関与するかどうかを調べた。Spns2 KOマウスにおいては、血漿中S1Pレベルがコントロールマウスの54%に減少していた(コントロールマウス中0.39 ± 0.03 μM; Spns2 KOマウス中0.21 ± 0.01 μM)。Spns2 KO マウスの血漿中スフィンゴシンおよびグリセロリン脂質は、コントロールマウス中におけるそれらと同等であった(図4A〜Dおよび図12)。しかしながら、Spns2 KOマウスにおける血液細胞からのS1P放出は、コントロールマウスと同程度に起こっていた(図4E)。細胞を4℃でインキュベートした場合は、以前報告されたとおり(K. Ito et al., Biochem. Biophys. Res. Commun. 357, 212(2007))、放出が観察されなかった(図4E)ので、このS1P放出は膜損傷により引き起こされたものではなかった。これらの結果により、Spns2は動物においてS1Pトランスポーターとして作用し、血球以外の細胞から血漿へのS1P放出に関与することが示唆される。しかしながら、Spns2 KOマウスにおける血漿中S1P濃度は、in vitroでリンパ球のS1P1を刺激するのに足るものであったので、Spns2 KOマウスにおける血漿中S1Pの減少は、リンパ球遊出の障害を説明し得ない(S. R. Schwab et al., Science 309, 1735(2005))。更に、血漿中S1PはT細胞遊出を促進するには不十分と考えられている(R. Pappu et al., Science 316, 295(2007))。まとめると、これらの知見により、リンパ組織中でSpns2を発現する、血球以外の細胞が、S1Pを分泌してリンパ球輸送を制御することが示唆される。
【0147】
培養内皮細胞はin vitroでS1Pを産生するが(K. Venkataraman et al., Circ Res 102, 669(2008))、in vivoでの内皮細胞からのS1P放出は確認されていない。RT-PCR解析により、Spns2がいくつかの血管内皮細胞種で発現することが明らかとなった(図13)。このことと一貫して、siRNAによるSpns2の減損で、内皮細胞からのS1P放出が阻害された(図4FおよびG)。更に、in situハイブリダイゼーション解析により、Spns2は、もっぱら胸腺中の血管において発現することが明らかとなった(図4H)。これらの証拠により、本発明者らは、内皮細胞で発現するSpns2を通して放出されたS1Pが、リンパ球の遊出に必要であるという仮説を立てる。
【0148】
この仮説に取り組むために、Spns2コンディショナルノックアウトマウスとTie2プロモーター制御下でCreを発現するマウスとを交配させることにより、血管内皮細胞においてSpns2が欠損したマウス(EC-Spns2 cKO: Spns2f/f;Tie2Cre)の作出を試みた(図6)。Tie2プロモーターは内皮細胞および造血細胞において活性があることが知られている。図4Eで示したとおり、Spns2は血球におけるS1P放出には関与していないと思われる。従って、EC-Spns2 cKOマウスの表現型は血管内皮細胞におけるSpns2の減損に帰する。コントロールマウスと比べて、EC-Spns2 cKOマウスの胸腺においては成熟CD4 SP T細胞および成熟CD8 SP T細胞の割合が増加していたが、Spns2 KOマウスよりは程度が低かった(図2EおよびFならびに図5B)。更に、EC-Spns2 cKOマウスにおけるCD4 SP T細胞およびCD8 SP T細胞の数および割合は、末梢血、脾臓、および末梢リンパ節において劇的に減少していた(図5AおよびCならびに図14)。これらの知見により、内皮細胞からSpns2を通して放出されるS1Pが、成熟T細胞の胸腺から血液への遊出に関与することが示唆される。最近、成熟T細胞は、血管を通じて、皮髄境界部で胸腺から退出することが報告された(M. A. Zachariah, J. G. Cyster, Science 328, 1129(2010))。更に、血管を包む周皮細胞により産生されるS1Pが、胸腺細胞の遊出促進に不可欠である(M. A. Zachariah, J. G. Cyster, Science 328, 1129(2010))。グローバルSpns2 KOマウスは、EC-Spns2 cKOマウスよりもより多くの成熟T細胞を胸腺に蓄積するので、Spns2は、周皮細胞におけるS1Pトランスポーターとしても機能し得る。従って、内皮細胞および周皮細胞の両方が、Spns2を通して血管の反管腔側に向けてS1Pを放出し、それによって末梢血へのT細胞遊出を促進することが示唆される。
【0149】
更に、未成熟B細胞の骨髄からの遊出における内皮細胞の役割を調べた。Spns2 KOマウスにおいて観察されたように、成熟再循環B細胞の数および割合が、コントロールマウスに比べ、EC-Spns2 cKOの骨髄において顕著に減少しているが、プロ-/プレ-B 細胞および未成熟B細胞ではそうではなかった(図5Eおよび図15)。EC-Spns2 cKOマウスの血液および末梢リンパ節における成熟B細胞は減少していた(図5Dおよび図16)。更に、コントロールマウスに比べ、EC-Spns2 cKOマウスの脾臓において、濾胞性B細胞の数および頻度が有意に減少していた(図5F)。しかしながら、EC-Spns2 cKOマウスの脾臓においては、T1 B細胞およびB1 B細胞は増加していたが、辺縁帯B細胞はそうではなかった(図5F)。これらの結果より、内皮細胞によりSpns2を通して放出されるS1Pが、未成熟B細胞の骨髄から血液への遊出を促進することが示唆される。骨髄からのB細胞遊出の間に、実質に留置された未成熟B細胞がまず洞様毛細血管に動員され、次いで末梢血に移行する(T. Nagasawa, Nat. Rev. Immunol. 6, 107(2006)、D. G. Osmond, S. J. Batten, Am. J. Anat. 170, 349(1984)、J. P. Pereira, J. An, Y. Xu, Y. Huang, J. G. Cyster, Nat. Immunol. 10, 403(2009))。S1P-S1P1シグナル伝達は、実質から洞様毛細血管への未成熟B細胞の移動を促進することが示唆されている(M. L. Allende et al., J. Exp. Med. 207, 1113(2010)、J. P. Pereira, Y. Xu, J. G. Cyster, PLoS. One. 5, e9277(2010))。従って、骨髄の洞様毛細血管内皮細胞はSpns2を通してS1Pを産生し得、それによって血液への未成熟B細胞遊出を促進し得る。
【0150】
本研究において、本発明者らは、内皮細胞において発現するSpns2が、胸腺および骨髄からのリンパ球遊出に不可欠であることを初めて示す。Spns2欠損マウスを解析することにより、本発明者らは、Spns2が、成熟T細胞および未成熟B細胞がそれぞれ胸腺および骨髄から末梢血へと遊出するのに必要なS1Pトランスポーターであることを見出した。さらに、本発明者らは、内皮細胞中のSpns2を欠失させることにより、Spns2が内皮細胞においてS1P分泌を調節し、一次リンパ器官からのリンパ球遊出を促進することを示した。Spns2に関する本研究は、一次リンパ器官からのリンパ球遊出において用いられるS1Pシグナル伝達の理解に多大に貢献する(H. Chi, Trends Pharmacol. Sci. 32, 16(2011)、J. G. Cyster, Annu. Rev. Immunol. 23, 127(2005)、J. Rivera, R. L. Proia, A. Olivera, Nat. Rev. Immunol. 8, 753(2008)、S. Spiegel, S. Milstien, Nat. Rev. Immunol. 11, 403(2011))。
【0151】
Spns2は哺乳動物において機能する最初のS1Pトランスポーターであるが、他のS1Pトランスポーターも生物学的機能を発揮し得る。細胞内で生成されたS1Pが、その細胞表面受容体を刺激するためには、細胞外へ輸送される必要がある。in vitroの研究から得られたいくつかの証拠により、ABCファミリーのトランスポーターが、いくつかの細胞種からのS1P放出に関与することが示唆されている(R.H. Kim, K. Takabe, S. Milstien, S. Spiegel, Biochim. Biophys. Acta 1791, 692(2009)、Kobayashi,N. et al., J. Lipid Res 47:614(2006)、N. Kobayashi, N. Kobayashi, A. Yamaguchi, T. Nishi, J. Biol. Chem. 284, 21192(2009)、P. Mitra et al., Proc. Natl. Acad. Sci. U.S.A. 103, 16394(2006)、K. Sato et al., J. Neurochem., 103, 2610(2007)、K. Takabe et al., J. Biol. Chem. 285, 10477(2010))。しかし、in vivoでのそれらの生物学的な重要性は不明なままである。本研究において、本発明者らはSpns2が、哺乳動物におけるリンパ球輸送調節の鍵となるS1Pトランスポーターであることを証明する。また、Spns2は哺乳動物における唯一のS1Pトランスポーターではないように思える。その理由はSpns2 KOマウスにおいて、血漿中のS1Pレベルが、コントロールマウスと比較して部分的に減少しており、完全に減少していないからである。血球、特に赤血球が血漿中のS1Pの主要なソースの細胞と考えられているが(R. Pappu et al., Science 316, 295(2007)、P. Hanel, P. Andreani, M. H. Graler, FASEB J. 21, 1202(2007)、K. Ito et al., Biochem. Biophys. Res. Commun. 357, 212(2007))、Spns2 KOマウス由来の血球は依然としてS1P放出能力を保持していた。更に、赤血球からのS1P放出はABCA1トランスポーターの阻害剤、グリブリドにより減退することが報告されている(N. Kobayashi, N. Kobayashi, A. Yamaguchi, T. Nishi, J. Biol. Chem. 284, 21192(2009))。これらの結果により、血球はABCトランスポーターを通してS1Pを分泌し、Spns2を通してではないことが示唆される。更に、血管形成に必要なS1Pの放出には、Spns2以外のS1Pトランスポーターが関与し得る。その理由はSpns2 KOマウスが、S1P1欠損マウスにおいて観察された血管形成の欠陥を示さなかったからである(Liu,Y. et al., J. Clin. Invest 106, 951(2000))。
【0152】
本研究は、内皮細胞からのSpns2依存性S1P放出が、胸腺から末梢血への成熟T細胞の遊出に重要であることを明らかに示す。胸腺からの遊出はS1P/S1P1シグナル伝達により厳密に制御される(H. Chi, Trends Pharmacol. Sci. 32, 16(2011)、J. G. Cyster, Annu. Rev. Immunol. 23, 127(2005)、J. Rivera, R. L. Proia, A. Olivera, Nat. Rev. Immunol. 8, 753(2008)、S. Spiegel, S. Milstien, Nat. Rev. Immunol. 11, 403(2011))。胸腺においては、胸腺細胞が成熟T細胞へと分化し、次いでKruppel-like factor2のアップレギュレーションを通してS1P1を発現する(S. Spiegel, S. Milstien, Nat. Rev. Immunol. 11, 403(2011)、Takada,K. et al., J. Immunol. 186, 775(2011))。S1P1を発現する成熟T細胞はS1Pへの応答性を獲得し、それによって末梢血へと移出する。最近までは、胸腺と血液の間のS1Pグラジエントが成熟T細胞の遊出に必要であるとされていた。しかし、最近の結果により、血漿中のS1Pでは胸腺からの遊出を促進するには不十分であることが示唆されている(R. Pappu et al., Science 316, 295(2007)、M. A. Zachariah, J. G. Cyster, Science 328, 1129(2010))。これと一貫して、リンパ球S1P1をin vitroで刺激するのに足る濃度のS1Pが血漿中に含まれていても、Spns2 KOマウスにおいては胸腺からの成熟T細胞の遊出は損なわれた(S. R. Schwab et al., Science 309, 1735(2005))。これらの知見により、内皮細胞が、Spns2を通して血管の反管腔側にS1Pを放出し、それによって胸腺組織内にS1Pのグラジエントを形成し、それが末梢血へのT細胞遊出の原因であることが示唆される。
【0153】
血管からS1P1発現細胞に向かうS1PのグラジエントがT細胞遊出に重要であり得る。ZachariahとCysterは最近、神経堤由来の血管周囲細胞によって産生されるS1Pに反応して、皮髄境界部で血管を通して成熟T細胞が胸腺から移出することを報告している(M. A. Zachariah, J. G. Cyster, Science 328, 1129(2010))。グローバルSpns2 KOマウスは、胸腺においてEC-Spns2 cKOマウスよりも多くの成熟T細胞を蓄積する(図2Eおよび図2Fならびに図5B)ので、Spns2は周皮細胞におけるS1Pトランスポーターとしても機能し得る。従って、成熟T細胞は、Spns2を介して内皮細胞および周皮細胞の両方から局所的に放出されるS1Pによって、皮髄境界部で血管の反管腔側に動員され、高濃度の血漿中S1Pに反応して末梢血へと移出すると考えられる。これと一貫して、Spns2は血管の皮髄境界部で発現する。
【0154】
血管で発現するSpns2はB細胞の骨髄からの遊出にも不可欠である。最近の報告により、骨髄からの未成熟B細胞の遊出におけるS1P/S1P1シグナル伝達の役割が明らかとなるが(M. L. Allende et al., J. Exp. Med. 207, 1113(2010)、J. P. Pereira, Y. Xu, J. G. Cyster, PLoS. One. 5, e9277(2010))、この過程に関与するS1Pのソースの細胞は同定されていなかった。Spns2 KOマウスにおいては、成熟循環B細胞数が、骨髄中だけでなく、血中、脾臓中および末梢リンパ節中においても有意に減少していた。このことは、未成熟B細胞の遊出が阻止されていることを示す。EC-Spns2 cKOマウスにおいて、成熟循環B細胞数の同様な減少が観察された。従って、これらの結果により、内皮細胞が、未成熟B細胞の骨髄からの遊出に必要なS1Pの主要なソースの細胞であることが初めて明らかにされた。骨髄中のB細胞発生段階の後期において、実質中に留置された、新たに生成された未成熟B細胞は、まず類洞区画に動員され、次いで末梢血に移行する(T., Nagasawa, Nat. Rev. Immunol. 6, 107(2006)、D.G. Osmond, S. J. Batten, Am. J. Anat. 170, 349(1984)、Pereira,J.P. et al., Nat. Immunol. 10, 403(2009))。洞様毛細血管への未成熟B細胞の進入は、骨髄からの遊出において鍵となる段階であると考えられている。最近、S1P/S1P1シグナル伝達が、実質から類洞への未成熟B細胞の移動を促進し、それによって未成熟B細胞の骨髄からの遊出が促進されることが報告されている(M. L. Allende et al., J. Exp. Med. 207, 1113(2010)、J. P. Pereira, Y. Xu, J. G. Cyster, PLoS. One. 5, e9277(2010))。従って、骨髄の洞様毛細血管内皮細胞は、Spns2を通してS1Pを産生することにより、未成熟B細胞を実質から誘引し得、それによって末梢血への未成熟B細胞の遊出を促進し得る。
【0155】
リンパ節からのリンパ球遊出もS1P/S1P1シグナル伝達に依存する。Pham et al.は最近、リンパ管内皮細胞が、リンパ節およびパイエル板からのリンパ球遊出に必要なS1Pのin vivoでのソースであることを報告している(T. H. Pham et al., J. Exp. Med. 207, 17(2010))。Spns2は血管内皮細胞だけでなくリンパ管内皮細胞でも発現するので、Spns2は、リンパ管内皮細胞からのS1P放出を誘導することにより、リンパ節からのリンパ球遊出も調節し得る。しかし、この仮説に取り組むためには、リンパ管内皮細胞特異的にSpns2を欠損したマウスを解析しなければならない。グローバルなSpns2 KOマウスにおいては、一次リンパ器官からのリンパ球遊出が著しく損なわれるからである。
【0156】
結論として、本発明者らは、Spns2が、リンパ球輸送に関与する、鍵となるS1Pトランスポーターであることを証明し、更に血管内皮細胞が、胸腺および骨髄からのリンパ球遊出の原因となるS1Pのin vivoのソースであることを示す。従って、本研究は、S1PトランスポーターとしてのSpns2の、哺乳動物における重要な役割を明らかにするだけではなく、S1P媒介性リンパ球輸送の分子機構の理解にも貢献する。S1Pシグナル伝達は多発性硬化症、乾癬、喘息、関節リウマチおよび移植拒絶反応等の炎症性疾患および自己免疫疾患に大いに関与するので、Spns2はこれらの疾患の潜在的な治療標的となり得る。
【産業上の利用可能性】
【0157】
本発明の動物は、免疫系疾患のモデル動物として利用でき、また、Spns2遺伝子に関連した免疫機能調節機構の解析などを可能とする。本発明の免疫機能調節剤は、免疫系疾患に対する医薬および研究用試薬などとして使用できる。本発明のスクリーニング方法は、免疫系疾患に対する医薬および研究用試薬の開発などを可能とする。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
Spns2遺伝子を欠損してなる、免疫機能低下非ヒトモデル動物。
【請求項2】
前記Spns2遺伝子の欠損が血管内皮細胞特異的である、請求項1に記載の非ヒトモデル動物。
【請求項3】
前記動物がマウスである請求項1または2のいずれか1項に記載の非ヒトモデル動物。
【請求項4】
野生型対照に比べて血中またはリンパ液中のリンパ球の数が減少している、請求項1〜3のいずれか1項に記載の非ヒトモデル動物。
【請求項5】
下記工程:
(a)請求項1〜4のいずれか1項に記載の非ヒトモデル動物及びその野生型対照に被験物質を投与する工程、
(b)前記被験物質を投与した非ヒトモデル動物及び野生型対照における投与前後の血中またはリンパ液中のリンパ球の数を調べ、比較する工程、および、
(c)前記(b)の比較結果に基づいて、血中またはリンパ液中のリンパ球の数を変動させる被験物質を選択する工程を含む、リンパ球のリンパ器官から血中またはリンパ管への遊出を制御する物質のスクリーニング方法。
【請求項6】
被験物質が、以下の工程:
(1)SPNS2発現用細胞に、SPNS2とスフィンゴシンキナーゼを発現させる工程;
(2)上記(1)の細胞培養液に標識したスフィンゴシンを加えて培養し、細胞内に該標識スフィンゴシンを導入し、前記(1)の細胞内で発現したスフィンゴシンキナーゼを反応させて、標識スフィンゴシン1−リン酸を生成させる工程;
(3)さらに、上記(2)の細胞培養液に被験物質を加えて培養し、被験物質と細胞内で発現したSPNS2とを相互作用させる工程;
(4)一定時間培養後に、細胞内外のスフィンゴシン1−リン酸量を測定する工程。
を含む、SPNS2のアンタゴニストおよび/またはアゴニストのスクリーニング方法によってスクリーニングされたアンタゴニストおよび/またはアゴニストである、請求項5に記載の方法。
【請求項7】
リンパ器官から血中またはリンパ管へのリンパ球遊出を制御する物質が当該遊出を促進させる物質である、請求項5または6に記載のスクリーニング方法。
【請求項8】
リンパ器官から血中またはリンパ管へのリンパ球遊出を制御する物質が当該遊出を阻害する物質である、請求項5または6に記載のスクリーニング方法。
【請求項9】
Spns2遺伝子又はSPNS2の発現または機能を調節する物質を含有してなるリンパ器官から血中またはリンパ管へのリンパ球遊出調節剤。
【請求項10】
物質がSpns2遺伝子又はSPNS2の発現または機能を阻害する物質であり、リンパ器官から血中またはリンパ管へのリンパ球遊出調節が遊出抑制である、請求項9に記載の剤。
【請求項11】
Spns2遺伝子又はSPNS2の発現または機能を阻害する物質が、下記(i)または(ii)のいずれかである、請求項10に記載の剤:
(i)Spns2遺伝子のアンチセンス核酸、リボザイムもしくはRNAi誘導性核酸分子、またはこれらを含む発現ベクター;
(ii)SPNS2に対する抗体もしくはアプタマー、またはこれらをコードする核酸を含む発現ベクター。
【請求項12】
発現ベクターが、血管内皮細胞特異的に発現するものである、請求項11に記載の剤。

【図1】
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【図2A】
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【図2B】
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【図2C】
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【図2D】
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【図2E】
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【図2F】
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【図2G】
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【図2H】
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【図2I】
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【図3A】
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【図3B】
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【図3C】
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【図3D】
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【図4】
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【図5A】
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【図5B】
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【図5C】
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【図5D】
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【図5E】
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【図5F】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図14】
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【図15】
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【図16】
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【公開番号】特開2013−59273(P2013−59273A)
【公開日】平成25年4月4日(2013.4.4)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−198886(P2011−198886)
【出願日】平成23年9月12日(2011.9.12)
【出願人】(510094724)独立行政法人国立循環器病研究センター (52)
【出願人】(000109831)トーアエイヨー株式会社 (25)
【Fターム(参考)】