スペクトル解析装置及び微小粒子測定装置、並びにスペクトル解析あるいはスペクトルチャート表示のための方法及びプログラム
【課題】広いダイナミックレンジと負数の表示が可能であり、微小粒子から発生する光の強度を適切に反映したスペクトルチャートを得るための技術の提供。
【解決手段】測定対象物からの光を検出波長域が異なる複数の受光素子により検出して取得された前記光の強度値を含む測定データから、線形関数と対数関数とを関数要素として含み、前記強度値を変数とする解析関数を用いて、解析データを生成する処理部を有するスペクトル解析装置を提供する。このスペクトル解析装置は、前記解析データを、一の軸を前記検出波長域に対応する値とし、他の一の軸を前記解析関数の出力値とするスペクトルチャートによって表示することで、負値を含む広いダイナミックレンジを表示し、分散を抑制して測定対象物の光学特性を適切に表現するスペクトルを表示する。
【解決手段】測定対象物からの光を検出波長域が異なる複数の受光素子により検出して取得された前記光の強度値を含む測定データから、線形関数と対数関数とを関数要素として含み、前記強度値を変数とする解析関数を用いて、解析データを生成する処理部を有するスペクトル解析装置を提供する。このスペクトル解析装置は、前記解析データを、一の軸を前記検出波長域に対応する値とし、他の一の軸を前記解析関数の出力値とするスペクトルチャートによって表示することで、負値を含む広いダイナミックレンジを表示し、分散を抑制して測定対象物の光学特性を適切に表現するスペクトルを表示する。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本技術は、スペクトル解析装置及び微小粒子測定装置、並びにスペクトル解析あるいはスペクトルチャート表示のための方法及びプログラムに関する。より詳しくは、測定対象物の光学特性を正確に反映したスペクトルチャートを得ることが可能なスペクトル解析装置等に関する。
【背景技術】
【0002】
フローサイトメータは、フローセルを通流する細胞やビーズなどの微小粒子に光を照射し、微小粒子から発せられる蛍光及び散乱光などを検出することによって、各微小粒子の特性を光学的に測定する装置である。
【0003】
例えば細胞の蛍光を検出する場合、蛍光色素により標識した細胞にレーザー光などの適当な波長かつ強度を有する励起光を照射する。そして、蛍光色素から発せられる蛍光をレンズなどで集光し、フィルタ又はダイクロイックミラーなどの波長選択素子を用いて適当な波長域の光を選択し、選択された光をPMT(photo multiplier tube)などの受光素子を用いて検出する。このとき、波長選択素子と受光素子とを複数組み合わせることによって、細胞に標識された複数の蛍光色素からの蛍光を同時に検出し、解析することも可能である。さらに、複数波長の励起光を組み合わせることで解析可能な蛍光色素の数を増やすこともできる。
【0004】
フローサイトメータでの解析データは、従来、ヒストグラム又は2次元プロットによって表示されている。ヒストグラム及び2次元プロットでは、光の強度値を示す座標軸として線形軸(リニア軸)又は対数軸を用いることが一般的であるが、線形軸(リニア軸)と対数軸とが組み合わされた特性を有するバイエクスポネンシャル軸を用いる技術も知られている(非特許文献1参照)。バイエクスポネンシャル軸を座標軸としたヒストグラム及び2次元プロットでは、対数軸の特性を活かした広いダイナミックレンジの表示が可能であり、同時に線形軸の特性により負数の表示も可能である。
【0005】
フローサイトメータにおける蛍光検出には、フィルタなどの波長選択素子を用いて不連続な波長域の光を複数選択し、各波長域の光の強度を計測する方法の他に、連続した波長域における光の強度を蛍光スペクトルとして計測する方法もある。蛍光スペクトルの計測が可能なスペクトル型フローサイトメータでは、微小粒子から発せられる蛍光を、プリズム又はグレーティングなどの分光素子を用いて分光する。そして、分光された蛍光を、検出波長域が異なる複数の受光素子が配列された受光素子アレイを用いて検出する。受光素子アレイには、PMT又はフォトダイオードなどの受光素子を一次元に配列したPMTアレイ又はフォトダイオードアレイ、あるいはCCD又はCMOSなどの2次元受光素子などの独立した検出チャネルが複数並べられたものが用いられている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2003−83894号公報
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】A New "Logicle" Display Method Avoids Deceptive Effects of Logarithmic Scaling for Low Signals and Compensated Data. Cytometry Part A 69A:541-551, 2006.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
スペクトル型フローサイトメータでの解析データは、ヒストグラム及び2次元プロットの他に、スペクトルチャートによって表示することができる。スペクトルチャートは、横軸に受光素子のチャネル又は検出波長を、縦軸に光の強度値を示し、微小粒子の数(イベント数あるいは密度)に関する情報(ポピュレーション情報)を色の濃淡や色調などで表現したものである。スペクトルチャートによれば、微小粒子の蛍光スペクトル及びポピュレーション情報を直感的に把握することができる。
【0009】
スペクトルチャートでは、光の強度値を示す座標軸として、従来、線形軸又は対数軸が用いられている。しかし、対数軸を用いたチャートでは、強度値の低い微小粒子のスペクトルが不当に高い分散を有して描出されてしまうほか、負数を表示できないなどの限界があった。一方、線形軸を用いたチャートでも、強度値の低い微小粒子のスペクトル形状の判別が困難になるなどの課題があった。さらに、従来のスペクトルチャートでは、非標識細胞などの対照サンプルで検出される強度値(バックグランド値)に由来するスペクトル成分を減算してスペクトルを表示するための適切な方法が存在しなかった。
【0010】
そこで、本技術は、広いダイナミックレンジと負数の表示が可能であり、微小粒子から発生する光の強度を適切に反映したスペクトルチャートを得るための技術を提供することを主な目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
上記課題解決のため、本技術は、測定対象物からの光を検出波長域が異なる複数の受光素子により検出して取得された前記光の強度値を含む測定データから、線形関数と対数関数とを関数要素として含み、前記強度値を変数とする解析関数を用いて、解析データを生成する処理部を有するスペクトル解析装置を提供する。
このスペクトル解析装置は、前記解析データを、一の軸を前記検出波長域に対応する値とし、他の一の軸を前記解析関数の出力値とするスペクトルチャートによって表示する表示部を有する。
このスペクトルチャートによれば、負値を含む広いダイナミックレンジを表示し、分散を抑制して測定対象物の光学特性を適切に表現するスペクトルを表示できる。
このスペクトル解析装置において、前記処理部は、前記解析関数として、前記測定データのうち前記強度値が小さいデータに対しては線形関数を主たる関数要素とし、かつ、前記前記測定データのうち前記強度値が大きいデータに対しては対数関数を主たる関数要素とする関数を適用して、前記解析データを生成するよう構成される。
具体的には、前記処理部は、前記解析関数として、前記測定データのうち前記強度値が所定の値より小さいデータに対しては、前記線形関数を主たる関数要素とし、かつ、前記測定データのうち前記強度値が前記所定の値より大きいデータに対しては、前記対数関数を主たる関数要素とする関数を適用して、前記解析データを生成するものとできる。この場合、前記表示部は、前記出力値の軸を、該出力値が所定値よりも大きい領域では対数軸とし、かつ、該出力値が所定値よりも小さい領域では線形軸として、前記スペクトルチャートを表示する。
このスペクトル解析装置において、前記処理部は、測定サンプルからの光を検出波長域が異なる複数の受光素子により検出して得られる強度値を含む測定データから、対照サンプルからの光を検出波長域が異なる複数の受光素子により検出して得られる強度値を含む測定データを減算した後、線形関数と対数関数とを関数要素として含み、前記強度値を変数とする解析関数を用いて補正された解析データを生成し、前記表示部は、補正された解析データを前記スペクトルチャートによって表示するよう構成されることが好ましい。
また、このスペクトル解析装置において、前記測定データは、測定対象物からの光を分光し、検出波長域が異なる複数の受光素子が配列された受光素子アレイにより検出して取得された前記光の強度値を含むものとすることができ、この場合において、前記処理部は、前記強度値を各受光素子の検出波長域幅で補正し、前記解析データを生成するよう構成されることが好ましい。
本技術に係るスペクトル解析装置は、特に、前記測定対象物を微小粒子とし、該微小粒子の光学特性を前記スペクトルチャートにより表示するものとできる。この場合、前記表示部は、前記スペクトルチャートを多色表示するものとすることが好ましい。多色表示は、前記微小粒子の頻度情報を反映した色相、彩度及び/又は明度により前記スペクトルチャートを表示することによって行うことができる。
また、本技術に係るスペクトル解析装置は、特に微小粒子測定装置、中でもスペクトル型フローサイトメータとして構成できる。
【0012】
さらに、本技術は、測定対象物からの光を検出波長域が異なる複数の受光素子により検出して取得された前記光の強度値を含む測定データから、線形関数と対数関数とを関数要素として含み、前記強度値を変数とする解析関数を用いて、解析データを生成する手順を含むスペクトル解析方法と、該解析データを、一の軸を前記検出波長域に対応する値とし、他の一の軸を前記解析関数の出力値とするスペクトルチャートによって表示する手順を含むスペクトルチャート表示方法をも提供する。
【0013】
加えて、本技術は、測定対象物からの光を検出波長域が異なる複数の受光素子により検出して取得された前記光の強度値を含む測定データから、線形関数と対数関数とを関数要素として含み、前記強度値を変数とする解析関数を用いて、解析データを生成するステップを実行するスペクトル解析プログラムと、該解析データを、一の軸を前記検出波長域に対応する値とし、他の一の軸を前記解析関数の出力値とするスペクトルチャートによって表示するステップを実行するスペクトルチャート表示プログラムを提供する。
【0014】
本技術において、「微小粒子」には、細胞や微生物、リポソームなどの生体関連微小粒子、あるいはラテックス粒子やゲル粒子、工業用粒子などの合成粒子などが広く含まれるものとする。
【0015】
生体関連微小粒子には、各種細胞を構成する染色体、リポソーム、ミトコンドリア、オルガネラ(細胞小器官)などが含まれる。細胞には、動物細胞(血球系細胞など)および植物細胞が含まれる。微生物には、大腸菌などの細菌類、タバコモザイクウイルスなどのウイルス類、イースト菌などの菌類などが含まれる。さらに、生体関連微小粒子には、核酸やタンパク質、これらの複合体などの生体関連高分子も包含され得るものとする。また、工業用粒子は、例えば有機もしくは無機高分子材料、金属などであってもよい。有機高分子材料には、ポリスチレン、スチレン・ジビニルベンゼン、ポリメチルメタクリレートなどが含まれる。無機高分子材料には、ガラス、シリカ、磁性体材料などが含まれる。金属には、金コロイド、アルミなどが含まれる。これら微小粒子の形状は、一般には球形であるのが普通であるが、非球形であってもよく、また大きさや質量なども特に限定されない。
【発明の効果】
【0016】
本技術により、広いダイナミックレンジと負数の表示が可能であり、微小粒子から発生する光の強度を適切に反映したスペクトルチャートを得るための技術が提供される。
【図面の簡単な説明】
【0017】
【図1】本技術に係るスペクトル解析装置Aの機能的構成を示すブロック図である。
【図2】スペクトル解析装置Aの測定部10の構成を説明する模式図である。
【図3】解析関数を説明する図面代用グラフである。
【図4】横軸をPMTのチャネル番号、縦軸を解析関数の出力値としたスペクトルチャートを説明する図面代用グラフである。
【図5】実施例1において混合サンプルを計測して得られたスペクトルチャートを示す図面代用グラフである。
【図6】図5に示したスペクトルチャートにビーズの頻度情報を色調によって反映させたスペクトルチャート示す図面代用グラフである。
【図7】実施例1において混合サンプル及びブランクビーズを計測して得られたスペクトルチャートと、バックグランド値の補正後の混合サンプルのスペクトルチャートを示す図面代用グラフである。
【図8】実施例2においてPMTアレイの各PMTの検出波長域を決定した結果を示す図面代用グラフである。
【図9】実施例2においてPMTアレイの各PMTの相対感度を算出した結果を示す図面代用グラフである。
【図10】実施例2において蛍光分光光度計を用いた計測により得られた蛍光ビーズのスペクトルチャートを示す図面代用グラフである。
【図11】実施例2においてフローサイトメータを用いた計測により得られた蛍光ビーズFPK505のスペクトルチャートを示す図面代用グラフである。(A)は補正処理前のチャート、(B)は第一の補正強度値によるチャート、(C)は第二の補正強度値によるチャートを示す。
【図12】実施例2においてフローサイトメータを用いた計測により得られた蛍光ビーズFPK505のスペクトルチャートを示す図面代用グラフである。(A)は補正処理前のチャート、(B)は第一の補正強度値によるチャート、(C)は第二の補正強度値によるチャートを示す。
【図13】実施例2においてフローサイトメータを用いた計測により得られた蛍光ビーズFPK528のスペクトルチャートを示す図面代用グラフである。(A)は補正処理前のチャート、(B)は第一の補正強度値によるチャート、(C)は第二の補正強度値によるチャートを示す。
【図14】実施例2においてフローサイトメータを用いた計測により得られた蛍光ビーズFPK549のスペクトルチャートを示す図面代用グラフである。(A)は補正処理前のチャート、(B)は第一の補正強度値によるチャート、(C)は第二の補正強度値によるチャートを示す。
【図15】実施例2においてフローサイトメータを用いた計測により得られた蛍光ビーズFPK667のスペクトルチャートを示す図面代用グラフである。(A)は補正処理前のチャート、(B)は第一の補正強度値によるチャート、(C)は第二の補正強度値によるチャートを示す。
【図16】実施例1において混合サンプルを計測して得られたスペクトルチャートについて、受光素子の検出波長域幅による補正を行い、横軸を検出波長としたチャートを示す図面代用グラフである。
【発明を実施するための形態】
【0018】
以下、本技術を実施するための好適な形態について図面を参照しながら説明する。なお、以下に説明する実施形態は、本技術の代表的な実施形態の一例を示したものであり、これにより本技術の範囲が狭く解釈されることはない。説明は以下の順序で行う。
1.スペクトル解析装置の構成
2.解析データの生成
(1)解析関数
(2)バックグランド補正
(3)受光素子の検出波長域幅及び相対感度による補正
[第一の補正強度値の算出]
[第二の補正強度値の算出]
3.データ表示
4.スペクトル解析及びスペクトルチャート表示のためのプログラム
【0019】
1.スペクトル解析装置の構成
図1は、本技術に係るスペクトル解析装置Aの機能的構成を説明するブロック図である。また、図2は、スペクトル解析装置Aの測定部10の構成を説明する模式図である。以下、スペクトル解析装置Aを、スペクトル型フローサイトメータとして構成した場合を例に説明する。
【0020】
スペクトル解析装置Aは、微小粒子に対してレーザー光を照射して、微小粒子から発せられる蛍光を検出し、検出された蛍光の強度を電気信号に変換して測定データとして出力する測定部10と、CPU20、メモリ30及びハードディスク(記憶部)40と、を含む。スペクトル解析装置Aにおいて、CPU20、メモリ30及びハードディスク(記憶部)40は処理部を構成する。また、スペクトル解析装置Aは、ユーザインターフェースとして、マウス51及びキーボード52と、ディスプレイ61及びプリンタ62を含んで構成される表示部60と、を含む。
【0021】
測定部10は、従来の微小粒子測定装置と同様の構成とできる。具体的には、光源101からのレーザー光を微小粒子Pに対して集光・照射する照射系と、微小粒子Pから発生する蛍光を分光する分光素子102と分光された光を検出する受光素子アレイ103とを含む検出系と、から構成される。スペクトル解析装置Aにおいて、微小粒子Pは、フローセル内又はマイクロチップに形成された流路内を一列に配列されて通流される。
【0022】
照射系は、光源101の他、微小粒子Pに対してレーザー光を集光・照射するための集光レンズ、ダイクロイックミラー及びバンドパスフィルター等(不図示)からなる。なお光源101は、互いに異なる波長を発光する光源を2つ以上組み合わせたものでもよく、その場合2つ以上のレーザー光が微小粒子Pを照射する場所は、同一であっても異なっていても構わない。また、検出系は、微小粒子Pから発生する蛍光を集光し、分光素子102に導光するための集光レンズ等(不図示)を含んでいてもよい。ここでは、受光素子アレイ103として、検出波長域が異なる32チャネルのPMT(photo multiplier tube)を一次元に配列したPMTアレイを用いた構成を例示した。なお、受光素子アレイ103には、フォトダイオードアレイ、あるいはCCD又はCMOSなどの2次元受光素子などの検出波長域が異なる独立した検出チャネルが複数並べられたものも用いることができる。
【0023】
スペクトル解析装置Aにおいて、測定部10は、蛍光の他、レーザー光の照射によって微小粒子Pから発生する光であって、例えば前方散乱光、側方散乱光、レイリー散乱及びミー散乱等の散乱光なども検出するように構成してもよい。
【0024】
2.解析データの生成
(1)解析関数
CPU20及びメモリ30は、ハードディスク40に格納されたスペクトル解析及びスペクトルチャート表示のためのプログラム41とOS42と共働して、測定部10から出力される蛍光の強度値を含む測定データから解析関数を用いて解析データを生成する。解析データは、測定データから、線形関数と対数関数とを関数要素として含み、強度値を変数とする解析関数を用いて生成される。
【0025】
ここで、チャネル1〜32のPMTのうち、チャネルkのPMTで得られたn番目の強度値をI[k、n]と定義する。また、解析関数をF(x)と定義する(xは変数)。この場合、解析データの出力値はF(I[k、n])によって得られる。
【0026】
図3に、解析関数F(x)を示す。解析関数F(x)は、強度値Iが小さいデータに対しては、線形関数を主たる関数要素とし、強度値が大きいデータに対しては、対数関数を主たる関数要素としている。換言すれば、解析関数F(x)においては、強度値Iが小さいデータに対しては、線形関数の要素がより強く適用され、強度値が大きいデータに対しては、対数関数の要素がより強く適用される。
【0027】
解析関数F(x)には、バイエクスポネンシャル法に基づく関数あるいはロジクール関数などの従来公知の関数を適用することが可能である(非特許文献1参照)。より簡便には、解析関数F(x)として、強度値Iが所定値Iaよりも小さい測定データ領域RLに対しては線形関数を関数要素とし、強度値Iが所定値Iaよりも大きい測定データ領域RHに対しては対数関数を関数要素とする関数を用いることができる。さらに簡便には、解析関数F(x)として、強度値Iが所定値Iaよりも小さい測定データ領域RLに対しては線形関数を適用し、強度値Iが所定値Iaよりも大きい測定データ領域RHに対しては対数関数を適用することができる。
【0028】
この場合、境界値となる強度値Iaに対しては線形関数及び対数関数のいずれかを関数要素とする関数を適用すればよい。また、解析関数F(x)は測定データ領域RLと測定データ領域RHとの境界において連続しており、測定データ領域RLと測定データ領域RHにおける解析関数F(x)の傾きは境界値Iaにおいて一致していることが望ましい。
【0029】
解析関数をF(x)による測定データの変換により、対数関数の特性を活かした広いダイナミックレンジを有し、同時に線形軸の特性により負値をも含む解析データを得ることが可能となる。なお、境界値Iaの設定は、本技術に係る効果が奏される限りにおいて任意に行わるものであり、例えば上述の非特許文献1記載の方法により設定することができる。
【0030】
(2)バックグランド補正
処理部は、解析データの生成の際、蛍光色素で標識していない細胞(非標識細胞)などのネガティブコントロール用の微小粒子(対照サンプル)を測定して得た解析データを利用してバックグランド値の補正を行う。バックグランド値の補正は、測定サンプルの測定データから対照サンプルの測定データ値を減算することにより行われる。
【0031】
チャネル1〜32のPMTのうち、チャネルkのPMTで得られたn番目の対照サンプルの強度値をI0[k、n]、測定サンプルの強度値をI[k、n]と定義する。この場合、バックグランド値の補正は、測定サンプルの強度値I[k、n]から対照サンプルの強度値I0[k、n]を減算する(I[k、n]−I0[k、n])ことによって行われる。
【0032】
上述の解析データは、減算後の測定データ(I[k、n]−I0[k、n])から解析関数F(x)を用いて生成されることが好ましい。
【0033】
(3)受光素子の検出波長域幅及び相対感度による補正
また、CPU20、メモリ30及びハードディスク40を含んで構成される処理部は、蛍光の強度値を各受光素子(ここではチャネル1〜32のPMT)の検出波長域幅で補正して第一の補正強度値を算出する補正処理を行う。さらに、処理部は、第一の補正強度値を各PMTの感度データを用いて補正して第二の補正強度値を算出する補正処理を行う。
【0034】
[第一の補正強度値の算出]
第一の補正強度値の算出は、各PMTで取得された蛍光の強度値を、それぞれのPMTの検出波長域幅で除すことにより行われる。
【0035】
具体的には、チャネル1〜32のPMTのうち、チャネルkのPMTで得られたn番目の強度値をI[k、n]とし、チャネルkのPMTの検出下限波長をL[k]かつ検出上限波長をH[k]とする。この場合、第一の補正強度値J1[k、n]は、次の式により算出される。ここで、kは1〜32の整数を表す。
J1[k、n]=I[k、n]/(H[k]−L[k])
【0036】
チャネル1〜32のPMTで検出される光の波長域幅は、分光素子102を含む検出部10の光学系が非線形性を有している場合、各PMT間で異なった幅となる(後掲の図8参照)。このため、各PMTで取得される蛍光の強度値は、検出波長幅が広いチャネルでは相対的に高く、検出波長幅が狭いチャネルでは相対的に低くなり、スペクトル形状に歪みが生じる。
【0037】
各PMTで取得された蛍光の強度値をそれぞれのPMTの検出波長域幅で除して得られる第一の補正強度値では、このような光学系の非線形性に起因したスペクトル形状の歪みを補償することが可能となる。
【0038】
各PMTの検出波長幅(H[k]−L[k])は、検出部10を構成する分光素子102、集光レンズ、ダイクロイックミラー及びバンドパスフィルターなどの光学素子の種類や配置によって一意に決定される(後掲の図8参照)。このため、光学素子の選定及び配置を含む装置設計が完了した段階で、各PMTの検出波長幅を取得しておくことで、各PMTで取得された蛍光の強度値から第一の補正強度値を算出することが可能となる。
【0039】
[第二の補正強度値の算出]
第二の補正強度値の算出は、各PMTにおける第一の補正強度値を、それぞれのPMTの相対感度で除すことにより行われる。
【0040】
具体的には、チャネル1〜32のPMTのうち、チャネルkのPMTの相対感度をS[k]とする。この場合、第二の補正強度値J2[k、n]は、次の式により算出される。
J2[k、n]=J1[k、n]/S[k]
【0041】
ここで、相対感度とは、同一強度及び同一波長の光をPMTに照射して各チャネルで得られた強度値を、最も高い強度値が得られたチャネルの強度値に対する相対値により示したものである。相対感度は、同一強度及び同一波長の光をPMTに照射した場合に各チャネルから出力される電気信号量を記録した感度データから予め算出しておくことができる。この感度データは、各PMTに内在する感度差と、ユーザによって各PMTに設定された感度差(ゲイン)の両方が反映されたものである。なお、ゲインは、ユーザが印加電圧などの設定値を変化させることによって適宜調整が可能である。
【0042】
チャネル1〜32のPMTの感度は、PMTの個体差及びゲインの設定差によって、各PMT間で異なる(後掲の図9参照)。このため、各PMTで取得される蛍光の強度値は、感度が高いチャネルでは相対的に高く、感度が低いチャネルでは相対的に低くなり、スペクトル形状に歪みが生じる。
【0043】
各PMTにおける第一の補正強度値を、それぞれのPMTの相対感度で除して得られる第二の補正強度値では、このような受光素子間の感度差に起因したスペクトル形状の歪みを補償することが可能となる。
【0044】
上述の解析データは、第一の補正強度値あるいは第二の測定強度値への補正処理後の測定データ(J1[k、n]あるいはJ2[k、n])から解析関数F(x)を用いて生成されることが好ましい。なお、第一の補正強度値あるいは第二の測定強度値への補正処理は、上述のように解析関数F(x)による変換前の測定データに対して行う方法に限定されず、解析関数F(x)による変換後の解析データに対して行うことも可能である。
【0045】
3.データ表示
処理部は、一の軸を検出波長域に対応する値とし、他の一の軸を解析関数の出力値とするスペクトルチャートを生成して表示部60に表示させる。このスペクトルチャートは、検出波長域に対応する値としてPMTのチャネル番号又は検出波長を横軸とし、解析関数の出力値を縦軸にとったものとできる(後掲の図5及び図16の(C)参照)。
【0046】
横軸をPMTのチャネル番号、縦軸を解析関数の出力値としたスペクトルチャートを図4に示す。チャネルkのPMTで得られたn番目の強度値をI[k、n]、出力値をF(I[k、n])とする。チャネルkについてVi以上Vi+1未満の出力値域に含まれる微小粒子の数(イベント数あるいは密度)を計算し、チャネルk及び強度Vi〜Vi+1に相当する領域を計算結果の値に応じた色調で着色する。この手順を各チャネル及び出力値域について繰り返すことで図に示すスペクトルチャートを作成、表示できる。なお、微小粒子の数に関する情報(頻度情報)は、該情報を反映させた色相、彩度及び/又は明度によりスペクトルチャートを多色表示することによって行い得る。頻度情報の色相、彩度及び/又は明度への変換は、従来公知の手法(実施例参照)により行うことができる。
【0047】
このスペクトルチャートでは、解析関数F(x)による測定データの変換により、対数関数の特性を活かして広いダイナミックレンジを表示でき、線形軸の特性により負の出力値も表現できる。また、強度値の低い領域において、スペクトルが不当に高い分散を有して描出されてしまう問題を解決できる。
【0048】
さらに、このスペクトルチャートでは、縦軸の解析データ値を上述のバックグランド補正を行った場合に、減算後の測定データ(I[k、n]−I0[k、n])が負値となった場合でもスペクトルの表示が可能である。
【0049】
なお、縦軸の解析データ値は、上述の受光素子の検出波長域幅及び相対感度による補正がなされたものとすることが好ましい。これにより、装置の光学系の非線形性及び受光素子間の感度差に起因したスペクトル形状の歪みを補償したチャートを表示できる。受光素子の検出波長域幅等による補正を行う場合、スペクトルチャートの横軸はPMTの検出波長とする(後掲の図11〜15の(B)・(C)参照)。
【0050】
スペクトルチャートには、所定の検出波長において所定の蛍光強度値で検出された微小粒子の数(イベント数あるいは密度)に基づいて、強度値を平均値や標準誤差、中央値、四分位点などの統計的な数値で表示することができる(後掲の図12参照)。さらに、スペクトルチャートを、イベント数をとった座標軸を追加した3次元グラフとして表示することもでき、この3次元グラフを疑似3D表示することもできる。
【0051】
4.スペクトル解析及びスペクトルチャート表示のためのプログラム
本技術に係るスペクトル解析プログラム及びスペクトルチャート表示プログラムは、上述のスペクトル解析装置における解析データ生成及びデータ表示の各ステップを実行するものである。
【0052】
プログラムは、ハードディスク40に格納・保持され(図1中符号41参照)、CPU20およびOS42の制御の下でメモリ30に読み込まれて、解析データ生成及びデータ表示の処理を実行する。プログラムは、コンピュータ読み取り可能な記録媒体に記録されたものとできる。記録媒体としては、コンピュータ読み取り可能な記録媒体であれば特に制限はないが、具体的には、例えば、フレキシブルディスクやCD−ROM等の円盤形記録媒体が用いられる。また、磁気テープ等のテープ型記録媒体を用いてもよい。
【0053】
本技術に係るスペクトル解析装置は以下のような構成をとることもできる。
(1)測定対象物からの光を検出波長域が異なる複数の受光素子により検出して取得された前記光の強度値を含む測定データから、線形関数と対数関数とを関数要素とし、前記強度値を変数とする解析関数を用いて、解析データを生成する処理部を有するスペクトル解析装置。
(2)前記解析データを、一の軸を前記検出波長域に対応する値とし、他の一の軸を前記解析関数の出力値とするスペクトルチャートによって表示する表示部を有する上記(1)記載のスペクトル解析装置。
(3)前記処理部は、前記解析関数として、前記測定データのうち前記強度値が所定の値より小さいデータに対しては、前記線形関数を主たる関数要素とし、かつ、前記前記測定データのうち前記強度値が前記所定の値より大きいデータに対しては、前記対数関数を主たる関数要素とする関数を適用して、前記解析データを生成する上記(2)記載のスペクトル解析装置。
(4)前記処理部は、前記解析関数として、前記測定データのうち所定の値より前記強度値が小さいデータに対しては、前記線形関数の要素をより強く、かつ、前記前記測定データのうち前記所定の値より前記強度値が大きいデータに対しては、前記対数関数の要素をより強く適用して、前記解析データを生成する上記(2)又は(3)記載のスペクトル解析装置。
(5)前記表示部は、前記出力値の軸を、該出力値が所定値よりも大きい領域では対数軸とし、かつ、該出力値が所定値よりも小さい領域では線形軸として、前記スペクトルチャートを表示する上記(4)記載のスペクトル解析装置。
(6)前記処理部は、測定サンプルからの光を検出波長域が異なる複数の受光素子により検出して得られる強度値を含む測定データから、対照サンプルからの光を検出波長域が異なる複数の受光素子により検出して得られる強度値を含む測定データを減算した後、線形関数と対数関数とを関数要素として含み、前記強度値を変数とする解析関数を用いて補正された解析データを生成し、前記表示部は、補正された解析データを前記スペクトルチャートによって表示する上記(2)〜(5)のいずれかに記載のスペクトル解析装置。
(7)前記測定データを、測定対象物からの光を分光し、検出波長域が異なる複数の受光素子が配列された受光素子アレイにより検出して取得された前記光の強度値を含むものとする上記(1)〜(6)のいずれかに記載のスペクトル解析装置。
(8)前記処理部は、前記強度値を各受光素子の検出波長域幅で補正し、前記解析データを生成する上記(1)〜(7)のいずれかに記載のスペクトル解析装置。
(9)前記測定対象物が微小粒子であり、該微小粒子の光学特性を前記スペクトルチャートにより表示する上記(1)〜(8)のいずれかに記載のスペクトル解析装置。
(10)前記表示部は、前記スペクトルチャートを多色表示する上記(2)〜(9)のいずれかに記載のスペクトル解析装置。
(11)前記表示部は、前記微小粒子の頻度情報を反映した色相、彩度及び/又は明度により前記スペクトルチャートを多色表示する上記(9)又は(10)記載のスペクトル解析装置。
【実施例】
【0054】
<実施例1>
1.スペクトルチャートの生成とバックグランド補正
図2に示した構成の測定部を備えたスペクトル型フローサイトメータを試作した。光源には、波長488nmのレーザーダイオードと波長638nmのレーザーダイオードを用いた。また、分光素子には、複数のプリズムを組み合わせたプリズムアレイを用いた。受光素子アレイには、32チャネルのPMTアレイを使用し、波長500nmから800nmの蛍光を分光検出した。
【0055】
この装置を用いて、Sherotech社より入手した蛍光ビーズFluorescent Particle Kit (FPK)505, FPK528, FPK549の混合サンプル及び蛍光標識されていないネガティブコントロール用のビーズ(ブランクビーズ)の計測を行った。取得されたデータについて、統計ソフトウェアR(http://www.R-project.org/)を用いて適当なポピュレーションをゲーティングにより抽出した後、スペクトルチャート表示を行った。
【0056】
結果を図5に示す。(A)は縦軸に強度値(I)を対数軸でとったチャート、(B)は線形軸でとったチャートを示す。(C)は、縦軸を強度値(I)が10,000よりも大きい領域では対数軸とし、10,000よりも小さい領域では線形軸としたスペクトルチャートを示す。なお、横軸は、PMTのチャネル番号である。ここでは、ビーズの頻度情報をスペクトルチャートの濃淡によって示している。
【0057】
(A)に示す対数軸チャートでは、蛍光レベルが低い(暗い)ビーズのスペクトルにおいて分散が非常に大きく表示されてしまっている。また、(B)に示す線形軸チャートでは、蛍光レベルの高い(明るい)ビーズの分散が大きく表示され、暗いビーズのスペクトル形状が判別困難となっている。一方、(C)に示すハイブリッド軸チャートでは、暗いビーズのスペクトルも極端に幅広にならず、分散が低いシャープな形状で表示できており、広いダイナミックレンジのために3種類のビーズのスペクトル形状が明確に判別可能な状態で表示できている。
【0058】
また、図6には、図5(C)に示したチャートに、ビーズの頻度情報を色調によって反映させたスペクトルチャートを示す。(A)は統計ソフトウェアRの「rainbow関数」、(B)は「topo.colors関数」、(C)は「cm.colors関数」、(D)は「terrain.colors関数」、(E)は「heat.colors関数」、(F)は「grey関数」を用いて頻度情報の色相、彩度及び/又は明度への変換を行ったチャートである。なお、これらのスペクトルチャートでは、チャネル20〜23のPMTの計測結果の描画を省略している。
【0059】
図7には、混合サンプルの測定データからブランクビーズの測定データを減算するバックグランド補正を行った結果を示す。(A)〜(C)は縦軸に強度値(I)及び(I0)を対数軸でとったチャート、(D)〜(F)は、縦軸を強度値(I)あるいは減算後の強度値(I−I0)が10,000よりも大きい領域では対数軸とし、10,000よりも小さい領域では線形軸としたスペクトルチャートを示す。また、(A)及び(D)は混合サンプル、(B)及び(D)はブランクビーズ、(C)及び(F)はバックグランド補正後の混合サンプルのスペクトルチャートを示す。
【0060】
(F)に示すチャートでは、(C)に示すチャートに比して、暗いビーズのスペクトル形状が明確に認識できるようになった。
【0061】
以上の結果から、本技術に係るスペクトル解析装置によれば、負数を含む広いダイナミックレンジを有し、微小粒子から発生する光の強度を適切に反映したスペクトルチャートの表示が可能であることが示された。
【0062】
<実施例2>
2.受光素子の検出波長域幅及び相対感度による補正
試作した装置において、各PMTの検出波長域を決定したグラフを図8に示す。グラフ中の「×」は各チャネルのPMTの検出下限波長(L[k])を、「○」は検出上限波長(H[k])を示す。ここで、kは1〜32の整数を表す。各PMTの検出波長域幅(H[k]−L[k])は、チャネル番号が大きい長波長側のPMTほど広くなっていることが確認される。なお、波長638nm付近の蛍光を検出するチャネル21番前後のPMTでは、波長638nmの光源からのレーザー光の漏れ込みを防止する光学フィルタによって、検出される蛍光も制限されている。
【0063】
また、各PMTの相対感度を算出したグラフを図9に示す。相対感度は、同一強度及び同一波長の光を各PMTに照射して各チャネルで得られた強度値を、最も高い強度値が得られたチャネル32の強度値を1とした相対値により示した。
【0064】
初めに、F-4500型蛍光分光光度計(株式会社日立ハイテクノロジーズ)を用いて市販の蛍光ビーズの蛍光スペクトルを計測した。蛍光ビーズには、Sherotech社より入手したFluorescent Particle Kit (FPK)505、FPK528、FPK549、FPK667の4種を用いた。得られたスペクトルチャート(基準スペクトルチャート)を図10に示す。(A)はFPK505、(B)はFPK528、(C)はFPK549、(D)はFPK667の蛍光スペクトルを示す。横軸は蛍光波長(500〜800nm)、縦軸は蛍光強度値(対数表示)である。なお、レーザー光の励起波長は、(A)〜(C)が波長488nm、(D)が波長638nmである。
【0065】
次に、試作した装置を用いて蛍光ビーズの蛍光スペクトルを計測した。得られたスペクトルチャートを図11〜15に示す。図11及び図12はFPK505、図13はFPK528、図14はFPK549、図15はFPK667のチャートを示す。なお、図11では各チャネルでのイベント数をスペクトルの色によって表示した。また、図12では強度値をイベント数に基づく平均値(実線)及び平均値±標準偏差(破線)で表示している。
【0066】
図11〜15の(A)は、横軸にチャネル番号、縦軸に各チャネルで取得された蛍光の強度値(I[k]、kは1〜32の整数を表す)の対数をとったスペクトルチャートである。
【0067】
図11〜15の(A)のスペクトルチャートに示されるスペクトル形状は、図10に示した基準スペクトルチャートのスペクトル形状と明らかに異なっている。このことは、PMTで取得される蛍光の強度値(I[k])をそのまま用いた蛍光スペクトルでは、装置の光学系の非線形性及び受光素子間の感度差に起因した測定誤差によってスペクトル形状に歪みが生じていることを示している。
【0068】
図11〜15の(B)には、横軸に検出波長、縦軸に各チャネルで取得された蛍光強度値の第一の補正値(J1[k]、kは1〜32の整数を表す)の対数をとったスペクトルチャートである。第一の補正強度値J1[k]は、各PMTで取得された蛍光の強度値(I[k])を、図8に示したそれぞれのPMTの検出波長域幅(H[k]−L[k])で除すことにより得た。より具体的には、チャネルkのPMTで得られたn番目の強度値I[k、n]をPMTの検出波長域幅(H[k]−L[k])で除して第一の補正強度値J1[k、n]を得て、J1[k、n]の分布を横軸L[k]〜H[k]の範囲に描画してスペクトルチャートを作成した。
【0069】
図11〜15の(B)のスペクトルチャートに示されるスペクトル形状は、図10に示した基準スペクトルチャートのスペクトル形状と概ね一致している。このことは、各PMTで取得された蛍光の強度値(I[k])をそれぞれのPMTの検出波長域幅(H[k]−L[k])で除す補正処理によって、装置の光学系の非線形性に起因した測定誤差を補償して、スペクトル形状の歪みを補正できたことを示している。
【0070】
図11〜15の(C)には、横軸に検出波長、縦軸に各チャネルで取得された蛍光強度値の第二の補正値(J2[k]、kは1〜32の整数を表す)の対数をとったスペクトルチャートである。第二の補正強度値J2[k]は、第一の補正強度値(J1[k])を、図9に示したそれぞれのPMTの相対感度(S[k])で除すことにより得た。
【0071】
図11〜15の(C)のスペクトルチャートに示されるスペクトル形状は、図10に示した基準スペクトルチャートのスペクトル形状と良く一致している。特に、図11〜15の(B)の第一の補正値(J1[k])に基づくスペクトルチャートでは、波長500nm付近の領域でPMTの感度差に起因すると思われるスペクトル形状の歪みがみられたが、図11〜15の(C)の第二の補正値(J2[k])に基づくスペクトルチャートでは、この歪みが補正されている。このことは、第一の補正値(J1[k])をそれぞれのPMTの相対感度(S[k])で除す補正処理によって、受光素子間の感度差に起因した測定誤差を補償して、スペクトル形状の歪みを補正できることが示された。
【0072】
図16には、実施例1で得られたデータを受光素子の検出波長域幅によって補正し、横軸を検出波長としたスペクトルチャートを示す。(C)に示すハイブリッド軸チャートでは、暗いビーズのスペクトルも極端に幅広にならず、分散が低いシャープな形状で表示できており、広いダイナミックレンジのために3種類のビーズのスペクトル形状が明確に判別可能な状態で表示できている。
【産業上の利用可能性】
【0073】
本技術に係るスペクトル解析装置では、広いダイナミックレンジと負数の表示が可能であり、測定対象物の光学特性を適切に反映したスペクトルチャートを得ることができる。従って、本技術に係るスペクトル解析装置は、細胞等の微小粒子の光学特性をより詳細に解析するための微小粒子測定装置、特にスペクトル型フローサイトメータに好適に適用され得る。
【符号の説明】
【0074】
A:スペクトル解析装置、P:微小粒子、10:測定部、101:光源、102:分光素子、103:受光素子アレイ、20:CPU、30:メモリ、40:ハードディスク(記憶部)、41:蛍光強度補正プログラム、42:OS、51:マウス、52:キーボード、60:表示部、61:ディスプレイ、62:プリンタ
【技術分野】
【0001】
本技術は、スペクトル解析装置及び微小粒子測定装置、並びにスペクトル解析あるいはスペクトルチャート表示のための方法及びプログラムに関する。より詳しくは、測定対象物の光学特性を正確に反映したスペクトルチャートを得ることが可能なスペクトル解析装置等に関する。
【背景技術】
【0002】
フローサイトメータは、フローセルを通流する細胞やビーズなどの微小粒子に光を照射し、微小粒子から発せられる蛍光及び散乱光などを検出することによって、各微小粒子の特性を光学的に測定する装置である。
【0003】
例えば細胞の蛍光を検出する場合、蛍光色素により標識した細胞にレーザー光などの適当な波長かつ強度を有する励起光を照射する。そして、蛍光色素から発せられる蛍光をレンズなどで集光し、フィルタ又はダイクロイックミラーなどの波長選択素子を用いて適当な波長域の光を選択し、選択された光をPMT(photo multiplier tube)などの受光素子を用いて検出する。このとき、波長選択素子と受光素子とを複数組み合わせることによって、細胞に標識された複数の蛍光色素からの蛍光を同時に検出し、解析することも可能である。さらに、複数波長の励起光を組み合わせることで解析可能な蛍光色素の数を増やすこともできる。
【0004】
フローサイトメータでの解析データは、従来、ヒストグラム又は2次元プロットによって表示されている。ヒストグラム及び2次元プロットでは、光の強度値を示す座標軸として線形軸(リニア軸)又は対数軸を用いることが一般的であるが、線形軸(リニア軸)と対数軸とが組み合わされた特性を有するバイエクスポネンシャル軸を用いる技術も知られている(非特許文献1参照)。バイエクスポネンシャル軸を座標軸としたヒストグラム及び2次元プロットでは、対数軸の特性を活かした広いダイナミックレンジの表示が可能であり、同時に線形軸の特性により負数の表示も可能である。
【0005】
フローサイトメータにおける蛍光検出には、フィルタなどの波長選択素子を用いて不連続な波長域の光を複数選択し、各波長域の光の強度を計測する方法の他に、連続した波長域における光の強度を蛍光スペクトルとして計測する方法もある。蛍光スペクトルの計測が可能なスペクトル型フローサイトメータでは、微小粒子から発せられる蛍光を、プリズム又はグレーティングなどの分光素子を用いて分光する。そして、分光された蛍光を、検出波長域が異なる複数の受光素子が配列された受光素子アレイを用いて検出する。受光素子アレイには、PMT又はフォトダイオードなどの受光素子を一次元に配列したPMTアレイ又はフォトダイオードアレイ、あるいはCCD又はCMOSなどの2次元受光素子などの独立した検出チャネルが複数並べられたものが用いられている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2003−83894号公報
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】A New "Logicle" Display Method Avoids Deceptive Effects of Logarithmic Scaling for Low Signals and Compensated Data. Cytometry Part A 69A:541-551, 2006.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
スペクトル型フローサイトメータでの解析データは、ヒストグラム及び2次元プロットの他に、スペクトルチャートによって表示することができる。スペクトルチャートは、横軸に受光素子のチャネル又は検出波長を、縦軸に光の強度値を示し、微小粒子の数(イベント数あるいは密度)に関する情報(ポピュレーション情報)を色の濃淡や色調などで表現したものである。スペクトルチャートによれば、微小粒子の蛍光スペクトル及びポピュレーション情報を直感的に把握することができる。
【0009】
スペクトルチャートでは、光の強度値を示す座標軸として、従来、線形軸又は対数軸が用いられている。しかし、対数軸を用いたチャートでは、強度値の低い微小粒子のスペクトルが不当に高い分散を有して描出されてしまうほか、負数を表示できないなどの限界があった。一方、線形軸を用いたチャートでも、強度値の低い微小粒子のスペクトル形状の判別が困難になるなどの課題があった。さらに、従来のスペクトルチャートでは、非標識細胞などの対照サンプルで検出される強度値(バックグランド値)に由来するスペクトル成分を減算してスペクトルを表示するための適切な方法が存在しなかった。
【0010】
そこで、本技術は、広いダイナミックレンジと負数の表示が可能であり、微小粒子から発生する光の強度を適切に反映したスペクトルチャートを得るための技術を提供することを主な目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
上記課題解決のため、本技術は、測定対象物からの光を検出波長域が異なる複数の受光素子により検出して取得された前記光の強度値を含む測定データから、線形関数と対数関数とを関数要素として含み、前記強度値を変数とする解析関数を用いて、解析データを生成する処理部を有するスペクトル解析装置を提供する。
このスペクトル解析装置は、前記解析データを、一の軸を前記検出波長域に対応する値とし、他の一の軸を前記解析関数の出力値とするスペクトルチャートによって表示する表示部を有する。
このスペクトルチャートによれば、負値を含む広いダイナミックレンジを表示し、分散を抑制して測定対象物の光学特性を適切に表現するスペクトルを表示できる。
このスペクトル解析装置において、前記処理部は、前記解析関数として、前記測定データのうち前記強度値が小さいデータに対しては線形関数を主たる関数要素とし、かつ、前記前記測定データのうち前記強度値が大きいデータに対しては対数関数を主たる関数要素とする関数を適用して、前記解析データを生成するよう構成される。
具体的には、前記処理部は、前記解析関数として、前記測定データのうち前記強度値が所定の値より小さいデータに対しては、前記線形関数を主たる関数要素とし、かつ、前記測定データのうち前記強度値が前記所定の値より大きいデータに対しては、前記対数関数を主たる関数要素とする関数を適用して、前記解析データを生成するものとできる。この場合、前記表示部は、前記出力値の軸を、該出力値が所定値よりも大きい領域では対数軸とし、かつ、該出力値が所定値よりも小さい領域では線形軸として、前記スペクトルチャートを表示する。
このスペクトル解析装置において、前記処理部は、測定サンプルからの光を検出波長域が異なる複数の受光素子により検出して得られる強度値を含む測定データから、対照サンプルからの光を検出波長域が異なる複数の受光素子により検出して得られる強度値を含む測定データを減算した後、線形関数と対数関数とを関数要素として含み、前記強度値を変数とする解析関数を用いて補正された解析データを生成し、前記表示部は、補正された解析データを前記スペクトルチャートによって表示するよう構成されることが好ましい。
また、このスペクトル解析装置において、前記測定データは、測定対象物からの光を分光し、検出波長域が異なる複数の受光素子が配列された受光素子アレイにより検出して取得された前記光の強度値を含むものとすることができ、この場合において、前記処理部は、前記強度値を各受光素子の検出波長域幅で補正し、前記解析データを生成するよう構成されることが好ましい。
本技術に係るスペクトル解析装置は、特に、前記測定対象物を微小粒子とし、該微小粒子の光学特性を前記スペクトルチャートにより表示するものとできる。この場合、前記表示部は、前記スペクトルチャートを多色表示するものとすることが好ましい。多色表示は、前記微小粒子の頻度情報を反映した色相、彩度及び/又は明度により前記スペクトルチャートを表示することによって行うことができる。
また、本技術に係るスペクトル解析装置は、特に微小粒子測定装置、中でもスペクトル型フローサイトメータとして構成できる。
【0012】
さらに、本技術は、測定対象物からの光を検出波長域が異なる複数の受光素子により検出して取得された前記光の強度値を含む測定データから、線形関数と対数関数とを関数要素として含み、前記強度値を変数とする解析関数を用いて、解析データを生成する手順を含むスペクトル解析方法と、該解析データを、一の軸を前記検出波長域に対応する値とし、他の一の軸を前記解析関数の出力値とするスペクトルチャートによって表示する手順を含むスペクトルチャート表示方法をも提供する。
【0013】
加えて、本技術は、測定対象物からの光を検出波長域が異なる複数の受光素子により検出して取得された前記光の強度値を含む測定データから、線形関数と対数関数とを関数要素として含み、前記強度値を変数とする解析関数を用いて、解析データを生成するステップを実行するスペクトル解析プログラムと、該解析データを、一の軸を前記検出波長域に対応する値とし、他の一の軸を前記解析関数の出力値とするスペクトルチャートによって表示するステップを実行するスペクトルチャート表示プログラムを提供する。
【0014】
本技術において、「微小粒子」には、細胞や微生物、リポソームなどの生体関連微小粒子、あるいはラテックス粒子やゲル粒子、工業用粒子などの合成粒子などが広く含まれるものとする。
【0015】
生体関連微小粒子には、各種細胞を構成する染色体、リポソーム、ミトコンドリア、オルガネラ(細胞小器官)などが含まれる。細胞には、動物細胞(血球系細胞など)および植物細胞が含まれる。微生物には、大腸菌などの細菌類、タバコモザイクウイルスなどのウイルス類、イースト菌などの菌類などが含まれる。さらに、生体関連微小粒子には、核酸やタンパク質、これらの複合体などの生体関連高分子も包含され得るものとする。また、工業用粒子は、例えば有機もしくは無機高分子材料、金属などであってもよい。有機高分子材料には、ポリスチレン、スチレン・ジビニルベンゼン、ポリメチルメタクリレートなどが含まれる。無機高分子材料には、ガラス、シリカ、磁性体材料などが含まれる。金属には、金コロイド、アルミなどが含まれる。これら微小粒子の形状は、一般には球形であるのが普通であるが、非球形であってもよく、また大きさや質量なども特に限定されない。
【発明の効果】
【0016】
本技術により、広いダイナミックレンジと負数の表示が可能であり、微小粒子から発生する光の強度を適切に反映したスペクトルチャートを得るための技術が提供される。
【図面の簡単な説明】
【0017】
【図1】本技術に係るスペクトル解析装置Aの機能的構成を示すブロック図である。
【図2】スペクトル解析装置Aの測定部10の構成を説明する模式図である。
【図3】解析関数を説明する図面代用グラフである。
【図4】横軸をPMTのチャネル番号、縦軸を解析関数の出力値としたスペクトルチャートを説明する図面代用グラフである。
【図5】実施例1において混合サンプルを計測して得られたスペクトルチャートを示す図面代用グラフである。
【図6】図5に示したスペクトルチャートにビーズの頻度情報を色調によって反映させたスペクトルチャート示す図面代用グラフである。
【図7】実施例1において混合サンプル及びブランクビーズを計測して得られたスペクトルチャートと、バックグランド値の補正後の混合サンプルのスペクトルチャートを示す図面代用グラフである。
【図8】実施例2においてPMTアレイの各PMTの検出波長域を決定した結果を示す図面代用グラフである。
【図9】実施例2においてPMTアレイの各PMTの相対感度を算出した結果を示す図面代用グラフである。
【図10】実施例2において蛍光分光光度計を用いた計測により得られた蛍光ビーズのスペクトルチャートを示す図面代用グラフである。
【図11】実施例2においてフローサイトメータを用いた計測により得られた蛍光ビーズFPK505のスペクトルチャートを示す図面代用グラフである。(A)は補正処理前のチャート、(B)は第一の補正強度値によるチャート、(C)は第二の補正強度値によるチャートを示す。
【図12】実施例2においてフローサイトメータを用いた計測により得られた蛍光ビーズFPK505のスペクトルチャートを示す図面代用グラフである。(A)は補正処理前のチャート、(B)は第一の補正強度値によるチャート、(C)は第二の補正強度値によるチャートを示す。
【図13】実施例2においてフローサイトメータを用いた計測により得られた蛍光ビーズFPK528のスペクトルチャートを示す図面代用グラフである。(A)は補正処理前のチャート、(B)は第一の補正強度値によるチャート、(C)は第二の補正強度値によるチャートを示す。
【図14】実施例2においてフローサイトメータを用いた計測により得られた蛍光ビーズFPK549のスペクトルチャートを示す図面代用グラフである。(A)は補正処理前のチャート、(B)は第一の補正強度値によるチャート、(C)は第二の補正強度値によるチャートを示す。
【図15】実施例2においてフローサイトメータを用いた計測により得られた蛍光ビーズFPK667のスペクトルチャートを示す図面代用グラフである。(A)は補正処理前のチャート、(B)は第一の補正強度値によるチャート、(C)は第二の補正強度値によるチャートを示す。
【図16】実施例1において混合サンプルを計測して得られたスペクトルチャートについて、受光素子の検出波長域幅による補正を行い、横軸を検出波長としたチャートを示す図面代用グラフである。
【発明を実施するための形態】
【0018】
以下、本技術を実施するための好適な形態について図面を参照しながら説明する。なお、以下に説明する実施形態は、本技術の代表的な実施形態の一例を示したものであり、これにより本技術の範囲が狭く解釈されることはない。説明は以下の順序で行う。
1.スペクトル解析装置の構成
2.解析データの生成
(1)解析関数
(2)バックグランド補正
(3)受光素子の検出波長域幅及び相対感度による補正
[第一の補正強度値の算出]
[第二の補正強度値の算出]
3.データ表示
4.スペクトル解析及びスペクトルチャート表示のためのプログラム
【0019】
1.スペクトル解析装置の構成
図1は、本技術に係るスペクトル解析装置Aの機能的構成を説明するブロック図である。また、図2は、スペクトル解析装置Aの測定部10の構成を説明する模式図である。以下、スペクトル解析装置Aを、スペクトル型フローサイトメータとして構成した場合を例に説明する。
【0020】
スペクトル解析装置Aは、微小粒子に対してレーザー光を照射して、微小粒子から発せられる蛍光を検出し、検出された蛍光の強度を電気信号に変換して測定データとして出力する測定部10と、CPU20、メモリ30及びハードディスク(記憶部)40と、を含む。スペクトル解析装置Aにおいて、CPU20、メモリ30及びハードディスク(記憶部)40は処理部を構成する。また、スペクトル解析装置Aは、ユーザインターフェースとして、マウス51及びキーボード52と、ディスプレイ61及びプリンタ62を含んで構成される表示部60と、を含む。
【0021】
測定部10は、従来の微小粒子測定装置と同様の構成とできる。具体的には、光源101からのレーザー光を微小粒子Pに対して集光・照射する照射系と、微小粒子Pから発生する蛍光を分光する分光素子102と分光された光を検出する受光素子アレイ103とを含む検出系と、から構成される。スペクトル解析装置Aにおいて、微小粒子Pは、フローセル内又はマイクロチップに形成された流路内を一列に配列されて通流される。
【0022】
照射系は、光源101の他、微小粒子Pに対してレーザー光を集光・照射するための集光レンズ、ダイクロイックミラー及びバンドパスフィルター等(不図示)からなる。なお光源101は、互いに異なる波長を発光する光源を2つ以上組み合わせたものでもよく、その場合2つ以上のレーザー光が微小粒子Pを照射する場所は、同一であっても異なっていても構わない。また、検出系は、微小粒子Pから発生する蛍光を集光し、分光素子102に導光するための集光レンズ等(不図示)を含んでいてもよい。ここでは、受光素子アレイ103として、検出波長域が異なる32チャネルのPMT(photo multiplier tube)を一次元に配列したPMTアレイを用いた構成を例示した。なお、受光素子アレイ103には、フォトダイオードアレイ、あるいはCCD又はCMOSなどの2次元受光素子などの検出波長域が異なる独立した検出チャネルが複数並べられたものも用いることができる。
【0023】
スペクトル解析装置Aにおいて、測定部10は、蛍光の他、レーザー光の照射によって微小粒子Pから発生する光であって、例えば前方散乱光、側方散乱光、レイリー散乱及びミー散乱等の散乱光なども検出するように構成してもよい。
【0024】
2.解析データの生成
(1)解析関数
CPU20及びメモリ30は、ハードディスク40に格納されたスペクトル解析及びスペクトルチャート表示のためのプログラム41とOS42と共働して、測定部10から出力される蛍光の強度値を含む測定データから解析関数を用いて解析データを生成する。解析データは、測定データから、線形関数と対数関数とを関数要素として含み、強度値を変数とする解析関数を用いて生成される。
【0025】
ここで、チャネル1〜32のPMTのうち、チャネルkのPMTで得られたn番目の強度値をI[k、n]と定義する。また、解析関数をF(x)と定義する(xは変数)。この場合、解析データの出力値はF(I[k、n])によって得られる。
【0026】
図3に、解析関数F(x)を示す。解析関数F(x)は、強度値Iが小さいデータに対しては、線形関数を主たる関数要素とし、強度値が大きいデータに対しては、対数関数を主たる関数要素としている。換言すれば、解析関数F(x)においては、強度値Iが小さいデータに対しては、線形関数の要素がより強く適用され、強度値が大きいデータに対しては、対数関数の要素がより強く適用される。
【0027】
解析関数F(x)には、バイエクスポネンシャル法に基づく関数あるいはロジクール関数などの従来公知の関数を適用することが可能である(非特許文献1参照)。より簡便には、解析関数F(x)として、強度値Iが所定値Iaよりも小さい測定データ領域RLに対しては線形関数を関数要素とし、強度値Iが所定値Iaよりも大きい測定データ領域RHに対しては対数関数を関数要素とする関数を用いることができる。さらに簡便には、解析関数F(x)として、強度値Iが所定値Iaよりも小さい測定データ領域RLに対しては線形関数を適用し、強度値Iが所定値Iaよりも大きい測定データ領域RHに対しては対数関数を適用することができる。
【0028】
この場合、境界値となる強度値Iaに対しては線形関数及び対数関数のいずれかを関数要素とする関数を適用すればよい。また、解析関数F(x)は測定データ領域RLと測定データ領域RHとの境界において連続しており、測定データ領域RLと測定データ領域RHにおける解析関数F(x)の傾きは境界値Iaにおいて一致していることが望ましい。
【0029】
解析関数をF(x)による測定データの変換により、対数関数の特性を活かした広いダイナミックレンジを有し、同時に線形軸の特性により負値をも含む解析データを得ることが可能となる。なお、境界値Iaの設定は、本技術に係る効果が奏される限りにおいて任意に行わるものであり、例えば上述の非特許文献1記載の方法により設定することができる。
【0030】
(2)バックグランド補正
処理部は、解析データの生成の際、蛍光色素で標識していない細胞(非標識細胞)などのネガティブコントロール用の微小粒子(対照サンプル)を測定して得た解析データを利用してバックグランド値の補正を行う。バックグランド値の補正は、測定サンプルの測定データから対照サンプルの測定データ値を減算することにより行われる。
【0031】
チャネル1〜32のPMTのうち、チャネルkのPMTで得られたn番目の対照サンプルの強度値をI0[k、n]、測定サンプルの強度値をI[k、n]と定義する。この場合、バックグランド値の補正は、測定サンプルの強度値I[k、n]から対照サンプルの強度値I0[k、n]を減算する(I[k、n]−I0[k、n])ことによって行われる。
【0032】
上述の解析データは、減算後の測定データ(I[k、n]−I0[k、n])から解析関数F(x)を用いて生成されることが好ましい。
【0033】
(3)受光素子の検出波長域幅及び相対感度による補正
また、CPU20、メモリ30及びハードディスク40を含んで構成される処理部は、蛍光の強度値を各受光素子(ここではチャネル1〜32のPMT)の検出波長域幅で補正して第一の補正強度値を算出する補正処理を行う。さらに、処理部は、第一の補正強度値を各PMTの感度データを用いて補正して第二の補正強度値を算出する補正処理を行う。
【0034】
[第一の補正強度値の算出]
第一の補正強度値の算出は、各PMTで取得された蛍光の強度値を、それぞれのPMTの検出波長域幅で除すことにより行われる。
【0035】
具体的には、チャネル1〜32のPMTのうち、チャネルkのPMTで得られたn番目の強度値をI[k、n]とし、チャネルkのPMTの検出下限波長をL[k]かつ検出上限波長をH[k]とする。この場合、第一の補正強度値J1[k、n]は、次の式により算出される。ここで、kは1〜32の整数を表す。
J1[k、n]=I[k、n]/(H[k]−L[k])
【0036】
チャネル1〜32のPMTで検出される光の波長域幅は、分光素子102を含む検出部10の光学系が非線形性を有している場合、各PMT間で異なった幅となる(後掲の図8参照)。このため、各PMTで取得される蛍光の強度値は、検出波長幅が広いチャネルでは相対的に高く、検出波長幅が狭いチャネルでは相対的に低くなり、スペクトル形状に歪みが生じる。
【0037】
各PMTで取得された蛍光の強度値をそれぞれのPMTの検出波長域幅で除して得られる第一の補正強度値では、このような光学系の非線形性に起因したスペクトル形状の歪みを補償することが可能となる。
【0038】
各PMTの検出波長幅(H[k]−L[k])は、検出部10を構成する分光素子102、集光レンズ、ダイクロイックミラー及びバンドパスフィルターなどの光学素子の種類や配置によって一意に決定される(後掲の図8参照)。このため、光学素子の選定及び配置を含む装置設計が完了した段階で、各PMTの検出波長幅を取得しておくことで、各PMTで取得された蛍光の強度値から第一の補正強度値を算出することが可能となる。
【0039】
[第二の補正強度値の算出]
第二の補正強度値の算出は、各PMTにおける第一の補正強度値を、それぞれのPMTの相対感度で除すことにより行われる。
【0040】
具体的には、チャネル1〜32のPMTのうち、チャネルkのPMTの相対感度をS[k]とする。この場合、第二の補正強度値J2[k、n]は、次の式により算出される。
J2[k、n]=J1[k、n]/S[k]
【0041】
ここで、相対感度とは、同一強度及び同一波長の光をPMTに照射して各チャネルで得られた強度値を、最も高い強度値が得られたチャネルの強度値に対する相対値により示したものである。相対感度は、同一強度及び同一波長の光をPMTに照射した場合に各チャネルから出力される電気信号量を記録した感度データから予め算出しておくことができる。この感度データは、各PMTに内在する感度差と、ユーザによって各PMTに設定された感度差(ゲイン)の両方が反映されたものである。なお、ゲインは、ユーザが印加電圧などの設定値を変化させることによって適宜調整が可能である。
【0042】
チャネル1〜32のPMTの感度は、PMTの個体差及びゲインの設定差によって、各PMT間で異なる(後掲の図9参照)。このため、各PMTで取得される蛍光の強度値は、感度が高いチャネルでは相対的に高く、感度が低いチャネルでは相対的に低くなり、スペクトル形状に歪みが生じる。
【0043】
各PMTにおける第一の補正強度値を、それぞれのPMTの相対感度で除して得られる第二の補正強度値では、このような受光素子間の感度差に起因したスペクトル形状の歪みを補償することが可能となる。
【0044】
上述の解析データは、第一の補正強度値あるいは第二の測定強度値への補正処理後の測定データ(J1[k、n]あるいはJ2[k、n])から解析関数F(x)を用いて生成されることが好ましい。なお、第一の補正強度値あるいは第二の測定強度値への補正処理は、上述のように解析関数F(x)による変換前の測定データに対して行う方法に限定されず、解析関数F(x)による変換後の解析データに対して行うことも可能である。
【0045】
3.データ表示
処理部は、一の軸を検出波長域に対応する値とし、他の一の軸を解析関数の出力値とするスペクトルチャートを生成して表示部60に表示させる。このスペクトルチャートは、検出波長域に対応する値としてPMTのチャネル番号又は検出波長を横軸とし、解析関数の出力値を縦軸にとったものとできる(後掲の図5及び図16の(C)参照)。
【0046】
横軸をPMTのチャネル番号、縦軸を解析関数の出力値としたスペクトルチャートを図4に示す。チャネルkのPMTで得られたn番目の強度値をI[k、n]、出力値をF(I[k、n])とする。チャネルkについてVi以上Vi+1未満の出力値域に含まれる微小粒子の数(イベント数あるいは密度)を計算し、チャネルk及び強度Vi〜Vi+1に相当する領域を計算結果の値に応じた色調で着色する。この手順を各チャネル及び出力値域について繰り返すことで図に示すスペクトルチャートを作成、表示できる。なお、微小粒子の数に関する情報(頻度情報)は、該情報を反映させた色相、彩度及び/又は明度によりスペクトルチャートを多色表示することによって行い得る。頻度情報の色相、彩度及び/又は明度への変換は、従来公知の手法(実施例参照)により行うことができる。
【0047】
このスペクトルチャートでは、解析関数F(x)による測定データの変換により、対数関数の特性を活かして広いダイナミックレンジを表示でき、線形軸の特性により負の出力値も表現できる。また、強度値の低い領域において、スペクトルが不当に高い分散を有して描出されてしまう問題を解決できる。
【0048】
さらに、このスペクトルチャートでは、縦軸の解析データ値を上述のバックグランド補正を行った場合に、減算後の測定データ(I[k、n]−I0[k、n])が負値となった場合でもスペクトルの表示が可能である。
【0049】
なお、縦軸の解析データ値は、上述の受光素子の検出波長域幅及び相対感度による補正がなされたものとすることが好ましい。これにより、装置の光学系の非線形性及び受光素子間の感度差に起因したスペクトル形状の歪みを補償したチャートを表示できる。受光素子の検出波長域幅等による補正を行う場合、スペクトルチャートの横軸はPMTの検出波長とする(後掲の図11〜15の(B)・(C)参照)。
【0050】
スペクトルチャートには、所定の検出波長において所定の蛍光強度値で検出された微小粒子の数(イベント数あるいは密度)に基づいて、強度値を平均値や標準誤差、中央値、四分位点などの統計的な数値で表示することができる(後掲の図12参照)。さらに、スペクトルチャートを、イベント数をとった座標軸を追加した3次元グラフとして表示することもでき、この3次元グラフを疑似3D表示することもできる。
【0051】
4.スペクトル解析及びスペクトルチャート表示のためのプログラム
本技術に係るスペクトル解析プログラム及びスペクトルチャート表示プログラムは、上述のスペクトル解析装置における解析データ生成及びデータ表示の各ステップを実行するものである。
【0052】
プログラムは、ハードディスク40に格納・保持され(図1中符号41参照)、CPU20およびOS42の制御の下でメモリ30に読み込まれて、解析データ生成及びデータ表示の処理を実行する。プログラムは、コンピュータ読み取り可能な記録媒体に記録されたものとできる。記録媒体としては、コンピュータ読み取り可能な記録媒体であれば特に制限はないが、具体的には、例えば、フレキシブルディスクやCD−ROM等の円盤形記録媒体が用いられる。また、磁気テープ等のテープ型記録媒体を用いてもよい。
【0053】
本技術に係るスペクトル解析装置は以下のような構成をとることもできる。
(1)測定対象物からの光を検出波長域が異なる複数の受光素子により検出して取得された前記光の強度値を含む測定データから、線形関数と対数関数とを関数要素とし、前記強度値を変数とする解析関数を用いて、解析データを生成する処理部を有するスペクトル解析装置。
(2)前記解析データを、一の軸を前記検出波長域に対応する値とし、他の一の軸を前記解析関数の出力値とするスペクトルチャートによって表示する表示部を有する上記(1)記載のスペクトル解析装置。
(3)前記処理部は、前記解析関数として、前記測定データのうち前記強度値が所定の値より小さいデータに対しては、前記線形関数を主たる関数要素とし、かつ、前記前記測定データのうち前記強度値が前記所定の値より大きいデータに対しては、前記対数関数を主たる関数要素とする関数を適用して、前記解析データを生成する上記(2)記載のスペクトル解析装置。
(4)前記処理部は、前記解析関数として、前記測定データのうち所定の値より前記強度値が小さいデータに対しては、前記線形関数の要素をより強く、かつ、前記前記測定データのうち前記所定の値より前記強度値が大きいデータに対しては、前記対数関数の要素をより強く適用して、前記解析データを生成する上記(2)又は(3)記載のスペクトル解析装置。
(5)前記表示部は、前記出力値の軸を、該出力値が所定値よりも大きい領域では対数軸とし、かつ、該出力値が所定値よりも小さい領域では線形軸として、前記スペクトルチャートを表示する上記(4)記載のスペクトル解析装置。
(6)前記処理部は、測定サンプルからの光を検出波長域が異なる複数の受光素子により検出して得られる強度値を含む測定データから、対照サンプルからの光を検出波長域が異なる複数の受光素子により検出して得られる強度値を含む測定データを減算した後、線形関数と対数関数とを関数要素として含み、前記強度値を変数とする解析関数を用いて補正された解析データを生成し、前記表示部は、補正された解析データを前記スペクトルチャートによって表示する上記(2)〜(5)のいずれかに記載のスペクトル解析装置。
(7)前記測定データを、測定対象物からの光を分光し、検出波長域が異なる複数の受光素子が配列された受光素子アレイにより検出して取得された前記光の強度値を含むものとする上記(1)〜(6)のいずれかに記載のスペクトル解析装置。
(8)前記処理部は、前記強度値を各受光素子の検出波長域幅で補正し、前記解析データを生成する上記(1)〜(7)のいずれかに記載のスペクトル解析装置。
(9)前記測定対象物が微小粒子であり、該微小粒子の光学特性を前記スペクトルチャートにより表示する上記(1)〜(8)のいずれかに記載のスペクトル解析装置。
(10)前記表示部は、前記スペクトルチャートを多色表示する上記(2)〜(9)のいずれかに記載のスペクトル解析装置。
(11)前記表示部は、前記微小粒子の頻度情報を反映した色相、彩度及び/又は明度により前記スペクトルチャートを多色表示する上記(9)又は(10)記載のスペクトル解析装置。
【実施例】
【0054】
<実施例1>
1.スペクトルチャートの生成とバックグランド補正
図2に示した構成の測定部を備えたスペクトル型フローサイトメータを試作した。光源には、波長488nmのレーザーダイオードと波長638nmのレーザーダイオードを用いた。また、分光素子には、複数のプリズムを組み合わせたプリズムアレイを用いた。受光素子アレイには、32チャネルのPMTアレイを使用し、波長500nmから800nmの蛍光を分光検出した。
【0055】
この装置を用いて、Sherotech社より入手した蛍光ビーズFluorescent Particle Kit (FPK)505, FPK528, FPK549の混合サンプル及び蛍光標識されていないネガティブコントロール用のビーズ(ブランクビーズ)の計測を行った。取得されたデータについて、統計ソフトウェアR(http://www.R-project.org/)を用いて適当なポピュレーションをゲーティングにより抽出した後、スペクトルチャート表示を行った。
【0056】
結果を図5に示す。(A)は縦軸に強度値(I)を対数軸でとったチャート、(B)は線形軸でとったチャートを示す。(C)は、縦軸を強度値(I)が10,000よりも大きい領域では対数軸とし、10,000よりも小さい領域では線形軸としたスペクトルチャートを示す。なお、横軸は、PMTのチャネル番号である。ここでは、ビーズの頻度情報をスペクトルチャートの濃淡によって示している。
【0057】
(A)に示す対数軸チャートでは、蛍光レベルが低い(暗い)ビーズのスペクトルにおいて分散が非常に大きく表示されてしまっている。また、(B)に示す線形軸チャートでは、蛍光レベルの高い(明るい)ビーズの分散が大きく表示され、暗いビーズのスペクトル形状が判別困難となっている。一方、(C)に示すハイブリッド軸チャートでは、暗いビーズのスペクトルも極端に幅広にならず、分散が低いシャープな形状で表示できており、広いダイナミックレンジのために3種類のビーズのスペクトル形状が明確に判別可能な状態で表示できている。
【0058】
また、図6には、図5(C)に示したチャートに、ビーズの頻度情報を色調によって反映させたスペクトルチャートを示す。(A)は統計ソフトウェアRの「rainbow関数」、(B)は「topo.colors関数」、(C)は「cm.colors関数」、(D)は「terrain.colors関数」、(E)は「heat.colors関数」、(F)は「grey関数」を用いて頻度情報の色相、彩度及び/又は明度への変換を行ったチャートである。なお、これらのスペクトルチャートでは、チャネル20〜23のPMTの計測結果の描画を省略している。
【0059】
図7には、混合サンプルの測定データからブランクビーズの測定データを減算するバックグランド補正を行った結果を示す。(A)〜(C)は縦軸に強度値(I)及び(I0)を対数軸でとったチャート、(D)〜(F)は、縦軸を強度値(I)あるいは減算後の強度値(I−I0)が10,000よりも大きい領域では対数軸とし、10,000よりも小さい領域では線形軸としたスペクトルチャートを示す。また、(A)及び(D)は混合サンプル、(B)及び(D)はブランクビーズ、(C)及び(F)はバックグランド補正後の混合サンプルのスペクトルチャートを示す。
【0060】
(F)に示すチャートでは、(C)に示すチャートに比して、暗いビーズのスペクトル形状が明確に認識できるようになった。
【0061】
以上の結果から、本技術に係るスペクトル解析装置によれば、負数を含む広いダイナミックレンジを有し、微小粒子から発生する光の強度を適切に反映したスペクトルチャートの表示が可能であることが示された。
【0062】
<実施例2>
2.受光素子の検出波長域幅及び相対感度による補正
試作した装置において、各PMTの検出波長域を決定したグラフを図8に示す。グラフ中の「×」は各チャネルのPMTの検出下限波長(L[k])を、「○」は検出上限波長(H[k])を示す。ここで、kは1〜32の整数を表す。各PMTの検出波長域幅(H[k]−L[k])は、チャネル番号が大きい長波長側のPMTほど広くなっていることが確認される。なお、波長638nm付近の蛍光を検出するチャネル21番前後のPMTでは、波長638nmの光源からのレーザー光の漏れ込みを防止する光学フィルタによって、検出される蛍光も制限されている。
【0063】
また、各PMTの相対感度を算出したグラフを図9に示す。相対感度は、同一強度及び同一波長の光を各PMTに照射して各チャネルで得られた強度値を、最も高い強度値が得られたチャネル32の強度値を1とした相対値により示した。
【0064】
初めに、F-4500型蛍光分光光度計(株式会社日立ハイテクノロジーズ)を用いて市販の蛍光ビーズの蛍光スペクトルを計測した。蛍光ビーズには、Sherotech社より入手したFluorescent Particle Kit (FPK)505、FPK528、FPK549、FPK667の4種を用いた。得られたスペクトルチャート(基準スペクトルチャート)を図10に示す。(A)はFPK505、(B)はFPK528、(C)はFPK549、(D)はFPK667の蛍光スペクトルを示す。横軸は蛍光波長(500〜800nm)、縦軸は蛍光強度値(対数表示)である。なお、レーザー光の励起波長は、(A)〜(C)が波長488nm、(D)が波長638nmである。
【0065】
次に、試作した装置を用いて蛍光ビーズの蛍光スペクトルを計測した。得られたスペクトルチャートを図11〜15に示す。図11及び図12はFPK505、図13はFPK528、図14はFPK549、図15はFPK667のチャートを示す。なお、図11では各チャネルでのイベント数をスペクトルの色によって表示した。また、図12では強度値をイベント数に基づく平均値(実線)及び平均値±標準偏差(破線)で表示している。
【0066】
図11〜15の(A)は、横軸にチャネル番号、縦軸に各チャネルで取得された蛍光の強度値(I[k]、kは1〜32の整数を表す)の対数をとったスペクトルチャートである。
【0067】
図11〜15の(A)のスペクトルチャートに示されるスペクトル形状は、図10に示した基準スペクトルチャートのスペクトル形状と明らかに異なっている。このことは、PMTで取得される蛍光の強度値(I[k])をそのまま用いた蛍光スペクトルでは、装置の光学系の非線形性及び受光素子間の感度差に起因した測定誤差によってスペクトル形状に歪みが生じていることを示している。
【0068】
図11〜15の(B)には、横軸に検出波長、縦軸に各チャネルで取得された蛍光強度値の第一の補正値(J1[k]、kは1〜32の整数を表す)の対数をとったスペクトルチャートである。第一の補正強度値J1[k]は、各PMTで取得された蛍光の強度値(I[k])を、図8に示したそれぞれのPMTの検出波長域幅(H[k]−L[k])で除すことにより得た。より具体的には、チャネルkのPMTで得られたn番目の強度値I[k、n]をPMTの検出波長域幅(H[k]−L[k])で除して第一の補正強度値J1[k、n]を得て、J1[k、n]の分布を横軸L[k]〜H[k]の範囲に描画してスペクトルチャートを作成した。
【0069】
図11〜15の(B)のスペクトルチャートに示されるスペクトル形状は、図10に示した基準スペクトルチャートのスペクトル形状と概ね一致している。このことは、各PMTで取得された蛍光の強度値(I[k])をそれぞれのPMTの検出波長域幅(H[k]−L[k])で除す補正処理によって、装置の光学系の非線形性に起因した測定誤差を補償して、スペクトル形状の歪みを補正できたことを示している。
【0070】
図11〜15の(C)には、横軸に検出波長、縦軸に各チャネルで取得された蛍光強度値の第二の補正値(J2[k]、kは1〜32の整数を表す)の対数をとったスペクトルチャートである。第二の補正強度値J2[k]は、第一の補正強度値(J1[k])を、図9に示したそれぞれのPMTの相対感度(S[k])で除すことにより得た。
【0071】
図11〜15の(C)のスペクトルチャートに示されるスペクトル形状は、図10に示した基準スペクトルチャートのスペクトル形状と良く一致している。特に、図11〜15の(B)の第一の補正値(J1[k])に基づくスペクトルチャートでは、波長500nm付近の領域でPMTの感度差に起因すると思われるスペクトル形状の歪みがみられたが、図11〜15の(C)の第二の補正値(J2[k])に基づくスペクトルチャートでは、この歪みが補正されている。このことは、第一の補正値(J1[k])をそれぞれのPMTの相対感度(S[k])で除す補正処理によって、受光素子間の感度差に起因した測定誤差を補償して、スペクトル形状の歪みを補正できることが示された。
【0072】
図16には、実施例1で得られたデータを受光素子の検出波長域幅によって補正し、横軸を検出波長としたスペクトルチャートを示す。(C)に示すハイブリッド軸チャートでは、暗いビーズのスペクトルも極端に幅広にならず、分散が低いシャープな形状で表示できており、広いダイナミックレンジのために3種類のビーズのスペクトル形状が明確に判別可能な状態で表示できている。
【産業上の利用可能性】
【0073】
本技術に係るスペクトル解析装置では、広いダイナミックレンジと負数の表示が可能であり、測定対象物の光学特性を適切に反映したスペクトルチャートを得ることができる。従って、本技術に係るスペクトル解析装置は、細胞等の微小粒子の光学特性をより詳細に解析するための微小粒子測定装置、特にスペクトル型フローサイトメータに好適に適用され得る。
【符号の説明】
【0074】
A:スペクトル解析装置、P:微小粒子、10:測定部、101:光源、102:分光素子、103:受光素子アレイ、20:CPU、30:メモリ、40:ハードディスク(記憶部)、41:蛍光強度補正プログラム、42:OS、51:マウス、52:キーボード、60:表示部、61:ディスプレイ、62:プリンタ
【特許請求の範囲】
【請求項1】
測定対象物からの光を検出波長域が異なる複数の受光素子により検出して取得された前記光の強度値を含む測定データから、
線形関数と対数関数とを関数要素として含み、前記強度値を変数とする解析関数を用いて、
解析データを生成する処理部を有するスペクトル解析装置。
【請求項2】
前記解析データを、一の軸を前記検出波長域に対応する値とし、他の一の軸を前記解析関数の出力値とするスペクトルチャートによって表示する表示部を有する請求項1記載のスペクトル解析装置。
【請求項3】
前記処理部は、前記解析関数として、前記測定データのうち前記強度値が所定の値より小さいデータに対しては、前記線形関数を主たる関数要素とし、かつ、前記前記測定データのうち前記強度値が前記所定の値より大きいデータに対しては、前記対数関数を主たる関数要素とする関数を適用して、前記解析データを生成する請求項2記載のスペクトル解析装置。
【請求項4】
前記処理部は、前記解析関数として、前記測定データのうち所定の値より前記強度値が小さいデータに対しては、前記線形関数の要素をより強く、かつ、前記前記測定データのうち前記所定の値より前記強度値が大きいデータに対しては、前記対数関数の要素をより強く適用して、前記解析データを生成する請求項2記載のスペクトル解析装置。
【請求項5】
前記表示部は、前記出力値の軸を、該出力値が所定値よりも大きい領域では対数軸とし、かつ、該出力値が所定値よりも小さい領域では線形軸として、前記スペクトルチャートを表示する請求項4記載のスペクトル解析装置。
【請求項6】
前記処理部は、測定サンプルからの光を検出波長域が異なる複数の受光素子により検出して得られる強度値を含む測定データから、
対照サンプルからの光を検出波長域が異なる複数の受光素子により検出して得られる強度値を含む測定データを減算した後、
線形関数と対数関数とを関数要素として含み、前記強度値を変数とする解析関数を用いて補正された解析データを生成し、
前記表示部は、補正された解析データを前記スペクトルチャートによって表示する請求項5記載のスペクトル解析装置。
【請求項7】
前記測定データを、測定対象物からの光を分光し、検出波長域が異なる複数の受光素子が配列された受光素子アレイにより検出して取得された前記光の強度値を含むものとする請求項6記載のスペクトル解析装置。
【請求項8】
前記処理部は、前記強度値を各受光素子の検出波長域幅で補正し、前記解析データを生成する請求項7記載のスペクトル解析装置。
【請求項9】
前記測定対象物が微小粒子であり、該微小粒子の光学特性を前記スペクトルチャートにより表示する請求項8記載のスペクトル解析装置。
【請求項10】
前記表示部は、前記スペクトルチャートを多色表示する請求項9記載のスペクトル解析装置。
【請求項11】
前記表示部は、前記微小粒子の頻度情報を反映した色相、彩度及び/又は明度により前記スペクトルチャートを多色表示する請求項10記載のスペクトル解析装置。
【請求項12】
請求項11記載のスペクトル解析装置を備える微小粒子測定装置。
【請求項13】
スペクトル型フローサイトメータである請求項12記載の微小粒子測定装置。
【請求項14】
測定対象物からの光を検出波長域が異なる複数の受光素子により検出して取得された前記光の強度値を含む測定データから、
線形関数と対数関数とを関数要素として含み、前記強度値を変数とする解析関数を用いて、
解析データを生成する手順を含むスペクトル解析方法。
【請求項15】
測定対象物からの光を検出波長域が異なる複数の受光素子により検出して取得された前記光の強度値を含む測定データから、線形関数と対数関数とを関数要素として含み、前記強度値を変数とする解析関数を用いて生成した解析データを、
一の軸を前記検出波長域に対応する値とし、他の一の軸を前記解析関数の出力値とするスペクトルチャートによって表示する手順を含むスペクトルチャート表示方法。
【請求項16】
測定対象物からの光を検出波長域が異なる複数の受光素子により検出して取得された前記光の強度値を含む測定データから、
線形関数と対数関数とを関数要素として含み、前記強度値を変数とする解析関数を用いて、
解析データを生成するステップを実行するスペクトル解析プログラム。
【請求項17】
測定対象物からの光を検出波長域が異なる複数の受光素子により検出して取得された前記光の強度値を含む測定データから、線形関数と対数関数とを関数要素として含み、前記強度値を変数とする解析関数を用いて生成した解析データを、
一の軸を前記検出波長域に対応する値とし、他の一の軸を前記解析関数の出力値とするスペクトルチャートによって表示するステップを実行するスペクトルチャート表示プログラム。
【請求項1】
測定対象物からの光を検出波長域が異なる複数の受光素子により検出して取得された前記光の強度値を含む測定データから、
線形関数と対数関数とを関数要素として含み、前記強度値を変数とする解析関数を用いて、
解析データを生成する処理部を有するスペクトル解析装置。
【請求項2】
前記解析データを、一の軸を前記検出波長域に対応する値とし、他の一の軸を前記解析関数の出力値とするスペクトルチャートによって表示する表示部を有する請求項1記載のスペクトル解析装置。
【請求項3】
前記処理部は、前記解析関数として、前記測定データのうち前記強度値が所定の値より小さいデータに対しては、前記線形関数を主たる関数要素とし、かつ、前記前記測定データのうち前記強度値が前記所定の値より大きいデータに対しては、前記対数関数を主たる関数要素とする関数を適用して、前記解析データを生成する請求項2記載のスペクトル解析装置。
【請求項4】
前記処理部は、前記解析関数として、前記測定データのうち所定の値より前記強度値が小さいデータに対しては、前記線形関数の要素をより強く、かつ、前記前記測定データのうち前記所定の値より前記強度値が大きいデータに対しては、前記対数関数の要素をより強く適用して、前記解析データを生成する請求項2記載のスペクトル解析装置。
【請求項5】
前記表示部は、前記出力値の軸を、該出力値が所定値よりも大きい領域では対数軸とし、かつ、該出力値が所定値よりも小さい領域では線形軸として、前記スペクトルチャートを表示する請求項4記載のスペクトル解析装置。
【請求項6】
前記処理部は、測定サンプルからの光を検出波長域が異なる複数の受光素子により検出して得られる強度値を含む測定データから、
対照サンプルからの光を検出波長域が異なる複数の受光素子により検出して得られる強度値を含む測定データを減算した後、
線形関数と対数関数とを関数要素として含み、前記強度値を変数とする解析関数を用いて補正された解析データを生成し、
前記表示部は、補正された解析データを前記スペクトルチャートによって表示する請求項5記載のスペクトル解析装置。
【請求項7】
前記測定データを、測定対象物からの光を分光し、検出波長域が異なる複数の受光素子が配列された受光素子アレイにより検出して取得された前記光の強度値を含むものとする請求項6記載のスペクトル解析装置。
【請求項8】
前記処理部は、前記強度値を各受光素子の検出波長域幅で補正し、前記解析データを生成する請求項7記載のスペクトル解析装置。
【請求項9】
前記測定対象物が微小粒子であり、該微小粒子の光学特性を前記スペクトルチャートにより表示する請求項8記載のスペクトル解析装置。
【請求項10】
前記表示部は、前記スペクトルチャートを多色表示する請求項9記載のスペクトル解析装置。
【請求項11】
前記表示部は、前記微小粒子の頻度情報を反映した色相、彩度及び/又は明度により前記スペクトルチャートを多色表示する請求項10記載のスペクトル解析装置。
【請求項12】
請求項11記載のスペクトル解析装置を備える微小粒子測定装置。
【請求項13】
スペクトル型フローサイトメータである請求項12記載の微小粒子測定装置。
【請求項14】
測定対象物からの光を検出波長域が異なる複数の受光素子により検出して取得された前記光の強度値を含む測定データから、
線形関数と対数関数とを関数要素として含み、前記強度値を変数とする解析関数を用いて、
解析データを生成する手順を含むスペクトル解析方法。
【請求項15】
測定対象物からの光を検出波長域が異なる複数の受光素子により検出して取得された前記光の強度値を含む測定データから、線形関数と対数関数とを関数要素として含み、前記強度値を変数とする解析関数を用いて生成した解析データを、
一の軸を前記検出波長域に対応する値とし、他の一の軸を前記解析関数の出力値とするスペクトルチャートによって表示する手順を含むスペクトルチャート表示方法。
【請求項16】
測定対象物からの光を検出波長域が異なる複数の受光素子により検出して取得された前記光の強度値を含む測定データから、
線形関数と対数関数とを関数要素として含み、前記強度値を変数とする解析関数を用いて、
解析データを生成するステップを実行するスペクトル解析プログラム。
【請求項17】
測定対象物からの光を検出波長域が異なる複数の受光素子により検出して取得された前記光の強度値を含む測定データから、線形関数と対数関数とを関数要素として含み、前記強度値を変数とする解析関数を用いて生成した解析データを、
一の軸を前記検出波長域に対応する値とし、他の一の軸を前記解析関数の出力値とするスペクトルチャートによって表示するステップを実行するスペクトルチャート表示プログラム。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図9】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図14】
【図15】
【図16】
【図2】
【図3】
【図4】
【図9】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図14】
【図15】
【図16】
【公開番号】特開2013−61246(P2013−61246A)
【公開日】平成25年4月4日(2013.4.4)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−199901(P2011−199901)
【出願日】平成23年9月13日(2011.9.13)
【出願人】(000002185)ソニー株式会社 (34,172)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成25年4月4日(2013.4.4)
【国際特許分類】
【出願日】平成23年9月13日(2011.9.13)
【出願人】(000002185)ソニー株式会社 (34,172)
【Fターム(参考)】
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