説明

スルホニルウレア剤を投与した場合の二次無効の発生を事前に予測する方法、並びに、該方法に用いられる検査キット、プライマー及びプローブ

【課題】 スルホニルウレア剤の投与により二次無効が生じやすいかどうかを予め検査する方法、該方法に用いられる検査キット、プライマー及びプローブを提供する。
【解決手段】 被験者から遺伝子を採取し、(A)GPX1遺伝子の596C>T多型、(B)ABCC8遺伝子のIVS15-3T>C多型、(C)HNF1A遺伝子の79A>C多型、(D)NFE2L2遺伝子の-1123A>G多型及び(E)KCNQ1遺伝子のIVS15-29246C>T多型からなる群の中から選択された少なくとも一種の多型の有無を検出することを特徴とする、下記一般式(I)で表されるスルホニルウレア剤を投与した場合の二次無効の発生を事前に予測する方法、該方法に用いられる検査キット、プライマー及びプローブ。
R1-SO2NHCONH-R2 (I)

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、スルホニルウレア剤を投与した場合の二次無効の発生を事前に予測する方法、並びに、該方法に用いられる検査キット、プライマー及びプローブに関し、更に詳しくは、GPX1遺伝子、ABCC8遺伝子、HNF1A遺伝子、NFE2L2遺伝子、又は、KCNQ1遺伝子の多型の有無を検出することにより、スルホニルウレア剤を投与した場合の二次無効の発生を事前に予測する方法、該方法に用いられる検査キット、並びに、GPX1遺伝子及びNFE2L2遺伝子の多型の有無を検出するためのプライマー及びプローブに関する。
【背景技術】
【0002】
糖尿病は、一度発症すると治癒することのできない進行性の疾患であり、網膜症・腎症・神経障害などの合併症を引き起こすことが知られている。また、糖尿病に伴う動脈硬化症は、虚血性心疾患や脳血管障害の原因となり、予後に重大な影響を及ぼす。このように、糖尿病は患者のQOL(Quality of Life)を著しく低下させるのみならず、医療経済的にも、社会に大きな負担を強いており、今後もその患者数は増大するものと考えられる。
【0003】
現在、我が国で継続的に治療を受けている糖尿病患者は約250万人に達しており、糖尿病予備軍を含めると1870万人となる。日本人における糖尿病の95%以上は2型糖尿病であり、この2型糖尿病の治療には、膵臓のβ細胞上に存在する受容体複合体分子に作用するインスリン分泌促進型経口糖尿病薬、特にスルホニルウレア剤(SU剤)が繁用されている。しかしながらこのスルホニルウレア剤は、一旦は薬効が得られても、数年の長期使用に伴って薬効が減弱し、遂には無効となる「二次無効」の現象が、2割以上の患者で起こることが知られており、臨床上大きな問題となっている(非特許文献1〜3)。
【非特許文献1】Stryjek-Kaminska D. et al., Diabetes Res. Clin. Pract., 7:149-154(1989)
【非特許文献2】Pontiroli A.E. et al., Diabetes Metab. Rev., 10:31-43(1994)
【非特許文献3】Matthews D.R. et al. Diabet. Med., 15:297-303(1998)
【0004】
この薬効の減弱によって生じる高血糖は、糖の毒性によるインスリン分泌能の低下及びインスリン感受性の低下を引き起こし、これらが更なる薬効低下をもたらすという悪循環に陥ることが知られている。実際に、二次無効発現患者では、インスリン導入後も血糖値のコントロールが不良であり、糖尿病の合併症である網膜症及び神経障害のオッズ比が3-4倍となることから、患者のQOLの低下や、医療費の高騰を招く大きな要因となっている。このため、二次無効発現が予測される糖尿病患者に対しては、早期のインスリン導入等、別の薬物を主とする治療に切り替えることが重要であり、二次無効発現のリスク因子の同定が強く望まれている。
【0005】
最近の遺伝子解析の進歩に伴い、生体内の蛋白質機能、更にはこれに基づく表現型(フェノタイプ)の個体差が、遺伝的要因によって規定されていることが知られている。二次無効の発現機構は未だ不明であるが、白人を対象にした解析で、インスリン受容体基質-1をコードするIRS1遺伝子の2911G>A(Gly971Arg)多型、及び、膵臓β細胞膜上のスルホニルウレア剤の受容体複合体を形成する、K+チャネル(Kir6.2)をコードするKCNJ11遺伝子の67G>A(Glu23Lys)多型を有するヒトでは、それぞれ二次無効発現のオッズ比が2.0及び1.69であり、二次無効発現のリスクが上昇すると報告されている(非特許文献4及び非特許文献5)。しかしながら、これらの多型について、日本人を対象にして解析を行ったところ、有意な差は認められなかった。
【非特許文献4】Sesti G. et al., Diabetes Care, 27:1394-1398(2004)
【非特許文献5】Sesti G. et al., J. Clin. Endocrinol. Metab., 91:2334-2339(2006)
【0006】
二次無効の発現機構の一つとして、高血糖による酸化ストレスが考えられており、実際に、高血糖によるヒト膵島細胞内での過酸化物濃度の上昇、及びこれに伴うインスリン分泌の低下が報告されている(非特許文献6)。
【非特許文献6】Tanaka Y. et al, Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 99:12363-12368(2002)
【0007】
一方、過酸化水素や有機ヒドロペルオキシドを、グルタチオンを利用して水や対応するアルコールに還元することができ、抗酸化ストレス関連酵素として作用するグルタチオンペルオキシダーゼ(GPX1)の発現が、高血糖処理により上昇することが報告されている(非特許文献7及び8)。また、GPX1を強制発現させたラットの膵島では、高血糖によるインスリン分泌の低下が抑制されることが報告されている(非特許文献6)。
【非特許文献7】Brigelius-Flohe R., Biol. Chem., 387:1329-1335(2006)
【非特許文献8】Laybutt D.R. et al., Diabetes, 51:413-423(2002)
【0008】
そこで本発明者等は、もし遺伝子多型によりGPX1酵素活性の低下が起こる場合には、インスリン分泌の低下を招く可能性があり、更に二次無効の発現とも関連するのではないかとの仮説を立て、GPX1遺伝子について鋭意研究した結果、比較的発生頻度の高いGPX1遺伝子のハプロタイプである*2aを有する患者が二次無効を発現する可能性が高いこと、更に、596C>T多型が、該ハプロタイプを検出するためのタグとして有用であることを見出した。
【0009】
更に、2型糖尿病発症との関連性が示唆されている3遺伝子、即ち、膵臓β細胞におけるスルホニルウレア剤の受容体をコードするABCC8遺伝子(非特許文献9)、膵臓β細胞の増殖や正常なインスリン分泌に関与する転写因子HNF-1αをコードするHNF1A遺伝子(非特許文献10)、及び、本発明者等の研究により日本人の2型糖尿病発症に関連することが明らかとなったカリウムチャネルをコードするKCNQ1遺伝子、並びに、種々の抗酸化ストレス遺伝子群の発現を制御する転写因子Nrf2をコードするNFE2L2遺伝子(非特許文献11)の変異が、スルホニルウレア剤を投与した際に発生する二次無効の発現に関与しているのではないかという仮説を立て、これらの多型に関しても解析を行った結果、これらの多型を有する糖尿病患者がスルホニルウレア剤投与による二次無効を起こしやすいことを見出し、本発明を完成した。
【非特許文献9】Yokoi N. et al., Diabetes, 55:2379-2386, 2006
【非特許文献10】Holmkvist J. et al., Diabetologia, 49:2882-2891, 2006
【非特許文献11】Fukushima-Uesaka H. et al., Drug Metab. Pharmacokinet., 22:212-219, 2007
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
従って本発明の第1の目的は、GPX1遺伝子の多型、ABCC8遺伝子の多型、HNF1A遺伝子の多型、NFE2L2遺伝子の多型、又は、KCNQ1遺伝子の多型の有無を検出することによって、スルホニルウレア剤の投与により二次無効が生じやすいかどうかを予め検査する方法を提供することにある。
本発明の第2の目的は、GPX1遺伝子の多型又はNFE2L2遺伝子の多型の有無を検出するために用いられるプライマーを提供することにある。
本発明の第3の目的は、GPX1遺伝子の多型又はNFE2L2遺伝子の多型の有無を検出するために用いられるプローブを提供することにある。
【0011】
本発明の第4の目的は、GPX1遺伝子の多型又はNFE2L2遺伝子の多型の有無を検出するための検査キットを提供することにある。
本発明の第5の目的は、スルホニルウレア剤の投与により二次無効が生じやすいかどうかを予め検査するための検査キットを提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明の上記諸目的は、下記一般式(I)で表されるスルホニルウレア剤を投与した場合の二次無効の発生を事前に予測する方法であって、
該方法が、被験者から遺伝子を採取し、下記(A)〜(E)に記載された遺伝子多型の群の中から選択される少なくとも一種の多型の有無を検出することを特徴とする、スルホニルウレア剤を投与した場合の二次無効の発生を事前に予測する方法、該方法に用いられる検査キット、並びに、GPX1遺伝子及びNFE2L2遺伝子の多型の有無を検出するためのプライマー及びプローブによって達成された。
一般式(I)
R1-SO2NHCONH-R2 (I)
ここでR1は、ハロゲン、アルキル基、アセチル基、又は-(CH2)n-NHCO-R3で適宜置換されたフェニル基であり、R2はアルキル基、又は、アルキル基で適宜置換された、不飽和結合を含まず、ヘテロ原子を含んでもよい炭素環から選択される基であり、R3は、ハロゲン、酸素原子、アルキル基若しくはアルコキシ基で置換されたアリール基又はヘテロアリール基であり、nは1〜5の整数である
(A)GPX1遺伝子:596C>T多型,
(B)ABCC8遺伝子:IVS15-3T>C多型,
(C)HNF1A遺伝子:79A>C多型,
(D)NFE2L2遺伝子:-1123A>G多型,
(E)KCNQ1遺伝子:IVS15-29246C>T多型
【発明の効果】
【0013】
本発明の方法によれば、上記遺伝子の多型タイピングにより、糖尿病患者各個人について二次無効を発現しやすいか否かを容易に検出することができるため、得られた結果に基づき、二次無効を発現する可能性が高い患者に対しては、他の薬効を有する経口糖尿病薬を主とする治療や早期のインスリン導入のような、スルホニルウレア剤以外の治療法を選択することが可能となる。従って、本発明の方法は、糖尿病薬物治療の有効性を確保することを目的とした薬剤選択のための検査方法として極めて有用である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0014】
本発明においてスルホニルウレア剤を投与した場合の二次無効の発生を事前に予測するために検出する多型は、下記(A)〜(E)に記載された遺伝子多型の群から選択される少なくとも一種の多型である。
(A)GPX1遺伝子:596C>T多型(rs1050450)
(B)ABCC8遺伝子:IVS15-3T>C多型(rs1799854)
(C)HNF1A遺伝子:79A>C多型(rs1169288)
(D)NFE2L2遺伝子:-1123A>G多型
(E)KCNQ1遺伝子:IVS15-29246C>T多型(rs2237892)
【0015】
上記の多型におけるGPX1遺伝子(NCBI,NW_921651.1)は、第3番染色体短腕の21.3に位置し、2個のエクソンから構成されており、過酸化水素や有機ヒドロペルオキシドを、グルタチオンを利用して、水や対応するアルコールに還元する酵素であるグルタチオンペルオキシダーゼ(GPX1)をコードする遺伝子である。
上記ABCC8遺伝子(NCBI,NT_009237.17)は、第11番染色体短腕の15.1に位置し、39個のエクソンから構成されており、膵臓β細胞膜上におけるスルホニルウレア剤の受容体をコードする遺伝子である。
【0016】
上記HNF1A遺伝子(NCBI,NT_009775.16)は、第12番染色体長腕の24.2に位置し、10個のエクソンから構成されており、膵臓β細胞の増殖や正常なインスリン分泌に関与する転写因子HNF-1αをコードする遺伝子であり、TCF1遺伝子とも呼ばれる。
上記NFE2L2遺伝子(NCBI,NT_005403.16)は、第2番染色体長腕の31に位置し、5個のエクソンから構成されており、抗酸化ストレス遺伝子群の発現を制御する転写因子Nrf2をコードする遺伝子である。
【0017】
上記KCNQ1遺伝子(NCBI,NT_009237.17)は、第11番染色体短腕の15.5に位置し、16個のエクソンから構成されており、本発明者等の研究により日本人の2型糖尿病発症に関連することが明らかとなったカリウムチャネルをコードする遺伝子である。
【0018】
一般的に「多型」とは、遺伝子を構成しているDNA配列の個体差であり、その頻度が1%以上ある状態をいうが、本発明においては、その発生頻度が1%未満の塩基の変化についても「多型」として取り扱う。
本発明における「多型」は、例えば「596C>T多型」のように表記される。ここで数字は各遺伝子の翻訳開始コドン[ATG]のアデニン[A]から3’側に数えた塩基の位置を表し、アルファベットは塩基、即ちアデニン[A]、チミン[T]、グアニン[G]、シトシン[C]を表す。
【0019】
従って、GPX1遺伝子の多型である「596C>T多型」は、GPX1遺伝子の翻訳開始コドン[ATG]のアデニン[A]から下流方向に数えて596番目の塩基であるシトシン[C]がチミン[T]に変化したものである。ABCC8遺伝子の多型である「IVS15-3T>C多型」は、ABCC8遺伝子の第15イントロン上に存在し、エクソン16の5’末端から上流方向に数えて3番目の塩基であるチミン[T]がシトシン[C]に変化したものである。HNF1A遺伝子の多型である「79A>C多型」は、HNF1A遺伝子の翻訳開始コドン[ATG]のアデニン[A]から下流方向に数えて79番目のアデニン[A]がシトシン[C]に変化したものである。NFE2L2遺伝子の多型である「-1123A>G多型」は、翻訳開始コドン[ATG]のアデニン[A]から上流1123番目の塩基であるアデニン[A]がグアニン[G]に変化したものである。(E)KCNQ1遺伝子の多型である「IVS15-29246C>T多型」は、KCNQ1遺伝子の第15イントロン上に存在し、エクソン16の5’末端から上流方向に数えて29246番目の塩基であるシトシン[C]がチミン[T]に変化したものである。
【0020】
本発明においてスルホニルウレア剤は、下記一般式(I)で表される化合物を包含する。
R1-SO2NHCONH-R2 (I)
ここでR1はハロゲン、アルキル基、アセチル基、又は-(CH2)n-NHCO-R3で適宜置換されたフェニル基であり、R2はアルキル基、又は、アルキル基で適宜置換された不飽和結合を含まず、ヘテロ原子を含んでもよい炭素環から選択される基であり、R3は、ハロゲン、酸素原子、アルキル基若しくはアルコキシ基で置換されたアリール基又はヘテロアリール基であり、nは1〜5の整数である。
【0021】
本発明においては、特に、R1がクロル等のハロゲン、メチル基、エチル基等の炭素数1〜3のアルキル基、アセチル基、又は-(CH2)n-NHCO-R3で適宜置換されたフェニル基であることが好ましい。R2は、エチル基、プロピル基、ブチル基等の炭素数2〜5のアルキル基、又は、メチル基若しくはエチル基で適宜置換された、不飽和結合を含まず、O、N、S等のヘテロ原子を含んでもよい、シクロヘキシル基、ピロリジン基、アザビシクロオクチル基等の炭素環から選択される基であることが好ましい。
また、R3は、クロル等のハロゲン、メチル基、エチル基等の炭素数1〜3のアルキル基、メトキシ基又はエトキシ基で置換された炭素数5若しくは6のアリール基、又は、酸素原子、メチル基、エチル基等の炭素数1〜3のアルキル基、メトキシ基又はエトキシ基で置換された炭素数4若しくは5のヘテロアリール基であることが好ましい。アリール基としてはフェニル基等、ヘテロアリール基としてはピロリン基等が挙げられる。R3の具体例として2−メトキシ-5-クロロフェニル基、2-オキソ-3-エチル-4-メチルピロリン基を例示することができる。
【0022】
上記一般式(I)で表されるスルホニルウレア剤としては、例えば、グリメピリド、グリベンクラミド、グリクラジド、トリブタミド、アセトヘキサミド、クロルプロパミド、グリクロピラミド等を例示することができる。
【0023】
本発明における多型の有無を検出する方法は公知の方法により適宜実施することができるが、例えば、被験者の末梢血白血球、膵臓等の組織細胞、口腔粘膜、毛髪等の細胞や爪から、GPX1遺伝子、ABCC8遺伝子、HNF1A遺伝子、NFE2L2遺伝子及びKCNQ1遺伝子を含むDNA又はRNAを調製し、一塩基多型の解析を行うことにより検出することができる。
【0024】
上記の一塩基多型の解析方法としては公知の解析方法を用いることができるが、例えば、ダイレクト・シークエンシング法、パイロ・シークエンシング法、一本鎖DNA高次構造多型(SSCP)解析、制限酵素断片長多型(RFLP)解析、アレル特異的オリゴヌクレオチド(ASO)法、DNAチップ/マイクロアレイ法、マトリクス支援レーザー脱離イオン化-飛行時間型質量分析(MALDI-TOF/MS)法、TaqMan法、インベーダー法等が挙げられる。
【0025】
ダイレクト・シークエンシング法は、目的とする遺伝子にハイブリダイズするプライマーを用いて、単離したDNA又はRNAを鋳型としたPCR等によって多型を含む塩基を増幅し、ダイプライマー法やダイターミネーター法等のサイクルシークエンシング法により、増幅したDNAの塩基配列を決定する方法である(Kwok P.Y. and Duan S., Methods Mol. Biol. 212: 71-84 (2003)参照)。
【0026】
例えば、GPX1遺伝子、ABCC8遺伝子、HNF1A遺伝子、NFE2L2遺伝子及びKCNQ1遺伝子にハイブリダイズするプライマーを用い、単離したDNAを鋳型として多型を含む領域をPCR増幅した後、サイクルシークエンシング法により増幅したDNAの塩基配列を決定することができる。なお、上記プライマーとして本発明のプライマーを用いることもできるが、本発明はこれらによって限定されるものではない。
このようにして決定したDNAの塩基配列を対照と比較して、GPX1遺伝子、ABCC8遺伝子、HNF1A遺伝子、NFE2L2遺伝子及びKCNQ1遺伝子の遺伝子多型を検出する。
【0027】
一般に、健常人のGPX1遺伝子、ABCC8遺伝子、HNF1A遺伝子、NFE2L2遺伝子及びKCNQ1遺伝子の配列は正常であると考えられることから、上記の「対照と比較する」とは、通常、健常人のGPX1遺伝子、ABCC8遺伝子、HNF1A遺伝子、NFE2L2遺伝子及びKCNQ1遺伝子の配列とそれぞれ比較することを意味する。本発明においては、GenBankに野生型として登録されているGPX1遺伝子の配列(NCBI,NW_921651.1)、ABCC8遺伝子の配列(NCBI,NT_009237.17)、HNF1A遺伝子の配列(NCBI,NT_009775.16)、NFE2L2遺伝子の配列(NCBI,NT_005403.16)、KCNQ1遺伝子の配列(NCBI,NT_009237.17)とそれぞれ比較してもよい。
【0028】
パイロ・シークエンシング法は、親鎖との相補性に基づき、DNAポリメラーゼによる塩基伸長反応を利用した解析方法であり、一塩基多型の1〜数塩基上流からシークエンスするように設計されたプライマーをアニーリングさせ、dNTPsを系に一種類ずつ添加し、1塩基ごとに、伸長するかどうかを解析して、当該部位の塩基の種類を判定する方法である。伸長の検出は、塩基伸長反応が起こる際にdNTPsから定量的に放出されるピロリン酸を、アデノシン-5'-ホスホ硫酸を基質とし、スルフリラーゼを用いてATPに変換し、このATPとルシフェリンを基質として生じるルシフェラーゼ発光反応を、CCDカメラにより検出することによって行う(Langaee T. and Ronaghi M., Mutat Res. 573: 96-102(2005)参照)。
【0029】
例えば、GPX1遺伝子、ABCC8遺伝子、HNF1A遺伝子、NFE2L2遺伝子及びKCNQ1遺伝子にハイブリダイズするプライマーを用いて、単離したDNAを鋳型として、多型を含む領域をPCR増幅した後一本鎖化し、一塩基多型の数塩基上流からシークエンスするように設計されたプライマーをアニーリングさせる。次いで、dNTP(dATP,dTTP,dCTP,dGTP)を一種類ずつ添加してルシフェラーゼ発光を測定し、その結果から、DNAの塩基配列を決定することができる。
【0030】
このようにして決定したDNAの塩基配列を、上記ダイレクト・シークエンシング法の場合と同様にして対照と比較し、GPX1遺伝子、ABCC8遺伝子、HNF1A遺伝子、NFE2L2遺伝子及びKCNQ1遺伝子の遺伝子多型を検出する。
なお、上記プライマーとして本発明のプライマーを用いることもできるが、それに限定されるものではない。
【0031】
一本鎖DNA高次構造多型(SSCP)解析とは、二本鎖DNA断片を一本鎖に解離させると、各一本鎖はその塩基配列に依存した独自の高次構造を形成するという性質を利用した方法である。この解離したDNA鎖を用いて、変性剤を含まないポリアクリルアミドゲル中で電気泳動を行うと、それぞれの高次構造の差に応じて、同じ鎖長の一本鎖DNAがゲル内の異なる位置に移動する。一塩基の置換・欠失・挿入によってもこの一本鎖DNAの高次構造は変化し、ポリアクリルアミドゲル電気泳動において異なる移動度を示す。従って、この移動度の変化を検出することにより、DNA断片に点突然変異や欠失、あるいは挿入等による変異が存在することを確認することができる(Tahira T. et al., Methods Mol. Biol. 212: 37-46 (2003)参照)。
【0032】
制限酵素断片長多型(RFLP)解析とは、点突然変異による多型の配列が特定の制限酵素によって認識されるサイトである場合に、変異によりサイトが消失したり出現したりすることを利用して、一塩基多型を検出する方法である(Kim S. and Misra A., Annu Rev Biomed Eng.9:289-320(2007)参照)。
【0033】
例えば、GPX1遺伝子、ABCC8遺伝子、HNF1A遺伝子、NFE2L2遺伝子及びKCNQ1遺伝子の多型部位を含む領域のDNAを、特定の制限酵素を用いて処理した後、サザンブロットハイブリダイゼーションを行うこと等によって解析することができる。
上記特定の制限酵素は、変異を検出することができる限り特に制限されることはないが、例えば、GPX1遺伝子の解析にはApaI又はBpu1102I等、HNF1A遺伝子の解析にはDpnI等、ABCC8遺伝子の解析にはPstI、KCNQ1遺伝子の解析にはSmaI等を用いることができる。
【0034】
アレル特異的オリゴヌクレオチド(ASO)法とは、変異が存在すると考えられる塩基配列を含むオリゴヌクレオチドを作製し、これと試料DNAの間でハイブリダイゼーションを行わせると、一塩基置換を含む変異が存在する場合には、ハイブリッド形成の効率が低下する。それを、サザンブロット法や、特殊な蛍光試薬がハイブリッドのギャップにインターカレーションすることにより消光する性質を利用する方法等により検出する方法である。また、リボヌクレアーゼAミスマッチ切断法による検出も可能である。
本発明においては、上記の変異が存在すると考えられる塩基配列を含むオリゴヌクレオチドとして、本発明のプローブを用いることができるが、それに限定されるものではない。
【0035】
DNAチップ/マイクロアレイ法とは、被検者から調製した多型部位を含むDNA、および該DNAとハイブリダイズするヌクレオチドプローブが固定された基板を用意し、次いで前記DNAと該基板を接触させ、該DNA試料と基板に固定されたヌクレオチドプローブとのハイブリダイズの有無又はその強度の差を検出して、前記多型の有無を判定する方法である(Lindroos K. et al., Methods Mol. Biol. 212: 149-165 (2003)等参照)。
上記検出は、例えば、予めDNA試料を蛍光色素等で標識しておき、蛍光シグナルをスキャナー等で読み取ることによって行うことができる。
【0036】
なお、一般にDNAチップは、高密度に基板にプリントされた何千ものヌクレオチドで構成されている。通常これらのDNAは非透過性の基板の表層にプリントされる。基板の表層は、一般的にはガラスであるが、基板の表層として透過性の膜、例えばニトロセルロースメンブレンを使用することもできる。基板としては平面状のものだけではなく、ビーズ等を使用するなどの方法もある。
本発明においては、上記のDNAとハイブリダイズするヌクレオチドプローブとして本発明のプローブを用いることができるが、これに制限されるものではない。
【0037】
マトリクス支援レーザー脱離イオン化-飛行時間型質量分析(MALDI-TOF/MS)法とは、対象とする多型部位の直前の塩基までを有するプライマーを用意し、これを、該多型部位を含むDNAとハイブリダイズさせた後、該多型部位に該当する複数のダイデオキシ塩基を加え、更に酵素的に一塩基伸長させ、得られた一塩基伸長したプライマーの分子量をMALDI-TOF/MSにより解析する方法である。伸長した塩基の分子量が異なるため、一塩基伸長したプライマーの分子量も異なることとなる。これにより、前記多型部位の塩基を判定することが可能となる(Storm N. et al., Methods Mol. Biol. 212: 241-262 (2003)参照)。
なお、上記プライマーとして本発明のプライマーを用いることもできるが、それに限定されるものではない。
【0038】
TaqMan法(登録商標)とは、5'末端を2種類の異なる蛍光色素で標識し、3'末端を消光物質で標識したTaqManプローブを2種、対象とする多型部位の塩基に相補的となるように作製し、該多型を含む領域を増幅するように設計したプライマーおよびTaq DNAポリメラーゼを用いてPCRを行う方法である。該PCRに伴い、前記多型部位の塩基と相補的な塩基を有するプローブは切断され、蛍光色素が消光物質と遊離し、前記DNAがホモ接合体であれば1種類の蛍光が検出され、ヘテロ接合体であれば2種類の蛍光が同時に検出される。この蛍光の種類や強度により、対象となった多型を判定するものである(Livak K.J. Methods Mol. Biol. 212: 129-147 (2003)参照)。
なお、上記プライマーとして本発明のプライマーを用いることもできるが、それに限定されるものではない。
【0039】
インベーダー(登録商標)法とは、PCR反応を用いずに多型を検出する方法であり、ミスマッチ部分(フラップ配列)と多型部位配列を含むシグナルプローブと、多型部位がオーバーラップするインベーダーオリゴとを、多型部位を有するDNAに結合させた後、Cleavase(登録商標)と呼ばれる特別な酵素を作用させると、シグナルプローブの多型部位の塩基が該DNAの配列と相補的な時だけ、この酵素でフラップ配列が切断される。切断されたフラップ配列は、シグナルを生成するFRETプローブ(蛍光色素と消光物質を有する)にインベーダーオリゴとなって作用する結果、FRETプローブは切断されて消光物質と蛍光色素が遊離し、蛍光を発する。この蛍光の種類・強度により、対象となった多型を判定する(Lyamichev V. and Neri B. Methods Mol. Biol. 212: 229-240 (2003)参照)。
本発明においては、多型部位配列を含むオリゴヌクレオチドとして、本発明のプローブを用いることができるが、それに限定されるものではない。
【0040】
これらの方法によって、被験者の細胞からGPX1遺伝子、ABCC8遺伝子、HNF1A遺伝子、NFE2L2遺伝子及びKCNQ1遺伝子の多型が一種でも検出された場合には、該被験者は、スルホニルウレア剤を投与した場合に二次無効を起こしやすいことが予測される。これに対して、全く検出されなかった場合には、二次無効を起こしにくいことが予測される。
【0041】
本発明の方法により、被験者がスルホニルウレア剤を投与したときに二次無効を起こしやすいことが分かった場合には、スルホニルウレア剤を投与せず、早期のインスリン導入や、他の経口糖尿病薬、例えば、ブホルミン、メトホルミン等のビグアナイド系薬、アカルボース、ボグリボース等のα−グルコシダーゼ阻害薬、ピオグリタゾン等のインスリン抵抗性改善薬を投与するなどの治療方法を採用することができる。
【0042】
本発明の他の態様は、GPX1遺伝子を含む配列部分を増幅する該遺伝子の多型を検出するためのプライマーであって、配列番号1、3、8〜10、12、17〜20、23、25及び26の少なくとも一部の塩基配列を含むプライマー、及び、NFE2L2遺伝子を含む配列部分を増幅する該遺伝子の多型を検出するためのプライマーであって、配列番号27、28、37、42及び43の少なくとも一部の塩基配列を含むプライマーである。特に、配列番号20、25、26、28、42及び43の少なくとも一部の塩基配列を含むプライマーがパイロシークエンシング用プライマーとして好ましい。
【0043】
本発明におけるプライマーは、公知の方法により適宜作製することができる。また、本発明のプライマーは、10〜30塩基、特に、15〜25塩基程度のヌクレオチドであることが、ゲノムへの結合性及びその特異性、並びに伸長反応の温度の点から好ましい。
【0044】
GPX1遺伝子の多型を検出するためのプライマーは、GPX1遺伝子の多型塩基を含む配列部分を増幅するものであり、且つ、配列番号1、3、8〜10、12、17〜20、23、25及び26の少なくとも一部の配列を含むプライマーである限り、特に制限されることはない。また、NFE2L2遺伝子の多型を検出するためのプライマーは、NFE2L2遺伝子の多型塩基を含む配列部分を増幅するものであり、且つ、配列番号27、28、37、42及び43の少なくとも一部の配列を含むプライマーである限り特に制限されることはない。
【0045】
また、本発明においては、これらのプライマーと相補的な塩基配列を有するプライマーを使用することも可能であり、本発明のプライマーを、上記した本発明の方法に用いることができる。
【0046】
本発明の他の態様は、GPX1遺伝子又はNFE2L2遺伝子の多型塩基を含む配列部分を有する、該多型を検出するためのプローブである。
本発明におけるプローブは、公知の方法により適宜作製することができ、GPX1遺伝子又はNFE2L2遺伝子の多型塩基を含む配列部分を有する限り、特に制限されることはない。ここで、GPX1遺伝子又はNFE2L2遺伝子を含む配列部分とは、これらの多型塩基を含む10〜50塩基の配列部分を指し、例えば、それぞれ、配列番号44及び45の塩基配列を例示することができる。特に、15〜25塩基程度の配列が、特異性および結合性の点から好ましい。
【0047】
GPX1遺伝子の多型である596C>T多型を検出するためには、本発明のプローブに含まれるGPX1遺伝子の翻訳開始コドン[ATG]のアデニン[A]から下流方向に数えて596番目の塩基は、シトシン[C]又はチミン[T]であることが必要である。
【0048】
また、NFE2L2遺伝子の多型である-1123A>G多型を検出するためには、本発明のプローブに含まれるNFE2L2遺伝子の翻訳開始コドンのアデニンから上流1123番目の塩基は、アデニン[A]又はグアニン[G]であることが必要である。
なお本発明においては、これらのプローブと相補的な塩基配列を有するプローブを使用することも可能である。
【0049】
本発明のプローブは、上記した本発明の方法に用いることができる。また、検出を容易にするために、適宜、公知の方法で標識して用いることが可能であり、例えば、放射性同位元素、酵素、蛍光色素等で標識して用いることができる。
【0050】
本発明の他の態様は、前記GPX1遺伝子の多型を検出するためのプライマー及び/又はプローブを有する、上記GPX1遺伝子の多型の有無を検出するための検査キットである。また、本発明の他の態様は、前記NFE2L2遺伝子の多型を検出するためのプライマー及び/又はプローブを有する、上記NFE2L2遺伝子の多型の有無を検出するための検査キットである。これらの検査キットは、本発明のプライマー及び/又はプローブに加え、DNAの抽出試薬、精製試薬、制限酵素、PCR増幅用試薬、蛍光色素、発光試薬、発色試薬等の中から適宜組み合わせて検査キットとすることができる。
【0051】
また、本発明の他の態様は、本発明のプライマーから選択される少なくとも一種のプライマー、及び/又は、本発明のプローブから選択される少なくとも一種のプローブを有する、スルホニルウレア剤を投与した場合の二次無効の発生を事前に予測するための検査キットである。上記した本発明のプライマー及び/又はプローブに加え、ABCC8遺伝子、HNF1A遺伝子及びKCNQ1遺伝子の多型塩基を含む配列を増幅するためのプライマー、シークエンシング用プライマー及びプローブ、DNAの抽出試薬、精製試薬、制限酵素、PCR増幅用試薬、蛍光色素、発光試薬、発色試薬等の中から適宜組み合わせて検査キットとすることもできる。
【0052】
以下、実施例によって本発明を更に具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例によって限定されるものではない。
【実施例1】
【0053】
<ダイレクト・シークエンシングによるGPX1遺伝子多型の検出>
日本人の2型糖尿病患者74例のゲノムDNAを用いて、ダイレクト・シークエンシングによりGPX1遺伝子の多型を検出し、その結果を基にハプロタイプ推定を行った。ダイレクト・シークエンシングに用いたプライマーを〔表1〕に示す。
なお、このうち32例については、実施例2及び3における二次無効相関解析にも、それらのデータを使用した。
【0054】
【表1】

【0055】
ゲノム配列(NCBI,NW_921651.1)に基づいてGPX1遺伝子全領域を増幅するため、上記〔表1〕に示すGPX1に特異的な、1st PCR用のフォワードプライマー及びリバースプライマーを設計した。第一段目のPCRは、この1st PCR用のフォワードプライマーとリバースプライマーを各1μM、Z-Taqを0.025 units/μL(タカラバイオ社)、及びゲノムDNAを50ng用いて、全量50μLの系でGPX1遺伝子の全長を増幅した。この際のPCRの条件は、[熱変性 98℃,5秒;アニーリング 55℃,5秒;伸張反応 72℃,190秒]×30サイクルとした。
【0056】
続いて1st PCR反応液50μLに、PCR Product Pre-Sequencing Kit(USB社)のExonuclease Iを2μL、Shrimp alkaline phosphataseを2μL、及び精製水を16μL加えて、37℃で15分、80℃で15分処理した後、4℃に冷却した。
【0057】
次に、プロモーター及び各エクソン領域を増幅するため、上記〔表1〕に示す配列を有する2nd PCR用のフォワードプライマー及びリバースプライマーを設計した。この2nd PCR用のフォワードプライマーとリバースプライマーを各0.5μM、及びLA-Taqを0.05 units/μL(タカラバイオ社)用いて、GPX1遺伝子の1st PCR産物(5μL)からプロモーター領域又は各エクソン領域を含むDNA断片を、全量50μLの系で増幅した。この際のPCR条件は、熱変性 94℃,5分、[熱変性 94℃,30秒;アニーリング 55℃,1分;伸張反応 72℃,2分]×30サイクル、伸張反応 72℃,7分とした。
【0058】
続いて、2nd PCR増幅産物のうちの5μLに、PCR Product Pre-Sequencing Kit(USB社)のExonuclease Iを0.2μL、Shrimp alkaline phosphataseを0.2μL、及び精製水を1.6μL加えて合計7μLとし、37℃で15分、80℃で15分処理した後、4℃に冷却した。
【0059】
次に、プロモーター及び各エクソン領域について、上記〔表1〕に示す配列を有するシークエンス用のプライマーを設計した。PCR Product Pre-Sequencing Kitで処理した2nd PCR増幅産物の両鎖について、設計したシークエンス用のプライマーを用いて、ABI BigDye Terminator Cycle Sequencing Kit〔バージョン3.1〕(アプライドバイオシステムズ社)により直接塩基配列を決定した。
【0060】
より具体的には、上記した合計7μLの2nd PCR増幅産物に、1μMの上記したシークエンス用のプライマー 1.6μL、BigDye 2μL、5x Sequencing buffer 3μL、及び、精製水7μLを加えて、合計20.6μLとし、[熱変性 96℃,10秒;アニーリング 50℃,5秒;伸張反応 60℃,4分]×25サイクルの条件で処理し、その後4℃に冷却した。
DyeEx96 plate(キアゲン社)を用いて過剰な色素を除去し、溶出液全量の20.6μLをABI Prism 3730 DNA Analyzer(アプライドバイオシステムズ社)を用いて分析した。その際、溶出液は、94℃で2分間、ヒートショックを行った。
【0061】
このようにして、日本人の2型糖尿病患者74例のゲノムDNAについて、GPX1遺伝子領域の配列解析を行い、合計9種の多型を見出した〔表2〕。これらの多型のうちアミノ酸置換を引き起こすものは、既知の33_34insGCG(Alall_Alal2ins Ala)と596C>T(Pro199Leu)の2種類で、その頻度は0.088であった。なお、「33_34insGCG」は、GPX1遺伝子の翻訳開始コドン[ATG]のアデニン[A]から下流方向に33番目の塩基と34番目の塩基の間に、GCG(グアニン-シトシン-グアニン)が挿入された変異を意味し、「Alall_Alal2ins Ala」は、GPX1のN末端側から11番目のアミノ酸であるアラニン(Ala)と12番目のアミノ酸であるアラニン(Ala)の間にアラニン(Ala)が挿入されていることを意味する。また、「Pro199Leu」は、GPX1のN末端側から199番目のアミノ酸であるプロリン(Pro)が、ロイシン(Leu)に変化していることを意味する。
【0062】
【表2】

【0063】
市販のソフトウェアSNPAlyzeバージョン3.1(ダイナコム社)による|D'|値及びγ値を用いた解析の結果、解析領域のほぼ全長で強い連鎖不平衡が認められたため、全領域を一つのブロックとしてハプロタイプ解析を行った。なお、|D'|値およびγ2値については、「ヒトゲノムの連鎖分析」(J. オット著,五條堀孝 監訳、安田徳一 訳;講談社刊;156-162頁)の記載に基づいて算出した。
ハプロタイプは染色体上の多型同士の連鎖を表すもので、1カ所の多型を用いる場合より、医薬品の有効性・副作用等のフェノタイプと、より高い相関を示すことが知られている(Judson R et al., Pharmacogenomics, 1:15-26(2000)参照)。
【0064】
本実施例においては、ハプロタイプ推定の標準法であるExpectation-Maximizationアルゴリズムに基づき、ソフトウェアSNPAlyzeバージョン3.1により推定した。ハプロタイプ名は、アミノ酸置換を有しないものは*1、アミノ酸置換を有するものは*2とし、亜型(サブタイプ)は、*番号+小文字のアルファベットで表記した[表2]。
【0065】
5種の*1サブタイプと2種の*2サブタイプを推定した。*2ハプロタイプは、連鎖している-649A>G、-46C>T、33_34insGCG(Alall_Alal2ins Ala)、及び596C>T(Pro199Leu)の多型を含んでおり、既に公知のハプロタイプである(Hamanishi T. et al, Diabetes, 53:2455-2460(2004))。推定したハプロタイプのうち、頻度0.05以上のものは、*1a,*1b,*2aの3種であり、この3種を分類するためのタグとなる多型として、2種[794(*185)A>G及び596C>T(Pro199Leu)]を選定した。なお、「*185」は、翻訳終止コドン[TAG]のグアニン[G]より185塩基下流に位置する塩基を表している。
【実施例2】
【0066】
<スルホニルウレア剤長期有効患者群及び二次無効患者群のパイロシークエンシングによるタイピング>
実施例1で選定した頻度0.05以上のハプロタイプのタグ多型につき、パイロシークエンシング法によるタイピング系を開発し、日本人のスルホニルウレア剤長期有効患者278名(スルホニルウレア剤を5年以上使用し、現在でも有効)、及び、二次無効患者80名(過去にスルホニルウレア剤を3年以上使用し、現在はインスリン治療に移行)を対象としてタイピングを行った。これらの患者の背景情報及び臨床情報を〔表3〕に示す。なお、スルホニルウレア剤を使用した患者としては、グリメピリド、グリベンクラミド、トルブタミド、グリクラジドから選択されるスルホニルウレア剤の一種、又は、二種類以上を投与した患者を対象とした。
【0067】
【表3】

二次無効患者群では糖尿病の合併症である神経障害及び網膜症の頻度が有意に高いことが確認された(ボンフェローニ法により多重比較補正を施したフィッシャーの正確確率検定のp値は、p<0.005であった)。なお、ボンフェローニ法については、鎌谷直之著、実感と納得の統計学、121頁、羊土社刊を参照した。
【0068】
パイロシークエンシング法は、まずGPX1のゲノム配列(NCBI, NW_921651.1)に基づきプライマーを設計した。設計したプライマーを〔表4〕に示す。
【0069】
【表4】

【0070】
PCR反応は、上記〔表4〕に示す増幅用のフォワードプライマー及びリバースプライマーを各0.25μM、LA-Taqを0.05units/μL、及びゲノムDNAを25ng用いて、全量50μLの系でDNAを増幅した。この際のPCRの条件は、熱変性 94℃,5分、[熱変性 94℃,30秒;アニーリング 55℃,45秒;伸張反応 72℃,30秒]×50サイクル、伸張反応 72℃,5分とした。
【0071】
続いて、Saeki M. et al, Clin. Chem., 49:1182-1185,(2003)に記載されている条件に従ってPCR産物の精製及び一本鎖化を行い、上記〔表4〕シークエンス用のプライマー(10pmol)を加えて95℃で2分間処理し、更に冷却することによりハイブリダイズさせた。これをパイロシークエンサーPSQ96MA装置(バイオタージAB社)により、Pyro Gold試薬キット(バイオタージAB社)を用いてミニシークエンシング反応を行い、多型部位の塩基を解析した。
【実施例3】
【0072】
<ハプロタイプ解析及びGPX1ハプロタイプと二次無効発現との相関解析>
実施例2で分析した多型部位の塩基解析の結果に基づき、スルホニルウレア剤長期有効患者群及び二次無効患者について、ソフトウェアSNPAlyzeバージョン3.1により、それぞれハプロタイプ推定を行い、ハプロタイプ頻度を算出した。その結果を〔表5〕に示す。
【0073】
【表5】

【0074】
二次無効患者群(80例)及びスルホニルウレア剤長期有効患者群(278例)のハプロタイプ頻度を比較したところ、二次無効患者群で*2aの頻度(0.125)がスルホニルウレア剤長期有効患者群(0.059)に比して、有意に高い(ボンフェローニ法にて多重比較補正後のp=0.028、オッズ比2.3)ことが明らかとなった(〔表5〕上段)。この有意差は、スルホニルウレア剤治療開始10年以内にインスリン治療に移行した二次無効患者群(42例)と11年以上有効なスルホニルウレア剤長期有効患者群(130例)というサブグループ間を比較した場合に、より顕著(補正後のp=0.0009、オッズ比4.5)であった(〔表5〕下段)。一方、*1bハプロタイプの頻度については、2群間で有意な差は認められなかった。
【0075】
最後に、ロジスティック回帰分析を行った。その結果を〔表6〕に示す。なお、ロジスティック回帰分析については、市販のソフトウェアJMPバージョン6(SAS Institute Inc., Cary, NC, USA)を用い、変数増減時のp値を各0.1としたステップワイズ法により行った。
【表6】

【0076】
まずスルホニルウレア剤長期有効患者群(278例)及び二次無効患者群(80例)の解析では、*2aハプロタイプはp=0.014で有意な変数となった。この他にスルホニルウレア剤治療の開始年齢(p<0.0001)及び2型糖尿病の期間[発症からの期間](P=0.017)が、有意な変数となった。一方、スルホニルウレア剤治療開始10年以内にインスリン治療に移行した二次無効患者群(42例)と11年以上有効なスルホニルウレア剤長期有効患者群(130例)のサブグループ間比較では、*2aハプロタイプのみがp=0.0009で有意な変数となり、上記2種の患者背景因子は有意とはならなかった。
これらの結果から、GPX1遺伝子の*2aハプロタイプが、二次無効発現と有意な相関を示すことが明らかとなった。
【実施例4】
【0077】
<ABCC8遺伝子、HNF1A遺伝子及びKCNQ1遺伝子のTaqMan法による多型解析>
スルホニルウレア剤治療開始10年以内にインスリン治療に移行した患者(二次無効患者群 42例)、及び、11年以上有効な患者(スルホニルウレア剤長期有効患者群 130例)のサンプルを用い、ABCC8遺伝子のIVS15-3T>C(rs1799854)多型、HNF1A遺伝子の79A>C (Ile27Leu、rs1169288)多型、KCNQ1遺伝子のIVS15-29246C>T (rs2237892)多型について、TaqMan SNP Genotyping Assay Kit (アプライドバイオシステムズ社)による多型解析を行った。なお、スルホニルウレア剤を使用した患者としては、グリメピリド、グリベンクラミド、トルブタミド、グリクラジドから選択されるスルホニルウレア剤の一種、又は、二種類以上を投与した患者を対象とした。
具体的には、TaqMan Universal PCR Master Mix (2X、アプライドバイオシステムズ社)を12.5μL、20X TaqMan SNP Genotyping Mixを1.25μL、滅菌精製水を11.25μL混和して25μLとし、PCR反応を行った。PCR条件は、熱変性 95℃,10分、[熱変性 92℃,15秒;アニーリング及び伸長反応 60℃,1分」×40サイクルとした。PCR反応終了後、反応液の蛍光量をABI 7500 Real Time PCR System (アプライドバイオシステムズ社)により測定し、各塩基を有する場合の蛍光量から多型の判定を行った。
【実施例5】
【0078】
<NFE2L2遺伝子のパイロ・シーケンシング法による多型解析>
実施例4と同じサンプルを用い、NFE2L2遺伝子のハプロタイプタグ多型6種[-1123A>G, -769G>A, -767G>A, -733C>A, 697C>T (Pro233Ser), 2229 (*411)T>G]について、パイロシーケンシング法による多型解析を行った。
NFE2L2のゲノム配列(NCBI, NT_005403.16)に基づいてプライマーを設計した。パイロ・シークエンシングに用いたプライマーを〔表7〕に示す。
【0079】
【表7】

【0080】
PCR反応は、上記〔表7〕に示す増幅用のフォワードプライマー及びリバースプライマーを各0.2μM、Ex-Taqを0.02units/μL(タカラバイオ社)、ゲノムDNA 20ngを用いて、全量50μLの系でDNAを増幅した。なお、-733C>A多型解析については、前記Ex-Taqの代わりにLA-Taq 0.05units/μL(タカラバイオ社)を用いた。この際のPCRの条件は、熱変性 94℃,5分、[熱変性 94℃,30秒;アニーリング 55℃,45秒;伸張反応 72℃,30秒]×50サイクル、伸張反応72℃,5分とした。
【0081】
続いて、Saeki M. et al, Clin. Chem., 49:1182-1185, (2003))に記載されている条件に従って、PCR産物の精製及び一本鎖化を行い、上記〔表7〕に示すシークエンス用のプライマー(10pmol)を加えて、95℃で2分間処理し、更に冷却することによりハイブリダイズさせた。次いでパイロシークエンサーPSQ96MA装置(バイオタージ AB社)と、Pyro Gold試薬キット(バイオタージ AB社)を用いて、ミニシーケンシング反応を行い、多型部位の塩基を解析した。
【実施例6】
【0082】
<各遺伝子多型と二次無効発現との相関解析及び多変量解析>
実施例4及び5において多型解析した、遺伝子多型のアリルモデル、優性モデル、劣勢モデルを用いた解析は、市販のSNPAlyzeソフトウェアバージョン7.0(ダイナコム社)を用いて行った。
遺伝子多型解析の結果を〔表8〕に示す。ABCC8遺伝子のIVS15-3T>C多型、HNF1A遺伝子の79A>C多型(Ile27Leu)、NFE2L2遺伝子の-1123A>G多型及び2229(*411)T>G多型がアリルモデルと優性モデルで、KCNQ1 IVS15-29246C>T多型が劣性モデルで、それぞれ有意な頻度差(P<0.05)を示した。なおこれらの結果は、全て統計学的な多重性補正前のデータである。
【0083】
また、上記「アリルモデル」とはメジャーアリルおよびマイナーアリルの数(各個人は2個を有する)を比較する方法、「優性モデル」とは「メジャーアリルのホモ接合」と「ヘテロ接合+マイナーアリルのホモ接合」の人数を比較する方法、「劣性モデル」とは「メジャーアリルのホモ接合+ヘテロ接合」と「マイナーアリルのホモ接合」の人数を比較する方法である。
【0084】
【表8】

【0085】
次に、GPX1 *2aハプロタイプとこれら5多型を含めてロジスティック回帰分析を行った。なお、ロジスティック回帰分析については、実施例3と同様に、市販のソフトウェアJMPバージョン6(SAS Institute Inc., Cary, NC, USA)を用い、変数増減時のp値を各0.1とした、ステップワイズ法により行った。
ロジスティック回帰分析の結果を〔表9〕に示す。この結果に基づいて、NFE2L2 2229(*411)T>G以外の5遺伝子多型を含む二次無効予測モデルを確立した。この場合、性別、スルホニルウレア剤治療の開始年齢及び2型糖尿病の期間等の患者背景因子は有意な説明変数とならなかった。従って、GPX1 *2aハプロタイプ[596C>T(Pro199Leu)多型]、及びABCC8 IVS15-3T>C、HNF1A 79A>C (Ile27Leu)、NFE2L2 -1123A>G、KCNQ1 IVS15-29246C>Tの各遺伝子多型が、スルホニルウレア剤による二次無効発現の予測に有用であることが明らかとなった。
【0086】
【表9】

【0087】
これらの結果から、GPX1遺伝子の596C>T多型、ABCC8遺伝子のIVS15-3T>C多型、HNF1A遺伝子の79A>C多型、NFE2L2遺伝子の-1123A>G多型及びKCNQ1遺伝子のIVS15-29246C>T多型を有する患者は、スルホニルウレア剤投与時に二次無効を起こしやすいことを予想することが可能であることが確認された。
【産業上の利用可能性】
【0088】
本発明によれば、スルホニルウレア剤投与時に、特定の遺伝子多型を調べることによって、二次無効を発現しやすいかどうかを予測することができるので、ハイリスク群の同定及びこれら患者に対する早期インスリン導入や他の経口糖尿病薬の積極的投与によって、二次無効を回避することが可能となる上、合併症の低減及び患者QOLの維持の観点から極めて有効である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記一般式(I)で表されるスルホニルウレア剤を投与した場合の二次無効の発生を事前に予測する方法であって、
該方法が、被験者から遺伝子を採取し、下記(A)〜(E)に記載された遺伝子多型の群の中から選択される少なくとも一種の多型の有無を検出することを特徴とする、スルホニルウレア剤を投与した場合の二次無効の発生を事前に予測する方法;
一般式(I)
R1-SO2NHCONH-R2 (I)
ここでR1は、ハロゲン、アルキル基、アセチル基、又は-(CH2)n-NHCO-R3で適宜置換されたフェニル基であり、R2はアルキル基、又は、アルキル基で適宜置換された、不飽和結合を含まず、ヘテロ原子を含んでもよい炭素環から選択される基であり、R3は、ハロゲン、酸素原子、アルキル基若しくはアルコキシ基で置換されたアリール基又はヘテロアリール基であり、nは1〜5の整数である;
(A)GPX1遺伝子:596C>T多型,
(B)ABCC8遺伝子:IVS15-3T>C多型,
(C)HNF1A遺伝子:79A>C多型,
(D)NFE2L2遺伝子:-1123A>G多型,
(E)KCNQ1遺伝子:IVS15-29246C>T多型。
【請求項2】
前記遺伝子多型を検出する方法が、ダイレクト・シークエンシング法又はパイロ・シークエンシング法である、請求項1に記載されたスルホニルウレア剤を投与した場合の二次無効の発生を事前に予測する方法。
【請求項3】
GPX1遺伝子の翻訳開始コドンのアデニンから下流596番目の塩基を含む配列部分を増幅する、GPX1遺伝子の多型を検出するためのプライマーであって、配列番号1、3、8〜10、12、17〜20、23、25及び26の少なくとも一部を含む塩基配列、又は、該塩基配列と相補的な塩基配列を有するプライマー。
【請求項4】
NFE2L2遺伝子の翻訳開始コドンのアデニンから上流1123番目の塩基を含む配列部分を増幅する、NFE2L2遺伝子の多型を検出するためのプライマーであって、配列番号27、28、37、42及び43の少なくとも一部を含む塩基配列、又は、該塩基配列と相補的な塩基配列を有するプライマー。
【請求項5】
GPX1遺伝子の翻訳開始コドンのアデニンから下流596番目の塩基を含む配列部分、又は、これらと相補的な塩基配列を有する、GPX1遺伝子の多型を検出するためのプローブ。
【請求項6】
NFE2L2遺伝子の翻訳開始コドンのアデニンから上流1123番目の塩基を含む配列部分、又は、これらと相補的な塩基配列を有する、NFE2L2遺伝子の多型を検出するためのプローブ。
【請求項7】
請求項3に記載されたプライマー及び/又は請求項5に記載されたプローブを含むことを特徴とする、GPX1遺伝子の多型を検出するための検査キット。
【請求項8】
請求項4に記載されたプライマー及び/又は請求項6に記載されたプローブを含むことを特徴とする、NFE2L2遺伝子の多型を検出するための検査キット。
【請求項9】
下記一般式(I)で表されるスルホニルウレア剤を投与した場合の二次無効の発生を事前に予測する検査キットであって、請求項3〜4に記載されたプライマーから選択される少なくとも一種のプライマー、及び/又は、請求項5〜6に記載されたプローブから選択される少なくとも1種のプローブを含むことを特徴とする、スルホニルウレア剤を投与した場合の二次無効の発生を事前に予測するための検査キット;
R1-SO2NHCONH-R2 (I)
ここでR1は、ハロゲン、アルキル基、アセチル基、又は-(CH2)n-NHCO-R3で適宜置換されたフェニル基であり、R2はアルキル基、又は、アルキル基で適宜置換された、不飽和結合を含まず、ヘテロ原子を含んでもよい炭素環から選択される基であり、R3は、ハロゲン、酸素原子、アルキル基若しくはアルコキシ基で置換されたアリール基又はヘテロアリール基であり、nは1〜5の整数である。

【公開番号】特開2010−55(P2010−55A)
【公開日】平成22年1月7日(2010.1.7)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−163170(P2008−163170)
【出願日】平成20年6月23日(2008.6.23)
【出願人】(803000056)財団法人ヒューマンサイエンス振興財団 (341)
【Fターム(参考)】