説明

セパレータの製造方法およびその製造方法によって製造されたセパレータを用いた固体高分子型燃料電池

【課題】電気抵抗が低く、かつ、耐食性に優れた固体高分子型燃料電池用の安価なセパレータの製造方法を提供する。
【解決手段】オーステナイト系ステンレスを加工する第1の工程と、第1の工程によって加工されたオーステナイト系ステンレスをフッ素ガス雰囲気中で加熱状態で処理する第2の工程と、第2の工程によって処理されたオーステナイト系ステンレスを400〜680℃の温度で浸炭する第3の工程と、第3の工程によって浸炭されたオーステナイト系ステンレスを酸によって洗浄する第4の工程とを用いて固体高分子型燃料電池のセパレータが製造される。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、固体高分子型燃料電池に用いられるセパレータの製造方法およびその製造方法によって製造されたセパレータを用いた固体高分子型燃料電池に関するものである。
【背景技術】
【0002】
水素と酸素とを電気化学的に反応させることにより、電気を取り出す燃料電池は、二酸化炭素(CO)の排出を大きく低減することが可能な技術であると共に、従来の内燃機関に比べて効率が高く、静粛性に優れ、さらに、大気汚染の原因となるNO、SOおよびPM等の排出量が少ないという特徴を有している。
【0003】
このため、燃料電池は、クリーンなエネルギー変換装置として国際的にも研究開発が精力的に進められており、これまでに、リン酸型燃料電池、溶融炭酸塩型燃料電池、および固体酸化物型燃料電池等が開発されている。
【0004】
このような状況の下、近年、自動車用および家庭用等の小型の発電に適した燃料電池として、固体高分子型燃料電池が注目されている。この固体高分子型燃料電池が注目されるようになったのは、性能が一段と向上した固体高分子電解質膜を用いることによって電池の出力密度が飛躍的に向上し、高効率という従来からの燃料電池の特性に加え、小型化および低温作動が可能になったからである。
【0005】
固体高分子型燃料電池は、数十〜数百個の単位電池を直列に接続して所要電力を得る。そして、単位電池は、固体高分子電解質膜と、アノード側ガス拡散電極と、カソード側ガス拡散電極と、アノード側セパレータと、カソード側セパレータとを備える。アノード側ガス拡散電極およびカソード側ガス拡散電極は、固体高分子電解質膜の両側に配置される。アノード側セパレータは、アノード側ガス拡散電極に接して配置され、カソード側セパレータは、カソード側ガス拡散電極に接して配置される。
【0006】
このような、アノード側セパレータおよびカソード側セパレータは、隣り合う単位電池間を電気的に接続する集電体としての役目だけでなく、単位電池の外壁構造部材としても機能し、さらに、水素および空気をそれぞれアノード側ガス拡散電極またはカソード側ガス拡散電極へ供給する通路としても機能する。
【0007】
したがって、アノード側セパレータおよびカソード側セパレータには、機械強度、導電性、および固体高分子型燃料電池の置かれる腐食環境に対する耐食性が要求される。
【0008】
従来、生産性の向上を目的としてステンレスからなるセパレータが用いられている。しかし、ステンレスは、その表面に不働態被膜を形成することによって耐食性が向上するが、電気抵抗が低くなる。
【0009】
そこで、従来、電気抵抗を低減するために、表面に金をメッキしたステンレスからなるセパレータが知られている(特許文献1)。また、導電性を有する炭化物系金属または硼化物系金属を表面に析出させたステンレスからなるセパレータが知られている(特許文献2)。更に、導電性炭素膜を表面に形成した金属部材からなるセパレータが知られている(特許文献3)。そして、導電性炭素膜は、ECR(Electron Cyclotron Resonance)スパッタリングによって形成される。
【0010】
一方、耐食性の向上を目的として、表面をチタンまたはチタン合金によって被覆したフェライト系ステンレス合金からなるセパレータが知られている(特許文献4)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0011】
【特許文献1】特開平10−228914号公報
【特許文献2】特開2001−32056号公報
【特許文献3】特開2008−144245号公報
【特許文献4】特開2005−2411号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
しかし、特許文献1に開示されたセパレータは、ステンレスの表面に金をメッキして作製されるため、高価であるという問題がある。
【0013】
また、特許文献2に開示されたセパレータは、炭化物系金属または硼化物系金属をステンレスの表面に析出して作製されるため、耐食性が低いという問題がある。
【0014】
更に、特許文献3においては、導電性炭素膜は、ECRスパッタリングによって形成されるため、セパレータが高価になるという問題がある。
【0015】
更に、特許文献4においては、ステンレスと異なる材料からなる被覆層をステンレスの表面に形成する必要があり、セパレータが高価になるという問題がある。
【0016】
そこで、この発明は、かかる問題を解決するためになされたものであり、その目的は、電気抵抗が低く、かつ、耐食性に優れた固体高分子型燃料電池用の安価なセパレータの製造方法を提供することである。
【0017】
また、この発明の別の目的は、貴金属を用いずに、電気抵抗が低く、かつ、耐食性に優れた安価なセパレータを備えた固体高分子型燃料電池を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0018】
この発明によれば、セパレータの製造方法は、固体高分子型燃料電池に用いられるセパレータの製造方法であって、オーステナイト系ステンレスを加工する第1の工程と、第1の工程によって加工されたオーステナイト系ステンレスをフッ素ガス雰囲気中で加熱状態で処理する第2の工程と、第2の工程によって処理されたオーステナイト系ステンレスを400〜680℃の温度で浸炭する第3の工程と、第3の工程によって浸炭されたオーステナイト系ステンレスを酸によって洗浄する第4の工程とを備える。
【0019】
また、この発明によれば、固体高分子型燃料電池は、請求項1に記載された製造方法によって製造されたセパレータを備える。
【発明の効果】
【0020】
この発明の実施の形態によるセパレータの製造方法によれば、オーステナイト系ステンレスの加工、フッ化処理、浸炭処理、および酸による洗浄を順次行なうことによって、セパレータが製造される。その結果、浸炭硬化層がオーステナイト系ステンレスの表面に形成され、フッ素を含む層がオーステナイト系ステンレスの最表面に形成される。そして、製造されたセパレータは、優れた耐食性、およびカーボンセパレータとほぼ同等の低い接触抵抗を有する。また、製造されたセパレータは、母材であるオーステナイト系ステンレスの表面に他の材料からなる被覆層を形成する工程を経て製造されるものではない。
【0021】
従って、耐食性に優れ、かつ、低い接触抵抗を有する固体高分子型燃料電池のセパレータを安価に提供できる。
【0022】
また、この発明の実施の形態によれば、耐食性に優れ、かつ、低い接触抵抗を有する安価なセパレータを用いて固体高分子型燃料電池が作製される。
【0023】
従って、耐食性に優れ、かつ、低い接触抵抗を有する安価なセパレータを備えた固体高分子型燃料電池を提供できる。
【図面の簡単な説明】
【0024】
【図1】この発明の実施の形態によるセパレータの製造方法を示すフローチャートである。
【図2】図1に示すステップS2,S3における処理を行なう処理装置の概略図である。
【図3】各種処理後のオーステナイト系ステンレスのX線光電子分光の測定結果を示す図である。
【図4】オーステナイト系ステンレスの電圧と電流密度との関係を示す図である。
【図5】アノード分極曲線の測定結果を示す図である。
【図6】図1に示す製造方法によって製造したセパレータを備えた固体高分子型燃料電池の断面図である。
【図7】固体高分子型燃料電池の出力特性を示す図である。
【図8】固体高分子型燃料電池のインピーダンスプロットを示す図である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0025】
本発明の実施の形態について図面を参照しながら詳細に説明する。なお、図中同一または相当部分には同一符号を付してその説明は繰返さない。
【0026】
図1は、この発明の実施の形態によるセパレータの製造方法を示すフローチャートである。図1を参照して、セパレータの製造が開始されると、オーステナイト系ステンレスを加工する(ステップS1)。この場合、オーステナイト系ステンレスは、例えば、切削加工またはプレス加工によって加工される。この加工によって、水素ガスまたは空気(または酸素ガス)を流す流路が形成され、セパレータが製造される。
【0027】
そして、加工されたオーステナイト系ステンレスをフッ素ガス雰囲気中で加熱状態で処理する(ステップS2)。
【0028】
その後、フッ素ガス雰囲気中で処理されたオーステナイト系ステンレスを400〜680℃の温度で浸炭処理する(ステップS3)。
【0029】
引き続いて、浸炭処理後のオーステナイト系ステンレスを酸によって洗浄する(ステップS4)。これによって、セパレータが製造される。
【0030】
この発明の実施の形態において、オーステナイト系ステンレスとは、1〜3重量%のモリブデンを含むSUS316,SUS316L,SUS317、5〜6重量%のモリブデンと、オーステナイト安定化元素である0.1〜0.4重量%の窒素(N)と、22〜25重量%のニッケル(Ni)とを含むステンレス、およびモリブデンを含まず、13〜25重量%のクロム(Cr)と、8〜22重量%のNiとを含むSUS304,SUS310等を言う。
【0031】
図2は、図1に示すステップS2,S3における処理を行なう処理装置の概略図である。図2を参照して、処理装置100は、マッフル炉1と、真空ポンプ13と、排ガス処理装置14と、ボンベ15,16と、流量計17と、バルブ18とを備える。マッフル炉1は、外殻2と、ヒータ3と、内容器4と、ガス導入管5と、排気管6と、モータ7と、ファン8と、かご11とを含む。かご11は、金網製である。
【0032】
オーステナイト系ステンレスからなるステンレス製品10をマッフル炉1のかご11内に入れ、ボンベ16を流路に接続してNF等のフッ素系ガスを流量計17、バルブ18およびガス導入管5を介してマッフル炉1内に導入し、加熱しながらステンレス製品10をフッ化処理する。
【0033】
その後、マッフル炉1内に導入したフッ素系ガスを真空ポンプ13によって排気管6から排気し、排ガス処理装置14内でフッ素系ガスを無毒化して外部へ放出する。
【0034】
次に、ボンベ15を流路に接続し、Hガス、COガスおよびCOガスからなる浸炭用ガスを流量計17、バルブ18およびガス導入管5を介してマッフル炉1内に導入して浸炭処理を行なう。
【0035】
その後、排気管6および排ガス処理装置14を経由してガスを外部へ排出する。この一連の作業により、フッ化処理および浸炭処理が行なわれる。
【0036】
このようなフッ化処理および浸炭処理を行なうことによって、オーステナイト系ステンレスの表面に「炭素」の拡散浸透層(浸炭硬化層)が均一に形成される。この浸炭硬化層は、母相であるオーステナイト相中に、多量の炭素原子が固溶して格子歪を起こした状態となっており、母材に比べて著しく硬度が向上し、しかも母材以上の耐食性を発揮する。
【0037】
フッ化処理および浸炭処理の詳細について説明する。代表的なオーステナイト系ステンレスであるSUS316板片をサンプルとして用い、図2に示す処理装置100のマッフル炉1内にSUS316を入れてフッ化処理および浸炭処理を行なった。
【0038】
より具体的には、NF+N(NF:10体積%、N:90体積%)のフッ素系ガス雰囲気中において、SUS316を350℃で20分間、フッ化処理を行なう。そして、フッ素系ガスをマッフル炉1から排気したのち、浸炭用ガスであるCO+CO+Hからなる混合ガス(CO:38体積%+CO:2体積%+H:60体積%)をマッフル炉1内に導入し、450℃で18時間保持し、浸炭処理を行なった。
【0039】
この浸炭処理を行なったSUS316をJIS 2371の塩水噴霧試験に供した結果、480時間を越えても全く発錆しなかった。また、浸炭処理によって形成された浸炭硬化層は、ステンレス組織の耐腐食試験に用いられるビルラ試薬(酸性ピクリン酸アルコール溶液)でもエッチングされなかった。
【0040】
オーステナイト系ステンレスの種類および浸炭処理の温度を変化させて調査した結果、浸炭処理の温度は、680℃以下が適していることが分かった。浸炭処理の温度が680℃を超えると、オーステナイト系ステンレスの芯部の軟化が極端に生じ易くなる上、浸炭硬化層の耐食性が大幅に低下することが確認された。従って、耐食性の観点からは、浸炭処理の温度は、680℃以下の温度が好ましく、500℃以下の温度がより好ましく、400〜500℃の温度が更に好ましい。
【0041】
その結果、この発明の実施の形態においては、図1のステップS2に示すように、400〜680℃の温度でオーステナイト系ステンレスの浸炭処理が行なわれる。
【0042】
また、図1のステップS3に示す酸による洗浄は、次の条件によって行なわれる。5体積%HF+25体積%HNOからなる溶液にオーステナイト系ステンレスを常温で20分間、浸漬して浸炭処理後のオーステナイト系ステンレスを洗浄する。
【0043】
なお、酸による洗浄は、50℃に加熱した状態で行なってもよい。また、洗浄に用いる酸としては、フッ酸、硝酸、塩酸および硫酸等の各種の酸が用いられる。そして、これらの酸は、単独で用いられてもよいし、硝酸+フッ酸、硝酸+塩酸、および硫酸+硝酸等の混合液として用いられてもよい。また、硝酸および硫酸等の電解溶液を使用した電解処理を行なってもよい。
【0044】
図3は、各種処理後のオーステナイト系ステンレスのX線光電子分光の測定結果を示す図である。
【0045】
図3の(a)は、図1に示すステップS2〜S4の処理を実施したオーステナイト系ステンレスのX線光電子分光の測定結果である。また、図3の(b)は、図1に示すステップS1〜S3の処理後に表面研磨処理を実施したオーステナイト系ステンレスのX線光電子分光の測定結果である。更に、図3の(c)は、図1に示すステップS1のみの処理を実施したオーステナイト系ステンレスのX線光電子分光の測定結果である。
【0046】
なお、表面研磨処理は、0.5MPaの空気圧下において、アルミナの微粉末を1〜2分間程度、吹き付けることによって行なわれた。また、図3に示す時間は、Arイオンによるエッチング時間である。
【0047】
図3を参照して、フッ化処理、浸炭処理および酸洗を行なったオーステナイト系ステンレスは、60sまでのエッチング時間の範囲において、フッ素に起因するピークが685.5eV付近に観測された((a)参照)。これは、図1のステップS2に示すフッ化処理において使用したフッ素が残留しているためであると考えられる。
【0048】
一方、フッ化処理、浸炭処理、酸洗および研磨処理を行なったオーステナイト系ステンレスは、フッ素に起因するピークが観測されなかった(図3の(b)参照)。これは、研磨処理によって、フッ素を含む層が除去されたためであると考えられる。
【0049】
また、フッ化処理のみを行なったオーステナイト系ステンレスは、500秒以上のエッチングを行なってもフッ素に起因するピーク(688eV付近のピーク)が観測され続ける(図3の(c)参照)。従って、フッ化処理のみを行なったオーステナイト系ステンレスは、フッ化処理、浸炭処理および酸洗を行なったオーステナイト系ステンレスに比べ、非常に厚い被膜が生成されていると考えられる。
【0050】
このように、フッ化処理、浸炭処理および酸洗を行なったオーステナイト系ステンレスは、その表面層にフッ素を含む層が存在することが分かった。
【0051】
図4は、オーステナイト系ステンレスの電圧と電流密度との関係を示す図である。図4において、縦軸は、電圧を表し、横軸は、電流密度を表す。また、直線群k1は、生のオーステナイト系ステンレスの電圧と電流密度との関係を示す。更に、直線群k2は、フッ化処理のみを行なったオーステナイト系ステンレスの電圧と電流密度との関係を示す。更に、直線群k3(三角)は、フッ化処理および浸炭処理を行なったオーステナイト系ステンレスの電圧と電流密度との関係を示す。更に、直線群k4(三角を除く)は、フッ化処理、浸炭処理および酸洗を行なったオーステナイト系ステンレスの電圧と電流密度との関係を示す。更に、直線群k5は、フッ化処理、浸炭処理、酸洗および表面研磨を行なったオーステナイト系ステンレスの電圧と電流密度との関係を示す。
【0052】
なお、図4に示す電圧と電流密度との関係は、4端子法を用いて次の方法によって測定された。燃料電池のMEA(Membrane Electrode Assembly)に用いられるカーボンペーパー(EC−TP1−060T)をオーステナイト系ステンレスの片面に接触させ、約1MPaの圧力をオーステナイト系ステンレスに印加し、±1[A/cm]の電流密度の範囲で0.2[A/cm/s]の走査速度で電流密度を走査して電圧と電流密度との関係が測定された。
【0053】
図4を参照して、生のオーステナイト系ステンレスは、約41mΩ・cmの接触抵抗を有する(直線群k1参照)。
【0054】
また、フッ化処理のみを行なったオーステナイト系ステンレスは、約0.9Ω・cmの高い接触抵抗を有する(直線源k2参照)。
【0055】
更に、フッ化処理および浸炭処理を行なったオーステナイト系ステンレスは、約3mΩ・cmの接触抵抗を有する(直線群k3参照)。
【0056】
更に、フッ化処理、浸炭処理および酸洗を行なったオーステナイト系ステンレスは、約3mΩ・cmの接触抵抗を有する(直線群k4参照)。
【0057】
更に、フッ化処理、浸炭処理、酸洗および表面研磨を行なったオーステナイト系ステンレスは、約90mΩ・cmの接触抵抗を有する(直線群k5参照)。
【0058】
なお、図4においては、図示されていないが、カーボンセパレータについて同様の測定を行なった結果、接触抵抗は、2mΩ・cmであった。
【0059】
フッ化処理のみを行なったオーステナイト系ステンレスは、X線光電子分光の測定結果から被膜が特に厚い(図3の(c)参照)ことから、約0.9Ω・cmの大きい接触抵抗は、被膜が厚いことに対応している。
【0060】
フッ化処理に続いて浸炭処理を行なうことで被膜の厚みが薄くなり、結果として接触抵抗が小さくなる。また、接触抵抗を低減するためには、フッ化処理に続いて浸炭処理を行なうことが重要である。
【0061】
このように、フッ化処理、浸炭処理および酸洗を行なったオーステナイト系ステンレスは、カーボンセパレータとほぼ同等の低い接触抵抗を有する。これは、上述したように、フッ化処理、浸炭処理および酸洗を行なったオーステナイト系ステンレスの最表面にフッ素を含む層が存在するためであると考えられる。
【0062】
従って、オーステナイト系ステンレスに対してフッ化処理、浸炭処理および酸洗を行なうことによって、低い接触抵抗を有するオーステナイト系ステンレスが得られることが分かった。
【0063】
図5は、アノード分極曲線の測定結果を示す図である。図5において、縦軸は、電流密度を表し、横軸は、参照電極に対する電位を表す。また、曲線k6は、フッ化処理および浸炭処理を行なったオーステナイト系ステンレスのアノード分極曲線を示す。更に、曲線k7は、フッ化処理、浸炭処理および酸洗を行なったオーステナイト系ステンレスのアノード分極曲線を示す。更に、曲線k8は、フッ化処理、浸炭処理、酸洗および表面研磨を行なったオーステナイト系ステンレスのアノード分極曲線を示す。更に、曲線k9は、生のオーステナイト系ステンレスのアノード分極曲線を示す。更に、曲線k10は、フッ化処理のみを行なったオーステナイト系ステンレスのアノード分極曲線を示す。
【0064】
なお、図5に示すアノード分極曲線は、Ag/AgClからなる参照電極、白金からなる対極および各オーステナイト系ステンレスを1Nの硫酸水溶液からなる電解質溶液に浸漬し、その後、24時間が経過したときの自然電位を掃引開始電位とし、室温、20mV/sの掃引速度で測定された。
【0065】
図5を参照して、0.9V付近までの比較的平坦な領域は、不働態域と呼ばれる。そして、この不働態域で観測される電流は、不働態維持電流と呼ばれ、不働態被膜の化学溶解により減少した分を補修するために使われる。不働態維持電流が小さい程、化学溶解が遅く、耐食性が高い。
【0066】
また、図5において、1V付近よりも右側の領域は、過不働領域と呼ばれる。そして、この過不働領域では、不働態被膜の酸化溶解が起きる。この過不働領域における電流値の立上りが高電位側にある方が望ましい。
【0067】
フッ化処理および浸炭処理を行なったオーステナイト系ステンレス(曲線k6)は、フッ化処理、浸炭処理および酸洗を行なったオーステナイト系ステンレス(曲線k7)よりも不働態維持電流が大きい。また、フッ化処理のみを行なったオーステナイト系ステンレス(曲線k10)も、フッ化処理、浸炭処理および酸洗を行なったオーステナイト系ステンレス(曲線k7)よりも不働態維持電流が大きい。
【0068】
しかし、オーステナイト系ステンレス(曲線k6)は、2回目以降の電位走査においては、オーステナイト系ステンレス(曲線k7)に近い応答を示す。従って、オーステナイト系ステンレス(曲線k6)は、不働態維持電流が大きいのではなく、フッ化処理および浸炭処理の際に生成した表面生成物の酸化除去による電流が流れていると考えられる。酸洗は、表面に生成した易酸化性物質の除去に効果があると考えられる。
【0069】
フッ化処理、浸炭処理、酸洗および表面研磨を行なったオーステナイト系ステンレス(曲線k8)は、不働態維持電流がオーステナイト系ステンレス(曲線k7)よりも減少している。これは、オーステナイト系ステンレス(曲線k7)の表面が比較的粗面であるのに対し、オーステナイト系ステンレス(曲線k8)の表面は、研磨仕上げにより平滑化されているため、オーステナイト系ステンレス(曲線k8)の見かけの単位面積当たりの実表面積は、オーステナイト系ステンレス(曲線k7)よりも小さく、実表面積当たりの電流密度がオーステナイト系ステンレス(曲線k7)およびオーステナイト系ステンレス(曲線k8)で同じであるなら、オーステナイト系ステンレス(曲線k8)の見かけの単位面積当たりの電流、即ち、電流密度は、オーステナイト系ステンレス(曲線k7)よりも減少することになるからである。
【0070】
オーステナイト系ステンレス(曲線k7)およびオーステナイト系ステンレス(曲線k8)は、基準となるオーステナイト系ステンレス(曲線k9)の挙動に比較的近いことから、浸炭処理は、上述した実験条件において、1Vまでの電位域であれば、基材の耐食性に悪影響を及ぼさないと考えられる。
【0071】
上述したように、フッ化処理、浸炭処理および酸洗を行なったオーステナイト系ステンレスは、優れた耐食性と、低い接触抵抗を有することが分かった。そして、このオーステナイト系ステンレスは、異なる材料からなる被覆層が表面に形成されない。
【0072】
従って、図1に示す製造方法を用いてセパレータを製造することによって、優れた耐食性と、低い接触抵抗とを有する安価なセパレータを提供できる。
【0073】
そして、図1に示すように、フッ化処理、浸炭処理および酸洗を行なった後、表面研磨をせずにセパレータを製造することが重要である。表面研磨をしなければ、フッ素を含む層が除去されず(図3参照)、セパレータは、低い接触抵抗(図4参照)と、優れた耐食性(図5参照)とを有するからである。
【0074】
図6は、図1に示す製造方法によって製造したセパレータを備えた固体高分子型燃料電池の断面図である。図6を参照して、固体高分子型燃料電池200は、固体高分子電解質膜110と、ガス拡散電極120,130と、セパレータ140,150と、ガスケット160,170とを備える。
【0075】
ガス拡散電極120は、その一主面に触媒180を担持し、触媒180が固体高分子電解質膜110の一方面に接するように固体高分子電解質膜110の一方側に配置される。また、ガス拡散電極130は、その一主面に触媒190を担持し、触媒190が固体高分子電解質膜110の他方面に接するように固体高分子電解質膜110の他方側に配置される。
【0076】
セパレータ140は、図1に示す製造方法によって製造され、ガス拡散電極120の一主面(触媒180が担持された一主面と反対側の一主面)に接するように配置される。セパレータ150は、図1に示す製造方法によって製造され、ガス拡散電極130の一主面(触媒190が担持された一主面と反対側の一主面)に接するように配置される。
【0077】
ガスケット160は、固体高分子電解質膜110の外周部とセパレータ140の外周部との間に設けられ、気密性を保持してセパレータ140の外周部を固体高分子電解質膜110の外周部に連結する。ガスケット170は、固体高分子電解質膜110の外周部とセパレータ150の外周部との間に設けられ、気密性を保持してセパレータ150の外周部を固体高分子電解質膜110の外周部に連結する。
【0078】
固体高分子電解質膜110は、たとえば、フッ素系のイオン交換膜からなる。ガス拡散電極120,130の各々は、ガス透過性および導電性を有する多孔体からなる。触媒180,190の各々は、白金(Pt)または白金合金(Pt−Ru)からなる。ガスケット160,170の各々は、フッ素樹脂、バイトンゴム、シリコンゴムおよびエチレンプロピレンゴム等のいずれかからなる。そして、フッ素樹脂は、より具体的には、ポリテトラフルオロエチレン(PTFE)、テトラフルオロエチレン−ヘキサフルオロプロピレン共重合体(FEP)、およびテトラフルオロエチレン−パーフルオロアルキルビニルエーテル共重合体(PFA)等である。
【0079】
固体高分子電解質膜110は、触媒180によって分離された電子eと水素イオンHとのうち、水素イオンHのみを触媒190側へ通過させる。ガス拡散電極120は、セパレータ140から供給された水素ガスを触媒180へ拡散させる。触媒180は、ガス拡散電極120に供給された水素ガスを電子eと水素イオンHとに分離する。
【0080】
ガス拡散電極130は、セパレータ150から供給された空気(または酸素)を触媒190へ拡散させる。触媒190は、固体高分子電解質膜110から供給された水素イオンHと、ガス拡散電極130から供給された電子eと空気(または酸素)とを反応させ、水を生成する。
【0081】
セパレータ140は、ガス拡散電極120に接する一主面に凹凸構造からなるガス供給溝140Aを有する。そして、セパレータ140は、ガス供給溝140Aを介して水素ガスをガス拡散電極120に供給する。
【0082】
セパレータ150は、ガス拡散電極130に接する一主面に凹凸構造からなるガス供給溝150Aを有する。そして、セパレータ150は、ガス供給溝150Aを介して空気(または酸素)をガス拡散電極130に供給する。
【0083】
固体高分子型燃料電池100が発電する動作について説明する。セパレータ140のガス供給溝140Aを介して水素がガス拡散電極120へ供給されると、ガス拡散電極120は、水素ガスを触媒180へ拡散し、触媒180は、水素を水素イオンHと電子eとに分離する。
【0084】
そうすると、固体高分子電解質膜110は、触媒180によって分離された水素イオンHおよび電子eのうち、水素イオンHのみを透過して触媒190へ供給する。一方、電子eは、触媒180からガス拡散電極120を介してセパレータ140へ移動し、セパレータ140から外部の負荷(図示せず)を介してセパレータ150へ流れる。そして、セパレータ150は、電子eをガス拡散電極130へ供給する。
【0085】
また、空気(または酸素)がセパレータ150のガス供給溝150Aを介してガス拡散電極130へ供給される。そして、ガス拡散電極130は、空気(または酸素)を触媒190へ拡散し、電子eを触媒190へ供給する。
【0086】
そうすると、水素イオンH、空気(または酸素)および電子eは、触媒190の助けを借りて反応し、水になる。
【0087】
このようにして、固体高分子型燃料電池200は発電する。
【0088】
図7は、固体高分子型燃料電池の出力特性を示す図である。図7において、縦軸は、セル電圧を表し、横軸は、電流密度および電流を表す。
【0089】
また、黒三角は、フッ化処理、浸炭処理、酸洗および表面研磨を行なったオーステナイト系ステンレスからなるセパレータを用いた固体高分子型燃料電池の出力特性を示す。
【0090】
更に、白丸は、フッ化処理、浸炭処理、および酸洗を行なったオーステナイト系ステンレスからなるセパレータを用いた固体高分子型燃料電池の出力特性を示す。
【0091】
更に、黒四角は、カーボンセパレータを用いた固体高分子型燃料電池の出力特性を示す。
【0092】
更に、白菱形は、フッ化処理のみを行なったオーステナイト系ステンレスからなるセパレータを用いた固体高分子型燃料電池の出力特性を示す。
【0093】
なお、図7に示す出力特性は、65℃の露点および70℃の運転温度における発電時の出力特性である。
【0094】
図7を参照して、フッ化処理、浸炭処理、酸洗および表面研磨を行なったオーステナイト系ステンレスからなるセパレータを用いた固体高分子型燃料電池(比較用)のセル電圧は、電流密度の増加に伴って急激に低下する(黒三角参照)。
【0095】
また、フッ化処理のみを行なったオーステナイト系ステンレスからなるセパレータを用いた固体高分子型燃料電池(比較用)の出力特性は、非常に低い(白菱形参照)。
【0096】
一方、フッ化処理、浸炭処理、および酸洗を行なったオーステナイト系ステンレスからなるセパレータを用いた固体高分子型燃料電池200のセル電圧は、電流密度の増加に伴って緩やかに低下する(白丸参照)。そして、固体高分子型燃料電池200のセル電圧は、各電流密度において、固体高分子型燃料電池(比較用)のセル電圧よりも高く、固体高分子型燃料電池200のセル電圧と固体高分子型燃料電池(比較用)のセル電圧との差は、電流密度の増加に伴って大きくなる。また、固体高分子型燃料電池200のセル電圧は、カーボンセパレータを用いた固体高分子型燃料電池のセル電圧とほぼ同等である(白丸および黒四角参照)。
【0097】
従って、固体高分子型燃料電池200は、出力特性が固体高分子型燃料電池(比較用)よりも高く、カーボンセパレータを用いた固体高分子型燃料電池と同等であることが分かった。
【0098】
図8は、固体高分子型燃料電池のインピーダンスプロットを示す図である。図8において、縦軸および横軸は、インピーダンスを表す。また、曲線k11は、固体高分子型燃料電池200のインピーダンスプロットを示す。曲線k12,k14は、固体高分子型燃料電池(比較用)のインピーダンスプロットを示す。曲線k13は、カーボンセパレータを用いた固体高分子型燃料電池のインピーダンスプロットを示す。
【0099】
なお、図8に示すインピーダンスプロットは、0.08[A/cm]の電流密度における発電時のインピーダンスプロットである。
【0100】
図8を参照して、固体高分子型燃料電池200のRs1は、5.9mΩであり(曲線k11参照)、固体高分子型燃料電池(比較用)のRs2は、48mΩであり(曲線k12参照)、固体高分子型燃料電池(比較用)のRs4は、93mΩであり(曲線k14参照)であり、カーボンセパレータを用いた固体高分子型燃料電池のRs3は、5.0mΩである(曲線k13参照)。
【0101】
Rs1〜Rs3は、セパレータの接触抵抗を反映したものである。また、フッ化処理のみを行なったオーステナイト系ステンレスからなるセパレータを用いた固体高分子型燃料電池のRs4は、接触抵抗が大きいことを反映している。従って、固体高分子型燃料電池200の接触抵抗は、固体高分子型燃料電池(比較用)の接触抵抗よりも小さく、カーボンセパレータを用いた固体高分子型燃料電池の接触抵抗とほぼ同等である。
【0102】
その結果、フッ化処理、浸炭処理および酸洗を行なったオーステナイト系ステンレスからなるセパレータは、固体高分子型燃料電池というデバイスにおいて低い接触抵抗を有することが実証された。
【0103】
上述したように、フッ化処理、浸炭処理および酸洗を行なったオーステナイト系ステンレスは、浸炭硬化層を表面側に有し、フッ素を含む層を最表面に有する。その結果、フッ化処理、浸炭処理および酸洗を行なったオーステナイト系ステンレスからなるセパレータは、優れた耐食性、および低い接触抵抗を有する。そして、固体高分子型燃料電池200は、フッ化処理、浸炭処理および酸洗を行なったオーステナイト系ステンレスからなるセパレータの低い接触抵抗によって、カーボンセパレータを用いた固体高分子型燃料電池とほぼ同等の出力特性を有する。また、固体高分子型燃料電池200は、フッ化処理、浸炭処理および酸洗を行なったオーステナイト系ステンレスからなるセパレータの優れた耐食性によって、信頼性が高い。
【0104】
従って、図1に示す製造方法を用いることによって、電気抵抗が低く、かつ、耐食性に優れた固体高分子型燃料電池用のセパレータを安価に提供できる。
【0105】
また、上述したように、固体高分子型燃料電池のセパレータに適したオーステナイト系ステンレスを製造するには、フッ化処理、浸炭処理および酸洗を行ない、酸洗後の表面研磨を行なわないことが重要である。
【0106】
表面研磨を行なえば、固体高分子型燃料電池の出力特性が低下し(図7の黒三角参照)、Rsが48mΩと大きくなるからである。
【0107】
また、フッ化処理のみでは、固体高分子型燃料電池の出力特性が非常に低下し(図7の白菱形参照)、Rsが93mΩと非常に大きくなるからである。
【0108】
そして、フッ化処理、浸炭処理および酸洗を行なうことによって、固体高分子型燃料電池のセパレータに適したオーステナイト系ステンレスが製造されることは、本願の発明者によって見出されたものである。
【0109】
今回開示された実施の形態はすべての点で例示であって制限的なものではないと考えられるべきである。本発明の範囲は、上記した実施の形態の説明ではなくて特許請求の範囲によって示され、特許請求の範囲と均等の意味および範囲内でのすべての変更が含まれることが意図される。
【産業上の利用可能性】
【0110】
この発明は、固体高分子型燃料電池用のセパレータの製造方法に適用される。また、この発明は、セパレータを備えた固体高分子型燃料電池に適用される。
【符号の説明】
【0111】
1 マッフル炉、2 外殻、3 ヒータ、4 内容器、5 ガス導入管、6 排気管、7 モータ、8 ファン、10 ステンレス製品、11 かご、13 真空ポンプ、14 排ガス処理装置、15,16 ボンベ、17 流量計、18 バルブ、100 処理装置、110 固体高分子電解質膜、120,130 ガス拡散電極、140,150 セパレータ、140A,150A ガス供給溝、160,170 ガスケット、180,190 触媒、200 固体高分子型燃料電池。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
固体高分子型燃料電池に用いられるセパレータの製造方法であって、
オーステナイト系ステンレスを加工する第1の工程と、
前記第1の工程によって加工されたオーステナイト系ステンレスをフッ素ガス雰囲気中で加熱状態で処理する第2の工程と、
前記第2の工程によって処理されたオーステナイト系ステンレスを400〜680℃の温度で浸炭する第3の工程と、
前記第3の工程によって浸炭されたオーステナイト系ステンレスを酸によって洗浄する第4の工程とを備えるセパレータの製造方法。
【請求項2】
請求項1に記載された製造方法によって製造されたセパレータを備える固体高分子型燃料電池。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【公開番号】特開2011−243327(P2011−243327A)
【公開日】平成23年12月1日(2011.12.1)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−112415(P2010−112415)
【出願日】平成22年5月14日(2010.5.14)
【出願人】(000126115)エア・ウォーター株式会社 (254)
【出願人】(000142595)株式会社栗本鐵工所 (566)
【Fターム(参考)】