説明

セメント系構造物の補強方法および該方法によって補強されたセメント系構造物

【課題】 優れた強度物性を達成するだけでなく、過度の圧縮荷重によるセメント系構造物の破片飛散を防止するセメント系構造物の補強方法、および当該方法によって補強されたセメント系構造物を提供すること。
【解決手段】 糸を引き揃えた少なくとも1層の糸シート層からなる補強用シートを、補強後における最外糸シート層が有機系繊維糸からなるように、セメント系構造物に被覆することを特徴とするセメント系構造物の補強方法、および当該方法によって補強されたことを特徴とするセメント系構造物。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明はセメント系構造物の補強方法および該方法によって補強されたセメント系構造物に関する。
【背景技術】
【0002】
従来より、セメント系構造物の強度物性を単に向上させるためのセメント系構造物補強用多層シートおよびセメント系構造物の補強方法に関する提案は数多くなされている。しかしながら、地震等によりセメント系構造物に想定値以上の圧縮荷重がかかり、破壊が起きた場合に、セメント破片が飛び散って周辺の住民や建築物に被害を及ぼす破片飛散現象(二次災害)を防止する観点からの提案はほとんどなされていないのが現状である。
【0003】
例えば、セメント系構造物の補修補強に使用される補強用強化繊維シート基材として、強化繊維を一方向に引き揃えた強化繊維束が低融点ポリマーからなる不織布またはメッシュ状体によって集束、固定されて一方向配列強化繊維シートとされるとともに、この一方向配列強化繊維シートがシート状支持体に接着されてなる補強用強化繊維シート基材が提案されている(特許文献1)。しかしながら、上記シート基材を用いた場合、セメント系構造物に過度の圧縮荷重がかかって破壊が一旦、起きると、セメント破片が飛び散る破片飛散現象が生じた。また、耐荷性能に急激な低下も見られた。
【0004】
さらに例えば、連続した樹脂透過性支持体シートと、実質的に一定長さの長繊維とされる強化繊維が前記樹脂透過性支持体シートの長手方向に対して所定の角度をもって且つ前記樹脂透過性支持体シートの長手方向に沿って配列され、前記樹脂透過性支持体シートに保持された強化繊維層とを有することを特徴とする連続したシート形状を成す樹脂未含浸の連続強化繊維シートが提案されている(特許文献2)。しかしながら、そのようなシートを用いても、過度の圧縮荷重によるセメント系構造物の破壊時において、破片飛散現象がやはり起こった。
【特許文献1】特開平11−959号公報
【特許文献2】特開2002−53683号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明は、過度の圧縮荷重によるセメント系構造物の破片飛散を防止するセメント系構造物の補強方法、および当該方法によって補強されたセメント系構造物を提供することを目的とする。
【0006】
本発明はまた、強度物性を向上させ、しかも過度の圧縮荷重によるセメント系構造物の破片飛散を防止するセメント系構造物の補強方法、および当該方法によって補強されたセメント系構造物を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明は、糸を引き揃えた少なくとも1層の糸シート層からなる補強用シートを、補強後における最外糸シート層が有機系繊維糸からなるように、セメント系構造物に被覆することを特徴とするセメント系構造物の補強方法、および当該方法によって補強されたことを特徴とするセメント系構造物に関する。
【0008】
本明細書中、セメント系構造物とは、比較的粒度の大きな砂利とセメントを主成分とした、いわゆるコンクリートからなる構造物、および比較的粒度の小さな砂利とセメントを主成分とした、いわゆるモルタルからなる構造物を包含して意味するものとする。
【発明の効果】
【0009】
本発明によれば、セメント系構造物に過度の圧縮荷重が付与されてもセメント系構造物の破片飛散を有効に防止できる。よって、セメント系構造物周辺の住民や建築物に対する二次災害を防ぐことができる。しかも、補強用シート構成を選択することにより、セメント系構造物の強度物性を向上させ得る。
【発明を実施するための最良の形態】
【0010】
本発明に係るセメント系構造物の補強方法において使用される補強用シートは、有機系多層型補強用シートおよび有機系単層型補強用シートなどの有機系補強用シート、無機系多層型補強用シート、無機系単層型補強用シートおよび無機系織物型補強用シートなどの無機系補強シートを用いる。以下、まず、補強用シートについて詳しく説明する。
【0011】
(有機系多層型補強用シート)
有機系多層型補強用シート(以下、有機系多層シートという)は、糸を引き揃えた糸シート層が2層以上積層されてなるものであり、最上層または最下層の少なくとも一方の糸シート層が有機系繊維糸からなるものである。例えば、図1に示すように、糸シート層(3a、3b、3c)が積層されてなっており、補強後における最外の糸シート層が有機系繊維糸からなるように、最上層(図1中、3a)または最下層(図1中、3c)の少なくとも一方の最外層としての糸シート層が有機系繊維糸からなっている。本明細書中、最外層は最上層および最下層を包含する概念で用いるものとし、それらの層のうち、有機系繊維糸の糸シート層からなる最外層を特に「有機系最外層」と呼ぶこととする。すなわち有機系多層シートは有機系最外層を最上層または最下層の一方の位置に有していても良いし、または両方の位置に有していても良い。
【0012】
図1は多層シートの構成と製造方法を示すための多層シート製造工程図の一例である。図1において各層を構成する糸2は模式的に示されており、すなわち当該糸を構成する個々の繊維が示されていないが、通常はマルチフィラメント(繊維の束)であり、撚りが加えられていても加えられていなくても良い。
【0013】
例えば、有機系最外層の糸シート層を構成する有機系繊維糸は有機系繊維のマルチフィラメントである。有機系繊維としては、例えば、高強度ポリエチレン繊維、アラミド繊維、ビニロン繊維、ナイロン繊維、ポリエステル繊維、ポリアリレート繊維、PBO(ポリフェニレンベンゾビスオキサゾール)繊維、またはそれらの混合繊維等が使用可能である。使用する有機繊維糸の引張強度は、セメント系構造体の強度物性の観点から1.0GPa以上が好ましい。より好ましくは、引張強度が1.8GPa以上の有機系強化繊維糸である。
また、破断伸度は破片飛散防止の観点から、2%以上が好ましく、より好ましくは3〜10%である。材質的に好ましくは高強度ポリエチレン繊維、アラミド繊維、ビニロン繊維であり、特に破片飛散防止の観点から好ましくは高強度ポリエチレン繊維である。有機系繊維の太さは本発明の目的が達成される限り特に制限されず、例えば高強度ポリエチレン繊維の場合、通常は55dtex〜5280dtex、好ましくは440dtex〜2640dtexである。アラミド繊維の場合、通常は28dtex〜8330dtex、好ましくは440dtex〜3340detexである。ビニロン繊維の場合、好ましくは1100dtex〜1980dtexである。
本明細書中、有機系繊維糸の引張強度は、JIS L 1013:1999の8.5.1に記載される標準時試験に準じて測定された値を用いている。また、破断伸度も、JIS L 1013:1999の8.5.1に記載される標準時試験における破断時の伸び率を用いる。
【0014】
有機系最外層以外の糸シート層は本発明の目的を達成できる限りいかなる糸構成であってよいが、破片飛散をより有効に防止する観点から好ましくは有機系繊維糸で構成するようにする。すなわち、有機系多層シートを構成する全ての糸シート層は有機系繊維糸からなっていることが好ましい。有機系最外層以外の糸シート層を構成する有機系繊維糸は有機系最外層と同様の範囲内の有機系繊維糸が使用可能である。
【0015】
有機系最外層以外の糸シート層を構成し得る無機系繊維糸は無機系繊維のマルチフィラメントである。無機系繊維としては、例えば、炭素繊維、ガラス繊維、ボロン繊維、鋼繊維またはそれらの混合繊維等が使用可能である。使用する無機繊維糸の引張強度は、セメント系構造体の強度物性の観点から1.5GPa以上が好ましい。より好ましくは、引張強度が1.8GPa以上の無機系強化繊維糸である。また、破断伸度は0.1〜5%程度が好ましく、より好ましくは0.3〜2.5%である。材質的に好ましくは炭素繊維、ガラス繊維であり、強度面から特に好ましくは3.0GPa以上の引張強度を有する炭素繊維である。無機系繊維の太さは本発明の目的が達成される限り特に制限されず、炭素繊維の場合、1K〜24Kであり、ガラス繊維の場合、通常は33tex〜4400tex、好ましくは575tex〜2200texである。
本明細書中、炭素繊維の引張強度は、JIS R 7601:1986に記載される試験に準じて測定された値を用いている。破断伸度は、JIS K 7073に記載される引張試験法に基づき、引張り最大ひずみの測定方法に準じて測定された値を用いている。
またガラス繊維の引張強度及び破断伸度はJIS R 3420:1999に記載されるガラスロービングに関する試験に準じて測定された値を用いている。
【0016】
構造物の強度物性を向上させる観点から好ましくは、有機系最外層以外の層のうち少なくとも1の糸シート層は無機系繊維糸からなるものである。
【0017】
有機系多層シートにおいて、各層の糸シート層を構成する糸は各糸シート層ごとに同一方向に引き揃えられている。有機系多層シートを構成する糸シート層の目付は、例えば、有機系繊維糸の糸シート層で20〜400g/mが好適であり、より好ましくは、50〜200g/mである。無機系繊維糸の糸シート層で50〜800g/mが好適であり、より好ましくは、100〜400g/mである。なお、有機系多層シートの各糸シート層は、目開きのあるネット状シートでもよく、また密に引き揃えられたシートであっても良い。
【0018】
有機系多層シートは当該多層シートを構成する全ての糸シート層の糸引き揃え方向が同一であってもよいが、糸の引き揃え方向が異なる少なくとも2層の糸シート層が積層されてなることが好ましく、より好ましくは糸の引き揃え方向は、図1に示すように、隣接する糸シート層間で異なる。
【0019】
例えば、図1に示す多層シート1が有機系多層シートの場合、当該有機系多層シートは、シートの長手方向αを0°としたとき、糸シート層3aの糸引き揃え方向が0°、糸シート層3bの糸引き揃え方向がβ°(0<β<90)、糸シート層3cの糸引き揃え方向がβ°(−90<β<0)であり、隣接する糸シート層間(3aと3b、3bと3c)で糸の引き揃え方向が異なっている。
【0020】
有機系多層シートは、図1に示すような3層積層型に限定されるものではなく、2層積層型であっても、4層以上の多層積層型であってもよい。積層数、各層の糸引き揃え方向および各層の構成糸の種類に関する好ましい組み合わせの有機系多層シートの具体例を以下に示す。本明細書中、n層型(nは2以上の整数)の場合、γ(kは1〜nの整数)は最上層からk番目の層を構成する糸シート層の糸引き揃え方向を意味する。またγの後の括弧内に記載の糸は最上層からk番目の糸シート層を構成する糸を意味する。なお、糸引き揃え方向は図1に示すように、シートの長手方向αを0°(基準)として、反時計回りの方向を正の角度で、時計回りの方向を負の角度で示すものとする。
【0021】
(1A)2層型;γ=0°または90°(有機系強化繊維糸)、γ=0または90°(無機系強化繊維糸);
(2A)3層型;γ=0°または90°(有機系強化繊維糸)、γ=20〜80°(無機系強化繊維糸または有機系強化繊維糸)、γ=−20〜−80°(無機系強化繊維糸)、かつγ=−γ
(3A)3層型;γ=0°または90°(有機系強化繊維糸)、γ=20〜80°(無機系強化繊維糸)、γ=−20〜−80°(有機系強化繊維糸)、かつγ=−γ
(4A)3層型;γ=0°または90°(有機系強化繊維糸)、γ=−20〜−80°(無機系強化繊維糸または有機系強化繊維糸)、γ=20〜80°(無機系強化繊維糸)、かつγ=−γ
(5A)3層型;γ=0°または90°(有機系強化繊維糸)、γ=−20〜−80°(無機系強化繊維糸)、γ=20〜80°(有機系強化繊維糸)、かつγ=−γ
(6A)3層型;γ=20〜80°(有機系強化繊維糸)、γ=0°または90°(無機系強化繊維糸または有機系強化繊維糸)、γ=−20〜−80°(無機系強化繊維糸)、かつγ=−γ
(7A)3層型;γ=20〜80°(有機系強化繊維糸)、γ=0°または90°(無機系強化繊維糸)、γ=−20〜−80°(有機系強化繊維糸)、かつγ=−γ
(8A)3層型;γ=−20〜−80°(有機系強化繊維糸)、γ=0°または90°(無機系強化繊維糸または有機系強化繊維糸)、γ=20〜80°(無機系強化繊維糸)、かつγ=−γ
(9A)3層型;γ=−20〜−80°(有機系強化繊維糸)、γ=0°または90°(無機系強化繊維糸)、γ=20〜80°(有機系強化繊維糸)、かつγ=−γ
(10A)3層型;γ=−20〜−80°(有機系強化繊維糸)、γ=20〜80°(無機系強化繊維糸または有機系強化繊維糸)、γ=0°または90°(無機系強化繊維糸)、かつ−γ=γ
(11A)4層型;γ=0°または90°(有機系強化繊維糸)、γ=−20〜−80°(無機系強化繊維糸または有機系強化繊維糸)、γ=20〜80°(無機系強化繊維糸または有機系強化繊維糸)、γ=0°または90°(無機系強化繊維糸)、かつγ=−γ
(12A)4層型;γ=0°または90°(有機系強化繊維糸)、γ=−20〜−80°(無機系強化繊維糸)、γ=20〜80°(無機系強化繊維糸)、γ=0°または90°(有機系強化繊維糸)、かつγ=−γ
(13A)4層型;γ=0°または90°(有機系強化繊維糸)、γ=−20〜−80°(無機系強化繊維糸)、γ=20〜80°(無機系強化繊維糸)、γ=0°または90°(無機系強化繊維糸)、かつγ=−γ
【0022】
(14A)2層型;γ=−20〜−80°(有機系強化繊維糸)、γ=20〜80°(有機系強化繊維糸)、かつ−γ=γ
(15A)2層型;γ=0°または90°(有機系強化繊維糸)、γ=0または90°(有機系強化繊維糸);
(16A)3層型;γ=0°または90°(有機系強化繊維糸)、γ=−20〜−80°(有機系強化繊維糸)、γ=20〜80°(有機系強化繊維糸)、かつ−γ=γ
【0023】
有機系多層シートにおいて隣接する糸シート層間および同一の糸シート層において糸は一体化されている。図1において、糸2は編み針4を用いて編成糸5によって一体化されているが、その方法はシートの持ち運び時において分解されない程度に一体化されれば特に制限されない。例えば、低融点ポリマーからなる網状またはシート状の熱融着材を糸シート層間に挟み、それらの積層体に熱および圧力を付与して当該ポリマーの溶融・融着によって一体化を達成してもよく、また、強度物性の向上効果を損なわない範囲で構成糸の一部に熱融着糸を使用しても良い。
【0024】
編み針を用いて一体化するときの編成糸は、一体化を達成できる限り特に制限されず、例えば、ポリエステル繊維、ナイロン繊維等が使用される。
【0025】
(有機系単層型補強用シート)
有機系単層型補強用シート(以下、有機系単層シートという)は、有機系繊維糸を引き揃えた1層の糸シート層からなること以外、有機系多層シートと同様である。すなわち、有機系単層シートを構成する有機系繊維糸、その好ましい引張強度、およびそのより好ましい引張強度、ならびに当該有機系繊維糸の好ましい材質および特に好ましい材質は、有機系多層シートにおける有機系最外層の有機系繊維糸と同様である。また有機系繊維の繊維太さおよびその好ましい範囲は有機系多層シートにおける有機系最外層の有機系繊維と同様である。また有機系単層シートを構成する糸シート層の好適な目付およびそのより好ましい範囲は、有機系多層シートにおける有機系繊維糸の糸シート層と同様である。
【0026】
有機系単層シートを構成する糸シート層は糸が同一方向に密に引き揃えられていることが好ましく、目開きのあるネット状シートであってもよい。
【0027】
有機系単層シートは、1層の糸シート層のみから構成させるように設定すること以外、有機系多層シートと同様の方法で、例えば、図1に示す製造装置によって製造可能である。なお、有機系単層シートは1層の糸シート層のみからなるため、一体化され難いが、有機系多層シートと同様の方法で一体化されればよい。特に糸引き揃え方向が0°や斜め方向(例えば、+45°)の糸シート層からなる有機系単層シートを製造する場合は、保形用の補助糸(保形糸)を90°方向で一定間隔(例えば、30cm間隔)で配すればよい。
【0028】
有機系単層シートの好ましい具体例を以下に示す。なお、具体例の表示方法は有機系多層シートの具体例と同様の方法である。
【0029】
(1B)単層型;γ=0°または90°(有機系強化繊維糸);
(2B)単層型;γ=20〜80°(有機系強化繊維糸);
(3B)単層型;γ=−20〜−80°(有機系強化繊維糸)。
【0030】
(無機系多層型補強用シート)
無機系多層型補強用シート(以下、無機系多層シートという)は、糸を引き揃えた糸シート層が2層以上積層されてなり、最上層および最下層の両方の糸シート層が無機系繊維糸からなるものである。例えば、図1に示すように、糸シート層(3a、3b、3c)が積層されてなっており、最上層(図1中、3a)および最下層(図1中、3c)の両方の糸シート層が無機系繊維糸からなっている。本明細書中、無機系繊維糸の糸シート層からなる最外層を特に「無機系最外層」と呼ぶこととする。すなわち無機系多層シートは無機系最外層を最上層および最下層の両方の位置に有している。
【0031】
無機系多層シートは、最上層および最下層を無機系繊維糸から構成させること以外、有機系多層シートと同様の方法で、例えば、図1に示す製造装置によって製造可能である。無機系多層シートの各層を構成する糸も、有機系多層シートにおいてと同様に、通常はマルチフィラメント(繊維の束)であり、撚りが加えられていても加えられていなくても良い。
【0032】
例えば、無機系最外層の糸シート層を構成する無機系繊維糸は無機系繊維のマルチフィラメントである。無機系繊維糸、その好ましい引張強度、およびそのより好ましい引張強度、ならびに当該無機系繊維糸の好ましい材質は、有機系多層シートにおける無機系繊維糸と同様である。また無機系繊維の繊維太さおよびその好ましい範囲は有機系多層シートにおける無機系繊維と同様である。
【0033】
無機系最外層以外の糸シート層は本発明の目的を達成できる限りいかなる糸構成であってよいが、構造物の強度物性をより向上させる観点から好ましくは無機系繊維糸からなっている。すなわち、無機系多層シートを構成する全ての糸シート層は無機系繊維糸からなっていることが好ましい。無機系最外層以外の糸シート層を構成する無機系繊維糸は無機系最外層と同様の無機系繊維糸が使用可能である。無機系最外層以外の糸シート層を構成する有機系繊維糸は、有機系多層シートにおける有機系最外層と同様の有機系繊維糸が使用可能である。
【0034】
無機系最外層以外の糸シート層を構成し得る有機系繊維糸は有機系繊維のマルチフィラメントである。有機系繊維としては、有機系多層シートにおける有機系最外層と同様の有機系繊維が使用可能である。
【0035】
無機系多層シートにおいて、各層の糸シート層を構成する糸は各糸シート層ごとに同一方向に引き揃えられている。無機系多層シートを構成する糸シート層の目付は、例えば、無機系繊維糸の糸シート層で50〜800g/mが好適であり、より好ましくは100〜400g/mである。有機系繊維糸の糸シート層で20〜400g/mが好適であり、より好ましくは50〜200g/mである。なお、無機系多層シートの各糸シート層は、目開きのあるネット状シートでもよく、また密に引き揃えられたシートであっても良い。
【0036】
無機系多層シートは当該多層シートを構成する全ての糸シート層の糸引き揃え方向が同一であってもよいが、糸の引き揃え方向が異なる少なくとも2層の糸シート層が積層されてなることが好ましく、より好ましくは糸の引き揃え方向は、図1に示すように、隣接する糸シート間で異なる。
【0037】
無機系多層シートは2層積層型であっても、3層以上の多層積層型であってもよい。積層数、各層の糸引き揃え方向および各層の構成糸の種類に関する好ましい組み合わせの無機系多層シートの具体例を以下に示す。なお、具体例の表示方法は有機系多層シートの具体例と同様の方法である。
【0038】
(1C)2層型;γ=−20〜−80°(無機系強化繊維糸)、γ=20〜80°(無機系強化繊維糸)、かつ−γ=γ
(2C)2層型;γ=0°または90°(無機系強化繊維糸)、γ=0または90°(無機系強化繊維糸);
(3C)3層型;γ=−20〜−80°(無機系強化繊維糸)、γ=20〜80°(無機系強化繊維糸)、γ=0°または90°(無機系強化繊維糸)、かつ−γ=γ
(4C)4層型;γ=0°または90°(無機系強化繊維糸)、γ=20〜80°(無機系強化繊維糸)、γ=−20〜−80°(無機系強化繊維糸)、γ=0°または90°(無機系強化繊維糸)かつ−γ=γ、γ≠γ
【0039】
無機系多層シートにおいて隣接する糸シート層間および同一の糸シート層において糸は一体化されている。無機系多層シートの一体化方法は、有機系多層シートと同様の方法であってよい。
【0040】
(無機系単層型補強用シート)
無機系単層型補強用シート(以下、無機系単層シートという)は、無機系繊維糸を引き揃えた1層の糸シート層からなること以外、無機系多層シートと同様である。すなわち、無機系単層シートを構成する無機系繊維糸、その好ましい引張強度、およびそのより好ましい引張強度、ならびに当該無機系繊維糸の好ましい材質および特に好ましい材質は、無機系多層シートにおける無機系最外層の無機系繊維糸と同様である。また無機系繊維の繊維太さおよびその好ましい範囲は無機系多層シートにおける無機系最外層の無機系繊維と同様である。また無機系単層シートを構成する糸シート層の好適な目付およびそのより好ましい範囲は、無機系多層シートにおける無機系繊維糸の糸シート層と同様である。
【0041】
無機系単層シートを構成する糸シート層は糸が同一方向に密に引き揃えられてなっていることが好ましく、目開きのあるネット状シートであってもよい。
【0042】
無機系単層シートは、1層の糸シート層のみから構成させるように設定すること以外、無機系多層シートと同様の方法で、例えば、図1に示す製造装置によって製造可能である。なお、無機系単層シートは1層の糸シート層のみからなるため、一体化され難いが、無機系多層シートと同様の方法で一体化されればよい。特に糸引き揃え方向が0°や斜め方向(例えば、+45°)の糸シート層からなる無機系単層シートを製造する場合は、保形糸を90°方向で一定間隔(例えば、30cm間隔)で配すればよい。
【0043】
無機系単層シートの好ましい具体例を以下に示す。なお、具体例の表示方法は有機系多層シートの具体例と同様の方法である。
【0044】
(1D)単層型;γ=0°または90°(無機系強化繊維糸);
(2D)単層型;γ=20〜80°(無機系強化繊維糸);
(3D)単層型;γ=−20〜−80°(無機系強化繊維糸)。
【0045】
(無機系織物型補強用シート)
無機系織物型補強用シート(以下、無機系織物シートという)は無機系繊維糸を織り込んだ織物シート層からなり、一重織り組織構造を有していても良いし、または織物組織が二重以上に重なるように織った重ね織り組織構造を有していても良い。
【0046】
無機系織物シートを構成する無機系繊維糸、その好ましい引張強度、およびそのより好ましい引張強度、ならびに当該無機系繊維糸の好ましい材質および特に好ましい材質は、無機系多層シートにおける無機系最外層の無機系繊維糸と同様である。また無機系繊維の繊維太さおよびその好ましい範囲は無機系多層シートにおける無機系最外層の無機系繊維と同様である。また無機系織物シートを構成する織物シート層の好適な目付およびそのより好ましい範囲は、無機系多層シートにおける無機系繊維糸の糸シート層と同様である。
【0047】
無機系織物シートを構成する織物組織は、特に限定されるものではないが、通常は平織りが用いられ、公知の織機によって製造可能である。
【0048】
(補強方法)
本発明に係るセメント系構造物の補強方法は、糸を引き揃えた少なくとも1層の糸シート層からなる補強用シートを、補強後における最外の糸シート層が有機系繊維糸からなるように、セメント系構造物に被覆することを特徴とする。すなわち、補強作業終了時においてセメント系構造物に被覆された最外の補強用シートにおける最外の糸シート層が有機系繊維糸からなるように、補強用シートをセメント系構造物に被覆する。これによって、過度の圧縮荷重によるセメント系構造物の破壊時において、セメント系構造物破片が飛び散る破片飛散を有効に防止できる。破片飛散を防止するメカニズムの詳細は明らかではないが、以下のメカニズムに基づくものと考えられる。すなわち、有機系繊維糸からなる糸シート層が最外側に位置するように、補強用シートを被覆すると、当該最外の有機系繊維糸からなる糸シート層のさらに外側に層は存在しない。そのような状態において当該最外の糸シート層における有機系繊維糸セメント系構造物破片の飛散エネルギーを最も有効に吸収できるため、破片飛散を防止できるものと考えられる。最外の糸シート層が有機系繊維糸から構成されず、例えば、無機系繊維糸から構成されると、たとえ、他の層が有機系繊維糸からなっていても、セメント系構造物破片の飛散エネルギーは有効に吸収されず、破片飛散を防止できない。また補強後における最外の層が、有機系繊維糸からなる糸シート層である代わりに、有機系繊維糸からなる織物シート層であると、織物繊維の屈曲性により、繊維強度の発現性が低下してしまうため、セメント系構造物破片の飛散エネルギーは有効に吸収できないと考えられる。
【0049】
本発明においては、上記した有機系多層シートおよび有機系単層シートから選択される少なくとも1種類の有機系補強用シートと、上記した無機系多層シート、無機系単層シートおよび無機系織物シートから選択される少なくとも1種類の無機系補強用シートとを用いる。通常はセメント系構造物に少なくとも1種類の無機系補強用シートを被覆した後、その上に少なくとも1種類の有機系補強用シートをさらに被覆する。すなわち、少なくとも1種類の無機系補強用シートをセメント系構造物に1重以上で被覆した後、その上に少なくとも1種類の有機系補強用シートを1重以上で被覆する。これによって破片飛散の防止だけでなく、セメント系構造物の強度物性の向上も達成できる。1種類の補強用シートを1重以上で被覆するとは、無機系または有機系補強用シート1種類につき、セメント系構造物の周囲側面を1周以上被覆するという意味であり、1種類の補強用シートを2周以上被覆してもよい。従って、例えば、2種類の無機系補強用シートを用いる場合、セメント系構造物の周囲側面は無機系補強シートによって合計で少なくとも2周被覆される。
【0050】
特に、セメント系構造物に最後に被覆される有機系補強用シートが多層型のとき、当該有機系多層シートは、補強後における最外の糸シート層が有機系繊維糸からなるように被覆する。
例えば、図1に示すような有機系多層シートにおいて最上層(3a)が有機系繊維糸からなり、最下層(3c)が無機系繊維糸からなる場合、当該有機系多層シートは最下層(3c)がセメント系構造物側に、最上層(3a)が外側に位置するように、セメント系構造物に被覆する。
また例えば、図1に示すような有機系多層シートにおいて最上層(3a)が無機系繊維糸からなり、最下層(3c)が有機系繊維糸からなる場合、当該有機系多層シートは最上層(3a)がセメント系構造物側に、最下層(3c)が外側に位置するように、セメント系構造物に被覆する。
また例えば、図1に示すような有機系多層シートにおいて最上層(3a)および最下層(3c)が共に有機系繊維糸からなる場合、当該有機系多層シートは最上層(3a)または最下層(3c)のいずれの層が外側に位置するように、セメント系構造物に被覆してもよい。
【0051】
また、セメント系構造物に最後に被覆される有機系補強用シートが単層型のとき、当該有機系単層シートの被覆時における表裏は問わない。
【0052】
また、上記有機系補強用シートが被覆される前に被覆される無機系補強用シートは単層型、多層型または織物型のいずれであっても、当該無機系補強用シートの被覆時における表裏は問わない。
【0053】
本発明においては無機系繊維糸からなる糸シート層または織物シート層をセメント系構造物と接触させることが好ましい。セメント系構造物の強度物性の向上がより有効に達成されるためである。そのような構成は、無機系補強用シートを最初にセメント系構造物に被覆することによって確実に達成される。
【0054】
補強用シートが単層型または多層型の場合、当該補強用シートの被覆方向は特に制限されるものではない。単層型または多層型の有機系または無機系補強用シートの被覆方向の具体例を図2を用いて簡単に説明する。例えば、図2(A)に示すように、補強用シート10の長手方向αがセメント系構造物11の周囲方向(水平方向)を向くように補強用シートを被覆してもよい。また例えば、図2(B)に示すように、補強用シート10の長手方向αがセメント系構造物11の高さ方向(鉛直方向)を向くように補強用シートを被覆してもよい。また例えば、図2(C)に示すように、補強用シート10の長手方向αが螺旋形状を描くように補強用シートを被覆しても良い。図2(A)〜(C)は鉛直方向に構築されたセメント系構造物11に補強用シート10(各層は図示せず)を被覆したときの状態の具体例を示す概略見取り図であり、12は補強用シートの継ぎ目(切れ目)を示す。また図2(A)〜(C)はセメント系構造物11に対して初めて補強用シート10を一重で被覆したときの概略見取り図が示されているが、補強用シート10を2またはそれ以上重ねて被覆する場合においても同様の被覆方向が採用可能である。
【0055】
補強用シートが織物型の場合も、当該補強用シートの被覆方向は特に制限されるものではない。織物シートの形成時において織り込み方向が織物組織の長手方向となるので、織物型の無機系補強用シートの被覆方向は、上記単層型または多層型補強用シートのように、当該織り込み方向(長手方向)が、セメント構造物の周囲方向(水平方向)または高さ方向(鉛直方向)を向くように被覆してもよいし、または織り込み方向(長手方向)が螺旋形状を描くように被覆しても良い。
【0056】
本発明においてはセメント系構造物の強度物性をさらに向上させる観点から、被覆される全ての補強用シートを構成する全ての糸シート層のうちいずれかの糸シート層の糸引き揃え方向が、セメント系構造物が受ける圧縮荷重方向に対する垂直面に沿うように、補強用シートをセメント系構造物に被覆することがより好ましい。強度物性に優れる無機系繊維、特に炭素繊維の糸引き揃え方向が圧縮荷重方向に対する垂直面に沿うように被覆するのが、好ましい態様である。
【0057】
糸シート層の糸引き揃え方向が、セメント系構造物が受ける圧縮荷重方向に対する垂直面に沿うとは、例えば、図2(A)〜(C)において、セメント系構造物11が受ける圧縮荷重方向Xに対する垂直面Yと、補強用シート10を構成する糸シート層の糸引き揃え方向Zとが、糸引き揃え方向Zの始点が垂直面Y上にないとき、交わらないことを意味する。使用される補強用シートは、各補強用シートにおいていずれかの糸シート層がそのような関係を満たすようにセメント系構造物に被覆することが好ましい。
【0058】
本発明の補強方法において使用される補強用シートの好ましい組み合わせとして、例えば、(a)少なくとも1種類の有機系単層シートと少なくとも1種類の無機系単層シートとの組み合わせ、(b)少なくとも1種類の有機系多層シートと少なくとも1種類の無機系単層シートとの組み合わせ、(c)少なくとも1種類の有機系単層シートと少なくとも1種類の無機系多層シートとの組み合わせ、(d)少なくとも1種類の有機系多層シートと少なくとも1種類の無機系多層シートとの組み合わせ、(e)少なくとも1種類の有機系多層シートと少なくとも1種類の無機系織物シートとの組み合わせ等が挙げられる。好ましい組み合わせは上記(a)〜(d)である。
【0059】
上記組み合わせの好ましい具体例を以下に示す。以下の具体例において異なる補強用シートは「−」で区切って示し、有機系多層シートおよび無機系多層シートの糸シート層の構成は「/」で区切って示すものとする。なお、角度は糸シート層の糸引き揃え方向であり、有機系多層シートの具体例と同様の方法によって表示されたものである。さらに各具体例では最も左に記載のシートから被覆されるものとする。また有機系多層シートおよび無機系多層シートの記載では構成する糸シート層の種類、順序および糸引き揃え方向を括弧内に示し、最も左の糸シート層が最も構造物側に位置するように被覆されるものとする。
【0060】
組み合わせ(a);
(a1)無機系単層シート0°−有機系単層シート0°;
(a2)無機系単層シート0°−無機系単層シート90°−有機系単層シート0°;
(a3)無機系単層シート90°−無機系単層シート0°−有機系単層シート0°;
(a4)無機系単層シート45°−無機系単層シート−45°−有機系単層シート0°;
(a5)無機系単層シート0°−無機系単層シート45°−無機系単層シート−45°−有機系単層シート0°;
(a6)無機系単層シート45°−無機系単層シート−45°−無機系単層シート0°−有機系単層シート0°;
(a7)無機系単層シート0°−有機系単層シート45°−有機系単層シート−45°;
(a8)無機系単層シート0°−有機系単層シート45°−有機系単層シート−45°−有機系単層シート0°;
(a9)無機系単層シート0°−有機系単層シート0°−有機系単層シート45°−有機系単層シート45°。
【0061】
組み合わせ(b);
(b1)無機系単層シート0°−有機系多層シート(有機系繊維糸シート層45°/有機系繊維糸シート層−45°);
(b2)無機系単層シート0°−有機系多層シート(有機系繊維糸シート層90°/有機系繊維糸シート層0°);
(b3)無機系単層シート0°−有機系多層シート(有機系繊維糸シート層45°/有機系繊維糸シート層−45°/有機系繊維糸シート層0°);
(b4)無機系単層シート0°−有機系多層シート(無機系繊維糸シート層45°/無機系繊維糸シート層−45°/有機系繊維糸シート層0°);
(b5)無機系単層シート0°−有機系多層シート(無機系繊維糸シート層0°/有機系繊維糸シート層45°/有機系繊維糸シート層−45°);
(b6)無機系単層シート0°−有機系多層シート(無機系繊維糸シート層90°/有機系繊維糸シート層45°/有機系繊維糸シート層−45°);
(b7)無機系単層シート0°−有機系多層シート(無機系繊維糸シート層0°/有機系繊維糸シート層45°/有機系繊維糸シート層−45°);
(b8)無機系単層シート0°−有機系多層シート(無機系繊維糸シート層45°/無機系繊維糸シート層−45°/有機系繊維糸シート層0°);
(b9)無機系単層シート0°−無機系単層シート90°−有機系多層シート(有機系繊維糸シート層45°/有機系繊維糸シート層−45°);
(b10)無機系単層シート90°−無機系単層シート0°−有機系多層シート(有機系繊維糸シート層45°/有機系繊維糸シート層−45°);
(b11)無機系単層シート45°−無機系単層シート−45°−有機系多層シート(有機系繊維糸シート層45°/有機系繊維糸シート層−45°)。
【0062】
組み合わせ(c);
(c1)無機系多層シート(無機系繊維糸シート層45°/無機系繊維糸シート層−45°)−有機系単層シート0°;
(c2)無機系多層シート(無機系繊維糸シート層45°/無機系繊維糸シート層−45°)−有機系単層シート45°−有機系単層シート−45°;
(c3)無機系多層シート(無機系繊維糸シート層90°/無機系繊維糸シート層0°)−有機系単層シート0°;
(c4)無機系多層シート(無機系繊維糸シート層90°/無機系繊維糸シート層0°)−有機系単層シート45°−有機系単層シート−45°;
(c5)無機系多層シート(無機系繊維糸シート層0°/無機系繊維糸シート層45°/無機系繊維糸シート層−45°)−有機系単層シート0°;
(c6)無機系多層シート(無機系繊維糸シート層0°/無機系繊維糸シート層45°/無機系繊維糸シート層−45°)−有機系単層シート45°−有機系単層シート−45°。
【0063】
組み合わせ(d);
(d1)無機系多層シート(無機系繊維糸シート層45°/無機系繊維糸シート層−45°)−有機系多層シート(有機系繊維糸シート層90°/有機系繊維糸シート層0°);
(d2)無機系多層シート(無機系繊維糸シート層45°/無機系繊維糸シート層−45°)−有機系多層シート(無機系繊維糸シート層0°/有機45°/有機系繊維糸シート層−45°);
(d3)無機系多層シート(無機系繊維糸シート層90°/無機系繊維糸シート層0°)−有機系多層シート(有機系繊維糸シート層45°/有機系繊維糸シート層−45°);
(d4)無機系多層シート(無機系繊維糸シート層90°/無機系繊維糸シート層0°)−有機系多層シート(無機系繊維糸シート層45°/無機系繊維糸シート層−45°/有機系繊維糸シート層0°);
(d5)無機系多層シート(無機系繊維糸シート層0°/無機系繊維糸シート層45°/無機系繊維糸シート層−45°)−有機系多層シート(有機系繊維糸シート層45°/有機系繊維糸シート層−45°/有機系繊維糸シート層0°);
(d6)無機系多層シート(無機系繊維糸シート層0°/無機系繊維糸シート層45°/無機系繊維糸シート層−45°)−有機系多層シート(有機系繊維糸シート層45°/有機系繊維糸シート層−45°)。
【0064】
組み合わせ(e);
(e1)無機系織物シート−有機系多層シート(有機系繊維糸シート層45°/有機系繊維糸シート層−45°);
(e2)無機系織物シート−有機系多層シート(有機系繊維糸シート層90°/有機系繊維糸シート層0°);
(e3)無機系織物シート−有機系多層シート(有機系繊維糸シート層45°/有機系繊維糸シート層−45°/有機系繊維糸シート層0°);
(e4)無機系織物シート−有機系多層シート(無機系繊維糸シート層45°/無機系繊維糸シート層−45°/有機系繊維糸シート層0°);
(e5)無機系織物シート−有機系多層シート(無機系繊維糸シート層0°/有機系繊維糸シート層45°/有機系繊維糸シート層−45°);
(e6)無機系織物シート−有機系多層シート(無機系繊維糸シート層90°/有機系繊維糸シート層45°/有機系繊維糸シート層−45°);
(e7)無機系織物シート−有機系多層シート(無機系繊維糸シート層0°/有機系繊維糸シート層45°/有機系繊維糸シート層−45°);
(e8)無機系織物シート−有機系多層シート(無機系繊維糸シート層45°/無機系繊維糸シート層−45°/有機系繊維糸シート層0°);
(e9)無機系織物シート−無機系単層シート90°−有機系多層シート(有機系繊維糸シート層45°/有機系繊維糸シート層−45°);
(e10)無機系織物シート−無機系単層シート0°−有機系多層シート(有機系繊維糸シート層45°/有機系繊維糸シート層−45°);
(e11)無機系織物シート−無機系単層シート−45°−有機系多層シート(有機系繊維糸シート層45°/有機系繊維糸シート層−45°)。
なお織物シートには糸引き揃え方向の概念が存在しないので当該角度は示さない。
【0065】
本発明は、補強後における最外の糸シート層が有機系繊維糸からなるように、補強用シートをセメント系構造物に被覆する限り、以下の組み合わせで補強用シートを用いて被覆を行ってもよい;
(f)少なくとも1種類の有機系多層シートと少なくとも1種類の有機系単層シートとの組み合わせ。
【0066】
そのような組み合わせの具体例を以下に示す。表示方法は上記と同様である。
組み合わせ(f);
(f1)有機系単層シート0°−有機系多層シート(無機系繊維糸シート層0°/有機系繊維糸シート層45°/有機系繊維糸シート層−45°);
(f2)有機系単層シート0°−有機系多層シート(無機系繊維糸シート層45°/無機系繊維糸シート層−45°/有機系繊維糸シート層0°)。
【0067】
補強用シートを被覆するに際しては、通常、補強用シートをセメント系構造物に固定できる手段を用いる。そのような固定手段としては特に制限されるものではないが、補強用シートをセメント系構造物との接触面全面において固定可能な手段、例えば、接着剤を用いる等すればよい。
【0068】
接着剤としては、例えば、エポキシ系樹脂、不飽和ポリエステル樹脂、ビニルエステル樹脂、アクリル樹脂、ウレタン樹脂等が使用可能である。エポキシ系樹脂等の接着剤を用いる場合は、セメント系構造物表面へのエポキシ樹脂等の上塗りに先立ってプライマーを下塗りしておくことが、セメント系構造物との接着性向上の観点から好ましい。
【0069】
セメント系構造物に対する補強用シートの2周目以降の被覆は、1周目の補強用シートの被覆に使用した接着剤が硬化していても、または硬化していなくても、行ってよい。特に、先の補強用シート被覆に使用したエポキシ系接着剤が硬化している場合、次の補強用シート被覆は先の補強用シート被覆と同様にエポキシ系接着剤を下塗りした後で、補強用シートを被覆し、エポキシ系接着剤を上塗りすることが好ましい。一方、先の補強用シート被覆に使用したエポキシ系接着剤が硬化していない場合、当該エポキシ系接着剤が下塗りとして作用するため、次の補強用シート被覆は下塗りを要さず、直接、補強用シートを被覆し、エポキシ系接着剤を上塗りすることが好ましい。
【0070】
本発明のセメント系構造物の補強方法は既に補強処理されたセメント系構造物に対する補修方法としても有用である。すなわち、本発明のセメント系構造物の補強方法が適用されるセメント系構造物は無機系または有機系の補強用シートの被覆による補強処理が一切なされていないものであってもよいし、または無機系補強用シートまたは有機系補強用シートが被覆されて補強処理が既になされたものであってもよい。特に無機系補強用シートが被覆されて既に補強処理されたセメント系構造物に対しては、当該無機系補強用シートを、本発明において最初に被覆される無機系補強用シートとみなして、その上に少なくとも1種類の有機系補強用シートを被覆することができる。本発明において、無機系補強用シートが被覆されたセメント系構造物に対しては、少なくとも1種類の無機系補強用シートをさらに被覆し、その上に少なくとも1種類の有機系補強用シートを被覆してもよい。有機系補強用シートが被覆されて既に補強処理されたセメント系構造物に対しても同様である。
【0071】
本発明のセメント系構造物の補強方法において、補強用シートは通常、持ち運び容易性と作業容易性の観点からロール形態で使用されるが、所定の寸法に分割された形態で使用されてもよい。
【実施例】
【0072】
<実施例および比較例>
(多層型シートおよび単層型シートの製造)
図1に示すようなシート製造装置によって、表1および表2の各欄に示す多層型シートおよび単層型シートを幅200mmで製造した。なお、単層型シートの保形糸としてポリエステル繊維糸を90°方向に10cm間隔で配した。多層型シートの編成糸としてポリエステル繊維糸を用いた。
【0073】
【表1】

【0074】
【表2】

【0075】
表中、角度は図1においてと同様に、シートの長手方向αを0°(基準)とした値であり、反時計回りの方向を正の角度で、時計回りの方向を負の角度で示したものである。また括弧内には各層の目付を示す。
実施例1〜9および比較例1および4において炭素繊維としては12Kのマルチフィラメントを使用した。引張強度は4.1GPaであり、破断伸度は1.7%である。
【0076】
実施例1〜9および比較例2において有機繊維としては高強度ポリエチレン繊維糸(2640dtexのマルチフィラメント)を使用した。引張強度は2.7GPaであり、破断伸度は4.0%である。
【0077】
(評価サンプルの作製)
・コンクリート供試体の作製
まず、コンクリート供試体を作製した。詳しくは、普通ポルトランドセメント360重量部に、細骨材782重量部、最大寸法20mmの粗骨材970重量部を加えて粉体混合した。粉体混合を続けながら水/セメント比50%となるように水を加え混合し、型枠に打設した。24時間養生後、脱型し、28日間の水中養生により、直径100mm×高さ200mmの円柱状コンクリート供試体を得た。なお、コンクリート供試体の表面をグラインダーにて表面処理した。比較例3においては、このときの状態のコンクリート供試体を評価に供した。
【0078】
・シートの1回目巻き付け
表面処理したコンクリート供試体の側面にエポキシ樹脂系プライマー(品名:ボンドE810L、コニシ(株))を塗布し、24時間静置養生した。その後、コンクリート供試体の側面に、表1または表2の最左欄に示す多層型シートまたは単層型シートを、エポキシ樹脂(品名:ボンドE2500、コニシ(株))により図2(A)に示すように被覆した。詳しくは、コンクリート供試体の側面にエポキシ樹脂を下塗りした後、シートを一重で巻き付け、その上にさらにエポキシ樹脂を上塗りした。上塗りは、シートにエポキシ樹脂が十分に含浸するようにローラーにより行った。多層型シートの巻き付けは、表1または表2中の多層型シートの各欄で最も左側に記載の層が構造物(供試体)側に、最も右側に記載の層が最外側に位置するように、しかもシートの長手方向(図1中、αの方向)がコンクリート供試体の円周方向(水平方向)に向くように、行った。また、単層型シートの巻き付けは、シートの表裏に関係なく、シートの長手方向(図1中、αの方向)がコンクリート供試体の円周方向(水平方向)に向くように、行った。
【0079】
・シートの2回目以降の巻き付け
表1または表2の最左欄の右側に示す多層型シートまたは単層型シートから順に用いたこと、および前回で上塗りしたエポキシ樹脂が未硬化なため下塗りを行わなかったこと以外、1回目のシート巻き付け方法と同様の方法で、引き続き、2回目以降のシート巻き付けを行った。
表1または表2の各実施例または比較例に記載の全てのシートをコンクリート供試体に巻き付けた後は、7日間静置養生し、評価した。
【0080】
(評価方法)
JIS A 1108:1999「コンクリートの圧縮強度試験方法」に準じて載荷試験を行った。
試験手順は以下のとおりである。
1)供試体の上下面及び上下の加圧板の圧縮面を清掃する。
2)供試体を、その中心軸が加圧板の中心と一致するように置く
3)試験機の加圧板と供試体の端面とは、直接密着させる。
4)供試体に衝撃を与えないように一様な速度で荷重を加える(圧縮応力度の増加が毎秒0.6±0.4N/mmになるようにする)。
5)供試体が破壊するまで荷重を加え続ける。
【0081】
以上の試験において破壊したときの荷重(最大荷重)を測定し、その結果を破壊状態とともに表3に示した。
【0082】
【表3】

【産業上の利用可能性】
【0083】
本発明のセメント系構造物の補強方法は、破片飛散の防止を目的として、例えば高架橋の橋脚のようなセメント系構造物、特に柱状の構造物に対して適用されてもよいし、または破片飛散の防止だけでなく、構造物の強度物性の向上も目的として、上記構造物に対して適用されてもよい。また本発明の補強方法は、セメント系構造物に対する初めての処置(一次補強)として実施されてもよいし、または既に一次補強がなされたセメント系構造物に対する補修(二次補強)として実施されてもよい。これによって、破片飛散が防止されて二次災害が防止され、しかも所望により構造物の強度物性が向上する。
【図面の簡単な説明】
【0084】
【図1】本発明で使用の多層型シートまたは単層型シートの製造方法を示すためのシート製造装置の模式図の一例である。
【図2】(A)〜(C)はセメント系構造物にシートを巻き付けたときの状態の具体例を示す概略見取り図である。
【符号の説明】
【0085】
1:補強用シート、2:糸、3a:糸シート層(最上層)、3b:糸シート層(中間層)、3c:糸シート層(最下層)、4:編み針、5:編成糸、10:補強用シート、11:セメント系構造物、12:継ぎ目(切れ目)、α:補強用シートの長手方向。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
糸を引き揃えた少なくとも1層の糸シート層からなる補強用シートを、補強後における最外の糸シート層が有機系繊維糸からなるように、セメント系構造物に被覆することを特徴とするセメント系構造物の補強方法。
【請求項2】
糸を引き揃えた糸シート層が2層以上積層されてなり、最上層または最下層の少なくとも一方の糸シート層が有機系繊維糸からなる有機系多層型補強用シート、および有機系繊維糸を引き揃えた1層の糸シート層からなる有機系単層型補強用シートから選択される少なくとも1種類の有機系補強用シートと、
糸を引き揃えた糸シート層が2層以上積層されてなり、最上層および最下層の両方の糸シート層が無機系繊維糸からなる無機系多層型補強用シート、無機系繊維糸を引き揃えた1層の糸シート層からなる無機系単層型補強用シート、および無機系繊維糸を織り込んだ織物シート層からなる無機系織物型補強用シートから選択される少なくとも1種類の無機系補強用シートとをセメント系構造物に被覆することを特徴とする請求項1に記載のセメント系構造物の補強方法。
【請求項3】
無機系繊維糸からなる糸シート層または織物シート層をセメント系構造物と接触させることを特徴とする請求項1または2に記載のセメント系構造物の補強方法。
【請求項4】
有機系多層型補強用シートを構成する全ての糸シート層が有機系繊維糸からなり、
無機系多層型補強用シートを構成する全ての糸シート層が無機系繊維糸からなることを特徴とする請求項2または3に記載のセメント系構造物の補強方法。
【請求項5】
セメント系構造物に無機系補強用シートを被覆した後、その上に有機系補強用シートをさらに被覆することを特徴とする請求項2〜4のいずれかに記載のセメント系構造物の補強方法。
【請求項6】
無機系補強用シートが既に被覆されたセメント系構造物に対して有機系補強用シートを被覆して補修することを特徴とする請求項5に記載のセメント系構造物の補強方法。
【請求項7】
有機系多層型補強用シートおよび/または無機系多層型補強用シートは糸の引き揃え方向が異なる少なくとも2層の糸シート層が積層されてなることを特徴とする請求項2〜6のいずれかに記載のセメント系構造物の補強方法。
【請求項8】
補強用シートを構成する全ての糸シート層のうちいずれかの糸シート層の糸引き揃え方向が、セメント系構造物が受ける圧縮荷重方向に対する垂直面に沿うように、補強用シートをセメント系構造物に被覆することを特徴とする請求項1〜7のいずれかに記載のセメント系構造物の補強方法。
【請求項9】
セメント系構造物が柱状構造物であることを特徴とする請求項1〜8のいずれかに記載のセメント系構造物の補強方法。
【請求項10】
請求項1〜9のいずれかに記載のセメント系構造物の補強方法によって補強されたことを特徴とするセメント系構造物。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2006−347111(P2006−347111A)
【公開日】平成18年12月28日(2006.12.28)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−179211(P2005−179211)
【出願日】平成17年6月20日(2005.6.20)
【出願人】(000001096)倉敷紡績株式会社 (296)
【Fターム(参考)】