説明

セメント系構造物補強用多層シートおよび該シートを用いたセメント系構造物の補強方法

【課題】 優れた補強を達成するだけでなく、過度の圧縮荷重によるセメント系構造物の破片飛散を防止するセメント系構造物補強用多層シートおよびセメント系構造物の補強方法を提供すること。
【解決手段】糸を引き揃えた糸シートが2層以上積層されてなるセメント系構造物補強用多層シートであって、最上層または最下層の少なくとも一方の最外層の糸シートが有機系繊維糸からなることを特徴とするセメント系構造物補強用多層シート。上記セメント系構造物補強用多層シートを、有機系繊維糸の糸シートからなる最外層が外側に位置するように、セメント系構造物に被覆することを特徴とするセメント系構造物の補強方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明はセメント系構造物補強用多層シートおよび該シートを用いたセメント系構造物の補強方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来より、セメント系構造物の補強強度を単に向上させるためのセメント系構造物補強用多層シートおよびセメント系構造物の補強方法に関する提案は数多くなされている。しかしながら、地震等によりセメント系構造物に想定値以上の圧縮荷重がかかり、破壊が起きた場合に、セメント破片が飛び散って周辺の住民や建築物に被害を及ぼす破片飛散現象(二次災害)を防止する観点からの提案はほとんどなされていないのが現状である。
【0003】
例えば、セメント系構造物の補修補強に使用される補強用強化繊維シート基材として、強化繊維を一方向に引き揃えた強化繊維束が低融点ポリマーからなる不織布またはメッシュ状体によって集束、固定されて一方向配列強化繊維シートとされるとともに、この一方向配列強化繊維シートがシート状支持体に接着されてなる補強用強化繊維シート基材が提案されている(特許文献1)。しかしながら、上記シート基材を用いた場合、セメント系構造物に過度の圧縮荷重がかかって破壊が一旦、起きると、セメント破片が飛び散る破片飛散現象が生じた。また、耐荷性能に急激な低下も見られた。
【0004】
さらに例えば、連続した樹脂透過性支持体シートと、実質的に一定長さの長繊維とされる強化繊維が前記樹脂透過性支持体シートの長手方向に対して所定の角度をもって且つ前記樹脂透過性支持体シートの長手方向に沿って配列され、前記樹脂透過性支持体シートに保持された強化繊維層とを有することを特徴とする連続したシート形状を成す樹脂未含浸の連続強化繊維シートが提案されている。しかしながら、そのようなシートを用いても、過度の圧縮荷重によるセメント系構造物の破壊時において、破片飛散現象がやはり起こった。
【特許文献1】特開平11−959号公報
【特許文献2】特開2002−53683号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明は、優れた補強を達成するだけでなく、過度の圧縮荷重によるセメント系構造物の破片飛散を防止するセメント系構造物補強用多層シートおよびセメント系構造物の補強方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明は、糸を引き揃えた糸シートが2層以上積層されてなるセメント系構造物補強用多層シートであって、最上層または最下層の少なくとも一方の最外層の糸シートが有機系繊維糸からなることを特徴とするセメント系構造物補強用多層シートに関する。
【0007】
本発明はまた、上記セメント系構造物補強用多層シートを、有機系繊維糸の糸シートからなる最外層が外側に位置するように、セメント系構造物に被覆することを特徴とするセメント系構造物の補強方法に関する。
【0008】
本明細書中、セメント系構造物とは、比較的粒度の大きな砂利とセメントを主成分とした、いわゆるコンクリートからなる構造物、および比較的粒度の小さな砂利とセメントを主成分とした、いわゆるモルタルからなる構造物を包含して意味するものとする。
【発明の効果】
【0009】
本発明によれば、セメント系構造物の優れた補強を達成できるだけでなく、セメント系構造物に過度の圧縮荷重が付与されてもセメント系構造物の破片飛散を有効に防止できる。よって、セメント系構造物周辺の住民や建築物に対する二次災害を防ぐことができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0010】
(セメント系構造物補強用多層シート)
本発明のセメント系構造物補強用多層シート(以下、単に多層シートという)は、糸を引き揃えた糸シートが2層以上積層されてなるものであり、例えば図1に示すような糸シート(3a、3b、3c)が積層されてなっている。図1は本発明の多層シートの構成と製造方法を示すための多層シート製造工程図の一例である。
【0011】
本発明において多層シートは、セメント系構造物への被覆時において最も外側に位置する層の糸シートが有機系繊維糸からなるように、最上層(図1中、3a)または最下層(図1中、3c)の少なくとも一方の最外層の糸シートが有機系繊維糸からなっている。本明細書中、最外層は最上層および最下層を包含する概念で用いるものとし、それらの層のうち、有機系繊維糸の糸シートからなる最外層を特に「有機系最外層」と呼ぶこととする。すなわち本発明の多層シートは有機系最外層を最上層または最下層の一方の位置に有していても良いし、または両方の位置に有していても良い。
【0012】
多層シートが有機系繊維糸からなる有機系最外層を最上層または最下層の少なくとも一方の位置に有することにより、有機系最外層が外側に位置するように、多層シートをセメント系構造物に被覆することができる。これによって、セメント系構造物の補強を達成できるとともに、急激な耐荷性能の低下を防止できるとともに過度の圧縮荷重によるセメント系構造物の破壊時において、セメント系構造物破片が飛び散る破片飛散を有効に防止できる。破片飛散を防止するメカニズムの詳細は明らかではないが、以下のメカニズムに基づくものと考えられる。すなわち、有機系最外層が外側に位置するように多層シートを被覆すると、当該有機系最外層のさらに外側に層は存在しない。そのような状態において当該有機系最外層の有機系繊維糸はセメント系構造物破片の飛散エネルギーを最も有効に吸収できるため、破片飛散を防止できるものと考えられる。最上層および最下層のいずれも有機系繊維糸から構成されず、例えば、無機系繊維糸から構成されると、被覆時において外側に位置する層の糸シートが有機系繊維糸より構成されることはない。その場合、たとえ、他の層の糸シートが有機系繊維糸からなっていても、セメント系構造物破片の飛散エネルギーは有効に吸収されず、破片飛散を防止できない。
【0013】
図1において各層を構成する糸2は模式的に示されており、すなわち当該糸を構成する個々の繊維が示されていないが、通常はマルチフィラメント(繊維の束)であり、撚りが加えられていても加えられていなくても良い。
【0014】
例えば、有機系最外層の糸シートを構成する有機系繊維糸は有機系繊維のマルチフィラメントである。有機系繊維としては、例えば、高強度ポリエチレン繊維、アラミド繊維、ビニロン繊維、ナイロン繊維、ポリエステル繊維、ポリアリレート繊維、PBO(ポリフェニレンベンゾビスオキサゾール)繊維、またはそれらの混合繊維等が使用可能である。使用する有機繊維糸の引張強度は、セメント系構造体補強の観点から1.0GPa以上が好ましい。より好ましくは、引張強度が1.8GPa以上の有機系強化繊維糸である。材質的に好ましくは高強度ポリエチレン繊維、アラミド繊維、ビニロン繊維であり、特に破片飛散防止の観点から好ましくは高強度ポリエチレン繊維である。有機系繊維の太さは本発明の目的が達成される限り特に制限されず、例えば高強度ポリエチレン繊維の場合、通常は55dtex〜5280dtex、好ましくは440dtex〜2640dtexである。アラミド繊維の場合、通常は28dtex〜8330dtex、好ましくは440dtex〜3340detexである。ビニロン繊維の場合、好ましくは1100dtex〜1980dtexである。
本明細書中、有機系繊維糸の引張強度は、JIS L 1013:1999の8.5.1に記載される標準時試験に準じて測定された値を用いている。
【0015】
有機系最外層以外の層の糸シートは本発明の目的を達成できる限りいかなる糸からなっていてもよいが、破片飛散をより有効に防止する観点から好ましくは有機系繊維糸または無機系繊維糸からなっている。有機系繊維糸からなる糸シートを複数層積層する場合は、有機系最外層の糸シートを構成する有機系繊維糸と有機系最外層以外の層の糸シートを構成する有機系繊維糸について、異なる材質または同材質であっても引張強度等の物性に異なるものを用いるのが好ましい。
【0016】
有機系最外層以外の層の糸シートを構成し得る無機系繊維糸は無機系繊維のマルチフィラメントである。無機系繊維としては、例えば、炭素繊維、ガラス繊維、ボロン繊維、鋼繊維またはそれらの混合繊維等が使用可能である。使用する無機繊維糸の引張強度は、セメント系構造体補強の観点から1.5GPa以上が好ましい。より好ましくは、引張強度が1.8GPa以上の無機系強化繊維糸である。材質的に好ましくは炭素繊維、ガラス繊維であり、強度面から特に好ましくは3.0GPa以上の引張強度を有する炭素繊維である。無機系繊維の太さは本発明の目的が達成される限り特に制限されず、炭素繊維の場合、1K〜24Kであり、ガラス繊維の場合、通常は33tex〜4400tex、好ましくは575tex〜2200texである。
本明細書中、炭素繊維の引張強度は、JIS R 7601:1986に記載される試験に準じて測定された値を用いている。
またガラス繊維の引張強度はJIS R 3420:1999に記載されるガラスロービングに関する試験に準じて測定された値を用いている。
【0017】
構造物に対する補強効果を向上させる観点から好ましくは、有機系最外層以外の層のうち少なくとも1の層の糸シートは無機系繊維糸からなるものである。
【0018】
本発明の多層シートにおいて、各層の糸シートを構成する糸は各糸シートごとに同一方向に引き揃えられている。多層シートを構成する糸シートの目付は、例えば、有機系繊維糸の糸シートで20〜400g/mが好適であり、より好ましくは、50〜200g/mである。無機系繊維糸の糸シートで50〜800g/mが好適であり、より好ましくは、100〜400g/mである。なお、構造物の補強の目的を達する限り、目開きのあるネット状シートでもよく、また密に引き揃えられたシートであっても良い。
【0019】
本発明の多層シートは当該多層シートを構成する全ての糸シートの糸引き揃え方向が同一であってもよいが、糸の引き揃え方向が異なる少なくとも2層の糸シートが積層されてなることが好ましく、より好ましくは糸の引き揃え方向は、図1に示すように、隣接する糸シート間で異なる。
【0020】
例えば、図1に示す多層シート1では、シートの長手方向αを0°としたとき、糸シート3aの糸引き揃え方向は0°、糸シート3bの糸引き揃え方向はβ°(0<β<90)、糸シート3cの糸引き揃え方向はβ°(−90<β<0)であり、隣接する糸シート間(3aと3b、3bと3c)で糸の引き揃え方向が異なっている。
【0021】
図1では3層積層型多層シートが示されているが、本発明はこれに限定されるものではなく、2層積層型であっても、4層以上の多層積層型であってもよい。積層数、各層の糸引き揃え方向および各層の構成糸の種類に関する好ましい組み合わせの具体例を以下に示す。本明細書中、n層型(nは2以上の整数)の場合、γ(kは1〜nの整数)は最上層からk番目の層を構成する糸シートの糸引き揃え方向を意味する。またγの後の括弧内に記載の糸は最上層からk番目の層の糸シートを構成する糸を意味する。なお、糸引き揃え方向は図1に示すように、シートの長手方向αを0°(基準)として、反時計回りの方向を正の角度で、時計回りの方向を負の角度で示すものとする。
【0022】
(1)2層型;γ=0°または90°(有機系強化繊維糸)、γ=0または90°(無機系強化繊維糸);
(2)3層型;γ=0°または90°(有機系強化繊維糸)、γ=30〜60°(無機系強化繊維糸または有機系強化繊維糸)、γ=−30〜−60°(無機系強化繊維糸)、かつγ=−γ
(3)3層型;γ=0°または90°(有機系強化繊維糸)、γ=30〜60°(無機系強化繊維糸)、γ=−30〜−60°(有機系強化繊維糸)、かつγ=−γ
(4)3層型;γ=0°または90°(有機系強化繊維糸)、γ=−30〜−60°(無機系強化繊維糸または有機系強化繊維糸)、γ=30〜60°(無機系強化繊維糸)、かつγ=−γ
(5)3層型;γ=0°または90°(有機系強化繊維糸)、γ=−30〜−60°(無機系強化繊維糸)、γ=30〜60°(有機系強化繊維糸)、かつγ=−γ
(6)3層型;γ=30〜60°(有機系強化繊維糸)、γ=0°または90°(無機系強化繊維糸または有機系強化繊維糸)、γ=−30〜−60°(無機系強化繊維糸)、かつγ=−γ
(7)3層型;γ=30〜60°(有機系強化繊維糸)、γ=0°または90°(無機系強化繊維糸)、γ=−30〜−60°(有機系強化繊維糸)、かつγ=−γ
(8)3層型;γ=−30〜−60°(有機系強化繊維糸)、γ=0°または90°(無機系強化繊維糸または有機系強化繊維糸)、γ=30〜60°(無機系強化繊維糸)、かつγ=−γ
(9)3層型;γ=−30〜−60°(有機系強化繊維糸)、γ=0°または90°(無機系強化繊維糸)、γ=30〜60°(有機系強化繊維糸)、かつγ=−γ
(10)3層型;γ=−30〜−60°(有機系強化繊維糸)、γ=30〜60°(無機系強化繊維糸または有機系強化繊維糸)、γ=0°または90°(無機系強化繊維糸)、かつ−γ=γ
(11)4層型;γ=0°または90°(有機系強化繊維糸)、γ=−30〜−60°(無機系強化繊維糸または有機系強化繊維糸)、γ=30〜60°(無機系強化繊維糸または有機系強化繊維糸)、γ=0°または90°(無機系強化繊維糸)、かつγ=−γ
(12)4層型;γ=0°または90°(有機系強化繊維糸)、γ=−30〜−60°(無機系強化繊維糸)、γ=30〜60°(無機系強化繊維糸)、γ=0°または90°(有機系強化繊維糸)、かつγ=−γ
(13)4層型;γ=0°または90°(有機系強化繊維糸)、γ=−30〜−60°(無機系強化繊維糸)、γ=30〜60°(無機系強化繊維糸)、γ=0°または90°(無機系強化繊維糸)、かつγ=−γ
【0023】
本発明の多層シートにおいて隣接する糸シート間および同一の糸シートにおいて糸は一体化されている。図1において、糸2は編み針4を用いて編成糸5によって一体化されているが、その方法は多層シートの持ち運び時において分解されない程度に一体化されれば特に制限されない。例えば、低融点ポリマーからなる網状またはシート状の熱融着材を糸シート間に挟み、それらの積層体に熱および圧力を付与して当該ポリマーの溶融・融着によって一体化を達成してもよく、また、補強効果を損なわない範囲で構成糸の一部に保形用熱融着糸を使用しても良い。
【0024】
編み針を用いて一体化するときの編成糸は、一体化を達成できる限り特に制限されず、例えば、ポリエステル繊維、ナイロン繊維等が使用される。
【0025】
(セメント系構造物の補強方法)
本発明のセメント系構造物の補強方法は、前記多層シートを、有機系繊維糸の糸シートからなる最外層(前記有機系最外層)が外側に位置するように、セメント系構造物に被覆することを特徴とする。
【0026】
有機系最外層が多層シートの最上層または最下層のいずれの層に相当する場合であっても、多層シートの有機系最外層が外側に位置するように、多層シートをセメント系構造物に被覆する限り、被覆時における多層シートの表裏は問わない。
例えば、図1に示すような多層シートにおいて最上層(3a)が有機系繊維糸からなり、最下層(3c)が無機系繊維糸からなる場合、当該多層シートは最下層(3c)がセメント系構造物側に、最上層(3a)が外側に位置するように、セメント系構造物に被覆する。
また例えば、図1に示すような多層シートにおいて最上層(3a)が無機系繊維糸からなり、最下層(3c)が有機系繊維糸からなる場合、当該多層シートは最上層(3a)がセメント系構造物側に、最下層(3c)が外側に位置するように、セメント系構造物に被覆する。
また例えば、図1に示すような多層シートにおいて最上層(3a)および最下層(3c)が共に有機系繊維糸からなる場合、当該多層シートは最上層(3a)または最下層(3c)のいずれの層が外側に位置するように、セメント系構造物に被覆してもよい。
【0027】
多層シートの被覆方法としては、有機系最外層が外側に位置するように、多層シートを被覆できる限り特に制限されるものではない。多層シートの被覆方法の具体例を図2を用いて簡単に説明する。例えば、図2(A)に示すように、多層シート10の長手方向αがセメント系構造物11の周囲方向(水平方向)を向くように多層シートを被覆してもよい。また例えば、図2(B)に示すように、多層シート10の長手方向αがセメント系構造物11の高さ方向(鉛直方向)を向くように多層シートを被覆してもよい。また例えば、図2(C)に示すように、多層シート10の長手方向αが螺旋形状を描くように多層シートを被覆しても良い。図2(A)〜(C)は鉛直方向に構築されたセメント系構造物11に多層シート10(各層は図示せず)を被覆したときの状態の具体例を示す概略見取り図であり、12は多層シートの継ぎ目(切れ目)を示す。図2(A)〜(C)において多層シート10は一重でセメント系構造物11に被覆しているが、2またはそれ以上重ねて被覆しても良い。
【0028】
本発明においてはセメント系構造物の補強効果をさらに向上させる観点から、多層シートを構成するいずれかの糸シートの糸引き揃え方向が、セメント系構造物が受ける圧縮荷重方向に対する垂直面に沿うように、多層シートをセメント系構造物に被覆することがより好ましい。なお、補強強化に優れる無機系繊維、特に炭素繊維の糸引き揃え方向が圧縮荷重方向に対する垂直面に沿うように被覆するのが、好ましい態様である。
【0029】
糸シートの糸引き揃え方向が、セメント系構造物が受ける圧縮荷重方向に対する垂直面に沿うとは、例えば、図2(A)〜(C)において、セメント系構造物11が受ける圧縮荷重方向Xに対する垂直面Yと、多層シート10を構成する糸シートの糸引き揃え方向Zとが、糸引き揃え方向Zの始点が垂直面Y上にないとき、交わらないことを意味する。本発明の多層シートは、当該多層シートを構成するいずれかの糸シートがそのような関係を満たすようにセメント系構造物に被覆することが好ましい。
【0030】
多層シートを被覆するに際しては、通常、多層シートをセメント系構造物に固定できる手段を用いる。そのような固定手段としては特に制限されるものではないが、多層シートをセメント系構造物との接触面全面において固定可能な手段、例えば、接着剤を用いる等すればよい。
【0031】
接着剤としては、例えば、エポキシ系樹脂、不飽和ポリエステル樹脂、ビニルエステル樹脂、アクリル樹脂、ウレタン樹脂等が使用可能である。エポキシ系樹脂等の接着剤を用いる場合は、セメント系構造物表面へのエポキシ樹脂等の下塗りに先立ってプライマーを塗布しておくことが、セメント系構造物との接着性向上の観点から好ましい。
【0032】
本発明のセメント系構造物の補強方法において、多層シートは通常、持ち運び容易性と作業容易性の観点からロール形態で使用されるが、所定の寸法に分割された形態で使用されてもよい。
【実施例】
【0033】
<実施例および比較例>
(多層シートの製造)
図1に示すような多層シート製造工程によって、表1および表2に示す多層シートを幅200mmで製造した。なお、比較例1および2においては表2に示す繊維からなる単層シートを幅200mmで製造した。編成糸としてはポリエステル繊維糸を用いた。
【0034】
(評価サンプルの作製)
まず、コンクリート供試体を作製した。詳しくは、普通ポルトランドセメント360重量部に、細骨材782重量部、最大寸法20mmの粗骨材970重量部を加えて粉体混合した。粉体混合を続けながら水/セメント比50%となるように水を加え混合し、型枠に打設した。24時間養生後、脱型し、28日間の水中養生により、直径100mm×高さ200mmの円柱状コンクリート供試体を得た。なお、コンクリート供試体の表面をグラインダーにて表面処理した。比較例3においては、このときの状態のコンクリート供試体を評価に供した。
【0035】
表面処理したコンクリート供試体の側面にエポキシ樹脂系プライマー(品名:ボンドE810L、コニシ(株))を塗布し、24時間静置養生した。その後、コンクリート供試体の側面に、表1に示す多層シートまたは単層シートを、エポキシ樹脂(品名:ボンドE2500、コニシ(株))により図2(A)に示すように被覆した。詳しくは、コンクリート供試体の側面にエポキシ樹脂を下塗りした後、シートを一重で巻き付け、その上にさらにエポキシ樹脂を上塗りした。上塗りは、シートにエポキシ樹脂が十分に含浸するようにローラーにより行った。多層シートの巻き付けは、多層シートの最上層が供試体側に、最下層が外側に位置するように、しかもシートの長手方向(図1中、αの方向)がコンクリート供試体の円周方向(水平方向)に向くように、行った。なお、単層シートの巻き付けは、シートの表裏に関係なく、シートの長手方向(図1中、αの方向)がコンクリート供試体の円周方向(水平方向)に向くように、行った。
シートをコンクリート供試体に被覆した後は、7日間静置養生し、評価した。
【0036】
(評価方法)
JIS A 1108:1999「コンクリートの圧縮強度試験方法」に準じて載荷試験を行った。
試験手順は以下のとおりである。
1)供試体の上下面及び上下の加圧板の圧縮面を清掃する。
2)供試体を、その中心軸が加圧板の中心と一致するように置く
3)試験機の加圧板と供試体の端面とは、直接密着させる。
4)供試体に衝撃を与えないように一様な速度で荷重を加える(圧縮応力度の増加が毎秒0.6±0.4N/mmになるようにする)。
5)供試体が破壊するまで荷重を加え続ける。
【0037】
以上の試験において破壊したときの荷重(最大荷重)を測定し、その結果を破壊状態とともに表1および表2にまとめて示した。
【0038】
【表1】

【0039】
【表2】

【0040】
表中、多層シートの列において、角度は図1においてと同様に、シートの長手方向αを0°(基準)とした値であり、反時計回りの方向を正の角度で、時計回りの方向を負の角度で示すものである。また括弧内には各層の目付を示す。
炭素繊維糸は12Kのマルチフィラメントを使用する。引張強度は4.1GPaである。
高強度ポリエチレン繊維糸は2640dtexのマルチフィラメントを使用する。引張強度は2.7GPaである。
【産業上の利用可能性】
【0041】
本発明のセメント系構造物補強用多層シートおよびセメント系構造物の補強方法は、例えば高架橋の橋脚のようなセメント系構造物、特に柱状の構造物の補強用シートに適用可能で、補強効果だけでなく、二次災害の防止効果も得られる。
【図面の簡単な説明】
【0042】
【図1】本発明の多層シートの構成と製造方法を示すための多層シート製造工程模式図の一例である。
【図2】(A)〜(C)はセメント系構造物に多層シートを被覆したときの状態の具体例を示す概略見取り図である。
【符号の説明】
【0043】
1:多層シート、2:糸、3a:糸シート(最上層)、3b:糸シート(中間層)、3c:糸シート(最下層)、4:編み針、5:編成糸、10:多層シート、11:セメント系構造物、12:継ぎ目(切れ目)、α:多層シートの長手方向。




【特許請求の範囲】
【請求項1】
糸を引き揃えた糸シートが2層以上積層されてなるセメント系構造物補強用多層シートであって、最上層または最下層の少なくとも一方の最外層の糸シートが有機系繊維糸からなることを特徴とするセメント系構造物補強用多層シート。
【請求項2】
有機系繊維糸の糸シートからなる最外層以外の層の糸シートが有機系繊維糸または無機系繊維糸からなることを特徴とする請求項1に記載のセメント系構造物補強用多層シート。
【請求項3】
有機系繊維糸の糸シートからなる最外層以外の層のうち少なくとも1の層の糸シートが無機系繊維糸からなることを特徴とする請求項1または2に記載のセメント系構造物補強用多層シート。
【請求項4】
糸の引き揃え方向が異なる少なくとも2層の糸シートが積層されてなることを特徴とする請求項1〜3のいずれかに記載のセメント系構造物補強用多層シート。
【請求項5】
請求項1〜4のいずれかに記載のセメント系構造物補強用多層シートを、有機系繊維糸の糸シートからなる最外層が外側に位置するように、セメント系構造物に被覆することを特徴とするセメント系構造物の補強方法。
【請求項6】
セメント系構造物補強用多層シートを構成するいずれかの糸シートの糸引き揃え方向が、セメント系構造物が受ける圧縮荷重方向に対する垂直面に沿うように、セメント系構造物補強用多層シートをセメント系構造物に被覆することを特徴とする請求項5に記載のセメント系構造物の補強方法。
【請求項7】
セメント系構造物が柱状構造物であることを特徴とする請求項5または6に記載のセメント系構造物の補強方法。



【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2006−240083(P2006−240083A)
【公開日】平成18年9月14日(2006.9.14)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−59158(P2005−59158)
【出願日】平成17年3月3日(2005.3.3)
【出願人】(000001096)倉敷紡績株式会社 (296)
【出願人】(593165487)学校法人金沢工業大学 (202)
【Fターム(参考)】