説明

セラミックス焼結体および切削インサート

【課題】高い耐摩耗性と靭性とを備えたセラミックス焼結体を実現する。
【解決手段】セラミックス焼結体を、β型窒化ケイ素および/またはβ型サイアロンを主体とし、α型窒化ケイ素および/またはα型サイアロンを被膜配向成分として含む基材と、物理蒸着法により、前記基材の少なくとも一部を被覆する硬質セラミックス皮膜とから形成する。基材に、α型窒化ケイ素および/またはα型サイアロンを被膜配向成分として含むため、この基材上に形成される硬質セラミックス皮膜の結晶構造が適切なものとなる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、セラミックス焼結体,セラミックス焼結体を用いた切削インサートおよび切削工具に関する。
【背景技術】
【0002】
従来から、切削工具や繰り返し摺動する摺動部材など、高い耐摩耗性が要求される部材が存在する。これらの部材は、自動車などの機械部品として用いられる場合には加工性が求められることがあり、あるいは量産品としては、コスト低減の要請にもさらされる。そこで、部品表面に、耐摩耗性皮膜を形成することで、加工性や量産性と、耐摩耗性とを両立させようとする提案も行なわれている(下記特許文献1参照)。
【0003】
高い耐摩耗性等が要求される部材の一例としては、各種の鋼や鋳鉄などの被削材を旋削加工や平削り加工を行なうバイトの先端に着脱されるスローアウェイチップ、スローアウェイチップを取り付け被削材の溝加工などを行なうエンドミル工具などがある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特許第2644710号公報
【特許文献2】特許第3931326号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
こうした耐摩耗性皮膜を形成した部材では、従来基材として、超硬合金や炭化チタン系サーメットが用いられており、基材と耐摩耗性皮膜の組み合わせが十分に検討されているとは言えなかった。とはいえ基材選択の自由度をいたずらに高めると、選択した基材によっては、耐摩耗性皮膜の基材への密着性が不十分となり、剥離などを生じてしまうという課題が指摘されていた。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明は、上述の課題の少なくとも一部を解決することを目的としてなされたものであり、高い耐摩耗性と靭性とを備えたセラミックス焼結体を、以下の形態又は適用例として実現することが可能である。
【0007】
[適用例1]
β型窒化ケイ素および/またはβ型サイアロンを主体とし、α型窒化ケイ素および/またはα型サイアロンを被膜配向成分として含む基材と、
物理蒸着法により、前記基材の少なくとも一部を被覆する硬質セラミックス皮膜と
を有するセラミックス焼結体。
【0008】
かかるセラミックス焼結体では、基材に、α型窒化ケイ素および/またはα型サイアロンを被膜配向成分として含むため、この基材上に形成される硬質セラミックス皮膜の結晶構造が適切なものとなり、適用例1記載のセラミックス焼結体は、加工性と耐摩耗性を備えたものとなっている。
【0009】
[適用例2]
前記基材中における前記α型窒化ケイ素および/またはα型サイアロンの含有量が、2ないし35体積%である
適用例1記載のセラミックス焼結体。
かかるセラミックス焼結体では、特に皮膜配向成分の量が適切なものとなり、セラミックス焼結体としての特性に優れる。
【0010】
[適用例3]
前記セラミックス皮膜は、アルミニュウムおよびチタンを含有する請求項1または適用例2記載のセラミックス焼結体。
[適用例4]
前記セラミックス皮膜は、窒化チタンアルミまたは窒化チタンアルミを主成分とする被膜である適用例3記載のセラミックス焼結体。
かかるセラミックス焼結体では、硬質セラミックス皮膜として高い耐摩耗性を実現することができる。
【0011】
[適用例5]
適用例3または適用例4記載のセラミックス焼結体であって、
前記セラミックス皮膜は、
Cu−Kα線を用いたX線解析装置による測定で、(111)面に最も高いピークが存在し、
(111)面のピーク強度P111 と、(200)面のピーク強度P200 との強度比P111 :P200が、1:1以上10:1以下である
セラミックス焼結体。
かかるセラミックス焼結体では、硬質セラミックス皮膜について、Cu−Kα線を用いたX線解析装置による測定での(111)面のピーク強度と(200)面のピーク強度とを所定の範囲としているので、セラミックス皮膜の硬度を十分なものとし、かつ基材との高い密着性も実現することができる。
【0012】
セラミック被膜に関して、(111)面のピーク強度P111 と(200)面のピーク強度P200 との強度比P111 :P200 を、1:1以上10:1以下の範囲とすることが好ましい。この範囲における強度比P111 :P200 の傾向として、ピーク強度P111 がピーク強度P200 に対して高くなるにつれて強度や硬度の向上が見られるが、強度比P111 :P200 が7:1程度を境にその効果が薄れ、10:1を超えるとセラミック被膜の硬度に与える影響は抑制される。
【0013】
また、基材に関しては、(111)面のピーク強度P111 と(200)面のピーク強度P200 との強度比P111 :P200 が、7:1(α率:18%程度)の場合、基材に微細なα相が18%程度はいることで粒界に適度な応力がかかり焼結体の強度及び硬度が向上すると考えられる。反対に(111)面のピーク強度P111 と(200)面のピーク強度P200 との強度比P111 :P200 が10:1を超えると強度が低下する傾向がみられる場合がある。
【0014】
[適用例6]
前記(111)面のピークの半値幅が2θで0.3度以下であるX線解析パターンを示す適用例5記載のセラミックス焼結体。
かかるセラミックス焼結体では、(111)面のピークの半値幅が十分に小さく、セラミックス皮膜の結晶性を確保して、十分な固さ、引いては十分な耐摩耗性を実現することができる。
【0015】
[適用例7]
前記セラミックス皮膜の厚みは、0.5〜3.0μmである適用例1ないし適用例6のいずれか記載のセラミックス焼結体。
かかるセラミックス焼結体では、セラミックス皮膜の厚みを適切な範囲として、セラミックス焼結体として必要な性能を確保することができる。
【0016】
[適用例8]
前記β型窒化ケイ素および/またはβ型サイアロンは、長径軸が8μm以下である適用例1ないし適用例7のいずれか記載のセラミックス焼結体。
かかるセラミックス焼結体では、β型窒化ケイ素および/またはβ型サイアロンを、長径軸が8μm以下としているので、必要な強度を確保しつつ、セラミックス皮膜の結晶性に寄与するα型窒化ケイ素および/またはα型サイアロンの皮膜配向性を十分に引き出すことができる。
【0017】
[適用例9]
前記α型窒化ケイ素および/またはα型サイアロンは、粒径が1μm以下である適用例1ないし適用例8のいずれか記載のセラミックス焼結体。
かかるセラミックス焼結体では、α型窒化ケイ素および/またはα型サイアロンのセラミックス皮膜の結晶性に寄与する皮膜配向性を十分に引き出すことができる。
[適用例10]
前記基材に含まれる前記β型窒化ケイ素および/またはβ型サイアロンより硬い硬質粒子を含まない
適用例1ないし適用例9記載のセラミックス焼結体。
このセラミックス焼結体では、基材には、基材に含まれる前記β型窒化ケイ素および/またはβ型サイアロンより硬い硬質粒子を含まないので、基材に形成されるセラミックス皮膜の硬度が高すぎて、脆くなるということがない。硬質粒子としては、窒化チタン(TiN)、炭化チタン(TiC)、炭窒化チタン(TiCN)などを挙げることができる。
【0018】
本発明のセラミックス焼結体は、セラミックス切削インサートやこのインサートが取り付けられた切削工具として実施することができる。こうした製品では、高い加工性や量産性と、高い耐摩耗性が要求されることがあり、本発明のセラミックス焼結体を用いた切削インサートや切削工具は、こうした要請に応えることができる。
【0019】
[適用例11]
セラミックス焼結体の製造方法であって、
窒化ケイ素および/またはサイアロンを焼成するための原材料を混合して混合物を生成し、
該混合物を乾燥後に造粒して粉末とし、冷間等方圧加圧により所定形状の成形体を成形し、
該成形体を所定圧・所定温度で焼成して、β型窒化ケイ素および/またはβ型サイアロンを主体とし、α型窒化ケイ素および/またはα型サイアロンを被膜配向成分として含む基材を製作し、
該基材に、物理蒸着法により、前記基材の少なくとも一部を被覆する硬質セラミックス皮膜を形成する
セラミックス焼結体の製造方法。
かかる製造方法によれば、高い耐摩耗性および靭性を備えたセラミックス焼結体を容易に製造することができる。
【図面の簡単な説明】
【0020】
【図1】本発明の実施品としての切削インサートの外形形状を示す説明図である。
【図2】本発明の実施品としてセラミックス焼結体の構造を説明図である。
【図3】実施品としてのセラミックス焼結体の製造法を示す工程図である。
【図4】実施例としての切削インサートの性能を比較例と比較して示す説明図である。
【図5】比較例の一つのCu−Kα線を用いたX線解析装置による測定結果を示すグラフである。
【図6】実施例の一つのCu−Kα線を用いたX線解析装置による測定結果を示すグラフである。
【図7】実施例におけるα型サイアロンの体積%と、(111)面のピーク強度P111 と(200)面のピーク強度P200 との強度比P111 :P200 との関係を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0021】
[実施の態様]
図1は、本発明の実施品であるセラミックス焼結体を用いた切削工具の外観図である。図示するように、この切削工具10は、セラミックス焼結体からなる切削インサート20を、工具先端に備える。この切削インサート20は、耐熱合金の切削加工に用いられる切削工具10に取り付けられる略直方体形状の使い捨ての刃先である。切削インサート20は、通常、ホルダーと呼ばれる切削工具10の本体部11の先端において、取付部12に着脱可能に取り付けられる。切削インサート20であるセラミックス焼結体は、図2に示すように、所定厚さの基材22の表面に、膜厚0.5〜3μmの窒化チタンアルミのセラミックス皮膜25を形成している。
【0022】
一般に、切削インサート20は、切削工具として実加工に耐えうる程度の強度や耐摩耗性能を有することが望まれる。ここで、「耐摩耗性能」とは、耐横逃げ境界摩耗性能と耐VB摩耗性能とを含む、摩擦に対する劣化特性を意味し、「切削工具」とは、旋削加工や、フライス加工、溝入加工などの粗加工、仕上加工などを行う工具全般を意味する。なお、本明細書においては、強度や耐摩耗性能を含む、切削工具が有する性能を「切削性能」と呼ぶ。本実施形態の切削インサート20は、切削性能を向上させるために、以下に説明するセラミックス焼結体によって構成される。
【0023】
切削インサート20を構成する基材22は、長径軸が8μm以下であるβ型窒化ケイ素および/またはβ型サイアロンを主体とし、粒径が1μm以下のα型窒化ケイ素および/またはα型サイアロンを被膜配向成分として含んでいる。また、基材22中におけるこのα型窒化ケイ素および/またはα型サイアロンの含有量が、2ないし35体積%としている。なお、基材22には、β型窒化ケイ素および/またはβ型サイアロンより硬い硬質粒子を含んでいない。
【0024】
他方、硬質セラミックス皮膜25は、アルミニュウムおよびチタンを含有する皮膜として形成することができ、例えば、窒化チタンアルミまたは窒化チタンアルミを主成分とする被膜とすることができる。さらに、この硬質セラミックス皮膜25を、Cu−Kα線を用いたX線解析装置により測定したところ、(111)面に最も高いピークが存在し、かつ(111)面のピーク強度P111 と、(200)面のピーク強度P200 との強度比P111 :P200が、1:1以上10:1以下であるとの特性を得た。かかる特性を有する硬質セラミックス皮膜25は、後述するように優れた耐摩耗性を示した。なお、(111)面のピークの半値幅が2θで0.3度以下であるX線解析パターンを示すものは、結晶性がよく、更に優れた特性を示した。
【0025】
各面のピーク強度は、以下の条件で測定した。
・X線回折装置
(株)リガク製 X線回折装置 RINT−TTR III
・X線回折条件
モノクロメータ:使用
ターゲット:Cu
管電流:300mA
管電圧:50kV
スキャンスピード2度/分
サンプリング幅0.02度
【0026】
基材22中におけるα型窒化ケイ素および/またはα型サイアロンの含有量は、上記の測定を踏まえ、以下の式(1)により求めた。
この式は、上記X線回折装置により測定したα(102)とα(201)のピーク強度を足したものを、同じくα(102)とα(201)及びβ(101)とβ(201)のピーク強度を足したもので割って、割合(%)を求めたものである。
【0027】
【数1】

【0028】
[製造方法]
そこで、次に、実施品の製造方法について説明する。本実施品の切削工具10に用いたセラミックス焼結体は、図3に示すように、次の工程により製造した。なお、製造工程は、大きくは基材の形成とセラミックス皮膜の形成に分かれる。
【0029】
(A)基材の形成
(1)平均粒径0.5μmの窒化珪素粉末と平均粒径0.4μmの酸化アルミ粉末、窒化アルミ及び焼結助剤を合計100体積%となるように配合し、配合された粉末をエタノールと共にボールミル中で約20時間混合して混合物(スラリー)を生成した(図3、工程S110)。
(2)次に、このスラリーを湯煎乾燥により造粒し粉末にし、造粒した粉末を、3000kgf/cm2 、で冷間等方圧加圧(cold isostaticpressing:CIP)成形により成形した(工程S120)。
(3)続いて、CIP成形により成形された成形体を1次焼成した。具体的には、成形体を、3気圧の窒素(N2 )雰囲気下において、約1700℃〜1800℃で2時間焼成した(工程S130)。
(4)続いて、1次焼成された成形体を2次焼成した。具体的には、1次焼成された成形体を、1000気圧の窒素(N2)雰囲気下において、約1550℃〜約1700℃、より好ましくは、約1625℃〜約1675℃で約3時間保持し焼成した(工程S140)。
【0030】
この結果、β型サイアロンを主成分とし、これにα型のサイアロンを含有しその含有量が2〜35体積%であるサイアロン焼結体が得られた。α型サイアロンの含有量は、2次焼成の温度および時間を調整することにより、制御することができる。温度を上げ、長時間焼成することにより、α型サイアロンの含有量を低くでき、逆に温度を下げ焼成時間を短くすることにより、α型サイアロンの含有量を高くすることができる。
【0031】
β型サイアロンは、組成式Si6-ZAlZZ8-Zとして表される化合物である(Zは、0.2〜4.2の実数)あり、その粒子形態は柱状(針状)である。従って、サイアロン焼結体は、サイアロン相にβ型サイアロンを含有する場合には、β型サイアロンの粒子同士が複雑に絡み合うため、外部応力などによってサイアロン焼結体に生じる亀裂の進行が抑制される。即ち、サイアロン相におけるβ型サイアロンの含有量が多いほど、サイアロン焼結体の強度を向上させ、耐横逃げ境界摩耗性能を向上させることができる。ここでは、焼結温度を制御することで、長軸方向の長さを8μm以下としたβ型サイアロンを得ている。
【0032】
さらに、サイアロン焼結体には、粒子間相や、α型サイアロン中に、他の成分、例えばイットリウム(Y)が含まれても差し支えない。ここで、「粒子間相」とは、各サイアロンの粒子間に存在するガラス相や結晶相を含む粒界相を意味する。イットリウムは、通常、焼結時に二酸化ケイ素(Si02 :「シリカ」とも呼ばれる)や酸化アルミニウム(Al23:「アルミナ」とも呼ばれる)とともに高融点のガラスを生成する。即ち、例えば、焼結助剤としてイットリウムの酸化物を用いることにより、高融点のガラス相を有する粒子間相が生成される。また、α型サイアロンにイットリウムが含まれる場合には、α型サイアロンの耐熱性が向上する。なお、粒子間相は、非晶質相または部分的に非晶質を含む相であることが好ましく、イットリウム・アルミニウム・ガーネット(YAG)や、B相のような結晶相を含むものとしても良い。
【0033】
(B)セラミックス皮膜の形成
上記の工程で作製した基材にPVD(物理蒸着法)にてコーティングを施し、被覆された切削インサート20を製造した。
(5)具体的には、コーティングチャンバー内を、1×10-5torrまで減圧した後、ヒータにて母材を550℃まで昇温した(図3、工程150)。
(6)次に、チタンアルミ(TiAl)ターゲットに50〜150Aの直流電源を印加しアーク放電させ、続いて母材に対するバイアス電圧を30Vに調整し、この状態で高純度窒素ガスを導入して、窒化チタンアルミからなる、被膜を基材上に生成させた(工程160)。
【0034】
この結果、切削インサート20の基材表面に、窒化チタンアルミの被膜が形成された。この被膜の厚みは 窒素を流して、アークイオン流を発生させた状態での保持時間により調整した。なお、この実施例では、基材はセラミックス焼結体なので、電流は流れない。そこで、母材に対するバイアス電圧は30Vとしているが、一旦窒化チタンアルミの被膜が薄く蒸着されれば、この被膜を用いて電流を流すことができるので、母材に印加する電圧を徐々に上げ、被膜の形成を短時間に効率よく完了するものとすることができる。
【0035】
[実施例]
上記製造方法により、基材におけるα型サイアロンの含有量(体積%)が異なる切削インサート20をいくつか製作した。実施例1はα率が2%、実施例2はα率が30%、実施例3はα率が21%であった。これに対して、基材にα型サイアロンを含まない比較例を複数製作した。いずれの切削インサートも、その皮膜の厚さは約0.8μmであり、切削加工に必要な厚みを有していた。これらの実施例および比較例を、図4に示した。図4に示した特性表において、各項目は次の意味を示している。
(a)刃先欠陥の有無:
得られた切削インサートの刃先を顕微鏡で観察した。セラミックス皮膜の密着性が低く、自己破壊などの欠陥が見られる場合を「×」で、こうした自己破壊が観察されず、良好な刃先を有している場合を「○」で示した。実施例1ないし3は、いずれも良好な刃先を有していた。
(b)被膜の密着性:
得られた切削インサートにおけるセラミックス皮膜の密着性を、ロックウェル試験機を用いて確認した。まずロックウェル試験器で、皮膜表面に60kgfの加重で圧子を打ち込み、その圧痕周りの皮膜の剥離を顕微鏡を用いて調査した。圧痕周りの皮膜に剥離は確認できない場合を「○」で、被膜の剥離が見つかった場合を「×」で示した。実施例1ないし3の皮膜の密着性は良好であった。
また得られた被覆セラミックス切削工具の皮膜の厚みを測定するため、皮膜断面を走査型電子顕微鏡で観察した。
【0036】
(c)X線解析装置による回折パターン:
Cu−Kα線を用いたX線回折装置を用い、得られた皮膜のX線回折パターンを確認した。比較例のセラミックス皮膜はいずれも(200)面に最高ピークを持ち、かつその半価幅は2θで0.4度以上であった。比較例におけるX線回折パターンの一例を図5に示した。他方、実施例1ないし3の切削インサートにおけるセラミックス皮膜を、Cu−Kα線を用いたX線回折装置にて同様に検査したところ、得られた皮膜のX線回折パターンでは(111)面に最高ピークが現れ、その半価幅は2θで0.3度以下であった。実施例におけるX線回折パターンの一例を図6に示した。
【0037】
図6に示したように、本発明の実施品である切削インサート20では、(111)面のピークが最大となっており、また(111)面のピーク強度P111 と、(200)面のピーク強度P200 との強度比P111:P200が、実施例1では、1.3対1.0、実施例2では9.3対1.0、実施例3では8.0対1.0であった。このことは、窒化チタンアルミの皮膜が立方晶を中心に高い結晶性を実現していることを示している。但し、強度比P111:P200は、10対1を上限としているので、皮膜の靭性は十分に担保されている。この強度比が高すぎると、立方晶の割合が高すぎて、皮膜の硬度は十分に高くなるものの、脆くなり、切削インサートとしては適さない。
【0038】
実施例1ないし3および比較例1におけるα型サイアロンの体積%と強度比P111:P200との関係を図7に示した。これらの例から、α型サイアロンの体積%を、2〜35体積%とすれば、強度比P111:P200が、1対1から10対1の間に調整できることが分かる。
【0039】
上記のように、本実施例1ないし3において、形成された窒化チタンアルミの皮膜25が、(111)面に最高ピークを持つのは、基材22にα型サイアロンを所定の割合で形成しているからである。基材22表面のα型サイアロンは、皮膜配向成分として機能し、PVDにより形成される窒化チタンアルミの皮膜における立方晶の形成を導いている。なお、このα型サイアロンに代えて、α型窒化珪素を被膜における結晶配向成分として用いることも可能である。本実施例1ないし3の切削インサート20における基材は、α型Si3N4及びまたはα型SiAlONを含み、その含有量が2〜35体積%とされており、皮膜配向成分としての機能を十分に発揮している。
【0040】
実施例1ないし3により得られた切削インサート20は、従来の窒化チタンアルミ皮膜を形成した超硬合金製あるいはサーメット製のインサートと比べて、高温特性(高温耐酸化性及び高温硬さ)に優れ、また優れた耐摩耗性および高い靭性を有するので、切削機能に優れ、切削工具10として長寿命を達成できる。更に、基材22としてセラミックス焼結体を用いているので、加工性、成型性に優れ、また比較的安価に供給することができる。従って、量産性にも優れている。
【0041】
以上、本発明の実施の態様を実施例を挙げて説明したが、本発明のセラミックス焼結体は、各種の切削インサートや切削工具として利用できることはもとより、高い耐摩耗性や靭性が必要とされる機械部品、例えば自動車のピストンリング、軸受などに用いることができる。
【符号の説明】
【0042】
10…切削工具
11…先端部
12…取付部
20…切削インサート
22…基材
25…セラミックス皮膜

【特許請求の範囲】
【請求項1】
β型窒化ケイ素および/またはβ型サイアロンを主体とし、α型窒化ケイ素および/またはα型サイアロンを被膜配向成分として含む基材と、
物理蒸着法により、前記基材の少なくとも一部を被覆する硬質セラミックス皮膜と
を有するセラミックス焼結体。
【請求項2】
前記基材中における前記α型窒化ケイ素および/またはα型サイアロンの含有量が、2ないし35体積%である
請求項1記載のセラミックス焼結体。
【請求項3】
前記セラミックス皮膜は、アルミニュウムおよびチタンを含有する請求項1または請求項2記載のセラミックス焼結体。
【請求項4】
前記セラミックス皮膜は、窒化チタンアルミまたは窒化チタンアルミを主成分とする被膜である請求項3記載のセラミックス焼結体。
【請求項5】
請求項3または請求項4記載のセラミックス焼結体であって、
前記セラミックス皮膜は、
Cu−Kα線を用いたX線解析装置による測定で、(111)面に最も高いピークが存在し、
(111)面のピーク強度P111 と、(200)面のピーク強度P200 との強度比P111 :P200が、1:1以上10:1以下であり、
セラミックス焼結体。
【請求項6】
前記(111)面のピークの半値幅が2θで0.3度以下であるX線解析パターンを示す請求項5記載のセラミックス焼結体。
【請求項7】
前記セラミックス皮膜の厚みは、0.5〜3.0μmである請求項1ないし請求項6のいずれか記載のセラミックス焼結体。
【請求項8】
前記β型窒化ケイ素および/またはβ型サイアロンは、長径軸が8μm以下である請求項1ないし請求項7のいずれか記載のセラミックス焼結体。
【請求項9】
前記α型窒化ケイ素および/またはα型サイアロンは、粒径が1μm以下である請求項1ないし請求項8のいずれか記載のセラミックス焼結体。
【請求項10】
前記基材は、前記β型窒化ケイ素および/またはβ型サイアロンより硬い硬質粒子を含まない
請求項1ないし請求項9のいずれか記載のセラミックス焼結体。
【請求項11】
請求項1ないし請求項10のいずれか記載のセラミックス焼結体を用いたセラミックス切削インサート。
【請求項12】
請求項11記載のセラミックス切削インサートが取り付けられた切削工具。
【請求項13】
セラミックス焼結体の製造方法であって、
窒化ケイ素および/またはサイアロンを焼成するための原材料を混合して混合物を生成し、
該混合物を乾燥後に造粒して粉末とし、冷間等方圧加圧により所定形状の成形体を成形し、
該成形体を所定圧・所定温度で焼成して、β型窒化ケイ素および/またはβ型サイアロンを主体とし、α型窒化ケイ素および/またはα型サイアロンを被膜配向成分として含む基材を製作し、
該基材に、物理蒸着法により、前記基材の少なくとも一部を被覆する硬質セラミックス皮膜を形成する
セラミックス焼結体の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2012−1383(P2012−1383A)
【公開日】平成24年1月5日(2012.1.5)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−136699(P2010−136699)
【出願日】平成22年6月16日(2010.6.16)
【出願人】(000004547)日本特殊陶業株式会社 (2,912)
【Fターム(参考)】