説明

セラミックバルブ用部材及びその製造方法

【目的】 非晶質カーボン製の表層とアルミナ基体との接着性を改良した、セラミックバルブ用部材及びその製造方法を提供する。
【構成】 本発明に基づくセラミックバルブ用部材11は、アルミナ製のセラミック基体12の上に、非晶質のSi系非酸化物製の中間層13を形成してあり、更にこの中間層13の上には、非晶質カーボン製の表層14を設けている。

【発明の詳細な説明】
【0001】
【産業上の利用分野】本発明は、湯水混合栓に用いるに好適な、グリース等の潤滑剤不要のセラミックバルブ用部材及びその製造方法に関する。
【0002】
【従来の技術】従来、湯水混合栓に組み込まれるセラミック固定弁や可動弁にはアルミナ部材を使用し、このアルミナ部材にグリースを塗布して摺動性を持たせていた。しかしこのような部材には、グリース流出による吐水の汚染や部材の固着(リンキング)等の問題があった。そこで、摺動性を有する被膜を基体上に形成する技術が開発された。例えば特開平3−172683号、特開平3−223190号の各公報には、摺動面に非晶質カーボン膜を形成したセラミック製摺動部材が記載されている。
【0003】
【発明が解決しようとする課題】しかし、上記各公報の技術によるセラミック製摺動部材は、湯水による温度変化の反復、及び高温高湿の厳しい使用条件下では、汎用のアルミナ基体では非晶質カーボン膜が剥離してしまうため、湯水混合栓の摺動部材として使用することは困難であった。また一方、炭化ケイ素、窒化ケイ素、サイアロン(Si−Al−O−N系の4元化合物の総称)等のSi系非酸化物を用いるには、量産性が悪くかつ高コストであるという問題があった。
【0004】本発明は、従来の技術が有するこのような問題点を解決するためになされたものであり、その目的とするところは、上記の厳しい使用条件下においても基体との密着性が良好であるため、湯水混合栓の摺動部に使用するに好適なセラミックバルブ用部材及びその製造方法を提供することにある。
【0005】
【課題を解決するための手段】上記課題を解決するため、本発明の湯水混合栓摺動部に用いるセラミックバルブ用部材は、汎用のアルミナ製セラミック基体上に、中間層としてSi系非酸化物膜を設け、更にこの上に、非晶質カーボン膜を設けた。
【0006】
【作用】本発明のセラミックバルブ用部材は、Si系非酸化物膜を中間層として存在させることによって、表層の非晶質カーボン膜とアルミナ基体との密着性が高められている。
【0007】
【実施例】以下に本発明の実施例を添付図面に基づいて説明する。図1は本発明に基づくセラミックバルブ用部材の一例を示す斜視図であり、図2は、図1のA−A線の部分断面図である。図1において、固定弁1はやや厚みのある円盤状の形態を有しており、その平面部には水流入孔2、湯流入孔3及び混合水流出用弁孔4が貫通して設けてある。この固定弁1は、上記各孔にそれぞれ対応する、開口部5、6及び7を有するケース8の底部に配置されている。
【0008】また可動弁9には、偏心させた空洞部10が穿設してあり、この空洞部10の底部には、図示しない混合水用弁孔及び湯水用弁孔が貫通して設けてある。この可動弁9は固定弁1上に圧着した状態でケース8内に組み込まれており、このケース8は更に前記湯水混合栓内に組み込まれている。また上記可動弁9は、図示しない温度調節レバーと連動する構成としてある。
【0009】湯水混合栓の前記温度調節レバーを作動させると、このレバーの動きは可動弁9に伝達され、可動弁9が固定弁1上を摺動して前記各孔の開度を変化させることができる。従って、適温の湯の流出、あるいは給湯の停止を自在に行うことが可能である。
【0010】前記固定弁1及び可動弁9に使用されるセラミックバルブ用部材は、図2に示す層を構成している。すなわち、このセラミックバルブ用部材11は、アルミナ製のセラミック基体12の上に、非晶質のSi系非酸化物製の中間層13が形成されており、更にこの中間層13の上には、非晶質カーボン製の表層14が設けられている。
【0011】中間層13の素材であるSi系非酸化物の例としては、既述の炭化ケイ素、窒化ケイ素、サイアロン等が挙げられる。この中間層13の厚さは、0.1〜10μm、さらには0.4〜1μmとすることが好ましい。この厚さが0.1μm未満では、中間層13が剥離することがあり、一方、10μmを超えるとコストの増加原因となる。
【0012】また、表層14を形成する非晶質カーボン膜は、i−cコートとも呼ばれるダイヤモンド状炭素を被膜化したものであり、摩擦係数が非常に低く、また高い硬度を有するため、摺動部に用いるのに好適な部材である。この表層14の厚さは、0.1〜10μm、さらには0.5〜2μmとすることが好ましい。この厚さが0.1μm未満では摩耗によって消失してしまうことがあり、一方、10μmを超えるとコストの増加原因となる。
【0013】本発明に基づくセラミックバルブ用部材の製造方法の例を以下に説明する。先ず、アルミナ製のセラミック基体12上に、気相成長法により前記Si系非酸化物の非晶質膜(中間層13)を形成する。この気相成長法の例としては、プラズマCVD法、イオンプレーティング、プラズマ励起スパッタ法等のプラズマ等を用いた熱非平衡プロセスが挙げられる。
【0014】上記中間層13形成時の温度は、少なくとも500℃以上であることが必要であり、好ましくは700〜900℃である。このように500℃以上の温度条件で中間層13を形成すると、セラミック基体12との密着性が良好となり、また適度な表面粗さ(Ra)に調製することができるため、表層14との密着性を高めることができる。しかし、この温度が500℃未満の場合には、アルミナ基体12と中間層13との密着力が低くなり、この中間層13上に形成した表層14のスクラッチによる剥離や高温水側部分の剥離が生じやすくなる。
【0015】上記中間層13のRaは0.3μm以下、更には0.1〜0.25μmであることが好ましい。このRaが0.3μmを超えるとセラミック弁としたときに、止水性能が低下することがある。なお、Raは東京精密(株)製の接触型表面粗さ計を用いて測定した。
【0016】次に、中間層13の上に非晶質カーボン膜である表層14を形成する。この表層14も同じく前記気相成長法により形成する。このとき、後述のスキャン・スクラッチ・テスト(SST)による表層14のスクラッチ強度(密着力)を、中間層13を用いない場合の1.5倍以上とすることが好ましい。
【0017】上記SSTの方法を以下に説明する。このSSTのための装置は、平面上を左右に振幅することのできる検出部、この検出部から斜め下方に向けて伸びるアーム、及びこのアームの先端部に取り付けたスタイラス(針)からなっている。この装置を使用してスクラッチ強度を測定するには、先ず基盤上に載置したセラミックバルブ用部材11の表面に上記スタイラスを押し当て、上記検出部により負荷を掛けながら、セラミックバルブ用部材11表面と平行にスタイラスを強制振動させる。
【0018】上記強制振動によって、スタイラスにはセラミックバルブ用部材11との摩擦力と上記アームからの復元力とが作用する。このため、上記検出部が振幅最大点から戻り始めたときに、スタイラスは摩擦力の分だけ遅れて検出部の動きに追随する。この検出部とスタイラスとの動きの差を電圧として検出する。その検出される電圧を記録し、電圧変化から剥離状態を把握し、その電圧変化時の負荷値(g)をスクラッチ強度とする。なお、本実施例においては直径50μmのスタイラスを使用し、検出部の振動速度20μm/秒、振幅100μmの条件で測定を行った。
【0019】また、非晶質カーボン膜の硬さを、マイクロビッカース計を用いて荷重20gで測定したところ、非晶質カーボン膜の硬さは、中間層13の影響を受けず、1800〜2000Kg/mm2程度であった。
【0020】本発明に基づく実施例を更に詳細に説明する。
実施例1純度97%のアルミナ基体12上に、800℃の温度条件で、プラズマCVD法により非晶質の炭化ケイ素製中間層13を1μm厚に形成した。そして、この中間層13の上に、非晶質カーボン製の表層14を同じくプラズマCVD法によって形成し、セラミックバルブ用部材とした。上記アルミナ基体12のRaは0.1μm、表層14のRaは0.25μmであったため、差し引きした表面粗さRaの劣化は0.15μmとなった。また、この表層14の前記スクラッチ強度は90gであり、中間層13のない比較用部材(スクラッチ強度25g)と比較した密着力は3.6倍であった。この内容を下記表1にも記載した。
【0021】
【表1】


【0022】実施例2、3及び比較例1〜4中間層13の素材、膜厚、形成温度を代えた以外は実施例1と同様にして実施例2及び3のセラミックバルブ用部材を形成した。これらの詳細は表1に示した。また、比較例に関しては、比較例1は中間層13を形成せず、比較例4は金属Siを素材とした中間層13をプラズマCVD法の代りにプラズマ励起スパッタ法で形成しているが、その他は実施例2、3と同様にしてセラミックバルブ用部材を形成した。これらの詳細はを表2に示した。
【0023】
【表2】


【0024】表1から明らかなように、各実施例で作成したセラミックバルブ用部材は、表層14の接着力が大きく、中間層13を形成しない場合に比較して約2倍以上となった。また、表2に示すように、比較例で作成したセラミックバルブ用部材は、中間層13の形成温度が低い場合(比較例2)、あるいは中間層13の素材がセラミックでない場合(比較例4)については、中間層13を用いないときよりも密着力が低下してしまった。更に、上記形成温度を1500℃とした場合(比較例3)は、アルミナ基体12が熱変形して使用不可能となった。
【0025】次に、上記実施例1〜3及び比較例1〜4で作成したセラミックバルブ用部材を実際の湯水混合栓に組み込んで試験した。その結果、比較例3の部材に関しては、初期より止水することができなかった。残りの部材については、「止水→水だし→止水→湯出し→止水」のサイクルを5万回繰り返した後の漏水の有無を調べた。その結果、実施例1〜3で作成した部材を使用したものに関しては漏水は全くなかった。一方、比較例1、2、4の部材については漏水していた。
【0026】試験後の部材を目視で確認したところ、上記各比較例の部材の表層14は高温水側に剥離が生じており、これが漏水の原因となっていることが分った。一方、実施例1〜3の部材については前記サイクルを合計30万回まで繰り返した。そして試験後の部材を目視で確認したが、いずれの部材も高温水側の剥離、及びスクラッチ傷による剥離は生じていなかった。
【0027】
【発明の効果】以上に説明したように、本発明のセラミックバルブ用部材は中間層としてSi系非酸化物膜を形成しているため、アルミナ基体と非晶質カーボン膜製の表層との密着力が増大する。また、中間層の厚さを0.1〜10μmとすれば、中間層自身が剥離することがないため、表層と基体との密着力が安定する。更に、表層の厚さを0.1〜10μmとすれば表層の摩耗による消失が生じにくくなる。
【0028】また、本発明の製造方法によれば、前記中間層としてのSi系非酸化物の非晶質膜を、少なくとも500℃以上の温度条件で気相成長法により形成するため、セラミック基体との密着性が良好となる。
【図面の簡単な説明】
【図1】本発明に基づくセラミックバルブ用部材の一例を示す斜視図
【図2】図1のA−A線における部分断面図
【符号の説明】
11…セラミックバルブ用部材、12…アルミナ基体、13…中間層、14…表層。

【特許請求の範囲】
【請求項1】 湯水混合栓の摺動部に用いるセラミックバルブ用部材であって、このセラミックバルブ部材は、アルミナ製のセラミック基体上に、中間層としてのSi系非酸化物膜と、表層としての非晶質カーボン膜とが、この順に積層されていることを特徴とするセラミックバルブ用部材。
【請求項2】 前記Si系非酸化物膜の厚さは0.1乃至10μmであり、前記非晶質カーボン膜の厚さは0.1乃至10μmであり、かつこの非晶質カーボン膜のビッカース硬さは1500Kg/mm2以上であることを特徴とする請求項1記載のセラミックバルブ用部材。
【請求項3】 アルミナ製のセラミック基体上に、中間層としてのSi系非酸化物の非晶質膜を、少なくとも500℃以上の温度条件で気相成長法により形成し、更にこの中間層の上に、表層としての非晶質カーボン膜を、同じく気相成長法により形成することを特徴とするセラミックバルブ用部材の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開平6−227882
【公開日】平成6年(1994)8月16日
【国際特許分類】
【出願番号】特願平5−42129
【出願日】平成5年(1993)2月5日
【出願人】(000010087)東陶機器株式会社 (3,889)
【出願人】(591029699)日本アイ・ティ・エフ株式会社 (25)