説明

セリシン由来のポリペプチドおよび細胞増殖促進剤

【課題】細胞増殖や細胞機能を高めるのに有効な新たなセリシン由来成分を提供することにある。
【解決手段】本発明によるセリシン由来のポリペプチドは、繭糸から水を用いて抽出して得られたセリシンの水溶液を、陰イオン交換カラムと接触させ、非吸着画分を緩衝液Aとしてのトリス塩酸緩衝液で洗浄除去した後、陰イオン交換カラムに吸着した画分を、前記トリス塩酸緩衝液(緩衝液A)と、緩衝液Bとしての塩化ナトリウムを含むトリス塩酸緩衝液との容量比が7:3〜9:1の混合溶出液にて、溶出し回収することにより得られるものである。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、絹タンパク質セリシンに由来する特定の性質を持つポリペプチドに関する。詳しくは本発明は、絹タンパク質セリシンより特定の条件下にて選択的に得られたポリペプチドであって、優れた細胞の増殖促進活性を有するポリペプチドに関する。本発明はまた、このようなポリペプチドを有効成分とする細胞増殖促進剤にも関する。
【背景技術】
【0002】
近時、生命科学の分野では、細胞培養技術または組織培養技術を適用して、目的物質を産生する細胞を大量培養することによって、有用物質を工業的規模で生産することが重要になっている。例えば、動物細胞においては、通常、このようにして目的の動物細胞を培養する場合は、アミノ酸、ビタミン、無機塩および糖類等からなる基礎培地に、動物細胞増殖因子を添加した培養培地を使用するのが一般的である。この場合、動物細胞増殖因子としては、通常、ウシ胎児血清や子ウシ血清などのような血清成分が使用される。一般的には、ウシ胎児血清または子ウシ血清を使用する場合には、基礎培地に対して5〜20容量%程度添加する必要がある。
【0003】
しかしながら、ウシ胎児血清や子ウシ血清などのような血清は、その供給に制限があり、一般的に非常に高価である。これは、目的産物の製造コストの上昇を招くこととなる。また、血清は、ロットによりその特質に差が生じやすく、これは再現性が求められる培養にとっては望ましくない。また血清を用いた培養の際には、培養上清から産生物を回収する場合に精製が難しくなることが多い。さらに、動物由来の血清には、ヤコブ病を導くことが危惧されている狂牛病やヒツジのスクレイピーといったプリオンに加え、ウイルスによる感染の危険があり、目的産物の安全性が充分に確保できない可能性もある。
【0004】
さらには、生命科学分野の実験において血清を含む培地を用いる場合、血清は未知の成分を含む非常に多くの種類の成分から構成されているため、実験系が複雑になってしまい、原因と結果との因果関係を論じる際に混乱が生じ易いという問題がある。このため、ウシ胎児血清や子ウシ血清のような血清に代えて、既知の細胞成長因子やホルモン類等を含む細胞培養用の培地が注目されている。
【0005】
しかしながら、これらの細胞成長因子やホルモン類は、天然における存在量が微量であるため、一般的にウシ胎児血清や子ウシ血清以上に高価であり、その使用は制限される。
【0006】
さらには、これら血清等を含む哺乳動物由来因子を用いる場合、人畜共通感染症の懸念がある。
【0007】
したがって、血清や、これらの既知の細胞成長因子等に代わる安全かつ比較的安価な細胞増殖因子もしくは細胞増殖手段が望まれていた。
【0008】
特開平11−243948号公報(特許文献1)および特開平11−253155号公報(特許文献2)には、絹皮膜からなる細胞培養床を使用することが提案されている。しかしながら、これらは細胞の接着性を高め細胞の増殖を促進させることができるが、皮膜を形成する際、絹タンパク質を不溶化させるための結晶化処理を必要とするため、操作が煩雑になってしまう。
【0009】
国際公開WO02/86133号(特許4047176号)(特許文献3)には、セリシンまたはセリシン誘導体を含む動物細胞培養用培地添加剤、およびそれを含む培地が開示されている。ここでは、セリシンは、天然または合成のセリシンタンパクであって、解明されているアミノ酸の全長配列を有するもの、またはその加水分解物とされている。また、セリシン誘導体は、全長配列に繰り返し存在する、38アミノ酸からなる領域を少なくとも含んでなるものであるとされている。
【0010】
しかしながら、セリシンまたはセリシン加水分解物等の内の有効成分については知られておらず、有効でない成分を含んだまま利用されているのが実状であると言える。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0011】
【特許文献1】特開平11−243948号公報
【特許文献2】特開平11−253155号公報
【特許文献3】国際公開WO02/86133号
【発明の概要】
【0012】
本発明者らは今般、繭糸から加水分解させて抽出したセリシン(以下、単に「抽出セリシン」または「セリシン」ということがある)から選択的に分画した特定のポリペプチドを、細胞培養のための基礎培地に添加して細胞培養を行うと、目的とする細胞を効果的に増殖させることができることがわかった。この細胞増殖活性は、抽出セリシンよりも顕著に優れていた。さらに、より優れた効果を有するセリシン由来のポリペプチドを得るための分画条件を見出すことにも成功した。本発明はこれらの知見に基づくものである。
【0013】
本発明は、セリシン由来であって、細胞増殖や細胞機能を高めるのに有効な新たな成分を提供することを目的とする。本発明はまた、そのような成分を有効成分とする細胞増殖促進剤の提供もその目的とする。
【0014】
本発明によるセリシン由来のポリペプチドは、
繭糸から水を用いて抽出して得られたセリシンの水溶液を、陰イオン交換カラムと接触させ、非吸着画分を緩衝液Aとしてのトリス塩酸緩衝液で洗浄除去した後、陰イオン交換カラムに吸着した画分を、前記トリス塩酸緩衝液(緩衝液A)と、緩衝液Bとしての塩化ナトリウムを含むトリス塩酸緩衝液との容量比が7:3〜9:1の混合溶出液にて、溶出し回収することにより得られるものである。
【0015】
本発明の一つの好ましい態様によれば、本発明によるポリペプチドは、トリス塩酸緩衝液(緩衝液A)として、20〜30mMのTris−HCl(pH7.8〜8.5)を含む緩衝液を使用し、塩化ナトリウムを含むトリス塩酸緩衝液(緩衝液B)として、20〜30mMのTris−HClと0.1〜1MのNaClとを含む緩衝液を使用して得られるものである。
【0016】
本発明の一つのより好ましい態様によれば、本発明によるポリペプチドは、溶出に際し、緩衝液Aと緩衝液Bとの容量比が8:2の混合溶出液を使用して得られるものである。
【0017】
本発明の別の好ましい態様によれば、本発明によるポリペプチドにおいて、陰イオン交換カラムとして、ポリアクリルアミドを含むものを使用する。
【0018】
本発明の別のより好ましい態様によれば、本発明によるポリペプチドにおいて、陰イオン交換カラムとして、UNOイオン交換カラム(商品名)(日本バイオ・ラッド・ラボラトリーズ社製)を使用する。
【0019】
本発明による細胞増殖促進剤は、本発明のポリペプチドを有効成分とするものである。
【0020】
本発明による細胞培養用培地は、本発明による細胞増殖促進剤を含んでなる。
【0021】
本発明による細胞凍結液は、本発明のポリペプチドを含んでなるものである。
【0022】
本発明よれば、細胞増殖促進活性を有する、セリシン由来のポリペプチドの製造方法であって、
繭糸から水を用いて抽出して得られたセリシンの水溶液を、陰イオン交換カラムと接触させ、非吸着画分を緩衝液Aとしてのトリス塩酸緩衝液で洗浄除去した後、陰イオン交換カラムに吸着した画分を、前記トリス塩酸緩衝液(緩衝液A)と、緩衝液Bとしての塩化ナトリウムを含むトリス塩酸緩衝液との容量比が7:3〜9:1の混合溶出液にて、溶出し回収することを含んでなる方法、が提供される。
【0023】
本発明の一つの好ましい態様によれば、本発明の製造方法において、トリス塩酸緩衝液(緩衝液A)として、20〜30mMのTris−HCl(pH7.8〜8.5)を含む緩衝液を使用し、塩化ナトリウムを含むトリス塩酸緩衝液(緩衝液B)として、20〜30mMのTris−HClと0.1〜1MのNaClとを含む緩衝液を使用する。
【0024】
本発明の一つのより好ましい態様によれば、本発明の製造方法において、溶出に際し、緩衝液Aと緩衝液Bとの容量比が8:2の混合溶出液を使用する。
【0025】
本発明の別の好ましい態様によれば、本発明の製造方法において、陰イオン交換カラムは、ポリアクリルアミドを含むものである。
【0026】
本発明の別のより好ましい態様によれば、本発明の製造方法において、陰イオン交換カラムは、UNOイオン交換カラム(商品名)(日本バイオ・ラッド・ラボラトリーズ社製)である。
【0027】
本発明の別のより好ましい態様によれば、本発明の製造方法は、溶出液にて溶出し回収されたものを、限外濾過膜を使用して脱塩を行うことをさらに含んでなる。
【0028】
本発明によるセリシン由来のポリペプチドは、優れた細胞増殖促進効果を有する。このため、このポリペプチドを用いて、細胞増速促進剤を得ることができ、またそれを含む細胞培養用培地を得ることができる。本発明のポリペプチドを用いて細胞を培養すると、培養される細胞の増殖を促進させることができ、これは細胞の生存率の向上も期待できる。またこれらを、目的とする有用物質を産生する細胞の培養において適用することにより、該有用物質の産生を促進することが可能となる。
【0029】
また、本発明によれば、細胞の培養において、ウシ胎児または子ウシ血清のような血清成分の使用量を減らすか、またはその使用を回避することができるため、培養生成物の安全性を高めることができる。本発明による細胞増殖促進剤は、培地に添加するだけで、細胞増殖を促進させることができるので、操作や取扱いの上からも有利である。さらに本発明において使用されるセリシンは、血清成分に比べて安価であるため、細胞の製造および有用物質の生産を行うに際して、その製造コストを低減させることができ、有利である。
【図面の簡単な説明】
【0030】
【図1】実施例におけるサンプルの溶出結果を示す。図中、左側の縦軸は検出器で測定した相対強度(任意単位(AU: arbitrary unit))を表し、右側の縦軸は、緩衝液Bの溶出液中の比率を表す。
【発明の具体的説明】
【0031】
セリシン由来のポリペプチドおよび製造方法
本発明によるセリシン由来のポリペプチドは、前記したように、
繭糸から水を用いて抽出して得られたセリシンの水溶液を、陰イオン交換カラムと接触させ、非吸着画分を緩衝液Aとしてのトリス塩酸緩衝液で洗浄除去した後、陰イオン交換カラムに吸着した画分を、前記トリス塩酸緩衝液(緩衝液A)と、緩衝液Bとしての塩化ナトリウムを含むトリス塩酸緩衝液との容量比が7:3〜9:1の混合溶出液にて、溶出し回収することにより得られるものである。
【0032】
セリシンとは、繭糸に含まれる天然の絹タンパク質の1種である。本発明によるポリペプチドは、繭糸から抽出したセリシン(後述するように多様なセリシン分子を含む)に分画処理を施すことにより、前記特定のポリペプチドを選択的に調製したものである。
【0033】
本発明によるポリペプチドは、次のようにして調製することができる。
【0034】
はじめに、繭糸からセリシンを抽出する。
非結晶性タンパク質であるセリシンは、親水性溶媒、好ましくは水を用いて繭糸から抽出することができる。例えば、蚕繭や生糸など、繭糸を含んでなる原料を熱水に浸漬して処理することにより、原料中のセリシンを加水分解させて水中に溶出させることができる。このとき、必要に応じて、酸、アルカリまたは酵素を併用してもよい。
【0035】
次いで、濾過、遠心分離などにより、セリシンを含む抽出液から不溶物を除去する。次いで、必要に応じて、中和処理や、透析、ゲル濾過クロマトグラフィー、限外濾過などによる脱塩処理を施して抽出液を精製してもよい。さらに、加熱、減圧、逆浸透膜などにより濃縮してもよいし、熱風乾燥、減圧乾燥、凍結乾燥などにより乾燥し、一旦、固体として回収してもよい。かかる抽出セリシンとしては、例えば「ピュアセリシン」(和光純薬工業株式会社より入手可能)などの市販品を用いることができる。
【0036】
繭糸に含まれる天然のセリシンには、分子量が異なるいくつかの成分があることが知られている。例えば、特開2002−128691号公報によれば、分子量が約40万、約25万、約20万、約3万5千のセリシンが確認されている。前記した繭糸からの抽出液は、これらセリシンを混合した状態で含んでいる。また、セリシン分子が互いに水素結合し、見かけの分子量を増している場合もある。そして、酸、アルカリまたは酵素を併用してセリシンを加水分解させて得た抽出液は、さらに多様な分子種を含む混合物である。
【0037】
本発明ではこのようにして得られたセリシンの水溶液(固体として回収したセリシンを用いる場合には、固体セリシンを水に溶解させた水溶液、またはセリシンを含む抽出液)を使用する。
【0038】
次に、セリシンの水溶液から、本発明によるポリペプチドを分画する。本発明において、分画は、陰イオン交換樹脂を使用した陰イオン交換カラムを用いて行う。
【0039】
具体的には、得られたセリシンの水溶液を、陰イオン交換カラムと接触させ、非吸着画分を緩衝液Aとしてのトリス塩酸緩衝液で洗浄除去した後、陰イオン交換カラムに吸着した画分を、前記トリス塩酸緩衝液(緩衝液A)と、緩衝液Bとしての塩化ナトリウムを含むトリス塩酸緩衝液との容量比が7:3〜9:1の混合溶出液にて、溶出し回収する。
【0040】
すなわちまず、セリシンの水溶液を、陰イオン交換カラム中の陰イオン交換樹脂と接触させ、目的とするポリペプチドを含む画分を陰イオン交換樹脂に吸着させる。接触は、具体的には例えば、陰イオン交換樹脂を充填した陰イオン交換カラムに水溶液をトリス塩酸緩衝液(緩衝液A)を使って、流し込む方法により行うことができる。またこの段階では、一方で、目的外の非吸着画分は、緩衝液Aとしてのトリス塩酸緩衝液で洗浄除去する。
これらの処理により、目的のポリペプチドを含む画分を選択的に保持する一方、目的外の画分を排除することができる。
【0041】
本発明の一つの好ましい態様によれば、トリス塩酸緩衝液(緩衝液A)は、5〜100mMのTris−HClを含む緩衝液であり、より好ましくは10〜50mMのTris−HClを含む緩衝液であり、さらに好ましくは15〜35mMのTris−HClを含む緩衝液であり、さらにより好ましくは20〜30mMのTris−HClを含む緩衝液であり、特に好ましくは約25mMのTris−HClを含む緩衝液である。またこのとき、緩衝液のpH値は、通常、7〜10、好ましくは7.5〜9、より好ましくは7.8〜8.5であり、さらに好ましくは8.0〜8.2であり、特に好ましくはpH約8.1である。よって、本発明の特に好ましい態様によれば、トリス塩酸緩衝液(緩衝液A)は、約25mMのTris−HCl(pH約8.1)を含む緩衝液である。
【0042】
本発明に用いられうる陰イオン交換樹脂は、特に限定されるものでなく、強塩基性、弱塩基性のいずれも使用可能である。本発明においては、ポリペプチドの収率の観点から、弱塩基性陰イオン交換樹脂が好ましい。
【0043】
本発明の別の好ましい態様によれば、陰イオン交換カラムは、ポリアクリルアミドを含むものである。より好ましくは、陰イオン交換カラムは、UNOイオン交換カラム(商品名)(日本バイオ・ラッド・ラボラトリーズ社製)であり、特に好ましくは、UNO Q−12 イオン交換カラム(商品名)(日本バイオ・ラッド・ラボラトリーズ社製)である。
【0044】
カラムに付される水溶液に含まれるセリシンの濃度は、特に限定されないが、収率の観点からは、0.1〜60重量%であることが好ましく、より好ましくは1〜20重量%である。したがって、固体セリシンを水に溶解させた水溶液を用いる場合には、セリシンの濃度がこの範囲になるように調整することが好ましい。
【0045】
水溶液に含まれるセリシンと、陰イオン交換カラム中の陰イオン交換樹脂との使用比率は、使用する樹脂の吸着能力により適宜調整することができる。例えば、最大推奨タンパク質ローディング量が20mg/mlである陰イオン交換樹脂の場合、セリシンの重量1gに対し、樹脂が50〜200mlであることが好ましく、60〜100mlであることがより好ましい。樹脂の比率が下限未満であると、目的のポリペプチドを十分に吸着することができず、その結果、本発明によるポリペプチドを得ることができないことがある。樹脂の比率が上限を超えると、目的のポリペプチドを十分に吸着して余りあり、樹脂量が過剰となる。
【0046】
本発明においては、次いで、陰イオン交換カラムの陰イオン交換樹脂に吸着した画分を回収する。すなわち、陰イオン交換カラムに吸着した画分を、前記トリス塩酸緩衝液(緩衝液A)と、緩衝液Bとしての塩化ナトリウムを含むトリス塩酸緩衝液との容量比が7:3〜9:1の混合溶出液にて、溶出し回収する。
【0047】
本発明の一つの好ましい態様によれば、塩化ナトリウムを含むトリス塩酸緩衝液(緩衝液B)は、5〜100mMのTris−HClと、0.01〜5MのNaClとを含む緩衝液である。ここで緩衝液B中のTris−HCl濃度は、より好ましくは10〜50mM、さらに好ましくは15〜35mM、さらにより好ましくは20〜30mM、特に好ましくは約25mMである。また緩衝液B中のNaCl濃度は、より好ましくは0.1〜1M、さらに好ましくは0.3〜0.7mM、特に好ましくは約0.5Mである。よって、本発明の特に好ましい態様によれば、塩化ナトリウムを含むトリス塩酸緩衝液(緩衝液B)は、約25mMのTris−HClと約0.5MのNaClとを含む緩衝液である。
【0048】
よって、本発明の好ましい態様によれば、前記したように、本発明の製造方法において、トリス塩酸緩衝液(緩衝液A)として、20〜30mMのTris−HCl(pH7.8〜8.5)を含む緩衝液を使用し、塩化ナトリウムを含むトリス塩酸緩衝液(緩衝液B)として、20〜30mMのTris−HClと0.1〜1MのNaClとを含む緩衝液を使用する。本発明の特に好ましい態様によれば、本発明の製造方法において、トリス塩酸緩衝液(緩衝液A)として、25mMのTris−HCl(pH8.1)を含む緩衝液を使用し、塩化ナトリウムを含むトリス塩酸緩衝液(緩衝液B)として、25mMのTris−HClと0.5MのNaClとを含む緩衝液を使用する。
【0049】
本発明の一つのより好ましい態様によれば、溶出に際しては、緩衝液Aと緩衝液Bとの容量比が約8:2の混合溶出液を使用する。このような混合比の溶出液によって得られたポリペプチドは、後述する実施例にあるように優れた細胞増殖活性を示すことができる。
【0050】
回収された液は、必要に応じて、脱塩処理を施すことができる。脱塩処理には、例えば、限外濾過膜を好ましく使用することができる。限外濾過膜は例えば、分画分子量が1,000、3,000、5,000、10,000、30,000などのものを使用することができる。すなわち、本発明の別のより好ましい態様によれば、本発明の製造方法は、溶出液にて溶出し回収されたものを、限外濾過膜を使用して脱塩を行うことをさらに含んでなる。
【0051】
さらに、必要に応じて、濃縮、乾燥のような処理を施すことができる。
【0052】
かくして、本発明によるポリペプチドを得ることができる。例えば、分画前のセリシン100gから、本発明によるポリペプチドを5〜40g得ることができる。
【0053】
細胞増殖促進保護剤
本発明によるポリペプチドは、後述する実施例の評価試験に示されるように、実際に、細胞の増殖を促進することができる。この効果は、市販のセリシン単体よりも、顕著に優れたものである。
【0054】
したがって、本発明による細胞増殖促進剤は、前記したように、本発明のポリペプチドを有効成分とするものである。
【0055】
ここで「細胞増殖促進」とは、動物細胞をはじめとする細胞、培養細胞等の増殖を向上させ、より増殖作用を活性化しうることを言う。
【0056】
ここで細胞は、動物細胞の他、昆虫細胞なども包含される。本発明においては好ましくは動物細胞である。動物細胞は、特に制限はなく、培養細胞として株化されたものであっても、生物組織から得られる株化されていない正常細胞であってもよい。したがって、本発明において動物細胞は、例えば、その細胞自体がタンパク質を産生可能な細胞であっても、遺伝子工学的手法により形質転換されて異種タンパクを発現するようにされた細胞であってもよく、さらには、各種のウイルスベクターにより感染された細胞であってもよい。
【0057】
細胞培養用培地および細胞凍結液
本発明による培地は、前記したように、本発明による細胞増殖促進剤を含んでなる。
【0058】
すなわち、本発明による細胞培養用培地は、前記した細胞増殖促進剤を少なくとも含んでなるものであり、通常はさらに、培地基礎成分を含んでなるものである。したがって、培地は、例えば、アルブミンやトランスフェリン等の結合タンパク、インスリン、上皮増殖因子(EGF)、繊維芽細胞増殖因子や各種ステロイドホルモン等のホルモン類、フィブロネクチン等の細胞接着因子などの各種の細胞増殖因子や、さらには血清を必要に応じて含んでいてもよい。
【0059】
本発明の好ましい態様によれば、本発明による細胞培養用培地は、使用される血清の量が慣用の培地の場合に比べて低減されているものが好ましく、より好ましくは無血清培地である。なおここで、無血清培地とは、血清を含有しないものをいい、血清以外の細胞増殖因子やホルモンを含むものであってもよい。
【0060】
本発明において、細胞培養用培地におけるポリペプチドの含有量は、特に制限はなく、培養する細胞の種類、培養目的、基礎培地成分の種類等に応じて、適宜変更可能である。
本発明の好ましい態様によれば、該培地におけるポリペプチドの含有量は、培地全量に対して、0.001〜10重量%であり、より好ましくは0.02〜0.5重量%であり、さらに好ましくは、0.05〜0.2重量%である。
【0061】
本発明による培地中におけるポリペプチドの含有量が少量であっても本発明は充分な効果を示すことができるが、セリシン由来のポリペプチドは毒性が無く、水溶性にも優れるため、通常は、多量に添加しても問題は実質的に生じない。
【0062】
本発明において、培地基礎成分は、通常細胞が同化し得る炭素源、消化しうる窒素源および無機塩からなるものであり、具体的には例えば無機塩類、アミノ酸、グルコース、およびビタミン類を含むものである。また培地基礎成分には、必要に応じて微量栄養促進物質、前駆物質などの微量有効物質をさらに配合してもよい。
【0063】
このような培地基礎成分としては、当業者において公知の培地成分を使用することができ、具体的には例えば、MEM培地(H.Eagle, Science, 130, pp432(1959))、DMEM培地(R.Dulbecco, Virology, 8, pp396(1959))、RPMI1640培地(G.E.Moore, J.A.M.A., 199, pp519(1967))、Ham'sF12培地(R.G.Ham, Proc. Natl. Acad. Sci. U.S.A., 53, pp288(1965))、MCDB104培地(W.L.Mckeehan, In Vitro, 13, pp399(1977))およびMCDB153培地(D.M.Peehe, In Vitro, 16, pp526(1980))等を例示することができる。また、例えば無血清培地ASF104(味の素株式会社製)、無血清培地SF−O2(三光純薬株式会社製)、無血清培地Hybridoma-SFM(ライフテックオリエンタル株式会社製)、無血清培地BIO-MPM-1(Biological Industries社製)、無血清培地EX-CELLTM302-HDP(JRH BIOSCIENCES社製)、無血清培地Cosmedium001(コスモ・バイオ株式会社製)および無血清培地SFM−101(日水製薬株式会社製)のような培地も、本発明において好適に使用することができる。
【0064】
前記したように、本発明による細胞凍結液は、本発明のポリペプチドを含んでなるものである。
細胞凍結液は、他の成分として、アミノ酸、糖類、緩衝剤成分、さらには、ジメチルスルホキシド(DMSO)、エチレングリコール、プロピレングリコールおよびグリセロールからなる群より選択される成分などを含むことができる。
【0065】
ここで、アミノ酸は、光学異性体、すなわちD体およびL体のいずれをも包含する。また、ここでいうアミノ酸には、天然のタンパク質を構成する20種のα−アミノ酸のみならず、それら以外のα−アミノ酸、ならびにβ−、γ−、δ−アミノ酸および非天然のアミノ酸等が包含されてもよい。
【0066】
糖類としては、単糖類、二糖類のようなオリゴ糖類、多糖類等のいずれのものも包含される。したがって、糖類としては、例えば、グルコース、キシロース、アラビノース、フルクトース、ガラクトース、マンノース、マンニトール、ソルビトール、キシリトール、myo−イノシトール、トレハロース、スクロース、ラクトース、マルトース、セロビオース、ラクチトール、マルチトール、メチルセルロース、カルボキシメチルセルロース、デキストラン、グリコーゲン、アミロース、アミロペクチン、イヌリン、アルギン酸ナトリウム、エチルセルロース、ヒドロキシエチルセルロース、ラフィノース、スタキオース、キサンタンガム、グルコサミン、および、ガラクトサミンなどが挙げられる。
【0067】
緩衝剤成分は、その液のpHが室温(例えば25℃)において6.0〜8.5、好ましくは7.0〜7.5となるように選択されることが望ましい。緩衝剤成分の種類は、上記pHの条件を満たすものであれば、いずれのものであってもよく、例えば、リン酸系(例えばPBS)、BES、TES、アセトアミドグリシン、グリシンアミド、グリシルグリシン、TRICINE、トリスエタノールアミン、ベロナール、およびHEPESなどが挙げられる。
【0068】
さらに、本発明による培地および細胞凍結液は、必要に応じて、他の任意成分をさらに含んでなることができる。ここで他の任意成分としては、例えば、ペプチド、他のタンパク質、糖アルコール、アミノ糖、糖タンパク質、アルコール等の追加成分や、pH調整剤、保湿剤、防腐剤、粘度調整剤等が挙げられる。これらは2種以上を併用しても良い。
【0069】
なお本明細書において、「約」、および「程度」を用いた値の表現は、その値を設定することによる目的を達成する上で、当業者であれば許容することができる値の変動を含む意味である。例えば、所定の値または範囲の20%以内、好ましくは10%以内、より好ましくは5%以内の変動を許容し得ることを意味する。
【実施例】
【0070】
1) 有効成分の抽出
(a) 材料
実験に際し、下記のものを使用した:
・抽出セリシン(「ピュアセリシン」(商品名)(和光純薬工業株式会社より入手))、
・陰イオン交換カラム(UNO Q12 日本バイオ・ラッド・ラボラトリーズ社)、
・緩衝液A(25mM Tris−HCl pH8.1)、
・緩衝液B(25mM Tris−HCl+0.5M NaCl)、
・限外濾過膜(アミコンウルトラ−15(商品名);分画分子量10,000、ミリポア社)、
・測定装置(BIO-RAD社製、BioLogic DuoFlow Chromatography System)。
【0071】
(b) サンプルの調製
(1) 溶解した抽出セリシン(水(1ml)に0.02gのピュアセリシンを溶解させたもの)を用意し、これを、緩衝液Aを流出液として使用して(流速1.0ml/minで10分間)、陰イオン交換カラムに導入した。溶出は、緩衝液Aおよび緩衝液Bを用いたグラジエント溶出法により行った。
このように緩衝液Aを流出液として10分間溶出を行った後、緩衝液A:緩衝液Bを、8:2の割合で混合した混合液を溶出液として引き続き使用して(流速1.0ml/minで5分間)、陰イオン交換カラムに吸着した画分(目的のポリペプチド)を溶出させた。このようにして得られたものを、サンプルXとした。
【0072】
(2) 次いで、緩衝液A:緩衝液Bを6:4の割合で混合した液を溶出液として使用して(流速1.0ml/minで5分間)、陰イオン交換カラムに吸着した画分を溶出させ、サンプルYを得た。
【0073】
(3) その後、緩衝液Bのみからなる液を溶出液として使用して(流速1.0ml/minで10分間)、陰イオン交換カラムに吸着した画分を溶出させ、サンプルZを得た。
【0074】
なおグラジエント法による溶出液の比率の変化と、溶出された液中のピークとの関係についての測定結果は、図1に示されるとおりであった。ここで、溶出された液のピークについては、BIO-RAD社の装置(BioLogic DuoFlow Chromatography System)においてUV検出器(検出波長:280nm)を使用して測定した。
【0075】
得られたサンプルX、Y、およびZのそれぞれについて、限外濾過膜を用いて15,000rpmで30分以上の条件にて遠心をかけ、脱塩処理を行った。
【0076】
(c) 細胞増殖促進活性の測定
サンプルX、Y、およびZと、未分画の抽出セリシン(製品「ピュアセリシン」)と、さらに該抽出セリシンを限外濾過処理のみしたものとを、市販の培地成分(ASF104培地(味の素株式会社製))にそれぞれ1mlあたり1mg添加した。ここにそれぞれ、ハイブリドーマ細胞2E3−O株(文献(F. Makishima, S. Terada, T. Mikami and E. Suzuki “Interleukin-6 is Antiproliferative to a Mouse Hybridoma Cell Line and Promotive for its Antibody Productivity” Cytotechnology 10. 15-23. 1992)に従って入手可能)を、15000cells/mlとなるように播種し、2日間、37℃の5%炭酸ガス雰囲気下で培養した。
培養2日後の細胞密度は測定した。
【0077】
結果は、表1に示される通りであった。
結果にあるように、サンプルXを加えた場合は、サンプルYやサンプルZの場合よりも、細胞増殖促進作用が明らかに高いことが判明した。また、従来品である未分画の抽出セリシン(製品「ピュアセリシン」)よりも高い増殖促進活性があったことも確認された。
【0078】
【表1】

【0079】
(d) アミノ酸組成
サンプルX、Y、およびZと、未分画の抽出セリシン(製品「ピュアセリシン」)のアミノ酸組成を測定した。測定は、高速液体クロマトグラフアミノ酸分析システムLC−10(株式会社島津製作所製)を用い、ポストカラム誘導体化−蛍光検出法によって行った。
【0080】
結果は、表2に示される通りであった。
【0081】
【表2】


【特許請求の範囲】
【請求項1】
セリシン由来のポリペプチドであって、
繭糸から水を用いて抽出して得られたセリシンの水溶液を、陰イオン交換カラムと接触させ、非吸着画分を緩衝液Aとしてのトリス塩酸緩衝液で洗浄除去した後、陰イオン交換カラムに吸着した画分を、前記トリス塩酸緩衝液(緩衝液A)と、緩衝液Bとしての塩化ナトリウムを含むトリス塩酸緩衝液との容量比が7:3〜9:1の混合溶出液にて、溶出し回収することにより得られる、ポリペプチド。
【請求項2】
トリス塩酸緩衝液(緩衝液A)として、20〜30mMのTris−HCl(pH7.8〜8.5)を含む緩衝液を使用し、塩化ナトリウムを含むトリス塩酸緩衝液(緩衝液B)として、20〜30mMのTris−HClと0.1〜1MのNaClとを含む緩衝液を使用する、請求項1に記載のポリペプチド。
【請求項3】
溶出に際し、緩衝液Aと緩衝液Bとの容量比が8:2の混合溶出液を使用する、請求項1または2に記載のポリペプチド。
【請求項4】
陰イオン交換カラムが、ポリアクリルアミドを含むものである、請求項1〜3のいずれか一項に記載のポリペプチド。
【請求項5】
陰イオン交換カラムが、UNOイオン交換カラム(商品名)(日本バイオ・ラッド・ラボラトリーズ社製)である、請求項1〜4のいずれか一項に記載のポリペプチド。
【請求項6】
請求項1〜5のいずれか一項に記載のポリペプチドを有効成分とする、細胞増殖促進剤。
【請求項7】
請求項6に記載の細胞増殖促進剤を含んでなる、細胞培養用培地。
【請求項8】
請求項1〜5のいずれか一項に記載のポリペプチドを含んでなる、細胞凍結液。
【請求項9】
細胞増殖促進活性を有する、セリシン由来のポリペプチドの製造方法であって、
繭糸から水を用いて抽出して得られたセリシンの水溶液を、陰イオン交換カラムと接触させ、非吸着画分を緩衝液Aとしてのトリス塩酸緩衝液で洗浄除去した後、陰イオン交換カラムに吸着した画分を、前記トリス塩酸緩衝液(緩衝液A)と、緩衝液Bとしての塩化ナトリウムを含むトリス塩酸緩衝液との容量比が7:3〜9:1の混合溶出液にて、溶出し回収することを含んでなる、方法。
【請求項10】
トリス塩酸緩衝液(緩衝液A)として、20〜30mMのTris−HCl(pH7.8〜8.5)を含む緩衝液を使用し、塩化ナトリウムを含むトリス塩酸緩衝液(緩衝液B)として、20〜30mMのTris−HClと0.1〜1MのNaClとを含む緩衝液を使用する、請求項9に記載の方法。
【請求項11】
溶出に際し、緩衝液Aと緩衝液Bとの容量比が8:2の混合溶出液を使用する、請求項9または10に記載の方法。
【請求項12】
陰イオン交換カラムが、ポリアクリルアミドを含むものである、請求項9〜11のいずれか一項に記載の方法。
【請求項13】
陰イオン交換カラムが、UNOイオン交換カラム(商品名)(日本バイオ・ラッド・ラボラトリーズ社製)である、請求項9〜12のいずれか一項に記載の方法。
【請求項14】
溶出液にて溶出し回収されたものを、限外濾過膜を使用して脱塩を行うことをさらに含んでなる、請求項9〜13のいずれか一項に記載の方法。

【図1】
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【公開番号】特開2011−136952(P2011−136952A)
【公開日】平成23年7月14日(2011.7.14)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−298288(P2009−298288)
【出願日】平成21年12月28日(2009.12.28)
【出願人】(504145320)国立大学法人福井大学 (287)
【出願人】(503360115)独立行政法人科学技術振興機構 (1,734)
【出願人】(000107907)セーレン株式会社 (462)
【Fターム(参考)】