説明

セルロースの酸化方法及びセルロースの酸化触媒

【課題】TEMPO(2,2,6,6−テトラメチル−1−ピペリジン−N−オキシラジカル)よりも安価な4−ヒドロキシTEMPO誘導体を用いたセルロースナノファイバー製造方法を提供する。
【解決手段】N−オキシル化合物、すなわち、4−ヒドロキシTEMPOの水酸基を炭素数4以下の直鎖或いは分岐状炭素鎖を有するアルコールでエーテル化、またはスルホン酸でエステル化し、疎水性を付与した下記式などの4−ヒドロキシTEMPO誘導体を触媒とすることでセルロース系原料を効率良くナノファイバー化できる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、特定のN−オキシル化合物をセルロース酸化触媒として利用することで従来よりも安価にセルロースナノファイバーを製造することができる方法に関する。
【背景技術】
【0002】
セルロース素材を触媒量の2,2,6,6−テトラメチル−1−ピペリジン−N−オキシラジカル(以下、TEMPOという。)と安価な酸化剤である次亜塩素酸ナトリウム共存下で処理するとセルロースミクロフィブリル表面にカルボキシル基を効率よく導入でき、わずかな解繊エネルギーで均一かつ透明なセルロースナノファイバー水溶液が製造できる(非特許文献1 Saito, T., et al., Cellulose Commun., 14 (2), 62 (2007))。このナノセルロース製造技術は溶媒として水を使用すること、反応副生成物が塩化ナトリウムのみであること等、反応プロセスとしての環境調和性には優位性があるものの、TEMPOが非常に高価であるため製造コストの観点からは改善の余地がある。
【0003】
TEMPOの誘導体である4−ヒドロキシTEMPOはTEMPOより合成が簡単であること、欧州の化審法に登録済みであるため輸出や国内流通が容易であること、しかもTEMPOよりも生分解性に優れることから国内でも年間数百トン程度の規模で生産されており、主に石油化学工業分野で重合禁止剤や汚れ防止剤として利用されている。このため4−ヒドロキシTEMPOはTEMPOに比べてかなり安価に入手可能である。しかし、4−ヒドロキシTEMPOは木材セルロースのミクロフィブリル表面に効率良くカルボキシル基を導入することができないため、木材セルロースをナノファイバー化することは困難であった。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0004】
【非特許文献1】Saito, T., et al., Cellulose Commun., 14 (2), 62 (2007)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明は、TEMPOよりも安価な4−ヒドロキシTEMPO誘導体を用いたセルロースナノファイバー製造方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者らは、かかる従来技術の難点を解消するために鋭意検討した結果、下記式1又は2のいずれかで表されるN−オキシル化合物、すなわち、4−ヒドロキシTEMPOの水酸基を炭素数4以下の直鎖或いは分岐状炭素鎖を有するアルコールでエーテル化、またはスルホン酸でエステル化し、疎水性を付与した4−ヒドロキシTEMPO誘導体と、臭化物、ヨウ化物及びこれらの混合物からなる群から選択される化合物を触媒とすることでセルロース系原料を効率良くナノファイバー化できることを見出し、その知見に基づき本発明をなすに至った。
【0007】
【化1】

【0008】
【化2】

【0009】
(ただし、Rは炭素数4以下の直鎖或いは分岐状炭素鎖である。)
【発明の効果】
【0010】
本発明の4−ヒドロキシTEMPO誘導体を触媒として利用することで、セルロース系原料より従来のTEMPOよりも安価に均一かつ高品質なセルロースナノファイバーを製造することができる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【図1】実施例1のセルロースナノファイバー水溶液における透過型電子顕微鏡写真である。
【発明を実施するための形態】
【0012】
本発明で用いる4−ヒドロキシTEMPO誘導体としては、水酸基を炭素数4以下の直鎖或いは分岐状炭素鎖を有するアルコールでエーテル化するか、スルホン酸でエステル化したものであればよい。また、炭素数が4以下であれば飽和、不飽和結合の有無に関わらず水溶性となり、酸化触媒として機能する。しかし、炭素数が5以上になると疎水性が顕著に向上し、水に不溶性となるため、酸化触媒としての機能を失う。具体的には、本発明で用いる4−ヒドロキシTEMPO誘導体は、下記式1又は2のいずれかで表される。
【0013】
【化3】

【0014】
【化4】

【0015】
(ただし、Rは炭素数4以下の直鎖或いは分岐状炭素鎖である。)
4−ヒドロキシTEMPO誘導体の使用量は、セルロース系原料をナノファイバー化できる触媒量であれば特に制限されない。例えば、絶乾1gのセルロース系原料に対して、0.01〜10mmol、好ましくは0.01〜1mmol、さらに好ましくは0.05〜0.5mmol程度である。
【0016】
本発明のセルロース系原料の酸化方法は、前記4−ヒドロキシTEMPO誘導体と、臭化物、ヨウ化物及びこれら混合物からなる群から選択される化合物との存在下で、酸化剤を用い水中にて行うことを特徴とするもので、これにより得られた酸化されたセルロース系原料は効率良くナノファイバー化することができる。この臭化物またはヨウ化物としては、水中で解離してイオン化可能な化合物、例えば、臭化アルカリ金属やヨウ化アルカリ金属などが使用できる。臭化物またはヨウ化物の使用量は、酸化反応を促進できる範囲で選択できる。例えば、絶乾1gのセルロース系原料に対して、0.1〜100mmol、好ましくは0.1〜10mmol、さらに好ましくは0.5〜5mmol程度である。
【0017】
酸化剤としては、ハロゲン、次亜ハロゲン酸、亜ハロゲン酸や過ハロゲン酸またはそれらの塩、ハロゲン酸化物、過酸化物など、目的の酸化反応を推進し得る酸化剤であれば、いずれの酸化剤も使用できる。ナノファイバー生産コストの観点から、使用する酸化剤として現在工業プロセスにおいて最も汎用されている安価で環境負荷の少ない次亜塩素酸ナトリウムが好適である。酸化剤の使用量は、酸化反応を促進できる範囲で選択できる。例えば、絶乾1gの漂白済み木材パルプに対して、0.5〜500mmol、好ましくは0.5〜50mmol、さらに好ましくは2.5〜25mmol程度である。
【0018】
本発明で用いるセルロース系原料は特に限定されるものではなく、各種木材由来のクラフトあるいはサルファイトパルプ、それらを高圧ホモジナイザーやミル等で粉砕した粉末状セルロースや酸加水分解などの化学処理により精製した微結晶セルロース粉末を使用できる。このうち、漂白済みクラフトパルプまたは漂白済みサルファイトパルプを使用することが好ましい。
【0019】
本発明の方法は温和な条件であっても酸化反応を円滑に進行させることができるという特色がある。そのため、反応温度は15〜30℃程度の室温であってもセルロース系原料を効率良く酸化できる。なお、反応の進行に伴ってセルロースにカルボキシル基が生成し、反応液のpH低下が認められる。そのため、酸化反応を効率良く進行させるためには、反応液のpHを9〜12、好ましくは10〜11程度に維持することが望ましい。
【0020】
本発明にて得られた酸化処理されたセルロースより、簡易な方法で解繊処理することによりセルロースナノファイバーを得ることができる。例えば、酸化処理されたセルロース系原料を十分に水洗し、高速せん断ミキサーや高圧ホモジナイザーなど公知の混合・攪拌、乳化・分散装置を必要に応じて単独もしくは2種類以上組合せて処理することでセルロースナノファイバー化することができる。装置の種類として高速回転式、コロイドミル式、高圧式、ロールミル式、超音波式などが挙げられる。せん断速度は1000sec−1以上であれば、凝集構造のない均一かつ透明なセルロースナノファイバーを得ることができる。
【0021】
本発明により製造されたセルロースナノファイバーは、幅2〜5nm、長さ1〜5μm程度のセルロースシングルミクロフィブリルである。このセルロースナノファイバーは、バリヤー性、透明性、耐熱性に優れるので、包装材料等の様々な用途に使用することが可能である。例えば、セルロースナノファイバーを紙基材に塗布または含浸して含有させた紙シートは、バリヤー性、耐熱性に優れた包装材料として使用することができる。
【0022】
[作用]
本発明の4−ヒドロキシTEMPO誘導体がセルロース系原料のナノファイバー化に優れる理由について以下のように推察している。木材細胞壁はセルロースミクロフィブリル、ヘミセルロース、リグニンから構成され、セルロースミクロフィブリル間の空間的スペースは4〜5nmである。この間隙にヘミセルロースとリグニン分子がコンパクトに詰め込まれている(セルロース学会編,セルロースの事典,p.111,朝倉書店(2000))。セルロースおよびヘミセルロース分子鎖にはC−OH基に由来する親水性領域とC−H基に由来する疎水領域があるため、ミクロフィブリル間隙には親水性領域と疎水性領域が混在する。親水性領域は水素結合サイトを有する親水性の高い化合物と相互作用し易く、疎水性領域は疎水性に富む化合物と相互作用し易いと考えられる。従って、この間隙に入り込み、ミクロフィブリル表面に存在するセルロースの一級水酸基を効率良く酸化するにはTEMPO部分構造として下記2点を満足する必要がある。
(1)親水性領域と強く相互作用可能な水素結合サイトがなく、ミクロフィブリル間隙に存在する親水性領域を自由に移動できる。
(2)適度な疎水性を有し、ミクロフィブリル間隙に存在する疎水性領域へ容易に進入できる。
【0023】
4−ヒドロキシTEMPOや4−オキソTEMPOは相互に強く水素結合できる水酸基やカルボニル基をTEMPO構造の4位に有しているため、ミクロフィブリル間隙に入り込むことができたとしても水素結合サイトが多数存在する親水性領域と強く吸着し、効率の良い触媒酸化が進行しない。しかし、高い水素結合能を有する4位水酸基をアルキルエーテルあるいはアセトキシ基などへ置換すれば、水素結合能を低下させ、かつ適度な疎水性を付与できるためミクロフィブリル表面の酸化反応が円滑に進行し、水分散性に優れたセルロ−スナノファイバーが得られるものと推察される。なお、疎水化した候補化合物として4−ヒドロキシTEMPOの4位にある水酸基を酸化して得られる4−オキソTEMPOも検討したが、4−ヒドロキシTEMPO同様、ナノファイバー化には不適であった。
【実施例】
【0024】
次に実施例に基づき、本発明をさらに詳細に説明するが、本発明の内容は、それらに限定されるべきものではない。
[実施例1]
針葉樹由来の漂白済み未叩解サルファイトパルプ(日本製紙ケミカル社)5g(絶乾)を4−メトキシTEMPO(Sigma Aldrich社)94mg(0.5mmol)と臭化ナトリウム755mg(5mmol)を溶解した水溶液500mlに加え、パルプが均一に分散するまで攪拌した。反応系に次亜塩素酸ナトリウム水溶液(有効塩素5%)18ml添加した後、0.5N塩酸水溶液でpHを10.3に調整し、酸化反応を開始した。反応中は系内のpHは低下するが、0.5N水酸化ナトリウム水溶液を逐次添加し、pH10に調整した。2時間反応した後、ガラスフィルターで濾過し、十分に水洗することで酸化処理したパルプを得た。酸化処理したパルプの0.3%(w/v)スラリーを12,000rpmで10分攪拌したところ、透明なゲル状水溶液が得られた。この水溶液を透過型電子顕微鏡で観察するとナノファイバー化していることが確認できた(写真1)。また、0.3%(w/v)のセルロースナノファーバー水溶液のB型粘度(60rpm、20℃)は950mPa・sであった。
【0025】
[実施例2]
4−tert−ブトキシTEMPOを用いた以外、実施例1と同様にして酸化反応を行い、12,000rpmで10分攪拌したところ、ナノファイバー化していることが確認できた。また、0.3%(w/v)のセルロースナノファイバー水溶液のB型粘度(60rpm、20℃)は930mPa・sであった。
【0026】
なお、4−tert−ブトキシTEMPOは4−ヒドロキシTEMPOとtert−ブチルクロライドをジクロロメタン中で、0〜5℃で反応することで得た。
【0027】
[参考例3]
4−O−アセチルTEMPOを用いた以外、実施例1と同様にして酸化反応を行い、12,000rpmで10分攪拌したところ、ナノファイバー化していることが確認できた。また、0.3%(w/v)のセルロースナノファイバー水溶液のB型粘度(60rpm、20℃)は980mPa・sであった。
【0028】
なお、4−O−アセチルTEMPOは4−ヒドロキシTEMPOとアセチルクロライドをジクロロメタン中で、0〜5℃で反応することで得た。
【0029】
[参考例4]
4−O−ブチリルTEMPOを用いた以外、実施例1と同様にして酸化反応を行い、12,000rpmで10分攪拌したところ、ナノファイバー化していることが確認できた。また、0.3%(w/v)のセルロースナノファイバー水溶液のB型粘度(60rpm、20℃)は900mPa・sであった。
【0030】
なお、4−O−ブチリルTEMPOは4−ヒドロキシTEMPOとブチリルクロライドをジクロロメタン中で、0〜5℃で反応することで得た。
【0031】
[実施例5]
4−O−メタンスルホニルTEMPOを用いた以外、実施例1と同様にして酸化反応を行い、12,000rpmで10分攪拌したところ、ナノファイバー化していることが確認できた。また、0.3%(w/v)のセルロースナノファイバー水溶液のB型粘度(60rpm、20℃)は1050mPa・sであった。
【0032】
なお、4−O−メタンスルホニルTEMPOは4−ヒドロキシTEMPOとメタンスルホニルクロライドをジクロロメタン中で、0〜5℃で反応することで得た。
[実施例6]
4−O−ブタンスルホニルTEMPOを用いた以外、実施例1と同様にして酸化反応を行い、12,000rpmで10分攪拌したところ、ナノファイバー化していることが確認できた。また、0.3%(w/v)のセルロースナノファイバー水溶液のB型粘度(60rpm、20℃)は1020mPa・sであった。
【0033】
なお、4−O−ブタンスルホニルTEMPOは4−ヒドロキシTEMPOとブタンスルホニルクロライドをジクロロメタン中で、0〜5℃で反応することで得た。
【0034】
[比較例1]
4−ペントキシTEMPOは水に溶解せず、ナノファイバー化しなかった。
【0035】
[比較例2]
4−O−2−メチルブチリルTEMPOは水に溶解せず、ナノファイバー化しなかった。
【0036】
[比較例3]
4−O−ペンタンスルホニルTEMPOは水に溶解せず、ナノファイバー化しなかった。
【0037】
[比較例4]
4−O−ベンゾイルTEMPO(Sigma Aldrich社)は水に溶解せず、ナノファイバー化しなかった。
【0038】
実施例1〜2、実施例5〜6及び参考例3〜4で得られたセルロースナノファイバー水溶液についてB型粘度(20℃、60rpm)、および酸素バリヤー性を測定した。また、ポリエチレンテレフタレートフィルム(厚み20μm)片面にセルロースナノファイバー水溶液を塗布し、膜厚100nmの皮膜を形成させたフィルムを調製し、MOCON社 OXTRAN 10/50A を用い、JIS K 7126 B法に示された測定方法に準じて酸素バリヤー性を測定した。また、透明性を目視にて評価し、○が良好、△がやや良好、×が不良と評価した。
結果を表1に示した。
【0039】
【表1】

【0040】
実施例1〜2及び実施例5〜6の4−ヒドロキシTEMPO誘導体を触媒として用いたセルロースの酸化反応では、透明性、酸素バリヤー性に優れる高品質のナノファイバーが得られる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記式1〜2:
【化1】

【化2】

(ただし、Rは炭素数4以下の直鎖或いは分岐状炭素鎖である。)
のいずれかで表されるN−オキシル化合物と、臭化物、ヨウ化物及びこれらの混合物からなる群から選択される化合物と、からなる、セルロースナノファイバーの製造に用いるセルロースの酸化触媒。
【請求項2】
前記N−オキシル化合物は、4−メトキシ−2,2,6,6−テトラメチル−1−ピペリジン−N−オキシラジカル、4−tert−ブトキシ−2,2,6,6−テトラメチル−1−ピペリジン−N−オキシラジカル、4−o−メタンスルホニル−2,2,6,6−テトラメチル−1−ピペリジン−N−オキシラジカル及び4−o−ブタンスルホニル−2,2,6,6−テトラメチル−1−ピペリジン−N−オキシラジカルから選択される、請求項1に記載の酸化触媒。
【請求項3】
下記式1〜2:
【化3】

【化4】

(ただし、Rは炭素数4以下の直鎖或いは分岐状炭素鎖である。)
のいずれかで表されるN−オキシル化合物と、臭化物、ヨウ化物及びこれらの混合物からなる群から選択される化合物と、からなる酸化触媒の存在下で、酸化剤を用い水中にてセルロース系原料を酸化することを特徴とする、セルロースナノファイバーを製造するための、セルロースの酸化方法。
【請求項4】
前記N−オキシル化合物は、4−メトキシ−2,2,6,6−テトラメチル−1−ピペリジン−N−オキシラジカル、4−tert−ブトキシ−2,2,6,6−テトラメチル−1−ピペリジン−N−オキシラジカル、4−o−メタンスルホニル−2,2,6,6−テトラメチル−1−ピペリジン−N−オキシラジカル及び4−o−ブタンスルホニル−2,2,6,6−テトラメチル−1−ピペリジン−N−オキシラジカルから選択される、請求項3に記載の酸化方法。

【図1】
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【公開番号】特開2010−209510(P2010−209510A)
【公開日】平成22年9月24日(2010.9.24)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−47998(P2010−47998)
【出願日】平成22年3月4日(2010.3.4)
【分割の表示】特願2008−329697(P2008−329697)の分割
【原出願日】平成20年12月25日(2008.12.25)
【出願人】(000183484)日本製紙株式会社 (981)
【Fターム(参考)】