説明

セルロースナノファイバーとその製造方法、複合樹脂組成物、成形体

【課題】耐熱性が高く、補強効果に優れたセルロースナノファイバーと、前記セルロースナノファイバーを効率よく製造する方法、前記セルロースナノファイバーを含有する複合樹脂組成物、前記複合樹脂組成物を成形してなる成形体を提供する。
【解決手段】本発明のセルロースナノファイバーは、平均重合度が600以上30000以下であり、アスペクト比が20〜10000であり、平均直径が1〜800nmであり、X線回折パターンにおいて、Iβ型の結晶ピークを有し、水酸基が修飾基により化学修飾されていることを特徴とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、セルロースナノファイバーとその製造方法、複合樹脂組成物、成形体に関する。
【背景技術】
【0002】
セルロースナノファイバーは、従来から高分子複合材料の補強材として使用されている。
該セルロースナノファイバーは、パルプ等のセルロース繊維を機械的にせん断することにより得られるのが一般的であったが、近年、イオン液体を用いて繊維原料を解繊処理する方法が提案されている(特許文献1)。
【0003】
特許文献1に記載の方法は、機械的せん断を充分に行う必要が無いため、繊維にダメージを与えるおそれがなく、強度やアスペクト比の高いセルロースナノファイバーを容易に得ることができるという点で優れている。
【0004】
また、高分子複合材料との親和性を高めるためにセルロースナノファイバーの水酸基を修飾基で修飾する方法が提案されている(特許文献2)。
【0005】
特許文献2に記載の方法は、セルロースナノファイバーの表面をポリビニルアセタールでグラフト形成することにより、高分子複合材料との親和性を向上させ、優れた分散性を示す点で優れている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2009−179913号公報
【特許文献2】特開2009−144262号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかし、これらの方法を組み合わせて、水酸基が修飾されたセルロースナノファイバーを得る場合、セルロースナノファイバーの調製後に、修飾を行う二段階工程を行う必要があった。
かかる二段階工程によると、二倍の工程数を必要とするため、管理に労力を要し、コストも高くなり、使用する溶媒量が多く環境負荷も高いという問題点があった。
また、セルロースナノファイバーを調製する際に増粘するため、結晶性の低いセルロース部位の加水分解プロセス(硫酸処理)が必要であり、得られたセルロースナノファイバーが損傷を受けるおそれがあり、耐熱性の面で改良の余地があった。
さらに、加水分解プロセスに用いられる加水分解剤が、イオン液体と分離しにくいため、イオン液体のリサイクルが難しいという問題点があった。
【0008】
本発明は、上記事情に鑑みてなされたものであって、耐熱性が高く、補強効果に優れたセルロースナノファイバーと、前記セルロースナノファイバーを効率よく製造する方法、前記セルロースナノファイバーを含有する複合樹脂組成物、前記複合樹脂組成物を成形してなる成形体を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
(1)本発明のセルロースナノファイバーは、平均重合度が600以上30000以下であり、アスペクト比が20〜10000であり、平均直径が1〜800nmであり、X線回折パターンにおいて、Iβ型の結晶ピークを有し、水酸基が修飾基により化学修飾されていることを特徴とする。
(2)本発明のセルロースナノファイバーは、熱分解温度が330℃以上であることが好ましい。
(3)本発明のセルロースナノファイバーは、SP値8〜13の有機溶媒における飽和吸収率が300〜5000質量%であることが好ましい。
(4)本発明のセルロースナノファイバーは、前記有機溶媒が、非水溶性溶媒であることが好ましい。
(5)本発明のセルロースナノファイバーは、前記修飾基により、水酸基がエステル化又はエーテル化されていることが好ましい。
(6)本発明のセルロースナノファイバーは、全体の水酸基に対する修飾率が0.01%〜50%であることが好ましい。
(7)本発明のセルロースナノファイバーは、θの範囲を0〜30とするX線回折パターンが、14≦θ≦18に1つ又は2つのピークと、20≦θ≦24に1つ又は2つのピークとを有し、他にはピークを有さないことが好ましい。
(8)本発明の複合樹脂組成物は、前記セルロースナノファイバーを樹脂中に含有することを特徴とする。
(9)本発明の複合樹脂組成物は、400〜700nmにおける平均光線透過率が60%以上であることが好ましい。
(10)本発明の成形体は、前記複合樹脂組成物を成形してなることを特徴とする。
(11)本発明のセルロースナノファイバーの製造方法は、セルロース原料を、イオン液体を含む溶液中で膨潤させた後、そのまま修飾剤を添加し、ろ過、洗浄する工程を有することを特徴とする。
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、耐熱性が高く、補強効果に優れたセルロースナノファイバーを提供することができ、前記セルロースナノファイバーを効率よく製造する方法、前記セルロースナノファイバーを含有する複合樹脂組成物、前記複合樹脂組成物を成形してなる成形体を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【図1】セルロースナノファイバーのX線回折分析結果である。
【発明を実施するための形態】
【0012】
[セルロースナノファイバー]
本発明のセルロースナノファイバーの平均重合度は、600以上30000以下である。好ましくは、600以上5000以下であり、より好ましくは、800以上5000以下である。平均重合度が600以上の場合、十分な補強効果が得られる。例えば、このようなものはイオン液体を用いた方法で製造することができる。重合度が30000以下の場合、混練時に粘性が高くならず、樹脂と混練しにくいといった問題点が生じない。
【0013】
補強効果の観点から、本発明のセルロースナノファイバーのアスペクト比は、20〜10000であり、好ましくは、20〜2000である。本明細書および特許請求の範囲において、「アスペクト比」とは、セルロースナノファイバーにおける平均繊維長と平均直径の比(平均繊維長/平均直径)を意味する。アスペクト比が20以上の場合、十分な補強効果が得られる。また、アスペクト比が10000以下の場合、該セルロースナノファイバーを含有した複合樹脂組成物の成形性が良い。また、アスペクト比が上記範囲内の場合、前記セルロースナノファイバーは、分子同士の絡まりや網目構造が強固となり、成形体の機械的強度がより向上する。
【0014】
本発明のセルロースナノファイバーの平均直径は、1〜800nmである。前記平均直径は、1〜300nmであることが好ましく、1〜100nmであることがより好ましい。平均直径が1nm以上の場合、製造コストがかからず、平均直径が800nm以下の場合、アスペクト比が低下しにくい。その結果、安価で十分な補強効果が得られる。
【0015】
セルロースI型はIα型結晶とIβ型結晶の複合結晶であり、木綿などの高等植物由来セルロースはIβ型結晶成分が多いが、バクテリアセルロースの場合はIα型結晶成分が多い。
本発明のセルロースナノファイバーは、X線回折パターンにおいて、Iβ型の結晶ピークを有するため、図1に示されるようにθの範囲を0〜30とするX線回折パターンが、Iβ型結晶特有のパターンを示す。該パターンは、14≦θ≦18に1つ又は2つのピークと、20≦θ≦24に1つ又は2つのピークとを有し、他にはピークを有さないことが好ましい。
また、本発明のセルロースナノファイバーはIβ型結晶を主成分としているので、Iα型結晶成分の多いバクテリアセルロースに比べて補強効果に優れる。
【0016】
本発明のセルロースナノファイバーは、機能性を高めるため化学修飾されている。セルロースナノファイバーを複合材料に使用するためには、前記セルロースナノファイバー表面の水酸基を修飾基により化学修飾し、前記水酸基の数を減じることが必要とされる。セルロースナノファイバー間の水素結合による強い密着を防ぐことで高分子材料に容易に分散し、良好な界面結合を形成させることができる。
本発明のセルロースナノファイバー中の全体の水酸基のうち、修飾基により化学修飾される割合は、0.01%〜50%であることが好ましく、10%〜30%であることがより好ましく、10%〜20%であることが特に好ましい。
【0017】
前記修飾基により、水酸基がエーテル化又はエステル化されていることが、簡便で効率がよいため好ましい。
エーテル化剤としては、メチルクロライド、エチルクロライド、プロピルブロマイド等のハロゲン化アルキル;炭酸ジメチル、炭酸ジエチル等の炭酸ジアルキル;硫酸ジメチル、硫酸ジエチル等の硫酸ジアルキル;エチレンオキサイド、プロピレンオキサイド等のアルキレンオキサイド等が好ましい。また、アルキルエーテル化に限定されるものではなく、ベンジルブロマイド等によるアラルキルエーテル化やシリルエーテル化等も好ましい。例えばシリルエーテル化剤としては、アルコキシシランが挙げられ、より具体的にはn−ブトキシトリメチルシラン、tert−ブトキシトリメチルシラン、sec−ブトキシトリメチルシラン、イソブトキシトリメチルシラン、エトキシトリエチルシラン、オクチルジメチルエトキシシラン又はシクロヘキシルオキシトリメチルシランのようなアルコキシシラン;ブトキシポリジメチルシロキサンのようなアルコキシシロキサン;ヘキサメチルジシラザンやテトラメチルジシラザン、ジフェニルテトラメチルジシラザンのようなジシラザンが挙げられる。また、トリメチルシリルクロライド、ジフェニルブチルシリルクロライド等のシリルハライド;t−ブチルジメチルシリルトリフルオロメタンスルホネート等のシリルトリフルオロメタンスルホネートも使用できる。
エステル化剤としては、ヘテロ原子を含んでも良いカルボン酸、カルボン酸無水物、カルボン酸ハロゲン化物が挙げられ、酢酸、プロピオン酸、酪酸、アクリル酸、メタクリル酸及びこれらの誘導体が好ましく、酢酸、無水酢酸、無水酪酸がより好ましい。
エーテル化、エステル化の中でも、アルキルエーテル化、アルキルシリル化、アルキルエステル化が、樹脂への分散性を向上させるために好ましい。
【0018】
上記の様に化学修飾されたセルロースナノファイバーを親油性樹脂に用いる場合、前記セルロースナノファイバーは、溶解性パラメータ(以下、SP値)8〜13の有機溶媒における飽和吸収率が300〜5000質量%であることが好ましい。前記SP値の有機溶媒に分散させたセルロースナノファイバーは、親油性樹脂との親和性が高く、補強効果が高い。
SP値が8〜13の有機溶媒としては、酢酸、酢酸エチル、酢酸ブチル、酢酸イソブチル、酢酸イソプロピル、メチルプロピルケトン、メチルイソプロピルケトン、キシレン、トルエン、ベンゼン、エチルベンゼン、ジブチルフタレート、アセトン、2−プロパノール、アセトニトリル、ジメチルホルムアミド、エタノール、テトラヒドロフラン、メチルエチルケトン、シクロヘキサン、四塩化炭素、クロロホルム、塩化メチレン、二硫化炭素、ピリジン、n−ヘキサノール、シクロヘキサノール、n−ブタノール、ニトロメタン等が挙げられる。
【0019】
前記有機溶媒としては、非水溶性溶媒(25℃の水と任意の割合で混合しない溶媒)であるものがさらに好ましく、キシレン、トルエン、ベンゼン、エチルベンゼン、ジクロロメタン、シクロヘキサン、四塩化炭素、塩化メチレン、酢酸エチル、二硫化炭素、シクロヘキサノール、ニトロメタン等が挙げられる。上記の様に化学修飾されたセルロースナノファイバーは、非水溶性溶媒中において分散し、従来のセルロースナノファイバーでは困難であった親油性樹脂に容易に分散し得る。
【0020】
本発明のセルロースナノファイバーは、化学修飾されることにより耐熱性を有するため、他の材料に混入させることで、他の材料に耐熱性を付与することができる。
本発明のセルロースナノファイバーは、熱分解温度が330℃以上であることが好ましく、350℃以上であることがより好ましい。330℃以上の熱分解温度は、従来のセルロースナノファイバーにはない高いものである。
【0021】
以上、説明した構成を有する本発明のセルロースナノファイバーによれば、その結晶化度は80%以上である。そのため、本発明のセルロースナノファイバーは、樹脂の補強効果に極めて優れている。
【0022】
[複合樹脂組成物]
本発明の複合樹脂組成物は、前記セルロースナノファイバーを樹脂中に含有する。
本発明のセルロースナノファイバーが分散しうる上記親油性樹脂の例としては、水に難溶であればよく、耐水性が必要とされる工業用材料として広く使われているものが好ましい。親油性樹脂としては、熱可塑性樹脂であっても熱硬化性樹脂であっても良い。植物性由来樹脂、二酸化炭素を原料とした樹脂、ABS樹脂、ポリエチレンやポリプロピレン等のアルキレン樹脂、スチレン樹脂、ビニル樹脂、アクリル樹脂、アミド樹脂、アセタール樹脂、カーボネート樹脂、ウレタン樹脂、エポキシ樹脂、イミド樹脂、ユリア樹脂、シリコーン樹脂、フェノール樹脂、メラミン樹脂、エステル樹脂、アクリル樹脂、アミド樹脂、フッ素樹脂、スチロール樹脂、エンジニアリングプラスチックなどを例示できる。また、エンジニアリングプラスチックとしては、ポリアミド、ポリブチレンテレフタレート、ポリカーボネート、ポリアセタール、変性ポリフェニレンオキサイド、変性ポリフェニレンエーテル、ポリフェニレンサルファイド、ポリエーテルエーテルケトン、ポリエーテルスルホン、ポリスルホン、ポリアミドイミド、ポリエーテルイミド、ポリイミド、ポリアリレート、ポリアリルエーテルニトリルなどが好適に用いられる。また、これらの樹脂を2種類以上混合しても良い。これらの中でもポリカーボネートは衝撃強度が強いため、特に良い。
【0023】
ポリカーボネートとしては、通常用いられるものを使用できる。例えば、芳香族ジヒドロキシ化合物とカーボネート前駆体との反応により製造される芳香族ポリカーボネートを好ましく用いることができる。
【0024】
芳香族ジヒドロキシ化合物としては、例えば、2,2−ビス(4−ヒドロキシフェニル)プロパン(「ビスフェノールA」)、ビス(4−ヒドロキシフェニル)メタン、1,1−ビス(4−ヒドロキシフェニル)エタン、2,2−ビス(4−ヒドロキシ−3,5−ジメチルフェニル)プロパン、4,4’−ジヒドロキシジフェニル、ビス(4−ヒドロキシフェニル)シクロアルカン、ビス(4−ヒドロキシフェニル)スルフィド、ビス(4−ヒドロキシフェニル)スルホン、ビス(4−ヒドロキシフェニル)スルホキシド、ビス(4−ヒドロキシフェニル)エーテル、ビス(4−ヒドロキシフェニル)ケトンが挙げられる。
【0025】
カーボネート前駆体としては、例えば、カルボニルハライド、カルボニルエステル、ハロホルメートが挙げられる。具体的には、ホスゲン、2価フェノールのジハロホルメート、ジフェニルカーボネート、ジメチルカーボネート、ジエチルカーボネートなどが挙げられる。
【0026】
また、本発明に用いられるポリカーボネートとしては、芳香族基を含まないポリカーボネートであってもよい。芳香族基を含まないポリカーボネートとしては、脂環式ポリカーボネートや脂肪族ポリカーボネートなどが例示できる。ポリカーボネート樹脂は、直鎖状であってもよく、分岐鎖状であってもよい。また、前記芳香族ジヒドロキシ化合物とカーボネート前駆体を重合して得られる重合体と他の重合体との共重合体であってもよい。
前記ポリカーボネート樹脂は、従来公知の方法で製造できる。例えば、界面重合法、溶融エステル交換法、ピリジン法などの種々の方法が挙げられる。
【0027】
本発明の複合樹脂組成物における樹脂の種類としては、前記に上げた親油性の樹脂の他、親水性の樹脂も挙げられる。親水性の樹脂に対しては、未修飾セルロースナノファイバーや、スルホン酸基、カルボン酸基、またはこれらの塩などの親水性の官能基で化学修飾されたセルロースナノファイバーが、親水性の樹脂への分散性が良く好適に使用できる。親水性の樹脂としては、ポリビニルアルコールや、親水化処理した樹脂が例示できる。この中でもポリビニルアルコールは安価である上、セルロースナノファイバーの分散性が良く特に好ましい。
【0028】
また、本発明の複合樹脂組成物は、その他、フィラー、難燃助剤、難燃剤、酸化防止剤、離形剤、着色剤、分散剤等の添加剤を含有しても良い。
フィラーとしては、例えばカーボン繊維、ガラスファイバー、クレー、酸化チタン、シリカ、タルク、炭酸カルシウム、チタン酸カリウム、マイカ、モンモリロナイト、硫酸バリウム、バルーンフィラー、ビーズフィラー、カーボンナノチューブなどを使用できる。
難燃剤としては、ハロゲン系難燃剤、窒素系難燃剤、金属水酸化物、リン系難燃剤、有機アルカリ金属塩、有機アルカリ土類金属塩、シリコーン系難燃剤、膨張性黒鉛などを使用できる。
難燃助剤としては、ポリフルオロオレフィン、酸化アンチモンなどを使用できる。
酸化防止剤としては、リン系酸化防止剤やフェノール系酸化防止剤などを使用できる。
離型剤としては、高級アルコール、カルボン酸エステル、ポリオレフィンワックス及びポリアルキレングリコールなどを使用できる。
着色剤としては、カーボンブラックやフタロシアニンブルーなど、任意の着色剤を使用できる。
分散剤としては、セルロースナノファイバーが樹脂に分散できるものであればよく、アニオン性、カチオン性、ノニオン性又は両性の界面活性剤、高分子型分散剤を使用でき、これらを併用してもよい。
【0029】
本発明のセルロースナノファイバーは、上記の様に補強効果を有するものであるため、該セルロースナノファイバーを含有する本発明の複合樹脂組成物は、強度の面で優れている。従って、本発明の複合樹脂組成物は、強度が要求される用途に好適に使用される。
また、本発明のセルロースナノファイバーは、樹脂中での分散性に優れているため、該セルロースナノファイバーを含有する本発明の複合樹脂組成物は透明性に優れている。従って、本発明の複合樹脂組成物は、透明性が保たれ、透明性が要求される用途に好適に使用される。
また、本発明のセルロースナノファイバーは、従来のセルロースナノファイバーと比較して耐熱性に優れているため、該セルロースナノファイバーを含有する本発明の複合樹脂組成物は耐熱性に優れている。従って、本発明の複合樹脂組成物は、透明性を維持したまま、耐熱性が要求される用途に好適に使用される。
【0030】
[成形体]
本発明の成形体は前記複合樹脂組成物を成形してなる。前記成形体の成形方法としては、特に限定されないが、従来公知の各種成形方法、例えば射出成形法、射出圧縮成形法、押出成形法、ブロー成形法、プレス成形法、真空成形法及び発泡成形法などの方法が挙げられる。
本発明の成形体も本発明のセルロースナノファイバーを含有するため、強度や耐熱性において優れている。前記成形体としては特に限定されないが、医療機器、音響機器等が例示できる。特に強度が求められるカメラ用成形体、鏡枠等に好適に用いられる。
【0031】
[セルロースナノファイバーの製造方法]
本発明のセルロースナノファイバーの製造方法は、セルロース原料を、イオン液体を含む溶液中で膨潤させた後、そのまま修飾剤を添加し、ろ過、洗浄する工程を有する。
本発明のセルロースナノファイバーの製造方法は、セルロース原料を、イオン液体を含む溶液中で解繊処理する工程と、修飾剤を用いてセルロースナノファイバーの水酸基を化学修飾する工程を一段階で行う方法(以下、一段階法という。)である。
イオン液体を含む溶液中でセルロース原料を解繊処理する工程において、セルロース原料を溶解させた溶液は増粘してしまう。そのため、従来、イオン液体を用いたセルロースナノファイバーの製造方法においては、粘度を下げるために、硫酸を用いて結晶性の低いセルロース部位を加水分解する硫酸処理が必要とされ、解繊処理する工程と化学修飾する工程を二段階で行う方法(以下、二段階法という。)が用いられてきた。
本発明の一段階法は、従来の二段階法と比べて、工程数が少ないため、管理面及びコスト面で有利である。また、使用する溶媒量が少なく、環境負荷を低減することができる。
【0032】
本発明に用いられるセルロース原料としては、特に限定されないが、リンター、綿、麻などの天然セルロース原料;クラフトパルプ、サルファイトパルプなどの木材化学処理パルプ;セミケミカルパルプ;古紙またはその再生パルプ等が挙げられ、コスト面、品質面、環境面から、木材化学処理パルプ、木材化学処理パルプが好ましく、平均重合度の高いリンターがより好ましい。
【0033】
前記セルロース原料の形状としては、特に限定されないが、機械的せん断の容易さ、及び溶媒の浸透促進の観点から、前記セルロース原料を適宜粉砕してから用いることが好ましい。
【0034】
前記イオン液体を含有する溶液(以下、処理液)としては、下記化学式で表されるイオン液体と有機溶媒を含有する溶液が好ましい。
【0035】
【化1】

[式中、Rは炭素数1〜4のアルキル基であり、Rは炭素数1〜4のアルキル基またはアリル基である。Xはハロゲンイオン、擬ハロゲン、炭素数1〜4のカルボキシレート、またはチオシアネートである。]
【0036】
前記イオン液体としては、塩化1−ブチル−3−メチルイミダゾリウム、臭化1−ブチル−3−メチルイミダゾリウム、塩化1−アリル−3−メチルイミダゾリウム、臭化1−アリル−3−メチルイミダゾリウム、臭化1−プロピル−3−メチルイミダゾリウムが挙げられる。
イオン液体のみで繊維原料を解繊処理することも出来るが、溶解力が高すぎで微細繊維まで溶解してしまうおそれがある場合、有機溶媒を添加して使用することが好ましい。
添加する有機溶媒種はイオン液体との相溶性、セルロースとの親和性、混合溶媒の溶解性、粘度などを考慮し適宜選択すればよいが、N,N−ジメチルアセトアミド、N,N−ジメチルホルムアミド、1−メチル−2−ピロリドン、ジメチルスルフォキサイド、アセトニトリル、メタノール、エタノールの内のいずれかの一種以上を使用することが好ましい。
【0037】
本発明は、硫酸処理の工程を有さない一段階法であるため、解繊処理後のイオン液体に、加水分解剤を含まない。そのため、解繊処理後のイオン液体のリサイクルが容易である。
【0038】
前記処理液中のイオン液体の含有量は、セルロース原料、イオン液体、有機溶媒の種類に依存するため適宜調整すればよいが、膨潤、溶解能力の観点から20質量%以上が好ましく、溶解力の高い有機溶媒を用いる場合には30質量%以上が好ましく、メタノール等の溶解力の低い有機溶媒を用いる場合には50質量%以上が好ましい。
【0039】
前記処理液に対するセルロース原料の含有量は、0.5〜30質量%の範囲にあることが好ましい。経済的な効率の観点から0.5質量%以上が好ましく、1質量%以上がより好ましい。解繊度の均一性の観点から30質量%以下が好ましく、20質量%がより好ましい。
【0040】
本発明のセルロースナノファイバーの製造方法においては、セルロース原料を、イオン液体を含む溶液中で膨潤させる。セルロース原料は、結晶化度の高い結晶性セルロースと、該結晶性セルロース間に存在するリグニン、ヘミセルロース、及び非結晶セルロース等からなる結合物質によって構成される。セルロース原料が膨潤することにより、セルロースを構成する微細構造が若干弛緩し、外力により開裂し易い状態になる。
本発明においては、かかる状態下のセルロース原料に、そのまま修飾剤を添加し、ろ過、洗浄する工程を有する。
【0041】
本発明に用いられる修飾剤としては、本発明のセルロースナノファイバーにおいて説明したものと同じものを用いることができる。
【0042】
本発明のセルロースナノファイバーの製造方法によれば、本発明のセルロースナノファイバーにおいて説明した性質を有するものを得ることができる。
即ち、本発明によれば、平均重合度が600以上30000以下であり、アスペクト比が20〜10000であり、平均直径が1〜800nmであり、X線回折パターンにおいて、Iβ型の結晶ピークを有し、水酸基が修飾基により化学修飾されているセルロースナノファイバーを得ることができる。
【0043】
また、本発明によれば、硫酸処理の工程を有さず、セルロースナノファイバーに損傷を与えるおそれがないため、熱分解温度が330℃以上の耐熱性を有するセルロースナノファイバーを得ることができる。
【0044】
また、得られたセルロースナノファイバーは、結晶化度が高い。このような効果が得られる理由は明らかではないが、次のように推察される。
イオン液体を含む溶液中で解繊処理する工程において、セルロース原料を、イオン液体を含む溶液中で膨潤させる。即ち、セルロースを構成する微細構造が若干弛緩し、外力により開裂し易い状態になる。ここで、セルロースの構成単位に存在する3つの水酸基のうち、1つの水酸基は表面に露出しており、残り2つの水酸基は結晶構造の形成に関与していると考えられる。本発明の一段階法においては、膨潤された結晶性のセルロースに、直接修飾剤が添加されるため、セルロース表面に露出した水酸基を効率よく修飾するものと推察される。
【0045】
二段階法においては、硫酸処理により、膨潤したセルロース原料を加水分解しながらセルロース原料中に存在する非結晶のセルロース等不要なものを除去する。
一方、本発明の一段階法においては、膨潤された非結晶のセルロースの水酸基を、修飾することにより、該水酸基が疎水化され、非結晶のセルロースが溶媒に溶けやすくなるため、ろ過により除去されやすくなるものと推察される。
【実施例】
【0046】
以下、実施例および比較例により本発明をさらに具体的に説明するが、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。
【0047】
(実施例1)
ハサミで3mm角に切断したろ紙15gを300mlのフラスコに入れ、さらにN,N−ジメチルアセトアミド100mlとイオン液体塩化1−ブチル−3−メチルイミダゾリウム100gを加え、攪拌した。次に、さらに無水酢酸90gを加え、反応させた後、ろ過し、固形分を洗浄した。これをホモジナイザーで処理することにより、一段階法にてアセチル化セルロースナノファイバーを得た。このとき得られたアセチル化セルロースナノファイバーの修飾率は17%、熱分解温度は350℃であった。
次に、予めジクロロメタンに溶解させたポリカーボネート(PC;帝人化成株式会社製:パンライト L−1225L、屈折率1.58)と、アセチル化セルロースナノファイバーとをジクロロメタン中に混合し、乾燥させ、アセチル化セルロースナノファイバーを含有するポリカーボネート複合樹脂組成物を得た。
【0048】
(実施例2)
無水酢酸の代わりに無水酪酸を加えた以外は実施例1と同様の手順で、一段階法にてブチル化セルロースナノファイバー、及びこれを含有するポリカーボネート複合樹脂組成物を得た。このとき得られたブチル化セルロースナノファイバーの修飾率は12%、熱分解温度は350℃であった。
【0049】
(実施例3)
無水酢酸の代わりにヘキサメチルジシラザンを加えた以外は実施例1と同様の手順で、一段階法にてシリル化セルロースナノファイバー、及びこれを含有するポリカーボネート複合樹脂組成物を得た。このとき得られたシリル化セルロースナノファイバーの修飾率は15%、熱分解温度は350℃であった。
【0050】
(実施例4)
無水酢酸の代わりにプロピルブロマイドを加えた以外は実施例1と同様の手順で、一段階法にてプロピル化セルロースナノファイバー、及びこれを含有するポリカーボネート複合樹脂組成物を得た。このとき得られたプロピル化セルロースナノファイバーの修飾率は15%、熱分解温度は350℃であった。
【0051】
(参考例1)
ハサミで3mm角に切断したろ紙2gを200mlのフラスコに入れ、さらにN,N−ジメチルアセトアミド50mlとイオン液体1−ブチル−3−メチルイミダゾリウム60gを加え、攪拌した。次に、さらに硫酸水溶液を加え、攪拌した後、ろ過し、固形分を洗浄した。これをホモジナイザーで処理することにより、二段階法にてセルロースナノファイバーを得た。このセルロースナノファイバーを無水酢酸と反応させてアセチル化し、洗浄し、アセチル化セルロースナノファイバーを得た。このとき得られたアセチル化セルロースナノファイバーの修飾率は17%、熱分解温度は320℃であった。
次に、予めジクロロメタンに溶解させたポリカーボネート(PC;帝人化成株式会社製:パンライト L−1225L、屈折率1.58)と、アセチル化セルロースナノファイバーとをジクロロメタン中に混合し、乾燥させ、アセチル化セルロースナノファイバーを含有するポリカーボネート複合樹脂組成物を得た。
【0052】
(参考例2)
無水酢酸の代わりに無水酪酸を加えた以外は参考例1と同様の手順で、二段階法にてブチル化セルロースナノファイバー、及びこれを含有するポリカーボネート複合樹脂組成物を得た。このとき得られたブチル化セルロースナノファイバーの修飾率は16%、熱分解温度は320℃であった。
【0053】
(比較例1)
ナタデココ(株式会社フジッコ製、平均重合度:3000以上、平均アスペクト比:1000以上、平均直径:70nm)を乾燥して得られたバクテリアセルロースを使用し、参考例1と同様の方法により、ポリカーボネート複合樹脂組成物を得た。
【0054】
(比較例2)
微結晶セルロース(メルク株式会社製、平均重合度:250、平均アスペクト比:10、直径:1〜10μmが混在)を使用し、参考例1と同様の方法により、ポリカーボネート複合樹脂組成物を得た。
【0055】
各実施例、各参考例、及び各比較例で得られたセルロースナノファイバー及び複合樹脂組成物を、以下の試験方法で測定し、結果を表1に示した。
【0056】
(1) 平均重合度の測定
分子量を粘度法(参考文献:Macromolecules,18,2394−2401,1985)により評価した。
【0057】
(2)アスペクト比、平均直径
セルロースナノファイバーの数平均繊維径と数平均長さについてはSEM解析により評価した。
詳細には、セルロースナノファイバー分散液をウェーハ上にキャストしてSEM観察し、得られた1枚の画像当たり20本以上の繊維について繊維径と長さの値を読み取り、これを少なくとも3枚の重複しない領域の画像について行い、最低30本の繊維径と長さの情報を得た。
以上により得られた繊維径と長さのデータから、数平均繊維径と数平均長さを算出することができ、数平均長さと数平均繊維径との比からアスペクト比を算出した。アスペクト比が20以上10000以下の場合には○、そうでない場合には×と判定した。
【0058】
(3)結晶構造解析(XRD)
セルロースナノファイバーの結晶構造を粉末X線回折装置Rigaku Ultima IVを用いて分析した。X線回折パターンが、14≦θ≦18に1つ又は2つのピークと、20≦θ≦24に1つのピークとを有し、他にはピークを有さない場合には○、そうでない場合には△と判定した。また、実施例、参考例、及び比較例においてIβ型の結晶型であるものについては○、そうでない場合には×と表記した。
【0059】
(4)熱分解温度(TG−DTA)
セルロースナノファイバーを熱分析装置THERMO plus TG8120を用いて測定した。縦軸に重量減少率、横軸に温度をプロットしたグラフを描き、大きく重量減少する時の接線と重量減少前の接線との交点の温度を熱分解温度とした。
【0060】
(5)水酸基の修飾率A1の評価法
水酸基の修飾率はFT−IRにより対応する特徴バンドの強度/セルロース環内にあるCHの特徴バンド(1367cm−1前後)から算出した。例えば、修飾によりC=O基(1736cm−1前後)が得られた場合は、この強度をCHの強度で割った数値を得た後、予めNMRなどの定量性のある測定法で作成した検量線により算出される。
【0061】
(6)飽和吸収率Rの評価
重さ(W1)のセルロースナノファイバーをジメチルアセトアミド(SP値11.1)に分散させ、2wt%の分散液を調製し、遠心分離瓶に入れてから4500Gで30分処理した後、上部透明な溶剤層を除いてから下部ゲル層の重さ(W2)を量り、飽和吸収率を下記式により算出した。
R=W2/W1×100%
飽和吸収率が300以上5000質量%以下の場合には○、そうでない場合には△と判定した。
【0062】
【表1】

【0063】
表1に示すとおり、実施例1〜4、参考例1〜2の複合樹脂組成物は、飽和吸収率において優れていた。さらに、一段階法により製造したセルロースナノファイバーを用いた実施例1〜4の複合樹脂組成物は、熱分解温度において優れていた。
【0064】
各実施例、各参考例、及び各比較例の成形体を、以下の試験方法で測定し、結果を表2に示した。
(1) 成形性
得られたセルロースナノファイバー含有複合樹脂組成物を熱溶融させ成形し、成形状態を目視で判断した。成形性が良い場合には○、成形性が悪い場合には×と判定した。
【0065】
(2) 熱線膨張率
100℃〜180℃間の熱線膨張率を株式会社リガク製Thermo plus TMA8310を用いて5℃/分の加熱速度、空気雰囲気で測定した。テストサンプルのサイズを20mm(長)×5mm(幅)とした。まず室温〜Tgの温度範囲内でファーストランを行ない、その後室温まで冷却し、セカンドランを行なった。その結果から、次式により線膨張率を計算した。
熱線膨張率=(180℃時点の長さ−40℃時点の長さ)/40℃時点の長さx100−100
熱線膨張率が5%以上の場合には○、5%未満の場合には×と判定した。
【0066】
【表2】

【0067】
表2に示すとおり、実施例1〜4の成形体は、比較例1〜2の成形体と比べて、優れた成形性及び熱線膨張率を示した。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
平均重合度が600以上30000以下であり、アスペクト比が20〜10000であり、平均直径が1〜800nmであり、X線回折パターンにおいて、Iβ型の結晶ピークを有し、水酸基が修飾基により化学修飾されていることを特徴とするセルロースナノファイバー。
【請求項2】
熱分解温度が330℃以上である請求項1に記載のセルロースナノファイバー。
【請求項3】
SP値8〜13の有機溶媒における飽和吸収率が300〜5000質量%である請求項1又は2に記載のセルロースナノファイバー。
【請求項4】
前記有機溶媒は、非水溶性溶媒である請求項3に記載のセルロースナノファイバー。
【請求項5】
前記修飾基により、水酸基がエステル化又はエーテル化されている請求項1〜4のいずれか一項に記載のセルロースナノファイバー。
【請求項6】
全体の水酸基に対する修飾率が0.01%〜50%である請求項1〜5のいずれか一項に記載のセルロースナノファイバー。
【請求項7】
θの範囲を0〜30とするX線回折パターンが、14≦θ≦18に1つ又は2つのピークと、20≦θ≦24に1つ又は2つのピークとを有し、他にはピークを有さない請求項1〜6のいずれか一項に記載のセルロースナノファイバー。
【請求項8】
請求項1〜7のいずれか一項に記載のセルロースナノファイバーを樹脂中に含有することを特徴とする複合樹脂組成物。
【請求項9】
請求項8に記載の複合樹脂組成物を成形してなることを特徴とする成形体。
【請求項10】
セルロース原料を、イオン液体を含む溶液中で膨潤させた後、そのまま修飾剤を添加し、ろ過、洗浄する工程を有することを特徴とするセルロースナノファイバーの製造方法。

【図1】
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【公開番号】特開2013−44076(P2013−44076A)
【公開日】平成25年3月4日(2013.3.4)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−185040(P2011−185040)
【出願日】平成23年8月26日(2011.8.26)
【出願人】(000000376)オリンパス株式会社 (11,466)
【Fターム(参考)】