説明

セルロース不織布およびその製造方法

【課題】微細なセルロース繊維からなる通気性かつ高強度のセルロース不織布を提供する。
【解決手段】セルロースミクロフィブリルから成るセルロース不織布であって、水溶性多糖及び水溶性多糖誘導体からなる群から選択される単数または複数の水溶性高分子を合計0.5重量%以上20重量%以下含有し、目付が3g/m2以上80g/m以下、かつ目付10g/m相当の透気抵抗度が10s/100ml以上500s/100ml以下であるセルロース不織布。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、微細なセルロース繊維からなり通気性を有するセルロース不織布および、その製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
微細なセルロース繊維からなるシート材料では、構成するセルロース繊維の繊維径が非常に細い。そのため、特に高空孔率で通気性を有するように設計したシート材料では、不織布内部に極めて微細なネットワーク構造が形成されており、微多孔膜に匹敵する小さな孔径相当の不織布として提供することもできる。また、繊維が細いため、10g/m以下程度の低目付に設計した際にも均質性の高い不織布を提供することが可能であり、従来の抄紙技術では提供し得ない低目付シート材料での薄膜化も可能となる。
本発明者らは、上述の微細なセルロース繊維からなる通気性を有するセルロース不織布を提供する技術を検討してきた(特許文献1参照)。
【0003】
しかしながら、こうした微細セルロース繊維からなるセルロース不織布において、その特徴を活かして低目付の設計を試みると、当然のことながら、強度が低減してしまう。従って、実用的な利用のためには、強度面において低目付化可能な範囲には限界があった。
一方で、材料としてのセルロースの特徴の一つとして、高い耐熱特性がある(特許文献2、および特許文献3参照)。これは、セルロース固体の内部で形成されている分子鎖内の水素結合と分子鎖間の水素結合の双方による、極めて剛直かつ安定な分子鎖の充填構造に起因している。セルロース繊維からなるセルロース不織布の強度向上のためには、セルロース繊維による接触点でのバインダーポリマーによる補強技術を考案することができるものの、セルロース材料のもつ高い耐熱特性を損ねない範囲でバインダーポリマーを混在させるためには、バインダーポリマー自体が高い耐熱性を保有するという制約があった。
【0004】
一方、前述の特許文献1〜特許文献3にて具体例として開示されている微細セルロース繊維からなるシートではバインダーポリマーによるシート強度の補強効果については具体的な例示はされていないし、同様の技術について開示されている特許文献4〜特許文献6についても具体的例示は全くなされていない。
【特許文献1】国際公開2006/004012号パンフレット
【特許文献2】特開平9−129509号公報
【特許文献3】特開2003−201695号公報
【特許文献4】特開平9−140493号公報
【特許文献5】特開2007−23219号公報
【特許文献6】特開2006−241450号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
すなわち、微細なセルロース繊維からなるセルロース不織布においては、低目付の設計下では言うまでもなく、低目付に限らずともシート強度を向上させることは実用上、重要な課題であった。該課題を解決するための一つの手段としては、バインダーポリマーをネットワークの交絡点に作用させ、接触点強度を増大させる技術が考えられるが、少なくとも、セルロース材料の長所の一つである、耐熱性を保持したまま該課題を達成させる技術は存在しないのが現状であった。
本発明は、微細なセルロース繊維からなる通気性かつ高強度のセルロース不織布を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者らは上記課題を解決すべく鋭意検討を重ねた結果、微細なセルロース繊維からなるセルロース不織布に水溶性多糖または水溶性多糖誘導体を適量含有させることにより、上記課題を解決できることを見い出し、さらに微細なセルロース繊維の水分散液に該水溶性多糖または水溶性多糖誘導体と油性化合物からなるエマルジョンを混在させた水系分散液を用いて抄紙法により製膜、乾燥させることにより、有効的に上記課題を解決できることを見い出し、本発明を完成させた。
【0007】
即ち、本発明は、以下のセルロース不織布、該不織布を含む多層化シート、該不織布の製造方法、及び該多層化シートの製造方法である。
[1]セルロースミクロフィブリルから成るセルロース不織布であって、水溶性多糖及び水溶性多糖誘導体からなる群から選択される単数または複数の水溶性高分子を合計0.5重量%以上20重量%以下含有し、目付が3g/m以上80g/m以下、かつ目付10g/m相当の透気抵抗度が10s/100ml以上500s/100ml以下であるセルロース不織布。
[2]セルロース不織布を構成する繊維の数平均繊維径が300nm以下である[1]に記載のセルロース不織布。
[3]トルエン中に浸液した状態で、850nmの波長の光を不織布に対して垂直に走査して得られる、下記式(1)で定義される平均透過率Tr,avを目付10g/m相当の値に換算した値が0.70以上であることを特徴とする[1]または[2]に記載のセルロース不織布。
(ただし、Tr,avは、試験管の内面に不織布が貼り付いた状態でトルエンを満たし、不織布に対し垂直な方向から試験管に対して850nmの波長の光を照射し、試験管に沿って長さ方向に40μmごとに合計30000μm(データ点数;750)の長さ分を走査した際に各々得られる透過率の平均値Tr,1と、不織布を除いてトルエンのみ注入された状態で同じ測定を行って得られる透過率の平均値Tr,2の比によって、次式で定義される。)
r,av=Tr,1/Tr,2 (1)
【0008】
[4]目付が5g/m以上30g/m以下、かつ目付10g/m相当の透気抵抗度が20s/100ml以上300s/100ml以下である[1]〜[3]のいずれかに記載のセルロース不織布。
[5]水溶性高分子が水溶性セルロース誘導体である[1]〜[4]のいずれかに記載のセルロース不織布。
[6]複数の層が積層されてなる多層化シートであって、[1]〜[5]のいずれかに記載のセルロース不織布の層を含み、目付が8g/m以上100g/m以下、かつ透気抵抗度が10s/100ml以上1000s/100ml以下である多層化シート。
【0009】
[7][1]〜[5]のいずれかに記載のセルロース不織布の製造方法であって、
(1)セルロースミクロフィブリル0.05重量%以上0.5重量%以下、大気圧下での沸点範囲が50℃以上200℃以下の油性化合物0.15重量%以上10重量%以下、水溶性多糖及び水溶性多糖誘導体からなる群から選択される単数または複数の水溶性高分子を合計0.003重量%以上0.1重量%以下、及び水85重量%以上99.5重量%以下を含む水系分散液であって、該油性化合物が水相に分散したエマルジョンである水系分散液を調製する調製工程、(2)水系分散液を構成する水の一部を抄紙機で脱水することによって、セルロースミクロフィブリルの濃度および油性化合物の濃度を該水系分散液より増加させた濃縮組成物を得る抄紙工程、(3)濃縮組成物を加熱することによって、該濃縮組成物から油性化合物および水の一部を蒸発させて除去する乾燥工程、
の3つの工程を含むセルロース不織布の製造方法。
【0010】
[8]セルロースミクロフィブリルが、針葉樹パルプ、広葉樹パルプ、コットン由来パルプ、麻由来パルプ、バガス由来パルプ、ケナフ由来パルプ、竹由来パルプ、及びワラ由来パルプからなる群より選ばれる少なくとも1種を原料として得られるミクロフィブリル化セルロースである[7]に記載のセルロース不織布の製造方法。
[9]セルロースミクロフィブリルが、α−セルロース含有率が95重量%以上である原料パルプの中から選ばれる少なくとも1種を原料として得られるミクロフィブリル化セルロースである[8]に記載のセルロース不織布の製造方法。
[10]油性化合物が炭素数5〜炭素数9の範囲であり一価かつ一級のアルコールを含む、[7]〜[9]のいずれかに記載のセルロース不織布の製造方法。
[11]油性化合物が、1−ペンタノール、1−ヘキサノール、及び1−ヘプタノールからなる群から選ばれる少なくとも一つの化合物を含む、[10]に記載のセルロース不織布の製造方法。
[12]乾燥工程の後に、乾燥後に得られたセルロース不織布にカレンダー装置によって平滑化処理を施す平滑化工程を有することを特徴とする[7]〜[11]のいずれかに記載のセルロース不織布の製造方法。
【0011】
[13][6]に記載の多層化シートの製造方法であって、
(1)セルロースミクロフィブリル0.05重量%以上0.5重量%以下、大気圧下での沸点範囲が50℃以上200℃以下の油性化合物0.15重量%以上10重量%以下、水溶性多糖及び水溶性多糖誘導体からなる群から選択される単数または複数の水溶性高分子を合計0.003重量%以上0.1重量%以下、及び水85重量%以上99.5重量%以下を含む水系分散液であって、該油性化合物が水相に分散したエマルジョンである水系分散液を調製する調製工程、(2)抄紙機に通水性のあるシート状の支持体をのせて、水系分散液を構成する水の一部を該支持体上で脱水することによって、該支持体上にセルロースミクロフィブリルの濃度および油性化合物の濃度を該水系分散液より増加させた濃縮組成物からなる層を積層一体化させる抄紙工程(3)濃縮組成物と一体化された支持体を加熱することによって、該濃縮組成物から油性化合物および水の一部を蒸発させて除去する乾燥工程、
の3つの工程を含む多層化シートの製造方法。
【0012】
[14]セルロースミクロフィブリルが、針葉樹パルプ、広葉樹パルプ、コットン由来パルプ、麻由来パルプ、バガス由来パルプ、ケナフ由来パルプ、竹由来パルプ、及びワラ由来パルプからなる群より選ばれる少なくとも1種を原料として得られるミクロフィブリル化セルロースである[13]に記載の多層化シートの製造方法。
[15]セルロースミクロフィブリルが、α−セルロース含有率が95重量%以上である原料パルプの中から選ばれる少なくとも1種を原料として得られるミクロフィブリル化セルロースである[14]に記載の多層化シートの製造方法。
[16]油性化合物が炭素数5〜炭素数9の範囲であり一価かつ一級のアルコールを含む、[13]〜[15]のいずれか1項に記載の多層化シートの製造方法。
[17]油性化合物が、1−ペンタノール、1−ヘキサノール、及び1−ヘプタノールからなる群から選ばれる少なくとも一つの化合物を含む、[16]に記載の多層化シートの製造方法。
[18]乾燥工程の後に、乾燥後に得られた多層化シートにカレンダー装置によって平滑化処理を施す平滑化工程を有することを特徴とする[13]〜[17]のいずれかに記載の多層化シートの製造方法。
【発明の効果】
【0013】
本発明により、微細セルロース繊維からなる通気性を保有しかつ強度の高いセルロース不織布を提供することが可能となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0014】
本発明をさらに詳細に説明する。
本発明は、セルロース不織布およびその製造方法に関する。ここで、本発明では、「繊維を織ったり編んだりすることなく、繊維どうしを化学的方法、機械的方法または、それらの組み合わせにより、結合や組み合わせを行った構造物」という不織布の一般的定義に従い、本発明の構造体を湿式不織布の範疇と見なしてセルロース不織布と呼ぶ。敢えて紙と呼ばないのは、本発明の不織布を構成する主要なセルロース繊維が、従来の紙の原料としてのセルロース繊維よりも約2桁のオーダー細いセルロース繊維である点で大きく異なる材料であり、用途としてもいわゆる紙の用途ではなく、不織布が使われている用途分野で、より好適にその機能を発現するためである。
【0015】
本発明のセルロース不織布は、セルロースミクロフィブリルから成り、水溶性多糖及び水溶性多糖誘導体からなる群から選択される単数または複数の水溶性高分子を合計0.5重量%以上20重量%以下含有し、目付が3g/m以上80g/m以下、かつ目付10g/m相当の透気抵抗度が10s/100ml以上500s/100ml以下である。
ここで、セルロースミクロフィブリルとは、ミクロフィブリルと呼ばれる数nm〜200nmの繊維径のセルロース繊維ないしはその集束体を意味する。より具体的には、バクテリアセルロースと呼ばれる、酢酸菌やバクテリア類の産生するセルロースか、あるいはミクロフィブリル化セルロースと呼ばれる、パルプ等の植物由来あるいはホヤセルロースのような動物由来のセルロースを高圧ホモジナイザーや超高圧ホモジナイザー、グラインダー等の高度にせん断力の加わる装置で微細化処理することにより得られる、繊維表面から引き剥がれた独立したミクロフィブリルあるいはそれらが収束した微細繊維(非特許文献1;A.F.Turbak, F.W.Snyder and K.R.Sandberg, ” Microfibrilated Cellulose, A New Cellulose Product: Properties, Uses, and Commercial Potential” J.Appl.Polym.Sci.: Appl. Polym. Symp., 37, 815 (1983))を意味する。このうち、本発明では、コストや品質管理の面からミクロフィブリル化セルロースを原料として使用することがより好ましい。
【0016】
ここで、セルロースミクロフィブリルの表面を構成するセルロースは、化学修飾されていても構わない。例えば、微細セルロース繊維の表面に存在する一部あるいは大部分の水酸基が酢酸エステル化を含むエステル化されたもの、メチルエーテル、カルボキシエチルエーテル、シアノエチルエーテルを含むエーテル化されたもの、6位の水酸基が酸化され、カルボキシル基(酸型、塩型を含む)となったもの等を挙げることができる。このような表面を化学修飾したミクロフィブリルの例として例えば、TEMPO酸化触媒によってパルプを処理して得られる、表面がカルボキシル化したミクロフィブリル(非特許文献2;T.Saito, Y.Nishiyama, J-L. Putaux, M. Vignon and A. Isogai, “Homogeneous Suspensions of Individualized Microfibrils from TEMPO-Catalyzed Oxidation of Natural Cellulose” Biomacromolecules, 7, 1687 (2006))を挙げることができるが、これに限定されない。
【0017】
次に、ミクロフィブリル化セルロースを使用する際の原料としては、針葉樹パルプや広葉樹パルプ等のいわゆる木材パルプと非木材パルプを使用することができる。非木材パルプとしては、コットンリンターパルプを含むコットン由来パルプ、麻由来パルプ,バガス由来パルプ,ケナフ由来パルプ,竹由来パルプ,ワラ由来パルプを挙げることができる。コットン由来パルプ,麻由来パルプ,バガス由来パルプ,ケナフ由来パルプ,竹由来パルプ、ワラ由来パルプは、各々、コットンリントやコットンリンター、麻系のアバカ(例えばエクアドル産またはフィリピン産のものが多い)、ザイサルや、バガス、ケナフ、竹、ワラ等の原料を蒸解処理による脱リグニン等の精製工程や漂白工程を経て得られる精製パルプを意味する。この他、海藻由来のセルロースやホヤセルロースの精製物もミクロフィブリル化セルロースの原料として使用することができる。
【0018】
さらに、ミクロフィブリル化セルロースの原料が、針葉樹パルプ、広葉樹パルプ、コットン由来パルプ、麻由来パルプ、バガス由来パルプ、ケナフ由来パルプ、竹由来パルプおよびワラ由来パルプの中から選ばれる少なくとも1種であってかつ、α−セルロース含有率が95重量%以上であると、耐熱性や耐溶剤性も高度な本発明のセルロース不織布を製造できるので、さらに好ましい。これは、リグニン成分やヘミセルロース等の主にパルプの植物原材料中に含まれる不純物が残存していると、耐熱性や耐溶剤性に悪影響を与えることによる。
【0019】
ここで原料パルプ中のα−セルロース含有率の評価は、非特許文献3(日本木材学会編,木質科学実験マニュアル,文永堂出版,p95−p96,2000年4月10日発行)に記載されている全セルロース量の評価方法に従い、試料xg中の全セルロース量xgをまず評価し、次にxg得られた全セルロース試料を用いて、該文献中に記載の方法に従い、α−セルロース量の評価を行う。ここで得られたα−セルロースの量をxgとすると、最初に用いた試料重量(xg)からのα−セルロースの含有率、x×100/x(%)をα−セルロース含有率と定義する。
【0020】
原料パルプのうち、α−セルロース以外の成分(不純物)としては、リグニン(試料中の全セルロース量を差し引いたものの主成分)やヘミセルロース類(全セルロース量のうちα−セルロース量を差し引いたものの主成分)を挙げることができるが、これらの成分の一部は本発明の叩解や微細化の工程で水相へ溶出し、抄紙工程で系外へ排出されるものの、一部はセルロースミクロフィブリルの表面近傍等に残存し、本発明のセルロース不織布の耐熱性や耐久性を損ねることがある。したがって、本発明で使用する原料パルプはα−セルロース含有量の高いものが好ましい。
【0021】
本発明のセルロース不織布を構成する繊維の数平均繊維径は2nm以上300nm以下、好ましくは10nm以上150nm以下の範囲にあると、微細かつ均一なネットワーク構造を有する不織布を低目付で得ることができるのでそのような不織布を望む場合には特に有効である。数平均繊維径が2nmよりも小さいセルロースミクロフィブリルの報告は文献上存在せず、現実的に作ることは困難と考えられる。また、数平均繊維径が300nmよりも大きな場合には、微細なネットワーク構造に基づく微小な孔径の不織布となり難くなるため、本発明のセルロース不織布で期待できる効果が現れ難くなる(一般的な紙に対する差別性が低くなる)。
【0022】
ここで、ミクロフィブリル化セルロースの数平均繊維径は以下のようにして定義される。すなわち、該ミクロフィブリル化セルロースをシート状に成形して乾燥させて得たセルロース不織布の表面に関して、無作為に少なくとも2箇所、走査型電子顕微鏡(SEM)による観察を10000倍相当以上30000倍以下の範囲で、繊維径がはっきりと認識できる倍率で行う。得られたSEM画像(例えば、図1)に対し、画面に対し水平方向と垂直方向にラインを引き、ラインに交差する繊維の繊維径を拡大画像から実測し、交差する繊維の個数と各繊維の繊維径を数える。こうして2つのラインに交差するすべての繊維について繊維径の測定結果を用いて数平均繊維径を算出する。さらに同じサンプルについて観察した別の場所を撮影した同じ倍率のSEM画像についても同じように数平均繊維径を算出し、合計2画像分の結果の平均値を対象とする試料の数平均繊維径とする。ここで、図1に示すサンプルの数平均繊維径は108nmである。
【0023】
原料パルプからミクロフィブリル化セルロースへの微細化においては、100℃以上の温度での水中含浸下でのオートクレーブ処理、叩解処理、酵素処理等、またはこれらの組み合わせによって、原料パルプを微細化し易い状態に前処理しておくことは有効である。これらの処理は、微細化処理の負荷を軽減するだけでなく、セルロース繊維を構成するミクロフィブリルの表面や間隙に存在するリグニンやヘミセルロースなどの不純物成分を水相へ排出し、その結果、微細化された繊維のα−セルロース純度を高める効果もあるため、大変有効であることもある。
【0024】
例えば、叩解処理工程においては、原料パルプを0.5重量%以上4重量%以下、好ましくは0.8重量%以上3重量%以下、さらに好ましくは1.0重量%以上2.5重量%以下の固形分濃度となるように水に分散させ、まずビーターやディスクレファイナー(ダブルディスクレファイナー)のような叩解装置でフィブリル化を高度に促進させる。ディスクレファイナーを用いる場合には、ディスク間のクリアランスを極力狭く(例えば0.1mm以下)設定して、処理を行うと、極めて高度な叩解(フィブリル化)が進行するので、高圧ホモジナイザー等による微細化処理の条件を緩和でき、有効な場合がある。
好ましい叩解処理の程度は以下のように定められる。水中に分散させたセルロースをJIS P 8121で定義されるパルプのカナダ標準ろ水度試験方法(以下、CSF法)のCSF値で評価したところ、叩解処理を行うにつれCSF値は経時的に減少していき、一旦、ゼロ近くとなった後、さらに叩解処理を続けると増大していく傾向が確認された。
【0025】
水系分散液を調整するに当たって使用するミクロフィブリル化セルロースは、CSF値が一旦、ゼロ近くとなった後、さらに叩解処理を続けCSF値が増加している状態まで叩解することが好ましい。本発明では、未叩解からCSF値が減少する過程でのCSF値を***↓、ゼロとなった後に増大する傾向におけるCSF値を***↑と表現する。該叩解処理においては、CSF値は少なくともゼロあるいはその後増大する***↑の値をもつことが好ましい。このような叩解度に調製した水分散体(以下「スラリー」ともいう。)ではフィブリル化が高度に進行していると同時にスラリーの均一性が増大し、その後の高圧ホモジナイザー等による微細化処理での詰まりを軽減でき、またその処理条件を負担の少ない条件(例えばパス回数の軽減)につなげられるので好ましい。
【0026】
ミクロフィブリル化セルロースの製造には、高圧ホモジナイザー、超高圧ホモジナイザー、グラインダー等を用いることができる。この際の水分散体中の固形分濃度は、上述した叩解処理に準じ、0.5重量%以上4重量%以下、好ましくは0.8重量%以上3重量%以下、さらに好ましくは1.0重量%以上2.5重量%以下の固形分濃度とすると詰まりが発生せず、しかも効率的な微細化処理が達成できる。
【0027】
使用する高圧ホモジナイザーとしては、例えば、ニロ・ソアビ社(伊)のNS型高圧ホモジナイザー、(株)エスエムテーのラニエタイプ(Rモデル)圧力式ホモジナイザー、三和機械(株)の高圧式ホモゲナイザーなどを挙げることができ、これらの装置とほぼ同様の機構で微細化を実施する装置であれば、これら以外の装置であっても構わない。超高圧ホモジナイザーとしては、みづほ工業(株)のマイクロフルイダイザー、吉田機械興業(株)ナノマイザー、(株)スギノマシーンのアルティマイザーなどの高圧衝突型の微細化処理機を意味し、これらの装置とほぼ同様の機構で微細化を実施する装置であれば、これら以外の装置であっても構わない。グラインダー型微細化装置としては、(株)栗田機械製作所のピュアファインミル、増幸産業(株)のスーパーマスコロイダーに代表される石臼式摩砕型を挙げることができるが、これらの装置とほぼ同様の機構で微細化を実施する装置であれば、これら以外の装置であっても構わない。
ミクロフィブリル化セルロースの繊維径は、高圧ホモジナイザー等による微細化処理の条件(装置の選定や操作圧力およびパス回数)あるいは該微細化処理前の前処理の条件(例えば、オートクレーブ処理、酵素処理、叩解処理等)によって制御することができる。
【0028】
本発明のセルロース不織布においては、水溶性多糖及び水溶性多糖誘導体からなる群から選択される単数または複数の水溶性高分子を合計0.5重量%以上20重量%以下、好ましくは0.8重量%以上15重量%以下、さらに好ましくは1.0重量%以上10重量%以下含有することが極めて重要である。ここで、該水溶性高分子の役割は、バインダーとしてセルロースミクロフィブリルからなるネットワークの接触点強度を強固にすることである。本発明者らは、基材であるセルロースミクロフィブリルに対し、化学構造が類似している水溶性多糖または水溶性多糖誘導体を共存させることにより、セルロース不織布における引張り強度の発現に優れた効果を奏することを見出した。
【0029】
ここで、水溶性多糖は、水溶性の多糖類を意味し、天然物としても多種の化合物が存在する。例えば、でんぷんや可溶化でんぷん、アミロース、プルランに代表されるα−1,4−グルカン類、デキストランに代表されるα−1,6−グルカン類、カードラン、レンチナンに代表されるβ−1,3−グルカン、アミロペクチン、グリコーゲンに代表される分岐糖類、キシラン、ガラクタン、マンナン、グルコマンナン、グルコマンノグリカン、ガラクトグルコマンノグリカン、グアランに代表されるヘテログリカンからなる化合物群を挙げることができるが、これらに限定されるものではない。
【0030】
また、水溶性多糖誘導体は、上述した水溶性多糖の誘導体、例えばアルキル化物、ヒドロキシアルキル化物、アセチル化物であって、水溶性のものが含まれる。あるいは、誘導体化する前の多糖がセルロース、スターチなどの様に水に不溶性であっても、誘導体化、例えばヒドロキシアルキル化やアルキル化、カルボキシアルキル化によって、水溶性化されたものも該水溶性多糖誘導体に含まれる。具体的には、ヒドロキシエチルセルロース、ヒドロキシプロピルセルロースなどのヒドロキシアルキルセルロース、ヒドロキシエチルスターチ、ヒドロキシプロピルスターチなどのヒドロキシアルキルスターチ、メチルセルロース、カルボキシメチルセルロース、さらには、ヒドロキシエチルメチルセルロースやヒドロキシプロピルメチルセルロースのように、2種類以上の官能基で誘導体化された水溶性多糖誘導体も含まれるが、これらに限定されるものではない。
【0031】
これらのうち、特に水溶性セルロース誘導体は、分子鎖骨格がセルロースミクロフィブリル基材におけるセルロースと同一の構造を有し、セルロースミクロフィブリル表面への相互作用力(接着力)も強固である場合が多い点、広範な構造を有する誘導体が工業的に生産され、入手し易い点、特に、後述するエマルジョン系原液からの抄紙により本発明のセルロース不織布を製造する場合には、エマルジョン安定化(すなわち、乳化剤あるいは乳化安定剤)としても機能する点から特に好ましい。この点において、上述した水溶性セルロース誘導体のうち、ヒドロキシエチルセルロース、ヒドロキシプロピルセルロース、ヒドロキシエチルメチルセルロースおよびヒドロキシプロピルメチルセルロースは乳化性能にも優れているため、本発明で使用するバインダー性能をもつ水溶性多糖誘導体として特に好ましい。
【0032】
また、上述した水溶性多糖および水溶性多糖誘導体は耐熱性の高いものが多く、そのような性質の水溶性多糖および水溶性多糖誘導体を使用すれば、得られるセルロース不織布は、セルロースが元来有する耐熱性を損なわないものとなる。具体例を後述の実施例8,9および比較例3,参考例1にて例示した。
【0033】
本発明のセルロース不織布における水溶性多糖および水溶性多糖誘導体は以下の方法で抽出される該当成分を意味し、その含有率の合計量は以下のようにして評価する。すなわち、不織布1gを、500gの冷水(5℃以下のイオン交換水を使用)に分散させ、家庭用ミキサーで5分間分散させる。次に分散液の温度を5℃以下に保持しながら、緩やかな攪拌下で30分間攪拌を続け、繊維に付着している水溶性高分子を完全に水相へ溶解させる。この後、得られた繊維の分散液をガラスフィルター等で濾過し、濾液を回収し、さらにエバポレーターにて該濾液の濃縮を行い、得られた濃縮液を、内部標準を加えた重水中に適量溶かし、1H−NMRのピーク強度により溶解している各成分の濃度を評価する。
【0034】
重水へ濃縮液の溶解量、先に行った濃縮工程の濃縮度等を考慮し、1H−NMRによる溶解成分の濃度から、セルロース不織布中の溶解成分の含有率を算出する。仮に、水溶性多糖でもなく水溶性多糖誘導体でもない水溶性成分が該濃縮液中に含有され、しかも該水溶性成分の1H−NMRにおけるピーク位置が水溶性多糖または水溶性多糖誘導体のピーク位置と重なる場合には、適当な濃度条件で、液体クロマトグラフまたはゲルパーミエーションクロマトグラフの手法により各成分を分離したうえで1H−NMRによる分析を行うものとする。
【0035】
次に、本発明のセルロース不織布は、目付が3g/m以上80g/m以下、さらに好ましくは、5g/m以上50g/m以下、さらに好ましくは、5g/m以上30g/m以下であると好適に本発明の主張する種々の機能を発現させることが可能となる。ここで、目付が3g/mよりも小さくなると不織布の均一性を広い面積で確保するのが困難になるだけでなく、部分的な欠損頻度の増大に基づき強度も著しく低減するため好ましくなく、また、80g/mよりも大きな目付のものは、生産性の観点から、作製するのが困難である点と同時に、微細なネットワークと通気性を有するという本発明のセルロース不織布の構造に基づく特性に繋がり難くなる(例えば、目付が大きくなり過ぎると後述する透気抵抗度の絶対値は増大し、当然、通気性は著しく低くなる)ため、やはり好ましくない。なお、本発明のセルロース不織布は低目付の本発明のセルロース不織布を圧着等により張り合わせて比較的高目付のセルロース不織布としたもの(例えば、目付15g/mの本発明の同一の不織布を3枚分積層化させて1枚の45g/mの目付のセルロース不織布としてもの)でも本発明の要件を満たしていれば構わない。
【0036】
さらに、本発明のセルロース不織布は、目付10g/m相当の透気抵抗度が10s/100ml以上500s/100ml以下、好ましくは、20s/100ml以上300s/100ml以下であると、本発明の主張する種々の機能を好適に発現させることが可能となる。ここで、本発明のセルロースミクロフィブリルからなるセルロース不織布ではネットワークの微細性から該透気抵抗度が10s/100mlよりも小さなものは作り難く、また、該透気抵抗度が500s/100mlを超えるものは、容易に作製することはできるものの、他材料(例えば微多孔膜)との差別性に乏しい材料であるため、やはり好ましくない。
さらに好ましくは、目付が5g/m以上30g/m以下の範囲にあり、かつ目付10g/m相当の透気抵抗度が20s/100ml以上300s/100ml以下のセルロース不織布である。
【0037】
ここで、目付10g/m相当の透気抵抗度とは、目付wg/mの試料に対しガーレー式デンソメータ((株)東洋精機製、型式G−B2C)を用いて100mlの空気の透過時間(単位;s/100ml)の測定を室温で行った結果が、zs/100mlであったとすると、次式
10×z/w (s/100ml) (2)
で定義されるものである。ここでzは、一つの不織布サンプルに対して種々の異なる位置について5点の測定を行い、その平均値である。
【0038】
以上の条件を満たすことにより、耐熱性、耐候性、耐溶剤性等に優れ、微細なネットワーク構造を有し、通気性かつ高強度の微多孔性のセルロース不織布を提供することができる。例えば、本発明のセルロース不織布は、好適な場合には、目付10g/m相当の引張り強度(先の(2)式での透気抵抗度での定義同様に引張強度について定義する)が、6N/15mm以上、さらに好適な場合には、8N/15mm以上の強度を有するものとして提供することができる。
ここで、個々の試料の引張り強度の評価は、JIS P 8113にて定義される方法に従い、熊谷理機工業(株)の卓上型横型引張試験機(No.2000)を用い、幅15mmのサンプル10点について測定し、その平均値を引張り強度とした。また、バッチ式製膜に対し、不織布の縦横に強度の異方性が現れ易い連続製膜により作られたサンプルの場合は、本発明における引張り強度とは、走行方向(MD)に関する引張り強度を意味するものとする。
【0039】
次に、本発明のセルロース不織布は、トルエン中に浸液した状態で、850nmの波長の光を不織布に対して垂直に走査して得られる、下記式(1)で定義さ
r,av=Tr,1/Tr,2 (1)
れる平均透過率Tr,avを目付10g/m相当の値に換算した値、すなわち、目付wg/mのサンプルの測定値Tr,avに対し、下記式(3)で定義される値
1−(1−Tr,av)×10/w (3)
が0.70以上、さらに好ましくは0.75以上であるとより明確に本発明の主張する種々の機能を発現させることが可能となる。
【0040】
ここで、Tr,avは、試験管の内面に不織布が貼り付いた状態でトルエンを満たし、不織布に対し垂直な方向から試験管に対して850nmの波長の光を照射し、試験管に沿って長さ方向に40μmごとに合計30000μm(データ点数;750)の長さ分を走査した際に各々得られる透過率の平均値Tr,1と、不織布を除いてトルエンのみ注入された状態で同じ測定を行って得られる透過率の平均値Tr,2の比によって、上式(1)で定義される。目付10g/m相当の値に換算したTr,avがこの範囲内であれば、ナノファイバー不織布として他材料に対し差別化できる微多孔性が確保されると同時に、例えば樹脂と複合化させた際に透明性が高い材料が好適に得られる。これは以下の理由による。
【0041】
20℃での屈折率が1.496のトルエンに対し、若干の屈折率差のあるセルロースを含有する不織布(非特許文献4;“Polymer Handbook, 3rd Edition”Ed. by J. Brandrup and E. H. Immergood, John Wiley & Sons, New York, 1989, pp V126 によれば、セルロースの種類及び試料の配向性によって屈折率は1.51−1.62の範囲)を浸液させた際、不織布を構成する繊維が可視波長400nm程度より十分に小さくない繊維径の繊維を多数含む場合には、その界面での散乱が不織布膜の光透過の阻害因子として働くので、上記条件下での平均透過率の値は、不織布の構成繊維の微細性又は不織布のネットワーク構造の微細性を反映した物性値となる。セルロースを含有する不織布中の空間を樹脂で埋めて複合化する場合には、上記条件で得られる平均透過率Tr,avは、得られる複合体の透明性にも当然相関する。
【0042】
ここで、本発明では、Tr,avの測定において、TurbiscanTM MA−2000(英弘精機社)を使用する。本装置は、元々、溶液や分散液の経時安定性を評価するために開発された装置であるが、本発明で対象とされるような不織布をトルエン中に浸液させて後述する測定を実施した際に、不織布を構成する繊維径の情報や不織布中でのネットワーク構造の微細性の情報に極めて敏感であり、不織布中に含有する一定太さ以上の繊維径の残存量に相関した物性値として極めて有効である。
次に、上述したセルロース不織布の層を含む複数の層が積層されてなる多層化シートであって、目付が8g/m以上100g/m以下、かつ透気抵抗度が10s/100ml以上1000s/100ml以下である多層化シートについて説明する。
【0043】
上述した要件を満足する本発明のセルロース不織布の層を多層構造の一層として含み、多層化シートとしての目付が、8g/m以上100g/m以下、好ましくは10g/m以上90g/m以下であって、さらに、透気抵抗度が、10s/100ml以上1000s/100ml以下、好ましくは20s/100ml以上500s/100ml以下であると、本発明で主張するセルロース不織布の種々の機能を発現できる多層化シートを提供することが可能となる。ここで多層化シートの目付が8g/mより小さいものは安定に製造することが困難であるため相応しくなく、目付が100g/mよりも大きくなると後述する透気抵抗度範囲のシートを構造上のバランスを保って作ることが困難となるため、やはり好ましくない。また、透気抵抗度が、10s/100mlよりも小さなシートだと、本発明の主張する微細な孔径から成るネットワークに起因する物性が期待できなくなるため相応しくなく、透気抵抗度が、1000s/100mlよりも大きなシートでは、通気性を有するという本発明のセルロース不織布のもつ特性が損なわれるため、やはり好ましくない。
【0044】
該多層化シートは、通気性のある不織布等の支持体上に本発明のセルロース不織布が積層化された2層構造でも、表裏の両側から通気性のある支持体によって本発明のセルロース不織布が挟まれた3層構造をもつものでも、あるいはさらに異種の層をもつものでも、上述した目付と透気抵抗度の範囲が保たれていれば、好適に本発明のセルロース不織布の主張する機能を発現することができる。
本発明のセルロース不織布の製造方法について記載する。基本的に、本発明のセルロース不織布は、ナノファイバーであるセルロースミクロフィブリルからなる不織布を製膜する際に、本発明で限定する目付範囲で、規定された透気抵抗度を有するように、しかも水溶性多糖および水溶性多糖誘導体からなる群から選択される単数または複数の水溶性高分子(以下「特定の水溶性高分子」ともいう。)を所定の含有率に制御すればよい。その製膜方法としては、大きく分けて塗布法と抄紙法により製造することが可能である。
【0045】
このうち、塗布法においては、特許文献1にも記載されているように、ミクロフィブリルを水に分散させた水系分散液からは、所定の透気抵抗度範囲の不織布は得られないため、少なくとも水よりも表面張力の低い有機溶媒(例えば、イソプロパノールやエチルセロソルブ等のアルコール)と水の混合溶液中にミクロフィブリルを分散させた有機溶媒系分散液を使用する必要がある。そこで、該有機溶媒系分散液に、所定の上記特定の水溶性高分子を分散させ、キャスト後、乾燥させて製膜する。なお、分散媒体中の有機溶媒の組成を大きく設定することにより、所定の透気抵抗度にコントロールすることが可能となる。しかしながら、セルロースミクロフィブリルの分散液においては、セルロースミクロフィブリルの濃度を2重量%以上に高めることはレオロジー的な制約上(著しく増粘してしまう)難しく、該分散液から分散媒体を乾燥させて得るシート(不織布)は極めて低い目付のものに限定されてしまう。加えて、上記の高粘度の分散液を均一に製膜するのは意外と難しく、一定面積のシートを作製するのに大量の有機溶媒を必要とする点でコスト面でも不利である。この点で、塗布法は条件によっては(極めて低目付での製膜)有効であるものの、本発明のセルロース不織布の製造方法としては、抄紙法によるのがより好ましい。
【0046】
セルロースミクロフィブリルからなる通気性を有するセルロース不織布の抄紙法による製造方法については、特許文献1に詳細に記載されている。該文献に開示されている製造方法は、セルロースミクロフィブリルを水に適当な分散状態にコントロールしつつ分散させ、目の細かい濾布上で抄紙を行い、得られた湿紙中の水を有機溶媒への置換工程において有機溶媒に置換させ、乾燥させるという内容である。
【0047】
該製造方法を本発明に適用させると、本発明で必須条件となる特定の水溶性高分子を、抄紙用分散液かあるいは有機溶媒置換浴に溶解させて、セルロース不織布中へ含浸させることが好ましい。このうち、予め、抄紙用分散液中に分散させておく方法では、分散液中でのセルロースミクロフィブリル表面への上記特定の水溶性高分子の定着率がそれ程高くない可能性があり、しかも、次工程である有機溶媒置換の工程において、一旦定着した上記特定の水溶性高分子が脱離してしまう可能性があるため、効率的に本発明のセルロース不織布を製造する方法とは言えない。これに対し、置換工程で、置換浴中に上記特定の水溶性高分子を溶解させておき、溶剤置換と同時に、該特定の水溶性高分子をミクロフィブリルのネットワーク補強のバインダーとして導入することは、溶剤置換後の湿紙に残存している該特定の水溶性高分子は確実に不織布中に残存するため、条件によっては有効である。しかし、置換工程での導入においては、該特定の水溶性高分子が完全に溶解するような溶媒構成とする必要があり、条件設定に制約があること、置換溶媒中に一定量の該特定の水溶性高分子を溶解させておく必要があり、効率的な導入方法とは言えないという短所もある。
【0048】
これらに対し、本発明において、本発明者らは、以下の製造方法によって、効率的に本発明のセルロース不織布を製造できることを見出した。すなわち、1)セルロースミクロフィブリル0.05重量%以上0.5重量%以下、大気圧下での沸点範囲が50℃以上200℃以下の油性化合物0.5重量%以上10重量%以下、水溶性多糖および水溶性多糖誘導体からなる群から選択される単数または複数の水溶性高分子を合計0.003重量%以上0.1重量%以下、及び水85重量%以上99.5重量%以下を含む水系分散液であって、該油性化合物が水相に分散したエマルジョンである水系分散液を調整する調製工程、2)水系分散液を構成する水の一部を抄紙機で脱水することによって、セルロースミクロフィブリルの濃度および油性化合物の濃度を該水系分散液より増加させた濃縮組成物を得る抄紙工程、3)濃縮組成物を加熱することによって、該濃縮組成物から油性化合物および水の一部を蒸発させて除去する乾燥工程、の3つの工程を含むセルロース不織布の製造方法である。
【0049】
以下では、本発明で規定するエマルジョン系の水系分散液を用いた抄紙法によるセルロース不織布の製造方法を簡単のためにエマルジョン抄紙法と表現する。
まず、上述した3つの工程の詳細について説明する。本発明の製造方法は、所定のセルロースミクロフィブリルの水系分散液から抄紙法により湿紙を製膜し、該湿紙を乾燥させるシンプルなものである。
調製工程で調整する水系分散液は、セルロースミクロフィブリル0.05重量%以上0.5重量%以下、大気圧下での沸点範囲が50℃以上200℃以下の油性化合物0.5重量%以上10重量%以下、水溶性多糖および水溶性多糖誘導体からなる群から選択される単数または複数の水溶性高分子を合計0.003重量%以上0.1重量%以下、及び水85重量%以上99.5重量%以下を含む水系分散液であることが必要である。
【0050】
エマルジョン抄紙法用の水系分散液中のセルロースミクロフィブリルの濃度は、0.05重量%以上0.5重量%以下、好ましくは、0.08重量%以上0.35重量%以下であると好適に安定な抄紙を実施することができる。該水系分散液中のセルロースミクロフィブリル濃度が0.05重量%よりも低いと濾水時間が非常に長くなり生産性が著しく低くなると同時に膜質均一性(地合い)も著しく悪くなるため好ましくない。また、セルロースミクロフィブリル濃度が0.5重量%よりも高いと、分散液の粘度が上がり過ぎてしまうため、均一に製膜することが困難になり、やはり好ましくない。
【0051】
次に、調製工程で調製する水系分散液中には、0.15重量%以上10重量%以下の、大気圧下での沸点範囲が50℃以上200℃以下である油性化合物がエマルジョンとして、85重量%以上99.5重量%以下の水から成る水相に分散していることが好ましい。これは、該水系分散液中に含有されるセルロースミクロフィブリルが、油性化合物から成るO/W型エマルジョンと相互作用し、安定化させる性質を有することに起因する(非特許文献5;H.Ono, Y.Shimaya, T.Hongo and C. Yamane, ” New Aqueous Dispersion of Cellulose Sub-micron Particles: Preparation and Properties of Transparent Cellulose HydroGel (TCG)” Trans.Matr.Soc.Jpn., 26, 569 (2001))。
【0052】
エマルジョン抄紙法においては、上述した条件下で形成されるエマルジョンにおいて、水と比較して油性化合物が、抄紙機における濾過を意味する抄紙工程により濾液側に移動せずに、水不溶性の親水性高分子であるセルロースの近傍に効率的に残存し、実質的に油性化合物の濃縮化が進行することを特徴とする。すなわち、乾燥工程に到る際に、水不溶性の親水性高分子が水に比べ、表面張力の低い油性化合物に取り囲まれることは、乾燥時に高分子間の融着を防御し、通気性を有するセルロース不織布を形成する原動力となる(先述した有機溶剤による置換法と原理的には同じ)。そうした環境を作るために、油性化合物と水から成るエマルジョンが一定割合で含まれることが本発明の必須条件となる。
【0053】
乾燥時に上記油性化合物が除去されないと通気性を有する不織布となり得ないため、用いる油性化合物は、乾燥工程で除去可能なことが必要である。したがって、本発明において、水系分散液にエマルジョンとして含まれる油性化合物は、一定の沸点範囲にあることが必要であり、具体的には、大気圧下での沸点が50℃以上200℃以下であることが好ましい。さらに好ましくは、60℃以上190℃以下であれば、工業的生産プロセスとして水系分散液を操作し易く、また、比較的効率的に加熱除去することが可能となる。油性化合物の大気圧下での沸点が50℃未満であると水系分散液を安定に扱うために低温制御下で扱うことが必要となり、効率上好ましくなく、さらに油性化合物の大気圧下での沸点が200℃を超えると、乾燥工程で油性化合物を加熱除去するのに多大なエネルギーが必要となるため、やはり好ましくない。
【0054】
さらに、上記油性化合物の25℃での水への溶解度は5重量%以下、好ましくは2重量%以下、さらに好ましくは1重量%以下であることが油性化合物の必要な構造の形成への効率的な寄与という観点で望ましい。以下に油性化合物の具体例を示す。
例えば、炭素数6〜炭素数14の範囲の炭化水素、具体的には、n−ヘキサン、n−ヘプタン、n−オクタン、n−デカン、n−ウンデカンやそれらの異性体(例えば、イソヘキサン、イソオクタン、イソデカン)に代表される鎖状飽和炭化水素類、シクロヘキサン、シクロヘキセンのような環状炭化水素類、ジイソブチレンやシクロヘキセンのような鎖状または環状の不飽和炭化水素類、及びベンゼン、トルエン、キシレンのような芳香族炭化水素類、次に、炭素数5〜炭素数9の範囲であり一価かつ一級のアルコール、具体的には、n−ペンタノール、n−ヘキサノール、n−ヘプタノール、n−オクタノール、イソヘキサノール、イソヘプタノール、(Z)−3−ヘキセン−1−オール、2−メチル−1−ペンタノール、2−エチル−1−ブタノール、4−メチル−1−ペンタノール、3,3−ジメチル−1−ブタノール、(2E,4E)−2,4−ヘキサジエン−1−オール、2−メチル−2−ヘキサノール、イソヘプタノール、2−エチル−1−ヘキサノール、イソオクタノール、1,3−ベンゾジオキソール−5−メタノール等を挙げることができるがこれらに限定されるものではない。一級のアルコールではないが、4−メチル−2−ペンタノール、3−メチル−3−ペンタノール、2−メチル−2−ヘキサノール、2−ヘプタノール、シクロヘプタノール、4−ヘプタノール、1−メチルシクロヘキサノール、1−エチニルシクロペンタノール、2−オクタノール、(S)−2−オクタノール、シクロオクタノール、3,5−ジメチル−1−ヘキシン−3−オール、1−エチニルシクロヘキサノール、1−オクチン−3−オール等の炭素数5〜炭素数9の範囲である一価のアルコールも油性化合物として好適に使用できる。
【0055】
上述した油性化合物のうち、特に、油性化合物が炭素数5〜炭素数9の範囲であり一価かつ一級のアルコールの中から選ばれる少なくとも一つの化合物、さらに好ましくは、該アルコールの中の、1−ペンタノール、1−ヘキサノール、1−ヘプタノールの中から選ばれる少なくとも一つの化合物を用いると特に好適に本発明のセルロース不織布を製造することができる。これは、エマルジョンの油滴サイズが極めて微小(通常の乳化条件で、1μm以下)となるため、高空孔率かつ微細な多孔質構造を有する不織布の製造に適していると考えられる。
これらの油性化合物は単体として配合してもよいし、複数の混合物を配合してもよい。さらには、エマルジョン特性を適当な状態に制御するために、これら油性化合物中に例えば、水溶性のアルコール類、例えばエチルセロソルブ等の水溶性の有機溶剤を少量溶解させて使用してもよい。この際の水溶性の有機溶媒は、油性化合物に対し25重量%以下であることが好ましい。これ以上の添加量とすると油性化合物のエマルジョンの形成能が低下するため、好ましくない。
【0056】
次に、該油性化合物の抄紙用水系分散液中の濃度は0.15重量%以上10重量%以下、好ましくは0.3重量%以上5重量%以下、さらに好ましくは0.5重量%以上3重量%以下である。油性化合物の濃度が10重量%を超えても本発明のセルロース不織布を得ることはできるが、製造プロセスとして使用する油性化合物の量が多くなり、それに伴う、安全上の対策の必要性やコスト上の制約が発生するため好ましくない。また、油性化合物の濃度が0.15重量%よりも小さくなると所定の透気抵抗度範囲よりも高い透気抵抗度のシートしか得られなくなるため、やはり好ましくない。
上述した油性化合物は、調整工程における水系分散液中にエマルジョンとして分散していることが重要である。この場合、油滴が水相に分散しているO/W型のエマルジョンである。油滴サイズに該当した網目構造が乾燥後の構造体に反映されるため、油滴サイズは小さく、安定に分散していることが好ましい。
【0057】
ここで、本発明のエマルジョン抄紙用の水系分散液中には、前述した特定の水溶性高分子が水相中に溶解していることが重要である。これらの水溶性高分子のO/W型エマルジョンにおける作用としては、コロイド科学の分野で保護コロイドとして知られている(非特許文献6;川口正美著,「高分子の界面・コロイド科学」1999年,コロナ社,p170)。すなわち、水溶性高分子が水相に分散した油滴粒子の表面近傍(水と油滴の界面)に局在する傾向が強く、エマルジョンの安定化に寄与しているとされる。水溶性高分子の中で特に乳化性能の高いものでは、油滴表面への局在率が高いと考えられる。こうして油滴表面に局在した水溶性高分子は、上述したエマルジョン抄紙の機構、すなわち、セルロースミクロフィブリルの作る緩やかな会合対中に油滴ごと取り込まれ、抄紙の過程で湿紙中に残存するため、高い残存率で湿紙中に残存することになる。
【0058】
本発明の製造方法では、特定の水溶性高分子を使用することにより、湿紙中、すなわち乾燥後のセルロース不織布中にも該特定の水溶性高分子が高い効率で残存する。その点において、エマルジョン抄紙法は、本発明のセルロース不織布の製造方法としてより好ましい方法である。
上述したように、本発明のエマルジョン抄紙用の水系分散液中には、前述した特定の水溶性高分子が水相中に溶解していることが必要であるが、該特定の水溶性高分子の濃度は、0.003重量%以上0.1重量%以下、より好ましくは、0.005重量%以上0.08重量%以下、さらに好ましくは、0.006重量%以上0.07重量%以下の量であると、本発明のセルロース不織布が得られ易いと同時に、水系分散液の状態が安定化することが多いので好ましい。該濃度が0.003重量%よりも小さいと、上記特定の水溶性高分子の添加効果が現れ難いので好ましくなく、また、該濃度が0.1重量%を超えると泡立ち等の添加量増大に伴う負の効果が現れ易くなるため好ましくない。エマルジョンを安定化させる目的で、水系分散液中に上記特定の水溶性高分子以外に界面活性剤およびその他の水溶性高分子のうちの少なくとも一種が、上記特定の水溶性高分子との合計量が上記濃度範囲で含まれていても構わない。
【0059】
この場合の界面活性剤としては、アルキル硫酸エステル塩、ポリオキシエチレンアルキル硫酸エステル塩、アルキルベンゼンスルホン酸塩、α-オレフィンスルホン酸塩などのアニオン界面活性剤、塩化アルキルトリメチルアンモニウム、塩化ジアルキルジメチルアンモニウム、塩化ベンザルコニウムなどのカチオン界面活性剤、アルキルジメチルアミノ酢酸ベタイン、アルキルアミドジメチルアミノ酢酸ベタインなどの両性界面活性剤、アルキルポリオキシエチレンエーテルや脂肪酸グリセロールエステル等のノニオン性界面活性剤を挙げることができるが、これらに限定されるものではない。
【0060】
また、上記のその他の水溶性高分子として、具体例としては、ポリビニルアルコール(ケン化度が高過ぎないグレードがより安定化に寄与し、また、末端をアルキル修飾したものも安定化剤として有効である)、ビニルアルコール/エチレン共重合体(エチレン組成が低く、水溶性のグレード)やビニルアルコールとブチラール等その他のモノマー類との共重合体構造を有するもの、ポリエチレンオキサイドあるいはその末端をアルキル修飾したもの、ポリプロピレンオキサイド、ポリブチラール系樹脂(水溶性のグレード)のようなノニオン性の水溶性高分子、アクリル酸モノマー単位およびアクリル酸塩モノマー単位、メタクリル酸モノマー単位およびメタクリル酸塩モノマー単位のようなアニオン性のモノマー単位が分子鎖骨格中に含まれるアニオン系水溶性高分子、アクリル酸の有機アミノ誘導体エステル、メタクリル酸の有機アミノ誘導体エステル、エチレンイミン誘導体のようなカチオン性のモノマー単位が分子鎖骨格中に含まれるカチオン系水溶性高分子、あるいはアニオン性のモノマー単位とカチオン性のモノマー単位が両方、分子鎖骨格中に含まれる両性水溶性高分子等を挙げることができるが、これらに限定されるものではない。
【0061】
この他、水系分散液中には、目的に応じて種々の添加物が添加されていても構わない。例えば、シリカ粒子、アルミナ粒子、酸化チタン粒子、炭酸カルシウム粒子のような無機系粒子状化合物、樹脂微粒子、各種塩類、調味料、食材、食品添加物、エマルジョンの安定性を阻害しない程度の有機溶剤等、本発明のセルロース不織布の製造に悪影響を及ぼさない範囲(種類の選択や組成の選択)で添加することができる。
調製工程で調製する水系分散液は、上述した化合物群から成るエマルジョン組成物であるが、エマルジョンの形成においては、乳化方法のあらゆる方法を採用することができる。すなわち、機械的乳化、転相乳化、液晶乳化、転相温度乳化、D相乳化、可溶化領域を利用した超微細乳化(マイクロエマルジョン乳化)等の方法によりO/W型エマルジョンを調製する。
【0062】
ここで、最終的な水系分散液中では水以外の成分は、85重量%以上99.5重量%以下、好ましくは90重量%以上99.4重量%以下、さらに好ましくは92重量%以上99.2%以下の組成の水中に分散または溶解していることが好ましい。水系分散液中の水の組成が85重量%より低くなると、粘度が増大するケースが多く、エマルジョンを分散液中に均一に分散し難くなり、均一な構造の通気性を有するセルロース不織布が得られ難くなるため好ましくない。また、水系分散液中の水の組成が99.5重量%を超えると、配合組成としてエマルジョンの含有量が低減され、濃縮組成物中の油性化合物濃度が低くなってしまい、通気性の構造体が得られ難くなるため、やはり好ましくない。
水系分散液の調製は、一切の添加物を水中へ混入し、適当な乳化方法により水系エマルジョン分散液とするか、あるいは予め油性化合物と乳化剤からなる水系エマルジョンを上述したような適当な乳化方法で調製しておき、別途調製したセルロースミクロフィブリルおよびその他の添加物からなる水系分散液と混合して水系分散液とすればよい。
【0063】
次に、本発明の第二の工程は、第一の工程で調製した水系分散液を抄紙機で脱水することにより、セルロースミクロフィブリルを濾過し、エマルジョン濃度を濃縮化する抄紙工程である。該抄紙工程は、基本的に、水を含む分散液から水を脱水し、水不溶性の親水性高分子が留まるようなフィルターや濾布(製紙の技術領域ではワイヤーとも呼ばれる)を使用する操作であればどのような装置を用いて行ってもよい。上述したようにエマルジョン中の油滴は、セルロースミクロフィブリルのその近傍に局在する性質を有するため、脱水操作により液相が系外に排出されてもフィルターや濾布上に留まり、実質的にエマルジョン成分の濃縮化が進行することになる。
【0064】
抄紙機としては、傾斜ワイヤー式抄紙機、長網式抄紙機、円網式抄紙機のような装置を用いると好適に欠陥の少ないシート状のセルロース不織布を得ることができる。抄紙機は連続式であってもバッチ式であっても目的に応じて使い分ければよい。
ミクロフィブリル化セルロース等を使用して調製した水系分散液を抄紙する方法は、基本的には、本発明者らによる特許文献1に記載されている技術に準じる。特許文献1と本発明の差異は、抄紙用の水系分散液中に油性化合物と水から成るエマルジョンが含まれている点であるが、特許文献1で開示されている抄紙の条件により良好に抄紙を実施できる。その理由は、調整工程で調製する水系分散液中でエマルジョン成分がミクロフィブリル化セルロースから成る会合体中(軟凝集体)に取り込まれて存在している点にあると考えられる。
【0065】
すなわち、調製工程により得られる水系分散液(抄紙用の水系分散液)を用いて抄紙工程により脱水を行うが、抄紙はワイヤーまたは濾布を用いて水系分散液中に分散している微細セルロース等の軟凝集体を濾過する工程であるため、ワイヤーあるいは濾布の目のサイズが重要である。本発明においては、本質的には、上述した条件により調製した抄紙用の水系分散液を、該分散液中に含まれるセルロース等を含む水不溶性成分の歩留まり割合が70重量%以上、好ましくは、95重量%以上、さらに好ましくは99重量%以上で抄紙することのできるようなワイヤーあるいは濾布であればどんなものでも使用できる。ただし、セルロース等の歩留まり割合が70重量%以上であっても濾水性が高くないと抄紙に時間がかかり、著しく生産効率が悪くなるため、大気圧下25℃でのワイヤーまたは濾布の水透過量が、好ましくは0.005ml/cm・s以上、さらに好ましくは0.01ml/cm・s以上であると、生産性の観点からも好適な抄紙が可能となる。上記水不溶成分の歩留まり割合が70重量%よりも低くなると、生産性が著しく低減するばかりか、用いるワイヤーや濾布内にセルロース等の水不溶性成分が目詰まりしていることになり、製膜後のセルロース不織布の剥離性も著しく悪くなる。
【0066】
ここで、大気圧下25℃でのワイヤーまたは濾布の水透過量は次のようにして評価するものとする。バッチ式抄紙機(例えば、熊谷理機工業社製の自動角型シートマシーン)に評価対象となるワイヤーまたは濾布を設置するにおいて、ワイヤーの場合はそのまま、濾布の場合は、80〜120メッシュの金属メッシュ(濾水抵抗がほとんど無いものとして)上に濾布を設置し、抄紙面積がxcmの抄紙機内に十分な量(ymlとする)の水を注入し、大気圧下で濾水時間を測定する。濾水時間がzs(秒)であった場合の水透過量を、 y/(xz) (ml/cm・s) と定義する。
【0067】
ミクロフィブリル化セルロースの抄紙に使用できる、上記の条件を満たすワイヤーや濾布は限定される。極めて微細なミクロフィブリル化セルロース繊維に対しても使用できるフィルターまたは濾布として、SEFAR社(スイス)製のTETEXMONODLW07−8435−SK010(PET製)、敷島カンバス社製NT20(PET/ナイロン混紡)などを挙げることができるが、これらに限定されない。
【0068】
抄紙工程による脱水では、エマルジョンの濃縮化と同時に高固形分化が進行し、セルロースミクロフィブリルの濃度と油性化合物の濃度を水系分散液より増加させた濃縮組成物である湿紙を得る。湿紙の固形分率は、抄紙のサクション圧(ウェットサクションやドライサクション)やプレス工程によって脱水の程度を制御し、好ましくは固形分濃度が6重量%以上25重量%以下、さらに好ましくは固形分濃度が8重量%以上20重量%以下の範囲に調整する。湿紙の固形分率が6重量%よりも低いと湿紙としての自立性がなく、工程上問題が生じ易くなる。また、湿紙の固形分率が25重量%を超える濃度まで脱水すると水相だけでなく、濃縮したエマルジョンが系外に排出されてしまい、セルロースミクロフィブリル近傍の水層の存在によって、却って油性化合物の濃度が低下してしまうため、有効に通気性のあるセルロース不織布を形成できなくなり、相応しくない。上述したように本発明では、抄紙工程によってエマルジョンが濃縮化され、脱水前の水系分散液中の油性化合物濃度に対し、脱水工程後の湿紙では該油性化合物濃度が約5倍以上、好適な場合には10倍以上に濃縮化される。
【0069】
抄紙工程で得た湿紙は、加熱による乾燥工程で油性化合物及び水の一部を蒸発させることによって、セルロース不織布となる。乾燥工程は、ドラムドライヤーのような幅を定長とした状態で、水と油性化合物(以下、水と油性化合物を合わせて「分散媒」という。)を乾燥し得るタイプの定長乾燥型の乾燥機を使用すると、より透気抵抗度の低いセルロース不織布を安定に得ることができるため、好ましい。乾燥温度は、条件に応じて適宜選択すればよいが、好ましくは、45℃以上180℃以下、さらに好ましくは、60℃以上150℃以下の範囲とすれば、好適に通気性のあるセルロース不織布を製造することができる。乾燥温度が45℃未満では、多くの場合に分散媒の揮発速度が遅いため、生産性が確保できないため好ましくなく、180℃より高い乾燥温度とすると、構造体を構成する親水性高分子が熱変性を起こしてしまうケースがあり、また、コストに影響するエネルギー効率も低減するため、やはり好ましくない。場合によっては、100℃以下の低温乾燥で組成調製を行い、次段で100℃以上の温度で乾燥する多段乾燥を実施することも、均一性の高いセルロース不織布を得るうえでは有効であることもある。
【0070】
次に、上述した乾燥工程で得られたセルロース不織布にカレンダー装置によって平滑化処理を施す平滑化工程を設けても良い。該平滑化工程を経ることにより表面が平滑化され、薄膜化された本発明のセルロース不織布を得ることもできる。以下に、その概要を説明する。
すなわち、乾燥後の本発明のセルロース不織布に対し、さらにカレンダー装置による平滑化処理を施す工程を含むことにより、薄膜化が可能となり、広範囲の、膜厚/通気度/強度の組み合わせの本発明のセルロース不織布を提供することが可能となる。例えば、10g/m以下の目付の設定下で20μm以下(下限は3μm程度)の膜厚のセルロース不織布を容易に製造することが可能である。カレンダー装置としては単一プレスロールによる通常のカレンダー装置の他に、これらが多段式に設置された構造をもつスーパーカレンダー装置を用いてもよい。これらの装置、およびカレンダー処理時におけるロール両側それぞれの材質(材質硬度)や線圧を目的に応じて選定することにより多種の物性バランスをもつ本発明のセルロース不織布を得ることができる。
【0071】
乾燥後のセルロース不織布に対するカレンダー処理の作用原理には2通りが考えられる。まず、本発明のセルロース不織布の製造工程では、抄紙用原料として使用するセルロースミクロフィブリルの繊維長に対し、製造時に使用するワイヤーメッシュや濾布の表面凹凸のピッチが大幅に長いため、得られる不織布の表面はワイヤーメッシュや濾布の凹凸が転写され易い。第一点としては、カレンダー処理は、この凹凸を平坦化させる効果を有する。第二点目として、一定空孔率を有する不織布のネットワーク構造そのものを押し潰す効果である。二番目の効果により不織布の空孔率は低減し、平均孔径も小さくなることになり、結果的に、通気抵抗度は増大し、引張り強度や突刺し強度が増大することもある。実際には、設定したカレンダー処理条件に応じて、上記一番目の効果と二番目の効果が混在し(種々の貢献率となって)、得られるセルロース不織布の構造や物性が決まる。 また、エンボス加工を表面に施したカレンダー処理用金属ロールを使用して、任意の表面パターンにより凹凸を加えたセルロース不織布も本発明のセルロース不織布として好適に使用することができる。
【0072】
特に本発明のセルロース不織布を連続的に製膜するためには、調製工程を除き、上述した抄紙工程、乾燥工程、場合によってはカレンダー処理による平滑化工程を連続的に実施する必要がある。この際、使用するワイヤーメッシュ(以下、単に「ワイヤー」ともいう。)はエンドレス仕様のものを用いて全工程を一つのワイヤーで行うかあるいは途中で次工程のエンドレスワイヤーまたはエンドレスのフェルト布にピックアップして渡すあるいは転写させて渡すかあるいは、連続製膜の全工程または一部の工程を濾布を使用するロールtoロールの工程とするかいずれかをとり得る。
さらに、本発明では、抄紙機による抄紙工程において、抄紙機に通水性を有するシート状の支持体をのせて、水系分散液を構成する水の一部を該支持体上で脱水(抄紙)を行い、該支持体上に本発明のセルロース不織布の湿紙を積層化させ、一体化させることにより、少なくとも2層以上の積層構造を有する多層化シートを製造することができる。
【0073】
こうした多層化シートの製造に使用する支持体は、高空孔率かつ通水性のある不織布、あるいは多孔質膜であることが好ましい。具体的には、セルロース製、ポリエチレンテレフタレート製、6,6−ナイロン製、6−ナイロン製、ポリビニルアルコール製、各種ポリウレタン製の不織布、あるいはセルロース製、ポリエチレンテレフタレート製、6,6−ナイロン製、6−ナイロン製、ポリビニルアルコール製、各種ポリウレタン製の多孔質膜を挙げることができるが、これらに限定されるものではない。不織布を構成する繊維の数平均繊維径が2μm以下であるマイクロウェッブと呼ばれる不織布や微多孔膜を用いると、それ自体が本発明における、ミクロフィブリル化セルロースの水系分散液から抄紙機で製膜する際の濾布の機能を有するため、抄紙の際に上述したようなワイヤーや濾布を使用することなく、一体化した多層構造を有する高空孔率構造体を製造することができる。3層以上の多層化シートを製造するためには2層以上の多層構造をもつ支持体を使用すればよい。また、支持体上で2層以上の本発明の多段抄紙を行って3層以上の多層化シートとしてもよい。
【0074】
本発明のセルロース不織布および該不織布を1層とする多層化シートは、各種機能性フィルター、各種機能紙、各種蓄電デバイス用のセパレータ、精密洗浄用ワイパー、精密研磨用パッド、吸収材料、医療材料用の支持体、機能膜等、広範な分野で利用することが可能となる。さらに、エポキシ樹脂等の各種の樹脂と複合化させることにより、半導体デバイスや配線基板用の基板、低線膨張率材料の基材等としても適用できるが、本発明のセルロース不織布の用途はこれらに限定されるものではない。
【実施例】
【0075】
以下、本発明の実施例及び比較例によって、本発明をさらに具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【0076】
(実施例1〜5)
セルロース原料としてコットンリンターパルプ(日本紙パルプ商事(株))を使用し、該パルプを固形分10重量%となるように水中に浸漬させて130℃、4時間のオートクレーブ処理をした後、得られた膨潤パルプを何度も水洗し、水を含浸した状態の膨潤パルプを得た。該膨潤パルプの乾燥体について、α−セルロース含有率を測定したところ98.0重量%(全セルロース含有率は100重量%)であった。
【0077】
該膨潤パルプを固形分1.5重量%となるように水中に分散させて水分散体(400L)とし、ディスクレファイナー装置として相川鉄工(株)製SDR14型ラボリファイナー(加圧型DISK式)を用い、ディスク間のクリアランスを1mmとして400Lの該水分散体に対して、20分間叩解処理を進めた後、引き続いてクリアランスをほとんどゼロに近いレベルにまで低減させた条件下で叩解処理を続けた。経時的にサンプリングを行い、サンプリングスラリーに対して、JIS P 8121で定義されるパルプのカナダ標準ろ水度試験方法(以下、CSF法)のCSF値を評価したところ、CSF値は経時的に減少していき、一旦、ゼロ近くとなった後、さらに叩解処理を続けると、増大していく傾向が確認された。クリアランスをゼロ近くとしてから10分間、上記条件で叩解処理を続け、CSF値で73ml↑の叩解スラリー(該叩解スラリーを水分散体M0とする)を得た。得られた叩解スラリーを、そのまま高圧ホモジナイザー(ニロ・ソアビ社(伊)製NS3015H)を用いて操作圧力100MPa下で5回の微細化処理を実施し、ミクロフィブリル化セルロースの水分散体(固形分濃度:1.5重量%)、M1を得た。
【0078】
次にこのM1を用いて、各種成分を加え、表1に示した実施例1〜5の組成となるように調製し、家庭用ミキサーで4分間、乳化、分散を行い、抄紙用の水系分散液を得た。実施例1〜5では、水溶性多糖誘導体として、ヒドロキシプロピルメチルセルロース(信越化学工業(株)製ヒプロメロース60SH−4000)の5重量%水溶液を予め調製し、相当する分量だけ配合した。
該水系分散液に対しミクロフィブリル化セルロースを大気圧下25℃における濾過で99%以上濾別する能力を有するPET/ナイロン混紡製の平織物(敷島カンバス社製、NT20、大気下25℃での水透過量:0.03ml/cm・s)を、以下で使用する角型金属製ワイヤーのサイズ(25cm×25cm)に揃えて裁断したものを濾布として、バッチ式抄紙機(熊谷理機工業社製、自動角型シートマシーン)を用いて抄紙(脱水)を行った。同抄紙機に組み込まれている角形金属製ワイヤー(25cm×25cm,80メッシュ)上に上述したPET製織物を設置し、その上から所定量の抄紙用分散液を抄紙機へ注入し、サクション(減圧装置)大気圧に対する減圧度を4KPaとして抄紙を実施した。
【0079】
得られた濾布上に乗った湿潤状態の濃縮組成物からなる湿紙を、ワイヤー上から剥がし、湿紙面をドラム面に接触させるようにして、湿紙/濾布の2層の状態で表面温度が60℃に設定された熊谷理機工業社製ドラムドライヤーに貼り付けて約120秒間乾燥させた。こうして粗乾燥させた湿紙/濾布の2層を、今度は表面温度が130℃に設定されたドラムドライヤーにやはり湿紙がドラム面に接触するようにして約120秒間乾燥させ、得られた乾燥した2層体からセルロースのシート状構造物から濾布を剥離させて、白色の均一なセルロースからなるセルロース不織布S1、S2、S3、S4、S5(それぞれ実施例1、実施例2、実施例3、実施例4、実施例5に対応)を得た。いずれの場合も、セルロースミクロフィブリルの収率はほぼ100%であった。
【0080】
表2に、S1〜S5に含有される特定の水溶性高分子(ヒドロキシプロピルメチルセルロース)の含有量を示した。さらにS1〜S5の物性等は表2に示した通りであった。ここで、膜厚(d(μm))は、一つの不織布サンプルについて膜厚計により測定された5点以上の測定値の平均値を意味する。特に、膜厚計は、空孔率の高い本発明の不織布サンプルを潰さずに評価できる観点から、面接触型のタイプ(Mitutoyo(株)製面接触型膜厚計(Code No.547−401))を使用した。
さらに空孔率は、サンプルの膜厚d(μm)と目付w(g/m)から、以下の(4)により算出した。
Pr(%)=(1−w×0.94/(1.5×d))×100 (4)
【0081】
いずれのサンプルも空孔率は80%近傍の白色で通気性のあるシートであった。S1の表面の10000倍の倍率でのSEM画像を図1に示した。図1を含めたS1の表面に関する2枚のSEM画像の写真の解析により、S1の表面におけるミクロフィブリル化セルロースの数平均繊維径は108nmであった。
以上のことからS1〜S5はいずれも本発明のセルロース不織布であった。抄紙用の水系分散液の散乱式粒度分布測定による結果から、実施例1における抄紙用の水系分散液中のエマルジョンの油滴径はおよそ0.2μmであり、極めて小さな油滴がセルロースミクロフィブリルからなる湿紙に取り込まれ、これを乾燥させることにより、図1に見られるような微細なネットワーク構造が形成されているものと推定された。
【0082】
(実施例6および7)
実施例1で調製したミクロフィブリル化セルロースの水分散体M1を用い、表1に示した組成の抄紙用水系分散液を、連続式抄紙機を用いて本発明のセルロース不織布を連続的に製膜した。但し、乳化操作は、実施例1で叩解装置として用いたディスクレファイナーを用い、所定の組成に配合した該水系分散液の混合物330Kgを、連続的に335L/minの速度で循環させ、徐々にディスク間のクリアランスを低減していき、ほぼゼロとなった時点から17分間処理を続けて、得られた白色のエマルジョンを抄紙用の水系分散液とした。
【0083】
該抄紙用水系分散液を用い、傾斜角5°に設定された抄紙幅0.65m,サクションライン長1.5mの傾斜ワイヤー型連続抄紙装置((株)斉藤鉄工所製)を用いて、ポリマー製の200メッシュのワイヤー(日本フィルコン(株)製)上に、実施例1にて使用したのと同様のPET/ナイロン製の平織物(NT−20,幅0.76m×長さ100mの巻取り)を濾布として抄紙分散液投入部の手前から連続的に設置し、上記で得た抄紙用分散液を6.24L/minの供給速度で連続的に供給し、抄紙走行速度を5.0m/minとし、でウェットサクション(傾斜部)及びドライサクションを作動させて、連続式抄紙を実施した。抄紙直後に金属ロールによるプレス脱水工程を敢えて設けず、抄紙直後の濃縮組成物からなる湿紙のセルロース濃度は12重量%であった。
【0084】
そのまま湿紙/濾布の2層の状態で100℃に設定されたドラムドライヤー(2段)へ湿紙がドライヤー面に接触するように送り入れ、乾燥直後に濾布からセルロース不織布を剥離させることにより、本発明のセルロースの連続不織布S6(約100m長)を巻き取った。S6は表2に示したように通気性があって白色で均一性の高い本発明のセルロース不織布であった(実施例6)。
【0085】
次に、S6に対して、カレンダー処理を施した。本実施例では上部ロールを金属製鏡面ロールとし、下部ロールをゴム製ロール(硬度A98)として室温下、線圧2.0トンで2m/minの走行速度でカレンダー処理を施し、やや光沢のある白色のセルロース不織布S7を得た。S7の物性等は表2に示した通りであった。S7の膜厚はS6の半分以下になっているものの、透気抵抗度等は本発明の要件を満足しており、S7は本発明のセルロース不織布であった。
【0086】
(実施例8および9)
次に、実施例1〜7で本発明のセルロースに含有される特定の水溶性高分子として用いたヒドロキシプロピルメチルセルロース以外の該当する水溶性高分子の効果を示す。
抄紙用の水系分散液の調製方法は実施例1と同様に行い、用いる特定の水溶性高分子を、でんぷん(溶性)(和光純薬工業(株)製、コード:191−03985)(実施例8)およびヒドロキシエチルセルロース(東京化成工業(株)製、4,500〜6,500 cps 2% in water at 25℃、コード:H0392)(実施例9)として表1に示した配合組成として抄紙を行った。
【0087】
ここで、共に、予め1重量%の水溶液を80℃で調製し、これを他の組成と混合し、室温でミキサー処理を4分間行って、乳化、分散させ、抄紙用の水系分散液とした。
抄紙方法および乾燥方法は実施例1と同様に行い、白色で均一な本発明のセルロース不織布を得た。実施例8および実施例9で得られたサンプルをそれぞれ、S8およびS9とした。各々のサンプルの物性等を表2に示した。S8の強度はS1〜S9の実施例で得られたサンプルの中では強度は低いものの、同じM1分散液から作製した、水溶性高分子を含有しないセルロース不織布である比較例2や比較例4のサンプルH2およびH4と比べると明らかに高強度化されており、これらのバインダーによる補強効果が確認された。S8およびS9は、共に、後述する耐熱性テストの結果、180℃、70時間の高温履歴後でも変色程度は小さく、耐熱性に優れたシートであることが確認された。
【0088】
(比較例1)
実施例1で得られた叩解処理のみ行った水分散体M0を用い、表1に示した組成の抄紙用分散液を実施例1と同じ乳化、分散方法で調製した。得られた水系分散液を用い、実施例1と同様のバッチ式抄紙の条件にて抄紙を行った。抄紙後、得られた湿紙を直ちに、実施例1の要領で乾燥させ、均一性に乏しい白色のシート状サンプルH1を得た(比較例1)。
H1の表面のSEM画像から、H1の表面には、数μm〜10μm程度の繊維がかなりの量含まれており、表3に示した物性表からも分かるように、水溶性多糖誘導体であるヒドロキシプロピルメチルセルロースの含有量も0.4重量%と少なく、本発明のセルロース不織布とは言えないものであった。膜の均一性も乏しく、強度も低く、高度に叩解したフィブリル化セルロースを用いても本発明のセルロース不織布は作製できないことが判明した。目付10g/m相当のTr,avの値も0.68と、実施例の各サンプルよりも低い値を示していた。不織布中の水溶性多糖誘導体の含有量が少なかったのは、セルロース繊維の表面積が低いため、エマルジョンの油滴を有効に湿紙中に捕捉できなかったことによると推定される。
【0089】
(比較例2)
実施例1で調製したミクロフィブリル化セルロースの水分散体M1を用い、表1に示したように水溶性多糖または水溶性多糖誘導体を配合しない組成の抄紙用水系分散液を、実施例1と同じ乳化、分散方法で調製した。得られた水系分散液の表面には若干の油滴が浮遊していたが、全体としては白色のエマルジョンとなっていた。
該抄紙用水系分散液を用い、調製後速やかに実施例1と同様のバッチ式抄紙の条件にて抄紙を行った。抄紙後、得られた湿紙を直ちに、実施例1の要領で乾燥させ、均一な白色のシート状サンプルH2を得た(比較例2)。
H2の物性等を表3に示した。H2はセルロースミクロフィブリルのみからなる本発明のセルロース不織布ではないものであるが、実施例1〜7で得たいずれのサンプルよりも大幅に10g/m相当の強度が低く、本発明で、水溶性多糖または水溶性多糖誘導体が含有される効果が確認された。
【0090】
(比較例3)
実施例1で調製したミクロフィブリル化セルロースの水分散体M1を用い、表1に示した組成の抄紙用水系分散液を実施例1と同じ方法で調製した。但し、水溶性高分子として、本発明で特定した水溶性多糖または水溶性多糖誘導体ではないポリビニルアルコール系樹脂(クラレケミカル(株)製PVA−224C(R))を予め5wt%の水溶液としてから適量、混合し、乳化、分散を行った。該抄紙用水系分散液を所定量用いて、実施例1と同様の抄紙、乾燥の各工程を経て、白色の均一性の高いシート状サンプルH3を得た。H3の物性等を表3に示した。
【0091】
H3はH2との強度の比較により、明らかに水溶性高分子添加によるバインダー効果が認められたが、目付10g/m相当の強度で比較すると、実施例1〜7のいずれのサンプルよりも低い値であった。さらに、バインダー添加による耐熱性に及ぼす効果を調べるために、実施例6および実施例7で得たS6,S7と共に、大気下、オーブン環境で180℃、70時間保持させた際の変色性テストを実施したところ、S6,S7に比べ、H3では明確に褐色化が進行することが判明した。添加したPVA−224Cには酢酸ビニル単位も若干含まれるポリマーであり、該単位からの酢酸の脱離、およびPVA−224Cそのものに含まれる金属塩等の不純物が耐熱性を低減させていると推定された。
【0092】
(比較例4および5)
セルロースミクロフィブリルからなる通気性のセルロース不織布を得る方法として特許文献1等にて開示されている、水系分散液から抄紙法で製膜して得た湿紙を有機溶媒で置換して得る方法により得られるセルロース不織布との比較を行った。
【0093】
実施例1で調製した水分散液M1を水(比較例4)、または水とヒドロキシプロピルメチルセルロース水溶液(比較例5)でそれぞれ希釈し、表1に示した組成とし、家庭用ミキサーで4分間、乳化、分散を行い、抄紙用の水系分散液を得た。
それぞれの条件で調製した水系分散液を用いて、実施例1と同じ方法でバッチ式抄紙を行い、固形分率が約11重量%の湿紙を得た。それぞれで得られた湿紙について以下の方法により、溶剤置換、乾燥を行った。得られた濾布上に乗った湿紙上にさらに同じ濾布をかぶせたものを、熊谷理機工業社製角型シートマシンプレスを用いて0.5MPaの圧力で1分間プレス処理し、湿紙の固形分をおよそ15重量%とした。次に、濾布/湿紙/濾布の3層の状態のままバット内に1Kgのイソブチルアルコールが混入された置換浴中に15分間浸漬(置換処理)し、一旦、上述のシートマシーンプレスで0.5MPaの圧力で1分間プレス処理を行った。さらにもう一度、新たにイソブチルアルコール1Kgをバット内に混入した置換浴中に浸漬させ、15分間静置した。次に、置換浴から取り出した濾布/湿紙/濾布の3層体をシートマシンプレスで0.5MPaの圧力で1分間プレス処理した後、3層体をそのまま表面温度が105℃に設定されたドラムドライヤーに貼り付けて約120秒間乾燥させた。得られた3層体の濾布からセルロース不織布を剥離させて、白色の均一なセルロース不織布H4(比較例4)およびH5(比較例5)を得た。
【0094】
H4およびH5の物性等を表3に示した。特許文献1等に開示された溶剤置換、乾燥による方法で、通気性のある均一なセルロース不織布を得ることができたものの、強度の面では、実施例1〜7のいずれのサンプルよりも明確に劣っていた。さらに、比較例5では特許文献1等の方法で抄紙用分散液中に、本発明で使用する水溶性多糖誘導体としてのヒドロキシプロピルメチルセルロースを配合したが、得られたセルロース不織布(H5)中には0.2重量%した含有されておらず、H5は本発明のセルロース不織布とは言えないものであった。この結果、H5はH4に対して明確な補強効果は現れておらず、特許文献1等に開示された方法が、本発明のセルロース不織布の製造方法として十分ではないことも示された。
これは、比較例5では、抄紙の工程でかなりの量の水溶性多糖誘導体が濾液として排出されること、さらに続く溶剤置換の工程で溶剤中に拡散し、セルロース表面に留まらないことの2点によると考察された。
【0095】
(参考例1)
セルロース原料としてアバカA’パルプ(東邦特殊パルプ(株))を使用し、該パルプを固形分1.5重量%の水分散体(400L)とし、上述のディスクリファイナー装置を用い、ディスク間のクリアランスを1mmとして400Lのスラリーに対して、10分間叩解処理を進めた後、引き続いてクリアランスをほとんどゼロに近いレベルにまで低減させた条件下で叩解処理を続け、経時的にサンプリングを行い、サンプリングスラリーに対して、CSF法によるCSF値を評価したところ、実施例1と同様、CSF値は経時的に減少していき、一旦、ゼロ近くとなった後、さらに叩解処理を続けると、増大していく傾向が確認された。クリアランスをゼロ近くとしてから20分間、上記条件で叩解処理を続け、CSF値で60↑mlの叩解スラリーを得た。得られた叩解スラリーを、そのまま高圧ホモジナイザーを用いて操作圧力100MPa下で5回の微細化処理を実施し、ミクロフィブリル化セルロースの水分散体(固形分濃度:1.5重量%)、M2を得た。なお、原料であるアバカA‘パルプのα−セルロース含有率を測定したところ、85.2重量%(全セルロース含有率は94.3重量%)であった。
【0096】
水分散体M2を用いて、表1に示した組成の抄紙用水系分散液を調製すべく、家庭用ミキサーで4分間、希釈、分散を行い、抄紙用水系分散液とした。
比較例4と同様の抄紙、プレス処理、溶剤置換、乾燥の各工程を経て、白色の均一性の高いシート状サンプルR1を得た。R1の物性等を表3に示した。R1の表面SEM画像を含む画像の解析から、R1を構成するミクロフィブリル化セルロースの数平均繊維径は78nmであった。R1は本発明のセルロース不織布が含有する特定の水溶性高分子を含まないため本発明のセルロース不織布ではないが、実施例のサンプル群に匹敵する高い強度を保有していた。
【0097】
しかし、次に示す耐熱性の面で、実施例のサンプル群に対し劣っていることが確認された。すなわち、比較例3で実施した、大気下、オーブン環境で180℃、70時間保持させた際の変色性テストを実施したところ、明らかな変色が確認され、耐熱性、耐久性の点で、実施例のサンプルには及ばないことが確認された。これは、参考例1で原料として使用したパルプ中に含有されるα−セルロース以外の不純物(リグニンやヘミセルロース類)が耐熱性の面で悪影響を及ぼしているものと考察された。
【0098】
【表1】

【0099】
【表2】

【0100】
【表3】

【産業上の利用可能性】
【0101】
本発明のセルロース不織布および該不織布を1層とする多層化シートは、各種機能性フィルター、各種機能紙、各種蓄電デバイス用のセパレータ、精密洗浄用ワイパー、精密研磨用パッド、吸収材料、医療材料用の支持体、機能膜として利用でき、さらにエポキシ樹脂等の各種の樹脂と複合化させることにより、半導体デバイスや配線基板用の基板、低線膨張率材料の基材等としても適用できる。
【図面の簡単な説明】
【0102】
【図1】実施例1にてコットンリンターパルプから得たミクロフィブリル化セルロースにより作製した不織布サンプル(S1)の表面のSEM画像(倍率:10000倍,右下目盛の1目盛が0.5μmに相当)。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
セルロースミクロフィブリルから成るセルロース不織布であって、水溶性多糖及び水溶性多糖誘導体からなる群から選択される単数または複数の水溶性高分子を合計0.5重量%以上20重量%以下含有し、目付が3g/m以上80g/m以下、かつ目付10g/m相当の透気抵抗度が10s/100ml以上500s/100ml以下であるセルロース不織布。
【請求項2】
セルロース不織布を構成する繊維の数平均繊維径が300nm以下である請求項1に記載のセルロース不織布。
【請求項3】
トルエン中に浸液した状態で、850nmの波長の光を不織布に対して垂直に走査して得られる、下記式(1)で定義される平均透過率Tr,avを目付10g/m相当の値に換算した値が0.70以上であることを特徴とする請求項1または2に記載のセルロース不織布。
(ただし、Tr,avは、試験管の内面に不織布が貼り付いた状態でトルエンを満たし、不織布に対し垂直な方向から試験管に対して850nmの波長の光を照射し、試験管に沿って長さ方向に40μmごとに合計30000μm(データ点数;750)の長さ分を走査した際に各々得られる透過率の平均値Tr,1と、不織布を除いてトルエンのみ注入された状態で同じ測定を行って得られる透過率の平均値Tr,2の比によって、次式で定義される。)
r,av=Tr,1/Tr,2 (1)
【請求項4】
目付が5g/m以上30g/m以下、かつ目付10g/m相当の透気抵抗度が20s/100ml以上300s/100ml以下である請求項1〜3のいずれか1項に記載のセルロース不織布。
【請求項5】
水溶性高分子が水溶性セルロース誘導体である請求項1〜4のいずれか1項に記載のセルロース不織布。
【請求項6】
複数の層が積層されてなる多層化シートであって、請求項1〜5のいずれか1項に記載のセルロース不織布の層を含み、目付が8g/m以上100g/m以下、かつ透気抵抗度が10s/100ml以上1000s/100ml以下である多層化シート。
【請求項7】
請求項1〜5のいずれか1項に記載のセルロース不織布の製造方法であって、
(1)セルロースミクロフィブリル0.05重量%以上0.5重量%以下、大気圧下での沸点範囲が50℃以上200℃以下の油性化合物0.15重量%以上10重量%以下、水溶性多糖及び水溶性多糖誘導体からなる群から選択される単数または複数の水溶性高分子を合計0.003重量%以上0.1重量%以下、及び水85重量%以上99.5重量%以下を含む水系分散液であって、該油性化合物が水相に分散したエマルジョンである水系分散液を調製する調製工程、(2)水系分散液を構成する水の一部を抄紙機で脱水することによって、セルロースミクロフィブリルの濃度および油性化合物の濃度を該水系分散液より増加させた濃縮組成物を得る抄紙工程、(3)濃縮組成物を加熱することによって、該濃縮組成物から油性化合物および水の一部を蒸発させて除去する乾燥工程、
の3つの工程を含むセルロース不織布の製造方法。
【請求項8】
セルロースミクロフィブリルが、針葉樹パルプ、広葉樹パルプ、コットン由来パルプ、麻由来パルプ、バガス由来パルプ、ケナフ由来パルプ、竹由来パルプ、及びワラ由来パルプからなる群より選ばれる少なくとも1種を原料として得られるミクロフィブリル化セルロースである請求項7に記載のセルロース不織布の製造方法。
【請求項9】
セルロースミクロフィブリルが、α−セルロース含有率が95重量%以上である原料パルプの中から選ばれる少なくとも1種を原料として得られるミクロフィブリル化セルロースである請求項8に記載のセルロース不織布の製造方法。
【請求項10】
油性化合物が炭素数5〜炭素数9の範囲であり一価かつ一級のアルコールを含む、請求項7〜9のいずれか1項に記載のセルロース不織布の製造方法。
【請求項11】
油性化合物が、1−ペンタノール、1−ヘキサノール、及び1−ヘプタノールからなる群から選ばれる少なくとも一つの化合物を含む、請求項10に記載のセルロース不織布の製造方法。
【請求項12】
乾燥工程の後に、乾燥後に得られたセルロース不織布にカレンダー装置によって平滑化処理を施す平滑化工程を有することを特徴とする請求項7〜11のいずれか1項に記載のセルロース不織布の製造方法。
【請求項13】
請求項6に記載の多層化シートの製造方法であって、
(1)セルロースミクロフィブリル0.05重量%以上0.5重量%以下、大気圧下での沸点範囲が50℃以上200℃以下の油性化合物0.15重量%以上10重量%以下、水溶性多糖及び水溶性多糖誘導体からなる群から選択される単数または複数の水溶性高分子を合計0.003重量%以上0.1重量%以下、及び水85重量%以上99.5重量%以下を含む水系分散液であって、該油性化合物が水相に分散したエマルジョンである水系分散液を調製する調製工程、(2)抄紙機に通水性のあるシート状の支持体をのせて、水系分散液を構成する水の一部を該支持体上で脱水することによって、該支持体上にセルロースミクロフィブリルの濃度および油性化合物の濃度を該水系分散液より増加させた濃縮組成物からなる層を積層一体化させる抄紙工程(3)濃縮組成物と一体化された支持体を加熱することによって、該濃縮組成物から油性化合物および水の一部を蒸発させて除去する乾燥工程、
の3つの工程を含む多層化シートの製造方法。
【請求項14】
セルロースミクロフィブリルが、針葉樹パルプ、広葉樹パルプ、コットン由来パルプ、麻由来パルプ、バガス由来パルプ、ケナフ由来パルプ、竹由来パルプ、及びワラ由来パルプからなる群より選ばれる少なくとも1種を原料として得られるミクロフィブリル化セルロースである請求項13に記載の多層化シートの製造方法。
【請求項15】
セルロースミクロフィブリルが、α−セルロース含有率が95重量%以上である原料パルプの中から選ばれる少なくとも1種を原料として得られるミクロフィブリル化セルロースである請求項14に記載の多層化シートの製造方法。
【請求項16】
油性化合物が炭素数5〜炭素数9の範囲であり一価かつ一級のアルコールを含む、請求項13〜15のいずれか1項に記載の多層化シートの製造方法。
【請求項17】
油性化合物が、1−ペンタノール、1−ヘキサノール、及び1−ヘプタノールからなる群から選ばれる少なくとも一つの化合物を含む、請求項16に記載の多層化シートの製造方法。
【請求項18】
乾燥工程の後に、乾燥後に得られた多層化シートにカレンダー装置によって平滑化処理を施す平滑化工程を有することを特徴とする請求項13〜17のいずれか1項に記載の多層化シートの製造方法。

【図1】
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【公開番号】特開2010−90486(P2010−90486A)
【公開日】平成22年4月22日(2010.4.22)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−258874(P2008−258874)
【出願日】平成20年10月3日(2008.10.3)
【出願人】(000000033)旭化成株式会社 (901)
【Fターム(参考)】