セルロース含有材料からその分解産物を生産する方法
【課題】イオン液体を用いてセルロースをより分解するのにより実用的なセルロース含有材料の処理方法を提供する。
【解決手段】 セルロース含有材料とイオン液体1−ブチル−3−メチルイミダゾリウム アセテートとを接触させてセルロース含有材料中にイオン液体を浸透させるようにする。こうした処理により、セルロースの構造が緩和され、セルラーゼにより効率的に分解される。
【解決手段】 セルロース含有材料とイオン液体1−ブチル−3−メチルイミダゾリウム アセテートとを接触させてセルロース含有材料中にイオン液体を浸透させるようにする。こうした処理により、セルロースの構造が緩和され、セルラーゼにより効率的に分解される。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、イオン液体を利用したセルロース含有材料の処理方法、分解物の生産方法等に関する。
【背景技術】
【0002】
有限である石油資源を代替するものとして、植物の光合成作用に由来するバイオマスへの期待が高まってきており、バイオマスをエネルギーや各種材料に利用するための各種の試みがなされている。また、バイオマスを利用し、化成品やバイオ燃料に利用しようとする試みであるバイオリファイナリーの重要性が指摘され、実用化に向けた技術開発が進められている。バイオマスを、エネルギー源やその他の原料として有効利用するためには、バイオマスを動物や微生物が容易に利用可能な炭素源にまで分解・糖化することが必要である。実用化のために解決すべき課題としては、木質系又は草本系のバイオマスの主成分であるセルロース、なかでも結晶性セルロースの効率的な分解方法の開発が挙げられる。
【0003】
現状の糖化プロセスでは、バイオマスを高温・高圧処理や酸処理により前処理してセルロースを分離後、セルラーゼを作用させている。しかしながら、前処理に多大なエネルギーがかかるうえに大量のセルラーゼが必要となっているため、実用化において大きな課題となっている。
【0004】
近年、イオン液体がセルロースを可溶化することが報告されている。例えば、クロライド系のイオン液体に100℃程度の条件下でセルロースを可溶化させる性質が見出されている(特許文献1、非特許文献1)。また、非クロライド系イオン液体が、よりマイルドな条件でセルロースを可溶化できることもわかってきている(特許文献2、非特許文献2、3、4)。
【0005】
さらに、イオン液体で可溶化したセルロースをセルラーゼで糖化する試みもなされているが、イオン液体中ではセルラーゼが不活性化されるという報告がなされている(非特許文献2,4)。イオン液体でセルロースを可溶化するという前処理を施した後、可溶化後のセルロースを水などの親水性溶媒で洗浄してイオン液体を取り除き、その後、水に投入することでセルラーゼで分解できることが報告されている(非特許文献5)。
【0006】
さらにまた、イオン液体でセルロースを膨潤化し、その後イオン液体を除去した後に、酵素処理を行うという手法も試みられている(特許文献3、4、非特許文献6)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特表2005−506401号公報
【特許文献2】特開2006−137677号公報
【特許文献3】米国特許出願公開第US2008/0227162号明細書
【特許文献4】米国特許出願公開第US2008/0190013号明細書
【非特許文献】
【0008】
【非特許文献1】R D. Rogerら、J. Am. Chem. Soc. 124(18),4974-4975, 2002
【非特許文献2】大野ら、Polym. Prep. Jpn., 55(1), 2090, 2006
【非特許文献3】大野ら、Polym. Prep. Jpn., 56(1), 2198-2199, 2007
【非特許文献4】R D. Rogerら、Green Chem., 5, 443-447, 2003
【非特許文献5】C A. Schallら、Biotechnol. Bioeng., 95(5), 904-910,2006
【非特許文献6】Q. Liら、Bioresour Technol., Vol.100, p3570-3575, 2009
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
非特許文献2、4では、イオン液体で可溶化したセルロースをセルラーゼで分解するために、セルラーゼをポリオエチレンオキシド(PEO)等で安定化することが有効である可能性が示唆されている。しかしながら、現時点で得られている安定化セルラーゼが十分なセルロース分解活性を有しているわけではない。また、非特許文献5に記載のように、イオン液体でセルロースを可溶化する場合、イオン液体をセルロースから除去するための丹念な洗浄操作を要するとともに、それでもなお相当程度大量のセルラーゼを必要とすることがわかった。また、セルロースの分解・糖化を、イオン液体によってセルロース可溶化したのとは別の反応場で行わなければならないということは、効率的なセルロースの分解・糖化には不都合であった。
【0010】
特許文献3及び非特許文献6では、特定のイオン液体(エチルメチルイミダゾール[Emim][OAc]や[Emim][DEP]が使用されているが、本発明者らによれば、これらのイオン液体は、ワラ等の草本系植物に由来するソフトバイオマスに有効ではあるものの、木質チップ等の木本系植物に由来するハードバイオマス基本系に高い効果が得られるわけではないことがわかった。
【0011】
以上のように、現状において、イオン液体を用いてセルロースを含む実バイオマスのセルロース含有材料を効率的に分解することは依然として困難であった。加えて、工業プロセスにおけるセルロースの糖化のためには、分解後の糖化物を効率的に回収し、イオン液体を再利用することも要請される。さらに、ソフトバイオマスのほか、より剛直な複合構造をとっていると考えられるハードバイオマスについても有効な利用が望まれる。
【0012】
本発明は、セルロースをより分解するのにより実用的なイオン液体を用いたセルロース含有材料の処理方法、当該処理方法を利用したセルロース含有材料の分解産物の生産方法、有用物質の生産方法等を提供することを一つの目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明者らは、上記した課題を解決するために、種々のアニオン及びカチオンの組み合わせのイオン液体につき検討を実施し、特定のイオン液体を用いてセルロース含有材料に対して浸透処理し、その後、イオン液体を分離することで、セルロース含有材料におけるセルロースの複合構造を酵素による簡易な糖化処理に適した状態にすることができ、しかも、特定のイオン液体がセルロース含有材料に残留していてもその悪影響を回避又は抑制して酵素による糖化処理が可能であるという知見を得た。本明細書の開示は、これらの知見に基づいて提供される。
【0014】
本明細書の開示によれば、セルロース含有材料の処理方法であって、以下の工程(a):
(a)前記セルロース含有材料とイオン液体とを接触させて前記セルロース含有材料中に前記イオン液体を浸透させる工程、
を備える、方法が提供される。
【0015】
本処理方法において、前記工程(a)は、前記セルロース含有材料及び前記イオン液体を加熱することを含むことができる。さらに、本処理方法は、前記工程(a)の後、以下の工程(b):
(b)前記セルロース含有材料と前記イオン液体とを固液分離する工程、を備えていてもよい。
【0016】
本処理方法は、さらに、前記工程(b)の後、以下の工程(c):
(c)前記セルロース含有材料を前記イオン液体の親溶媒で洗浄する工程、を備えることもできる。
【0017】
さらにまた、本処理方法は、前記工程(b)の後、以下の工程(d):
(d)前記セルロース含有材料から分離された前記イオン液体を回収し、前記工程(a)に供給する工程、を備えることもできる。
【0018】
前記セルロース含有材料は、木質系バイオマスとすることができる。
【0019】
本明細書の開示によれば、セルロース分解産物の生産方法であって、
以下の工程(a)及び(e):
(a)セルロース含有材料とイオン液体1−ブチル−3−メチルイミダゾリウム アセテートとを接触させて前記セルロース含有材料中に前記イオン液体を浸透させる工程、
(e)前記セルロース含有材料中のセルロースをセルラーゼで用いて分解する工程、
を備える、方法が提供される。
【0020】
本生産方法によれば、前記工程(e)は、前記セルロース含有材料から前記イオン液体を固液分離後に、前記セルロース含有材料に対する貧溶媒であって前記セルロースの分解産物に対する親溶媒に含まれる前記セルラーゼで前記セルロースを分解する工程であってもよい。さらに、本生産方法は、さらに、前記工程(e)の後、以下の工程(f):
(f)前記セルラーゼによる分解残渣を固液分離して前記セルロース含有材料中の非セルロース画分を回収する工程、を備えることもできる。
【0021】
本明細書の開示によれば、有用物質の生産方法であって、以下の工程(a)、(e)及び(g):
(a)セルロース含有材料とイオン液体1−ブチル−3−メチルイミダゾリウム アセテートとを接触させて前記セルロース含有材料中に前記イオン液体を浸透させる工程、
(e)前記セルロース含有材料中のセルロースをセルラーゼで用いて分解する工程、
(g)前記工程(e)で得られたセルロース分解産物を含む炭素源を用いて微生物の発酵により前記有用物質を生産する工程、を備える、方法も提供される。
【0022】
本明細書の開示によれば、酵素処理用セルロース含有材料であって、セルロース含有材料にイオン液体1−ブチル−3−メチルイミダゾリウムアセテートを浸透処理させて得られる、材料が提供される。
【図面の簡単な説明】
【0023】
【図1】本明細書の開示のセルロース含有材料の処理方法のフローの例を示す図である。
【図2】本明細書の開示のセルロース分解産物の生産方法のフローの例を示す図である。
【図3】本明細書の開示の有用物質の生産方法のフローの例を示す図である。
【図4】本明細書の開示による典型的な実施形態を例示する図である。
【図5】各種イオン液体による浸透処理後の実バイオマス(ハードバイオマス;250μm)の糖化結果を示す図である。
【図6】2種類のイオン液体による浸透処理後の実バイオマス(ハードバイオマス;4mm)の糖化結果を示す図である。
【図7】[Bmim][OAc]による浸透処理後の実バイオマス(バガス;4mm)の糖化結果を示す図である。
【図8】各種イオン液体による浸透処理後の実バイオマス(ハードバイオマス;250μm)の糖化結果を示す図である。
【図9】各種イオン液体による浸透処理後の実バイオマス(ハードバイオマス(ユーカリ粉末);150μm)の糖化結果を示す図である。
【図10】イオン液体による前処理条件(処理時間、バイオマス粉末の粒経)の最適化についての検討結果を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0024】
本明細書の開示は、セルロース含有材料の処理方法、セルロース分解産物の生産方法等に関する。本明細書の開示によれば、セルロース含有材料と特定のイオン液体、すなわち、1−ブチル−3−メチルイミダゾリウムアセテート[Bmim][OAc]をセルロース含有材料に浸透させることで、セルロース含有材料のセルロースを含むマトリックスにこのイオン液体が浸透する。この結果、セルロース含有マトリックスの少なくとも一部が崩壊すると考えられる。これにより、セルラーゼがその基質であるセルロース等にアクセスしやすい状態が形成される。さらに、その後、イオン液体と接触後のセルロース含有材料に水性媒体などのセルロース含有材料に対して貧溶媒であってセルロース分解産物に対して親溶媒である溶媒を供給することにより、特定のイオン液体が浸透されたセルロース含有マトリックスにおいて、セルラーゼがセルロースに作用し、セルロースの分解反応が進行する。
【0025】
例えば、リグノセルロース等のセルロース含有材料は、主要構成成分であるセルロースが強固な水素結合を保持していると同時に、疎水性を保有する結晶構造を形成している。[Bmim][OAc]の有するアニオンとカチオンの作用によれば、ソフトバイオマスであってもハードバイオマスであっても効果的にセルロースの結晶構造を崩壊させることができる。また、[Bmim][OAc]によれば、固液分離によってセルロース含有材料から[Bmim][OAc]を分離することで、[Bmim][OAc]が残留していても、セルラーゼがセルロースを効果的に分解できる。このため、洗浄工程を回避でき、セルロース含有材料の処理工程、分解工程を簡略化することができる。
【0026】
本明細書の開示によれば、親水性イオン液体である[Bmim][OAc]は、セルロース含有材料に対して貧溶媒でありセルロース分解産物に親溶媒である溶媒、例えば、水と自由に混合する。このため、セルロース含有材料に浸透した[Bmim][OAc]は、水の存在下では、セルラーゼを含む水と混合すると考えられる。本発明者らは、親水性イオン液体は酵素反応を阻害し、セルロース含有材料中に[Bmim][OAc]が残留していると、酵素反応が進行しないと考えられた。しかしながら、本発明者らの予想に反して、[Bmim][OAc]がセルロース含有材料に浸透し、セルラーゼの基質に極めて近接して存在していても、セルラーゼのセルロース分解反応が阻害されることなく、セルロースが効果的に分解されることがわかた。[Bmim][OAc]のセルラーゼに対する阻害の程度はまったく知られておらず、また、[Bmim][OAc]について、セルロースの崩壊効果もまったく知られていなかった。
【0027】
以下、本明細書に開示される各種の実施形態について適宜図面を参照しながら詳細に説明する。図1は、本明細書に開示されるセルロース含有材料の処理方法のフローの一例を示す図であり、図2は、本明細書に開示されるセルロース分解産物の生産方法のフローの一例を示す図であり、図3は、本明細書に開示される有用物質の生産方法のフローの一例を示す図であり、図4は、本明細書の開示の典型的な実施形態を示す図である。
【0028】
(セルロース含有材料)
本明細書において、セルロースとは、グルコースがβ-1,4-グルコシド結合により重合した重合体及びその誘導体をいう。セルロースにおけるグルコースの重合度は特に限定しないが、好ましくは200以上である。また、誘導体としては、カルボキシメチル化、アルデヒド化、若しくはエステル化などの誘導体が挙げられる。また、セルロースは、その部分分解物である、セロオリゴ糖、セロビオースを含んでいてもよい。さらに、セルロースは、配糖体であるβグルコシド、リグニン及び/又はヘミセルロースとの複合体であるリグノセルロース、さらにペクチンなどとの複合体であってもよい。セルロース は、結晶性セルロースであってもよいし、非結晶性セルロースであってもよいが、好ましくは結晶性セルロースを含む。さらに、セルロースは、天然由来のものでも、人為的に合成したものでもよい。セルロースの由来も特に限定しない。植物由来のものでも、真菌由来のものでも、細菌由来のものであってもよい。
【0029】
本明細書において、セルロース含有材料とは、上記したセルロースを含むものであればよい。したがって、セルロースは結晶性セルロースであっても非結晶性セルロースであってもよく、セルロースのほか、ヘミセルロースやリグニンを含んでいてもよい。セルロース含有材料としては、綿や麻などの天然繊維品、レーヨン、キュプラ、アセテート、リヨセルなどの再生繊維品、稲ワラ、麦ワラなどの各種ワラ、籾殻、バガス、木材チップなどの農産廃棄物、古紙、建築廃材などの各種廃棄物などを含むバイオマス(木質系及び草本系)が挙げられる。なかでも、[Bmim][OAc]による処理は、ハード系バイオマス(木質系バイオマス)にも効果的である。
【0030】
本明細書に開示される各種実施形態に適用されるセルロース含有材料は特に限定されない。後述する実施例においても開示するように、イオン液体[Bmim][OAc]は、結晶性セルロースであってもまたリグニンとマトリックスを構成していても、その一部を可溶化又は崩壊又は溶解できることがわかっている。すなわち、結晶性セルロースのように、水素結合により強固に相互作用して結晶性の高い領域を形成していても、[Bmim][OAc]は浸透し、その構造を緩和してセルラーゼによる分解を促進できる。また、[Emim][OAc]等との比較から[Bmim][OAc]のセルロースを含むマトリックスへの作用を考慮すると、セルロース含有材料は水に不溶性あるいは難溶解性のものであることが好ましい。かかるセルロース含有材料としては、結晶性セルロースを含有するセルロース含有材料が挙げられ、また、例えば、セルロースのほかリグニン及び/又はヘミセルロースを含有する植物細胞壁由来のセルロース含有マトリックスを含む材料が挙げられる。典型的には、草本系や木質系のバイオマスが挙げられる。セルロース含有材料は、浸透工程に先立って、粉砕、細断等により、微細化されていてもよい。セルロース含有材料は、粉末の形態を取ることが好ましいが、その平均粒経が、4mm以下であることが好ましい。典型的には、1000μm以下であることが好ましい。また、平均粒経は、粉砕操作を考慮すると100μm以上であることが好ましく、150μm以上であることが好ましく、250μm程度であってもよい。
【0031】
(セルロース含有材料の処理方法)
(浸透工程)
本明細書に開示されるセルロース含有材料の処理方法は、セルロース含有材料と[Bmim][OAc]とを接触させて前記セルロース含有材料中に前記イオン液体を浸透させる工程、を備えることができる。以下、この工程を浸透工程という。この浸透工程では、液相である[Bmim][OAc]と固相であるセルロース含有材料とを接触させる。[Bmim][OAc]は、セルロース含有材料のセルロースを含むマトリックスに浸透性を有しており、セルロース含有材料の少なくとも一部を崩壊させその構造を緩和することができる。本明細書において、浸透とは、セルロース含有材料中のセルロースの構造緩和を意図しており、セルロース含有材料中のセルロースの溶解までを意図するものではない。なお、浸透の結果、セルロースの一部が溶解することを排除するものではない。本明細書の開示を拘束するものではないが、セルロースは、多くの場合、疎水性領域と親水性領域とを併せ持つ高分子材料である。[Bmim][OAc]は、全体としては親水性であり、セルロースのどの部分と作用するかは不明であるが、セルロースのいずれかの領域に親和性を有するため、セルロース系含有マトリックスに浸透し、その少なくとも一部を緩和ないし崩壊するものと考えられる。また、セルロース含有材料が、セルロース以外にヘミセルロースやリグニンを含むセルロース含有マトリックスを備えている場合には、同様に、これらの成分のいずれかの領域と相互作用して、セルロース含有マトリックスに浸透し、その一部を緩和ないし崩壊するものと考えられる。
【0032】
本明細書に開示される各種実施形態においては、イオン液体として少なくとも[Bmim][OAc]を使用する。[Bmim][OAc]は以下の式で表される。
【0033】
【化1】
【0034】
イオン液体の純度は高いことが好ましい。イオン液体の合成工程の不純物は、イオン液体と親水性溶媒とを混合して得られる媒体のpHに大きく影響し、結果として酵素の触媒活性に大きく影響する場合があるからである。本発明者らによれば、例えば、イミダゾリウム系カチオンを用いるイオン液体の場合、純度が低いほど水や緩衝液などの親水性溶媒と混合したときのpHがアルカリにシフトしやすく、セルラーゼによるセルロース分解活性が低下する傾向があることがわかっている。なお、[Bmim][OAc]は、単独で用いることができるほか、[Bmim][OAc]の作用を阻害しない範囲で他のイオン液体と2種類以上を組み合わせて用いることもできる。
【0035】
セルロース含有材料と[Bmim][OAc]とを接触させる方法は特に限定されない。セルロース含有材料は[Bmim][OAc]が浸透されれば足り、必ずしも[Bmim][OAc]中にセルロース含有材料が浸漬され、分散され、あるいは懸濁された状態であることを要しない。セルロース含有材料に疎水性イオン液体を浸透させるには、例えば、図4及び図7に示すように、十分量の[Bmim][OAc]の液相中にセルロース含有材料を供給し浸漬するようにしてもよいし、セルロース含有材料に対して[Bmim][OAc]を噴霧等によりセルロース含有材料に浸透させるのに必要量程度供給し、セルロース含有材料に[Bmim][OAc]を浸透させるようにしてもよい。
【0036】
セルロース含有材料中に[Bmim][OAc]を浸透させるための処理は適宜設定することができる。適度に、例えば、150℃以下程度の範囲で加熱してもよい。好ましくは40℃以上、より好ましくは50℃以上、さらに好ましくは80℃以上に加熱する。加熱を行うことで、[Bmim][OAc]のセルロース含有材料への浸透を促進することができる。150℃を超えると、セルロース含有材料の種類によっては好ましくない反応が生じる可能性があり、40℃未満では、加熱の効果が得られにくいからである。加熱時間は、用いるセルロース含有材料の大きさ(粉砕されている場合は、平均粒子径、チップ等の場合には、平均長さ等)や起源(ソフトバイオマス、ハードバイオマス、さらにはその中での分類まで含む)に応じて適宜決定するが、セルロースの[Bmim][OAc]側の溶解が多くならない範囲とすることが好ましい。セルロースの溶解が進行し、[Bmim][OAc]側へのセルロースの溶解量が増えると、後段での分解工程に供するセルロースが減少し、利用率が低下するからである。例えば、温度は80℃以上とすることが好ましい。好ましくは130℃以下である。また、加熱温度にもよるが、加熱時間は2時間以下とすることができる。さらに、加熱時間は1時間以下であってもよく、30分程度であっても1時間による処理と同等の糖化効率を得ることができる。
【0037】
セルロース含有材料への[Bmim][OAc]の浸透を促進するために、セルロース含有材料と[Bmim][OAc]とを混合(攪拌)してもよいし、プレス処理してもよいし、粉砕処理してもよいし、超音波処理を行ってもよい。加熱を含めたこれらの各種処理は、単独で採用してもよいが、適宜組み合わせて採用してもよい。処理の種類は、用いるセルロース含有材料や用いる[Bmim][OAc]の量によっても適宜変更される。
【0038】
なお、[Bmim][OAc]の使用量をできるだけ低減するには、浸透に必要量程度の[Bmim][OAc]をセルロース含有材料に供給してもよいし、後述するように、十分量の[Bmim][OAc]に浸漬したセルロース含有材料を、その後、ろ過や遠心分離等の固液分離手段により[Bmim][OAc]から分離してもよい。
【0039】
このような浸透工程の実施により、セルロース含有材料には[Bmim][OAc]が浸透され、セルロース又はセルロースを含有するマトリックス中に[Bmim][OAc]が保持され、その結果、そのセルロース含有マトリックスが緩んだようになるものと考えられる。[Bmim][OAc]によってセルロース含有材料の構造が緩和されることにより、後段で水性媒体などの溶媒と接触したとき、セルロースの親水性領域がセルラーゼを含む溶媒に露出されやすくなり、セルラーゼによって分解されると考えられる。また、セルロースの疎水性領域もイオン液体による緩和により前記溶媒に露出されやすくなりセルラーゼによって分解されると考えられる。こうした浸透工程を経て[Bmim][OAc]が浸透されたセルロース含有材料は、その後、セルラーゼによるセルロースの分解に供することができる。
【0040】
(固液分離工程)
本明細書に開示される処理方法においては、浸透工程後に、さらに、セルロース含有材料と[Bmim][OAc]とを固液分離する工程を備えることができる。こうした固液分離によって、[Bmim][OAc]を効果的に再利用に都合のよい形で回収することができるとともに、セルロース含有材料が過剰の[Bmim][OAc]を除去することで、後段でのセルロース分解工程におけるセルラーゼによるセルロースの分解効率を向上させることができる。浸透工程において、セルロース含有材料に[Bmim][OAc]が浸透できる量又はそれに近い量のみが供給されている場合には、固液分離工程は必ずしも要しない。
【0041】
固液分離工程における固液分離の方法は特に限定しない。ろ過、圧搾、遠心分離、沈降分離等が挙げられる。良好な分離のために、適宜ろ過時においてプレス等してもよい。また、圧搾等のように、[Bmim][OAc]により少なくとも部分的に構造が緩和したセルロース含有材料を固液分離しつつ粉砕、すりつぶし等してもよい。固液分離工程の実施により、セルロース含有材料から液相として[Bmim][OAc]が分離され、セルロース含有材料は固相として分離される。なお、分離されたセルロース含有材料には、緩和されたセルロースに[Bmim][OAc]がなんらかの形態で保持された状態で残留していると考えられる。セルロース含有材料に残留した[Bmim][OAc]は、セルラーゼによる分解工程において、セルロースの酵素への暴露に対して有利に作用していると考えられる。
【0042】
(洗浄工程)
本明細書に開示される処理方法は、さらに、固液分離工程後に、セルロース含有材料を[Bmim][OAc]の親溶媒で洗浄する工程を備えることもできる。こうすることで、セルロース含有材料から[Bmim][OAc]を効果的に除去することができる。こうした洗浄工程によれば、セルラーゼの処理に先立って、[Bmim][OAc]を回収できるため、セルラーゼを含むセルロース分解反応液から[Bmim][OAc]を回収するよりも有利であり、[Bmim][OAc]の回収率及び再利用率を向上させることができる。[Bmim][OAc]の親溶媒は、[Bmim][OAc]が親水性イオン液体であることから、例えば、水性の液体であって、水又は水と相溶性のある有機溶媒との混液が挙げられる。有機溶媒としては、炭素数が1〜4程度の低級アルコールが挙げられる。
【0043】
洗浄工程は、例えば、固液分離後のセルロース含有材料に対して[Bmim][OAc]親溶媒を供給して、セルロース含有材料と接触させた後、先に説明した固液分離手法を適宜用いて[Bmim][OAc]親溶媒を回収する方法を採用できる。
【0044】
([Bmim][OAc]の再利用工程)
本明細書に開示される処理方法は、さらにまた、固液分離工程後に、セルロース含有材料から分離された[Bmim][OAc]を回収し、再利用する工程を備えていてもよい。[Bmim][OAc]の再利用は、工程全体のコストを大きく低下させることができる。固液分離工程で液相として回収された[Bmim][OAc]は、再び、浸透工程に供給して用いることもできる。また、再利用工程は、洗浄工程で回収した[Bmim][OAc]を合わせて利用することもできる。洗浄工程では、[Bmim][OAc]をその親溶媒に溶解した状態で含有しているため、浸透工程への再利用にあたっては、適宜親溶媒を除去あるいは分離されることが好ましい。
【0045】
(前処理されたセルロース含有材料)
本明細書の開示によれば、セルロース含有材料に、[Bmim][OAc]を浸透処理させて得られる、酵素処理用のセルロース含有材料が提供される。この材料によれば、セルラーゼ処理に適した状態に、セルロースの構造が緩和されているため、効果的にセルラーゼ糖化が可能となっている。浸透は、すでに説明した浸透工程と同様に処理されることが好ましい。また、すでに説明した固液分離工程と同様の処理がなされていてもよい。本明細書に開示される前処理されたセルロース含有材料は、[Bmim][OAc]を含有するとともに、結晶性の低下したセルロースを備えていることを特徴としている。
【0046】
(セルロース含有材料の分解産物の生産方法)
本明細書の開示によれば、図2に示すように、前記浸透工程と、セルロース含有材料中のセルロースをセルラーゼを用いて分解する工程と、を備えるセルロース含有材料の分解産物の生産方法が提供される。本明細書に開示される生産方法によれば、セルロース含有材料中のセルロースは、[Bmim][OAc]によりセルラーゼによる分解に適した状態に緩和され、セルラーゼに暴露されやすい状態となっているため、セルラーゼにより効率的に分解される。また、セルロース含有材料中に[Bmim][OAc]が残留保持されていたとしても、酵素反応への悪影響が回避又は抑制されているため、[Bmim][OAc]の除去を高精度に行う必要がないため、工程を簡略化できる。
【0047】
本明細書に開示されるセルロース分解産物の生産方法における浸透工程は、本明細書に開示される処理方法において説明した各種の態様をそのまま適用することができる。また、適宜、固液分離工程、洗浄工程及び再利用工程を実施してもよい。なお、セルロースの分解産物としては、セルロースの低分子化されたものであればよい。より具体的には、最終分解産物であるグルコースのほか、セロビオース及びセロオリゴ糖が挙げられる。
【0048】
(セルロース分解工程)
セルロース分解工程は、セルラーゼを用いてセルロース含有材料中のセルロースを分解する。セルラーゼは、セルロースをグルコースにまで加水分解するのに作用する各種の酵素の総称である。セルラーゼとしては、狭義には、β1,4−エンドグルカナーゼ(EC3.2.1.4)、グルカン1,4−βグルコシダーゼ(EC3.2.1.74)、セルロース1,4−βセロビオシダーゼ(EC3.2.1.91)、βグルコシダーゼ(EC3.2.1.21)等が挙げられる。また、セルラーゼは、天然由来であっても人工的に改変されたものであってもよい。天然由来のものとしては、特に限定しないが、Trichoderma属又はAspergillus属由来のセルラーゼなどを好ましく用いることができる。また、70℃以上で高い活性を示し、90℃から100℃でも活性を維持する耐熱性セルラーゼを用いることもできる。例えば、Pyrococcus属に代表される超好熱性古細菌由来のセルラーゼであってもよい。本発明においては、上記した狭義のセルラーゼを1種類又は2種類以上を組み合わせて用いることができる。異種のセルラーゼでなく、同種であっても2種類以上組み合わせてもよい。また、由来の異なるセルラーゼを組み合わせて用いることもできる。また、セルラーゼは、適当な担体に保持された形態であってもよい。
【0049】
また、セルロース分解工程では、植物細胞壁においてセルロースと複合体を形成しているヘミセルロースを分解する酵素を用いることもできる。ヘミセルロースとしては、キシラン、マンナン、グルコマンナン等が挙げられる。ヘミセルロースの分解酵素としては、キシラナーゼ等が挙げられ、こうした酵素は、上記のTrichoderma属、Aspergillus属等のセルロース分解性微生物に由来するものであってもよい。また、Pyrococcus属に代表される超好熱性古細菌由来のセルラーゼなどの好熱性セルラーゼであってもよい。
【0050】
浸透処理後のセルロース含有材料に対しては、[Bmim][OAc]の効率的な回収及び再利用の観点から、固液分離を実施後のセルロース含有材料にセルラーゼを供給し分解工程を実施することが好ましい。
【0051】
浸透処理後のセルロース含有材料には、緩和されたセルロース又はセルロース含有マトリックス中に[Bmim][OAc]が保持されている。洗浄工程を実施しない固液分離後であっても、セルロース又はセルロース含有マトリックス中には[Bmim][OAc]が保持されたままとなっているといえる。こうした状態のセルロースに対してセルラーゼによる分解を実施しても、[Bmim][OAc]のセルラーゼへの悪影響が抑制されているか、あるいはBmim][OAc]によるセルロースの構造緩和によるセルラーゼのアタック性向上効果が、[Bmim][OAc]のセルラーゼへの悪影響を上回っていると考えられる。固液分離後であっても、[Bmim][OAc]はセルロース又はセルロース含有マトリックス中に保持されていると考えられる。したがって、本セルロース分解工程は、洗浄工程を実施しない場合には、[Bmim][OAc]の存在下に、セルロース含有材料中のセルロースをセルラーゼで分解する工程であるといえる。
【0052】
また、セルラーゼは、セルロース含有材料に対する貧溶媒であってセルロースの分解産物に対する親溶媒である溶媒の存在下に、セルロース含有材料に接触されることが好ましい。こうした溶媒を用いることで、セルロース分解産物を溶媒である液相に確保できるとともに、セルロース含有材料中の未分解部分や本来的にセルラーゼでは分解不能な残渣(例えば、リグニン等)を固相に保持することができる。
【0053】
こうした溶媒としては、通常親水性溶媒を用いることができる。また、親水性溶媒は、用いるセルラーゼの至適pHを含む酵素活性に適したpH範囲に一致する範囲に緩衝能を有する緩衝液を用いることが好ましい。一般的なセルラーゼの典型的な好適pHは4〜6程度であるため、例えば、クエン酸緩衝液(クエン酸及びクエン酸ナトリウム)、酢酸緩衝液(酢酸−酢酸ナトリウム)、クエン酸−リン酸緩衝液(クエン酸−リン酸二水素ナトリウム)等が挙げられる。こうした緩衝液の濃度やpHを適宜調製して、親水性溶媒相のpHを4以上6以下、より確実には、4.0以上6.0以下となるように設定することが好ましい。なお、疎水性イオン液体の特性の変動によるpHシフトやpH変動の酵素活性及び分解効率への悪影響を抑制又は回避するためにも十分なpH調整能力のある親水性溶媒を用いることが好ましい。親水性溶媒には、適切な塩濃度を形成するための酸、アルカリあるいは塩類が含まれていてもよい。酵素反応に必要な金属イオンを含めることもできる。
【0054】
セルラーゼによるセルロース分解のための温度や時間は特に限定されない。セルラーゼの種類にもよるが、通常、30℃〜70℃程度、好ましくは35℃〜45℃程度で、pH2以上6以下程度とし、数時間から数十時間程度実施する。好熱性セルラーゼを用いる場合は、70℃以上100℃以下であってもよい。
【0055】
本セルロース分解工程によれば、[Bmim][OAc]によりセルロースマトリックスの構造が緩和されかつ一部が親水性溶媒との界面に露出されているため、セルラーゼがセルロースを攻撃しやすくなっており、親水性溶媒中のセルラーゼがセルロースを効率的に分解することができる。そして、分解の結果得られるグルコースなどセルロースの低分子化物(二糖やオリゴ糖を含む分解産物)は、親水性溶媒に溶解し、親水性溶媒から回収することができる。また、セルロースの低分子化に伴って、新たなセルラーゼのアクセス箇所が親水性媒体に露出されるため、セルラーゼによる分解が促進される。本法によれば、[Bmim][OAc]が親水性イオン液体であるために、セルロース含有材料中のセルロースは、セルラーゼが存在する親水性媒体に露出されやすくなっているからである。また、中間分解産物は、親水性溶媒でセルラーゼによってさらに低分子化される。一方、ヘミセルロース(ヘミセルラーゼを用いる場合を除く)やリグニンなどのセルロース含有材料由来のセルラース以外の炭素源は固相として親水性媒体中に残存される。
【0056】
以上のことから、セルロース分解工程の実施により、親水性溶媒中に、固相としてのセルラーゼ分解残渣と、溶質としてのセルロース分解産物が得られることになる。
【0057】
(セルロース分解産物の回収工程)
セルロース分解工程の実施後は、適宜、セルロース分解産物の回収工程を実施すればよい。親水性溶媒相を適当な固液分離手段で回収することで、セルロース分解産物を分解残渣と容易に分離できる。回収した親水性溶媒相は、[Bmim][OAc]を固液分離後に分解工程に供されたセルロース含有材料であれば、十分に[Bmim][OAc]の濃度が低減されたものとなっているため、そのまま、たとえば後段で説明する有用物質の生産方法における発酵工程等に利用できる。また、必要に応じて濃縮されてもよい。なお、親水性溶媒相にはセルラーゼが含まれているが、セルラーゼを固相に固定化して用いる等により、公知の方法でセルラーゼの分離回収も可能である。
【0058】
(非セルロース画分の回収工程)
セルロース分解工程実施後の親水性溶媒中の固相残渣を固液分離して回収することもできる。回収した固相は、セルラーゼによる分解残渣であり、セルロース含有材料中の非セルロース画分(典型的にはリグニンであり、ヘミセルラーゼを用いない場合には、ヘミセルロースも含まれる。)を回収できる。この残渣を、芳香族系高分子であるリグニンを高率で含有しており、かつ、過度な縮合等が抑制されているため、多種の用途に利用が可能である。また、リグニンを分解する酵素と接触させることで、フェノール系化合物を得ることもできる。さらに、この固相残渣に、セルロースを含有する場合には、再度、セルラーゼと接触させてセルロース分解工程を繰り返し実施して、セルロースの利用率を向上させることができる。
【0059】
以上説明したように、本明細書に開示されるセルロース分解産物の生産方法によれば、用いた[Bmim][OAc]及びセルロース分解産物の回収等が容易なより実用的なセルロース含有材料の利用が可能となる。なお、本明細書に開示される実施形態の典型例を図4に示す。上段は、[Bmim][OAc]が通液可能な通液部(フィルター)を少なくとも一部に有する容器にリグノセルロース等の実バイオマスを収容して、[Bmim][OAc]に浸漬して浸透工程を実施し、その後、[Bmim][OAc]から容器を取り出すとともに処理後の実バイオマスを加圧することにより。実バイオマスと[Bmim][OAc]との固液分離工程を実施し、その後、容器内の実バイオマスから[Bmim][OAc]をさらに除去する洗浄工程を実施し、その後、容器ごとセルロース分解工程を実施する形態を示す。また、下段は、上段の工程群から洗浄工程を省略した形態を示す。
【0060】
(有用物質の生産方法)
本明細書に開示される有用物質の生産方法は、上記したセルロースの分解産物の生産方法によって得られるセルロース分解産物を含む炭素源を用いて酵母などの微生物の発酵によって有用物質を生産する工程(以下、単に発酵工程ともいう。)を備えることができる。この生産方法によれば、セルロース含有材料から効率的に分解回収されたセルロース分解産物を用いることで、全体としての製造コストを低減することができる。
【0061】
本明細書に開示される有用物質の生産方法は、既に説明した浸透工程、セルロース分解工程及び発酵工程を備える形態を採ることができる。炭素源としては、セルロース分解産物の生産方法におけるセルロース分解工程で得られたセルロース分解産物を用いる。本生産方法において用いるセルロース分解産物は、セルロース分解工程後の親水性溶媒相、その濃縮物、又は親水性溶媒相から分離回収されたものであってもよい。上述したように親水性溶媒相は、[Bmim][OAc]の含有量が十分に低減されている場合、そのままであっても発酵工程に供することができる。したがって、例えば、セルロース分解工程後の親水性溶媒相等を発酵用の培地の一部として用いることができる。なお、発酵工程に先立って、非セルロース画分の回収工程を実施してもよいが、発酵工程後に、非セルロース画分の回収工程を実施することもできる。
【0062】
発酵工程で用いる微生物は、特に限定しないで、セルロースの分解産物を資化可能であって生産しようとする有用物質の種類に応じて適宜選択される。セルロース分解産物は、グルコースが主であるが、分解工程の実施態様によっては、二糖、オリゴ糖、ヘミセルロース由来のキシラン等であってもよい。例えば、酵母やカビなどの真菌類や大腸菌等の微生物が挙げられる。微生物は、野生型であってもよいし、遺伝子工学的技術等によって人為的にセルロース分解産物を効率的に資化可能に改変されたり、有用物質を生産可能に改変されたりしたものであってもよい。典型的には、エタノールを生産する酵母などの微生物が挙げられる。また、有機酸を生産する酵母や乳酸菌であってもよい。
【0063】
発酵工程は、用いる微生物の種類や生産しようとする有用物質に応じて実施すればよい。発酵のための培養は、静置培養、振とう培養または通気攪拌培養等を用いることができる。通気条件は、嫌気条件下、微好気条件下及び好気条件等、適宜選択することができる。培養温度も、特に限定しないが、25℃〜55℃等の範囲とすることができる。また、培養時間も必要に応じて設定されるが、数時間〜150時間程度とすることができる。また、pHの調整は、無機あるいは有機酸、アルカリ溶液等を用いて行うことができる。培養中は、必要に応じてアンピシリン、テトラサイクリンなどの抗生物質を培地に添加することができる。なお、変換工程終了後、培養液から微生物を除去してエタノール等の有用物質含有画分を回収する工程、さらにこれを濃縮する工程を実施してもよい。
【0064】
有用物質としては特に限定しないが、グルコースを利用して微生物が生成可能なものが好ましい。例えば、エタノール、プロパノール、イソプロパノール、ブタノール、イソブタノール等の低級アルコール、イソプレノド合成経路の追加によるファインケミカル(コエンザイムQ10、ビタミン及びその原料等)、乳酸等の有機酸、解糖系の改変によるグリセリン、プラスチック・化成品原料など、バイオリファイナリー技術が対象とする材料が挙げられる。
【0065】
以上説明したように、本明細書に開示される有用物質の生産方法によれば、従来に比してより効率的に得られたセルロース分解産物を利用するため、有用物質の生産コストを効果的に低減することができる。
【実施例】
【0066】
以下、本発明を、実施例を挙げて具体的に説明するが、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。
【実施例1】
【0067】
(バイオマス処理に最適なイオン液体の選抜)
4種類のイオン液体1.0gをバイアル瓶に採取し、これに30mgのバイオマス試料を加えた。バイオマスとしては、カッターミルで破砕処理した粒径250μmスギとユーカリ粉末を使用した。これを120℃にて1時間処理し、15mlの滅菌水にて洗浄した。処理試料にクエン酸緩衝液(pH5.0)9.9mlを添加した後、セルラーゼ混合溶液0.1mlを添加した。本試料を40℃にて、糖化反応を実施した。
【0068】
イオン液体としては、1-Ethyl-3-methylimidazolium diethylphosphate(以下、[Emim][DEP]と称す)、2-Hydroxyethyl-trimethylammonium acetate (以下、[Cholin][OAc]と称す)、1-Ethyl-3-methylimidazolium Acetate (以下、[Emim][OAc]と称す) 1-Butyl-3-methylimidazolium acetate (以下、[Bmim][OAc]と称す)を使用した。なお、それぞれの構造式を以下に示す。
【0069】
【化2】
【0070】
糖化反応におけるセルラーゼ混合溶液は、Treichoderma reeseiATCC26921からなるNovozyme-Celluclast (Sigma-Aldrich) と Aspergillus nigerからなるNovozyme 188 (Sigma-Aldrich) を5:1の割合で混合させたものを、6FPU/gバイオマスになるよう添加した。
【0071】
糖化反応の試料より、3,8,24,48,72時間後にサンプリングし、溶液中のグルコース濃度を測定した。グルコース濃度の測定には、バイオセンサBF−5(王子計測機器)を用い、操作の詳細は付属のプロトコールに従った。得られたグルコース濃度をもとに、各バイオマス中に含有されるセルロースを100とした場合の糖への変換効率(糖化率)を、以下の計算式に従って算出した。
グルコース変換効率 (%) = [produced glucose] / [glucose units in cellulose]×100
【0072】
各バイオマスあたりにおける変換効率の72時間時点でのグラフを図5にまとめた。比較の結果、スギやユーカリといったハード系バイオマスの糖化に、[Bmim][OAc]が適していることが確認された。なお、独立した同様の試験を3回実施したが、いずれも同様の結果になった。
【実施例2】
【0073】
(バイオマス処理に最適なイオン液体の選抜(バイオマス粒径の検討))
バイオマスの粒径を大きくした場合におけるイオン液体の処理検討を実施した。イオン液体としては、[Emim][OAc] 、[Bmim][OAc]を使用した。すなわち、2種類のイオン液体1.0gをバイアル瓶に採取し、これに30mgのバイオマス試料を加えた。バイオマスとしては、カッターミルで破砕処理した粒径4mmのスギとユーカリ粉末を使用した。これを120℃にて1時間処理し、15mlの滅菌水にて洗浄した。処理試料にクエン酸緩衝液(pH5.0)9.9mlを添加した後、セルラーゼ混合溶液0.1mlを添加した。本試料を40℃にて、糖化反応を実施した。
【0074】
糖化反応におけるセルラーゼ混合溶液は、Treichoderma reeseiATCC26921からなるNovozyme-Celluclast (Sigma-Aldrich) と Aspergillus nigerからなるNovozyme 188 (Sigma-Aldrich) を5:1の割合で混合させたものを、6FPU/gバイオマスになるよう添加した。
【0075】
糖化反応の試料より、3,8,24,48,72時間後にサンプリングし、溶液中のグルコース濃度を測定した。グルコース濃度の測定には、バイオセンサBF−5(王子計測機器)を用い、操作の詳細は付属のプロトコールに従った。得られたグルコース濃度をもとに、各バイオマス中に含有されるセルロースを100とした場合の糖への変換効率を、以下の計算式に従って算出した。
グルコース変換効率 (%) = [produced glucose] / [glucose units in cellulose]×100
【0076】
各バイオマスあたりにおける変換効率の72時間時点でのグラフを図6にまとめた。比較の結果、スギやユーカリといったハード系バイオマスの糖化に、[Bmim][OAc]が適していることが確認された。なお、独立した同様の試験を3回実施したが、いずれも同様の結果になった。
【実施例3】
【0077】
(洗浄工程の除去した簡易プロセスでの検討)
イオン液体[Emim][DEP]50gをビーカーに採取し、これに300mgのバイオマス試料を加えた。バイオマスとしては、カッターミルで破砕処理した粒径4mmのバガス粉末を使用し、これを茶越しに添加させた。本試料を、120℃にて1時間処理させた後、茶越しをそのまま、セルラーゼ混合溶液0.1mlを含有させたクエン酸緩衝液(pH5.0)50mlに添加した。本試料を40℃にて、糖化反応を実施した。
【0078】
糖化反応におけるセルラーゼ混合溶液は、Treichoderma reeseiATCC26921からなるNovozyme-Celluclast (Sigma-Aldrich) と Aspergillus nigerからなるNovozyme 188 (Sigma-Aldrich) を5:1の割合で混合させたものを、6FPU/gバイオマスになるよう添加した。
【0079】
糖化反応の試料より、0,2,4,6,22,24,26,30,48,118時間後にサンプリングし、溶液中のグルコース濃度を測定した。グルコース濃度の測定には、バイオセンサBF−5(王子計測機器)を用い、操作の詳細は付属のプロトコールに従った。得られたグルコース濃度をもとに、各バイオマス中に含有されるセルロースを100とした場合の糖への変換効率を、以下の計算式に従って算出した。
グルコース変換効率 (%) = [produced glucose] / [glucose units in cellulose]×100
【0080】
各バイオマスあたりにおける変換効率の経時変化を図7にまとめた。その結果、洗浄工程を省いた簡易プロセスであっても、糖化が進行し、80%と高い糖化効率を示すことがわかった。
【実施例4】
【0081】
([Bmim][OAc]と同様のカチオンを保有するイオン液体での検討)
5種類のイオン液体1.0gをバイアル瓶に採取し、これに30mgのバイオマス試料を加えた。バイオマスとしては、カッターミルで破砕処理した粒径250μmのスギとユーカリ粉末を使用した。これを120℃にて1時間処理し、15mlの滅菌水にて洗浄した。処理試料にクエン酸緩衝液(pH5.0)9.9mlを添加した後、セルラーゼ混合溶液0.1mlを添加した。本試料を40℃にて、糖化反応を実施した。
【0082】
イオン液体としては、1-Butyl-3-methylimidazolium 2(2-methoxyethoxy)ethylsulfate (以下、[Bmim][MEES]と称す)、1-Butyl-3-methylimidazolium iodide (以下、[Bmim][I]と称す)、1-Butyl-3-methylimidazolium trifluoroacetate (以下、[Bmim][CF3CO2]と称す) 1-Butyl-3-methylimidazolium chloride (以下、[Bmim][Cl]と称す) [Bmim][OAc]を使用した。なお、それぞれの構造式を以下に示す。
【0083】
【化3】
【0084】
糖化反応におけるセルラーゼ混合溶液は、Treichoderma reeseiATCC26921からなるNovozyme-Celluclast (Sigma-Aldrich) と Aspergillus nigerからなるNovozyme 188 (Sigma-Aldrich) を5:1の割合で混合させたものを、6FPU/gバイオマスになるよう添加した。
【0085】
糖化反応の試料より、0,3,8,24,48,72時間後にサンプリングし、溶液中のグルコース濃度を測定した。グルコース濃度の測定には、バイオセンサBF−5(王子計測機器)を用い、操作の詳細は付属のプロトコールに従った。得られたグルコース濃度をもとに、各バイオマス中に含有されるセルロースを100とした場合の糖への変換効率を、以下の計算式に従って算出した。
グルコース変換効率 (%) = [produced glucose] / [glucose units in cellulose]×100
【0086】
各バイオマスあたりにおける変換効率の72時間時点でのグラフを図8にまとめた。比較の結果、カチオンが同様に[Bmim]であっても糖化効率は様々で、特に[Bmim][OAc]が優れていることが確認された。なお、独立した同様の試験を2回実施したが、いずれも同様の結果になった。
【実施例5】
【0087】
5種類のイオン液体各1.0gをバイアル瓶に採取し、これに30mgのバイオマス試料を加えた。バイオマスとしては、カッターミルで破砕処理した粒径150μmのユーカリ粉末を用いた。これを120℃にて30分間処理し、15mlの滅菌水にて洗浄した。メンブレンフィルターにてろ過して得られたバイオマス試料をバイアル瓶に採取した。本試料にクエン酸緩衝液(pH5.0)9.9mlを添加したのち、セルラーゼ混合溶液0.1mlを添加した。これを40℃にて糖化反応を実施した。
【0088】
イオン液体としては、[Bmin][OAc]に加えて以下の5種類を用いた。なお、それぞれの構造式を以下に示す。
1-Allyl-3-methylimidazolium acetate(以下、[Amim][OAc]と称す)
1-Ethyll-3-methylimidazolium acetate(以下、[Emim][OAc]と称す)
1-Allyl-3-methylimidazolium cloride(以下、[Amim][Cl]と称す)
1-Ethyl-3-methylimidazolium cloride(以下、[Emim][Cl]と称す)
1-Buthyl-3-methylimidazolium cloride(以下、[Bmim][Cl]と称す)
【0089】
【化4】
【0090】
糖化反応におけるセルラーゼ混合溶液は、Trichoderma reesei ATCC26921からなるNovozyme-Celluclast(Sigma-Aldrich)とAspergillus nigerからなるNovozyme188(Sigma-Aldrich)を5:1の割合で混合したものを6FPU/gバイオマスとなるよう添加した。
【0091】
糖化反応の試料より72時間後にサンプリングし、溶液中のグルコース濃度を測定した。グルコース濃度の測定には、バイオセンサBF−5(王子計測機器)を用い、操作の詳細は、付属のプロトコールに従った。得られたグルコース濃度をもとに、バイオマス中に含有するセルロースを100とした場合の糖への変換効率を、実施例1と同様にして算出した。
【0092】
バイオマスあたりにおける変換効率の72時間時点でのグラフを図9に示す。図9に示すように、いずれのイオン液体を用いても、[Bmin][OAc]による変換効率(78.3%)に到達することはなく、[Bmin][OAc]の変換効率への寄与が特に大きいことがわかった。以上のことからも、スギやユーカリといったハード系(木質系)バイオマスの糖化には、[Bmin][OAc]が適していることがわかった。
【実施例6】
【0093】
(前処理の最適化)
2種類の各イオン液体([Emim][OAc]と[Bmim][OAc])各1.0gをバイアル瓶に採取し、これに30mgのバイオマス試料を加えた。バイオマスとしては、カッターミルで破砕処理した粒径250μm及び150μmのユーカリ粉末を使用した。これを120℃にて30分及び1時間それぞれ処理し、15mlの滅菌水にて洗浄した。処理試料にクエン酸緩衝液(pH5.0)9.9mlを添加した後、セルラーゼ混合溶液0.1mlを添加した。本試料を40℃にて、糖化反応を実施した。なお、それぞれn=3で試験した。
【0094】
糖化反応におけるセルラーゼ混合溶液は、実施例1と同様の混合溶液を同様量加えた。また、糖化反応(72時間)及びグルコースへの変換効率(72時間時点)の算出も実施例1と同様に実施した。結果を図10に示す。
【0095】
図10に示すように、実施例2において、粒径4mmのバイオマスでは大幅な糖化効率の低下が観察されたが、粒径250μm及び150μmでは大きな差がないことが確認された。また前処理時間についても、120℃での反応においては、30分処理、120分処理に差がないことが認められた。
【技術分野】
【0001】
本発明は、イオン液体を利用したセルロース含有材料の処理方法、分解物の生産方法等に関する。
【背景技術】
【0002】
有限である石油資源を代替するものとして、植物の光合成作用に由来するバイオマスへの期待が高まってきており、バイオマスをエネルギーや各種材料に利用するための各種の試みがなされている。また、バイオマスを利用し、化成品やバイオ燃料に利用しようとする試みであるバイオリファイナリーの重要性が指摘され、実用化に向けた技術開発が進められている。バイオマスを、エネルギー源やその他の原料として有効利用するためには、バイオマスを動物や微生物が容易に利用可能な炭素源にまで分解・糖化することが必要である。実用化のために解決すべき課題としては、木質系又は草本系のバイオマスの主成分であるセルロース、なかでも結晶性セルロースの効率的な分解方法の開発が挙げられる。
【0003】
現状の糖化プロセスでは、バイオマスを高温・高圧処理や酸処理により前処理してセルロースを分離後、セルラーゼを作用させている。しかしながら、前処理に多大なエネルギーがかかるうえに大量のセルラーゼが必要となっているため、実用化において大きな課題となっている。
【0004】
近年、イオン液体がセルロースを可溶化することが報告されている。例えば、クロライド系のイオン液体に100℃程度の条件下でセルロースを可溶化させる性質が見出されている(特許文献1、非特許文献1)。また、非クロライド系イオン液体が、よりマイルドな条件でセルロースを可溶化できることもわかってきている(特許文献2、非特許文献2、3、4)。
【0005】
さらに、イオン液体で可溶化したセルロースをセルラーゼで糖化する試みもなされているが、イオン液体中ではセルラーゼが不活性化されるという報告がなされている(非特許文献2,4)。イオン液体でセルロースを可溶化するという前処理を施した後、可溶化後のセルロースを水などの親水性溶媒で洗浄してイオン液体を取り除き、その後、水に投入することでセルラーゼで分解できることが報告されている(非特許文献5)。
【0006】
さらにまた、イオン液体でセルロースを膨潤化し、その後イオン液体を除去した後に、酵素処理を行うという手法も試みられている(特許文献3、4、非特許文献6)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特表2005−506401号公報
【特許文献2】特開2006−137677号公報
【特許文献3】米国特許出願公開第US2008/0227162号明細書
【特許文献4】米国特許出願公開第US2008/0190013号明細書
【非特許文献】
【0008】
【非特許文献1】R D. Rogerら、J. Am. Chem. Soc. 124(18),4974-4975, 2002
【非特許文献2】大野ら、Polym. Prep. Jpn., 55(1), 2090, 2006
【非特許文献3】大野ら、Polym. Prep. Jpn., 56(1), 2198-2199, 2007
【非特許文献4】R D. Rogerら、Green Chem., 5, 443-447, 2003
【非特許文献5】C A. Schallら、Biotechnol. Bioeng., 95(5), 904-910,2006
【非特許文献6】Q. Liら、Bioresour Technol., Vol.100, p3570-3575, 2009
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
非特許文献2、4では、イオン液体で可溶化したセルロースをセルラーゼで分解するために、セルラーゼをポリオエチレンオキシド(PEO)等で安定化することが有効である可能性が示唆されている。しかしながら、現時点で得られている安定化セルラーゼが十分なセルロース分解活性を有しているわけではない。また、非特許文献5に記載のように、イオン液体でセルロースを可溶化する場合、イオン液体をセルロースから除去するための丹念な洗浄操作を要するとともに、それでもなお相当程度大量のセルラーゼを必要とすることがわかった。また、セルロースの分解・糖化を、イオン液体によってセルロース可溶化したのとは別の反応場で行わなければならないということは、効率的なセルロースの分解・糖化には不都合であった。
【0010】
特許文献3及び非特許文献6では、特定のイオン液体(エチルメチルイミダゾール[Emim][OAc]や[Emim][DEP]が使用されているが、本発明者らによれば、これらのイオン液体は、ワラ等の草本系植物に由来するソフトバイオマスに有効ではあるものの、木質チップ等の木本系植物に由来するハードバイオマス基本系に高い効果が得られるわけではないことがわかった。
【0011】
以上のように、現状において、イオン液体を用いてセルロースを含む実バイオマスのセルロース含有材料を効率的に分解することは依然として困難であった。加えて、工業プロセスにおけるセルロースの糖化のためには、分解後の糖化物を効率的に回収し、イオン液体を再利用することも要請される。さらに、ソフトバイオマスのほか、より剛直な複合構造をとっていると考えられるハードバイオマスについても有効な利用が望まれる。
【0012】
本発明は、セルロースをより分解するのにより実用的なイオン液体を用いたセルロース含有材料の処理方法、当該処理方法を利用したセルロース含有材料の分解産物の生産方法、有用物質の生産方法等を提供することを一つの目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明者らは、上記した課題を解決するために、種々のアニオン及びカチオンの組み合わせのイオン液体につき検討を実施し、特定のイオン液体を用いてセルロース含有材料に対して浸透処理し、その後、イオン液体を分離することで、セルロース含有材料におけるセルロースの複合構造を酵素による簡易な糖化処理に適した状態にすることができ、しかも、特定のイオン液体がセルロース含有材料に残留していてもその悪影響を回避又は抑制して酵素による糖化処理が可能であるという知見を得た。本明細書の開示は、これらの知見に基づいて提供される。
【0014】
本明細書の開示によれば、セルロース含有材料の処理方法であって、以下の工程(a):
(a)前記セルロース含有材料とイオン液体とを接触させて前記セルロース含有材料中に前記イオン液体を浸透させる工程、
を備える、方法が提供される。
【0015】
本処理方法において、前記工程(a)は、前記セルロース含有材料及び前記イオン液体を加熱することを含むことができる。さらに、本処理方法は、前記工程(a)の後、以下の工程(b):
(b)前記セルロース含有材料と前記イオン液体とを固液分離する工程、を備えていてもよい。
【0016】
本処理方法は、さらに、前記工程(b)の後、以下の工程(c):
(c)前記セルロース含有材料を前記イオン液体の親溶媒で洗浄する工程、を備えることもできる。
【0017】
さらにまた、本処理方法は、前記工程(b)の後、以下の工程(d):
(d)前記セルロース含有材料から分離された前記イオン液体を回収し、前記工程(a)に供給する工程、を備えることもできる。
【0018】
前記セルロース含有材料は、木質系バイオマスとすることができる。
【0019】
本明細書の開示によれば、セルロース分解産物の生産方法であって、
以下の工程(a)及び(e):
(a)セルロース含有材料とイオン液体1−ブチル−3−メチルイミダゾリウム アセテートとを接触させて前記セルロース含有材料中に前記イオン液体を浸透させる工程、
(e)前記セルロース含有材料中のセルロースをセルラーゼで用いて分解する工程、
を備える、方法が提供される。
【0020】
本生産方法によれば、前記工程(e)は、前記セルロース含有材料から前記イオン液体を固液分離後に、前記セルロース含有材料に対する貧溶媒であって前記セルロースの分解産物に対する親溶媒に含まれる前記セルラーゼで前記セルロースを分解する工程であってもよい。さらに、本生産方法は、さらに、前記工程(e)の後、以下の工程(f):
(f)前記セルラーゼによる分解残渣を固液分離して前記セルロース含有材料中の非セルロース画分を回収する工程、を備えることもできる。
【0021】
本明細書の開示によれば、有用物質の生産方法であって、以下の工程(a)、(e)及び(g):
(a)セルロース含有材料とイオン液体1−ブチル−3−メチルイミダゾリウム アセテートとを接触させて前記セルロース含有材料中に前記イオン液体を浸透させる工程、
(e)前記セルロース含有材料中のセルロースをセルラーゼで用いて分解する工程、
(g)前記工程(e)で得られたセルロース分解産物を含む炭素源を用いて微生物の発酵により前記有用物質を生産する工程、を備える、方法も提供される。
【0022】
本明細書の開示によれば、酵素処理用セルロース含有材料であって、セルロース含有材料にイオン液体1−ブチル−3−メチルイミダゾリウムアセテートを浸透処理させて得られる、材料が提供される。
【図面の簡単な説明】
【0023】
【図1】本明細書の開示のセルロース含有材料の処理方法のフローの例を示す図である。
【図2】本明細書の開示のセルロース分解産物の生産方法のフローの例を示す図である。
【図3】本明細書の開示の有用物質の生産方法のフローの例を示す図である。
【図4】本明細書の開示による典型的な実施形態を例示する図である。
【図5】各種イオン液体による浸透処理後の実バイオマス(ハードバイオマス;250μm)の糖化結果を示す図である。
【図6】2種類のイオン液体による浸透処理後の実バイオマス(ハードバイオマス;4mm)の糖化結果を示す図である。
【図7】[Bmim][OAc]による浸透処理後の実バイオマス(バガス;4mm)の糖化結果を示す図である。
【図8】各種イオン液体による浸透処理後の実バイオマス(ハードバイオマス;250μm)の糖化結果を示す図である。
【図9】各種イオン液体による浸透処理後の実バイオマス(ハードバイオマス(ユーカリ粉末);150μm)の糖化結果を示す図である。
【図10】イオン液体による前処理条件(処理時間、バイオマス粉末の粒経)の最適化についての検討結果を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0024】
本明細書の開示は、セルロース含有材料の処理方法、セルロース分解産物の生産方法等に関する。本明細書の開示によれば、セルロース含有材料と特定のイオン液体、すなわち、1−ブチル−3−メチルイミダゾリウムアセテート[Bmim][OAc]をセルロース含有材料に浸透させることで、セルロース含有材料のセルロースを含むマトリックスにこのイオン液体が浸透する。この結果、セルロース含有マトリックスの少なくとも一部が崩壊すると考えられる。これにより、セルラーゼがその基質であるセルロース等にアクセスしやすい状態が形成される。さらに、その後、イオン液体と接触後のセルロース含有材料に水性媒体などのセルロース含有材料に対して貧溶媒であってセルロース分解産物に対して親溶媒である溶媒を供給することにより、特定のイオン液体が浸透されたセルロース含有マトリックスにおいて、セルラーゼがセルロースに作用し、セルロースの分解反応が進行する。
【0025】
例えば、リグノセルロース等のセルロース含有材料は、主要構成成分であるセルロースが強固な水素結合を保持していると同時に、疎水性を保有する結晶構造を形成している。[Bmim][OAc]の有するアニオンとカチオンの作用によれば、ソフトバイオマスであってもハードバイオマスであっても効果的にセルロースの結晶構造を崩壊させることができる。また、[Bmim][OAc]によれば、固液分離によってセルロース含有材料から[Bmim][OAc]を分離することで、[Bmim][OAc]が残留していても、セルラーゼがセルロースを効果的に分解できる。このため、洗浄工程を回避でき、セルロース含有材料の処理工程、分解工程を簡略化することができる。
【0026】
本明細書の開示によれば、親水性イオン液体である[Bmim][OAc]は、セルロース含有材料に対して貧溶媒でありセルロース分解産物に親溶媒である溶媒、例えば、水と自由に混合する。このため、セルロース含有材料に浸透した[Bmim][OAc]は、水の存在下では、セルラーゼを含む水と混合すると考えられる。本発明者らは、親水性イオン液体は酵素反応を阻害し、セルロース含有材料中に[Bmim][OAc]が残留していると、酵素反応が進行しないと考えられた。しかしながら、本発明者らの予想に反して、[Bmim][OAc]がセルロース含有材料に浸透し、セルラーゼの基質に極めて近接して存在していても、セルラーゼのセルロース分解反応が阻害されることなく、セルロースが効果的に分解されることがわかた。[Bmim][OAc]のセルラーゼに対する阻害の程度はまったく知られておらず、また、[Bmim][OAc]について、セルロースの崩壊効果もまったく知られていなかった。
【0027】
以下、本明細書に開示される各種の実施形態について適宜図面を参照しながら詳細に説明する。図1は、本明細書に開示されるセルロース含有材料の処理方法のフローの一例を示す図であり、図2は、本明細書に開示されるセルロース分解産物の生産方法のフローの一例を示す図であり、図3は、本明細書に開示される有用物質の生産方法のフローの一例を示す図であり、図4は、本明細書の開示の典型的な実施形態を示す図である。
【0028】
(セルロース含有材料)
本明細書において、セルロースとは、グルコースがβ-1,4-グルコシド結合により重合した重合体及びその誘導体をいう。セルロースにおけるグルコースの重合度は特に限定しないが、好ましくは200以上である。また、誘導体としては、カルボキシメチル化、アルデヒド化、若しくはエステル化などの誘導体が挙げられる。また、セルロースは、その部分分解物である、セロオリゴ糖、セロビオースを含んでいてもよい。さらに、セルロースは、配糖体であるβグルコシド、リグニン及び/又はヘミセルロースとの複合体であるリグノセルロース、さらにペクチンなどとの複合体であってもよい。セルロース は、結晶性セルロースであってもよいし、非結晶性セルロースであってもよいが、好ましくは結晶性セルロースを含む。さらに、セルロースは、天然由来のものでも、人為的に合成したものでもよい。セルロースの由来も特に限定しない。植物由来のものでも、真菌由来のものでも、細菌由来のものであってもよい。
【0029】
本明細書において、セルロース含有材料とは、上記したセルロースを含むものであればよい。したがって、セルロースは結晶性セルロースであっても非結晶性セルロースであってもよく、セルロースのほか、ヘミセルロースやリグニンを含んでいてもよい。セルロース含有材料としては、綿や麻などの天然繊維品、レーヨン、キュプラ、アセテート、リヨセルなどの再生繊維品、稲ワラ、麦ワラなどの各種ワラ、籾殻、バガス、木材チップなどの農産廃棄物、古紙、建築廃材などの各種廃棄物などを含むバイオマス(木質系及び草本系)が挙げられる。なかでも、[Bmim][OAc]による処理は、ハード系バイオマス(木質系バイオマス)にも効果的である。
【0030】
本明細書に開示される各種実施形態に適用されるセルロース含有材料は特に限定されない。後述する実施例においても開示するように、イオン液体[Bmim][OAc]は、結晶性セルロースであってもまたリグニンとマトリックスを構成していても、その一部を可溶化又は崩壊又は溶解できることがわかっている。すなわち、結晶性セルロースのように、水素結合により強固に相互作用して結晶性の高い領域を形成していても、[Bmim][OAc]は浸透し、その構造を緩和してセルラーゼによる分解を促進できる。また、[Emim][OAc]等との比較から[Bmim][OAc]のセルロースを含むマトリックスへの作用を考慮すると、セルロース含有材料は水に不溶性あるいは難溶解性のものであることが好ましい。かかるセルロース含有材料としては、結晶性セルロースを含有するセルロース含有材料が挙げられ、また、例えば、セルロースのほかリグニン及び/又はヘミセルロースを含有する植物細胞壁由来のセルロース含有マトリックスを含む材料が挙げられる。典型的には、草本系や木質系のバイオマスが挙げられる。セルロース含有材料は、浸透工程に先立って、粉砕、細断等により、微細化されていてもよい。セルロース含有材料は、粉末の形態を取ることが好ましいが、その平均粒経が、4mm以下であることが好ましい。典型的には、1000μm以下であることが好ましい。また、平均粒経は、粉砕操作を考慮すると100μm以上であることが好ましく、150μm以上であることが好ましく、250μm程度であってもよい。
【0031】
(セルロース含有材料の処理方法)
(浸透工程)
本明細書に開示されるセルロース含有材料の処理方法は、セルロース含有材料と[Bmim][OAc]とを接触させて前記セルロース含有材料中に前記イオン液体を浸透させる工程、を備えることができる。以下、この工程を浸透工程という。この浸透工程では、液相である[Bmim][OAc]と固相であるセルロース含有材料とを接触させる。[Bmim][OAc]は、セルロース含有材料のセルロースを含むマトリックスに浸透性を有しており、セルロース含有材料の少なくとも一部を崩壊させその構造を緩和することができる。本明細書において、浸透とは、セルロース含有材料中のセルロースの構造緩和を意図しており、セルロース含有材料中のセルロースの溶解までを意図するものではない。なお、浸透の結果、セルロースの一部が溶解することを排除するものではない。本明細書の開示を拘束するものではないが、セルロースは、多くの場合、疎水性領域と親水性領域とを併せ持つ高分子材料である。[Bmim][OAc]は、全体としては親水性であり、セルロースのどの部分と作用するかは不明であるが、セルロースのいずれかの領域に親和性を有するため、セルロース系含有マトリックスに浸透し、その少なくとも一部を緩和ないし崩壊するものと考えられる。また、セルロース含有材料が、セルロース以外にヘミセルロースやリグニンを含むセルロース含有マトリックスを備えている場合には、同様に、これらの成分のいずれかの領域と相互作用して、セルロース含有マトリックスに浸透し、その一部を緩和ないし崩壊するものと考えられる。
【0032】
本明細書に開示される各種実施形態においては、イオン液体として少なくとも[Bmim][OAc]を使用する。[Bmim][OAc]は以下の式で表される。
【0033】
【化1】
【0034】
イオン液体の純度は高いことが好ましい。イオン液体の合成工程の不純物は、イオン液体と親水性溶媒とを混合して得られる媒体のpHに大きく影響し、結果として酵素の触媒活性に大きく影響する場合があるからである。本発明者らによれば、例えば、イミダゾリウム系カチオンを用いるイオン液体の場合、純度が低いほど水や緩衝液などの親水性溶媒と混合したときのpHがアルカリにシフトしやすく、セルラーゼによるセルロース分解活性が低下する傾向があることがわかっている。なお、[Bmim][OAc]は、単独で用いることができるほか、[Bmim][OAc]の作用を阻害しない範囲で他のイオン液体と2種類以上を組み合わせて用いることもできる。
【0035】
セルロース含有材料と[Bmim][OAc]とを接触させる方法は特に限定されない。セルロース含有材料は[Bmim][OAc]が浸透されれば足り、必ずしも[Bmim][OAc]中にセルロース含有材料が浸漬され、分散され、あるいは懸濁された状態であることを要しない。セルロース含有材料に疎水性イオン液体を浸透させるには、例えば、図4及び図7に示すように、十分量の[Bmim][OAc]の液相中にセルロース含有材料を供給し浸漬するようにしてもよいし、セルロース含有材料に対して[Bmim][OAc]を噴霧等によりセルロース含有材料に浸透させるのに必要量程度供給し、セルロース含有材料に[Bmim][OAc]を浸透させるようにしてもよい。
【0036】
セルロース含有材料中に[Bmim][OAc]を浸透させるための処理は適宜設定することができる。適度に、例えば、150℃以下程度の範囲で加熱してもよい。好ましくは40℃以上、より好ましくは50℃以上、さらに好ましくは80℃以上に加熱する。加熱を行うことで、[Bmim][OAc]のセルロース含有材料への浸透を促進することができる。150℃を超えると、セルロース含有材料の種類によっては好ましくない反応が生じる可能性があり、40℃未満では、加熱の効果が得られにくいからである。加熱時間は、用いるセルロース含有材料の大きさ(粉砕されている場合は、平均粒子径、チップ等の場合には、平均長さ等)や起源(ソフトバイオマス、ハードバイオマス、さらにはその中での分類まで含む)に応じて適宜決定するが、セルロースの[Bmim][OAc]側の溶解が多くならない範囲とすることが好ましい。セルロースの溶解が進行し、[Bmim][OAc]側へのセルロースの溶解量が増えると、後段での分解工程に供するセルロースが減少し、利用率が低下するからである。例えば、温度は80℃以上とすることが好ましい。好ましくは130℃以下である。また、加熱温度にもよるが、加熱時間は2時間以下とすることができる。さらに、加熱時間は1時間以下であってもよく、30分程度であっても1時間による処理と同等の糖化効率を得ることができる。
【0037】
セルロース含有材料への[Bmim][OAc]の浸透を促進するために、セルロース含有材料と[Bmim][OAc]とを混合(攪拌)してもよいし、プレス処理してもよいし、粉砕処理してもよいし、超音波処理を行ってもよい。加熱を含めたこれらの各種処理は、単独で採用してもよいが、適宜組み合わせて採用してもよい。処理の種類は、用いるセルロース含有材料や用いる[Bmim][OAc]の量によっても適宜変更される。
【0038】
なお、[Bmim][OAc]の使用量をできるだけ低減するには、浸透に必要量程度の[Bmim][OAc]をセルロース含有材料に供給してもよいし、後述するように、十分量の[Bmim][OAc]に浸漬したセルロース含有材料を、その後、ろ過や遠心分離等の固液分離手段により[Bmim][OAc]から分離してもよい。
【0039】
このような浸透工程の実施により、セルロース含有材料には[Bmim][OAc]が浸透され、セルロース又はセルロースを含有するマトリックス中に[Bmim][OAc]が保持され、その結果、そのセルロース含有マトリックスが緩んだようになるものと考えられる。[Bmim][OAc]によってセルロース含有材料の構造が緩和されることにより、後段で水性媒体などの溶媒と接触したとき、セルロースの親水性領域がセルラーゼを含む溶媒に露出されやすくなり、セルラーゼによって分解されると考えられる。また、セルロースの疎水性領域もイオン液体による緩和により前記溶媒に露出されやすくなりセルラーゼによって分解されると考えられる。こうした浸透工程を経て[Bmim][OAc]が浸透されたセルロース含有材料は、その後、セルラーゼによるセルロースの分解に供することができる。
【0040】
(固液分離工程)
本明細書に開示される処理方法においては、浸透工程後に、さらに、セルロース含有材料と[Bmim][OAc]とを固液分離する工程を備えることができる。こうした固液分離によって、[Bmim][OAc]を効果的に再利用に都合のよい形で回収することができるとともに、セルロース含有材料が過剰の[Bmim][OAc]を除去することで、後段でのセルロース分解工程におけるセルラーゼによるセルロースの分解効率を向上させることができる。浸透工程において、セルロース含有材料に[Bmim][OAc]が浸透できる量又はそれに近い量のみが供給されている場合には、固液分離工程は必ずしも要しない。
【0041】
固液分離工程における固液分離の方法は特に限定しない。ろ過、圧搾、遠心分離、沈降分離等が挙げられる。良好な分離のために、適宜ろ過時においてプレス等してもよい。また、圧搾等のように、[Bmim][OAc]により少なくとも部分的に構造が緩和したセルロース含有材料を固液分離しつつ粉砕、すりつぶし等してもよい。固液分離工程の実施により、セルロース含有材料から液相として[Bmim][OAc]が分離され、セルロース含有材料は固相として分離される。なお、分離されたセルロース含有材料には、緩和されたセルロースに[Bmim][OAc]がなんらかの形態で保持された状態で残留していると考えられる。セルロース含有材料に残留した[Bmim][OAc]は、セルラーゼによる分解工程において、セルロースの酵素への暴露に対して有利に作用していると考えられる。
【0042】
(洗浄工程)
本明細書に開示される処理方法は、さらに、固液分離工程後に、セルロース含有材料を[Bmim][OAc]の親溶媒で洗浄する工程を備えることもできる。こうすることで、セルロース含有材料から[Bmim][OAc]を効果的に除去することができる。こうした洗浄工程によれば、セルラーゼの処理に先立って、[Bmim][OAc]を回収できるため、セルラーゼを含むセルロース分解反応液から[Bmim][OAc]を回収するよりも有利であり、[Bmim][OAc]の回収率及び再利用率を向上させることができる。[Bmim][OAc]の親溶媒は、[Bmim][OAc]が親水性イオン液体であることから、例えば、水性の液体であって、水又は水と相溶性のある有機溶媒との混液が挙げられる。有機溶媒としては、炭素数が1〜4程度の低級アルコールが挙げられる。
【0043】
洗浄工程は、例えば、固液分離後のセルロース含有材料に対して[Bmim][OAc]親溶媒を供給して、セルロース含有材料と接触させた後、先に説明した固液分離手法を適宜用いて[Bmim][OAc]親溶媒を回収する方法を採用できる。
【0044】
([Bmim][OAc]の再利用工程)
本明細書に開示される処理方法は、さらにまた、固液分離工程後に、セルロース含有材料から分離された[Bmim][OAc]を回収し、再利用する工程を備えていてもよい。[Bmim][OAc]の再利用は、工程全体のコストを大きく低下させることができる。固液分離工程で液相として回収された[Bmim][OAc]は、再び、浸透工程に供給して用いることもできる。また、再利用工程は、洗浄工程で回収した[Bmim][OAc]を合わせて利用することもできる。洗浄工程では、[Bmim][OAc]をその親溶媒に溶解した状態で含有しているため、浸透工程への再利用にあたっては、適宜親溶媒を除去あるいは分離されることが好ましい。
【0045】
(前処理されたセルロース含有材料)
本明細書の開示によれば、セルロース含有材料に、[Bmim][OAc]を浸透処理させて得られる、酵素処理用のセルロース含有材料が提供される。この材料によれば、セルラーゼ処理に適した状態に、セルロースの構造が緩和されているため、効果的にセルラーゼ糖化が可能となっている。浸透は、すでに説明した浸透工程と同様に処理されることが好ましい。また、すでに説明した固液分離工程と同様の処理がなされていてもよい。本明細書に開示される前処理されたセルロース含有材料は、[Bmim][OAc]を含有するとともに、結晶性の低下したセルロースを備えていることを特徴としている。
【0046】
(セルロース含有材料の分解産物の生産方法)
本明細書の開示によれば、図2に示すように、前記浸透工程と、セルロース含有材料中のセルロースをセルラーゼを用いて分解する工程と、を備えるセルロース含有材料の分解産物の生産方法が提供される。本明細書に開示される生産方法によれば、セルロース含有材料中のセルロースは、[Bmim][OAc]によりセルラーゼによる分解に適した状態に緩和され、セルラーゼに暴露されやすい状態となっているため、セルラーゼにより効率的に分解される。また、セルロース含有材料中に[Bmim][OAc]が残留保持されていたとしても、酵素反応への悪影響が回避又は抑制されているため、[Bmim][OAc]の除去を高精度に行う必要がないため、工程を簡略化できる。
【0047】
本明細書に開示されるセルロース分解産物の生産方法における浸透工程は、本明細書に開示される処理方法において説明した各種の態様をそのまま適用することができる。また、適宜、固液分離工程、洗浄工程及び再利用工程を実施してもよい。なお、セルロースの分解産物としては、セルロースの低分子化されたものであればよい。より具体的には、最終分解産物であるグルコースのほか、セロビオース及びセロオリゴ糖が挙げられる。
【0048】
(セルロース分解工程)
セルロース分解工程は、セルラーゼを用いてセルロース含有材料中のセルロースを分解する。セルラーゼは、セルロースをグルコースにまで加水分解するのに作用する各種の酵素の総称である。セルラーゼとしては、狭義には、β1,4−エンドグルカナーゼ(EC3.2.1.4)、グルカン1,4−βグルコシダーゼ(EC3.2.1.74)、セルロース1,4−βセロビオシダーゼ(EC3.2.1.91)、βグルコシダーゼ(EC3.2.1.21)等が挙げられる。また、セルラーゼは、天然由来であっても人工的に改変されたものであってもよい。天然由来のものとしては、特に限定しないが、Trichoderma属又はAspergillus属由来のセルラーゼなどを好ましく用いることができる。また、70℃以上で高い活性を示し、90℃から100℃でも活性を維持する耐熱性セルラーゼを用いることもできる。例えば、Pyrococcus属に代表される超好熱性古細菌由来のセルラーゼであってもよい。本発明においては、上記した狭義のセルラーゼを1種類又は2種類以上を組み合わせて用いることができる。異種のセルラーゼでなく、同種であっても2種類以上組み合わせてもよい。また、由来の異なるセルラーゼを組み合わせて用いることもできる。また、セルラーゼは、適当な担体に保持された形態であってもよい。
【0049】
また、セルロース分解工程では、植物細胞壁においてセルロースと複合体を形成しているヘミセルロースを分解する酵素を用いることもできる。ヘミセルロースとしては、キシラン、マンナン、グルコマンナン等が挙げられる。ヘミセルロースの分解酵素としては、キシラナーゼ等が挙げられ、こうした酵素は、上記のTrichoderma属、Aspergillus属等のセルロース分解性微生物に由来するものであってもよい。また、Pyrococcus属に代表される超好熱性古細菌由来のセルラーゼなどの好熱性セルラーゼであってもよい。
【0050】
浸透処理後のセルロース含有材料に対しては、[Bmim][OAc]の効率的な回収及び再利用の観点から、固液分離を実施後のセルロース含有材料にセルラーゼを供給し分解工程を実施することが好ましい。
【0051】
浸透処理後のセルロース含有材料には、緩和されたセルロース又はセルロース含有マトリックス中に[Bmim][OAc]が保持されている。洗浄工程を実施しない固液分離後であっても、セルロース又はセルロース含有マトリックス中には[Bmim][OAc]が保持されたままとなっているといえる。こうした状態のセルロースに対してセルラーゼによる分解を実施しても、[Bmim][OAc]のセルラーゼへの悪影響が抑制されているか、あるいはBmim][OAc]によるセルロースの構造緩和によるセルラーゼのアタック性向上効果が、[Bmim][OAc]のセルラーゼへの悪影響を上回っていると考えられる。固液分離後であっても、[Bmim][OAc]はセルロース又はセルロース含有マトリックス中に保持されていると考えられる。したがって、本セルロース分解工程は、洗浄工程を実施しない場合には、[Bmim][OAc]の存在下に、セルロース含有材料中のセルロースをセルラーゼで分解する工程であるといえる。
【0052】
また、セルラーゼは、セルロース含有材料に対する貧溶媒であってセルロースの分解産物に対する親溶媒である溶媒の存在下に、セルロース含有材料に接触されることが好ましい。こうした溶媒を用いることで、セルロース分解産物を溶媒である液相に確保できるとともに、セルロース含有材料中の未分解部分や本来的にセルラーゼでは分解不能な残渣(例えば、リグニン等)を固相に保持することができる。
【0053】
こうした溶媒としては、通常親水性溶媒を用いることができる。また、親水性溶媒は、用いるセルラーゼの至適pHを含む酵素活性に適したpH範囲に一致する範囲に緩衝能を有する緩衝液を用いることが好ましい。一般的なセルラーゼの典型的な好適pHは4〜6程度であるため、例えば、クエン酸緩衝液(クエン酸及びクエン酸ナトリウム)、酢酸緩衝液(酢酸−酢酸ナトリウム)、クエン酸−リン酸緩衝液(クエン酸−リン酸二水素ナトリウム)等が挙げられる。こうした緩衝液の濃度やpHを適宜調製して、親水性溶媒相のpHを4以上6以下、より確実には、4.0以上6.0以下となるように設定することが好ましい。なお、疎水性イオン液体の特性の変動によるpHシフトやpH変動の酵素活性及び分解効率への悪影響を抑制又は回避するためにも十分なpH調整能力のある親水性溶媒を用いることが好ましい。親水性溶媒には、適切な塩濃度を形成するための酸、アルカリあるいは塩類が含まれていてもよい。酵素反応に必要な金属イオンを含めることもできる。
【0054】
セルラーゼによるセルロース分解のための温度や時間は特に限定されない。セルラーゼの種類にもよるが、通常、30℃〜70℃程度、好ましくは35℃〜45℃程度で、pH2以上6以下程度とし、数時間から数十時間程度実施する。好熱性セルラーゼを用いる場合は、70℃以上100℃以下であってもよい。
【0055】
本セルロース分解工程によれば、[Bmim][OAc]によりセルロースマトリックスの構造が緩和されかつ一部が親水性溶媒との界面に露出されているため、セルラーゼがセルロースを攻撃しやすくなっており、親水性溶媒中のセルラーゼがセルロースを効率的に分解することができる。そして、分解の結果得られるグルコースなどセルロースの低分子化物(二糖やオリゴ糖を含む分解産物)は、親水性溶媒に溶解し、親水性溶媒から回収することができる。また、セルロースの低分子化に伴って、新たなセルラーゼのアクセス箇所が親水性媒体に露出されるため、セルラーゼによる分解が促進される。本法によれば、[Bmim][OAc]が親水性イオン液体であるために、セルロース含有材料中のセルロースは、セルラーゼが存在する親水性媒体に露出されやすくなっているからである。また、中間分解産物は、親水性溶媒でセルラーゼによってさらに低分子化される。一方、ヘミセルロース(ヘミセルラーゼを用いる場合を除く)やリグニンなどのセルロース含有材料由来のセルラース以外の炭素源は固相として親水性媒体中に残存される。
【0056】
以上のことから、セルロース分解工程の実施により、親水性溶媒中に、固相としてのセルラーゼ分解残渣と、溶質としてのセルロース分解産物が得られることになる。
【0057】
(セルロース分解産物の回収工程)
セルロース分解工程の実施後は、適宜、セルロース分解産物の回収工程を実施すればよい。親水性溶媒相を適当な固液分離手段で回収することで、セルロース分解産物を分解残渣と容易に分離できる。回収した親水性溶媒相は、[Bmim][OAc]を固液分離後に分解工程に供されたセルロース含有材料であれば、十分に[Bmim][OAc]の濃度が低減されたものとなっているため、そのまま、たとえば後段で説明する有用物質の生産方法における発酵工程等に利用できる。また、必要に応じて濃縮されてもよい。なお、親水性溶媒相にはセルラーゼが含まれているが、セルラーゼを固相に固定化して用いる等により、公知の方法でセルラーゼの分離回収も可能である。
【0058】
(非セルロース画分の回収工程)
セルロース分解工程実施後の親水性溶媒中の固相残渣を固液分離して回収することもできる。回収した固相は、セルラーゼによる分解残渣であり、セルロース含有材料中の非セルロース画分(典型的にはリグニンであり、ヘミセルラーゼを用いない場合には、ヘミセルロースも含まれる。)を回収できる。この残渣を、芳香族系高分子であるリグニンを高率で含有しており、かつ、過度な縮合等が抑制されているため、多種の用途に利用が可能である。また、リグニンを分解する酵素と接触させることで、フェノール系化合物を得ることもできる。さらに、この固相残渣に、セルロースを含有する場合には、再度、セルラーゼと接触させてセルロース分解工程を繰り返し実施して、セルロースの利用率を向上させることができる。
【0059】
以上説明したように、本明細書に開示されるセルロース分解産物の生産方法によれば、用いた[Bmim][OAc]及びセルロース分解産物の回収等が容易なより実用的なセルロース含有材料の利用が可能となる。なお、本明細書に開示される実施形態の典型例を図4に示す。上段は、[Bmim][OAc]が通液可能な通液部(フィルター)を少なくとも一部に有する容器にリグノセルロース等の実バイオマスを収容して、[Bmim][OAc]に浸漬して浸透工程を実施し、その後、[Bmim][OAc]から容器を取り出すとともに処理後の実バイオマスを加圧することにより。実バイオマスと[Bmim][OAc]との固液分離工程を実施し、その後、容器内の実バイオマスから[Bmim][OAc]をさらに除去する洗浄工程を実施し、その後、容器ごとセルロース分解工程を実施する形態を示す。また、下段は、上段の工程群から洗浄工程を省略した形態を示す。
【0060】
(有用物質の生産方法)
本明細書に開示される有用物質の生産方法は、上記したセルロースの分解産物の生産方法によって得られるセルロース分解産物を含む炭素源を用いて酵母などの微生物の発酵によって有用物質を生産する工程(以下、単に発酵工程ともいう。)を備えることができる。この生産方法によれば、セルロース含有材料から効率的に分解回収されたセルロース分解産物を用いることで、全体としての製造コストを低減することができる。
【0061】
本明細書に開示される有用物質の生産方法は、既に説明した浸透工程、セルロース分解工程及び発酵工程を備える形態を採ることができる。炭素源としては、セルロース分解産物の生産方法におけるセルロース分解工程で得られたセルロース分解産物を用いる。本生産方法において用いるセルロース分解産物は、セルロース分解工程後の親水性溶媒相、その濃縮物、又は親水性溶媒相から分離回収されたものであってもよい。上述したように親水性溶媒相は、[Bmim][OAc]の含有量が十分に低減されている場合、そのままであっても発酵工程に供することができる。したがって、例えば、セルロース分解工程後の親水性溶媒相等を発酵用の培地の一部として用いることができる。なお、発酵工程に先立って、非セルロース画分の回収工程を実施してもよいが、発酵工程後に、非セルロース画分の回収工程を実施することもできる。
【0062】
発酵工程で用いる微生物は、特に限定しないで、セルロースの分解産物を資化可能であって生産しようとする有用物質の種類に応じて適宜選択される。セルロース分解産物は、グルコースが主であるが、分解工程の実施態様によっては、二糖、オリゴ糖、ヘミセルロース由来のキシラン等であってもよい。例えば、酵母やカビなどの真菌類や大腸菌等の微生物が挙げられる。微生物は、野生型であってもよいし、遺伝子工学的技術等によって人為的にセルロース分解産物を効率的に資化可能に改変されたり、有用物質を生産可能に改変されたりしたものであってもよい。典型的には、エタノールを生産する酵母などの微生物が挙げられる。また、有機酸を生産する酵母や乳酸菌であってもよい。
【0063】
発酵工程は、用いる微生物の種類や生産しようとする有用物質に応じて実施すればよい。発酵のための培養は、静置培養、振とう培養または通気攪拌培養等を用いることができる。通気条件は、嫌気条件下、微好気条件下及び好気条件等、適宜選択することができる。培養温度も、特に限定しないが、25℃〜55℃等の範囲とすることができる。また、培養時間も必要に応じて設定されるが、数時間〜150時間程度とすることができる。また、pHの調整は、無機あるいは有機酸、アルカリ溶液等を用いて行うことができる。培養中は、必要に応じてアンピシリン、テトラサイクリンなどの抗生物質を培地に添加することができる。なお、変換工程終了後、培養液から微生物を除去してエタノール等の有用物質含有画分を回収する工程、さらにこれを濃縮する工程を実施してもよい。
【0064】
有用物質としては特に限定しないが、グルコースを利用して微生物が生成可能なものが好ましい。例えば、エタノール、プロパノール、イソプロパノール、ブタノール、イソブタノール等の低級アルコール、イソプレノド合成経路の追加によるファインケミカル(コエンザイムQ10、ビタミン及びその原料等)、乳酸等の有機酸、解糖系の改変によるグリセリン、プラスチック・化成品原料など、バイオリファイナリー技術が対象とする材料が挙げられる。
【0065】
以上説明したように、本明細書に開示される有用物質の生産方法によれば、従来に比してより効率的に得られたセルロース分解産物を利用するため、有用物質の生産コストを効果的に低減することができる。
【実施例】
【0066】
以下、本発明を、実施例を挙げて具体的に説明するが、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。
【実施例1】
【0067】
(バイオマス処理に最適なイオン液体の選抜)
4種類のイオン液体1.0gをバイアル瓶に採取し、これに30mgのバイオマス試料を加えた。バイオマスとしては、カッターミルで破砕処理した粒径250μmスギとユーカリ粉末を使用した。これを120℃にて1時間処理し、15mlの滅菌水にて洗浄した。処理試料にクエン酸緩衝液(pH5.0)9.9mlを添加した後、セルラーゼ混合溶液0.1mlを添加した。本試料を40℃にて、糖化反応を実施した。
【0068】
イオン液体としては、1-Ethyl-3-methylimidazolium diethylphosphate(以下、[Emim][DEP]と称す)、2-Hydroxyethyl-trimethylammonium acetate (以下、[Cholin][OAc]と称す)、1-Ethyl-3-methylimidazolium Acetate (以下、[Emim][OAc]と称す) 1-Butyl-3-methylimidazolium acetate (以下、[Bmim][OAc]と称す)を使用した。なお、それぞれの構造式を以下に示す。
【0069】
【化2】
【0070】
糖化反応におけるセルラーゼ混合溶液は、Treichoderma reeseiATCC26921からなるNovozyme-Celluclast (Sigma-Aldrich) と Aspergillus nigerからなるNovozyme 188 (Sigma-Aldrich) を5:1の割合で混合させたものを、6FPU/gバイオマスになるよう添加した。
【0071】
糖化反応の試料より、3,8,24,48,72時間後にサンプリングし、溶液中のグルコース濃度を測定した。グルコース濃度の測定には、バイオセンサBF−5(王子計測機器)を用い、操作の詳細は付属のプロトコールに従った。得られたグルコース濃度をもとに、各バイオマス中に含有されるセルロースを100とした場合の糖への変換効率(糖化率)を、以下の計算式に従って算出した。
グルコース変換効率 (%) = [produced glucose] / [glucose units in cellulose]×100
【0072】
各バイオマスあたりにおける変換効率の72時間時点でのグラフを図5にまとめた。比較の結果、スギやユーカリといったハード系バイオマスの糖化に、[Bmim][OAc]が適していることが確認された。なお、独立した同様の試験を3回実施したが、いずれも同様の結果になった。
【実施例2】
【0073】
(バイオマス処理に最適なイオン液体の選抜(バイオマス粒径の検討))
バイオマスの粒径を大きくした場合におけるイオン液体の処理検討を実施した。イオン液体としては、[Emim][OAc] 、[Bmim][OAc]を使用した。すなわち、2種類のイオン液体1.0gをバイアル瓶に採取し、これに30mgのバイオマス試料を加えた。バイオマスとしては、カッターミルで破砕処理した粒径4mmのスギとユーカリ粉末を使用した。これを120℃にて1時間処理し、15mlの滅菌水にて洗浄した。処理試料にクエン酸緩衝液(pH5.0)9.9mlを添加した後、セルラーゼ混合溶液0.1mlを添加した。本試料を40℃にて、糖化反応を実施した。
【0074】
糖化反応におけるセルラーゼ混合溶液は、Treichoderma reeseiATCC26921からなるNovozyme-Celluclast (Sigma-Aldrich) と Aspergillus nigerからなるNovozyme 188 (Sigma-Aldrich) を5:1の割合で混合させたものを、6FPU/gバイオマスになるよう添加した。
【0075】
糖化反応の試料より、3,8,24,48,72時間後にサンプリングし、溶液中のグルコース濃度を測定した。グルコース濃度の測定には、バイオセンサBF−5(王子計測機器)を用い、操作の詳細は付属のプロトコールに従った。得られたグルコース濃度をもとに、各バイオマス中に含有されるセルロースを100とした場合の糖への変換効率を、以下の計算式に従って算出した。
グルコース変換効率 (%) = [produced glucose] / [glucose units in cellulose]×100
【0076】
各バイオマスあたりにおける変換効率の72時間時点でのグラフを図6にまとめた。比較の結果、スギやユーカリといったハード系バイオマスの糖化に、[Bmim][OAc]が適していることが確認された。なお、独立した同様の試験を3回実施したが、いずれも同様の結果になった。
【実施例3】
【0077】
(洗浄工程の除去した簡易プロセスでの検討)
イオン液体[Emim][DEP]50gをビーカーに採取し、これに300mgのバイオマス試料を加えた。バイオマスとしては、カッターミルで破砕処理した粒径4mmのバガス粉末を使用し、これを茶越しに添加させた。本試料を、120℃にて1時間処理させた後、茶越しをそのまま、セルラーゼ混合溶液0.1mlを含有させたクエン酸緩衝液(pH5.0)50mlに添加した。本試料を40℃にて、糖化反応を実施した。
【0078】
糖化反応におけるセルラーゼ混合溶液は、Treichoderma reeseiATCC26921からなるNovozyme-Celluclast (Sigma-Aldrich) と Aspergillus nigerからなるNovozyme 188 (Sigma-Aldrich) を5:1の割合で混合させたものを、6FPU/gバイオマスになるよう添加した。
【0079】
糖化反応の試料より、0,2,4,6,22,24,26,30,48,118時間後にサンプリングし、溶液中のグルコース濃度を測定した。グルコース濃度の測定には、バイオセンサBF−5(王子計測機器)を用い、操作の詳細は付属のプロトコールに従った。得られたグルコース濃度をもとに、各バイオマス中に含有されるセルロースを100とした場合の糖への変換効率を、以下の計算式に従って算出した。
グルコース変換効率 (%) = [produced glucose] / [glucose units in cellulose]×100
【0080】
各バイオマスあたりにおける変換効率の経時変化を図7にまとめた。その結果、洗浄工程を省いた簡易プロセスであっても、糖化が進行し、80%と高い糖化効率を示すことがわかった。
【実施例4】
【0081】
([Bmim][OAc]と同様のカチオンを保有するイオン液体での検討)
5種類のイオン液体1.0gをバイアル瓶に採取し、これに30mgのバイオマス試料を加えた。バイオマスとしては、カッターミルで破砕処理した粒径250μmのスギとユーカリ粉末を使用した。これを120℃にて1時間処理し、15mlの滅菌水にて洗浄した。処理試料にクエン酸緩衝液(pH5.0)9.9mlを添加した後、セルラーゼ混合溶液0.1mlを添加した。本試料を40℃にて、糖化反応を実施した。
【0082】
イオン液体としては、1-Butyl-3-methylimidazolium 2(2-methoxyethoxy)ethylsulfate (以下、[Bmim][MEES]と称す)、1-Butyl-3-methylimidazolium iodide (以下、[Bmim][I]と称す)、1-Butyl-3-methylimidazolium trifluoroacetate (以下、[Bmim][CF3CO2]と称す) 1-Butyl-3-methylimidazolium chloride (以下、[Bmim][Cl]と称す) [Bmim][OAc]を使用した。なお、それぞれの構造式を以下に示す。
【0083】
【化3】
【0084】
糖化反応におけるセルラーゼ混合溶液は、Treichoderma reeseiATCC26921からなるNovozyme-Celluclast (Sigma-Aldrich) と Aspergillus nigerからなるNovozyme 188 (Sigma-Aldrich) を5:1の割合で混合させたものを、6FPU/gバイオマスになるよう添加した。
【0085】
糖化反応の試料より、0,3,8,24,48,72時間後にサンプリングし、溶液中のグルコース濃度を測定した。グルコース濃度の測定には、バイオセンサBF−5(王子計測機器)を用い、操作の詳細は付属のプロトコールに従った。得られたグルコース濃度をもとに、各バイオマス中に含有されるセルロースを100とした場合の糖への変換効率を、以下の計算式に従って算出した。
グルコース変換効率 (%) = [produced glucose] / [glucose units in cellulose]×100
【0086】
各バイオマスあたりにおける変換効率の72時間時点でのグラフを図8にまとめた。比較の結果、カチオンが同様に[Bmim]であっても糖化効率は様々で、特に[Bmim][OAc]が優れていることが確認された。なお、独立した同様の試験を2回実施したが、いずれも同様の結果になった。
【実施例5】
【0087】
5種類のイオン液体各1.0gをバイアル瓶に採取し、これに30mgのバイオマス試料を加えた。バイオマスとしては、カッターミルで破砕処理した粒径150μmのユーカリ粉末を用いた。これを120℃にて30分間処理し、15mlの滅菌水にて洗浄した。メンブレンフィルターにてろ過して得られたバイオマス試料をバイアル瓶に採取した。本試料にクエン酸緩衝液(pH5.0)9.9mlを添加したのち、セルラーゼ混合溶液0.1mlを添加した。これを40℃にて糖化反応を実施した。
【0088】
イオン液体としては、[Bmin][OAc]に加えて以下の5種類を用いた。なお、それぞれの構造式を以下に示す。
1-Allyl-3-methylimidazolium acetate(以下、[Amim][OAc]と称す)
1-Ethyll-3-methylimidazolium acetate(以下、[Emim][OAc]と称す)
1-Allyl-3-methylimidazolium cloride(以下、[Amim][Cl]と称す)
1-Ethyl-3-methylimidazolium cloride(以下、[Emim][Cl]と称す)
1-Buthyl-3-methylimidazolium cloride(以下、[Bmim][Cl]と称す)
【0089】
【化4】
【0090】
糖化反応におけるセルラーゼ混合溶液は、Trichoderma reesei ATCC26921からなるNovozyme-Celluclast(Sigma-Aldrich)とAspergillus nigerからなるNovozyme188(Sigma-Aldrich)を5:1の割合で混合したものを6FPU/gバイオマスとなるよう添加した。
【0091】
糖化反応の試料より72時間後にサンプリングし、溶液中のグルコース濃度を測定した。グルコース濃度の測定には、バイオセンサBF−5(王子計測機器)を用い、操作の詳細は、付属のプロトコールに従った。得られたグルコース濃度をもとに、バイオマス中に含有するセルロースを100とした場合の糖への変換効率を、実施例1と同様にして算出した。
【0092】
バイオマスあたりにおける変換効率の72時間時点でのグラフを図9に示す。図9に示すように、いずれのイオン液体を用いても、[Bmin][OAc]による変換効率(78.3%)に到達することはなく、[Bmin][OAc]の変換効率への寄与が特に大きいことがわかった。以上のことからも、スギやユーカリといったハード系(木質系)バイオマスの糖化には、[Bmin][OAc]が適していることがわかった。
【実施例6】
【0093】
(前処理の最適化)
2種類の各イオン液体([Emim][OAc]と[Bmim][OAc])各1.0gをバイアル瓶に採取し、これに30mgのバイオマス試料を加えた。バイオマスとしては、カッターミルで破砕処理した粒径250μm及び150μmのユーカリ粉末を使用した。これを120℃にて30分及び1時間それぞれ処理し、15mlの滅菌水にて洗浄した。処理試料にクエン酸緩衝液(pH5.0)9.9mlを添加した後、セルラーゼ混合溶液0.1mlを添加した。本試料を40℃にて、糖化反応を実施した。なお、それぞれn=3で試験した。
【0094】
糖化反応におけるセルラーゼ混合溶液は、実施例1と同様の混合溶液を同様量加えた。また、糖化反応(72時間)及びグルコースへの変換効率(72時間時点)の算出も実施例1と同様に実施した。結果を図10に示す。
【0095】
図10に示すように、実施例2において、粒径4mmのバイオマスでは大幅な糖化効率の低下が観察されたが、粒径250μm及び150μmでは大きな差がないことが確認された。また前処理時間についても、120℃での反応においては、30分処理、120分処理に差がないことが認められた。
【特許請求の範囲】
【請求項1】
セルロース含有材料の処理方法であって、
以下の工程(a):
(a)前記セルロース含有材料とイオン液体1−ブチル−3−メチルイミダゾリウム アセテートとを接触させて前記セルロース含有材料中に前記イオン液体を浸透させる工程、
を備える、方法。
【請求項2】
前記セルロース含有材料は、
前記工程(a)は、前記セルロース含有材料及び前記イオン液体を加熱することを含む、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
さらに、前記工程(a)の後、以下の工程(b):
(b)前記セルロース含有材料と前記イオン液体とを固液分離する工程、
を備える、請求項1又は2に記載の方法。
【請求項4】
さらに、前記工程(b)の後、以下の工程(c):
(c)前記セルロース含有材料を前記イオン液体の親溶媒で洗浄する工程、
を備える、請求項3に記載の方法。
【請求項5】
さらに、前記工程(b)の後、以下の工程(d):
(d)前記セルロース含有材料から分離された前記イオン液体を回収し、前記工程(a)に供給する工程、
を備える、請求項3又は4に記載の方法。
【請求項6】
前記セルロース含有材料は、木質系バイオマスである、請求項1〜5いずれかに記載の方法。
【請求項7】
セルロース分解産物の生産方法であって、
以下の工程(a)及び(e):
(a)セルロース含有材料とイオン液体1−ブチル−3−メチルイミダゾリウム アセテートとを接触させて前記セルロース含有材料中に前記イオン液体を浸透させる工程、
(e)前記セルロース含有材料中のセルロースをセルラーゼで用いて分解する工程、
を備える、方法。
【請求項8】
前記工程(e)は、前記セルロース含有材料から前記イオン液体を固液分離後に、前記セルロース含有材料に対する貧溶媒であって前記セルロースの分解産物に対する親溶媒に含まれる前記セルラーゼで前記セルロースを分解する工程である、請求項7に記載の方法。
【請求項9】
さらに、前記工程(e)の後、以下の工程(f):
(f)前記セルラーゼによる分解残渣を固液分離して前記セルロース含有材料中の非セルロース画分を回収する工程、
を備える、請求項7又は8に記載の方法。
【請求項10】
有用物質の生産方法であって、
以下の工程(a)、(e)及び(g):
(a)セルロース含有材料とイオン液体1−ブチル−3−メチルイミダゾリウム アセテートとを接触させて前記セルロース含有材料中に前記イオン液体を浸透させる工程、
(e)前記セルロース含有材料中のセルロースをセルラーゼで用いて分解する工程、
(g)前記工程(e)で得られたセルロース分解産物を含む炭素源を用いて微生物の発酵により前記有用物質を生産する工程、
を備える、方法。
【請求項11】
酵素処理用セルロース含有材料であって、
セルロース含有材料にイオン液体1−ブチル−3−メチルイミダゾリウム アセテートを浸透させて得られる、材料。
【請求項1】
セルロース含有材料の処理方法であって、
以下の工程(a):
(a)前記セルロース含有材料とイオン液体1−ブチル−3−メチルイミダゾリウム アセテートとを接触させて前記セルロース含有材料中に前記イオン液体を浸透させる工程、
を備える、方法。
【請求項2】
前記セルロース含有材料は、
前記工程(a)は、前記セルロース含有材料及び前記イオン液体を加熱することを含む、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
さらに、前記工程(a)の後、以下の工程(b):
(b)前記セルロース含有材料と前記イオン液体とを固液分離する工程、
を備える、請求項1又は2に記載の方法。
【請求項4】
さらに、前記工程(b)の後、以下の工程(c):
(c)前記セルロース含有材料を前記イオン液体の親溶媒で洗浄する工程、
を備える、請求項3に記載の方法。
【請求項5】
さらに、前記工程(b)の後、以下の工程(d):
(d)前記セルロース含有材料から分離された前記イオン液体を回収し、前記工程(a)に供給する工程、
を備える、請求項3又は4に記載の方法。
【請求項6】
前記セルロース含有材料は、木質系バイオマスである、請求項1〜5いずれかに記載の方法。
【請求項7】
セルロース分解産物の生産方法であって、
以下の工程(a)及び(e):
(a)セルロース含有材料とイオン液体1−ブチル−3−メチルイミダゾリウム アセテートとを接触させて前記セルロース含有材料中に前記イオン液体を浸透させる工程、
(e)前記セルロース含有材料中のセルロースをセルラーゼで用いて分解する工程、
を備える、方法。
【請求項8】
前記工程(e)は、前記セルロース含有材料から前記イオン液体を固液分離後に、前記セルロース含有材料に対する貧溶媒であって前記セルロースの分解産物に対する親溶媒に含まれる前記セルラーゼで前記セルロースを分解する工程である、請求項7に記載の方法。
【請求項9】
さらに、前記工程(e)の後、以下の工程(f):
(f)前記セルラーゼによる分解残渣を固液分離して前記セルロース含有材料中の非セルロース画分を回収する工程、
を備える、請求項7又は8に記載の方法。
【請求項10】
有用物質の生産方法であって、
以下の工程(a)、(e)及び(g):
(a)セルロース含有材料とイオン液体1−ブチル−3−メチルイミダゾリウム アセテートとを接触させて前記セルロース含有材料中に前記イオン液体を浸透させる工程、
(e)前記セルロース含有材料中のセルロースをセルラーゼで用いて分解する工程、
(g)前記工程(e)で得られたセルロース分解産物を含む炭素源を用いて微生物の発酵により前記有用物質を生産する工程、
を備える、方法。
【請求項11】
酵素処理用セルロース含有材料であって、
セルロース含有材料にイオン液体1−ブチル−3−メチルイミダゾリウム アセテートを浸透させて得られる、材料。
【図1】
【図2】
【図3】
【図9】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図10】
【図2】
【図3】
【図9】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図10】
【公開番号】特開2011−50950(P2011−50950A)
【公開日】平成23年3月17日(2011.3.17)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−177318(P2010−177318)
【出願日】平成22年8月6日(2010.8.6)
【出願人】(000003609)株式会社豊田中央研究所 (4,200)
【出願人】(000003207)トヨタ自動車株式会社 (59,920)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成23年3月17日(2011.3.17)
【国際特許分類】
【出願日】平成22年8月6日(2010.8.6)
【出願人】(000003609)株式会社豊田中央研究所 (4,200)
【出願人】(000003207)トヨタ自動車株式会社 (59,920)
【Fターム(参考)】
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