説明

セレン還元菌の検出方法及びそのための培地

【課題】特別な機器を用いることなく、簡便にセレン還元菌の検出を行うことができ、しかも多数の試料を処理できるセレン還元菌の検出方法及びそのための微生物の培養に使用する培地を提供すること。
【解決手段】 微生物を含む試料をセレン酸イオン、硝酸イオン、微生物が水素供与体として利用可能な有機物及び鉄イオンを含有する培地に接種して培養し、赤〜赤褐色の沈殿物の生成の有無を観察することを特徴とするセレン還元菌の検出方法及びその方法を用いるセレン還元能を有する微生物のスクリーニング方法並びにセレン酸イオン、硝酸イオン、微生物が水素供与体として利用可能な有機物及び鉄イオンを含有してなることを特徴とするセレン還元菌検出用培地。

【発明の詳細な説明】
【0001】
【発明の属する技術分野】本発明は石炭火力発電所、半導体製造工場又は硝子製造工場の排水等、セレンを含む排水の処理に利用するセレン還元菌の検出及びスクリーニング方法並びにこれらの方法で使用する培地に関する。
【0002】
【従来の技術】排水中のセレンは主としてセレン酸又は亜セレン酸として存在しており、セレン還元菌(セレン還元能を有する微生物)の働きにより下記の式(1)及び(2)の反応で還元されると推測されている。
【化1】
SeO42- + 2H+ → SeO32- + H2 O (1)
SeO32- + 4H+ → Se0 + 2H2 O (2)
式(1)及び(2)においてセレンの還元に必要な水素は有機化合物の分解によって供与される。このためこれらの有機化合物は水素供与体と呼ばれる。
【0003】セレンは有害物質であるため、排水処理施設においては排水中のセレンの挙動を監視する必要がある。例えば、排水処理装置内にセレン還元菌が存在するとその作用によりセレン酸が還元され、不溶性の亜セレン酸塩又は金属セレンとして装置内に蓄積する場合がある。従って、排水処理施設でのセレンの挙動監視においてはセレン還元菌の影響を確認するため、その存在を確認しておく必要がある。一方、排水中からセレンを除去することを考えた場合、従来の物理化学的方法では亜セレン酸及び金属セレンの除去は可能であるが、溶解度の高いセレン酸の除去は困難である。これに対して、セレン還元菌を利用することにより、除去の困難なセレン酸を亜セレン酸又は金属セレンに還元させることが可能である。この手法を効率よく行わせるためには、還元能の強いセレン還元菌をスクリーニングする必要がある。試料中にセレン還元菌が存在し、式(1)又は(2)の反応が進行していることを確認するためにはイオンクロマトグラフ、原子吸光分析、ICP発光分析等によりセレンの状態分析を行う必要があり、大量の試料の処理や機器のない場所でのセレン還元菌の検出は困難である。
【0004】
【発明が解決しようとする課題】本発明は上記従来の技術水準に鑑み、特別な機器を用いることなく、簡便にセレン還元菌の検出を行うことができ、しかも多数の試料を処理できるセレン還元菌の検出方法及びそのための微生物の培養に使用する培地を提供することを目的とする。
【0005】
【課題を解決するための手段】本発明者らは排水中のセレンに対する微生物の作用について種々検討の結果、排水中のセレンが還元される際に鉄イオン(2価又は3価の鉄イオン)が存在すると赤〜赤褐色の沈殿が生じるためセレン還元菌の存在が確認できることを見出し、本発明を完成した。
【0006】
【発明の実施の形態】本発明は(1)微生物を含む試料をセレン酸イオン、硝酸イオン、微生物が水素供与体として利用可能な有機物及び鉄イオンを含有する培地に接種して培養し、赤〜赤褐色の沈殿物の生成の有無を観察することを特徴とするセレン還元菌の検出方法、(2)微生物を含む試料からセレン還元菌を含む試料を選別するに当たり、前記(1)の検出方法を用いることを特徴とするセレン還元能を有する微生物のスクリーニング方法、及び(3)セレン酸イオン、硝酸イオン、微生物が水素供与体として利用可能な有機物及び鉄イオンを含有してなることを特徴とするセレン還元菌検出用培地である。
【0007】本発明の培地はセレン酸イオン、硝酸イオン、微生物が水素供与体として利用可能な有機物及び2価又は3価の鉄イオンを含有することを特徴とする。本発明において微生物が水素供与体として利用可能な有機物としては、通常、脱窒菌の水素供与体として用いられている有機化合物が使用でき、具体的な例としてはメタノール、エタノールなどのアルコール類、蟻酸、酢酸などの有機酸類、グルコース、サッカロース等の糖類などが挙げられる。なお、これらの有機物の添加量は特に規制する必要はなく、通常の菌の培養の場合と同程度の量とすれば十分である。
【0008】培地中のセレン酸イオンの濃度は2ppm以上とするのが好ましい。2ppm未満では沈殿の量が少なく、肉眼での観察が難しくなる。また、培地に添加する鉄イオンの濃度は10ppm〜1000ppmの範囲が好ましく、使用できる鉄化合物としては塩化鉄、クエン酸鉄、酢酸鉄、キレート鉄などが挙げられる。鉄イオン濃度が10ppm未満では色の変化の識別が難しく、1000ppmを超えると鉄の色が観察を妨害するおそれがある。本発明の培地の組成の1例を表1に示す。
【0009】
【表1】
表 1

【0010】このような培地を用いてセレン還元菌を検出する方法は、例えば次のようにして行うことができる。微生物を含む試料を無菌水、または無菌生理食塩水を用いて10倍〜1000倍に希釈し、試験サンプルとする。この試験サンプルの1ミリリットルを、滅菌した前記組成のセレン還元菌検出用培地10ミリリットルに接種し、20〜37℃で1〜7日間静置培養する。培養後、培養液の色調の変化を観察することにより、セレン還元能の有無を判定する。本発明のセレン還元菌検出用培地を用いることにより、特別な機器を用いることなく、簡便に、多数の試料中のセレン還元菌の存在を確認することが可能である。
【0011】
【発明の実施の形態】セレン還元菌は前記培地により培養する間に硝酸イオンと有機化合物から、エネルギー、炭素、窒素を獲得し、育成する。この時、有機化合物の分解によって生じた水素を利用して式(1)及び/又は(2)の反応を行いセレンを還元する。前記式(1)の反応で生成した亜セレン酸(SeO32- )は、金属塩溶液中では、亜セレン酸塩を形成し、一般に無色の沈殿を生ずる。従って、亜セレン酸塩の沈殿を検出することにより、セレン還元菌の有無を確認することができるが、試料中に懸濁物質を含む場合、沈殿の検出は困難である。本発明においては、セレン還元菌の検出を行う際にセレン酸イオンと、硝酸イオンと、微生物が水素供与体として利用可能な有機物と、鉄(II)イオン及び/又は鉄(III)イオンを含有する培地を利用する。これにより、試料中に含まれる懸濁物質の影響を受けることなくセレン還元菌の検出を行うことができる。
【0012】すなわち、セレン還元菌の働きにより生成された亜セレン酸イオン(SeO32- )は、鉄イオン(2価鉄イオン及び/又は3価鉄イオン)の存在により、亜セレン酸鉄(FeSeO3 )又はFe2 (SeO3 3 となり、白色の沈殿を生ずる。この際に、副反応として鉄(II)イオン又は鉄(III)イオンから形成された鉄(II)化合物又は鉄(III)化合物を吸着し沈殿するため、沈殿物は赤〜赤褐色を呈する。この赤〜赤褐色の沈殿物を検出することにより、セレン還元菌の存在を確認することができる。
【0013】本発明のセレン還元菌の検出方法によれば、簡便な手法により多数の試料の処理を同時に行うことができるので、単離した微生物のセレン還元能の確認、選別を効率的に行えるようになり、セレン還元菌のスクリーニングを行うことができる。
【0014】
【実施例】表1に示した組成の培地を用いてセレン還元菌の検出試験を行った。試料として、し尿処理場(A及びB)から採取した脱窒汚泥を用いた。表1の組成の培地200ミリリットルに、試料とする汚泥を最終濃度2000mg/リットルとなるように接種し、28℃で2日間、培養した。培養後、汚泥の色を肉眼観察し、赤〜赤褐色の呈色の有無を確認した。一方、ICP発光分析法により培地中のSe6+、Se4+の濃度を定量した。これらの結果は表2に示すとおりであり、セレンの還元と共に、赤〜赤褐色の呈色が生ずることが確認できた。
【0015】
【表2】
表 2

【0016】
【発明の効果】本発明のセレン還元菌の検出方法によれば、従来検出に特別な機器を必要としたセレン還元菌の検出を、簡単な培養器具だけで容易に行うことができ、また、この検出方法を使用することにより、同時に多数の試料を処理できるのでセレン還元菌のスクリーニングに利用すると多大な効果を発揮する。なお、本発明の培地は前記方法を実施するための培地として極めて有用なものである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】 微生物を含む試料をセレン酸イオン、硝酸イオン、微生物が水素供与体として利用可能な有機物及び鉄イオンを含有する培地に接種して培養し、赤〜赤褐色の沈殿物の生成の有無を観察することを特徴とするセレン還元菌の検出方法。
【請求項2】 微生物を含む試料からセレン還元菌を含む試料を選別するに当たり、請求項1に記載した検出方法を用いることを特徴とするセレン還元能を有する微生物のスクリーニング方法。
【請求項3】 セレン酸イオン、硝酸イオン、微生物が水素供与体として利用可能な有機物及び鉄イオンを含有してなることを特徴とするセレン還元菌検出用培地。