説明

ソフトフォーカス適用装置

【課題】ソフトフォーカスを行わない場合には、入射角によるヘイズの影響を抑制して透明状態を維持し、ソフトフォーカスを行う場合には、撮影画像に与える色味の影響を抑制できるソフトフォーカス適用装置を提供する。
【解決手段】液晶とその液晶に溶解可能な硬化性化合物とを含有する液晶組成物が透明な一対の電極付き基板間に挟持され、印加する電圧に応じて、光透過状態と、光散乱状態と、光透過状態と光散乱状態との中間的な状態をとり、液晶組成物に対する硬化性化合物の総量が0.1質量%以上20質量%以下である液晶素子21が、撮像装置における撮像素子11の前部に固定的に設置される。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、撮像装置に取り付けてソフトフォーカスを容易に適用できるソフトフォーカス適用装置に関する。
【背景技術】
【0002】
撮影画像に特殊効果を与える技術が各種知られており、ソフトフォーカスもその技術の一つである。ソフトフォーカスは、撮影する際にぼかしを加えることで、柔らかな感じの画像を撮影する手法である。
【0003】
例えば、非特許文献1には、凸レンズの中心部に素通しの丸い穴が形成されたフィルタが記載されている。非特許文献1に記載されたフィルタをカメラのレンズに取り付けて撮影することで、中心部はシャープなピントの画像、その周辺部には独特のボケを含む画像が得られる。
【0004】
また、特許文献1には、各種の特殊効果撮影を行うカメラが記載されている。特許文献1に記載されたカメラでは交換レンズの前面に液晶素子を含む液晶パネルを取り付け、その液晶パネルに像を表示することで入射光の一部を散乱(遮断)させた像を撮像素子上に形成する。
【0005】
特許文献2には、ソフトフォーカスの度合いを任意に調節できるソフトフォーカスフィルタが記載されている。特許文献2に記載されたソフトフォーカスフィルタでは、フィルタを形成する液晶素子に十分に高い電圧を印加して透明状態にするとともに、印加電圧を調節して液晶素子の散乱状態を変化させる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開平6−337459号公報
【特許文献2】特開平8−62670号公報
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】ケンコー、”フィルター”、[online]、[平成22年11月19日検索]、インターネット〈URL:http://www.kenko-tokina.co.jp/imaging/filter/soft/4961607352328.html〉
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
非特許文献1に記載されたフィルタは、撮影時の目的に応じて着脱する必要があり、また、その用途に応じて多数のフィルタを用意しなければならないという課題がある。
【0009】
特許文献1に記載された方法は、TN(Twisted nematic )、STN(Super-twisted nematic )などの透過型液晶の動的散乱効果を利用するためある程度電流を流す必要があり、液晶材料の劣化が起こりやすいことやドライバーの消費電力が大きいことなどの問題点があり、実用化されてこなかった。また、特許文献2に記載されたカメラのように、レンズの前に液晶素子からなるフィルタを設ける場合、斜め方向のヘイズの影響が問題になる。
【0010】
具体的には、特許文献2に記載されたカメラには固定でフィルタが設けられているため、フィルタとして使用しない場合(すなわち、ソフトフォーカスを行わない場合)、そのフィルタには高い透過率が要求される。このとき、正面方向の透過率だけでなく、斜め方向の透過率も低下させないことが重要になる。例えば、カメラのレンズに広角レンズが用いられる場合、標準的なレンズよりも画角が広くなる。そのため、斜め方向のヘイズが生じる場合、透明状態で使用しているにもかかわらず、その斜め方向からの入射光に対してフィルタ効果が発揮されてしまうことになる。そのため、ソフトフォーカスを行わない場合には、斜めヘイズの影響を抑制できることが望ましい。
【0011】
また、ヘイズの影響を抑えるために、フィルタ自体を薄くして、入射光の分散を抑制することも考えられる。しかし、高分子分散液晶を使用する場合、低ギャップにすると液晶ドメインサイズが入射光の波長と近く、散乱光の波長依存が大きくなるため、散乱光が赤みを帯びてしまい、撮影画像に影響を与えてしまうという問題がある。
【0012】
そこで、本発明は、ソフトフォーカスを適用した撮影を行わない場合には、入射角によるヘイズの影響を抑制して透明状態を維持し、ソフトフォーカスを適用した撮影を行う場合には、撮影画像に与える色味の影響を抑制できるソフトフォーカス適用装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明によるソフトフォーカス適用装置は、撮像装置による撮影にソフトフォーカスを適用するソフトフォーカス適用装置であって、液晶とその液晶に溶解可能な硬化性化合物とを含有する液晶組成物が透明な一対の電極付き基板間に挟持され、印加する電圧に応じて、光透過状態と、光散乱状態と、光透過状態と光散乱状態との中間的な状態をとり、液晶組成物に対する硬化性化合物の総量が0.1質量%以上20質量%以下である液晶素子が、撮像装置における撮像素子の前部に固定的に設置されることを特徴とする。
【0014】
液晶素子に電圧を印加する電圧調整回路を備え、電圧調整回路は、ソフトフォーカスを適用した撮影を行うときに、光透過状態と光散乱状態との中間的な状態にする電圧を液晶素子に印加することが好ましい。
【0015】
液晶素子は、例えば、レンズを内蔵するレンズ鏡筒の前部またはレンズと撮像素子との間に固定的に設置される。また、液晶素子は、光学接合樹脂を介して撮像素子に接合されていてもよい。
【発明の効果】
【0016】
本発明によれば、ソフトフォーカスを適用した撮影を行わない場合には、入射角によるヘイズの影響を抑制して透明状態を維持し、ソフトフォーカスを適用した撮影を行う場合には、撮影画像に与える色味の影響を抑制できる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
【図1】本発明によるソフトフォーカス適用装置が搭載されたカメラを模式的に示す模式図。
【図2】液晶素子の一構成例を示す模式的断面図。
【図3】本発明において使用できる硬化性化合物の例を示す説明図。
【図4】液晶層が低ギャップの場合における分光カーブの例を示す説明図。
【図5】液晶素子に設けられる透明電極の例を示す説明図。
【図6】液晶素子の印加電圧(実効値)に対する透過率を示す説明図。
【図7】液晶素子が設置される位置の例を示す説明図。
【図8】透過状態における透過率の入射角度依存性を評価する装置の例を示す説明図。
【図9】角度ごとに算出した相対透過率の例を示す説明図。
【図10】焦点距離と対角線画角との関係を示す説明図である。
【発明を実施するための形態】
【0018】
以下、本発明の実施形態を図面を参照して説明する。
【0019】
図1は、本発明によるソフトフォーカス適用装置が搭載されたカメラを模式的に示す模式図である。
【0020】
図1に示すカメラは、カメラ本体10とレンズ鏡筒20とで構成されている。カメラ本体10にはCCD(Charge Coupled Device )イメージセンサやCMOS(Complementary Metal Oxide Semiconductor )センサによる撮像素子11が設けられている。また、ソフトフォーカス用フィルタとして機能する液晶素子21に所定の電圧を印加する電圧調整回路12と、ソフトフォーカス適用の制御を行う制御回路13とが設けられている。ここで、撮影にソフトフォーカスを適用するとは、カメラなどの撮像装置が被写体を撮影する際、撮影される被写体に対してソフトフォーカスによる効果を与えることを意味する。
【0021】
なお、制御回路13は、カメラ本体10に内蔵されているマイクロコンピュータで実現される。制御回路13は、カメラの操作者によってソフトフォーカスの調整指示がなされると、電圧調整回路12に対して調整指示を出力する。なお、操作者によるソフトフォーカスの調整指示は、カメラ本体10に設けられている操作部(図示せず)を介して行われる。
【0022】
電圧調整回路12は、制御回路13からの調整指示に応じて、後述する液晶素子21に形成されている透明電極に、ソフトフォーカス適用時の電圧を印加する。
【0023】
レンズ鏡筒20には、レンズ22が内蔵されているが、図1に示す例では、レンズ鏡筒20の前面に液晶素子21が設置されている。また、図1における破線の矢印は、電圧調整回路12から液晶素子21への配線を表しているが、その配線は、実際には、例えば、レンズ鏡筒20の内部を通過する。
【0024】
液晶素子21は、印加する電圧に応じて、光透過状態と、光散乱状態と、光透過状態と光散乱状態との中間的な状態をとることができる素子である。以下に説明するように、液晶素子21は、電圧無印加状態で光透過状態を呈し、所定の電圧が印加されると、光散乱状態を呈する。したがって、液晶素子21をカメラに固定的に設置した場合でも、ソフトフォーカスを行わない場合には電圧無印加状態にすることで液晶素子21を透明状態にし、通常の撮影を行うことが可能になる。さらに、液晶素子21は、後述する透明電極の形状等により、光散乱状態を呈する位置を変更できるものである。
【0025】
図2は、液晶素子21の一構成例を示す模式的断面図である。図2において、一対の基板101,108の相対する面には、透明電極102,107が設けられる。さらに内側には配向膜103,106が設けられる。そして、配向膜103,106の間に、液晶を含み、スペーサ(図示せず)によって厚みが制御された液晶層104が挟持される。そして、シール層105によって液晶層104が封止される。シール層105としては、透明性の高い樹脂であれば公知のどのようなものを使用することも可能である。
【0026】
基板101,108の材質は、透明性が確保できれば特に限定されない。基板101,108として、ガラス基板やプラスチック基板を使用することができる。
【0027】
また、基板101,108上に設けられる透明電極102,107として、ITO(酸化インジウム−酸化錫)のような金属酸化物などの透明な電極材料を使用することができる。以下、透明電極102,107が設けられた基板101,108を電極付き基板という。
【0028】
光透過状態と光散乱状態をとることができる液晶層104は、透明な一対の電極付き基板間に、液晶とその液晶に溶解可能な硬化性化合物とを含有する組成物(以下、未硬化組成物ともいう)を挟持させ、熱や紫外線、電子線などの手段を用いて硬化性化合物を硬化させて液晶/高分子複合体として形成される液晶層が好ましい。このような液晶と高分子の複合体からなる液晶を、以下、液晶/高分子複合体ともいう。このような未硬化組成物を使用することで、透過状態のとき、正面方向だけでなく、斜め方向からみてもヘイズ値を低く抑えることができる。
【0029】
液晶/高分子複合体に用いる液晶は、公知の液晶から適宜選択できる。液晶/高分子複合体に用いる液晶としては、誘電異方性が正でも負でもよいが、光透過状態と光散乱状態の切り替えに要する応答時間を短くするためには、液晶の粘度が低く、さらに誘電異方性が負の液晶を用いることが好ましい。なお、液晶として硬化性ではない化合物が使用される。また、硬化性化合物は液晶性を有していてもよい。
【0030】
誘電率異方性が負の液晶を使用する場合には、電極付き基板において、液晶層104と接触する側に液晶分子のプレチルト角が基板表面に対して60度以上であるようにする処理が施されていると、配向欠陥を少なくすることができ、透明性が向上するため好ましい。この場合、ラビング処理を施さなくてもよい。プレチルト角は70度以上であることがより好ましい。なお、プレチルト角を、基板表面に垂直の方向を90度として規定する。
【0031】
配向膜103,106により未硬化組成物のプレチルト角を制御することができる電極付き基板を用いることにより、液晶層104を形成する液晶/高分子複合体を構成する液晶として、誘電率異方性が正の液晶も誘電率異方性が負の液晶も使用可能であるが、より高い透明性や応答速度の面では誘電率異方性が負の液晶が好ましい。配向膜にラビング処理を施すこともできる。また、駆動電圧を低下させるためには誘電率異方性の絶対値が大きい方が好ましい。
【0032】
また、液晶/高分子複合体を構成する硬化性化合物も透明性を有することが好ましい。さらに、硬化後に、電圧を印加したときに液晶のみが応答するように液晶と硬化性化合物とが分離していると、駆動電圧を下げることができるので好ましい。
【0033】
本発明では、液晶に溶解可能な硬化性化合物のうち、未硬化時の液晶と硬化性化合物との混合物の配向状態を制御可能であって、硬化する際に高い透明性を保持することができる硬化性化合物が使用される。
【0034】
硬化性化合物として、式(1)の化合物や式(2)の化合物を例示できる。
−O−(R―O―Z―O―(RO―A ・・・式(1)
−(OR―O―Z’―O―(RO)―A ・・・式(2)
【0035】
ここで、A,A,A,Aのそれぞれは、独立的に、硬化部位となるアクリロイル基、メタクリロイル基、グリシジル基またはアリル基であり、R,R,R,Rのそれぞれは、独立的に、炭素数2〜6のアルキレン基であり、Z,Z’のそれぞれは、独立的に、2価のメソゲン構造部であり、m,n,o,pのそれぞれは、独立的に、1〜10の整数である。ここで、「独立的に」とは、組み合わせが任意であって、どのような組み合わせも可能であることを意味する。
【0036】
式(1)および式(2)におけるメソゲン構造Z,Z’と硬化部位A,A,A,Aとの間に、R,R,R,Rを含む分子運動性の高いオキシアルキレン構造を導入することによって、硬化時に、硬化過程において硬化部位の分子運動性を向上でき、短時間で十分に硬化させることが可能になる。
【0037】
式(1)および式(2)における硬化部位A,A,A,Aは、光硬化や熱硬化が可能な上記の官能基であればいずれでもよいが、なかでも、硬化時の温度を制御できることから光硬化に適するアクリロイル基、メタクリロイル基であることが好ましい。
【0038】
式(1)および式(2)におけるR,R,RおよびRの炭素数については、その分子運動性の観点から1〜6が好ましく、炭素数2のエチレン基および炭素数3のプロピレン基がさらに好ましい。
【0039】
式(1)および式(2)におけるメソゲン構造部Z,Z’として、1,4−フェニレン基の連結したポリフェニレン基を例示できる。1,4−フェニレン基の一部または全部を1,4−シクロへキシレン基で置換したものであってもよい。また、1,4−フェニレン基や置換した1,4−シクロへキシレン基の水素原子の一部または全部が、炭素数1〜2のアルキル基、ハロゲン原子、カルボキシル基、アルコキシカルボニル基などの置換基で置換されていてもよい。
【0040】
好ましいメソゲン構造部Z,Z’として、1,4−フェニレン基が2個連結したビフェニレン基(以下、1,4−フェニレン基が2個連結したビフェニレン基を4,4−ビフェニレン基ともいう。)、3個連結したターフェニレン基、およびこれらの水素原子の1〜4個が、炭素数1〜2のアルキル基、フッ素原子、塩素原子またはカルボキシル基に置換されたものを挙げることができる。最も好ましいものは、置換基を有しない4,4−ビフェニレン基である。メソゲン構造部を構成する1,4−フェニレン基または1,4−シクロへキシレン基同士の結合は全て単結合でもよいし、以下に示すいずれかの結合でもよい。
【0041】
【化1】

【0042】
式(1)および式(2)におけるm,n,o,pは、それぞれ独立的に、1〜10であることが好ましく、1〜4がさらに好ましい。あまり大きいと液晶との相溶性が低下し、硬化後の電気光学素子の透明性を低下させるからである。
【0043】
図3に、本発明において使用できる硬化性化合物の例を示す。液晶と硬化性化合物とを含有する組成物は、式(1),(2)で表される硬化性化合物を含め、複数の硬化性化合物を含有していてもよい。例えば、組成物に、式(1)および式(2)においてm,n,o,pの異なる複数の硬化性化合物を含有させると、液晶との相溶性を向上させることができる場合がある。
【0044】
液晶と硬化性化合物とを含有する組成物は硬化触媒を含有していてもよい。光硬化の場合、ベンゾインエーテル系、アセトフェノン系、フォスフィンオキサイド系などの一般に光硬化性樹脂に用いられる光重合開始剤を使用できる。熱硬化の場合は、硬化部位の種類に応じて、パーオキサイド系、チオール系、アミン系、酸無水物系などの硬化触媒を使用でき、また、必要に応じてアミン類などの硬化助剤を使用することもできる。
【0045】
硬化触媒の含有量は、含有する硬化性化合物の20重量%以下が好ましく、硬化後に硬化樹脂の高い分子量や高い比抵抗が要求される場合は0.1〜5重量%とすることがさらに好ましい。
【0046】
未硬化組成物において、硬化性化合物の総量は、液晶組成物に対して0.1〜20質量%であることが好ましい。硬化性化合物の総量を液晶組成物に対して所定の割合(例えば、0.1〜20質量%)とすることで、液晶ドメインが大きくなるため、散乱光の波長依存を抑えることが可能になるからである。0.1質量%未満では、液晶相を硬化物により効果的な形状のドメイン構造に分割することができず、所望の透過−散乱特性を得ることができない。一方、20質量%を越えると、従来の液晶/硬化物複合体素子と同様に透過状態でのヘイズ値が増大しやすくなる。また、さらに好ましくは、液晶組成物中の硬化物の含有率が0.5〜15質量%であり、光散乱状態での散乱強度を高く、透過−散乱が切り替わる電圧値を低くすることができる。
【0047】
液晶分子を、基板表面に対してプレチルト角が60度以上になるように配向させる処理方法として、垂直配向剤を使用する方法がある。垂直配向剤を使用する方法として、例えば、界面活性剤を用いる方法や、アルキル基やフルオロアルキル基を含むシランカップリング剤などで基板界面を処理する方法、または日産化学工業社製のSE1211やJSR社製のJALS−682−R3等の市販の垂直配向剤を用いる方法がある。垂直配向状態から任意の方向に液晶分子が倒れた状態を作るためには、公知のどのような方法を採用してもよい。垂直配向剤をラビングしてもよい。また、電圧が基板101,108に対して斜めに印加されるように、透明電極101,107にスリットを設けたり、電極101,107上に三角柱を配置する方法を採用してもよい。また、特定方向に液晶分子を倒すような手段を用いなくてもよい。
【0048】
二つの基板101,108間にある液晶層104の厚さを、スペーサ等で規定することができる。その厚さは、一般に1〜50μmが好ましい。液晶層104の厚さが厚すぎると駆動電圧が上昇する傾向が増大するため好ましくない場合が多い。
【0049】
一方、液晶素子21をソフトフォーカス用フィルタとして用いる場合、強い光散乱状態は不要である。そのため、液晶層104の厚さは、2〜4μmとすることがより好ましい。液晶層104の厚さを薄くすることで、駆動電圧を低減できる。
【0050】
なお、高分子分散液晶では、低ギャップにすると散乱光の波長依存が大きくなり、散乱光がやや赤みを帯びてしまうため、撮影画像に与える影響が大きくなる。しかし、本発明における液晶素子21では、硬化性化合物の総量を液晶組成物に対して所定の割合とすることで、液晶領域のドメインサイズが入射光の波長より大きくなり、散乱光の波長依存を抑え、色味の影響を抑制することを可能にしている。
【0051】
図4は、液晶層の厚みが薄い(低ギャップ時の)場合における分光カーブの例を示す説明図である。図4に例示するグラフの実線は、本発明における液晶素子21を用いた場合の分光カーブの例を示し、破線は、従来の高分子分散液晶を用いた場合の分光カーブの例を示している。図4に例示するグラフの横軸は波長を示し、縦軸は分光透過率を示す。
【0052】
高分子分散液晶では、図4の破線の分光カーブに示すように、青色の波長の光が吸収され、散乱光がやや赤みを帯びてしまう。一方、本発明における液晶素子21では、図4の実線の分光カーブに示すように、可視域の分光特性はほぼ一定になる。よって、撮影画像に与える影響を小さく抑えることが出来る。
【0053】
以上のように作製された液晶素子21は、光透過状態と光散乱状態との間の応答時間が5msよりも短く非常に速い応答速度を実現することができる。また、従来の高分子分散型液晶素子による散乱透過モードと比べると視野角依存性が良好であり、斜めから見たときにも非常に良好な透過状態を得ることができるようにすることができる。例えば、上記の組成の硬化性化合物と液晶とを含有する液晶/高分子複合体を使用した場合、垂直から40度傾けて見た場合もほとんどヘイズがないようにすることができる。
【0054】
液晶素子21の表裏の表面には、反射防止膜または紫外線遮断膜を設けることが好ましい。例えば、液晶素子21の表裏に、SiOやTiOなどの誘電体多層膜よりなるARコート(低反射コート)処理を施すことにより、基板表面での外光の反射を減らすことができる。
【0055】
図5は、液晶素子21に設けられる透明電極の例を示す説明図である。図5に示す例では、液晶素子21において、ソフトフォーカスエリアを示す23個のパターン811〜853が選択可能になっている。パターン811〜853を光散乱状態するために、図2に示された基板101において、パターン811〜853の各々に対応する透明電極102が設けられる。なお、図5に示す例では、パターン811〜853を設けた領域以外の領域は透明領域である。
【0056】
カメラの操作者によってソフトフォーカスを行う範囲の指示がなされると、制御回路13は、電圧調整回路12に対して、指定された範囲のパターンを光散乱状態にするための指示を出力する。指示を受けた電圧調整回路12は、指定された範囲に所定の電圧を印加し、その範囲を光散乱状態に調整する。
【0057】
なお、図5に示す例では、各パターンの各々に対応する透明電極を設け、各透明電極に電圧を印加する場合について説明した。ただし、透明電極の設け方は図5に例示する内容に限定されない。透明電極を液晶素子21の全面に設けてもよく、任意の部分に設けてもよい。例えば、液晶素子21の全面にドットマトリクスの配置で透明電極を設けてもよく、液晶素子21に様々な形状(例えば、星型、多重同心円形状など)の透明電極を設けてもよい。このような電極形成により様々な撮像効果を得ることが可能になる。
【0058】
図6は、上記のように作製された液晶素子21の印加電圧(実効値)に対する透過率を示す説明図である。図6に示す実線は、液晶層104の厚さが4μmの場合の透過率を示し、図6に示す破線は、液晶層104の厚さが8μmの場合の透過率を示す。なお、液晶素子21の表面には、反射防止膜や紫外線遮断膜は設けられていない。
【0059】
図6に示すように、液晶素子21は、光透過状態と光散乱状態をとることができる液晶層としての液晶層104に所定の電圧(例えば60V)が印加されているときに光散乱状態となり、液晶層104に対して電圧無印加(すなわち、電圧0Vを印加)のときに光透過状態となる。また、印加電圧(実効値)が0Vと60Vとの中間的な値(例えば、18〜35V程度)であるときに、液晶素子21は、光透過状態と光散乱状態との中間的な状態(中間状態)をとる。液晶素子21をソフトフォーカス用フィルタとして用いる場合には、中間状態が用いられる。すなわち、散乱が飽和する電圧(散乱飽和電圧)を液晶層104に印加する必要はない。
【0060】
また、液晶層104が薄いほど、駆動電圧を低減できる。例えば、液晶層104の厚さが8μmの場合、15V付近から透過率が減少し始めているのに対し、液晶層104の厚さが4μmの場合には、10V付近から透過率が減少し始める。液晶層104の厚さが4μmの場合、液晶層104に印加する電圧は、10V〜25Vが好ましい。
【0061】
撮像素子11は、その状態において、液晶素子21およびレンズ22を通過した光にもとづいて撮像を行う。制御回路13は、撮像素子11から撮像に応じた画像データ(例えば、Rデータ、GデータおよびBデータ)を入力する。
【0062】
図7は、撮像素子11との関係で液晶素子21が設置される位置の例を示す説明図である。液晶素子21は、レンズ鏡筒20の前部に設置されていてもよく、レンズ22と撮像素子11との間に設置されていてもよい。すなわち、上記の実施の形態では、図7(A)に示すように、カメラ鏡筒20の前方に液晶素子21を設置する場合について説明したが、図7(B)に示すように、カメラ本体10の内部であって、撮像素子11とレンズ22との間に液晶素子21を設置してもよい。
【0063】
また、液晶素子21をカメラ本体10の内部に設置する場合、図7(C)の例に示すように、シャッター41の内側に、光学接合樹脂42を介して液晶素子21を撮像素子11に接合してもよい。また、図7(D)の例に示すように、シャッター41とレンズ鏡筒20との間に液晶素子21を設置してもよい。光学接合樹脂42には、例えば、ODL(Optical Data Link )が用いられる。図7(C)の例に示すように設置した場合、シャッター41を開けたときに入り込む埃などの付着物は液晶素子21の表面に付着するため、撮像素子11への付着を防止できる。そのため、付着物の除去が容易になるという効果も得られる。
【実施例】
【0064】
以下に、本発明に用いられる液晶組成物による実施例を示すが、本発明に用いられる液晶組成物は、以下の内容に限定して解釈されるものではない。なお、ヘイズ値は、直読ヘーズコンピューターHGM−2(スガ試験機社製)を用いて測定した。また、以下の説明では、液晶素子21のことを液晶光学素子と記す。
【0065】
以下に本発明の実施例を示す。実施例中、「%」は重量%を意味する。
【0066】
[実施例1]
誘電率異方性が負であるネマチック液晶(Tc=98℃、Δε=−5.6、Δn=0.220)80%と、図3の(a)に示す二官能の硬化性化合物20%と、光重合開始剤としてのベンゾインイソプロピルエーテルとを混合した。ベンゾインイソプロピルエーテルについては、硬化性化合物(図3の(a)に示す化合物および図3の(e)に示す化合物)の総量を100%とした場合、3%になるように混合した。そして、混合液を液晶相にするために、攪拌しながら90℃に加温し、等方相にして混合液を均一にした後、温度を60℃に下げた。その後、混合層が液晶相になったことを確認した。
【0067】
液晶セルを以下のように作製した。透明電極102,107上に垂直配向用ポリイミド薄膜103,106を形成した一対の基板101,108を、垂直配向用ポリイミド薄膜103,106が対向するように、散布した微量の樹脂ビーズ(直径6μm)を介して、四辺に幅約1mmで印刷したエポキシ樹脂(周辺シール)で張り合わせ、液晶セルを形成した。次いで、上記の混合液を液晶セルの中に注入した。
【0068】
液晶セルを40℃に保持した状態で、主波長が約365nmのHgXeランプにより、上側より3mW/cm2、下側より約3mW/cm2の紫外線を10分間照射し、液晶/高分子複合体からなる液晶層が基板間に形成された表示素子を得た。
【0069】
このようにして得られた液晶素子は、電圧非印加状態において均一な透明状態を呈していた。液晶素子に矩形波200Hz、60Vの電圧を印加したところ、液晶素子は白濁様に変化した。530nmを中心波長とした半値幅約20nmの測定光源を用いたシュリーレン光学系(光学系のF値11.5、集光角5°)で透過率を測定したところ、電圧を印加しない状態で78%であり、この値を60Vrms印加した時の透過率で割ったコントラストの値は80であった。
【0070】
[実施例2]
直径4μmの樹脂ビーズを用いる以外は、実施例1と同様にして液晶光学素子を得た。この液晶光学素子は、電圧非印加状態において均一な透明状態を呈していた。液晶素子に矩形波200Hz、60Vの電圧を印加したところ、液晶素子は白濁様に変化した。530nmを中心波長とした半値幅約20nmの測定光源を用いたシュリーレン光学系(光学系のF値11.5、集光角5°)で透過率を測定したところ、電圧を印加しない状態で83%であり、この値を60Vrms印加した時の透過率で割ったコントラストの値は21であった。
【0071】
[比較例]
硬化性化合物として、ウレタンアクリレートオリゴマー(東亞合成化学工業社製:アロニックス M1200)とイソオクチルアクリレートを重量比で12/7となるよう混合して均一な硬化性組成物を得た。次に、実施例と同じ正の誘電率異方性を示すネマティック液晶(メルク社製:品名BL−002、Tc=72℃、Δn=0.246、Δε=16)と上記硬化性組成物を重量比で31/19となるよう混合して均一な液晶組成物を得た。すなわち上記液晶組成物における硬化性組成物の含有率は38mass%である。さらに、含まれる硬化性組成物に対し、約1mass%の光重合開始剤(ベンゾインイソプロピルエーテル)を添加して均一に溶解して液晶組成物(液晶組成物B)を得た。室温で液晶組成物Bは、液晶状態を示さない等方相となり、均一な透明状態を呈した。
【0072】
次に、透明電極間に設ける球形ビーズのスペーサの直径を8μmとした以外は実施例と同様に、液晶組成物Bに接する基板面にプレチルト角が10°以下となるポリイミド配向膜を備えたセルに、液晶組成物Bを吸引注入法にて注入して、注入孔を封止した。吸引注入法を用いるため、シール部には2箇所以上の孔を設けた。液晶組成物Bを注入後に、このセルは均一な透明状態を示した。次に、室温にて、ガラス基板面に中心波長が365nmで照射強度が10W/m2の紫外線をセルの両面から3分間照射して、液晶組成物Bを硬化させることにより液晶光学素子を得た。
【0073】
紫外線照射後、この液晶光学素子は白濁を呈した。次に、上記一対のITO電極間に200Hz、40Vの矩形波電圧を印加したところ、液晶光学素子は透明となった。透過状態におけるヘイズ値は2%以下であり、集光角5°のシュリーレン光学系にて、本素子のガラス基板に垂直方向からの入射光に対する透過率を測定したところ、ガラス基板表面での反射や透明電極層での入射光の吸収を含んだ状態で84%であった。次に、透明状態の本素子をガラス基板に対して垂直方位から傾けて観察すると徐々にヘイズが大きくなり、良好な透明性は失われていった。同じ測定系にて入射光に対して60°傾けて本素子を配置した際の透過率を測定したところ、透過率は38%であった。同じ測定光学系にて、本素子の透明状態と白濁状態とのコントラストを室温にて測定したところ、5であった。
【0074】
まず、実施例1で説明した本発明による液晶光学素子は、電圧を印加しないで、透過状態とした。また、比較例で説明した液晶光学素子に200Hz,40Vの電圧を印加し、透過状態とした。上述する2つの透過状態の素子を用いて、分光光度計(型番:SolidSpec−3700DUV、島津製作所製)を使用し、可視域(400−700nm)における透過率測定を行った。図8は、透過状態における透過率の入射角度依存性を評価する装置の例を示す説明図である。まず、図8(A)に例示するように、素子の垂線方向と入射光との角度φ=0°として透過状態の素子を配置した。
【0075】
この状態から、角度φを増加させるように素子を回転させて分光測定を行った(図8(B)参照)。そして、波長540nmにおける素子正面(φ=0°)の透過率をToとし、各角度になるように素子を回転させた時の透過率をTとして相対透過率T/Toを算出した。図9は、角度ごとに算出した相対透過率の例を示す説明図である。図9に例示するように、いずれの素子においても、入射角が増加するに従って相対透過率が減少する。しかし、透過状態の場合に、比較例で説明した一般的な液晶光学素子では、入射角が60°の状態では、相対透過率が50%程度にまで減少する。一方、本発明における液晶光学素子では、入射角が60°の状態であっても、少なくとも90%以上の相対透過率を維持できる。すなわち、本発明における液晶光学素子は、入射角が0°から60°までの任意の角度をφとした場合、角度φにおける透過率を用いて算出される相対透過率は、いずれも90%以上の値をとる。すなわち、従来の液晶光学素子は、透過状態であっても、斜め方向から観察するほど濁って見えるのに対して、本発明における液晶光学素子であれば、観察角度によらず透明に見えることを示している。
【0076】
図10は、広角レンズを使用した場合の焦点距離と対角線画角との関係を示す説明図である。図10(A)の例に示すように、焦点距離をfとし、対角線画角の1/2の角度をθとした場合、半径yは、y=f×tanθで算出される。例えば、相対透過率90%までを透過状態とした場合、比較例で説明した一般的な液晶光学素子では、入射角が20°程度まで透過状態にあることから、焦点距離は図10(B)に例示するように50mm程度である。一方、本発明における液晶光学素子では、入射角が50°程度まで透過状態にあることから、焦点距離は20mmよりも短くできる。このように、本発明における液晶光学素子は、従来の液晶光学素子に比べ、撮影画像への影響を抑えながら、焦点距離をより短くすることができる。
【産業上の利用可能性】
【0077】
本発明は、撮像装置に取り付けてソフトフォーカスを容易に適用できるソフトフォーカス適用装置に好適に適用される。
【符号の説明】
【0078】
11〜853 表示パターン
10 カメラ本体
11 撮像素子
12 電圧調整回路
13 制御回路
20 レンズ鏡筒
21 液晶素子
22 レンズ
101,108 ガラス基板
102,107 透明電極
103,106 配向膜
104 液晶層
105 シール層

【特許請求の範囲】
【請求項1】
撮像装置による撮影にソフトフォーカスを適用するソフトフォーカス適用装置であって、
液晶と当該液晶に溶解可能な硬化性化合物とを含有する液晶組成物が透明な一対の電極付き基板間に挟持され、印加する電圧に応じて、光透過状態と、光散乱状態と、光透過状態と光散乱状態との中間的な状態をとり、前記液晶組成物に対する前記硬化性化合物の総量が0.1質量%以上20質量%以下である液晶素子が、前記撮像装置における撮像素子の前方に固定的に設置される
ことを特徴とするソフトフォーカス適用装置。
【請求項2】
液晶素子に電圧を印加する電圧調整回路を備え、
前記電圧調整回路は、ソフトフォーカスを適用した撮影を行うときに、光透過状態と光散乱状態との中間的な状態にする電圧を液晶素子に印加する
請求項1記載のソフトフォーカス適用装置。
【請求項3】
液晶素子は、レンズを内蔵するレンズ鏡筒の前部またはレンズと撮像素子との間に固定的に設置される
請求項1または請求項2記載のソフトフォーカス適用装置。
【請求項4】
液晶素子は、光学接合樹脂を介して撮像素子に接合される
請求項1から請求項3のうちのいずれか1項に記載のソフトフォーカス適用装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【公開番号】特開2012−113250(P2012−113250A)
【公開日】平成24年6月14日(2012.6.14)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−264300(P2010−264300)
【出願日】平成22年11月26日(2010.11.26)
【出願人】(000000044)旭硝子株式会社 (2,665)
【Fターム(参考)】