説明

ソラフェニブの効果予測方法

【課題】肝細胞癌患者及び腎細胞癌患者がソラフェニブに著効を示すかどうかを事前に予測し、ソラフェニブの適切な投与を可能にして、治療効果の向上を図る。
【解決手段】被験試料よりゲノムDNAを抽出し、これをリアルタイム定量PCRに供することで、FGF3遺伝子増幅を検出する。このリアルタイム定量PCRで、FGF3遺伝子のコピー数10以上の増幅をもって陽性と判定する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、多標的キナーゼ阻害剤である癌分子標的治療薬であるソラフェニブの、肝細胞癌に対する治療効果を予測する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
ソラフェニブ(商品名:ネクサバール)は多標的キナーゼ阻害剤であり、肝細胞癌(肝臓癌)に対して、現在唯一わが国で認可されている癌分子標的治療薬であり、肝細胞癌の標準治療薬とされている。しかしソラフェニブは従来、顕著な腫瘍縮小効果は認めない一方、無増悪奏功期間の延長をもたらす薬物である、とされている(下記非特許文献1及び非特許文献2参照)。
一方、ソラフェニブはまた、腎細胞癌に対する治療薬としてもわが国で認可がされている。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0003】
【非特許文献1】Sorafenib in Advanced Hepatocellular Carcinoma: Llovet JM, et al. N Engl J Med 2008; 359: 378-390
【非特許文献2】Efficacy and safety of sorafenib in patients in the Asia-Pacific region with advanced hepatocellular carcinoma: a phase III randomised, double-blind, placebo-controlled trial: Cheng AL, et al. Lancet Oncol 2009; 10: 25-34
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
ソラフェニブにより肝細胞癌に著効(CR: complete response又はgood PR: good partial response)又は部分奏功(PR: partial response)を示す症例は非常に稀であるが、わが国では著効例が複数散見される。
これを見分けることができれば、肝細胞癌患者がソラフェニブに著効を示すかどうかを事前に予測することができ、ソラフェニブの適切な投与を可能にして、治療効果の向上が期待できる。また、腎細胞癌についてもソラフェニブの効果の事前の予測が同様にしてできる可能性がある。
本発明は、そのようなソラフェニブの効果予測方法を確立することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0005】
上記の課題に鑑み、本発明に係るソラフェニブの効果予測方法は、被験試料中のFGF3遺伝子増幅を検出することを特徴とする。
本件発明者らは、ソラフェニブに対して著効を示した肝細胞癌症例では、著効を示さない症例に比べ、その切除病変組織において、同薬剤に関連する遺伝子を含むゲノム領域11番染色体q腕11q13 ampliconコピー数が10倍以上に増加する確率が、有意に高いことを見出した。この領域に存在する遺伝子候補を精査した結果、著効例ではFGF3遺伝子の顕著な増幅を示す確率が有意に高いことを見出した。
ここで、FGF3(fibroblast growth factor-3、線維芽細胞増殖因子3)とは、線維芽細胞増殖因子ファミリーの一つであり、線維芽細胞増殖因子レセプター3(FGFR3)と結合するものである。肝組織にて肝細胞癌病変が増殖する際、線維芽細胞増殖因子ファミリーをコードする遺伝子が活性化するものと考えられるが、このうち、FGF3をコードする遺伝子が遺伝子増幅し活性化するようなタイプの症例で、FGFRシグナルへの阻害活性を持つソラフェニブが著効を示す確率が高いものと考えられる。
【0006】
本件発明で使用される被験試料としては、病変における遺伝子増幅を直接検出できるという点で、肝腫瘍組織より採取したもの、たとえば、外科的治療により切除した病変や、また、検査目的の生検検体が望ましい。この他、病変から血中に分泌されたFGF3を検出する目的で、血液サンプルも被験材料として使用できる可能性がある。
被験試料として肝腫瘍組織生検検体である場合には、前記FGF3遺伝子増幅の検出は、被験試料から抽出したゲノムDNAのリアルタイム定量PCRにより行われることが望ましい。このときの被験試料は、切除した組織を直接DNA抽出に供するのが望ましいが、凍結標本あるいはパラフィン包埋標本からもDNA抽出およびFGF3遺伝子増幅の検出は可能である。リアルタイム定量PCRとしては、たとえばTaqMan(登録商標)Copy Number Assays(Applied Biosystems社)を使用することができる。また、ここでFGF3遺伝子増幅の検出のために使用されるプライマー及びオリゴヌクレオチドプローブは、たとえば同社製の既製品として入手可能である。
【0007】
なお、前記した本件発明者らの知見では、ソラフェニブ著効例以外でこのリアルタイム定量PCRでは、FGF3遺伝子のコピー数10以上の増幅を示した例は皆無であった。よって、前記リアルタイム定量PCRでFGF3遺伝子のコピー数10以上の増幅をもって、ソラフェニブの著効が期待できる陽性と判定することが望ましい。
また、腎細胞癌病変についても上記と同様にして、ソラフェニブの効果予測が可能である。
【発明の効果】
【0008】
以上の構成により、本件発明によれば、被験試料のFGF3遺伝子増幅を検出することにより、ソラフェニブに著効を示す可能性の高い患者をスクリーニングすることが可能となり、それによってソラフェニブの治療効果の向上を図ることが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0009】
【図1】本発明に係るソラフェニブの効果予測方法の実例を、ソラフェニブ著効例及び非著効例により示したグラフである。
【図2】FGF3遺伝子増幅のある症例に対して、FISH(fluorescence in situ hybridization)法にて明らかな遺伝子増幅を確認した顕微鏡写真である。
【発明を実施するための形態】
【0010】
本発明で用いられる被験試料としては、肝細胞癌及び腎細胞癌患者から、外科的治療により摘出された腫瘍組織の凍結標本又はパラフィン包埋標本を用いた。また、検査目的で針生検により得られた組織の凍結標本も用いた。
このような、組織標本より、定法に従いDNAを抽出した。すなわち、パラフィン包埋標本については、脱パラフィン後、QIAamp(登録商標)DNA Micro Kit(Qiagen社、Cat.No.56304)によりDNAを抽出した。
凍結標本については、粉砕用ビーズ(Lysing MatrixA、MP Biomedicals社)にDNA抽出用溶解液(10mM Tris-HCl(pH 8.0)、0.5% SDS、1mM EDTA)と凍結標本を入れ、Fast Prep-24(MP Biomedicals社)にて振動させ溶解させた。その溶解液に、QIAamp(登録商標)DNA Mini Kit(Qiagen社, Cat.No.51304)を用いてDNAを抽出した。抽出後のDNAはNanoDrop2000(Thermo Scientific社)にて濃度及び品質(A260/280)を測定した。
【0011】
リアルタイム定量PCRは、TaqMan(登録商標)Copy Number Assays(Applied Biosystems社)により行った。
FGF3遺伝子増幅の検出のために用いたプライマー及びオリゴヌクレオチドプローブは、Hs06336027_cn(TaqMan(登録商標)Copy Number Assay、Applied Biosystems社、 商品番号 4400291)として入手可能なものを用いた。リファレンス遺伝子としては、TERT遺伝子検出のためのプライマー及びオリゴヌクレオチドプローブ(Applied Biosystems社, 商品番号 4403316)を用いた。
リアルタイム定量PCRは、測定機器としてはABI PRISM 7900HT Sequence Detection System(Applied Biosystems社)を用い、これをTaqMan(登録商標)Copy Number Assayマニュアルに従い96ウェルマイクロプレートにて測定した。使用DNA量は1ウェル当たり20ngで、リアルタイムPCR条件は、95℃-10分、95℃-15秒、60℃-60秒を1サイクルとして、これを40サイクルとした。
測定結果は、解析ソフト(SDS 2.2 software、Applied Biosystems社)にて解析した。
【0012】
FISH法におけるFGF3の蛍光プローブとして、標的領域が11q13.3である320kbサイズのテキサスレッド標識プローブ(GSP研究所)を使用した。なお、コントロールの蛍光プローブとして、標的領域が11p11.12である630kbサイズのFITC標識CEN11pプローブ(GSP研究所)を使用した。
被験検体のパラフィン包埋標本スライドを脱パラフィン後、変性液の中で5分間75℃で加熱した。このスライドをエタノールで脱水し、風乾させ、前加熱した10μlの FISH Probeを加え加熱し、37℃で半日反応させた。その後スライドを洗浄し、DAPIを加えて蛍光顕微鏡で観察した。
【実施例】
【0013】
ソラフェニブ治療を受けた肝細胞癌症例の48例を検討した。このうち、著効症例の10例(No.1〜10)はいずれも、ソラフェニブ投与によりCR又はgood PRの治療効果が得られたものである。また、一方、著効例以外の38例(No.11〜48)では、FGF3の遺伝子増幅は認められなかった (p=0.006) 。非著効症例の38例の内訳は13例がSD(stable disease)、25例がPD(progressive disease)であった。
上記各症例について、肝組織からの切除病変の、凍結手術標本又はパラフィン包埋標本からゲノムDNAを抽出し、前記のTaqMan(登録商標)リアルタイム定量PCRに供した。その結果は、図1に示す通りである。すなわち、著効症例のうち、症例No.8、9及び10の3例において、FGF3遺伝子のコピー数10以上の増幅が認められた。また、非著効症例の38例についてはいずれも、コピー数10未満であった。なお、FGF3とFGF4は、同一増幅領域(隣の遺伝子)に存在し、それぞれの遺伝子増幅を検討しても結果は一致した。
【0014】
図2では、症例No.8、9及び10(図1参照)の3例のソラフェニブ著効例のFGF3遺伝子増幅をプローブとして標的領域が11q13.3であるFGF3プローブを使用したFISH法で検出したところ、左の3枚の写真に示すように、明らかなFGF3の遺伝子増幅が多数の斑点状の赤色蛍光によって確認された。なお、同じ11番染色体に属する11p11.12領域を示すCEN11pプローブの緑色蛍光はほとんど認められないことから、症例No.8、9及び10における赤色蛍光は11q13.3領域に特異的なものであることは明らかである。
一方、コントロールとして、コピー数正常の症例(図1中の症例No.25)によって同様にFISH法を試みたものの、右の写真に示すようにFGF3遺伝子増幅を示す赤色蛍光は認められなかった 。
【0015】
以上の結果を、下記表1に集計する。
【0016】
【表1】

【0017】
なお、上記表1中で、「FGF3(+)」とあるのはFGF3遺伝子のコピー数10以上の増幅が認められたということを表し、「FGF(-)」はFGF3遺伝子のコピー数増幅は10未満であったことを表す。
上記表1から、Fischerの直接確率検定で統計処理を行ったところ、p=0.006と、上記の結果には明らかな有意差があることが示された。
この結果から、被験試料からFGF3遺伝子のコピー数10以上の増幅が見られた患者については、ソラフェニブが著効を示すものとして、効果予測をすることが可能であることは明らかである。
【産業上の利用可能性】
【0018】
本件発明は、ソラフェニブによる肝細胞癌及び腎細胞癌の治療に際して、同薬剤が著効を示すかどうかの事前スクリーニングに利用可能である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
被験試料中のFGF3遺伝子増幅を検出することを特徴とするソラフェニブの効果予測方法。
【請求項2】
前記被験試料が、肝腫瘍組織から採取したものであることを特徴とする請求項1記載のソラフェニブの効果予測方法。
【請求項3】
前記FGF3遺伝子発現の検出は、被験試料から抽出したゲノムDNAのリアルタイム定量PCRにより行われることを特徴とする請求項1又は2記載のソラフェニブの効果予測方法。
【請求項4】
前記リアルタイム定量PCRでFGF3遺伝子のコピー数10以上の増幅をもって陽性と判定することを特徴とする請求項3記載のソラフェニブの効果予測方法。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2012−249633(P2012−249633A)
【公開日】平成24年12月20日(2012.12.20)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2012−107181(P2012−107181)
【出願日】平成24年5月9日(2012.5.9)
【出願人】(000125347)学校法人近畿大学 (389)
【Fターム(参考)】