説明

タンデム型質量分析装置

【課題】プリカーサイオンの運動エネルギー分布および空間的な拡がりを、共に小さく抑えつつ、プリカーサイオンを減速させるタンデム型質量分析装置を実現する。
【解決手段】第1の質量分析装置11で生成および抽出されるプリカーサイオンを、第1〜3の電極12〜14に対して、これら電極より形成される減速電場の方向と若干の角度を有する斜め方向に入射し、減速電場方向の速度が零となる第2の電極13および第3の電極14の中心位置にプリカーサイオンが到達するタイミングで、減速電場と直交する加速電場を印可し、開裂手段17に入力させることとしているので、プリカーサイオンの運動エネルギー分布を小さなものとし、ひいては開裂手段17によりプリカーサイオンから形成されるプロダクトイオンの運動エネルギー分布も小さなものとすることを実現させる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、イオン化された試料から特定のプリカーサイオンを分離抽出する第1の質量分析装置およびこのプリカーサイオンを開裂させて生成される複数のプロダクトイオンを分析する第2の質量分析装置を有するタンデム型質量分析装置に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、イオン化された試料から特定のプリカーサイオンを選択し、このプリカーサイオンを開裂させ、生成される複数のプロダクトイオンを分析し、プリカーサイオンの構造情報を取得するタンデム型質量分析装置が、試料の構造解析に用いられる。
【0003】
タンデム型質量分析装置では、第1の質量分析装置で分離抽出されたプリカーサイオンを、開裂手段により自発的あるいは強制的に開裂させ、この開裂により生成されたプロダクトイオンを第2の質量分析装置に入力する。ここで、第2の質量分析装置に入力されるプロダクトイオンの運動エネルギーUpは、プリカーサイオンの有する運動エネルギーをUi、質量をmi、プロダクトイオンの質量をmpとすると、
Up=Ui*(mp/mi)
の関係式により求まる。そして、プロダクトイオンの運動エネルギーUpは、プロダクトイオンの質量mpが、基になるプリカーサイオンの質量miより小さくmp<miであるので、0<Up<Uiの範囲のエネルギーを有するものとなる。また、これに対応して、第2の質量分析装置に入力するプロダクトイオンの運動エネルギーも同様の範囲のエネルギー分布を有するものとなる。
【0004】
一方、第2の質量分析装置は、測定できるプロダクトイオンの運動エネルギー範囲は、装置固有の限定されたものであるので、入力されるプロダクトイオンの運動エネルギー範囲を測定可能な範囲に調整する必要がある。この調整を行う一例として、第1の質量分析装置から出力されるプリカーサイオンの減速および加速を行い、開裂により生成されるプロダクトイオンの運動エネルギー範囲を狭くすることが行われる。また、第2の質量分析装置に入力されるプロダクトイオンは、運動エネルギー範囲および空間的な拡がりが小さい程、高精度の質量分析が可能となる。この為、プロダクトイオンを生成する基となるプリカーサイオンも、運動エネルギー範囲および空間的な拡がりを小さくすることが好ましく、プリカーサイオンが開裂手段に入力される際の運動エネルギー分布は、運動エネルギーが数〜数十keVである場合には、10〜100eV程度のものとされる。
【特許文献1】特表2000−505589号公報、(第1頁、第1図)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、上記背景技術によれば、プリカーサイオンの減速において、プリカーサイオンの運動エネルギー分布および空間的な拡がりを、共に小さく押さえることには困難が伴う。すなわち、プリカーサイオンは、運動エネルギーが数〜数十keVのものに対して、初期状態で50〜100eV程度の運動エネルギー分布を有する。このプリカーサイオンを減速させて運動エネルギーを減少させる際に、例えば、運動方向と同一方向の電場により減速させる方法では、運動エネルギー分布がそのまま保存され50〜100eV程度のものとなる。また、運動方向と直行する直行方向の電場により減速させる方法では、プリカーサイオンの空間的な拡がりがそのまま維持される(例えば、特許文献1参照)。また、減速方向に対して斜め方向に印加される電場により減速させる方法では、プリカーサイオンの空間的な拡がりが拡大する。
【0006】
これらのことから、プリカーサイオンの運動エネルギー分布および空間的な拡がりを、共に小さく抑えつつ、プリカーサイオンを減速させるタンデム型質量分析装置をいかに実現するかが重要となる。
【0007】
この発明は、上述した背景技術による課題を解決するためになされたものであり、プリカーサイオンの運動エネルギー分布および空間的な拡がりを、共に小さく押さえつつ、プリカーサイオンを減速させるタンデム型質量分析装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上述した課題を解決し、目的を達成するために、請求項1に記載の発明にかかるタンデム型質量分析装置は、試料をイオン化し、前記イオン化されたプリカーサイオンの分離抽出を行う第1の質量分析装置と、前記第1の質量分析装置から射出される、前記分離抽出されたプリカーサイオンを減速させる減速手段と、前記プリカーサイオンの構成物質であるプロダクトイオンの質量分析を行う第2の質量分析装置と、を備えるタンデム型質量分析装置であって、前記減速手段は、前記射出されるプリカーサイオンの進行方向と若干の角度を有する減速方向に減速電場を発生させる減速電極および前記減速電極に印可される電圧を変化させる可変電源を有し、前記減速電極は、前記プリカーサイオンを射出する前記第1の質量分析装置の射出口の近傍位置から、前記減速方向に対向して並ぶ第1、第2および第3の電極、並びに、前記第2および第3の電極間の前記減速方向の中心位置から前記減速方向と直交する直行方向に距離を置いて配設される第4の電極を有し、前記中心位置は、前記プリカーサイオンが有する前記減速方向の速度成分が零となる位置とし、前記可変電源は、前記プリカーサイオンが前記中心位置に到達する際に、前記第2および第3の電極を同一電位とし、さらに前記プリカーサイオンが正電荷を有する際に、前記第4の電極を前記同一電位に対して低い電位とし、前記プリカーサイオンが負電荷を有する際に、前記第4の電極を前記同一電位に対して高い電位とすることを特徴とする。
【0009】
この請求項1に記載の発明では、プリカーサイオンが有する減速方向の速度成分が零となる第2および第3の電極間の中心位置にプリカーサイオンが到達する際に、可変電源により、第2および第3の電極を同一電位とし、さらにプリカーサイオンが正電荷を有する際に、第4の電極をこの同一電位に対して低い電位とし、プリカーサイオンが負電荷を有する際に、第4の電極をこの同一電位に対して高い電位とする。
【0010】
また、請求項2に記載の発明にかかるタンデム型質量分析装置は、請求項1に記載のタンデム型質量分析装置において、前記第2および第3の電極が、前記中心位置を通る前記直行方向の軸を対称軸として、前記減速方向に軸対称な構造を備えることを特徴とする。
【0011】
この請求項2に記載の発明では、第2および第3の電極間に軸対称な電場を形成し、プリカーサイオンを対称軸に沿って集束させる。
また、請求項3に記載の発明にかかるタンデム型質量分析装置は、請求項1または2に記載のタンデム型質量分析装置において、前記第1の質量分析装置が、磁場型質量分析装置あるいは飛行時間型質量分析装置であることを特徴とする。
【0012】
この請求項3に記載の発明では、第1の質量分析装置から射出されるプリカーサイオンの運動エネルギー分布が、10〜100eV程度のものとする。
また、請求項4に記載の発明にかかるタンデム型質量分析装置は、請求項1ないし3のいずれか1つに記載のタンデム型質量分析装置において、前記タンデム型質量分析装置が、前記減速手段および前記第2の質量分析装置の間にイオンガイドを備えることを特徴とする。
【0013】
この請求項4に記載の発明では、イオンガイドにより、プリカーサイオンの輸送効率を高める。
また、請求項5に記載の発明にかかるタンデム型質量分析装置は、請求項1ないし4のいずれか1つに記載のタンデム型質量分析装置において、前記第2の質量分析装置が、イオントラップ型質量分析装置あるいはフーリエ変換イオンサイクロトロン型質量分析装置であることを特徴とする。
【0014】
この請求項5に記載の発明では、第2の質量分析装置にプリカーサイオンの開裂機構を有するものとする。
また、請求項6に記載の発明にかかるタンデム型質量分析装置は、請求項5に記載のタンデム型質量分析装置において、前記タンデム型質量分析装置が、前記イオントラップ型質量分析装置で捕獲および開裂されたプロダクトイオンを質量分析する第3の質量分析装置を備えることを特徴とする。
【0015】
この請求項6に記載の発明では、第2の質量分析装置で形成されたプロダクトイオンを、第2の質量分析装置とは別の第3の質量分析装置で質量分析する。
また、請求項7に記載の発明にかかるタンデム型質量分析装置は、請求項5に記載のタンデム型質量分析装置において、前記フーリエ変換イオンサイクロトロン型質量分析装置が、前記プリカーサイオンを開裂させてプロダクトイオンを生成する際に、ECD法あるいはIRPMD法を用いることを特徴とする。
【0016】
また、請求項8に記載の発明にかかるタンデム型質量分析装置は、請求項1に記載のタンデム型質量分析装置において、前記タンデム型質量分析装置が、前記プリカーサイオンを開裂させる開裂手段を備えることを特徴とする。
【0017】
この請求項8に記載の発明では、第2の質量分析装置に、開裂機構を有しないものを用いる。
また、請求項9に記載の発明にかかるタンデム型質量分析装置は、請求項5、6あるいは8に記載のタンデム型質量分析装置において、前記イオントラップ型質量分析装置あるいは前記開裂手段が、ガスとの衝突により、前記プリカーサイオンを開裂させるCID法を用いることを特徴とする。
【発明の効果】
【0018】
本発明によれば、第1の質量分析装置から射出されるプリカーサイオンの運動エネルギー分布および空間分布を小さなものとし、このプリカーサイオンから形成されるプロダクトイオンを第2の質量分析装置で質量分析する際の、スペクトル分解能および質量精度の劣化を防止することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0019】
以下に添付図面を参照して、この発明にかかるタンデム型質量分析装置を実施するための最良の形態について説明する。なお、これにより本発明が限定されるものではない。
まず、本実施の形態にかかるタンデム型質量分析装置10の全体構成について説明する。図1は、タンデム型質量分析装置10の全体構成を示す構成図である。タンデム型質量分析装置10は、第1の質量分析装置11、第1の電極12、第2の電極13、第3の電極14、第4の電極15、イオンガイド16、開裂手段17、第2の質量分析装置18、筐体25、電源部19、可変電源部20および可変電源部21を含む。なお、図中のxy座標は、すべての図面で共通する座標軸方向を示している。
【0020】
ここで、筐体25は、第1の質量分析装置11、第1の電極12、第2の電極13、第3の電極14、第4の電極15、イオンガイド16、開裂手段17および第2の質量分析装置18を内蔵する真空容器で、図示しない排気手段により、内部が高真空状態とされる。
【0021】
第1の質量分析装置11は、例えば磁場型質量分析装置を用いる。なお、第1の質量分析装置11として、飛行時間型質量分析装置(TOFMS)を用いることもできる。磁場型の質量分析装置では、イオン源で試料をイオン化し、このプリカーサイオンを一定の加速電圧Vaで加速する。この際、プリカーサイオンの有する価数をZ、質量をM、素電荷をeとすると、プリカーサイオンが獲得する速度vは、
【0022】
【数1】

【0023】
となる。この後、速度vのプリカーサイオンは、均一な磁束密度Bを有する空間内に、磁束密度Bと直交する方向から入力される。この際、プリカーサイオンは、速度vに反比例する半径rmで回転運動を行う。ここで、半径rmと速度vの関係は、
【0024】
【数2】

【0025】
となる。上述した式から、プリカーサイオンの質量電荷比M/Zは、
【0026】
【数3】

【0027】
となる。ここで、第1の質量分析装置11が半径rmで飛行するプリカーサイオンのみを取り出す構造を有する際には、第1の質量分析装置11は、磁束密度Bの大きさを変化させる走査を行い、M/Zの異なるプリカーサイオンを順次取得し、マススペクトルを得る。また、特定のプリカーサイオンを分離抽出する際には、磁束密度Bの大きさが固定され、第1の質量分析装置11の射出口3から、特定のプリカーサイオンが射出される。ここで、この飛行でプリカーサイオンが獲得する運動エネルギーは、数〜数十keVであり、運動エネルギーの分布は、10〜100eV程度のものとなる。
【0028】
第1の電極12、第2の電極13、第3の電極14、第4の電極15、電源部19、可変電源部20および可変電源部21は、プリカーサイオンの減速手段をなし、第1の質量分析装置11から射出されたイオンビーム1を減速させる。
【0029】
ここで、第1〜第3の電極12〜14は、例えば、互いに平行となる様に配設されるメッシュ状の平面導体パターンからなり、第1の質量分析装置11から射出されるイオンビーム1は、このメッシュ状の平面導体パターンを透過する。図1には、このメッシュ状の平面導体パターンの断面が点線により図示されている。
【0030】
また、第1〜第3の電極12〜14には、電源部19および可変電源部20が接続され、x軸方向と一致する減速方向にプリカーサイオンの減速電場を発生する。図1には、イオンビーム1が正電荷を有する場合に第1〜第3の電極12〜14に印加される電源部19および可変電源部20が図示されている。
【0031】
第1の電極12および第2の電極13間には、速度vを有する正イオンを減速させる減速電場がx軸方向と一致する減速方向に形成され、第2の電極13および第3の電極14間にも、同様に正イオンを減速させる減速電場がx軸方向と一致する減速方向に形成される。なお、第1の電極12および第2の電極13間に形成される電圧の大きさは、10kV程度のものであり、第2の電極13および第3の電極14間に形成される電圧の大きさは数100V程度のものである。
【0032】
ここで、第1の質量分析装置11から射出されるイオンビーム1の射出方向は、第1〜第3の電極12〜14間に形成される電場の方向であるx軸方向とは、若干の傾き、例えば2度程度の傾きを有する。これにより、プリカーサイオンが有するx軸方向の運動エネルギー分布は、概ね10〜100eV程度であるのに対して、y軸方向の運動エネルギー分布は、1〜10eV程度の小さなものとなる。
【0033】
また、可変電源部20は、出力される電源電圧が可変になっており、0〜数100V程度まで可変可能となっている。
第4の電極15は、例えば中央部にプリカーサイオンを通過させる穴を有するリング状の電極板からなり、第2の電極13および第3の電極14からy軸方向に所定距離だけ離れ、この電極板の穴のx軸方向位置は、第2の電極13および第3の電極14間のx軸方向中心位置とされる。そして、第4の電極15および第3の電極14間には、可変電源部21が接続される。そして、第4の電極15および第3の電極14間には、プリカーサイオンをy軸方向に加速させる加速電場が発生させられる。なお、第4の電極15および第3の電極14間に印加される電圧は、数100V程度のものである。
【0034】
イオンガイド16は、第4の電極15を通過したプリカーサイオンを、拡散させることなく開裂手段17に導入させるためのもので、例えば内部に電極板を有し、プリカーサイオンを開裂手段17に誘導する電場を形成する。
【0035】
開裂手段17は、導入されたプリカーサイオンを開裂させ、このプリカーサイオンを構成する複数のプロダクトイオンに分解する。プリカーサイオンの開裂は、プリカーサイオンをガス状の物質と衝突させて開裂させるCID(Collision Induced Dissociation)法、あるいはプリカーサイオンに光を照射させて開裂させる方法等を用いることができる。
【0036】
第2の質量分析装置18は、開裂手段17により形成されたプロダクトイオンの質量分析を行う。第2の質量分析装置18は、第1の質量分析装置11と同様の磁場型質量分析装置であっても良いしあるいはその他の四重極質量分析装置(QMS)、イオントラップ質量分析装置(ITMS)、TOF型質量分析装置(TOFMS)、フーリエ変換イオンサイクロトロン共鳴型質量分析装置(FT−ICRMS)等を用いることもできる。そして、タンデム型質量分析装置10は、第2の質量分析装置18で取得されるプロダクトイオンの質量情報に基づいて、開裂前のプリカーサイオンの構造情報を取得する。
【0037】
制御手段24は、演算部、記憶部等からなり第1の質量分析装置11、可変電源部20、開裂手段17および第2の質量分析装置18を制御し、第1の質量分析装置11から射出されるプリカーサイオンを、運動エネルギー分布および空間分布を小さくした状態で開裂させる。
【0038】
つぎに、制御手段24の動作を、図2を用いて説明する。図2は、制御手段24の動作を示すフローチャートである。まず、制御手段24は、第1の質量分析装置11を用いて、開裂させるプリカーサイオンを分離抽出する(ステップS201)。このプリカーサイオンは、第1の質量分析装置11のイオン源でイオン化された試料から、例えば、磁場型質量分析装置で分離抽出される。なお、上述した様に、分離抽出されたプリカーサイオンは、射出口3から、減速電場が発生されるx軸方向と若干の角度を有する斜め方向に射出される。
【0039】
その後、制御手段24は、プリカーサイオンに、x軸方向の速度成分を減速させる減速電圧を印加する(ステップS202)。この減速電圧の一例を、図3(A)に示す。第1の電極12、第2の電極13、第3の電極14および第4の電極15の電位は、−10kV、−0.5kV、0.5kVおよび0kVにされる。なお、第1の電極12および第2の電極13間の電位は、電源部19により供給され、第2の電極13および第3の電極14間の電位は、可変電源部20により供給され、第3の電極14および第4の電極15間の電位は、可変電源部21により供給される。
【0040】
ここで、第1の電極12、第2の電極13および第3の電極14は、x軸方向に95cmおよび5cmの間隔を持って順次配列されている。これにより、これら電極により形成されるx軸方向電位は、図3(A)に示す様な線形の変化を伴うものとなる。そして、この電位の勾配である減速電場は、x軸の負の方向を向く一定の大きさのものとなる。また、第4の電極15は、第2の電極13および第3の電極14のx軸方向中心位置に、x軸と直交するy軸方向に距離をおいて配設される。そして、第4の電極15の電位は、第2の電極13および第3の電極14間の中心位置の電位である0Vに設定されているので、第4の電極15の存在により、x軸方向の電位分布は変化を示さない。
【0041】
また、第1〜第3の電極12〜14間の距離および電位は、第2の電極13および第3の電極14間のx軸方向中心位置において、プリカーサイオンの減速方向の速度成分が零となるように設定される。なお、上述したようにプリカーサイオンの減速方向の速度成分は分布しているので、この分布の、例えば平均速度を有するプリカーサイオンの減速方向速度成分が、零となるように設定される。
【0042】
図2に戻り、制御手段24は、第1の質量分析装置11から射出されたプリカーサイオンが、第2の電極13および第3の電極14の中心位置に達したタイミングで、プリカーサイオンに、y軸方向に加速する加速電圧を印可する(ステップS203)。なお、上述した様に、プリカーサイオンは、第2の電極13および第3の電極14間の中心位置に達した時点で、x軸方向の速度成分が零になるようにされている。この為に、第1の質量分析装置11の射出速度、x軸からの傾きの角度、減速電場の大きさ、並びに、第1の質量分析装置11から第2の電極13および第3の電極14の中間位置までの距離等が考慮され、切り替えのタイミングが決定される。
【0043】
図3(B)は、この加速電圧の一例を示す図である。第1の電極12、第2の電極13、第3の電極14および第4の電極15の電位は、−10kV、0.1kV、0.1kVおよび0kVにされる。なお、第2の電極13および第3の電極14間は、可変電源部20の出力を0Vにすることにより同一電位に、第3の電極14(あるいは同電位である第2の電極13)および第4の電極15間の電位は、可変電源部21により、0.1kVとされる。
【0044】
これにより、第2の電極13および第3の電極14間の電位は、両端が同一電位に保たれ、中間位置が低い電位を有するすり鉢状の電位分布を示す。図4は、第2の電極13および第3の電極14の中間位置が示すxy断面の電位分布である。なお、図4には、イオンガイド16を形成するレンズ電極および開裂手段17も図示されており、レンズ電極も含めた電位分布が図示されている。ここで、レンズ電極は、例えば−0.5kVに設定される。
【0045】
この電位分布は、第2の電極13および第3の電極14間のx軸方向における中心位置に軸対称の対称中心を有する軸対称の分布を示している。図4には、この電位分布の等電位線が、0.01kV間隔の実線で図示されている。この等電位線の勾配として定義される電場は、第2の電極13および第3の電極14の中間位置ではy軸方向を向くものの、この中間位置から第2の電極13あるいは第3の電極14に近づく周辺部では、電場は中間位置の方向に傾いた状態となる。この為、中心位置からずれた周辺部に存在する正電荷のプリカーサイオンは、中心位置の方向に向かう力を受け集束される。また、この電位分布は、全体として正のy軸方向に向かう勾配を有し、正電荷のプリカーサイオンは加速されて開裂手段17に入射する。
【0046】
図5は、図4に示す様な電位分布の第2の電極13および第3の電極14間に、イオンビーム1が入射した後、開裂手段17に到達する迄のイオンビーム1の飛跡を図示したものである。ここで、イオンビーム1には、入射の際の運動エネルギー、位置あるいは入射角度がばらつきを有する際の各々の場合について、飛跡のシミュレーション結果が図示されている。
【0047】
図5(A)は、イオンビーム1の運動エネルギーが、10012±50eVのばらつきを有する場合の飛跡を図示している。この場合、イオンビーム1は、異なる速度のプリカーサイオンを含むので、加速電場を印加してx軸方向からy軸方向に折れ曲がる際に、x軸方向位置がプリカーサイオンごとに異なり拡がる。ここで、プリカーサイオンが第2の電極13および第3の電極14間のx軸方向の中心位置からずれる場合には、中心位置方向に向かう力がプリカーサイオンに働くので、このプリカーサイオンの拡がりは集束されつつy軸方向に加速される。
【0048】
図5(B)は、イオンビーム1の位置が、y軸方向に±0.5mmのばらつき、すなわち拡がりを持って入射する場合の飛跡を図示している。この場合、イオンビーム1は、x軸方向の同一位置でy軸方向に折れ曲がるので、折れ曲がったイオンビーム1は、拡がりが小さく、高い集束性を示す。
【0049】
図5(C)は、イオンビーム1の入射角度が、2°±0.3°のばらつきを有する場合の飛跡を図示している。この場合、イオンビーム1は、加速電場を印加してx軸方向からy軸方向に折れ曲がる際に、x軸方向位置およびy軸方向位置が共にプリカーサイオンごとに異なる。しかし、プリカーサイオンのx軸方向の拡がりは、プリカーサイオンに働く中心位置方向に向かう力により集束される。
【0050】
ここで、イオンビーム1は、以上に述べたシミュレーションの様な入射の際の運動エネルギー、位置あるいは角度のばらつきを有する際に、開裂手段17に到達するタイミングで運動エネルギーが90±10eVおよびx軸方向のビーム幅1mm程度を有する。
【0051】
なお、正イオンが有するx軸方向の大きなエネルギー分布は、y軸方向に移動させられる際の移動方向のばらつきとなる。一方、このばらつきは、集束性を有する加速電圧により小さなものとされるので、事実上x軸方向の大きなエネルギー分布を小さくすることとなり、y軸方向の小さなエネルギー分布が支配的となる。また、この際のプリカーサイオンの運動エネルギー分布は、数10eV程度のものとなる。
【0052】
また、これらのことから、例えば、減速電圧から加速電圧に切り替えるタイミングがずれた場合にも、プリカーサイオンは中心位置方向に集束させられ、第4の電極15の中央に位置する穴に、プリカーサイオンを導くことができる。また、加速電圧の存在により、開裂手段17に入力されるプリカーサイオンの運動エネルギーの大きさを調整することもでき、開裂手段17あるいは第2の質量分析装置18にとって最適なものとすることができる。
【0053】
図2に戻り、制御手段24は、y軸方向に加速されたプリカーサイオンを、開裂手段17に入力しプリカーサイオンの開裂を行う(ステップS204)。そして、プリカーサイオンを構成する複数のプロダクトイオンを、独立したものとして生成する。
【0054】
その後、制御手段24は、第2の質量分析装置18を用いて、ステップS204で生成されたプロダクトイオンの質量分析を行い(ステップS205)、本処理を終了する。ここで、上述した様に、プリカーサイオンの運動エネルギーのばらつきは、±10eV、x軸方向のビーム幅は、1mm程度に抑えられる。従って、このプリカーサイオンから生成されるプロダクトイオンの運動エネルギーは、背景技術の欄で述べた様に、±10eV程度の範囲に抑えられる。これにより、第2の質量分析装置18は、プロダクトイオンスペクトルの分解能あるいは質量精度の劣化を招くことなく質量分析を行う。
【0055】
上述してきたように、本実施の形態では、第1の質量分析装置11で生成および抽出されるプリカーサイオンを、第1の電極12、第2の電極13および第3の電極14に対して、これら電極より形成される減速電場の方向と若干の角度を有する斜め方向に入射し、減速電場方向の速度が零となる第2の電極13および第3の電極14の中心位置にプリカーサイオンが到達するタイミングで、減速電場と直交する加速電場を印可し、開裂手段17に入力させることとしているので、プリカーサイオンの運動エネルギー分布を小さなものとし、ひいては開裂手段17によりプリカーサイオンから形成されるプロダクトイオンの運動エネルギー分布も小さなものとし、第2の質量分析装置18においてプロダクトイオンの質量分析を行う際のスペクトル分解能および質量精度の劣化を防止する。
【0056】
また、本実施の形態では、開裂手段17により、プリカーサイオンを開裂させ複数のプロダクトイオンを生成したが、この開裂を第2の質量分析装置で行うこともできる。この場合、第2の質量分析装置としては、イオントラップ型質量分析装置(ITMS)あるいはフーリエ変換イオンサイクロトロン共鳴型質量分析装置(FTICRMS)が用いられる。
【0057】
図5は、この場合のタンデム型質量分析装置50の全体構成を示す構成図である。図1に示したタンデム型質量分析装置10の開裂手段17および第2の質量分析装置18が、ITMSあるいはFTICRMSからなる第2の質量分析装置51に置き換えられている。その他の構成は、図1に示したタンデム型質量分析装置10と全く同様である。また、ITMSからなる第2の質量分析装置51を用いる場合には、内蔵されるイオントラップで開裂されたプロダクトイオンを、さらに後段に接続される図示しない第3の質量分析装置を用いて質量分析を行うこともできる。
【0058】
また、イオントラップ型質量分析装置およびフーリエ変換イオンサイクロトロン共鳴型質量分析装置に加え四重極質量分析装置は、効率良くプリカーサイオンを導入する為に、プリカーサイオンの運動エネルギーを数10eVと低く抑えると共に、プリカーサイオンの進入孔の大きさは、直径が数mm程度と小さなものにされる。この為、これら質量分析装置に上述した第1〜第4の電極12〜15等からなる減速手段を用いてプリカーサイオンを導入することは、プリカーサイオンの運動エネルギー分布および空間分布を小さなものとするので、スペクトル分解能および質量精度の劣化のない質量分析を可能とする。
【0059】
また、第2の質量分析装置として、フーリエ変換イオンサイクロトロン共鳴型質量分析装置を用いた場合には、プリカーサイオンを開裂させる方法としてECD(Electron Capture Dissociation)法あるいはIRPMD(Infrared Multi―photon Dissociation)法を用いることもできる。
【図面の簡単な説明】
【0060】
【図1】タンデム型質量分析装置の全体構成を示すブロック図である。
【図2】実施の形態におけるタンデム型質量分析装置の動作を示すフローチャートである。
【図3】実施の形態における電極間の電位分布を示す説明図である。
【図4】第2および第3の電極間の電位分布の詳細を示す説明図である。
【図5】第2および第3の電極間に入射したイオンビームの飛跡を示す説明図である。
【図6】開裂手段を除いたタンデム型質量分析装置の全体構成を示すブロック図である。
【符号の説明】
【0061】
1 イオンビーム
3 射出口
10、50 タンデム型質量分析装置
11 第1の質量分析装置
12〜15 第1〜第4の電極
16 イオンガイド
17 開裂手段
18、51 第2の質量分析装置
19 電源部
20、21 可変電源部
24 制御手段
25 筐体

【特許請求の範囲】
【請求項1】
試料をイオン化し、前記イオン化されたプリカーサイオンの分離抽出を行う第1の質量分析装置と、
前記第1の質量分析装置から射出される、前記分離抽出されたプリカーサイオンを減速させる減速手段と、
前記プリカーサイオンの構成物質であるプロダクトイオンの質量分析を行う第2の質量分析装置と、
を備えるタンデム型質量分析装置であって、
前記減速手段は、前記射出されるプリカーサイオンの進行方向と若干の角度を有する減速方向に減速電場を発生させる減速電極および前記減速電極に印可される電圧を変化させる可変電源を有し、
前記減速電極は、前記プリカーサイオンを射出する前記第1の質量分析装置の射出口の近傍位置から、前記減速方向に対向して並ぶ第1、第2および第3の電極、並びに、前記第2および第3の電極間の前記減速方向の中心位置から前記減速方向と直交する直行方向に距離を置いて配設される第4の電極を有し、
前記中心位置は、前記プリカーサイオンが有する前記減速方向の速度成分が零となる位置とし、
前記可変電源は、前記プリカーサイオンが前記中心位置に到達する際に、前記第2および第3の電極を同一電位とし、さらに前記プリカーサイオンが正電荷を有する際に、前記第4の電極を前記同一電位に対して低い電位とし、前記プリカーサイオンが負電荷を有する際に、前記第4の電極を前記同一電位に対して高い電位とすることを特徴とするタンデム型質量分析装置。
【請求項2】
前記第2および第3の電極は、前記中心位置を通る前記直行方向の軸を対称軸として、前記減速方向に軸対称な構造を備えることを特徴とする請求項1に記載のタンデム型質量分析装置。
【請求項3】
前記第1の質量分析装置は、磁場型質量分析装置あるいは飛行時間型質量分析装置であることを特徴とする請求項1または2に記載のタンデム型質量分析装置。
【請求項4】
前記タンデム型質量分析装置は、前記減速手段および前記第2の質量分析装置の間にイオンガイドを備えることを特徴とする請求項1ないし3のいずれか1つに記載のタンデム型質量分析装置。
【請求項5】
前記第2の質量分析装置は、イオントラップ型質量分析装置あるいはフーリエ変換イオンサイクロトロン型質量分析装置であることを特徴とする請求項1ないし4のいずれか1つに記載のタンデム型質量分析装置。
【請求項6】
前記タンデム型質量分析装置は、前記イオントラップ型質量分析装置で捕獲および開裂されたプロダクトイオンを質量分析する第3の質量分析装置を備えることを特徴とする請求項5に記載のタンデム型質量分析装置。
【請求項7】
前記フーリエ変換イオンサイクロトロン型質量分析装置は、前記プリカーサイオンを開裂させてプロダクトイオンを生成する際に、ECD法あるいはIRPMD法を用いることを特徴とする請求項5に記載のタンデム型質量分析装置。
【請求項8】
前記タンデム型質量分析装置は、前記プリカーサイオンを開裂させる開裂手段を備えることを特徴とする請求項1に記載のタンデム型質量分析装置。
【請求項9】
前記イオントラップ型質量分析装置あるいは前記開裂手段は、ガスとの衝突により、前記プリカーサイオンを開裂させるCID法を用いることを特徴とする請求項5、6あるいは8に記載のタンデム型質量分析装置。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図5】
image rotate

【図6】
image rotate


【公開番号】特開2007−287404(P2007−287404A)
【公開日】平成19年11月1日(2007.11.1)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−111530(P2006−111530)
【出願日】平成18年4月14日(2006.4.14)
【出願人】(000004271)日本電子株式会社 (811)
【Fターム(参考)】