タンデム型飛行時間型質量分析法
【課題】従来のTOF/TOF測定方法の欠点を克服した新しいTOF/TOF測定方法を提供する。
【解決手段】複数の同位体イオンをイオンゲートで1つずつ選択し、開裂させてプロダクトイオンを測定する際に、各同位体イオンが同じ飛行時間で前記第1の飛行時間型質量分析装置を通過できるように、飛行時間型質量分析装置の加速電圧および/または飛行時間型イオン光学系の設定電圧を微調整し、その結果、各同位体イオンの飛行時間がその質量の違いにも関わらず同じ時間となるようにして各プロダクトイオンスペクトルを取得する第1の工程、取得された各同位体イオン由来のプロダクトイオンスペクトルを同じ飛行時間同士で重畳させて足し合わせ、全体のプロダクトイオンスペクトルを合成する第2の工程、合成されたプロダクトイオンスペクトルの飛行時間軸を質量軸に変換する第3の工程を備えた。
【解決手段】複数の同位体イオンをイオンゲートで1つずつ選択し、開裂させてプロダクトイオンを測定する際に、各同位体イオンが同じ飛行時間で前記第1の飛行時間型質量分析装置を通過できるように、飛行時間型質量分析装置の加速電圧および/または飛行時間型イオン光学系の設定電圧を微調整し、その結果、各同位体イオンの飛行時間がその質量の違いにも関わらず同じ時間となるようにして各プロダクトイオンスペクトルを取得する第1の工程、取得された各同位体イオン由来のプロダクトイオンスペクトルを同じ飛行時間同士で重畳させて足し合わせ、全体のプロダクトイオンスペクトルを合成する第2の工程、合成されたプロダクトイオンスペクトルの飛行時間軸を質量軸に変換する第3の工程を備えた。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、微量化合物の定量分析、定性一斉分析、および試料イオンの構造解析分野に用いられるタンデム型飛行時間型質量分析法に関する。
【背景技術】
【0002】
[飛行時間型質量分析計(TOFMS)]
TOFMSは、一定量のエネルギーを与えてイオンを加速・飛行させ、検出器に到達するまでに要する時間からイオンの質量電荷比を求める質量分析装置である。TOFMSでは、イオンを一定のパルス電圧Vaで加速する。このとき、イオンの速度vは、エネルギー保存則から、
mv2/2 = qeVa ………(1)
v = √(2qeV/m) ………(2)
と表わされる(ただしm:イオンの質量、q:イオンの電荷、e:素電荷)。
【0003】
一定距離Lの後に置いた検出器には、飛行時間Tで到達する。
【0004】
T = L/v = L√(m/2qeV) ………(3)
式(3)により、飛行時間Tがイオンの質量mによって異なることを利用して、質量を分離する装置がTOFMSである。図1に直線型TOFMSの一例を示す。また、イオン源と検出器の間に反射場を置くことにより、エネルギー収束性の向上と飛行距離の延長を可能にする反射型TOFMSも広く利用されている。図2に反射型TOFMSの一例を示す。
【0005】
[らせん軌道TOFMS]
TOFMSの質量分解能は、総飛行時間をT、ピーク幅をΔTとすると、
質量分解能 = T/2ΔT ………(4)
で定義される。すなわち、ピーク幅ΔTを一定にして、総飛行時間Tを延ばすことができれば、質量分解能を向上させられる。しかし、従来の直線型、反射型のTOFMSでは、総飛行時間Tを延ばすこと、すなわち総飛行距離を延ばすことは装置の大型化に直結する。装置の大型化を避け、かつ高質量分解能を実現するために開発された装置が、多重周回型TOFMS(非特許文献1)である。この装置は、円筒電場にマツダプレートを組み合わせたトロイダル電場を4個用い、8の字型の周回軌道を多重周回させることにより、総飛行時間Tを延ばすことができる。この装置では、初期位置、初期角度、初期運動エネルギーによる検出面での空間的な広がりと時間的な広がりを1次の項まで収束させることに成功している。
【0006】
しかし、閉軌道を多重周回するTOFMSには、「追い越し」の問題が存在する。これは閉軌道を多重周回するため、軽いイオン(速度大きい)が重いイオン(速度小さい)を追い越してしまうことにより起こる。このため、検出面に軽いイオンから順に到着するというTOFMSの基本概念が通用しなくなる。
【0007】
この問題を解決するために考案されたのが、らせん軌道型TOFMSである。らせん軌道型TOFMSは、閉軌道の始点と終点を閉軌道面に対して垂直方向にずらすことを特徴としている。これを実現するためには、イオンをはじめから斜めに入射する方法(特許文献1)や、デフレクタを用いて閉軌道の始点と終点を垂直方向にずらす方法(特許文献2)、積層トロイダル電場を用いる方法(特許文献3)がある。
【0008】
また、同様のコンセプトとして、追い越しの起こる多重反射型TOFMS(特許文献4)の軌道をジグザグ型にしたTOFMSも考案されている(特許文献5)。
【0009】
[MALDI法と遅延引き出し法]
MALDI法は、使用するレーザー光波長に吸収帯をもつマトリックス(液体や結晶性化合物、金属粉など)に試料を混合溶解させて固化し、これにレーザー照射して試料を気化あるいはイオン化させる方法である。MALDI法に代表されるレーザーによるイオン化では、イオン生成時の初期エネルギー分布が大きくこれを時間収束させるため、遅延引き出し法がほとんどの場合で用いられる。これは、レーザー照射より数百nsec遅れてパルサー電圧を印加する方法である。
【0010】
一般的なMALDIイオン源と遅延引き出し法の概念図を図3に示す。サンプルプレート上に、マトリックス(液体や結晶性化合物、金属粉など)に試料を混合溶解させて固化したサンプルを載せる。サンプルの状態が観察できるように、レンズ2、ミラー2、CCDカメラを配置している。レンズ1、ミラー1によりレーザーをサンプルに照射し、サンプルを気化あるいはイオン化する。生成したイオンは、中間電極1、ベース電極に印加された電圧により加速され質量分析部に導入される。
【0011】
次に遅延引き出し法の飛行時間測定のシーケンスを図3に合わせて示す。まず、中間電極1とサンプルプレートの電位を同電位Vsにしておく。次にレーザー発振を知らせるレーザーからの信号を受けてから、数百nsec後に中間電極1の電位Vsを高速で電位V1に変化させ、サンプルプレートと中間電極1の間に電位勾配を作り、生成したイオンを加速させる。飛行時間計測の開始時間は、パルサーの立ち上がり時間と同期させる。
【0012】
[垂直加速TOFMS]
MALDI法は、パルス的にイオンを生成するため、TOFMSとの相性が非常に良い。しかしながら、質量分析法のイオン化法には、電子衝撃(EI)、化学イオン化(CI)、エレクトロスプレー(ESI)、大気圧化学イオン化(APCI)といった連続的にイオンを生成するイオン化法も数多くある。これらのイオン化法とTOFMSを組み合わせるために開発されたのがOrthogonal Acceleration(垂直加速法)である。
【0013】
図4に垂直加速法を用いたTOFMS(以下垂直加速型TOFMS)の概念図を示す。連続的にイオンを生成するイオン源から生成したイオンビームは、数十eVの運動エネルギーで垂直加速部に連続的に輸送される。垂直加速部では十kV程度のパルス電圧を印加し、イオンをイオン源からの輸送方向に対して垂直方向に加速する。パルス電圧印加後、イオンが検出器に到達するまでの時間が、イオンの質量により異なることから、質量分離を行なう。
【0014】
[MS/MS測定とTOF/TOF装置]
一般的な質量分析では、イオン源で生成したイオン群を質量分析部にてm/z値ごとに分離し検出する。結果は各イオンのm/z値および相対強度をグラフ化したマススペクトルという形で表わされ、このとき得られる情報は質量のみである。以下、この測定を後述のMS/MS測定に対し、MS測定と呼ぶ。これに対し、イオン源で生成した特定のイオンを初段のMS装置で選択し(選択されたイオンはプリカーサイオンと呼ばれる)、そのイオンを自発的または強制的に開裂させ、生成したイオン群(開裂生成したイオンはプロダクトイオンと呼ばれる)を後段のMS装置で質量分析するMS/MS測定があり、それが可能な装置をMS/MS装置と呼ぶ。
【0015】
MS/MS測定では、プリカーサイオンのm/z値と複数の開裂経路で生成するプロダクトイオンのm/z値、相対強度情報が得られるため、プリカーサイオンの構造情報を得ることができる(図5)。TOFMSを2台直列接続したMS/MS装置は、一般的にTOF/TOFと呼ばれ、主にMALDIイオン源を採用した装置に使用されている。従来のTOF/TOFは、図6に示すように、直線型TOFMSと反射型TOFMSで構成される。その間には、プリカーサイオンを選択するためのイオンゲートが設けられ、イオンゲート付近に第1TOFMSの収束点が配置される。
【0016】
プリカーサイオンは、自発的に開裂する場合や、第1TOFMSもしくは第2TOFMSの反射場以前に配置された衝突室において強制的に開裂させられる。開裂生成したプロダクトイオンの運動エネルギーは、プロダクトの質量に比例して配分され、
Up = Ui×m/M ………(5)
(ただしUp:プロダクトイオンの運動エネルギー、Ui:プリカーサイオンの運動エネルギー、m:プロダクトイオンの質量、M:プリカーサイオンの質量)となる。反射場を含む第2TOFMSでは、質量および運動エネルギーにより飛行時間が異なるため、プロダクトイオンを質量分析することができる。
【0017】
【非特許文献1】M. Toyoda, D. Okumura, M. Ishihara and I. Katakuse, J. Mass Spectrom., 2003, 38, pp. 1125-1142.
【特許文献1】特開2000−243345号公報
【特許文献2】特開2003−86129号公報
【特許文献3】特開2006−12782号公報
【特許文献4】英国特許第2080021号公報
【特許文献5】国際公開第2005/001878号パンフレット
【特許文献6】特開2005−302728号公報
【特許文献7】米国特許第6441369号公報
【特許文献8】米国特許第6300627号公報
【特許文献9】米国特許第4625112号公報
【特許文献10】特開2006−196216号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0018】
[従来技術の問題点]
一般的にサンプルイオンでは、サンプルイオンを構成する炭素、酸素、窒素、水素などに同位体が存在するため、その組み合わせによって、サンプルイオンの質量が複数種存在することになる。質量スペクトルに現れる同じ分子で質量の異なるピークの一群を一般的に「同位体ピーク」と呼ぶ。Angiotensin I(C62H90N17O14)の例を図7に示す。図7より、1unit(unitは12Cの質量を12unitと定義した質量単位)間隔でいくつかのイオンが存在することが分かる。その中で一番質量の小さい、すなわち12C、16O、14N、1H等、単一同位体のみで構成されるピークは、「モノアイソトピックイオン」と呼ばれる。
【0019】
さて従来のように第1TOFMSにリニア型TOFMSを採用した場合、その飛行距離を数百mm程度しか取ることができない。この程度の飛行距離では、同位体ピーク間の飛行時間差は十nsec以下であり、イオンゲートの切り替えスピードを考えると、高選択性を望むことは不可能であり、複数の同位体イオンを通過させることになる。しかしながら、複数の同位体イオンを選択すると大きな問題が起こる。以下にその説明を行なう。
【0020】
仮に反射電場を含む第2TOFMSが完全にエネルギー収束を満たす系(プロダクトイオンの運動エネルギーの違いによって飛行時間が変化しない系)だとすると、第1TOFMSを通過する時間はプリカーサイオンの質量に依存し、第2TOFMSの飛行時間はプロダクトイオンの質量に依存した値となる。
【0021】
ここで話を簡単にするため、ある1価のプリカーサイオンからそれぞれ2種類の同位体を持つ1価の電荷を持つプロダクトイオンと中性粒子に開裂する場合を考える(表1、2参照)
【0022】
【表1】
【0023】
【表2】
【0024】
開裂前は、プロダクトイオンと中性粒子が結合していたため、プリカーサイオンの組み合わせは16通り(表3)であるが、質量としては7通り(M、M+1、M+2、M+3、M+4、M+5、M+6:ただし、M=m+n)となる。それぞれの開裂種の検出器への到達時間は、第1TOFMSにおける質量Xのプリカーサイオンの飛行時間をT1,X、第2TOFMSにおける質量Yのプロダクトイオンの飛行時間をT2,Yとすると、両者の和(T1,X+T2,Y)となる。
【0025】
また強度比は、それぞれの場合のプロダクトイオンと中性粒子の強度比の掛け算で表わされる。簡単のため、Rm:Rm+1:Rm+2:Rm+3=Rn:Rn+1:Rn+2:Rn+3=0.4:0.3:0.2:0.1とすると、各組み合わせの強度比とプリカーサイオンの同位体ピーク比は表3のようになる。
【0026】
【表3】
【0027】
表3をプロダクトイオンの視点から見ると、表4のようになる。
【0028】
【表4】
【0029】
質量m近傍のプロダクトイオンスペクトルは図8のようになる。ただし、ΔT1は第1TOFMSにおけるプリカーサイオンの同位体ピーク間の飛行時間差、ΔT2は第2TOFMSにおけるプロダクトイオンの同位体イオン間の飛行時間差である。それぞれの同位体間の飛行時間差は、ほぼ同じと考える。
【0030】
図8に示されるように、プリカーサイオンの質量が異なるために、同じ質量であるプロダクトイオン(例えば、1、2、4、7)間の飛行時間がずれることになる。現実的には、ピークには幅があるため、ピーク2はピーク1の裾の広がりになる場合や、ピーク1とピーク3の間のベースラインの盛り上がりとなったりする。どちらにしても、プロダクトイオンの高い質量精度を得ることはできない。
【0031】
この問題を解決するための有効な方法のひとつとして、プリカーサイオンのモノアイソトピックイオンのみを選択することが考えられる。プリカーサイオンにモノアイソトピックイオンを選択すると、そこから開裂生成するイオンもモノアイソトピックイオンのみとなり、同位体ピークの影響を排除でき、スペクトルの解釈が簡単になる上、質量精度も向上させることができる。
【0032】
らせん軌道型TOFMSは、1周回ごとに時間および空間収束性を有しているため、MALDI法と垂直加速法のどちらの場合においても、らせん軌道型TOFMSの軌道内に一度中間収束点を作る。その距離は、直線型TOFMSのときの中間収束点までの距離に比べ同等以下であり、MALDI法の遅延時間のように、イオン源由来で中間収束点での時間収束性に影響を与える要因は同程度以下に抑えられる。
【0033】
更にらせん軌道型TOFMSは、周回数が増えても中間収束点での状態を保持できるため、時間収束性を保ったまま、第1TOFMSの飛行距離を50〜100倍程度伸ばすことができる。すなわち、プリカーサイオンの同位体イオン間の飛行時間差を50〜100倍程度伸ばすことができ、ひとつの同位体イオンのみを選択することができる。
【0034】
しかしながら、プリカーサイオンの質量が大きくなるに従って、モノアイソトピックイオンの同位体イオン全体に占める割合は小さくなる。そのため、質量の大きなイオンの場合、上述のような方法を採用すると、プロダクトイオンの感度が悪くなる問題がある。また、サンプルの種類によっては、プリカーサイオンやプロダクトイオンの同位体イオンの存在比が構造決定に重要な意味を持つものも存在するが、プリカーサイオンとしてモノアイソトピックイオンのみを選択しては、プロダクトイオンにおける同位体イオンの存在比情報が失われる問題がある。
【0035】
本発明の目的は、上述した点に鑑み、上記問題を解決する方法を提案することである。らせん軌道型TOFMSを第1TOFMSに採用することにより、イオンゲートによって各同位体イオンをそれぞれ選択し、MS/MS測定を行なうことが可能である。しかしながら、主要な同位体イオンをプリカーサイオンとして選択する場合、加速電圧や扇形電場電圧を同じ条件に設定して測定すると、各同位体イオンの第1TOFMSの飛行時間が異なるので、従来技術で説明したような、スペクトル解析が複雑になるという問題が発生する。
【0036】
そこで、主要な同位体イオンをプリカーサイオンとしてプロダクトイオンを取得する際に、加速電圧や扇形電場電圧を異ならせて、第1TOFMSの飛行時間が同じになるように調整する。第2TOFMSは広い運動エネルギー収束性を有しているため、この調整によるわずかな運動エネルギーの差を吸収することができる。また、第2TOFMSは広い運動エネルギー収束性を有しているため、m/z値が同じで運動エネルギーが異なるプロダクトイオンは、同時に検出器に到着する。そのため、マススペクトルをそのまま足し合わせることができる。
【0037】
その結果、プリカーサイオンとしてモノアイソトピックイオンのみを選択したときに、質量の大きなイオンの場合に感度が低下したり、プロダクトイオンにおける同位体イオンの存在比情報が失われたりする問題を解決することができる。
【課題を解決するための手段】
【0038】
この目的を達成するため、本発明にかかるタンデム型飛行時間型質量分析法は、
サンプルをイオン化するイオン源と、
生成したイオンをパルス的に加速する加速手段と、
飛行時間型イオン光学系と
で構成され、加速されたイオンを飛行させる第1の飛行時間型質量分析装置と、
該第1の飛行時間型質量分析装置で質量分離されたイオンの中から所定の質量電荷比を持つイオンのみを選択するイオンゲートと、
該イオンゲートの後段に配置され、開裂したイオンの質量を分析する第2の飛行時間型質量分析装置と、
該第2の飛行時間型質量分析装置を通過したイオンを検出する検出器と
を備えたタンデム型飛行時間型質量分析装置の質量分析法において、
前記イオンの複数の同位体イオンを前記イオンゲートで1つずつ選択し、開裂させてプロダクトイオンを測定する際に、各同位体イオンが同じ飛行時間で前記第1の飛行時間型質量分析装置を通過できるように、前記第1の飛行時間型質量分析装置の加速電圧および/または飛行時間型イオン光学系の設定電圧を微調整し、その結果、各同位体イオンの飛行時間がその質量の違いにも関わらず同じ時間となるようにして各プロダクトイオンスペクトルを取得する第1の工程、
取得された各同位体イオン由来のプロダクトイオンスペクトルを同じ飛行時間同士で重畳させて足し合わせ、全体のプロダクトイオンスペクトルを合成する第2の工程、
合成されたプロダクトイオンスペクトルの飛行時間軸を質量軸に変換する第3の工程
を備えたことを特徴としている。
【0039】
また、前記イオン源はMALDIイオン源であることを特徴としている。
【0040】
また、前記イオン源は連続イオン源、前記加速手段は垂直加速部であり、両者はイオン輸送手段を介して接続されていることを特徴としている。
【0041】
また、前記第1の工程において、前記加速電圧および/または飛行時間型イオン光学系の設定電圧を微調整する際に、設定電圧の近傍で電圧を走査しながら複数のプロダクトイオンスペクトルを取得するとともに、前記第2の工程において、各プロダクトイオンスペクトル中の未開裂イオンのピークが検出される時間領域において、未開裂イオンのピークが許容時間誤差範囲内で検出されたプロダクトイオンスペクトルのみを足し合わせることにより、全体のプロダクトイオンスペクトルを合成することを特徴としている。
【0042】
また、前記第2の工程において、各プロダクトイオンスペクトル中の未開裂イオンのピーク強度比が、第1の飛行時間型質量分析装置において質量分離された際の各同位体イオンのピーク強度比と一致するように、それぞれのプロダクトイオンスペクトルに所定の係数を掛けた後に、全体のプロダクトイオンスペクトルを合成することを特徴としている。
【0043】
また、前記第1の飛行時間型質量分析装置は、複数の扇形電場から成る多重周回型飛行時間型質量分析装置であることを特徴としている。
【0044】
また、前記第1の飛行時間型質量分析装置は、複数の扇形電場から成るらせん軌道型飛行時間型質量分析装置であることを特徴としている。
【発明の効果】
【0045】
本発明のタンデム型飛行時間型質量分析法によれば、
サンプルをイオン化するイオン源と、
生成したイオンをパルス的に加速する加速手段と、
飛行時間型イオン光学系と
で構成され、加速されたイオンを飛行させる第1の飛行時間型質量分析装置と、
該第1の飛行時間型質量分析装置で質量分離されたイオンの中から所定の質量電荷比を持つイオンのみを選択するイオンゲートと、
該イオンゲートの後段に配置され、開裂したイオンの質量を分析する第2の飛行時間型質量分析装置と、
該第2の飛行時間型質量分析装置を通過したイオンを検出する検出器と
を備えたタンデム型飛行時間型質量分析装置の質量分析法において、
前記イオンの複数の同位体イオンを前記イオンゲートで1つずつ選択し、開裂させてプロダクトイオンを測定する際に、各同位体イオンが同じ飛行時間で前記第1の飛行時間型質量分析装置を通過できるように、前記第1の飛行時間型質量分析装置の加速電圧および/または飛行時間型イオン光学系の設定電圧を微調整し、その結果、各同位体イオンの飛行時間がその質量の違いにも関わらず同じ時間となるようにして各プロダクトイオンスペクトルを取得する第1の工程、
取得された各同位体イオン由来のプロダクトイオンスペクトルを同じ飛行時間同士で重畳させて足し合わせ、全体のプロダクトイオンスペクトルを合成する第2の工程、
合成されたプロダクトイオンスペクトルの飛行時間軸を質量軸に変換する第3の工程
を備えたので、
従来のタンデム型飛行時間型質量分析法の欠点を克服した新しいタンデム型飛行時間型質量分析法を提供することが可能になった。
【発明を実施するための最良の形態】
【0046】
以下、図面を参照して、本発明の実施の形態を説明する。本実施例の記述では、4つの扇形電場で構成されるらせん軌道TOFMSを第1TOFに利用した例を挙げるが、同一軌道を多重周回させる多重周回型TOFMSやジグザグ軌道の多重反射型TOFMSについても同様のことが言える。
【0047】
[実施例1]
図9は本発明にかかる第1の実施の形態例を示す図である。(a)は装置をZ方向に見た図、(b)は(a)図の矢印方向(Y方向)から見た図である。図において、11はMALDIイオン源、12はMALDIイオン源11で生成したプリカーサイオンを後段の扇形電場に向けて偏向させるディフレクタ、13〜16はZ方向に多層に積層されて8の字形のらせん軌道型イオン光学系を形作る扇形電場、17はプリカーサイオンを検出する第1検出器、18はプリカーサイオンを選択するイオンゲート、19はプリカーサイオンを開裂させる衝突室、20は衝突室19を通過したイオンが入射される反射場、21は反射場19で反射されたイオンが検出される第2検出器である。
【0048】
このように構成された装置の動作を説明すれば、以下の通りである。まずMALDIイオン源11にてサンプル化合物群をイオン化し、パルス電圧にてイオンを加速する。MALDIイオン源11から出射したイオンは、ディフレクタ12により飛行軌道の角度を調整されて扇形電場13〜16に入射する。
【0049】
イオンは第1扇形電場13、第2扇形電場14、第3扇形電場15、第4扇形電場16を順次通過し、1周回する。このとき、Z方向の位置が前周回とずれているため、周回を重ねながらZ方向に移動していく。
【0050】
MS測定の場合は、軌道上に配置された第1検出器17を用いてイオンを検出する。MS/MS測定の場合は、第1検出器17をイオンの軌道上から外し、イオンを直進させ、イオンゲート18に向かって飛行させる。
【0051】
イオンゲート電圧がOFFのとき、イオンはイオンゲート18を通過でき、イオンゲート電圧がONのときは通過できない。そこで、最終周回を終えたイオン群の中で、選択したいプリカーサイオンが通過する時間のみイオンゲート電圧をOFFとし、プリカーサイオンのある同位体ピークを選択する。
【0052】
選択されたプリカーサイオンは、衝突室19に進入し、衝突室内部の衝突ガスとの衝突で開裂する。開裂しなかったプリカーサイオンおよび開裂したプロダクトイオンは、反射場20を通過し、第2検出器21において検出される。反射場20を折り返す時間は、プリカーサイオンの質量により異なるので、プリカーサイオンおよびプリカーサイオンと各開裂経路ごとのプロダクトイオンを質量分析することができる。
【0053】
以上の動作を、プリカーサイオンの主要な同位体イオンを個別に選択して行なう。そのとき、例えば主要な同位体イオンの質量をM=1000、M+1=1001、M+2=1002と考えると、加速電圧が一定の場合、各同位体イオンの第1TOFMSの飛行時間T1,M、T1,M+1、T1,M+2は、式(3)より
T1,M+1 = √(1001×T1,M/1000)
T1,M+2 = √(1002×T1,M/1000)
となって、わずかに異なる。本発明の目的を達成するために、T1,M=T1,M+1=T1,M+2となるようにするためには、式(3)により質量M+1、M+2のイオンの加速電圧(必要であれば扇形電場電圧)を質量M+1のイオンのときには1001/1000倍、質量M+2のイオンのときには1002/1000倍とすれば良い。
【0054】
このような操作をした場合、同位体イオンごとの運動エネルギーの差は、Mが1000の場合、0.1%、0.2%変化する。質量Mが大きくなるに従って、その差の値は相対的により小さくなる。
【0055】
さて、これらの運動エネルギーの変化量は、式(4)で記述した開裂による運動エネルギーの差に比べればはるかに小さく、第2TOFMSのイオンがイオン光学系として開裂による運動エネルギーの変化を収束できるものであれば全く影響はない。そこで、それぞれのプリカーサイオンの同位体ピークを飛行時間的に一致させながら、プロダクトイオンスペクトルを足し合わせれば、解釈が複雑でなく、感度的にも高く、プロダクトイオンの同位体イオンの存在比情報をも含んだマススペクトルを得ることができる。
【0056】
[実施例2]
図10は本発明にかかる第2の実施の形態例を示す図である。本実施例の構成は、実施例1の図9と同じである。実施例1では、それぞれの同位体イオンについて加速電圧をスイッチするわけだが、場合によっては、それぞれの同位体イオンについて適切な加速電圧設定がむつかしい場合も考えられる。そのような場合には、まずモノアイソトピックイオンについてMS/MS測定を行ない、それ以外の同位体イオンについては設定加速電圧前後で加速電圧を走査し、MS/MS測定を行なう。モノアイソトピックイオンの飛行時間T2,Mを基準にすれば、T2,M+1とT2,M+2は予想することができ、適切な加速電圧設定であればT1,M=T1,M+1=T1,M+2であるから、各同位体イオンの開裂しなかったプリカーサイオンのトータル飛行時間T1,X+T2,X(X=M+1、M+2、……)は予想できる。走査して得たプロダクトイオンスペクトルの中で、開裂しなかった各プリカーサイオンが予想される飛行時間から許容誤差範囲にあるものを選択し、足し合わせることで、プロダクトイオンスペクトルを合成する。
【0057】
[実施例3]
本実施例の構成と動作は、実施例1や実施例2とほぼ同じであり、プロダクトイオンスペクトルの合成時の動作のみが異なっている。すなわち、プロダクトイオンスペクトルの合成は、複数のスペクトルを取得することによって行なうため、それぞれのスペクトルで強度が異なる可能性がある。そこで合成を行なう際に、第2TOFMSで観測される各プリカーサイオンのピークの強度比がプリカーサイオンの同位体比と一致するように、マススペクトルの強度軸に適当な係数を掛けて足し合わせる。
【0058】
[実施例4]
図11は本発明にかかる第4の実施の形態例を示す図である。(a)は装置をZ方向に見た図、(b)は(a)図の矢印方向(Y方向)から見た図である。図において、31はイオン源、32はイオン源31で生成したプリカーサイオンを輸送するイオンガイドなどのイオン輸送部、33はイオン輸送部32から輸送されてきたプリカーサイオンを垂直方向に加速させる垂直加速部、34は垂直加速部で加速されたプリカーサイオンを後段の扇形電場に向けて偏向させ、後段の扇形電場への入射角度を調整するディフレクタ、35〜38はZ方向に多層に積層されて8の字形のらせん軌道型イオン光学系を形作る扇形電場、39はプリカーサイオンを検出する第1検出器、40はプリカーサイオンを選択するイオンゲート、41はプリカーサイオンを開裂させる衝突室、42は衝突室41を通過したイオンが入射される反射場、43は反射場41で反射されたイオンが検出される第2検出器である。
【0059】
本実施例は、MALDIイオン源の代わりに垂直加速法を応用して連続イオン源を接続した点が実施例1〜3と異なっている点であり、他の点は実施例1〜3と同じである。
【産業上の利用可能性】
【0060】
飛行時間型質量分析装置のタンデム測定に広く利用できる。
【図面の簡単な説明】
【0061】
【図1】従来のリニア型TOFMS装置の一例を示す図である。
【図2】従来の反射型TOFMS装置の一例を示す図である。
【図3】従来のMALDIイオン源の一例を示す図である。
【図4】従来の垂直加速型TOFMS装置の一例を示す図である。
【図5】従来のMS/MS測定の概念図である。
【図6】従来のTOF/TOF装置の一例を示す図である。
【図7】アンギオテンシンIの同位体ピークとモノアイソトピックピークを示す図である。
【図8】複数のプリカーサイオンを選択したMS/MS測定の概念図である。
【図9】本発明にかかるTOF/TOF装置の一実施例を示す図である。
【図10】本発明にかかるTOF/TOF測定方法の一実施例を示す図である。
【図11】本発明にかかるTOF/TOF装置の別の実施例を示す図である。
【符号の説明】
【0062】
11:MALDIイオン源、12:ディフレクタ、13:第1の扇形電場、14:第2の扇形電場、15:第3の扇形電場、16:第4の扇形電場、17:第1検出器、18:イオンゲート、19:衝突室、20:反射場、21:第2検出器、31:イオン源、32:イオン輸送部、33:垂直加速部、34:ディフレクタ、35:第1の扇形電場、36:第2の扇形電場、37:第3の扇形電場、38:第4の扇形電場、39:第1検出器、40:イオンゲート、41:衝突室、42:反射場、43:第2検出器
【技術分野】
【0001】
本発明は、微量化合物の定量分析、定性一斉分析、および試料イオンの構造解析分野に用いられるタンデム型飛行時間型質量分析法に関する。
【背景技術】
【0002】
[飛行時間型質量分析計(TOFMS)]
TOFMSは、一定量のエネルギーを与えてイオンを加速・飛行させ、検出器に到達するまでに要する時間からイオンの質量電荷比を求める質量分析装置である。TOFMSでは、イオンを一定のパルス電圧Vaで加速する。このとき、イオンの速度vは、エネルギー保存則から、
mv2/2 = qeVa ………(1)
v = √(2qeV/m) ………(2)
と表わされる(ただしm:イオンの質量、q:イオンの電荷、e:素電荷)。
【0003】
一定距離Lの後に置いた検出器には、飛行時間Tで到達する。
【0004】
T = L/v = L√(m/2qeV) ………(3)
式(3)により、飛行時間Tがイオンの質量mによって異なることを利用して、質量を分離する装置がTOFMSである。図1に直線型TOFMSの一例を示す。また、イオン源と検出器の間に反射場を置くことにより、エネルギー収束性の向上と飛行距離の延長を可能にする反射型TOFMSも広く利用されている。図2に反射型TOFMSの一例を示す。
【0005】
[らせん軌道TOFMS]
TOFMSの質量分解能は、総飛行時間をT、ピーク幅をΔTとすると、
質量分解能 = T/2ΔT ………(4)
で定義される。すなわち、ピーク幅ΔTを一定にして、総飛行時間Tを延ばすことができれば、質量分解能を向上させられる。しかし、従来の直線型、反射型のTOFMSでは、総飛行時間Tを延ばすこと、すなわち総飛行距離を延ばすことは装置の大型化に直結する。装置の大型化を避け、かつ高質量分解能を実現するために開発された装置が、多重周回型TOFMS(非特許文献1)である。この装置は、円筒電場にマツダプレートを組み合わせたトロイダル電場を4個用い、8の字型の周回軌道を多重周回させることにより、総飛行時間Tを延ばすことができる。この装置では、初期位置、初期角度、初期運動エネルギーによる検出面での空間的な広がりと時間的な広がりを1次の項まで収束させることに成功している。
【0006】
しかし、閉軌道を多重周回するTOFMSには、「追い越し」の問題が存在する。これは閉軌道を多重周回するため、軽いイオン(速度大きい)が重いイオン(速度小さい)を追い越してしまうことにより起こる。このため、検出面に軽いイオンから順に到着するというTOFMSの基本概念が通用しなくなる。
【0007】
この問題を解決するために考案されたのが、らせん軌道型TOFMSである。らせん軌道型TOFMSは、閉軌道の始点と終点を閉軌道面に対して垂直方向にずらすことを特徴としている。これを実現するためには、イオンをはじめから斜めに入射する方法(特許文献1)や、デフレクタを用いて閉軌道の始点と終点を垂直方向にずらす方法(特許文献2)、積層トロイダル電場を用いる方法(特許文献3)がある。
【0008】
また、同様のコンセプトとして、追い越しの起こる多重反射型TOFMS(特許文献4)の軌道をジグザグ型にしたTOFMSも考案されている(特許文献5)。
【0009】
[MALDI法と遅延引き出し法]
MALDI法は、使用するレーザー光波長に吸収帯をもつマトリックス(液体や結晶性化合物、金属粉など)に試料を混合溶解させて固化し、これにレーザー照射して試料を気化あるいはイオン化させる方法である。MALDI法に代表されるレーザーによるイオン化では、イオン生成時の初期エネルギー分布が大きくこれを時間収束させるため、遅延引き出し法がほとんどの場合で用いられる。これは、レーザー照射より数百nsec遅れてパルサー電圧を印加する方法である。
【0010】
一般的なMALDIイオン源と遅延引き出し法の概念図を図3に示す。サンプルプレート上に、マトリックス(液体や結晶性化合物、金属粉など)に試料を混合溶解させて固化したサンプルを載せる。サンプルの状態が観察できるように、レンズ2、ミラー2、CCDカメラを配置している。レンズ1、ミラー1によりレーザーをサンプルに照射し、サンプルを気化あるいはイオン化する。生成したイオンは、中間電極1、ベース電極に印加された電圧により加速され質量分析部に導入される。
【0011】
次に遅延引き出し法の飛行時間測定のシーケンスを図3に合わせて示す。まず、中間電極1とサンプルプレートの電位を同電位Vsにしておく。次にレーザー発振を知らせるレーザーからの信号を受けてから、数百nsec後に中間電極1の電位Vsを高速で電位V1に変化させ、サンプルプレートと中間電極1の間に電位勾配を作り、生成したイオンを加速させる。飛行時間計測の開始時間は、パルサーの立ち上がり時間と同期させる。
【0012】
[垂直加速TOFMS]
MALDI法は、パルス的にイオンを生成するため、TOFMSとの相性が非常に良い。しかしながら、質量分析法のイオン化法には、電子衝撃(EI)、化学イオン化(CI)、エレクトロスプレー(ESI)、大気圧化学イオン化(APCI)といった連続的にイオンを生成するイオン化法も数多くある。これらのイオン化法とTOFMSを組み合わせるために開発されたのがOrthogonal Acceleration(垂直加速法)である。
【0013】
図4に垂直加速法を用いたTOFMS(以下垂直加速型TOFMS)の概念図を示す。連続的にイオンを生成するイオン源から生成したイオンビームは、数十eVの運動エネルギーで垂直加速部に連続的に輸送される。垂直加速部では十kV程度のパルス電圧を印加し、イオンをイオン源からの輸送方向に対して垂直方向に加速する。パルス電圧印加後、イオンが検出器に到達するまでの時間が、イオンの質量により異なることから、質量分離を行なう。
【0014】
[MS/MS測定とTOF/TOF装置]
一般的な質量分析では、イオン源で生成したイオン群を質量分析部にてm/z値ごとに分離し検出する。結果は各イオンのm/z値および相対強度をグラフ化したマススペクトルという形で表わされ、このとき得られる情報は質量のみである。以下、この測定を後述のMS/MS測定に対し、MS測定と呼ぶ。これに対し、イオン源で生成した特定のイオンを初段のMS装置で選択し(選択されたイオンはプリカーサイオンと呼ばれる)、そのイオンを自発的または強制的に開裂させ、生成したイオン群(開裂生成したイオンはプロダクトイオンと呼ばれる)を後段のMS装置で質量分析するMS/MS測定があり、それが可能な装置をMS/MS装置と呼ぶ。
【0015】
MS/MS測定では、プリカーサイオンのm/z値と複数の開裂経路で生成するプロダクトイオンのm/z値、相対強度情報が得られるため、プリカーサイオンの構造情報を得ることができる(図5)。TOFMSを2台直列接続したMS/MS装置は、一般的にTOF/TOFと呼ばれ、主にMALDIイオン源を採用した装置に使用されている。従来のTOF/TOFは、図6に示すように、直線型TOFMSと反射型TOFMSで構成される。その間には、プリカーサイオンを選択するためのイオンゲートが設けられ、イオンゲート付近に第1TOFMSの収束点が配置される。
【0016】
プリカーサイオンは、自発的に開裂する場合や、第1TOFMSもしくは第2TOFMSの反射場以前に配置された衝突室において強制的に開裂させられる。開裂生成したプロダクトイオンの運動エネルギーは、プロダクトの質量に比例して配分され、
Up = Ui×m/M ………(5)
(ただしUp:プロダクトイオンの運動エネルギー、Ui:プリカーサイオンの運動エネルギー、m:プロダクトイオンの質量、M:プリカーサイオンの質量)となる。反射場を含む第2TOFMSでは、質量および運動エネルギーにより飛行時間が異なるため、プロダクトイオンを質量分析することができる。
【0017】
【非特許文献1】M. Toyoda, D. Okumura, M. Ishihara and I. Katakuse, J. Mass Spectrom., 2003, 38, pp. 1125-1142.
【特許文献1】特開2000−243345号公報
【特許文献2】特開2003−86129号公報
【特許文献3】特開2006−12782号公報
【特許文献4】英国特許第2080021号公報
【特許文献5】国際公開第2005/001878号パンフレット
【特許文献6】特開2005−302728号公報
【特許文献7】米国特許第6441369号公報
【特許文献8】米国特許第6300627号公報
【特許文献9】米国特許第4625112号公報
【特許文献10】特開2006−196216号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0018】
[従来技術の問題点]
一般的にサンプルイオンでは、サンプルイオンを構成する炭素、酸素、窒素、水素などに同位体が存在するため、その組み合わせによって、サンプルイオンの質量が複数種存在することになる。質量スペクトルに現れる同じ分子で質量の異なるピークの一群を一般的に「同位体ピーク」と呼ぶ。Angiotensin I(C62H90N17O14)の例を図7に示す。図7より、1unit(unitは12Cの質量を12unitと定義した質量単位)間隔でいくつかのイオンが存在することが分かる。その中で一番質量の小さい、すなわち12C、16O、14N、1H等、単一同位体のみで構成されるピークは、「モノアイソトピックイオン」と呼ばれる。
【0019】
さて従来のように第1TOFMSにリニア型TOFMSを採用した場合、その飛行距離を数百mm程度しか取ることができない。この程度の飛行距離では、同位体ピーク間の飛行時間差は十nsec以下であり、イオンゲートの切り替えスピードを考えると、高選択性を望むことは不可能であり、複数の同位体イオンを通過させることになる。しかしながら、複数の同位体イオンを選択すると大きな問題が起こる。以下にその説明を行なう。
【0020】
仮に反射電場を含む第2TOFMSが完全にエネルギー収束を満たす系(プロダクトイオンの運動エネルギーの違いによって飛行時間が変化しない系)だとすると、第1TOFMSを通過する時間はプリカーサイオンの質量に依存し、第2TOFMSの飛行時間はプロダクトイオンの質量に依存した値となる。
【0021】
ここで話を簡単にするため、ある1価のプリカーサイオンからそれぞれ2種類の同位体を持つ1価の電荷を持つプロダクトイオンと中性粒子に開裂する場合を考える(表1、2参照)
【0022】
【表1】
【0023】
【表2】
【0024】
開裂前は、プロダクトイオンと中性粒子が結合していたため、プリカーサイオンの組み合わせは16通り(表3)であるが、質量としては7通り(M、M+1、M+2、M+3、M+4、M+5、M+6:ただし、M=m+n)となる。それぞれの開裂種の検出器への到達時間は、第1TOFMSにおける質量Xのプリカーサイオンの飛行時間をT1,X、第2TOFMSにおける質量Yのプロダクトイオンの飛行時間をT2,Yとすると、両者の和(T1,X+T2,Y)となる。
【0025】
また強度比は、それぞれの場合のプロダクトイオンと中性粒子の強度比の掛け算で表わされる。簡単のため、Rm:Rm+1:Rm+2:Rm+3=Rn:Rn+1:Rn+2:Rn+3=0.4:0.3:0.2:0.1とすると、各組み合わせの強度比とプリカーサイオンの同位体ピーク比は表3のようになる。
【0026】
【表3】
【0027】
表3をプロダクトイオンの視点から見ると、表4のようになる。
【0028】
【表4】
【0029】
質量m近傍のプロダクトイオンスペクトルは図8のようになる。ただし、ΔT1は第1TOFMSにおけるプリカーサイオンの同位体ピーク間の飛行時間差、ΔT2は第2TOFMSにおけるプロダクトイオンの同位体イオン間の飛行時間差である。それぞれの同位体間の飛行時間差は、ほぼ同じと考える。
【0030】
図8に示されるように、プリカーサイオンの質量が異なるために、同じ質量であるプロダクトイオン(例えば、1、2、4、7)間の飛行時間がずれることになる。現実的には、ピークには幅があるため、ピーク2はピーク1の裾の広がりになる場合や、ピーク1とピーク3の間のベースラインの盛り上がりとなったりする。どちらにしても、プロダクトイオンの高い質量精度を得ることはできない。
【0031】
この問題を解決するための有効な方法のひとつとして、プリカーサイオンのモノアイソトピックイオンのみを選択することが考えられる。プリカーサイオンにモノアイソトピックイオンを選択すると、そこから開裂生成するイオンもモノアイソトピックイオンのみとなり、同位体ピークの影響を排除でき、スペクトルの解釈が簡単になる上、質量精度も向上させることができる。
【0032】
らせん軌道型TOFMSは、1周回ごとに時間および空間収束性を有しているため、MALDI法と垂直加速法のどちらの場合においても、らせん軌道型TOFMSの軌道内に一度中間収束点を作る。その距離は、直線型TOFMSのときの中間収束点までの距離に比べ同等以下であり、MALDI法の遅延時間のように、イオン源由来で中間収束点での時間収束性に影響を与える要因は同程度以下に抑えられる。
【0033】
更にらせん軌道型TOFMSは、周回数が増えても中間収束点での状態を保持できるため、時間収束性を保ったまま、第1TOFMSの飛行距離を50〜100倍程度伸ばすことができる。すなわち、プリカーサイオンの同位体イオン間の飛行時間差を50〜100倍程度伸ばすことができ、ひとつの同位体イオンのみを選択することができる。
【0034】
しかしながら、プリカーサイオンの質量が大きくなるに従って、モノアイソトピックイオンの同位体イオン全体に占める割合は小さくなる。そのため、質量の大きなイオンの場合、上述のような方法を採用すると、プロダクトイオンの感度が悪くなる問題がある。また、サンプルの種類によっては、プリカーサイオンやプロダクトイオンの同位体イオンの存在比が構造決定に重要な意味を持つものも存在するが、プリカーサイオンとしてモノアイソトピックイオンのみを選択しては、プロダクトイオンにおける同位体イオンの存在比情報が失われる問題がある。
【0035】
本発明の目的は、上述した点に鑑み、上記問題を解決する方法を提案することである。らせん軌道型TOFMSを第1TOFMSに採用することにより、イオンゲートによって各同位体イオンをそれぞれ選択し、MS/MS測定を行なうことが可能である。しかしながら、主要な同位体イオンをプリカーサイオンとして選択する場合、加速電圧や扇形電場電圧を同じ条件に設定して測定すると、各同位体イオンの第1TOFMSの飛行時間が異なるので、従来技術で説明したような、スペクトル解析が複雑になるという問題が発生する。
【0036】
そこで、主要な同位体イオンをプリカーサイオンとしてプロダクトイオンを取得する際に、加速電圧や扇形電場電圧を異ならせて、第1TOFMSの飛行時間が同じになるように調整する。第2TOFMSは広い運動エネルギー収束性を有しているため、この調整によるわずかな運動エネルギーの差を吸収することができる。また、第2TOFMSは広い運動エネルギー収束性を有しているため、m/z値が同じで運動エネルギーが異なるプロダクトイオンは、同時に検出器に到着する。そのため、マススペクトルをそのまま足し合わせることができる。
【0037】
その結果、プリカーサイオンとしてモノアイソトピックイオンのみを選択したときに、質量の大きなイオンの場合に感度が低下したり、プロダクトイオンにおける同位体イオンの存在比情報が失われたりする問題を解決することができる。
【課題を解決するための手段】
【0038】
この目的を達成するため、本発明にかかるタンデム型飛行時間型質量分析法は、
サンプルをイオン化するイオン源と、
生成したイオンをパルス的に加速する加速手段と、
飛行時間型イオン光学系と
で構成され、加速されたイオンを飛行させる第1の飛行時間型質量分析装置と、
該第1の飛行時間型質量分析装置で質量分離されたイオンの中から所定の質量電荷比を持つイオンのみを選択するイオンゲートと、
該イオンゲートの後段に配置され、開裂したイオンの質量を分析する第2の飛行時間型質量分析装置と、
該第2の飛行時間型質量分析装置を通過したイオンを検出する検出器と
を備えたタンデム型飛行時間型質量分析装置の質量分析法において、
前記イオンの複数の同位体イオンを前記イオンゲートで1つずつ選択し、開裂させてプロダクトイオンを測定する際に、各同位体イオンが同じ飛行時間で前記第1の飛行時間型質量分析装置を通過できるように、前記第1の飛行時間型質量分析装置の加速電圧および/または飛行時間型イオン光学系の設定電圧を微調整し、その結果、各同位体イオンの飛行時間がその質量の違いにも関わらず同じ時間となるようにして各プロダクトイオンスペクトルを取得する第1の工程、
取得された各同位体イオン由来のプロダクトイオンスペクトルを同じ飛行時間同士で重畳させて足し合わせ、全体のプロダクトイオンスペクトルを合成する第2の工程、
合成されたプロダクトイオンスペクトルの飛行時間軸を質量軸に変換する第3の工程
を備えたことを特徴としている。
【0039】
また、前記イオン源はMALDIイオン源であることを特徴としている。
【0040】
また、前記イオン源は連続イオン源、前記加速手段は垂直加速部であり、両者はイオン輸送手段を介して接続されていることを特徴としている。
【0041】
また、前記第1の工程において、前記加速電圧および/または飛行時間型イオン光学系の設定電圧を微調整する際に、設定電圧の近傍で電圧を走査しながら複数のプロダクトイオンスペクトルを取得するとともに、前記第2の工程において、各プロダクトイオンスペクトル中の未開裂イオンのピークが検出される時間領域において、未開裂イオンのピークが許容時間誤差範囲内で検出されたプロダクトイオンスペクトルのみを足し合わせることにより、全体のプロダクトイオンスペクトルを合成することを特徴としている。
【0042】
また、前記第2の工程において、各プロダクトイオンスペクトル中の未開裂イオンのピーク強度比が、第1の飛行時間型質量分析装置において質量分離された際の各同位体イオンのピーク強度比と一致するように、それぞれのプロダクトイオンスペクトルに所定の係数を掛けた後に、全体のプロダクトイオンスペクトルを合成することを特徴としている。
【0043】
また、前記第1の飛行時間型質量分析装置は、複数の扇形電場から成る多重周回型飛行時間型質量分析装置であることを特徴としている。
【0044】
また、前記第1の飛行時間型質量分析装置は、複数の扇形電場から成るらせん軌道型飛行時間型質量分析装置であることを特徴としている。
【発明の効果】
【0045】
本発明のタンデム型飛行時間型質量分析法によれば、
サンプルをイオン化するイオン源と、
生成したイオンをパルス的に加速する加速手段と、
飛行時間型イオン光学系と
で構成され、加速されたイオンを飛行させる第1の飛行時間型質量分析装置と、
該第1の飛行時間型質量分析装置で質量分離されたイオンの中から所定の質量電荷比を持つイオンのみを選択するイオンゲートと、
該イオンゲートの後段に配置され、開裂したイオンの質量を分析する第2の飛行時間型質量分析装置と、
該第2の飛行時間型質量分析装置を通過したイオンを検出する検出器と
を備えたタンデム型飛行時間型質量分析装置の質量分析法において、
前記イオンの複数の同位体イオンを前記イオンゲートで1つずつ選択し、開裂させてプロダクトイオンを測定する際に、各同位体イオンが同じ飛行時間で前記第1の飛行時間型質量分析装置を通過できるように、前記第1の飛行時間型質量分析装置の加速電圧および/または飛行時間型イオン光学系の設定電圧を微調整し、その結果、各同位体イオンの飛行時間がその質量の違いにも関わらず同じ時間となるようにして各プロダクトイオンスペクトルを取得する第1の工程、
取得された各同位体イオン由来のプロダクトイオンスペクトルを同じ飛行時間同士で重畳させて足し合わせ、全体のプロダクトイオンスペクトルを合成する第2の工程、
合成されたプロダクトイオンスペクトルの飛行時間軸を質量軸に変換する第3の工程
を備えたので、
従来のタンデム型飛行時間型質量分析法の欠点を克服した新しいタンデム型飛行時間型質量分析法を提供することが可能になった。
【発明を実施するための最良の形態】
【0046】
以下、図面を参照して、本発明の実施の形態を説明する。本実施例の記述では、4つの扇形電場で構成されるらせん軌道TOFMSを第1TOFに利用した例を挙げるが、同一軌道を多重周回させる多重周回型TOFMSやジグザグ軌道の多重反射型TOFMSについても同様のことが言える。
【0047】
[実施例1]
図9は本発明にかかる第1の実施の形態例を示す図である。(a)は装置をZ方向に見た図、(b)は(a)図の矢印方向(Y方向)から見た図である。図において、11はMALDIイオン源、12はMALDIイオン源11で生成したプリカーサイオンを後段の扇形電場に向けて偏向させるディフレクタ、13〜16はZ方向に多層に積層されて8の字形のらせん軌道型イオン光学系を形作る扇形電場、17はプリカーサイオンを検出する第1検出器、18はプリカーサイオンを選択するイオンゲート、19はプリカーサイオンを開裂させる衝突室、20は衝突室19を通過したイオンが入射される反射場、21は反射場19で反射されたイオンが検出される第2検出器である。
【0048】
このように構成された装置の動作を説明すれば、以下の通りである。まずMALDIイオン源11にてサンプル化合物群をイオン化し、パルス電圧にてイオンを加速する。MALDIイオン源11から出射したイオンは、ディフレクタ12により飛行軌道の角度を調整されて扇形電場13〜16に入射する。
【0049】
イオンは第1扇形電場13、第2扇形電場14、第3扇形電場15、第4扇形電場16を順次通過し、1周回する。このとき、Z方向の位置が前周回とずれているため、周回を重ねながらZ方向に移動していく。
【0050】
MS測定の場合は、軌道上に配置された第1検出器17を用いてイオンを検出する。MS/MS測定の場合は、第1検出器17をイオンの軌道上から外し、イオンを直進させ、イオンゲート18に向かって飛行させる。
【0051】
イオンゲート電圧がOFFのとき、イオンはイオンゲート18を通過でき、イオンゲート電圧がONのときは通過できない。そこで、最終周回を終えたイオン群の中で、選択したいプリカーサイオンが通過する時間のみイオンゲート電圧をOFFとし、プリカーサイオンのある同位体ピークを選択する。
【0052】
選択されたプリカーサイオンは、衝突室19に進入し、衝突室内部の衝突ガスとの衝突で開裂する。開裂しなかったプリカーサイオンおよび開裂したプロダクトイオンは、反射場20を通過し、第2検出器21において検出される。反射場20を折り返す時間は、プリカーサイオンの質量により異なるので、プリカーサイオンおよびプリカーサイオンと各開裂経路ごとのプロダクトイオンを質量分析することができる。
【0053】
以上の動作を、プリカーサイオンの主要な同位体イオンを個別に選択して行なう。そのとき、例えば主要な同位体イオンの質量をM=1000、M+1=1001、M+2=1002と考えると、加速電圧が一定の場合、各同位体イオンの第1TOFMSの飛行時間T1,M、T1,M+1、T1,M+2は、式(3)より
T1,M+1 = √(1001×T1,M/1000)
T1,M+2 = √(1002×T1,M/1000)
となって、わずかに異なる。本発明の目的を達成するために、T1,M=T1,M+1=T1,M+2となるようにするためには、式(3)により質量M+1、M+2のイオンの加速電圧(必要であれば扇形電場電圧)を質量M+1のイオンのときには1001/1000倍、質量M+2のイオンのときには1002/1000倍とすれば良い。
【0054】
このような操作をした場合、同位体イオンごとの運動エネルギーの差は、Mが1000の場合、0.1%、0.2%変化する。質量Mが大きくなるに従って、その差の値は相対的により小さくなる。
【0055】
さて、これらの運動エネルギーの変化量は、式(4)で記述した開裂による運動エネルギーの差に比べればはるかに小さく、第2TOFMSのイオンがイオン光学系として開裂による運動エネルギーの変化を収束できるものであれば全く影響はない。そこで、それぞれのプリカーサイオンの同位体ピークを飛行時間的に一致させながら、プロダクトイオンスペクトルを足し合わせれば、解釈が複雑でなく、感度的にも高く、プロダクトイオンの同位体イオンの存在比情報をも含んだマススペクトルを得ることができる。
【0056】
[実施例2]
図10は本発明にかかる第2の実施の形態例を示す図である。本実施例の構成は、実施例1の図9と同じである。実施例1では、それぞれの同位体イオンについて加速電圧をスイッチするわけだが、場合によっては、それぞれの同位体イオンについて適切な加速電圧設定がむつかしい場合も考えられる。そのような場合には、まずモノアイソトピックイオンについてMS/MS測定を行ない、それ以外の同位体イオンについては設定加速電圧前後で加速電圧を走査し、MS/MS測定を行なう。モノアイソトピックイオンの飛行時間T2,Mを基準にすれば、T2,M+1とT2,M+2は予想することができ、適切な加速電圧設定であればT1,M=T1,M+1=T1,M+2であるから、各同位体イオンの開裂しなかったプリカーサイオンのトータル飛行時間T1,X+T2,X(X=M+1、M+2、……)は予想できる。走査して得たプロダクトイオンスペクトルの中で、開裂しなかった各プリカーサイオンが予想される飛行時間から許容誤差範囲にあるものを選択し、足し合わせることで、プロダクトイオンスペクトルを合成する。
【0057】
[実施例3]
本実施例の構成と動作は、実施例1や実施例2とほぼ同じであり、プロダクトイオンスペクトルの合成時の動作のみが異なっている。すなわち、プロダクトイオンスペクトルの合成は、複数のスペクトルを取得することによって行なうため、それぞれのスペクトルで強度が異なる可能性がある。そこで合成を行なう際に、第2TOFMSで観測される各プリカーサイオンのピークの強度比がプリカーサイオンの同位体比と一致するように、マススペクトルの強度軸に適当な係数を掛けて足し合わせる。
【0058】
[実施例4]
図11は本発明にかかる第4の実施の形態例を示す図である。(a)は装置をZ方向に見た図、(b)は(a)図の矢印方向(Y方向)から見た図である。図において、31はイオン源、32はイオン源31で生成したプリカーサイオンを輸送するイオンガイドなどのイオン輸送部、33はイオン輸送部32から輸送されてきたプリカーサイオンを垂直方向に加速させる垂直加速部、34は垂直加速部で加速されたプリカーサイオンを後段の扇形電場に向けて偏向させ、後段の扇形電場への入射角度を調整するディフレクタ、35〜38はZ方向に多層に積層されて8の字形のらせん軌道型イオン光学系を形作る扇形電場、39はプリカーサイオンを検出する第1検出器、40はプリカーサイオンを選択するイオンゲート、41はプリカーサイオンを開裂させる衝突室、42は衝突室41を通過したイオンが入射される反射場、43は反射場41で反射されたイオンが検出される第2検出器である。
【0059】
本実施例は、MALDIイオン源の代わりに垂直加速法を応用して連続イオン源を接続した点が実施例1〜3と異なっている点であり、他の点は実施例1〜3と同じである。
【産業上の利用可能性】
【0060】
飛行時間型質量分析装置のタンデム測定に広く利用できる。
【図面の簡単な説明】
【0061】
【図1】従来のリニア型TOFMS装置の一例を示す図である。
【図2】従来の反射型TOFMS装置の一例を示す図である。
【図3】従来のMALDIイオン源の一例を示す図である。
【図4】従来の垂直加速型TOFMS装置の一例を示す図である。
【図5】従来のMS/MS測定の概念図である。
【図6】従来のTOF/TOF装置の一例を示す図である。
【図7】アンギオテンシンIの同位体ピークとモノアイソトピックピークを示す図である。
【図8】複数のプリカーサイオンを選択したMS/MS測定の概念図である。
【図9】本発明にかかるTOF/TOF装置の一実施例を示す図である。
【図10】本発明にかかるTOF/TOF測定方法の一実施例を示す図である。
【図11】本発明にかかるTOF/TOF装置の別の実施例を示す図である。
【符号の説明】
【0062】
11:MALDIイオン源、12:ディフレクタ、13:第1の扇形電場、14:第2の扇形電場、15:第3の扇形電場、16:第4の扇形電場、17:第1検出器、18:イオンゲート、19:衝突室、20:反射場、21:第2検出器、31:イオン源、32:イオン輸送部、33:垂直加速部、34:ディフレクタ、35:第1の扇形電場、36:第2の扇形電場、37:第3の扇形電場、38:第4の扇形電場、39:第1検出器、40:イオンゲート、41:衝突室、42:反射場、43:第2検出器
【特許請求の範囲】
【請求項1】
サンプルをイオン化するイオン源と、
生成したイオンをパルス的に加速する加速手段と、
飛行時間型イオン光学系と
で構成され、加速されたイオンを飛行させる第1の飛行時間型質量分析装置と、
該第1の飛行時間型質量分析装置で質量分離されたイオンの中から所定の質量電荷比を持つイオンのみを選択するイオンゲートと、
該イオンゲートの後段に配置され、開裂したイオンの質量を分析する第2の飛行時間型質量分析装置と、
該第2の飛行時間型質量分析装置を通過したイオンを検出する検出器と
を備えたタンデム型飛行時間型質量分析装置の質量分析法において、
前記イオンの複数の同位体イオンを前記イオンゲートで1つずつ選択し、開裂させてプロダクトイオンを測定する際に、各同位体イオンが同じ飛行時間で前記第1の飛行時間型質量分析装置を通過できるように、前記第1の飛行時間型質量分析装置の加速電圧および/または飛行時間型イオン光学系の設定電圧を微調整し、その結果、各同位体イオンの飛行時間がその質量の違いにも関わらず同じ時間となるようにして各プロダクトイオンスペクトルを取得する第1の工程、
取得された各同位体イオン由来のプロダクトイオンスペクトルを同じ飛行時間同士で重畳させて足し合わせ、全体のプロダクトイオンスペクトルを合成する第2の工程、
合成されたプロダクトイオンスペクトルの飛行時間軸を質量軸に変換する第3の工程
を備えたことを特徴とするタンデム型飛行時間型質量分析法。
【請求項2】
前記イオン源はMALDIイオン源であることを特徴とする請求項1記載のタンデム型飛行時間型質量分析法。
【請求項3】
前記イオン源は連続イオン源、前記加速手段は垂直加速部であり、両者はイオン輸送手段を介して接続されていることを特徴とする請求項1記載のタンデム型飛行時間型質量分析法。
【請求項4】
前記第1の工程において、前記加速電圧および/または飛行時間型イオン光学系の設定電圧を微調整する際に、設定電圧の近傍で電圧を走査しながら複数のプロダクトイオンスペクトルを取得するとともに、前記第2の工程において、各プロダクトイオンスペクトル中の未開裂イオンのピークが検出される時間領域において、未開裂イオンのピークが許容時間誤差範囲内で検出されたプロダクトイオンスペクトルのみを足し合わせることにより、全体のプロダクトイオンスペクトルを合成することを特徴とする請求項1記載のタンデム型飛行時間型質量分析装置。
【請求項5】
前記第2の工程において、各プロダクトイオンスペクトル中の未開裂イオンのピーク強度比が、第1の飛行時間型質量分析装置において質量分離された際の各同位体イオンのピーク強度比と一致するように、それぞれのプロダクトイオンスペクトルに所定の係数を掛けた後に、全体のプロダクトイオンスペクトルを合成することを特徴とする請求項1記載のタンデム型飛行時間型質量分析装置。
【請求項6】
前記第1の飛行時間型質量分析装置は、複数の扇形電場から成る多重周回型飛行時間型質量分析装置であることを特徴とする請求項1記載のタンデム型飛行時間型質量分析装置。
【請求項7】
前記第1の飛行時間型質量分析装置は、複数の扇形電場から成るらせん軌道型飛行時間型質量分析装置であることを特徴とする請求項1記載のタンデム型飛行時間型質量分析装置。
【請求項1】
サンプルをイオン化するイオン源と、
生成したイオンをパルス的に加速する加速手段と、
飛行時間型イオン光学系と
で構成され、加速されたイオンを飛行させる第1の飛行時間型質量分析装置と、
該第1の飛行時間型質量分析装置で質量分離されたイオンの中から所定の質量電荷比を持つイオンのみを選択するイオンゲートと、
該イオンゲートの後段に配置され、開裂したイオンの質量を分析する第2の飛行時間型質量分析装置と、
該第2の飛行時間型質量分析装置を通過したイオンを検出する検出器と
を備えたタンデム型飛行時間型質量分析装置の質量分析法において、
前記イオンの複数の同位体イオンを前記イオンゲートで1つずつ選択し、開裂させてプロダクトイオンを測定する際に、各同位体イオンが同じ飛行時間で前記第1の飛行時間型質量分析装置を通過できるように、前記第1の飛行時間型質量分析装置の加速電圧および/または飛行時間型イオン光学系の設定電圧を微調整し、その結果、各同位体イオンの飛行時間がその質量の違いにも関わらず同じ時間となるようにして各プロダクトイオンスペクトルを取得する第1の工程、
取得された各同位体イオン由来のプロダクトイオンスペクトルを同じ飛行時間同士で重畳させて足し合わせ、全体のプロダクトイオンスペクトルを合成する第2の工程、
合成されたプロダクトイオンスペクトルの飛行時間軸を質量軸に変換する第3の工程
を備えたことを特徴とするタンデム型飛行時間型質量分析法。
【請求項2】
前記イオン源はMALDIイオン源であることを特徴とする請求項1記載のタンデム型飛行時間型質量分析法。
【請求項3】
前記イオン源は連続イオン源、前記加速手段は垂直加速部であり、両者はイオン輸送手段を介して接続されていることを特徴とする請求項1記載のタンデム型飛行時間型質量分析法。
【請求項4】
前記第1の工程において、前記加速電圧および/または飛行時間型イオン光学系の設定電圧を微調整する際に、設定電圧の近傍で電圧を走査しながら複数のプロダクトイオンスペクトルを取得するとともに、前記第2の工程において、各プロダクトイオンスペクトル中の未開裂イオンのピークが検出される時間領域において、未開裂イオンのピークが許容時間誤差範囲内で検出されたプロダクトイオンスペクトルのみを足し合わせることにより、全体のプロダクトイオンスペクトルを合成することを特徴とする請求項1記載のタンデム型飛行時間型質量分析装置。
【請求項5】
前記第2の工程において、各プロダクトイオンスペクトル中の未開裂イオンのピーク強度比が、第1の飛行時間型質量分析装置において質量分離された際の各同位体イオンのピーク強度比と一致するように、それぞれのプロダクトイオンスペクトルに所定の係数を掛けた後に、全体のプロダクトイオンスペクトルを合成することを特徴とする請求項1記載のタンデム型飛行時間型質量分析装置。
【請求項6】
前記第1の飛行時間型質量分析装置は、複数の扇形電場から成る多重周回型飛行時間型質量分析装置であることを特徴とする請求項1記載のタンデム型飛行時間型質量分析装置。
【請求項7】
前記第1の飛行時間型質量分析装置は、複数の扇形電場から成るらせん軌道型飛行時間型質量分析装置であることを特徴とする請求項1記載のタンデム型飛行時間型質量分析装置。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【公開番号】特開2009−158106(P2009−158106A)
【公開日】平成21年7月16日(2009.7.16)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−331405(P2007−331405)
【出願日】平成19年12月25日(2007.12.25)
【出願人】(000004271)日本電子株式会社 (811)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成21年7月16日(2009.7.16)
【国際特許分類】
【出願日】平成19年12月25日(2007.12.25)
【出願人】(000004271)日本電子株式会社 (811)
【Fターム(参考)】
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