説明

タンパク質−疎水性有機化剤吸着粘土複合体及びその製造方法

【課題】粘土結晶層の一方の面にタンパク質が吸着し、さらに、他方の面に疎水性有機化剤が吸着した、タンパク質−疎水性有機化剤吸着粘土複合体という、少なくとも3種類の物質から形成される材料、及び、少なくとも3層構造を有するタンパク質−疎水性有機化剤吸着粘土複合体膜を提供する。
【解決手段】粘土結晶層の一方の面にタンパク質が、他方の面に疎水性有機化剤が吸着していることを特徴とする、タンパク質−疎水性有機化剤吸着粘土複合体、及び前記複合体から形成される複合体膜。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、粘土結晶層の一方の面にタンパク質が吸着し、他方の面に疎水性有機化剤が吸着したタンパク質−疎水性有機化剤吸着粘土複合体、及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
一般的に粘土は層状珪酸塩と呼ばれ、単位層が積層した積層体である。代表的な粘土の結晶構造はケイ酸のネットワークからなる四面体層が金属酸化物水酸化物層である八面体層を挟む形で単位層を形成し、2次元的に広がっている。粘土の層面は四面体、あるいは八面体を形成する金属イオンが同形置換することによって、常に負に帯電している。単位層の間には陽イオンが存在することで電気的に安定な状態をとる。その陽イオンが水和することで層間が広がり、さらには層剥離が進む。
このような特徴を持つ粘土には、古くからタンパク質などの生体高分子が吸着することが知られている。特許文献1は、不純物を含むタンパク質溶液を粘土鉱物組成物と接触させ、タンパク質のみを粘土に一時的に吸着させて不純物を除去した後、脂肪酸エステルによりタンパク質を粘土鉱物組成物から分離し、高純度のタンパク質を得る方法を開示している。しかし、タンパク質の精製以外の用途に粘土を用いることを記載していない。
一方、粘土を有機化するために用いられる第4級アンモニウム塩等の有機化剤も粘土の層面に吸着する。有機化剤は、一般的に粘土の負電荷に吸着するような正電荷部位とアルキル鎖などに代表される疎水性部位を持っている。有機化された粘土はアルキル基等の疎水性部位の機能により、ガラス基板等に吸着し、また、アルキル鎖同士の分子間力、疎水結合によって隣り合う有機化粘土結晶層同士が2次元的に安定な存在をとり、ラングミュア・ブロジェット(LB)法などにより単層薄膜をつくりやすいことが知られている(非特許文献1)。
このように粘土結晶は、さまざまな物質を吸着する吸着基材として有用である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】WO2003/042236
【非特許文献】
【0004】
【非特許文献1】J. Kusaka et al., Trans. Mater. Res. Soc. Jpn., 36. 2011. 157−160.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明は、粘土結晶層の一方の面にタンパク質が吸着し、さらに、他方の面に疎水性有機化剤が吸着した、タンパク質−疎水性有機化剤吸着粘土複合体という、少なくとも3種類の物質から形成される材料を提供することを課題とする。
また、本発明は、タンパク質−疎水性有機化剤吸着粘土複合体の有機化剤をガラス等の基板材料に吸着させることにより、少なくとも3層構造を有するタンパク質−疎水性有機化剤吸着粘土複合体膜を提供することを課題とする。この複合体膜は、基板材料と有機化剤の疎水性相互作用及びタンパク質−疎水性有機化剤吸着粘土複合体同士の二次元ネットワークの形成により、物理的に安定な膜構造を有し、タンパク質の機能性を効率よく活かすことができる。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者らは、上記課題に鑑み鋭意検討した結果、疎水性有機化剤が溶解した油層と粘土結晶層が分散した水層との2層の界面で粘土結晶層の一方の面のみを有機化修飾させた粘土結晶層を製造し、さらに、その片面修飾粘土結晶層の非修飾面をタンパク質が溶解した水層上に展開することで、油層と水層の界面で片面修飾粘土結晶層の非修飾面とタンパク質との吸着を行い、タンパク質−疎水性有機化剤吸着粘土複合体を製造できることを見出した。本発明はこれらの知見に基づき、さらに研究を重ねた結果、なされたものである。
【0007】
本発明の課題は下記の手段により達成された。
(1)粘土結晶層の一方の面にタンパク質が、他方の面に疎水性有機化剤が吸着していることを特徴とする、タンパク質−疎水性有機化剤吸着粘土複合体。
(2)前記有機化剤が炭素数3〜100のアルキル基を主鎖とする有機化剤であることを特徴とする、(1)に記載のタンパク質−疎水性有機化剤吸着粘土複合体。
(3)前記タンパク質が、アミノ基を1個以上有するアミノ酸残基の個数が全体の5〜80%のタンパク質であることを特徴とする、(1)又は(2)に記載のタンパク質−疎水性有機化剤吸着粘土複合体。
(4)前記タンパク質がリゾチームである、(1)〜(3)のいずれか1項記載のタンパク質−疎水性有機化剤吸着粘土複合体。
(5)前記有機化剤がジメチルジステアリルアンモニウム塩である、(1)〜(4)のいずれか1項記載のタンパク質−疎水性有機化剤吸着粘土複合体。
(6)前記粘土結晶層の一方の面に0.1〜20mg/mのタンパク質が吸着し、前記粘土結晶層の他方の面に0.1〜20mg/mの疎水性有機化剤が吸着していることを特徴とする、(1)〜(5)のいずれか1項記載のタンパク質−疎水性有機化剤吸着粘土複合体。
(7)(1)〜(6)のいずれか1項記載のタンパク質−疎水性有機化剤吸着粘土複合体から形成され、タンパク質及び疎水性有機化剤が規則的に吸着し、少なくとも3層構造を有することを特徴とする、タンパク質−疎水性有機化剤吸着粘土複合体膜。
(8)前記粘土結晶層の一方の面を有機化させた後に、前記粘土結晶層の他方の面にタンパク質を吸着させる、(1)〜(6)のいずれか1項に記載のタンパク質−疎水性有機化剤吸着粘土複合体の製造方法。
本発明において、「粘土結晶層」とは、ケイ酸のネットワークからなる四面体層が金属酸化物水酸化物層である八面体層を挟む形で形成された単位層を意味する。
「有機化」とは粘土結晶層の一方の面に疎水性有機化剤が吸着していることをいう。また、「疎水性有機化剤」とは、疎水性でカチオン性基を有する有機化合物を意味し、カチオン性基を介して粘土結晶層の一方の面に吸着する。以下、「疎水性有機化剤」を単に「有機化剤」と称することもある。また、本発明において、「化合物」とはその化合物自身及びその塩を含む。
「吸着」とは、粘土結晶層と有機化剤との吸着において、粘土結晶層面の負電荷と有機化剤の正電荷部位とのイオン結合をいう。一方、粘土結晶層とタンパク質との吸着において、粘土結晶層面の負電荷とタンパク質の有する正電荷部位とのイオン結合をいう。
「主鎖」とは、有機化剤のカチオン性基に結合する最長のアルキル鎖をいう。
「タンパク質及び疎水性有機化剤が規則的に吸着している」とは、図3に示すように、タンパク質及び疎水性有機化剤が、粘土結晶層のそれぞれの面に等間隔で配列して吸着し、タンパク質−疎水性有機化剤吸着粘土複合体膜の平均高さ(厚さ)が5〜20nmであることをいう。ここで、「平均高さ」とは、原子間力顕微鏡によって観察された前記複合体膜の高さの閾値を算出することで得られる値である。
【発明の効果】
【0008】
本発明のタンパク質−疎水性有機化剤吸着粘土複合体は、疎水性の有機化剤層、粘土結晶層及び親水性のタンパク質層をこの順に有する、少なくとも3種類の物質から形成される複合材料である。
本発明のタンパク質−疎水性有機化剤吸着粘土複合体は、例えば、有機化剤の疎水性相互作用及び粘土結晶層どうしの吸着性を利用して、LB法により、プラスチック、あるいはガラス基板上に、少なくとも3層構造を有するタンパク質−疎水性有機化剤吸着粘土複合体膜を形成することができる。この膜の基板側にある有機化剤はプラスチック、ガラス基板への転写、接着性が高く、また、粘土結晶層の有機化剤が吸着していない面に一定量の特定のタンパク質を担持させることができるため、培養細胞にタンパク質を接着させることにより一定量のタンパク質を導入するための基板修飾剤として用いることができる。
また、本発明のタンパク質−疎水性有機化剤吸着粘土複合体は、例えば、タンパク質層が抗菌性を有することで、基板に抗菌性を付与する基板修飾剤として用いることができる。
本発明の製造方法は、上記複合材料を効率良く提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0009】
【図1】図1は、実施例1の試料BのIRスペクトル測定結果を表す。
【図2】図2は、タンパク質−疎水性有機化剤吸着粘土複合体膜の製造工程の一例を模式的に表したものである。
【図3】図3は、実施例1の試料Aを模式的に表したものである。
【発明を実施するための形態】
【0010】
本発明のタンパク質−疎水性有機化剤吸着粘土複合体において、粘土結晶層の一方の面にタンパク質が、他方の面に有機化剤が吸着している。以下、本発明の好ましい実施態様について説明する。
【0011】
本発明のタンパク質−疎水性有機化剤吸着粘土複合体を製造するための出発原料として粘土鉱物を用いる。
粘土鉱物としては層状結晶構造を持つ、スメクタイト、バーミキュライト、あるいは膨潤性マイカを含有する粘土が好ましく、モンモリロナイト、バイデライト等天然粘土、サポナイト、スチブンサイト、ヘクトライト等の合成粘土のいずれの粘土でもよい。また、粘土の層面のみを吸着に用いるので、粘土結晶層の端面はシリル化変性されていてもよい。本発明において、特にベントナイトが好ましく用いられる。
また、層間陽イオンはナトリウムイオン、カリウムイオン、リチウムイオンなどの1価の陽イオンであることが、水に分散し、層剥離しやすいため好ましい。
【0012】
本発明における有機化剤は、疎水性でカチオン性基を有する有機化合物であればよく、第4級アンモニウム基を有する有機化合物がより好ましい。上記有機化合物の炭素原子数は特に限定されないが、炭素原子数が5〜300であることが好ましく、10〜100であることがより好ましい。
【0013】
また、本発明において、有機化剤が炭素数3〜100のアルキル基を主鎖として有することが好ましい。アルキル基の炭素数がこの範囲にあることにより、有機化した際に粘土結晶層の片面を疎水性にすることができ、さらにアルキル鎖同士のファンデルワールス力による安定化を果たすことができるため、二次元ネットワークを形成しやすくできるからである。
【0014】
本発明のタンパク質−疎水性有機化剤吸着粘土複合体において、粘土結晶層の一方の面に、0.1〜20mg/nm、より好ましくは、0.5〜10mg/nmの有機化剤が吸着していることが好ましい。この値の範囲にあることにより、例えば、LB法による膜形成時にガラス基板等への吸着が容易となる。
【0015】
前記有機化剤の具体的例として、ジアルキルジメチルアンモニウム塩、アルキルトリメチルアンモニウム塩、アルキルジメチルアンモニウム塩、アルキルジメチルベンジルアンモニウム塩等の第四級アンモニウム塩、トリブチルヘキサデシルホスホミウム塩等のホスホニウム塩、1‐へキシル‐3‐メチルイミダゾリウム塩、1‐メチル‐3-n-オクチルイミダゾリウム塩等のイミダゾリウム塩、1‐ブチル‐3‐メチルピリジニウム塩等のピリジニウム塩が挙げられる。なかでも、ジアルキルジメチルアンモニウム塩(メチル基以外の2つのアルキル基の炭素原子数が好ましくは、それぞれ、2〜50及び3〜100、より好ましくは、2〜20及び5〜30)、アルキルトリメチルアンモニウム塩(メチル基以外のアルキル基の炭素原子数が好ましくは、3〜100、より好ましくは、5〜30)、アルキルジメチルアンモニウム塩(メチル基以外のアルキル基の炭素原子数が好ましくは、3〜100、より好ましくは、5〜30)、アルキルジメチルベンジルアンモニウム塩(メチル基以外のアルキル基の炭素原子数が、好ましくは、3〜100、より好ましくは、5〜30)が好ましい。また、ジメチルジステアリルアンモニウム塩、トリメチルステアリルアンモニウム塩が特に好ましい。
【0016】
有機化剤は上記メチル基に換えて極性の小さい基を有していてもよい。例えばフェニル基、ベンジル基、トリル基、キシリル基などのアリール基を有するものが無極性有機溶媒への溶解性があり、好ましい。なかでも、フェニル基、ベンジル基が特に好ましい。
【0017】
本発明において、有機化剤の溶媒への含有量は特に限定されないが、ベントナイトの陽イオン交換容量としていえば、0.5〜2.0倍等量が好ましく、1.0〜1.8倍等量がより好ましく、1.2〜1.5倍等量が特に好ましい。この含有量を多くしすぎると、下記有機化反応後に未反応有機化剤が多く残り、有機化ベントナイトを洗浄するためのアルコールや蒸留水の量が多量に必要になる場合がある。一方、少なすぎると無極性有機溶媒層と水層との界面における反応効率が良好な範囲から外れる場合がある。
【0018】
本発明において、有機化剤を溶解する有機溶媒は特に限定されないが、無極性有機溶媒であることが好ましい。この無極性有機溶媒は後述する水等のベントナイトを分散する分散媒との相溶性が小さく、両者の液界面が反応場となる。そのため、特に水への溶解性が小さく、極性が小さく、かつ常温(4〜40℃)で液状であるものであることが好ましい。
【0019】
上記無極性有機溶媒の具体例として、ヘキサン、ベンゼン、トルエン、ジエチルエーテル、酢酸メチル、酢酸エチル、塩化メチレン、クロロホルム、四塩化炭素、テトラクロロエチレン等が挙げられ、クロロホルムが特に好ましい。本発明の製造方法において、後述するベントナイト分散体との混合液の総量に対して、上記有機化合物を溶解した溶液の量が10〜60質量%となる量であることが好ましく、30〜50質量%であることがより好ましい。なお、上記有機化剤を溶解する有機溶媒の比重は水等の後記分散媒体の比重よりも大きくても小さくてもよい。
【0020】
本発明において有機化反応は、例えば、ベントナイトを水に分散させた分散液、及び有機化剤が溶解した有機溶媒を接触させ、両液の界面において有機化反応を行う。ベントナイトを水に分散させた分散液の濃度及びpHは特に制限されないが、好ましくは、それぞれ、0.5〜100g/L、pH4〜12である。
【0021】
このときの上記分散液と上記有機溶媒との接触反応の方法は特に限定されない。具体例として、両液を一つの曹内に容れ、撹拌することにより効率的に反応を進行させる方法が挙げられる。このように撹拌することで、前記両液の媒体は相溶性が小さいためエマルション状態となり、その接触界面で有機化剤のベントナイト結晶層表面への吸着を進行させることができる。接触反応時のエマルション状態は撹拌時にその状態であればよく、静置した後に層分離し2層に分かれるものであってよい。このようにして得られた片面有機化修飾粘土結晶層は有機化されているため、有機溶媒中に分散することができる。
【0022】
この接触反応の反応液の反応温度及び反応時間は特に制限されないが、それぞれ、5〜60分、15〜80℃であることが好ましい。
【0023】
上記の片面有機化粘土結晶層を得た後に、該粘土結晶層の非有機化修飾面をタンパク質により修飾することができる。この非有機化修飾面をタンパク質により修飾する際の吸着反応の方法は特に限定されない。具体例として、タンパク質が溶解した水層に対し、片面有機化粘土結晶層が分散した有機溶媒を水面上に展開、あるいは混合、反応させ、粘土結晶層と水層の界面でタンパク質の自発的な吸着を起こすことができる。また、片面有機化粘土結晶層をガラスなどの基板上にLB法などにより膜化させた後、タンパク質が溶解した水溶液を、膜に塗布、反応させることでタンパク質を吸着させることができる。タンパク質が溶解した水溶液のpHは特に制限されないが、好ましくは、pH3〜pH12である。
【0024】
タンパク質の反応量は粘土結晶層表面に密にも疎にも吸着させることができる。タンパク質の吸着に用いるタンパク質溶液の濃度は0.5〜20mg/Lである。この範囲にタンパク質溶液の濃度を調整することにより、本発明のタンパク質−疎水性有機化剤吸着粘土複合体において、タンパク質が吸着する量を0.1〜20mg/mとすることが好ましく、0.5〜10mg/mとすることがより好ましい。また、タンパク質溶液の濃度は好ましくは1〜10mg/Lである。濃度が小さすぎると吸着速度が遅く製造に時間を要し、濃度が大きすぎるとタンパク質の使用量が多くなり、実用的ではない。
【0025】
さらにLB法を用いて、膜形状のタンパク質−疎水性有機化剤吸着粘土複合体を得ることもできる。LB法では、水層中にタンパク質を溶解させ、その水層に対し片面有機化粘土結晶層が分散した有機溶媒を展開し、表面圧‐面積(π‐A)等温曲線を調べることで、所定の表面圧まで層表面を圧縮し、単層膜を作製することができる。得られた単層膜はガラス基板などの転写基材に転写することで表面にタンパク質が高密度に保持されたタンパク質−疎水性有機化剤吸着粘土複合体膜を得ることができる。
【0026】
このタンパク質−疎水性有機化剤吸着粘土複合体膜は、平均高さ(厚さ)が5〜20nmであることが好ましい。この値が小さすぎると有機化剤、及びタンパク質の吸着量が十分ではなく、立体的に潰れた構造となり、大きすぎると粘土結晶の層面の広がりに対し、厚みが大きくなり、二次元ネットワークが安定に形成されにくくなるからである。
【0027】
図2は、LB法を用いた、タンパク質−疎水性有機化剤吸着粘土複合体膜作成の一例を模式的に時系列に沿って表したものである。図示していないが、図2において樹脂基板に転写される前は、酵素は水層に、粘土結晶層は気液界面に、有機化剤は空気中に存在している。最初に酵素を水層に溶解させておき、片面有機化粘土結晶層が分散した有機溶媒を展開した後、圧縮する。その後、図2に示すように、樹脂基板を空気中から水層に入れていくと、樹脂基板と有機化剤の相互作用によって、タンパク質・有機化粘土複合体膜は樹脂基板に転写される。
【0028】
図2及び3において、符号1は有機化剤、符号2は粘土結晶層、符号3は酵素、符号4は圧縮子、符号5は樹脂基板、符号6は時間の経過を表す矢印、符号7は圧縮方向を表す。また、図2及び3の模式図において、視認性のため間隔があいている部分があるが、本発明のタンパク質−疎水性有機化剤吸着粘土複合体膜の実物においては、有機化剤及び酵素は、それぞれ、粘土結晶層に吸着している。
【0029】
本発明におけるタンパク質は、特に制限されない。例えば、酸性タンパク質、塩基性タンパク質、中性タンパク質、糖タンパク質、リポタンパク質、酵素、抗体、オリゴペプチドが挙げられ、天然のタンパク質であっても人工のタンパク質であってもよい。人工のタンパク質としては、例えば遺伝子組み換え技術により合成した発現タンパク質、化学合成法により合成したタンパク質、及び発酵法により合成したタンパク質が挙げられる。また、これらが化学修飾されたタンパク質でもよい。さらにタンパク質の種類は1種類のみ、2種類以上の多量体又は複合物でもよい。本発明において、タンパク質は置換基を有していてもよい。
【0030】
上記タンパク質の具体例として、プロテアーゼ、リパーゼ、セルラーゼ、アミラーゼ、デキストラナーゼ、リゾチーム、セラチオぺプチターゼ、ウロキナーゼ、プラスミン、カタラーゼ、アスパラキナーゼ、グルタミナーゼ、グルコースオキシダーゼ、インスリン等が挙げられるが、本発明におけるタンパク質はこれらに限定されるものではない。また、上記タンパク質(酵素)は修飾されていてもよい。特に薬剤用として用いられる酵素は、生体内で異物として排斥されるのが遅くなるように修飾されていることが好ましい。
【0031】
また、上記タンパク質が有していてもよい置換基の例として、任意のタグタンパク質が挙げられる。例えば、ヒスチジンタグ、グルタチオン‐S‐トランスフェラーゼタグ、GFP(Green Fluorescent Protein)タグ、ビオチン化ペプチドタグが挙げられる。
【0032】
本発明に用いられるタンパク質として、アルギニン、アスパラギン、グルタミン、リシン等の塩基性アミノ酸に由来したアミノ基を1個以上有するアミノ酸残基を多く含有する水溶性タンパク質がタンパク質の表面電荷を局所的に正に荷電するため、粘土表面の負の荷電部位に吸着しやすくすることから好ましい。タンパク質を形成する全アミノ酸中の、アミノ基を1個以上有するアミノ酸残基の個数の割合は、好ましくは、5〜80%、より好ましくは、10〜40%である。このようなタンパク質の分子量は、好ましくは1,000〜100,000であり、より好ましくは5,000〜50,000である。
【実施例】
【0033】
以下、実施例に基づいて本発明をさらに詳細に説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。
【0034】
(実施例1)
精製モンモリロナイト(クニピアF、商品名、クニミネ工業社製)を0.1質量%分散させた水層100g(55℃、pH10)に対し、有機化剤(ジメチルジステアリルアンモニウム塩(DMDS)、ライオン・アクゾ(株)社製)をクロロホルムに0.1質量%分散させた無極性有機溶媒層100g(55℃)を羽根付攪拌機により攪拌させながら滴下し、20分間反応させることで有機化ベントナイト(DMDS−MMT)を作製した。得られた有機化ベントナイトはろ過し減圧下において乾燥させた。有機化剤の吸着量は有機化粘土の強熱減量、及び粘土の真比重(2.6g/cm)より1.5mg/mと算出でき、有機化剤が吸着した片面修飾有機化粘土を得た。本粘土は溶媒であるトルエンに分散させ、0.02質量%程度の濃度に調整した。
【0035】
次にpH7の1mMリン酸緩衝液中にリゾチーム(ニワトリ卵白由来:分子量14,300、アミノ酸数129個、等電点11、和光純薬工業社製)を1mg/L溶解させた水層を水平付着法分子膜累積装置(協和界面化学製)内の水槽に作製した。この水層に対し、片面修飾粘土分散液を展開させ、π‐A等温曲線の測定にて単層膜になるように圧縮表面圧を決定し、表面を圧縮させた。次に圧縮後(表面圧30.8mNm−1)の単層膜を劈開マイカ基板上に転写させた試料Aを得た。試料Aを原子間力顕微鏡(AFM)(SPA‐300、原子間力顕微鏡SII(株)製)によって観察し、平均厚さとタンパク質の分子量、及びタンパク質容積から5.1mg/mのタンパク質が吸着していることを算出した。さらに、CaF基板上へ20層の累積膜を作製した試料Bを得た。試料Bに対してIRスペクトル測定(HORIBA‐210(商品名)、HORIBA製)を行った。
【0036】
(比較例1)
精製モンモリロナイトを蒸留水に0.1質量%分散させ、劈開マイカ基板上にスピンキャストし、試料Cを得た。実施例1と同様にAFM観察を実施した。さらに精製モンモリロナイト粉末を用いたIRスペクトル測定(HORIBA‐210)を行った。
【0037】
(比較例2)
実施例1と同様にして調製したトルエン分散液を劈開マイカ基板上にスピンキャストし、試料Dを得た。得られた試料Dは実施例1と同様に原子間力顕微鏡(AFM)によって観察を行った。また、CaF基板上へ20層の累積膜を作製した試料Eを得た。試料Eに対してIRスペクトル測定(HORIBA‐210)を行った。
【0038】
図1に実施例1の試料BのIRスペクトル測定の結果を示す。
また、表1にAFM観察により得られた実施例1の試料Aの単層膜の高さ(厚さ)、比較例1の試料Cの精製モンモリロナイト層の高さ、及び比較例2の試料Dの片面修飾有機化粘土層の高さをまとめた。
さらに、表2に実施例1の試料B、比較例1の試料C及び比較例2の試料Eに対するIRスペクトル測定の結果をまとめた。
【0039】
【表1】

【0040】
表1に示すように、一般的な粘土結晶は、比較例1のようにおよそ1nmの高さである。一方、比較例2では有機化されている分だけ結晶面が高く検出され、およそ3.5nmであった。さらに実施例1ではおよそ13nmの高さを持ち、比較例2の高さよりもおよそ9nm分の高さを観察できた。これはタンパク質が粘土結晶層の表面に吸着していることを示す。
【0041】
【表2】

【0042】
また、表2に示すように、比較例1では、1,000cm−1に粘土由来のSi−O伸縮振動のみ観察された。比較例2では、1,000cm−1に粘土由来のSi−O伸縮振動、及び2,917cm−1及び2,850cm−1に、それぞれ、有機化剤由来のC−H対称伸縮振動及びC‐H逆対称伸縮振動が観察された。一方、表2及び図1より、実施例1では、1,000cm−1に粘土由来のSi−O伸縮振動、2,917cm−1及び2,850cm−1に、それぞれ、有機化剤由来のC−H対称伸縮振動及びC‐H逆対称伸縮振動、及び1,658cm−1及び1,540cm−1に、それぞれ、酵素のアミド(ペプチド)結合に由来したN−H振動、C=O振動が観察された。
【0043】
上記の結果より、実施例1の試料Aの単層膜の模式図を図3に示した。このように実施例1の試料Aでは粘土結晶層の基板部位側にアルキル鎖が吸着し、そのアルキル鎖が吸着した面と反対の面にタンパク質が保持されていることが予測できる。またリゾチーム一分子の占有体積は縦3.0nm×横3.0nm×高さ4.5nmであることから、粘土結晶上にリゾチームが二分子重なった状態で吸着していることが考えられる。
【0044】
本発明のタンパク質−疎水性有機化剤吸着粘土複合体は、粘土結晶層に面選択的に有機化剤、及びタンパク質の吸着が行われた新規なタンパク質・有機化粘土複合体である。このようなナノレベルでの面選択的修飾物は既存の吸着方法では製造が不可能であり、本発明のタンパク質−疎水性有機化剤吸着粘土複合体は、初めて製造できた新規材料である。さらには、本発明のタンパク質−疎水性有機化剤吸着粘土複合体を利用することで、基板上への高密度なタンパク質の薄膜修飾が可能となり、新規なタンパク質固定化方法、あるいは膜化方法を提供することができる。
【符号の説明】
【0045】
1 有機化剤
2 粘土結晶層
3 酵素
4 圧縮子
5 樹脂基板
6 時間の経過を示す矢印
7 圧縮する方向

【特許請求の範囲】
【請求項1】
粘土結晶層の一方の面にタンパク質が、他方の面に疎水性有機化剤が吸着していることを特徴とする、タンパク質−疎水性有機化剤吸着粘土複合体。
【請求項2】
前記有機化剤が炭素数3〜100のアルキル基を主鎖とする有機化剤であることを特徴とする、請求項1に記載のタンパク質−疎水性有機化剤吸着粘土複合体。
【請求項3】
前記タンパク質が、アミノ基を1個以上有するアミノ酸残基の個数が全体の5〜80%のタンパク質であることを特徴とする、請求項1又は2に記載のタンパク質−疎水性有機化剤吸着粘土複合体。
【請求項4】
前記タンパク質がリゾチームである、請求項1〜3のいずれか1項記載のタンパク質−疎水性有機化剤吸着粘土複合体。
【請求項5】
前記有機化剤がジメチルジステアリルアンモニウム塩である、請求項1〜4のいずれか1項記載のタンパク質−疎水性有機化剤吸着粘土複合体。
【請求項6】
前記粘土結晶層の一方の面に0.1〜20mg/mのタンパク質が吸着し、前記粘土結晶層の他方の面に0.1〜20mg/mの疎水性有機化剤が吸着していることを特徴とする、請求項1〜5のいずれか1項記載のタンパク質−疎水性有機化剤吸着粘土複合体。
【請求項7】
請求項1〜6のいずれか1項記載のタンパク質−疎水性有機化剤吸着粘土複合体から形成され、タンパク質及び疎水性有機化剤が規則的に吸着し、少なくとも3層構造を有することを特徴とする、タンパク質−疎水性有機化剤吸着粘土複合体膜。
【請求項8】
前記粘土結晶層の一方の面を有機化させた後に、前記粘土結晶層の他方の面にタンパク質を吸着させる、請求項1〜6のいずれか1項に記載のタンパク質−疎水性有機化剤吸着粘土複合体の製造方法。

【図2】
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【図3】
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【図1】
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【公開番号】特開2013−112567(P2013−112567A)
【公開日】平成25年6月10日(2013.6.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−260225(P2011−260225)
【出願日】平成23年11月29日(2011.11.29)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 発行者名:公益社団法人 日本化学会 コロイドおよび界面化学部会 刊行物名:第63回コロイドおよび界面化学討論会講演要旨集 発行年月日:2011年8月22日
【出願人】(000104814)クニミネ工業株式会社 (30)
【出願人】(504190548)国立大学法人埼玉大学 (292)
【Fターム(参考)】