説明

タンパク質の分析方法及び分析試薬

【課題】簡便、迅速且つ高感度なタンパク質検出法を提供する。
【解決手段】本発明によれば、式I:


[式中、
及びRは、同じか又は異なり、1個以上のアニオン性置換基で置換されたアリール基又はヘテロアリール基である。]
により表される水に易溶な蛍光化合物が提供される。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、水溶性蛍光化合物を用いたタンパク質の分析方法、及びタンパク質分析試薬としての該化合物の使用に関する。
【背景技術】
【0002】
タンパク質の分析方法として、電気泳動法が広く用いられている。電気泳動法は、タンパク質を分子量に従い分離することができ、したがって分子量の推定を行うことができること、半定量的にタンパク質の量を測定することができること、比較的簡易な装置で行うことができることなどの利点を有する。
【0003】
電気泳動法を利用してタンパク質を分析する手法としては、電気泳動前にサンプル中に存在するタンパク質を染色するか、ゲルなどの電気泳動担体上に存在するタンパク質を直接的に染色して、視覚的にタンパク質を検出する手法、電気泳動担体から適切なメンブレンにタンパク質をトランスファーした後、タンパク質染色、抗体染色等を行う手法(ウエスタンブロッティングなど)、電気泳動担体上に存在するタンパク質を染色し、所望のタンパク質が含まれるバンドを切り出し、続いて質量分析に供する手法などがある。
【0004】
タンパク質を染色する方法としては、CBB(クマシーブリリアントブルー)染色法、銀染色法、Sypro Ruby染色法などが挙げられる。
【0005】
これらの慣用の手法のうち、CBB法は、簡便且つ迅速に行うことができるが、検出感度が低く(検出限界:50〜100ng)、タンパク質の種類によって検出感度が大きく異なるという問題を有する。銀染色法は、検出限界が1〜10ngであり高感度な方法であるが、定量性がなく、また銀を含む廃液の特別な処理が必要であるという欠点を有する。Sypro Ruby(インビトロジェン社)などの蛍光色素を用いる方法は、銀染色を上回る検出感度を示す場合があるが、SDS−PAGEに適用する場合、担体に残存するSDSの影響を受け易く、目的タンパク質が検出できない場合がある。また、バックグラウンドが比較的高いため、蛍光色素を用いてタンパク質を染色する前に固定処理を行い、且つ染色後に十分な時間の洗浄・脱色が必要である。このことから、迅速性がなく、同時に作業者に負担が大きいという問題がある。
【0006】
本発明者らは、上記の慣用のタンパク質染色法の問題点を解決するために、タンパク質染色に用い得る新規な化合物を探索した(特許文献1及び2)。その結果、疎水的結合を介してタンパク質と錯体を形成し、タンパク質の種類にかかわらず一定の発色率を示す蛍光化合物が得られた(特許文献1)。また、当該蛍光化合物をSDS−PAGEのための泳動用バッファーに溶解させることにより、タンパク質の分画と染色を同時に行う、電気泳動のためのタンパク質検出方法を開発した(特許文献2)。
【0007】
しかしながら、上記文献の実施例に具体的に記載された蛍光化合物は、いずれも水に難溶性であるため、染色操作中及び保管中にしばしば不溶物が形成される。そのため、不溶物が電気泳動担体に沈着し、検出ステップで偽陽性のスポットが現れ、検出の妨げとなる場合がある。
【特許文献1】国際公開第WO2006/132030号パンフレット
【特許文献2】特開2007−114009号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
慣用のタンパク質染色法は、それぞれ上記のような課題を有するため、操作が容易なタンパク質染色用試薬、及び簡便且つ迅速なタンパク質染色法が未だ求められている。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、タンパク質染色に関わる上記課題を解決するために鋭意実験を重ねた結果、タンパク質染色に用いることができる水溶性の高い化合物を見出した。該化合物は、タンパク質の種類にかかわらず良好にタンパク質を検出し、また水溶性であるため操作性が高い。
【0010】
すなわち、本発明は以下の特徴を有する。
(1)式I:
【0011】
【化1】

[式中、
及びRは、同じか又は異なり、1個以上のアニオン性置換基で置換されたアリール基又はヘテロアリール基である。]
により表される水に易溶な蛍光化合物、又はその塩。
(2)前記化合物が式Ia:
【0012】
【化2】

により表される化合物である、上記(1)に記載の化合物。
(3)上記(1)若しくは(2)に記載の化合物を用いてタンパク質を検出し、それによりタンパク質を定性的又は定量的に分析することを含む、タンパク質の分析方法。
(4)電気泳動によりタンパク質を分離することを含む、上記(3)に記載の方法。
(5)電気泳動により担体上でタンパク質を分離するステップ、及び該電気泳動担体を上記(1)又は(2)に記載の化合物を含有する水溶液に浸漬するステップを含む、上記(4)に記載の方法。
(6)上記(1)又は(2)に記載の化合物を含有するバッファーを、電気泳動用バッファーとして用いる、上記(4)に記載の方法。
(7)上記(1)又は(2)に記載の化合物を含有する溶液、及び界面活性剤を含有する溶液を用いる、上記(3)〜(6)のいずれか1つに記載の方法。
(8)前記界面活性剤が、非イオン性界面活性剤である、上記(7)に記載の方法。
(9)前記界面活性剤が、脂肪酸ポリオキシエチレンソルビタン系界面活性剤である、上記(7)に記載の方法。
(10)上記(1)又は(2)に記載の化合物の、タンパク質分析用試薬としての使用。
【発明の効果】
【0013】
本発明を用いることにより、簡便、迅速且つ高感度なタンパク質の定性的又は定量的な分析が可能になる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0014】
本発明は、タンパク質分析に有用な水溶性蛍光化合物、該化合物を用いたタンパク質の分析方法、及びタンパク質分析試薬としての該化合物の使用に関する。
【0015】
本発明に関して、タンパク質の「分析」とは、タンパク質を定性的に検出すること、すなわちタンパク質の存在の有無を確認すること、タンパク質の分子量を測定すること、タンパク質の分布を決定すること、定量的に測定することなどを含む。
【0016】
本明細書中、「水溶性」又は「水に易溶」との用語は、室温以下の温度の水に、一定以上の濃度、例えば100μg/mLの濃度で溶解し、作業中にほとんど又はまったく析出しない性質を意味する。
【0017】
タンパク質染色に用い得る化合物が水に難溶であることは、例えば電気泳動担体上のタンパク質を染色する場合に、タンパク質が存在しない部位での不溶物の沈着を生じ、偽陽性のスポットをもたらし、したがって検出結果の正確性に非常に悪影響を及ぼす。タンパク質染色に用い得る化合物が水溶性であれば、タンパク質と該化合物との反応(相互作用)に関与しなかった過剰な化合物を、反応後に、水、バッファー等で洗浄することにより容易に除去することができる。言い換えれば、そのような化合物が水溶性であることは、タンパク質の正確な検出を可能にし、タンパク質染色の目的では非常に有利である。
【0018】
また、そのような化合物が水溶性であれば、タンパク質の染色プロセスにおいて、誤って試薬を手、手袋、衣服などに付着させた場合に、水洗により容易に除去することが可能である。したがって、そのような化合物が水溶性であることは、作業における安全衛生面からも非常に有利である。
【0019】
本明細書中、「蛍光」とは、特定の波長の光(励起光)を照射したときに、典型的には照射した光よりも長波長の極大波長を有する光(蛍光)を生じる性質を意味する。本発明で用いる蛍光化合物の蛍光の極大波長は特に制限されないが、例えば450〜550nmである。蛍光の測定は、種々の機器を用いて行うことができる。例えば、市販の蛍光イメージアナライザー(アトー社、TECAN社、GEヘルスケアバイオサイエンスなどから入手可能)により、測定を行うことができる。
【0020】
1つの態様では、本発明は、式I:
【0021】
【化3】

[式中、
及びRは、同じか又は異なり、1個以上のアニオン性置換基で置換されたアリール基又はヘテロアリール基である。]
により表される水に易溶な蛍光化合物又はその塩に関する。
【0022】
本発明において、「アニオン性置換基」としては、例えばスルホン酸基、カルボキシル基、リン酸基又はそれらの塩(例えば、リチウム塩、ナトリウム塩、カリウム塩、ルビジウム塩、セシウム塩、アンモニウム塩、置換基を有していてもよい1〜10個の炭素原子を有する直鎖若しくは分岐鎖アルキル基を有する第4級アンモニウム塩)が挙げられる。好ましくは、アニオン性置換基はスルホン酸基又はその塩(例えば、ナトリウム塩)である。
【0023】
アリール基の例としては、上記アニオン性置換基以外の置換基を有していてもよいC〜C20芳香族炭化水素基(例えば、フェニル基、トリル基、ベンジル基、キシリル基、ナフチル基、アントリル基、ピレニル基、ビフェニル基など)が挙げられる。
【0024】
ヘテロアリール基の例としては、上記アニオン性置換基以外の置換基を有していてもよいC〜C20複素環式化合物(例えば、ピリジル基、ビピリジル基、フリル基、カルバゾリル基、チエニル基、ピロリル基、オキサゾリル基、キノリニル基など)が挙げられる。
【0025】
本発明の蛍光化合物は、好ましくは以下の式Ia:
【0026】
【化4】

により表される構造を有する。
【0027】
また、本発明は、上記式I、好ましくは上記式Iaにより表される化合物を用いるタンパク質分析方法にも関する。
【0028】
本発明の方法を用いたタンパク質の検出の具体的な実施形態は、例えば、(i)電気泳動によりタンパク質を含むサンプルを分離した後、ゲル等の電気泳動担体を本発明の蛍光化合物を含有する水溶液に浸漬し、これにより担体上のタンパク質に該蛍光化合物を作用させるステップ、及び(ii)電気泳動担体を水又は適切なバッファーなどに浸漬し、これによりタンパク質と相互作用しなかった過剰の蛍光化合物を除去するステップ(脱色・洗浄ステップ)を含む。担体と蛍光化合物とを接触させる前に、担体を特定の組成液(例えば、1%Tween80を含有する水溶液)に一定時間(例えば、10〜30分間)浸漬してもよい。
【0029】
本発明の蛍光化合物を含有する水溶液(以下、単に「化合物水溶液」を呼ぶ場合がある。)は、典型的にはバッファーであり、好ましくはpH1〜4、より好ましくはpH2〜3に調整される。該水溶液は、アルコールを含有してもよい。アルコールは、水又はバッファーに対して溶解性の高いものであれば制限されないが、好ましくは炭素数が1〜4個のアルコール、さらに好ましくは炭素数が1〜3のアルコールである。バッファーは、リン酸バッファー、クエン酸バッファー、グリシンバッファー、トリス−グリシンバッファー、トリスバッファー、MOPSバッファーなど、当該技術分野で通常用いられるいずれのバッファーでもよい。過剰の蛍光化合物の除去に用いる液体は、水、以下に挙げるものなどの界面活性剤の水溶液、又は上記のものなどのバッファーであり得る。
【0030】
上記ステップ(i)の浸漬時間は、例えば5〜60分間、好ましくは30分間以下、より好ましくは約10分間である。上記ステップ(ii)の過剰の蛍光化合物の除去時間は、例えば10〜100分間、好ましくは20〜60分間、より好ましくは30〜40分間である。
【0031】
本発明者らは、驚くべきことに、担体を本発明の化合物を含有する水溶液に浸漬する前後に、界面活性剤を含有する水溶液に担体を浸漬することにより、上記ステップ(ii)の脱色時間を大幅に短縮し得ることを見出した。
【0032】
したがって、好ましい実施形態では、本発明の方法は電気泳動担体を上記蛍光化合物水溶液に浸漬するステップ、及び界面活性剤を含有する水溶液に浸漬するステップを含む。電気泳動後の担体の処理時間が長い場合、電気泳動により分離したタンパク質が担体内で拡散し、これにより検出結果に悪影響が及ぼされる可能性がある。よって、過剰の蛍光化合物の除去時間を短縮し得ることは、所要時間を短縮することによって迅速な結果の取得を可能にするのみならず、より正確な分析結果を与えるという意味でも非常に有利である。
【0033】
本発明において用いられる界面活性剤は、特に制限されないが、好ましくは非イオン性界面活性剤、より好ましくは脂肪酸ポリオキシエチレンソルビタン系界面活性剤、最も好ましくはTween80(ポリオキシエチレンソルビタンモノオレアート)又はTween20(ポリオキシエチレンソルビタンモノラウラート)である。水溶液中の界面活性剤の濃度は、例えば0.1%(v/v)、0.5%(v/v)、1%(v/v)、2%(v/v)、3%(v/v)、4%(v/v)、又は5%(v/v)であり、好ましくは1%(v/v)である。
【0034】
あるいは、本発明の方法は、電気泳動後に上記蛍光化合物水溶液に電気泳動担体を浸漬する代わりに、電気泳動用バッファーに本発明の化合物を添加することにより、電気泳動中に本発明の化合物とタンパク質との相互作用を同時に行うことによっても実施することができる。この場合、電気泳動の完了後に担体上の過剰の蛍光化合物を除去するステップのみを行えばよいため、電気泳動完了から測定までの時間を短縮することができる。このことは、上記と同様、所要時間を短縮することによって迅速な結果の取得を可能にするのみならず、より正確な分析結果を与えるという意味でも非常に有利である。
【0035】
本明細書中、「電気泳動担体」又は「担体」としては、電気泳動に通常用いられる担体であれば特に制限されないが、例えば、メンブレン(例えば、セルロースアセテートメンブレン、ニトロセルロースメンブレン、ポリビニリデンジフルオリド(PVDF)メンブレン等)、及びゲル(ポリアクリルアミドゲル、アガロースゲル等)が挙げられる。好ましくは、担体はゲルであり、とりわけSDS−ポリアクリルアミドゲルである。
【0036】
あるいはまた、本発明の方法は、サンプル中のタンパク質を本発明の化合物に接触させ、その後、電気泳動を行うことによって実施することもできる。
【0037】
さらに、本発明の方法は、免疫沈降法、ドットブロット法など、電気泳動を用いないタンパク質の解析法においても利用することができる。
【0038】
別の態様では、本発明は、タンパク質を検出するための、式I:
【0039】
【化5】

[式中、
及びRは、同じか又は異なり、1個以上のアニオン性置換基で置換されたアリール基又はヘテロアリール基である。]
により表される水に易溶な蛍光化合物の使用に関する。
【0040】
上記式Iの化合物は、好ましくは以下の式Ia:
【0041】
【化6】

により表される構造を有する。
【0042】
本発明の上記式Iの化合物は、例えば、適切な溶媒(例えば、エタノール/メタノール=1:1(v/v))中で、R及び/又はR基を有するアルデヒドと4−(ジシアノメチレン)−2,6−ジメチル−4H−ピランとを、モル比1〜2以上:1で、適切な触媒(例えば、ピペリジンなどの塩基)の存在下で、アルゴン雰囲気下、70〜120℃にて1〜24時間反応させ(アルドール縮合)、続いて得られた生成物を回収・精製するステップを含む方法によって合成することができる。生成物の精製は、例えば、結晶化、HPLC、TLC、シリカゲルクロマトグラフィーなどの技術を適宜組み合わせて実施しうる。
【0043】
目的の化合物の同定は、NMR、IR、UV、質量分析、元素分析などの測定法を適宜組み合わせて行うことができる。
【0044】
特定の実施形態によれば、本発明はさらに、上記式I(好ましくは式Ia)の化合物の、タンパク質分析用試薬としての使用を提供する。好ましくは、タンパク質の分析は電気泳動により行われる。
【0045】
以下に、実施例を用いて本発明をより詳細に説明するが、本発明の範囲はこれらの実施例によりなんら限定されるものではない。
【実施例1】
【0046】
(実施例1)化合物1(2,2’−(1E,1’E)−2,2’−(4−ジシアノメチレン)−4H−ピラン−2,6−ジイル)ビス(エテン−2,1−ジイル)ビス(ベンゼンスルホン酸ナトリウム)塩)の合成
【0047】
【化7】

2−スルホベンズアルデヒドナトリウム2.42g(11.6mmol)を50mL容三口フラスコに加え、エタノール:メタノール=1:1(v/v)30mLに懸濁し、4−(ジシアノメチレン)−2,6−ジメチル−4H−ピラン1.0g(5.81mmol)、ピペリジン495mg(5.81mmol)を加え、アルゴン雰囲気下、12時間還流した。析出物を濾過により収集し、得られた黄色粉末を水で洗浄し、減圧乾燥して目的とする化合物を1.43g得た(収率44.5%)。
ESI-MS(+): [M+Na-H]+ = 574.6
1H-NMR(400MHz, DMSO-d6)σ6.92(2H, s), 7.20(2H, d, J = 16Hz), 7.37-7.46(4H, m), 7.77-7.88(4H,m), 8.62(2H, d, J = 16Hz).
13C-NMR(100.53MHz, DMSO-d6)σ56.6, 106.5, 115.5, 120.3, 127.2, 127.4, 129.0, 129.3, 132.5, 138.1, 146.4, 156.1, 159.7.
【0048】
(比較例1)化合物2((E)−2−(2−(4−(ジシアノメチレン)−6−メチル−4H−ピラン−2−イル)ビニル)ベンゼンスルホン酸ナトリウム塩)の合成
【0049】
【化8】

2−スルホベンズアルデヒドナトリウム2.0g(9.61mmol)を200mL容三口フラスコに加え、エタノール:メタノール=1:1(v/v)120mLに懸濁し、4−(ジシアノメチレン)−2,6−ジメチル−4H−ピラン5.0g(29.0mmol)、ピペリジン818mg(9.61mmol)を加え、アルゴン雰囲気下、3時間還流した。析出物を濾過により分離し、母液を濃縮して、得られた析出物を酢酸エチルで洗浄し、減圧乾燥して目的とする化合物1.49gを得た(収率42.8%)。
ESI-MS(+):[M+Na-H]+ = 384.8
1H-NMR(400MHz, DMSO-d6)σ2.45(3H, s), 6.72(1H, dd, J = 0.91, 2.3Hz), 6.94(1H, d, J = 2.3Hz), 7.23(1H, d, J = 16Hz), 7.34-7.42(2H, m), 7.79-7.84(2H, m), 8.63(1H, d, J = 16Hz).
13C-NMR(100.53MHz, DMSO-d6)σ19.5, 55.8, 106.0, 107.3, 115.4, 119.3, 126.4, 127.1, 129.0, 129.1, 132.1, 137.3, 147.0, 156.8, 160.2, 164.1.
【0050】
(比較例2)化合物3((E)−2−(2−(4−ヒドロキシナフタレン−1−イル)ビニル)−6−メチル−4H−ピラン−4−イリデン)マロノニトリル)の合成
【0051】
【化9】

4−ヒドロキシ−1−ナフトアルデヒド0.70g(5.81mmol)、4−(ジシアノメチレン)−2,6−ジメチル−4H−ピラン1.0g(5.81mmol)、ピペリジン0.50g(5.81mmol)、及びエタノール50mLを50mL容三口フラスコに加え、アルゴン雰囲気下、6時間、加熱還流した。溶媒を減圧除去した後、カラムクロマトグラフィー(SiO、CHCl:MeOH=10:1(v/v))で精製し、目的とする化合物を得た(収率48.2%)。
ESI-MS(+):[M+Na]+ = 349.1
1H-NMR (400 MHz, CDCl3, r.t., TMS, δ/ppm) 1.71 (s, 3H), 5.27 (s, 1H), 5.51 (s, 1H), 6.65 (d, 1H), 6.85 (d, 1H), 6.59 (d, 1H), 7.21 (d, 1H), 7.35 (t, 1H), 7.38 (t, 1H), 8.08 (d, 1H).
【実施例2】
【0052】
極大吸収波長及び極大蛍光波長の測定
化合物1及び2を25μg/mLの濃度で精製水にそれぞれ溶解し、200〜800nmの範囲の波長での吸収スペクトル及び450〜600nmの範囲の波長での蛍光スペクトルを測定した。吸収スペクトルの測定は、U3310(日立ハイテクノロジーズ社製)を用いて行い、蛍光スペクトルの測定はRF−1500(島津製作所社製)を用いて行った。結果を表1に示す。
【0053】
【表1】

【実施例3】
【0054】
タンパク質の検出
(1)サンプル調製
市販の分子量マーカー(Protein Standard Mixture IV;メルク社製)2mgに2mLのストック用バッファー(精製水4.2mL、0.5Mトリス−塩酸バッファー(pH8.6)1.0mL、グリセロール0.8mL、100g/Lドデシル硫酸ナトリウム1.6mL、2−メルカプトエタノール0.4mLの混合液)を加え、沸騰水中で2分間加熱した後、冷却した。0.5mLのマイクロチューブに30μLずつ分注し、使用時まで−80℃で凍結保存した。解凍した分子量マーカーにサンプル希釈液(精製水3.8mL、0.5Mトリス−塩酸バッファー(pH8.6)1.0mL、グリセロール0.8mL、100g/Lドデシル硫酸ナトリウム1.6mL、5g/Lブロモフェノールブルー0.8mLの混合液)を添加し、タンパク質濃度が0.4〜200ng/μLの範囲の希釈系列を作製した。
【0055】
このマーカーには、オボトランスフェリン(78kDa)、アルブミン(66.3kDa)、オボアルブミン(42.7kDa)、カルボアンヒドラーゼ(30kDa)、ミオグロビン(16.9kDa)及びチトクロムC(12.4kDa)が質量換算で等量ずつ含まれる。
(2)電気泳動によるタンパク質の分離及び検出
電気泳動の条件は以下の通りである:
電気泳動装置:ラピダス・ミニスラブ電気泳動槽AE6450(アトー社製)
ポリアクリルアミドゲル:マルチゲルIIミニ10/20(13W)(コスモバイオ社製)
電気泳動用バッファー:27.2mMトリス(ヒドロキシル)アミノメタン、192mMグリシン、3.5mMドデシル硫酸ナトリウム(pH8.3)
蛍光イメージアナライザー:ライトキャプチャーII(アトー社製)
光源:緑色LED(中心波長525nm)
カットフィルター:R−60(550nm)
上記(1)で調製した希釈系列の各サンプルをそれぞれ5μL/ウェルでゲルにアプライし(1レーン:167ngタンパク質/バンド、2レーン:83.3ng/バンド、3レーン:41.7ng/バンド、4レーン:20.8ng/バンド、5レーン:10.4ng/バンド、6レーン:5.2ng/バンド、7レーン:2.6ng/バンド、8レーン:1.3ng/バンド、9レーン:0.7ng/バンド、10レーン:0.4ng/バンド)、30mAの定位電流で45分間電気泳動を行った。
【0056】
電気泳動後のゲルを直ちに液(I)(精製水、1%Tween80水溶液又は1%Tween20水溶液)に所定の時間(20分間又は30分間)浸漬した。続いてゲルを別の容器に移し、100μg/mLの化合物1を溶解させたバッファー(精製水/25mMリン酸バッファー(pH2.5)/メタノール=45/45/10(v/v))を加えた。10分間放置した後、ゲルを別の容器に移し、液(II)(精製水、1%Tween80水溶液又は1%Tween20水溶液)に浸漬して脱色した。蛍光イメージアナライザーでゲルの状態を経時的に観察し、5〜10ng/バンド(銀染色での検出限界に相当)のレーン(5レーン及び6レーン)のバンドが検出できるようになるまでの時間を測定した。染色操作の間、溶液中の化合物1の析出は観察されなかった。
【0057】
種々の条件における所要時間(泳動完了から脱色完了までの時間)及び検出感度についての結果を、表2に示す。
【0058】
【表2】

染色前の処理及び脱色を精製水で行うと、総所要時間は100分間であったが、液(I)又は液(II)に界面活性剤を加えることにより所要時間を大幅に短縮することができた。
【実施例4】
【0059】
化合物1及び2によるタンパク質検出の評価
実施例1で合成した化合物1及び化合物2を用いて、実施例3に記載の分析条件を用いてタンパク質の検出を行った。電気泳動後のゲルを、まず1%Tween80水溶液に20分間浸漬し、60μg/mLの化合物1又は化合物2を含有するバッファーに10分間浸漬した。続いて、1%Tween80水溶液の入った容器にゲルを移し、30分間浸漬した。この場合も、染色操作の間、溶液中の化合物1の析出は観察されなかった。処理の総所要時間は60分間であった。ゲルを蛍光イメージアナライザーで分析した。結果を図1及び表3に示す。化合物1を用いた場合、2.6ng以上のタンパク質を含むバンドを検出することができ、それと比較して化合物2では検出限界は20ngであった。
【0060】
【表3】

【0061】
化合物1を用いた分析について、各バンドのタンパク質濃度と蛍光強度との関係を表すグラフを図2に示す。いずれのバンドを構成するタンパク質でも、タンパク質濃度が増大するにつれ蛍光強度が上昇していることが見て取れる。すなわち、このプロットでは、タンパク質の種類による違いは見られない。
これらのことから、化合物1が、タンパク質の種類にかかわらず良好なタンパク質検出を可能にすることが示された。
【0062】
化合物3によるタンパク質検出の評価
比較例として、化合物3によるタンパク質検出について検討した。
タンパク質サンプルは、以下のように調製した:市販のBSA(PIERCE社製)2.0mg/mLに、サンプルバッファー(0.0625M Tris−HCl(pH6.8)、5% 2−メルカプトエタノール、2%SDS、20%グリセロール、0.005%BPB)を添加し、それぞれ、200、60、30、12、6、3及び0.2ng/μLの濃度に希釈した。これらのタンパク質サンプルを80℃で5分間加熱した後、放冷した。
【0063】
電気泳動の条件は以下の通りである:
電気泳動装置:ERICA XVE−001C(DRC株式会社製)
ポリアクリルアミドゲル:XV PANTERA Gel(DRC株式会社製)
電気泳動用バッファー:XV PANTERA Gel付属電気泳動バッファー
蛍光イメージアナライザー:LS400(TECAN社製)
励起波長:543nm、検出波長:590nm。
【0064】
上記で調製した各サンプルを、それぞれ5μL/ウェル(それぞれ、1000、300、150、60、30、15及び1ng/バンド)でゲルにアプライし、電気泳動を行った。
【0065】
電気泳動後のゲルを直ちに蒸留水に20〜30分浸漬した。続いてゲルを別の容器に移し、100μg/mLの化合物3を溶解させた染色液(蒸留水:メタノール=1:1(v/v))を加えた。30分間浸漬した後、ゲルを別の容器に移し、洗浄液(水:メタノール=90:10(v/v))に浸漬して脱色した。蛍光イメージアナライザーを用いてゲルを観察した。
【0066】
結果を以下の表4に示す。
【0067】
【表4】

これにより、化合物3のタンパク質検出感度は、30ngであることが示された。したがって化合物3は、本発明の化合物よりも10倍以上低感度である。
【0068】
また、化合物3は水に難溶性であり、上記のタンパク質染色の操作の間に、染色液中に化合物が析出した。このため、染色液中の化合物3の濃度が低下し、タンパク質染色が不十分となったと考えられる。さらに、染色後の洗浄ステップによって過剰の化合物を完全に除去することは難しく、ゲルに付着した不溶物が偽陽性のスポットとして現れた。つまり、化合物3は、検出精度においても劣っていた。
【実施例5】
【0069】
電気泳動中に染色を行う本発明の実施形態
電気泳動用バッファー(7.2mMトリス(ヒドロキシル)アミノメタン、192mMグリシン、3.5mMドデシル硫酸ナトリウム(pH8.3))に化合物1又は化合物2を15μg/mLの濃度で溶解した。上記のバッファーを用い、その他の条件は実施例3に記載したものと同様にして、電気泳動を行った。電気泳動完了後、ゲルを1%Tween80水溶液の入った容器に移し、40分間静置し、続いて蛍光イメージアナライザーで分析した。結果を図3及び表4に示す。化合物1を用いた場合、5.2ng以上のタンパク質を含むバンドを検出することができ、それと比較して化合物2ではチトクロムC以外のタンパク質を検出することができなかった。
【0070】
【表5】

このことから、化合物1は、電気泳動と染色を同時に行う場合でも、良好なタンパク質の検出を可能にすることが示された。
【産業上の利用可能性】
【0071】
本発明により、タンパク質の種類にかかわらず、簡便、迅速且つ高感度なタンパク質の検出が可能となる。そのため本発明は、生化学、分析化学等の医療、食品に関する分野において有用である。
【図面の簡単な説明】
【0072】
【図1】電気泳動担体の蛍光観察像である。蛍光化合物濃度:100μg/mL。左:化合物1;右:化合物2。励起波長:525nm;カットフィルター:550nm。
【図2】図1の蛍光観察像から求めた、各バンドを構成するタンパク質についてのタンパク質濃度と蛍光強度との関係を表すグラフである。
【図3】電気泳動と同時に染色を行った、電気泳動担体の蛍光観察像である。蛍光化合物濃度:15μg/mL。左:化合物1;右:化合物2。励起波長:525nm;カットフィルター:550nm。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
式I:
【化1】

[式中、
及びRは、同じか又は異なり、1個以上のアニオン性置換基で置換されたアリール基又はヘテロアリール基である。]
により表される水に易溶な蛍光化合物、又はその塩。
【請求項2】
前記化合物が式Ia:
【化2】

により表される化合物である、請求項1に記載の化合物。
【請求項3】
請求項1若しくは2に記載の化合物を用いてタンパク質を検出し、それによりタンパク質を定性的又は定量的に分析することを含む、タンパク質の分析方法。
【請求項4】
電気泳動によりタンパク質を分離することを含む、請求項3に記載の方法。
【請求項5】
電気泳動により担体上でタンパク質を分離するステップ、及び該電気泳動担体を請求項1又は2に記載の化合物を含有する水溶液に浸漬するステップを含む、請求項4に記載の方法。
【請求項6】
請求項1又は2に記載の化合物を含有するバッファーを、電気泳動用バッファーとして用いる、請求項4に記載の方法。
【請求項7】
請求項1又は2に記載の化合物を含有する溶液、及び界面活性剤を含有する溶液を用いる、請求項3〜6のいずれか1項に記載の方法。
【請求項8】
前記界面活性剤が、非イオン性界面活性剤である、請求項7に記載の方法。
【請求項9】
前記界面活性剤が、脂肪酸ポリオキシエチレンソルビタン系界面活性剤である、請求項7に記載の方法。
【請求項10】
請求項1又は2に記載の化合物の、タンパク質分析用試薬としての使用。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2010−14673(P2010−14673A)
【公開日】平成22年1月21日(2010.1.21)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−177104(P2008−177104)
【出願日】平成20年7月7日(2008.7.7)
【出願人】(301021533)独立行政法人産業技術総合研究所 (6,529)
【出願人】(591045677)関東化学株式会社 (99)
【Fターム(参考)】