説明

タンパク質の定量解析方法及びキット

【課題】生体由来試料など非精製の試料についても効果的に用いることができ、且つ、従来のNBS法よりも検出感度及び定量性に優れたタンパク質の網羅的定量解析方法を提供する。
【解決手段】解析すべきタンパク質試料Iと対照タンパク質試料IIとの2種類の状態のタンパク質試料を用意し、タンパク質試料I、IIを、尿素又はグアニジン塩酸塩で可溶化し、可溶化されたタンパク質試料I、IIを、NBSCl(heavy)試薬及びNBSCl(light)試薬を用いてラベル化し、ラベル化タンパク質試料I、IIを混合し、脱塩し、尿素又はグアニジン塩酸塩で再可溶化し、還元・アルキル化し、尿素又はグアニジン塩酸塩の存在下でトリプシン消化し、得られたペプチド混合物を、フェニル基を有する担体により分離し、好ましくは3-CHCA、3H4NBA又は3H4NBAと4-CHCAとの混合物をマトリックスに用いて質量分析する、タンパク質の網羅的定量解析方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、安定同位体を用いたプロテオーム解析(タンパク質の網羅的解析)分野に関する。
【背景技術】
【0002】
プロテオーム解析(タンパク質の網羅的解析)分野においては、これまで二次元電気泳動と質量分析装置とを組み合わせたPMF(ペプチドマスフィンガープリンティング)解析法が主流であった。これに代わる次世代のプロテオーム解析法として、例えば、Nature Biotechnology, 994-999, 17, 1999、Molecular & Cellular PROTEOMICS, 299-314, 2, 2003 、及びCurrent Opinion in Chemical Biology, 70-77, 7, 2003に記載されているような、安定同位体を用いた手法が考案されている。
【0003】
また、Rapid Communications in Mass Spectrometry, 1642-1650, 17, 2003及び国際公報第2004/002950号パンフレットには、本発明者らによって開発された手法(NBS法)が記載されている。NBS法においては、2−ニトロベンゼンスルフェニルクロリド(NBSCl)の安定同位体標識体(2−ニトロ[136]ベンゼンスルフェニルクロリド)及びその非標識体(2−ニトロ[126]ベンゼンスルフェニルクロリド)を用いる。すなわち、(1)解析すべきタンパク質試料Iとその対照タンパク質試料IIとの2種類の状態のタンパク質試料を用意し、(2)前記タンパク質試料Iを、2−ニトロ[136]ベンゼンスルフェニルクロリド及び2−ニトロ[126]ベンゼンスルフェニルクロリドのいずれか一方を用いてラベル化し、別途、前記タンパク質試料IIを、2−ニトロ[136]ベンゼンスルフェニルクロリド及び2−ニトロ[126]ベンゼンスルフェニルクロリドのいずれか他方を用いてラベル化し、(3)ラベル化されたタンパク質試料I及びラベル化されたタンパク質試料IIを混合し、(4)得られたラベル化タンパク質混合物を還元・アルキル化した後、ラベル化ペプチド断片と非ラベル化ペプチド断片とを含むペプチド混合物へ消化し、(5)ペプチド混合物からラベル化ペプチド断片を、疎水クロマトグラフィーカラムを用いて濃縮分離し、(6)質量分析を行う。
【0004】
NBS法のプロトコルの一例を、以下に挙げる。
・テスト試料とコントロール試料との2系統のタンパク質試料を、それぞれ0.1w/v % SDSを含む溶液で可溶化し、熱変性(100℃、3分間)させる
・一方の試料に対してNBS (Heavy)試薬を溶解した酢酸溶液を加え、他方の試料に対してNBS (Light)試薬を溶解した酢酸溶液を加え、それぞれNBSラベル化反応を行う(室温、終夜)
・両方の試料を混合し、脱塩カラム(LH-20)を用いて未反応の試薬を除く
・脱塩後の試料を乾燥し、0.01w/v % SDSを含む溶液に再懸濁する
・TCEP (Tris(2-carboxyethyl)phosphine hydrochloride;トリス(2−カルボキシエチル)ホスフィン塩酸)を加えて、還元反応を行う(37℃、30分)
・ヨードアセトアミド溶液を加えてアルキル化反応を行う(室温、45分)
・トリプシンを加え、部位特異的切断を行う(37℃、16時間)
・濃縮カラム(LH-20)を用いて、NBSラベル化ペプチドを濃縮する
・濃縮画分を質量分析装置を用いて解析する
【0005】
【非特許文献1】スティーブン・P・ギジ(Steven P. Gygi)、ビート・リスト(Beate Rist)、スコット・A・ゲーバー(Scott A. Gerber)、フランチシェク・タレチェク(Frantisek Turecek)、ミヒャエル・H・ゲルブ(Michael H. Gelb)、及びルディー・エバーソルド(Ruedi Aebersold)著、同位体コードしたアフィニティータグを用いた複雑なタンパク質混合物の定量解析(Quantitative analysis of complex protein mixtures using isotope-coded affinity tags)、「ネイチャー・バイオテクノロジー(Nature Biotechnology)」、1999年、第17巻、p.994−999
【非特許文献2】カーク・C・ハンセン(Kirk C. Hansen)、ジェロルド・シュミット−ウルムス(Gerold Schmitt-Ulms)、ロバート・J・チョークレー(Robert J. Chalkley)、ヤン・ヒルシュ(Jan Hirsch)、ミヒャエル・A・ボールドウィン(Michael A. Baldwin)、及びA・L・バーリンガム(A. L. Burlingame)著、開裂可能な13C同位体コードされたアフィニティータグと多次元クロマトグラフィーとを用いた質量分析による低レベルタンパク質混合物の解析(Mass Spectrometric Analysis of Protein Mixtures at Low Levels Using Cleavable 13C-Isotope-coded Affinity Tag and Multidimensional Chromatography)、「モレキュラー・アンド・セルラー・プロテオミクス(Molecular & Cellular PROTEOMICS)」、2003年、第2巻、p.299−314
【非特許文献3】サルバトーレ・セチ(Salvatore Sechi)及びヨシヤ・オダ(Yoshiya Oda)著、マススペクトロメトリーを用いた定量的プロテオミクス(Quantitative proteomics using mass spectrometry )、「カレント・オピニオン・イン・ケミカル・バイオロジー(Current Opinion in Chemical Biology)」、(英国)、2003年、第7巻、p.70−77
【非特許文献4】九山浩樹(Hiroki Kuyama)、渡辺真(Makoto Watanabe)、戸田千香子(Chikako Toda)、安藤英治(Eiji Ando)、田中耕一(Koichi Tanaka)及び西村紀(Osamu Nishimura)著、トリプトファン残基のラベル化による定量的プロテオーム解析法(An Approach to Quantitative Proteome Analysis by Labeling Tryptophan Residues)「ラピッド・コミュニケーションズ・イン・マス・スペクトロメトリー(Rapid Communications in Mass Spectrometry)」、2003年、第17巻、p.1642−1650
【特許文献1】国際公報第2004/002950号パンフレット
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明者らによって開発された従来のNBS法は、モデルタンパク質のような精製された標品を用いた場合に特に効果的に用いることができる。本発明者らは、このような精製試料だけでなく生体由来試料など非精製の試料についても効果的に用いることができ、なおかつ、従来のNBS法よりも検出感度及び定量性に優れたタンパク質の網羅的定量解析方法を提供するために、本発明を完成させた。
【0007】
本発明は以下の発明を含む。
(1)(i)解析すべきタンパク質試料Iとその対照タンパク質試料IIとの2種類の状態のタンパク質試料を用意する工程と、
(ii)前記タンパク質試料Iを、尿素を変性剤として含む溶液中で可溶化するか、又はグアニジン塩酸塩を変性剤として含む溶液中で可溶化することによって、可溶化されたタンパク質試料Iを得て、
別途、前記タンパク質試料IIを、尿素を変性剤として含む溶液中で可溶化するか、又はグアニジン塩酸塩を変性剤として含む溶液中で可溶化することによって、可溶化されたタンパク質試料IIを得る工程と、
(iii)前記可溶化されたタンパク質試料Iを、2−ニトロ[13]ベンゼンスルフェニルクロリド及び2−ニトロ[12]ベンゼンスルフェニルクロリドのいずれか一方を用いてラベル化反応させることによって、ラベル化タンパク質試料Iを得て、
別途、前記可溶化されたタンパク質試料IIを、2−ニトロ[13]ベンゼンスルフェニルクロリド及び2−ニトロ[12]ベンゼンスルフェニルクロリドのいずれか他方を用いてラベル化反応させることによって、ラベル化タンパク質試料IIを得る工程と、
(iv)前記ラベル化タンパク質試料I及びラベル化タンパク質試料IIを、混合及び脱塩することによって、脱塩タンパク質試料混合物を得る工程と、
(v)前記脱塩タンパク質試料混合物を、尿素又はグアニジン塩酸塩を用いて再可溶化することによって、再可溶化されたタンパク質試料混合物を得る工程と、
(vi)前記再可溶化されたタンパク質試料混合物を還元・アルキル化することによって、還元・アルキル化されたタンパク質試料混合物を得る工程と、
(vii)前記還元・アルキル化されたタンパク質試料混合物を、尿素又はグアニジン塩酸塩の存在下でトリプシン消化することによって、ラベル化ペプチド断片と非ラベル化ペプチド断片とを含むペプチド混合物を得る工程と、
(viii)前記ペプチド混合物を、フェニル基を有する担体を用いて分離することによって、濃縮されたラベル化ペプチド断片を得る工程と、
(ix)前記濃縮されたラベル化ペプチド断片を質量分析する工程とを含む、タンパク質の網羅的定量解析方法。
【0008】
(2)前記工程(ix)において、α−シアノ−3−ヒドロキシ桂皮酸又は3−ヒドロキシ−4−ニトロ安息香酸をマトリックスとして用いて質量分析する、(1)に記載の方法。
(3)前記工程(ix)において、前記マトリックスとして3−ヒドロキシ−4−ニトロ安息香酸を用いる場合に、前記3−ヒドロキシ−4−ニトロ安息香酸とα−シアノ−4−ヒドロキシケイ皮酸とを組み合わせた混合マトリックスを用いて質量分析する、(1)に記載の方法。
【0009】
(4)前記マトリックスを、1mg/ml〜飽和濃度の溶液として用いる、(2)又は(3)に記載の方法。
(5)前記α−シアノ−4−ヒドロキシケイ皮酸を、1mg/ml〜飽和濃度の溶液として用いる、(3)又は(4)に記載の方法。
(6)前記3−ヒドロキシ−4−ニトロ安息香酸の溶液と、前記α−シアノ−4−ヒドロキシケイ皮酸の溶液とを、1:10〜10:1の体積比で組み合わせて用いる、(5)に記載の方法。
【0010】
(7)2−ニトロ[136]ベンゼンスルフェニルクロリド、2−ニトロ[126]ベンゼンスルフェニルクロリド、及びフェニル基を有する担体を含むキット。
(8)前記(1)〜(6)のいずれか1項に記載の方法を行うための、2−ニトロ[13]ベンゼンスルフェニルクロリド、2−ニトロ[12]ベンゼンスルフェニルクロリド、及びフェニル基を有する担体を含むキット。
【0011】
(9)変性剤をさらに含む、(7)又は(8)に記載のキット。
(10)マトリックスとしてα−シアノ−3−ヒドロキシ桂皮酸、3−ヒドロキシ−4−ニトロ安息香酸、α−シアノ−4−ヒドロキシ桂皮酸、又は混合マトリックスとして3−ヒドロキシ−4−ニトロ安息香酸とα−シアノ−4−ヒドロキシ桂皮酸との混合物をさらに含む、(7)〜(9)のいずれかに記載のキット。
(11)前記変性剤が尿素又はグアニジン塩酸塩である、(9)又は(10)に記載のキット。
(12)脱塩用カラム、脱塩用カラム充填ゲル、還元試薬、アルキル化試薬、トリプシン、及び前記担体を充填するためのカラムからなる群から選ばれる少なくとも1つをさらに含む、(7)〜(11)のいずれかに記載のキット。
【発明の効果】
【0012】
本発明によると、生体由来試料から目的のペプチドを質量分析においてより感度良く、且つより定量性高く検出することができる方法を提供することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0013】
本発明の方法は、試料の準備工程(i)、可溶化工程(ii)、ラベル化工程(iii)、脱塩工程(iv)、再可溶化工程(v)、還元・アルキル化工程(vi)、消化工程(vii)、濃縮分離工程(viii)、及び質量分析工程(xi)を含む。
【0014】
(i:試料の準備工程)
まず、2種類の異なる状態のタンパク質試料I、IIを用意する。例えば、タンパク質試料Iを解析すべきタンパク質試料、タンパク質試料IIを、試料Iに含まれるタンパク質の対照タンパク質を含む試料とすることができる。より具体的には、解析すべきタンパク質試料Iを病態試料のタンパク質試料、対照タンパク質試料IIを正常試料のタンパク質試料とすることができる。本発明においては、これらタンパク質試料I及びタンパク質試料IIの間での発現プロテオームの定量的な解析を行う。なお本発明においては、試料となるタンパク質試料としてペプチドのような比較的低分子量のものも含まれる。
【0015】
(ii:可溶化工程)
本工程は、タンパク質試料I及びタンパク質試料IIについて、同じ条件でそれぞれ別個に行う。
【0016】
本工程においては、変性剤である尿素又はグアニジン塩酸塩を用いて、タンパク質試料を可溶化する。変性剤の濃度は特に限定されず、タンパク質試料の可溶化及び変性が起こるように、タンパク質試料の種類やその他の条件等を考慮して当業者が適宜決定すればよい。例えば、尿素は2M〜飽和濃度、好ましくは2〜10Mの濃度の水溶液で用いることができる。より好ましくは、8Mの濃度で用いる。グアニジン塩酸塩は1.5M〜飽和濃度、好ましくは1.5〜8Mの水溶液で用いることができる。より好ましくは、6Mの濃度で用いる。さらに変性剤は、5mM程度のEDTAとともに用いることができる。
【0017】
さらに、上述の変性剤は、タンパク質試料100μgに対して5〜50μlとなるように用いることができる。好ましい量としては、25μl程度である。例えばタンパク質試料が凍結乾燥した粉末状態のものであれば変性剤を25μl用いればよく、タンパク質試料が溶液状の場合は、全量で25μlとなるように変性剤の濃度を調整して用いればよい。
【0018】
可溶化の温度としては、尿素を用いる場合は0〜30℃、好ましくは室温程度である。また、グアニジン塩酸塩を用いる場合は0〜100℃、好ましくは室温程度である。
【0019】
(iii:ラベル化工程)
本工程においては、上述のように可溶化されたタンパク質試料に、2種類のラベル化試薬、すなわち同位体標識された2−ニトロ[136]ベンゼンスルフェニルクロリド(NBSCl(heavy))と、同位体非標識の2−ニトロ[126]ベンゼンスルフェニルクロリド(NBSCl(light))とを用いてラベル化を行う。本発明のラベル化試薬によって、タンパク質中のトリプトファン残基が選択的に修飾すなわちラベル化される。タンパク質試料Iについては、(NBSCl(heavy))及び(NBSCl(light))のいずれか一方を用いてラベル化する。これとは別に、タンパク質試料IIについては、(NBSCl(heavy))及び(NBSCl(light))のいずれか他方を用いてラベル化する。
【0020】
ラベル化試薬は、酢酸溶液として用いることが好ましい。例えば、酢酸25μlに2−ニトロベンゼンスルフェニルクロリドを0.17mg溶解させた溶液として用いることができる。このようなラベル化試薬はタンパク質試料の20倍当量程度の大過剰を用いることができる。例えば、タンパク質試料100μgに対し、溶液中の2−ニトロベンゼンスルフェニルクロリドが0.17mgとなるように用いると良い。これにより、タンパク質試料中のトリプトファン残基は、限りなく100%近くラベル化されることになる。
【0021】
なお、2−ニトロベンゼンスルフェニルクロリドは、厳密にはNBSCl(light) とNBSCl(heavy)とで3%程度分子量に差が生じる。しかしながら、本明細書において2−ニトロベンゼンスルフェニルクロリドの質量を記載する場合、同物質量における両者の質量差は計算的に無視できる量とする。従って、両者は同じ質量を用いれば良い。
【0022】
ラベル化反応は、タンパク質試料にラベル化試薬を加え、インキュベートすることによって行うことができる。反応時間は4時間程度で十分である。すなわち、反応開始直後〜4時間以内に反応を終了させて良い。標準プロトコルとしては、反応時間は1時間とすると良い。
このように本発明においては、従来のNBS法に比べてラベル化反応時間が大幅に短縮される。このため、プロトコル全体を通した作業時間を通算3日間から2日間に短縮することが可能になる。
【0023】
(iv:脱塩工程)
本工程では、上述の工程(iii)によって得られたラベル化タンパク質試料I及びラベル化タンパク質試料IIを混合する。そして、得られたタンパク質試料混合物を脱塩する。脱塩方法としては、従来からの方法を特に限定することなく用いることができる。例えば、セファデックスLH-20カラムを用い、アセトニトリル水溶液を用いて行うとよい。
【0024】
(v:再可溶化工程)
本工程においては、変性剤である尿素又はグアニジン塩酸塩を用いて、上述の工程(iv)によって得られた脱塩タンパク質試料混合物を再可溶化する。変性剤の濃度は特に限定されず、タンパク質試料の可溶化及び変性が起こるように、タンパク質試料の種類やその他の条件等を考慮して当業者が適宜決定すればよい。例えば、尿素は2M〜飽和濃度、好ましくは2〜10Mの濃度の水溶液で用いることができる。より好ましくは、8Mの濃度で用いる。グアニジン塩酸塩は1.5M〜飽和濃度、好ましくは1.5〜8Mの水溶液で用いることができる。より好ましくは、6Mの濃度で用いる。本工程においては、さらに50mM程度のTris HCl (pH8.8程度)を緩衝剤として加えておき、後の還元・アルキル化工程におけるpH調整のために用いる。
【0025】
本発明において、可溶化工程(ii)及び再可溶化工程(v)において上述のような条件にすることによって、従来多くのタンパク質試料に起きていたアグリゲーションの問題を回避することができる。したがって、試料をほとんどロスすることなく、後述の消化工程(vii)まで可溶性を保つことができる。このような効果が実際に示された例を、後述の実験例1及び実験例2に示した。
【0026】
上述のように、本発明の方法によると従来のNBS法に比べてサンプルのロスを著しく低減することができるため、質量分析においてNBSラベル化ペプチドイオン検出率が大きく改善される。この効果によって、本発明は、特に血清や臓器の抽出液などの生体由来の試料を解析する場合に有用に用いることが可能になった。このような効果が実際に示された例を、後述の実験例3に示した。
【0027】
さらに本発明によると、従来のNBS法に比べて定量性も大きく改善された。このような効果が実際に示された例を後述の実験例4に示した。
【0028】
(vi:還元・アルキル化工程)
本工程においては、従来の試薬及び反応条件を特に限定することなく用いると良い。なお、アルキル化反応は主にスルフヒドリル基に対して起こるが、イミダゾリル基やアミノ基などに対しても起こりうる。したがって、従来のNBS法では、システインのようにスルフヒドリル基を有するアミノ酸残基だけでなく、他のアミノ基を有するアミノ酸残基に対しても一部アルキル化反応が起こることがある。この結果、マススペクトルにおいて目的のペプチドのピークよりm/z=57大きいピーク(+57(m/z)のピーク)が見られることがある。一方本発明においては、本工程の反応溶液に尿素又はグアニジン塩酸塩が含まれている。これらはアミノ基を有する。そして、従来他のイミダゾリル基やアミノ基などを有するアミノ酸残基に対して起こっていた一部アルキル化反応が、本発明では反応系中に存在する尿素又はグアニジン塩酸塩のアミノ基に対して起こると考えられる。すなわち、従来法において起こっていた副反応のアルキル化が競合的に阻害されると考えられる。この結果、本発明によるとマススペクトルにおいて上記の+57(m/z)のピークがほとんど検出されなくなる。このような効果が実際に示された例を後述の実験例5に示した。
【0029】
(vii:消化工程)
本工程においては、トリプシン消化を行う。本工程においては、変性剤である尿素又はグアニジン塩酸塩の存在下で行う。変性剤の濃度としては、尿素は0.08〜4M、好ましくは0.8M〜1.6Mとすることができる。また、グアニジン塩酸塩は0.06〜3M、好ましくは0.6Mとすることができる。本工程においては、トリプシンの構造安定化ならびに活性化のため、さらに5mM程度のCaCl2を加えておくことが望ましい。
【0030】
本工程における変性剤は、前記再可溶化工程で用いられたものの試料中残存分を利用することができる。例えば、再可溶化工程及び還元・アルキル化工程終了後の試料にトリプシン消化バッファーを加え、所望の濃度になるようにすれば良い。消化のための他の条件として、pHはトリプシン酵素の至適pH近傍となるように調整する。また反応時間は、通常37℃で4〜16時間程度でよい。このようにして、ラベル化ペプチド断片と非ラベル化ペプチド断片とを含むペプチド混合物が得られる。
【0031】
(viii:濃縮分離工程)
本工程においては、フェニル基を有する担体を用いることによって、上記ペプチド混合物から、ラベル化ペプチドを選択的に濃縮する。本工程は、π電子性化合物間に働くπ−π電子相互作用に起因する固有の選択性を利用している。すなわち、ラベル化ペプチドにおけるトリプトファンのインドール基及びニトロフェニルチオ基が有するπ電子と、担体におけるフェニル基が有するπ電子との相互作用によって、担体はラベル化ペプチドに対して優れた保持能力を発揮し、選択的な濃縮分離が可能になる。このような担体としては、Hi-Trap phenyl FF、Hi-Trap phenyl HP、Phenyl Sepharose 6 Fast Flow、Phenyl Sepharose High Performance、(以上、アマシャムバイオサイエンス社製)、YMC*GEL Ph(ワイエムシィ社製)などから適宜選択し、フェニルカラム(phenyl column)として使用することができる。
【0032】
一方、LH-20カラムを用いる従来のNBS法では、溶出画分に相当数の非ラベル化ペプチドが混在していた。本発明によると、混在する非ラベル化ペプチドの数が少なくなり、特に従来のNBS法で多数見られた1200-1700(m/z)近辺の非ラベル化ペプチドについては、ほとんど見られない。さらに従来のNBS法では、濃縮分離の際に、各ペプチドは溶出画分のほぼ全体に亘って溶出されていたが、本発明によると、各ペプチド同士もある程度分離が可能である。この結果、検出されるペプチドのカバー率も従来法に比べて優れている。このような効果が実際に示された例を、後述の実験例6に示した。
【0033】
(ix:質量分析工程)
上記工程(viii)によって濃縮分離されたラベル化ペプチドは、質量分析に供される。本発明における測定にMALDI型質量分析装置を用いる場合は、従来のNBS法において用いられていたMALDI-TOF型質量分析装置(例えば島津製作所製AXIMA-CFR)等に加え、MAIDI-IT-TOF型質量分析装置(例えば島津製作所製AXIMA-QIT)等も用いられる。
【0034】
MALDI-TOF型質量分析装置を用いる場合、マトリックスとしては4-CHCA(α−シアノ−4−ヒドロキシ桂皮酸;α-cyano-4-hydroxycinnamic acid)等を用いる。一方、MAIDI-IT-TOF型質量分析装置を用いる場合、マトリックスとしては3-CHCA(α−シアノ−3−ヒドロキシ桂皮酸;α-cyano-3-hydroxycinnamic acid)又は3H4NBA(3−ヒドロキシ−4−ニトロ安息香酸;3-hydroxy-4-nitrobenzoic acid)を用いる。
【0035】
これらの化合物は、質量分析用マトリックスとして用いるという目的において、当業者が適宜その使用形態を決定することができる。たとえば、これら化合物は、溶液として用いることが好ましい。例えば、1mg/ml〜飽和濃度の溶液として用いることができる。
【0036】
このような溶液の調製に用いられる溶媒としては、アセトニトリル水溶液、トリフルオロ酢酸(TFA)水溶液、又はアセトニトリル−トリフルオロ酢酸(TFA)水溶液を用いることが好ましい。アセトニトリル水溶液又はアセトニトリル−TFA水溶液を用いる場合、アセトニトリルの濃度は特に限定されないが、90%以下、好ましくは50%程度用いることができる。TFA水溶液又はアセトニトリル−TFA水溶液を用いる場合、TFAの濃度も特に限定されないが、1%以下、好ましくは0.1%程度用いることができる。
【0037】
4-CHCAの場合は、このような溶媒に溶解させることにより、1mg/ml〜飽和濃度、好ましくは10mg/mlのマトリックス溶液として用いることができる。
そして、3-CHCAは、このような溶媒に溶解させることにより1mg/ml〜飽和濃度、好ましくは10mg/mlのマトリックス溶液として用いることができる。
また、3H4NBAは、このような溶媒に溶解させることにより、1mg/ml〜飽和濃度のマトリックス溶液として、好ましくは、飽和濃度のマトリックス溶液として用いることができる。
【0038】
なお、本明細書における、%で表された量の基準に関しては、特に断りのない限りv/v%とする。
【0039】
試料間で存在量に差があるペプチドの配列を同定するためには、感度の点から考えると、AXIMA-CFR(島津製作所製)のPSD解析よりも、四重極型イオントラップ(QIT)を搭載した質量分析装置例えばAXIMA-QIT(島津製作所製)を用いたMS/MS解析の方が望ましい。このようなイオントラップ型の質量分析装置の測定では標準的にDHB(2,5−ジヒドロキシ安息香酸:2,5-dihydroxy benzoic acid)がマトリックスとして使用されていた。しかしながら、DHBをマトリックスとして用いた場合は、NBSラベル化ペプチドはほとんど検出されない。そこで、本発明においてイオントラップ型の質量分析装置による測定を行う場合は、マトリックスとして3-CHCA又は3H4NBAを用いる。このことによって、NBSラベル化ペプチドの効率良いイオン化が可能になった。従って、本発明のNBSラベル化ペプチドのMS/MS解析効率は、従来のNBS法に比べて大きく改善された。このような効果が実際に示された例を、後述の実験例7に示した。
【0040】
本発明においては、マトリックスとして3−ヒドロキシ−4−ニトロ安息香酸(3H4NBA)を用いる場合に、3H4NBAをα−シアノ−4−ヒドロキシケイ皮酸(4-CHCA)と組み合わせた混合マトリックスとして用いることが好ましい。(以下本明細書において、4-CHCAを組み合わせて用いずに単独で使用するマトリックスと、4-CHCAを組み合わせて用いる混合マトリックスとを、単にマトリックスと記載することがある。)
【0041】
3H4NBAと4-CHCAとの組み合わせの比率は、特に制限はないが、例えば以下のような量的関係で組み合わせることができる。
3H4NBAは、すでに述べたような量で調製することができる。すなわち、1mg/ml〜飽和濃度の溶液として、例えばアセトニトリル水溶液、TFA水溶液又はアセトニトリル−TFA水溶液を溶媒とした場合、1mg/ml〜飽和濃度、好ましくは飽和濃度の3H4NBA溶液として調製することができる。
一方、4-CHCAも、すでに述べたような量で調製することができる。すなわち、1mg/ml〜飽和濃度の溶液として、アセトニトリル水溶液、TFA水溶液又はアセトニトリル−TFA水溶液を溶媒として用いる場合は、1mg/ml〜飽和濃度、好ましくは10mg/mlの4-CHCA溶液として調製することができる。
以上のように調製された双方の溶液を、好ましくは1:10〜10:1、より好ましくは1:3〜3:1、例えば1:1の体積比で混合して用いる。
【0042】
従来のマトリックス4-CHCAは、MALDI-IT、MALDI-IT-TOF、MALDI-FTICR装置など、イオン化からイオンの検出までの時間が長いMALDI装置での測定において、測定試料の自己崩壊を生ぜしめるという欠点はあるが、測定の感度には優れており、また、質量分析試料においてレーザーを当てる最適スポットを探すのが容易であるという利点を有する。
【0043】
一方、本発明のマトリックス3H4NBAは、すでに述べたように、測定試料の自己崩壊の進行を抑えることができるとともに、疎水性試料、特にNBSでラベル化されたペプチドの特異的なイオン化を達成することができるという利点を有する。そして、本発明のマトリックス3H4NBAが、4-CHCAと組み合わされることによって、双方のマトリックスが有する利点の相乗効果が奏される。すなわち、3H4NBAが単独でも有する特異的検出能を確保したまま、4-CHCAが有する高感度検出能がさらに伴い、より解析効率に優れた質量分析を行うことが可能になる。このような効果が実際に示された例を、後述の実験例8及び9に示した。
【0044】
以下に、具体的な本発明のプロトコルを示す。このプロトコルは、状態1及び状態2の試料各々100μgの処理について記載する。(NBSCl及びNBSラベル化ペプチドは、本プロトコルを通してできる限り遮光する。)なお、このプロトコル及び後に示す実験例において%で表された量の基準に関しては、すでに述べたように、特に断りのない限りv/v%とする。
【0045】
[試料の可溶化(状態1及び状態2の試料について別々に行う)]
1.“状態1”及び“状態2”の試料をそれぞれ100μg用意する。
2.両試料を凍結乾燥する。(或いは、真空濃縮機を用いて乾固する。)
3.両試料を変性バッファー(5mM EDTAを含む8M尿素水溶液、又は5mM EDTAを含む6Mグアニジン塩酸塩水溶液)25μlに溶解する。
4.ボルテックスミキサーでよく攪拌する。
【0046】
[NBSClによるトリプトファン残基のラベル化(状態1及び状態2の試料について別々に行う)]
1.NBS試薬(light)溶液(0.17mgのNBSCl(light)を含む酢酸溶液)25μlを“状態1”の試料に加え、ボルテックスミキサーで攪拌する。
別途、NBS試薬(heavy)溶液(0.17mgのNBSCl(heavy)を含む酢酸溶液)25μlを“状態2”の試料に加え、ボルテックスミキサーで攪拌する。
2.両試料について、静かに攪拌しながら1時間インキュベートする。
【0047】
[反応溶液の脱塩及び過剰のNBS試薬の除去(本工程で、2種のラベル化試料を混合する)]
1.LH-20カラム(LH-20 500μlを30% アセトニトリル水溶液であらかじめ平衡化する。)を用意し、上澄をレジン層の高さまで自然落下させる。
2.混合試料(NBSCl(light) によってラベル化された試料とNBSCl(heavy)によってラベル化された試料との混合物、合計100μl)を静かにカラムにアプライする。(素通り画分は廃棄する。)
3.カラムを30% アセトニトリル水溶液100μlで洗浄する。
4.脱塩された試料を30% アセトニトリル水溶液200μlで溶出する。
5.溶出画分を凍結乾燥する。
【0048】
[還元・アルキル化]
1. 50mM Tris HCl (pH8.8)を含む8M尿素水溶液、又は50mM Tris HCl (pH8.8)を含む6Mグアニジン塩酸塩水溶液48μl中に試料を溶解する。
2.還元溶液(200mM TCEP水溶液)1μlを加え、静かに攪拌する。
3.37℃で30分インキュベートする。
4.アルキル化溶液(500mMヨードアセトアミド水溶液)1μlを加え、静かに攪拌する。
5.室温で45分インキュベートする。
【0049】
[トリプシン消化]
1.10μgのトリプシン(プロメガ社製、sequencing grade)を、消化バッファー(50mM Tris HCl (pH7.8)、5mM CaCl2)450μlに溶解する。
2.トリプシン溶液を試料に加えてピペッティングして静かに混ぜる。
3.37℃で4〜16時間インキュベートする。
4.カラムにロードする前に1% TFA水溶液を50μl(終濃度0.1%)加える。或いは、TFAの代わりに塩酸を用いても良い。この場合、塩酸の終濃度が10mMとなるように調整すると良い。
【0050】
[ラベル化ペプチドの濃縮]
1.Phenyl SepharoseTM High Performance(アマシャムバイオサイエンス社製)などのフェニルカラム(phenyl column)1mlをオープンカラムに充填する。
2.水5ml、その後に0.1% TFA 水溶液5mlによってカラムを平衡化する。
3.消化した試料550μlをカラムにアプライする。(この際の溶出液を“Flow-through”画分として分取する。)
4.カラムを0.1% TFA水溶液 1mlで洗浄する。(この際の溶出液を“Wash”画分として分取する。)
この操作を後2回繰り返す。(全部で3回行う。)
5.溶出バッファー(10% アセトニトリルを含む0.1% TFA水溶液)0.5mlで溶出し、(この際の溶出液を“Elute”画分として分取する。)この操作をもう一度繰り返す。
6.工程5を、アセトニトリルの濃度を5%ずつ上げながら40%になるまで繰り返す。
7.(任意工程:必要に応じて行う。)MS分析のために、“Flow-through”画分及び“Wash”画分からZipTipを用いてペプチドを脱塩及び濃縮する。
8.“Elute”画分を真空濃縮機によって乾固する。MS分析又はHPLC等を用いた更なる分離のために、乾固した試料を5〜50μl程度の量の0.1% TFA水溶液に懸濁する。
なお、ラベル化ペプチドの濃縮において用いられる0.1% TFA 水溶液の代わりに塩酸を用いても良い。この場合、塩酸の濃度は10mMとなるように調整すると良い。
【0051】
[質量分析]
試料はこのままMS解析に用いても良いし、HPLCなどを利用してさらに分画しても良い。MALDI-MS測定を行う場合は、試料をマトリックス溶液と混ぜ、MS測定を行う。
【0052】
さらに本発明は、2−ニトロ[136]ベンゼンスルフェニルクロリド、2−ニトロ[126]ベンゼンスルフェニルクロリド、及びフェニル基を有する担体を含むキットを提供する。ここで、2−ニトロ[136]ベンゼンスルフェニルクロリド、2−ニトロ[126]ベンゼンスルフェニルクロリドは、例えば上記ラベル化工程(iii)を実施するためのラベル化試薬として用いることができる。フェニル基を有する担体は、上記濃縮分離工程(viii)を実施するために用いることができる。
【0053】
従って、本発明のキットは、タンパク質の網羅的定量解析を行うための、例えば上述のプロトコルを実施するために使用することができる。
すなわち、本発明のキットは、上記ラベル化工程(iii)を実施するためのラベル化試薬である2−ニトロ[13]ベンゼンスルフェニルクロリド(NBSCl(heavy);NBS(heavy)試薬)及び2−ニトロ[12]ベンゼンスルフェニルクロリド(NBSCl(light) ;NBS(light)試薬)と、上記濃縮分離工程(viii)を実施するためのフェニル基を有する担体を含み、好ましくは、変性剤及び/又はマトリックスをさらに含む。また、本発明のキットは、上述の本発明の方法において用いられる各種溶媒を含んでも良い。
【0054】
変性剤は、上記可溶化工程(ii)及び再可溶化工程(v)を実施するために用いることができる。従って変性剤としては、上記可溶化工程(ii)及び再可溶化工程(v)で述べたような、尿素又はグアニジン塩酸塩が好ましい。また変性剤は、上記可溶化工程(ii)及び再可溶化工程(v)で述べたような溶媒に溶解していても良い。例えば変性剤をグアニジン塩酸塩とする場合など、溶媒に溶解させたものとして提供することができる。このとき、1.5M〜飽和濃度、好ましくは1.5〜8M、より好ましくは6Mの濃度のグアニジン塩酸塩水溶液とすることができる。変性剤として尿素を溶媒に溶解させたものとする場合は、2M〜飽和濃度、好ましくは2〜10M、より好ましくは8Mの濃度の尿素水溶液とすることができる。
【0055】
マトリックスは、上記質量分析工程(ix)を実施するために用いることができる。従ってマトリックスとしては、上記質量分析工程(ix)で述べたような、4-CHCA(α−シアノ−4−ヒドロキシ桂皮酸)、3-CHCA(α−シアノ−3−ヒドロキシ桂皮酸)、及び3H4NBA(3−ヒドロキシ−4−ニトロ安息香酸)から選ばれることが好ましい。また、混合マトリックスとして用いるための、3H4NBAと4-CHCAとのセットであることも好ましい。
【0056】
またこれらマトリックス及び補助マトリックスは、上記質量分析工程(ix)で述べたような溶媒に溶解していても良い。例えば、1mg/ml〜飽和濃度の溶液とすることができる。アセトニトリル水溶液、TFA水溶液又はアセトニトリル−TFA水溶液を溶媒とした場合は、α−シアノ−3−ヒドロキシケイ皮酸は、1mg/ml〜飽和濃度、好ましくは10mg/ml、3−ヒドロキシ−4−ニトロ安息香酸は、1mg/ml〜飽和濃度、好ましくは飽和濃度、α−シアノ−4−ヒドロキシケイ皮酸は、1mg/ml〜飽和濃度、好ましくは10mg/mlの溶液とすることができる。また、これら溶液のうち、3−ヒドロキシ−4−ニトロ安息香酸の溶液と、α−シアノ−4−ヒドロキシケイ皮酸の溶液とが、好ましくは1:10〜10:1、より好ましくは1:3〜3:1、例えば1:1の体積比で混合された混合溶液とすることもできる。
【0057】
さらに本発明のキットは、脱塩用カラム及び脱塩用カラム充填ゲル、還元試薬及びアルキル化試薬、トリプシン、及び、上記フェニル基を有する担体を充填するカラムをさらに含んでも良い。脱塩用カラム及び脱塩用カラム充填ゲルは、例えば上述の脱塩工程(iv)を実施するために用いることができる。還元試薬及びアルキル化試薬は、例えば上記還元・アルキル化工程(vi)を実施するために用いることができる。トリプシンは、例えば上記消化工程(vii)を行うために用いることができる。上記フェニル基を有する担体を充填するカラムは、例えば上記濃縮分離工程(viii)のために用いることができる。すなわち、上記フェニル基を有する担体を充填するカラムを濃縮用カラムとして、上記フェニル基を有する担体を濃縮用カラム充填ゲルとして用いることができる。
【0058】
本発明のキットによって、上述した本発明のタンパク質の網羅的定量解析を行うことができ、したがって、本発明の方法においてすでに述べたような以下の効果が得られる。
・試料ロスの低下
・+57(m/z)バンドの減少
・非ラベル化ペプチド混入率の低下
・各ペプチドの分離効率の向上
・QITを用いたMS/MS解析の実現
・検出できるペアピーク数の増加
・プロトコル通算での作業時間の短縮
・定量性の改善
【0059】
上述した本発明のプロトコルの一部の工程又は全部の工程を用いて、本発明の効果を示した実験例を、以下に示す。
【0060】
<実験例1>
モデルタンパク質として精製タンパク質4種類(オボアルブミンovalbumin(Ova)、グリセルアルデヒド−3−ホスフェートデヒドロゲナーゼglyceraldehyde-3-phosphate dehydrogenase(G3P)、リゾチームlysozyme(Lys)、及びα−ラクトアルブミンα-lactalbumin(α-lact)、すべてSIGMA社製)を各25μg用意し、混合して合計100μgとしたものをコントロールサンプル(C)とした。
【0061】
別途、サンプル(S)を2種類調製した。サンプル(S)のうち一方は、以下のようにして調製した。すなわち、上述のサンプル(C)と同じタンパク質混合物100μgを、従来のNBSプロトコルのように、5mM EDTAを含む0.1w/v % SDS水溶液で可溶化した後100℃で3分間加熱し、NBS(light)試薬を用いたラベル化及びLH-20カラムを用いた脱塩を行うことにより得た。なお、本実験例及び以下の実験例において記載する可溶化とは、SDS-PAGEのサンプル調製のために一般的に行われる可溶化とは別の工程である。
【0062】
サンプル(S)のうちもう一方は、以下のようにして調製した。サンプル(C)と同じタンパク質混合物100μgに対し、上述と同様のSDS可溶化を行い、NBS(light)試薬を用いたラベル化を行った。また別途、サンプル(C)と同じタンパク質混合物100μgに対し、上述と同様のSDS可溶化を行い、上述のNBS(light)試薬と等量のNBS(heavy)試薬を用いたラベル化を行った。そして、得られたNBS(light)ラベル化物とNBS(heavy)ラベル化物とを混合し、LH-20カラムによる脱塩を行った。
【0063】
別途、サンプル(G)を2種類調製した。いずれも、本発明のプロトコルのように5mM EDTAを含む6Mグアニジン塩酸塩水溶液を用いて可溶化した以外は上述のサンプル(S)の調製と同様に行うことにより得た。
【0064】
別途、サンプル(U)を2種類調製した。いずれも、本発明のプロトコルのように5mM EDTAを含む8M尿素水溶液を用いて可溶化した以外は上述のサンプル(S)の調製と同様に行うことにより得た。
【0065】
上述のようにして得られたサンプル(C)、(S)、(G)及び(U)について、電気泳動を行った。サンプル(C)については、その10μgに相当する量をレーン1に展開した。一方、サンプル(S)、(G)及び(U)の各々については、その1/20に相当する量を展開した(レーン2〜7)。
【0066】
電気泳動の結果を図1に示す。図1中、レーン1はコントロールサンプル(C);レーン2はNBS(light)ラベル化タンパク質のみを含むサンプル(S);レーン3はNBS(light)ラベル化タンパク質のみを含むサンプル(G);レーン4はNBS(light)ラベル化タンパク質のみを含むサンプル(U);レーン5はNBS(light)ラベル化タンパク質とNBS(heavy)ラベル化タンパク質とを等量混合したサンプル(S);レーン6はNBS(light)ラベル化タンパク質とNBS(heavy)ラベル化タンパク質とを等量混合したサンプル(G);レーン7はNBS(light)ラベル化タンパク質とNBS(heavy)ラベル化タンパク質とを等量混合したサンプル(U)についてのものである。図1のレーン3、4、6及び7の結果が示すように、可溶化のために変性剤であるグアニジン塩酸塩や尿素を用いると、サンプルをほとんどロスすることなく可溶性を保つことができることが示された。
【0067】
<実験例2>
マウス(C57BL)の血清100μgを、コントロールサンプル(C)とした。
【0068】
別途、サンプル(S)を2種類調製した。サンプル(S)のうち一方は、以下のようにして調製した。すなわち、上述のサンプル(C)と同じマウス血清100μgを、従来のNBSプロトコルのように、0.5mM EDTAを含む0.1w/v % SDS水溶液で可溶化した後100℃で3分間加熱し、NBS(light)試薬を用いたラベル化を行った。また別途、サンプル(C)と同じマウス血清100μgを、上述と同様のSDS可溶化を行い、上述のNBS(light)試薬と等量のNBS(heavy)試薬を用いたラベル化を行った。そして、得られたNBS(light)ラベル化物とNBS(heavy)ラベル化物とを混合し、ラベル化混合物を得た。
【0069】
サンプル(S)のうちもう一方は、以下のようにして調製した。すなわち、マウス血清100μgに対し、上述と同様にしてラベル化混合物を調製し、さらにLH-20カラムによる脱塩を行うことにより得た。
【0070】
別途、サンプル(G)を2種類調製した。いずれも、本発明のプロトコルのように5mM EDTAを含む6Mグアニジン塩酸塩水溶液を用いて可溶化した以外は上述のサンプル(S)の調製と同様に行うことにより得た。
【0071】
別途、サンプル(U)を2種類調製した。いずれも、本発明のプロトコルのように5mM EDTAを含む8M尿素水溶液を用いて可溶化した以外は上述のサンプル(S)の調製と同様に行うことにより得た。
【0072】
得られたサンプル(C)、(S)、(U)及び(G)について、電気泳動を行った。なお、サンプル(C)については、その10μgに相当する量をレーン2に、2μgに相当する量をレーン3に展開した。サンプル(S)、(U)及び(G)についてはいずれも、その1/20に相当する量を展開した(レーン4〜9)。
【0073】
電気泳動の結果を図2に示す。図2中、レーン1は分子量マーカー、レーン2及び3はコントロールサンプル(C);レーン4はラベル化後のサンプル(S);レーン5はラベル化及び脱塩後のサンプル(S);レーン6はラベル化後のサンプル(U);レーン7はラベル化及び脱塩後のサンプル(U);レーン8はラベル化後のサンプル(G);レーン9はラベル化及び脱塩後のサンプル(G)についてのものである。図2のレーン6、7、8及び9の結果が示すように、可溶化のために変性剤であるグアニジン塩酸塩や尿素を用いると、サンプルをほとんどロスすることなく可溶性を保つことができることが示された。
【0074】
<実験例3>
解析試料としてマウス肝臓の抽出液を用いた。この解析試料に対し、従来のNBSプロトコルに従って、SDSによる可溶化、ラベル化、脱塩、SDSによる再可溶化、還元・アルキル化及び消化の操作を行った。別途、解析試料に対し、本発明プロトコルに従って、尿素による可溶化、ラベル化、脱塩、尿素による再可溶化、還元・アルキル化及び消化の操作を行った。なお、いずれのラベル化操作においても、一方で、可溶化試料に対しNBS(light)試薬を用いてラベル化し;他方で、等量の可溶化試料に対しNBS(light)試薬と等量のNBS(heavy)試薬を用いてラベル化し;その後、得られた両ラベル化物を混合した。以下の実験例においても、ラベル化操作についてはこれと同様の操作を行う。得られたそれぞれの試料に対し、phenyl column(アマシャムバイオサイエンス社製カラム;HiTrap phenyl)を用いてNBSラベル化ペプチドの分離を行った。溶出は、アセトニトリルの段階濃度勾配により行い(具体的には、10〜40%の間で5%毎の7段階の濃度について行った。)、各濃度において2フラクションを分画した。
【0075】
各溶出フラクション(EL1〜EL14)についてAXIMA-CFRを用いて解析し、観察されたペアピークの数を表1にまとめた。表中、(a)はSDSを用いた方法、(b)は尿素(Urea)を用いた方法についての結果を示す。
【0076】
【表1】

【0077】
この表が示すように、従来のNBSプロトコルのようにSDSを用いた方法では合計14のペアピークしか観察されなかったものが、本発明のプロトコルのように尿素を用いた方法では合計76のペアピークが観察された。また、表中のEL5のフラクション(すなわちアセトニトリル濃度20%)についてのマススペクトルを図3(a)及び(b)に示す。図中、矢印で示されるピークがラベル化ペプチドのペアピークである。
【0078】
<実験例4>
モデルタンパク質として精製タンパク質3種類(G3P、Lys及びα-lact)の混合物を用いた。この混合物に対し、従来のNBSプロトコルに従って、SDSによる可溶化、ラベル化、脱塩、SDSによる再可溶化、還元・アルキル化及び消化の操作を行った。別途混合物に対し、本発明のプロトコルに従って、塩酸グアニジンによる可溶化、ラベル化、脱塩、塩酸グアニジンによる再可溶化、還元・アルキル化及び消化の操作を行った。さらに別途混合物に対し、可溶化のために尿素を用いた以外は、上述の本発明のプロトコルに従った操作と同様の操作を行った。得られたそれぞれの試料に対し、phenyl columnを用いてNBSラベル化ペプチドの分離を行い、MS解析を行った。
【0079】
得られたMSスペクトルについて、ペアピークそれぞれのモノアイソトピックピーク(monoisotopic peak)の面積比を定量し比較した。具体的には、ペアピークのうち、ピークが大きいほうの面積を100としたときの、ピークが小さいほうの相対面積を求め、これを定量性の指標として双方のスペクトルを比較した。その結果を表2に示す。表2が示すように、従来のNBSプロトコルのようにSDSを用いた方法ではピークの相対面積の平均値が80.3であるのに対し、本発明のプロトコルのようにグアニジン塩酸塩(GdnHCl)及び尿素(Urea)を用いた方法ではそれぞれ90.0、92.6であった。このことから、本発明によって定量性が大きく改善されたことが示された。
【0080】
【表2】

【0081】
さらに、ペアピークの面積比分散及び標準偏差を求めた。その結果も表2に示す。表2が示すように、分散については、従来のプロトコルのようにSDSを用いた方法では186.4であるのに対し、本発明のプロトコルのようにグアニジン塩酸塩及び尿素を用いた方法ではそれぞれ37.1、30.5であった。一方、標準偏差については、従来のプロトコルのようにSDSを用いた方法では13.7であるのに対し、本発明のプロトコルのようにグアニジン塩酸塩及び尿素を用いた方法ではそれぞれ6.1、5.5であった。分散及び標準偏差は値が小さいほど、データのばらつきが小さい。従って、本発明の方法によってこのようなばらつきも大きく改善されたことが示された。
【0082】
<実験例5>
モデルタンパク質として精製タンパク質4種類(Ova、G3P、Lys及びα-lact)の混合物を用い、従来のNBSプロトコルに従って可溶化、ラベル化、脱塩、再可溶化、還元・アルキル化及び消化の操作を行った。一方、同じモデルタンパク質を用い、本発明のプロトコルに従って尿素による可溶化、ラベル化、脱塩、尿素による再可溶化、還元・アルキル化及び消化の操作を行った。さらに、両方のサンプルについてそれぞれphenyl columnを用いて分画し、従来のNBSプロトコルに従って操作を行うことよって調製されたものについて一画分を回収し、本発明のプロトコルに従って操作を行うことよって調製されたものについては、前記一画分に相当する画分を回収した。回収したそれぞれの画分を、AXIMA-CFRを用いて解析した。このとき得られた結果を図4(a)及び(b)に示す。図4中、(a)は従来のNBSプロトコルによる結果、(b)は本発明のプロトコルによる結果を表し、それぞれの図は、横軸に質量/電荷(Mass/Charge)、縦軸にイオンの相対強度を表す。図4の結果が示すように、従来法においては副反応のアルキル化が起こったことを示す+57(m/z)のピークが検出されるが、本発明の方法においてはそのようなピークは検出されない。
【0083】
<実験例6>
モデルタンパク質として精製タンパク質4種類(Ova、G3P、Lys及びα-lact)の混合物を用い、従来のNBSプロトコルに従って可溶化、ラベル化、脱塩、再可溶化、還元・アルキル化、消化、及び濃縮カラム(LH-20)を用いたNBSラベル化ペプチド分離の操作を行った。代表的な溶出フラクションのマススペクトルを図5に示す。一方、同じモデルタンパク質を用い、本発明プロトコルに従って尿素による可溶化、ラベル化、脱塩、尿素による再可溶化、還元・アルキル化、消化、及びphenyl column(アマシャムバイオサイエンス社製カラム;HiTrap phenyl)を用いたNBSラベル化タンパク質分離の操作を行った。代表的な溶出フラクションのマススペクトルを図6に示す。
【0084】
それぞれの図は、横軸に質量/電荷(Mass/Charge)、縦軸にイオンの相対強度を表す。図5は、LH-20による全10フラクションのうち、1、3、5、7及び9番目のフラクション(Fr.1、Fr.3、Fr.5、Fr.7及びFr.9)についての結果である。図6は、phenyl columnによる全18フラクションのうち、1、4、7、10、12及び14番目のフラクション(Fr.1、Fr.4、Fr.7、Fr.10、Fr.12及びFr.14)についての結果である。図5及び図6の結果が示すように、本発明の方法においては、従来のNBS法において多数見られた1200-1700(m/z)近辺の非ラベル化ペプチドがほとんど検出されなかった。また、図5では1、2、4、9、10、12及び13番目のペプチド(図中に矢印で表記)が、測定対象となった溶出画分のほぼ全体にわたって溶出されていたが、図6では、それらのペプチドがある程度分離されて溶出された。
【0085】
<実験例7>
モデルタンパク質として精製タンパク質4種類(Ova、G3P、Lys及びα-lact)の混合物を用い、本発明のプロトコルに従って尿素による可溶化、ラベル化、脱塩、尿素による再可溶化、還元・アルキル化、消化、及びphenyl columnを用いたNBSラベル化ペプチド分離の操作を行った。次に、phenyl columnによって分画溶出した1フラクションを質量分析用試料として調製し、以下の3種のマトリックスについてそれぞれAXIMA-QITによる質量分析を行った。マトリックスとしては、従来用いられていたDHB、本発明において用いられる3-CHCA及び3H4NBAの3種を、それぞれ0.1%TFAを含む50%アセトニトリル水溶液を溶媒として、DHBと3-CHCAとはそれぞれ10mg/ml、3H4NBAは飽和溶液として用いた。調製した試料とマトリックス溶液とを等量混ぜ合わせ、AXIMA-QITにて測定した。このとき得られた結果を図7(a)〜(c)に示す。
【0086】
それぞれの図は、横軸に質量/電荷(Mass/Charge)、縦軸にイオンの相対強度を表し、図7(b)及び(c)において矢印(i)〜(iii)で示されるピークは、ラベル化ペプチドのペアピークである。図7(a)〜(c)が示すように、マトリックスとしてDHBを用いた場合(a)は、NBSラベル化ペプチドはほとんどイオン化されないためマススペクトル上で検出されないが、3-CHCA(b)や3H4NBA(c)を用いた場合は、NBSラベル化タンパク質が効率よくイオン化されたため、マススペクトル上での検出が可能になった。さらに、図7(b)で得られた矢印(i)で示されるペアピークのうちNBS(light)ラベル化ペプチドに相当する1198.53(m/z)に相当するイオンについてMS/MS解析した結果を図8に示す。
【0087】
<実験例8>
本実験例においては、NBS試薬によって修飾されたペプチドと非修飾ペプチドとの混合物を測定サンプルに用い、3H4NBAと4-CHCAとの混合マトリックスを用い、質量分析装置にて測定を行った。
【0088】
測定サンプルは、以下のように調製した。
精製タンパク質4種類(オボアルブミン、グリセルアルデヒド−3−ホスフェイトデヒドロゲナーゼ、リゾチーム、α−ラクトアルブミン;全てSIGMA社製)を25μgずつ混合し合計100μgとしたものを2つ用意した。変性剤として終濃度8Mの尿素を用いて、それぞれの混合物についての可溶化及びNBS修飾試料混合物の再可溶化を行った以外は、「13CNBS Isotope Labeling キット」(島津製作所製)のプロトコルに従って測定サンプルを調製した。すなわち、一方をNBS Reagent (heavy)(2−ニトロ[13C6]ベンゼンスルフェニルクロリド)で標識修飾し、他方をNBS Reagent (light)(2−ニトロ[12C6]ベンゼンスルフェニルクロリド)で非標識修飾し、両修飾試料の混合、脱塩、尿素による再可溶化、還元、アルキル化、及びトリプシン消化を行った。消化後のサンプルをZipTipμ-C18で脱塩処理し、0.1%TFAを含む50%アセトニトリル水溶液4μlにより溶出したものを測定サンプルとした。このうち、0.5μlをマスプレート上に塗布した。
【0089】
マトリックスとしては、以下のように調製したものを用いた。0.1%TFAを含む50%アセトニトリル水溶液を溶媒とし、3H4BA及び4-CHCAをそれぞれ溶解させた。3H4NBAは飽和溶液、4-CHCAは10mg/mlの溶液とした。このように調製した溶液を、1:1の体積比で混合し、マトリックス混合溶液を得た。あらかじめ用意しておいた測定サンプル塗布を行ったマスプレート上に、マトリックス混合溶液0.5μlを添加し、乾燥した後、イオントラップを持つMALDI-IT-TOF型質量分析装置(AXIMA-QIT、島津製作所製)及びイオントラップを持たないMALDI-TOF型質量分析装置(AXIMA-CFR plus、島津製作所製)にて測定を行った。
【0090】
このとき得られたMSスペクトルを、図9に示す。図9中、横軸は質量/電荷(m/z)、縦軸はイオンの相対強度(%Int.)を表す。また、(a)は、イオントラップを持つAXIMA-QITで測定することによって得られたスペクトル、(b)は、イオントラップを持たないAXIMA-CFR plusで測定することによって得られたスペクトルである。図9において、矢印でマークされたピーク対は、NBS修飾されたペプチドのものであることを示している。それぞれのペアピークは、2つの修飾試薬NBS Reagent (heavy)(2−ニトロ[13C6]ベンゼンスルフェニルクロリド)とNBS Reagent (light)(2−ニトロ[12C6]ベンゼンスルフェニルクロリド)との質量差に相当する、m/z=6の差を有する。
【0091】
図9の(a)及び(b)のスペクトルを互いに比較してわかるように、両者でほとんど同じスペクトルが得られた。イオントラップを持つ質量分析装置とイオントラップを持たない質量分析装置とで、ほとんど同じスペクトルが得られるということは、イオントラップを持つ質量分析装置の測定において測定試料の自己崩壊が抑制されていることを示す。すなわち、本発明のマトリックス混合物を用いると、従来4-CHCAを単体でマトリックスとして用いたイオントラップ型質量分析装置(すなわちイオン化からイオンの検出までの時間が比較的長い質量分析装置)での測定において起こっていた、測定試料の自己崩壊が抑制されていることがわかった。また、検出されたピークは、そのほとんどがNBS修飾されたペプチドのペアピークであることから、マトリックス3H4NBAが単独で有する特異的検出能は、混合マトリックスを用いた場合でも保持されていることがわかった。
【0092】
<実験例9>
本実験例では、実験例8と同じ測定サンプルを用い、3H4NBA単独使用のマトリックス、及び3H4NBAと4-CHCAとの混合マトリックスを用いて、質量分析装置にて測定を行った。
【0093】
実験例8と同じ試料を用い、同じ操作により4μlの溶出液を測定サンプルとして得た。このうち1μlを、0.1%TFA水溶液により1000倍希釈し、そのうちの0.5μlをマスプレート上に塗布した。
【0094】
マトリックスとしては、3H4NBA単独使用のマトリックス、及び3H4NBAと4-CHCAとを組み合わせた混合マトリックスを用いた。
3H4NBA単独使用のマトリックスについては、3H4NBAを、0.1%TFAを含む50%アセトニトリル水溶液に溶解し、飽和溶液とした。あらかじめ用意しておいた測定サンプル塗布を行ったマスプレート上に、この3H4NBA溶液を添加し、乾燥した後、MALDI-TOF型質量分析装置(AXIMA-CFR plus、島津製作所製)にて測定を行った。
3H4NBAと4-CHCAとの混合マトリックスについては、実験例8と同様の方法によって調製した。あらかじめ用意しておいた測定サンプル塗布を行ったマスプレート上に、この混合溶液を添加し、乾燥した後、MALDI-TOF型質量分析装置(AXIMA-CFR plus、島津製作所製)にて測定を行った。
【0095】
このとき得られたMSスペクトルを、図10に示す。図10中、横軸は質量/電荷(m/z)、縦軸はイオンの相対強度(%Int.)を表す。また、(a)は、マトリックスとして3H4NBAと4-CHCAとを混合して用いることによって得られたスペクトル、(b)は、マトリックスとして3H4NBAを用いることによって得られたスペクトルである。さらに図10において矢印でマークされたピーク対は、NBS修飾されたペプチドのものであることを示している。それぞれのペアピークは、2つのラベル化試薬NBS Reagent (heavy)(2−ニトロ[13C6]ベンゼンスルフェニルクロリド)とNBS Reagent l(ight)(2−ニトロ[12C6]ベンゼンスルフェニルクロリド)との質量差に相当する、m/z=6 の差を有する。
【0096】
図10の(a)及び(b)のスペクトルを互いに比較してわかるように、NBS修飾ペプチドのペアピークが、(a)において、(b)よりも感度良く検出されている。このことは、マトリックスとして3H4NBA に4-CHCAをさらに混合することによって、より感度良く検出することができるということを示す。すなわち、3H4NBAの、「質量分析においてNBS修飾ペプチドの特異的検出ができる」という特長はそのままに、さらに、4-CHCAの、「レーザーを当てる最適スポットを容易に探すことができる」状態で、「感度の良い測定をおこなうことができる」という特長が付加されたことが確認できた。
【0097】
以上の実験例8と実験例9との結果を合わせると、3H4NBAの特長である、「質量分析においてNBS修飾ペプチドの特異的検出ができる」こと及び「イオン化からイオンの検出までの時間が比較的長いイオントラップ型MALDI質量分析装置で測定してもサンプルの自己崩壊を抑制することができる」ことと、4-CHCAの特長である、「レーザーを当てる最適スポットを容易に探すことができる」状態で、「感度の良い測定をおこなうことができる」こととが同時に達成されたことが確認できた。
【図面の簡単な説明】
【0098】
【図1】実験例1で得られた電気泳動図である。
【図2】実験例2で得られた電気泳動図である。
【図3】実験例3で得られたMSスペクトルである。
【図4】実験例5で得られたMSスペクトルである。
【図5】実験例6で得られたMSスペクトルである。
【図6】実験例6で得られたMSスペクトルである。
【図7】実験例7で得られたMSスペクトルである。
【図8】実験例7で得られたMS/MSスペクトルである。
【図9】実験例8で得られたMSスペクトルである。
【図10】実験例9で得られたMSスペクトルである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
(i)解析すべきタンパク質試料Iとその対照タンパク質試料IIとの2種類の状態のタンパク質試料を用意する工程と、
(ii)前記タンパク質試料Iを、尿素を変性剤として含む溶液中で可溶化するか、又はグアニジン塩酸塩を変性剤として含む溶液中で可溶化することによって、可溶化されたタンパク質試料Iを得て、
別途、前記タンパク質試料IIを、尿素を変性剤として含む溶液中で可溶化するか、又はグアニジン塩酸塩を変性剤として含む溶液中で可溶化することによって、可溶化されたタンパク質試料IIを得る工程と、
(iii)前記可溶化されたタンパク質試料Iを、2−ニトロ[13]ベンゼンスルフェニルクロリド及び2−ニトロ[12]ベンゼンスルフェニルクロリドのいずれか一方を用いてラベル化反応させることによって、ラベル化タンパク質試料Iを得て、
別途、前記可溶化されたタンパク質試料IIを、2−ニトロ[13]ベンゼンスルフェニルクロリド及び2−ニトロ[12]ベンゼンスルフェニルクロリドのいずれか他方を用いてラベル化反応させることによって、ラベル化タンパク質試料IIを得る工程と、
(iv)前記ラベル化タンパク質試料I及びラベル化タンパク質試料IIを、混合及び脱塩することによって、脱塩タンパク質試料混合物を得る工程と、
(v)前記脱塩タンパク質試料混合物を、尿素又はグアニジン塩酸塩を用いて再可溶化することによって、再可溶化されたタンパク質試料混合物を得る工程と、
(vi)前記再可溶化されたタンパク質試料混合物を還元・アルキル化することによって、還元・アルキル化されたタンパク質試料混合物を得る工程と、
(vii)前記還元・アルキル化されたタンパク質試料混合物を、尿素又はグアニジン塩酸塩の存在下でトリプシン消化することによって、ラベル化ペプチド断片と非ラベル化ペプチド断片とを含むペプチド混合物を得る工程と、
(viii)前記ペプチド混合物を、フェニル基を有する担体を用いて分離することによって、濃縮されたラベル化ペプチド断片を得る工程と、
(ix)前記濃縮されたラベル化ペプチド断片を質量分析する工程とを含む、タンパク質の網羅的定量解析方法。
【請求項2】
前記工程(ix)において、α−シアノ−3−ヒドロキシ桂皮酸又は3−ヒドロキシ−4−ニトロ安息香酸をマトリックスとして用いて質量分析する、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記工程(ix)において、前記マトリックスとして3−ヒドロキシ−4−ニトロ安息香酸を用いる場合に、前記3−ヒドロキシ−4−ニトロ安息香酸とα−シアノ−4−ヒドロキシケイ皮酸とを組み合わせた混合マトリックスを用いて質量分析する、請求項1に記載の方法。
【請求項4】
前記マトリックスを、1mg/ml〜飽和濃度の溶液として用いる、請求項2又は3
に記載の方法。
【請求項5】
前記α−シアノ−4−ヒドロキシケイ皮酸を、1mg/ml〜飽和濃度の溶液として用いる、請求項3又は4に記載の方法。
【請求項6】
前記3−ヒドロキシ−4−ニトロ安息香酸の溶液と、前記α−シアノ−4−ヒドロキシケイ皮酸の溶液とを、1:10〜10:1の体積比で組み合わせて用いる、請求項5に記載の方法。
【請求項7】
2−ニトロ[13]ベンゼンスルフェニルクロリド、2−ニトロ[12]ベンゼンスルフェニルクロリド、及びフェニル基を有する担体を含むキット。
【請求項8】
請求項1〜6のいずれか1項に記載の方法を行うための、2−ニトロ[13]ベンゼンスルフェニルクロリド、2−ニトロ[12]ベンゼンスルフェニルクロリド、及びフェニル基を有する担体を含むキット。
【請求項9】
変性剤をさらに含む、請求項7又は8に記載のキット。
【請求項10】
マトリックスとしてα−シアノ−3−ヒドロキシ桂皮酸、3−ヒドロキシ−4−ニトロ安息香酸、α−シアノ−4−ヒドロキシ桂皮酸、又は混合マトリックスとして3−ヒドロキシ−4−ニトロ安息香酸とα−シアノ−4−ヒドロキシ桂皮酸との混合物をさらに含む、請求項7〜9のいずれか1項に記載のキット。
【請求項11】
前記変性剤が尿素又はグアニジン塩酸塩である、請求項9又は10に記載のキット。
【請求項12】
脱塩用カラム、脱塩用カラム充填ゲル、還元試薬、アルキル化試薬、トリプシン、及び前記担体を充填するためのカラムからなる群から選ばれる少なくとも1つをさらに含む、請求項7〜11のいずれか1項に記載のキット。



【図3】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図9】
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【図10】
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【図1】
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【図2】
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【図4】
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【図8】
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【公開番号】特開2006−105952(P2006−105952A)
【公開日】平成18年4月20日(2006.4.20)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−368510(P2004−368510)
【出願日】平成16年12月20日(2004.12.20)
【出願人】(000001993)株式会社島津製作所 (3,708)
【Fターム(参考)】