説明

タンパク質の細胞内導入剤

【課題】簡便な操作で高効率でグルタチオンSトランスフェラーゼ融合タンパク質を細胞内へ導入する試薬及び方法を提供する。
【解決手段】ポリエチレンイミンまたはその化学修飾誘導体とグルタチオンとの結合体、及び結合体を用いてタンパク質を細胞内に輸送するタンパク質の細胞内導入方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ポリエチレンイミンまたはその化学修飾誘導体とグルタチオンとの新規な結合体、及び該結合体を用いてタンパク質を細胞内に導入する導入剤およびその方法に関する。
【背景技術】
【0002】
細胞内で任意のタンパク質を生物学的に機能させたい場合、タンパク質そのものを細胞内に導入することが好ましいが、細胞膜は脂質二重膜から構成されており、タンパク質のような大きな外来分子を外から細胞の中へと透過させることは容易でない。
【0003】
本発明者らは、以前、タンパク質を生細胞内に導入する方法として、タンパク質をカチオン化することで負電荷を帯びている生細胞表面への静電気的な吸着を介して導入する方法を開発した。その方法は、抗体−ProteinA/Gやビオチン−アビジンといった特異的な結合を活用した方法(特許文献1)、及びポリエチレンイミン(PEI)を用いたタンパク質またはペプチドの細胞内導入方法(特許文献2)であり、これらの方法により、細胞外であらかじめ調製した各種のタンパク質を簡便に生細胞内に導入することが可能になった。
【0004】
上記ポリエチレンイミンを用いたタンパク質またはペプチドの細胞内導入方法は、具体的には、タンパク質またはペプチドとポリエチレンイミンとを、例えばEDC(1−エチル−3−(3−ジメチルアミノプロピル)カルボジイミド塩酸塩)、DCC(N,N−ジシクロヘキシルカルボジイミド)、SPDP(N−スクシニミジル−3−(2−ピリジルジチオ)プロピオネート)、2−イミノチオラン、GMBS(N−(4−マレイミドブチリルオキシ)スクシンイミド)などを用いて共有結合させて複合体を作製し、タンパク質を導入しようとする細胞を含む培地中に、該複合体を添加して培養すると、複合体が細胞内に取り込まれる、という方法である(特許文献2)。
【0005】
しかし、このポリエチレンイミンを用いたタンパク質またはペプチドの細胞内導入方法では、目的のタンパク質またはペプチドとポリエチレンイミンとを、上記EDCなどの試薬を用いて共有結合させなければならない。
【0006】
また、従来から用いられているタンパク質を細胞内に導入する方法に、塩基性ペプチドを融合する方法(非特許文献1)、及び上記カチオン化アビジンと複合体を形成させて導入する方法(特許文献1)があるが、これらの手法は簡便性に劣る。また、カチオン性脂質をベースとした各種のタンパク質導入試薬(ChariotTM、BioporterTMなど)も市販されているが、必ずしも導入効率が良いとはいえない。
【0007】
一方、組換えタンパク質として大腸菌での可溶性発現および簡便なアフィニティー精製が可能な、グルタチオンSトランスフェラーゼ(GST)融合タンパク質は、1990年代から世界中で多用され、基礎研究分野で大きく活用されている。最近、このGST融合タンパク質そのものが細胞内によく取り込まれるとの報告(非特許文献2)がなされたが、本発明者らの追試結果では、導入効率は非常に低かった。
【0008】
【特許文献1】特願2002−342486号明細書
【特許文献2】特開2004−49214号公報
【非特許文献1】Schwarze SR,Ho A,Vocero−Akbani A and Dowdy SF.,In vivo protein transduction:delivery of a biologically active protein into the mouse.,Science,285(5433),1569−1572,1999.
【非特許文献2】Namiki S,Tomida T,Tanabe M,Iino M and Hirose K,Intracellular delivery of glutathione S−transferase into mammalian cells.,Biochem. Biophys. Res. Commun.,305(3),592−597,2003.
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明の目的は、簡便な操作で高効率でグルタチオンSトランスフェラーゼ融合タンパク質を細胞内へ導入する試薬及び方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者らは、グルタチオンSトランスフェラーゼと目的タンパク質との融合タンパク質(以下、単に「グルタチオンSトランスフェラーゼ融合タンパク質」という)を効率良く細胞内へ導入できるように、ポリエチレンイミンまたはその化学修飾誘導体を用いたカチオン化法をグルタチオンSトランスフェラーゼ融合タンパク質に適用した。本発明者らは、この適用において使用するためのポリエチレンイミンまたはその化学修飾誘導体とグルタチオンとの新規な結合体を合成することに成功した。この結合体を用いることにより、簡便な操作で効率よくタンパク質を細胞内に導入できることを見出し、本発明を完成した。
【0011】
本発明の特徴は、要約すると以下の通りである。
(1)ポリエチレンイミンまたはその化学修飾誘導体とグルタチオンとの結合体。好ましくは、ポリエチレンイミンとグルタチオンが、モル比で1:1〜1:20、より好ましくは1:1〜1:10、更に好ましくは1:1〜1:5、特に好ましくは1:1〜1:3で結合した結合体。
(2)ポリエチレンイミンの数平均分子量が100〜100,000の範囲である、(1)に記載の結合体。
(3)ポリエチレンイミンが分岐状構造を有する、(1)または(2)に記載の結合体。
(4)化学修飾誘導体が、ポリエチレンイミンのN−アルキル誘導体、N−アシル誘導体、N−スルホニル誘導体またはシッフ塩基誘導体である、(1)〜(3)のいずれかに記載の結合体。
(5)グルタチオンが還元型グルタチオンである、(1)〜(4)のいずれかに記載の結合体。
【0012】
(6)ポリエチレンイミンとグルタチオンがジスルフィド結合を介して結合した、(1)〜(5)のいずれかに記載の結合体。
(7)(1)〜(6)のいずれかに記載の結合体とグルタチオンSトランスフェラーゼ融合タンパク質との複合体。
(8)結合体とグルタチオンSトランスフェラーゼ融合タンパク質が、モル比で1:10〜100:1で結合した、(7)に記載の複合体。
(9)ポリエチレンイミンまたはその化学修飾誘導体と2,2−ジピリジルジスルフィドを、ポリエチレンイミンまたはその化学修飾誘導体のアミノ基と反応してチオール基を露出させる試薬の存在下で反応させ、得られた生成物に還元型グルタチオンを接触させる工程を含む、(1)〜(6)のいずれかに記載の結合体を製造する方法。
(10)試薬が、γ−チオブチロラクトン、メチル 4−メルカプトアルカンイミデート、2−イミノチオランまたはN-アセチルホモシステインチオラクトンである、(9)に記載の方法。
【0013】
(11)化学修飾誘導体が、ポリエチレンイミンのN−アルキル誘導体、N−アシル誘導体、N−スルホニル誘導体またはシッフ塩基誘導体である、(9)または(10)に記載の方法。
(12)(1)〜(6)のいずれかに記載の結合体とグルタチオンSトランスフェラーゼ融合タンパク質を混合して、それらの複合体を形成することを含む、(7)または(8)に記載の複合体を製造する方法。
(13)結合体とグルタチオンSトランスフェラーゼ融合タンパク質を、モル比で1:1〜100:1で混合することを含む、(12)に記載の方法。
(14)グルタチオンSトランスフェラーゼをコードする遺伝子と目的タンパク質をコードする遺伝子を融合して融合遺伝子を作製し、該融合遺伝子を大腸菌で発現させてグルタチオンSトランスフェラーゼ融合タンパク質を得る工程をさらに含む、(12)または(13)に記載の方法。
(15)(1)〜(6)のいずれかに記載の結合体を用いて目的タンパク質を細胞内に輸送することを含む、タンパク質の細胞内導入方法。
【0014】
(16)結合体とグルタチオンSトランスフェラーゼ融合タンパク質を混合して、それらの複合体を形成することを含む、(15)に記載の方法。
(17)結合体とグルタチオンSトランスフェラーゼ融合タンパク質の混合比が、モル比で1:1〜100:1である、(16)に記載の方法。
(18)(7)または(8)に記載の複合体を用いてタンパク質を細胞内に輸送することを含む、目的タンパク質の細胞内導入方法。
(19)(1)〜(6)のいずれかに記載の結合体を含む、タンパク質の細胞内導入剤。
(20)(7)または(8)に記載の複合体を含む、タンパク質の細胞内導入剤。
(21)(19)に記載のタンパク質の細胞内導入剤を含む、タンパク質の細胞内導入キット。
(22)(20)に記載のタンパク質の細胞内導入剤を含む、タンパク質の細胞内導入キット。
【0015】
以下、本明細書において、ポリエチレンイミンはPEIと、グルタチオンはGSHと、グルタチオンSトランスフェラーゼはGSTと表すことがある。
【0016】
また、結合体、複合体の表記は、結合体または複合体の構成要素を「−」でつなげ、つないだ順番で構成要素同士が結合していることを示す。例えば、「PEI−GSH−GST融合タンパク質」複合体は、ポリエチレンイミン、グルタチオン、グルタチオンSトランスフェラーゼ融合タンパク質で構成され、この順番で結合している複合体を示す。
【発明の効果】
【0017】
本発明により、ポリエチレンイミンまたはその化学修飾誘導体とグルタチオンとの結合体を用いることによってグルタチオンSトランスフェラーゼ融合タンパク質を簡便に高効率で細胞内に導入することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0018】
本発明の結合体は、ポリエチレンイミンまたはその化学修飾誘導体とグルタチオンとの結合生成物である。
【0019】
ポリエチレンイミン(PEI)は、直鎖状または分岐鎖状構造のいずれでもよく、分岐鎖状構造には橋かけ構造も含まれる。分岐鎖状PEIは、例えば下記式で表される。
【0020】
【化1】

(式中、x及びyはそれぞれ1以上の整数である。)
【0021】
また、上記式中、分岐鎖末端のアミノ部分は、遊離アミノ基でもよいし、あるいはエチレンイミンの更なる重合鎖を表す。
【0022】
PEIは、大きな正の電荷密度を有する水溶性ポリマーである。なお、PEIはかまぼこの沈殿剤などの食品添加物としても利用されており、生体に対する安全性が確認されている。
【0023】
PEIは、分岐鎖状構造を有するものが好ましく、例えば下記式
【0024】
【化2】

【0025】
で例示されるような枝分かれ構造を有するPEIが、より正電荷密度が高いことから好ましい。また、分子量は、細胞導入効率、取扱い性などを考慮すると、分子量が100〜100,000の範囲のPEIが好ましく、100〜10,000のPEIがより好ましく、200〜3,000のPEIが更に好ましく、500〜1,800の低分子量のPEIが特に好ましい。
【0026】
PEIは市販されており、例えば(株)日本触媒のエポミン(商標)が好適に用いられる。
【0027】
また、PEIの化学修飾誘導体は、PEIのアミノ基(好ましくは1級アミノ基)と、それと反応しうるすべての化学修飾剤とから形成することができる。化学修飾剤の例は、置換されたまたは未置換の、飽和または不飽和の、脂肪族、芳香族、脂環式および複素環式の、アルキル化剤、アシル化剤、スルホニル化剤などを含む。
【0028】
本明細書中で使用される「脂肪族」は、アルキル基、アルケニル基またはアルキニル基を指し、好ましくは炭素数1〜6(C1〜C6)、より好ましくは炭素数1〜4(C1〜C4)の炭化水素基、例えば、メチル、エチル、プロピル、ブチルなどである。
【0029】
本明細書中で使用される「芳香族」は、ベンゼン核を含む炭化水素基を指し、例えばフェニル基、フェニレン基などが挙げられる。
【0030】
本明細書中で使用される「脂環式」は、飽和単環水素基あるいは1または2個の二重結合を含む不飽和単環炭化水素基を指し、例えばシクロペンチル基、シクロへキシル基、シクロヘキセニル基などが挙げられる。
【0031】
本明細書中で使用される「複素環式」は、飽和または不飽和の環に1または複数のヘテロ原子(例えばN、O、Sなど)を含む単環または縮合環式炭化水素基を指し、例えばピロリジル、ピリジル、ピペリジニル、ピペラジニル、モルホリノ、インドリル、イミダゾリル、チオフェニルなどが挙げられる。
【0032】
置換基として、例えばハロゲン原子(F、Cl、BrまたはI)、フェニル、ヒドロキシ、アミノ、シアノ、アルコキシ、アルキルアミノ、ジアルキルアミノ、カルボニル、アルコキシカルボニルなどが挙げられる。
【0033】
アルキル化剤の例は、ハロゲン化アルキル、エポキシドなどである。
アシル化剤の例は、エステル、酸ハロゲン化物、酸無水物などである。
スルホニル化剤の例は、ハロゲン化アルキルスルホニルなどである。
【0034】
その他の例は、アルデヒドであり、アミノ基との反応によってシッフ(Schiff)塩基が形成される。
【0035】
具体的なアルキル化剤の例として、スチレンオキサイド、エポキシブテン、ハロゲン化C1〜C6アルキル、好ましくはC1〜C4アルキル、C1〜C4アルケニル、例えばメチル、エチル、プロピル、ブチル、プロペニル、ブテニルなどが挙げられる。
【0036】
具体的なアシル化剤の例として、C1〜C6アルカノイルハライド、好ましくはC1〜C4アルカノイルハライド、例えば塩化アセチル、塩化プロピオニル、塩化ブチリル、などが挙げられる。
【0037】
具体的なスルホニル化剤の例として、C1〜C6アルカンスルホニルハライド、好ましくはC1〜C4アルカンスルホニルハライド、例えば塩化メタンスルホニル、塩化エタンスルホニルなどが挙げられる。
【0038】
従って、本発明において、PEIの化学修飾誘導体には、例えばN−アルキル誘導体、N−アシル誘導体、N−スルホニル誘導体、シッフ塩基誘導体などが含まれる。
グルタチオン(GSH)は下記式で表される。
【0039】
【化3】

【0040】
グルタチオンは、グルタミン酸、システイン、グリシンがこの順番でペプチド結合したトリペプチドである。ただしグルタミン酸とシステインの結合はグルタミン酸側鎖のγ−カルボキシ基とシステイン主鎖のα−アミノ酸からなるγ−グルタミル結合であるため、ほとんどのプロテアーゼに対して耐性であり分解されず、α−グルタミルトランスペプチターゼなどのごく限られた酵素のみが分解できる。
【0041】
グルタチオンは、多様な生物種の細胞に濃度0.5〜10mMで存在し、ラジカルの捕捉、酸化還元による細胞機能の調節を行い、各種酵素のSH供与体でもある。また、抗酸化成分としても知られ、グルタチオンを含有したサプリメントなどが市販されている。
【0042】
グルタチオンには、還元型(GSH)と酸化型(GSSG)があり、酸化型は、2分子の還元型グルタチオンがジスルフィド結合で結合した分子である。細胞内のグルタチオンは、ほとんどが還元型である。本発明では還元型グルタチオンを使用することが好ましい。本明細書において、特に明記がない限り、グルタチオンは還元型グルタチオン(GSH)を示す。
【0043】
グルタチオンは市販されており、例えばナカライテスク(株)のGSHやRoche Applied Science社のGlutathione reduced (GSH)などが好適に用いられる。
【0044】
本発明の結合体は、PEIとGSHがジスルフィド結合を介して結合しており、モル比で好ましくは1:1〜1:20、より好ましくは1:1〜1:10、更に好ましくは1:1〜1:5、特に好ましくは1:1〜1:3で結合している。
【0045】
また本発明のPEI−GSH結合体に、更にグルタチオンSトランスフェラーゼ融合タンパク質(GST融合タンパク質)が結合できる。
【0046】
GST融合タンパク質は、上記GSTと細胞に導入したい目的タンパク質との融合体である。GSTは、多様な生物種に広く存在し、薬物などの種々の化合物にグルタチオンを転移し、グルタチオン抱合体を産生する酵素である。目的タンパク質は、特に限定されず、ペプチド、酵素、その他機能性(生理活性または生物活性)を有するタンパク質などの任意のタンパク質を含む。また糖鎖、脂質、リン酸基などの化学修飾基が結合したタンパク質も含む。さらにタンパク質は天然状態でも変性状態であってもよい。目的タンパク質として、例えばp53やCaspase、PPARγ、あるいは人工的に修飾したタンパク質などが挙げられる。
【0047】
本発明の結合体とGST融合タンパク質は、好ましくはモル比で、約1:10〜100:1、より好ましくは1:5〜10:1、更に好ましくは1:2〜2:1で結合している。GSTとグルタチオンの結合様式については、Nishida M,Harada S,Noguchi S,Satow Y,Inoue H and Takahashi K.,Three−dimensional structure of Escherichia coli glutathione S−transferase complexed with glutathione sulfonate:catalytic roles of Cys10 and His106.,J. Mol. Biol.,281(1),135−147,1998における複合体のX線結晶構造解析の結果からも明らかなとおり、1分子のGSTタンパク質に1分子のグルタチオン分子が結合する。
【0048】
以下、本発明の結合体の製造方法を説明する。
本発明の結合体の製造方法は、PEIまたはその化学修飾誘導体と2,2−ジピリジルジスルフィドを、PEIまたはその化学修飾誘導体のアミノ基と反応してチオール基を露出させる試薬の存在下で反応させ、得られた生成物に還元型グルタチオンを接触させる工程を含む。
【0049】
ポリエチレンイミンは、例えば数平均分子量100〜100,000のものを好適に用いることができ、例えば上記(株)日本触媒のエポミン(数平均分子量300、600、1,200、1,800、10,000、70,000)を用いることができる。
2,2−ジピリジルジスルフィドは、下記式で表される。
【0050】
【化4】

【0051】
2,2−ジピリジルジスルフィドは、例えばSigma社のアルドリチオール(商標)やDOJINDO社の2−PDSなどを好適に用いることができる。
【0052】
ポリエチレンイミンまたはその化学修飾誘導体のアミノ基と反応してチオール基を露出させる試薬は、例えばγ−チオブチロラクトン、メチル 4−メルカプトアルカンイミデート、2−イミノチオランまたはN-アセチルホモシステインチオラクトンが挙げられる。特にγ−チオブチロラクトンが好適であり、γ−チオブチロラクトンは下記式で表される。
【0053】
【化5】

【0054】
γ−チオブチロラクトンとしては、例えばSIGMA−ALDLICH社のγ−チオブチロラクトンを好適に用いることができる。
【0055】
本発明のPEI−GSH結合体は、例えば図1のスキームに従って合成することができる。具体的には、例えば以下の手順で合成することができる。
【0056】
まず、PEIをテトラヒドロフラン(THF)などの溶媒に溶解し、これにアルドリチオールを溶解する。ここに攪拌下でγ−チオブチロラクトンを添加し、約50℃で数時間攪拌した後、2層に分離した上澄みをロータリーエバポレーターにより濃縮する。これを超純水で再溶解し、ヘキサンを用いて洗浄した後、反応に用いたアルドリチオールに対する約0.9倍モル相当量の還元型グルタチオンを添加し、PEI−GSH結合体を取得する。
【0057】
また、PEIを上記のように化学修飾して、修飾PEI−GSH結合体を合成することもできる。例えば、PEIを適当な溶媒に溶解し、PEIのアミノ基と反応する化学修飾剤を添加し、必要に応じてアミンなどの塩基の存在下で、約0〜数十℃で数時間反応させて、修飾を行う。得られた修飾PEIとGSHを用いて、上記合成手順と同様にして修飾PEI−GSH結合体を合成する。
【0058】
上記のようにして合成したPEI−GSH結合体または修飾PEI−GSH結合体に、GST融合タンパク質を接触させる工程を更に含めることができる。この工程により、GSHとGSTが特異的に結合し、PEI−GSH−GST融合タンパク質または修飾PEI−GSH−GST融合タンパク質の複合体が形成される。接触させる際のPEI−GSH結合体または修飾PEI−GSH結合体とGST融合タンパク質のモル比は、好ましくは1:1〜100:1、より好ましくは1:1〜20:1、最も好ましくは1:1〜10:1である。
【0059】
上記GST融合タンパク質は、例えば、GSTをコードする遺伝子と目的タンパク質をコードする遺伝子を融合して融合遺伝子を作製し、適当な発現ベクターに組込んだのち、この融合遺伝子を大腸菌などの細菌、酵母、動物細胞などの宿主細胞で発現させることにより得られる。好ましくは、組換えタンパク質の有効な発現方法の1つとして多用されているGST gene fusion systemが用いられる。このシステムの優位性は、可溶性としてタンパク質を発現させやすい点や、GST部分を利用したアフィニティークロマトグラフィーの手法を用いて、簡便に精製することが可能な点が挙げられ、世界中で多用されている手法である。ここで得られたGST融合タンパク質は、主に試験管内(生細胞外)で様々な生化学的な実験に用いられている。
【0060】
GST gene fusion systemに用いられる発現ベクターはキットとして市販されており、例えばpGEXシリーズ(GEヘルスケアバイオサイエンス社、アマシャムファルマシア社)、pETシリーズ(Novagen社)がある。以下、例としてpGEXベクターを使用した場合のGST融合タンパク質の製造方法について説明する。
【0061】
pGEXベクターは、GST遺伝子の配列の下流にプロテアーゼ認識部位とマルチクローニングサイトを配置したベクターである。目的タンパク質の遺伝子をベクター上のGST遺伝子(例えば住血吸虫由来)の下流にフレームを合わせて組み込み、大腸菌菌体内で融合タンパク質として大量発現することができる。また、pGEXベクターは、lac I遺伝子を有しており、IPTG(イソプロピル−1−チオ−β−ガラクトシド)添加によりタンパク質の発現を誘導することができ、種々の大腸菌を宿主として使用することができる。例えば、BL21、DH5α、JM109、TG1、XL1 Blueなどの大腸菌を好適に使用できる。目的タンパク質のcDNAを鋳型にして制限酵素(例えばEco RI、Xhol、SacI、SmaI、Bam HI、AccI、PstI、Hin dIIIなど)の認識配列を付加させたPCR増幅断片をpGEXに連結し、発現ベクターを作製する。これを上記大腸菌に形質転換し、例えばアンピシリンを含む培地(LB(Amp)など)で37℃で培養する。O.D.600=0.6〜0.8になったら、IPTGを終濃度が例えば0.1〜1mMになるように加え、例えば30℃で2〜5時間培養する。なお、IPTG濃度、培養温度、培養時間は目的タンパク質により最適条件が異なるので事前に検討することが好ましい。遠心分離により集菌し、バッファー(PBS、GSTバッファーなど)に懸濁して、例えばソニケーターで菌体を破壊する。遠心分離して上清を菌体タンパク質として回収する。例えば平衡化したグルタチオン−セファロース4Bを少量加え、30分間〜2時間、4℃で緩やかに振る。4℃で遠心して上清を捨て、グルタチオン−セファロース4Bを回収する。グルタチオン−セファロース4Bをバッファーで繰返し洗浄する。ここで、精製サンプル、ソニケーション後の可溶性画分、不溶性画分、吸着後のグルタチオン−セファロース上清をSDS−PAGEにより泳動して、精製の確認を行う。
【0062】
精製確認後、グルタチオン−セファロース4Bをアフィニティービーズとして溶出を行うことができる。グルタチオン−セファロース4Bを遠心して上清を除去し、レジンと等量の溶出バッファーを加え、例えば4℃で5〜10分緩やかに攪拌し、遠心して上清を回収する、というサイクルを数回繰り返し、GST融合タンパク質を回収する。
【0063】
以下、本発明のタンパク質細胞内導入方法について説明する。
本発明のタンパク質細胞内導入方法は、PEI−GSH結合体または修飾PEI−GSH結合体を用いる。上記製造方法で得られたPEI−GSH結合体または修飾PEI−GSH結合体とGST融合タンパク質を、例えば試験管内であらかじめ混合すると、GSHとGSTが特異的に結合して、PEI−GSH−GST融合タンパク質複合体または修飾PEI−GSH−GST融合タンパク質複合体を形成する。これを細胞の培養上清に添加するだけでタンパク質を細胞内に導入でき、非常に簡便である。複合体のPEI−GSH結合体(修飾PEI−GSH結合体):GST融合タンパク質のモル比は、好ましくは1:1〜100:1、より好ましくは1:1〜20:1、更に好ましくは1:1〜10:1、最も好ましくは10:1である。図2に、PEI−GSH−GST融合タンパク質が生細胞内に導入される様子を模式的に示す。
【0064】
本発明は、GSTとGSHの特異的な結合を利用しており、様々な混合液中に存在するGST融合タンパク質のみを細胞内に導入できることから、以下の様な取り扱いも可能である。すなわち、細胞内のタンパク質はリン酸化等の翻訳後修飾を介して生理活性を調節していることが知られている。これらを検証する目的で、試験管内のGST融合タンパク質を、ある種の酵素や組織・細胞抽出液、化合物、化学反応誘導剤で処理することで翻訳後修飾様の化学修飾を施したGST融合タンパク質を作製し、さらにこの混合液中にPEI−GSH結合体または修飾PEI−GSH結合体を添加することで、目的のGST融合タンパク質とPEI−GSH結合体または修飾PEI−GSH結合体との複合体が形成され、結果として、混合液中に存在するGST融合タンパク質のみが細胞内へ導入できる。従って、特別な精製作業を経ずにこの様な実験を行うことが原理的に可能である。
【0065】
本発明のPEI−GSH結合体(修飾PEI−GSH結合体)またはPEI−GSH−GST融合タンパク質複合体(修飾PEI−GSH−GST融合タンパク質複合体)は、上述のようにタンパク質の細胞内導入剤として用いることができる。研究用試薬として使用できるほか、医薬品、診断薬等としても使用できる。具体的には、シグナル伝達に影響を及ぼすタンパク質や遺伝子発現に関与するタンパク質等を導入することによる細胞機能解析、また、細胞増殖を促進させるタンパク質を導入することによる皮膚や肝臓等の再生医療や細胞増殖を抑制したりアポトーシスを誘導するタンパク質を導入することによるがん治療等に使用できる。
【0066】
また、PEI−GSH結合体(修飾PEI−GSH結合体)またはPEI−GSH−GST融合タンパク質複合体(修飾PEI−GSH−GST融合タンパク質複合体)をタンパク質の細胞内導入剤として含めた、タンパク質の細胞内導入キットを作製することも可能である。具体的には、例えば、シグナル伝達に影響を及ぼすタンパク質や遺伝子発現に関与するタンパク質等を導入することによる細胞機能解析用キット、細胞増殖を促進させるタンパク質を導入することによる皮膚や肝臓等の再生医療や細胞増殖を抑制したりアポトーシスを誘導するタンパク質を導入することによるがん治療用キット等が挙げられる。
【0067】
なお、タンパク質の細胞内導入技術は種々の手法があるが、グルタチオンSトランスフェラーゼ融合タンパク質に特化した例は本発明が初めてである。
【0068】
以下、本発明を実施例により具体的に説明するが、これらの実施例は本発明の範囲を限定するものではない。
【実施例1】
【0069】
GST及びGST融合タンパク質の精製
日本住血吸虫(Schistosoma japonicum)由来のGST及びそのGST融合タンパク質は、pGEXベクター(GEヘルスケアバイオサイエンス社)を用いて大腸菌BL21(DE3)を宿主として100μg/mL ampisilin含有LB培地(10g/L tryptone、5g/L yeast extract、10g/L NaCl)中で発現させた。菌体内で発現させたGST及びそのGST融合タンパク質は、菌体を超音波破砕器(BRANSON社、SONIFIER 250)を用いて破壊後にグルタチオンセファロースゲル(GEヘルスケアバイオサイエンス社)にアプライし、PBST(10%Tween含有PBS)、PBSで洗浄後、10mM GSH含有50mM Tris(pH8.0)で溶出させた。
【実施例2】
【0070】
PEI−GSH結合体の合成
PEI−GSH結合体は、図1のスキームに従って合成を行った。まず、5.0gの平均分子量600のポリエチレンイミン((株)日本触媒、エポミン(商標)SP−006)を20mlのテトラヒドロフランに溶解し、これに5.49gのアルドリチオール(Sigma、化学名:2,2−ジピリジルジスルフィド)を溶解した。ここに攪拌下で2.54gのγ−チオブチロラクトン(Sigma)を添加し、50℃で2時間攪拌した後、2層に分離した上澄みをロータリーエバポレーターにより濃縮した。これを超純水で再溶解し、ヘキサンを用いて洗浄した後、反応に用いたアルドリチオールに対する0.9倍モル相当量(6.89g)の還元型グルタチオンを添加し、PEI−GSH結合体を取得した。
【実施例3】
【0071】
PEI−GSH結合体を用いたGSTの細胞内導入
実施例2で作製したPEI600−GSH結合体を用いて、GSTの細胞内導入を定量的に確認した。具体的には、タンパク質を導入する細胞としてチャイニーズハムスター卵巣由来細胞(CHO細胞)を用い、GSTとPEI600−GSH結合体の細胞内導入に適した混合比の検討と、PEI600−GSH−GST複合体の時間依存及び濃度依存的な取り込みを、抗GST抗体を用いたウエスタンブロッティング法で定量・検証した(図3)。具体的には、細胞を播種し12〜15時間培養し、70〜80%コンフルエントになった状態でOPTI−MEM(INVITROGEN社)に培地を交換し、30分培養した後、PEI600−GSHとGSTの混合液を添加し、更に1時間培養した。その後、細胞を回収し、得られたcell lysateを5〜20%のグラジエントアガロースゲルで電気泳動し、泳動後ニトロセルロースメンブレンに転写した。転写後、ブロッキングをおこない、ヤギ抗GST抗体(GEヘルスケアバイオサイエンス社)と反応させた。さらにアルカリフォスファターゼ融合抗ヤギIgG抗体(EY Laboratories)と反応させ、CDP−Star(NEW ENGLAND BioLabs.)を用いて発光させ、フィルムに感光させて検出した。
【0072】
この結果、単独のGSTではほとんど細胞内に取り込まれることはなかったが、GST:PEI600−GSH結合体の混合比がモル比で1:10のとき、最も効率的に細胞内へ取り込まれることが判明した(図3のA(100nMのGSTと、0μM、0.1μM、1μM、10μMの各PEI600−GSH結合体を混合し、CHO細胞の培養上清に添加し、1時間後に細胞を回収し、上記抗GST抗体によるウエスタンブロティングにより定量した。))。
【0073】
また、GSTとPEI600−GSH結合体の複合体(混合比1:10)は、速やかに細胞に取り込まれ、添加30分後にはほぼ飽和したように観察された。これは細胞表面への結合量が30分以内に完了することが示唆される(図3のB(100nMのGSTと1μMのPEI600−GSH結合体を混合し(モル比で1:10)、CHO細胞の培養上清に添加し、0分、10分、30分、60分の各時間経過後に細胞を回収し、上記抗GST抗体によるウエスタンブロッティングにより定量した。))。
【0074】
さらに、PEI−GSH−GST複合体(混合比1:10)は培養上清に添加する濃度に依存して増加することが確認された(図3のC(GSTとPEI600−GSH結合体の混合比を1:10(モル比)に固定し、0μM、0.01μM、0.1μM、1μM、10μMの各濃度の複合体をCHO細胞の培養上清に添加し、1時間経過後に細胞を回収し、上記抗GST抗体によるウエスタンブロッティングにより定量した。))。
【0075】
なお、ウエスタンブロッティング法を用いたこの定量系では細胞表面に結合したままのGSTと、細胞内に取り込まれたGSTは区別されない。しかし、PEIでカチオン化されたタンパク質の細胞内への導入効率は、細胞表面に結合した量に比例することが他の実験から確認されているため(Murata H,Sakaguchi M,Futami J,Kitazoe M,Maeda T,Doura H,Kosaka M,Tada H,Seno M,Huh NH and Yamada H.,Denatured and reversibly cationized p53 readily enters cells and simultaneously folds to the functional protein in the cells.,Biochemistry,45(19),6124−6132,2006.)、本手法でもこれに準拠するものと仮定し、定量した。
【実施例4】
【0076】
PEI−GSH結合体を用いたGST−eGFP融合タンパク質の細胞内導入
実施例2で作製したPEI600−GSH結合体を用いて、GST融合タンパク質が細胞内に取り込まれることを可視化するため、GSTを融合させた緑色蛍光タンパク質(eGFP)をモデルタンパク質として実施例1と同様に作製し、各種の細胞への取り込みを共焦点レーザー顕微鏡(Carl Zeiss社/LSM 510 ver.3.0)を用いて蛍光を観察した。具体的には、滅菌したカバーガラスを装填した12 well plateに細胞を播種し、12〜14時間培養した。70〜80%程度のコンフルエントになった状態で培地をOPTI−MEM(INVITROGEN社)に交換し、30分培養した。その後、500nMのPEI600−GSH結合体と500nMのGST融合タンパク質の混合液を添加し、更に2時間培養した。その後、細胞表面を20mM DTTで洗浄し、細胞表面に結合しただけのGST−eGFPを除去した。洗浄後、カバーガラスを取り出し、共焦点レーザー顕微鏡を用いて蛍光を観察した。
【0077】
この結果、結合体を添加した2時間後には、評価に使用した4種の細胞(CHO細胞、Balb/c 3T3細胞、HeLa S3細胞、Cos7細胞)全てにおいて、均一かつ効率的なGST−eGFPタンパク質の取り込みが観察された(図4のA〜F)。
【実施例5】
【0078】
GST−NLS−Cre recombinaseの細胞内導入による機能発現の確認
PEI600−GSH結合体を用いてGST融合タンパク質を細胞内に導入した後、主に図2で示した経路で細胞質内に到達したGST融合タンパク質がその生理機能を発現していることを確認するモデル実験を行った。この評価系では、Cre recombinaseを細胞内に導入するタンパク質とし、図5のAに示すCre/LoxPシステムを用いたレポーター遺伝子をCHO細胞に安定的に組み込んだ評価系細胞を用いた。また、このレポーター遺伝子は細胞の核内に存在し、細胞質内に取り込まれたタンパク質をさらに核内へと移行させる必要があるため、核移行シグナル(NLS)とCre recombinaseを融合させたGST融合タンパク質(GST−NLS−Cre recombinase)を細胞内へ導入することとした。100nMのGST−NLS−Cre recombinaseを評価用の細胞に添加し、48時間後に観察したところ、全く変化は確認されなかった(図5のB)。一方、1μMのPEI600−GSH結合体と100nMのGST−NLS−Cre recombinaseを混合して形成された複合体を添加したところ、48時間後に細胞内(核内)でCre recombinaseの活性が発現した細胞(赤色蛍光)が確認された(図5のC)。
【0079】
以上の結果から、PEI600−GSH結合体を介して細胞質内に取り込まれたGST融合タンパク質は、細胞内でその機能を発現していることが確認された。
【実施例6】
【0080】
PEI−GSH結合体の混合比率(結合比率)の検討
PEIとGSHを1:1、1:2、1:3の混合比率にした以外は、実施例2と同様にしてPEI−GSH結合体を作製した。
【0081】
次に、実施例4と同様にして、作製した結合体を用いてGST−eGFP融合タンパク質の細胞内導入を行った。この結果、1:3の混合比率(結合比率)のPEI−GSH結合体が最も導入効率が高いことが分かった(図6、GST−eGFP単独の場合、1:1のPEI−GSH結合体を用いてGST−eGFPを導入した場合、1:3のPEI−GSH結合体を用いてGST−eGFPを導入した場合を示す)。
【0082】
また、平均分子量1800のPEIを用いて、PEIとGSHを1:1、1:2、1:3、1:4の混合比率にした以外は、実施例2と同様にしてPEI−GSH結合体を作製し、実施例4と同様にして、GST−eGFP融合タンパク質の細胞内導入を行ったところ、平均分子量600のPEIを用いた結合体の方が、融合タンパク質の導入能がより高いことがわかった(図7)。
【0083】
このことから、平均分子量600のPEIの表面に3つほどグルタチオンが結合した密集度・疎水度が、平均分子量1800のPEIのものと比べて、PEI−GSHとGSTの結合力および細胞表面への結合力に寄与していると考えられる。
【実施例7】
【0084】
修飾PEIの合成
(1)GX−1の合成
平均分子量600のポリエチレンイミン((株)日本触媒、エポミン(商標)SP−006)を、テトラヒドロフラン(THF)に溶解し、塩化ヘキシルを添加して反応させた。得られた反応溶液をエバポレーターで濃縮し、目的化合物を得て、該目的化合物をGX−1とした。
(2)GX−4の合成
平均分子量600のポリエチレンイミン5gを、15.3gのテトラヒドロフラン(THF)に溶解し、1,3−ブタジエンモノエポキシド(東京化成社製)1.75gを添加し、50℃で5時間反応させた。得られた反応溶液をエバポレーターで濃縮し、目的化合物6.8gを得て、該目的化合物をGX−4とした。
(3)GX−5の合成
平均分子量600のポリエチレンイミンを、テトラヒドロフラン(THF)に溶解し、スチレンオキシドを添加して反応させた。得られた反応溶液をエバポレーターで濃縮し、目的化合物を得て、該目的化合物をGX−5とした。
【実施例8】
【0085】
修飾PEI−GSH結合体による融合タンパク質の細胞内導入
(1)修飾PEI−GSH結合体の合成
実施例7で合成したGX−4:γ−チオブチロラクトン:アルドリチオール=1:3:3.1のモル比で、以下のように修飾PEI−GSH結合体を合成した。
【0086】
テトラヒドロフラン(THF)5mlを入れた30mlナス型フラスコにGX−4 0.2g(0.3×10−3mol)を加えた。攪拌下、アルドリチオール0.24g(1.1×10−3mol)とγ−チオブチロラクトン0.1g(1×10−3mol)を加え、50℃で1時間反応を行った。THFをエバポレーターを用いて除去した後、反応物に超純水を2ml加え、50℃で溶解させた。室温でしばらくおくと2層分離が起こったので、遠心を12,000rpm、5分の条件で行い、下層部分500μlを回収した。還元型グルタチオン(GSH)74mg(0.23×10−3mol、γ−チオブチロラクトンの×0.9mol)を加え、1つのGX−4に対して3つのGSHを反応させたGX−4−GSH3(GX−4の濃度で150mM)を合成し、以下の実験に用いた。
【0087】
また、GX−1、GX−5についても修飾PEI:GSHの混合比(結合比)が1:2になるように、GX−1の場合はGX−1 0.2g(0.3×10−3mol)、アルドリチオール0.14g(0.63×10−3mol)、γ−チオブチロラクトン0.063g(0.6×10−3mol)およびGSH 42mg(0.14×10−3mol)の割合、GX−5の場合はGX−5 0.2g(0.3×10−3mol)、アルドリチオール0.14g(0.63×10−3mol)、γ−チオブチロラクトン0.063g(0.6×10−3mol)およびGSH16.6mg(0.054×10−3mol)の割合で上記と同様にして、GX−1−GSH2結合体、GX−5−GSH2結合体を合成した。
【0088】
(2)修飾PEI−GSHを用いたGST−eGFPの細胞導入
PEI600(未修飾)−GSH3と上記(1)で合成したGX−4−GSH3によるGST融合タンパク質の細胞導入能を比較するために、GST−eGFPを用いた細胞の可視化実験を行った。
【0089】
マウス線維芽細胞株Balb/c 3T3 A31Hクローンを5×10cells/wellの条件でφ18mmのカバーガラスを入れた12wellプレートにまいた。12時間培養後、培地をOpti−MEM 500μlに置換した。培地中での最終濃度が500nMとなる条件で、GST−eGFPとPEI600−GSH3またはGX−4−GSH3を1:1で混合し、室温で5分反応後、培地中に添加した。細胞を37℃で2時間培養後、20mM DTTを加えたOpti−MEM中で10分間培養を行い、細胞表面に残ったタンパク質の除去を行った。PBSで洗浄後、共焦点レーザー顕微鏡を用いて細胞内の蛍光局在を観察した。
【0090】
GST−eGFPの導入を行った細胞の様子を図8に示す。
GST−eGFP単独で添加を行った場合、eGFPの蛍光は細胞内で観察されなかった(図8のA)。PEI600−GSH3を用いてGST−eGFPを導入した場合、粒上の蛍光が細胞内で観察された(図8のB)。これはエンドサイトーシスで取り込まれたタンパク質がエンドソーム内に留まっている様子を示していると考えられる。一方でGX4−GSH3を用いた場合、粒状の蛍光を示す細胞のほかに、細胞質内にeGFPの蛍光が均一に広がった細胞を確認することができた(図8のC)。その出現頻度は全体の細胞のうちの10%程度であった。
【0091】
また、GX−1−GSH2結合体、GX−5−GSH2結合体についても、上記と同様にしてGST−eGFP導入細胞の可視化実験を行った。
【0092】
GX−1−GSH2結合体、GX−4−GSH3結合体、GX−5−GSH2結合体のGST−eGFP導入細胞の可視化実験の結果を図9に示す。GX−4−GSH3結合体が特に優れた導入能を示した(細胞質への放出が顕著に見られる細胞が数%検出できる)。
【0093】
次に、GST−eGFPを導入した細胞の生死を判断するために、ヨウ化プロピジウム(PI)染色実験を行った。
【0094】
GST−eGFP導入後の細胞を1μg/mlのPIを含む培地中で20分間培養を行い、PBSで洗浄後、共焦点レーザー顕微鏡を用いて観察を行った。対照実験として、固定化細胞のPI染色を行った。GST−eGFP導入後の細胞を4%パラホルムアルデヒド溶液で30分間反応させ、1%TritonX−100を含むPBS中で10分間透過処理を行った。1μg/mlのPIを含む培地中で20分間反応を行い、PBSで洗浄後、共焦点レーザー顕微鏡を用いて観察を行った(図10のA〜D)。
【0095】
観察を行った細胞にPIを添加した場合、eGFPの蛍光が粒状の観察される細胞、蛍光が均一に広がっている細胞のどちらにおいてもPIの取り込みは観察できなかった(図10のB)。一方で、固定化処理を行った細胞ではPIの取り込みを観察することができた(図10のD)。
【0096】
以上の結果より、GX−4−GSH3結合体はエンドサイトーシスで取り込まれたGST融合タンパク質を積極的に細胞質内に放出する能力を持ち、細胞に対してダメージを与えない有用なキャリアーであることが判明した。
【実施例9】
【0097】
GST−CA−MEK1による試験管内でのMAPKカスケード反応の確認
恒常的に活性を持つMEK1(CA−MEK1)がコードされているプラスミドDNA(pFC−MEK1、ストラタジーン社)を用いる以外は、実施例1と同様にしてGST−CA−MEK1融合タンパク質を作製した。なお、CA−MEK1は、Leu33〜Ala52残基が欠損し、Ser217がGlu217に置換、Ser221がGlu221に置換されている。
【0098】
GST融合タンパク質として発現させたCA−MEK1、ERK1の両方あるいは一方をMBPおよびATP等と試験管内で混合する。CA−MEK1によりERK1が活性化された場合、それに続いてMBPがリン酸化される。そして、リン酸化されたMBPをanti−phospho MBP antibody(抗p−MBP抗体)を用いてWestern Blotting法により検出した。その結果、CA−MEK1およびERK1両方を混合したサンプルのみでリン酸化MBPが観察された(図11)。
【実施例10】
【0099】
GST−CA−MEK1による細胞レベルのMAPKカスケード反応の確認
細胞内のERKの活性化レベルをルシフェラーゼ活性で評価できる細胞HLR−Elk1細胞/ストラタジーン社)に、300nMのPEI600−GSH3結合体を用いて300nMのGST−CA−MEK1融合タンパク質を導入した。細胞内に導入したGST−CA−MEK1が内在性のERKを活性化し、それに続き、予め細胞内で発現しているGAL4BD−Elk1を活性化する。活性化されたGAL4BD−Elk1はゲノム上に組み込まれたレポーター遺伝子(ルシフェラーゼ)の発現を誘導する。その結果、ルシフェラーゼ活性を定量することで、PEI600−GSH3を用いたGST−CA−MEK1の導入を確認することができた。ここで得られたルシフェラーゼ活性の上昇は、EGF刺激時と同程度の活性上昇であることが確認されたが、無処理あるいはGSTのみをPEI600−GSH3で導入した細胞ではこのような活性上昇は確認されなかった(図12)。
【産業上の利用可能性】
【0100】
本発明の結合体は、GST融合タンパク質と容易に結合し、簡便な操作で目的タンパク質を細胞に導入することができる。このため、世界中で汎用的に使用されているGST融合タンパク質を研究資産としてより一層活用することができる。本発明の結合体を用いることにより、グルタチオンSトランスフェラーゼ融合タンパク質を生細胞内で使用できるようになることから、様々なアプリケーションの創出が期待される。また、タンパク質の翻訳後修飾などの研究分野に多大な貢献をしうる研究用試薬として期待される。
【図面の簡単な説明】
【0101】
【図1】本発明の結合体の合成スキームを示す。
【図2】PEI−GSH−GST融合タンパク質が細胞に導入される様子を模式的に示す。
【図3】ウエスタンブロットによるPEI−GSH−GSTの細胞内導入を示す。A:GSTとPEI600−GSH結合体の混合比の最適化を示す。B:GSTとPEI600−GSH結合体(混合比(モル比)1:10)の細胞内導入の経時変化を示す。C:GSTとPEI600−GSH結合体(混合比(モル比)1:10)の濃度依存的な細胞内導入を示す。
【図4】共焦点レーザー顕微鏡によるGST−eGFP融合タンパク質の細胞内への取り込みを示す。
【図5】Cre/LoxPシステム及び蛍光顕微鏡で観察した細胞を示す。A:GST−Cre recombinaseの細胞内での活性発現を確認するためのレポーター遺伝子を示す。B:Aのレポーター遺伝子を組み込んだCHO細胞(安定発現株)を示す。C:Bの細胞にGST−Cre recombinase+PEI600−GSHを添加した2日後の細胞を示す。
【図6】PEI600−GSHによるGST−eGFPの細胞内導入を示す。
【図7】PEI1800−GSHとPEI600−GSHによるGST−eGFPの細胞内導入を示す。
【図8】GST−eGFP融合タンパク質の細胞内導入を示す。A:GST−eGFP単独で添加を行った場合を示す。B:PEI600−GSH3を用いてGST−eGFPを導入した場合を示す。C:GX−4−GSH3を用いてGST−eGFPを導入した場合を示す。
【図9】修飾PEI−GSHを用いたGST−eGFP融合タンパク質の細胞内導入を示す。
【図10】GST−eGFP導入細胞のPI染色を示す。A:生細胞におけるeGFPの蛍光を示す。B:生細胞におけるPI染色を示す。C:固定化細胞におけるeGFPの蛍光を示す。D:固定化細胞におけるPI染色を示す。
【図11】試験管内でのMAPKカスケード反応の確認を示す。
【図12】HLR−ELK細胞へのGST−CA−MEK1の導入を示す。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ポリエチレンイミンまたはその化学修飾誘導体とグルタチオンとの結合体。
【請求項2】
ポリエチレンイミンの数平均分子量が100〜100,000の範囲である、請求項1に記載の結合体。
【請求項3】
ポリエチレンイミンが分岐状構造を有する、請求項1または2に記載の結合体。
【請求項4】
化学修飾誘導体が、ポリエチレンイミンのN−アルキル誘導体、N−アシル誘導体、N−スルホニル誘導体またはシッフ塩基誘導体である、請求項1〜3のいずれか1項に記載の結合体。
【請求項5】
グルタチオンが還元型グルタチオンである、請求項1〜4のいずれか1項に記載の結合体。
【請求項6】
ポリエチレンイミンとグルタチオンがジスルフィド結合を介して結合した、請求項1〜5のいずれか1項に記載の結合体。
【請求項7】
請求項1〜6のいずれか1項に記載の結合体とグルタチオンSトランスフェラーゼ融合タンパク質との複合体。
【請求項8】
結合体とグルタチオンSトランスフェラーゼ融合タンパク質が、モル比で1:10〜100:1で結合した、請求項7に記載の複合体。
【請求項9】
ポリエチレンイミンまたはその化学修飾誘導体と2,2−ジピリジルジスルフィドを、ポリエチレンイミンまたはその化学修飾誘導体のアミノ基と反応してチオール基を露出させる試薬の存在下で反応させ、得られた生成物に還元型グルタチオンを接触させる工程を含む、請求項1〜6のいずれか1項に記載の結合体を製造する方法。
【請求項10】
試薬が、γ−チオブチロラクトン、メチル 4−メルカプトアルカンイミデート、2−イミノチオランまたはN-アセチルホモシステインチオラクトンである、請求項9に記載の方法。
【請求項11】
化学修飾誘導体が、ポリエチレンイミンのN−アルキル誘導体、N−アシル誘導体、N−スルホニル誘導体またはシッフ塩基誘導体である、請求項9または10に記載の方法。
【請求項12】
請求項1〜6のいずれか1項に記載の結合体とグルタチオンSトランスフェラーゼ融合タンパク質を混合して、それらの複合体を形成することを含む、請求項7または8に記載の複合体を製造する方法。
【請求項13】
結合体とグルタチオンSトランスフェラーゼ融合タンパク質を、モル比で1:1〜100:1で混合することを含む、請求項12に記載の方法。
【請求項14】
グルタチオンSトランスフェラーゼをコードする遺伝子と目的タンパク質をコードする遺伝子を融合して融合遺伝子を作製し、該融合遺伝子を大腸菌で発現させてグルタチオンSトランスフェラーゼ融合タンパク質を得る工程をさらに含む、請求項12または13に記載の方法。
【請求項15】
請求項1〜6のいずれか1項に記載の結合体を用いて目的タンパク質を細胞内に輸送することを含む、タンパク質の細胞内導入方法。
【請求項16】
結合体とグルタチオンSトランスフェラーゼ融合タンパク質を混合して、それらの複合体を形成することを含む、請求項15に記載の方法。
【請求項17】
結合体とグルタチオンSトランスフェラーゼ融合タンパク質の混合比が、モル比で1:1〜100:1である、請求項16に記載の方法。
【請求項18】
請求項7または8に記載の複合体を用いてタンパク質を細胞内に輸送することを含む、目的タンパク質の細胞内導入方法。
【請求項19】
請求項1〜6のいずれか1項に記載の結合体を含む、タンパク質の細胞内導入剤。
【請求項20】
請求項7または8に記載の複合体を含む、タンパク質の細胞内導入剤。
【請求項21】
請求項19に記載のタンパク質の細胞内導入剤を含む、タンパク質の細胞内導入キット。
【請求項22】
請求項20に記載のタンパク質の細胞内導入剤を含む、タンパク質の細胞内導入キット。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【公開番号】特開2008−115150(P2008−115150A)
【公開日】平成20年5月22日(2008.5.22)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−46025(P2007−46025)
【出願日】平成19年2月26日(2007.2.26)
【出願人】(000004628)株式会社日本触媒 (2,292)
【出願人】(504147243)国立大学法人 岡山大学 (444)
【Fターム(参考)】