説明

タンパク質の結晶化方法

【課題】本発明は、タンパク質を結晶化する際に用いる結晶化試薬の選択にかかる時間、労力等を軽減させることを主な目的とする。さらに、タンパク質の立体構造情報を用いて医薬品等の開発をするに当り、貴重な生体高分子や医薬品候補化合物を有効に活用することも目的とする。
【解決手段】本願発明者は、上記の課題に鑑みて鋭意研究を重ねた結果、各タンパク質が機能を発揮する環境に近似するイオン組成を有する緩衝液中にて結晶化することに成功した。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明はタンパク質を結晶化する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
生体機能の大部分を生体高分子であるタンパク質が担っているので、その立体構造情報がそれらの機能を理解するには不可欠となっている。タンパク質の立体構造を解析するには様々な手法が存在するが、精度や応用範囲の広さから結晶構造解析がもっとも有効であると認められ、タンパク質の立体構造を網羅的に解析する研究計画が実行された。
【0003】
例えば、アミラーゼを結晶化する際に用いる結晶化溶液として、5mM−CaCl2、0.1M−HEPES、18%PEG5000が用いられ、水素イオン濃度pH7.5で結晶化された。空間群はP212121、分解能1.98Åで結晶構造解析されている。(非特許文献1)グルコースイソメラーゼを結晶化する際に用いる結晶化溶液としてMgCl2,Tris−base,MPDが用いられ、水素イオン濃度pH7.5、温度295Kで結晶化された。空間群はI222、分解能0.99Åで結晶構造解析されている。(非特許文献2)リゾチームを結晶化する際に用いる結晶化溶液として、pH4.5で加える陰イオンはCl、Br、I、(NO3)、SCNなどが用いられ、空間群がP43212、P21、P1などの結晶が得られた。分解能0.9Å以下の結晶構造解析が成されている。(非特許文献3)この解析法を用いるにはタンパク質の結晶化が必須である。しかし、それらの結晶化の理論的解明はされておらず、多くの結晶化試薬の効果をスクリーニングにより確かめる方法が広く採用され、その為の効率的スクリーニングや自動結晶化方法が特許申請されている(特許文献1、2)。さらに、スクリーニングを短時間に行う結晶化ロボット(キット)が開発されている(特許文献3)。
【0004】
溶液からの結晶化方法は、過飽和の溶液から結晶を析出させるバッチ法や溶液の物理学的状態変化(沈澱剤添加による溶解度の変化)などにより結晶を析出させる方法(蒸気拡散法、液−液拡散法など)が広く試みられている。これらの方法を用いて試行錯誤により多くの結晶化条件をスクリーニングするには大量の生体高分子試料や試薬の浪費を少なくする必要があり、そのために極小量の試料を使って結晶化を確認する方法が開発された。
【0005】
さらに、X線結晶構造解析に用いる良質の結晶を得るために結晶化の際に電圧を印加しながらタンパク質を結晶化させる方法が開発されている(特許文献4)。
【0006】
また、結晶化条件を検討する上で、結晶化に用いる緩衝液の塩の濃度を、水素イオン濃度における生体高分子上の解離基の電離度合いの計算を基に調整することによりタンパク質の結晶化条件を限定することが有用である知見が示されている(非特許文献4)。
【0007】
しかしながら、依然としてタンパク質の結晶化条件を検討するには、個々のタンパク質に対して様々な条件の検討が必要であり、精製タンパク質試料や試薬に係る費用と費やす時間の問題は解決されておらず、検討すべき条件の多さを軽減する画期的な方法は見出せていない。
【0008】
さらに、タンパク質の立体構造情報を用いて医薬品等の開発をするに当り、タンパク質の結晶構造解析から得られる情報が、生体内で存在する実際の立体構造情報と異なるために、貴重な生体高分子や医薬品候補化合物を有効に活用できない問題点を有しており、このような問題は、タンパク質の結晶を得ることにのみ注力した結果、生体内にてタンパク質が機能する環境とは、かけ離れた条件下でタンパク質が結晶化されることによって生じる問題と考えられている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【特許文献1】特開2004−194647号公報
【特許文献2】特許2721323号公報
【特許文献3】特開2007−161593号公報
【特許文献4】特開2008−137961号公報
【非特許文献】
【0010】
【非特許文献1】A. M. Brzozowski and G. J. Davies, “Structure of the Aspergillus Oryzae alpha-amylase complexed with the inhibitor at 2.0 A resolution”, Biochemistry, (1997) 36, 10837
【非特許文献2】Timothy D. Fenn, Dagmar Ringe, and Gregory A. Petsko, “Xylose Isomerase in Substrate and Inhibitor Michaelis States: Atomic Resolution Studies of a Metal-Mediated Hydride Shift”, Biochemistry, (2004), 43 (21), 6464-6474
【非特許文献3】M.C. Vaney, I. Broutin, P. Retailleau, A. Douangamath, S. Lafont, C. Hamiaux, T. Prange, A. Ducruix and M. Ries-Kautt, “Structural effect of monovalent anions on polymorphic lysozyme crystals”, Acta Cryst. Section D, (2001), D57, 929-940
【非特許文献4】第7回日本蛋白質科学会年会プログラム・要旨集2P-113
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
本発明は、タンパク質を結晶化する際に標的とするタンパク質が機能する環境のイオン濃度に実質的に同一の条件で結晶化させることを主な目的とする。さらに、タンパク質の立体構造情報を用いて医薬品等の開発をするに当り、貴重な生体高分子や医薬品候補化合物を有効に活用し、用いる結晶化試薬の選択に時間や労力を軽減させることをすることも目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本願発明者は、上記の課題に鑑みて鋭意研究を重ねた結果、各タンパク質が機能を発揮する環境と実質的に同一のイオン組成を有する緩衝液中にて結晶化することに成功した。得られたタンパク質の結晶から解析される立体構造は、従前の方法によって作製されるタンパク質と結合するイオンや包含する分子との相互作用が異なる構造を有することも判明した。従って、本発明は下記の態様の発明を包含するものである。
【0013】
項1 細胞内タンパク質を、
(A)13.86〜14.14mMの酢酸ナトリウム、
(B)3.96〜4.04mMの塩化カリウム、
(C)55.94〜57.07mMのリン酸水素二カリウム、及び
(D)12.87〜13.13mMの酢酸マグネシウム
を含むHEPES緩衝液中にて結晶化する方法。
【0014】
項2 前記HEPES緩衝液中に、さらに39.4〜1050mMの酢酸カリウムを含む上記項1に記載の方法。
【0015】
項3 前記HEPES緩衝液が49.5〜50.5mMの濃度であり、pHが6.7〜6.9である上記項1又は2に記載の方法。
【0016】
項4 前記細胞内タンパク質が、異性化酵素である上記項1〜3のいずれか1項に記載の方法。
【0017】
項5 前記細胞内タンパク質が、グルコースイソメラーゼである上記項1〜5のいずれか1項に記載の方法。
【0018】
項6 細胞外タンパク質を、
(A)115.83〜118.17mMの塩化ナトリウム、
(B)0.99〜1.01mMのリン酸水素二カリウム、
(C)1.49〜1.52mMの酢酸マグネシウム、
(D)2.48〜2.53mMの酢酸カルシウム、及び
(E)1.98〜2.02mMの酢酸カリウム
を含むHEPES緩衝液中にて結晶化する方法。
【0019】
項7 前記HEPES緩衝液中に、さらに25.74〜1050mMの酢酸ナトリウムを含む上記項6に記載の方法。
【0020】
項8 前記HEPES緩衝液が、49.5〜50.5mMの濃度でありpHが7.3〜7.4である上記項6又は7に記載の方法。
【0021】
項9 前記細胞外タンパク質が、加水分解酵素である上記項6〜8のいずれか1項に記載の方法。
【0022】
項10 前記細胞外タンパク質が、アミラーゼ又はリゾチームである上記項1〜9のいずれか1項に記載の方法。
【発明の効果】
【0023】
本発明の方法によると、タンパク質を結晶化するにあたり用いる結晶化溶液を、膨大なバリエーションからスクリーニングして決定する労力を軽減することができる。また本発明の方法によって結晶化したタンパク質から得られる該タンパク質の立体構造情報は、生体中において各タンパク質が機能を発揮する環境と同じイオン組成の結晶化溶液を用いて結晶化することから、タンパク質そのものの機能を反映させた、より正しい立体情報を得ることができる。従って、タンパク質の機能をターゲットとした薬剤のスクリーニングを効率的に行うことが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0024】
【図1】細菌由来アミラーゼ結晶の写真。右下のスケールは、1目盛0.025mmを表す。
【図2】細菌由来グルコースイソメラーゼ結晶の写真。右下のスケールは、1目盛0.025mmを表す。
【図3】ニワトリ卵白リゾチーム結晶の写真。右下のスケールは、1目盛0.1mmを表す。
【発明を実施するための形態】
【0025】
〔本発明のタンパク質〕
本発明の方法は、結晶化を所望するタンパク質が機能を発揮する環境と実質的に同一のpHを有するHEPES緩衝液中であれば結晶化することができ、当該タンパク質は細胞内にて機能を発揮する細胞内タンパク質であっても、細胞外にて機能を発揮する細胞外タンパク質であってもよい。
【0026】
上述した、『タンパク質が機能を発揮する』とは、該タンパク質が単に存在しているのみではなく、生体内の他の分子に変化をもたらすことを意味する。例えば、タンパク質が酵素である場合は、酵素が特異的に結合する他の生体分子異なる形態に変化させる触媒作用が機能を発揮することに当る。
【0027】
他の例として、タンパク質が細胞増殖因子である場合は、細胞表面上に存在する特異的なレセプター分子に結合し、細胞内の細胞分裂に関与する生体分子に対して刺激を与えることが、機能を発揮することに当る。さらに、タンパク質が転写因子である場合は、細胞の核内に存在するDNA分子の特定の配列に対して結合し、DNAの転写開始を促すことが、機能を発揮することに当る。
【0028】
上述の細胞内タンパク質は、特には限定されないが、例えば酵素を挙げることができ、中でも異性化酵素が好ましい。上述の異性化酵素としては、グルコースイソメラーゼ、ホスホムターゼ等を挙げることができ、グルコースイソメラーゼが最もこのましい。
【0029】
上述のグルコースイソメラーゼとは、酵素番号において、EC5.3.1.5に属するものであり、ホスホグルコイソメラーゼ、ホスホヘキソースイソメラーゼ、ホスホヘキソムターゼ、オキソイソメラーゼなどの別名も有する酵素である。上述のグルコースイソメラーゼとは、細胞内における糖新生系、解糖系、ペントースリン酸回路への代謝系にて機能し、具体的にはグルコースをフルクトースに変換させる可逆反応を触媒する。上述のグルコースイソメラーゼの由来は特に限定されることは無いが、具体的にはヒト、植物、微生物由来のものをあげることができる。最も好ましいものは、Streptmyces rubiginousus由来のグルコースイソメラーゼである。
【0030】
上述の細胞外タンパク質は、特には限定されないが、例えば、酵素を挙げることができ、中でも加水分解酵素であることが好ましい。上述の加水分解酵素としては、アミラーゼ、リゾチーム、トリプシン等を挙げることができ、最も好ましくはアミラーゼ、又はリゾチームである。
【0031】
上述のアミラーゼとは、多糖類のα1→4グルコシド結合またはβ1→4グルコシド結合を加水分解する機能を有する酵素であり、結合部位の切断様式としてエンド型であっても、エキソ形であってもよい。具体的には、α−アミラーゼ(EC3.2.1.1)、β−アミラーゼ(EC3.2.1.2)、グルコアミラーゼ(EC3.2.1.3)、プルラナーゼ(EC3.2.1.41)、エキソマルトテトラオヒドラーゼ(EC3.2.1.60)、イソアミラーゼ(EC3.2.1.68)、エキソイソマルトトリオヒドラーゼ(EC3.2.1.95)、エキソイソマルトヘキサオヒドラーゼ(EC3.2.1.98)などがあげられる。最も好ましいものは、α-アミラーゼである。上述のアミラーゼの由来は特に限定されることは無いが、具体的にはヒト、植物、微生物由来のものをあげることができる。最も好ましいものは、Aspergillus oryzae由来のアミラーゼである。
【0032】
上述のリゾチームとは、国際生化学連合によって規定される酵素番号(Enzyme Commission numbers)において、EC3.2.1.17に属するものであり、ムラミダーゼ、ムコペプチドグリコヒドロダーゼなどという別名も有する酵素である。上述のリゾチームは、細胞外において真性細菌などの細胞壁に含まれる多糖類などを基質とし、N-アセチルムラミン酸とN-アセチルグルコサミンの間のβ1→4グリコシド結合を加水分解する機能を有する酵素である。また、本発明のリゾチームの由来は特に限定されることは無いが、具体的には哺乳類由来、鳥類由来、バクテリオファージ由来のリゾチームをあげることができる。最も好ましいものはニワトリ由来のリゾチームである。
【0033】
本発明の方法にて用いるタンパク質は、野生型のものでも変異型のものでもよい。また、生体から抽出した後に精製されたものであっても、大腸菌や酵母などの菌体、昆虫細胞、鳥類の卵、哺乳類細胞など宿主細胞として用いた発現系によって作製される組み換えタンパク質、またはイネやコムギなどの無細胞発現系によって作製される組み換えタンパク質であってもよい。
【0034】
本発明の方法にて用いる細胞内又は細胞外タンパク質は、タンパク質が生体内において機能を発揮する際に、他の物質と複合体を形成しているもの、または相互作用しているタンパク質でもよい。例えば、タンパク質が酵素である場合は、その酵素の基質となる物質と結合した複合体の状態のタンパク質を結晶化することが可能となる。また、二種類以上のタンパク質によって多量体を形成している複合体の状態のタンパク質を結晶化することが可能であり、各々のタンパク質は同一のものであっても異なるものであってもよい。
【0035】
また、本発明の方法によって結晶化することができる細胞内又は細胞外タンパク質は、核酸と複合体を形成しているものでもよい。このようなタンパク質の例として、転写因子、転写共益因子、ヒストン、ポリメラーゼ、ヘリカーゼ、トポイソメラーゼ、リコンビナーゼ、ヒストンアセチラーゼ、エキソヌクレアーゼやエンドヌクレアーゼなどの制限酵素、リガーゼ、アルカリフォスファターゼ、メチルトランスフェラーゼ、テロメラーゼなど、があげられる。
【0036】
上述の核酸とは、アデニン、グアニン、シトシン、チミン、ウラシルを塩基として構成される高分子化合物であり、デオキシリボ核酸(DNA)、リボ核酸(RNA)などがあげられる。ここで、DNAやRNAの塩基長は特に限定されることなく、利用することが可能である。また、上記核酸は二本鎖のものであっても一本鎖のものであってもよい。
【0037】
本発明の方法によって結晶化することができるタンパク質は、DNA配列を基に生体内にて生合成されるアミノ酸のみを有するタンパク質ではなく、翻訳後修飾を受けているものも含まれる。翻訳後修飾とは、特定のアミノ酸残基に対して、アシル化、アルキル化、グルコシル化、ヒドロキシル化、ヨウ化、硫酸化、ミリストイル化、リン酸化、酸化などの化学基による修飾があげられる。その他、タンパク質が有するアミノ酸残基同士での修飾であってもよく、システイン残基の側鎖が有するチオール基が会合するS−S結合による修飾や、特定の化学結合が生じることによるヘム化修飾、チロシン残基やトリプトファン残基の側鎖が反応することによって分子内で架橋を形成する修飾などがあげられる。
【0038】
本発明の方法によって結晶化する細胞内又は細胞外タンパク質は、各種のクロマトグラフィー等を用いた公知の方法によって、一定の精製度を有していればよく、通常は80〜95%程度の精製度であればよい。精製度を判定する方法は、SDS−PAGE処理のあとに、CBB染色、銀染色、またはSYPRO(登録商標)ルビーなどの蛍光色素を用いた公知の方法によってタンパク質を染色し、さらに画像処理技術を用いて見積もることができる。
【0039】
上述の精製したタンパク質は、通常は、5〜150mg/mL程度の濃度で、緩衝液に含有させることができる。上記の濃度よりも薄いタンパク質を入手した場合は、公知の方法を用いることによって濃縮することができ、濃いタンパク質であれば、下記に示す溶媒にて希釈すればよい。
【0040】
上述のタンパク質の溶媒としては、HEPES緩衝液を挙げることができ、通常は6.8〜7.5程度の範囲のpHで、20〜100mM程度の濃度のHEPES緩衝液とすることができる。より好ましい濃度は、49.5〜50.5mM程度である。このようなタンパク質溶液は、下記に示す細胞内タンパク質又は細胞外タンパク質のそれぞれの方法を用いることによって結晶化することができる。
【0041】
〔細胞内タンパク質の結晶化〕
本発明の細胞内タンパク質を結晶化する方法は、上述した細胞内タンパク質を、
(A)13.86〜14.14mMの酢酸ナトリウム(好ましくは14mMの酢酸ナトリウム)、
(B)3.96〜4.04mMの塩化カリウム(好ましくは4mMの塩化カリウム)、
(C)55.94〜57.07mMのリン酸水素二カリウム(好ましくは56.5mMのリン酸水素二カリウム)、及び
(D)12.87〜13.13mMの酢酸マグネシウム(好ましくは13mMの酢酸マグネシウム)を含むHEPES緩衝液中にて結晶化する方法である。
【0042】
上記のHEPES緩衝液の濃度は、通常は49.5〜50.5mM程度とすることができ、上記のHEPES緩衝液のpHは、通常は6.75〜6.95程度とすることができる。上述のpHに調整するために、通常は、酢酸を用いて調整することができる。
【0043】
上述のHEPES緩衝液には、結晶が形成しにくいタンパク質に対しては、さらに酢酸カリウムを含有させて用いることも可能である。ここで、酢酸カリウムの含有量は、通常は39.4〜1050mM程度の終濃度とすることができ、より好ましくは39.4〜505.0mM程度である。
【0044】
上記のHEPES緩衝液には沈殿剤が含まれていても良く、例えば、ジメチルペンタジオール、平均分子量が通常200〜20,000程度のポリエチレングリコール等を挙げることができる。中でも、ポリエチレングリコールを用いることが好ましく、特に平均分子量が4000のポリエチレングリコールが好ましい。沈殿剤の含有量は、通常10〜30重量%程度とすることができる。また、上記のHEPES緩衝液には、結晶の核を結成させるために、公知の成分が含まれていてもよい。
【0045】
上述した終濃度の(A)〜(D)等の成分を含む緩衝液中にて、所望の細胞内タンパク質を結晶化することができるので、上記のHEPES緩衝液に含まれる各種成分の濃度をそれぞれ通常0.5〜3倍量程度、好ましくは1〜2倍程度とした結晶化HEPES緩衝液を予め作製し、上述の結晶化を所望するタンパク質を含む溶液と等量ずつ混合した後に、公知の方法を用いて結晶化に供することが可能である。(A)〜(D)等の成分の終濃度が上述の範囲よりも濃くなった場合は、タンパク質溶液の量を増やして適宜調節することができる。
【0046】
逆に低くなった場合は、混合するタンパク質溶液の量を減らして適宜調整することもできるが、タンパク質溶液に含まれるタンパク質に影響を及ぼす程度に濃い濃度の溶液となるために、その混合量が制限されたとしても、混合後のタンパク質を含む結晶化HEPES緩衝液中の水分が蒸発し、(A)〜(D)等の各種成分の濃度が上述の範囲になることでタンパク質が結晶化するので問題は無い。
【0047】
上述の公知の結晶化方法として、具体的にはハンギングドロップ法、シッティングドロップ法、サンドイッチドロップ法等に代表される蒸気拡散法、微量透析法、ゲルを用いた拡散法等を用いて結晶化することができ、特に限定はされないが、蒸気圧拡散法を用いることがこのましい。蒸気圧拡散法を用いて結晶化する場合は、リザーバーとしては(A)〜(D)等の各成分を含有するHEPES緩衝液を用いることが可能である。
【0048】

〔細胞外で機能を発揮するタンパク質の結晶化〕
本発明の細胞外で機能を発揮するタンパク質を結晶化する方法は、
(A)115.83〜118.17mMの塩化ナトリウム(好ましくは、117mMの塩化ナトリウム)、
(B)0.99〜1.01mMのリン酸水素二カリウム(好ましくは、1mMのリン酸水素二カリウム)、
(C)1.49〜1.52mMの酢酸マグネシウム(好ましくは、1.5mMの酢酸マグネシウム)、
(D)2.48〜2.53mMの酢酸カルシウム(好ましくは、2.5mMの酢酸カルシウム)、及び
(E)1.98〜2.02mMの酢酸カリウム(好ましくは、2mMの酢酸カリウム)を含むHEPES緩衝液中にて結晶化する方法である。
【0049】
上記のHEPES緩衝液の濃度は、通常は49.5〜50.5mM程度とすることができ、上記のHEPES緩衝液のpHは、通常は7.35〜7.45程度とすることができる。上述のpHに調整するために、通常は、酢酸を用いて調整することができる。
【0050】
上述のHEPES緩衝液には、結晶が形成しにくいタンパク質に対しては、さらに酢酸ナトリウムを含有させて用いることも可能である。酢酸ナトリウムの含有量は、通常は25.74〜1050mM程度の終濃度とすることができ、より好ましくは25.74〜757.5mMである。
【0051】
上記の結晶化用HEPES緩衝液には、上述した細胞内で機能を発揮するタンパク質の結晶化と同様に、沈殿剤が含まれていても良い。また、上記の結晶化用HEPES緩衝液には、結晶の核を結成させるために、公知の成分が含まれていてもよい。
【0052】
本発明において、細胞外で機能を発揮するタンパク質を結晶化するためには、上述の細胞内で機能を発揮するタンパク質を結晶化する方法と同様にすることができる。具体的には、上述のHEPES緩衝液に含まれる各成分をそれぞれ通常0.5〜3倍量程度、好ましくは1〜2倍程度の濃度とした結晶化HEPES緩衝液を予め作製し、上述の結晶化を所望するタンパク質を含む所定量の溶液と混合した後に、公知の方法を用いて結晶化に供することで、タンパク質の結晶を得ることができる。
【実施例】
【0053】
以下に本発明について詳細に説明する。但し本発明が以下の実施例に限定されないことは言うまでもない。
【0054】
本発明の実施例における細胞内で機能するタンパク質の結晶化溶液(以下、細胞内結晶化イオン溶液とする。)、細胞外で機能するタンパク質の結晶化溶液(以下、細胞外結晶化イオン溶液とする。)の組成について表1に示す。細胞内結晶化イオン溶液は50mMのHEPES−KOH水溶液に対して、表1に記載の最終濃度になるようにそれぞれの化合物を添加し、所定のpHになるよう酢酸を用いて緩衝液を調整した。細胞外結晶化イオン溶液は50mMのHEPES−NaOH水溶液に対して、表1に記載の最終濃度になるようにそれぞれの化合物を添加し、所定のpHになるよう酢酸を用いて調整した。
【0055】
【表1】

【0056】
実施例1
細胞外で機能を発揮する細菌由来アミラーゼ(AMYL)の結晶化
478アミノ酸からなるAMYLタンパク質(Aspergillus oryzae由来)を新日本化学社より入手し、さらに陰イオン交換カラムクロマトグラフィを用いて精製した。精製AMYLタンパク質は、約52kDaのタンパク質であり、その等電点は4.48であった。得られた精製AMYLタンパク質に50mMのHEPES緩衝液を加えて25mg/mL濃度に調節したAMYLタンパク質溶液を作製した。続いて、表1に記載された0.7mLの細胞内結晶化イオン溶液に、終濃度が20重量%となるようにポリエチレングリコール4000を溶解し、終濃度がさらに750mMの酢酸ナトリウムを混合させて細胞外タンパク質結晶化溶液とした。
【0057】
AMYLタンパク質溶液5μLと細胞外タンパク質結晶化溶液5μLを混合し、蒸気拡散結晶化容器内にて密閉して4℃で保った。なお蒸気拡散結晶化容器内には、混合溶液とは隔離してリザーバー溶液を準備した。リザーバー溶液は細胞内タンパク質結晶化溶液をそのまま用いた。密閉から7日後に偏光顕微鏡を用いて蒸気拡散結晶化溶液内のAMYLタンパク質の結晶を観察した。晶出したAMYLタンパク質結晶の顕微鏡写真を図1に示す。
【0058】
実施例2
細胞内で機能を発揮する細菌由来グルコースイソメラーゼ(GI)の結晶化
388アミノ酸からなるGIタンパク質(Streptmyces rubiginousus由来)をHamoton Research社より入手し、さらに陰イオン交換カラムクロマトグラフィを用いて精製した。精製GIタンパク質は、約43kDaのタンパク質であり、その等電点は4.95であった。得られた精製GIタンパク質に50mMのHEPES緩衝液を加えて25mg/mL濃度に調節したGIタンパク質溶液を作製した。続いて、表1に記載された0.7mLの細胞内結晶化イオン溶液に、終濃度が20重量%となるようにポリエチレングリコール4000を溶解して細胞内タンパク質結晶化溶液とした。
【0059】
GIタンパク質溶液5μLと細胞内タンパク質結晶化溶液5μLを混合し、蒸気拡散結晶化容器内にて密閉して4℃で保った。なお蒸気拡散結晶化容器内には、混合溶液とは隔離してリザーバー溶液を準備した。リザーバー溶液は細胞内タンパク質結晶化溶液をそのまま用いた。密閉から7日後に偏光顕微鏡を用いて蒸気拡散結晶化溶液内のGIタンパク質の結晶を観察した。晶出したGIタンパク質結晶の顕微鏡写真を図2に示す。
【0060】
実施例3
細胞外で機能を発揮するニワトリ卵白リゾチーム(HEWL)の結晶化
129アミノ酸からなるHEWLタンパク質(ニワトリ卵白由来)を生化学工業社より入手し、さらに陽イオン交換カラムクロマトグラフィを用いて精製した。精製HEWLタンパク質は、約14kDaのタンパク質であり、その等電点は9.32であった。得られた精製HEWLタンパク質に50mMのHEPES緩衝液を加えて25mg/mL濃度に調節したHEWLタンパク質溶液を作製した。続いて、表1に記載された0.7mLの細胞外結晶化イオン溶液に、終濃度が20重量%となるようにポリエチレングリコール4000を溶解して終濃度がさらに500mMの酢酸ナトリウムを混合させ細胞外タンパク質結晶化溶液とした。
【0061】
HEWLタンパク質溶液5μLと細胞外タンパク質結晶化溶液5μLを混合し、蒸気拡散結晶化容器内にて密閉して20℃で保った。なお蒸気拡散結晶化容器内には、混合溶液とは隔離してリザーバー溶液を準備した。リザーバー溶液は細胞内タンパク質結晶化溶液をそのまま用いた。密閉から7日後に偏光顕微鏡を用いて蒸気拡散結晶化溶液内のHEWLタンパク質の結晶を観察した。晶出したHEWLタンパク質結晶の顕微鏡写真を図3に示す。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
細胞内タンパク質を、
(A)13.86〜14.14mMの酢酸ナトリウム、
(B)3.96〜4.04mMの塩化カリウム、
(C)55.94〜57.07mMのリン酸水素二カリウム、及び
(D)12.87〜13.13mMの酢酸マグネシウム
を含むHEPES緩衝液中にて結晶化する方法。
【請求項2】
前記HEPES緩衝液が49.5〜50.5mMの濃度であり、pHが6.7〜6.9である請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記細胞内タンパク質が、グルコースイソメラーゼである請求項1または2に記載の方法。
【請求項4】
細胞外タンパク質を、
(A)115.83〜118.17mMの塩化ナトリウム、
(B)0.99〜1.01mMのリン酸水素二カリウム、
(C)1.49〜1.52mMの酢酸マグネシウム、
(D)2.48〜2.53mMの酢酸カルシウム、及び
(E)1.98〜2.02mMの酢酸カリウム
を含むHEPES緩衝液中にて結晶化する方法。
【請求項5】
前記HEPES緩衝液が、49.5〜50.5mMの濃度でありpHが7.3〜7.4である請求項4に記載の方法。
【請求項6】
前記細胞外タンパク質が、アミラーゼ又はリゾチームである請求項4又は5に記載の方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2011−200185(P2011−200185A)
【公開日】平成23年10月13日(2011.10.13)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−72104(P2010−72104)
【出願日】平成22年3月26日(2010.3.26)
【出願人】(510084862)学校法人 藍野学院 (1)
【Fターム(参考)】