説明

タンパク質含有液処理用多孔質中空糸膜

【課題】
タンパク質などの有用回収物質が効率良く透過しつつ、同時に、ウィルスなどの除去物質を高いファージクリアランス指数で分離除去することができる多孔質中空糸膜を提供する。
【解決手段】
疎水性高分子と親水性高分子を含んでなり、粒子径20nmの金コロイド粒子を定圧濾過した時、膜厚部分の内周近傍と外周近傍に捕捉層を有し、膜厚部分が内周近傍から外周近傍にかけて密−疎−密な構造からなること、及び粒子径10nmの金コロイド粒子を定圧濾過した時、膜厚部分に金コロイドが捕捉されないことを特徴とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、タンパク質溶液などの水性流体に含まれる有用回収物質とウィルス等の微粒子を効率良く分離することができるタンパク質含有液処理用多孔質中空糸膜に関する。
【背景技術】
【0002】
水性流体の処理を目的とした中空糸膜は、精密濾過、限外濾過などの工業用途や、血液透析、血液濾過、血液透析濾過などの医療用途に広く利用されている。特に近年、バイオ医薬品や血液製剤の製造工程において、有用成分であるタンパク質の溶液からウィルスなどの病原性物質を除去し、安全性を高める技術が求められている。
【0003】
非特許文献1によると、血漿分画製剤のウィルス除去・不活化工程に関しては、二つ以上の異なるウィルス不活化および除去工程を取り組むことが望ましいとされている。非特許文献2の記載によれば、目標値としての達成すべきLRVを4程度とする、とある。さらに、非特許文献3では、『特にウィルス除去・不活化工程に関して、本邦では、「血漿分画製剤のウィルスに対する安全性確保に関するガイドラインについて」医薬発第1047号(平成11年8月30日)のなかで、「二つ以上の異なるウィルス不活化及び除去工程について検討することが望ましい」と明記されており、また特定のウィルスに対しては製造工程が持つウィルスクリアランス指数の合計(総ウィルスクリアランス指数)9以上が要求される。』との記載がある。なお、上記LRVとは、非特許文献1で次のように示されているウィルスクリアランス指数Rを意味する。
ウィルスクリアランス指数R=log((V1×T1)/(V2×T2))
V1 工程処理前の容量 T1 工程処理前のウィルス力価
V2 工程処理後の容量 T2 工程処理後のウィルス力価
【0004】
ウィルス除去・不活化法は、加熱処理、ガンマ線や紫外線照射などの光学的処理、低pH処理などの化学処理、エタノール分画法や硫酸アンモニウム分画法などの沈殿分画、膜濾過による除去などがあるが、タンパク質溶液からのウィルス除去では、タンパク質の変性を招くことのない膜濾過法が注目されている。
【0005】
一方、バイオ医薬品や血液製剤の製造工程においては、生産性の観点から、有用成分であるタンパク質が効率良く透過して回収されなければならない。ところが、分離除去の対象がパルボウィルスなど小径のウィルスである場合には特に、ウィルスの除去特性と有用タンパク質の透過特性を同時に満足するのは困難であった。
【0006】
特許文献1では、特定の最大孔径を有し、単量体の占める割合が80wt%以上である3wt%ウシ免疫グロブリンを0.3MPaで定圧濾過した時の、濾過開始時から5分間の平均透過速度(グロブリン透過速度A)と、濾過開始後55分経過時から5分間の平均透過速度(グロブリン透過速度B)と、最大孔径の関係をパラメータ化した親水性微多孔質膜が開示されている。この膜の構成要件は、次のとおりである。
(1)最大孔径10〜100nm
(2)グロブリン透過速度A>0.0015×最大孔径(nm)2.75
(3)グロブリン透過速度B/グロブリン透過速度A>0.2
【0007】
これらの(1)〜(3)の要件は、ウィルスが効率的に除去され、タンパク溶液の透過量が高いという、タンパク溶液からのウィルス除去を目的とする膜の目標特性を記載したにすぎず、高タンパク透過かつ高ウィルス除去の膜を得るという課題に対して、有用かつ具体的な情報を与えているわけではない。
【0008】
(3)について詳細に考察すると、濾過開始55分経過後の透過速度と濾過開始直後の透過速度との比が高値となるだけでは、タンパク溶液の透過速度が経時的に低下しないことと必ずしも一致しない。例えば、濾過時間の経過とともにタンパク溶液の透過速度が徐々に低下しながら、ある時点で膜に欠陥が生じて透過速度が一転して上昇することも考えられる。この場合、結果として濾過開始55分後の透過速度が大きくなり、両者の比が0.2を超えることも考えられる。しかしながら、このような挙動を示す膜が高タンパク透過かつ高ウィルス除去の膜を得るという課題を達成しているとは到底言えない。
【0009】
特許文献1では、開孔率の大きい疎大構造層と、開孔率の小さい緻密層を有する微多孔膜についても開示されているが、そもそもここでは、熱誘起相分離によって均質構造を作りやすいポリフッ化ビニリデン(以下PVDFと略記する)製の中空糸膜について議論されており、例えば、透水性能が高いことなどから血液透析膜の素材として広く使用されているポリスルホン系樹脂などの素材に、この技術をそのまま適用するのは困難である。
【0010】
特許文献2では、開孔率の大きい疎大構造層と、開孔率の小さい緻密層を有する微多孔膜について開示されているが、ここでも素材として想定されているのはPVDFである。PVDFは物理的強度に優れている反面、疎水性の素材であるためタンパク質等の吸着、膜の汚染や目詰まりが生じやすく、濾過速度が急激に低下してしまう。この好ましくない特性を改善するため、膜への親水性付与が必要となるが、一般的にPVDF素材の膜は製膜後の後処理によって親水性への改質を行わなければならず、親水性高分子とのブレンド状態で製膜することが一般的なポリスルホン系樹脂と比べて、煩雑な製造工程となってしまう短所がある。
【0011】
特許文献3では、PhiX174に対する少なくとも4.0の初期LRVを有し、表面がヒドロキシアルキルセルロースで親水化されたウィルス保持限外ろ過膜が開示されている。ここで開示された技術では、親水化が特殊な親水性ポリマーによってなされており、汎用性に欠ける。ポリスルホンなどと、ポリビニルピロリドンなどの親水性ポリマーとのブレンドも例示されているが、ヒドロキシアルキルセルロースでの親水化処理は必須である。また、膜は中空糸型も許容されてはいるが、平膜型が想定されており、中空糸膜型を得るための十分な説明はなされていない。
【0012】
特許文献4では、工業的生産過程において、ウィルスを効果的に除去し、かつ凝集体や夾雑蛋白による除去膜の目詰まり等の濾過の障害が生じないような免疫グロブリン製剤の製造方法が開示されている。ここでは、平均孔径15〜20nmの多孔性膜を用いて免疫グロブリン溶液を濾過処理する工程が包含されており、多孔性膜の素材は、好ましくは再生セルロースが挙げられる、との記載がある。また、図1、図2、図3には、経過時間に対して積算濾液量がほぼ直線的に伸びているグラフが示されている。確かに、実施例1に記載されている再生セルロース製ウィルス除去膜プラノバ20N(旭化成ファーマ(株))を使用して濾過した場合には、このような挙動を示すことも考えられるが、これは非常に親水性の高い再生セルロース素材であることの影響が大きい。事実、疎水性高分子と親水性高分子とから成る合成膜でこのように直線的な濾過挙動を示す膜を得るのは非常に困難であった。セルロース膜は水にぬれた状態での強度が低いため、濾加圧を高く設定することが困難であり、高い透過速度を得ることができないという欠点を持っている。
【0013】
特許文献5では、内壁面より壁内部に進むに従って面内空孔率が当初減少し、少なくとも1個の極小部を経過した後、外壁部で再び増大する孔構造を有する高分子多孔質中空糸膜、およびこの膜を用いてタンパク質水溶液を濾過するウィルス除去方法が開示されている。ここで開示された膜構造を端的に表現すれば、膜壁の孔径が、膜厚方向で疎−密−疎となる中空糸膜と言える。このような傾斜構造を持ち、特定の平均孔径を有するのが、高効率でウィルスを除去し、タンパク質を変性させることなく、高透過効率でタンパク質を回収するのに好適であるとされている。素材として種々の高分子物質が例示されてはいるが、再生セルロースを用いた技術であり、ここで開示された技術を多くの素材に汎用的に展開することは困難である。また、セルロース素材の欠点は既に述べたとおりである。
【0014】
特許文献6では、濾過下流側表面がドット状またはスリット状の開孔を有し、濾過上流側表面が網目構造または微粒子集合体構造からなり、膜厚部分の中心領域が実質的に均質な構造からなり、かつ膜厚部分が実質的にマクロボイドを持たない構造からなる多孔質膜が開示されている。この膜構造がウィルスの効率的除去と、タンパク質の効率的透過・回収に好適であるとされているが、実施例でのバクテリオファージφX174のクリアランス指数は、0.1%のBSA添加系溶液における濾過負荷量50L/mで>5.1という実際のウィルス除去プロセスよりも甘い条件での結果であり、決してウィルスの効率的除去とは言い難いものであった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0015】
【特許文献1】WO2004/035180号公報
【特許文献2】WO2003/026779号公報
【特許文献3】特開2007−136449号公報
【特許文献4】特開2008−094722号公報
【特許文献5】特公平04−050054号公報
【特許文献6】WO2010/074136号公報
【非特許文献】
【0016】
【非特許文献1】医薬発第1047号(平成11年8月30日)((社)日本血液製剤協会理事長あて厚生省医薬安全局長通知)
【非特許文献2】PDA Journal of GMP and Validation in Japan,Vol.7,No.1,p.44(2005)
【非特許文献3】PDA Journal of GMP and Validation in Japan,Vol.9,No.1,p.6(2007)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0017】
本発明は、上述の従来技術の現状に鑑みなされたものであり、その目的は、タンパク質などの有用回収物質が効率良く透過しつつ、同時に、ウィルスなどの除去物質を高いファージクリアランス指数で分離除去することができる多孔質中空糸膜を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0018】
本発明者らは、上記目的を達成するために鋭意検討した結果、特定のサイズのウィルス等の微粒子を捕捉でき、それより小さい有用物質を透過できる特定の膜厚部分の構成を見出し、本発明の完成に至った。
【0019】
即ち、本発明は、以下の(1)〜(10)の構成を有するものである。
(1)疎水性高分子と親水性高分子を含んでなり、粒子径20nmの金コロイド粒子を定圧濾過した時、膜厚部分の内周近傍と外周近傍に捕捉層を有し、膜厚部分が内周近傍から外周近傍にかけて密−疎−密な構造からなること、及び粒子径10nmの金コロイド粒子を定圧濾過した時、膜厚部分に金コロイドが捕捉されないことを特徴とするタンパク質含有液処理用多孔質中空糸膜。
(2)前記内周近傍および外周近傍に存在する捕捉層の厚みが、1〜15μmであることを特徴とする(1)に記載のタンパク質含有液処理用多孔質中空糸膜。
(3)前記内周近傍および外周近傍が、それぞれ中空糸膜の内表面および外表面から膜厚の30%までの範囲を指すことを特徴とする(1)に記載のタンパク質含有液処理用多孔質中空糸膜。
(4)前記内周近傍および外周近傍が、それぞれ中空糸膜の内表面および外表面から膜厚の1〜30%の範囲を指すことを特徴とする(3)に記載のタンパク質含有液処理用多孔質中空糸膜。
(5)前記内周近傍および外周近傍に存在する捕捉層の孔径が、10〜40nmであることを特徴とする(1)〜(4)のいずれかに記載のタンパク質含有液処理用多孔質中空糸膜。
(6)内径が150〜400μm、膜厚が50〜100μmであることを特徴とする(1)〜(5)のいずれかに記載のタンパク質含有液処理用多孔質中空糸膜。
(7)疎水性高分子がポリスルホン系高分子であることを特徴とする(1)〜(6)のいずれかに記載のタンパク質含有液処理用多孔質中空糸膜。
(8)親水性高分子がポリビニルピロリドンであることを特徴とする(1)〜(7)のいずれかに記載のタンパク質含有液処理用多孔質中空糸膜。
(9)タンパク質溶液からウィルスを分離するために使用される膜であることを特徴とする(1)〜(8)のいずれかに記載のタンパク質含有液処理用多孔質中空糸膜。
(10)純水の透過速度が10〜400L/(h・m・bar)であることを特徴とする(1)〜(9)のいずれかに記載のタンパク質含有液処理用多孔質中空糸膜。
【発明の効果】
【0020】
本発明の多孔質中空糸膜は、タンパク質などの有用回収物質が効率良く透過しつつ、同時に、ウィルスなどの除去物質を高いファージクリアランス指数で分離除去することができることから、バイオ医薬品や血液製剤の製造工程において、有用成分であるタンパク質の溶液からウィルスなどの病原性物質を除去するための膜として好適に利用することができる。
【図面の簡単な説明】
【0021】
【図1】図1は、粒子径20nmの金コロイド粒子を定圧濾過した時の中空糸膜の断面の光学顕微鏡画像の例を示す。図1の画像には、膜断面の濾過方向に対して、中空糸膜の内周近傍と外周近傍に金コロイドで染まった捕捉層が存在する。
【図2】図2は、図1と同様に定圧濾過した時に中空糸膜の外周近傍にのみ金コロイドで染まった捕捉層が存在する光学顕微鏡画像の例を示す。
【図3】図3は、中空糸膜の膜厚部分の透過型電子顕微鏡画像の例を示す。図3の画像では、膜厚部分が内周近傍から外周近傍にかけて密−疎−密な構造からなり、かつ膜厚部分が実質的にマクロボイドを持たない構造からなる。
【図4】図4は、図3の膜厚部分の内周近傍を拡大した画像の例を示す。
【図5】図5は、図3の膜厚部分の中央部を拡大した画像の例を示す。
【図6】図6は、図3の膜厚部分の外周近傍を拡大した画像の例を示す。
【図7】図7は、図1と同様に定圧濾過した時に中空糸膜の外周近傍にのみ20nmの金コロイドで染まった捕捉層が存在する中空糸膜の透過型電子顕微鏡画像の例を示す。図7の画像では、膜厚部分が内周近傍から外周近傍にかけて疎−疎−密な構造からなる。
【図8】図8は、図7の膜厚部分の内周近傍を拡大した画像の例を示す。
【図9】図9は、図7の膜厚部分の中央部を拡大した画像の例を示す。
【図10】図10は、図7の膜厚部分の外周近傍を拡大した画像の例を示す。膜構造が密である。
【図11】図11は、粒子径20nmの金コロイド粒子を定圧濾過した時に、中空糸膜の内周近傍と外周近傍に金コロイドで染まった捕捉層が存在する膜と同じ膜を用いて、今度は粒子径10nmの金コロイド粒子を定圧濾過した時に中空糸膜に金コロイドで染まった捕捉層が存在しない光学顕微鏡画像の例を示す。
【図12】図12は、本発明の多孔質中空糸膜の内周近傍と外周近傍の説明図である。
【発明を実施するための形態】
【0022】
タンパク質などの有用回収物質が効率良く透過しつつ、同時に、ウィルスなどの除去物質を高いファージクリアランス指数で分離除去するためには、膜構造の設計が重要である。特に、分離除去の対象がパルボウィルスなど小径のウィルスである場合には、有用タンパク質と同じ分子サイズレベルであるため、これらを効率良く分離することが必要である。
【0023】
まず、基本的な要件としてバイオ医薬品や血液製剤の製造工程における濾過圧の最低レベル1Barに耐え得る耐圧強度が必要である。このためには、膜構造として、大きなボイドや欠陥部を持たずに、均一で且つある程度の厚みが必要になる。
【0024】
次に、ウィルス除去膜としての高いファージクリアランスを達成するには、直径20〜30nmのウィルスの透過を阻止し、同時にサイズのあまり変わらない直径10nm程度の有用タンパク質(免疫グロブリンなど)を透過させる必要がある。このためには、膜の構造として、極めて分画性の高い緻密な層が必要になる。また、この緻密な層は膜全体のファージクリアランスを向上させる狙いから、膜厚部において複数存在した方が良い。
【0025】
さらに、有用タンパク質を効率良く透過させる必要がある。このためには、膜の構造として、ウィルスを阻止する緻密な部分以外はある程度疎な構造で、しかしながら大きなボイドのような欠陥を持たないことが好ましい。
【0026】
以上の知見から、本発明者は、ウィルス除去膜として、膜厚部分の内周近傍と外周近傍にウィルスの捕捉層を有し、膜厚部分が内周近傍から外周近傍にかけて密−疎−密な構造をとることが必要であることを見出した。
【0027】
具体的に、本発明の膜構造について、図を用いて説明する。
本発明の多孔質中空糸膜は、粒子径20nmの金コロイド粒子を定圧濾過した時、膜断面の濾過方向に対して、中空糸膜の内周近傍と外周近傍に2つの捕捉層が存在すること、及び粒子径10nmの金コロイド粒子を定圧濾過した時、膜厚部分に金コロイドが捕捉されないことを特徴とする。「2つの捕捉層」とは、内周近傍と外周近傍のそれぞれに金コロイドを捕捉する層があることを意味する。具体的には、図1にあるような構造が「2つの捕捉層を持つ構造」である。
【0028】
ここで内周近傍および外周近傍は、図12に示すように、それぞれ中空糸膜の内表面および外表面から膜厚の30%までの範囲、特に1〜30%の範囲を指す。例えば、膜厚が100μmである場合、内周近傍は内表面から深さ30μmまでの範囲となる。捕捉層が疎な構造を挟んで、内周近傍と外周近傍にそれぞれ1つずつ存在することは、ウィルス阻止と有用タンパク質の透過を両立するために重要である。例えば、内周近傍または外周近傍またはそれ以外の領域に2つの捕捉層が存在するなど、捕捉層同士が近接しすぎると、密な捕捉層が連続するような膜構造になり、有用タンパク質の透過にとって大きな抵抗となる。また、内周近傍及び外周近傍の捕捉層の厚みは1〜15μmであることが好ましい。厚みが1μm未満では、ウィルスの捕捉機能を十分に持てず、15μmを越えると、膜の透過特性の低下を招くおそれがある。
【0029】
本発明において、金コロイドを捕捉テストに用いる理由は、金コロイドと小径ウィルスの特性が非常に似通っているからである。ともに、剛直な球状体であり、20nmの粒子径の金コロイド粒子は、小径ウィルスのサイズ20〜30nmに極めて近い。従って、本発明の多孔質中空糸膜に20nmの粒子径の金コロイド粒子の捕捉層が2つあるということは、小径ウィルスの捕捉層が2つあることを意味する。これは、例えば1つの捕捉層での小径ウィルスの除去率が99.9%とした場合、捕捉層が2つあれば除去率は99.9999%まで高めることができ、膜全体としてウィルス除去能を向上することができる。また、本発明の多孔質中空糸膜に10nmの粒子径の金コロイド粒子が捕捉されないということは、直径10nm程度の有用タンパク質が透過されることを意味する。本発明では、これらの条件により、小径ウィルスと有用タンパク質の効率的な分離が可能となる。
【0030】
一方、図2は、粒子径20nmの金コロイド粒子を定圧濾過した時、外周近傍にしか金コロイドで染まった捕捉層が存在しない例を示す。これは、本発明においては好ましくない構造である。
【0031】
また、本発明の多孔質中空糸膜は、図3に示すように、膜厚部分が内周近傍から外周近傍にかけて密−疎−密な構造からなる。具体的には、透過型電子顕微鏡画像では、膜厚部分は、図4のような内周近傍、図6のような外周近傍、図5のようなそれらの間の中央部の構造をとる。図の黒色部もしくは灰色部はポリマー部分を示し、白色部が膜孔による空隙を示している。膜厚の内周近傍、外周近傍は、画像全体に占める黒色部、灰色部の領域が多い「密な構造」であり、これがいわゆる「小型ウィルスの捕捉層」になっている。一方、膜厚の中央部は内周近傍、外周近傍に比べてポリマー部分が少ない「疎な構造」であり、有用タンパク質の透過性の向上及び膜全体の強度を保持する役割を担っている。
【0032】
また、本発明の多孔質中空糸膜は、少なくとも中間層にマクロボイドを持たないことが好ましい。「マクロボイドを持たない」とは、膜厚部分の、異なる領域を5視野撮影したSEM像(1000倍)を目視で観察したとき、いずれの視野においても、均質な膜厚部分の構造と比較して明らかに円状または楕円状または雫型状に膜の実部分が欠落した空孔領域、すなわちマクロボイドが観察されないことを意味する。マクロボイドの存在は、中空糸膜全体の強度低下を導き、ひいては捕捉部の欠陥も招きかねないリスクがあり、好ましくない。
【0033】
本発明の多孔質中空糸膜は、疎水性高分子と親水性高分子を含んで構成される。疎水性高分子としては、例えば、ポリエステル、ポリカーボネート、ポリウレタン、ポリアミド、ポリスルホン(以下PSfと略記する)、ポリエーテルスルホン(以下PESと略記する)、ポリメチルメタクリレート、ポリプロピレン、ポリエチレン、PVDFなどが例示される。中でも、下記の式[I]、式[II]で示される繰返し単位を有するPSf、PESなどのポリスルホン系高分子は高い透水性の膜を得るのに有利であり、好ましい。ここで言うポリスルホン系高分子は、官能基やアルキル基などの置換基を含んでいてもよく、炭化水素骨格の水素原子はハロゲンなど他の原子や置換基で置換されていてもよい。また、これらは単独で使用しても、2種以上を混合して使用してもよい。ここで、ポリスルホン系高分子は高分子量のものが好ましい。分子量が低いと中空糸膜製膜時に均質な構造が形成されず、ファージクリアランスが低下してしまう。具体的には、ポリエーテルスルホンの場合、還元粘度が0.49以上、好ましくは0.50以上、より好ましくは0.51以上である。還元粘度は大きい方が好ましいが、実質的に市販されているポリエーテルスルホン系高分子の還元粘度上限は0.60レベルである。ポリエーテルスルホンの場合、通常の分離膜は、還元粘度が0.47以下のポリマーを用いることが多い。
【0034】
【化1】

【化2】

【0035】
親水性高分子としては、例えば、ポリエチレングリコール、ポリビニルアルコール、ポリビニルピロリドン(以下PVPと略記する)、カルボキシメチルセルロース、デンプンなどの高分子炭水化物などが例示される。中でも、ポリスルホン系高分子との相溶性、水性流体処理膜としての使用実績から、PVPが好ましい。これらは単独で使用しても、2種以上を混合して使用してもよい。PVPの分子量としては、K値として17〜120のものが好ましく用いられる。具体的には、例えば、BASF社より市販されているLuvitec(商品名)K17、K30、K60、K80、K85、K90などが好ましく、Luvitec(商品名)K80、K85、K90などがより好ましい。
【0036】
本発明の多孔質中空糸膜は、純水の透過速度(以下純水Fluxと略記する)が10〜400L/(h・m・bar)であることが好ましい。より好ましくは、50〜300L/(h・m・bar)である。純水Fluxは、多孔質膜の孔径を示す目安となる。純水Fluxが上記の数値よりも小さいと、孔径が過度に小さくなり、効率良くタンパク質を透過させるのが困難になるおそれがある。また、透水量が小さいので濾液回収の効率が低下するおそれがある。純水Fluxが上記の数値よりも大きいと、孔径が過度に大きくなり、ウィルスなどの除去物質を効率良く分離除去するのが困難になるおそれがある。
【0037】
本発明の多孔質中空糸膜では、濾液に回収されるべき成分であるタンパク質に対しては、濾過プロセスを通じて高い透過率を示すことが好ましい。どの程度の透過率が必要であるかは、タンパク質の用途、種類、濃度などにより一概に決定することは困難であるが、本発明においては95%以上であることが好ましい。95%を下回ると、濾過によるタンパク質ロスが大きくなり、生産性が低下することとなる。透過率は時間とともに低下する可能性があること、透過率は濾過プロセス全体を通じて常に95%以上であることが好ましいことを考慮し、透過率の保持率は95%以上であることが好ましい。
【0038】
また、タンパク質の実際の濾過プロセスにおいては、最大50〜200L/m程度の濾過を実施するが、特に濾過開始から初期までの濾過速度が早い膜が好まれる。本発明の中空糸膜のタンパク質の濾過性試験においては、30L/m濾過するまでにかかる時間をその指標とした。その理由は、単位膜面積に対するタンパク質溶液の濾過量が30L/mより少ないと膜の実際のプロセスを考慮した時に過小評価になるリスクがあり、一方30L/mより多いと実験レベルのミニモジュールを用いたとしても調製するタンパク質溶液が膨大となり、現実的でない。以上の点から膜のタンパク質の透過性評価の指標として30L/m濾過するまでにかかる時間を選択した。
【0039】
本発明では、タンパク質溶液として0.25%免疫グロブリン溶液をデッドエンドで120分以上にわたり1.0barで定圧濾過し、膜の濾過実験を実施した。この時使用される免疫グロブリンは、入手の容易さ、品質の安定性から、静脈注射用免疫グロブリン製剤(以下IVIGと呼称する)を使用するのが好ましい。通常IVIGは5%程度の濃度の溶液、あるいは、凍結乾燥成分を溶解し5%程度の濃度の溶液を得られるキットとして供給されることが多いが、本発明ではモノクローナル抗体医薬の生産時の濃度0.1〜0.5%を考慮して、原液5%を希釈して0.25%として使用した。
【0040】
本発明において、免疫グロブリン溶液の透過率と30L/mの濾過時間を求めるための濾過実験は、次の測定条件により求めた。液温は25℃に調整した。
(1)IVIGをPBSで0.25%となるよう希釈し、pHを6.8に調整した。
(2)乾燥状態の中空糸膜にこの溶液を導入し、1.0barの濾過圧で、120分にわたって定圧濾過した。
(3)濾過開始から終了まで、20分、40分、60分、80分、100分、120分のポイントで濾過時間、濾液回収量を記録した。
【0041】
本発明の多孔質中空糸膜は、濾過上流側面が中空糸膜内腔側であっても、中空糸膜外壁側であってもよいが、濾過を実施する際に付与する圧力に対する耐久性から、中空糸膜内腔側を濾過上流側面とし、内側から外側に向けて濾過するのが好ましい。
【0042】
本発明の多孔質中空糸膜の内径は150〜400μmが好ましく、より好ましくは170〜350μmであり、180〜300μmがさらに好ましい。また、膜厚は50〜100μmが好ましく、より好ましくは50〜90μmであり、55〜80μmがさらに好ましい。内径が上記範囲より小さいと、内側から外側に向けて濾過した場合、通液による圧力損失が大きくなり、中空糸膜の長さ方向で濾過圧が不均一になることがある。また、不純物や凝集成分が多く含まれる被処理液を導入した場合、被処理液中の成分により内腔の閉塞などが生じる可能性がある。内径が上記範囲より大きいと、中空糸膜のつぶれ、ゆがみなどを生じやすくなる。膜厚が上記範囲よりも小さいと、中空糸膜のつぶれ、ゆがみなどを生じやすくなる。膜厚が上記範囲より大きいと、被処理液が膜壁を通過する際の抵抗が大きくなり、透過性が低下することがある。
【0043】
本発明の多孔質中空糸膜は、バクテリオファージクリアランス指数(LRV)が、4以上であることが好ましく、5以上であることがより好ましい。このような特性を有することによって、タンパク質含有液からのウィルス除去用途に好ましく適用することができる。ここで言うバクテリオファージは、PP7、φX174など20〜30nmの径を有するバクテリオファージであることが好ましく、宿主細菌の取り扱いの簡便性から、φX174であることがより好ましい。
【0044】
バクテリオファージクリアランス指数の測定時の濾過負荷量の設定にも留意が必要である。一般的に、膜に対する濾過負荷量が増えれば増えるほど膜が破過を起こし、ファージが漏れるリスクが増える。濾過負荷量が多いほど厳しい条件の評価になる。実際のバイオ医薬のプロセスにおいては、50〜200L/m程度の濾過を実施するため、バクテリオファージクリアランス測定時にも、これ以上の濾過負荷量をかけてやることが好ましい。本発明では、この点を考慮してバクテリオファージクリアランス測定時の濾過負荷量は300L/mとした。
【0045】
本発明の多孔質中空糸膜の製造方法は、従来公知の方法を適宜採用することができるが、例えば疎水性高分子、親水性高分子、溶媒、非溶媒を混合溶解し、脱泡したものを製膜溶液として芯液とともに二重管ノズルの環状部、中心部から同時に吐出し、空走部(エアギャップ部)を経て凝固浴中に導いて中空糸膜を形成し(乾湿式紡糸法)、水洗後巻き取り、乾燥する方法が採用できる。
【0046】
製膜溶液に使用される溶媒は、N−メチル−2−ピロリドン(以下NMPと略記する)、N,N−ジメチルホルムアミド(以下DMFと略記する)、N,N−ジメチルアセトアミド(以下DMAcと略記する)、ジメチルスルホキシド(以下DMSOと略記する)、ε−カプロラクタムなど、使用される疎水性高分子、親水性高分子の良溶媒であれば広く使用することが可能であるが、疎水性高分子としてPSf、PESなどのポリスルホン系高分子を使用する場合には、NMP、DMF、DMAcなどのアミド系アプロティック溶媒が好ましく、NMPが特に好ましい。なお、本発明においてアミド系溶媒とは、構造中にN−C(=O)のアミド結合を含有する溶媒を意味し、アプロティック溶媒とは、構造中において炭素原子以外のヘテロ原子に直接結合した水素原子を含有していない溶媒を意味する。
【0047】
また、製膜溶液には非溶媒を添加するのが好ましい。使用される非溶媒としては、例えば、エチレングリコール(以下EGと略記する)、プロピレングリコール(以下PGと略記する)、ジエチレングリコール(以下DEGと略記する)、トリエチレングリコール(以下TEGと略記する)、ポリエチレングリコール(以下PEGと略記する)、グリセリン、水などが例示されるが、疎水性高分子としてPSf、PESなどのポリスルホン系高分子、親水性高分子としてPVPを使用する場合には、DEG、TEG、PEGなどのエーテルポリオールが好ましく、TEGが特に好ましい。なお、本発明においてエーテルポリオールとは、構造中に少なくとも一つのエーテル結合と、二つ以上の水酸基を有する物質を意味する。
【0048】
これらの溶媒、非溶媒を使用して調製した製膜溶液を使用することで、紡糸工程における相分離(凝固)が制御され、本発明の好ましい膜構造を形成するのに有利になると考えられる。なお、相分離の制御には、後述の芯液組成や凝固浴中の液(外部凝固液)の組成も重要である。
【0049】
製膜溶液中における溶媒/非溶媒の比は、紡糸工程における相分離(凝固)の制御に重要な要因となる。溶媒に対して非溶媒が同量かやや過剰気味であることが好ましく、具体的には、溶媒/非溶媒が重量比で25/75〜50/50であることが好ましく、30/70〜50/50であることがより好ましく、35/65〜50/50であることがさらに好ましい。溶媒の含有量が上記範囲よりも少ないと、凝固が進行し、膜構造が緻密化しすぎて透過性が低下しやすい。また、溶媒含有量が上記範囲よりも多いと、相分離の進行が過度に抑制され、大孔径の空孔が生じ、分離特性や強度の低下を招く可能性が大きくなる。
【0050】
製膜溶液における疎水性高分子の濃度は、該溶液からの製膜が可能であれば特に制限されないが、10〜40重量%が好ましく、10〜30重量%がより好ましく、15〜25重量%がさらに好ましい。高い透過性を得るには疎水性高分子の濃度は低いほうが好ましいが、過度に低いと強度の低下や、分離特性の悪化を招く可能性がある。親水性高分子の添加量は、製膜溶液からの製膜に支障をきたすことなく、中空糸膜に親水性を付与し、被処理液濾過時の非特異吸着を抑制するのに十分な量であれば特に制限されないが、製膜溶液における親水性高分子の濃度として2〜20重量%が好ましく、3〜15重量%がより好ましい。親水性高分子の添加量が少ないと、膜への親水性付与が不十分となり、膜特性の保持性が低下する可能性がある。また、多いと、親水性付与効果が飽和してしまい効率が良くなく、また、製膜溶液の相分離(または凝固)が過度に進行しやすくなり、操業性が悪化するのに加え、本発明の好ましい膜構造を形成するのに不利となる。
【0051】
本発明の製膜溶液には、ラジカル発生の抑制のため酢酸銅を添加することが好ましい。製膜溶液に酢酸銅を添加しない場合はタンパク溶液のスループットもファージクリアランスも低下しやすい。これは、酢酸銅がないと製膜溶液時に熱の影響などでラジカルが発生し、これによって親水性高分子のポリビニルピロリドンが分解を受けて、膜の親水性が低下したり、膜の孔構造が変わり、スループットやファージクリアランスに悪影響するためと考えられる。酢酸銅の添加量は0.25〜5ppmが好ましく、より好ましくは0.5〜3ppmである。添加量がこれより少ないと前述の通りスループットとファージクリアランスが低下し、これより多いと中空糸膜中への残留量が増えて、医薬品製造に用いられる中空糸膜として好ましくない。
【0052】
製膜溶液は、疎水性高分子、親水性高分子、溶媒、非溶媒を混合、攪拌して溶解することで得られる。この際、適宜温度をかけることで効率的に溶解を行うことができるが、過度の加熱は高分子の分解を招く危険があるので、好ましくは30〜100℃、より好ましくは40〜80℃である。また、親水性高分子としてPVPを使用する場合、PVPは空気中の酸素の影響により酸化分解を起こす傾向にあることから、製膜溶液の調製は不活性気体封入下で行うのが好ましい。不活性気体としては、窒素、アルゴンなどが挙げられるが、窒素を用いるのが好ましい。このとき、溶解タンク内の残存酸素濃度は3%以下であることが好ましい。
【0053】
欠陥のない中空糸膜を得るためには、製膜溶液から気泡を排除することが好ましい。気泡混入を抑える方法としては、製膜溶液の脱泡を行うのが有効である。製膜溶液の粘度にもよるが、静置脱泡や減圧脱泡を用いることができる。この場合、溶解タンク内を常圧−0.015〜常圧−0.090MPaに減圧した後、タンク内を密閉し30分〜180分間静置する。この操作を数回繰り返して脱泡処理を行う。減圧度が低すぎる場合には、脱泡の回数を増やす必要があるため処理に長時間を要することがある。また、減圧度が高すぎると、系の密閉度を上げるためのコストが高くなることがある。トータルの処理時間は5分〜5時間とするのが好ましい。処理時間が長すぎると、減圧の影響により製膜溶液の構成成分が分解、劣化することがある。処理時間が短すぎると脱泡の効果が不十分になることがある。また、製膜溶液をタンクからノズルまで導く流路に減圧部分を設け、製膜溶液を流動させながら脱泡を実施する方法を採ることもできる。このときの減圧度は、常圧−0.005〜常圧−0.080MPaであることが好ましい。
【0054】
製膜を行うに際しては、中空糸膜への異物混入による膜構造の欠陥の生成を回避するために、異物を排除した製膜溶液を使用することが好ましい。具体的には、異物の少ない原料を用いる、製膜溶液を濾過し異物を低減する方法等が有効である。本発明では、中空糸膜束の膜厚よりも小さな孔径のフィルターを用いて製膜溶液を濾過してからノズルより吐出するのが好ましく、具体的には均一溶解した製膜溶液を溶解タンクからノズルまで導く間に設けられた孔径10〜50μmの焼結フィルターを通過させる。濾過処理は少なくとも1回行えば良いが、濾過処理を何段階かに分けて行う場合は、後段になるに従いフィルターの孔径を小さくしていくのが濾過効率およびフィルター寿命を延ばす意味で好ましい。フィルターの孔径は10〜45μmがより好ましく、10〜40μmがさらに好ましい。フィルター孔径が小さすぎると背圧が上昇し、生産性が落ちることがある。
【0055】
中空糸膜の製膜時に使用される芯液の組成は、製膜溶液に含まれる溶媒および/または非溶媒を主成分とした液体を使用するのが好ましい。ただし、製膜溶液に含まれる溶媒のみでは、内腔壁面での凝固が過度に抑制されるため、好ましい表面構造を得ることができない。従って、溶媒と非溶媒の混合液、非溶媒のみ、溶媒と水の混合液、非溶媒と水の混合液、溶媒と非溶媒と水の混合液のいずれかを使用するのが好ましい。芯液に含まれる有機成分の量は、50〜100重量%が好ましく、60〜100重量%がより好ましい。より詳細には、芯液を溶媒と水の混合液とする場合は、有機成分の量が50〜65重量%、芯液を非溶媒と水の混合液とする場合は、有機成分の量が60〜100重量%、芯液を溶媒と非溶媒と水の混合液とする場合は、製膜溶液の溶媒/非溶媒比率と同一とした上でこれを水で希釈し、有機成分濃度を60〜98重量%とするのが好ましい。有機成分の含有量がこれよりも少ないと凝固が進行しやすくなり、膜構造が緻密化しすぎて透過性が低下してしまう。また、有機成分含有量がこれよりも多いと相分離の進行が過度に抑制され、大孔径の空孔が生じやすくなり、分離特性や強度の低下を招く可能性が大きくなる。
【0056】
外部凝固液の組成は、製膜溶液に含まれる溶媒および非溶媒と、水との混合液を使用することが好ましい。この際、外部凝固液中に含まれる該溶媒と該非溶媒の比率は、製膜溶液の溶媒/非溶媒比率と同一であることが好ましい。製膜溶液に使用されるのと同一の溶媒および非溶媒を、製膜溶液中の比率と同一にして混合し、これに水を添加して希釈したものが好ましく用いられる。外部凝固液中の水の含量は、30〜90重量%、好ましくは40〜80量%である。水の含有量がこれよりも多いと凝固が進行しやすくなり、膜構造が緻密化しすぎて透過性が低下してしまう。また、水含有量がこれよりも少ないと相分離の進行が過度に抑制され、大孔径の空孔が生じやすくなり、分離特性や強度の低下を招く可能性が大きくなる。また、外部凝固液の温度は、低いと凝固が進行しやすくなり、膜構造が緻密化しすぎて透過性が低下することがある。また、高いと相分離の進行が過度に抑制され、大孔径の空孔が生じやすくなり、分離特性や強度の低下を招く可能性が大きくなってしまうので、15〜70℃、好ましくは45〜65℃である。
【0057】
膜構造を制御する因子としては、ノズルの温度も挙げられる。ノズルの温度は、低いと凝固が進行しやすくなり、膜構造が緻密化しすぎて透過性が低下してしまう。また、高いと相分離の進行が過度に抑制され、大孔径の空孔が生じやすくなり、分離特性や強度の低下を招く可能性が大きくなってしまうので、30〜85℃、好ましくは40〜75℃である。
【0058】
本発明の多孔質中空糸膜の製造方法としては、芯液とともに二重管ノズルから吐出した製膜溶液を、エアギャップ部分を経て外部凝固液を満たした凝固浴中に導いて中空糸膜を形成する乾湿式紡糸法が例示されるが、ノズルから吐出された製膜溶液の、エアギャップ部分での滞留時間もまた膜構造を制御する因子となり得る。滞留時間が短いと、エアギャップ部分での相分離による凝集粒子の成長が抑制された状態で外部凝固液によりクエンチされるので、外表面が緻密化して透過性が低下してしまう。また、外表面の緻密化により、得られた中空糸膜が固着しやすい傾向となって好ましくない。滞留時間が長いと、大孔径の空孔が生じやすくなり、分離特性や強度の低下を招く可能性が大きくなってしまう。エアギャップにおける滞留時間の好ましい範囲は0.01〜2秒であり、0.02〜1秒がより好ましく、0.02〜0.5秒がさらに好ましい。
【0059】
エアギャップ部分および凝固浴におけるドラフト比、すなわち、凝固浴からの引き取り速度と二重管ノズルからの製膜溶液吐出線速度との比もまた、膜構造を制御する因子となり得る。ここで言うドラフト比は専らエアギャップ部分での延伸比と考えてよいが、相分離による凝集粒子の成長が抑制された状態にあるエアギャップで適度な延伸を加えることにより高分子鎖の配向が最適化され、これが膜の微細構造に影響を与えるものと考えられる。
【0060】
中空糸膜の外周近傍の配向及び内周近傍の配向を同時に満たし、それぞれを緻密な膜構造へと導くためには、このドラフト比を4〜20、好ましくは4〜15にするのが好ましい。ドラフト比がこれよりも小さいと外周近傍にしか金コロイドの捕捉層は発現せず、結果として、ウィルスなどの被除去物質の除去効果が十分に発揮されない可能性がある。逆にドラフト比がこれよりも大きいと、適度な配向のレベルを越え、膜の孔が変形してしまい、フラックスの低下、有用タンパク質の透過性の低下を引き起こす可能性がある。これよりもさらにドラフト比を上げていくと、膜の骨格構造までが破壊され、強度が低下し、紡糸中の糸切れが発生しやすく操業性が低下するリスクが増える。
【0061】
また、上述の適度なドラフト比により中空糸膜の内周近傍、外周近傍に金コロイドの捕捉層が発現した膜を、その後の工程でできるだけ無延伸に近い状態で紡糸することが必要である。無延伸に近い紡糸とは、紡糸の最終段階で中空糸膜を捲上げる速度と凝固浴からの引取り速度の比が1に近いという意味である。このような無延伸紡糸により、金コロイドの捕捉層、いわゆる緻密層の膜構造が変形、破壊されるおそれがなくなる。具体的には、捲取り速度/引取り速度の比は0.99〜1.15が好ましい。これより高いとフラックス低下により、有用タンパク質の透過性が低下しうる。また、速度比はできるだけ低い方が良いが、あまりに低いと紡糸工程で走行する中空糸膜がたるんで紡糸が不可となる。なお、捲き上げ速度については、欠陥のない中空糸膜が得られ、生産性が確保できれば特に制限されないが、好ましくは、5〜40m/min、より好ましくは10〜30m/minである。これよりも紡速が低いと、生産性が低下することがある。これよりも紡速が高いと、上記の紡糸条件、特にエアギャップ部分での滞留時間や、凝固浴内での滞留時間を確保するのが困難となる。
【0062】
前述のエアギャップ部分を通過後、凝固浴に導かれた中空糸膜は、芯液からの凝固が進行しながら、外部からの凝固はある程度抑制された状態で外部凝固液と接触する。外部凝固液通過中に中空糸膜は完全に凝固を完了し、構造が決定されて引き上げられる。凝固浴内での滞留時間が膜構造の制御には重要であり、具体的には1〜15秒が好ましく、2〜10秒がより好ましく、2〜5秒がさらに好ましい。凝固浴内での滞留時間がこれよりも短いと凝固が不十分となり、これよりも長いと製膜速度の低下や凝固浴の大型化が必要となる。
【0063】
凝固浴から引き上げられた中空糸膜は、温水を満たした水洗浴に導き、加熱状態で水洗を行うことで、好ましい分離特性、透過特性、膜構造を持った中空糸膜を得ることができる。温水の温度は30〜100℃が好ましく、40℃〜90℃がさらに好ましい。これよりも低温では洗浄効果が不十分になってしまう可能性が高く、これよりも高温では洗浄液として水が使用できないことがある。
【0064】
製膜後、オンライン洗浄を経て得られた中空糸膜は、使用中や洗浄操作による膜特性の変化を抑制し、膜特性の保持性・安定性、膜特性の回復性を確保する目的で、加熱処理を施すのが好ましい。この加熱処理を熱水への浸漬処理とすることで、同時に、中空糸膜に残存する溶媒や非溶媒などを洗浄・除去する効果も期待できる。
【0065】
中空糸膜の加熱処理に使用される熱水の温度は、40〜100℃、より好ましくは60〜95℃、処理時間は30〜90分、より好ましくは40〜80分、さらに好ましくは50〜70分である。温度がこれよりも低く、処理時間がこれよりも短いと中空糸膜にかかる熱履歴が不十分となり、膜特性の保持性・安定性が低下する可能性があり、また、洗浄効果が不十分となり溶出物が増加する可能性が高くなる。温度がこれよりも高く、処理時間がこれよりも長いと、水が沸騰してしまったり、処理に長時間を要したりするため生産性が低下することがある。熱水に対する中空糸膜の浴比は、中空糸膜が十分に浸る量の熱水を使用すれば、特に制限されないが、あまり多量の熱水を使用するのは、生産性が低下する可能性がある。また、この加熱処理の際、中空糸膜を適当な長さのバンドル状にして直立させた状態で熱水に浸漬すると、内腔部分にまで熱水が到達しやすく、加熱処理・洗浄効果の観点から好ましい。
【0066】
本発明の多孔質中空糸膜は、上記加熱処理の後、ただちに高圧熱水で処理するのが好ましい。具体的には、水没状態で高圧蒸気滅菌機にセットし、通常の高圧蒸気滅菌条件である処理温度120〜140℃、処理時間20〜120分で処理するのが好ましい。この際、上記加熱処理の完了した中空糸膜は、濡れた状態のまま、高温の状態のまま速やかに高圧熱水処理を開始するのが好ましい。加熱処理で膜の温度が上昇し「緩んだ」状態でさらに高圧熱水処理することで、過剰な親水性高分子が除去されるのと同時に存在状態が最適化され、透過特性が最適化されると考えられる。上記の範囲よりも処理温度が低い場合、処理時間が短い場合、処理条件がマイルドすぎるために過剰親水性高分子の除去、存在状態の最適化が不十分となり、膜特性の経時的変化、実使用時の溶出による被処理液の汚染などの不具合を招く可能性が大きくなってしまう。上記の範囲よりも処理温度が高い場合、処理時間が長い場合、処理条件が過酷であるために、膜構造の破壊、親水性高分子の過度の抽出などにより、分離特性や強度の低下を招く可能性が大きくなってしまう。
【0067】
製膜、加熱処理、高圧熱水処理を完了した中空糸膜は、乾燥することによって、最終的に完成する。乾燥方法は、風乾、減圧乾燥、熱風乾燥、マイクロ波乾燥など通常利用される乾燥方法が広く利用できる。特に、最近、血液処理膜の乾燥などで利用されているマイクロ波乾燥は、比較的低温度で効率的に大量の中空糸膜を乾燥できる点で、好ましく利用され得る。乾燥時の温度は、室温〜70℃、好ましくは30〜65℃である。これよりも温度が低いと乾燥までに長時間を要し、これよりも温度が高いと熱風生成のためのエネルギーコストが高くなり、いずれも好ましくない。また、中空糸膜は絶乾状態にまで乾燥してしまうと、親水性高分子の分解、マイグレーションにより好ましい透過特性を維持するのが困難になってしまうので、乾燥処理後の水分率は、好ましくは1〜12%、より好ましくは2〜10%になるよう設定するのが好ましい。水分率がこれよりも低いと、好ましい透過特性を得るのが困難になり、これよりも高いと湿り気が多く取扱性が悪化して、いずれも好ましくない。
【実施例】
【0068】
以下、本発明の有効性を実施例を挙げて説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。なお、以下の実施例における評価方法は以下の通りである。
【0069】
1.中空糸膜水分率の測定
紡糸・後処理によって得られた中空糸膜バンドルを使用して、中空糸膜水分率を次式[1]により算出した。
中空糸膜水分率[%]=100×(W1+W2)/W1 [1]
ここで、W1は紡糸・後処理によって得られた中空糸膜バンドルの重量(g)、W2はこの中空糸膜バンドルを、120℃の乾熱オーブンで2時間にわたって乾燥した絶乾状態の中空糸膜バンドルの重量(g)である。
【0070】
2.ミニモジュールの作製
中空糸膜を約30cmの長さに切断し、両末端をパラフィンフィルムで束ねて中空糸膜束を作製した。この中空糸膜束の両端をパイプ(スリーブ)に挿入し、ウレタンポッティング剤で固めた。端部を切断して、両末端がスリーブで固定された両端開口ミニモジュールを得た。中空糸膜の本数は、内面の表面積が30〜50cmになるよう適宜設定した。
【0071】
3.外筒つきミニモジュールの作製
ポリ塩化ビニル製チューブ(約15cm長)の一方の端部に円筒状チップを、他方の端部に側管つき円筒状チップを装着した。この、両端にチップのついたポリ塩化ビニル製チューブに、約15cmの長さに切断した中空糸膜1本から5本を挿入し、中空糸膜内腔を塞がないように両端のチップ部分をシリコーン接着剤で固めた。この外筒つきミニモジュールは、端部のチップ部分から中空糸膜内腔へ液を導入することで中空糸膜の内腔から外壁方向への濾過(内−外濾過)ができる上、側管から液を導入することで外壁から内腔方向への濾過(外−内濾過)を行うこともできる。
【0072】
4.膜面積の計算
モジュールの膜面積は中空糸膜の内周近傍の径を基準として求めた。次式[2]によってモジュールの膜面積A[m]が計算できる。
A=n×π×d×L [2]
ここで、nは中空糸膜の本数、πは円周率、dは中空糸膜の内径[m]、Lはモジュールにおける中空糸膜の有効長[m]である。
【0073】
5.純水Fluxの測定
ミニモジュールの末端スリーブ2箇所(それぞれ内腔流入口、内腔流出口と称する)に回路を接続し、ミニモジュールへの液体の流入圧とミニモジュールからの液体の流出圧を測定できるようにした。純水を加圧タンクに入れて25℃に保温し、濾過圧が1.0bar程度になるようレギュレーターで圧力を制御しながら、ミニモジュールの内腔流入口に純水を導入して中空糸膜の内腔に純水を満たした。内面流出口に接続した回路(圧力測定点よりも下流)を鉗子で封じて流れを止め、モジュールの内腔流入口から入った純水を全濾過するようにした。引き続きミニモジュールへ純水を送り、30秒にわたって濾過を行い、膜の馴化を行った。馴化処理中の濾液は廃棄した。その後、中空糸膜外面から得られる濾液量を2分間にわたって回収し、その量を測定した。また、濾過実施時の内腔流入口側圧力Pi、内腔流出口側圧力Poを測定し、次式[3]で膜間圧力差(TMP)ΔPを得た。
ΔP=(Pi+Po)/2 [3]
濾過時間t[h]、TMPΔP[bar]、ミニモジュールの膜面積A[m]、濾液量V[L]から次式[4]により純水Flux[L/(h・m・bar)]を得た。
純水Flux=V÷t÷A÷ΔP [4]
【0074】
6.免疫グロブリンの透過試験
日水製薬(株)社から市販されているダルベッコPBS(−)粉末「ニッスイ」9.6gを蒸留水に溶解して全量を1000mLとし、PBSを得た。この緩衝液で、田辺三菱製薬(株)社から市販されている献血ヴェノグロブリン−IHヨシトミを希釈し、1mol/Lの水酸化ナトリウム水溶液でpHが6.8になるよう調整した。希釈、pH調整後の免疫グロブリン濃度は0.25%になるように調整した(以下この溶液をIVIG/PBSと略記する)。外筒つきミニモジュールの末端チップ2箇所(それぞれ内腔流入口、内腔流出口と呼称する)に回路を接続し、中空糸膜内腔への液導入出を可能にした。液導入側には液の流入圧を測定できるようにした。液導出側は鉗子で封じて流れを止め、モジュールの内腔流入口から入った液が全量濾過されるようにした。IVIG/PBSを加圧タンクに入れて25℃に保温し、濾過圧が1.0barになるようレギュレーターで圧力を制御しながら、外筒つきミニモジュールの内腔に導入した。中空糸膜外面から得られる濾過液は、チップの側管から回収した。濾液は、濾過開始から10分、20分、40分、60分、80分、100分、120分、の各時点(濾過開始からn分の時点をTnと呼称する)で容器を換えて受けた。この際、各画分の濾液回収量は、各点で重量を測定した。この際、各画分の濾液回収量は、電子天秤に表示された値から読み取った。Tn時点までのスループットTPn[L/m]は、次式[5]で算出した。
TPn=Wn÷1.0÷A÷1000 [5]
ここで、Wは濾過開始n分時点の画分までの濾液回収量の総計[g]、1.0はIVIG/PBSの密度[g/cc]、Aはモジュールの膜面積[m]である。
【0075】
7.免疫グロブリン濾過時間−濾液回収積算量(スループット)の関係の解析
上記の濾過試験で得た濾過時間Tn、その濾過時間の時点までのスループットTPnの数値を、パソコン上の表計算ソフト(マイクロソフト・エクセル)に入力し、「30L/m濾過するまでにかかる時間」を算出した。
【0076】
8.免疫グロブリン透過率の測定
上記濾過試験で得た各画分の濾液、および被濾過液であるIVIG/PBSから、次式[6]で免疫グロブリン透過率Pを算出した。
P=100[%]×(濾液中のタンパク濃度)/(被濾過液IVIG/PBSのタンパク濃度) [6]
ここで、被濾過液IVIG/PBSのタンパク濃度および濾液中のタンパク濃度は280nmの吸光度を測定し、既知濃度の免疫グロブリン溶液で作成した検量線から濃度を算出した。
【0077】
9.バクテリオファージφX174のクリアランス指数測定
(1)試験用ファージ液の調製
既述の手法で調製したPBSで、シグマアルドリッチジャパン(株)社から市販されているAlbumin from bovine serum(製品番号A2153)を、0.1重量%となるよう溶解して0.1重量% BSA溶液(以下単にBSA溶液と称する)を得た。凍結保存した濃厚なφX174含有液(力価1〜10×10pfu/mL)を解凍し、このBSA溶液で100倍に希釈した。さらに、0.1μm孔径のメンブレンフィルターで濾過、凝集成分などを除去して試験用ファージ液とした。
【0078】
(2)試験用ファージ液を使用した濾過試験
外筒つきミニモジュールの末端チップ2箇所(それぞれ内腔流入口、内腔流出口と称する)に回路を接続し、中空糸膜内腔への液導入出を可能にした。液導入側には液の流入圧を測定できるようにした。液導出側は鉗子で封じて流れを止め、モジュールの内腔流入口から入った液が全量濾過されるようにした。試験用ファージ液を加圧タンクに入れて25℃に保温し、濾過圧が1.0barになるようレギュレーターで圧力を制御しながら、外筒つきミニモジュールの内腔に導入した。中空糸膜外面から得られる濾過液を、チップの側管から回収した。濾過は、中空糸膜面積1mあたり300Lの濾液が得られるまで実施した。
【0079】
(3)試験用ファージ液と濾液のファージ力価測定
10mM濃度のMgSO水溶液に、660nmでの吸光度が4.0となるように大腸菌を懸濁させておいた(以下E.Coli液と称する)。また、寒天培地、トップアガーを準備し、あらかじめ50℃に暖めておいた。特にトップアガーは、流動性を保っておくよう注意した。試験用ファージ液をBSA溶液で適当に希釈した液10μLと、E.Coli液50μLを混和し、37℃で20分インキュベートして大腸菌にファージを感染させた。インキュベート完了後、この混合液全量を、トップアガー3mLと混和し、速やかに全量を寒天培地上に展開した。寒天培地上でトップアガーが完全に固化した後、37℃で2〜4時間インキュベートした。インキュベート完了後、寒天培地上のプラーク数をカウントし、希釈倍率を考慮して試験用ファージ液の力価(以下Tpreと略記する)[pfu/mL]を算出した。同様の手法で濾液のファージ力価(以下Tpostと略記する)を得た。
【0080】
(4)中空糸膜のファージクリアランス指数算出
次式[7]により中空糸膜のファージクリアランス指数を算出した。ここで、Tpre[pfu/mL]とは評価用中空糸膜に導入した試験用ファージ液の力価であり、Tpost[pfu/mL]とは試験用ファージ液を評価用中空糸膜で濾過して得られた濾液のファージ力価である。
ファージクリアランス指数[LRV]=log10(Tpre/Tpost) [7]
【0081】
10.高負荷時のバクテリオファージφX174のクリアランス指数測定
上記と同様の方法で、中空糸膜面積1mあたりの濾過量が200Lを超えた時点から濾液を回収し、この回収濾液を使用して上記の方法によりファージクリアランス指数を求めた。
【0082】
11.金コロイドによる捕捉試験
(1)金コロイド分散液の調製
市販の10nmまたは20nm金コロイド均一液(シグマ社製)(微量のクエン酸含有、安定剤、分散剤は非含有)6mlと2.0%牛血清アルブミン(ナカライテスク社製)水溶液3mlを混合した後、0.4%グルタチオン(還元型)水溶液3mlを添加した。
【0083】
(2)中空糸膜の分画層評価
ミニモジュールに、調製した10nmまたは20nm金コロイド分散液を1barの加圧下で濾過した。金コロイド分散液を10L/m濾過した後に同量の蒸留水で再度濾過した。膜の断面について光学顕微鏡(キーエンス社製VHX−1000)を用いて、倍率500倍で金コロイドの捕捉状態を観察した。
【0084】
12.捕捉層の厚み、位置の測定
前記20nmの金コロイドの捕捉試験を実施した膜を、光学顕微鏡を用いて500倍で観察した。金コロイドにより染まった部分の厚みを画像から求めた。具体的には、定規で任意に5点測定して平均値を捕捉層の厚みとした。
また、捕捉層の位置を以下の方法で測定した。20nmの金コロイドの捕捉試験を実施した膜を、光学顕微鏡を用いて500倍で観察した。内周近傍の捕捉層については、内表面から金コロイドにより染まった部分(最も内側)までの半径方向の距離を定規で5点測定して平均値を求め、これを後述する膜厚の測定で得られた膜厚で除して、位置を百分率で求めた。外周近傍の捕捉層については、外表面から金コロイドにより染まった部分(最も外側)までの半径方向の距離を定規で5点測定して平均値を求め、これを同様に膜厚で除して、位置を百分率で求めた。
【0085】
13.捕捉層の孔径の測定
前記11.(2)で濾過した10nmの金コロイド液を走査型電子顕微鏡(キーエンス社製VE−9800)を用いて10万倍で、n=50個の粒子サイズを測定し、その中から最大粒子サイズを求めた。この最大粒子サイズを緻密層の最小孔径とした。
次に、最大孔径はバブルポイント法で求めた。具体的には、片端を接着封止した中空糸膜モジュールをPorous Materials社製Galwickに浸漬し、中空側から加圧し、気泡が一定間隔で確認された圧力から、最大孔径を算出した。
最大孔径(nm)=28.6×15.9÷圧力値(bar)
【0086】
14.中空糸膜の内径、膜厚の測定
中空糸膜の内径、外径および膜厚は、中空糸膜をスライドグラスの中央に開けられたφ3mmの孔に中空糸膜が抜け落ちない程度に適当本数通し、スライドグラスの上下面でカミソリによりカットし、中空糸膜断面サンプルを得た後、投影機Nikon−V−12Aを用いて中空糸膜断面の短径、長径を測定することにより得られる。中空糸膜断面1個につき2方向の短径、長径を測定し、それぞれの算術平均値を中空糸膜断面1個の内径および外径とし、膜厚は(外径−内径)/2で算出した。5断面について同様に測定を行い、平均値を内径、膜厚とした。
【0087】
15.中空糸膜の耐圧性試験
ミニモジュールの中空部側に加圧エアーを送り込み、中空糸膜がバーストする圧力(MPa)を読み取った。装置の能力上、最大加圧値は0.82MPaであり、この圧力でもバーストしない場合は、>0.82MPaという表記とした。
【0088】
(実施例1)
PES(BASF社製Ultrason(商品名)E6020P 還元粘度0.59)20重量部、BASF社製PVP(Luvitec(商品名)K90PH)6重量部、三菱化学社製NMP33.3重量部、三井化学社製TEG40.6999重量部、和光純薬工業製酢酸銅0.0001重量部を55℃で6時間にわたって混合、溶解し均一な溶液を得た。この際、系内は減圧、窒素送入を数回繰り返して窒素置換し、密閉した状態で溶液の調製を行った。溶液調製後、55℃で常圧−0.09MPaまで減圧した後、溶媒等が揮発して溶液組成が変化しないようにすぐに系内を密封して30分放置して脱泡を行った。さらに、溶液はタンクからノズルをつなぐ流路に設けられた減圧部分で連続的に脱泡された後、ノズルに導入した。この際、流路の温度は55℃、減圧部分の減圧度は常圧−0.050MPaであった。
【0089】
二重管ノズルの環状部から上記製膜溶液を、中心部から芯液としてNMP38.25重量部、TEG46.75重量部、RO水15重量部の混合液を吐出し、15mmのエアギャップを経て、NMP27重量部、TEG33重量部、RO水40重量部の混合液からなる外部凝固液を満たした凝固浴に導いた。この際、ノズル温度は55℃、外部凝固液温度は60℃に設定した。凝固浴から引き上げた中空糸膜は55℃の温水を満たした洗浄槽に導いた。
【0090】
紡速は22.2m/min、中空糸膜の凝固浴内における走行長は450mmであり、凝固浴内の滞留時間は1.22秒であった。洗浄槽内での滞留時間は30秒になるよう走行長を設定した。中空糸膜は、内径が約200μm、膜厚が約60μmになるよう製膜溶液、芯液の吐出量を制御した。上記の条件から算出される中空糸膜のエアギャップ部滞留時間は0.04秒であった。また、ドラフト比は10.5、捲上げ速度/引取り速度の比は1.01であった。
【0091】
巻き取った中空糸膜は、本数5600本、長さ40cmのバンドルとし、芯液を除去した。その後、80℃のRO水に60分、直立状態で浸漬して熱水処理を行った。加熱処理が完了した中空糸膜は、濡れた状態のまま速やかに40℃の温水を入れた高圧蒸気滅菌器に水没させ、132℃×20分の条件で高圧熱水処理を行った。
【0092】
次に、中空糸膜束48本を回転テーブルに載せてマイクロ波乾燥装置(千代田製作所社製HD−12R)に入れ、8kWのマイクロ波を照射するとともに乾燥装置内を7kPaに減圧し、27分乾燥処理を行った。続いてマイクロ波出力を3.5KWに設定して7kPaの減圧下で7分乾燥処理を行い、さらにマイクロ波出力を2kWに低下させて5分の乾燥を完了した。さらに、中空糸束をもう一度40℃の温水を入れた高圧蒸気滅菌器に水没させ、132℃×20分の条件で度高圧熱水処理を行った。引き続き、先ほどと同様にマイクロ波乾燥を実施した。乾燥工程における中空糸膜表面の最高到達温度は60℃、乾燥中空糸膜の水分率は3.3%であった。以上の工程を経て、内径198μm、膜厚59μmの中空糸膜(A)を得た。
【0093】
10nmの金コロイド捕捉試験を実施した膜断面を光学顕微鏡によって観察した結果、金コロイドは捕捉されていなかった(図11)。また、20nmの金コロイド捕捉試験を実施した膜断面を光学顕微鏡によって観察した結果、金コロイドは内周及び外周近傍に捕捉されていた(図1)。また、この中空糸膜(A)を透過型電子顕微鏡(日本電子社製JEM−2100)を用いて2000倍で観察したところ、内周近傍及び外周近傍は膜構造が密(黒色及び灰色部)であったが(図4及び図6)、中央部は膜構造が疎であることが確認された(図5及び図3)。走査型電子顕微鏡で500倍で観察を行ったところ、中空糸膜(A)の膜厚部分の中心領域は実質的に均質な構造、膜厚部分がマクロボイドを実質的に持たない構造であった。内周近傍の捕捉層の厚みは5μm、外周近傍の捕捉層の厚みは12μmであった。また、内周近傍の捕捉層は内表面からおよそ18%の位置、外周近傍の捕捉層は外表面からおよそ25%の位置であった。さらに、捕捉層の最小孔径は11nm、最大孔径は36nmであった。中空糸膜(A)の詳細と評価結果を表1に示す。なお、中空糸膜の評価にあたっては、純水Fluxを測定し、免疫グロブリンの透過試験を実施した。そして、免疫グロブリンの透過試験で得られた、30L/m濾過するまでにかかる時間及び濾過時間120分の各時点での濾液を使用し、既述の方法によって免疫グロブリンの透過率を測定した。また、中空糸膜面積1mあたりの濾過負荷量300L時点のバクテリオファージφX174のクリアランス指数(以下φX174−CL300と略記する)を測定した。
【0094】
(実施例2)
BASF社製PVPを(Luvitec(商品名)K85PH)に変更した以外は実施例1と同様にして中空糸膜(B)を得た。10nmの金コロイド捕捉試験を実施した膜断面を光学顕微鏡によって観察した結果、金コロイドは捕捉されていなかった。また、20nmの金コロイド捕捉試験を実施した膜断面を光学顕微鏡によって観察した結果、金コロイドは内周及び外周近傍に捕捉されていた。また、透過型電子顕微鏡で観察したところ、内周及び外周近傍は膜構造が密(黒色及び灰色部)であったが、中央部は膜構造が疎であることが確認された。SEM観察を行ったところ、中空糸膜(B)の膜厚部分の中心領域は実質的に均質な構造、膜厚部分にマクロボイドを実質的に持たない構造であった。内周近傍に存在する捕捉層の厚みは4μm、外周近傍に存在する捕捉層の厚みは11μmであった。また、内周近傍に存在する捕捉層は内表面から17%の位置、外周近傍に存在する捕捉層は外表面から25%の位置であった。さらに、捕捉層の最小孔径は12nm、最大孔径は36nmであった。中空糸膜(B)の詳細と評価結果を表1に示す。
【0095】
(実施例3)
ドラフト比を17.0に変更した以外は実施例1と同様にして中空糸膜(C)を得た。乾燥工程における中空糸膜表面の最高到達温度は60℃、乾燥中空糸膜の水分率は3.1%であった。10nmの金コロイド捕捉試験を実施した膜断面を光学顕微鏡によって観察した結果、金コロイドは捕捉されていなかった。また、20nmの金コロイド捕捉試験を実施した膜断面を光学顕微鏡によって観察した結果、金コロイドは内周及び外周近傍に捕捉されていた。また、透過型電子顕微鏡で観察したところ、内周及び外周近傍は膜構造が密(黒色及び灰色部)であったが、中央部は膜構造が疎であることが確認された。SEM観察を行ったところ、中空糸膜(C)の膜厚部分の中心領域は実質的に均質な構造、膜厚部分にマクロボイドを実質的に持たない構造であった。内周近傍に存在する捕捉層の厚みは5μm、外周近傍に存在する捕捉層の厚みは12μmであった。また、内周近傍に存在する捕捉層は内表面から19%の位置、外周近傍に存在する捕捉層は外表面から26%の位置であった。さらに、捕捉層の最小孔径は11nm、最大孔径は36nmであった。中空糸膜(C)の詳細と評価結果を表1に示す。
【0096】
(実施例4)
捲上げ速度/引取り速度の比を1.20に変更した以外は実施例1と同様にして中空糸膜(D)を得た。乾燥工程における中空糸膜表面の最高到達温度は60℃、乾燥中空糸膜の水分率は3.6%であった。10nmの金コロイド捕捉試験を実施した膜断面を光学顕微鏡によって観察した結果、金コロイドは捕捉されていなかった。また、20nmの金コロイド捕捉試験を実施した膜断面を光学顕微鏡によって観察した結果、金コロイドは内周近傍及び外周近傍に捕捉されていた。また、透過型電子顕微鏡で観察したところ、内周近傍及び外周近傍は膜構造が密(黒色及び灰色部)であったが、中央部は膜構造が疎であることが確認された。SEM観察を行ったところ、中空糸膜(D)の膜厚部分の中心領域は実質的に均質な構造、膜厚部分にマクロボイドを実質的に持たない構造であった。内周近傍に存在する捕捉層の厚みは3μm、外周近傍に存在する捕捉層の厚みは11μmであった。また、内周近傍に存在する捕捉層は内表面から18%の位置、外周近傍に存在する捕捉層は外表面から24%の位置であった。さらに、捕捉層の最小孔径は12nm、最大孔径は37nmであった。中空糸膜(D)の詳細と評価結果を表1に示す。
【0097】
(実施例5)
ドラフト比を3.5、捲上げ速度/引取り速度の比を1.15に変更した以外は実施例1と同様にして中空糸膜(E)を得た。乾燥工程における中空糸膜表面の最高到達温度は60℃、乾燥中空糸膜の水分率は2.9%であった。10nmの金コロイド捕捉試験を実施した膜断面を光学顕微鏡によって観察した結果、金コロイドは捕捉されていなかった。また、20nmの金コロイド捕捉試験を実施した膜断面を光学顕微鏡によって観察した結果、金コロイドは内周及び外周近傍に捕捉されていた。また、透過型電子顕微鏡で観察したところ、内周及び外周近傍は膜構造が密(黒色及び灰色部)であったが、中央部は膜構造が疎であることが確認された。SEM観察を行ったところ、中空糸膜(E)の膜厚部分の中心領域は実質的に均質な構造、膜厚部分にマクロボイドを実質的に持たない構造であった。内周近傍に存在する捕捉層の厚みは3μm、外周近傍に存在する捕捉層の厚みは11μmであった。また、内周近傍に存在する捕捉層は内表面から17%の位置、外周近傍の捕捉層は外表面から25%の位置であった。さらに、捕捉層の最小孔径は12nm、最大孔径は36nmであった。中空糸膜(E)の詳細と評価結果を表1に示す。
【0098】
(実施例6)
PESを住友ケムテック社製スミカエクセル(登録商標)5200P(還元粘度0.52)に変更した以外は実施例1と同様にして中空糸膜(F)を得た。乾燥工程における中空糸膜表面の最高到達温度は60℃、乾燥中空糸膜の水分率は3.6%であった。10nmの金コロイド捕捉試験を実施した膜断面を光学顕微鏡によって観察した結果、金コロイドは捕捉されていなかった。また、20nmの金コロイド捕捉試験を実施した膜断面を光学顕微鏡によって観察した結果、金コロイドは内周及び外周近傍に捕捉されていた。また、透過型電子顕微鏡で観察したところ、内周及び外周近傍は膜構造が密(黒色及び灰色部)であったが、中央部は膜構造が疎であることが確認された。SEM観察を行ったところ、中空糸膜(F)の膜厚部分の中心領域は実質的に均質な構造、膜厚部分にマクロボイドを実質的に持たない構造であった。内周近傍に存在する捕捉層の厚みは5μm、外周近傍に存在する捕捉層の厚みは12μmであった。また、内周近傍に存在する捕捉層は内表面から19%の位置、外周近傍に存在する捕捉層は外表面から25%の位置であった。さらに、捕捉層の最小孔径は12nm、最大孔径は36nmであった。中空糸膜(F)の詳細と評価結果を表1に示す。
【0099】
(実施例7)
ポリスルホン系高分子をPSf(アモコ社製P−3500:還元粘度0.6)にした以外は実施例1と同様にして中空糸膜(G)を得た。10nmの金コロイド捕捉試験を実施した膜断面を光学顕微鏡によって観察した結果、金コロイドは捕捉されていなかった。また、20nmの金コロイド捕捉試験を実施した膜断面を光学顕微鏡によって観察した結果、金コロイドは内周及び外周近傍に捕捉されていた。また、透過型電子顕微鏡で観察したところ、内周及び外周近傍は膜構造が密(黒色及び灰色部)であったが、中央部は膜構造が疎であることが確認された。SEM観察を行ったところ、中空糸膜(G)の膜厚部分の中心領域は実質的に均質な構造、膜厚部分にマクロボイドを実質的に持たない構造であった。内周近傍に存在する捕捉層の厚みは5μm、外周近傍に存在する捕捉層の厚みは12μmであった。また、内周近傍に存在する捕捉層は内表面から18%の位置、外周近傍に存在する捕捉層は外表面から26%であった。さらに、捕捉層の最小孔径は11nm、最大孔径は36nmであった。中空糸膜(G)の詳細と評価結果を表1に示す。
【0100】
(比較例1)
ドラフト比を17.0、捲上げ速度/引取り速度の比を1.23に変更した以外は実施例1と同様にして中空糸膜(H)を得た。10nmまたは20nmの金コロイド捕捉試験を実施した膜断面を光学顕微鏡によって観察した結果、20nmの金コロイドは内周及び外周近傍に捕捉され、さらには10nmの金コロイドも外周近傍に捕捉されていた。内周近傍に存在する捕捉層の厚みは6μm、外周近傍に存在する捕捉層の厚みは13μmであった。また、内周近傍に存在する捕捉層は内表面から17%の位置、外周近傍に存在する捕捉層は外表面から24%の位置であった。さらに、捕捉層の最小孔径は9nm、最大孔径は35nmであった。
また、純水フラックスは31L/(h・m・bar)であり、実施例に比べて大きく低下し、免疫グロブリン透過率も93%と低くなった。これらの結果から、ドラフト比が大き過ぎると、適度な配向のレベルを越え、膜の孔が変形してしまい、10nm金コロイドの捕捉、フラックスの低下、有用タンパク質の透過性の低下が引き起こされた可能性がある。
免疫グロブリン透過率が95%を下回ると、濾過によるタンパク質ロスが大きくなり、生産性が低下することとなり、実用的ではない。中空糸膜(H)の詳細と評価結果を表1に示す。
【0101】
(比較例2)
ドラフト比を2.0、捲上げ速度/引取り速度の比を0.98に変更した以外は実施例1と同様にして中空糸膜(I)を得た。10nmまたは20nmの金コロイド捕捉試験を実施した膜断面を光学顕微鏡によって観察した結果、10nmの金コロイドは捕捉されておらず、一方20nmの金コロイドは外周近傍にのみ捕捉されていた(図2)。また、透過型電子顕微鏡で観察したところ、外周近傍のみ膜構造が密(黒色及び灰色部)であったが(図10)、内周近傍や中央部は膜構造が疎であることが確認された(図7、図8及び図9)。外周近傍に存在する捕捉層の厚みは9μmであった。外周近傍に存在する捕捉層は外表面から25%の位置であった。さらに、捕捉層の最小孔径は13nm以上、最大孔径は42nmであった。
また、中空糸膜面積1mあたりの濾過負荷量300L時点のバクテリオファージφX174のクリアランス指数(以下φX174−CL300と略記する)を測定した結果、3.1と低く、ウィルス除去膜として不十分な性能であった。これらの結果から、ドラフト比が小さすぎると、中空糸膜の外周近傍の配向及び内周近傍の配向が同時に発生せず、それぞれが緻密な膜構造に導かれなかったため、外周近傍にしか金コロイドの捕捉層は発現せず、ウィルスの除去効果が十分に発揮されなかった可能性がある。中空糸膜(I)の詳細と評価結果を表1に示す。
【0102】
(比較例3)
特許文献6における実施例1(PESは住友ケムテック社製スミカエクセル4800P:還元粘度0.48を使用)に記載の中空糸膜を中空糸膜(J)とした。20nmの金コロイド捕捉試験を実施した膜断面を光学顕微鏡によって観察した結果、20nmの金コロイドはどこにも捕捉されていなかった。
また、中空糸膜面積1mあたりの濾過負荷量300L時点のバクテリオファージφX174のクリアランス指数を測定した結果、3.5と低く、ウィルス除去膜として不十分な性能であった。
これらの結果から、還元粘度が低い疎水性高分子、換言すると分子量が低い疎水性高分子を用いると中空糸膜製膜時に均質な構造が形成されず、ファージクリアランスが低下した可能性がある。中空糸膜(J)の詳細と評価結果を表1に示す。
【0103】
【表1】

【産業上の利用可能性】
【0104】
本発明の多孔質中空糸膜は、タンパク質などの有用回収物質が効率良く透過しつつ、同時に、ウィルスなどの除去物質を高いファージクリアランス指数で分離除去することができ、特にタンパク質溶液からのウィルス除去に有用であり、産業界に大きく寄与する。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
疎水性高分子と親水性高分子を含んでなり、粒子径20nmの金コロイド粒子を定圧濾過した時、膜厚部分の内周近傍と外周近傍に捕捉層を有し、膜厚部分が内周近傍から外周近傍にかけて密−疎−密な構造からなること、及び粒子径10nmの金コロイド粒子を定圧濾過した時、膜厚部分に金コロイドが捕捉されないことを特徴とするタンパク質含有液処理用多孔質中空糸膜。
【請求項2】
前記内周近傍および外周近傍に存在する捕捉層の厚みが、1〜15μmであることを特徴とする請求項1に記載のタンパク質含有液処理用多孔質中空糸膜。
【請求項3】
前記内周近傍および外周近傍が、それぞれ中空糸膜の内表面および外表面から膜厚の30%までの範囲を指すことを特徴とする請求項1に記載のタンパク質含有液処理用多孔質中空糸膜。
【請求項4】
前記内周近傍および外周近傍が、それぞれ中空糸膜の内表面および外表面から膜厚の1〜30%までの範囲を指すことを特徴とする請求項3に記載のタンパク質含有液処理用多孔質中空糸膜。
【請求項5】
前記内周近傍および外周近傍に存在する捕捉層の孔径が、10〜40nmであることを特徴とする請求項1〜4のいずれかに記載のタンパク質含有液処理用多孔質中空糸膜。
【請求項6】
内径が150〜400μm、膜厚が50〜100μmであることを特徴とする請求項1〜5のいずれかに記載のタンパク質含有液処理用多孔質中空糸膜。
【請求項7】
疎水性高分子がポリスルホン系高分子であることを特徴とする請求項1〜6のいずれかに記載のタンパク質含有液処理用多孔質中空糸膜。
【請求項8】
親水性高分子がポリビニルピロリドンであることを特徴とする請求項1〜7のいずれかに記載のタンパク質含有液処理用多孔質中空糸膜。
【請求項9】
タンパク質溶液からウィルスを分離するために使用される膜であることを特徴とする請求項1〜8のいずれかに記載のタンパク質含有液処理用多孔質中空糸膜。
【請求項10】
純水の透過速度が10〜400L/(h・m・bar)であることを特徴とする請求項1〜9のいずれかに記載のタンパク質含有液処理用多孔質中空糸膜。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図5】
image rotate

【図6】
image rotate

【図7】
image rotate

【図8】
image rotate

【図9】
image rotate

【図10】
image rotate

【図11】
image rotate

【図12】
image rotate


【公開番号】特開2013−71100(P2013−71100A)
【公開日】平成25年4月22日(2013.4.22)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−214283(P2011−214283)
【出願日】平成23年9月29日(2011.9.29)
【出願人】(000003160)東洋紡株式会社 (3,622)
【Fターム(参考)】