説明

タンパク質結晶成長装置、及びその方法

【課題】中性子回折法に使用できる程度の大型の良質なタンパク質結晶を再現性よく成長(形成)させることが可能なタンパク質結晶成長装置、及びその方法を提案する。
【解決手段】タンパク質結晶成長装置1は、制御部2と、制御部2に接続され、不活性ガスで密閉されたチャンバー部3と、を備える。制御部2は、タンパク質の原液及び結晶化剤を混合した混合水溶液15にタンパク質の種結晶16が入れられたチャンバー部3を減圧する手段と、タンパク質の結晶が形成することにより、チャンバー部3における減圧を停止する手段と、タンパク質の結晶表面が溶解することにより、タンパク質の原液を混合水溶液15に注入する手段と、を有することとした。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、タンパク質結晶成長装置、及びその方法に関する。
【背景技術】
【0002】
タンパク質は、複雑な生命現象を支える根幹的な働きを担っており、例えば、多くの疾病・疾患はタンパク質の様々な働きの異常(機能異常)に起因することが知られている。そこで、例えば、特定の疾患に関連又は関与するタンパク質の構造及び機能を解析することにより、そのタンパク質の働きを調節・制御することが可能な化合物等を予見ることができ、創薬プロセスの機関と費用を大幅に短縮することが可能と考えられている。
【0003】
かかるタンパク質の立体構造を決定するために、現在、最も頻繁に使用されている手法は、タンパク質の単結晶を試料として用いたX線回折法によるX線構造解析である。これまで、非常に多くのタンパク質の立体構造が原子レベルで決定され、生命科学の理解に多大な貢献をもたらしてきた。
【0004】
一方、タンパク質のなかには、それ自体、又は、それを含んだものが酵素として生体内の種々の反応を引き起こすが、タンパク質の酵素活性に関与するのは、殆どの場合、水素原子(プロトン)、水素イオン、水分子中の水素原子であり、これらの水素化学種を観測することが、タンパク質が酵素として働く作用機序の解明には必須である。
【0005】
しかし、上述のX線回折法は、X線と原子内の電子による散乱を利用するものであり、また、原子番号が大きい原子ほど回折強度への寄与が大きくなるため、水素原子の電子によるX線の散乱は、通常、その検出は非常に困難か、或いは、検出限界以下となり観測することができない。特に、電子を欠いたプロトンの観察は原理的に不可能である。これに対し、回折手法のなかでも、中性子(線)回折法を用いた中性子構造解析は、中性子(線)の質量がプロトンと同等であって弾性散乱を生じ易いことから、水素原子やプロトンに対する回折強度が比較的大きく、そのため、タンパク質中の水素原子やプロトンの位置情報(原子座標)を高い精度で観測することができる利点がある。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
このような中性子回折法は、中性子源から放出される中性子をコリメートしてタンパク質中に存在する原子核に照射させ、その中性子の散乱角度及び強度を測定することにより、タンパク質中の水素原子やプロトンの位置情報を選択的に取得し、それらを含むタンパク質の立体構造を解析する。このとき、中性子強度(フラックス:1秒間に単位面積を通過する中性子数)はX線強度と比べてほぼ10桁小さいため、小さい中性子強度を補い、検出感度を高めるには、本発明者の知見によれば、タンパク質の結晶体積を例えば1mm3以上となるように大きく、且つ、良質の結晶を成長させ中性子回折実験に供する必要がある。
【0007】
しかし、これまでのところ、1mm3以上の大型の良質なタンパク質結晶を再現性よく形成することは困難であった。ここで、一般に、結晶中のタンパク質分子は、結晶の対称性に従って3次元的に規則正しく配列(配置)され、個々のタンパク質分子は、その周囲を、例えば水分子によって隙間なく取り囲まれており、タンパク質結晶において水分子が占める割合は30〜70%程度である。そうすると、例えば、1mm3のタンパク質結晶中のタンパク質の量は、0.3〜0.7mg程度となる。一方、タンパク質の結晶化で使用される蒸気拡散法で、例えば濃度30mg/mlのタンパク質水溶液を20μl用いたとすると、その中には、0.6mgのタンパク質分子が溶解していることになるから、量的には、1mm3のタンパク質結晶を作成するには十分である。
【0008】
ところが、かかる蒸気拡散法によっても、1mm3以上の大型の良質なタンパク質結晶を作製することは極めて困難である。本発明者が鋭意調査検討したところ、通常の結晶化では、水溶液中に多くの小型結晶が個別に形成される傾向にあり、1つの小型結晶に含まれるタンパク質の質量が少なく、1つの大型結晶にはなり得ない。また、単に、タンパク質水溶液の量を増大しても、膨大な数の小型結晶が形成されるだけである。さらに、近時、種結晶を用いた従来のマクロシーディング法によって、タンパク質結晶の大型化が模索されているものの、構造解析には適さない形状(例えば、平板状や針状)の結晶が成長してしまったり、場合によっては、試行錯誤の末に偶発的に大型のタンパク質結晶を形成させることができ得ることもある。しかし、大型の良質なタンパク質結晶を再現性よく成長させる手法は依然として確立されておらず、その歩留まりを向上させることが可能な技術開発が急務となっている。
【0009】
そこで、本発明は、中性子回折法に使用できる程度の大型の良質なタンパク質結晶を再現性よく成長(形成)させることが可能なタンパク質結晶成長装置、及びその方法を提案する。
【課題を解決するための手段】
【0010】
このような課題を解決するため、本発明によるタンパク質結晶成長装置は、タンパク質溶液及び結晶化剤溶液が供給されるチャンバー(容器)部と、チャンバー部内に、タンパク質溶液を供給するタンパク質溶液供給部と、チャンバー部内に、結晶化剤溶液を供給する結晶化剤溶液供給部と、チャンバー部内に収容されたタンパク質溶液及び結晶化剤溶液の混合液におけるタンパク質の濃度と結晶化剤の濃度との関係を、タンパク質及び結晶化剤の溶解状態図における未飽和領域と、準安定領域と、自動核形成領域との間で、調節する制御部とを備える。なお、タンパク質溶液及び結晶化剤溶液は、予め混合されて「混合液」とされていてもよく、また、タンパク質溶液とは、タンパク質のいわゆる「原液」でもよく、適宜の濃度に調製した水溶液等であってもよいし、結晶化のための他の適宜の試薬を含んでいても構わない。
【0011】
すなわち、本発明は、タンパク質の大型且つ良質の結晶を、後述する「タンパク質及び結晶化剤の溶解状態図」を利用し、チャンバー部内に収容したタンパク質及び結晶化剤の混合液中におけるタンパク質及び結晶化剤の濃度を適宜調節することにより、小粒の結晶が多く形成されてしまうことを抑止することを企図したものである。
【0012】
より具体的な装置構成としては、例えば、制御部に接続され、且つ、チャンバー部内に不活性ガスを供給する不活性ガス供給部と、制御部に接続され、且つ、チャンバー部内を減圧する減圧部と、制御部に接続され、且つ、容器内の減圧を停止する減圧停止部と、制御部に接続され、且つ、容器内を加圧する加圧部とを備えていてもよい。また、タンパク質溶液供給部及び結晶化剤溶液供給部も前記制御部に接続されていてもよい。
【0013】
このように構成されたタンパク質結晶成長装置においては、制御部が各部に接続され、各部を制御するようにされており、例えば、まず、制御部によりチャンバー部内の圧力が所望に制御される。換言すれば、制御部により、チャンバー部内に収容された混合液の水分蒸発が調整され、その混合液中からタンパク質結晶の形成及び成長が行われる。具体的には、制御部によって減圧部を制御し、チャンバー部内を減圧することにより、混合液中の水分が蒸発してタンパク質の濃度が上昇する。これにより、混合液が自動核形成領域に入るとタンパク質結晶が混合液から析出する。これにより、混合液中のタンパク質の濃度が降下し、また、制御部が減圧停止部を制御して、チャンバー部内の減圧を停止することにより、混合液は準安定領域に入る。そこでは新たな核形成は起きないので、混合液中のタンパク質はその結晶成長に消費されるので、多くの種結晶が形成されることなく、1つのタンパク質結晶が有意に成長する。これと同時に混合液中のタンパク質の濃度が降下し、溶解度曲線に到達すると結晶成長が停止する。そこで、制御部がタンパク質溶液供給部を制御して、タンパク質溶液を混合液に追加注入する。混合液は未飽和領域に入り、結晶表面は若干溶解する。これは結晶表面を清浄にすることにも繋がる。その後、制御部が再びチャンバー部内を準安定領域に達するよう減圧することにより、タンパク質結晶成長が再開され得る。
【0014】
さらに、チャンバー部は、成長するタンパク質の結晶を保持する基板を備え、基板は、不活性ガスが供給され、且つ、タンパク質溶液及び結晶化剤溶液又は混合液が注入されるホール部と、不活性ガスが流通する第1経路と、タンパク質溶液が流通する第2経路とを有し、第1経路は、ホール部の上部と基板の端部とを接続し、且つ、基板の上面に沿って形成され、第2経路は、ホール部の下部と基板の端部とを接続し、且つ基板の底面に沿って形成される構成が挙げられる。
【0015】
このようにすれば、チャンバー部の基板に形成されたホール部でタンパク質の結晶成長が行われる。また、基板に設けられた各経路により、不活性ガスはホール部の上部からホール部に流入され、タンパク質の原液はホール部の下部からホール部に注入されるので、本発明者の知見によれば、その結果、タンパク質の結晶成長をより高度に制御することが可能となる。
【0016】
また、制御部は、減圧部と減圧停止部とを交互に及び/又は繰り返し動作させるように構成しても好ましい。
【0017】
さらに、制御部に接続され、且つ、タンパク質の結晶の状態を検出する検出部を有してもよく、この場合、検出部は、タンパク質における結晶の成長状態、及び/又は、タンパク質における結晶表面の溶解状態を検出するものが挙げられる。このように、結晶成長させるタンパク質の状態を検出することにより、所望の性状のタンパク質結晶をより確実に成長させ易くなる利点がある。
【0018】
また、本発明によるタンパク質結晶成長装置は、制御部の動作に着目すれば、制御部は、チャンバー部内にタンパク質の種結晶が予め収容された状態、又は、チャンバー部内でタンパク質の種結晶が形成された状態から、減圧部を動作させてチャンバー部内を減圧し、混合液中の水分を蒸発させることにより、タンパク質及び結晶化剤の溶解状態図において、混合液の状態を、未飽和領域から自動核形成領域へ遷移させて種結晶の成長を開始した後、減圧停止部を動作させてチャンバー部内の減圧を停止させ、タンパク質溶液中のタンパク質をタンパク質の結晶の成長に用いて混合液中のタンパク質の濃度を低下させることにより、混合液の状態を、自動核形成領域から準安定領域を経て前記未飽和領域へ遷移させるものである。また、制御部は、タンパク質溶液供給部を動作させて未飽和領域に到達した混合液に、その後、タンパク質溶液を供給(追加)して混合液中のタンパク質濃度を増加させるように構成しても有用である。
【0019】
また、本発明によるタンパク質結晶成長方法は、特に、本発明によるタンパク質結晶成長装置を用いて有効に実行することができる方法であって、チャンバー部内に、タンパク質溶液を供給するステップと、チャンバー部内に、結晶化剤溶液を供給するステップと、チャンバー部内に収容されたタンパク質溶液及び結晶化剤溶液の混合液におけるタンパク質の濃度と結晶化剤の濃度との関係を、タンパク質及び結晶化剤の溶解状態図における未飽和領域と、準安定領域と、自動核形成領域との間で、調節するステップを含む。
【0020】
またさらに、混合液が収容されたチャンバー内を不活性ガスで置換するステップと、チャンバー部内にタンパク質の種結晶を予め収容した状態、又は、チャンバー内でタンパク質の種結晶を形成させた状態から、チャンバー部内を減圧するステップと、タンパク質の結晶が成長を開始したときに、チャンバー部内の減圧を停止するステップと、タンパク質の結晶表面が溶解したときに、混合液にタンパク質溶液を供給するステップとを更に含んでもよい。
【0021】
また、この場合、減圧するステップと、減圧を停止するステップとを交互に及び/又は繰り返し実行するようにしても好適である。
【0022】
さらに、タンパク質の結晶の状態を検出するステップを含んでもよく、このとき、タンパク質の結晶の状態を検出するステップにおいては、タンパク質における結晶の成長状態、及び/又は、タンパク質における結晶表面の溶解状態を検出するようにしてもよい。
【0023】
また、換言すれば、本発明によるタンパク質結晶成長方法は、チャンバー部内にタンパク質の種結晶を予め収容した状態、又は、チャンバー部内でタンパク質の種結晶を形成させた状態から、チャンバー部内を減圧し、混合液中の水分を蒸発させることにより、タンパク質及び結晶化剤の溶解状態図において、混合液の状態を、未飽和領域から自動核形成領域へ遷移させて種結晶の成長を開始した後、チャンバー部内の減圧を停止し、タンパク質溶液中のタンパク質をタンパク質の結晶の成長に用いて混合液中のタンパク質の濃度を低下させることにより、混合液の状態を、自動核形成領域から準安定領域を経て未飽和領域へ遷移させる方法であり、この場合、未飽和領域に到達した混合液に、タンパク質溶液を追加供給して混合液中のタンパク質濃度を増加させるようにしてもよい。
【発明の効果】
【0024】
本発明によれば、蒸気拡散法による結晶育成方法を応用し、すなわち、結晶化剤(リザーバー)溶液との蒸気圧差を用いることなくタンパク質溶液(滴)中の蒸気圧を制御することにより、タンパク質を、所望の大きさであって、且つ、良質な結晶に、しかも再現性よく成長せしめることができるとともに、結晶育成を不活性ガス雰囲気下で実施するので、タンパク質の結晶表面の酸化をも防止することができる。
【図面の簡単な説明】
【0025】
【図1】本発明によるタンパク質結晶成長装置の一実施形態の概略構成を示すブロック図である。
【図2A】図1に示すタンパク質結晶成長装置1の要部を模式的に示す上面図である。
【図2B】同タンパク質結晶成長装置1の要部を模式的に示す側面図である。
【図3】図2Aにおけるチャンバー部3をIII−III線に沿って示す断面図である。
【図4】タンパク質の結晶成長の相図の一例を示す溶解状態図である。
【図5】従来のハンギングドロップ法の一例を示す溶解状態図である。
【図6】図6に示す従来のハンギングドロップ法の一例を用いてタンパク質の結晶成長を行っている状態を示す概略図である。
【図7】本発明の一実施形態に基づいてタンパク質の結晶成長の相図の一例を示す溶解状態図である。
【図8】本発明の一実施形態で用いるタンパク質及び結晶化剤(リザーバー)溶液の混合液の濃度の一例を示す溶解状態図である。
【図9】図2Aにおけるチャンバー部3の側面図である。
【発明を実施するための形態】
【0026】
以下、本発明の実施の形態について、図面を参照して説明する。なお、図面中、同一の要素には同一の符号を付し、重複する説明を省略する。また、上下左右等の位置関係は、特に断らない限り、図面に示す位置関係に基づくものとする。さらに、図面の寸法比率は、図示の比率に限定されるものではない。また、以下の実施の形態は、本発明を説明するための例示であり、本発明をその実施の形態のみに限定する趣旨ではない。さらに、本発明は、その要旨を逸脱しない限り、さまざまな変形が可能である。
【0027】
(1)タンパク質結晶成長装置の構成
図1は、本発明によるタンパク質結晶成長装置の一実施形態の概略構成を示すブロック図であり、図2Aは、図1に示すタンパク質結晶成長装置1の要部を模式的に示す上面図であり、図2Bは、同タンパク質結晶成長装置1の要部を模式的に示す側面図である。同図に示す如く、タンパク質結晶成長装置1は、制御部2とチャンバー部3を備えており、さらに、それらに接続された気圧調整部4、ガス調整部5、注入部6、センサー部7、及び検出部8を含んで構成されている。
【0028】
制御部2は、気圧調整部4、ガス調整部5、注入部6、センサー部7、及び検出部8の各部の制御を行うものであって、例えばCPU、プロセッサなどの電子回路であってもよく、又は、通常のコンピュータ装置、専用化したシステム、若しくは汎用の情報処理装置のいずれであってもよい。さらに、例えば、一般的な構成の情報処理装置において、後述するタンパク質結晶成長方法における各処理のアルゴリズムを含む(プログラミングされた)ソフトウェアを実行することにより、本実施形態の制御部2として動作させることもできる。
【0029】
チャンバー部3は、タンパク質の結晶を成長させる密閉空間を画成するものであり、チャンバー部3内に設けられた結晶成長基板31を用いて、大型で且つ良質なタンパク質の結晶を作製するものである。本実施形態のチャンバー部3は、その体積が、例えば、106mm3の無色透明な密閉容器であって、少なくとも1ヶ月以上、気密性の保持が可能な容器を用いことができる。なお、チャンバー部3の詳細な構成については後述する。
【0030】
また、気圧調整部4は、制御部2の指示に基づき、チャンバー部3内を所望の圧力(蒸気圧)に調整し、該調整を停止する。より具体的には、気圧調整部4は、チャンバー部3内の圧力を加圧又は減圧する。この点において、気圧調整部4は、本発明における「加圧部」、「減圧部」、及び「減圧停止部」を兼ねる。この気圧調整部4は、例えば、シリンジ41から構成されており(図2A参照)、シリンジ41の一端がチャンバー部3の接続部35に接続されている。シリンジ41の一端とチャンバー部3の接続部35との間には、例えば電磁弁42等の適宜の開閉弁が設けられており、制御部2の指示に基づいて、その電磁弁42が開閉される。
【0031】
一方、ガス調整部5(不活性ガス供給部)は、制御部2の指示に基づき、チャンバー部3内を所望のガス成分に調整する機能を有する。ガス調整部5は、タンパク質の結晶の成長を開始する前に、チャンバー部3内の大気(空気)をチャンバー部3外へ放出し、チャンバー部3内に不活性ガス(例えば、希ガスや窒素ガス)を供給し、供給した不活性ガスを所望の気圧に調整する。
【0032】
このガス調整部5は、図2Aに示すとおり、例えば、ガスレギュレータ51、ガス流量調整器52、不活性ガス供給バルブ53、及び大気開放バルブ54を有している。ガス調整部5は、ガス圧を一定に保持するガスレギュレータ51とガス流量調整器52とが接続され、また、該調整器52と不活性ガス供給バルブ53、及び大気開放バルブ54とが接続され、さらに、各バルブ53,54とチャンバー部3とが接続されてなるものである。なお、本実施形態では、ガス流量調整器としてマスフローコンローラ(MFC:Mass Flow Controller)を使用し、不活性ガスの流量制御を行うが、制御部2自体にMFCの機能を設けて、MFCを割愛してもよい。また、不活性ガス供給バルブ53、及び大気開放バルブ54の開閉も、ガス流量調整器52又は制御部2の指示に基づいて行うことができる。
【0033】
さらに、注入部6は、制御部2の指示に基づき、タンパク質の結晶を成長させるための各種試薬を、所望のタイミングでチャンバー部3に適量注入する。注入部6は、例えば、タンパク質の原液(タンパク質溶液)を保持しているタンパク質注入部61(タンパク質溶液供給部)、及び結晶化剤(沈殿剤)溶液を保持している結晶化剤注入部62(結晶化剤溶液供給部)を有している。
【0034】
結晶化剤の種類としては、特に制限されず、例えば、無機塩(硫酸アンモニウム、硫酸ナトリウム、硫酸リチウム、塩化ナトリウム、塩化カリウム、塩化アンモニウム、塩化リチウム、酢酸アンモニウム、酢酸ナトリウム、リン酸アンモニウム、リン酸ナトリウム、又はリン酸カリウム)、ポリエチレングリコール(PEG)(例えば、PEG400、PEG1000、PEG4000、PEG6000、PEG10000)、又は、有機化合物(2−メチル−2,4−ペンタネジオール(MDP)、イソプロプロパノール、エタノール、メタノール、ジオキサン、ブタノール、プロパノール)等が挙げられる。
【0035】
本実施形態では、タンパク質注入部61、及び結晶化剤注入部62に加え、水注入部63が設けられており、水注入部63には水が保持されている。また、各種注入部61,62,63は、例えば、シリンジで構成されており(図2A参照)、シリンジの一端がチャンバー部3に接続されている。各シリンジの一端とチャンバー部3との間には、それぞれ、例えば電磁弁64,65,66等の適宜の開閉弁が設けられており、制御部2の指示に基づき、電磁弁64,65,66が開閉される。例えば、制御部2の指示により、タンパク質注入部61から1μl(マイクロリットル)/回、結晶化剤注入部62から5μl/回、水注入部63から1μl/回の液量がチャンバー部3内に注入(供給)される。
【0036】
なお、各種注入部61,62,63の形態は、本実施形態のシリンジには限られず、適量の各種試薬が所望のタイミングでチャンバー部3に注入されればよい。
【0037】
また、センサー部7は、チャンバー部3内の温度又は気圧(圧力)を検出する。本実施形態におけるセンサー部7は、温度センサー71、及び気圧センサー72を有し、各センサー71,72が、それぞれ、チャンバー部3の温度又は気圧を検出する。温度センサー71は、チャンバー部3内の温度を測定できるように結晶成長基板31上に設けられており、気圧センサー72は、チャンバー部3の結晶成長基板31に設けられたホール部32内の気圧を測定できるように、そのホール部32内に設けられている。さらに、センサー部7には、モニター73が設けられていることが好ましく、この場合、各センサー71,72により検出された各検出値がモニター73に表示される。センサー部7で検出された検出値に応じて、制御部2が予め設定されているしきい値(基準温度及び基準気圧)を超えないように制御することができる。
【0038】
検出部8は、タンパク質の結晶の成長過程(結晶成長の程度)を検出するためのものである。本実施形態における検出部8は、チャンバー部3の背面に、例えばCCDカメラ等の撮像装置81及びモニター82が備えられており、撮像装置81で検出した結晶画像がモニター82に表示される。モニター81に表示された結晶の成長状況に応じて、制御部2が各部に所定の指示を行い、チャンバー部3内の気圧(蒸気圧)を制御するように構成されている。本実施形態では、撮像装置81とモニター82とは別体に設けられていてもよく、或いは、結晶の撮像及び表示を一体で行える機器を用いても、もちろんよい。
【0039】
(2)チャンバー部の構成
図2Aに示す如く、チャンバー部3は、その略中央に結晶成長基板31が配置されている。チャンバー部3の一側面には、各種注入部61,62,63がそれぞれ接続される各接続部33が設けられており、それらの各接続部33を介して、各種注入部61,62,63が結晶成長基板31に接続されている。また、チャンバー部3の他側面には、ガス調整部5が接続される各接続部34が設けられており、それらの各接続部34を介して、ガス調整部5が結晶成長基板31に接続されている。
【0040】
ここで、図3は、図2Aにおけるチャンバー部3(特に、結晶成長基板31)をIII−III線に沿って示す断面図である。結晶成長基板31は、主として、一定の画成された空間としてのホール部32、ガス接続部36、ガス経路部37、水溶液接続部38、及び水溶液経路部39を含んで構成されている。
【0041】
ホール部32は、結晶成長基板31の略中央に形成され、底面を有し、且つ、該底面から上面に向かって筒状のホールが形成された容器である。ホール部32には、図9に示すように、注入部6からタンパク質及び結晶化剤の混合液15が注入され、例えば、その混合液にタンパク質の種結晶16が混入される。なお、ホール部32は、カバーガラス9で覆われるようにされており、カバーガラス9は、気圧センサー72をホール部32に挿入するための貫通孔hを有している。
【0042】
ガス接続部36は、結晶成長基板31の上面に形成され、ガス調整部5と結晶成長基板31とを接続する。図2Aに示すとおり、本実施形態では、ガス接続部36は、結晶成長基板31の上面の図示向かって左側に3箇所形成されているが、ホール部32にガスを注入できればよく、員数や配置はこの形態に限定されない。
【0043】
ガス経路部37は、ガス接続部36とホール部32とを結ぶ経路であり(図3参照)、ホール部32から放射状に基板31内部に形成されている(図2A参照)。ガス経路部37は、ガス調整部5から送出される不活性ガスが、ガス経路部37を通ってホール部32に流入する。ガス経路部37は、図3に示すとおり、結晶成長基板31のガス接続部36からホール部32の上部側面321に到達するように、結晶成長基板31の上面311近傍に沿って形成されている。
【0044】
水溶液接続部38は、結晶成長基板31の上面に形成され、注入部6と結晶成長基板31とを接続する。図2Aに示すとおり、水溶液接続部38は、結晶成長基板31の上面311の図示向かって右側に3箇所形成されており、各接続部38は、紙面手前からタンパク質水溶液注入部61、結晶化剤水溶液注入部62、及び水注入部63に接続されている。なお、水溶液接続部38は、ホール部32にタンパク質水溶液及び結晶化剤水溶液の混合液を作製できればよく、この形態に限定されない。
【0045】
水溶液経路部39は、水溶液接続部38とホール部32とを結ぶ経路であり、図2Aに示すとおり、ホール部32から放射状に基板31内部に形成されている。注入部61〜63から送出される各種水溶液が、水溶液経路部39を通ってホール部32に流入する。水溶液経路部39は、図3に示すとおり、結晶成長基板31の水溶液接続部38からホール部32の底部側面322に沿って底面323に到達するように、結晶成長基板31の底面312近傍に沿って形成されている。
【0046】
(3)従来の一般的なタンパク質の結晶成長方法
このように構成されたタンパク質結晶成長装置1を用いて本発明によるタンパク質の結晶成長方法における手順(工程)を説明する前に、従来、一般に用いられてきたタンパク質の結晶化方法について、図4を参照して説明する。
【0047】
図4は、タンパク質の結晶成長の相図の一例を示す溶解状態図である。本図に示す溶解状態図は、言わば、タンパク質の溶解状態を示すものであり、縦軸はタンパク質濃度(Cp)を示し、横軸は結晶化剤濃度(Cc)を示す。この相図を示す溶解状態図においては、溶解度曲線C1を境界として、未飽和領域A1と過飽和領域A2,A3に区分され、さらに過飽和領域A2,A3は、過飽和曲線C2を境に準安定領域A2と自動核形成領域A3とに区分される。
【0048】
未飽和領域A1は、溶解度曲線C1を下回る領域であり、タンパク質の結晶核を形成することなくタンパク質が溶解・分散されている領域である。準安定領域A2は、溶解度曲線C1と過飽和曲線C2との間に位置する領域であり、結晶核が形成(発生)されることはないが、例えば、種結晶や既に結晶核が存在する場合、その結晶が成長する領域である。自動核形成領域A3は、過飽和曲線C2を上回る領域であり、タンパク質の分子同士の相互作用によって結晶核が形成される領域である。
【0049】
かかる相図に基づくと、理想的なタンパク質の結晶を形成するためには、次のような点が必要であることが理解されるであろう。第1に、結晶化する前はタンパク質が完全に溶解した未飽和領域に存在することが必要である。第2に、あまりに高い結晶化剤濃度では結晶核が形成する確率が高すぎて多くの結晶が形成されてしまうことから、良質な結晶核を形成するためには、準安定領域A2になるべく近い自動核形成領域A3で結晶核を成長させることが必要である。第3に、結晶核の成長は自動核形成領域A3でも行われるが、結晶を大きく育成させるためには、新しい核形成を伴わない準安定領域A2で行うことが必要である。第4に、結晶の成長は、タンパク質分子の結晶への取り込みと溶解とが平衡状態を実現する溶解度曲線上に達すると停止する。
【0050】
しかし、従来は、タンパク質の結晶化が行われる現象としてかかる相図に則った方式である、タンパク質を結晶化する手法の1つである蒸気拡散法を用いて、広く行われていたが、相図を強く意識しては行われてはいなかった。
【0051】
かかる蒸気拡散法は、タンパク質溶液中の水分を蒸発させ、タンパク質の濃度を徐々に上昇させることによって、タンパク質溶液からタンパク質を析出させて結晶を得る手法である。このような蒸気拡散法の代表的な手法としては、例えば、ハンギングドロップ法やシッティングドロップ法と呼ばれる手法が用いられている。ここでは、図5及び図6を参照して、ハンギングドロップ法について説明し、シッティングドロップ法も原理的にほぼ同様であるので、ここでの説明は省略する。
【0052】
ハンギングドロップ法によりタンパク質の結晶化を実現させるためには、図5に示すように、まずタンパク質溶液(水分子、結晶化剤分子、及びタンパク質分子を含む溶液)とリザーバー(結晶化剤)水溶液11とを用意する。次に、リザーバー容器12に十分な量のリザーバー水溶液を入れる。そして、タンパク質溶液をカバーガラス13の上に滴下させ(以下、タンパク質溶液滴10という。)、リザーバー容器12にそのカバーガラス13を吊るす。
【0053】
このような状態において、タンパク質溶液滴10中の結晶化剤濃度(Cci)は、リザーバー水溶液中の濃度に比して低いので、タンパク質溶液滴10の蒸気圧はリザーバー(結晶化剤)水溶液11中の蒸気圧に比べて高いので、タンパク質溶液滴10中から水分が蒸発する。その結果、タンパク質溶液滴10中のタンパク質濃度(Cpi)が、結晶化剤濃度(Cci)ともに上昇し、やがて自動核形成領域A3に到達すると、自動的に結晶核が形成され、結晶化が開始される。タンパク質溶液滴10中の結晶化剤濃度(Cc)が、リザーバー水溶液11中の結晶化剤濃度(Ccr)と同濃度に到達した時点で両方の溶液の蒸気圧が等しくなるので、タンパク質溶液滴10中の水分蒸発が停止する。このように、ハンギングドロップ法に基づくタンパク質の結晶成長工程は、図5に示すように、原点を通る右上がりの直線(始点 (Cci ,Cpi,),終点 (Ccr ,Cpf))で表すことができる。
【0054】
ここで、蒸気拡散法におけるリザーバー水溶液11は、上述の如く、タンパク質溶液滴10から水分を蒸発させ、タンパク質溶液滴10中の結晶化剤濃度(Cc)が、リザーバー水溶液11中の結晶化剤濃度(Ccr)と同濃度に到達した時点で、タンパク質溶液滴10中から水分の蒸発を停止させるといったタンパク質溶液滴10中の蒸気圧を制御する機能(役割)を有している。しかし、前述した如く、かかる従来の結晶成長方法では、大型で且つ良質のタンパク質結晶を再現性よく作製できないのが現状である。
【0055】
(4)本発明によるタンパク質の結晶成長方法
そこで、本発明者らが詳細に鋭意研究した結果、タンパク質の結晶を成長させる上で構成要素の1つとなっていたリザーバー水溶液との蒸気圧差を使用することなくタンパク質溶液滴中の蒸気圧を制御する方法を見出し、本発明を完成するに至った。かかる制御方法を説明する前に、タンパク質結晶成長装置1を用いた本実施形態の制御方法の実現性について、先に説明する。
【0056】
(4−1)蒸気圧制御の検討
まず、液体に不揮発性の物質を溶かすとその水溶液の蒸気圧は溶質濃度に比例して減少する(ラウールの法則)。純溶媒(例えば、純水)の蒸気圧をPoとした場合、水溶液の蒸気圧降下ΔPは下記式(1)で示される。
ΔP=(n2/n1)Po …(1)
式中、n1は、純溶媒のモル数を示し、n2は、溶質のモル数を示す。
【0057】
ここで、Po=760mmHg(1気圧)のときに、結晶剤として、例えば塩化ナトリウムを5wt%使用した場合には、塩化ナトリウムのモル質量(分子量)は約58.5gmol-1、水のモル質量は18gmol-1なので、式(1)より、モル分率(n2/n1)は約0.0142となり、水溶液の蒸気圧降下ΔP=10.8mmHgとなる。
【0058】
また、別の結晶剤として例えばPEG4000を50wt%使用した場合には、PEG4000のモル質量は約4000gmol-1、水のモル質量は18gmol-1なので、式(1)より、モル分率(n2/n1)は0.0025になり、水溶液の蒸気圧降下ΔP=1.9mmHgとなる。
【0059】
このように、タンパク質溶液滴中の蒸気圧を制御することができれば、リザーバー水溶液との蒸気圧差を使用することなく、タンパク質の結晶を確実に成長させることが可能になる。そこで、タンパク質結晶成長装置1では、タンパク質及び結晶化剤からなる混合水溶液を用いて、チャンバー部3の気圧を制御することにより、タンパク質溶液滴中の蒸気圧を制御する。
【0060】
(4−2)チャンバー部3における蒸気圧変化の検討
次に、タンパク質結晶成長装置1のチャンバー部3における蒸気圧変化について検討する。チャンバー部3内の温度が一定のとき、チャンバー部3内の体積と気圧との積は一定になることから(ボイルの法則)、気圧変化ΔP及び体積変化ΔVの関係は、下記式(2)で表わされる。
(ΔP/P)=−(ΔV/V) …(2)
【0061】
ここで、タンパク質結晶成長装置1のチャンバー部3内の最大体積変化を(ΔV)max、最小体積変化を(ΔV)min、チャンバー部3内の最大気圧変化を(ΔP)max、及び最小気圧変化を(ΔP)minとすると、最大気圧変化(ΔP)max、及び、最小気圧変化(ΔP)minは、それぞれ、下記式(3)及び式(4)により求めることが可能となる。
(ΔP)max=−P(ΔV)max/V …(3)
(ΔP)min=−P(ΔV)min/V …(4)
【0062】
一例として、タンパク質結晶成長装置1のチャンバー部3の(ΔV)maxを30×103mm3、(ΔV)minを0.3×103mm3とし、それぞれの値を、上記式(3)及び式(4)に代入すると、(ΔP)maxは22mmHg、(ΔP)minは0.2mmHgとなる。
【0063】
以上の例では、タンパク質結晶成長装置1のチャンバー部3は、タンパク質の結晶を成長させるために0.2〜22mmHgの間での蒸気圧変化を可能としている。
【0064】
(4−3)チャンバー部3における蒸気圧降下の検討
水Mμl蒸発させるために要する蒸気圧の降下値ΔPを検討すると、まず、水1μlが水蒸気になった場合に占める体積Vは、1.24×103mm3であるので、上述の如く式(2)に代入すると、水Mμl蒸発させるために要する蒸気圧の降下値ΔPは、下記式(5)で表わされる。
ΔP=−PM(1.24/103)=−1.24×10-3PM …(5)
ゆえに、水1μl(M=1)を1気圧(P=760mmHg)下で蒸発させるためには、タンパク質結晶成長装置1が−0.94mmHgの減圧を行えばよいことになる。
【0065】
(4−4)本発明によるタンパク質の結晶成長方法
次に、溶解状態図による結晶成長相図に基づいて、本実施形態におけるタンパク質の結晶成長工程について説明する。図7は、本発明の一実施形態に基づいてタンパク質の結晶成長の相図の一例を溶解状態図であり、図8は、本発明の一実施形態で用いるタンパク質及び結晶化剤(リザーバー)溶液の混合液の濃度の一例を示す溶解状態図である。また、図9は、図2Aにおけるチャンバー部3の側面図である。
【0066】
まず、図9に示すとおり、チャンバー部3内のホール部32に、タンパク質注入部61から注入されたタンパク質、結晶化剤注入部62から注入された結晶化剤、及び水注入部63から注入された水からなる混合水溶液15(混合液)が注入され、混合水溶液15にタンパク質の種結晶16を入れる。このとき、溶解状態図上では、タンパク質の状態は、タンパク質濃度(Cpa)と、結晶化剤濃度(Cca)とが(m1+m2):m3となる初期状態(CdropA:Va)に位置する(図7に示すプロセスP0)。
【0067】
制御部2は、気圧調整部4に対し、チャンバー部3が減圧するように制御し、混合水溶液15中の水分を蒸発させていくと、図7に示す如く、タンパク質濃度及び結晶化剤濃度が上昇し、原点を通る右上がりの直線上を移動する(図7に示すプロセスP1)。
【0068】
それから、混合水溶液15の状態(タンパク質濃度及び結晶化剤濃度)が図7に示す過飽和曲線C2を上回ると、つまり、制御部2が、検出部8での検出結果に基づいて、1個の結晶核が形成し始めたと判断すると、混合水溶液15中の水分の蒸発を停止させる(図7に示すプロセスP2)。これにより、多くの結晶核にタンパク質が分散することを回避し、結晶を大きく成長させることが可能となる。
【0069】
混合水溶液15内にあるタンパク質分子は結晶核の成長のために消費されることにより、混合水溶液15中のタンパク質濃度は低下し、タンパク質の状態は準安定領域A2に到達する(図7に示すプロセスP3)。準安定領域A2では、新たな結晶核は形成されないので、プロセスP1の工程によって形成された1個の結晶核のみが成長し続ける。混合水溶液15の状態(タンパク質濃度及び結晶化剤濃度)は、溶解度曲線C1に到達する(図7に示すプロセスP4,CdropB:Vb)と、結晶核の成長が停止する。なお、この段階で結晶核が所望の大きさ(好ましくは1mm3以上)に成長していれば、タンパク質結晶成長装置1の運転を終了する。
【0070】
続けて、制御部2は、タンパク質注入部61に接続された電磁弁64を開放し、混合水溶液15にタンパク質の原液を所定量注入する(図7に示すプロセスP5)。なお、プロセスP5における未飽和領域A1では、プロセスP2乃至P4において酸化された結晶核の表面が溶解される。このとき、結晶化剤は注入しないので、混合水溶液15中のタンパク質の濃度が上昇する(濃くなる)一方、混合水溶液15中の結晶化剤の濃度は下降し(薄くなり)、混合水溶液15の状態(タンパク質濃度及び結晶化剤濃度の状態)が初期状態(CdropA:Va)になる(図7に示すプロセスP6)。
【0071】
ここで、タンパク質原液を注入して混合水溶液15の状態(タンパク質濃度及び結晶化剤濃度)を初期状態(CdropA:Va)にする方法を図8に示す溶解状態図を用いて更に説明する。
【0072】
本実施形態では、タンパク質原液の濃度及び体積は、それぞれ(Cp0)及び(Vp0)とし、結晶化剤の濃度及び体積は、(Cc0)及び(Vc0)とする。また、混合水溶液15の状態(タンパク質濃度及び結晶化剤濃度)(CdropB)時における混合液中のタンパク質濃度、結晶化濃度、及び体積は、それぞれ(Cpb)、(Ccb)、及び(Vb)とする。さらに、混合水溶液15の状態(タンパク質濃度及び結晶化剤濃度)(CdropA)時における混合液中のタンパク質濃度、結晶化濃度、及び体積は、それぞれ(Cpa)、(Cca)、及び(Va)とする。また、タンパク質原液と結晶化剤とは、下記式(6)乃至式(8)で示される濃度比を有する。
|0−(Cca)|=|(Cpa)−(Cp0)|=m1 …(6)
|(Cca)−(Ccb)|=|(Cpb)−(Cpa)|=m2 …(7)
|(Ccb)−(Cc0)|=|0−(Cpb)|=m3 …(8)
【0073】
ゆえに、混合水溶液15の状態(タンパク質濃度及び結晶化剤濃度)(CdropB)では、制御部2は、(Vc0):(Vp0)=(m1+m2):m3を満たすように混合液を作製し、タンパク質の状態(CdropA)では、(Vb):(Vp0)=m1:m2を満たすようにタンパク質の原液を注入すればよい。
【0074】
制御部2は、再び、気圧調整部4に対し、チャンバー部3内を減圧するように制御し、混合水溶液15中の水分を蒸発させる(図7に示すプロセスP7)。また、制御部2は、検出部8での検出結果に基づいて、1個の結晶核が形成し始めたと判断すると、混合水溶液15中の水分の蒸発を停止させる(図7に示すプロセスP8及びP9)。プロセスP8における結晶化剤の濃度は、プロセスP2におけるその濃度に比して薄いので、混合水溶液15の状態(タンパク質濃度及び結晶化剤濃度)は、図7において、プロセスP2の位置より手前で降下することとなる。
【0075】
混合水溶液15の状態(タンパク質濃度及び結晶化剤濃度)が、溶解度曲線C1に到達すると(図7に示すプロセスP10)、制御部2は、タンパク質注入部6に接続された電磁弁を開放し、混合水溶液15にタンパク質の原液を所定量注入することで、混合水溶液15の状態(タンパク質濃度及び結晶化剤濃度)を初期状態(Cdrop)にする(図7に示すプロセスP11)。
【0076】
以上のとおり、制御部2は、蒸気拡散(プロセスP0,P1,P2,及びプロセスP6,P7,P8)、結晶成長(プロセスP2,P3,P4,及びプロセスP8,P9,P10)、結晶核の表面溶解(プロセスP4,P5,P0,及びプロセスP10,P11,P6)の工程を繰り返し、所望の大きさに成長した結晶核が自動形成領域に到達した際に該結晶核を取り出し、本実施形態の成長工程を終了する。
【0077】
このような構成を有する本発明によるタンパク質結晶成長装置及びタンパク質結晶成長方法によれば、蒸気拡散法による結晶育成方法を応用し、結晶化剤(リザーバー、沈殿剤)水溶液との蒸気圧差を用いず、その代わりに、タンパク質溶液滴中の蒸気圧を溶解状態図による結晶成長相図に基づいて制御することにより、タンパク質を所望の大きさに、且つ、良質な結晶に再現性よく成長させることができる。よって、かかる大型のタンパク質結晶を中性子回折法によって構造解析する際に、タンパク質中に存在する水由来の原子核(プロトン)に中性子を確実に照射し、その散乱解析によって、タンパク質中の水素原子やプロトンの位置情報を選択的に取得し、それらを含むタンパク質の立体構造をより詳細に解析することが可能となる。
【0078】
特に、準安定領域A2でタンパク質の結晶核を成長させることにより、従来、蒸気圧差に伴って生じる水分の蒸発を定量的に制御する困難性や、タンパク質溶液滴にタンパク質水溶液を添加する困難性等といった作業上の手間や制御の煩雑さを解決することができる。また、結晶育成を不活性ガス雰囲気下で実施するので、タンパク質の結晶表面の酸化を防止することができる。
【産業上の利用可能性】
【0079】
以上説明したとおり、本発明のタンパク質結晶成長方法、及びその装置によれば、大型で且つ良質なタンパク質結晶を再現性よく得ることができ、中性子回折法による構造解析によって、タンパク質中の水素原子やプロトンの位置情報を選択的に取得し、それらを含むタンパク質の立体構造をより詳細に解析することが可能となるので、これまで、困難であった類のタンパク質構造解析に広くかつ有効に利用することができる。
【符号の説明】
【0080】
1…タンパク質結晶成長装置、15…混合水溶液、16…種結晶、2…制御部、3…チャンバー部、31…結晶成長基板、32…ホール部、33,34,35…接続部、36…ガス接続部(端部)、37…ガス経路部(第1経路)、38…水溶液接続部(端部)、39…水溶液経路部(第2経路)、4…気圧調整部、42…電磁弁、5…ガス調整部、53…窒素ガス供給バルブ、54…大気開放バルブ、6…注入部、61…タンパク質注入部、62…結晶化剤注入部、63…水注入部、64,65,66…電磁弁、7…センサー部、8…検出部。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
タンパク質溶液及び結晶化剤溶液が供給されるチャンバー部と、
前記チャンバー部内に、前記タンパク質溶液を供給するタンパク質溶液供給部と、
前記チャンバー部内に、前記結晶化剤溶液を供給する結晶化剤溶液供給部と、
前記チャンバー部内に収容された前記タンパク質溶液及び前記結晶化剤溶液の混合液における前記タンパク質の濃度と前記結晶化剤の濃度との関係を、該タンパク質及び該結晶化剤の溶解状態図における未飽和領域と、準安定領域と、自動核形成領域との間で、調節する制御部と、
を備えるタンパク質結晶成長装置。
【請求項2】
前記制御部に接続され、且つ、前記チャンバー部内に不活性ガスを供給する不活性ガス供給部と、
前記制御部に接続され、且つ、前記チャンバー部内を減圧する減圧部と、
前記制御部に接続され、且つ、前記チャンバー部内の減圧を停止する減圧停止部と、
前記制御部に接続され、且つ、前記チャンバー部内を加圧する加圧部と、
を備える請求項1記載のタンパク質結晶成長装置。
【請求項3】
前記タンパク質溶液供給部は、前記制御部に接続されており、
前記結晶化剤溶液供給部は、前記制御部に接続されている、
請求項1又は2記載のタンパク質結晶成長装置。
【請求項4】
前記チャンバー部は、成長する前記タンパク質の結晶を保持する基板を備え、
前記基板は、前記不活性ガスが供給され、且つ、前記タンパク質溶液及び前記結晶化剤溶液又は前記混合液が注入されるホール部と、前記不活性ガスが流通する第1経路と、前記タンパク質溶液が流通する第2経路とを有し、
前記第1経路は、前記ホール部の上部と前記基板の端部とを接続し、且つ、前記基板の上面に沿って形成され、
前記第2経路は、前記ホール部の下部と前記基板の端部とを接続し、且つ前記基板の底面に沿って形成される、
請求項1〜3のいずれか1項記載のタンパク質結晶成長装置。
【請求項5】
前記制御部は、前記減圧部と前記減圧停止部とを交互に及び/又は繰り返し動作させる、
請求項1〜4のいずれか1項記載のタンパク質結晶成長装置。
【請求項6】
前記制御部に接続され、且つ、前記タンパク質の結晶の状態を検出する検出部を有する、
請求項1〜5のいずれか1項記載のタンパク質結晶成長装置。
【請求項7】
前記検出部は、前記タンパク質における結晶の成長状態、及び/又は、前記タンパク質における結晶表面の溶解状態を検出する、
請求項6記載のタンパク質結晶成長装置。
【請求項8】
前記制御部は、前記チャンバー部内に前記タンパク質の種結晶が予め収容された状態、又は、前記チャンバー部内で前記タンパク質の種結晶が形成された状態から、前記減圧部を動作させて前記チャンバー部内を減圧し、前記混合液中の水分を蒸発させることにより、前記タンパク質及び前記結晶化剤の溶解状態図において、前記混合液の状態を、前記未飽和領域から前記自動核形成領域へ遷移させて前記種結晶の成長を開始した後、前記減圧停止部を動作させて前記チャンバー部内の減圧を停止させ、前記タンパク質溶液中の前記タンパク質を前記タンパク質の結晶の成長に用いて前記混合液中の前記タンパク質の濃度を低下させることにより、前記混合液の状態を、前記自動核形成領域から前記準安定領域を経て前記未飽和領域へ遷移させる、
請求項1〜7のいずれか1項記載のタンパク質結晶成長装置。
【請求項9】
前記制御部は、前記タンパク質溶液供給部を動作させて前記未飽和領域に到達した前記混合液に、前記タンパク質溶液を供給して前記混合液中の前記タンパク質濃度を増加させる
請求項8記載のタンパク質結晶成長装置。
【請求項10】
チャンバー部内に、タンパク質溶液を供給するステップと、
前記チャンバー部内に、結晶化剤溶液を供給するステップと、
前記チャンバー部内に収容された前記タンパク質溶液及び前記結晶化剤溶液の混合液における前記タンパク質の濃度と前記結晶化剤の濃度との関係を、該タンパク質及び該結晶化剤の溶解状態図における未飽和領域と、準安定領域と、自動核形成領域との間で、調節するステップと、
を含むタンパク質結晶成長方法。
【請求項11】
前記混合液が収容された前記チャンバー内を不活性ガスで置換するステップと、
前記チャンバー部内に前記タンパク質の種結晶を予め収容した状態、又は、前記チャンバー内で前記タンパク質の種結晶を形成させた状態から、前記チャンバー部内を減圧するステップと、
前記タンパク質の結晶が成長を開始したときに、前記チャンバー部内の減圧を停止するステップと、
前記タンパク質の結晶表面が溶解したときに、前記混合液に前記タンパク質溶液を供給するステップと、
を含む請求項10記載のタンパク質結晶成長方法。
【請求項12】
前記減圧するステップと、前記減圧を停止するステップとを交互に及び/又は繰り返し実行する、
請求項11記載のタンパク質結晶成長方法。
【請求項13】
前記タンパク質の結晶の状態を検出するステップを含む、
請求項10〜12のいずれか1項記載のタンパク質結晶成長方法。
【請求項14】
前記タンパク質の結晶の状態を検出するステップにおいては、前記タンパク質における結晶の成長状態、及び/又は、前記タンパク質における結晶表面の溶解状態を検出する、
請求項13記載のタンパク質結晶成長方法。
【請求項15】
前記チャンバー部内に前記タンパク質の種結晶を予め収容した状態、又は、前記チャンバー部内で前記タンパク質の種結晶を形成させた状態から、前記チャンバー部内を減圧し、前記混合液中の水分を蒸発させることにより、前記タンパク質及び前記結晶化剤の溶解状態図において、前記混合液の状態を、前記未飽和領域から前記自動核形成領域へ遷移させて前記種結晶の成長を開始した後、前記チャンバー部内の減圧を停止し、前記タンパク質溶液中の前記タンパク質を前記タンパク質の結晶の成長に用いて前記混合液中の前記タンパク質の濃度を低下させることにより、前記混合液の状態を、前記自動核形成領域から前記準安定領域を経て前記未飽和領域へ遷移させる、
請求項10〜14のいずれか1項記載のタンパク質結晶成長方法。
【請求項16】
前記未飽和領域に到達した前記混合液に、前記タンパク質溶液を供給して前記混合液中の前記タンパク質濃度を増加させる、
請求項15記載のタンパク質結晶成長方法。

【図1】
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【図2A】
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【図2B】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【公開番号】特開2012−36127(P2012−36127A)
【公開日】平成24年2月23日(2012.2.23)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−177733(P2010−177733)
【出願日】平成22年8月6日(2010.8.6)
【出願人】(503318666)日京テクノス株式会社 (19)
【出願人】(504203572)国立大学法人茨城大学 (99)
【Fターム(参考)】