説明

タンパク質蛍光標識方法

【課題】タンパク質を蛍光標識する方法の提供。
【解決手段】 錯体化合物および場感受性蛍光基を含む蛍光プローブと、標識の目的タンパク質に連結された、アミノ酸部位およびオリゴヒスチジン部位を含むペプチドタグとを接触させることを特徴とするタンパク質の蛍光標識方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、錯体化合物および蛍光基を含む蛍光プローブとこれに対応するペプチドタグとを利用するタンパク質蛍光標識方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
タンパク質の蛍光標識技術は、タンパク質の検出や定量のみならず、タンパク質の細胞内イメージング、タンパク質の構造解析、タンパク質間の相互作用解析等の研究においても極めて重要な技術である。
【0003】
タンパク質を蛍光標識する従来技術のうち最も基本的な手法としては、タンパク質中のアミノ酸残基等を、ハロゲン化やエステル化等により活性化した蛍光基と共有結合的に化学反応させることにより標識する手法が挙げられる(非特許文献1)。しかし、この手法では蛍光基の標識位置や標識数を制御することができず、且つ標識に伴いタンパク質自体の劣化が懸念されている。
【0004】
一方で、Green Fluorescent Protein(GFP)等をはじめとした蛍光タンパク質を、標識対象としたタンパク質と共に遺伝子工学的手法で発現させることにより、タンパク質の蛍光標識を行う手法も広く用いられるようになっている(非特許文献2)。しかしながら、蛍光タンパク質は標識体として使用するには分子量が大きすぎるため(GFPでアミノ酸238個)、蛍光標識されたタンパク質が、本来の挙動を示さない場合がある。
【0005】
また、最近、フルオレセインやCy5により蛍光標識したピューロマイシンを用いた蛍光標識法も報告されている(非特許文献3)。この手法では無細胞合成系においてタンパク質のC末端に蛍光分子を導入することが可能であるが、得られる標識タンパク質濃度が低いため、検出することが困難である。
【0006】
これに対し、TsienらはFlAsHあるいはその類縁体とテトラシステインモチーフを用いる蛍光標識法を報告している(非特許文献4)。FlAsH及びその類縁体は、テトラシステインモチーフと呼ばれるペプチドタグ(Cys-Cys-Xaa-Xaa-Cys-Cys(配列番号1)、但しXaaはCys以外のアミノ酸)に選択的に結合して蛍光を増強するため、標的対象としたタンパク質にテトラシステインモチーフを導入することで、タンパク質の特異的な蛍光標識を達成することができる。しかし、FlAsH及びその類縁体を用いる手法においては、FlAsH類と内在性ジチオール類との非特異結合を避けるため、外来性のエタンジチオールを添加しなければならないという問題がある。
【0007】
一方、ローダミン系、あるいはシアニン系の蛍光色素をニトリロ三酢酸(NTA)に結合したNi(II)錯体化合物と、ヒスチジンタグと呼ばれる連続したヒスチジン配列を有するペプチドタグ(通常ヒスチジンの5〜6量体)を用いたタンパク質蛍光標識法も報告されている(非特許文献5)。しかしながら、この手法では錯体化合物がヒスチジンタグを認識しても、認識に伴う有意な蛍光変化は観測されないため、検出が困難である。従って、その使用に際しては、例えばタンパク質定量等においては非標識物との比較的煩雑な分離操作が必須であり、in vivoでのタンパク質標識等においては単独の標識体とは別に蛍光共鳴エネルギー移動(FRET)を生じるようなアクセプター分子を適宜測定系に組み合わせる等の作業が必要となる。
【0008】
以上のことから、これら既存の手法とは異なる、より優れたタンパク質蛍光標識技術の開発が強く望まれている。
【特許文献1】米国特許第4,569,794号公報
【特許文献2】米国特許第4,877,830号公報
【特許文献3】米国特許第5,047,513号公報
【特許文献4】米国特許第5,284,933号公報
【非特許文献1】R. P. Haugland, “Handbook of Fluorescent Probes and Research Chemicals, Sixth Edition”, Molecular Porbes、DOJINDO LABORATORIES第24版総合カタログ, 同仁化学研究所(2004)
【非特許文献2】宮脇敦史 編, “実験医学別冊 ポストゲノム時代の実験講座3 GFPとバイオイメージング”, 羊土社(2000)
【非特許文献3】N. Nemoto, et al., FEBS Lett., 462, 43, (1999), J. Yamaguchi, et. al., FEBS Lett., 502, 79, (2001)
【非特許文献4】B. A. Griffin, et al., Science, 281, 269 (1998), S. R. Adams, et al., J. Am. Chem. Soc., 124, 6063 (2002)
【非特許文献5】E. G. Guignet, et al., Nature Biotech., 22, 440 (2004), A. N. Kapanidis et al., J. Am. Chem. Soc., 123, 12123 (2001)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明は、既存の手法とは異なる、より優れたタンパク質蛍光標識技術を提供することを目的とする。特に、本発明の課題は、タンパク質本来の挙動に多大な影響を及ぼさない程度の大きさの蛍光基を用い、蛍光標識の位置及び数が原理的に制御可能で、標識に伴いタンパク質の構造を劣化させず、かつ標識に伴い有意な蛍光変化が観測される新しいタンパク質蛍光標識技術を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者らは上記の課題を解決すべく鋭意努力した結果、場感受性の蛍光基を結合した錯体化合物を、ヒスチジン部位の近傍に疎水性のアミノ酸部位を有するペプチドタグに作用した場合、錯体化合物のタグ認識に伴い大きな蛍光変化、すなわち、蛍光強度の増大と最大蛍光波長のブルーシフトが観測されることを見出し、この錯体化合物を含む蛍光プローブおよびペプチドタグを利用することで、タンパク質の蛍光標識が可能になることを明らかとした。
【0011】
すなわち、本発明は以下の通りである。
(1)錯体化合物および場感受性蛍光基を含む蛍光プローブと、標識の目的タンパク質に連結された、アミノ酸部位およびオリゴヒスチジン部位を含むペプチドタグとを接触させることを特徴とするタンパク質の蛍光標識方法。
(2)錯体化合物および場感受性蛍光基を含む蛍光プローブと、検出の目的タンパク質に連結された、アミノ酸部位およびオリゴヒスチジン部位を含むペプチドタグとを接触させ、当該接触によりアミノ酸部位に結合した場感受性蛍光基の蛍光を測定することを特徴とするタンパク質の検出方法。
本発明の方法において、錯体化合物としては、例えばニトリロ三酢酸に結合したニッケル(II)錯体が挙げられ、場感受性蛍光基としては、限定されるものではないが例えばダンシル基が挙げられる。また、蛍光プローブは、錯体化合物と場感受性蛍光基との間にスペーサーを有するものであってもよい。さらに、アミノ酸部位は、例えば疎水性アミノ酸(少なくとも1個のトリプトファン残基など)を有するものが挙げられる。
オリゴヒスチジン部位としては、例えば少なくとも2個のヒスチジンからなるものであれば特に限定されるものではない。
【発明の効果】
【0012】
本発明により、他の従来のタンパク質蛍光標識方法における種々の問題点を克服したタンパク質蛍光標識方法が提供される。本発明の方法は、タンパク質本来の挙動に多大な影響を及ぼさない程度の大きさの蛍光基を用いることにより、蛍光標識の位置及び数が原理的に制御可能である。また、本発明の方法は、標識に伴うタンパク質の構造劣化を生じさせず、かつ標識に伴い有意な蛍光変化が観測されるという特徴を有する。従って、本発明は従来の方法とは異なる新しい優れたタンパク質蛍光標識技術である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0013】
本発明は、タンパク質の精製に多用されるヒスチジンタグと場感受性の蛍光基とを組み合わせてタンパク質を蛍光標識する方法に関する。
詳しくは、本発明により、複数の疎水性又は親水性アミノ酸部位及びヒスチジンタグを含むペプチドタグと、ヒスチジンに配位する錯体化合物及び場感受性の蛍光基を含む蛍光プローブとを組み合わせることで、タンパク質を蛍光標識することができる(図1)。
より詳しくは、錯体化合物および感受性蛍光基を含む蛍光プローブ(図1(B))と、タンパク質に連結された、アミノ酸部位およびオリゴヒスチジン部位を含むペプチドタグ(図1(A))とを接触させると、当該錯体化合物が当該ポリヒスチジン部位に配位し、続いて当該場感受性蛍光基が当該アミノ酸部位に会合するため、当該タンパク質を蛍光標識することができる(図1)。そして、アミノ酸部位に結合した場感受性蛍光基の蛍光を測定することで、当該タンパク質を検出することができる(図1)。
【0014】
1.ペプチドタグ
本発明において、ペプチドタグとは、疎水性または親水性アミノ酸部位と、オリゴヒスチジン部位とを含むものである(図1(A))。
【0015】
(1)オリゴヒスチジン部位
本明細書において、オリゴヒスチジン部位は、2以上の連続するヒスチジンからなる部位を意味する。
ここで、本発明において、オリゴヒスチジン部位は蛍光プローブ中の錯体化合物に配位される。従って、オリゴヒスチジン部位のヒスチジンの連続数は、錯体化合物が配位できる限り限定はされないが、2以上、好ましくは2〜20、より好ましくは3〜10、さらに好ましくは5または6である。
【0016】
(2)アミノ酸部位
本発明において、アミノ酸部位は複数のアミノ酸残基が連結した部位である。当該アミノ酸部位はダンシル基などの場感受性蛍光基が会合する対象として機能する。本発明において、場感受性蛍光基とは、蛍光基周辺の環境(例えば疎水性)によって蛍光を変化させる性質を有する蛍光基を意味する。したがって、当該蛍光基が会合する対象であるアミノ酸部位の極性は、ダンシル基周辺の環境に影響を与えるものであるといえる。すなわち、本発明のアミノ酸部位の配列は、特に限定されるものではないが、疎水性アミノ酸を多く含むことができるし、反対に親水性アミノ酸を多く含むことができる。例えば、本発明のアミノ酸部位を構成するアミノ酸中、疎水性アミノ酸の占める割合は、好ましくは20〜100%、より好ましくは40〜100%、さらに好ましくは60〜100%、最も好ましくは100%である。また、例えば、本発明のアミノ酸部位を構成する本発明のアミノ酸部位を構成するアミノ酸中、親水性アミノ酸の占める割合は、好ましくは20〜100%、より好ましくは40〜100%、さらに好ましくは60〜100%、最も好ましくは100%である。また、本発明のアミノ酸部位を構成するアミノ酸中、疎水性アミノ酸の占める残基数は、場感受性蛍光プローブの蛍光変化(ブルーシフト)が誘起できる限り限定はされないが、1残基以上、好ましくは1〜10残基、より好ましくは2〜5残基である。また、例えば、本発明のアミノ酸部位を構成する本発明のアミノ酸部位を構成するアミノ酸中、親水性アミノ酸の占める割合は、場感受性蛍光プローブの蛍光変化(レッドシフト)が誘起できる限り限定はされないが、1残基以上、好ましくは1〜10残基、より好ましくは2〜5残基である。
【0017】
本明細書において、疎水性アミノ酸としては、イソロイシン、バリン、ロイシン、フェニルアラニン、アラニン、メチオニン、プロリン、トリプトファンを例示することができる。本発明において、疎水性アミノ酸は、好ましくはトリプトファンである。アミノ酸部位に含まれる疎水性アミノ酸は、同一のアミノ酸であってもよいし、異なるアミノ酸であってもよい。
本明細書において、親水性アミノ酸としては、アスパラギン酸、グルタミン酸、アルギニン、リシン、ヒスチジン、アスパラギン、グルタミン、スレオニン、セリン、チロシンシステインを例示することができる。アミノ酸部位に含まれる親水性アミノ酸は、同一のアミノ酸であってもよいし、異なるアミノ酸であってもよい。
【0018】
本発明において、アミノ酸部位の長さは、1〜20残基、好ましくは1〜10残基、より好ましくは2〜5残基である。
【0019】
(3)ペプチドタグ
本発明において、ペプチドタグの例としては、オリゴヒスチジン部位が6個のヒスチジン(H)からなり、アミノ酸部位が疎水性アミノ酸である3個のトリプトファン(W)からなるペプチドタグを挙げることができるが、これに限定されるものではない。例えば、WWW部分は、WLI(Lはロイシン、Iはイソロイシンの一文字表記を示す)であってもよい。
N末端-HHHHHHWWW-C末端 (配列番号2)
【0020】
本発明においてペプチドタグは、N末端側から順にアミノ酸部位、オリゴヒスチジンタグであってもよいし、N末端側から順にオリゴヒスチジンタグ、アミノ酸部位であってもよい。
【0021】
本発明のペプチドタグを合成させる方法は、特に限定されるものではなく、通常のペプチド合成装置を利用することができる。例えば、Fmoc法、Boc法を利用することができる。例えば実施例2の方法を参照することができる。
【0022】
(4)蛍光標識又は検出の目的タンパク質とペプチドタグの連結
本発明において、ペプチドタグは蛍光標識又は検出する目的タンパク質のN末端側に連結させても、C末端側に連結させてもよい。当該タンパク質は、ペプチドタグとオリゴヒスチジン部位を介して連結してもよいし、アミノ酸部位を介して連結してもよい。
【0023】
当該目的タンパク質とペプチドタグとが連結されたタンパク質は、これらをコードする核酸を作製し、宿主を介してあるいはin vitro translation法を介して両者が連結したタンパク質を発現させて得ることができる。
【0024】
蛍光標識する目的タンパク質とペプチドタグとをコードする核酸を作製するには、例えば、ペプチドタグを発現するベクターを作製し、そのベクターに目的タンパク質をコードする核酸を挿入すればよい。ベクターは、目的タンパク質を発現できるものであれば特に限定はされないが、例えば、プラスミド、コスミド、ファージミド、ウイルスベクターなどを挙げることができる。
【0025】
ペプチドタグを発現するベクターを作製するには、例えば、まず、設定したペプチドタグのアミノ酸配列をコードする塩基配列を設計する。同時に、ベクターの挿入箇所の配列情報(例えば制限酵素配列)を考慮して、ベクターに挿入する塩基配列を決定する。次に、設定した塩基配列に従って核酸を合成し、ベクターの配列情報を利用して合成した核酸をベクターに挿入する。
ペプチドタグを発現するベクターに、目的タンパク質をコードする核酸を挿入するには、目的タンパク質をコードする核酸を定法に従いPCR法で増幅し、得られた核酸を上記ベクターに挿入すればよい。
【0026】
また、蛍光標識する目的タンパク質とペプチドタグとをコードする核酸を作製するには、例えば、ペプチドタグをコードする塩基配列を含むオリゴヌクレオチドをプライマーとして目的タンパク質をコードする核酸をPCR法で増幅させることで得ることもできる。
【0027】
オリゴヒスチジン部位をコードする核酸は、市販のヒスチジンタグをコードするベクター(例えばQIAGEN社、pQEシリーズ)を利用することもできる。
【0028】
次に、標識又は検出の目的タンパク質とペプチドタグとが連結されたタンパク質は、これらをコードする上記核酸を、宿主を介してあるいはin vitro translation法を介して発現させて得ることができる。
例えば前記ベクターを、公知の形質転換方法によって宿主に導入し、宿主を適当に培養することで目的タンパク質を得ることができる。
宿主は、前記ベクターがタンパク質を発現することができるものであれば限定されない。例えば、動物細胞、昆虫細胞、大腸菌、酵母などを挙げることができる。
また、in vitro translation法には、市販のキットを用いることができる(Roche社 RTSシステムなど)。
得られたタンパク質は、細胞に発現させた状態で本発明に用いることもできるし、透析や各種クロマトグラフィーによって、適宜精製して用いることもできる。
【0029】
蛍光標識する目的タンパク質とペプチドタグとが連結したタンパク質を得るための一連の操作は、上記に限定されるわけではなく、当業者であれば公知の技術に基づいて容易に実施することができる(Molecular Cloning, 3rd edition, Sambrook and Russell, CSHL PRESS)。
【0030】
2.蛍光プローブ
本発明において、蛍光プローブは、錯体化合物および場感受性蛍光基を含むものである(図1(B))。本発明の蛍光プローブは、錯体化合物と場感受性蛍光基との間にリンカーを有していてもよい。
【0031】
(1)錯体化合物
本発明において、錯体化合物は、ペプチドタグに含まれるオリゴヒスチジン部位に配位するものであれば特に限定されない。
錯体化合物を構成する金属イオンは、例えばニッケル(Ni2+)、鉄(Fe3+)などを挙げることができる。
配位子も、金属イオンに配位するものであれば特に限定されない。
本発明で使用する錯体化合物は例えばニトリロ三酢酸に結合したニッケル(II)錯体(Ni-NTA、実施例中の化合物4)を挙げることができる。
【0032】
(2)場感受性蛍光基
場感受性蛍光基とは、溶媒の極性に応じて蛍光が変化する蛍光基を意味する。本発明で使用する場感受性蛍光基は、上記性質を有する限り特に限定されないが、例えばダンシル基、アクリロダン基を挙げることができる。
例えばダンシル基の場合、溶媒の極性が疎水性の場合は蛍光波長がブルーシフトして蛍光強度が増大し、親水性の場合は蛍光波長がレッドシフトして蛍光強度が減少する性質を有する。ダンシル基が疎水性結合を介して疎水性アミノ酸部位と会合すると、蛍光がブルーシフトすると共に、蛍光強度が増大するため、蛍光標識をしたタンパク質を高感度に検出することができる。
【0033】
(3)リンカー
本発明において、錯体化合物と場感受性蛍光基とは、リンカーによって結合されていてもよい。リンカーは、両者をつなぐ役割を果たすものであれば、特に限定されない。例えば、置換基を有していてもよいC1~C6アルキル基を挙げることができる。
【0034】
(4)蛍光プローブの作製方法
本発明の蛍光プローブ、例えば錯体化合物がNi2+-NTAであり、場感受性蛍光基がダンシル基である蛍光プローブを作製する方法は、実施例1を参照することができる。
リンカーを介してアミノ基を導入したNTA(実施例1の化合物1)とダンシル基を有するDansyl chloride(実施例1の化合物2)を、無水K2CO3を含むアセトニトリル/水混合溶媒中、遮光して窒素雰囲気下、室温で反応させる。得られた粗生成物をカラムクロマトグラフィー、プレパラティブTLC、メンブレンフィルターにて精製することにより、上記の蛍光プローブ(実施例1の化合物3)を得ることができる。
【0035】
3.タンパク質の蛍光標識方法および検出方法
本発明のタンパク質蛍光標識方法は、タンパク質に連結したペプチドタグに蛍光プローブを接触させると、蛍光プローブ中の錯体化合物がペプチドタグ中のオリゴヒスチジン部位に配位し、蛍光プローブ中の場感受性蛍光基がペプチドタグ中のアミノ酸部位に会合する性質を利用したものである(図1(C))。
また、場感受性蛍光基の蛍光を測定することで、蛍光標識されたタンパク質を検出することができる(図1(C))。
【0036】
本発明において、タンパク質の種類は限定されるものではない。例えば、ホルモン、サイトカイン、酵素タンパク質、受容体タンパク質などあらゆるタンパク質を標的とすることができる。
【0037】
本発明において、ペプチドタグに蛍光プローブを接触させるステップは、ペプチドタグと連結した標識又は検出の目的タンパク質を含有するウェル、チューブなどに、蛍光プローブを添加することで行うことができる。当該タンパク質を発現している細胞を含有するウェルやフラスコに、蛍光プローブを添加してもよい。添加する蛍光プローブは、目的タンパク質が細胞内で発現している場合には、細胞膜を通過する必要があるため、膜透過性を有することが好ましい。
【0038】
本発明において、錯体化合物がオリゴヒスチジン部位に配位する反応は、可逆的な反応である。例えばエチレンジアミン四酢酸(EDTA)などのキレート剤を錯体化合物とオリゴヒスチジン部位とが配位した複合体に十分量添加すると、EDTAが錯体化合物の金属イオンと結合するために、錯体化合物はオリゴヒスチジン部位に配位できなくなる。ここに、さらに金属イオンを過剰に添加すると、EDTAは添加した金属イオンと結合するために錯体化合物はEDTAから解放され、再びオリゴヒスチジン部位に配位するようになる(実施例3参照)。
【0039】
本発明において、場感受性蛍光基と疎水性アミノ酸部位との会合は疎水性相互作用による。疎水性相互作用により会合することで、場感受性蛍光基の蛍光がブルーシフトし、かつ、蛍光強度が大きくなる。
一方、場感受性蛍光基は親水性アミノ酸部位に静電相互作用により会合する。この会合により、場感受性蛍光基の蛍光がレッドシフトし、かつ、蛍光強度が小さくなる。
【0040】
本発明において、ペプチドタグが連結したタンパク質に蛍光プローブを添加してから、当該タンパク質が蛍光標識されるまでの時間は、例えば60秒以内である。したがって、本発明のタンパク質蛍光標識方法およびタンパク質の検出方法は、生細胞内のタンパク質の特異的標識に用いることもできる。
【0041】
場感受性蛍光基からの蛍光を測定するには、例えば蛍光分光光度計、蛍光プレートリーダー、蛍光顕微鏡、蛍光イメージャーといった蛍光測定機器を使用することができる。測定時の励起波長およびバンド幅は当業者であれば適宜選択することができるが、例えば、励起波長は、200〜700 nm、好ましくは300〜550 nmであり、バンド幅(励起/蛍光)は0.5〜20 nm/0.5〜20 nm、好ましくは1.5〜5 nm/1.5〜5 nmを用いることができる。
【0042】
また、本発明はタンパク質を蛍光標識するためのキット、またはタンパク質を蛍光標識により検出するためのキットを提供する。
当該キットは、例えばペプチドタグをコードする核酸を挿入したベクター、蛍光プローブを含んでいればよい。この場合は、キットに含まれるベクターに目的タンパク質をコードする核酸を挿入して得られるベクターを細胞に導入し、ペプチドタグが連結した目的タンパク質を発現させる。ここに蛍光プローブを添加すれば、目的タンパク質を蛍光標識することができ、目的タンパク質を検出することができる。
当該キットには、キットの使用説明書、緩衝液、コントロールをさらに含有することもできる。
【0043】
以下、本発明を実施例により更に具体的に説明するが、本発明の範囲は下記の実施例に限定されることはない。
【実施例1】
【0044】
蛍光プローブの合成(ダンシル基+Ni2+-NTAの場合)
【化1】


【化2】


(1)化合物3の合成
Nα, Nα-Bis(carboxymethyl)-L-lysine hydrate(化合物1)をアセトニトリルに加え、これを攪拌しながら脱イオン水を化合物1が溶解するまで滴下した。次にこの溶液に無水K2CO3を加え、撹拌しながら1.6当量のDansyl chloride (5-Dimethylaminonaphthalene-1-sulfonyl chloride)(化合物2)を少量ずつ添加した。反応容器を遮光し、窒素雰囲気下、室温で32時間攪拌した。反応液を減圧濾過した後、濾液の溶媒を減圧留去することにより粗生成物を得た。粗生成物を二度ゲル濾過カラムクロマトグラフィーにて処理することにより精製した後、プレパラティブTLCにて処理することにより更に精製した。得られた生成物をメンブレンフィルターで濾過し、濾液を凍結乾燥することにより化合物3を得た。MS(MALDI):496 ([M+H]+), 518 ([M+Na]+))。
【0045】
(2)化合物4の合成
化合物3の脱イオン水溶液に対し、0.01 N塩酸に溶解した5当量の塩化ニッケル(NiCl2)を加え、更に0.1 M炭酸水素ナトリウム緩衝液を加えた。反応容器を遮光し、室温で1時間攪拌した。生成物をSep-Pak Plusカートリッジにより精製した後、凍結乾燥することにより化合物4を得た。
【実施例2】
【0046】
ペプチドの合成
パイオニアシングルカラム合成機を用い、Fmoc法によりH6W3ペプチド(配列番号2:N末端-HHHHHHWWW-C末端)及びH6ペプチド(配列番号3:N末端-HHHHHH-C末端)を合成した(Wはトリプトファン、Hはヒスチジンを表す)。なお、ペプチドのN末端はアセチル基修飾、C末端はアミノ基修飾を行った。
【実施例3】
【0047】
蛍光測定(1)
実施例1で得た化合物4を超純水に溶解し、実施例2で得たH6W3ペプチドを添加して蛍光スペクトル測定を行った(図2(a))。次に、この溶液にエチレンジアミン四酢酸(EDTA)を添加して蛍光スペクトル測定を行った(図2(b))。更に、この溶液にNiCl2を加えて蛍光スペクトル測定を行った(図2(c))。
測定条件は次の通りである。化合物4の濃度:5 μM;H6W3ペプチドの濃度:30 μM;EDTAの濃度:300 μM;NiCl2の濃度:400 μM;励起波長:330 nm;バンド幅(励起/蛍光):3 nm/3 nm。
【0048】
図2(a)に示すように、H6W3ペプチドの添加に伴い蛍光強度は大きく増大し、蛍光波長は短波長にシフト(ブルーシフト)することが確認された。これは、H6W3ペプチドに化合物4が配位し、これに伴い化合物4中のダンシル基とH6W3ペプチド中の疎水的なトリプトファン部位とが会合したことを示している。
この結果より、H6W3ペプチドをタグとして有するタンパク質に、タンパク質標識用蛍光プローブ(化合物4)を適用することで、目的としたタンパク質を効率的に蛍光標識できることが明らかになった。
【0049】
図2(b)に示すように、前述の化合物4とH6W3ペプチドを含む溶液にEDTAを添加した場合は、蛍光強度が減少し、蛍光波長がH6W3ペプチド添加前の状態へと長波長シフト(レッドシフト)することが確認された。これはEDTAを添加することにより、化合物4のH6W3ペプチドへの配位に必要なNi2+がEDTAにより奪われ、化合物4のH6W3ペプチドへの配位が解消したためである。
【0050】
また、図2(b)の溶液に、更に過剰のNiCl2を添加した場合は、図2(c)に示すように、蛍光波長が再び増大し、蛍光波長がブルーシフトすることが確認された。これは、新たにNi2+が供給されたことにより、化合物4のNi2+からEDTAが脱離し、化合物4がH6W3ペプチドに再配位したためである。
【0051】
図2(b)、(c)の結果は、図2(a)に示した蛍光変化が、化合物4のH6W3ペプチドへの配位に起因していることを裏付ける証明とも言える。
図2(a)〜(c)の一連の操作における蛍光強度比の経時変化を図2(d)に示している。図2(d)のF491及びF538は491nm及び538nmにおける溶液の蛍光強度をそれぞれ示している。図2(d)より、化合物4及びH6W3ペプチドを用いた蛍光標識法においては、可逆的な蛍光標識が可能であることがわかる。
【実施例4】
【0052】
蛍光測定(2)
化合物4を溶解した超純水に対し、H6W3ペプチドの代わりにH6ペプチドを添加して蛍光測定を行った(図3)。なお、図3には比較のため、H6W3ペプチドを添加した時の結果も合わせて示した。H6ペプチドを添加した場合は添加前後で蛍光スペクトルの有意な変化は観測されなかった。
このことは、化合物4の配位に伴う蛍光変化には、ペプチドにおいてH6のようなヒスチジン部位に加えて高疎水性部位を有するアミノ酸(例えばここで使用したトリプトファン)の部位が必須であることを示している。
このような新しいペプチドタグと化合物4とを組み合わせて用いることにより、本発明で提供される、優れたタンパク質標識(標識に伴う蛍光強度増大とブルーシフト、可逆的な標識)が可能になると結論できる。
【図面の簡単な説明】
【0053】
【図1】(A)の左はペプチドタグの模式図である。右はペプチドタグの例としてH6W3ペプチドを示した図である。(B)の左は蛍光プローブの模式図である。右は蛍光プローブの例を示した図である。(C)は本発明のタンパク質蛍光標識方法の機序を示す模式図である。
【図2】(a)は化合物4の溶液に、H6W3ペプチドを添加する前と添加した後の蛍光スペクトルを示した図である。(b)は(a)のH6W3ペプチドを添加した後の溶液に、EDTAを添加する前と添加した後の蛍光スペクトルを示す図である。(c)は(b)のEDTAを添加した後の溶液に、NiCl2を添加する前と添加した後の蛍光スペクトルを示す図である。(d)は上記(a)から(c)の一連の操作における蛍光強度比の変化を示した図である。
【図3】化合物4の溶液にH6ペプチド、あるいはH6W3ペプチドを添加した後の蛍光スペクトルとこれらのペプチドを添加する前の蛍光スペクトルを示した図である。
【配列表フリーテキスト】
【0054】
配列番号1:合成ペプチド
配列番号2:合成ペプチド
配列番号3:合成ペプチド

【特許請求の範囲】
【請求項1】
錯体化合物および場感受性蛍光基を含む蛍光プローブと、標識の目的タンパク質に連結された、アミノ酸部位およびオリゴヒスチジン部位を含むペプチドタグとを接触させることを特徴とするタンパク質の蛍光標識方法。
【請求項2】
錯体化合物および場感受性蛍光基を含む蛍光プローブと、検出の目的タンパク質に連結された、アミノ酸部位およびオリゴヒスチジン部位を含むペプチドタグとを接触させ、当該接触によりアミノ酸部位に結合した場感受性蛍光基の蛍光を測定することを特徴とするタンパク質の検出方法。
【請求項3】
錯体化合物が、ニトリロ三酢酸に結合したニッケル(II)錯体である、請求項1または2記載の方法。
【請求項4】
場感受性蛍光基がダンシル基である、請求項1または2記載の方法。
【請求項5】
蛍光プローブが、錯体化合物と場感受性蛍光基との間にスペーサーを有するものである、請求項1または2記載の方法。
【請求項6】
アミノ酸部位が、疎水性アミノ酸を含むものである、請求項1または2記載の方法。
【請求項7】
アミノ酸部位が、少なくとも1個のトリプトファン残基を有するものである、請求項1または2記載の方法。
【請求項8】
オリゴヒスチジン部位が少なくとも2個のヒスチジンからなるものである、請求項1または2記載の方法。


【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2006−322858(P2006−322858A)
【公開日】平成18年11月30日(2006.11.30)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−147387(P2005−147387)
【出願日】平成17年5月19日(2005.5.19)
【出願人】(504145342)国立大学法人九州大学 (960)
【Fターム(参考)】