タンパク質複合体をターゲティングする薬物候補の直接質量分析
本発明は、精製された試料または複合生物学的マトリックスにおけるタンパク質−タンパク質相互作用などの、タンパク質複合体に薬物候補が及ぼす効果の定性および定量分析のために、高質量マトリックス支援レーザ脱離イオン化(MALDI)質量分析を使用する方法、ならびに自動化ハイスループット応用を含む、リード化合物の最適化、薬物のキャラクタリゼーション、薬物製造過程、および薬物品質管理過程のためにこの方法を使用することに関する。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
発明の分野
本発明は、化学的架橋と組み合わせたMALDI質量分析法を使用して、タンパク質複合体をターゲティングする薬物候補の効果を分析する方法に関する。この効果は定量することができ、ターゲティングされたタンパク質複合体に対するIC50値として与えることができる。
【0002】
発明の背景
タンパク質−タンパク質相互作用は、生理機能に中心的な役割を果たす。細胞において、タンパク質は、ほぼ全ての細胞過程を保証するように調節することができる、複雑で柔軟なネットワークに組織される。薬物がタンパク質をターゲティングしている場合、それらは、実際に、タンパク質−タンパク質相互作用に効果を有して、ターゲティングされたタンパク質が属するネットワーク全体に影響する。数百の潜在的「リード化合物」を検討しなければならない創薬の前臨床段階の間に、タンパク質−タンパク質相互作用またはタンパク質複合体に及ぼす薬物候補の効果の直接分析は、極めて重要である。
【0003】
薬物候補は、小分子(典型的にはMW<1000Daを有する)、リコンビナントタンパク質、リコンビナントペプチド、抗体または抗体フラグメントの形態を取りうる。薬物候補ライブラリーのスクリーニング後に、潜在的治療分子の徹底的なキャラクタリゼーションを行うことは、リード化合物の前臨床選択過程に極めて重要である。この選択過程は、多額の費用を要する臨床過程に最良の候補が入ること、および創薬過程において悪い候補または無用な候補が可能な限り早期にはねつけられることを保証する。
【0004】
薬物とタンパク質の間の相互作用をキャラクタリゼーションするための従来の技法には、ELISA(Enzyme Linked Immunosorbant Assay)型アッセイ、ラジオイムノアッセイおよび関連技法ならびに表面プラズモン共鳴技法(SPR)が挙げられる。これらの技法の中で、SPRは、結合動態、解離および会合定数ならびにターゲット−リガンド相互作用の性質を測定することにより、薬物とタンパク質の間の相互作用を「徹底的に」キャラクタリゼーションすることができる唯一の技法である。
【0005】
エレクトロスプレーイオン化(ESI)およびマトリックス支援レーザ脱離イオン化(MALDI)を含むいわゆる「ソフトイオン化」法の導入後、質量分析は、タンパク質を分析するための標準的なツールである。これらのイオン化法は、高分子量バイオポリマーを分析するために開発された(Fenn et al., Science 246:64-71 , 1989; Karas and Hillenkamp, Anal. Chem. 60:2299-3001, 1988)。質量分析は、タンパク質の分析のための標準的なツールであるが、タンパク質−タンパク質相互作用およびタンパク質複合体の分析のためにこの技法を使用することは、依然として骨が折れる。主な難点は、分析の間にタンパク質間の非共有結合性相互作用が解離する傾向にあることである。
【0006】
エレクトロスプレーイオン化(ESI)は、好都合な緩衝液の存在下で、この相互作用を安定に維持して試料を分析できることから、インタクトなタンパク質複合体の分析のために好ましい方法である(Loo, Int. J. Mass Spectrom. 200(1):175-186, 2000)。エレクトロスプレーイオン化質量分析は、タンパク質ras−GDPと共にインキュベーションした場合に、薬物候補Sch54292、Sch54341およびSch53721の間に形成する複合体の分析のために使用された(Pramanik et al., J. Mass Spectrom. 33:911-920, 1998)。このイオン化法はまた、DNAと小分子(ノガラマイシン、ヘダマイシン(hedamycin)およびジスタマイシン)の間に形成した複合体の分析のために使用された(Beck et al., Mass Spectrom. Rev. 20:61-87, 2001)。Sanglier S.ら(Eur. J. Biochem. 271:4958-4967, 2004)は、レチノイドコレプレッサー核内レセプターボックスペプチドとレチノイン酸/レチノイドXレセプターヘテロ二量体のリガンド結合ドメインとの相互作用に起因する三元複合体の測定のためにESI−MSを使用することを記載している。エレクトロスプレーイオン化を使用してタンパク質複合体からのインタクトなイオンを観察する好都合な条件を見出すことは多くの時間を必要とし、なお大きな難点である。非共有結合性複合体の平衡会合を測定するためにESI−MSを使用する場合の主な問題は、ESIイオン化の間のこれらの複合体についての応答係数(response factor)の差であり、この差は、質量分析装置のソースにおける衝突活性化に起因しうる。識別過程(例えば質量依存性イオン化効率、質量分析装置を通過する質量依存性イオン透過、および検出器の不均一な反応)は、一般に、異なる種のイオン強度をそれらの溶液濃度に関連づけることを許さない。ESIイオン化のこれらの性質は、異なる薬物と相互作用している複合体についての応答係数が異なることから、競合実験の場合に重大な結果を招く(Gabelica, V. et al. J. Mass Spectrom. 38: 491-501, 2003)。
【0007】
少数の研究だけが、MALDI ToF質量分析を使用したインタクトなタンパク質複合体の分析のために報告されている。主な理由は、非共有結合性複合体が、レーザ脱離を用いたイオン化過程の間だけでなく、試料調製の間にも容易に解離しうることである(MALDI−MS;Nordhoff et al., Mass Spectrom. Rev. 15:67-138, 1997に総説されている)。別の問題は、MALDIが主として単一電荷の疑似分子イオンを発生するときに、標準的なMALDI質量分析装置がインタクトな高質量タンパク質複合体を検出できることである。MALDI質量分析は、高質量検出と架橋化学反応の組み合わせを使用したインタクトな非共有結合性タンパク質複合体の分析に使用されてきた(Nazabal, A. et al., Anal Chem. 78:3562-3570, 2006)。この分析法は、タンパク質−タンパク質相互作用およびタンパク質複合体をターゲティングする薬物の分析に決して適用されたことはない。MALDIは、この分析に関して以下のいくつかの欠点を集積している:1)イオン化のために使用されたレーザが、ターゲティングされるタンパク質複合体を破壊する;2)検出感度が高質量範囲で低下するか、または存在しない;3)選択的イオン化現象のせいで、試料中の小分子の存在が高分子量巨大分子を検出する能力を低下させている;4)MALDI質量分析は、定量的なツールとみなされない。検出されるピークの強度と試料中のタンパク質複合体の量の間に直接的な相関はない。
【0008】
国際公開公報第2006/116893号(Eidgenossische Technische Hochschule Zurich)において、未消化で、フラグメンテーションされていない共有結合的に安定化された超分子ターゲット−リガンド複合体のインタクトなイオンがマトリックス支援レーザ脱離イオン化(MALDI)を用いて分析される質量分析法が提案されている。この方法は、抗体−抗原複合体およびCDC42とSalmonella外膜タンパク質SopEの間の複合体などの他のタンパク質−タンパク質複合体の分析により例示されるが、タンパク質複合体をターゲティングする薬物候補の定量分析に決して使用されたことはない。
【0009】
発明の概要
精製された多成分試料または不均一な生物学的マトリックスのいずれかにおけるタンパク質複合体と共に薬物候補をインキュベーションし、続いて、相互作用するパートナーを架橋して、共有結合的に安定化されたタンパク質複合体を形成させ、最終的に、試料の消化またはフラグメンテーションを行わずに、安定化されたタンパク質複合体を高質量検出用に装備されたMALDI ToF質量分析で分析することによって、タンパク質複合体に薬物候補が及ぼす効果の検出および判定する方法を提供することが本発明の目的である。
【0010】
特に本発明は、質量分析を使用して、未消化で、フラグメンテーションされていないタンパク質複合体のインタクトなイオンを測定することによって、タンパク質複合体に薬物候補が及ぼす効果を決定する方法を提供し、この方法は以下の工程を含む:
(a)ターゲティングされたタンパク質複合体を、薬物候補と共にインキュベーションする工程;
(b)ターゲティングされたタンパク質複合体を、薬物候補の存在下で架橋試薬と接触させ、共有結合的に安定化されたタンパク質複合体を形成させる工程;
(c)高質量検出器を備える高質量MALDI ToF質量分析により形成したインタクトなイオンを分析する工程;
(d)薬物候補の存在下で、ターゲティングされたタンパク質複合体について得られた質量ピークを、陰性対照分子の存在下で得られた質量ピークと比較することによって、ターゲティングされたタンパク質複合体に薬物候補が及ぼす効果を直接決定する工程
を含む。
【0011】
工程(a)において異なる濃度の薬物候補を用いてインキュベーションを行うならば、工程(d)において異なる濃度について効果を定量し、例えばターゲティングされたタンパク質複合体についての薬物候補のIC50値として表すことができる。
【0012】
本発明はさらに、リード化合物の最適化、薬物開発、抗体または他の治療用タンパク質およびペプチドなどのタンパク質生物製剤のキャラクタリゼーション、薬物製造ならびに自動および/またはハイスループット応用を含めた品質管理などの様々な応用における非常に多用途のツールとしてこの方法を使用することを提供する。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【図1】本発明に記載のタンパク質−タンパク質相互作用またはタンパク質複合体に薬物候補が及ぼす効果を分析するための方法の基本的な概要を示す図である。第一工程(A)では、薬物候補 (1、2、3、4)または陰性対照分子(N)を、ターゲティングされたタンパク質複合体(PC)と混合する。インキュベーション(B)、架橋試薬との混合および高質量MALDI ToF質量分析(C)の後に、タンパク質複合体に対応するピークの質量ピーク面積を計算し、各薬物候補を用いた実験および陰性対照を用いた実験について比較する。2および3は、ターゲティングされたタンパク質複合体に効果を有さない。一方、1および4は、ターゲティングされたタンパク質複合体に破壊的な効果を有する。薬物候補1および4と共にインキュベーション後に、ターゲティングされたタンパク質複合体に対応するピークの質量ピーク面積を比較することによって、これらの分子の効果を順位付けすることができ(D)、すなわち特定の例では1>4である。
【図2】チミジンキナーゼタンパク質複合体にAG32が及ぼす効果を示す図である。架橋の前(A)および後(B)に、高質量MALDI質量分析によりタンパク質複合体チミジンキナーゼの精製試料を直接分析する。チミジンキナーゼの精製試料を陰性対照分子AG0と共に(C)、または薬物候補AG32と共に(D)インキュベーションし、続いて架橋し、高質量MALDI ToF質量分析により分析する。
【図3】タンパク質複合体Tcf4/β−カテニンにPK115、PK117およびPK118が及ぼす効果を示す図である。タンパク質複合体Tcf4/β−カテニンを、陰性対照分子(NC);PK115、PK117およびPK118と共にインキュベーションする。インキュベーション後に、試料に架橋プロトコールを行い、高質量MALDI ToF質量分析により分析する。
【図4A】タンパク質複合体MDM2−p53に対する阻害剤ヌトリン−3aおよびヌトリン−3bについてのIC50値の決定を示す図である。(A、B):化学的架橋と組み合わせた高質量MALDI質量分析を使用したMDM2−p53相互作用の分析、(C、D、E):異なる濃度のヌトリン−3aを用いて処理後の相互作用MDM2−p53の分析、(F、G):MDM2−p53相互作用に対するヌトリン−3aおよびヌトリン−3bについてのIC50値の決定。
【図4B】タンパク質複合体MDM2−p53に対する阻害剤ヌトリン−3aおよびヌトリン−3bについてのIC50値の決定を示す図である。(A、B):化学的架橋と組み合わせた高質量MALDI質量分析を使用したMDM2−p53相互作用の分析、(C、D、E):異なる濃度のヌトリン−3aを用いて処理後の相互作用MDM2−p53の分析、(F、G):MDM2−p53相互作用に対するヌトリン−3aおよびヌトリン−3bについてのIC50値の決定。
【図4C】タンパク質複合体MDM2−p53に対する阻害剤ヌトリン−3aおよびヌトリン−3bについてのIC50値の決定を示す図である。(A、B):化学的架橋と組み合わせた高質量MALDI質量分析を使用したMDM2−p53相互作用の分析、(C、D、E):異なる濃度のヌトリン−3aを用いて処理後の相互作用MDM2−p53の分析、(F、G):MDM2−p53相互作用に対するヌトリン−3aおよびヌトリン−3bについてのIC50値の決定。
【図4D】タンパク質複合体MDM2−p53に対する阻害剤ヌトリン−3aおよびヌトリン−3bについてのIC50値の決定を示す図である。(A、B):化学的架橋と組み合わせた高質量MALDI質量分析を使用したMDM2−p53相互作用の分析、(C、D、E):異なる濃度のヌトリン−3aを用いて処理後の相互作用MDM2−p53の分析、(F、G):MDM2−p53相互作用に対するヌトリン−3aおよびヌトリン−3bについてのIC50値の決定。
【図4E】タンパク質複合体MDM2−p53に対する阻害剤ヌトリン−3aおよびヌトリン−3bについてのIC50値の決定を示す図である。(A、B):化学的架橋と組み合わせた高質量MALDI質量分析を使用したMDM2−p53相互作用の分析、(C、D、E):異なる濃度のヌトリン−3aを用いて処理後の相互作用MDM2−p53の分析、(F、G):MDM2−p53相互作用に対するヌトリン−3aおよびヌトリン−3bについてのIC50値の決定。
【図4F】タンパク質複合体MDM2−p53に対する阻害剤ヌトリン−3aおよびヌトリン−3bについてのIC50値の決定を示す図である。(A、B):化学的架橋と組み合わせた高質量MALDI質量分析を使用したMDM2−p53相互作用の分析、(C、D、E):異なる濃度のヌトリン−3aを用いて処理後の相互作用MDM2−p53の分析、(F、G):MDM2−p53相互作用に対するヌトリン−3aおよびヌトリン−3bについてのIC50値の決定。
【図4G】タンパク質複合体MDM2−p53に対する阻害剤ヌトリン−3aおよびヌトリン−3bについてのIC50値の決定を示す図である。(A、B):化学的架橋と組み合わせた高質量MALDI質量分析を使用したMDM2−p53相互作用の分析、(C、D、E):異なる濃度のヌトリン−3aを用いて処理後の相互作用MDM2−p53の分析、(F、G):MDM2−p53相互作用に対するヌトリン−3aおよびヌトリン−3bについてのIC50値の決定。
【0014】
発明の詳細な説明
本発明は、精製された多成分混合物または不均一な生物学的マトリックスのいずれかにおけるタンパク質複合体に、小分子化合物(MW<1000Da)、抗体、抗体フラグメントならびに他の治療用タンパク質およびペプチドなどの薬物候補が及ぼす効果を、頑健で日常的な分析のための高質量MALDI ToF質量分析および架橋化学反応の組み合わせを使用して高感度および高精度で分析する方法に関する。
【0015】
特に、本願の方法は、最初に薬物候補を、ターゲティングされたタンパク質複合体試料と共にインキュベーションし、続いて薬物候補を含有するタンパク質複合体試料を特異的に架橋し、消化またはフラグメンテーション工程なしに高感度高質量検出を使用してそれをMALDI ToF質量分析に供することにより、タンパク質複合体、例えばタンパク質−タンパク質相互作用複合体に薬物候補が及ぼす効果を、高感度および高精度で決定可能にする。タンパク質複合体に薬物候補が及ぼす効果は、薬物候補の存在下で検出されたタンパク質複合体のピーク面積を、陰性対照の存在下でのタンパク質複合体のピーク面積と比較することにより得られたMALDI質量スペクトルから直接決定される。本発明は、薬物候補が、タンパク質複合体内のタンパク質相互作用を破壊または促進する効率、すなわち複合体内のタンパク質−タンパク質相互作用または他のタンパク質相互作用に対する薬物候補の親和性と、分析される試料中のタンパク質複合体について検出されたピークの質量ピーク面積との間の相関を確立することが可能であることを実証する。
【0016】
具体的な態様では、タンパク質複合体に薬物候補が及ぼす効果は、消化またはフラグメンテーション工程なしに、精製された多成分試料または不均一な生物学的マトリックスのいずれかにおいて分析される。
【0017】
さらなる具体的な態様では、薬物候補は、小分子化合物(MW<1000Da)、抗体、抗体フラグメント、ならびに他の治療用タンパク質およびペプチドを表す。
【0018】
本発明の方法は、消化またはフラグメンテーションなしに、タンパク質−タンパク質相互作用複合体などのタンパク質複合体に薬物候補が及ぼす効果の直接質量分析を提供することから、本発明の方法にはまた、適切な薬物候補を選択し、タンパク質複合体にそれらが及ぼす相対的な効果について薬物候補を順位付けできることが含まれる。
【0019】
本発明の方法の使用は、タンパク質複合体に薬物候補が及ぼす効果の直接決定だけでなく、例えばIC50値としての、検出された効果の定量もまた可能にする。現況技術が薬物候補−タンパク質複合体相互作用の定量測定に適さないことから、これは、本発明の特に重要な局面である。
【0020】
本発明自体は、以下の本発明の好ましい態様の説明から最もよく理解されよう。当業者が、本明細書に示され、記載された具体的な態様への改変および/または変更を考えることができることは了解されている。本説明の範囲内に入るそのような任意の改変または変更も、同様に、それに含まれることが意図される。本出願を提出する時点で本出願人に既知の好ましい態様および本発明の最良の実施形態の説明が提示されるが、これは、例示および説明を意図する。網羅的であること、または開示された正確な形態に本発明を限定することは意図されず、多数の改変および変更が、上記および下記の教示に照らして可能である。この態様は、本発明の原理およびその実際の応用を実証し、他の当業者が様々な態様で、そして様々な改変をして、考慮された特定の使用に適するように本発明を最良に利用することを可能にする。
【0021】
本発明の方法は、高質量MALDI ToF質量分析および架橋化学反応を使用して、例えば、精製されたタンパク質複合体試料または不均一な生物学的マトリックスのいずれか由来のタンパク質複合体に薬物候補が及ぼす効果の直接決定を可能にする。
【0022】
本発明の方法は、例えば、精製された試料または不均一な生物学的マトリックスのいずれかにおいて、薬物候補と共にインキュベーションされたタンパク質複合体試料の分析が、架橋後に可能であるという発見に基づく。MALDI質量分析は、タンパク質複合体に薬物候補が及ぼす効果の直接決定を可能にする。薬物候補の存在下または不在下で、ターゲティングされたタンパク質複合体についてのMALDI質量分析により検出されたピークの質量ピーク面積と、ターゲティングされたタンパク質複合体に薬物候補が及ぼす効果との間には相関がある。
【0023】
本発明は、タンパク質複合体に薬物候補が及ぼす効果を決定する直接法を提供し、その方法は、以下の工程を含む:
(a)ターゲティングされたタンパク質複合体を含有するタンパク質試料の一部と共に薬物候補をインキュベーションし、ターゲティングされたタンパク質複合体を含有するタンパク質試料の別の一部と共に陰性対照分子をインキュベーションする工程;
(b)それぞれ薬物候補および陰性対照分子と、ターゲティングされたタンパク質複合体とを含有する工程(a)からの試料を、架橋試薬または架橋試薬の混合物と接触させて、共有結合的に安定化されたタンパク質複合体を形成させる工程;
(c)高質量検出器を備える高質量MALDI ToF質量分析により、工程(b)のタンパク質複合体から形成したインタクトなイオンを分析する工程;
(d)薬物候補を含む試料および陰性対照分子を含む試料から、ターゲティングされたタンパク質複合体についての質量ピークを比較することにより、薬物候補の効果を直接決定する工程。
【0024】
説明および請求された任意の手順または部分的工程がヒトまたは動物の体に実施されるとみなすことができるならば、ヒトまたは動物の体へのそのような実施は、これにより特に除外される。
【0025】
陰性対照は、ターゲティングされたタンパク質複合体に効果を及ぼさないことが公知であるか、またはそう判定された小分子、抗体、フラグメント抗体または治療用タンパク質もしくはペプチドと共に、ターゲティングされたタンパク質複合体をインキュベーションすることにより得られる。陰性対照分子は、構造および分子量が薬物候補に匹敵するように選択される。例えば、薬物候補が、1000Da未満の分子量を有する小分子化合物であるならば、陰性対照分子もまた類似の分子量を有し、同一または関連する化学クラスまたは群に属する小分子である結果、そのタンパク質複合体またはそのタンパク質複合体試料中の他の成分との非特異的相互作用は匹敵する。同様に、薬物候補が抗体または抗体フラグメントであるならば、陰性対照分子もまた、好ましくは同じIgまたはフラグメントクラスのそれぞれ抗体または抗体フラグメントであるが、陰性対照分子は、異なる特異性を有し、特にターゲティングされたタンパク質複合体に対して特異性を有さない。薬物候補が治療用タンパク質またはペプチドであるならば、陰性対照分子もまた、類似の分子量および類似の三次構造を有するタンパク質またはペプチドである結果、タンパク質複合体およびタンパク質複合体試料中の他の成分との非特異的相互作用は匹敵する。
【0026】
薬物候補または陰性対照分子の存在下でタンパク質複合体試料の架橋後に、その試料は、高質量MALDI ToF質量分析により分析される。そのために、架橋された混合物を適切なマトリックスと混合し、マトリックスとの共結晶化を誘導することによって、タンパク質複合体を凍結および安定化する。陰性対照分子と共にインキュベーションされた、ターゲティングされたタンパク質複合体についてのピーク面積を、全くインキュベーションされていないタンパク質複合体の直接分析後に検出されたピーク面積と比較する。ピーク面積は、同じまたはほぼ同じと予想される。見い出されたピーク面積の差は、陰性対照分子と、ターゲティングされたタンパク質複合体の間に生じた非特異的相互作用を反映する。
【0027】
本発明は、例えばIC50値の決定により、ターゲティングされたタンパク質複合体への薬物候補の相互作用を定量測定するための方法を提供する。二つの薬物候補が、会合を破壊または促進するなどの効果をタンパク質複合体に及ぼす場合に、この効果を定量測定することが同様に可能である。タンパク質複合体に薬物候補が及ぼす効果は、同じ質量分析スペクトルにおけるタンパク質複合体に対応するピークおよびタンパク質複合体の別々のサブユニットに対応するピークの合計質量ピーク面積に基づいて確立することができる。次いで、試料中に存在する阻害剤の濃度の関数として、混合物中にまだ存在する複合体のパーセンテージをプロットすることにより、薬物候補のIC50値を決定する。
【0028】
架橋工程が省略されるならば、薬物候補と共に予備インキュベーションされたタンパク質複合体試料の高質量MALDI ToF質量分析は、タンパク質複合体の異なるサブユニットを含有する試料に対応する。インタクトなタンパク質複合体は、高質量MALDI ToF質量分析の条件下でそのサブユニットに分解することから、検出することはできない。
【0029】
さらに詳細には、薬物候補と共に予備インキュベーションされた、未消化で、フラグメンテーションされていないタンパク質複合体のインタクトなイオンを測定することにより、タンパク質複合体に薬物候補が及ぼす効果を決定する方法は、以下の工程を含む:
(a)ターゲティングされたタンパク質複合体試料を陰性対照分子または薬物候補と共にインキュベーションする工程;
(b)工程(a)からの該第1の試料を架橋試薬または架橋試薬混合物と接触させて、共有結合的に安定化されたタンパク質複合体を含有する第2の試料を得る工程;
(c)工程(b)からの該第2の試料をマトリックス溶液と混合して、試料/マトリックス混合物を得る工程;
(d)該試料/マトリックス混合物を支持体に沈着させることにより、均一な薄層を形成させる工程;
(e)試料/マトリックス混合物にレーザ線を照射することにより、共有結合的に安定化された該タンパク質複合体を脱着し、インタクトなイオンを発生させる工程;
(f)質量分離および高質量検出システムを使用して、未消化で、フラグメンテーションされていない共有結合的に安定化されたタンパク質複合体の該インタクトなイオンを質量分離および検出する工程;
(g)検出されたタンパク質複合体について測定されたピークの質量ピーク面積を決定する工程;
(h)薬物候補と共にタンパク質複合体をインキュベーション後に得られた、タンパク質複合体に対応するピークの質量ピーク面積についての値を、陰性対照分子と共にインキュベーション後に得られたタンパク質複合体に対応するピークの質量ピーク面積についての値と比較する工程;
(i)その比較から、ターゲティングされたタンパク質複合体に薬物候補が及ぼす効果を決定する工程。
【0030】
特定の態様では、薬物候補と共に予備インキュベーションされた、未消化で、フラグメンテーションされていないタンパク質複合体のインタクトなイオンを測定することにより、タンパク質複合体に薬物候補が及ぼす効果を決定する方法は、以下の工程を含む:
(a)いくつかの異なる濃度の薬物候補および陰性対照分子と共に、ターゲティングされたタンパク質複合体試料をインキュベーションする工程;
(b)工程(a)からの該第1シリーズの試料を、架橋試薬または架橋試薬混合物と接触させて、共有結合的に安定化されたタンパク質複合体を含有する第2シリーズの試料を得る工程;
(c)工程(b)からの該第2シリーズの試料をマトリックス溶液と混合して、試料/マトリックス混合物を得る工程;
(d)該試料/マトリックス混合物を支持体に沈着させることにより、均一な薄層を形成させる工程;
(e)試料/マトリックス混合物にレーザ線を照射することにより、共有結合的に安定化された該タンパク質複合体を脱着し、インタクトなイオンを発生させる工程;
(f)質量分離および高質量検出システムを使用して、未消化で、フラグメンテーションされていない共有結合的に安定化されたタンパク質複合体の該インタクトなイオンを質量分離および検出する工程;
(g)検出されたタンパク質複合体について測定されたピークの質量ピーク面積を決定する工程;
(h)異なる濃度の薬物候補と共にタンパク質複合体をインキュベーション後に得られたタンパク質複合体に対応するピークの質量ピーク面積についての値を、陰性対照分子と共にインキュベーション後に得られたタンパク質複合体に対応するピークの質量ピーク面積についての値と比較する工程;
(i)その比較から、工程(a)におけるインキュベーション後に存在したタンパク質複合体のパーセンテージを決定する工程;
(j)工程(i)で決定されたパーセンテージを薬物候補の濃度の関数としてプロットすることにより、ターゲットに対する薬物候補のIC50値を決定する工程。
【0031】
本明細書に使用される「薬物候補」という用語は、有機小分子(典型的には1000Da未満の分子量を有する)、抗体、抗体フラグメントならびに治療用タンパク質およびペプチドを表す。小分子は、タンパク質複合体と相互作用すると疑われ、薬学的に許容されると予想される任意の化学クラスに属しうる。抗体は、任意の免疫グロブリン(Ig)クラス、例えばIgA、IgD、IgE、IgGまたはIgMに属してもよく、ポリクローナル、モノクローナル、遺伝子改変、例えばヒト化であっても、または他の方法で特定の使用に適合されていてもよい。抗体フラグメントは、例えば重鎖、軽鎖、FabもしくはFcフラグメント、またはscFvなどの単鎖フラグメントであってもよい。治療用タンパク質またはペプチドは、その天然形態、改変された天然形態または完全にリコンビナントな形態の任意のタンパク質またはペプチドであってもよい。「治療」は、薬物として適用され、薬学的に許容されるとみなされる場合に、それが有益な効果を有すると予想されることを意味する。
【0032】
本明細書に使用される「タンパク質複合体」という用語は、タンパク質と結合パートナーの特異的結合から生じる複合体を表し、ここで、該結合パートナーは、タンパク質−タンパク質、タンパク質−核酸、タンパク質−薬物、タンパク質−ウイルス粒子、抗体−抗原、基質−酵素複合体などのような、該タンパク質複合体を形成するための、一つの特定のまたは複数のタンパク質、核酸、合成有機化合物または粒子などでありうる。この定義の範囲内で、タンパク質複合体はまた、タンパク質−タンパク質相互作用、例えば異なるタンパク質、または同じタンパク質の二量体、三量体、四量体または高オリゴマー間の相互作用を含む。タンパク質複合体のサブユニットの間の相互作用は、通常は水素架橋、(場合によりコンジュゲーションした)C−C二重結合または芳香環、例えばフェニル、および芳香族複素環、例えばピロール、イミダゾール、インドール、ピリミジンもしくはプリン環などのπ電子系により起こる相互作用、ならびに金属原子と酸素、窒素または硫黄原子の間の相互作用のような非結合性相互作用であるが、弱い、特に可逆的な共有結合性相互作用、例えば硫黄−硫黄架橋であってもよい。
【0033】
本明細書に使用される「薬物の効果」という用語は、ターゲティングされたタンパク質複合体に薬物候補が及ぼす結合、解離または会合の効果を現す。この効果は、陰性対照分子のインキュベーション後の、タンパク質複合体に対応するピークの質量ピーク面積と比較して、薬物候補のインキュベーション後の同じピークの質量ピーク面積を積分することによりモニターされる。
【0034】
本明細書に使用される「高質量MALDI質量分析」という用語は、高分子範囲、例えば約5kDa〜約100MDa、さらに具体的には約10kDa〜約20MDa、最も好ましくは約40kDa〜約10MDaの範囲のイオン検出感度を増強するように特別に改変されたマトリックス支援レーザ脱離イオン化質量分析装置を使用する分析を表し、この増強を行うために適用される技法は何であってもよい。
【0035】
本明細書に使用される「インタクトなイオン」という用語は、質量分析の前または途中に、タンパク質複合体のタンパク質分解、分解または解離なしに、タンパク質複合体、すなわち共有結合的に安定化された凝集物から質量分析のために作り出された荷電分子を表す。
【0036】
本明細書に使用される「共有結合的に安定化されたタンパク質複合体」という用語は、タンパク質複合体の化学量論比を乱さずに、任意の公知の、またはまだ発見されていない手段により架橋された、上記と同義のタンパク質複合体を表す。
【0037】
本明細書に使用される「精製された試料」という用語は、部分的または完全に精製された、タンパク質、ポリペプチド、グリコポリペプチド、抗体、ホスホポリペプチド、ペプチドグリカン、多糖、ペプチド模倣体、脂質、糖質、ポリヌクレオチドまたは有機化合物の不均一または均一な混合物を含有する任意の試料を表す。
【0038】
本明細書に使用される「不均一な生物学的マトリックス」という用語は、組織、細胞、または細胞ペレットなどの固形物質の溶解から得られた混合物;尿、血液、唾液、羊水などの生体液、または感染もしくは炎症領域からの浸出液;細胞抽出物もしくは生検試料の;あるいは生物起源、例えばヒトもしくは他の哺乳動物などの動物、植物、細菌、真菌またはウイルスから得られた混合物を含む、任意の粗反応混合物を表す。
【0039】
本明細書に使用されるタンパク質複合体に関する「高質量またはより高い質量」という用語は、約10kDaよりも高い、例えば約10kDa〜約100MDa、さらに具体的には約20kDa〜約20MDa、最も好ましくは約40kDa〜約10MDaの質量を表す。
【0040】
本明細書に使用される「分析する」という用語は、薬物候補または陰性対照分子と共にインキュベーション後の、そのように共有結合的に安定化されたタンパク質複合体の存在、不在もしくは変化を同定もしくは検出すること、またはその同一性を判定することを意味する。
【0041】
本明細書に使用される「ハイスループット」という用語は、1日に1個を超える分析、さらに具体的には1日に数個の分析、最も好ましくは1日に数百個の分析を行うことを意味する。
【0042】
本発明の方法は、精製された試料または粗試料、すなわち生物学的試料の両方におけるタンパク質複合体に薬物候補が及ぼす効果を、高精度、高感度および高SN比で分析可能にし、生物学的試料は、何らかの精製を受けていても、いなくてもよいが、まだ外来性汚染物質を含有しうる。このように、汚染された試料からの高分子量タンパク質複合体に薬物候補が及ぼす効果は、その他の方法では混合物、汚染物質、または不純物の存在が原因で分析することが困難であるが、本発明の方法により可能になり、さらに、大規模工程において望まれるような自動化が容易になりうる。これには、データ解釈のためのソフトウェアの使用ならびに試料の調製および/または分析の制御のためのロボット工学が含まれうる。
【0043】
本発明はさらに、自動化および/またはハイスループット応用を含む、製品開発、リード化合物の最適化、製造工程などの様々な応用に、この方法を使用することを提供する。
【0044】
本発明の方法の態様を実施するにあたり、薬物候補は、分析されるタンパク質複合体を含有する試料と共にインキュベーションされる。インキュベーション後に、高質量MALDI質量分析の前にタンパク質複合体を安定化するために、例えばアミン反応性架橋化学反応を使用して、試料を最初に架橋条件に供する。本発明の方法に有用な典型的な架橋試薬は、特許出願である国際公開公報第2006/116893号に挙げられたような試薬である。可能な架橋試薬には、ホモ−およびヘテロ−多官能性試薬が挙げられ、イミドエステル、N−ヒドロキシスクシンイミド(スクシンイミジル)エステル、マレイミド、ハロアセテート、ピリジルジスルフィド、ヒドラジド、カルボジイミド、アリールアジド、イソシアネート、ビニルスルホンなどが含まれる。下記スキームは、スクシンイミジルエステルの架橋反応を例示するが、ここで、Rは、さらなる反応基、例えば別のスクシンイミジルエステル官能基を含む残基または担ヨウ素残基であり、R’−NH2は、タンパク質におけるアクセス可能なアミノ基を示す:
【0045】
【化1】
【0046】
典型的には、選択された架橋試薬を含有する溶液が、タンパク質複合体ターゲットおよび薬物候補を含有する試料に加えられ、続いておよそ室温、0℃または最大40℃で、特定の時間、1〜60分間、好ましくは45分間インキュベーションされて、反応の完了が保証される。典型的な架橋剤には、ホモ−およびヘテロ−多官能性架橋薬剤が挙げられる。この分析に好ましい架橋試薬は、以下の架橋剤のうち少なくとも一つから構成される混合物である:ジスクシンイミジルタルトレート、オクタン二酸ビス(3−スルホ−N−ヒドロキシスクシンイミド)エステル、ヨード酢酸N−ヒドロキシスクシンイミドエステル、ジスクシンイミジル3,3’−ジチオプロピオネート、オクタン二酸ジ−N−ヒドロキシスクシンイミドエステル、およびエチレングリコールビス(スクシンイミジルスクシネート)。
【0047】
架橋反応の完了後に、得られた液体混合物は、上記の高質量MALDI質量分析設備で使用される。
【0048】
精製された試料から、タンパク質−タンパク質相互作用またはタンパク質複合体に薬物候補が及ぼす効果を判定することができるが、複合生物学的マトリックスにおいてこの効果を判定することもまた可能である。
【0049】
架橋反応の完了後に、MALDI MS設備で液体混合物を使用する。好ましい態様では、今回、共有結合的に安定化されたタンパク質複合体を別々の複合体サブユニットと共に含有する試料の一定分量、例えば1マイクロリットルを、マトリックス溶液の一定分量、例えば1マイクロリットルと共に混合して、試料/マトリックス混合物を得るか、またはマトリックスの薄層で覆われたプレートに直接スポットするか、または当業者に公知の他のMALDI試料沈着技法を行う。マトリックス溶液との相互作用に関して、タンパク質複合体を共結晶化し、それらの組成物を質量分析のために凍結する。脱離およびイオン化の実施に使用するためのレーザ波長で十分な吸収を有する、本明細書に開示された方法に使用するための典型的なマトリックス溶液は、およそ室温(25℃)で液体であり、ガラス質またはガラス状固体を形成しうる。好ましいマトリックスの中には、特許出願である国際公開公報第2006/116893号において好ましいと言及されたものがある。特に好ましいのは、シナピニン酸(3−(4−ヒドロキシ−3,5−ジメトキシフェニル)−プロプ−2−エン酸)である。MS分析の間に真空条件で急速に蒸発することを避けるために、揮発性の比較的低い物質が好ましい。好ましくは、この液体は、単独、または試料溶液との混合でのいずれかで、マイクロリットルからナノリットルの体積のマトリックスを容易に分注するために適した粘度を有する。好ましくは、溶液の調製に使用される任意の液体は、分析前に試料/マトリックス混合物を乾燥することにより除去され、均一な「固溶体」、すなわちマトリックス全体に分布した分析物複合体を含むものが形成される。好ましい態様では、マトリックス溶液は、例えば、アセトニトリル、水およびトリフルオロ酢酸を含有する溶液中にシナピニン酸(約10mg/mL)を含有する。架橋工程により達成される複合体の安定化が原因で、有機溶媒不在のマトリックス溶液などの「ソフト」条件を最適化する骨の折れる工程またはソフトレーザ分析(すなわち低レーザ出力の使用またはファーストショット分析)を行う必要はない。
【0050】
上記の好ましい態様は、乾燥した溶液を使用することを伴うが、当業者に周知であるような、液体MALDI、オンラインAP−MALDI、固相調製、および他の試料調製技法などの他の方法を使用することができる。
【0051】
好ましい態様では、発生したイオン粒子を質量分析器による分析のために遅延的に抽出してから、質量分析器で分離および検出する。好ましくは、分離形式には、非限定的に、線形および非線形場を有する線形またはリフレクトロン飛行時間型(ToF)、例えばカーブフィールドリフレクトロン;単または多連 四重極;単または多重磁場型または電場型;フーリエ変換イオンサイクロトロン共鳴(FTICR);またはイオントラップ質量分析装置が挙げられ;最も好ましくは直線型の飛行時間型(ToF)である。
【0052】
イオン変換ダイノード(ICD)が好ましいが、高質量イオンに高感度である故に化学的に安定化された多成分イオンを検出することができる他の公知の検出器を使用してもよく、それらには、非限定的に、超伝導トンネル接合(STJ)検出器、光学的にデカップリングされた、増幅された、または特にコーティングされた電子増倍管もしくはMCP、および当技術分野で周知の他の極低温検出器(cryodetector)または高感度高質量検出器が挙げられる。
【0053】
実施例
質量分析:全ての質量測定は、高質量レトロフィット検出器システム(HM1, CovalX, Zurich, Switzerland)を備えるMALDI ToF質量分析装置Reflex IV(Bruker, Bremen)で行った。CovalX HM1高質量レトロフィットシステムは、5〜1500kDa範囲で高分子量分子イオンの検出を最適化するように設計されている。CovalX HM1高質量レトロフィットシステムは、あらゆる標準的なMALDI−TOF質量分析装置にインストールすることができる。
【0054】
実施例1:チミジンキナーゼタンパク質複合体にAG32が及ぼす効果を判定するための化学架橋および高質量MALDI質量分析の使用
AG32は、酵素チミジンキナーゼ(TK)をターゲティングする薬物候補である。この薬物候補は、約400DaのMWを有するラモトリギン化合物ファミリーに属する。この酵素は、いわゆるピリミジンサルベージ経路におけるDNA合成のための前駆体であるチミジン一リン酸を得る、チミジンの5’OH基へのATP由来γ−リン酸の転移を触媒する。この酵素は、多数のウイルスの病原性に、特に潜伏期からのウイルスの再活性化に不可欠である。TKの精製試料を調製し、ジスクシンイミジル3,3’−ジチオプロピオネート、ジスクシンイミジルグルタレート、およびオクタン二酸ビス(3−スルホ−N−ヒドロキシスクシンイミド)エステルの1:1:1混合物(100μg/ml)を用いて架橋する。架橋試薬と共に25℃で45分間インキュベーションする前(図2A)および後(図2B)に、高質量MALDI ToF質量分析を使用して試料を直接分析する。チミジンキナーゼの精製試料を、陰性対照分子(10μM、AG0、薬物候補と類似の分子量を有する)と共に(図2C)、または薬物候補(AG32、10μM)と共に(図2D)1時間インキュベーションする。インキュベーション後に、試料に上記の架橋試薬を25℃で45分間作用させる。次に、試料を高質量MALDI ToF質量分析により直接分析する。質量分析の後に、陰性対照およびAG32実験についてTK複合体に対応するピークの質量ピーク面積を推定する。陰性対照分子に関して、TK複合体に対応するピークの質量ピーク面積に差は検出されない。AG32と共にインキュベーション後は、TKに対応するピークの質量ピーク面積が小さくなり、AG32がTK複合体に破壊的な効果を有することが示される。各試料についてのタンパク質濃度は1μMであり、体積は10μLである。薬物候補溶液(100μM)1μLをタンパク質試料と共に25℃で1時間のインキュベーション時間で混合する。1mg/mLの架橋混合物1μLを使用してタンパク質複合体を安定化してから、高質量MALDI ToF分析を行う。タンパク質複合体溶液1μLをシナピン酸(70%アセトニトリル:30%水:0.1%トリフルオロ酢酸中に10mg/mL)1μLと共に混合し、液滴乾燥法(dried droplet technique)を使用して1μLをスポットすることにより、試料を調製する。
【0055】
実施例2:タンパク質複合体Tcf4/β−カテニンにPK115、PK117およびPK118が及ぼす効果の判定のための化学的架橋および高質量MALDI質量分析の使用
結腸直腸ガンおよび他のガンにおける主要な分子傷害は、T細胞因子(Tcf)依存性遺伝子のβ−カテニン依存性トランス活性化を引き起こす。このシグナルの破壊は、合理的なガン治療のための機会を示す。PK115、PK117およびPKF118は、相互作用Tcf4/β−カテニンをターゲティングしている、500Da範囲のMWを有する天然化合物ライブラリー由来の薬物候補である。Tcf4/β−カテニン複合体の精製試料は、陰性対照分子(NC)(薬物候補と類似のMWおよび化学構造を有する)と共に、または薬物候補PKF115、PK117またはPK118と共にインキュベーション(1時間、25℃)される。インキュベーション後に、ジスクシンイミジル3,3’−ジチオプロピオネート、ジスクシンイミジルグルタレート、およびオクタン二酸ビス(3−スルホ−N−ヒドロキシスクシンイミド)エステル(100μg/ml)の1:1:1混合物を使用して試料を架橋する。架橋試薬と共に25℃で45分間インキュベーション後に、高質量MALDI ToF質量分析を使用して試料を直接分析する。質量分析後に、Tcf4/β−カテニン複合体に対応するピークの質量ピーク面積を、陰性対照実験から(図3 NC)、PK115(図3 PK115)、PK117(図3 PK117)およびPK118(図3 PK117)の実験から推定する。PK115、PK117およびPK118と共にインキュベーション後に、Tcf4/β−カテニンに対応するピークの質量ピーク面積は、陰性対照よりも低く、これらの薬物候補がTcf4/β−カテニン複合体に破壊的な効果を有することが示される。各試料についてのタンパク質濃度は1μMであり、体積は10μlである。薬物候補溶液(100μM)1μLをタンパク質試料と共に25℃で1時間のインキュベーション時間で混合する。1mg/mLの架橋混合物1μlを使用してタンパク質複合体を安定化してから、高質量MALDI ToF分析を行う。タンパク質複合体溶液1μLをシナピン酸(70%アセトニトリル:30%水:0.1%トリフルオロ酢酸中に10mg/mL)1μLと混合し、液滴乾燥法を使用して1μLをスポットすることにより、試料を調製する。
【0056】
実施例3:MDM2−p53の相互作用のヌトリン−3aおよびヌトリン−3bの阻害の定量分析
MDM2およびp53は、悪性トランスフォーメーションから細胞を防御する主経路に関与する二つのタンパク質である。ストレスに応答して、p53の細胞レベルは翻訳後メカニズムにより上昇し、細胞周期の停止またはアポトーシスを導く。ストレスのかからない条件では、p53はMDM2タンパク質と緊密に相互作用する。MDM2は、p53が細胞周期の停止を誘導する能力を遮断することから、相互作用MDM2−p53は、ガン治療の潜在的ターゲットとしてみなされる。ヌトリン−3aおよびヌトリン−3bは、処置される細胞におけるアポトーシスを活性化させる、相互作用の阻害剤として同定された。これらの二つの阻害剤のIC50は、表面プラズモン共鳴を使用してヌトリン−3aについて0.09μMおよびヌトリン−3bについて13.6μMという値でそれぞれ測定された(Vassilev, L.T. et al., Science 403:844-846, 2004)。以下において、MDM2−p53相互作用のヌトリン−3aおよびヌトリン−3bの阻害のIC50値が高い精度でどのように決定されるかを実証する。
【0057】
MDM2(2μM、5μL)を、異なる濃度のヌトリン−3aまたはヌトリン−3b(0.01μM〜100μM)と共に60分間インキュベーションする。インキュベーション後に、試料をp53(2μM、5μL)と共に混合し、ジスクシンイミジル3,3’−ジチオプロピオネート、ジスクシンイミジルグルタレート、およびオクタン二酸ビス(3−スルホ−N−ヒドロキシスクシンイミド)エステル(100μg/mL)の1:1:1混合物を使用して架橋する。架橋試薬と共に25℃で45分間インキュベーション後に、高質量MALDI ToF質量分析を使用して試料を直接分析する(図4C、D、E)。マススペクトルから、異なる濃度のヌトリン−3aまたはヌトリン−3bと共にインキュベーションしたときのタンパク質複合体MDM2−p53の質量ピーク面積を推定する。質量ピーク面積の値から、溶液中にまだ存在するタンパク質複合体のパーセンテージを推定することが可能である。このパーセンテージを試料中に存在する阻害剤濃度の関数としてプロットすることにより(対数目盛)、ヌトリン−3aおよびヌトリン−3bについてのIC50値を決定することが可能である。決定された値(ヌトリン−3aについて70nM、ヌトリン−3bについて15.4μM)は、表面プラズモン共鳴などの他の方法を用いてすでに公表された値に近い(Vassiley et al.、上記引用文中)。
【0058】
別の薬物候補によるMDM2−p53相互作用の阻害の測定のために、各試料についてのタンパク質濃度は2μMであり、合計体積は10μLである。薬物候補溶液(0.1〜100μM)1μLをMDM2タンパク質試料と共に25℃で1時間のインキュベーション時間で混合し、次にp53(2μM、5μL)と共に混合する。1mg/mL架橋混合物1μLを使用してタンパク質複合体を安定化してから、高質量MALDI ToF分析を行う。タンパク質複合体溶液1μLをシナピン酸(70%アセトニトリル:30%水:0.1%トリフルオロ酢酸中に10mg/mL)1μLと共に混合し、液滴乾燥法を使用して1μLをスポットすることにより試料を調製する。
【技術分野】
【0001】
発明の分野
本発明は、化学的架橋と組み合わせたMALDI質量分析法を使用して、タンパク質複合体をターゲティングする薬物候補の効果を分析する方法に関する。この効果は定量することができ、ターゲティングされたタンパク質複合体に対するIC50値として与えることができる。
【0002】
発明の背景
タンパク質−タンパク質相互作用は、生理機能に中心的な役割を果たす。細胞において、タンパク質は、ほぼ全ての細胞過程を保証するように調節することができる、複雑で柔軟なネットワークに組織される。薬物がタンパク質をターゲティングしている場合、それらは、実際に、タンパク質−タンパク質相互作用に効果を有して、ターゲティングされたタンパク質が属するネットワーク全体に影響する。数百の潜在的「リード化合物」を検討しなければならない創薬の前臨床段階の間に、タンパク質−タンパク質相互作用またはタンパク質複合体に及ぼす薬物候補の効果の直接分析は、極めて重要である。
【0003】
薬物候補は、小分子(典型的にはMW<1000Daを有する)、リコンビナントタンパク質、リコンビナントペプチド、抗体または抗体フラグメントの形態を取りうる。薬物候補ライブラリーのスクリーニング後に、潜在的治療分子の徹底的なキャラクタリゼーションを行うことは、リード化合物の前臨床選択過程に極めて重要である。この選択過程は、多額の費用を要する臨床過程に最良の候補が入ること、および創薬過程において悪い候補または無用な候補が可能な限り早期にはねつけられることを保証する。
【0004】
薬物とタンパク質の間の相互作用をキャラクタリゼーションするための従来の技法には、ELISA(Enzyme Linked Immunosorbant Assay)型アッセイ、ラジオイムノアッセイおよび関連技法ならびに表面プラズモン共鳴技法(SPR)が挙げられる。これらの技法の中で、SPRは、結合動態、解離および会合定数ならびにターゲット−リガンド相互作用の性質を測定することにより、薬物とタンパク質の間の相互作用を「徹底的に」キャラクタリゼーションすることができる唯一の技法である。
【0005】
エレクトロスプレーイオン化(ESI)およびマトリックス支援レーザ脱離イオン化(MALDI)を含むいわゆる「ソフトイオン化」法の導入後、質量分析は、タンパク質を分析するための標準的なツールである。これらのイオン化法は、高分子量バイオポリマーを分析するために開発された(Fenn et al., Science 246:64-71 , 1989; Karas and Hillenkamp, Anal. Chem. 60:2299-3001, 1988)。質量分析は、タンパク質の分析のための標準的なツールであるが、タンパク質−タンパク質相互作用およびタンパク質複合体の分析のためにこの技法を使用することは、依然として骨が折れる。主な難点は、分析の間にタンパク質間の非共有結合性相互作用が解離する傾向にあることである。
【0006】
エレクトロスプレーイオン化(ESI)は、好都合な緩衝液の存在下で、この相互作用を安定に維持して試料を分析できることから、インタクトなタンパク質複合体の分析のために好ましい方法である(Loo, Int. J. Mass Spectrom. 200(1):175-186, 2000)。エレクトロスプレーイオン化質量分析は、タンパク質ras−GDPと共にインキュベーションした場合に、薬物候補Sch54292、Sch54341およびSch53721の間に形成する複合体の分析のために使用された(Pramanik et al., J. Mass Spectrom. 33:911-920, 1998)。このイオン化法はまた、DNAと小分子(ノガラマイシン、ヘダマイシン(hedamycin)およびジスタマイシン)の間に形成した複合体の分析のために使用された(Beck et al., Mass Spectrom. Rev. 20:61-87, 2001)。Sanglier S.ら(Eur. J. Biochem. 271:4958-4967, 2004)は、レチノイドコレプレッサー核内レセプターボックスペプチドとレチノイン酸/レチノイドXレセプターヘテロ二量体のリガンド結合ドメインとの相互作用に起因する三元複合体の測定のためにESI−MSを使用することを記載している。エレクトロスプレーイオン化を使用してタンパク質複合体からのインタクトなイオンを観察する好都合な条件を見出すことは多くの時間を必要とし、なお大きな難点である。非共有結合性複合体の平衡会合を測定するためにESI−MSを使用する場合の主な問題は、ESIイオン化の間のこれらの複合体についての応答係数(response factor)の差であり、この差は、質量分析装置のソースにおける衝突活性化に起因しうる。識別過程(例えば質量依存性イオン化効率、質量分析装置を通過する質量依存性イオン透過、および検出器の不均一な反応)は、一般に、異なる種のイオン強度をそれらの溶液濃度に関連づけることを許さない。ESIイオン化のこれらの性質は、異なる薬物と相互作用している複合体についての応答係数が異なることから、競合実験の場合に重大な結果を招く(Gabelica, V. et al. J. Mass Spectrom. 38: 491-501, 2003)。
【0007】
少数の研究だけが、MALDI ToF質量分析を使用したインタクトなタンパク質複合体の分析のために報告されている。主な理由は、非共有結合性複合体が、レーザ脱離を用いたイオン化過程の間だけでなく、試料調製の間にも容易に解離しうることである(MALDI−MS;Nordhoff et al., Mass Spectrom. Rev. 15:67-138, 1997に総説されている)。別の問題は、MALDIが主として単一電荷の疑似分子イオンを発生するときに、標準的なMALDI質量分析装置がインタクトな高質量タンパク質複合体を検出できることである。MALDI質量分析は、高質量検出と架橋化学反応の組み合わせを使用したインタクトな非共有結合性タンパク質複合体の分析に使用されてきた(Nazabal, A. et al., Anal Chem. 78:3562-3570, 2006)。この分析法は、タンパク質−タンパク質相互作用およびタンパク質複合体をターゲティングする薬物の分析に決して適用されたことはない。MALDIは、この分析に関して以下のいくつかの欠点を集積している:1)イオン化のために使用されたレーザが、ターゲティングされるタンパク質複合体を破壊する;2)検出感度が高質量範囲で低下するか、または存在しない;3)選択的イオン化現象のせいで、試料中の小分子の存在が高分子量巨大分子を検出する能力を低下させている;4)MALDI質量分析は、定量的なツールとみなされない。検出されるピークの強度と試料中のタンパク質複合体の量の間に直接的な相関はない。
【0008】
国際公開公報第2006/116893号(Eidgenossische Technische Hochschule Zurich)において、未消化で、フラグメンテーションされていない共有結合的に安定化された超分子ターゲット−リガンド複合体のインタクトなイオンがマトリックス支援レーザ脱離イオン化(MALDI)を用いて分析される質量分析法が提案されている。この方法は、抗体−抗原複合体およびCDC42とSalmonella外膜タンパク質SopEの間の複合体などの他のタンパク質−タンパク質複合体の分析により例示されるが、タンパク質複合体をターゲティングする薬物候補の定量分析に決して使用されたことはない。
【0009】
発明の概要
精製された多成分試料または不均一な生物学的マトリックスのいずれかにおけるタンパク質複合体と共に薬物候補をインキュベーションし、続いて、相互作用するパートナーを架橋して、共有結合的に安定化されたタンパク質複合体を形成させ、最終的に、試料の消化またはフラグメンテーションを行わずに、安定化されたタンパク質複合体を高質量検出用に装備されたMALDI ToF質量分析で分析することによって、タンパク質複合体に薬物候補が及ぼす効果の検出および判定する方法を提供することが本発明の目的である。
【0010】
特に本発明は、質量分析を使用して、未消化で、フラグメンテーションされていないタンパク質複合体のインタクトなイオンを測定することによって、タンパク質複合体に薬物候補が及ぼす効果を決定する方法を提供し、この方法は以下の工程を含む:
(a)ターゲティングされたタンパク質複合体を、薬物候補と共にインキュベーションする工程;
(b)ターゲティングされたタンパク質複合体を、薬物候補の存在下で架橋試薬と接触させ、共有結合的に安定化されたタンパク質複合体を形成させる工程;
(c)高質量検出器を備える高質量MALDI ToF質量分析により形成したインタクトなイオンを分析する工程;
(d)薬物候補の存在下で、ターゲティングされたタンパク質複合体について得られた質量ピークを、陰性対照分子の存在下で得られた質量ピークと比較することによって、ターゲティングされたタンパク質複合体に薬物候補が及ぼす効果を直接決定する工程
を含む。
【0011】
工程(a)において異なる濃度の薬物候補を用いてインキュベーションを行うならば、工程(d)において異なる濃度について効果を定量し、例えばターゲティングされたタンパク質複合体についての薬物候補のIC50値として表すことができる。
【0012】
本発明はさらに、リード化合物の最適化、薬物開発、抗体または他の治療用タンパク質およびペプチドなどのタンパク質生物製剤のキャラクタリゼーション、薬物製造ならびに自動および/またはハイスループット応用を含めた品質管理などの様々な応用における非常に多用途のツールとしてこの方法を使用することを提供する。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【図1】本発明に記載のタンパク質−タンパク質相互作用またはタンパク質複合体に薬物候補が及ぼす効果を分析するための方法の基本的な概要を示す図である。第一工程(A)では、薬物候補 (1、2、3、4)または陰性対照分子(N)を、ターゲティングされたタンパク質複合体(PC)と混合する。インキュベーション(B)、架橋試薬との混合および高質量MALDI ToF質量分析(C)の後に、タンパク質複合体に対応するピークの質量ピーク面積を計算し、各薬物候補を用いた実験および陰性対照を用いた実験について比較する。2および3は、ターゲティングされたタンパク質複合体に効果を有さない。一方、1および4は、ターゲティングされたタンパク質複合体に破壊的な効果を有する。薬物候補1および4と共にインキュベーション後に、ターゲティングされたタンパク質複合体に対応するピークの質量ピーク面積を比較することによって、これらの分子の効果を順位付けすることができ(D)、すなわち特定の例では1>4である。
【図2】チミジンキナーゼタンパク質複合体にAG32が及ぼす効果を示す図である。架橋の前(A)および後(B)に、高質量MALDI質量分析によりタンパク質複合体チミジンキナーゼの精製試料を直接分析する。チミジンキナーゼの精製試料を陰性対照分子AG0と共に(C)、または薬物候補AG32と共に(D)インキュベーションし、続いて架橋し、高質量MALDI ToF質量分析により分析する。
【図3】タンパク質複合体Tcf4/β−カテニンにPK115、PK117およびPK118が及ぼす効果を示す図である。タンパク質複合体Tcf4/β−カテニンを、陰性対照分子(NC);PK115、PK117およびPK118と共にインキュベーションする。インキュベーション後に、試料に架橋プロトコールを行い、高質量MALDI ToF質量分析により分析する。
【図4A】タンパク質複合体MDM2−p53に対する阻害剤ヌトリン−3aおよびヌトリン−3bについてのIC50値の決定を示す図である。(A、B):化学的架橋と組み合わせた高質量MALDI質量分析を使用したMDM2−p53相互作用の分析、(C、D、E):異なる濃度のヌトリン−3aを用いて処理後の相互作用MDM2−p53の分析、(F、G):MDM2−p53相互作用に対するヌトリン−3aおよびヌトリン−3bについてのIC50値の決定。
【図4B】タンパク質複合体MDM2−p53に対する阻害剤ヌトリン−3aおよびヌトリン−3bについてのIC50値の決定を示す図である。(A、B):化学的架橋と組み合わせた高質量MALDI質量分析を使用したMDM2−p53相互作用の分析、(C、D、E):異なる濃度のヌトリン−3aを用いて処理後の相互作用MDM2−p53の分析、(F、G):MDM2−p53相互作用に対するヌトリン−3aおよびヌトリン−3bについてのIC50値の決定。
【図4C】タンパク質複合体MDM2−p53に対する阻害剤ヌトリン−3aおよびヌトリン−3bについてのIC50値の決定を示す図である。(A、B):化学的架橋と組み合わせた高質量MALDI質量分析を使用したMDM2−p53相互作用の分析、(C、D、E):異なる濃度のヌトリン−3aを用いて処理後の相互作用MDM2−p53の分析、(F、G):MDM2−p53相互作用に対するヌトリン−3aおよびヌトリン−3bについてのIC50値の決定。
【図4D】タンパク質複合体MDM2−p53に対する阻害剤ヌトリン−3aおよびヌトリン−3bについてのIC50値の決定を示す図である。(A、B):化学的架橋と組み合わせた高質量MALDI質量分析を使用したMDM2−p53相互作用の分析、(C、D、E):異なる濃度のヌトリン−3aを用いて処理後の相互作用MDM2−p53の分析、(F、G):MDM2−p53相互作用に対するヌトリン−3aおよびヌトリン−3bについてのIC50値の決定。
【図4E】タンパク質複合体MDM2−p53に対する阻害剤ヌトリン−3aおよびヌトリン−3bについてのIC50値の決定を示す図である。(A、B):化学的架橋と組み合わせた高質量MALDI質量分析を使用したMDM2−p53相互作用の分析、(C、D、E):異なる濃度のヌトリン−3aを用いて処理後の相互作用MDM2−p53の分析、(F、G):MDM2−p53相互作用に対するヌトリン−3aおよびヌトリン−3bについてのIC50値の決定。
【図4F】タンパク質複合体MDM2−p53に対する阻害剤ヌトリン−3aおよびヌトリン−3bについてのIC50値の決定を示す図である。(A、B):化学的架橋と組み合わせた高質量MALDI質量分析を使用したMDM2−p53相互作用の分析、(C、D、E):異なる濃度のヌトリン−3aを用いて処理後の相互作用MDM2−p53の分析、(F、G):MDM2−p53相互作用に対するヌトリン−3aおよびヌトリン−3bについてのIC50値の決定。
【図4G】タンパク質複合体MDM2−p53に対する阻害剤ヌトリン−3aおよびヌトリン−3bについてのIC50値の決定を示す図である。(A、B):化学的架橋と組み合わせた高質量MALDI質量分析を使用したMDM2−p53相互作用の分析、(C、D、E):異なる濃度のヌトリン−3aを用いて処理後の相互作用MDM2−p53の分析、(F、G):MDM2−p53相互作用に対するヌトリン−3aおよびヌトリン−3bについてのIC50値の決定。
【0014】
発明の詳細な説明
本発明は、精製された多成分混合物または不均一な生物学的マトリックスのいずれかにおけるタンパク質複合体に、小分子化合物(MW<1000Da)、抗体、抗体フラグメントならびに他の治療用タンパク質およびペプチドなどの薬物候補が及ぼす効果を、頑健で日常的な分析のための高質量MALDI ToF質量分析および架橋化学反応の組み合わせを使用して高感度および高精度で分析する方法に関する。
【0015】
特に、本願の方法は、最初に薬物候補を、ターゲティングされたタンパク質複合体試料と共にインキュベーションし、続いて薬物候補を含有するタンパク質複合体試料を特異的に架橋し、消化またはフラグメンテーション工程なしに高感度高質量検出を使用してそれをMALDI ToF質量分析に供することにより、タンパク質複合体、例えばタンパク質−タンパク質相互作用複合体に薬物候補が及ぼす効果を、高感度および高精度で決定可能にする。タンパク質複合体に薬物候補が及ぼす効果は、薬物候補の存在下で検出されたタンパク質複合体のピーク面積を、陰性対照の存在下でのタンパク質複合体のピーク面積と比較することにより得られたMALDI質量スペクトルから直接決定される。本発明は、薬物候補が、タンパク質複合体内のタンパク質相互作用を破壊または促進する効率、すなわち複合体内のタンパク質−タンパク質相互作用または他のタンパク質相互作用に対する薬物候補の親和性と、分析される試料中のタンパク質複合体について検出されたピークの質量ピーク面積との間の相関を確立することが可能であることを実証する。
【0016】
具体的な態様では、タンパク質複合体に薬物候補が及ぼす効果は、消化またはフラグメンテーション工程なしに、精製された多成分試料または不均一な生物学的マトリックスのいずれかにおいて分析される。
【0017】
さらなる具体的な態様では、薬物候補は、小分子化合物(MW<1000Da)、抗体、抗体フラグメント、ならびに他の治療用タンパク質およびペプチドを表す。
【0018】
本発明の方法は、消化またはフラグメンテーションなしに、タンパク質−タンパク質相互作用複合体などのタンパク質複合体に薬物候補が及ぼす効果の直接質量分析を提供することから、本発明の方法にはまた、適切な薬物候補を選択し、タンパク質複合体にそれらが及ぼす相対的な効果について薬物候補を順位付けできることが含まれる。
【0019】
本発明の方法の使用は、タンパク質複合体に薬物候補が及ぼす効果の直接決定だけでなく、例えばIC50値としての、検出された効果の定量もまた可能にする。現況技術が薬物候補−タンパク質複合体相互作用の定量測定に適さないことから、これは、本発明の特に重要な局面である。
【0020】
本発明自体は、以下の本発明の好ましい態様の説明から最もよく理解されよう。当業者が、本明細書に示され、記載された具体的な態様への改変および/または変更を考えることができることは了解されている。本説明の範囲内に入るそのような任意の改変または変更も、同様に、それに含まれることが意図される。本出願を提出する時点で本出願人に既知の好ましい態様および本発明の最良の実施形態の説明が提示されるが、これは、例示および説明を意図する。網羅的であること、または開示された正確な形態に本発明を限定することは意図されず、多数の改変および変更が、上記および下記の教示に照らして可能である。この態様は、本発明の原理およびその実際の応用を実証し、他の当業者が様々な態様で、そして様々な改変をして、考慮された特定の使用に適するように本発明を最良に利用することを可能にする。
【0021】
本発明の方法は、高質量MALDI ToF質量分析および架橋化学反応を使用して、例えば、精製されたタンパク質複合体試料または不均一な生物学的マトリックスのいずれか由来のタンパク質複合体に薬物候補が及ぼす効果の直接決定を可能にする。
【0022】
本発明の方法は、例えば、精製された試料または不均一な生物学的マトリックスのいずれかにおいて、薬物候補と共にインキュベーションされたタンパク質複合体試料の分析が、架橋後に可能であるという発見に基づく。MALDI質量分析は、タンパク質複合体に薬物候補が及ぼす効果の直接決定を可能にする。薬物候補の存在下または不在下で、ターゲティングされたタンパク質複合体についてのMALDI質量分析により検出されたピークの質量ピーク面積と、ターゲティングされたタンパク質複合体に薬物候補が及ぼす効果との間には相関がある。
【0023】
本発明は、タンパク質複合体に薬物候補が及ぼす効果を決定する直接法を提供し、その方法は、以下の工程を含む:
(a)ターゲティングされたタンパク質複合体を含有するタンパク質試料の一部と共に薬物候補をインキュベーションし、ターゲティングされたタンパク質複合体を含有するタンパク質試料の別の一部と共に陰性対照分子をインキュベーションする工程;
(b)それぞれ薬物候補および陰性対照分子と、ターゲティングされたタンパク質複合体とを含有する工程(a)からの試料を、架橋試薬または架橋試薬の混合物と接触させて、共有結合的に安定化されたタンパク質複合体を形成させる工程;
(c)高質量検出器を備える高質量MALDI ToF質量分析により、工程(b)のタンパク質複合体から形成したインタクトなイオンを分析する工程;
(d)薬物候補を含む試料および陰性対照分子を含む試料から、ターゲティングされたタンパク質複合体についての質量ピークを比較することにより、薬物候補の効果を直接決定する工程。
【0024】
説明および請求された任意の手順または部分的工程がヒトまたは動物の体に実施されるとみなすことができるならば、ヒトまたは動物の体へのそのような実施は、これにより特に除外される。
【0025】
陰性対照は、ターゲティングされたタンパク質複合体に効果を及ぼさないことが公知であるか、またはそう判定された小分子、抗体、フラグメント抗体または治療用タンパク質もしくはペプチドと共に、ターゲティングされたタンパク質複合体をインキュベーションすることにより得られる。陰性対照分子は、構造および分子量が薬物候補に匹敵するように選択される。例えば、薬物候補が、1000Da未満の分子量を有する小分子化合物であるならば、陰性対照分子もまた類似の分子量を有し、同一または関連する化学クラスまたは群に属する小分子である結果、そのタンパク質複合体またはそのタンパク質複合体試料中の他の成分との非特異的相互作用は匹敵する。同様に、薬物候補が抗体または抗体フラグメントであるならば、陰性対照分子もまた、好ましくは同じIgまたはフラグメントクラスのそれぞれ抗体または抗体フラグメントであるが、陰性対照分子は、異なる特異性を有し、特にターゲティングされたタンパク質複合体に対して特異性を有さない。薬物候補が治療用タンパク質またはペプチドであるならば、陰性対照分子もまた、類似の分子量および類似の三次構造を有するタンパク質またはペプチドである結果、タンパク質複合体およびタンパク質複合体試料中の他の成分との非特異的相互作用は匹敵する。
【0026】
薬物候補または陰性対照分子の存在下でタンパク質複合体試料の架橋後に、その試料は、高質量MALDI ToF質量分析により分析される。そのために、架橋された混合物を適切なマトリックスと混合し、マトリックスとの共結晶化を誘導することによって、タンパク質複合体を凍結および安定化する。陰性対照分子と共にインキュベーションされた、ターゲティングされたタンパク質複合体についてのピーク面積を、全くインキュベーションされていないタンパク質複合体の直接分析後に検出されたピーク面積と比較する。ピーク面積は、同じまたはほぼ同じと予想される。見い出されたピーク面積の差は、陰性対照分子と、ターゲティングされたタンパク質複合体の間に生じた非特異的相互作用を反映する。
【0027】
本発明は、例えばIC50値の決定により、ターゲティングされたタンパク質複合体への薬物候補の相互作用を定量測定するための方法を提供する。二つの薬物候補が、会合を破壊または促進するなどの効果をタンパク質複合体に及ぼす場合に、この効果を定量測定することが同様に可能である。タンパク質複合体に薬物候補が及ぼす効果は、同じ質量分析スペクトルにおけるタンパク質複合体に対応するピークおよびタンパク質複合体の別々のサブユニットに対応するピークの合計質量ピーク面積に基づいて確立することができる。次いで、試料中に存在する阻害剤の濃度の関数として、混合物中にまだ存在する複合体のパーセンテージをプロットすることにより、薬物候補のIC50値を決定する。
【0028】
架橋工程が省略されるならば、薬物候補と共に予備インキュベーションされたタンパク質複合体試料の高質量MALDI ToF質量分析は、タンパク質複合体の異なるサブユニットを含有する試料に対応する。インタクトなタンパク質複合体は、高質量MALDI ToF質量分析の条件下でそのサブユニットに分解することから、検出することはできない。
【0029】
さらに詳細には、薬物候補と共に予備インキュベーションされた、未消化で、フラグメンテーションされていないタンパク質複合体のインタクトなイオンを測定することにより、タンパク質複合体に薬物候補が及ぼす効果を決定する方法は、以下の工程を含む:
(a)ターゲティングされたタンパク質複合体試料を陰性対照分子または薬物候補と共にインキュベーションする工程;
(b)工程(a)からの該第1の試料を架橋試薬または架橋試薬混合物と接触させて、共有結合的に安定化されたタンパク質複合体を含有する第2の試料を得る工程;
(c)工程(b)からの該第2の試料をマトリックス溶液と混合して、試料/マトリックス混合物を得る工程;
(d)該試料/マトリックス混合物を支持体に沈着させることにより、均一な薄層を形成させる工程;
(e)試料/マトリックス混合物にレーザ線を照射することにより、共有結合的に安定化された該タンパク質複合体を脱着し、インタクトなイオンを発生させる工程;
(f)質量分離および高質量検出システムを使用して、未消化で、フラグメンテーションされていない共有結合的に安定化されたタンパク質複合体の該インタクトなイオンを質量分離および検出する工程;
(g)検出されたタンパク質複合体について測定されたピークの質量ピーク面積を決定する工程;
(h)薬物候補と共にタンパク質複合体をインキュベーション後に得られた、タンパク質複合体に対応するピークの質量ピーク面積についての値を、陰性対照分子と共にインキュベーション後に得られたタンパク質複合体に対応するピークの質量ピーク面積についての値と比較する工程;
(i)その比較から、ターゲティングされたタンパク質複合体に薬物候補が及ぼす効果を決定する工程。
【0030】
特定の態様では、薬物候補と共に予備インキュベーションされた、未消化で、フラグメンテーションされていないタンパク質複合体のインタクトなイオンを測定することにより、タンパク質複合体に薬物候補が及ぼす効果を決定する方法は、以下の工程を含む:
(a)いくつかの異なる濃度の薬物候補および陰性対照分子と共に、ターゲティングされたタンパク質複合体試料をインキュベーションする工程;
(b)工程(a)からの該第1シリーズの試料を、架橋試薬または架橋試薬混合物と接触させて、共有結合的に安定化されたタンパク質複合体を含有する第2シリーズの試料を得る工程;
(c)工程(b)からの該第2シリーズの試料をマトリックス溶液と混合して、試料/マトリックス混合物を得る工程;
(d)該試料/マトリックス混合物を支持体に沈着させることにより、均一な薄層を形成させる工程;
(e)試料/マトリックス混合物にレーザ線を照射することにより、共有結合的に安定化された該タンパク質複合体を脱着し、インタクトなイオンを発生させる工程;
(f)質量分離および高質量検出システムを使用して、未消化で、フラグメンテーションされていない共有結合的に安定化されたタンパク質複合体の該インタクトなイオンを質量分離および検出する工程;
(g)検出されたタンパク質複合体について測定されたピークの質量ピーク面積を決定する工程;
(h)異なる濃度の薬物候補と共にタンパク質複合体をインキュベーション後に得られたタンパク質複合体に対応するピークの質量ピーク面積についての値を、陰性対照分子と共にインキュベーション後に得られたタンパク質複合体に対応するピークの質量ピーク面積についての値と比較する工程;
(i)その比較から、工程(a)におけるインキュベーション後に存在したタンパク質複合体のパーセンテージを決定する工程;
(j)工程(i)で決定されたパーセンテージを薬物候補の濃度の関数としてプロットすることにより、ターゲットに対する薬物候補のIC50値を決定する工程。
【0031】
本明細書に使用される「薬物候補」という用語は、有機小分子(典型的には1000Da未満の分子量を有する)、抗体、抗体フラグメントならびに治療用タンパク質およびペプチドを表す。小分子は、タンパク質複合体と相互作用すると疑われ、薬学的に許容されると予想される任意の化学クラスに属しうる。抗体は、任意の免疫グロブリン(Ig)クラス、例えばIgA、IgD、IgE、IgGまたはIgMに属してもよく、ポリクローナル、モノクローナル、遺伝子改変、例えばヒト化であっても、または他の方法で特定の使用に適合されていてもよい。抗体フラグメントは、例えば重鎖、軽鎖、FabもしくはFcフラグメント、またはscFvなどの単鎖フラグメントであってもよい。治療用タンパク質またはペプチドは、その天然形態、改変された天然形態または完全にリコンビナントな形態の任意のタンパク質またはペプチドであってもよい。「治療」は、薬物として適用され、薬学的に許容されるとみなされる場合に、それが有益な効果を有すると予想されることを意味する。
【0032】
本明細書に使用される「タンパク質複合体」という用語は、タンパク質と結合パートナーの特異的結合から生じる複合体を表し、ここで、該結合パートナーは、タンパク質−タンパク質、タンパク質−核酸、タンパク質−薬物、タンパク質−ウイルス粒子、抗体−抗原、基質−酵素複合体などのような、該タンパク質複合体を形成するための、一つの特定のまたは複数のタンパク質、核酸、合成有機化合物または粒子などでありうる。この定義の範囲内で、タンパク質複合体はまた、タンパク質−タンパク質相互作用、例えば異なるタンパク質、または同じタンパク質の二量体、三量体、四量体または高オリゴマー間の相互作用を含む。タンパク質複合体のサブユニットの間の相互作用は、通常は水素架橋、(場合によりコンジュゲーションした)C−C二重結合または芳香環、例えばフェニル、および芳香族複素環、例えばピロール、イミダゾール、インドール、ピリミジンもしくはプリン環などのπ電子系により起こる相互作用、ならびに金属原子と酸素、窒素または硫黄原子の間の相互作用のような非結合性相互作用であるが、弱い、特に可逆的な共有結合性相互作用、例えば硫黄−硫黄架橋であってもよい。
【0033】
本明細書に使用される「薬物の効果」という用語は、ターゲティングされたタンパク質複合体に薬物候補が及ぼす結合、解離または会合の効果を現す。この効果は、陰性対照分子のインキュベーション後の、タンパク質複合体に対応するピークの質量ピーク面積と比較して、薬物候補のインキュベーション後の同じピークの質量ピーク面積を積分することによりモニターされる。
【0034】
本明細書に使用される「高質量MALDI質量分析」という用語は、高分子範囲、例えば約5kDa〜約100MDa、さらに具体的には約10kDa〜約20MDa、最も好ましくは約40kDa〜約10MDaの範囲のイオン検出感度を増強するように特別に改変されたマトリックス支援レーザ脱離イオン化質量分析装置を使用する分析を表し、この増強を行うために適用される技法は何であってもよい。
【0035】
本明細書に使用される「インタクトなイオン」という用語は、質量分析の前または途中に、タンパク質複合体のタンパク質分解、分解または解離なしに、タンパク質複合体、すなわち共有結合的に安定化された凝集物から質量分析のために作り出された荷電分子を表す。
【0036】
本明細書に使用される「共有結合的に安定化されたタンパク質複合体」という用語は、タンパク質複合体の化学量論比を乱さずに、任意の公知の、またはまだ発見されていない手段により架橋された、上記と同義のタンパク質複合体を表す。
【0037】
本明細書に使用される「精製された試料」という用語は、部分的または完全に精製された、タンパク質、ポリペプチド、グリコポリペプチド、抗体、ホスホポリペプチド、ペプチドグリカン、多糖、ペプチド模倣体、脂質、糖質、ポリヌクレオチドまたは有機化合物の不均一または均一な混合物を含有する任意の試料を表す。
【0038】
本明細書に使用される「不均一な生物学的マトリックス」という用語は、組織、細胞、または細胞ペレットなどの固形物質の溶解から得られた混合物;尿、血液、唾液、羊水などの生体液、または感染もしくは炎症領域からの浸出液;細胞抽出物もしくは生検試料の;あるいは生物起源、例えばヒトもしくは他の哺乳動物などの動物、植物、細菌、真菌またはウイルスから得られた混合物を含む、任意の粗反応混合物を表す。
【0039】
本明細書に使用されるタンパク質複合体に関する「高質量またはより高い質量」という用語は、約10kDaよりも高い、例えば約10kDa〜約100MDa、さらに具体的には約20kDa〜約20MDa、最も好ましくは約40kDa〜約10MDaの質量を表す。
【0040】
本明細書に使用される「分析する」という用語は、薬物候補または陰性対照分子と共にインキュベーション後の、そのように共有結合的に安定化されたタンパク質複合体の存在、不在もしくは変化を同定もしくは検出すること、またはその同一性を判定することを意味する。
【0041】
本明細書に使用される「ハイスループット」という用語は、1日に1個を超える分析、さらに具体的には1日に数個の分析、最も好ましくは1日に数百個の分析を行うことを意味する。
【0042】
本発明の方法は、精製された試料または粗試料、すなわち生物学的試料の両方におけるタンパク質複合体に薬物候補が及ぼす効果を、高精度、高感度および高SN比で分析可能にし、生物学的試料は、何らかの精製を受けていても、いなくてもよいが、まだ外来性汚染物質を含有しうる。このように、汚染された試料からの高分子量タンパク質複合体に薬物候補が及ぼす効果は、その他の方法では混合物、汚染物質、または不純物の存在が原因で分析することが困難であるが、本発明の方法により可能になり、さらに、大規模工程において望まれるような自動化が容易になりうる。これには、データ解釈のためのソフトウェアの使用ならびに試料の調製および/または分析の制御のためのロボット工学が含まれうる。
【0043】
本発明はさらに、自動化および/またはハイスループット応用を含む、製品開発、リード化合物の最適化、製造工程などの様々な応用に、この方法を使用することを提供する。
【0044】
本発明の方法の態様を実施するにあたり、薬物候補は、分析されるタンパク質複合体を含有する試料と共にインキュベーションされる。インキュベーション後に、高質量MALDI質量分析の前にタンパク質複合体を安定化するために、例えばアミン反応性架橋化学反応を使用して、試料を最初に架橋条件に供する。本発明の方法に有用な典型的な架橋試薬は、特許出願である国際公開公報第2006/116893号に挙げられたような試薬である。可能な架橋試薬には、ホモ−およびヘテロ−多官能性試薬が挙げられ、イミドエステル、N−ヒドロキシスクシンイミド(スクシンイミジル)エステル、マレイミド、ハロアセテート、ピリジルジスルフィド、ヒドラジド、カルボジイミド、アリールアジド、イソシアネート、ビニルスルホンなどが含まれる。下記スキームは、スクシンイミジルエステルの架橋反応を例示するが、ここで、Rは、さらなる反応基、例えば別のスクシンイミジルエステル官能基を含む残基または担ヨウ素残基であり、R’−NH2は、タンパク質におけるアクセス可能なアミノ基を示す:
【0045】
【化1】
【0046】
典型的には、選択された架橋試薬を含有する溶液が、タンパク質複合体ターゲットおよび薬物候補を含有する試料に加えられ、続いておよそ室温、0℃または最大40℃で、特定の時間、1〜60分間、好ましくは45分間インキュベーションされて、反応の完了が保証される。典型的な架橋剤には、ホモ−およびヘテロ−多官能性架橋薬剤が挙げられる。この分析に好ましい架橋試薬は、以下の架橋剤のうち少なくとも一つから構成される混合物である:ジスクシンイミジルタルトレート、オクタン二酸ビス(3−スルホ−N−ヒドロキシスクシンイミド)エステル、ヨード酢酸N−ヒドロキシスクシンイミドエステル、ジスクシンイミジル3,3’−ジチオプロピオネート、オクタン二酸ジ−N−ヒドロキシスクシンイミドエステル、およびエチレングリコールビス(スクシンイミジルスクシネート)。
【0047】
架橋反応の完了後に、得られた液体混合物は、上記の高質量MALDI質量分析設備で使用される。
【0048】
精製された試料から、タンパク質−タンパク質相互作用またはタンパク質複合体に薬物候補が及ぼす効果を判定することができるが、複合生物学的マトリックスにおいてこの効果を判定することもまた可能である。
【0049】
架橋反応の完了後に、MALDI MS設備で液体混合物を使用する。好ましい態様では、今回、共有結合的に安定化されたタンパク質複合体を別々の複合体サブユニットと共に含有する試料の一定分量、例えば1マイクロリットルを、マトリックス溶液の一定分量、例えば1マイクロリットルと共に混合して、試料/マトリックス混合物を得るか、またはマトリックスの薄層で覆われたプレートに直接スポットするか、または当業者に公知の他のMALDI試料沈着技法を行う。マトリックス溶液との相互作用に関して、タンパク質複合体を共結晶化し、それらの組成物を質量分析のために凍結する。脱離およびイオン化の実施に使用するためのレーザ波長で十分な吸収を有する、本明細書に開示された方法に使用するための典型的なマトリックス溶液は、およそ室温(25℃)で液体であり、ガラス質またはガラス状固体を形成しうる。好ましいマトリックスの中には、特許出願である国際公開公報第2006/116893号において好ましいと言及されたものがある。特に好ましいのは、シナピニン酸(3−(4−ヒドロキシ−3,5−ジメトキシフェニル)−プロプ−2−エン酸)である。MS分析の間に真空条件で急速に蒸発することを避けるために、揮発性の比較的低い物質が好ましい。好ましくは、この液体は、単独、または試料溶液との混合でのいずれかで、マイクロリットルからナノリットルの体積のマトリックスを容易に分注するために適した粘度を有する。好ましくは、溶液の調製に使用される任意の液体は、分析前に試料/マトリックス混合物を乾燥することにより除去され、均一な「固溶体」、すなわちマトリックス全体に分布した分析物複合体を含むものが形成される。好ましい態様では、マトリックス溶液は、例えば、アセトニトリル、水およびトリフルオロ酢酸を含有する溶液中にシナピニン酸(約10mg/mL)を含有する。架橋工程により達成される複合体の安定化が原因で、有機溶媒不在のマトリックス溶液などの「ソフト」条件を最適化する骨の折れる工程またはソフトレーザ分析(すなわち低レーザ出力の使用またはファーストショット分析)を行う必要はない。
【0050】
上記の好ましい態様は、乾燥した溶液を使用することを伴うが、当業者に周知であるような、液体MALDI、オンラインAP−MALDI、固相調製、および他の試料調製技法などの他の方法を使用することができる。
【0051】
好ましい態様では、発生したイオン粒子を質量分析器による分析のために遅延的に抽出してから、質量分析器で分離および検出する。好ましくは、分離形式には、非限定的に、線形および非線形場を有する線形またはリフレクトロン飛行時間型(ToF)、例えばカーブフィールドリフレクトロン;単または多連 四重極;単または多重磁場型または電場型;フーリエ変換イオンサイクロトロン共鳴(FTICR);またはイオントラップ質量分析装置が挙げられ;最も好ましくは直線型の飛行時間型(ToF)である。
【0052】
イオン変換ダイノード(ICD)が好ましいが、高質量イオンに高感度である故に化学的に安定化された多成分イオンを検出することができる他の公知の検出器を使用してもよく、それらには、非限定的に、超伝導トンネル接合(STJ)検出器、光学的にデカップリングされた、増幅された、または特にコーティングされた電子増倍管もしくはMCP、および当技術分野で周知の他の極低温検出器(cryodetector)または高感度高質量検出器が挙げられる。
【0053】
実施例
質量分析:全ての質量測定は、高質量レトロフィット検出器システム(HM1, CovalX, Zurich, Switzerland)を備えるMALDI ToF質量分析装置Reflex IV(Bruker, Bremen)で行った。CovalX HM1高質量レトロフィットシステムは、5〜1500kDa範囲で高分子量分子イオンの検出を最適化するように設計されている。CovalX HM1高質量レトロフィットシステムは、あらゆる標準的なMALDI−TOF質量分析装置にインストールすることができる。
【0054】
実施例1:チミジンキナーゼタンパク質複合体にAG32が及ぼす効果を判定するための化学架橋および高質量MALDI質量分析の使用
AG32は、酵素チミジンキナーゼ(TK)をターゲティングする薬物候補である。この薬物候補は、約400DaのMWを有するラモトリギン化合物ファミリーに属する。この酵素は、いわゆるピリミジンサルベージ経路におけるDNA合成のための前駆体であるチミジン一リン酸を得る、チミジンの5’OH基へのATP由来γ−リン酸の転移を触媒する。この酵素は、多数のウイルスの病原性に、特に潜伏期からのウイルスの再活性化に不可欠である。TKの精製試料を調製し、ジスクシンイミジル3,3’−ジチオプロピオネート、ジスクシンイミジルグルタレート、およびオクタン二酸ビス(3−スルホ−N−ヒドロキシスクシンイミド)エステルの1:1:1混合物(100μg/ml)を用いて架橋する。架橋試薬と共に25℃で45分間インキュベーションする前(図2A)および後(図2B)に、高質量MALDI ToF質量分析を使用して試料を直接分析する。チミジンキナーゼの精製試料を、陰性対照分子(10μM、AG0、薬物候補と類似の分子量を有する)と共に(図2C)、または薬物候補(AG32、10μM)と共に(図2D)1時間インキュベーションする。インキュベーション後に、試料に上記の架橋試薬を25℃で45分間作用させる。次に、試料を高質量MALDI ToF質量分析により直接分析する。質量分析の後に、陰性対照およびAG32実験についてTK複合体に対応するピークの質量ピーク面積を推定する。陰性対照分子に関して、TK複合体に対応するピークの質量ピーク面積に差は検出されない。AG32と共にインキュベーション後は、TKに対応するピークの質量ピーク面積が小さくなり、AG32がTK複合体に破壊的な効果を有することが示される。各試料についてのタンパク質濃度は1μMであり、体積は10μLである。薬物候補溶液(100μM)1μLをタンパク質試料と共に25℃で1時間のインキュベーション時間で混合する。1mg/mLの架橋混合物1μLを使用してタンパク質複合体を安定化してから、高質量MALDI ToF分析を行う。タンパク質複合体溶液1μLをシナピン酸(70%アセトニトリル:30%水:0.1%トリフルオロ酢酸中に10mg/mL)1μLと共に混合し、液滴乾燥法(dried droplet technique)を使用して1μLをスポットすることにより、試料を調製する。
【0055】
実施例2:タンパク質複合体Tcf4/β−カテニンにPK115、PK117およびPK118が及ぼす効果の判定のための化学的架橋および高質量MALDI質量分析の使用
結腸直腸ガンおよび他のガンにおける主要な分子傷害は、T細胞因子(Tcf)依存性遺伝子のβ−カテニン依存性トランス活性化を引き起こす。このシグナルの破壊は、合理的なガン治療のための機会を示す。PK115、PK117およびPKF118は、相互作用Tcf4/β−カテニンをターゲティングしている、500Da範囲のMWを有する天然化合物ライブラリー由来の薬物候補である。Tcf4/β−カテニン複合体の精製試料は、陰性対照分子(NC)(薬物候補と類似のMWおよび化学構造を有する)と共に、または薬物候補PKF115、PK117またはPK118と共にインキュベーション(1時間、25℃)される。インキュベーション後に、ジスクシンイミジル3,3’−ジチオプロピオネート、ジスクシンイミジルグルタレート、およびオクタン二酸ビス(3−スルホ−N−ヒドロキシスクシンイミド)エステル(100μg/ml)の1:1:1混合物を使用して試料を架橋する。架橋試薬と共に25℃で45分間インキュベーション後に、高質量MALDI ToF質量分析を使用して試料を直接分析する。質量分析後に、Tcf4/β−カテニン複合体に対応するピークの質量ピーク面積を、陰性対照実験から(図3 NC)、PK115(図3 PK115)、PK117(図3 PK117)およびPK118(図3 PK117)の実験から推定する。PK115、PK117およびPK118と共にインキュベーション後に、Tcf4/β−カテニンに対応するピークの質量ピーク面積は、陰性対照よりも低く、これらの薬物候補がTcf4/β−カテニン複合体に破壊的な効果を有することが示される。各試料についてのタンパク質濃度は1μMであり、体積は10μlである。薬物候補溶液(100μM)1μLをタンパク質試料と共に25℃で1時間のインキュベーション時間で混合する。1mg/mLの架橋混合物1μlを使用してタンパク質複合体を安定化してから、高質量MALDI ToF分析を行う。タンパク質複合体溶液1μLをシナピン酸(70%アセトニトリル:30%水:0.1%トリフルオロ酢酸中に10mg/mL)1μLと混合し、液滴乾燥法を使用して1μLをスポットすることにより、試料を調製する。
【0056】
実施例3:MDM2−p53の相互作用のヌトリン−3aおよびヌトリン−3bの阻害の定量分析
MDM2およびp53は、悪性トランスフォーメーションから細胞を防御する主経路に関与する二つのタンパク質である。ストレスに応答して、p53の細胞レベルは翻訳後メカニズムにより上昇し、細胞周期の停止またはアポトーシスを導く。ストレスのかからない条件では、p53はMDM2タンパク質と緊密に相互作用する。MDM2は、p53が細胞周期の停止を誘導する能力を遮断することから、相互作用MDM2−p53は、ガン治療の潜在的ターゲットとしてみなされる。ヌトリン−3aおよびヌトリン−3bは、処置される細胞におけるアポトーシスを活性化させる、相互作用の阻害剤として同定された。これらの二つの阻害剤のIC50は、表面プラズモン共鳴を使用してヌトリン−3aについて0.09μMおよびヌトリン−3bについて13.6μMという値でそれぞれ測定された(Vassilev, L.T. et al., Science 403:844-846, 2004)。以下において、MDM2−p53相互作用のヌトリン−3aおよびヌトリン−3bの阻害のIC50値が高い精度でどのように決定されるかを実証する。
【0057】
MDM2(2μM、5μL)を、異なる濃度のヌトリン−3aまたはヌトリン−3b(0.01μM〜100μM)と共に60分間インキュベーションする。インキュベーション後に、試料をp53(2μM、5μL)と共に混合し、ジスクシンイミジル3,3’−ジチオプロピオネート、ジスクシンイミジルグルタレート、およびオクタン二酸ビス(3−スルホ−N−ヒドロキシスクシンイミド)エステル(100μg/mL)の1:1:1混合物を使用して架橋する。架橋試薬と共に25℃で45分間インキュベーション後に、高質量MALDI ToF質量分析を使用して試料を直接分析する(図4C、D、E)。マススペクトルから、異なる濃度のヌトリン−3aまたはヌトリン−3bと共にインキュベーションしたときのタンパク質複合体MDM2−p53の質量ピーク面積を推定する。質量ピーク面積の値から、溶液中にまだ存在するタンパク質複合体のパーセンテージを推定することが可能である。このパーセンテージを試料中に存在する阻害剤濃度の関数としてプロットすることにより(対数目盛)、ヌトリン−3aおよびヌトリン−3bについてのIC50値を決定することが可能である。決定された値(ヌトリン−3aについて70nM、ヌトリン−3bについて15.4μM)は、表面プラズモン共鳴などの他の方法を用いてすでに公表された値に近い(Vassiley et al.、上記引用文中)。
【0058】
別の薬物候補によるMDM2−p53相互作用の阻害の測定のために、各試料についてのタンパク質濃度は2μMであり、合計体積は10μLである。薬物候補溶液(0.1〜100μM)1μLをMDM2タンパク質試料と共に25℃で1時間のインキュベーション時間で混合し、次にp53(2μM、5μL)と共に混合する。1mg/mL架橋混合物1μLを使用してタンパク質複合体を安定化してから、高質量MALDI ToF分析を行う。タンパク質複合体溶液1μLをシナピン酸(70%アセトニトリル:30%水:0.1%トリフルオロ酢酸中に10mg/mL)1μLと共に混合し、液滴乾燥法を使用して1μLをスポットすることにより試料を調製する。
【特許請求の範囲】
【請求項1】
タンパク質複合体に薬物候補が及ぼす効果を決定するための方法であって、以下の工程:
(a)ターゲティングされた該タンパク質複合体と共に該薬物候補をインキュベーションする工程;
(b)該ターゲティングされたタンパク質複合体および該薬物候補を含有する試料を架橋試薬または架橋試薬混合物と接触させて、共有結合的に安定化されたタンパク質複合体を形成させる工程;
(c)工程(b)の該タンパク質複合体から形成したインタクトなイオンを、高質量検出器を備えるMALDI ToF質量分析により分析する工程;
(d)該薬物候補と共にインキュベーション後の該タンパク質複合体に対応する質量ピーク面積を、陰性対照分子と共にインキュベーション後の同じタンパク質複合体の質量ピーク面積と比較することにより、該タンパク質複合体に該薬物候補が及ぼす効果を直接決定する工程
を含む方法。
【請求項2】
工程(a)から(d)が、工程(a)において異なる濃度の薬物候補を用いて平行して行われ、効果が、工程(d)で定量され、かつ薬物候補の濃度の関数として表される、請求項1記載の方法。
【請求項3】
工程(d)で定量された効果が、ターゲティングされたタンパク質複合体についての薬物候補のIC50値として表される、請求項2記載の方法。
【請求項4】
以下の工程:
(a)ターゲティングされたタンパク質複合体と共に薬物候補または陰性対照分子をインキュベーションすることにより第1の試料を得る工程;
(b)該第1の試料を架橋試薬または架橋試薬混合物と接触させて、共有結合的に安定化されたタンパク質複合体を含む第2の試料を得る工程;
(c)該第2の試料をマトリックス溶液と混合して、試料/マトリックス混合物を得る工程;
(d)該試料/マトリックス混合物を支持体に沈着させることにより、均一な薄層を形成させる工程;
(e)該試料/マトリックス混合物にレーザ線を照射する工程であって、該共有結合的に安定化されたタンパク質複合体が脱着され、インタクトなイオンが発生する工程;
(f)質量分離および高質量検出システムを使用して、未消化で、フラグメンテーションされていない該共有結合的に安定化されたタンパク質複合体の該インタクトなイオンを質量分離および検出する工程;
(g)検出された該タンパク質複合体について測定されたピークの質量ピーク面積を決定する工程;
(h)該薬物候補と共に該タンパク質複合体をインキュベーション後に得られた、該タンパク質複合体に対応するピークの質量ピーク面積についての値を、陰性対照分子と共にインキュベーション後に得られた、該タンパク質複合体に対応するピークの質量ピーク面積についての値と比較する工程;
(i)該比較から、該ターゲティングされたタンパク質複合体に及ぼす該薬物候補の効果を決定する工程
を含む、請求項1記載の方法。
【請求項5】
以下の工程:
(a)ターゲティングされたタンパク質複合体試料を、いくつかの異なる濃度の薬物候補および陰性対照分子と共にインキュベーションする工程;
(b)工程(a)からの第1シリーズの該試料を架橋試薬または架橋試薬混合物と接触させて、共有結合的に安定化された該タンパク質複合体を含有する第2シリーズの試料を得る工程;
(c)工程(b)からの該第2シリーズの試料をマトリックス溶液と混合して、試料/マトリックス混合物を得る工程;
(d)該試料/マトリックス混合物を支持体に沈着させることにより、均一な薄層を形成させる工程;
(e)該試料/マトリックス混合物にレーザ線を照射する工程であって、該共有結合的に安定化されたタンパク質複合体が脱着され、インタクトなイオンが発生する工程;
(f)質量分離および高質量検出システムを使用して、未消化で、フラグメンテーションされていない該共有結合的に安定化されたタンパク質複合体の該インタクトなイオンを質量分離および検出する工程;
(g)検出された該タンパク質複合体について測定されたピークの質量ピーク面積を決定する工程;
(h)異なる濃度の該薬物候補と共に該タンパク質複合体をインキュベーション後に得られた、該タンパク質複合体に対応するピークの質量ピーク面積についての値を、陰性対照分子と共にインキュベーション後に得られた、該タンパク質複合体に対応するピークの質量ピーク面積についての値と比較する工程;
(i)該比較から、工程(a)でインキュベーション後に存在したタンパク質複合体のパーセンテージを決定する工程;
(j)工程(i)で決定されたパーセンテージを、該薬物候補の濃度の関数としてプロットすることにより、ターゲットに対する該薬物候補のIC50値を決定する工程
を含む、請求項3記載の方法。
【請求項6】
薬物候補の質量ピーク面積の値と陰性対照分子の質量ピーク面積の値との比較が、多数の薬物候補を、ターゲティングされたタンパク質複合体に及ぼすそれらの効果について選択および順位付けするために使用される、請求項1〜5のいずれか一項記載の方法。
【請求項7】
タンパク質複合体に薬物候補が及ぼす効果が、同じ質量分析スペクトルにおける該タンパク質複合体に対応するピークおよび該複合体のサブユニットに対応するピークの合計質量ピーク面積に基づき確立される、請求項1〜6のいずれか一項記載の方法。
【請求項8】
タンパク質複合体に薬物候補が及ぼす効果が、精製された多成分試料または不均一な生物学的マトリックスにおいて分析される、請求項1〜7のいずれか一項記載の方法。
【請求項9】
薬物候補が、小分子、抗体、抗体フラグメント、治療用タンパク質または治療用ペプチドである、請求項1〜8のいずれか一項記載の方法。
【請求項10】
架橋試薬が、ジスクシンイミジルタルトレート、オクタン二酸ビス(3−スルホ−N−ヒドロキシスクシンイミド)エステル、ヨード酢酸N−ヒドロキシスクシンイミドエステル、ジスクシンイミジル3,3’−ジチオプロピオネート、オクタン二酸ジ−N−ヒドロキシスクシンイミドエステル、ジスクシンイミジルグルタレートおよびエチレングリコールビス(スクシンイミジルスクシネート)より選択される一つの試薬または架橋試薬混合物である、請求項1〜9のいずれか一項記載の方法。
【請求項11】
高質量検出器がイオン変換ダイノード(ICD)検出器である、請求項1〜10のいずれか一項記載の方法。
【請求項12】
リード化合物の最適化、薬物開発過程、製造過程および品質管理過程における薬物候補のキャラクタリゼーションのための、請求項1〜11のいずれか一項記載の方法の使用。
【請求項13】
自動化ハイスループット応用における、請求項10記載の使用。
【請求項1】
タンパク質複合体に薬物候補が及ぼす効果を決定するための方法であって、以下の工程:
(a)ターゲティングされた該タンパク質複合体と共に該薬物候補をインキュベーションする工程;
(b)該ターゲティングされたタンパク質複合体および該薬物候補を含有する試料を架橋試薬または架橋試薬混合物と接触させて、共有結合的に安定化されたタンパク質複合体を形成させる工程;
(c)工程(b)の該タンパク質複合体から形成したインタクトなイオンを、高質量検出器を備えるMALDI ToF質量分析により分析する工程;
(d)該薬物候補と共にインキュベーション後の該タンパク質複合体に対応する質量ピーク面積を、陰性対照分子と共にインキュベーション後の同じタンパク質複合体の質量ピーク面積と比較することにより、該タンパク質複合体に該薬物候補が及ぼす効果を直接決定する工程
を含む方法。
【請求項2】
工程(a)から(d)が、工程(a)において異なる濃度の薬物候補を用いて平行して行われ、効果が、工程(d)で定量され、かつ薬物候補の濃度の関数として表される、請求項1記載の方法。
【請求項3】
工程(d)で定量された効果が、ターゲティングされたタンパク質複合体についての薬物候補のIC50値として表される、請求項2記載の方法。
【請求項4】
以下の工程:
(a)ターゲティングされたタンパク質複合体と共に薬物候補または陰性対照分子をインキュベーションすることにより第1の試料を得る工程;
(b)該第1の試料を架橋試薬または架橋試薬混合物と接触させて、共有結合的に安定化されたタンパク質複合体を含む第2の試料を得る工程;
(c)該第2の試料をマトリックス溶液と混合して、試料/マトリックス混合物を得る工程;
(d)該試料/マトリックス混合物を支持体に沈着させることにより、均一な薄層を形成させる工程;
(e)該試料/マトリックス混合物にレーザ線を照射する工程であって、該共有結合的に安定化されたタンパク質複合体が脱着され、インタクトなイオンが発生する工程;
(f)質量分離および高質量検出システムを使用して、未消化で、フラグメンテーションされていない該共有結合的に安定化されたタンパク質複合体の該インタクトなイオンを質量分離および検出する工程;
(g)検出された該タンパク質複合体について測定されたピークの質量ピーク面積を決定する工程;
(h)該薬物候補と共に該タンパク質複合体をインキュベーション後に得られた、該タンパク質複合体に対応するピークの質量ピーク面積についての値を、陰性対照分子と共にインキュベーション後に得られた、該タンパク質複合体に対応するピークの質量ピーク面積についての値と比較する工程;
(i)該比較から、該ターゲティングされたタンパク質複合体に及ぼす該薬物候補の効果を決定する工程
を含む、請求項1記載の方法。
【請求項5】
以下の工程:
(a)ターゲティングされたタンパク質複合体試料を、いくつかの異なる濃度の薬物候補および陰性対照分子と共にインキュベーションする工程;
(b)工程(a)からの第1シリーズの該試料を架橋試薬または架橋試薬混合物と接触させて、共有結合的に安定化された該タンパク質複合体を含有する第2シリーズの試料を得る工程;
(c)工程(b)からの該第2シリーズの試料をマトリックス溶液と混合して、試料/マトリックス混合物を得る工程;
(d)該試料/マトリックス混合物を支持体に沈着させることにより、均一な薄層を形成させる工程;
(e)該試料/マトリックス混合物にレーザ線を照射する工程であって、該共有結合的に安定化されたタンパク質複合体が脱着され、インタクトなイオンが発生する工程;
(f)質量分離および高質量検出システムを使用して、未消化で、フラグメンテーションされていない該共有結合的に安定化されたタンパク質複合体の該インタクトなイオンを質量分離および検出する工程;
(g)検出された該タンパク質複合体について測定されたピークの質量ピーク面積を決定する工程;
(h)異なる濃度の該薬物候補と共に該タンパク質複合体をインキュベーション後に得られた、該タンパク質複合体に対応するピークの質量ピーク面積についての値を、陰性対照分子と共にインキュベーション後に得られた、該タンパク質複合体に対応するピークの質量ピーク面積についての値と比較する工程;
(i)該比較から、工程(a)でインキュベーション後に存在したタンパク質複合体のパーセンテージを決定する工程;
(j)工程(i)で決定されたパーセンテージを、該薬物候補の濃度の関数としてプロットすることにより、ターゲットに対する該薬物候補のIC50値を決定する工程
を含む、請求項3記載の方法。
【請求項6】
薬物候補の質量ピーク面積の値と陰性対照分子の質量ピーク面積の値との比較が、多数の薬物候補を、ターゲティングされたタンパク質複合体に及ぼすそれらの効果について選択および順位付けするために使用される、請求項1〜5のいずれか一項記載の方法。
【請求項7】
タンパク質複合体に薬物候補が及ぼす効果が、同じ質量分析スペクトルにおける該タンパク質複合体に対応するピークおよび該複合体のサブユニットに対応するピークの合計質量ピーク面積に基づき確立される、請求項1〜6のいずれか一項記載の方法。
【請求項8】
タンパク質複合体に薬物候補が及ぼす効果が、精製された多成分試料または不均一な生物学的マトリックスにおいて分析される、請求項1〜7のいずれか一項記載の方法。
【請求項9】
薬物候補が、小分子、抗体、抗体フラグメント、治療用タンパク質または治療用ペプチドである、請求項1〜8のいずれか一項記載の方法。
【請求項10】
架橋試薬が、ジスクシンイミジルタルトレート、オクタン二酸ビス(3−スルホ−N−ヒドロキシスクシンイミド)エステル、ヨード酢酸N−ヒドロキシスクシンイミドエステル、ジスクシンイミジル3,3’−ジチオプロピオネート、オクタン二酸ジ−N−ヒドロキシスクシンイミドエステル、ジスクシンイミジルグルタレートおよびエチレングリコールビス(スクシンイミジルスクシネート)より選択される一つの試薬または架橋試薬混合物である、請求項1〜9のいずれか一項記載の方法。
【請求項11】
高質量検出器がイオン変換ダイノード(ICD)検出器である、請求項1〜10のいずれか一項記載の方法。
【請求項12】
リード化合物の最適化、薬物開発過程、製造過程および品質管理過程における薬物候補のキャラクタリゼーションのための、請求項1〜11のいずれか一項記載の方法の使用。
【請求項13】
自動化ハイスループット応用における、請求項10記載の使用。
【図1】
【図2A】
【図2B】
【図2C】
【図2D】
【図3】
【図4A】
【図4B】
【図4C】
【図4D】
【図4E】
【図4F】
【図4G】
【図2A】
【図2B】
【図2C】
【図2D】
【図3】
【図4A】
【図4B】
【図4C】
【図4D】
【図4E】
【図4F】
【図4G】
【公表番号】特表2010−521689(P2010−521689A)
【公表日】平成22年6月24日(2010.6.24)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−554008(P2009−554008)
【出願日】平成20年3月14日(2008.3.14)
【国際出願番号】PCT/EP2008/053085
【国際公開番号】WO2008/113758
【国際公開日】平成20年9月25日(2008.9.25)
【出願人】(509172712)コヴァルクス・アーゲー (3)
【氏名又は名称原語表記】COVALX AG
【Fターム(参考)】
【公表日】平成22年6月24日(2010.6.24)
【国際特許分類】
【出願日】平成20年3月14日(2008.3.14)
【国際出願番号】PCT/EP2008/053085
【国際公開番号】WO2008/113758
【国際公開日】平成20年9月25日(2008.9.25)
【出願人】(509172712)コヴァルクス・アーゲー (3)
【氏名又は名称原語表記】COVALX AG
【Fターム(参考)】
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