説明

タンパク質試料中のメチオニン残基の酸化状態を解析する方法

【課題】生体内での酸化状態を正確に反映することができ、且つ簡便な、タンパク質試料の酸化状態の解析法を提供する。
【解決手段】 メチオニン残基の酸化状態を解析すべきタンパク質試料と、同位体18Oで酸素原子が標識された過酸化水素H2182とを反応させて、前記メチオニン残基の酸化状態が固定化されたタンパク質試料を得る工程と、前記酸化状態が固定されたタンパク質試料を、測定に供して、前記メチオニン残基の酸化度を定量する工程と、を含む、タンパク質試料中のメチオニン残基の酸化状態を解析する方法。前記測定が、質量分析計を用いたMS測定であることが好ましい。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、蛋白質化学、ペプチド化学、質量分析学、及び診断医学の分野に属し、タンパク質試料中のメチオニン残基の酸化状態を解析する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、酸化メチオニン残基の定量法としては、タンパク質試料のアルカリ加水分解による方法や、メチオニン残基のアルキル化及び加水分解による方法、ブロモシアン切断及び酸加水分解による方法などが行われてきた。これら従来法においては、LCでのUV吸収を測定することによって、加水分解後のメチオニンスルホキシドを検出・定量する。また、放射性同位元素14Cで標識されたヨード酢酸を用いたアルキル化及び加水分解による方法も行われてきた(例えば、SCHACHTER H, DIXON GH, Journal of Biological Chemistry, 1964.3, vol. 239, p. 813-829参照)。この方法においては、放射能測定を行うことによって加水分解後のメチオニンスルホキシドを検出・定量する。
【0003】
【非特許文献1】シャクター・H(SCHACHTER H)及びディクソン・G・H(DIXON GH)、「ジャーナル・オブ・バイオロジカル・ケミストリー( Journal of Biological Chemistry)」、1964年3月、第239巻、p. 813-829
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
生体内で起こるタンパク質の酸化は、タンパク質の活性の低下、毒性発現などを引き起こすものであり、動脈硬化をはじめとするメタボリック症候群や心血管疾患、白内障、肺気腫、リウマチ、喘息、さらにはアルツハイマー病や老化などと深く関わっていることが報告されている。さらに、タンパク質の酸化はどの位置においても一様に進行するのではなく、酸化を受けやすい位置とそうでない位置がある。様々なin vivo或いはin vitro条件における酸化の位置とその程度とを知ることは、生命現象、構造活性相関などの解明に大きな意味を持つと考えられる。
【0005】
本発明では、メチオニン残基の酸化度に着目した。メチオニン残基は酸化されやすいアミノ酸残基であるため、酸化ストレス、加齢変化などの研究において注目されている。
【0006】
しかしながら、従来の方法では、酸化メチオニン残基の定量を正確に行うことはできない。
例えば、上に挙げた、紫外可視スペクトルを用いた酸化メチオニン残基の定量方法は、精度の良い定量を行うことができない。また、従来の方法では、タンパク質全体としての酸化の割合を判定するため、タンパク質中のどのメチオニン残基がどれくらい酸化されているのかを見出すことはできない。
【0007】
また、図1(2)に示すように、メチオニン残基は酸化を受けやすい性質から、従来法においては、生体内で非酸化であったメチオニン残基が、測定工程に付されるまでに行われる前処理段階において偶発的な酸化を受けやすい。このため、測定において生体内での酸化状態を反映していない不正確な測定となりやすい。すなわち、測定結果の信頼性に問題があった。
【0008】
例えば、酸化状態の測定に際しては、酸化状態を測定すべき試料と、当該試料に対する比較対照試料を用意し、両試料に対して同じ前処理を行い、前処理後の両試料の測定結果を比較(すなわち2群比較)する方法を行うことができる。
【0009】
この場合、2群比較において相違が検出されれば、酸化状態がこの2群において異なっているだろうと推測される。しかしながら、このような相違は、前処理段階での偶発的酸化を含む以下の経緯で検出された可能性が考えられる。すなわち、生体内では両試料の酸化状態が同じであって、前処理段階で偶発的酸化が一方の試料により多く起こり、そのために上記相違が生じた場合;生体内では両試料の酸化状態が異なり、前処理段階で偶発的酸化が一方の試料により多く起こり、そのために、上記相違が生体内での酸化状態と異なるものとして検出される場合、などが考えられる
【0010】
一方、この2群比較において相違が検出されなかった場合、前処理段階での偶発的酸化を含む以下の経緯で検出されなかった可能性が考えられる。すなわち、生体内では両試料の酸化状態が異なり、前処理段階で偶発的酸化が一方の試料により多く起こり、そのために、偶然に処理後の両試料の酸化状態が同じになった場合、などが考えられる。
【0011】
このように、いずれの場合も、生体内での酸化状態を正確に維持しきれていない場合が考えられる。また、上述の方法では、測定すべき試料とその対象試料との両方を常に用意する必要があり、手間とコストに問題がある。
【0012】
そこで、本発明の目的は、生体内での酸化状態を正確に反映することができ、且つ簡便な、タンパク質試料の酸化状態の解析法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明者らは、鋭意検討の結果、従来では行われてこなかった処理として、生体内でのタンパク質の酸化状態を固定する処理を行い、生体内でのタンパク質の酸化状態をタンパク質測定時まで保存することによって、上記本発明の目的が達成できることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0014】
本発明は、以下の発明を含む。
(1)
メチオニン残基の酸化状態を解析すべきタンパク質試料と、同位体18Oで酸素原子が標識された過酸化水素H2182とを反応させて、前記メチオニン残基の酸化状態が固定化されたタンパク質試料を得る工程と、
前記酸化状態が固定されたタンパク質試料を、測定に供して、前記メチオニン残基の酸化度を定量する工程と、
を含む、タンパク質試料中のメチオニン残基の酸化状態を解析する方法。
【0015】
本明細書において、タンパク質とは、比較的分子量の小さいペプチドをも含む意味で用いる。
酸化状態を解析することは、酸化度を定量すること、或いは酸化度の定量と酸化位置の決定とを行うことを含む。
【0016】
測定の手段は、上記のH2182による酸化処理で人為的に酸化されて得られた酸化メチオニン残基と、上記特定の環境において可能性の有る酸化メチオニン残基とが定量的に区別できるものである。
もともと酸化されていたメチオニン残基を有するタンパク質を16O酸化体とし、H2182によって酸化されたメチオニン残基(すなわちもともとは非酸化であったメチオニン残基に対応する)を有するタンパク質を18O酸化体とすると、酸化状態は、以下のように調べることができる。すなわち、16O酸化体の第2同位体(すなわち16O酸化体の同位体であって16O酸化体の主同位体より質量数が2大きいもの)のシグナルと、18O酸化体の主同位体のシグナルとが重なったシグナルの強度から、当該16O酸化体の第2同位体のシグナルの強度を差し引いた強度が、18O酸化体(すなわちもともと非酸化であったメチオニン残基を有するタンパク質に相当する)の主同位体のシグナルの強度に相当することに基づいて、酸化状態を調べることができる。
【0017】
(2)
前記測定が、質量分析計を用いたMS測定である、(1)に記載のタンパク質試料中のメチオニン残基の酸化状態を解析する方法。
【0018】
質量分析計を用いた測定を行う場合、酸化状態は、以下のように調べることができる。すなわち、16O酸化体の第2同位体イオン(すなわち16O酸化体の同位体のイオンであって16O酸化体の主イオンより質量数が2大きいもの)のピークと、18O酸化体の主イオンピークとが重なったピークの強度から、当該16O酸化体の第2同位体イオンピークの強度を差し引いた強度が、18O酸化体(すなわちもともと非酸化であったメチオニン残基を有するタンパク質に相当する)の主イオンのピーク強度に相当することに基づいて、酸化状態を調べることができる。
【0019】
(3)
MSの2乗以上の多段階MS測定に供して、前記メチオニン残基の酸化位置を特定する工程をさらに含む、(2)に記載のタンパク質試料中のメチオニン残基の酸化状態を解析する方法。
【0020】
上記(3)の方法は、タンパク質試料中のメチオニン残基の酸化位置を決定する方法の例である。
【0021】
(4)
(i)メチオニン残基の酸化状態を解析すべきタンパク質試料Aと、同位体18Oで酸素原子が標識された過酸化水素H2182とを反応させて、前記メチオニン残基の酸化状態が固定されたタンパク質試料A’を得る工程、及び
前記酸化状態が固定化されたタンパク質試料A’を、測定に供して、前記メチオニン残基の酸化度を定量する工程と、
(ii)メチオニン残基の酸化状態を解析すべきタンパク質試料Bと、同位体18Oで酸素原子が標識された過酸化水素H2182とを反応させて、前記メチオニン残基の酸化状態が固定されたタンパク質試料B’を得る工程、及び
前記酸化状態が固定化されたタンパク質試料B’を、測定に供して、前記メチオニン残基の酸化度を定量する工程と、
(iii)前記工程(i)の結果と前記工程(ii)の結果とを比較する工程と、
を含む、タンパク質試料中のメチオニン残基の酸化状態を解析する方法。
【0022】
上記(4)は、上記の(1)の方法において群間比較を行う場合を記載したものである。従って、上記(4)において、前記測定は、質量分析計を用いたMS測定とすることができる。さらに、MSの2乗以上の多段階MS測定に供して、前記メチオニン残基の酸化位置を特定する工程をさらに含ませることができる。上記(4)の方法に基づいて、2群比較、及びそれ以上の多群比較を行うことができる。
【発明の効果】
【0023】
本発明によると、生体内での酸化状態を正確に反映することができる、タンパク質試料の酸化状態の解析法を提供することができる。
すなわち、本発明のタンパク質試料中のメチオニン残基の酸化状態を解析する方法によって、以下のことが可能になる。
1)生体内の酸化状態を「固定」することが可能になる。
2)生体内の酸化状態を正しく定量することができる。
3)たとえばMSの2乗以上の多段階MS測定など酸化位置を特定する手段を行うことによって、どのメチオニン残基がどれくらい酸化されているかを判別することができる。
4)2群比較を行うことによって、医療分野などへの応用が可能になる。たとえば、疾患−健康の比較によって、疾病の診断や医療処置に対する予後予測などの臨床医療への応用、及び、病態マーカーの探索などが可能になる。その他にも、さまざまな試料について群間比較が可能となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0024】
[メチオニン残基の酸化状態の固定]
本発明において、メチオニン残基の酸化状態を固定するとは、特定の環境下にあったタンパク質(ペプチドを含む)が、前記特定の環境以外の環境下におかれる場合に、特定の環境におけるタンパク質中のメチオニン残基の酸化度と、前記特定の環境以外の環境における前記タンパク質中のメチオニン残基の酸化度との間に変化がないように、メチオニン残基の酸化度を維持させることである。
【0025】
本発明は、特定の環境が生体内の環境である場合に特に有用である。例えば、メチオニン含有ペプチドは、生体内では酸化体(すなわち当該ペプチドのメチオニンが酸化されているもの)と非酸化体(すなわち当該ペプチドのメチオニンが酸化されていないもの)との混合物として存在しうる。特定の生命現象が、この酸化体の生体内での存在割合(すなわち生体内での酸化度)に起因する場合、生体内における正確な酸化状態を解析することは当該生命現象の解明において重要である。従って、酸化状態を固定化すべきタンパク質試料としては限定されるものではないが、特に、生体から採取されたタンパク質試料である場合に、本発明の方法は有用である。
【0026】
特定の環境以外の環境とは、本発明においては、前記特定の環境において存在していたタンパク質が、その測定までにさらされるあらゆる環境をいう。例えば、脱塩処理、可溶化処理、乾燥処理、再可溶化処理、還元アルキル化処理、断片化処理、分画処理、濃縮処理、加熱処理などであり、酸素が存在する限りどのような環境下でも偶発的な酸化の生じる可能性を否定できない。
【0027】
メチオニン残基の酸化状態の固定化を行うためには、特定の環境において酸化されていないメチオニン残基を次のような形で人為的に改変する。すなわち、当該特定の環境において可能性の有る酸化メチオニン残基と、固定化の工程によって生じさせた改変メチオニン残基とが、タンパク質についての測定手段によって区別ができるような形にする。
【0028】
そのためには、例えば、生体内における天然酸化メチオニン残基と同じ構造を有し且つ酸素の質量数のみが異なる酸化メチオニン残基を人為的に生じさせる酸化処理を行うことが挙げられる。このように人為的に生じさせた酸化メチオニン残基と、生体内における酸化メチオニンとは、質量分析によって区別することが可能である。
【0029】
このような酸化処理を行うための酸化剤としては、酸素供給源として酸素原子の同位体18Oを有し、酸化されていないメチオニン残基のみをほぼ完全に酸化することができるものが良い。具体的には、同位体18Oで標識された過酸化水素(H2182)を用いる。
【0030】
図1(1)に示すように、例えば生体内から採取したペプチド試料を過酸化水素H2182を用いた酸化処理(H2182酸化)に付すと、生体内おいて酸化されていなかったメチオニン残基がすべて18Oにより酸化され、ペプチド試料が測定に供されるまで、ペプチド試料全体としてそれ以上の酸化を受けない状態となる。すなわち、従来法のように測定に供されるまでに偶発的酸化をうけることなく、生体内における酸化状態(すなわち16Oによる酸化状態)が測定工程まで維持される。そのため、生体内の酸化状態を反映した正確な測定が可能となる。
【0031】
過酸化水素H2182は、水溶液として用いることができる。その濃度としては、タンパク質試料の種類やその他の条件によって異なり得るものであって特に限定されないが、例えば、0.1mM〜10mMの水溶液として用いることができる。より具体的には、10mMの水溶液として用いることができる。
過酸化水素の使用量としては、10mMの水溶液の場合、試料200pmolに対して例えば1μl〜100μlとなる量を用いることができる。
【0032】
過酸化水素H2182を用いた酸化反応の条件としては特に限定されるものではない。例えば、反応温度としては0℃〜100℃、反応時間としては15分〜100時間又はそれ以上の時間も許容することができる。
固定化のための酸化処理をうけるタンパク質分子中には、理論上酸化を受けうるアミノ酸残基(例えばトリプトファン残基)が存在することがあるが、上記の条件で過酸化水素による処理を行うことにより、非酸化メチオニン残基のみが酸化され、その他のアミノ酸残基は酸化を受けない。
【0033】
[測定用試料の調製]
酸化状態固定化のための酸化処理が行われたタンパク質試料は、適宜、その他の処理が行われて良い。タンパク質試料の酸化状態がすでに固定化されているため、広くさまざまな処理が許容される。例えば、脱塩処理、可溶化処理、乾燥処理、再可溶化処理、還元アルキル化処理、断片化処理、分画処理、濃縮処理、加熱処理などから選ばれる処理が行われて良い。
【0034】
これら処理を行うための方法は、いずれも限定されず、当業者が適宜決定することができるものである。
例えば、脱塩処理を行なうためには、セファデックスカラムなど、通常用いられる脱塩カラムを用いることによって行うことができる。可溶化処理を行うためには、変性剤として、ドデシル硫酸ナトリウム(SDS)などの界面活性剤、尿素、グアニジン塩酸塩などを用いることができる。変性剤の濃度は特に限定されず、タンパク質試料の可溶化及び変性が起こるように、タンパク質試料の種類やその他の条件等を考慮して当業者が適宜決定すればよい。反応条件についても、常温変性及び熱変性を問わず、使用する変性剤を考慮して当業者が適宜決定すればよい。再可溶化処理も、可溶化処理と同様に行うことができる。還元アルキル化処理も、通常の方法により行われる。断片化処理は、通常行われるトリプシンなどの酵素による消化や化学的断片化により行うことができる。分画処理を行うための方法としては、逆相カラムとHPLCとを用いたシステムを用いる方法などが挙げられる。濃縮処理を行うための方法としては、免疫沈降法などが挙げられる。
【0035】
[酸化状態が固定化された試料の測定]
上記酸化処理、及び適宜その他の処理が行われたタンパク質試料は、測定に供される。測定の手段としては、上記の酸化処理において人為的に酸化されて得られた酸化メチオニン残基と、上記特定の環境において可能性の有る酸化メチオニン残基とが定量的に区別できるものであれば良い。さらに、16O酸化位置の特定を行うことができる手段を組み合わせることによって、どのメチオニン残基がどれくらい酸化されているかを判別することができる。
【0036】
本発明では、測定手段として質量分析計を用いることが好ましい。質量分析計としてはMALDI型質量分析計を用いることができる。この場合、MALDI-TOF型質量分析計(例えば島津製作所/クレイトス製AXIMA-CFR plus)等や、MALDI-QIT-TOF型質量分析計(例えば島津製作所/クレイトス製AXIMA-QIT)等が用いられる。
MALDI質量分析計を用いる場合、マトリックスとしては特に限定されない。例えば、DHBA(2,5−ジヒドロキシ安息香酸;2,5-dihydroxybenzoic acid)、4-CHCA(α−シアノ−4−ヒドロキシ桂皮酸;α-cyano-4-hydroxycinnamic acid)などをマトリックスとして用いることができる。
【0037】
質量分析測定で得られたマススペクトルにおいて、特定のピーク強度から酸化状態の定量的な検討が可能となる。MSスペクトル解析の詳細は、下記実施例に述べる。
さらにタンデム型の質量分析計を用いてMS/MS測定やMSの3乗以上の多段階MS測定を行うことによって、どのメチオニン残基が酸化を受けているかを特定することが可能となる。
【0038】
[群間比較]
本発明において、群間比較を行う場合、比較すべき試料としては特に限定されず、当業者によって行われうるさまざまな試料が広く許容される。例えば、病態マーカーの探索を行うための試料や、疾病の診断や医療処置に対する予後予測を行うための試料などが挙げられる。このような試料について本発明の方法を行う場合、比較のための試料として例えば疾患群の試料(タンパク質試料A)と健康群の試料(タンパク質試料B)とを用意し、それぞれの試料について、上記のメチオニン残基の酸化状態の固定、測定用試料の調製、及び酸化状態が固定化された試料の測定を行い、それぞれの試料についての解析結果を比較すればよい。
【実施例】
【0039】
以下、質量分析法を用いた本発明の方法について、標品ペプチド(NeurokininA)を用いた実施例を示して具体的に説明する。なお、Neurokinin Aの配列は、HKTDSFVGLM-NH2(配列番号1)である。当該配列中、M-NH2は、C末端メチオニン残基がアミド化されていることを示す。Neurokinin Aは、メチオニン残基を1個有し、酸化処理によって、このアミノ酸残基が酸化を受ける。
【0040】
[実施例1]
メチオニン残基が酸化されていないNeurokinin A試料[1-0]と、一部のメチオニン残基が酸化されているNeurokinin A試料[2-0]とを用意した。なお、試料[1-0]としてはNeurokinin A 100pmolを10mLの水中において、同様に4℃で2日間インキュベートさせたものを用いた。試料[2-0]としては、Neurokinin A試料 100pmolを濃度1mMの過酸化水素(H216O2) 水10mL中において、4℃で2日間インキュベートさせたものを用いた。
図2に示すように、試料[1-0]及び[2-0]について、以下の3種の処理a〜cをそれぞれ行い、試料[1-1]、[1-2]、[1-3]、[2-1]、[2-2]及び[2-3]を得た。
【0041】
<a.水中でのインキュベート(比較用)>
Neurokinin A試料30pmolを水10μlに含ませ、4℃、100時間の条件下でインキュベートした。
【0042】
<b.H2162を用いた酸化(比較用)>
Neurokinin A試料30pmolを、濃度10mMの過酸化水素(H216O2) 水10μlに含ませ、4℃、100時間の条件下でインキュベートした。この反応により、酸化されていないメチオニン残基の全てが16Oにより酸化された。
【0043】
<c.H2182を用いた酸化>
Neurokinin A試料30pmolを、濃度10mM過酸化水素(H218O2) 水10μlに含ませ、4℃、100時間の条件下でインキュベートした。この反応により、酸化されていないメチオニン残基の全てが18Oにより酸化された。
【0044】
試料[1-0]、[1-1]、[1-2]、[1-3]、[2-0]、[2-1]、[2-2]及び[2-3]について、それぞれ質量分析を行った。
質量分析に際しては、マトリックスとして2,5−ジヒドロキシ安息香酸を用い、質量分析計としてはAXIMA-CFR plus(島津製作所/クレイトス製)にてリフレクトロンモード測定を行った。
【0045】
図3に、得られたマススペクトルを示す。
もともとメチオニン残基が酸化されていないNeurokinin A試料[1-0]については、(I)の位置に、メチオニン残基含有Neurokinin A(すなわち非酸化メチオニン残基含有Neurokinin A:以下、単に非酸化体と表記する。)のピークが検出された。また、この場合の非酸化体の主イオンピークを(I0)と表記する。
酸化処理を受けていない試料[1-1]についても、(I)の位置に非酸化体のピークが検出された。
【0046】
2162酸化処理を受けた試料[1-2]については、酸化処理を受けていない試料[1-0]のスペクトルにおけるNeurokinin Aのピーク(I0)が消失し、当該ピークから質量/電荷(m/z)が16Da増加した(II)の位置に16O酸化されたNeurokinin A(以下、単に16O酸化体と表記する。)のピークが検出された。このことにより、H2162酸化処理によってNeurokinin Aのメチオニン残基がほぼ完全に16O酸化されたことが確認された。
【0047】
同様に、H2182酸化処理を受けた試料[1-3]については、酸化処理を受けていない試料[1-0]のスペクトルにおけるNeurokinin Aのピーク(I0)が消失し、当該ピークから質量/電荷(m/z)が18Da増加した(III)の位置に18O酸化されたNeurokinin A(以下、単に18O酸化体と表記する。)のピークが検出された。このことにより、H2182酸化処理によってNeurokinin Aのメチオニン残基がほぼ完全に18O酸化されたことが確認された。
【0048】
一方、もともと一部のメチオニン残基が酸化されていたNeurokinin A試料[2-0]については、(I)の位置に非酸化体のピークと、それより質量/電荷(m/z)が16Da大きい(II)の位置に酸化体のピークとが検出された。この場合の非酸化体の主イオンピークを(I0)、酸化体の主イオンピークを(II0)と表記する。
酸化処理を受けていない試料[2-1]についても、試料[2-0]の場合と同様のピークが得られた。
【0049】
2162酸化処理を受けた試料[2-2]については、試料[2-0]のスペクトルにおける非酸化体のピーク(I0)が消失し、16O酸化体のピークに収束した。このことにより、H2162酸化処理によってNeurokinin Aの非酸化メチオニン残基がほぼ完全に16O酸化されたことが確認された。
【0050】
2182酸化処理を受けた試料[2-3]については、試料[2-0]のスペクトルにおける非酸化体のピーク(I0)が消失し、当該ピークから質量/電荷が18Da増加した(III)の位置に18O酸化体のピークが検出された。この18O酸化体の主イオンピークを(III3)と表記する。一方、試料[2-0]のスペクトルにおける16O酸化体のピーク(II0)と同じピークが検出された。この16O酸化体のピークを(II3)と表記する。
【0051】
試料[2-3]のスペクトルにおいては、16O酸化体のピーク(II3)と18O酸化体のピーク(III3)とは、質量/電荷の差が2Daである。このため、18O酸化体のピーク(III3)は、16O酸化体のピーク(II3)の同位体ピークと一部において重なりを生じる。
【0052】
ここで、図4(c)に、図3[2-3]のスペクトルにおいて、当該ピークの重なりを生じる質量/電荷1148〜1157付近を拡大して示す。図4(c)において実線で示されるピークが試料[2-3]から実際に得られたものであり、これは、図4(a)において破線で示されるピークと、図4(b)において一点破線で示されるピークとが重なったものである。すなわち、図4(a)は試料[2-3]中の16O酸化体のピークに相当し、図4(b)は試料[2-3]中18O酸化体のピークに相当する。
【0053】
図4(a)において、16O酸化体の主イオンピーク(principal ion peak)を(II3a)と表記し、その第2同位体イオンピーク(2nd isotopic ion peak)すなわちピーク(II3a)より質量/電荷が2Da大きい同位体イオンピークを(III 3a)と表記する。また、図4(b)において、18O酸化体の主イオンピークを(III3b)と表記する。
18O酸化体の主イオンピーク(III3b)は、16O酸化体から生来的に生じる第2同位体イオンピーク(III 3a)と同じ質量/電荷(m/z)を有する。したがって両ピークは重なり、図4cが示すようにピーク(III3c)として検出される。
【0054】
試料[2-0]の酸化状態の解析のためには、試料[2-0]中の酸化メチオニン残基含有Neurokinin Aと非酸化メチオニン残基含有Neurokinin Aとの比率(すなわち試料[2-0]の酸化度)を求める必要がある。本発明の方法では酸化状態が固定化されるため、試料[2-3]中の16O酸化体のシグナル(II3)は、もともとの試料[2-0]中の酸化状態を正確に反映したものとなる。すなわち、試料[2-0]中の酸化メチオニン残基含有Neurokinin Aと非酸化メチオニン残基含有Neurokinin Aとの比率は、試料[2-3]中の16O酸化体と18O酸化体との比率として反映される。
【0055】
従って、上記の16O酸化体の主イオンピーク(II3a)の強度をAとし、18O酸化体の主イオンピーク(III3b)の強度をBとすると、試料[2-0]の酸化状態を解析するには、A:Bを求めればよい。
【0056】
試料[2-3]のスペクトルにおいては、16O酸化体の主イオンピーク(II3a)及びピーク(III3c)が検出される。ピーク(III3c)の強度をCとすると、直接検出されない18O酸化体の主イオンピーク(III3b)の強度Bは、16O酸化体の主イオンピーク(II3a)の強度Aとピーク(III3c)の強度Cとから求められる。すなわち、ピーク(III3c)は、16O酸化体の同位体ピーク(III3a)と1 8O酸化体の主イオンピーク(III3b)とが重なったものであるから、ピーク(III3c)の強度Cと同位体ピーク(III3a)の強度との差が、1 8O酸化体の主イオンピーク(III3b)の強度Bに相当する。
【0057】
16O酸化体の同位体ピーク(III3a)の強度は、Neurokinin Aを構成する原子の同位体存在割合に基づいて、当業者によって適宜求められるものである。例えば、当該実施例1においては、その強度分布を計算する解析ソフトを用いて求めた。その解析ソフトはMolecular Weight Calculator ver 6.45(http://ncrr.pnl.gov/software/)を用いた。
このソフトによって、同位体ピーク(III3a)の強度は、0.2618Aと算出された。従って、直接検出されない18O酸化体の主イオンピーク(III3b)の強度Bは、Cから0.2618Aを引いた値となる。
以上より、試料[2-0]中の酸化メチオニン残基含有Neurokinin Aと非酸化メチオニン残基含有Neurokinin Aとの比A:Bは、A:(C−0.2618A)と算出される。
【0058】
以上のように、酸化状態を固定した試料のマススペクトルの取得、16O酸化体の主イオンピーク(II3a)及びピーク(III3c)の帰属、及び16O酸化体の第2同位体イオンピーク(III3a)の強度の算出を行うことによって、もとの試料[2-0]の酸化度を求めることができる。
【図面の簡単な説明】
【0059】
【図1】本発明の方法において、生体内での酸化状態が測定工程まで固定化されることと、従来法において、生体内での酸化状態が測定工程までに変わりうることとを模式的に説明した図である。
【図2】実施例1における試料の調製工程を模式的に説明した図である。
【図3】実施例1において得られたマススペクトルである。
【図4】実施例1において、もとのタンパク質試料の酸化度を計算する方法を説明するための図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
メチオニン残基の酸化状態を解析すべきタンパク質試料と、同位体18Oで酸素原子が標識された過酸化水素H2182とを反応させて、前記メチオニン残基の酸化状態が固定化されたタンパク質試料を得る工程と、
前記酸化状態が固定されたタンパク質試料を、測定に供して、前記メチオニン残基の酸化度を定量する工程と、
を含む、タンパク質試料中のメチオニン残基の酸化状態を解析する方法。
【請求項2】
前記測定が、質量分析計を用いたMS測定である、請求項1に記載のタンパク質試料中のメチオニン残基の酸化状態を解析する方法。
【請求項3】
MSの2乗以上の多段階MS測定に供して、前記メチオニン残基の酸化位置を特定する工程をさらに含む、請求項2に記載のタンパク質試料中のメチオニン残基の酸化状態を解析する方法。
【請求項4】
(i)メチオニン残基の酸化状態を解析すべきタンパク質試料Aと、同位体18Oで酸素原子が標識された過酸化水素H2182とを反応させて、前記メチオニン残基の酸化状態が固定されたタンパク質試料A’を得る工程、及び
前記酸化状態が固定化されたタンパク質試料A’を、測定に供して、前記メチオニン残基の酸化度を定量する工程と、
(ii)メチオニン残基の酸化状態を解析すべきタンパク質試料Bと、同位体18Oで酸素原子が標識された過酸化水素H2182とを反応させて、前記メチオニン残基の酸化状態が固定されたタンパク質試料B’を得る工程、及び
前記酸化状態が固定化されたタンパク質試料B’を、測定に供して、前記メチオニン残基の酸化度を定量する工程と、
(iii)前記工程(i)の結果と前記工程(ii)の結果とを比較する工程と、
を含む、タンパク質試料中のメチオニン残基の酸化状態を解析する方法。

【図1】
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【図2】
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【図4】
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【図3】
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【公開番号】特開2009−128240(P2009−128240A)
【公開日】平成21年6月11日(2009.6.11)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−304789(P2007−304789)
【出願日】平成19年11月26日(2007.11.26)
【出願人】(000001993)株式会社島津製作所 (3,708)
【Fターム(参考)】