ターゲット分子の選択的吸着領域を有する吸着用担体及びその製造方法
【課題】良好な選択性と吸着率とを実現可能なターゲット分子の吸着用担体を提供する。
【解決手段】ターゲット分子を固相材料の表面に供給して前記ターゲット分子との相互作用を前記表面に生じさせて前記表面に吸着させ、前記固相材料の表面から前記ターゲット分子を除去することで、1種又は2種以上のターゲット分子の1又は2以上の選択的吸着領域を備えるターゲット分子の吸着用担体を製造する。
【解決手段】ターゲット分子を固相材料の表面に供給して前記ターゲット分子との相互作用を前記表面に生じさせて前記表面に吸着させ、前記固相材料の表面から前記ターゲット分子を除去することで、1種又は2種以上のターゲット分子の1又は2以上の選択的吸着領域を備えるターゲット分子の吸着用担体を製造する。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、選択的吸着能を有する表面を有する固相材料及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、ポリマー材料の機能の一つとして、分子認識が注目されている。ターゲット分子となることが望まれる分子は低分子化合物からタンパク質まで様々であり、ターゲット分子を選択的に認識することでセンサーやカラム充填剤などへの応用が期待されている。分子認識能を付与するは、通常、ターゲット分子となる分子の形状および官能基の位置を記録した鋳型を固相材料内に形成する必要がある。こうした分子認識材料を得るためには、あらかじめターゲット分子を導入した固相材料を調製し、続いてターゲット分子を除去してプロセスを経る手法が一般的である。
【0003】
こうした分子認識材料の合成方法の一つとして、ターゲット分子と相互作用する官能基を有するモノマーと混合し相互作用させた後、モノマーの重合性基を架橋重合し、続いてターゲット分子を除去することで、ターゲット分子の形状およびターゲット分子と相互作用する位置の決まった空隙(鋳型)を形成する手法(モレキュラーインプリンティング法)が知られている。例えば、低分子化合物をターゲット分子とする場合には、当該低分子化合物の存在下で重合性モノマーや架橋性モノマーを重合等することが知られている(特許文献1)。また、タンパク質質などをターゲット分子とする場合には、当該タンパク質を共有結合によって適当な担体表面に保持した後、担体表面又は近傍において、当該タンパク質と相互作用する官能基を有するアルコキシシラン系化合物を重合し、続いてタンパク質を除去する方法が知られている(非特許文献1,2)。
【0004】
さらに他の合成方法として、溶剤に溶解させたポリマーとターゲット分子を混合し分散液を調製した後に、ポリマーを析出させることによりターゲット分子を認識する材料を作製する方法が報告されている(特許文献2)。この手法におけるターゲット分子は低分子の機能性化合物であり、ポリマーで機能性化合物を囲繞し、その後ポリマーを析出させて任意の形状の分子認識材料を調製することが可能である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特表平8−506320号公報
【特許文献2】特開2008−101052号公報
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】ShuSheng Zhang ほか、「Molecular imprinted polymer grafted on polysaccharide microsphere surface by the sol-gel process for protein recognition」、Talanta、2008、74、1247-1255.
【非特許文献2】Kengo Sakaguchi ほか、「A method for the molecular imprinting of hemoglobin on silica surfaces using silanes」、Biomaterials、2005、26、5564-5571.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
従来のモレキュラーインプリンティング法は、ターゲット分子の存在下で、分子認識材料の構成モノマーをその場(in situ)で重合することで、ターゲット分子の鋳型を有する分子認識材料を合成するものであった。ターゲット分子の認識能を高めるためには、ターゲット分子と強く相互作用するモノマーを使い、架橋密度を高め、ターゲット分子の形状や表面の性質を転写する必要がある。しかしながら、架橋密度を高めることで、ターゲット分子の除去と、ターゲット分子の材料内への進入が困難になる。一方、前記相互作用を弱くし、架橋密度を低下させることでターゲット分子の除去とターゲット分子の固相材料内への進入は容易になるが、ターゲット分子の選択性が低下してしまう。このように、モレキュラーインプリンティング法によっては、高い分子認識能の確保とターゲット分子の除去の両立が不可能であり、実質的に分子認識による良好な吸着率を実現することが困難であった。
【0008】
また、一般に、タンパク質などの生体分子は外部要因によってその形状が変化する。また、本来の生物学的活性を発揮する環境は一定範囲に限定されている。したがって、このような生体分子をターゲット分子にする場合、分子認識材料の使用時、すなわち、ターゲット分子を吸着させようとするときの条件が、ターゲット分子の鋳型を形成する工程時の条件から大きく相違すると、吸着率が低下するおそれがある。また、こうした鋳型形成時の条件とターゲット分子の生物学的活性を発揮する環境条件が大きく相違する場合には、活性のあるターゲット分子を吸着することができなくなるおそれがある。この結果、意図したターゲット分子の吸着率を実現することはできなくなる。
【0009】
以上のように、従来の分子認識材料の合成方法における重合や析出などによるターゲット分子の記録工程は、鋳型を形成するという条件を優先するものであって、実際のターゲット分子を吸着させようとする条件は全く考慮されていない。
【0010】
さらに、従来の方法による分子認識材料は、分子認識材料においてランダムに単一ターゲット分子に対する分子認識領域を備えているに過ぎず、同一又は異なるターゲット分子に対する複数の分子認識領域を固相材料の意図した表面に位置制御した状態で形成することはできなかった。
【0011】
本発明は、良好な選択性と吸着率とを実現可能なターゲット分子の吸着用担体を提供することを一つの目的とする。また、本発明は、ターゲット分子の選択的吸着領域を位置制御した状態で備える吸着用担体を提供することを他の一つの目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明者らは、上記目的を達成すべく鋭意研究を重ねた結果、ターゲット分子を予め準備した固相担体表面と相互作用させて吸着させた後、ターゲット分子を除去することにより得られる固相担体表面は、ターゲット分子を選択的に再吸着する性質を有することを見出し、本発明を完成するに至った。本発明によれば以下の手段が提供される。
【0013】
本発明によれば、以下の工程(a)ターゲット分子を固相材料の表面に供給して前記ターゲット分子との相互作用を前記表面に生じさせて前記表面に吸着させる工程と、(b)前記固相材料の表面から前記ターゲット分子を除去する工程と、を備える、1種又は2種以上のターゲット分子の1又は2以上の選択的吸着領域を備えるターゲット分子の吸着用担体の製造方法が提供される。
【0014】
前記選択的吸着領域は、前記ターゲット分子の吸着に伴って得られる前記固相材料の変形及び/又は変化した性質の少なくとも一部を有するものとしてもよいし、前記ターゲット分子の一部と相補的な空隙を有するものとしてもよい。
【0015】
また、前記(a)工程は、前記ターゲット分子を、光応答性材料を含む前記固相材料の表面に光照射により固定化することを含む工程とすることができる。前記光応答性材料は、高分子材料を含んでいてもよいし、光応答性成分としてアゾベンゼン又はアゾベンゼン誘導体を含むものであってもよい。さらに、前記アゾベンゼン誘導体がプッシュプル型アゾベンゼンまたはアミノアゾベンゼンであってもよい。
【0016】
また、前記(b)工程は、水並びに界面活性剤、塩、酸及びアルカリから選択される1種又は2種以上を含む水溶液から選択されるいずれかを含む除去用媒体を前記固相材料の表面に供給して前記ターゲット分子を除去する工程としてもよい。
【0017】
さらに、前記ターゲット分子の平均的な大きさは1nm以上100μm以下であってもよいし、前記ターゲット分子は、生体材料又は生物材料とすることができる。
【0018】
本発明の製造方法においては、前記(a)工程は、前記固相材料表面の選択された1又は2以上の領域において1種又は2種以上の前記ターゲット分子との相互作用を生じさせて前記ターゲット分子を吸着させる工程とすることもできる。
【0019】
本発明によれば、上記いずれかに記載の製造方法によって得られる、ターゲット分子の吸着用固担体も提供される。また、本発明によれば、光応答性材料を含有する固相材料と、前記固相材料の表面に1種又は2種以上のターゲット分子を光固定化しその後前記ターゲット分子を除去して得られる1又は2以上の選択的吸着領域と、を備える、ターゲット分子の吸着用担体が提供される。本発明の吸着用担体においては、2以上の前記選択的吸着領域を前記固相材料の表面上に配列して備えていてもよい。
【0020】
また、本発明によれば、ターゲット分子の吸着用担体を備える、検出デバイス、細胞増殖デバイス、タンパク質の回収デバイス、マイクロリアクターも提供される。さらに、本発明によれば、光応答性材料を含む固相材料を備える、ターゲット分子の吸着担体用材料も提供される。
【図面の簡単な説明】
【0021】
【図1】本発明の吸着用担体の製造工程の一例を示す図である。
【図2】実施例における吸着用担体の製造及び評価のフローを示す図である。
【図3】実施例において用いたタンパク質の種類とサイズとを示す図である。表中の番号は、図4に示すスポットのレイアウトにおけるスポット番号に対応する。なお、実施例1においてはBSAを用い、実施例2及び3ではHSAを用いた。
【図4】実施例におけるタンパク質スポットのレイアウトを示す図である。スポット番号3は、実施例1においてはBSAを用い、実施例2及び3ではHSAを表す。
【図5】蛍光強度によりIgGの再吸着を評価した結果を示す図である。スポット3はBSAである。
【図6】蛍光強度によりIgGの再吸着を評価した結果を示す図である。スポット3はHSAである。
【図7】蛍光強度によりHSAの再吸着を評価した結果を示す図である。スポット3はHSAである。
【図8】蛍光強度によりIgGの再吸着を評価した結果を示す図である。スポット3はHSAである。
【図9】蛍光強度によりHSAの再吸着を評価した結果を示す図である。スポット3はHSAである。
【図10】蛍光強度によりIgGの再吸着を評価した結果を示す図である。スポット3はHSAである。
【図11】蛍光強度によりHSAの再吸着を評価した結果を示す図である。スポット3はHSAである。
【発明を実施するための形態】
【0022】
本発明は、固相材料表面にターゲット分子を相互作用させ吸着させた後、前記固相材料表面から前記ターゲット分子を除去することを経て、表面に当該ターゲット分子を選択的に認識して吸着する領域を持つ固相材料を提供し、さらに、これをターゲット分子の吸着担体として提供するものである。本発明者らは、ターゲット分子を、予め準備された固相材料の表面に吸着させることで、固相材料の表面にターゲット分子を後に再吸着できるような特性を記録することができることを見出した。すなわち、本発明者らは、予め準備した固相材料の表面にターゲット分子を吸着させ、その後、固相材料の表面からターゲット分子を除去することで、ターゲット分子除去後のターゲット分子吸着領域を、ターゲット分子を再吸着できるターゲット分子の選択的吸着領域として用いることができることを見出した。
【0023】
なお、本明細書において、選択的吸着領域とは、一つのターゲット分子を選択的に分子認識して吸着する部位を少なくとも一つ有する領域である。また、択的吸着領域は、一つのターゲット分子に特異的な領域である。
【0024】
本発明によれば、予め準備された固相材料に対してターゲット分子を保持させるため、ターゲット分子の存在下でターゲット分子の鋳型を形成すると同時に固相材料を形成するという工程を必要としない。すなわち、ターゲット分子の存在下でのモノマーの重合工程や、ポリマー溶液でターゲット分子を囲繞した状態でポリマーを凝固させる工程を必要としない。このため、従来の問題であった分子認識能の向上とターゲット分子の除去容易性を両立できる。また、固相材料が予め準備されているため、より緩和な条件でターゲット分子の吸着特性を固相材料に記録でき、かつターゲット分子を除去できる。このため、ターゲット分子の機能を発揮できる環境において、固相材料表面と相互作用を行い吸着させ、固相材料に記録した分子認識能を損なわずにターゲット分子を除去することができる。こうしたことから、本発明によれば、より高い選択性と吸着率でターゲット分子を吸着できる吸着用担体を提供できる。また、所望の条件でターゲット分子を認識して吸着できる吸着用担体を提供できる。
【0025】
また、本発明によれば、予め準備した固相材料を用いるため、その表面の選択された領域でターゲット分子を供給したり、選択された領域でのみ固相材料表面との相互作用を生じさせたりすることで、固相材料の表面の任意の位置に選択的吸着領域を形成できる。このため、単一の固相材料の表面の任意の領域に同一又は異なるターゲット分子を吸着する複数の選択的吸着領域を容易に形成できる。複数の選択的吸着領域を配列させることもできる。
【0026】
さらに、本発明によれば、本発明の吸着工程を、光応答性材料を含む固相材料の表面又はその近傍にターゲット分子を供給し光照射して固相材料に表面に吸着する態様とすることができる。こうした吸着工程によれば、固相材料表面にターゲット分子の吸着による物理的な変形や表面の性質変化を容易に生じさせることができ、また、そのような変化等をターゲット分子除去後も容易に維持させておくことができる。このようなターゲット分子の吸着特性の記録性能により、認識能の高い固相担体を提供することが可能となる。さらにまた、光照射によれば、複数の選択的吸着領域を固相材料表面の任意の位置に容易に形成することができる。
【0027】
以下、本発明の各種実施形態について適宜図面を参照しながら詳細に説明する。図1は、本発明の一実施形態の概略を示す図であり、光照射による吸着工程と除去工程の一例を示す図である。
【0028】
(吸着用担体の製造方法)
本発明の吸着用担体の製造方法は、ターゲット分子を選択的に吸着する吸着用担体を製造することができる。すなわち、ターゲット分子の選択的吸着領域を有する固相材料を備える吸着用担体を製造することができる。本発明の製造方法は、ターゲット分子を固相材料の表面に供給して前記ターゲット分子との相互作用を前記表面に生じさせて前記表面に吸着させる工程(以下、単に吸着工程という。)と、前記固相材料の表面から前記ターゲット分子を除去する工程(以下、単に除去工程という。)と、を備えることができる。
【0029】
(吸着工程)
吸着工程は、ターゲット分子を固相材料の表面に供給してターゲット分子との相互作用をその表面に生じさせてターゲット分子をその表面に吸着させる工程とすることができる。図1(a)には、光照射によりターゲット分子を固相材料の表面に吸着(光固定)する工程を示す。
【0030】
(固相材料)
吸着工程で用いる固相材料は、ターゲット分子を吸着されるのに先立って準備される。固相材料は、一定条件下、その表面においてターゲット分子と相補的な相互作用を生じさせて吸着させる能力を有する材料である。固相材料は、相補的な相互作用が生じる前記一定条件下において、ターゲット分子と接触した部分においてのみ、当該ターゲット分子を表面に吸着させることができる性質を有する材料であることが好ましい。すなわち、ターゲット分子における固相材料との接触部分に特異的な相補的相互作用を生じるものであることが好ましい。
【0031】
ここで、相補的な相互作用とは、例えば、固相材料における以下のような変化を伴うものであることが好ましい。一つの変化は、固相材料表面にターゲット分子一部と相補的な空隙を形成する変形である。こうした変化を伴う相互作用によれば、固相材料表面にターゲット分子の形状に応じた選択的吸着領域(空隙)を形成できる。また、他の一つの変化は、固相材料表面にターゲット分子と親和性が向上するような性質変化である。こうした変化を伴う相互作用によれば、前記表面にターゲット分子の表面の官能基、極性、電荷若しくはこれらの立体配置に応じた選択的吸着領域を形成できる。例えば、こうした性質変化は、固相材料とターゲット分子との間の親水性相互作用、疎水性相互作用、静電的相互作用、双極子相互作用及びファンデルワールス力から選択される1つまたは2つ以上の作用により達成される。例えば、親水性相互作用は、固相材料中の水酸基、アミノ基、アミド基、カルボキシル基、スルホン酸基、リン酸基などに由来し、疎水性相互作用は、固相材料中のアルキル基、アリール基などの炭化水素基等に由来することができる。
【0032】
また、相補的な相互作用は、固相材料表面とターゲット分子との間の共有結合の形成を伴わないものであることが好ましく、また、固相材料内及びターゲット分子内での共有結合の形成を伴わないことが好ましい。相互作用によりターゲット分子や固相材料等に共有結合が生じると、当該結合形成時及びターゲット分子除去時において、ターゲット分子の構造や機能が変化するおそれがあり好ましくないからである。こうした相補的な相互作用の少なくとも一部は、ターゲット分子を固相材料から除去後も維持されるものであることが好ましい。
【0033】
(光応答性材料)
固相材料は、ターゲット分子の吸着方法にもよるが、光応答性材料を含むことが好ましい。光応答性材料を含むことで、後述するように、吸着工程において光照射を用いることによりターゲット分子を固相材料の表面に容易に吸着させることができる。光照射は、ターゲット分子と固相材料の表面において相補性の高い相互作用を生じさせることができると考えられる。
【0034】
光応答性材料としては、光応答性成分を含有する材料を用いることができる。光応答性材料は、適当なマトリックスに光応答性成分を有するものであってもよい。マトリックス(母相)は、光固定化可能に光応答性成分を保持できる限り、その材料は特に限定しない。例えば、低分子材料又は高分子材料を含む各種の有機材料、ガラスなどの無機材料、有機−無機複合材料等を用いることができる。光応答性成分のマトリックス中における分散性や保持能力等を考慮すると、マトリックスは樹脂又は樹脂組成物であることが好ましい。
【0035】
光応答性成分は、光により分子構造の変化又は分子配列の変化を生じる成分である。光により分子構造の変化が生じる現象は、フォトクロミズムと一般にいわれている。本発明で用いる光応答性成分としては、一般にフォトクロミック化合物といわれる化合物を用いることができるが、なかでも、光異性化を生じる化合物を用いることが好ましい。なお、光異性化等の分子構造変化を伴って又は光異性化等の分子構造変化を伴わないで光誘起配向、光会合等の分子配列の変化(特に異方的な変化)を生じる化合物も、固相材料表面での光固定化が可能である限り、本発明の光応答性成分として用いることができる。
【0036】
光応答性成分としては、光固定に関し公知の各種成分を用いることができる。例えば、トランス−シス光異性化を生じる成分等の光異性化化合物等があり、例えば、アゾ化合物、スピロピラン化合物、スピロオキサジン化合物、ジアリールエテン化合物などの有機化合物、カルコゲナイトガラスと総称される無機材料などが挙げられる。
【0037】
なかでも、光応答性成分としては、アゾ基(−N=N−)を有する色素構造を有するアゾ化合物を用いることが好ましい。アゾ化合物は、アゾ化合物は、光照射等によりシス−トランス異性化を起こし、この異性化による分子レベルの運動が光応答性層4を可塑化させて変形を容易にするからである。アゾ化合物としては、アゾベンゼンまたはアゾベンゼン誘導体から選択される1種又は2種以上が挙げられる。アゾベンゼン誘導体としては、例えば、アミノアゾベンゼンやその誘導体の構造を持つアミノ型アゾベンゼン化合物が挙げられる。アミノ型アゾベンゼン化合物は、典型的には、式(1)で表すことができる。式(1)中、Xは、水素原子又は電子吸引性置換基などの各種置換基を表し、好ましくは水素原子を表す。
【0038】
【化1】
【0039】
また、アゾベンゼン誘導体としては、例えば、式(2)及び式(3)に示すように、アゾベンゼン骨格の一方のベンゼン環に電子吸引性置換基(−CN、−NO2)が、他方に電子供与性置換基(−NR1R2)が結合した化合物(プッシュプル型アゾベンゼン)が挙げられる。こうした化合物は、光照射中にシス−トランスの異性化を繰り返し大きな可塑化作用(変形作用)を有すると考えられるため好ましい。
【0040】
【化2】
【0041】
【化3】
【0042】
式(1)〜(3)中、R1及びR2は、それぞれ独立して水素原子、置換基を表す。式(1)〜(3)において、置換基は、アルキル基、水酸基、ヒドロキシアルキル基、ハロゲン原子、ニトロ基、アミノ基、カルボキシル基、アリール基、アリル基、アルキルエステル基、アルキルエーテル基、アルキルアミノ基、アルキルアミド基、イソシアネート基、エポキシ基等を例示することができる。特に、R1及びR2における前記置換基の一方が、末端に重合性の二重結合等を有するアクリル酸やメタクリル酸等のアクリル系化合物及びその他の二重結合性成分であるときには、式(1)〜(3)は、二重結合性モノマーを表すことができるほか、前記二重結合性成分に由来する重合基を備える光応答性ポリマーを表す。また、R1及びR2における前記置換基の一方が、イソシアネート基、アミノ基、カルボキシル基、水酸基等の重縮合あるいは重付加性の重合性成分であるときは、式(1)〜(3)は、重合性モノマーを表すほか、前記重合性成分に由来する重合基を備える光応答性モノマーを表す。アゾ化合物である光応答性成分は、1種又は2種以上を組み合わせて用いることができる。
【0043】
なお、光応答性成分は、樹脂などのマトリックスの構成材料に共有結合などを介して連結されその一部となっていてもよいほか、マトリックスに分散される別個の成分であってもよい。光応答性層の加工性、可塑性を確保する観点からは、固相材料は、単量体ユニット中に光応答性成分を含有する高分子材料又は当該高分子材料を含む組成物であることが好ましい。光応答性成分を含む光応答性材料が高分子材料を含む場合には、式(1)等において、R1又はR2が重合基への連結基である場合などのように、光応答性成分は、高分子材料の一部(主鎖、側鎖あるいは修飾基)に含まれて存在することが好ましい。
【0044】
マトリックスとしては、特に限定しないで各種の熱可塑性又は熱硬化性ポリマーを用いることができる。こうした高分子材料は、光応答性成分等の共重合による導入性を考慮して使用されることが好ましい。したがって、例えば、(1)エチレン性モノマーなど二重結合を含有する重合性体の重合体であるアクリル系ポリマー、メタクリル系モノマー、ビニル系ポリマー、スチレン系ポリマー、(2)重合性官能基の重縮合により得られるアミド系ポリマー、エステル系ポリマー、(3)ウレタン系ポリマー、ウレア系ポリマーなど付加重合性ポリマーが挙げられる。これらのなかでも、アクリル系ポリマー、メタクリル系ポリマー及びアクリル−メタクリル系コポリマーを好ましく用いることができる。これらのポリマーは、抗体等のタンパク質を固定化する際の比特異的吸着が少ないため、抗体チップなどにおいてバックグラウンドシグナルを抑制できるため、高感度測定が可能となる。式(1)〜(3)などのアゾ化合物系の光応答性成分は二重結合性のモノマーとして、ホモポリマー又はMMA等の二重結合性モノマーとのコポリマーとして使用することが好ましい。
【0045】
マトリックスは、光応答性成分の分子構造変化等によって結果として形状変形(以下、光変形ともいう)を生じるように構成されていることが好ましい。本明細書において光変形とは、通常のマクロな意味での形状変化のほか、分子レベルでの運動によるターゲット分子と固相材料表面との絡み合いなどによる変形も含む。このような変形の中には、変形量や変形形態の問題から通常の観察手段によっては明瞭に観察できないものもある。光変形は、光応答性成分がマトリックス材料中に存在することにより、光照射時に、例えば、マトリックス材料又は光応答性成分の体積、密度、自由体積などが変化することにより誘起されることにより生じると考えられる。
【0046】
固相材料10の三次元形態は特に限定しない。フィルム状体、シート状体、板状体のほか、球状体、不定形状体、針状体、棒状体、薄片状体などの各種の形状を採ることができる。固相材料10がフィルム状、シート状、平板状などの平面状の表面を備える場合には、ターゲット分子をその表面に例えば、アレイ状に供給し吸着させることで、選択的吸着領域をアレイ状等に配列して形成することができるようになる。
【0047】
その他、本発明において使用可能な光応答性成分又は光応答性成分を含有する樹脂または樹脂組成物としては、特開2003−329682号公報、特開2004−93996号公報及び特開2004−251801号公報に記載の担体や光固定化材料を用いることができる。また、本明細書には、特開2003−329682号公報、特開2004−93996号公報、特開2004−251801号公報、特開2006−233004号、特開2006−321719号及び特開2007−51998号に記載されるすべての事項が引用により取り込まれるものとする。
【0048】
(ターゲット分子)
ターゲット分子は、特に限定しないが、例えば、無機材料、有機材料群、生体材料、生体材料及び生物材料並びにこれらを2種類上組み合わせた複合材料が挙げられる。無機材料としては、少なくとも金属、金属酸化物、半導体、セラミックス、ガラスが挙げられる。ターゲット分子は1種類であってもよいし、2種類以上を組み合わせて用いてもよい。
【0049】
有機材料としては、いわゆるプラスチックを含んでいる。プラスチックは、各種形態を採ることができる。プラスチックは、固相の粒子であるほか、溶液又は懸濁液中の粒子の形態であってもよい。さらに、プラスチック粒子は、単相の粒子であってもよいし、マトリックス状であっても、カプセル状であってもよい。また、有機材料には、抗菌性、抗炎症性、各種の生体プロセスのブロック作用、ある種のアゴニスト又はアンタゴニストであるなど生理活性を有する有機化合物を包含してもよい。これらは低分子化合物であっても1種あるいは2種以上の単量体ユニットを有する高分子化合物であってもよい。
【0050】
生体材料としては、タンパク質、核酸、糖類、脂質及び骨形成材料並びにこれらから選択される2種以上の集合体が挙げられる。これらの生体材料は、生体を構成する分子及びその改変体並びにこれらの多量体を含んでいる。また、生体材料は、生体から採取されたものに限定されず、生体から採取され人工的な改変が施されたものであっても、人工的に合成されたものであってもよい。これらの生体材料は、蛍光色素などの色素を含む標識が結合されたものであってもよい。タンパク質とは、本明細書において使用する場合、任意のサイズ、構造、または機能の、タンパク質、ポリペプチド、およびペプチドをいう。しかし、代表的には、タンパク質は、少なくとも約6アミノ酸長である。好ましくは、少なくとも約10アミノ酸残基長である。タンパク質は、天然由来であってもよいし、化学的に合成されたものであってもよいし、遺伝子工学的に合成されたものであってもよいし、これらを組み合わせて得られるものであってもよい。さらに、タンパク質は、非天然アミノ酸を含有していてもよい。タンパク質はまた、天然に存在するタンパク質またはそのフラグメントでもあってもよい。タンパク質のフラグメントは、例えば、培養細胞から単離された全長タンパク質の消化を行うことによって得られるポリペプチドが挙げられる。タンパク質は、単一の分子であっても、複数の分子の複合体であってもよい。複合体としては、活性型及び不活性型のタンパク質の双方を含むとともに、複数のタンパク質を共有結合他各種の結合様式で集合化されて複数のユニットとして有する集合体を含んでいる。タンパク質及びその集合体としては、例えば、各種タンパク質、酵素、抗原、抗体、レクチン又は細胞膜レセプターが挙げられる。さらに、タンパク質には、糖鎖などのアミノ酸残基以外の化合物が結合していてもよい。なお、本明細書において「抗体」とは、天然の又は全体的若しくは部分的に合成的に産生された免疫グロブリンを意味する。特異的結合能を保持するその全ての誘導体も包含される。この用語はまた、免疫グロブリンの結合ドメインに相同か、または高度に相同な結合ドメインを有する任意のタンパク質を含む(キメラ抗体およびヒト化抗体を含む)。抗体は、モノクローナル抗体またはポリクローナル抗体であってもよい。抗体は、任意の免疫グロブリンクラスのメンバーであり得、任意のクラス(IgG、IgM、IgA、IgDおよびIgE)を含む。IgGクラスの誘導体が本発明において好ましい。また、核酸は、1本鎖あるいは2本鎖以上、あるいは一部に1本鎖を有するDNA、RNAのほか、人工的な核酸を含んでいる。核酸としては、例えば、ゲノムDNA及びそのマイクロサテライト部あるいは任意の遺伝子の少なくとも一部を含む断片、cDNA及びその断片、mRNA及びその断片のほか、一塩基多型部位など変異部位を含むDNA(cDNA含む)断片、制限酵素部位を含むDNA断片が挙げられる。また、核酸は、オリゴヌクレオチドであってもよいしポリヌクレオチドであってもよい。糖類としては、単糖類、オリゴ糖及び多糖類が挙げられる。糖類には、生体内においてタンパク質や脂質と結合している糖鎖及びその一部も含んでいる。脂質としては、例えば、リポタンパク質、リポ多糖類などにおける脂質鎖あるいはその一部を含んでいる。骨形成材料としては、カルシウムの各種リン酸塩など無機化合物が挙げられる。
【0051】
生物材料は、少なくとも各種の生物細胞及びその一部、組織及び生物体を含んでいる。これらはいずれも、生活状態にあってもよいし、生活状態になくてもよい。生物細胞としては、哺乳動物及び非哺乳動物の任意の動物細胞、植物体の任意の細胞、真菌、酵母、細菌、ウイルスなどの各種の生物の細胞を含んでいる。さらに、生物細胞の一部とは、これらの生物細胞内に存在する各種オルガネラのほか、生物細胞の膜、オルガネラの一部を含んでいる。また、組織とは、生物細胞の集合体であり、動物の一部及び動物の各種臓器(皮膚を含む)を構成する組織並びに植物体の一部及び器官を含んでいる。さらに、生物体とは、生物として繁殖あるいは増殖可能な一つの単位体を意味している。生物体としては、例えば、受精卵、微生物細胞やウイルスが挙げられる。これらの生物材料は、遺伝子工学又は化学的など人工的に修飾されたものであってもよい。
【0052】
本発明においては、ターゲット分子としては、生体材料や生物材料を用いることが好ましい。本発明によれば、選択性の高い選択的吸着領域を形成できるからであり、また、こうした生体材料や生物材料の活性のある状態での吸着が可能であるからである。こうしたターゲット分子としては、例えば、各種タンパク質、抗体、酵素、抗原タンパク質、レセプタータンパク質等が挙げられる。また、糖鎖、ポリヌクレオチド、オルガネラ、細菌、ウイルス及びこれらの2種以上の集合体が挙げられる。
【0053】
ターゲット分子は、平均の最大寸法(典型的には直径等の粒径として計測されうる)が1mm以下であることが好ましく、より好ましくは100μm以下、さらに好ましくは50μm以下、とりわけ好ましくは10μm以下のサイズのものを対象とすることができる。また、ターゲット分子は、好ましくは1nm以上の大きさである。
【0054】
吸着工程では、ターゲット分子を固相材料の表面に供給してターゲット分子との相互作用を前記表面に生じさせてターゲット分子を前記表面に吸着させる。吸着工程は、固相材料の表面にターゲット分子を除去した後の領域に選択的吸着領域を形成可能なように実施する。好ましい相互作用は既に説明した。こうした相互作用を生じさせてターゲット分子を固相材料の表面に吸着させることができるような手段としては、光照射、加熱等が挙げられる。
【0055】
相互作用の発現に先立って、固相材料の表面又はその近傍へのターゲット分子が供給される。ターゲット分子の供給形態は、特に限定されないが、液状媒体を介してターゲット分子を供給することが好ましい。より具体的には、ターゲット分子を液状媒体に溶解又は懸濁させた状態で適用することが好ましい。液状媒体を利用すると、固相材料の表面にターゲット分子を容易に展開させることができ、かつ、ターゲット分子をその構造(例えば、ターゲット分子がポリペプチドの場合など、その二次構造等)を維持して固定化することが可能であるからである。こうした観点から、液状媒体としては、ターゲット分子の構造を維持可能なものであることが好ましい。
【0056】
こうしたターゲット含有液体と固相材料の表面とを接触させることで、固相材料の表面にターゲット分子は供給される。本発明においては、予め準備した固相材料を用いているため、固相材料表面の選択された領域に対してターゲット分子を供給することができる。たとえば、固相材料がシート状、フィルム状、平板状等、平面的な表面を有する場合には、当該表面にドット状、ストリーム状、これら以外の他の任意の態様、及びこれらを組み合わせた態様で、1種又は2種以上のターゲット分子を供給することができる。こうすることで、選択的吸着領域を固相材料表面の選択した領域にのみ形成することができる。また、1種類のターゲット分子につき複数個の選択的吸着領域をアレイ状等に配列して形成することもできるし、2種類以上のターゲット分子につき、それぞれ1又は2以上の選択的吸着領域をアレイ状等に配列して形成することもできる。なお、こうした態様でターゲット分子を供給するには、インクジェット方式やピン方式などの公知の液体供給方式を用いることができる。
【0057】
固相材料の表面とターゲット分子との間で相互作用を生じさせるには、固相材料として光応答性材料を含むものを用い、光照射を行うことが好ましい。光照射によれば、固相材料の変形及び/又は性質変化を伴う相補的な相互作用を固相材料表面とターゲット分子との間に生じさせうると考えられ、分子認識能の高い選択的吸着領域を形成できると考えられるからである。また、極めて緩和な条件でターゲット分子と固相材料表面との間に相互作用を生じて、ターゲット分子が固相材料に吸着(光固定)されるからである。また、光固定によれば、固定化後のターゲット分子の除去も容易であるからである。さらに、光照射した領域のみにおいて、相互作用を生じさせターゲット分子を吸着させることができる。
【0058】
光照射による吸着は、乾燥状態のほか、液状媒体の存在下で達成される。既に説明したようにターゲット分子の立体構造等を維持して吸着させるには、液状媒体の存在下で光照射することが好ましい。こうした液状媒体としては、(1)水、(2)水と有機溶媒との混液、(3)塩(緩衝性の塩を含む)、酸、アルカリ及び界面活性剤から選択される1種又は2種以上と水及び/又は有機溶媒との混液を、適宜用いることができる。液状媒体は、水又は水を主媒体とすることが好ましい。液状媒体に添加される成分は、ターゲット分子の種類に応じて適宜選択されるが、ターゲット分子の安定性やターゲット分子と固相材料との相互作用を高めるようなものが選択される。液状媒体では、例えば、pH、電解質濃度、極性などが調整される。なお、有機溶媒は、水と相溶性のある有機溶媒である水性溶媒、非水性溶媒を単独であるいは組み合わせて用いることができる。ターゲット分子が生体材料又は生物材料である場合には、その生物学的活性を維持するのに十分緩和なものとすることが好ましい。すなわち、pH4.5〜7.5以下程度、塩濃度も生理食塩液程度とすることができる。こうした液状媒体は、光照射に先立つターゲット分子の固相材料への供給にも用いることができる。
【0059】
固相材料の表面又はその近傍のターゲット分子に光照射することでターゲット分子を固相材料の表面に固定化できる。光固定のための光照射の方法は特に限定しない。各種の伝播光、近接場光又はエバネッセント光などの任意の光がターゲット分子が存在する固相材料の表面又はその近傍に到達するように照射すればよい。光固定に用いる波長域は、光応答性成分において分子構造又は分子配列の変化を生じさせる波長域であればよい。こうした波長域に関する情報は、各種の入手可能な光応答性成分について容易に取得できるか又は使用に際して確認することができる。典型的には、波長400nm〜700nm程度で、1分から240分程度、光強度1〜100mW/cm2程度とすることができ、20℃から40℃程度の室温近傍で実施が可能である。さらに、光照射は公知の手法を用いて固相材料上の一部に対して選択的に行うことで、吸着領域を選択することもできる。
【0060】
光照射は、固相材料表面の全体に対して行うこともできるし、選択された領域に対してのみ行うこともできる。固相材料表面の全体に対して光照射するとき、固相材料表面又はその近傍にあるターゲット分子が固相材料表面に固定化される。既に説明したように、固相材料表面の選択された領域(例えば、ドット状等)にのみターゲット分子が供給されていた場合には、当該領域においてのみターゲット分子が固定化される。一方、固相材料表面の選択された領域のみ光照射するとき、当該光照射領域においてのみターゲット分子が固定化される。したがって、固相材料表面の全体にターゲット分子が供給されていても、光照射した領域においてのみターゲット分子が固定化される。このように、予め準備した固相材料表面に対するターゲット分子の選択的供給及び選択的光照射、又はこれらのいずれか一方を用いることで、固相材料表面の選択した領域に1又は2以上の選択的吸着領域を容易に形成できる。
【0061】
なお、光固定のための光照射については、特開2003−329682号公報、特開2004−93996号公報及び特開2004−251801号公報に既に記載される照射光や光照射方法を採用することができる。光固定化については、特開2003−329682号公報、特開2004−93996号公報及び特開2004−251801号公報において本出願人が開示しており、これらの方法を本発明における光固定化にも適用することができる。
【0062】
吸着工程を実施することで、固相材料の表面にターゲット分子が吸着される。ターゲット分子が固相材料表面において吸着されることで、固相材料のターゲット分子吸着表面には、相互作用に基づく変形や性質変化を記録した領域が形成される。光照射でターゲット分子を固相材料表面に吸着させた場合には、光照射に基づく相互作用により、固相材料の表面の変形及び/又は性質変化を記録した領域を緩和な条件でかつ分子認識能が高くなるよう形成できる。特に、光照射によれば、固相材料の表面の変形を伴うことができるため、ターゲット分子吸着領域に容易にターゲット分子の一部と相補的な空隙を形成することができる。
【0063】
また、こうしたターゲット分子吸着領域において生じている相互作用は、その後のターゲット分子除去工程においても維持される。光照射により固相材料にターゲット分子が吸着された場合には、こうした相互作用は、固相材料に対するガラス転移点を越える温度以上の加熱、固相材料に生じた相互作用を緩和ないし消去させる程度の光照射、固相材料に他のターゲット分子を供給して光固定がなされて新たな相互作用を生じさせない限り維持される。なお、ターゲット分子が吸着されたかどうかは、吸着時に用いた液状媒体等の適当な液体で洗浄することで未吸着のターゲット分子を除去したときに固相材料表面にターゲット分子が残留していることで確認できる。
【0064】
(除去工程)
本発明においては、ターゲット分子を固相材料表面に相互作用させる工程に続き、当該ターゲット分子を除去する。固相材料表面からターゲット分子を除去することで、ターゲット分子が吸着後除去された領域は、ターゲット分子を選択的に吸着可能な領域として用いることができる。図1(b)には、光照射によりターゲット分子を固相材料の表面に吸着(光固定)後、ターゲット分子を洗浄により除去した状態を示している。
【0065】
除去工程では、吸着または固定されたターゲット分子の物性を保持する必要はないが、ターゲット分子との相互作用が記録された領域(吸着領域)の変化の少なくとも一部を維持する範囲でターゲット分子を除去するようにする。本発明の吸着工程においては、予め準備した固相材料の表面にターゲット分子を吸着しており、ターゲット分子を囲繞するように固相材料を成形したものではないので、ターゲット分子は従来に比して容易に除去される。このため、固相材料における相互作用の記録内容は、維持されやすくなっている。
【0066】
ターゲット分子の除去条件は、特に限定されないで、固相材料及びターゲット分子の種類に応じ適宜設定できる。例えば、ターゲット分子の変性や分解等、固相材料との相互作用をターゲット分子側において弱めるような処理が挙げられる。具体的には、固相材料表面のターゲット吸着領域に記録された変化を消失させない範囲で、加熱、超音波照射などを伴っていてもよい。また、ターゲット分子を酵素などで分解等して低分子化したりするなど、相互作用の起因となった構造等を変化させることで固相材料から除去する方法も挙げられる。例えば、ターゲット分子がタンパク質の場合に、当該ターゲット分子をプロテアーゼで分解して除去する方法が挙げられる。
【0067】
また、例えば、除去工程としては、ターゲット分子を吸着した固相材料の表面に、ターゲット分子の除去に有効な除去用媒体を供給してターゲットを洗浄除去することが挙げられる。除去用媒体としては、ターゲット分子を溶解するなどターゲット分子と親和性の高い媒体が挙げられる。こうした除去用媒体としては、例えば、水のほか、界面活性剤、塩、酸及びアルカリから選択される1種又は2種以上を含む水溶液から選択されるいずれかを含むことが好ましい。除去用媒体は、必要に応じて、有機溶媒を含んでいてもよい。ターゲット分子がタンパク質等の場合には、タンパク質を溶解、分解、変性させるように除去用媒体を調製することができる。除去用媒体としては、典型的には、緩衝液、界面活性剤を含む緩衝液等が挙げられる。ターゲット分子を光固定した場合、こうした除去用媒体と適宜接触させることで、ターゲット分子は容易に除去され、相互作用の記録内容は維持される。一方、光固定により生じた光応答性材料を含む固相材料の表面の変化は光照射に基づいているので、容易に消去されない。
【0068】
除去工程の実施により、固相材料の表面からターゲット分子が除去されると、ターゲット分子の吸着領域が露出される。ターゲット分子除去後の吸着領域は、ターゲット分子を吸着させた際の相互作用に基づく変化(変形や性質変化)の少なくとも一部を記録している。すなわち、露出された吸着領域は、ターゲット分子の分子認識部位を有している。このため、この領域を、ターゲット分子を吸着させるための選択的吸着領域として利用できる。
【0069】
本発明の製造方法によれば、予め準備した固相材料に対してターゲット分子を供給し、相互作用を生じさせてターゲット分子をその表面に吸着させ、その後ターゲット分子を除去することで、ターゲット分子の吸着用担体を得ることができる。このため、ターゲット分子の認識能とターゲット分子除去容易性とを両立できるとともに、より緩和な条件でターゲット分子を吸着し除去できるため、意図したターゲット分子を効率的に吸着できる吸着用担体を得ることができる。
【0070】
さらに、本発明の製造方法によれば、固相材料表面の任意の位置に1種又は2種以上のターゲット分子の1又は2以上の選択的吸着領域を容易に形成することができる。特に、2以上の選択的吸着領域をアレイ状等、任意の形態で配列して形成することができる。このため、多量のターゲット分子を効率的に吸着したり、複数のターゲット分子をそれぞれ同一の固相材料表面上の特定の位置に吸着させたりできる吸着用担体を容易に形成できる。
【0071】
なお、吸着工程及び除去工程は、2セット以上繰り返し実施することができる。例えば、固相材料として平面状の表面を有する材料を用いる場合、最初の吸着工程及び除去工程を、固相材料表面の第1の領域に対して実施し、2回目の吸着工程及び除去工程を、第1の領域とは異なる第2の領域に対して実施することもできる。こうした固相材料表面上の異なる領域への吸着工程及び除去工程は、吸着工程において光照射を用いることで容易に実施できる。
【0072】
また、光照射による吸着工程及び除去工程の実施後の固相材料のほか、使用済み吸着用担体など、既に光照射による選択的吸着領域を有している固相材料も、本発明の製造方法における固相材料として用いることができる。こうした固相材料の表面に対して、それまでと同一又は異なるターゲット分子を供給して光照射すると、新たな相互作用がターゲット分子と固相材料表面との間に生じると同時にそれまでにあった選択的吸着領域における変化は消失する。これにより、固相材料表面に新たに選択的吸着領域を新生することができる。
【0073】
(吸着用担体)
本発明の吸着用担体は、上記した本発明の製造方法によって得られる。既に説明したように、本発明の製造方法によって得られる吸着用担体は、あらかじめ準備した固相材料の表面にターゲット分子を吸着後除去して得られるものであるため、高い選択性と吸着率を備えることができる。また、選択的吸着領域を任意の配置形態で備えることができる。
【0074】
また、本発明の吸着用担体は、光応答性材料を含有する固相材料と、前記固相材料の表面に1種又は2種以上のターゲット分子を光固定化しその後前記ターゲット分子を除去して得られる1又は2以上の選択的吸着領域と、を備えることができる。本発明の吸着用担体によれば、ターゲット分子の光固定化時の固相材料表面の変形及び/又は性質変化を利用して、ターゲット分子を再吸着することができる。光固定化時のターゲット分子と固相材料との相互作用は、特異的であるため、高い選択性でターゲット分子を効率よく吸着できる。また、光固定は、ターゲット分子の性質を損なわないでかつ十分強固に固相材料表面にターゲット分子を吸着するものであるから、本発明の吸着用担体によってターゲット分子を吸着したときも同様の吸着状態を得ることができる。光照射により選択的吸着領域が形成されている場合には、この表面に対して改めて別のターゲット分子の吸着工程及び除去工程を実施することで、それまであった選択的吸着領域を消去し、別のターゲット分子に対する選択的吸着領域を付与して、最利用することができる。
【0075】
本発明の吸着用担体におけるターゲット分子、光応答性材料、固相材料、光照射(光固定)、選択的吸着領域等については、既に説明した本発明の製造方法等における各種実施態様をそのまま適用することができる。
【0076】
本発明の吸着用担体は、2以上の選択的吸着領域を前記固相材料の表面上に配列して備えることができる。係る吸着用担体によれば、一つの固相材料上において多量のターゲット分子の効率的な吸着や2種類以上のターゲット分子を独立して吸着することが可能となる。特に、平面状の表面を有する固相材料表面に、アレイ状等に複数の選択的吸着領域に配列されているときには、種々の用途に有用である。
【0077】
本発明の吸着用担体の選択的吸着領域にターゲット分子を吸着させる方法は特に限定されない。ターゲット分子と固相材料表面とを接触可能に固相材料の表面にターゲット分子の溶液を供給すればよい。本発明の吸着用担体によれば、水性媒体など緩和な条件下で、高い選択性と効率でターゲット分子を吸着することができる。例えば、タンパク質などのターゲット分子を含む緩衝液を数十分から数時間程度、固相材料表面と接触させればよい。また、ターゲット分子の選択的吸着領域への吸着は、平衡反応と考えられることから、pH、イオン強度、ターゲット分子の種類や濃度によって、選択的吸着領域に捕捉させるターゲット分子量等をコントロールすることができる。
【0078】
本発明の吸着用担体は、1種又は2種以上のターゲット分子の検出デバイスとして有用である。本発明の吸着用担体を備える検出デバイスは、ターゲット分子に対して高い選択性と吸着率を有するため、高感度にターゲット分子を検出することができる。検出デバイスにおける固相材料の三次元形態は特に限定されない。この種の吸着用担体は、粒子状の固相材料の表面に選択的吸着領域を有するものでもよいが、平面状の表面を有する固相材料であり、当該表面の特定位置に特定のターゲット分子の選択的吸着領域をアレイ状等に配列したものを用いることが好ましい。こうした形態であると、複数のターゲット分子の同時検出が可能であるからである。なお、本発明のターゲット分子の検出デバイスは、ターゲット分子が疾患に関連する場合には、当該疾患に関する診断用のデバイスとして有用である。
【0079】
また、本発明の吸着用担体は、細胞増殖デバイスとして有用である。本発明の吸着用担体を備える細胞増殖デバイスは、ターゲット分子を、例えば、増殖させようとする細胞及び/又は当該細胞の増殖に有用な材料とすることができる。ターゲット分子が細胞の場合、本発明の細胞増殖デバイスによれば、特別な細胞接着性材料や処理を用いなくても接着性細胞を接着して増殖させることができる。また、選択的吸着領域が形成された領域でのみ細胞を増殖させることができ特定の位置で細胞を増殖させることができるため、任意の培養形態を培養細胞層に付与できる。さらに、ターゲット分子を2種以上の細胞とし、それぞれにつき選択的吸着領域を有するとき、異なる細胞を同一固相材料上の異なる位置に配置して増殖させることができる。さらにまた、ターゲット分子が細胞の増殖(接着)に必要な材料(ペプチド、タンパク質や糖類等)であるとき、かかる材料を有する細胞培養表面を形成できる。また、この態様の細胞増殖デバイスにおいても、細胞増殖領域を選択的吸着領域に制限することもできる。
【0080】
この種の細胞増殖デバイスにおける固相材料の三次元形態は、特に限定しないが、平面状の表面を有すると、一般的な細胞増殖プレートとして用いることができる。また、所望の三次元形態を有する固相材料の表面(外表面及び/又は内表面)に選択的吸着領域を有するものであってもよい。こうした三次元形態の吸着用担体は、立体構造を有する培養細胞組織を形成するときのスキャホールドとして用いることができる。
【0081】
本発明の吸着用担体は、タンパク質の回収デバイスとして有用である。本発明の吸着用担体を備えるタンパク質の回収デバイスは、例えば、ターゲット分子を、抗体、酵素、抗原タンパク質等の所定のタンパク質とすることができる。かかる回収デバイスによれば、ターゲット分子に対して高い選択性でターゲット分子であるタンパク質を効率的に回収できる。タンパク質回収デバイスにおける固相材料の三次元形態は特に限定されないが、回収効率等を考慮すると、粒状等の表面積が大きくカラム等に適用しやすい形態が好ましい。
【0082】
本発明の吸着用担体は、マイクロリアクターとして有用である。本発明の吸着用担体を備えるマイクロリアクターにおけるターゲット分子は、マイクロリアクターにおける反応基質、生成物、あるいは触媒等の構成要素とすることができる。例えば、ターゲット分子を、酵素、抗体等のタンパク質のほか、酵素等の基質や生成物等とすることができる。かかるマイクロリアクターによれば、マイクロリアクターの1又は2以上の構成要素を、所望の位置に選択的に吸着して特定部位に特定機能を容易に付与することができるため、効率的に反応を進行させることができる。マイクロリアクターにおける固相材料の三次元形態は特に限定されないが、反応流路の形成を考慮すると、平面状の表面を有することが好ましい。また、こうしたマイクロリアクターの一構成要素を本発明の吸着用担体で構成するときには、当該機能を発現可能な三次元形態であればよい。
【0083】
以上のことから、本発明によれば、本発明の吸着用担体の固相材料表面に、ターゲット分子を供給して選択的吸着領域にターゲット分子を吸着させる工程を有する、ターゲット分子の吸着方法(吸着用担体の使用方法)が提供される。本発明の吸着方法は、本発明の吸着用担体の各種態様に応じた各種の方法として有用である。すなわち、本発明の吸着方法は、検出用デバイスの使用方法(診断方法を含む)(ターゲット分子の検出方法)、細胞増殖デバイスの使用方法(細胞増殖方法、細胞増殖体の製造方法)、回収デバイスの使用方法(タンパク質の回収方法)、マイクロリアクターの使用方法(反応方法、反応生成物の製造方法)等としても有用である。
【0084】
また、本発明によれば、本発明の吸着用担体の選択的吸着領域にターゲット分子を吸着して得られる、ターゲット分子が吸着された固相体も提供される。この固相体は、高い選択性と効率でターゲット分子を吸着する一方、洗浄等により容易にターゲット分子を除去できる。さらに、固相材料表面に新たなターゲット分子を選択的吸着可能な選択的吸着領域を新生することができる。
【0085】
(ターゲット分子の吸着担体用材料)
本発明のターゲット分子吸着担体用材料は、光応答性材料を含む固相材料を備えることができる。本発明の吸着担体用材料によれば、この固相材料の表面にターゲット分子を供給して光照射して吸着させ、その後除去することで、ターゲット分子を選択的に吸着する選択的吸着領域を備える吸着担体を作製できる。こうした吸着担体用材料における光応答性材料及び固相材料については、既に説明した本発明の製造方法等における各種実施態様をそのまま適用することができる。
【実施例】
【0086】
以下、実施例に基づいて本発明をより具体的に説明するが、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。
【実施例1】
【0087】
(固相材料の準備)
下記の式に示すポリメタクリレート系高分子化合物(m:n=15:85)を用いて、ガラス基板上に厚さ約40nmの薄膜を作製し、その膜面を固相材料表面とする膜状の固相材料を準備した。
【0088】
【化4】
【0089】
(アゾポリマースライドへタンパク質の吸着(固定化))
サイズの異なるタンパク質((1)リボヌクレアーゼA、(2)抗体(IgG)、(3)ウシ血清アルブミン(BSA)またはヒト血清アルブミン(HSA)、(4)リゾチーム、(5)カタラーゼ、(6)フェリチン、(7)チログロブリン、図3参照)を0.01% Tween20含有リン酸緩衝液(TPBS)により希釈し10μg/mLとした溶液を、図4に示す所定のレイアウトに従ってアゾポリマースライド上に滴下した。減圧下水分を留去したのち、Lumifix(極大波長470nm、20mW/cm2)により30分間光照射し、タンパク質をアゾポリマースライド上に吸着させた(固定化した)。その後、スライドをTPBSに浸漬し5分間の撹拌洗浄を3回行うことで、余剰のタンパク質を除去し、各種タンパク質が吸着されたアゾポリマースライドを得た(図2(a)参照)。
【0090】
(タンパク質の除去)
タンパク質を吸着させたスライドを撹拌している2wt%のドデシル硫酸ナトリウムのリン酸緩衝液(SDS/PBS)中に投入し、撹拌洗浄を行った。一定時間洗浄後にスライドを取り出し水洗後乾燥した(図2(b)参照)。
【0091】
(タンパク質の再吸着能評価)
図2(c)に示すように、タンパク質除去後のスライドの半面(図4に示すスライドの下半分の領域)にギャップカバーグラスを利用して抗体のTPBS溶液(10μg/ml)をのせ、2時間静置した。(図2(c)参照)。PBS溶液中で注意深くギャップカバーグラスを取り除いた後、TPBS溶液に浸漬し1分間の撹拌洗浄を2回行った。続いて、Cy5で標識された抗体のゼラチン溶液を、ギャップカバーグラスを利用してアゾポリマースライド全面にのせ、スライド上にある抗体を免疫反応することにより蛍光ラベル化した。(図2(d)参照)。
【0092】
30分反応した後、アゾポリマースライドをTPBSに浸漬し1分間の撹拌洗浄を2回行った。その後に、市販のアレイスキャナーでスライドグラス上の蛍光を計測した。結果を図5に示す。
【0093】
図5に示すように、IgGを光固定後除去した領域は、洗浄により除去しきれなかったIgGが存在した。しかし、再吸着を行うことで他のタンパク質部分よりも多くのIgGが再吸着したことが明らかになった。図4及び図5において、「8」はタンパク質を含まない溶液をスポットした部分でありタンパク質は固定化されていないが、この部分への再吸着は全く生じていなかった。このことから、溶液と接触しただけではIgGとの親和性は生じず、IgGを光固定後除去した領域のみがIgGと親和性を持ち再吸着することが明らかになった。
【実施例2】
【0094】
(タンパク質の再吸着及び選択性の評価)
本実施例では、実施例1と同様にして各種サイズのタンパク質をスポットし、光照射して光固定し、除去した。これらの工程を同様に実施したアゾポリマースライドを2枚準備し、それぞれをスライドA、スライドBとした。スライドAの下半分領域に、固定化したタンパク質の一つであるIgGのTPBS溶液(10μg/ml)をのせた。また、スライドBの下半分領域には、さらに他の一つのタンパク質であるHSAのTPBS溶液(10μg/ml)をのせた。これらのスライドA,Bを、それぞれ2時間静置した。
【0095】
TPBS溶液中で注意深くギャップカバーグラスを取り除いた後、TPBS溶液に浸漬し1分間の撹拌洗浄を2回行った。続いて、スライドAの全面に、Cy5標識されたantiIgG抗体のゼラチン溶液をのせ、スライド上にあるIgGと免疫反応することにより蛍光ラベル化した。また、スライドBの全面に、Cy5標識されたantiHSA抗体のゼラチン溶液をのせ、スライド上にあるHSAと免疫反応することにより蛍光ラベル化した。スライドA、Bともに30分間反応した後、アゾポリマースライドをTPBSに浸漬し1分間の撹拌洗浄を2回行った。その後、市販のアレイスキャナーでスライドグラス上の蛍光を計測した。結果を図6及び図7に示す。
【0096】
図6はスライドAの結果である。antiIgG抗体との反応において、IgGを吸着させた領域(図4及び図6中「2」で表示されている。)への効果的な再吸着が示された。図7はスライドBの結果である。antiHSA抗体との反応において、HSAを吸着させた領域(図4及び図7中「3」で表示されている。)への効果的な再吸着が示された。さらに、図6及び7を比較すると、IgGを吸着させた領域へのHSAの再吸着は生じておらず、同様にHSAを吸着させた領域へのIgGの再吸着も生じていなかった。
【0097】
以上のことから、IgGおよびHSAがそれぞれを吸着させ除去した部分に、それぞれが特異的に再吸着することがわかった。これらのことから、これらタンパク質を吸着し除去した領域には、表面に吸着可能な領域が存在していることがわかる。本発明者らによれば、微小物体を光応答性材料の光固定化しその後除去すると、当該微小物体の形状の一部に倣った空隙が光応答性材料表面に形成されることがわかっている。したがって、タンパク質を光固定しその後除去した領域には、タンパク質の一部の形状に倣った空隙が形成されていると考えられた。また、IgGを固定化した領域はIgGのみ、HSAを固定化した領域はHSAのみを再吸着していることから、本手法により形成された領域はタンパク質を選択的に吸着する性質を有することが明らかになった。
【実施例3】
【0098】
(鋳型濃度および再吸着タンパク質濃度の効果)
本実施例では、実施例1においてタンパク質の濃度を1μg/mLとしたスライドを作製し、実施例2と同様の工程を経て再吸着量を評価した。再吸着タンパク質濃度は10μg/mLである。結果を図8及び図9に示す。なお、固定化のためのタンパク質濃度を10μg/mlとし、再吸着タンパク質濃度を1μg/mlとする以外は、実施例1及び実施例2と同様に操作して再吸着量を評価した。これらの結果を図10及び図11に示す。
【0099】
図8はスライドAの結果であり、IgGの吸着領域へIgGが効果的に再吸着することが明らかとなった。図9はスライドBの結果であり、HSAの吸着領域へHSAが効果的に再吸着することが明らかとなった。このように、吸着時のタンパク質濃度が低く(1μg/ml)でも、10μg/mLの場合と同様に再吸着が生じていることが明らかとなった。
【0100】
また、図10はスライドAの結果であり、IgGの吸着領域へIgGの顕著な再吸着は観測されなかった。図11はスライドBの結果であり、HSAの吸着領域へHSAの顕著な再吸着は観測されなかった。
【0101】
これらの結果から、再吸着工程は非可逆的なものではなく、平衡過程で進行していることが示唆された。
【0102】
以上の実施例においては、本発明の表面に当該ターゲット分子を選択的に吸着する領域を持つ固相材料の提供方法および認識能評価に関する好適な実施形態について説明したが、本発明の固相材料及びその製造方法は上記実施例に限定されるものではない。
【技術分野】
【0001】
本発明は、選択的吸着能を有する表面を有する固相材料及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、ポリマー材料の機能の一つとして、分子認識が注目されている。ターゲット分子となることが望まれる分子は低分子化合物からタンパク質まで様々であり、ターゲット分子を選択的に認識することでセンサーやカラム充填剤などへの応用が期待されている。分子認識能を付与するは、通常、ターゲット分子となる分子の形状および官能基の位置を記録した鋳型を固相材料内に形成する必要がある。こうした分子認識材料を得るためには、あらかじめターゲット分子を導入した固相材料を調製し、続いてターゲット分子を除去してプロセスを経る手法が一般的である。
【0003】
こうした分子認識材料の合成方法の一つとして、ターゲット分子と相互作用する官能基を有するモノマーと混合し相互作用させた後、モノマーの重合性基を架橋重合し、続いてターゲット分子を除去することで、ターゲット分子の形状およびターゲット分子と相互作用する位置の決まった空隙(鋳型)を形成する手法(モレキュラーインプリンティング法)が知られている。例えば、低分子化合物をターゲット分子とする場合には、当該低分子化合物の存在下で重合性モノマーや架橋性モノマーを重合等することが知られている(特許文献1)。また、タンパク質質などをターゲット分子とする場合には、当該タンパク質を共有結合によって適当な担体表面に保持した後、担体表面又は近傍において、当該タンパク質と相互作用する官能基を有するアルコキシシラン系化合物を重合し、続いてタンパク質を除去する方法が知られている(非特許文献1,2)。
【0004】
さらに他の合成方法として、溶剤に溶解させたポリマーとターゲット分子を混合し分散液を調製した後に、ポリマーを析出させることによりターゲット分子を認識する材料を作製する方法が報告されている(特許文献2)。この手法におけるターゲット分子は低分子の機能性化合物であり、ポリマーで機能性化合物を囲繞し、その後ポリマーを析出させて任意の形状の分子認識材料を調製することが可能である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特表平8−506320号公報
【特許文献2】特開2008−101052号公報
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】ShuSheng Zhang ほか、「Molecular imprinted polymer grafted on polysaccharide microsphere surface by the sol-gel process for protein recognition」、Talanta、2008、74、1247-1255.
【非特許文献2】Kengo Sakaguchi ほか、「A method for the molecular imprinting of hemoglobin on silica surfaces using silanes」、Biomaterials、2005、26、5564-5571.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
従来のモレキュラーインプリンティング法は、ターゲット分子の存在下で、分子認識材料の構成モノマーをその場(in situ)で重合することで、ターゲット分子の鋳型を有する分子認識材料を合成するものであった。ターゲット分子の認識能を高めるためには、ターゲット分子と強く相互作用するモノマーを使い、架橋密度を高め、ターゲット分子の形状や表面の性質を転写する必要がある。しかしながら、架橋密度を高めることで、ターゲット分子の除去と、ターゲット分子の材料内への進入が困難になる。一方、前記相互作用を弱くし、架橋密度を低下させることでターゲット分子の除去とターゲット分子の固相材料内への進入は容易になるが、ターゲット分子の選択性が低下してしまう。このように、モレキュラーインプリンティング法によっては、高い分子認識能の確保とターゲット分子の除去の両立が不可能であり、実質的に分子認識による良好な吸着率を実現することが困難であった。
【0008】
また、一般に、タンパク質などの生体分子は外部要因によってその形状が変化する。また、本来の生物学的活性を発揮する環境は一定範囲に限定されている。したがって、このような生体分子をターゲット分子にする場合、分子認識材料の使用時、すなわち、ターゲット分子を吸着させようとするときの条件が、ターゲット分子の鋳型を形成する工程時の条件から大きく相違すると、吸着率が低下するおそれがある。また、こうした鋳型形成時の条件とターゲット分子の生物学的活性を発揮する環境条件が大きく相違する場合には、活性のあるターゲット分子を吸着することができなくなるおそれがある。この結果、意図したターゲット分子の吸着率を実現することはできなくなる。
【0009】
以上のように、従来の分子認識材料の合成方法における重合や析出などによるターゲット分子の記録工程は、鋳型を形成するという条件を優先するものであって、実際のターゲット分子を吸着させようとする条件は全く考慮されていない。
【0010】
さらに、従来の方法による分子認識材料は、分子認識材料においてランダムに単一ターゲット分子に対する分子認識領域を備えているに過ぎず、同一又は異なるターゲット分子に対する複数の分子認識領域を固相材料の意図した表面に位置制御した状態で形成することはできなかった。
【0011】
本発明は、良好な選択性と吸着率とを実現可能なターゲット分子の吸着用担体を提供することを一つの目的とする。また、本発明は、ターゲット分子の選択的吸着領域を位置制御した状態で備える吸着用担体を提供することを他の一つの目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明者らは、上記目的を達成すべく鋭意研究を重ねた結果、ターゲット分子を予め準備した固相担体表面と相互作用させて吸着させた後、ターゲット分子を除去することにより得られる固相担体表面は、ターゲット分子を選択的に再吸着する性質を有することを見出し、本発明を完成するに至った。本発明によれば以下の手段が提供される。
【0013】
本発明によれば、以下の工程(a)ターゲット分子を固相材料の表面に供給して前記ターゲット分子との相互作用を前記表面に生じさせて前記表面に吸着させる工程と、(b)前記固相材料の表面から前記ターゲット分子を除去する工程と、を備える、1種又は2種以上のターゲット分子の1又は2以上の選択的吸着領域を備えるターゲット分子の吸着用担体の製造方法が提供される。
【0014】
前記選択的吸着領域は、前記ターゲット分子の吸着に伴って得られる前記固相材料の変形及び/又は変化した性質の少なくとも一部を有するものとしてもよいし、前記ターゲット分子の一部と相補的な空隙を有するものとしてもよい。
【0015】
また、前記(a)工程は、前記ターゲット分子を、光応答性材料を含む前記固相材料の表面に光照射により固定化することを含む工程とすることができる。前記光応答性材料は、高分子材料を含んでいてもよいし、光応答性成分としてアゾベンゼン又はアゾベンゼン誘導体を含むものであってもよい。さらに、前記アゾベンゼン誘導体がプッシュプル型アゾベンゼンまたはアミノアゾベンゼンであってもよい。
【0016】
また、前記(b)工程は、水並びに界面活性剤、塩、酸及びアルカリから選択される1種又は2種以上を含む水溶液から選択されるいずれかを含む除去用媒体を前記固相材料の表面に供給して前記ターゲット分子を除去する工程としてもよい。
【0017】
さらに、前記ターゲット分子の平均的な大きさは1nm以上100μm以下であってもよいし、前記ターゲット分子は、生体材料又は生物材料とすることができる。
【0018】
本発明の製造方法においては、前記(a)工程は、前記固相材料表面の選択された1又は2以上の領域において1種又は2種以上の前記ターゲット分子との相互作用を生じさせて前記ターゲット分子を吸着させる工程とすることもできる。
【0019】
本発明によれば、上記いずれかに記載の製造方法によって得られる、ターゲット分子の吸着用固担体も提供される。また、本発明によれば、光応答性材料を含有する固相材料と、前記固相材料の表面に1種又は2種以上のターゲット分子を光固定化しその後前記ターゲット分子を除去して得られる1又は2以上の選択的吸着領域と、を備える、ターゲット分子の吸着用担体が提供される。本発明の吸着用担体においては、2以上の前記選択的吸着領域を前記固相材料の表面上に配列して備えていてもよい。
【0020】
また、本発明によれば、ターゲット分子の吸着用担体を備える、検出デバイス、細胞増殖デバイス、タンパク質の回収デバイス、マイクロリアクターも提供される。さらに、本発明によれば、光応答性材料を含む固相材料を備える、ターゲット分子の吸着担体用材料も提供される。
【図面の簡単な説明】
【0021】
【図1】本発明の吸着用担体の製造工程の一例を示す図である。
【図2】実施例における吸着用担体の製造及び評価のフローを示す図である。
【図3】実施例において用いたタンパク質の種類とサイズとを示す図である。表中の番号は、図4に示すスポットのレイアウトにおけるスポット番号に対応する。なお、実施例1においてはBSAを用い、実施例2及び3ではHSAを用いた。
【図4】実施例におけるタンパク質スポットのレイアウトを示す図である。スポット番号3は、実施例1においてはBSAを用い、実施例2及び3ではHSAを表す。
【図5】蛍光強度によりIgGの再吸着を評価した結果を示す図である。スポット3はBSAである。
【図6】蛍光強度によりIgGの再吸着を評価した結果を示す図である。スポット3はHSAである。
【図7】蛍光強度によりHSAの再吸着を評価した結果を示す図である。スポット3はHSAである。
【図8】蛍光強度によりIgGの再吸着を評価した結果を示す図である。スポット3はHSAである。
【図9】蛍光強度によりHSAの再吸着を評価した結果を示す図である。スポット3はHSAである。
【図10】蛍光強度によりIgGの再吸着を評価した結果を示す図である。スポット3はHSAである。
【図11】蛍光強度によりHSAの再吸着を評価した結果を示す図である。スポット3はHSAである。
【発明を実施するための形態】
【0022】
本発明は、固相材料表面にターゲット分子を相互作用させ吸着させた後、前記固相材料表面から前記ターゲット分子を除去することを経て、表面に当該ターゲット分子を選択的に認識して吸着する領域を持つ固相材料を提供し、さらに、これをターゲット分子の吸着担体として提供するものである。本発明者らは、ターゲット分子を、予め準備された固相材料の表面に吸着させることで、固相材料の表面にターゲット分子を後に再吸着できるような特性を記録することができることを見出した。すなわち、本発明者らは、予め準備した固相材料の表面にターゲット分子を吸着させ、その後、固相材料の表面からターゲット分子を除去することで、ターゲット分子除去後のターゲット分子吸着領域を、ターゲット分子を再吸着できるターゲット分子の選択的吸着領域として用いることができることを見出した。
【0023】
なお、本明細書において、選択的吸着領域とは、一つのターゲット分子を選択的に分子認識して吸着する部位を少なくとも一つ有する領域である。また、択的吸着領域は、一つのターゲット分子に特異的な領域である。
【0024】
本発明によれば、予め準備された固相材料に対してターゲット分子を保持させるため、ターゲット分子の存在下でターゲット分子の鋳型を形成すると同時に固相材料を形成するという工程を必要としない。すなわち、ターゲット分子の存在下でのモノマーの重合工程や、ポリマー溶液でターゲット分子を囲繞した状態でポリマーを凝固させる工程を必要としない。このため、従来の問題であった分子認識能の向上とターゲット分子の除去容易性を両立できる。また、固相材料が予め準備されているため、より緩和な条件でターゲット分子の吸着特性を固相材料に記録でき、かつターゲット分子を除去できる。このため、ターゲット分子の機能を発揮できる環境において、固相材料表面と相互作用を行い吸着させ、固相材料に記録した分子認識能を損なわずにターゲット分子を除去することができる。こうしたことから、本発明によれば、より高い選択性と吸着率でターゲット分子を吸着できる吸着用担体を提供できる。また、所望の条件でターゲット分子を認識して吸着できる吸着用担体を提供できる。
【0025】
また、本発明によれば、予め準備した固相材料を用いるため、その表面の選択された領域でターゲット分子を供給したり、選択された領域でのみ固相材料表面との相互作用を生じさせたりすることで、固相材料の表面の任意の位置に選択的吸着領域を形成できる。このため、単一の固相材料の表面の任意の領域に同一又は異なるターゲット分子を吸着する複数の選択的吸着領域を容易に形成できる。複数の選択的吸着領域を配列させることもできる。
【0026】
さらに、本発明によれば、本発明の吸着工程を、光応答性材料を含む固相材料の表面又はその近傍にターゲット分子を供給し光照射して固相材料に表面に吸着する態様とすることができる。こうした吸着工程によれば、固相材料表面にターゲット分子の吸着による物理的な変形や表面の性質変化を容易に生じさせることができ、また、そのような変化等をターゲット分子除去後も容易に維持させておくことができる。このようなターゲット分子の吸着特性の記録性能により、認識能の高い固相担体を提供することが可能となる。さらにまた、光照射によれば、複数の選択的吸着領域を固相材料表面の任意の位置に容易に形成することができる。
【0027】
以下、本発明の各種実施形態について適宜図面を参照しながら詳細に説明する。図1は、本発明の一実施形態の概略を示す図であり、光照射による吸着工程と除去工程の一例を示す図である。
【0028】
(吸着用担体の製造方法)
本発明の吸着用担体の製造方法は、ターゲット分子を選択的に吸着する吸着用担体を製造することができる。すなわち、ターゲット分子の選択的吸着領域を有する固相材料を備える吸着用担体を製造することができる。本発明の製造方法は、ターゲット分子を固相材料の表面に供給して前記ターゲット分子との相互作用を前記表面に生じさせて前記表面に吸着させる工程(以下、単に吸着工程という。)と、前記固相材料の表面から前記ターゲット分子を除去する工程(以下、単に除去工程という。)と、を備えることができる。
【0029】
(吸着工程)
吸着工程は、ターゲット分子を固相材料の表面に供給してターゲット分子との相互作用をその表面に生じさせてターゲット分子をその表面に吸着させる工程とすることができる。図1(a)には、光照射によりターゲット分子を固相材料の表面に吸着(光固定)する工程を示す。
【0030】
(固相材料)
吸着工程で用いる固相材料は、ターゲット分子を吸着されるのに先立って準備される。固相材料は、一定条件下、その表面においてターゲット分子と相補的な相互作用を生じさせて吸着させる能力を有する材料である。固相材料は、相補的な相互作用が生じる前記一定条件下において、ターゲット分子と接触した部分においてのみ、当該ターゲット分子を表面に吸着させることができる性質を有する材料であることが好ましい。すなわち、ターゲット分子における固相材料との接触部分に特異的な相補的相互作用を生じるものであることが好ましい。
【0031】
ここで、相補的な相互作用とは、例えば、固相材料における以下のような変化を伴うものであることが好ましい。一つの変化は、固相材料表面にターゲット分子一部と相補的な空隙を形成する変形である。こうした変化を伴う相互作用によれば、固相材料表面にターゲット分子の形状に応じた選択的吸着領域(空隙)を形成できる。また、他の一つの変化は、固相材料表面にターゲット分子と親和性が向上するような性質変化である。こうした変化を伴う相互作用によれば、前記表面にターゲット分子の表面の官能基、極性、電荷若しくはこれらの立体配置に応じた選択的吸着領域を形成できる。例えば、こうした性質変化は、固相材料とターゲット分子との間の親水性相互作用、疎水性相互作用、静電的相互作用、双極子相互作用及びファンデルワールス力から選択される1つまたは2つ以上の作用により達成される。例えば、親水性相互作用は、固相材料中の水酸基、アミノ基、アミド基、カルボキシル基、スルホン酸基、リン酸基などに由来し、疎水性相互作用は、固相材料中のアルキル基、アリール基などの炭化水素基等に由来することができる。
【0032】
また、相補的な相互作用は、固相材料表面とターゲット分子との間の共有結合の形成を伴わないものであることが好ましく、また、固相材料内及びターゲット分子内での共有結合の形成を伴わないことが好ましい。相互作用によりターゲット分子や固相材料等に共有結合が生じると、当該結合形成時及びターゲット分子除去時において、ターゲット分子の構造や機能が変化するおそれがあり好ましくないからである。こうした相補的な相互作用の少なくとも一部は、ターゲット分子を固相材料から除去後も維持されるものであることが好ましい。
【0033】
(光応答性材料)
固相材料は、ターゲット分子の吸着方法にもよるが、光応答性材料を含むことが好ましい。光応答性材料を含むことで、後述するように、吸着工程において光照射を用いることによりターゲット分子を固相材料の表面に容易に吸着させることができる。光照射は、ターゲット分子と固相材料の表面において相補性の高い相互作用を生じさせることができると考えられる。
【0034】
光応答性材料としては、光応答性成分を含有する材料を用いることができる。光応答性材料は、適当なマトリックスに光応答性成分を有するものであってもよい。マトリックス(母相)は、光固定化可能に光応答性成分を保持できる限り、その材料は特に限定しない。例えば、低分子材料又は高分子材料を含む各種の有機材料、ガラスなどの無機材料、有機−無機複合材料等を用いることができる。光応答性成分のマトリックス中における分散性や保持能力等を考慮すると、マトリックスは樹脂又は樹脂組成物であることが好ましい。
【0035】
光応答性成分は、光により分子構造の変化又は分子配列の変化を生じる成分である。光により分子構造の変化が生じる現象は、フォトクロミズムと一般にいわれている。本発明で用いる光応答性成分としては、一般にフォトクロミック化合物といわれる化合物を用いることができるが、なかでも、光異性化を生じる化合物を用いることが好ましい。なお、光異性化等の分子構造変化を伴って又は光異性化等の分子構造変化を伴わないで光誘起配向、光会合等の分子配列の変化(特に異方的な変化)を生じる化合物も、固相材料表面での光固定化が可能である限り、本発明の光応答性成分として用いることができる。
【0036】
光応答性成分としては、光固定に関し公知の各種成分を用いることができる。例えば、トランス−シス光異性化を生じる成分等の光異性化化合物等があり、例えば、アゾ化合物、スピロピラン化合物、スピロオキサジン化合物、ジアリールエテン化合物などの有機化合物、カルコゲナイトガラスと総称される無機材料などが挙げられる。
【0037】
なかでも、光応答性成分としては、アゾ基(−N=N−)を有する色素構造を有するアゾ化合物を用いることが好ましい。アゾ化合物は、アゾ化合物は、光照射等によりシス−トランス異性化を起こし、この異性化による分子レベルの運動が光応答性層4を可塑化させて変形を容易にするからである。アゾ化合物としては、アゾベンゼンまたはアゾベンゼン誘導体から選択される1種又は2種以上が挙げられる。アゾベンゼン誘導体としては、例えば、アミノアゾベンゼンやその誘導体の構造を持つアミノ型アゾベンゼン化合物が挙げられる。アミノ型アゾベンゼン化合物は、典型的には、式(1)で表すことができる。式(1)中、Xは、水素原子又は電子吸引性置換基などの各種置換基を表し、好ましくは水素原子を表す。
【0038】
【化1】
【0039】
また、アゾベンゼン誘導体としては、例えば、式(2)及び式(3)に示すように、アゾベンゼン骨格の一方のベンゼン環に電子吸引性置換基(−CN、−NO2)が、他方に電子供与性置換基(−NR1R2)が結合した化合物(プッシュプル型アゾベンゼン)が挙げられる。こうした化合物は、光照射中にシス−トランスの異性化を繰り返し大きな可塑化作用(変形作用)を有すると考えられるため好ましい。
【0040】
【化2】
【0041】
【化3】
【0042】
式(1)〜(3)中、R1及びR2は、それぞれ独立して水素原子、置換基を表す。式(1)〜(3)において、置換基は、アルキル基、水酸基、ヒドロキシアルキル基、ハロゲン原子、ニトロ基、アミノ基、カルボキシル基、アリール基、アリル基、アルキルエステル基、アルキルエーテル基、アルキルアミノ基、アルキルアミド基、イソシアネート基、エポキシ基等を例示することができる。特に、R1及びR2における前記置換基の一方が、末端に重合性の二重結合等を有するアクリル酸やメタクリル酸等のアクリル系化合物及びその他の二重結合性成分であるときには、式(1)〜(3)は、二重結合性モノマーを表すことができるほか、前記二重結合性成分に由来する重合基を備える光応答性ポリマーを表す。また、R1及びR2における前記置換基の一方が、イソシアネート基、アミノ基、カルボキシル基、水酸基等の重縮合あるいは重付加性の重合性成分であるときは、式(1)〜(3)は、重合性モノマーを表すほか、前記重合性成分に由来する重合基を備える光応答性モノマーを表す。アゾ化合物である光応答性成分は、1種又は2種以上を組み合わせて用いることができる。
【0043】
なお、光応答性成分は、樹脂などのマトリックスの構成材料に共有結合などを介して連結されその一部となっていてもよいほか、マトリックスに分散される別個の成分であってもよい。光応答性層の加工性、可塑性を確保する観点からは、固相材料は、単量体ユニット中に光応答性成分を含有する高分子材料又は当該高分子材料を含む組成物であることが好ましい。光応答性成分を含む光応答性材料が高分子材料を含む場合には、式(1)等において、R1又はR2が重合基への連結基である場合などのように、光応答性成分は、高分子材料の一部(主鎖、側鎖あるいは修飾基)に含まれて存在することが好ましい。
【0044】
マトリックスとしては、特に限定しないで各種の熱可塑性又は熱硬化性ポリマーを用いることができる。こうした高分子材料は、光応答性成分等の共重合による導入性を考慮して使用されることが好ましい。したがって、例えば、(1)エチレン性モノマーなど二重結合を含有する重合性体の重合体であるアクリル系ポリマー、メタクリル系モノマー、ビニル系ポリマー、スチレン系ポリマー、(2)重合性官能基の重縮合により得られるアミド系ポリマー、エステル系ポリマー、(3)ウレタン系ポリマー、ウレア系ポリマーなど付加重合性ポリマーが挙げられる。これらのなかでも、アクリル系ポリマー、メタクリル系ポリマー及びアクリル−メタクリル系コポリマーを好ましく用いることができる。これらのポリマーは、抗体等のタンパク質を固定化する際の比特異的吸着が少ないため、抗体チップなどにおいてバックグラウンドシグナルを抑制できるため、高感度測定が可能となる。式(1)〜(3)などのアゾ化合物系の光応答性成分は二重結合性のモノマーとして、ホモポリマー又はMMA等の二重結合性モノマーとのコポリマーとして使用することが好ましい。
【0045】
マトリックスは、光応答性成分の分子構造変化等によって結果として形状変形(以下、光変形ともいう)を生じるように構成されていることが好ましい。本明細書において光変形とは、通常のマクロな意味での形状変化のほか、分子レベルでの運動によるターゲット分子と固相材料表面との絡み合いなどによる変形も含む。このような変形の中には、変形量や変形形態の問題から通常の観察手段によっては明瞭に観察できないものもある。光変形は、光応答性成分がマトリックス材料中に存在することにより、光照射時に、例えば、マトリックス材料又は光応答性成分の体積、密度、自由体積などが変化することにより誘起されることにより生じると考えられる。
【0046】
固相材料10の三次元形態は特に限定しない。フィルム状体、シート状体、板状体のほか、球状体、不定形状体、針状体、棒状体、薄片状体などの各種の形状を採ることができる。固相材料10がフィルム状、シート状、平板状などの平面状の表面を備える場合には、ターゲット分子をその表面に例えば、アレイ状に供給し吸着させることで、選択的吸着領域をアレイ状等に配列して形成することができるようになる。
【0047】
その他、本発明において使用可能な光応答性成分又は光応答性成分を含有する樹脂または樹脂組成物としては、特開2003−329682号公報、特開2004−93996号公報及び特開2004−251801号公報に記載の担体や光固定化材料を用いることができる。また、本明細書には、特開2003−329682号公報、特開2004−93996号公報、特開2004−251801号公報、特開2006−233004号、特開2006−321719号及び特開2007−51998号に記載されるすべての事項が引用により取り込まれるものとする。
【0048】
(ターゲット分子)
ターゲット分子は、特に限定しないが、例えば、無機材料、有機材料群、生体材料、生体材料及び生物材料並びにこれらを2種類上組み合わせた複合材料が挙げられる。無機材料としては、少なくとも金属、金属酸化物、半導体、セラミックス、ガラスが挙げられる。ターゲット分子は1種類であってもよいし、2種類以上を組み合わせて用いてもよい。
【0049】
有機材料としては、いわゆるプラスチックを含んでいる。プラスチックは、各種形態を採ることができる。プラスチックは、固相の粒子であるほか、溶液又は懸濁液中の粒子の形態であってもよい。さらに、プラスチック粒子は、単相の粒子であってもよいし、マトリックス状であっても、カプセル状であってもよい。また、有機材料には、抗菌性、抗炎症性、各種の生体プロセスのブロック作用、ある種のアゴニスト又はアンタゴニストであるなど生理活性を有する有機化合物を包含してもよい。これらは低分子化合物であっても1種あるいは2種以上の単量体ユニットを有する高分子化合物であってもよい。
【0050】
生体材料としては、タンパク質、核酸、糖類、脂質及び骨形成材料並びにこれらから選択される2種以上の集合体が挙げられる。これらの生体材料は、生体を構成する分子及びその改変体並びにこれらの多量体を含んでいる。また、生体材料は、生体から採取されたものに限定されず、生体から採取され人工的な改変が施されたものであっても、人工的に合成されたものであってもよい。これらの生体材料は、蛍光色素などの色素を含む標識が結合されたものであってもよい。タンパク質とは、本明細書において使用する場合、任意のサイズ、構造、または機能の、タンパク質、ポリペプチド、およびペプチドをいう。しかし、代表的には、タンパク質は、少なくとも約6アミノ酸長である。好ましくは、少なくとも約10アミノ酸残基長である。タンパク質は、天然由来であってもよいし、化学的に合成されたものであってもよいし、遺伝子工学的に合成されたものであってもよいし、これらを組み合わせて得られるものであってもよい。さらに、タンパク質は、非天然アミノ酸を含有していてもよい。タンパク質はまた、天然に存在するタンパク質またはそのフラグメントでもあってもよい。タンパク質のフラグメントは、例えば、培養細胞から単離された全長タンパク質の消化を行うことによって得られるポリペプチドが挙げられる。タンパク質は、単一の分子であっても、複数の分子の複合体であってもよい。複合体としては、活性型及び不活性型のタンパク質の双方を含むとともに、複数のタンパク質を共有結合他各種の結合様式で集合化されて複数のユニットとして有する集合体を含んでいる。タンパク質及びその集合体としては、例えば、各種タンパク質、酵素、抗原、抗体、レクチン又は細胞膜レセプターが挙げられる。さらに、タンパク質には、糖鎖などのアミノ酸残基以外の化合物が結合していてもよい。なお、本明細書において「抗体」とは、天然の又は全体的若しくは部分的に合成的に産生された免疫グロブリンを意味する。特異的結合能を保持するその全ての誘導体も包含される。この用語はまた、免疫グロブリンの結合ドメインに相同か、または高度に相同な結合ドメインを有する任意のタンパク質を含む(キメラ抗体およびヒト化抗体を含む)。抗体は、モノクローナル抗体またはポリクローナル抗体であってもよい。抗体は、任意の免疫グロブリンクラスのメンバーであり得、任意のクラス(IgG、IgM、IgA、IgDおよびIgE)を含む。IgGクラスの誘導体が本発明において好ましい。また、核酸は、1本鎖あるいは2本鎖以上、あるいは一部に1本鎖を有するDNA、RNAのほか、人工的な核酸を含んでいる。核酸としては、例えば、ゲノムDNA及びそのマイクロサテライト部あるいは任意の遺伝子の少なくとも一部を含む断片、cDNA及びその断片、mRNA及びその断片のほか、一塩基多型部位など変異部位を含むDNA(cDNA含む)断片、制限酵素部位を含むDNA断片が挙げられる。また、核酸は、オリゴヌクレオチドであってもよいしポリヌクレオチドであってもよい。糖類としては、単糖類、オリゴ糖及び多糖類が挙げられる。糖類には、生体内においてタンパク質や脂質と結合している糖鎖及びその一部も含んでいる。脂質としては、例えば、リポタンパク質、リポ多糖類などにおける脂質鎖あるいはその一部を含んでいる。骨形成材料としては、カルシウムの各種リン酸塩など無機化合物が挙げられる。
【0051】
生物材料は、少なくとも各種の生物細胞及びその一部、組織及び生物体を含んでいる。これらはいずれも、生活状態にあってもよいし、生活状態になくてもよい。生物細胞としては、哺乳動物及び非哺乳動物の任意の動物細胞、植物体の任意の細胞、真菌、酵母、細菌、ウイルスなどの各種の生物の細胞を含んでいる。さらに、生物細胞の一部とは、これらの生物細胞内に存在する各種オルガネラのほか、生物細胞の膜、オルガネラの一部を含んでいる。また、組織とは、生物細胞の集合体であり、動物の一部及び動物の各種臓器(皮膚を含む)を構成する組織並びに植物体の一部及び器官を含んでいる。さらに、生物体とは、生物として繁殖あるいは増殖可能な一つの単位体を意味している。生物体としては、例えば、受精卵、微生物細胞やウイルスが挙げられる。これらの生物材料は、遺伝子工学又は化学的など人工的に修飾されたものであってもよい。
【0052】
本発明においては、ターゲット分子としては、生体材料や生物材料を用いることが好ましい。本発明によれば、選択性の高い選択的吸着領域を形成できるからであり、また、こうした生体材料や生物材料の活性のある状態での吸着が可能であるからである。こうしたターゲット分子としては、例えば、各種タンパク質、抗体、酵素、抗原タンパク質、レセプタータンパク質等が挙げられる。また、糖鎖、ポリヌクレオチド、オルガネラ、細菌、ウイルス及びこれらの2種以上の集合体が挙げられる。
【0053】
ターゲット分子は、平均の最大寸法(典型的には直径等の粒径として計測されうる)が1mm以下であることが好ましく、より好ましくは100μm以下、さらに好ましくは50μm以下、とりわけ好ましくは10μm以下のサイズのものを対象とすることができる。また、ターゲット分子は、好ましくは1nm以上の大きさである。
【0054】
吸着工程では、ターゲット分子を固相材料の表面に供給してターゲット分子との相互作用を前記表面に生じさせてターゲット分子を前記表面に吸着させる。吸着工程は、固相材料の表面にターゲット分子を除去した後の領域に選択的吸着領域を形成可能なように実施する。好ましい相互作用は既に説明した。こうした相互作用を生じさせてターゲット分子を固相材料の表面に吸着させることができるような手段としては、光照射、加熱等が挙げられる。
【0055】
相互作用の発現に先立って、固相材料の表面又はその近傍へのターゲット分子が供給される。ターゲット分子の供給形態は、特に限定されないが、液状媒体を介してターゲット分子を供給することが好ましい。より具体的には、ターゲット分子を液状媒体に溶解又は懸濁させた状態で適用することが好ましい。液状媒体を利用すると、固相材料の表面にターゲット分子を容易に展開させることができ、かつ、ターゲット分子をその構造(例えば、ターゲット分子がポリペプチドの場合など、その二次構造等)を維持して固定化することが可能であるからである。こうした観点から、液状媒体としては、ターゲット分子の構造を維持可能なものであることが好ましい。
【0056】
こうしたターゲット含有液体と固相材料の表面とを接触させることで、固相材料の表面にターゲット分子は供給される。本発明においては、予め準備した固相材料を用いているため、固相材料表面の選択された領域に対してターゲット分子を供給することができる。たとえば、固相材料がシート状、フィルム状、平板状等、平面的な表面を有する場合には、当該表面にドット状、ストリーム状、これら以外の他の任意の態様、及びこれらを組み合わせた態様で、1種又は2種以上のターゲット分子を供給することができる。こうすることで、選択的吸着領域を固相材料表面の選択した領域にのみ形成することができる。また、1種類のターゲット分子につき複数個の選択的吸着領域をアレイ状等に配列して形成することもできるし、2種類以上のターゲット分子につき、それぞれ1又は2以上の選択的吸着領域をアレイ状等に配列して形成することもできる。なお、こうした態様でターゲット分子を供給するには、インクジェット方式やピン方式などの公知の液体供給方式を用いることができる。
【0057】
固相材料の表面とターゲット分子との間で相互作用を生じさせるには、固相材料として光応答性材料を含むものを用い、光照射を行うことが好ましい。光照射によれば、固相材料の変形及び/又は性質変化を伴う相補的な相互作用を固相材料表面とターゲット分子との間に生じさせうると考えられ、分子認識能の高い選択的吸着領域を形成できると考えられるからである。また、極めて緩和な条件でターゲット分子と固相材料表面との間に相互作用を生じて、ターゲット分子が固相材料に吸着(光固定)されるからである。また、光固定によれば、固定化後のターゲット分子の除去も容易であるからである。さらに、光照射した領域のみにおいて、相互作用を生じさせターゲット分子を吸着させることができる。
【0058】
光照射による吸着は、乾燥状態のほか、液状媒体の存在下で達成される。既に説明したようにターゲット分子の立体構造等を維持して吸着させるには、液状媒体の存在下で光照射することが好ましい。こうした液状媒体としては、(1)水、(2)水と有機溶媒との混液、(3)塩(緩衝性の塩を含む)、酸、アルカリ及び界面活性剤から選択される1種又は2種以上と水及び/又は有機溶媒との混液を、適宜用いることができる。液状媒体は、水又は水を主媒体とすることが好ましい。液状媒体に添加される成分は、ターゲット分子の種類に応じて適宜選択されるが、ターゲット分子の安定性やターゲット分子と固相材料との相互作用を高めるようなものが選択される。液状媒体では、例えば、pH、電解質濃度、極性などが調整される。なお、有機溶媒は、水と相溶性のある有機溶媒である水性溶媒、非水性溶媒を単独であるいは組み合わせて用いることができる。ターゲット分子が生体材料又は生物材料である場合には、その生物学的活性を維持するのに十分緩和なものとすることが好ましい。すなわち、pH4.5〜7.5以下程度、塩濃度も生理食塩液程度とすることができる。こうした液状媒体は、光照射に先立つターゲット分子の固相材料への供給にも用いることができる。
【0059】
固相材料の表面又はその近傍のターゲット分子に光照射することでターゲット分子を固相材料の表面に固定化できる。光固定のための光照射の方法は特に限定しない。各種の伝播光、近接場光又はエバネッセント光などの任意の光がターゲット分子が存在する固相材料の表面又はその近傍に到達するように照射すればよい。光固定に用いる波長域は、光応答性成分において分子構造又は分子配列の変化を生じさせる波長域であればよい。こうした波長域に関する情報は、各種の入手可能な光応答性成分について容易に取得できるか又は使用に際して確認することができる。典型的には、波長400nm〜700nm程度で、1分から240分程度、光強度1〜100mW/cm2程度とすることができ、20℃から40℃程度の室温近傍で実施が可能である。さらに、光照射は公知の手法を用いて固相材料上の一部に対して選択的に行うことで、吸着領域を選択することもできる。
【0060】
光照射は、固相材料表面の全体に対して行うこともできるし、選択された領域に対してのみ行うこともできる。固相材料表面の全体に対して光照射するとき、固相材料表面又はその近傍にあるターゲット分子が固相材料表面に固定化される。既に説明したように、固相材料表面の選択された領域(例えば、ドット状等)にのみターゲット分子が供給されていた場合には、当該領域においてのみターゲット分子が固定化される。一方、固相材料表面の選択された領域のみ光照射するとき、当該光照射領域においてのみターゲット分子が固定化される。したがって、固相材料表面の全体にターゲット分子が供給されていても、光照射した領域においてのみターゲット分子が固定化される。このように、予め準備した固相材料表面に対するターゲット分子の選択的供給及び選択的光照射、又はこれらのいずれか一方を用いることで、固相材料表面の選択した領域に1又は2以上の選択的吸着領域を容易に形成できる。
【0061】
なお、光固定のための光照射については、特開2003−329682号公報、特開2004−93996号公報及び特開2004−251801号公報に既に記載される照射光や光照射方法を採用することができる。光固定化については、特開2003−329682号公報、特開2004−93996号公報及び特開2004−251801号公報において本出願人が開示しており、これらの方法を本発明における光固定化にも適用することができる。
【0062】
吸着工程を実施することで、固相材料の表面にターゲット分子が吸着される。ターゲット分子が固相材料表面において吸着されることで、固相材料のターゲット分子吸着表面には、相互作用に基づく変形や性質変化を記録した領域が形成される。光照射でターゲット分子を固相材料表面に吸着させた場合には、光照射に基づく相互作用により、固相材料の表面の変形及び/又は性質変化を記録した領域を緩和な条件でかつ分子認識能が高くなるよう形成できる。特に、光照射によれば、固相材料の表面の変形を伴うことができるため、ターゲット分子吸着領域に容易にターゲット分子の一部と相補的な空隙を形成することができる。
【0063】
また、こうしたターゲット分子吸着領域において生じている相互作用は、その後のターゲット分子除去工程においても維持される。光照射により固相材料にターゲット分子が吸着された場合には、こうした相互作用は、固相材料に対するガラス転移点を越える温度以上の加熱、固相材料に生じた相互作用を緩和ないし消去させる程度の光照射、固相材料に他のターゲット分子を供給して光固定がなされて新たな相互作用を生じさせない限り維持される。なお、ターゲット分子が吸着されたかどうかは、吸着時に用いた液状媒体等の適当な液体で洗浄することで未吸着のターゲット分子を除去したときに固相材料表面にターゲット分子が残留していることで確認できる。
【0064】
(除去工程)
本発明においては、ターゲット分子を固相材料表面に相互作用させる工程に続き、当該ターゲット分子を除去する。固相材料表面からターゲット分子を除去することで、ターゲット分子が吸着後除去された領域は、ターゲット分子を選択的に吸着可能な領域として用いることができる。図1(b)には、光照射によりターゲット分子を固相材料の表面に吸着(光固定)後、ターゲット分子を洗浄により除去した状態を示している。
【0065】
除去工程では、吸着または固定されたターゲット分子の物性を保持する必要はないが、ターゲット分子との相互作用が記録された領域(吸着領域)の変化の少なくとも一部を維持する範囲でターゲット分子を除去するようにする。本発明の吸着工程においては、予め準備した固相材料の表面にターゲット分子を吸着しており、ターゲット分子を囲繞するように固相材料を成形したものではないので、ターゲット分子は従来に比して容易に除去される。このため、固相材料における相互作用の記録内容は、維持されやすくなっている。
【0066】
ターゲット分子の除去条件は、特に限定されないで、固相材料及びターゲット分子の種類に応じ適宜設定できる。例えば、ターゲット分子の変性や分解等、固相材料との相互作用をターゲット分子側において弱めるような処理が挙げられる。具体的には、固相材料表面のターゲット吸着領域に記録された変化を消失させない範囲で、加熱、超音波照射などを伴っていてもよい。また、ターゲット分子を酵素などで分解等して低分子化したりするなど、相互作用の起因となった構造等を変化させることで固相材料から除去する方法も挙げられる。例えば、ターゲット分子がタンパク質の場合に、当該ターゲット分子をプロテアーゼで分解して除去する方法が挙げられる。
【0067】
また、例えば、除去工程としては、ターゲット分子を吸着した固相材料の表面に、ターゲット分子の除去に有効な除去用媒体を供給してターゲットを洗浄除去することが挙げられる。除去用媒体としては、ターゲット分子を溶解するなどターゲット分子と親和性の高い媒体が挙げられる。こうした除去用媒体としては、例えば、水のほか、界面活性剤、塩、酸及びアルカリから選択される1種又は2種以上を含む水溶液から選択されるいずれかを含むことが好ましい。除去用媒体は、必要に応じて、有機溶媒を含んでいてもよい。ターゲット分子がタンパク質等の場合には、タンパク質を溶解、分解、変性させるように除去用媒体を調製することができる。除去用媒体としては、典型的には、緩衝液、界面活性剤を含む緩衝液等が挙げられる。ターゲット分子を光固定した場合、こうした除去用媒体と適宜接触させることで、ターゲット分子は容易に除去され、相互作用の記録内容は維持される。一方、光固定により生じた光応答性材料を含む固相材料の表面の変化は光照射に基づいているので、容易に消去されない。
【0068】
除去工程の実施により、固相材料の表面からターゲット分子が除去されると、ターゲット分子の吸着領域が露出される。ターゲット分子除去後の吸着領域は、ターゲット分子を吸着させた際の相互作用に基づく変化(変形や性質変化)の少なくとも一部を記録している。すなわち、露出された吸着領域は、ターゲット分子の分子認識部位を有している。このため、この領域を、ターゲット分子を吸着させるための選択的吸着領域として利用できる。
【0069】
本発明の製造方法によれば、予め準備した固相材料に対してターゲット分子を供給し、相互作用を生じさせてターゲット分子をその表面に吸着させ、その後ターゲット分子を除去することで、ターゲット分子の吸着用担体を得ることができる。このため、ターゲット分子の認識能とターゲット分子除去容易性とを両立できるとともに、より緩和な条件でターゲット分子を吸着し除去できるため、意図したターゲット分子を効率的に吸着できる吸着用担体を得ることができる。
【0070】
さらに、本発明の製造方法によれば、固相材料表面の任意の位置に1種又は2種以上のターゲット分子の1又は2以上の選択的吸着領域を容易に形成することができる。特に、2以上の選択的吸着領域をアレイ状等、任意の形態で配列して形成することができる。このため、多量のターゲット分子を効率的に吸着したり、複数のターゲット分子をそれぞれ同一の固相材料表面上の特定の位置に吸着させたりできる吸着用担体を容易に形成できる。
【0071】
なお、吸着工程及び除去工程は、2セット以上繰り返し実施することができる。例えば、固相材料として平面状の表面を有する材料を用いる場合、最初の吸着工程及び除去工程を、固相材料表面の第1の領域に対して実施し、2回目の吸着工程及び除去工程を、第1の領域とは異なる第2の領域に対して実施することもできる。こうした固相材料表面上の異なる領域への吸着工程及び除去工程は、吸着工程において光照射を用いることで容易に実施できる。
【0072】
また、光照射による吸着工程及び除去工程の実施後の固相材料のほか、使用済み吸着用担体など、既に光照射による選択的吸着領域を有している固相材料も、本発明の製造方法における固相材料として用いることができる。こうした固相材料の表面に対して、それまでと同一又は異なるターゲット分子を供給して光照射すると、新たな相互作用がターゲット分子と固相材料表面との間に生じると同時にそれまでにあった選択的吸着領域における変化は消失する。これにより、固相材料表面に新たに選択的吸着領域を新生することができる。
【0073】
(吸着用担体)
本発明の吸着用担体は、上記した本発明の製造方法によって得られる。既に説明したように、本発明の製造方法によって得られる吸着用担体は、あらかじめ準備した固相材料の表面にターゲット分子を吸着後除去して得られるものであるため、高い選択性と吸着率を備えることができる。また、選択的吸着領域を任意の配置形態で備えることができる。
【0074】
また、本発明の吸着用担体は、光応答性材料を含有する固相材料と、前記固相材料の表面に1種又は2種以上のターゲット分子を光固定化しその後前記ターゲット分子を除去して得られる1又は2以上の選択的吸着領域と、を備えることができる。本発明の吸着用担体によれば、ターゲット分子の光固定化時の固相材料表面の変形及び/又は性質変化を利用して、ターゲット分子を再吸着することができる。光固定化時のターゲット分子と固相材料との相互作用は、特異的であるため、高い選択性でターゲット分子を効率よく吸着できる。また、光固定は、ターゲット分子の性質を損なわないでかつ十分強固に固相材料表面にターゲット分子を吸着するものであるから、本発明の吸着用担体によってターゲット分子を吸着したときも同様の吸着状態を得ることができる。光照射により選択的吸着領域が形成されている場合には、この表面に対して改めて別のターゲット分子の吸着工程及び除去工程を実施することで、それまであった選択的吸着領域を消去し、別のターゲット分子に対する選択的吸着領域を付与して、最利用することができる。
【0075】
本発明の吸着用担体におけるターゲット分子、光応答性材料、固相材料、光照射(光固定)、選択的吸着領域等については、既に説明した本発明の製造方法等における各種実施態様をそのまま適用することができる。
【0076】
本発明の吸着用担体は、2以上の選択的吸着領域を前記固相材料の表面上に配列して備えることができる。係る吸着用担体によれば、一つの固相材料上において多量のターゲット分子の効率的な吸着や2種類以上のターゲット分子を独立して吸着することが可能となる。特に、平面状の表面を有する固相材料表面に、アレイ状等に複数の選択的吸着領域に配列されているときには、種々の用途に有用である。
【0077】
本発明の吸着用担体の選択的吸着領域にターゲット分子を吸着させる方法は特に限定されない。ターゲット分子と固相材料表面とを接触可能に固相材料の表面にターゲット分子の溶液を供給すればよい。本発明の吸着用担体によれば、水性媒体など緩和な条件下で、高い選択性と効率でターゲット分子を吸着することができる。例えば、タンパク質などのターゲット分子を含む緩衝液を数十分から数時間程度、固相材料表面と接触させればよい。また、ターゲット分子の選択的吸着領域への吸着は、平衡反応と考えられることから、pH、イオン強度、ターゲット分子の種類や濃度によって、選択的吸着領域に捕捉させるターゲット分子量等をコントロールすることができる。
【0078】
本発明の吸着用担体は、1種又は2種以上のターゲット分子の検出デバイスとして有用である。本発明の吸着用担体を備える検出デバイスは、ターゲット分子に対して高い選択性と吸着率を有するため、高感度にターゲット分子を検出することができる。検出デバイスにおける固相材料の三次元形態は特に限定されない。この種の吸着用担体は、粒子状の固相材料の表面に選択的吸着領域を有するものでもよいが、平面状の表面を有する固相材料であり、当該表面の特定位置に特定のターゲット分子の選択的吸着領域をアレイ状等に配列したものを用いることが好ましい。こうした形態であると、複数のターゲット分子の同時検出が可能であるからである。なお、本発明のターゲット分子の検出デバイスは、ターゲット分子が疾患に関連する場合には、当該疾患に関する診断用のデバイスとして有用である。
【0079】
また、本発明の吸着用担体は、細胞増殖デバイスとして有用である。本発明の吸着用担体を備える細胞増殖デバイスは、ターゲット分子を、例えば、増殖させようとする細胞及び/又は当該細胞の増殖に有用な材料とすることができる。ターゲット分子が細胞の場合、本発明の細胞増殖デバイスによれば、特別な細胞接着性材料や処理を用いなくても接着性細胞を接着して増殖させることができる。また、選択的吸着領域が形成された領域でのみ細胞を増殖させることができ特定の位置で細胞を増殖させることができるため、任意の培養形態を培養細胞層に付与できる。さらに、ターゲット分子を2種以上の細胞とし、それぞれにつき選択的吸着領域を有するとき、異なる細胞を同一固相材料上の異なる位置に配置して増殖させることができる。さらにまた、ターゲット分子が細胞の増殖(接着)に必要な材料(ペプチド、タンパク質や糖類等)であるとき、かかる材料を有する細胞培養表面を形成できる。また、この態様の細胞増殖デバイスにおいても、細胞増殖領域を選択的吸着領域に制限することもできる。
【0080】
この種の細胞増殖デバイスにおける固相材料の三次元形態は、特に限定しないが、平面状の表面を有すると、一般的な細胞増殖プレートとして用いることができる。また、所望の三次元形態を有する固相材料の表面(外表面及び/又は内表面)に選択的吸着領域を有するものであってもよい。こうした三次元形態の吸着用担体は、立体構造を有する培養細胞組織を形成するときのスキャホールドとして用いることができる。
【0081】
本発明の吸着用担体は、タンパク質の回収デバイスとして有用である。本発明の吸着用担体を備えるタンパク質の回収デバイスは、例えば、ターゲット分子を、抗体、酵素、抗原タンパク質等の所定のタンパク質とすることができる。かかる回収デバイスによれば、ターゲット分子に対して高い選択性でターゲット分子であるタンパク質を効率的に回収できる。タンパク質回収デバイスにおける固相材料の三次元形態は特に限定されないが、回収効率等を考慮すると、粒状等の表面積が大きくカラム等に適用しやすい形態が好ましい。
【0082】
本発明の吸着用担体は、マイクロリアクターとして有用である。本発明の吸着用担体を備えるマイクロリアクターにおけるターゲット分子は、マイクロリアクターにおける反応基質、生成物、あるいは触媒等の構成要素とすることができる。例えば、ターゲット分子を、酵素、抗体等のタンパク質のほか、酵素等の基質や生成物等とすることができる。かかるマイクロリアクターによれば、マイクロリアクターの1又は2以上の構成要素を、所望の位置に選択的に吸着して特定部位に特定機能を容易に付与することができるため、効率的に反応を進行させることができる。マイクロリアクターにおける固相材料の三次元形態は特に限定されないが、反応流路の形成を考慮すると、平面状の表面を有することが好ましい。また、こうしたマイクロリアクターの一構成要素を本発明の吸着用担体で構成するときには、当該機能を発現可能な三次元形態であればよい。
【0083】
以上のことから、本発明によれば、本発明の吸着用担体の固相材料表面に、ターゲット分子を供給して選択的吸着領域にターゲット分子を吸着させる工程を有する、ターゲット分子の吸着方法(吸着用担体の使用方法)が提供される。本発明の吸着方法は、本発明の吸着用担体の各種態様に応じた各種の方法として有用である。すなわち、本発明の吸着方法は、検出用デバイスの使用方法(診断方法を含む)(ターゲット分子の検出方法)、細胞増殖デバイスの使用方法(細胞増殖方法、細胞増殖体の製造方法)、回収デバイスの使用方法(タンパク質の回収方法)、マイクロリアクターの使用方法(反応方法、反応生成物の製造方法)等としても有用である。
【0084】
また、本発明によれば、本発明の吸着用担体の選択的吸着領域にターゲット分子を吸着して得られる、ターゲット分子が吸着された固相体も提供される。この固相体は、高い選択性と効率でターゲット分子を吸着する一方、洗浄等により容易にターゲット分子を除去できる。さらに、固相材料表面に新たなターゲット分子を選択的吸着可能な選択的吸着領域を新生することができる。
【0085】
(ターゲット分子の吸着担体用材料)
本発明のターゲット分子吸着担体用材料は、光応答性材料を含む固相材料を備えることができる。本発明の吸着担体用材料によれば、この固相材料の表面にターゲット分子を供給して光照射して吸着させ、その後除去することで、ターゲット分子を選択的に吸着する選択的吸着領域を備える吸着担体を作製できる。こうした吸着担体用材料における光応答性材料及び固相材料については、既に説明した本発明の製造方法等における各種実施態様をそのまま適用することができる。
【実施例】
【0086】
以下、実施例に基づいて本発明をより具体的に説明するが、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。
【実施例1】
【0087】
(固相材料の準備)
下記の式に示すポリメタクリレート系高分子化合物(m:n=15:85)を用いて、ガラス基板上に厚さ約40nmの薄膜を作製し、その膜面を固相材料表面とする膜状の固相材料を準備した。
【0088】
【化4】
【0089】
(アゾポリマースライドへタンパク質の吸着(固定化))
サイズの異なるタンパク質((1)リボヌクレアーゼA、(2)抗体(IgG)、(3)ウシ血清アルブミン(BSA)またはヒト血清アルブミン(HSA)、(4)リゾチーム、(5)カタラーゼ、(6)フェリチン、(7)チログロブリン、図3参照)を0.01% Tween20含有リン酸緩衝液(TPBS)により希釈し10μg/mLとした溶液を、図4に示す所定のレイアウトに従ってアゾポリマースライド上に滴下した。減圧下水分を留去したのち、Lumifix(極大波長470nm、20mW/cm2)により30分間光照射し、タンパク質をアゾポリマースライド上に吸着させた(固定化した)。その後、スライドをTPBSに浸漬し5分間の撹拌洗浄を3回行うことで、余剰のタンパク質を除去し、各種タンパク質が吸着されたアゾポリマースライドを得た(図2(a)参照)。
【0090】
(タンパク質の除去)
タンパク質を吸着させたスライドを撹拌している2wt%のドデシル硫酸ナトリウムのリン酸緩衝液(SDS/PBS)中に投入し、撹拌洗浄を行った。一定時間洗浄後にスライドを取り出し水洗後乾燥した(図2(b)参照)。
【0091】
(タンパク質の再吸着能評価)
図2(c)に示すように、タンパク質除去後のスライドの半面(図4に示すスライドの下半分の領域)にギャップカバーグラスを利用して抗体のTPBS溶液(10μg/ml)をのせ、2時間静置した。(図2(c)参照)。PBS溶液中で注意深くギャップカバーグラスを取り除いた後、TPBS溶液に浸漬し1分間の撹拌洗浄を2回行った。続いて、Cy5で標識された抗体のゼラチン溶液を、ギャップカバーグラスを利用してアゾポリマースライド全面にのせ、スライド上にある抗体を免疫反応することにより蛍光ラベル化した。(図2(d)参照)。
【0092】
30分反応した後、アゾポリマースライドをTPBSに浸漬し1分間の撹拌洗浄を2回行った。その後に、市販のアレイスキャナーでスライドグラス上の蛍光を計測した。結果を図5に示す。
【0093】
図5に示すように、IgGを光固定後除去した領域は、洗浄により除去しきれなかったIgGが存在した。しかし、再吸着を行うことで他のタンパク質部分よりも多くのIgGが再吸着したことが明らかになった。図4及び図5において、「8」はタンパク質を含まない溶液をスポットした部分でありタンパク質は固定化されていないが、この部分への再吸着は全く生じていなかった。このことから、溶液と接触しただけではIgGとの親和性は生じず、IgGを光固定後除去した領域のみがIgGと親和性を持ち再吸着することが明らかになった。
【実施例2】
【0094】
(タンパク質の再吸着及び選択性の評価)
本実施例では、実施例1と同様にして各種サイズのタンパク質をスポットし、光照射して光固定し、除去した。これらの工程を同様に実施したアゾポリマースライドを2枚準備し、それぞれをスライドA、スライドBとした。スライドAの下半分領域に、固定化したタンパク質の一つであるIgGのTPBS溶液(10μg/ml)をのせた。また、スライドBの下半分領域には、さらに他の一つのタンパク質であるHSAのTPBS溶液(10μg/ml)をのせた。これらのスライドA,Bを、それぞれ2時間静置した。
【0095】
TPBS溶液中で注意深くギャップカバーグラスを取り除いた後、TPBS溶液に浸漬し1分間の撹拌洗浄を2回行った。続いて、スライドAの全面に、Cy5標識されたantiIgG抗体のゼラチン溶液をのせ、スライド上にあるIgGと免疫反応することにより蛍光ラベル化した。また、スライドBの全面に、Cy5標識されたantiHSA抗体のゼラチン溶液をのせ、スライド上にあるHSAと免疫反応することにより蛍光ラベル化した。スライドA、Bともに30分間反応した後、アゾポリマースライドをTPBSに浸漬し1分間の撹拌洗浄を2回行った。その後、市販のアレイスキャナーでスライドグラス上の蛍光を計測した。結果を図6及び図7に示す。
【0096】
図6はスライドAの結果である。antiIgG抗体との反応において、IgGを吸着させた領域(図4及び図6中「2」で表示されている。)への効果的な再吸着が示された。図7はスライドBの結果である。antiHSA抗体との反応において、HSAを吸着させた領域(図4及び図7中「3」で表示されている。)への効果的な再吸着が示された。さらに、図6及び7を比較すると、IgGを吸着させた領域へのHSAの再吸着は生じておらず、同様にHSAを吸着させた領域へのIgGの再吸着も生じていなかった。
【0097】
以上のことから、IgGおよびHSAがそれぞれを吸着させ除去した部分に、それぞれが特異的に再吸着することがわかった。これらのことから、これらタンパク質を吸着し除去した領域には、表面に吸着可能な領域が存在していることがわかる。本発明者らによれば、微小物体を光応答性材料の光固定化しその後除去すると、当該微小物体の形状の一部に倣った空隙が光応答性材料表面に形成されることがわかっている。したがって、タンパク質を光固定しその後除去した領域には、タンパク質の一部の形状に倣った空隙が形成されていると考えられた。また、IgGを固定化した領域はIgGのみ、HSAを固定化した領域はHSAのみを再吸着していることから、本手法により形成された領域はタンパク質を選択的に吸着する性質を有することが明らかになった。
【実施例3】
【0098】
(鋳型濃度および再吸着タンパク質濃度の効果)
本実施例では、実施例1においてタンパク質の濃度を1μg/mLとしたスライドを作製し、実施例2と同様の工程を経て再吸着量を評価した。再吸着タンパク質濃度は10μg/mLである。結果を図8及び図9に示す。なお、固定化のためのタンパク質濃度を10μg/mlとし、再吸着タンパク質濃度を1μg/mlとする以外は、実施例1及び実施例2と同様に操作して再吸着量を評価した。これらの結果を図10及び図11に示す。
【0099】
図8はスライドAの結果であり、IgGの吸着領域へIgGが効果的に再吸着することが明らかとなった。図9はスライドBの結果であり、HSAの吸着領域へHSAが効果的に再吸着することが明らかとなった。このように、吸着時のタンパク質濃度が低く(1μg/ml)でも、10μg/mLの場合と同様に再吸着が生じていることが明らかとなった。
【0100】
また、図10はスライドAの結果であり、IgGの吸着領域へIgGの顕著な再吸着は観測されなかった。図11はスライドBの結果であり、HSAの吸着領域へHSAの顕著な再吸着は観測されなかった。
【0101】
これらの結果から、再吸着工程は非可逆的なものではなく、平衡過程で進行していることが示唆された。
【0102】
以上の実施例においては、本発明の表面に当該ターゲット分子を選択的に吸着する領域を持つ固相材料の提供方法および認識能評価に関する好適な実施形態について説明したが、本発明の固相材料及びその製造方法は上記実施例に限定されるものではない。
【特許請求の範囲】
【請求項1】
1種又は2種以上のターゲット分子の1又は2以上の選択的吸着領域を有する吸着用担体の製造方法であって、
以下の工程;
(a)ターゲット分子を固相材料の表面に供給して前記ターゲット分子との相互作用を前記表面に生じさせて前記表面に吸着させる工程と、
(b)前記固相材料の表面から前記ターゲット分子を除去する工程と、
を備える、製造方法。
【請求項2】
前記選択的吸着領域は、前記ターゲット分子の吸着に伴って得られる前記固相材料の変形及び/又は変化した性質の少なくとも一部を有する、請求項1に記載の製造方法。
【請求項3】
前記選択的吸着領域は、前記ターゲット分子の一部と相補的な空隙を有する、請求項1又は2に記載の製造方法。
【請求項4】
前記(a)工程は、前記ターゲット分子を、光応答性材料を含む前記固相材料の表面に光照射により固定化することを含む工程である、請求項1〜3のいずれかに記載の製造方法。
【請求項5】
前記光応答性材料は高分子材料を含む、請求項4に記載の製造方法。
【請求項6】
前記光応答性材料は、光応答性成分としてアゾベンゼンまたはアゾベンゼン誘導体を含む、請求項4又は5に記載の製造方法。
【請求項7】
前記アゾベンゼン誘導体がプッシュプル型アゾベンゼン又はアミノアゾベンゼンである、請求項6に記載の製造方法。
【請求項8】
前記(b)工程は、水並びに界面活性剤、塩、酸及びアルカリから選択される1種又は2種以上を含む水溶液から選択されるいずれかを含む除去用媒体を前記固相材料の表面に供給して前記ターゲット分子を除去する工程である、請求項1〜7のいずれかに記載の製造方法。
【請求項9】
前記ターゲット分子の平均的な大きさは1nm以上100μm以下である、請求項1〜8のいずれかに記載の製造方法。
【請求項10】
前記ターゲット分子は、生体材料又は生物材料である、請求項1〜9のいずれかに記載の製造方法。
【請求項11】
前記(a)工程は、前記固相材料表面の選択された1又は2以上の領域において1種又は2種以上の前記ターゲット分子との相互作用を生じさせて前記ターゲット分子を吸着させる工程である、請求項1〜10のいずれかに記載の製造方法。
【請求項12】
請求項1〜11のいずれかに記載の製造方法によって得られる、ターゲット分子の吸着用固担体。
【請求項13】
光応答性材料を含有する固相材料と、
前記固相材料の表面に1種又は2種以上のターゲット分子を光固定化しその後前記ターゲット分子を除去して得られる1又は2以上の選択的吸着領域と、
を備える、ターゲット分子の吸着用担体。
【請求項14】
2以上の前記選択的吸着領域を前記固相材料の表面上に配列して備える、請求項13に記載の吸着用担体。
【請求項15】
請求項12〜14のいずれかに記載の吸着用担体を備える、ターゲット分子の検出デバイス。
【請求項16】
請求項12〜14のいずれかに記載の吸着用担体を備える、細胞増殖デバイス。
【請求項17】
請求項12〜14のいずれかに記載の吸着用担体を備える、タンパク質の回収デバイス。
【請求項18】
請求項12〜14のいずれかに記載の吸着用担体を備える、マイクロリアクター。
【請求項19】
光応答性材料を含む固相材料を備える、ターゲット分子の吸着担体用材料。
【請求項1】
1種又は2種以上のターゲット分子の1又は2以上の選択的吸着領域を有する吸着用担体の製造方法であって、
以下の工程;
(a)ターゲット分子を固相材料の表面に供給して前記ターゲット分子との相互作用を前記表面に生じさせて前記表面に吸着させる工程と、
(b)前記固相材料の表面から前記ターゲット分子を除去する工程と、
を備える、製造方法。
【請求項2】
前記選択的吸着領域は、前記ターゲット分子の吸着に伴って得られる前記固相材料の変形及び/又は変化した性質の少なくとも一部を有する、請求項1に記載の製造方法。
【請求項3】
前記選択的吸着領域は、前記ターゲット分子の一部と相補的な空隙を有する、請求項1又は2に記載の製造方法。
【請求項4】
前記(a)工程は、前記ターゲット分子を、光応答性材料を含む前記固相材料の表面に光照射により固定化することを含む工程である、請求項1〜3のいずれかに記載の製造方法。
【請求項5】
前記光応答性材料は高分子材料を含む、請求項4に記載の製造方法。
【請求項6】
前記光応答性材料は、光応答性成分としてアゾベンゼンまたはアゾベンゼン誘導体を含む、請求項4又は5に記載の製造方法。
【請求項7】
前記アゾベンゼン誘導体がプッシュプル型アゾベンゼン又はアミノアゾベンゼンである、請求項6に記載の製造方法。
【請求項8】
前記(b)工程は、水並びに界面活性剤、塩、酸及びアルカリから選択される1種又は2種以上を含む水溶液から選択されるいずれかを含む除去用媒体を前記固相材料の表面に供給して前記ターゲット分子を除去する工程である、請求項1〜7のいずれかに記載の製造方法。
【請求項9】
前記ターゲット分子の平均的な大きさは1nm以上100μm以下である、請求項1〜8のいずれかに記載の製造方法。
【請求項10】
前記ターゲット分子は、生体材料又は生物材料である、請求項1〜9のいずれかに記載の製造方法。
【請求項11】
前記(a)工程は、前記固相材料表面の選択された1又は2以上の領域において1種又は2種以上の前記ターゲット分子との相互作用を生じさせて前記ターゲット分子を吸着させる工程である、請求項1〜10のいずれかに記載の製造方法。
【請求項12】
請求項1〜11のいずれかに記載の製造方法によって得られる、ターゲット分子の吸着用固担体。
【請求項13】
光応答性材料を含有する固相材料と、
前記固相材料の表面に1種又は2種以上のターゲット分子を光固定化しその後前記ターゲット分子を除去して得られる1又は2以上の選択的吸着領域と、
を備える、ターゲット分子の吸着用担体。
【請求項14】
2以上の前記選択的吸着領域を前記固相材料の表面上に配列して備える、請求項13に記載の吸着用担体。
【請求項15】
請求項12〜14のいずれかに記載の吸着用担体を備える、ターゲット分子の検出デバイス。
【請求項16】
請求項12〜14のいずれかに記載の吸着用担体を備える、細胞増殖デバイス。
【請求項17】
請求項12〜14のいずれかに記載の吸着用担体を備える、タンパク質の回収デバイス。
【請求項18】
請求項12〜14のいずれかに記載の吸着用担体を備える、マイクロリアクター。
【請求項19】
光応答性材料を含む固相材料を備える、ターゲット分子の吸着担体用材料。
【図3】
【図1】
【図2】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図1】
【図2】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【公開番号】特開2010−260032(P2010−260032A)
【公開日】平成22年11月18日(2010.11.18)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−115007(P2009−115007)
【出願日】平成21年5月11日(2009.5.11)
【出願人】(000003609)株式会社豊田中央研究所 (4,200)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成22年11月18日(2010.11.18)
【国際特許分類】
【出願日】平成21年5月11日(2009.5.11)
【出願人】(000003609)株式会社豊田中央研究所 (4,200)
【Fターム(参考)】
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