説明

ターゲット装置およびこれを備えた中性子捕捉療法装置

【課題】加速粒子の照射方向におけるターゲットの変形を抑制することが可能なターゲット装置およびこれを備えた中性子捕捉療法装置を提供する。
【解決手段】ターゲット装置5は、陽子線Lの照射を受けて中性子Nを発生する物質からなる板状のターゲット10と、ターゲット10に対して陽子線Lの照射側とは反対側に位置するターゲット10の冷却板15とを備えたターゲット装置5であって、ターゲット10の照射方向への変形を抑制する固定部50を備えている。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、陽子等の加速粒子の照射を受けて中性子を発生するターゲット装置およびこれを備えた中性子捕捉療法装置に関する。
【背景技術】
【0002】
がん治療等において、放射線治療は高い評価を受けている。特に、中性子捕捉療法(NCT:Neutron Capture Therapy)は、原理的に細胞レベルの選択的な治療の可能性があり、注目されている。NCTでは、中性子を照射したときに飛程が短く高LET(Linear Energy Transfer)の重荷電粒子などを発生する安定同位元素を、あらかじめ治療すべきがん細胞に取り込ませておく。その後、中性子を照射し、重荷電粒子の飛散によってがん細胞だけを選択的に破壊する。NCTに用いられる安定同位元素は、中性子と反応して高LETの重荷電粒子を発生する10BやLiなどであり、中性子はこれらに対して大きな反応断面積を持つ低エネルギー中性子である。現在では、NCTとして、10B及び熱中性子や熱外中性子が用いられており硼素中性子捕捉療法(BNCT:Boron NCT)と呼ばれることもある。
【0003】
NCTなどに用いられる中性子を発生させる装置では、タングステン製の基板上にリチウムなどからなるフィルム状のターゲットを形成し、そのターゲットに加速粒子を照射して中性子を発生させている。中性子を発生させる際に、ターゲット及び基板では、非常に大きいエネルギーレベルの加速粒子の照射を受けるため、温度の上昇を抑える必要がある。そのため、この装置では、基板に冷却水の流路となる溝を形成し、その溝内を流動する冷却水によってターゲットの冷却を行っていた。
【0004】
また、ターゲットに加速粒子を照射して放射性同位元素を発生させる装置として、特開2006−284337号公報に記載の放射性同位元素製造装置がある。この放射性同位元素製造装置では、冷媒を流動させる流路がターゲットの背面側に設けられ、この流路内を流動する冷媒によってターゲットの冷却を行っていた。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2006−284337号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、上記従来の技術では、ターゲットのうち加速粒子の照射を受ける側の面は加熱により膨張し、ターゲットのうち冷媒に接する側の面は冷却により収縮する。そして、このような温度差による熱歪みが生じることにより、ターゲットには、加速粒子の照射を受ける側への変形が発生していた。
【0007】
本発明は、このような課題を解決するために成されたものであり、ターゲットにおける加速粒子の照射方向への変形を抑制することが可能なターゲット装置およびこれを備えた中性子捕捉療法装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記課題を解決するため、本発明のターゲット装置は、加速粒子の照射を受けて中性子を発生する物質からなる板状のターゲットと、ターゲットに対して加速粒子の照射側とは反対側に位置するターゲットの冷却部とを備えたターゲット装置において、ターゲットの照射方向への変形を抑制する固定部を備えることを特徴としている。
【0009】
また、本発明の中性子捕捉療法装置では、上述のターゲット装置を備えていることを特徴としている。
【0010】
このような発明では、ターゲットと他の部材とを固定する固定部は、上述した熱によって発生するターゲットの加速粒子の照射側への変位を拘束するので、加速粒子の照射方向におけるターゲットの変形を抑制することが可能となる。
【0011】
また、本発明のターゲット装置では、ターゲットの面内方向への変形を許容可能な状態で、ターゲットを保持する保持部を更に備えていてもよい。これにより、ターゲットを他の部材に保持する保持部は、上述した熱によって発生するターゲットの変形をターゲットの面内方向に逃がすので、ターゲットに発生する応力を抑制することが可能となる。
【0012】
また、本発明のターゲット装置は、固定部がターゲットの中央部に配置され、保持部がターゲットの周縁部に配置されていることが好ましい。これにより、加速粒子の照射方向において変形が大きくなるターゲットの中央部分が固定部によって固定される。また、面内方向への変形がターゲットにおいて大きくなる部分である周縁部が保持部によって面内方向への変形が許容された状態で保持される。この結果、ターゲットにおける加速粒子の照射方向への変形と、ターゲットにおいて発生する応力とを抑制する効果を高めることができる。
【0013】
また、本発明のターゲット装置では、保持部は、ターゲットに形成されたターゲットの径方向に長い孔である挿通孔と、挿通孔に挿通された締結部とを含んで形成されていることが好ましい。これにより、締結部によってターゲットを他の部材に締結した場合であっても、ターゲットは、ターゲットの径方向における挿通孔の長さの範囲において径方向への変形が許容される。この結果、ターゲットに発生する応力の抑制を簡易な構造によって実現することができる。
【発明の効果】
【0014】
本発明によれば、加速粒子の照射方向におけるターゲットの変形を抑制することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【図1】本実施形態に係るターゲット装置を装着したBNCT装置を示す側面図である。
【図2】本実施形態に係るターゲット装置を示す断面図である。
【図3】図2のIII−III線断面図である。
【図4】図2のIV−IV線断面図である。
【図5】ターゲット装置に取り付けられたターゲットの中央部を拡大して示す断面図である。
【図6】ターゲット装置に取り付けられたターゲットの上部を拡大して示す断面図である。
【図7】図2のターゲットを背面側から見たときの斜視図である。
【発明を実施するための形態】
【0016】
本発明に係るターゲット装置の好適な実施形態について、図面を参照して説明する。なお、説明において、同一要素又は同一機能を有する要素には同一符号を用いることとし、重複する説明は省略する。
【0017】
図1に示されるように、BNCT装置(中性子捕捉療法装置)1は、中性子捕捉療法(NCT:Neutron Capture Therapy)によってがん治療等を行うための装置である。BNCT装置1は、患者が治療を受けるために座る治療台3と、サイクロトロンでつくられる高速の陽子(以下、「陽子線」という)L(図2参照)を受けて中性子を発生させるターゲット装置5と、ターゲット装置5で発生した中性子Nを減速させ、低エネルギーの中性子として患者に照射する中性子減速装置(「モデレータ」ともいう)7と、を備えている。陽子線Lは、加速粒子に相当する。
【0018】
図2に示されるように、ターゲット装置5は、サイクロトロンに繋がるように敷設されたビームダクト9の端部に、着脱自在に取り付けられている。ターゲット装置5は、陽子線Lの照射を受けて中性子Nを発生するターゲット10と、ターゲット10を保持するターゲットホルダー11とからなる。ターゲットホルダー11は、ターゲット10を挟み付けて保持するフランジ付き短管13と冷却板(冷却部)15とを有する。
【0019】
ターゲット10は、図7に示すように、円板状に形成されている。また、ターゲット10は、図2及び図6に示すように、固定部50によって冷却板15に固定され、保持部60によって冷却板15に保持されている。なお、固定部50と保持部60とについては、後段にて詳述する。ターゲット10は、陽子線Lの照射を受けると中性子Nを発生し、その中性子Nは、ターゲット10の背面S2、すなわち冷却板15に接する他方の端面側から放出される。ターゲット10の背面側中央部には、後述するボルト51を螺合させるためのねじ穴10aが形成されている。また、ターゲット10の背面S2には、防蝕のための陽極酸化処理が施されている。
【0020】
フランジ付き短管13は、ビームダクト9に固定されている。フランジ付き短管13を通過した陽子線Lは、ターゲット10の一方の端面S1に照射される。
【0021】
冷却板15は、銅(Cu)、アルミニウム合金またはグラファイトによって形成される。冷却板15には、ターゲット10に接する一方の端面15a側に冷却水Wが通過する複数の螺旋溝17(図4参照)が形成されている。さらに、冷却板15には、一方の端面15aの裏側、すなわち他方の端面15b側に、冷却水W(図6参照)を導入するための導入孔19と冷却水を排出するための排出孔21とが形成されている。図5に示すように、冷却板15の中央部には、後述するボルト51を挿通するための挿通孔15dが形成されている。また、冷却板15には、挿通孔15dを囲むように、冷却水Wが挿通孔15dに浸入するのを防止する気密シール材16aを装着するための環状溝16bが形成されている。環状溝16bには、気密シール材16aが配置されている。冷却板15の周縁部には、後述するボルト43を螺合させるためのねじ穴15cが形成されている。
【0022】
螺旋溝17は、冷却板15の中央部に形成された円環状の溝18から外側に向けて螺旋(「平面曲線」、(「渦巻き線」ともいう)を描くように形成されている。螺旋溝17は、流路断面が略一様である。また、複数の螺旋溝17は、互いに交差することなく冷却板15の中央部に形成された円環状の溝18で一つにまとまり、中央孔23を介して裏側の導入孔19に連通している。また、螺旋溝17の外側の端部は、貫通孔25を介して裏側の排出孔21に連通している。冷却水Wは、導入孔19内を通り、中央孔23を抜けて円環状の溝18に入り、四本の螺旋溝17それぞれに分かれる。さらに、冷却水Wは、螺旋溝17の外側の端部から貫通孔25を通って合流し、裏側の排出孔21を通って排出される。
【0023】
隣接する螺旋溝17は、カーブを描くように並んでいる。複数の螺旋溝17によって冷却溝26は形成されている。なお、本実施形態では、冷却溝26を複数の螺旋溝17によって形成するが、例えば、何重にも巻く一本の螺旋溝を冷却溝として形成してもよい。また、冷却溝として左右に蛇行する一本の蛇行溝を形成してもよい。また、導入孔19を排出用の孔とし、排出孔23を導入用の孔としてもよい。
【0024】
冷却板15は、図2及び図3に示すように、ターゲット10の形状に対応した略円形の本体部27と、本体部27を挟むようにして上下の対向位置に設けられた張出し部28,29とを有する。本体部27には、前述の螺旋溝17、円環状の溝18、挿通孔15d、ねじ穴15cが形成されている。張出し部28,29のうち、下側の張出し部28には、導入孔19に連通する導入孔31が形成されている。さらに、張出し部28は、両フランジ管32を介して、冷却水Wの導入のために敷設された上流管33に接続されている。また、上側の張出し部29には、排出孔21に連通する排出孔35が形成されている。張出し部29は、両フランジ管36を介して、冷却水Wの排出のために敷設された下流管37に接続されている。
【0025】
冷却板15の背面には、冷却板15の本体部27及び両張出し部28,29の形状に対応する形状の蓋部39がボルト留めされている。蓋部39は、導入孔19及び排出孔21を塞ぐように取り付けられており、導入孔19内に冷却水Wの導入路を形成し、排出孔21内に冷却水Wの排出路を形成する。なお、冷却板15と蓋部39とを一体成形するようにしてもよい。
【0026】
以下、ターゲット10を冷却板15に固定するための固定部50及びターゲット10を冷却板15に保持するための保持部60について詳述する。
【0027】
固定部50は、図2に示すように、ターゲット10の中央部に配置されており、冷却板15とターゲット10とを固定する部分である。固定部50は、図5に示すように、挿通孔15dとねじ穴10aとボルト51とを含んで構成されている。挿通孔15dは、冷却板15の中央部に形成されている。ねじ穴10aは、ターゲット10の背面側中央部に形成されている。ボルト51は、ターゲット10に形成された挿通孔15dに挿通され、ねじ穴10aに螺合されている。
【0028】
保持部60は、図6に示すように、ターゲット10の周縁部10bに配置されており、ターゲット10における径方向(面内方向)への変形を許容可能な状態でターゲット10を保持する部分である。保持部60は、遊嵌孔(挿通孔)10cと挿通孔41aとボルト43とねじ穴15cとを含んで構成されている。遊嵌孔10cは、ターゲット10の周縁部10bに、外周に沿って等間隔に複数形成されている。遊嵌孔10cは、ターゲット10の円周方向にはボルト43の径と略同一となるように形成されている。また、遊嵌孔10cは、ターゲット10の径方向にボルト43の径よりも大きくなるように長穴状に形成されている。挿通孔41aは、後述するフランジ付き短管13のフランジ部41に形成されている。
【0029】
フランジ付き短管13の両端にはフランジ部41があり、一方のフランジ部41には、ターゲット10の遊嵌孔10cに対応して複数の挿通孔41aが形成されている。また、冷却板15には、ターゲット10の遊嵌孔10cに対応して複数のねじ穴15cが形成されている。フランジ部41の挿通孔41aから挿通されたボルト43は、ターゲット10の遊嵌孔10cに挿通され、冷却板15のねじ穴15cに螺合されている。複数のボルト43の締め付けにより、フランジ部41はターゲット10を冷却板15側に押圧し、ターゲット10は、フランジ部41と冷却板15との間で、挟み付けられた状態で保持される。
【0030】
なお、フランジ部41には、フランジ付き短管13内を気密するシール材45を装着するための環状溝47aが形成されている。また、冷却板15には、冷却水Wの漏洩を防止するために気密するシール材49を装着するための環状溝47bが形成されている。
【0031】
このようなターゲット装置5においては、陽子線Lの照射によって、ターゲット10のうち陽子線Lの照射を受ける側の面(端面S1)は加熱により膨張し、ターゲット10のうち冷却水Wに接する側の面(背面S2)は冷却により収縮する。さらに、冷却水Wの沸騰を防止するために、冷却水Wは0.7MPa程度の圧力が負荷された状態(すなわち、沸点が上昇された状態)で流路内を循環している。そのため、ターゲット10には、冷却側(背面S2側)から陽子線Lの照射側(端面S1側)に向けて圧力(水圧)がかかっている。
【0032】
本実施形態のターゲット装置5では、ターゲット10の中央部に配置された上述したような構成の固定部50によってターゲット10が固定され、上述したような保持部60によってターゲット10が保持されている。これにより、上述の熱及び圧力によって発生するターゲット10の陽子線Lの照射側への変位を拘束するのでターゲット10の陽子線Lの照射側への変形を抑制することが可能となる。
【0033】
また、ターゲット10は、陽子線Lの照射によって高温になるため熱膨張する。特にターゲット10は板状であるため、面が広がる方向への膨張の方が、ターゲット10の板厚が厚くなる方向への膨張よりも大きくなる。
【0034】
本実施形態のターゲット装置5では、ボルト43が、ターゲット10に形成されたターゲット10の径方向に長い遊嵌孔10c(図7参照)に挿通されている。これにより、ターゲット10は、ボルト43の締め付けによって、陽子線Lの照射側方向に拘束されてはいるが、ターゲット10の径方向(面内方向)へは、ボルト43によって拘束されていない状態となる。この結果、上述した熱及び圧力によって発生するターゲット10の径方向への変形をターゲット10の外周方向に逃がすことができるので、ターゲット10に発生する応力を抑制することが可能となる。
【0035】
また、本発明のターゲット装置5では、固定部50がターゲット10の中央部に配置され、保持部60がターゲット10の周縁部10bに配置されている。これにより、陽子線Lの照射方向における変位が他の部分と比べて大きくなるターゲット10の中央部が、固定部50によって固定される。また、ターゲット10の径方向への変形がターゲット10の内側に比べて大きくなる部分である周縁部10bが、ターゲット10の径方向への変形が許容された状態で保持される。この結果、ターゲット10における陽子線Lの照射方向への変形と、ターゲット10に発生する応力との両方を抑制する効果を高めることができる。また、陽子線Lの照射領域を広く形成することができる。
【0036】
また、本発明のターゲット装置5では、保持部60は、ターゲット10の径方向に長い孔である遊嵌孔10cと挿通孔41aとボルト43とねじ穴15cとを含んで構成されている。そして、挿通孔41aから挿通されたボルト43は、ターゲット10の遊嵌孔10cに挿通され、ねじ穴15cに螺合されている。これにより、ボルト43をねじ穴15cに螺合して、ターゲット10を冷却板15に締結した場合であっても、ターゲット10は、ターゲット10の径方向における遊嵌孔10cの長さの範囲において径方向への変形が許容される。この結果、ターゲット10に発生する応力の抑制を簡易な構造によって実現することができる。
【0037】
ターゲット10は、ベリリウム(Be)から形成され、2(mA)、30(MeV)の陽子線Lの照射を受けると60kW程度の排熱が必要となり、効率よく排熱できなければ溶けてしまう虞がある。本実施形態に係るターゲット10は、冷却板15のすべての螺旋溝17を実質的に塞ぐように配置され、螺旋溝17内に冷却水Wの流路を形成するようになっているので、ターゲット10に接するように冷却水Wの流路が形成される。その結果として、ターゲット10を冷却水Wによって直接冷却できるようになり、ターゲット10の排熱効率を向上できる。
【0038】
また、陽子線Lをターゲット10に照射する際には、予めビームダクト9及びフランジ付き短管13内の空気は除去され、真空領域V(図2参照)が形成される。本実施形態では、フランジ付き短管13と冷却板15とは、ターゲット10を挟むようにして配置されているため、フランジ付き短管13内の真空領域Vと冷却板15に形成された冷却水Wの流路とはターゲット10によって完全に縁切りされている。従って、フランジ付き短管13内に冷却水Wが漏れてしまうことはなく、真空領域Vでの真空度の低下を防止できる。
【0039】
また、中性子減速装置7には、図1に示されるように、ターゲット装置5を受け入れるために開放された円筒状のターゲット収容部7aが設けられている。中性子減速装置7は、前後方向に移動可能であり、ビームダクト9に固定されたターゲット装置5をターゲット収容部7a内に収容する。中性子減速装置7は、ターゲット装置5を冷却板15側から受け入れる。冷却板15の螺旋溝17に冷却水Wを導入、排出するための流路は、冷却板15に形成された導入孔19及び排出孔21によって形成されている。従って、冷却板15の周りには、冷却水Wの導入用または排出用の配管は無く、障害物は少ない。中性子減速装置7が移動してターゲット装置5をターゲット収容部7a内に受け入れる際には、障害物が無い分、ターゲット10を中性子減速装置7に近づけることができる。その結果として、ターゲット10から発生した中性子を中性子減速装置7で減速させて低エネルギーの中性子として患者に照射する際のロスが低減する。
【0040】
ターゲット10に照射する陽子線Lは30(MeV)程度のエネルギーレベルである。陽子線Lは、ターゲット10内に留まると、水素(H2)ガスに変換され、ブリスタリングという現象を引き起こす。しかしながら、ターゲット10の板厚Dは、必要な中性子発生量を損なうことなく陽子線Lが透過可能な厚さであるため、ターゲット10内でのブリスタリングの発生は抑えられる。陽子線Lが透過可能な厚さは、ターゲット10の材質、照射される陽子線Lのエネルギーレベルによって異なるが、本実施形態での陽子線Lは、その飛程距離である5.8(mm)以下の板厚であれば透過可能である。飛程距離は、±0.3mm程度のばらつきがあるため、このばらつきを考慮すると、本実施形態での陽子線Lの透過可能な厚さは、ばらつき範囲内の下限値以下、すなわち、5.8−0.3=5.5(mm)以下となる。一方で、ターゲット10の板厚Dが薄くなればなるほど、中性子発生に伴うエネルギーロスが大きくなる。そこで、本実施形態では、ターゲット10の板厚Dとして5.5mmを採用した。ターゲット10の板厚Dを5.5mmとすることで、3%程度のロスが生じる。これは、例えば、20分程度の正規の治療時間に対して3%程度のロス、すなわち0.6分程度の僅かな治療時間の延長に相当し、微差であると判断できる。
【0041】
ターゲット10を透過した陽子は、主として螺旋溝17内を通過する冷却水Wによって捕捉される。冷却水Wに陽子線Lが捕捉されても、ブリスタリングという現象は生じない。従って、ターゲット10を透過した陽子線Lが、今度は他の金属部材などにブリスタリングを生じさせるという問題も引き起こし難い。その結果として、ターゲット10を陽子の透過可能な厚さ以下に抑え易くなり、ターゲット10内のブリスタリングの発生を低減できる。
【0042】
以上、本発明をその実施形態に基づいて詳細に説明した。しかし、本発明は上記実施形態に限定されるものではない。本発明は、その要旨を逸脱しない範囲で以下のような様々な変形が可能である。
【0043】
上記実施形態のターゲット装置5では、固定部50がターゲット10の中央部に配置され、保持部60がターゲット10の周縁部10bに配置された例を挙げて説明したがこれに限定されるものではない。例えば、ターゲット10の中央部から少し離れた箇所に固定部50を配置し、ターゲットの径方向において固定部50の配置位置よりも外側であって、周縁部10bより内側に保持部60を配置してもよい。
【0044】
また、上記実施形態のターゲット装置5では、ターゲット10が、1つの固定部50によって固定され、ターゲット10の外周に沿って等間隔に配置された複数の保持部60によって保持されている例を挙げて説明したが、これら各固定部の数、各保持部の数、各固定位置を限定するものではない。例えば、ターゲット10の中央部近傍に配置された2つの固定部50によってターゲット10が固定され、ターゲット10の径方向において固定部50の配置位置よりも外側に配置された、8つの保持部によってターゲット10が保持されていてもよい。
【0045】
また、上記実施形態のターゲット装置5では、ターゲット10が円形に形成さあれている例を挙げて説明したがこれに限定されるものではなく、例えば、矩形、楕円等であってもよい。
【0046】
また、上記実施形態のターゲット装置5では、螺旋溝17は、冷却板15の中央部に形成された円環状の溝18から外側に向けて螺旋を描くように形成されている例を挙げて説明したがこれに限定されるものではない。例えば、何重にも巻く一本の螺旋溝や左右に蛇行する一本の蛇行溝を冷却溝として形成してもよい。この場合、冷却板15に形成された螺旋溝17を避けるように、固定部50及び保持部60を配置する。
【0047】
また、上記実施形態のターゲット装置5では、ターゲット10が、ボルト43によって保持されている例を挙げて説明したがこれに限定されるものではなく、例えば、クランプ部材等によって保持してもよい。
【0048】
また、上記実施形態のターゲット装置5では、BNCT装置1に適用される例を挙げて説明したがこれに限定されるものではなく、例えば、PET検査に使用される放射性同位元素製造装置等に適用されるターゲット装置5としても実現が可能である。
【符号の説明】
【0049】
1…BNCT装置、5…ターゲット装置、7…中性子減速装置、7a…ターゲット収容部、9…ビームダクト、10…ターゲット、10a…ねじ穴、10b…周縁部、10c…遊嵌孔、11…ターゲットホルダー、13…フランジ付き短管、15…冷却板、15c…ねじ穴、15d…挿通孔、17…螺旋溝、26…冷却溝、39…蓋部、41…フランジ部、41a…挿通孔、43…ボルト、50…固定部、51…ボルト、60…保持部、L…陽子線、N…中性子、S1…端面、S2…背面、V…真空領域、W…冷却水。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
加速粒子の照射を受けて中性子を発生する物質からなる板状のターゲットと、前記ターゲットに対して前記加速粒子の照射側とは反対側に位置する前記ターゲットの冷却部とを備えたターゲット装置において、
前記ターゲットの前記照射方向への変形を抑制する固定部を備えていることを特徴とするターゲット装置。
【請求項2】
前記ターゲットの面内方向への変形を許容可能な状態で、前記ターゲットを保持する保持部を更に備えていることを特徴とする請求項1に記載のターゲット装置。
【請求項3】
前記固定部が前記ターゲットの中央部に配置され、前記保持部が前記ターゲットの周縁部に配置されていることを特徴とする請求項2に記載のターゲット装置。
【請求項4】
前記保持部は、前記ターゲットに形成された前記ターゲットの径方向に長い孔である挿通孔と、前記挿通孔に挿通された締結部と、を含んで形成されていることを特徴とする請求項2または3に記載のターゲット装置。
【請求項5】
請求項1〜4の何れか1項に記載のターゲット装置を備えていることを特徴とする中性子捕捉療法装置。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図5】
image rotate

【図6】
image rotate

【図7】
image rotate


【公開番号】特開2011−185784(P2011−185784A)
【公開日】平成23年9月22日(2011.9.22)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−52114(P2010−52114)
【出願日】平成22年3月9日(2010.3.9)
【出願人】(000002107)住友重機械工業株式会社 (2,241)
【Fターム(参考)】