説明

ダイオキシン試料導入用装置

【課題】 ガスクロマトグラフを質量分析計と組み合わせるには、その結合部における試料の吸着、分解を完全に抑制する必要がある。また、結合部のデッドボリュームを小さくして、クロマトグラフピークの広がりを抑える必要がある。スペクトル選択性を向上させるため、超音速分子ジェット/レーザーイオン化質量分析計と組み合わせる場合には、このような問題を解決することがさらに難しくなる。
【解決手段】 図3の方式では、ガラスキャピラリーをリペラー電極に貫通させているので、試料をノズル先端まで200℃から400℃まで加熱できる。また、試料は金属と接触せず、高温に加熱しても分解しない。本法によればガスクロマトグラフで分離した4個以上の塩素原子を分子内に含む高沸点のダイオキシン化合物を、高温で分解することなく、かつ質量分析計に高密度で導入できる、デッドボリュームが小さな試料導入部を提供することができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ごみ焼却炉等から排出されるダイオキシンのガスクロマトグラフ/レーザーイオン化質量分析に関する装置(インターフェース)に係る。
【背景技術】
【0002】
環境中には、ダイオキシン、ジベンゾフラン、ビフェニルなどの塩素置換体を総称する、いわゆるダイオキシン化合物が存在し、環境汚染を引き起こしている。その対策のため、これらの微量物質の分析装置が必要である。現在、日本工業規格では、前処理・濃縮した後にガスクロマトグラフ/高分解能質量分析計で測定する方法が採用されている。
【0003】
上記の方法は、選択性が不十分なので、前処理操作が必要となる。このため分析時間が長くなり、1検体当たりの分析費用が高くなる。そこで、これに代わる方法として、現在、レーザーイオン化質量分析法が、注目されている。この方法では、1ppt(10−12)レベルのダイオキシン類が検出できる(非特許文献1参照)。しかし、焼却炉中のダイオキシンの濃度は0.1ppq(10−16)程度 (非特許文献2参照) であり、今後感度を1万倍以上改善する必要がある。一方、クロロベンゼンなどの妨害物質はppb(10−9)程度存在するので、その影響を10−7以下に抑制する必要がある。
【0004】
ガスクロマトグラフをレーザーイオン化質量分析計と組み合わせることにより、分析の感度、選択性を飛躍的に向上させることができる。このような組み合わせは、出願者により最初に公表され(非特許文献3参照)、2塩素化ダイオキシン(非特許文献4参照)、ポリ塩化ビフェニル(非特許文献5参照)の分析などに応用されている。
【0005】
ダイオキシン化合物の毒性を評価するパラメーターとして毒性換算値(TEQ)が用いられている。焼却炉排出ガスの場合、その値の約30%は2,3,4,7,8-pentachlorodibenzofuranにより決まっており、またこの化合物の濃度はTEQと極めて良好な相関(相関係数0.99以上)を示すことが知られている(非特許文献2参照)。一方、土壌試料の場合には、2,3,7,8-tetrachlorodibenzo-p-dioxinにより決まっている。しかし、このような4個以上塩素原子を分子内に含むダイオキシン化合物は、一般に沸点が高く、質量分析計に導入する場合には、試料導入部を高温に加熱する必要がある。
【0006】
図1は、既存技術に基づく試料導入装置の一例である。イオンを加速するリペラー電極105と接地電極106の中間にガラスキャピラリー101を設置し、試料を導入している。レーザー光をガラスキャピラリー先端付近104に集光し、分子密度が高いところでイオンを生成させている。絶縁体であるガラスキャピラリー101の電位を一定に保つため、ガラスキャピラリー101をステンレス管102で被覆し、これにリペラー電極105と接地電極106の中間の電圧を印加し、電位勾配に影響を与えないように工夫されている。また、ステンレス管102の取り付け部をヒーター103で加熱し、熱伝導によりガラスキャピラリーを加熱できるようにしている。
【0007】
しかし、この方式はステンレス管及びガラスキャピラリーを均一に、かつ十分加熱することができない。この問題を解決するため、ヒーターをステンレス先端近くまで設置すると、イオンを加速するための電位勾配を歪ませ、イオンが質量分析するための飛行管の方へ正しく走行しなくなる問題が生じる。このため、試料導入部を200℃以上に加熱することが困難であり、4個以上塩素原子を含むダイオキシン化合物の分析は行われていない。また、従来技術では、ガスクロマトグラフに利用されている内部に、分離のためのコーティングを施したキャピラリーを用いており、熱分解によるキャピラリー内部の劣化(炭化)が生じることがある。
【0008】
試料の励起とイオン化には、パルスレーザーを用いる必要がある。したがって、ガラスキャピラリーから連続的に試料を導入すると、流れている試料の一部しかイオン化しないことになる。これに対して、レーザーパルスに同期して間歇的に試料を導入すると、必要とされる試料の量を大幅に低減させることができる。たとえば、100ms毎に10μSだけノズルを開口し、これに同期させてレーザーを照射すると、連続的に試料を導入した場合の1万分の1(10μs/100ms)の試料量で分析が可能になる。したがって、感度を飛躍的に改善できる。
【0009】
最近では、多塩素化ダイオキシン化合物をレーザーイオン化質量分析計に導入するためのパルスノズル(最高使用温度200℃)も開発されている(非特許文献1参照)。しかし、電流を流したときに金属平板が歪む効果を利用するGentry-Giese方式(非特許文献6参照)を採用しており、ノズルのデッドボリューム(死容積)を小さくすることができない。
【0010】
一方、ソレノイド駆動部を冷却し、試料導入部を550℃まで加熱して、円形のオリフィスから真空中に導入できるノズルも開発されているが(非特許文献7参照)、試料をノズル内部に封入して用いる方式であり、外部から試料を導入することができない。したがって、上記の2つのノズルは、何れもガスクロマトグラフと結合して用いることができない。
【0011】
一般に、パルスノズルは先端部に開口する機構を備えるため、先端部を微小化することが困難である。ノズル付近の高密度の試料分子を効率よくイオン化するため、イオン生成、加速部に近接してノズルを設置すると、イオンを加速する電位勾配を乱すことになり、イオンが飛行管の方へ正しく走行しなくなる。また、市販されているノズルの最高使用温度は250℃となっているが、この温度近くまで加熱すると電磁石の駆動力が弱くなってしまう。したがって、4個以上の塩素原子を含むダイオキシン化合物を、気体となるに十分な温度まで加熱することが困難になる。一方、ノズルの素材であるステンレスを高温に加熱すると、ダイオキシンが鉄(ステンレス)を触媒として急速に分解する恐れがある。
【0012】
図2は、既存の市販パルスノズルを用いる試料導入装置で、試料導入部とノズルが一体の構造になっている。ノズルからイオン化部104までの距離が長く、試料分子の密度が低くなり、生成するイオンの数が少なくなる。したがって、高感度分析に適さない。一方、ガラスキャピラリーを用いてノズル先端付近まで試料を導入した例も報告されているが、ノズル温度が150℃と低く、2個塩素を含むダイオキシン化合物までしか測定されていない(非特許文献4参照)。また、ノズルの温度が低いため、試料が配管やノズルに吸着し、ガスクロマトグラムのピークが幅広くなる欠点がある。
【非特許文献1】On-line measurement of dioxin surrogates, 66, 731 (2004)
【非特許文献2】Chemosphere, 37, 2361 (1998)
【非特許文献3】Analyst, 109, 277(1984)
【非特許文献4】J. High Resol. Chromatogr., 20, 461 (1997)
【非特許文献5】Anal. Chem., 76, 5534 (2004)
【非特許文献6】Rev. Sci. Instrum., 49, 595 (1978)
【非特許文献7】Rev. Sci. Instrum., 60, 499 (1989)
【特許文献1】特許第3571215号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0013】
本発明は、上記状況を鑑みて、塩素を多数含む高沸点のダイオキシン化合物を、高温で分解することなく、かつ質量分析計に高密度で導入できる、デッドボリュームが小さな試料導入部を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0014】
本発明は、上記目的を解決するために、
[1]4個から8個までの塩素原子を分子内に含む高沸点のダイオキシン化合物をレーザーイオン化質量分析計に導入するため、前記ダイオキシン化合物が気体となる200℃以上の温度で、かつ前記ダイオキシン化合物が分解しない400℃以下の温度範囲に設定した、デッドボリュームがゼロのガラスキャピラリー(中空ガラス細管)を用いる。
【0015】
[2]上記[1]記載の装置において、前記ガラスキャピラリーとしてガスクロマトグラフで用いられている内部コーティング(固定相)付のキャピラリーの代わりに、内部コーティングを施さない不活性ガラスキャピラリーを用いてもよい。これにより、ダイオキシン化合物の付着、分解を抑制することができる。
【0016】
[3]上記[1]又は[2]に記載の装置において、前記ガラスキャピラリーをリペラー電極に貫通させた構造にしてもよい。これにより、試料を高密度に真空中に導入することができ、かつ突起構造をなくすことによりイオンを加速する電位勾配を乱さないようにすることができる。
【0017】
[4]上記[1]又は[2]に記載の装置において、試料を間歇的に導入するためのパルスノズルを付属させ、その動作と同期させたレーザーパルスによりイオン化することによって、必要とされる試料量を大幅に低減させることができる。その際に、前記ガラスキャピラリーによる試料導入部(高温部:200℃〜400℃)と前記パルスノズル駆動部(低温部:0℃〜250℃)の間に温度勾配を形成させ、前記試料導入部ではダイオキシン化合物を気体として存在させ、かつ前記パルスノズル駆動部の温度を下げて電磁石を安定に動作させることができる。(高温では、電磁石駆動のためのソレノイドコイルの力が弱くなり、甚だしい場合にはコイルの絶縁体が溶けて電気がショートすることがある)。
【0018】
[5]上記[4]記載の装置において、試料導入に際してデッドボリュームを低減させるため、流量を多くするための補充ガス(メイクアップガス)を導入できる機構を設けてもよい(死容積の低減率=試料の流量/(試料の流量+補充ガスの流量)。
【発明の効果】
【0019】
本発明によれば、以下のような効果を奏することができる。
【0020】
(1)4個から8個までの塩素原子を分子内に含む高沸点のダイオキシン化合物を、200℃から400℃に加熱したガラスキャピラリーを用いて、試料と金属と接触させずに、試料ゾーンを広げることなく、かつ試料を分解させずに、レーザーイオン化質量分析計に導入できる。
【0021】
(2)上記(1)に加えて、内部コーティングを施さないガラスキャピラリーを試料導入部に用いることにより、コーティング材による試料吸着と、これに起因するゾーン広がりを抑制することができる。また、コーティング材料の分解物によるガラスキャピラリーの汚染と、これに基づく試料の吸着、分解を防ぐことができる。
【0022】
(3)上記(1)又は(2)に加えて、ガラスキャピラリーをリペラー電極に貫通させた構造にすることにより、ガラスキャピラリー先端まで十分な加熱が行え、かつ突起部がないことにより、イオン加速部の電位勾配を均一に保つことができる。このため吸着による試料ゾーンの広がりを抑制し、かつ生成したイオンを正しく飛行管の方へ加速することができる。
【0023】
(4)上記(1)又は(2)に加えて、試料を間歇的に導入するためのパルスノズルを付属させてイオン化部における試料分子の密度を著しく増大させ、これにより分析感度を改善することができる。その際に、前記ガラスキャピラリーによる試料導入部と前記パルスノズル駆動部の間に温度勾配を形成させて、前記試料導入部を高温に、前記パルスノズル駆動部を低温に保つことにより、高沸点のダイオキシン化合物を吸着、分解させることなく間歇的に質量分析計に導入できるので、ダイオキシンの指標物質として知られている4,5塩素化ダイオキシン化合物を高感度に検出することができる。
【0024】
(5)上記(4)に加えて、試料導入に際してデッドボリュームを低減させるため、流量を多くするための補充ガス(メイクアップガス)を導入できる機構を設けることにより、デッドボリュームを低減し、試料ゾーンの広がりを抑制することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0025】
200℃から400℃に加熱したガラスキャピラリーからなる、試料を金属と接触させない構造とした高温ノズルを用いて、4個から8個までの塩素原子を分子内に含む高沸点のダイオキシン化合物を、試料ゾーンの広がり、試料の分解などの好ましくない効果を抑制して、レーザーイオン化質量分析することができる。以下、本発明の実施の形態について詳細に説明する。
【実施例1】
【0026】
図3は、本発明の第1実施例を示す装置である。この方式は、ガラスキャピラリー201をリペラー電極205に貫通させた構造にしているので、ヒーター203を用いて試料をノズル先端まで200℃から400℃に加熱できる。また、試料はステンレスなどの金属と接触せず、高温に加熱しても試料が分解しない。さらに、イオン化部204付近に突起構造がなく、電位勾配を乱すことがない。このためガラスキャピラリー先端付近でイオン化することが可能になる。この方式によれば、イオン化部における試料分子密度を高くできるので、分析の感度を向上させることができる。
【0027】
上記試料導入部において、ガスクロマトグラフ分離用に用いた内部コーティング付きガラスキャピラリーを利用すると、不用意に試料導入部を高温にしたときには、コーティング材料が分解し、カーボンが析出して、ガラスキャピラリー内が汚染される。これに試料分子が吸着し、試料ゾーンが広がる、分解が促進される、などの問題点が生じる。そこで、ガスクロマトグラフ分離用ガラスキャピラリーの先端に、内部コーティングなしの不活性ガラスキャピラリーを、ゼロデッドボリュームコネクターで結合して用いる。これにより、ガラスキャピラリー内壁への試料の吸着を低減することができ、かつ不用意な加熱による内部コーティング材料の分解、汚染を防ぐことができる。
【0028】
図4は、試料導入部を300℃に加熱し、励起とイオン化にピコ秒ヤグレーザー(266nm)を用いて、焼却炉から排出されたダイオキシン試料を測定した結果である。毒性評価の指標物質としてよく知られているジベンゾフラン5塩素体のクロマトグラフピークが観測されている。これはレーザーイオン化質量分析計を用いて、焼却炉排ガス中のジベンゾフラン5塩素体を測定した最初の例である。このように本装置は4個以上の塩素原子を含む高沸点のダイオキシン化合物の分析に有用である。
【実施例2】
【0029】
図5は、本発明の第2実施例を示す装置である。試料を導入する部分は300℃に、ノズル駆動部は200℃に、保持できるようになっている。両者の温度差を維持するため、試料導入部とノズル駆動部の間に定常的な温度勾配が形成されるようになっている。
【0030】
ノズルのデッドボリュームは1mm以下であり、ほぼ無視できる程度まで小さくなっている。また、プランジャー209(ノズルを開口するためのピストン)と軸受け部の間隙から補充ガスを流すことにより、さらにデッドボリュームを低減させ、かつ試料がノズル駆動部に逆流(漏洩)しないようになっている。また、前記の補充ガスはノズル駆動部を冷却する役割も果たしている。
【実施例3】
【0031】
本発明のガラスキャピラリーの代わりに、内部をガラスでライニング(コーティング)したステンレス管を用いることもできる。この場合にも、ガラスキャピラリーを用いた場合と同様の効果が得られる。ただし、ステンレス管を鋭く曲げると内部コーティングしたガラスが破損し、その様子が外部から目視により判別できないので注意を要する。
【図面の簡単な説明】
【0032】
【図1】試料導入部にガラスキャピラリーを用いる従来の装置
【0033】
【図2】試料導入部にパルスノズルを用いる従来の装置
【0034】
【図3】本発明の第1実施例を示すガラスキャピラリーを試料導入部に用いた装置
【0035】
【図4】図3の装置を用いて、ガスクロマトグラフ/レーザーイオン化質量分析計により焼却炉排ガス中のダイオキシン化合物を測定して得られたマスクロマトグラム(5塩素化ジベンゾフランの分子イオンをモニターしながら得られたクロマトグラム:アンダーラインは毒性を有する異性体を示す)
【0036】
【図5】本発明の第2実施例を示す試料導入部にパルスノズルを用いた装置
【符号の説明】
【0037】
101,201 試料導入用ガラスキャピラリー
102,202 ステンレス管
103,203 ヒーター
104,204 イオン化部
105,205 リペラー電極(円形:2000V)
106,206 接地電極(円形:0V)
107,207 ソレノイドコイル(電磁石)
108 試料導入用ステンレス管
109,209 プランジャー
210 高温部(300℃)
211 低温部(200℃)
212 温度勾配
213 補充ガス導入部

【特許請求の範囲】
【請求項1】
4個から8個までの塩素原子を分子内に含むダイオキシン化合物をレーザーイオン化質量分析計に導入する装置であって、200℃から400℃の範囲に加熱したガラスキャピラリーを用いて外部から試料を導入することを特徴とする装置。
【請求項2】
前記装置において、前記ガラスキャピラリーとして内部コーティングを施さない不活性ガラスキャピラリーを用いることを特徴とする請求項1に記載の装置。
【請求項3】
前記装置において、前記ガラスキャピラリーをリペラー電極に貫通させて試料を導入することを特徴とする請求項1又は2に記載の装置。
【請求項4】
試料を間歇的に導入するためのパルスノズルを付属させた前記装置であって、前記ガラスキャピラリーによる試料導入部と前記パルスノズル駆動部の間に温度勾配を形成させ、前記試料導入部を高温に保ち、前記パルスノズル駆動部を低温に保つ機構を有することを特徴とする請求項1又は2に記載の装置。
【請求項5】
前記装置において、補充ガスを導入できる機構を有することを特徴とする請求項4に記載の装置。


【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図5】
image rotate


【公開番号】特開2007−40955(P2007−40955A)
【公開日】平成19年2月15日(2007.2.15)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−354307(P2005−354307)
【出願日】平成17年12月8日(2005.12.8)
【出願人】(000171115)
【Fターム(参考)】