説明

ダイクエンチ用ステンレス鋼板およびそれを用いたダイクエンチ部材

【課題】耐食性に優れ、900MPa以上の引張強度を有するダイクエンチ部材を確実に製造できるダイクエンチ用の鋼板およびそれを用いたダイクエンチ部材を提供する。
【解決手段】質量%で、C:0.03%以上0.15%未満、Si:0.1%以上2.0%以下、Mn:0.30%以上2.50%以下、P:0.05%以下、S:0.010%以下、Al:0.001%以上0.05%以下、Cr:11.0%超え15.0%以下、Ni:0.01%以上0.60%以下、N:0.005%以上0.09%以下を含有し、残部がFeおよび不可避的不純物からなる成分組成を有するダイクエンチ用ステンレス鋼板。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ダイクエンチに好適なステンレス鋼板およびそれを用いたダイクエンチ部材に関する。
【背景技術】
【0002】
従来から、自動車の足回り部材やメンバー類などの構造部材の多くは、所定の強度を有する鋼板を冷間でプレス加工して製造されている。近年、地球環境の保全という観点から、自動車の燃費向上が要求され、こうした構造部材においても、組織硬化鋼板、析出硬化鋼板、TRIP(変態誘起塑性)鋼板などの高強度鋼板の使用による薄肉軽量化が進められている。しかし、鋼板の高強度化に伴ってそのプレス加工性が低下するため、鋼板を所望の部材形状に加工することが困難になっている。
【0003】
そのため、特許文献1に記載されているような、ダイとパンチからなる金型を用いて加熱された鋼板をプレス加工すると同時に急冷することにより高強度化と加工性の両立を可能にしたダイクエンチ(熱間プレス、ホットプレス)と呼ばれる加工技術が注目され、900MPa以上1500MPa以下の引張強度を必要とする一部の構造部材では実用化されている。しかし、この技術では、ダイクエンチ前に鋼板を950℃前後の高温に加熱する必要があるため、鋼板表面にはFeスケール(Fe酸化物)が生成し、そのFeスケールがダイクエンチ時に剥離して、金型を損傷させたり、ダイクエンチ部材表面を損傷させるという問題がある。また、部材表面に残ったFeスケールは、外観不良、耐食性の低下、塗装密着性の低下の原因にもなる。このため、通常は酸洗やショットブラストなどの処理を行って部材表面のFeスケールは除去されるが、これは製造工程を複雑にし、生産性の大幅な低下を招く。
【0004】
そこで、ダイクエンチ前の加熱時にFeスケールの生成を抑制し、ダイクエンチ部材の耐食性や塗装密着性を向上させることのできるダイクエンチ技術が要望され、表面にめっき層などの被膜を設けた鋼板やそれを用いたダイクエンチ法が提案されている。例えば、特許文献2には、AlまたはAl合金が被覆されためっき鋼板が開示されている。また、特許文献3には、ZnまたはZnベース合金を被覆しためっき鋼板を用い、ダイクエンチ前の加熱時に、潤滑機能を有するZn-Feベースの化合物やZn-Fe-Alベースの化合物などの合金化合物を鋼板表面に生成させるダイクエンチ法が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】英国特許第1490535号公報
【特許文献2】特許第3931251号公報
【特許文献3】特許第3663145号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、特許文献2や3に記載のAl、Znやそれらの合金が被覆されためっき鋼板では、ダイクエンチ前の加熱時にFeスケールの生成を十分には抑制することができず、ダイクエンチ部材の耐食性が劣る。
【0007】
本発明は、耐食性に優れ、900MPa以上の引張強度を有するダイクエンチ部材を製造できるダイクエンチ用の鋼板およびそれを用いたダイクエンチ部材を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、上記の目的とするダイクエンチ用の鋼板について鋭意検討を行った結果、C:0.03質量%以上0.15質量%未満、Cr:11.0質量%超え15.0質量%以下を含有したステンレス鋼板が効果的であることを見出した。
【0009】
本発明は、このような知見に基づきなされたもので、質量%で、C:0.03%以上0.15%未満、Si:0.1%以上2.0%以下、Mn:0.30%以上2.50%以下、P:0.05%以下、S:0.010%以下、Al:0.001%以上0.20%以下、Cr:11.0%超え15.0%以下、Ni:0.01%以上0.60%以下、N:0.005%以上0.09%以下を含有し、残部がFeおよび不可避的不純物からなる成分組成を有するダイクエンチ用ステンレス鋼板を提供する。
【0010】
本発明のダイクエンチ用ステンレス鋼板では、前記成分組成に加え、さらに質量%でB:0.0005%以上0.0030%以下を含有する成分組成としてもよく、および/または質量%でMo:0.01%以上1.5%以下、Cu:0.01%以上1.5%以下のいずれか1種以上を含有する成分組成としてもよく、および/または質量%でNb:0.01%以上0.5%以下、Ti:0.01%以上0.5%以下、V:0.01%以上0.5%以下のいずれか1種以上を含有する成分組成としてもよい。
【0011】
本発明は、また、上記のダイクエンチ用ステンレス鋼板を用いたダイクエンチ部材を提供する。
【発明の効果】
【0012】
本発明により、耐食性に優れ、900MPa以上の引張強度を有するダイクエンチ部材を製造できるようになった。本発明のダイクエンチ部材は、自動車の足回り部材やメンバー類などの構造部材に好適である。さらに、自動車の構造材以外でも強度と耐食性が必要な用途に好適である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下に、本発明を具体的に説明する。なお、成分組成の「%」表示は特に断らない限り「質量%」を意味するものとする。
【0014】
C:0.03%以上0.15%未満
Cは、鋼の焼入れ強度を高める元素である。ダイクエンチ部材の引張強度を900MPa以上にするには、その量を0.03%以上とする必要がある。一方、C量が0.15%以上だと、焼入れ後の鋼が著しく脆化するので、焼戻し処理が必要となり、製造コスト増を招く。したがって、C量は0.03%以上0.15%未満とする。
【0015】
Si:0.1%以上2.0%以下
Siは、ダイクエンチ前の加熱時に鋼板表面にSi酸化皮膜を形成して、Feスケールの生成を抑制する効果を持つ元素である。こうした効果を得るには、その量を0.1%以上とする必要がある。一方、Si量が2.0%を超えると、鋼の脆化が著しくなる。したがって、Si量は0.1%以上2.0%以下とする。より好ましくはSi量は0.3%以上2.0%以下であり、さらに好ましくは、0.5%以上2.0%以下である。
【0016】
Mn:0.30%以上2.50%以下
Mnは、ダイクエンチ前の加熱時に鋼板表面にMn酸化皮膜を形成して、Feスケールの生成を抑制する効果を持つ元素である。さらにはスケールと母材の密着性を高め、鋼板から剥離したスケールによる金型の損傷を抑えることができる。こうした効果を得るには、その量を0.30%以上とする必要があり、0.50%以上とすることが好ましい。さらにMn量を1.00%超えとすると、上記の効果が一層顕著になるため好ましく、Mn量を1.50%超えとすることがより好ましい。一方、Mn量が2.50%を超えると、鋼の脆化が著しくなる。したがって、Mn量は0.30%以上2.50%以下とする。好ましくは、Mn量は0.50%以上2.50%以下であり、より好ましくは1.00%超え2.50%以下であり、さらに好ましくは1.50%超え2.50%以下である。
【0017】
P:0.05%以下
Pの量が0.05%を超えると、鋼の脆化が著しくなる。したがって、P量は0.05%以下、好ましくは0.03%以下とする。
【0018】
S:0.010%以下
Sの量が0.010%を超えると、鋼の脆化が著しくなる。したがって、S量は0.010%以下、好ましくは0.005%以下とする。
【0019】
Al:0.001%以上0.20%以下
Alは、鋼の脱酸のために、通常0.001%以上含まれる元素である。一方Al量が0.20%を超えると、鋼の脆化が著しくなる。したがって、Al量は0.001%以上0.20%以下、好ましくは0.001%以上0.05%以下とし、より好ましくは0.001%以上0.01%以下とする。
【0020】
Cr:11.0%超え15.0%以下
Crは、ステンレス鋼板では、加熱時に鋼板表面に薄くて緻密なCr酸化物を形成し、Feスケールの生成を抑制できる。こうした効果を得るには、その量を11.0%超えとする必要がある。一方、Cr量が15.0%を超えると、ダイクエンチ部材の金属組織中に軟質のフェライト相が過剰に増加し、900MPa以上の引張強度が得られなくなる。したがって、Cr量は11.0%超え15.0%以下とする。
【0021】
Ni:0.01%以上0.60%以下
Niは、鋼の焼入れ性を高めるとともに、耐食性を向上させる効果を持つ元素である。こうした効果を得るには、その量を0.01%以上とする必要がある。一方、Ni量が0.60%を超えると、コスト増を招く。したがって、Ni量は0.01%以上0.60%以下とする。好ましくは0.05%以上0.60%以下である。
【0022】
N:0.005%以上0.09%以下
Nは、鋼の焼入れ強度を高める元素である。ダイクエンチ部材の引張強度を900MPa以上にするには、その量を0.005%以上とする必要がある。一方、N量が0.09%を超えると、焼入れ後の鋼が著しく脆化するので、焼戻し処理が必要となり、製造コスト増を招く。したがって、N量は0.005%以上0.09%以下とする。
【0023】
本発明では、上記した成分組成に加え、以下の理由によりさらに、B:0.0005%以上0.0030%以下、および/またはMo:0.01%以上1.5%以下、Cu:0.01%以上1.5%以下のいずれか1種以上、および/またはNb:0.01%以上0.5%以下、Ti:0.01%以上0.5%以下、V:0.01%以上0.5%以下のいずれか1種以上、を含有するようにしてもよい。
【0024】
B:0.0005%以上0.0030%以下
Bは鋼の焼入れ性を高める元素であり、ダイクエンチによる高強度化を促進する。こうした効果を得るには、B量を0.0005%以上とする必要がある。一方、B量が0.0030%を超えると鋼が著しく脆化する。よって、Bを添加する場合は、B量は0.0005%以上0.0030%以下とすることが好ましい。
【0025】
Mo:0.01%以上1.5%以下、Cu:0.01%以上1.5%以下のいずれか1種以上
Mo、Cuは、いずれもダイクエンチ前の加熱時に生成するFeスケールの成長を抑制する。こうした効果を得るには、Mo量、Cu量はそれぞれ0.01%以上とする必要がある。一方、Mo量、Cu量がそれぞれ1.5%を超えてもその効果が飽和し、添加により鋼のコストが高くなるだけである。よって、Mo、Cuを添加する場合は、Mo量は0.01%以上1.5%以下、Cu量は0.01%以上1.5%以下とすることが好ましい。より好ましくは、Mo量は0.1%以上1.5%以下、Cu量は0.1%以上1.5%以下である。
【0026】
Nb:0.01%以上0.5%以下、Ti:0.01%以上0.5%以下、V:0.01%以上0.5%以下のいずれか1種以上
Nb、Ti、Vは、ダイクエンチ部材をスポット溶接やMIG溶接などで他の部材と接合する際に、ステンレス鋼特有の鋭敏化による耐食性の低下を抑制する効果がある。こうした効果を得るには、Nb量、Ti量、V量はそれぞれ0.01%以上とする必要がある。一方、Nb量、Ti量、V量がそれぞれ0.5%を超えてもその効果が飽和し、添加により鋼のコストが高くなるだけである。よって、Nb、Ti、Vを添加する場合は、Nb量は0.01%以上0.5%以下、Ti量は0.01%以上0.5%以下、V量は0.01%以上0.5%以下とすることが好ましい。より好ましくは、Nb量は0.1%以上0.5%以下、Ti量は0.1%以上0.5%以下、V量は0.1%以上0.5%以下である。
【0027】
残部はFeおよび不可避的不純物である。ここで、不可避的不純物には、製鋼時の溶鋼に加えるスクラップから混入する元素も含まれるが、上記成分組成の範囲が満たされれば、本発明の効果は得られる。
【0028】
本発明であるダイクエンチ用ステンレス鋼板は、熱延鋼板でも冷延鋼板でもよく、通常のステンレス鋼板の製造方法により製造できる。
【0029】
また、本発明であるダイクエンチ部材は、本発明であるダイクエンチ用ステンレス鋼板を900℃〜1200℃の温度範囲に加熱後ダイクエンチすることによって製造できる。さらに好ましい温度範囲は、950℃〜1100℃である。
【実施例】
【0030】
表1に示す成分組成と板厚のステンレス鋼板A〜M(A、B、D〜G、M:冷延鋼板、C、H〜L:熱延鋼板)を、大気中で1000℃に10分間加熱後、Al製金型で挟み込んで50℃/秒の冷却速度で冷却してダイクエンチをシミュレートした熱処理を施し、次の方法で、スケール厚さ、スケール剥離量、腐食減量(耐食性)、引張強度を測定した。
【0031】
スケール厚さ:熱処理後の鋼板を塩酸酸洗してスケールを除去し、酸洗前後の鋼板の重量差からスケール重量を求め、スケールの密度を5.2g/cm3として、スケール厚さを算出した。
スケール剥離量:熱処理後の鋼板から、JIS Z 2201に準拠したJIS5号引張試験片を採取し、JIS Z 2241に準拠して全伸び8%の引張加工を行い、その引張加工により剥離したスケール量を引張加工前後の試験片の重量差により測定した。
耐食性:熱処理後の鋼板から70mm×150mmの矩形試料を採取し、JIS Z 2371に準拠した塩水噴霧試験を24時間実施後、塩酸酸洗により腐食生成物を除去し、酸洗前後の鋼板の重量差から腐食生成物量、すなわち腐食減量を算出し、腐食減量が10g/m2以下であれば耐食性に優れると評価した。
引張強度:熱処理後の鋼板からJIS Z 2201に準拠したJIS 5号引張試験片を採取し、JIS Z 2241に準拠して引張試験を行い、引張強度を測定した。
【0032】
結果を表2に示す。本発明例であるダイクエンチ用ステンレス鋼板A〜Jを用いることにより、スケール厚さを20μm以下、スケール剥離量25g/m2以下に抑制できるとともに、腐食減量が10g/m2以下となって優れた耐食性が得られることがわかる。また、本発明例では、いずれも引張強度が900MPa以上のダイクエンチ部材が得られた。
【0033】
なお、本実施例でシミュレートしたダイクエンチでは、実際にプレス加工を行っていないが、ダイクエンチ部材のスケール厚さ、耐食性、引張強度を評価できることを確認している。
【0034】
【表1】

【0035】
【表2】


【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量%で、C:0.03%以上0.15%未満、Si:0.1%以上2.0%以下、Mn:0.30%以上2.50%以下、P:0.05%以下、S:0.010%以下、Al:0.001%以上0.20%以下、Cr:11.0%超え15.0%以下、Ni:0.01%以上0.60%以下、N:0.005%以上0.09%以下を含有し、残部がFeおよび不可避的不純物からなる成分組成を有するダイクエンチ用ステンレス鋼板。
【請求項2】
さらに、質量%でB:0.0005%以上0.0030%以下を含有することを特徴とする請求項1に記載のダイクエンチ用ステンレス鋼板。
【請求項3】
さらに、質量%でMo:0.01%以上1.5%以下、Cu:0.01%以上1.5%以下のいずれか1種以上を含有することを特徴とする請求項1または請求項2に記載のダイクエンチ用ステンレス鋼板。
【請求項4】
さらに、質量%でNb:0.01%以上0.5%以下、Ti:0.01%以上0.5%以下、V:0.01%以上0.5%以下のいずれか1種以上を含有することを特徴とする請求項1ないし請求項3のいずれか1項に記載のダイクエンチ用ステンレス鋼板。
【請求項5】
請求項1ないし請求項4のいずれかに記載のダイクエンチ用ステンレス鋼板を用いたダイクエンチ部材。

【公開番号】特開2013−49919(P2013−49919A)
【公開日】平成25年3月14日(2013.3.14)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2012−168049(P2012−168049)
【出願日】平成24年7月30日(2012.7.30)
【出願人】(000001258)JFEスチール株式会社 (8,589)
【Fターム(参考)】