説明

ダイヤモンド半導体発光素子

【課題】 間接遷移型ではあってもバンドギャップから予測される発光波長よりも短い波長の光を放射することができ、ダイヤモンドの発光を実用のレベルまで引き上げることができるようにする。
【解決手段】 この発明のダイヤモンド半導体発光素子は、p型ダイヤモンド半導体層23と、p型ダイヤモンド半導体層23に接して形成されたダイヤモンド以外の材料からなるn型半導体層24と、p型ダイヤモンド半導体層23とn型半導体層24との間の界面に形成された活性化領域層29と、を備え、p型ダイヤモンド半導体層23とn型半導体層24とのそれぞれに形成した電極25,26に電流を注入したとき、ダイヤモンド材料が有するバンドギャップから予測される発光波長よりも短い波長の発光が活性化領域層から出力する、ことを特徴としている。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、紫外線発光素子として実用化が期待されるダイヤモンド半導体発光素子に関するものである。
【背景技術】
【0002】
pn接合を基本にする半導体による発光素子は、半導体中の電子と正孔の再結合によって生じる発光プロセスを利用するものであるが、電子と正孔が再結合するとき光を放射するかどうかは、半導体材料の性質およびその品質に強く依存する。このため高効率の発光素子を得るには、通常電子と正孔が再結合のとき発光しやすい直接遷移型の半導体が用いられる。この場合の放射される光のエネルギーあるいはその逆数に比例する光の波長は、半導体材料のバンドギャップの大きさに依存する。したがって、短波長の発光素子を得るには、バンドギャップの大きな直接遷移型の半導体が候補になる。この観点から、青色発光ダイオードでよく知られているGaNやGaAlNのワイドギャップ半導体による発光素子が開発され実用化している。
【0003】
しかし、これら実用化されている発光素子の波長は400nm以上であり、これより短い波長をもつ発光素子は、材料製造の困難さ、またワイドギャップになればなるほど素子化プロセスが困難になることからまだ実用化されていない。
【0004】
一方、ダイヤモンドは、その機械的、化学的および熱的特性に加え、優れた半導体的特性や光学特性を持つことから、電子デバイス用材料として、また発光デバイス用材料として、大いに注目され期待されている。特に発光デバイス用材料としてみたとき、ダイヤモンドは5.5eVという大きなバンドギャップをもっており、上記の短い波長の光を出力する発光素子として期待されている。そして、ダイヤモンドは単元素から構成されることより、高品質な材料が得られるようになっている。
【0005】
ところで、ダイヤモンドは、電子と正孔が再結合するとき直接遷移することができない間接遷移型の半導体であり、このため従来の発光素子と同じ原理による発光過程が期待できない。それに代わるものとして、ダイヤモンドでは励起子による発光過程を利用した紫外線発光素子の提案が、例えば下記の特許文献1において本発明者等によってなされている。この特許文献1に記載された励起子による発光は235nmという紫外線であり、室温でも観測されている。
【特許文献1】特開2001−35804号公報
【0006】
しかし、上記のダイヤモンドの発光は、実用のレベルまでには到達しておらず、ましてや、ダイヤモンド材料が有する5.5eVというバンドギャップ以上のエネルギーを持つ光、すなわちバンドギャップから予測される発光波長である226nmよりも短い波長の光を放射しうる発光素子は、期待されつつもとても望めない状況である。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
この発明は上記に鑑み提案されたもので、間接遷移型ではあってもバンドギャップから予測される発光波長よりも短い波長の光を放射することができ、ダイヤモンドの発光を実用のレベルまで引き上げることができるダイヤモンド半導体発光素子を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記目的を達成するために、請求項1に記載の発明は、ダイヤモンド材料が有するバンドギャップから予測される発光波長よりも短い波長の発光強度特性を有する、ことを特徴としている。
【0009】
また、請求項2に記載の発明は、p型ダイヤモンド半導体層と、上記p型ダイヤモンド半導体層に接して形成されたn型ダイヤモンド半導体層と、上記p型ダイヤモンド半導体層とn型ダイヤモンド半導体層との間の界面に形成された活性化領域層と、を備え、上記p型ダイヤモンド半導体層とn型ダイヤモンド半導体層とのそれぞれに形成した電極に電流を注入したとき、ダイヤモンド材料が有するバンドギャップから予測される発光波長よりも短い波長の発光が活性化領域層から出力する、ことを特徴としている。
【0010】
また、請求項3に記載の発明は、p型ダイヤモンド半導体層と、上記p型ダイヤモンド半導体層に接して形成されたダイヤモンド以外の材料からなるn型半導体層と、上記p型ダイヤモンド半導体層とn型半導体層との間の界面に形成された活性化領域層と、を備え、上記p型ダイヤモンド半導体層とn型半導体層とのそれぞれに形成した電極に電流を注入したとき、ダイヤモンド材料が有するバンドギャップから予測される発光波長よりも短い波長の発光が活性化領域層から出力する、ことを特徴としている。
【0011】
また、請求項4に記載の発明は、上記した請求項3に記載の発明の構成に加えて、上記n型半導体層はアモルファスシリコンからなる層である、ことを特徴としている。
【0012】
請求項5に記載の発明は、上記した請求項2から4の何れか1項に記載の発明の構成に加えて、上記p型ダイヤモンド半導体層およびn型ダイヤモンド半導体層はそれぞれ、CVD法を用いて気相合成中のガスフェーズの下で不純物をドープすることで形成した層、もしくは高品質なアンドープダイヤモンド薄膜層を形成しそのアンドープダイヤモンド薄膜層に不純物をイオン注入して形成した層のいずれかである、ことを特徴としている。
【0013】
請求項6に記載の発明は、上記した請求項1から5の何れか1項に記載の発明の構成に加えて、上記ダイヤモンド材料が有するバンドギャップから予測される発光波長よりも短い波長の発光は、226nm以下の紫外線発光である、ことを特徴としている。
【発明の効果】
【0014】
この発明では、間接遷移型のダイヤモンド半導体ではあっても、電流注入による電子と正孔の再結合を直接起こさせて高効率の紫外線発光を得ることができる。
【0015】
またバンドギャップから予測される発光波長よりも短い波長の光を放射することができる。すなわち、従来バンドギャップ以上のエネルギーを持つ光を放射する発光素子は不可能であるという定説を覆す画期的なものである。
【0016】
したがって、ダイヤモンドの発光を実用のレベルまで引き上げることができ、水銀不要の蛍光灯の実現、高密度光メモリー、紫外線顕微鏡、リソグラフィーなどへの応用が可能となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0017】
以下にこの発明の実施の形態を図面に基づいて詳細に説明する。
【0018】
図1はこの発明のダイヤモンド半導体発光素子の製造に用いるマイクロ波プラズマCVD装置の構成を概略的に示す図である。図において、マイクロ波プラズマCVD装置100は、マイクロ波を基板11の法線方向から入射するエンドランチ型のものであり、マイクロ波源1は、2.45GHzのマイクロ波を発振し、最大出力が1.5kWで、出力は必要に応じて調整可能である。このマイクロ波源1の後段には、サーキュレータ2およびダミーロード3を設け、マイクロ波源1から出たマイクロ波のうち、反射して導波管12に戻ってきた反射波を水負荷として熱吸収し、反射波がマイクロ波源1の発振器に悪影響を及ぼすのを防止している。また、サーキュレータ2の後段にチューナ4を設け、導波管12のインピーダンスを3本の棒で調整することで、マイクロ波の反射を押さえ全入射電力をプラズマで消費できるようにしている。さらに、チューナ4の後段に、導波管12内に突き出たアンテナを持つアプリケータ5を設け、導波管12を進行してきたTE10モードのマイクロ波を同心円状のTM01モードに変換している。マイクロ波をTM01モードにすることで、円筒の反応容器13にマイクロ波が整合し、安定したプラズマが得られるようになる。
【0019】
原料ガスは、炭素源であるメタンガスと水素ガスと必要に応じて供給される不純物ドープ用ガスとの混合ガスであり、各ガスボンベ15,…から減圧弁(図示省略)およびマスフローコントローラ16,…を経て、ガス導入管6から反応容器13に導かれ、反応容器13上部のシャワーヘッド19からガスシャワーとして反応容器13内に導入される。メタンガス側のマスフローコントローラ16には、0.5%以下の混合比(水素ガスに対するメタンガスの割合)を得るために精度の高いものを用いる。
【0020】
なお、CVDダイヤモンド合成プロセス中は、プロセスポンプ18による排気を行い、反応容器13内のガス圧を制御してプラズマCVDによるダイヤモンド合成を進行させるようにしている。また、ターボポンプ7は予備排気において高真空を得るために使用し、ロータリポンプ17は合成中の排気に使用し、さらに、高周波誘導加熱ヒータ10は基板11の温度制御に使用している。基板11は、試料交換扉14を開けて所定位置にセッティングされる。
【0021】
上記のマイクロ波プラズマCVD装置において、メタンガス濃度を低濃度として薄膜状のダイヤモンド半導体を作製し、このダイヤモンド半導体を用いて発光素子を構成した。
【0022】
図2はこの発明のダイヤモンド半導体発光素子の構成例を示す図である。図において、この発明のダイヤモンド半導体発光素子20は、基板21上に形成した高品質な平坦化ダイヤモンド層22の上に形成され、硼素Bをドープした高品質のp型ダイヤモンド半導体層23と、その上に接して形成された、アモルファスシリコン層24とを備えている。
【0023】
そして、p型ダイヤモンド半導体層23とアモルファスシリコン層24の双方間の界面に活性領域29を形成している。
【0024】
また、p型ダイヤモンド半導体層23およびアモルファスシリコン層24の上には、それぞれTi、Pt、Auの3層を積層してなる電極25,26を形成してオーミック接触の電極とし、この電極25,26によって、電流は電極25、p型ダイヤモンド半導体層23、アモルファスシリコン層24、および電極26の順に流れる。
【0025】
この構成のダイヤモンド半導体発光素子20は、電極25に電流を注入すると、その電流注入により、p側からn側へ正孔が、n側からp側へ電子がそれぞれ注入される。そして、pとnとの中間にある活性領域29は、電子と正孔の密度の高い領域となって発光が現れ活性領域29から紫外光が出力される。
【0026】
このダイヤモンド半導体発光素子20の、p型ダイヤモンド半導体層23とアモルファスシリコン層24との間の接合界面は、上層にアモルファスシリコン層24を形成したことが要因となって、物理的に極めて急峻なpn接合が形成され、急峻なバンド変化を有している。図3はこのpn接合部でのI−V特性を示しており、横軸はバイアス電圧、縦軸は接合界面間を流れる電流である。
【0027】
上記のダイヤモンド半導体発光素子20の発光スペクトルの測定結果を図4に示す。横軸は波長、縦軸はEL発光強度である。この図4に示すように、ダイヤモンド半導体発光素子20は、ダイヤモンド材料が有するバンドギャップから予測される発光波長の226nmよりも短い、215nmの波長の紫外線を放射している。すなわち、バンドギャップ以上のエネルギーを持つ光を放射する発光素子は不可能であるという従来の定説を覆す画期的な結果が得られた。
【0028】
このような結果が得られたのは、以下のような現象によるものと考えられる。
【0029】
1.pnダイオードに電圧を印加して、n形側からp形に電子が注入されると、注入した電子が接合部分に生じる静電ポテンシャルを受けてある量子状態に閉じ込める可能性がある。
【0030】
2.電子がこの量子状態に閉じ込められ、その状態が満たされてしまうと電子は最後には系にある正孔と再結合して消滅する。このとき一般には熱的に再結合することができないないので光を放出する(熱的に再結合できる場合は量子状態に閉じ込められなくなるので効果は生じない)。
【0031】
3.この電子の量子状態は半導体のバンド構造に依存するが、電子の運動量の極小点のガンマ点でできる。
【0032】
4.この可能性が現実化するには、pn接合が急峻であること、半導体のバンド構造(特に自由電子が占める伝導帯端付近)が単純な波動関数で構成されていて、量子状態が容易に実現されることが必要である。
【0033】
5. ダイヤモンドのバンド構造は2s、2pの電子軌道から構成された、半導体としては最も単純な電子構造であり、今回の実施例のようにこのダイヤモンドとアモルファスシリコンからなる急峻なpn接合ができたことによって、達成されたものと考えられる。
【0034】
このように、この発明では、バンドギャップから予測される発光波長よりも短い波長の光を放射することができ、このため、間接遷移型のダイヤモンド半導体ではあっても、電流注入による電子と正孔の再結合を直接起こさせて高効率の紫外線発光を得ることができる。したがって、ダイヤモンドの発光を実用のレベルまで引き上げることができ、水銀不要の蛍光灯の実現、高密度光メモリー、紫外線顕微鏡、リソグラフィーなどへの応用が可能となる。
【0035】
なお、上記の説明では、p型ダイヤモンド半導体層23の上にn型アモルファスシリコン層24を形成するようにしたが、n型アモルファスシリコン層に変えて、他のダイヤモンド以外の材料、例えば結晶シリコンやゲルマニュウム、シリコンカーバイド等からなるn型半導体層を設けるようにしてもよい。
【0036】
また、n型アモルファスシリコン層に変えて、n型ダイヤモンド半導体層を形成するようにしてもよい。
【0037】
この場合、p型ダイヤモンド半導体層との接合界面は、アモルファスシリコン層との接合界面の場合と同様に、急峻なバンド変化が得られるようにするのが好ましい。
【図面の簡単な説明】
【0038】
【図1】この発明のダイヤモンド半導体発光素子の製造に用いるマイクロ波プラズマCVD装置の構成を概略的に示す図である。
【図2】この発明のダイヤモンド半導体発光素子の構成例を示す図である。
【図3】p型ダイヤモンド半導体層とn型アモルファスシリコン層との接合界面におけるバイアス電圧と電流との関係を示す図である。
【図4】この発明のダイヤモンド半導体発光素子の発光スペクトルを測定した結果を示す図である。
【符号の説明】
【0039】
1 マイクロ波源
2 サーキュレータ
3 ダミーロード
4 チューナ
5 アプリケータ
6 ガス導入管
7 ターボポンプ
10 高周波誘導加熱ヒータ
11 基板
12 導波管
13 反応容器
14 試料交換扉
15 ガスボンベ
16 マスフローコントローラ
17 ロータリポンプ
18 プロセスポンプ
19 シャワーヘッド
20 ダイヤモンド半導体発光素子
21 基板
22 平坦化ダイヤモンド層
23 p型ダイヤモンド半導体層
24 n型アモルファスシリコン層
25 電極
26 電極
29 活性領域

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ダイヤモンド材料が有するバンドギャップから予測される発光波長よりも短い波長の発光強度特性を有する、ことを特徴とするダイヤモンド半導体発光素子。
【請求項2】
p型ダイヤモンド半導体層と、
上記p型ダイヤモンド半導体層に接して形成されたn型ダイヤモンド半導体層と、
上記p型ダイヤモンド半導体層とn型ダイヤモンド半導体層との間の界面に形成された活性化領域層と、を備え、
上記p型ダイヤモンド半導体層とn型ダイヤモンド半導体層とのそれぞれに形成した電極に電流を注入したとき、ダイヤモンド材料が有するバンドギャップから予測される発光波長よりも短い波長の発光が活性化領域層から出力する、
ことを特徴とするダイヤモンド半導体発光素子。
【請求項3】
p型ダイヤモンド半導体層と、
上記p型ダイヤモンド半導体層に接して形成されたダイヤモンド以外の材料からなるn型半導体層と、
上記p型ダイヤモンド半導体層とn型半導体層との間の界面に形成された活性化領域層と、を備え、
上記p型ダイヤモンド半導体層とn型半導体層とのそれぞれに形成した電極に電流を注入したとき、ダイヤモンド材料が有するバンドギャップから予測される発光波長よりも短い波長の発光が活性化領域層から出力する、
ことを特徴とするダイヤモンド半導体発光素子。
【請求項4】
上記n型半導体層はアモルファスシリコンからなる層である、請求項3に記載のダイヤモンド半導体発光素子。
【請求項5】
上記p型ダイヤモンド半導体層およびn型ダイヤモンド半導体層はそれぞれ、CVD法を用いて気相合成中のガスフェーズの下で不純物をドープすることで形成した層、もしくは高品質なアンドープダイヤモンド薄膜層を形成しそのアンドープダイヤモンド薄膜層に不純物をイオン注入して形成した層のいずれかである、請求項2から4の何れか1項に記載のダイヤモンド半導体発光素子。
【請求項6】
上記ダイヤモンド材料が有するバンドギャップから予測される発光波長よりも短い波長の発光は、226nm以下の紫外線発光である、請求項1から5の何れか1項に記載のダイヤモンド半導体発光素子。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2006−173313(P2006−173313A)
【公開日】平成18年6月29日(2006.6.29)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−362831(P2004−362831)
【出願日】平成16年12月15日(2004.12.15)
【出願人】(301021533)独立行政法人産業技術総合研究所 (6,529)
【Fターム(参考)】