説明

ダイレクトメタノール型燃料電池用電解質膜およびそれを用いた膜電極接合体および燃料電池

【課題】バインダーからの固体酸の溶出防止もしくは抑制、電解質膜の膨潤の抑制、アノード極のメタノールクロスオーバーの低減ができ、十分に高いプロトン伝導度を兼ね備えたダイレクトメタノール型燃料電池用電解質膜および、その電解質膜を用いた膜電極接合体およびダイレクトメタノール型燃料電池の提供。
【解決手段】少なくとも固体酸およびバインダーを有する組成物を所定処理温度および所定処理時間の範囲で加熱処理したことを特徴とするダイレクトメタノール型燃料電池用電解質膜、およびその電解質膜を用いた膜電極接合体およびその電解質膜を用いたダイレクトメタノール型燃料電池により課題を解決できる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ダイレクトメノタール型燃料電池用電解質膜およびそれを用いた膜電極接合体および燃料電池に関するものであり、さらに詳しくは、特に室温で作動させるダイレクトメノタール型燃料電池用電解質膜およびそれを用いた膜電極接合体およびダイレクトメノタール型燃料電池に関するものである。
【背景技術】
【0002】
近年、高いエネルギー効率を有し、環境負荷の少ない燃料電池が注目されている。燃料電池とは、水素やメタノールなどの燃料を酸素または空気を用いて電気化学的に酸化することにより、燃料の化学エネルギーを電気エネルギーに変換して取り出すものである。
このような燃料電池は、用いる電解質の種類によって、固体高分子型、リン酸型、溶融炭酸塩型、固体酸化物型、アルカリ型などに分類される。このうち、陽イオン交換膜を電解質として用いる固体高分子型燃料電池は、用いる電解質膜を薄くすることにより燃料電池内の内部抵抗を低減できるため高電流で操作でき、小型化が可能である。このような利点から固体高分子型の研究が盛んになってきている。
【0003】
固体高分子型燃料電池に用いる電解質膜には、燃料電池の電極反応に関与するプロトンについて高いプロトン伝導性が要求される。このような電解質膜としては、ナフィンオン(Nafion、登録商標、デュポン社製)などのスルホン酸基含有フッ素樹脂が知られている。
しかし、これらの電解質膜を、アノード極にメタノールを供給して燃料とするダイレクトメタノール型燃料電池に使用した場合は、アノード極からカソード極へメタノールが電解質膜を透過するような短絡現象(クロスオーバー)が起こりやすい問題があった。
【0004】
また、本発明者らは、固体酸とバインダーを含むことを特徴とする組成物を用いた電解質膜が燃料電池用途として優れた特性を持つことを見出し、先に出願を行った(特許文献1参照)。
しかしながら、この電解質膜は固体酸が電解質膜のバインダーから溶出してしまうという問題点があり、特に、運転温度が高いほど溶出は顕著であった。さらに、電解質膜が膨潤して、形状が安定して維持できないという問題もあった。
【特許文献1】特開2006−257234号
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
そこで、この電解質膜に加熱処理を施すことによって電解質膜のバインダーからの固体酸の溶出を防止もしくは抑制でき、かつ膨潤して形状が安定して維持できない問題も解決できると考えられたが、加熱処理を施すことによって電解質膜のプロトン伝導度が低下してしまうという新たな問題が発生した。
本発明の第1の目的は、バインダーからの固体酸の溶出を防止でき、電解質膜が膨潤して形状が安定して維持できない問題も、防止もしくは抑制でき、アノード極のメタノールクロスオーバーを低減でき、かつ十分に高いプロトン伝導度を備えた、ダイレクトメタノール型燃料電池用電解質膜を提供することであり、
本発明の第2の目的は、その電解質膜を用いた膜電極接合体およびその電解質膜を用いたダイレクトメタノール型燃料電池を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者らは、上記課題を解決するため鋭意検討を重ねた結果、固体酸とバインダーを含む電解質膜を適切に加熱処理することによって、バインダーからの固体酸の溶出防止と、電解質膜の膨潤防止、アノード極のメタノールクロスオーバーを低減でき、そして十分に高いプロトン伝導度を付与することができることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0007】
本発明の請求項1記載のダイレクトメノタール型燃料電池用電解質膜は、少なくとも固体酸およびバインダーを有する組成物を所定処理温度および所定処理時間の範囲で加熱処理したことを特徴とする。
【0008】
本発明の請求項2記載の電解質膜は、請求項1記載の電解質膜において、前記固体酸が、多環式芳香族炭化水素類を濃硫酸あるいは発煙硫酸中で加熱処理し多環状芳香族炭化水素を縮合およびスルホン化することによって得られるスルホン酸基が導入された無定形炭素であることを特徴とする。
【0009】
本発明の請求項3記載の電解質膜は、請求項2記載の電解質膜において、前記スルホン酸基が導入された無定形炭素が、13C核磁気共鳴スペクトルにおいて縮合芳香族炭素6員環およびスルホン酸基が結合した縮合芳香族炭素6員環の化学シフトが検出されるスルホン酸基が導入された無定形炭素であることを特徴とする。
【0010】
本発明の請求項4記載の電解質膜は、請求項2あるいは請求項3記載の電解質膜において、前記スルホン酸基が導入された無定形炭素が、粉末X線回折において半値幅が5〜30°である炭素(002)面の回折ピークが少なくとも検出されるスルホン酸基が導入された無定形炭素であることを特徴とする。
【0011】
本発明の請求項5記載の電解質膜は、請求項2から請求項4のいずれかに記載の電解質膜において、前記スルホン酸基が導入された無定形炭素が、粉末X線回折において炭素(002)面の回折ピークのみが検出されるスルホン酸基が導入された無定形炭素であることを特徴とする。
【0012】
本発明の請求項6記載の電解質膜は、請求項2から請求項5のいずれかに記載の電解質膜において、前記スルホン酸基が導入された無定形炭素のスルホン酸密度が、0.5〜14mmol/gであるスルホン酸基が導入された無定形炭素であることを特徴とする。
【0013】
本発明の請求項7記載の電解質膜は、請求項1から請求項6のいずれかに記載の電解質膜において、前記バインダーが、水溶性ポリマーであることを特徴とする。
【0014】
本発明の請求項8記載の電解質膜は、請求項1から請求項7のいずれかに記載の電解質膜において、前記バインダーが、ポリビニルアルコールまたはその変性体であることを特徴とする。
【0015】
本発明の請求項9記載の電解質膜は、請求項1から請求項6のいずれかに記載の電解質膜において、前記バインダーが、エンジニアリングプラスチックまたはその変性体であることを特徴とする。
【0016】
本発明の請求項10記載の電解質膜は、請求項1から請求項9のいずれかに記載の電解質膜において、前記バインダーが、フッ素を含有することを特徴とする。
【0017】
本発明の請求項11記載の電解質膜は、請求項1から請求項10のいずれかに記載の電解質膜において、前記バインダーが、スルホン酸基を含有することを特徴とする。
【0018】
本発明の請求項12記載の電解質膜は、請求項1から請求項11のいずれかに記載の電解質膜において、前記加熱処理の温度が60〜180℃であり、処理時間が0.1〜30時間であることを特徴とする。
【0019】
本発明の請求項13記載の電解質膜は、請求項1から請求項12のいずれかに記載の電解質膜において、プロトン伝導度が0.01〜0.5S/cmであって、面積膨潤比率が2.0〜1.0倍であることを特徴とする。
【0020】
本発明の請求項14記載の発明は、請求項1から請求項13のいずれかに記載のダイレクトメノタール型燃料電池用電解質膜を用いたことを特徴とする膜電極接合体である。
【0021】
本発明の請求項15記載の発明は、請求項1から請求項13のいずれかに記載のダイレクトメノタール型燃料電池用電解質膜を用いたことを特徴とするダイレクトメノタール型燃料電池である。
【発明の効果】
【0022】
本発明の請求項1記載のダイレクトメノタール型燃料電池用電解質膜は、少なくとも固体酸およびバインダーを有する組成物を所定処理温度および所定処理時間の範囲で加熱処理したことを特徴とするものであり、
電解質膜の膨潤が抑制されて寸法安定性を兼ね備えていることから、バインダーからの固体酸の溶出を防止もしくは抑制でき、アノード極のメタノールクロスオーバーを低減でき、プロトン伝導度が十分に高く、ダイレクトメノタール型燃料電池に利用した場合に燃料電池の内部抵抗を低減することができ、ダイレクトメタノール型燃料電池用途としての電解質膜として優れた特性を発揮することができるという顕著な効果を奏する。
【0023】
本発明の請求項2記載の電解質膜は、請求項1記載の電解質膜において、前記固体酸が、多環式芳香族炭化水素類を濃硫酸あるいは発煙硫酸中で加熱処理し多環状芳香族炭化水素を縮合およびスルホン化することによって得られるスルホン酸基が導入された無定形炭素であることを特徴とするものであり、
プロトン伝導性がより優れるとともに環境負荷を低減できるというさらなる顕著な効果を奏する。
この固体酸はスルホン化と炭化という非常に簡便なステップで合成でき、プロトン伝導度が高い物質であり、しかも必ずしも精製された出発原料を必要とせず、重油、ピッチ、タール、アスファルトなどを出発原料としても良いので大幅なコストダウンになる上、硫酸ピッチとして大量に産業廃棄されているものをリサイクルすることで環境負荷を大幅に低減できるというさらなる顕著な効果を奏する。
環境負荷の低減を目指すという意味でもスルホン酸基導入無定形炭素を用いた燃料電池を提供できることは非常に意義が大きい。
【0024】
本発明の請求項3記載の電解質膜は、請求項2記載の電解質膜において、前記スルホン酸基が導入された無定形炭素が、13C核磁気共鳴スペクトルにおいて縮合芳香族炭素6員環およびスルホン酸基が結合した縮合芳香族炭素6員環の化学シフトが検出されるスルホン酸基が導入された無定形炭素であることを特徴とするものであり、
プロトン伝導性が確実により優れるというさらなる顕著な効果を奏する。
【0025】
本発明の請求項4記載の電解質膜は、請求項2あるいは請求項3記載の電解質膜において、前記スルホン酸基が導入された無定形炭素が、粉末X線回折において半値幅が5〜30°である炭素(002)面の回折ピークが少なくとも検出されるスルホン酸基が導入された無定形炭素であることを特徴とするものであり、 プロトン伝導性が確実により優れるというさらなる顕著な効果を奏する。
【0026】
本発明の請求項5記載の電解質膜は、請求項2から請求項4のいずれかに記載の電解質膜において、前記スルホン酸基が導入された無定形炭素が、粉末X線回折において炭素(002)面の回折ピークのみが検出されるスルホン酸基が導入された無定形炭素であることを特徴とするものであり、
プロトン伝導性が確実により優れ、このような純度が高い無定形固体酸を用いると、燃料電池に適用した時に発電性能により優れるというさらなる顕著な効果を奏する。
【0027】
本発明の請求項6記載の電解質膜は、請求項2から請求項5のいずれかに記載の電解質膜において、前記スルホン酸基が導入された無定形炭素のスルホン酸密度が、0.5〜14mmol/gであるスルホン酸基が導入された無定形炭素であることを特徴とするものであり、
プロトン伝導性が確実により優れるというさらなる顕著な効果を奏する。
【0028】
本発明の請求項7記載の電解質膜は、請求項1から請求項6のいずれかに記載の電解質膜において、前記バインダーが、水溶性ポリマーであることを特徴とするものであり、
水溶性ポリマーは固体酸との親和性が高く、固体酸を分散し易いので、その電解質膜はプロトン伝導性が高く、ダイレクトメノタール型燃料電池に利用した場合に燃料電池の内部抵抗を低減することができ、膨潤が抑制されており寸法安定性を兼ね備えていることから、アノード極のメタノールクロスオーバーを低減でき、バインダーからの固体酸の溶出を防止でき、ダイレクトメタノール型燃料電池用途としての電解質膜として優れた特性を発揮できるというさらなる顕著な効果を奏する。
【0029】
本発明の請求項8記載の電解質膜は、請求項1から請求項7のいずれかに記載の電解質膜において、前記バインダーが、ポリビニルアルコールまたはその変性体であることを特徴とするものであり、
ポリビニルアルコールまたはその変性体は優れた機械的特性を有し、固体酸との親和性が高く、固体酸を分散し易いので、その電解質膜は、プロトン伝導性が高く、ダイレクトメノタール型燃料電池に利用した場合に燃料電池の内部抵抗を低減することができ、膨潤が抑制されており寸法安定性を兼ね備えていることから、アノード極のメタノールクロスオーバーを低減でき、バインダーからの固体酸の溶出を防止でき、ダイレクトメタノール型燃料電池用途としての電解質膜として優れた特性を発揮できるというさらなる顕著な効果を奏する。
【0030】
本発明の請求項9記載の電解質膜は、請求項1から請求項6のいずれかに記載の電解質膜において、
前記バインダーが、エンジニアリングプラスチックまたはその変性体であることを特徴とするものであり、
エンジニアリングプラスチックまたはその変性体は優れた機械的特性や耐熱性や安定性を有し、その電解質膜はプロトン伝導性が高く、ダイレクトメノタール型燃料電池に利用した場合に燃料電池の内部抵抗を低減でき、膨潤が抑制されており寸法安定性を兼ね備えていることから、アノード極のメタノールクロスオーバーを低減でき、バインダーからの固体酸の溶出を防止でき、ダイレクトメタノール型燃料電池用途としての電解質膜として優れた特性を発揮できるというさらなる顕著な効果を奏する。
【0031】
本発明の請求項10記載の電解質膜は、請求項1から請求項9のいずれかに記載の電解質膜において、前記バインダーが、フッ素を含有することを特徴とするものであり、
フッ素を含有するバインダーは優れた機械的特性や耐熱性や安定性を有し、その電解質膜はプロトン伝導性が高く、ダイレクトメノタール型燃料電池に利用した場合に燃料電池の内部抵抗を低減でき、膨潤が抑制されており寸法安定性を兼ね備えていることから、アノード極のメタノールクロスオーバーを低減でき、バインダーからの固体酸の溶出を防止でき、ダイレクトメタノール型燃料電池用途としての電解質膜として優れた特性を発揮できるというさらなる顕著な効果を奏する。
【0032】
本発明の請求項11記載の電解質膜は、請求項1から請求項10のいずれかに記載の電解質膜において、前記バインダーが、スルホン酸基を含有することを特徴とするものであり、
スルホン酸基を含有するバインダーを用いた電解質膜は一層優れたプロトン伝導性を有し、ダイレクトメノタール型燃料電池に利用した場合に燃料電池の内部抵抗を低減でき、膨潤が抑制されており寸法安定性を兼ね備えていることから、アノード極のメタノールクロスオーバーを低減でき、バインダーからの固体酸の溶出を防止でき、ダイレクトメタノール型燃料電池用途としての電解質膜として優れた特性を発揮できるというさらなる顕著な効果を奏する。
【0033】
本発明の請求項12記載の電解質膜は、請求項1から請求項11のいずれかに記載の電解質膜において、前記加熱処理の温度が60〜180℃であり、処理時間が0.1〜30時間であることを特徴とするものであり、
適切な加熱処理を行うことができるので、バインダーからの固体酸の溶出を防止もしくは抑制でき、膨潤が抑制され、寸法安定性を兼ね備えており、アノード極のメタノールクロスオーバーを低減でき、かつ十分に高いプロトン伝導度を兼ね備えているというさらなる顕著な効果を奏する。
【0034】
本発明の請求項13記載の電解質膜は、請求項1から請求項12のいずれかに記載の電解質膜において、プロトン伝導度が0.01〜0.5S/cmであって、面積膨潤比率が2.0〜1.0倍であることを特徴とするものであり、
膨潤が確実に抑制されており寸法安定性を備えているとともに、確実に十分に高いプロトン伝導度を兼ね備えているというさらなる顕著な効果を奏する。
【0035】
本発明の請求項14記載の発明は、請求項1から請求項13のいずれかに記載のダイレクトメノタール型燃料電池用電解質膜を用いたことを特徴とする膜電極接合体であり、耐久性および機械的強度に優れ、その電解質膜はプロトン伝導度が高く、ダイレクトメノタール型燃料電池に利用した場合に燃料電池の内部抵抗を低減することができ、膨潤が抑制されており寸法安定性を兼ね備えていることから、アノード極のメタノールクロスオーバーを低減でき、バインダーからの固体酸の溶出を防止もしくは抑制でき、ダイレクトメタノール型燃料電池用途として優れた特性を発揮できるという顕著な効果を奏する。
【0036】
本発明の請求項15記載の発明は、請求項1から請求項13のいずれかに記載のダイレクトメノタール型燃料電池用電解質膜を用いたことを特徴とするダイレクトメノタール型燃料電池であり、その電解質膜はプロトン伝導度が高く、燃料電池の内部抵抗を低減することができ、膨潤が抑制されており寸法安定性を兼ね備えていることから、アノード極のメタノールクロスオーバーを低減でき、バインダーからの固体酸の溶出を防止もしくは抑制できるので、そのような電解質膜を用いた燃料電池は耐久性に優れ、非常に高い発電特性を示すという顕著な効果を奏する。
【発明を実施するための最良の形態】
【0037】
以下、本発明を詳細に説明する。
本発明における好適な固体酸は、良好な水分散性を示す、スルホン酸基を有する無定形炭素である。このスルホン酸基を有する無定形炭素はダイヤモンドや黒鉛のような明確な結晶構造を持たない物質である。具体的には、粉末X線回折において、明確なピークが検出されないか、あるいは幅の広いピークが検出される物質を意味する。
【0038】
好適な本発明における固体酸は、下記の特性(イ)〜(ト)を備えることが好ましい。
(イ)13C核磁気共鳴スペクトルにおいて縮合芳香族炭素6員環およびスルホン酸基が結合した縮合芳香族炭素6員環の化学シフトが検出される。
(ロ)粉末X線回折において半値幅が5〜30°である炭素(002)面の回折ピークが少なくとも検出される。
(ハ)所定のスルホン酸密度(例えば0.5〜14mmol/g)を有する。
(ニ)硫黄含有量は、0.3〜15mmol/gである。
(ホ)高いプロトン伝導性を示す。
(ヘ)下記の分散性試験法により評価すると、1μm以下の細かい分散状態が得られる。
(ト)所定のクラスターサイズ(例えば0.5〜500nm)を有する。
【0039】
上記(イ)の性質に関して縮合芳香族炭素6員環のピークシフトは130ppmに、およびスルホン酸基が結合した縮合芳香族炭素6員環のピークシフトは140ppmに検出される。したがって、縮合芳香族炭素6員環がスルホン基を有していれば、140ppmへの化学シフトが検出されることとなる。13C核磁気共鳴スペクトルでは、定量的な取り扱いは考えていないために、140ppmへのピークシフトが検出できればよい。
【0040】
上記(ロ)の性質に関して、部分炭化の状態は、加熱処理物の粉末X線回折パターンにおいて、半値幅が5〜30°の(002)面の回折ピークが検出されるような状態が好ましく、検出される回折ピークは(002)面以外のものがあってもよいが、(002)面の回折ピークのみが検出されることが好ましい。無定形炭素が粉体X線回折において、炭素(002)面の回折ピークを示さないと性能が悪く、ピークを示すものは優れた性能を示す。このような純度が高い無定形固体酸を用いると、さらに優れた発電特性を示す。
【0041】
上記(ハ)の性質に関し、スルホン酸密度は0.5〜14mmol/gであることが好ましい。スルホン基密度が0.5mmol/g未満であるとプロトン伝導度が不十分となってしまう恐れがあり、またスルホン基密度が14mmol/gを超えると収率が下がってしまう恐れがある。より望ましくは、スルホン酸密度は1〜8mmol/gである。
【0042】
上記(ニ)の性質に関し、硫黄含有量は0.3〜15mmol/gであることが好ましいが、3〜10mmol/gであることがさらに好ましい。硫黄含有量が少ない場合では、スルホン基の密度が低くプロトン伝導度が不十分となってしまう恐れがある。硫黄含有量が多い場合では、スルホン酸基が導入された無定形炭素自体の合成における収率が低くなってしまう恐れがある。
【0043】
上記(ホ)の性質に関して、プロトン伝導度は特に限定されないが、0.01〜0.50Scm-1であることが好ましい(プロトン伝導度は、温度80℃、湿度100%RHの条件下、交流インピーダンス法によって測定される値である。)。プロトン伝導度が0.01Scm-1未満であるとプロトン伝導性が不十分で電池特性が不十分となってしまう恐れがあり、またプロトン伝導度が0.50Scm-1を超えると収率が下がってしまう恐れがある。
【0044】
上記(ヘ)の性質に関し、本発明の固体酸は下記の分散性試験法により評価した際に1μmよりも細かい分散状態が得られることが好ましい。1μmを超えると水分散性が劣り、固体酸をバインダーに分散させて得られる膜は、固体酸の分散性が劣り、プロトン伝導度に劣る恐れがある。
(分散性試験法):
バインダー樹脂としてのポリビニルアルコールを7質量%含有する水溶性ワニスへ常温で固体酸を全体に対して5質量%投入してボールミルを用いて分散させた後、基板上にコートして水分を除去して、膜化させ、電子顕微鏡(TEMまたはSEM)を用いてポリビニルアルコールバインダー樹脂中の固体酸の分散性を観察して評価する。
【0045】
上記(ト)の性質に関し、下記のクラスターサイズ測定法で測定したクラスターサイズが、0.5〜500nmであることが好ましい。クラスターサイズが0.5nm未満であると濾過により固体酸が流出して固体酸の収率が低下する恐れがあり、またクラスターサイズが500nmを超えるとバインダー中の固体酸の分散性が低下し均一性が下がってしまう恐れがある。より望ましくは、クラスターサイズは1〜400nmである。
【0046】
(クラスターサイズ測定法):
ラマン分光光度計を用い、露光時間0.5秒、露光回数100回、レーザー波長532nm、レーザー出力10%にてDピーク強度I(D)およびG強度I(G)を測定し、下記(式1)によりクラスターサイズLaを算出する。
La=49.6×[I(G)/I(D)] (式1)
【0047】
本発明の固体酸は、例えば、ナフタレンなどの多環式芳香族炭化水素類を濃硫酸または発煙硫酸中で加熱処理することによって製造することができる。
本発明で使用する多環式芳香族炭化水素類としては他に、例えば、ベンゼン、アントラセン、ペリレン、コロネン、またはそのスルホン化物から選択される少なくとも1種の多環式芳香族炭化水素類を好ましく使用することができ、好適には、ナフタレンなどを使用することができる。
また芳香族炭化水素類を含む重油、ピッチ、タール、アスファルトなどを使用することもできる。
多環式芳香族炭化水素類は、一種類だけを使用してもよいが、二種類以上を組み合わせて使用してもよい。また、必ずしも精製された多環式芳香族炭化水素類を使用する必要はない。
【0048】
本発明の固体酸の製造方法における反応について図1に示す。ナフタレンなどの多環式芳香族炭化水素類を濃硫酸または発煙硫酸中で加熱処理すると、スルホン化と環同士の縮合が起きる。この結果、図1に示すような固体酸を得ることができる。
【0049】
濃硫酸または発煙硫酸中の多環式芳香族炭化水素類の加熱処理は、窒素、アルゴンなどの不活性ガス気流中、あるいは乾燥空気気流中で行うことがスルホン酸密度の高い固体酸を製造する上で必要である。
より好ましい処理は多環式芳香族炭化水素類を加えた濃硫酸または発煙硫酸に窒素、アルゴンなどの不活性ガス、あるいは乾燥空気を吹き込みながら加熱を行うことである。
【0050】
濃硫酸と多環式芳香族炭化水素類の反応によって芳香族スルホン酸と水が生成するが、この反応は平衡反応である。したがって反応系内の水が増えると、逆反応が早く進むため、固体酸に導入されるスルホン酸の量が低下する。不活性ガスや乾燥空気気流中で反応を行うか、反応系にこれらのガスを吹き込みながら反応を行い、水を反応系から積極的に除去することによって高いスルホン酸密度をもつ固体酸を合成することができる。
【0051】
加熱処理においては、多環式芳香族炭化水素類の部分炭化、環化および縮合などを進行させると共に、スルホン化を起こさせる。従って、加熱処理温度は、前記反応を進行させる温度であれば特に限定されないが、工業的には、100〜450℃、好ましくは150〜250℃である。
処理温度が100℃未満の場合、多環式芳香族炭化水素類の縮合、炭化が十分でなく、炭素の形成が不十分であることがあり、また、処理温度が450℃を超えると、スルホン酸基の熱分解が起きる場合がある。
【0052】
加熱処理時間は、使用する多環式芳香族炭化水素類や処理温度などによって適宜選択できるが、通常、3〜50時間、好ましくは10〜20時間である。
【0053】
使用する濃硫酸または発煙硫酸の量は特に限定されないが、多環式芳香族炭化水素類1モルに対し、通常、2.6〜50.0モルであり、好適には6.0〜36.0モルである。
【0054】
そして、加熱処理直後の固体酸は、濃硫酸あるいは発煙硫酸が残留していて流動性を有するスラリー状態であることが望ましい。
【0055】
反応温度と反応時間および使用する濃硫酸量あるいは発煙硫酸量によってスラリー状態で加熱処理を終えることができる。
【0056】
スラリー状態で加熱処理を終えることによって、反応器からの固体酸の取り出し性を確保することができる。
【0057】
加熱処理が過剰であり濃硫酸あるいは発煙硫酸がなくなってスラリー状態から固形状態となると、反応器にへばりつき、取り出しが困難となるために、工業的製造にあたり不利となる。
【0058】
次いで、濃硫酸または発煙硫酸が混在したスラリー状態の固体酸から、濃硫酸または発煙硫酸を取り除くためには濾過を行う。
【0059】
ただし、固体酸は水への分散性がよいために、水による濾過は不可能である。そこで、濾過に用いる溶媒としては、メチルエチルケトンなどの固体酸の貧溶媒を用いる。
【0060】
本発明において使用するバインダーとしては、以下に例示する樹脂を単独または二種類以上混合して使用することができる。また、これらの樹脂の変性体や共重合体を使用してもよい。
樹脂としては、エポキシ樹脂、ユリア樹脂、シリコーン樹脂、プロピレン樹脂、フェノール樹脂、キシレン樹脂、メラミン樹脂、ポリエステル樹脂、アルキド樹脂、ビニリデン樹脂、フラン樹脂、ウレタン樹脂、フェニレンエーテル樹脂、ポリカーボネート樹脂、アクリル樹脂、アミド樹脂、イミド樹脂、ビニル樹脂、カルボン酸樹脂、フッ素樹脂、ナイロン樹脂、スチロール樹脂、エンジニアリングプラスチックなどを例示できるが、これらに限定されない。
また、上記のように有機樹脂だけでなく、有機無機ハイブリッド樹脂やシリケート樹脂、水ガラス、各種無機ポリマーなども使用できる。
これらの樹脂にスルホン酸基や水酸基を導入した変性体も好適に用いられる。なかでも水溶性ポリマー、フッ素樹脂、エンジニアリングプラスチックを単独、若しくは変性および混合もしくは共重合させたものは、ガス遮断性、水蒸気透過性、非電子伝導性、低コスト性など、固体電解質膜として重要な性質を備えているので好ましい。特に水溶性ポリマーは、前記した性質に加え、スルホン基導入無定形炭素に親和性が高く、良好な膜を作り好ましい。水溶性ポリマーの中でもポリビニルアルコールは機械的特性に優れ好ましい。
【0061】
エンジニアリングプラスチックとしては、ポリアミド、ポリブチレンテレフタレート、ポリカーボネート、ポリアセタール、変性ポリフェニレンオキサイド、変性ポリフェニレンエーテル、ポリフェニレンサルファイド、ポリエーテルエーテルケトン、ポリエーテルスルホン、ポリスルホン、ポリアミドイミド、ポリエーテルイミド、ポリイミド、ポリアリレート、ポリアリルエーテルニトリルなどが好適に用いられる。この中でも変性ポリフェニレンオキサイド、変性ポリフェニレンエーテル、ポリフェニレンサルファイド、ポリエーテルエーテルケトン、ポリエーテルスルホン、ポリスルホン、ポリアミドイミド、ポリエーテルイミド、ポリイミド、ポリアリレート、ポリアリルエーテルニトリルは安定性に優れ、特に好ましい。
【0062】
水溶性ポリマーとしては、純水に1質量%以上溶解するものであれば特に限定されない。このようなものには以下のようなものがある。
すなわちポリビニルアルコール、ポリアリルアルコール、ポリプロピルアルコール、ポリフェノール、ポリスチリルアルコール、ポリビニルピロリドン、ポバール酢酸ビニル、ポリビニルアセトアミド、カラギナン、ポリエチレングリコール、デキストリン、デキストラン、カルボキシメチルセルロース、アルギン酸、セルロース系化合物、スターチ、ポリアクリルアミド、カルボン酸系ポリマー、水溶性ナイロン、水溶性ポリイミドなどが挙げられる。またそれらの共重合体、誘導体を用いても良く、単独または2種類以上を組み合わせて使用することもできる。これらのなかでも、ポリビニルアルコールは機械的強度が強い為、特に好ましい。
【0063】
フッ素を含有しているバインダーとしては、フッ素樹脂などを使用でき、より具体的には、テトラフルオロエチレン、クロロトリフルオロエチレン、ビニルフルオライド、ビニリデンフルオライド、ヘキサフルオロプロピレン、パーフルオロアルキルビニルエーテルなどのフッ素含有モノマーの単独または共重合体を使用することができる。前記フッ素含有モノマーと、エチレン、プロピレン、スチレン、各種のアクリレートなどの共重合性モノマーとの共重合体も含まれる。フッ素を含有することで電解質膜の安定性が飛躍的に向上する。
【0064】
スルホン酸基を含有するバインダーとしては、エポキシ樹脂、ユリア樹脂、シリコーン樹脂、プロピレン樹脂、フェノール樹脂、キシレン樹脂、メラミン樹脂、ポリエステル樹脂、アルキド樹脂、ビニリデン樹脂、フラン樹脂、ウレタン樹脂、フェニレンエーテル樹脂、ポリカーボネート樹脂、アクリル樹脂、アミド樹脂、イミド樹脂、ビニル樹脂、カルボン酸樹脂、フッ素樹脂、ナイロン樹脂、スチロール樹脂、エンジニアリングプラスチックなどを、硫酸や発煙硫酸などでスルホン酸基変性したものを使用できる。
これらを用いることでバインダーにもプロトン伝導性が付与でき、さらに良いプロトン伝導性が付与されることが多い。
【0065】
本発明に用いられる電解質膜は必要に応じて、酸化防止剤、熱安定剤、滑剤、粘着付与剤、可塑剤、粘度調整剤、静電気防止剤、抗菌剤、消泡剤、分散剤、重合禁止剤、などの各種添加剤などを電解質膜の特性を損なわない範囲で含んでもよい。
【0066】
固体酸とバインダーの質量比は、固体酸:バインダー=1:99〜99:1の範囲であるが、必要とされる電解質膜の特質に応じてその割合を変更することが可能である。固体酸が1未満ではプロトン伝導性が悪くなる恐れがあり、固体酸が99を超えると膜が形成できない恐れがある。
バインダーがスルホン酸基などプロトン伝導性の官能基を有しない場合は、固体酸をできるだけ多くした方が、高いプロトン伝導性を付与することができる。膜強度との関係もあるが、この場合は、固体酸とバインダーの質量比は固体酸:バインダー=5:95〜99:1の範囲である方が好ましいことが多く、30:70〜80:20の範囲が特に好ましい。
一方、バインダーがスルホン酸基などプロトン伝導性の官能基を有する場合はプロトン伝導性の付与よりも、膜強度や安定性を重視した方が良い結果が得られることが多い。
【0067】
本発明の電解質膜を作成する方法の一例としては、たとえば、バインダーと固体酸と溶媒を混ぜたインクを支持体に塗工し乾燥させ、電解質膜を作製する。もしくは、バインダーと固体酸を高温で混練したものを塗工してもよい。必要に応じてその上へ保護フィルムを積層して保存することができる。
【0068】
本発明の電解質膜は、バインダーから固体酸が溶出するのを防止もしくは抑制するために所定処理温度および所定処理時間の範囲で加熱処理を行うことが必要である。とくに、燃料電池の運転温度が高いほど、バインダーから固体酸が溶出しやすい傾向となる。そこで、膜電極接合体を製造する前に、電解質膜のみを加熱処理することが望まれる。加熱処理を行うほど、溶出を防止もしくは抑制できる。しかしながら、同時にプロトン伝導度が低下する傾向がある。したがって、なるべく過剰な加熱処理を行わないことが好ましい。ダイレクトメタノール型燃料電池の運転温度は通常は室温であるために、比較的弱い加熱処理でも溶出防止もしくは抑制することが可能となる。
【0069】
加熱処理の温度は、60〜180℃が好ましく、100〜140℃がより好ましい。60℃未満では、溶出防止効果が十分でなくなる恐れがあり、180℃を超えるとプロトン伝導度の低下が大きくなる恐れがあるためである。
【0070】
加熱処理の時間は、0.1〜30時間が好ましく、0.5〜2.0時間がより望ましい。0.1時間未満では、溶出防止効果が十分でなくなる恐れがあり、30時間を超えるとプロトン伝導度の低下が大きくなる恐れがあるためである。
【0071】
電解質膜のプロトン伝導度は温度が25℃で湿度が95%RHのもとで0.01〜0.5S/cmが好ましく、0.04S/cm以上であることがさらに好ましく、0.09S/cm以上であることが特に好ましい。0.01S/cmであれば、燃料電池の内部抵抗が極度に増大することはない。一方、プロトン伝導度が0.5S/cmを超えると、膨潤性が高まって形状安定性が損なわれる恐れがある。
【0072】
電解質膜におけるバインダーから固体酸が溶出すると、溶液はしだいに茶色化していき、電解質膜のプロトン伝導度は低下する傾向を示す。電解質膜に加熱処理を施すことによって、バインダーから固体酸が溶出しなくなっていく。
【0073】
電解質膜の寸法安定性は、アノード極からカソード極へのメタノールクロスオーバーに対して影響を与える。寸法安定性が高いほうが、電解質膜と触媒層の間の密着性が劣化しにくく、メタノールクロスオーバーを抑制しやすい。
そこで電解質膜を25℃純水中で24時間浸漬し、浸漬前後の面積膨潤比率を下記(式2)で計算し、得られた面積膨潤比率Rにより寸法安定性の評価を行った。
すなわち、25℃純水への24時間浸漬前の膜厚(μm)をd1、幅(cm)をw1とし、25℃純水への24時間浸漬後の膜厚(μm)をd2、幅(cm)をw2とすると、面積膨潤比率Rは下記(式2)で求められる。
【0074】
R=(d2×w2)/(d1×w1) (式2)
【0075】
面積膨潤率Rが2.0倍以下〜1.0倍であることが望ましく、面積膨潤率Rが1.5倍以下〜1.0倍であることがより望ましい。面積膨潤比率Rが2.0倍以下〜1.0倍であれば、電解質膜表面と触媒層との密着性が十分に保たれ、電解質膜と触媒層の界面抵抗が大きくなりすぎることもなく、電解質の膨潤を十分に抑制し、かつメタノール透過性を低く抑えることができる。
【0076】
本発明の電解質膜を用いて膜電極接合体を製造する方法は、たとえば、使用時に前記支持体と保護フィルムを剥離させた後、電解質の両面に、ナフィオン(Nafion、デュポン社の登録商標)などのプロトン伝導性樹脂溶液をバインダーとして塗布して、触媒層付きガス拡散電極を合わせ、ホットプレスにすることで膜電極接合体が得られる。本発明はこれに限定されるものではない。
【0077】
ここにセパレーターや補助的な装置(メタノール供給装置など)を組み立て、単一あるいは積層することにより、燃料電池を作製することができる。
すなわち、上記のような方法で得られた膜電極接合体を、セパレーターなどで挟むことで、本発明の燃料電池が得られる。
【0078】
本発明の燃料電池は、単独または複数を積層してスタックを形成して、用いることもできる。
【0079】
図4は本発明の膜電極結合体の一実施態様の断面説明図である。
前記電解質膜1をその両面に常法により電極触媒層2、3を接合・積層して膜電極結合体12が形成される。
【0080】
図5は、この膜電極結合体12を装着した固体高分子型燃料電池の単セルの一実施態様の構成を示す分解断面図である。膜電極結合体12の電極触媒層2および電極触媒層3と対向して、それぞれカーボンペーパーにカーボンブラックとポリテトラフルオロエチレン(PTFE)の混合物を塗布した構造を持つ空気極側ガス拡散層4および燃料極側拡散層5が配置される。これによりそれぞれ空気極6および燃料極7が構成される。そして、単セルの燃料極側拡散層5に面してメタノール水溶液流通用の流路13を備え、単セルの空気極側ガス拡散層4に面して反応ガス流通用の流路8を備え、それぞれ相対する主面に冷却水流通用の冷却水流路9を備えた導電性でかつガス不透過性の材料よりなる一組のセパレーター10により挟持して単セル11が構成される。
【実施例】
【0081】
以下、本発明を実施例により具体的に説明するが、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。
(実施例1)
(固体酸の製造)
20gのナフタレンを300mLの96%濃硫酸に加え、この混合物に窒素ガスを30ml/minで吹き込みながら250℃で15時間加熱することによって黒色のスラリーが得られた。得られたスラリーを、メチルエチルケトン(MEK)を溶剤として用いて濾過を繰り返し行うことによって硫酸を元素分析の検出限界以下まで除去し、黒色の固形粉体(固体酸)を得た。
【0082】
(固体酸の解析)
スルホン酸基導入無定形炭素の13C核磁気共鳴スペクトル(以下13CMASと称す。MAS:Magnetic Angle Spinning)の測定:
ASX200(Bruker社製、測定周波数:50.3MHz)を使用して測定した。
図2は、スルホン酸基導入無定形炭素の13CMASの測定結果を示すグラフである。
130ppm付近には縮合芳香族炭素6員環による化学シフトが現れ、140ppm付近にはスルホン酸基が結合した縮合芳香族炭素6員環による化学シフトが現れた。
【0083】
固体酸のX線回折測定:
固体酸のX線解析装置:
Geigerflex RAD−B,CuKα(株式会社リガク社製)を使用した。
図3は固体酸のX線解析結果を示すグラフである。
炭素(002)面と(004)面の回折ピークが確認された。(002)面の回折ピークの半値幅は11°であった。
【0084】
固体酸のスルホン酸密度の測定:
製造した固体酸材料1gを蒸留水100mLに分散させ、0.1M水酸化ナトリウム水溶液で滴定することによってスルホン酸密度を求めた。なお中和点はpHメータを用いて決定した。
スルホン酸密度の測定結果、4.9mmol/gであった。
【0085】
(固体酸の性能評価)
(プロトン伝導度の測定)
固体酸粉末を加圧成型(日本分光社製、10mmΦ錠剤成型器、成型条件:400kg/cm2 、室温、1分)することによって、厚さ0.7mm、直径10mmのディスクを作製し、ディスクの片面に白金を蒸着した後、インピーダンスアナライザー(HYP4192A)を用いて交流インピーダンス法によってプロトン伝導度を測定した。
周波数5〜13MHz、印加電圧12mV、温度25℃、湿度95%にてセルのインピーダンスの絶対値と位相角を測定した。得られたデータは、コンピュータを用いて発振レベル12mVにて複素インピーダンス測定を行った。
【0086】
σ=I/{R×S} (式3)
前記式3において、
σ:プロトン伝導度(S/cm)
l:厚(cm)
R:抵抗(Ω)
S:断面積(cm2
である。
【0087】
プロトン伝導度は0.04Scm-1であることが確認された。
この結果は、上記固体酸がナフィオンに匹敵するプロトン伝導度を有することを示している。
【0088】
(電解質膜の作製)
ポリビニルアルコール8質量%溶液6.25gと固体酸0.5gを溶媒も用いて調整し、ワニスを作製した。ついで、アプリケータを用いて支持体上に塗工したあと、乾燥炉にて60℃30分間乾燥させて、電解質膜を得た。電解質膜の上へ保護フィルムを積層した。
【0089】
(電解質膜の加熱処理)
電解質膜を110℃1時間加熱処理した。
【0090】
(膜電極接合体の作製)
加熱処理後の電解質膜から支持体と保護フィルムを剥離したのち、その両面にアイオノマーにナフィオン(Nafion,デュポン社の登録商標)を用いて触媒層付きガス拡散電極を合わせてホットプレスし、膜電極接合体を得た。膜電極接合体をセパレーターではさみ、アノード極へはメタノール水溶液を供給するダイレクトメタノール型燃料電池とした。
【0091】
(電解質膜の評価方法)
(1)電解質膜のプロトン伝導度の測定:
電解質膜を膜厚0.12mm、幅15mmの大きさにカットし交流インピーダンス法によって25℃、湿度95%RHにおけるプロトン伝導度を測定した。
【0092】
σ=I/{R×S} (式4)
前記式4において、
σ:プロトン伝導度(S/cm)
l:膜厚(cm)
R:抵抗(Ω)
S:断面積(cm2
である。
【0093】
(2)電解質膜からの固体酸の溶出の有無:
25℃純水に24時間浸漬させたあとで水の着色について確認を行い、溶出の評価を行った。純水が茶色化している場合は溶出したと判断した。
(3)電解質膜の面積膨潤比率の測定:
25℃純水への24時間浸漬前の膜厚をd1、幅をw1とし、25℃純水への24時間浸漬後の膜厚をd2、幅をw2とすると、面積膨潤比率Rは前記式2を用いて算出して求められる。
(4)電解質膜のメタノールクロスオーバーの評価:
25℃の5〜18質量%メタノール水溶液を用いて測定を行った。ガスクロマトグラフィにより電解質膜を透過したメタノールを定量し、経時変化に対してメタノール透過量をプロットした。このプロットの傾きから、メタノール透過流速を得た。
電解質膜の膜厚を考慮した下(式5)を用いて、メタノール透過係数を算出した。
【0094】
P=J×I (式5)
前記式5において、
P:メタノール透過係数(g・μm/m2 /sec)
J:メタノール透過流速(g/m2 /sec)
I:膜厚(μm)
である。
【0095】
表1に、加熱処理の有無、プロトン伝導度、電解質膜からの固体酸の溶出の有無、面積膨潤比率およびメタノールクロスオーバーを評価した結果を示す。
【0096】
(比較例1)
実施例1における、110℃1時間の加熱処理を施さないこと以外は、実施例1と同様にして電解質膜を作製し、実施例1と同様にしてプロトン伝導度、電解質膜からの固体酸の溶出の有無、面積膨潤比率およびメタノールクロスオーバーを評価した結果を表1に示す。
【0097】
(比較例2)
固体酸を配合しなかった以外は、実施例1と同様にしてポリビニルアルコール単一成分からなる電解質膜を作製し、実施例1と同様にしてプロトン伝導度、電解質膜からの固体酸の溶出の有無、面積膨潤比率およびメタノールクロスオーバーを評価した結果を表1に示す。
【0098】
(比較例3)
市販のナフィンオン112(Nafion、登録商標、デュポン社製)(膜厚50μm)を電解質膜として用いた以外は、実施例1と同様にしてプロトン伝導度、電解質膜からの固体酸の溶出の有無、面積膨潤比率およびメタノールクロスオーバーを評価した結果を表1に示す。
【0099】
【表1】

【0100】
表1から、実施例1の本発明の電解質膜は、比較例3の市販のナフィオン112(Nafion、登録商標、デュポン社製)膜とほぼ同等のプロトン伝導度を確保しつつ、電解質膜のバインダーからの固体酸の溶出を防止し、かつ面積膨潤比率を1.4倍という低い値に抑えることができ、寸法安定性を改善でき、メタノールクロスオーバーを比較例3の市販のナフィオン112(Nafion、登録商標、デュポン社製)膜の約3分の1まで低減できたことが判る。
それに対して、加熱処理を施さなかった比較例1の電解質膜は、プロトン伝導度は確保されるものの、電解質膜のバインダーからの固体酸の溶出があり、面積膨潤比率が6.1倍と高い値になり、そして25℃純水へ浸漬すると膨潤してしまって形状を維持できず、メタノールクロスオーバーの評価を行うことができなかった。
また、固体酸を配合しなかった比較例2の電解質膜は、プロトン伝導度が0でプロトン伝導性がなく、面積膨潤比率が6.5倍と高い値になり、そして25℃純水へ浸漬すると膨潤してしまって形状を維持できず、メタノールクロスオーバーの評価を行うことができなかった。
【産業上の利用可能性】
【0101】
本発明のダイレクトメノタール型燃料電池用電解質膜は、少なくとも固体酸およびバインダーを有する組成物を所定処理温度および所定処理時間の範囲で加熱処理したことを特徴とするものであり、
電解質膜の膨潤が抑制されて寸法安定性を兼ね備えていることから、バインダーからの固体酸の溶出を防止でき、アノード極のメタノールクロスオーバーを低減でき、プロトン伝導度が十分に高く、ダイレクトメノタール型燃料電池に利用した場合に燃料電池の内部抵抗を低減することができ、ダイレクトメタノール型燃料電池用途としての電解質膜として優れた特性を発揮することができるという顕著な効果を奏する上、
本発明において前記固体酸として多環式芳香族炭化水素類を濃硫酸あるいは発煙硫酸中で加熱処理し多環状芳香族炭化水素を縮合およびスルホン化することによって得られるスルホン酸基が導入された無定形炭素を用いると、この固体酸はスルホン化と炭化という非常に簡便なステップで合成でき、プロトン伝導度が高い物質であり、しかも、必ずしも精製された出発原料を必要とせず、重油、ピッチ、タール、アスファルトなどを出発原料としても良いので大幅なコストダウンになる上、硫酸ピッチとして大量に産業廃棄されているものをリサイクルすることで環境負荷を大幅に低減できるというさらなる顕著な効果を奏するので、産業上の利用価値が高い。
【図面の簡単な説明】
【0102】
【図1】固体酸を製造する工程を概念的に示す説明図である。
【図2】固体酸の13CMAS(Magnetic Angle Spinning)核磁気共鳴スペクトルの測定結果を示すグラフである。
【図3】固体酸のX線解析結果を示すグラフである。
【図4】電解質膜の両面に電極触媒層を形成した膜電極結合体の一実施態様の断面説明図である。
【図5】図4に示した膜電極結合体を装着した固体高分子型燃料電池の単セルの構成を示す分解断面図である。
【符号の説明】
【0103】
1 電解質膜
2、3 電極触媒層
4 空気極側ガス拡散層
5 燃料極側拡散層
6 空気極
7 燃料極
8、13 流路
9 冷却水流路
10 セパレータ
11 単セル
12 膜電極結合体

【特許請求の範囲】
【請求項1】
少なくとも固体酸およびバインダーを有する組成物を所定処理温度および所定処理時間の範囲で加熱処理したことを特徴とするダイレクトメノタール型燃料電池用電解質膜。
【請求項2】
前記固体酸が、多環式芳香族炭化水素類を濃硫酸あるいは発煙硫酸中で加熱処理し多環状芳香族炭化水素を縮合およびスルホン化することによって得られるスルホン酸基が導入された無定形炭素であることを特徴とする請求項1記載の電解質膜。
【請求項3】
前記スルホン酸基が導入された無定形炭素が、13C核磁気共鳴スペクトルにおいて縮合芳香族炭素6員環およびスルホン酸基が結合した縮合芳香族炭素6員環の化学シフトが検出されるスルホン酸基が導入された無定形炭素であることを特徴とする請求項2記載の電解質膜。
【請求項4】
前記スルホン酸基が導入された無定形炭素が、粉末X線回折において半値幅が5〜30°である炭素(002)面の回折ピークが少なくとも検出されるスルホン酸基が導入された無定形炭素であることを特徴とする請求項2あるいは請求項3記載の電解質膜。
【請求項5】
前記スルホン酸基が導入された無定形炭素が、粉末X線回折において炭素(002)面の回折ピークのみが検出されるスルホン酸基が導入された無定形炭素であることを特徴とする請求項2から請求項4のいずれかに記載の電解質膜。
【請求項6】
前記スルホン酸基が導入された無定形炭素のスルホン酸密度が、0.5〜14mmol/gであるスルホン酸基が導入された無定形炭素であることを特徴とする請求項2から請求項5のいずれかに記載の電解質膜。
【請求項7】
前記バインダーが、水溶性ポリマーであることを特徴とする請求項1から請求項6のいずれかに記載の電解質膜。
【請求項8】
前記バインダーが、ポリビニルアルコールまたはその変性体であることを特徴とする請求項1から請求項7のいずれかに記載の電解質膜。
【請求項9】
前記バインダーが、エンジニアリングプラスチックまたはその変性体であることを特徴とする請求項1から請求項6のいずれかに記載の電解質膜。
【請求項10】
前記バインダーが、フッ素を含有することを特徴とする請求項1から請求項9のいずれかに記載の電解質膜。
【請求項11】
前記バインダーが、スルホン酸基を含有することを特徴とする請求項1から請求項10のいずれかに記載の電解質膜。
【請求項12】
前記加熱処理の温度が60〜180℃であり、処理時間が0.1〜30時間であることを特徴とする請求項1から請求項11のいずれかに記載の電解質膜。
【請求項13】
プロトン伝導度が0.01〜0.5S/cmであって、面積膨潤比率が2.0〜1.0倍であることを特徴とする請求項1から請求項12のいずれかに記載の電解質膜。
【請求項14】
請求項1から請求項13のいずれかに記載のダイレクトメノタール型燃料電池用電解質膜を用いたことを特徴とする膜電極接合体。
【請求項15】
請求項1から請求項13のいずれかに記載のダイレクトメノタール型燃料電池用電解質膜を用いたことを特徴とするダイレクトメノタール型燃料電池。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2009−54350(P2009−54350A)
【公開日】平成21年3月12日(2009.3.12)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−218244(P2007−218244)
【出願日】平成19年8月24日(2007.8.24)
【出願人】(000003193)凸版印刷株式会社 (10,630)
【出願人】(304021417)国立大学法人東京工業大学 (1,821)
【Fターム(参考)】