説明

チェーン

【課題】 潤滑油を介在させなくても円滑な作動を維持できるチェーンを提供する。
【解決手段】 対の内プレート21と、各内プレート21の間に固定される2本のブッシュ22と、各ブッシュ22に回転自在に嵌合するローラ23と、各内プレート21およびブッシュ22を挟むようにして設けられる対の外プレート31と、各ブッシュ22を貫通しその両端部が各外プレート31にカシメ固定されるピン32とを備えるチェーン1において、内プレート21、ブッシュ22、ローラ23、外プレート31、ピン32が持つ摺接部の表面に炭素を主成分としたアモルファス構造体からなるDLCコーティング膜2をそれぞれ形成した。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、例えば自転車、オートバイに用いられるチェーンをはじめとして各種機械の動力伝達機構に用いられるチェーンの改良に関するものである。
【背景技術】
【0002】
この種のチェーンとして、例えば特許文献1に開示されたものがある。このチェーンは、チェーンを構成するプレート、ピン、ブッシュ、ローラの表面に、亜鉛ニッケル合金めっきを施している。亜鉛ニッケル合金めっきによる被膜は、亜鉛による防錆性能と、ニッケルによる光沢ある外観とを併せ有する。
【特許文献1】特開平07−127698号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0003】
しかしながら、従来のチェーンにあっては、チェーンを構成するプレート、ピン、ブッシュ、ローラの摺接部が摩耗する可能性があるため、潤滑油の介在が不可欠であり、頻繁に給油を行う必要があったり、潤滑油が周囲に飛散して汚れが生じるという問題点があった。
【0004】
本発明は上記の問題点に鑑みてなされたものであり、潤滑油を介在させなくても円滑な作動を維持できるチェーンを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明は、対の内プレートと、各内プレートの間に固定される2本のブッシュと、各内プレートおよびブッシュを挟むようにして設けられる対の外プレートと、各ブッシュを貫通しその両端部が各外プレートに固定されるピンとを備えるチェーンに適用する。
【0006】
そして、内プレート、ブッシュ、外プレート、ピンの少なくとも一つが持つ摺接部の表面に炭素を主成分としたアモルファス構造体からなるDLCコーティング膜を形成したことを特徴とするものとした。
【発明の効果】
【0007】
本発明によると、チェーンを構成する内プレート、ブッシュ、外プレート、ピンの少なくとも一つが持つ摺接部の表面に炭素を主成分としたアモルファス構造体からなるDLCコーティング膜を形成する構造のため、摩擦係数が低い平滑なDLCコーティング膜によって摺接部に働く摩擦力を低減し、スプロケット等に掛け回されるチェーンが円滑に作動し、チェーンが動力を伝達する機械効率を高められる。
【0008】
チェーンは各摺接部の表面に高硬度のDLCコーティング膜を形成する構造のため、部品の形状が維持され、チェーンの伸びが生じることを抑えられ、チェーンの寿命延長がはかれる。
【0009】
そして、チェーンは潤滑油を供給しなくても円滑な作動性が確保され、無給油状態で作動させることが可能となる。この結果、チェーンは潤滑油が飛散したり、潤滑油から塵埃が発生することを回避し、例えばクリーンルーム内で使用することが可能となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0010】
以下、本発明の実施形態を添付図面に基づいて説明する。
【0011】
図1の(a),(b)に示すように、チェーン1は、複数の内リンク20と外リンク30が交互に並んで回動可能に連結され、図示しないスプロケット等に掛け回されることによって動力を伝達するようになっている。
【0012】
内リンク20は、対の内プレート21と、各内プレート21の間に固定される2本のブッシュ22と、各ブッシュ22に回転自在に嵌合するローラ23とによって構成される。
【0013】
外リンク30は、対の外プレート31と、その両端部が各外プレート31にカシメ固定されるピン32とによって構成される。
【0014】
各外プレート31は各内プレート21およびブッシュ22を挟むようにして設けられる。各ピン32は各ブッシュ22を貫通して設けられる。外リンク30が内リンク20に対して回動することにより、各ピン32が各ブッシュ22に対して回転するようになっている。
【0015】
そして本発明の要旨とするところであるが、内プレート21、ブッシュ22、ローラ23、外プレート31、ピン32が持つ摺接部の表面に炭素を主成分としたアモルファス構造体からなるDLCコーティング膜2をそれぞれ形成する。DLCコーティング膜2の厚さは、例えば数μ程度以下の寸法である。
【0016】
内プレート21の外側面21aは、外プレート31の外側面31aに摺接する。この内プレート21の外側面21aにDLCコーティング膜2を形成する。
【0017】
外プレート31の内側面31aはブッシュ22の端面22aと内プレート21の外側面21aに摺接する。この外プレート31の内側面31aにDLCコーティング膜2を形成する。
【0018】
ブッシュ22の端面22aは外プレート31の内側面31aに摺接し、ブッシュ22の外周面22bはローラ23の内周面に摺接する。このブッシュ22の端面22aと外周面22bにDLCコーティング膜2を形成する。
【0019】
ローラ23の外周面23aは図示しないスプロケット等の歯面に摺接する。このローラ23の外周面23aにDLCコーティング膜2を形成する。
【0020】
ピン32の外周面32aはブッシュ22の内周面に摺接する。このピン32の外周面32aにDLCコーティング膜2を形成する。
【0021】
DLCコーティング膜2は、アンバランスマグネトロンスパッタ法(以下、「UBMスパッタ法」と称する)によって形成される。
【0022】
スパッタの原理は、図3に示すように、アルゴン等の不活性ガスを導入した真空中でターゲット41を陰極として陽極の間でグロー放電させてプラズマを形成し、このプラズマ中のイオンをターゲット41に衝突させてターゲット41の原子を弾き飛ばし、この原子をターゲット41と対向して配置されたワーク(内プレート21、ブッシュ22、ローラ23、外プレート31、ピン32)3上に堆積させて皮膜を形成するようになっている。
【0023】
UBMスパッタ法は、スパッタ蒸発源10にターゲット41の中心部と周辺部で異なる磁気特性を有する磁石42,43が配置されて、プラズマを形成しつつ強力な磁石42により発生する磁力線の一部がワーク3の近傍に達し、ワーク3にバイアス電圧を印加することによって、ターゲット材41を構成する物質がワーク3上に堆積される。
【0024】
図4は、UBMスパッタ装置50の基本構成を示す。真空チャンバ51に4つのスパッタ蒸発源40a〜40dが設けられ、その中央に配置された自公転式ワークテーブル56上にワーク3が置かれ、ワーク3にコーティングが行われる。スパッタ蒸発源40a〜40dには皮膜材料となる平板状ターゲットが取り付けられる。真空チャンバ51にはアルゴン等の不活性ガスとメタンガス等の炭化水素ガスが所定量充填される。
【0025】
スパッタ蒸発源40a,40cにはターゲットとしてグラファイトを使用し、スパッタ蒸発源40b,40dにはターゲットとして金属を使用する。
【0026】
DLCコーティング膜2は、図2に示すように、ワーク3の表面にニッケルメッキ層61を形成し、このニッケルメッキ層61の表面にボンド層62、中間層63、トップ層64が順に積層して形成される。
【0027】
図5は、上記DLCコーティング膜2を形成するのにあたって、ターゲット出力が変化する様子を示している。
【0028】
ボンド層62は、金属ターゲット40b,40dのみをスパッタして、金属膜として形成される。このボンド層62を形成するのにあたって、図5に示すように、スパッタ蒸発源40b,40dの金属ターゲット出力を100%とし、スパッタ蒸発源40a,40cのグラファイトターゲット出力を0%と一定にして、所定時間だけスパッタが行われる。
【0029】
中間層63は、スパッタ蒸発源40b,40dの金属ターゲットとスパッタ蒸発源40a,40cのグラファイトターゲットを同時にスパッタし、ターゲット出力を次第に変化させて金属と炭素の傾斜組成膜として形成される。この中間層63を形成するのにあたって、図5に示すように、スパッタ蒸発源40b,40dの金属ターゲット出力を100%から一次的に減少させる一方、スパッタ蒸発源40a,40cのグラファイトターゲット出力を0%から一次的に増加させて、所定時間だけスパッタが行われる。
【0030】
トップ層64は、スパッタ蒸発源40b,40dの金属ターゲットとスパッタ蒸発源40a,40cのグラファイトターゲットを同時にスパッタし、ターゲット出力を略一定にしてスパッタ蒸発源40b,40dの金属ターゲットとスパッタ蒸発源40a,40cのグラファイトターゲットのスパッタ率を所定範囲に保って、所定時間だけスパッタが行われる。
【0031】
このトップ層64を形成するのにあたって、図5に示すように、スパッタ蒸発源40b,40dの金属ターゲット出力を10%程度とし、スパッタ蒸発源40a,40cのグラファイトターゲット出力を90%程度と一定にして、トップ層64に含まれる金属の比率は3〜18%の範囲に設定する。さらに望ましくは、トップ層64に含まれる金属の比率を3〜12%の範囲に設定する。
【0032】
以上のように構成されて、次に作用について説明する。
【0033】
ステンレス製のワーク3の表面にニッケルメッキ層61を形成した後、金属の比率を100%にしたボンド層62を設けることにより、母材に対するDLCコーティング膜2の結合強度を高められる。
【0034】
金属の比率を100%にしたボンド層62上に金属の比率を次第に減らす金属と炭素の傾斜組成膜からなる中間層63を設け、中間層63の上に炭素を主成分とするトップ層64を設けることにより、DLCコーティング膜2におけるトップ層64の結合強度を高められる。
【0035】
トップ層64の金属の比率を3〜18%の範囲に設定することにより、トップ層64の密着性や靱性を高められ、高荷重によってワーク3が変形するような場合、割れや、剥離が生じることを防止できる。そして、トップ層64の硬度の低下を抑えられ、耐摩耗性を確保できる。
【0036】
図6にトップ層64に含まれる金属の比率と靱性及び硬度の関係を示すように、金属の比率を3〜18%の範囲に設定することにより、トップ層64の靱性と硬度の両方を高められる。さらにトップ層64に含まれる金属の比率を3〜12%の範囲に設定することにより、トップ層64の靱性と硬度の両方を著しく高められる。
【0037】
これに対して従来は、トップ層に含まれる金属の比率が0%になっていたため、密着性や靱性が不足し、トップ層に割れや剥離が生じやすいという問題点があった。
【0038】
この結果、高荷重を受けるワーク3の表面にDLCコーティング膜2を形成しても、DLCコーティング膜2の割れや剥離が生じることを回避し、実用化が可能となる。
【0039】
チェーン1を構成する内プレート21、ブッシュ22、ローラ23、外プレート31、ピン32が持つ摺接部の表面に炭素を主成分としたアモルファス構造体からなるDLCコーティング膜2をそれぞれ形成する構造のため、摩擦係数が低い平滑なDLCコーティング膜2によって各摺接部に働く摩擦力を低減し、図示しないスプロケット等に掛け回されるチェーン1が円滑に作動し、チェーン1が動力を伝達する機械効率を高められる。
【0040】
内プレート21の外側面21aにDLCコーティング膜2を形成することにより、内プレート21の外側面21aが外プレート31の外側面31aに円滑に摺接し、この摺接部に働く摩擦力を低減する。
【0041】
外プレート31の内側面31aにDLCコーティング膜2を形成することにより、外プレート31の内側面31aがブッシュ22の端面22aと内プレート21の外側面21aに円滑に摺接し、この摺接部に働く摩擦力を低減する。
【0042】
ブッシュ22の端面22aと外周面22bにそれぞれDLCコーティング膜2を形成することにより、ブッシュ22の端面22aが外プレート31の内側面31aに円滑に摺接するとともに、ブッシュ22の外周面22bがローラ23の内周面に円滑に摺接し、これらの摺接部に働く摩擦力を低減する。
【0043】
ローラ23の外周面23aにDLCコーティング膜2を形成することにより、ローラ23の外周面23aが図示しないスプロケット等の歯面に円滑に摺接し、この摺接部に働く摩擦力を低減する。
【0044】
ピン32の外周面32aにDLCコーティング膜2を形成することにより、ピン32の外周面32aがブッシュ22の内周面に円滑に摺接し、この摺接部に働く摩擦力を低減する。
【0045】
チェーン1は各摺接部の表面に高硬度のDLCコーティング膜2を形成する構造のため、内プレート21、ブッシュ22、ローラ23、外プレート31、ピン32の形状が維持され、チェーン1の伸びが生じることを抑えられ、チェーン1の寿命延長がはかれる。
【0046】
さらに、チェーン1は潤滑油を供給しなくても円滑な作動性が確保されるため、無給油状態で作動させることが可能となる。この結果、チェーン1は潤滑油が飛散したり、潤滑油から塵埃が発生することを回避し、例えばクリーンルーム内で使用することが可能となる。
【0047】
本発明は上記の実施形態に限定されずに、その技術的な思想の範囲内において種々の変更がなしうることは明白である。
【産業上の利用可能性】
【0048】
本発明は、種々の機械の動力伝達に用いられるチェーンに利用できる。
【図面の簡単な説明】
【0049】
【図1】本発明の実施形態を示し、(a)はチェーンの断面図、(b)はチェーンの側面図。
【図2】同じくDLCコーティング膜の断面図。
【図3】同じくスパッタ法の原理を示す説明図。
【図4】同じくUBMスパッタ装置の構成図。
【図5】同じくターゲット出力が変化する様子を示す特性図。
【図6】同じくトップ層に含まれる金属の比率と靱性及び硬度の関係を示す特性図。
【符号の説明】
【0050】
1 チェーン
2 DLCコーティング膜
3 ワーク
21 内プレート
21a 内プレート外側面
22 ブッシュ
22b ブッシュ外周面
23 ローラ
31 外プレート
31a 外プレート内側面
32 ピン
40a〜40d スパッタ蒸発源
50 UBMスパッタ装置
61 メッキ層
62 ボンド層
63 中間層
64 トップ層

【特許請求の範囲】
【請求項1】
対の内プレートと、各内プレートの間に固定される2本のブッシュと、各内プレートおよびブッシュを挟むようにして設けられる対の外プレートと、各ブッシュを貫通しその両端部が各外プレートに固定されるピンとを備えるチェーンにおいて、
前記内プレート、前記ブッシュ、前記外プレート、前記ピンの少なくとも一つが持つ摺接部の表面に炭素を主成分としたアモルファス構造体からなるDLCコーティング膜を形成したことを特徴とするチェーン。
【請求項2】
前記内プレートの前記外プレートに摺接する外側面に前記DLCコーティング膜を形成したことを特徴とする請求項1に記載のチェーン。
【請求項3】
前記外プレートの前記内プレートに摺接する内側面に前記DLCコーティング膜を形成したことを特徴とする請求項1または2に記載のチェーン。
【請求項4】
前記各ブッシュに回転自在に嵌合するローラを備え、
このローラに摺接する前記ブッシュの外周面に前記DLCコーティング膜を形成したことを特徴とする請求項1から3のいずれか一つに記載のチェーン。
【請求項5】
前記DLCコーティング膜は、前記内プレート、前記ブッシュ、前記外プレート、前記ピンの少なくとも一つが持つ摺接部の表面上に金属ターゲットのみをスパッタしてボンド層を形成し、このボンド層上に金属ターゲットとグラファイトターゲットを同時にスパッタしかつターゲット出力を次第に変化させることにより中間層を形成し、この中間層上に金属ターゲットとグラファイトターゲットを同時にスパッタしかつターゲット出力を略一定にすることにより金属の比率を3〜18%の範囲にしたトップ層を形成したことを特徴とする請求項1から4のいずれか一つに記載のチェーン。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2006−29462(P2006−29462A)
【公開日】平成18年2月2日(2006.2.2)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−209747(P2004−209747)
【出願日】平成16年7月16日(2004.7.16)
【出願人】(000000929)カヤバ工業株式会社 (2,151)
【Fターム(参考)】