説明

チオ尿素の存在下でリコピンを異性化する方法

【課題】食品中の添加物として、または医薬品中の酸化防止剤として使用される合成リコピン中に存在するZ−異性体の改善された異性化方法の提供。
【解決手段】触媒としてのチオ尿素の存在下、好適な極性溶媒媒体中、100℃未満において、圧力を加えずに、50%未満の全Eリコピン(全トランス)および50%を超えるZ−リコピン類を含有する混合物中のZ−リコピン類を異性化する方法。好ましくは、前記リコピン類の混合物が、任意の合成方法によって得られる、精製されたまたは部分的に精製された固体、あるいは有機溶媒中の溶液または懸濁液である、混合物中のZ−リコピン類を異性化する方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、Z−リコピンを実質的にE−リコピンに異性化する改善された方法であって、異性化が触媒量のチオ尿素の存在下で行われる方法に関する。
【背景技術】
【0002】
リコピンは、トマトおよび多くの他の植物および微生物起源の、幾何異性体の混合物として天然に存在するカロチノイド物質である。これは、式C4056で表され11個の共役二重結合および2つの孤立二重結合を有する非環状分子である(Carotenoids,G.Britton,S.Liaaen−Jensen and H.Pfander,Birkhauser Verlag,Basel,Several volumes,1995 〜 2004)。理論的には、多くの異性体が可能である。それらの一部は当然天然に存在するが、単純な分光法によってそれらを互いに区別することは非常に困難である。たとえば(5−Z)およびすべてのE異性体は、UV−Visスペクトルが同一であり、RP−HPLCによって分離した場合にのみ同定可能である。8種類の(モノ−Z)異性体は、制御された立体選択的合成により得られ、6種類は異性化混合物から得られている。4種類の(ジ−Z)異性体および1つの(テトラ−Z)異性体も報告されている(非特許文献2)。天然源からのリコピンは、食品中の着色成分として使用されている。これはまた、有用な酸化防止剤として推奨されている。リコピンの異性体の相対的生物活性に関する文献での具体的な報告は存在しない。トマトは、人間の栄養においてリコピンの主要供給源であり、供給源、季節などに依存して71〜90%の全E−リコピン(全トランス)と、9〜21%のZ−異性体(シス)、主として5−Z−異性体とを含有することが知られている(非特許文献3)。驚くべきことに、人間においては、良性または悪性の前立腺組織中で、全Eリコピンは、わずか12〜21%を占めており、Z−異性体は79〜88%を占めている(非特許文献4)。これは人体では、多量の全E異性体が、悪性腫瘍に影響を与えうるZ−異性体に変換されることを意味する。β−カロテン類およびレチノイド類の中で、全E異性体は、Z−異性体よりも活性が高いことが明らかとなっている。したがって、人間の消費においては、全Eリコピンを使用し、Z−リコピン類を回避することが好ましいと考えられる。リコピンに関するUSP−NFのモノグラフでは、天然リコピン中の主要異性体の5−Zリコピンを最大23%含有する全Eリコピンの混合物である。合成リコピンでは、異性体に関しては天然源よりも十分制御される。それでも、特定の条件下では(5−Z)−異性体が優位を占めることが知られている。Z−異性体の形成が抑制される全Eリコピンの立体選択的合成は、非常に費用がかかる。大量生産のためのリコピンの合成経路が採用される場合に、Z−異性体の全E異性体への異性化を可能とする方法が魅力的となる。
【0003】
カロチノイド化合物の異性化は周知である。大部分の研究は、光異性化の力学および機構を扱っており、一部では酵素によって誘導される異性化を扱っている(非特許文献5を参照されたい)。非特許文献6には、溶液中でのカロチノイドの(E/Z)−異性化が熱、光、活性表面、ならびに触媒量の酸類またはヨウ素によって促進されることについてのレビューが記載され報告されている。カロチノイド類の合成におけるWittigおよびHornerの縮合ステップによって異性体混合物が得られ、異性化は非極性溶媒中で熱的に行うことができたと考えられる。しかし、この刊行物は、全Eリコピンの異性化による純粋形態のZ−異性体の調製に注目していた。特許文献1には、リコピンの熱異性化方法が開示されている。この方法は、最初に全EおよびZ−異性体の混合物を非極性溶媒のジクロロメタン中に溶解させ、続いてメタノールを加え、ジクロロメタンを共沸蒸留によって除去して、メタノール中の懸濁液を得て、メタノール中の還流によって、または温度を約95℃まで上昇させることによる自発圧力下で、熱異性化を行うことから実質的にな
る。富化された全E異性体の収量または異性化の程度は、自発圧力を使用した場合には改善されなかった。この発明者らは、あらゆる比率の2種類の異性体の混合物中で全E異性体が富化されたと主張しているが、すべての実施例で、出発混合物は53%の全E異性体からなったことが示されている。出発混合物中のZ−異性体含有率は18%と報告されている。この発明者らは、プロセス終了時に、全E異性体の約76〜87%までの富化を実現している。富化された混合物中のZ−異性体の含有率は明らかにされていない。したがってZ−異性体から全E異性体への異性化の程度も明らかではない。熱異性化を行っていない実施例7でも、結晶化サンプル中で75%までの全E異性体の富化が実現されており、溶解および結晶化ステップも、このプロセスにおいて大きく貢献していることが示されている。
【0004】
本発明者らは、特許文献1に記載される熱異性化方法の再現を試みた。本発明者らは、約56%の全Eおよび約43%のZ−異性体(主として5−Z−異性体)を含有するサンプル、さらには約20〜22%の全Eおよび約62〜72%のZ−異性体を含有するサンプルを使用した。製造プロセスによって通常に得られるDivis製品は、この後者の組成を有する。これらの実験から得られた結果を、以下の表1にまとめている。
【0005】
【表1】

【0006】
注:a:43g投入;b:25g投入、収量約22g;c:20g投入、120℃、圧力7bar;c:20g投入、95℃、圧力1.8bar;d;43kg投入(パイロット規模)
これらの結果から、Z−異性体含有率が全E異性体含有率よりも高い場合には、リコピンの熱異性化が起こらないことが分かる。最良の結果は、高温高圧において、ある程度の富化が見られるが、USP−NF規格は満たしていない。食品および医薬品への添加物として使用されるので、合成の最終ステップにおいて塩素化炭化水素溶媒を回避することが望ましいと思われた。
【0007】
本発明者らは、熱異性化実験において他の溶媒の使用も試みた。結果を以下の表2に示
す。
【0008】
【表2】

【0009】
収量および異性化の程度の両方に関して媒体としての水中で最良の結果が得られたことが分かる。しかし、これも依然として要求よりはるかに低い。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【特許文献1】米国特許第7126036号明細書
【特許文献2】英国特許出願公開第2207915号
【非特許文献】
【0011】
【非特許文献1】Manchand, Ruegg, Schwieter, Siddons and Weedon, 鼎arotenoids and Related Compounds Part XI Synthesis of d-Carotene and e-Carotene・ Journal of The Chemical Society, March 1965, pp. 2019-2026
【非特許文献2】Hengartner et al,Helv.Chim,Acta,75,1848,1992
【非特許文献3】Zumbrum et al,Helv.Chim.Acta,68,1540,1985
【非特許文献4】Clinton et al,cancer Epidemiol.Biomarkers Prev.,5,823,1996
【非特許文献5】Dugave and Demange,Chem.Rev.,103,2481,2003
【非特許文献6】Muellerら、Pure & Appl.Chem.69,2039,1997
【非特許文献7】釘acterial Carotenoids. XLVIII. Total Synthesis of Carotenes of the 1,2-Dihydro Series・ Eidem, Buchecker, Kjosen and Liaaen-Jensen, Acta Chem. Scand. B29 (1975) No. 10
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
食品中の添加物として、または医薬品中の酸化防止剤として使用される合成リコピン中に存在するZ−異性体の改善された異性化方法が必要とされている。特に、商業生産にお
いて得られるような少量の全E異性体(50%未満)および多量のZ−異性体を含有する混合物を異性化し、プロセス中のハロ炭化水素溶媒が回避されることが必要であった。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明は、全E異性体含有率が50%未満であり、Z−異性体含有率が全E−異性体よりも高い、合成中に得られるリコピン生成物中に存在するZ−異性体の改善された異性化方法を明らかにする。本発明の方法は、触媒としてのチオ尿素の存在下、極性溶媒中で行われ、圧力およびハロ炭化水素溶媒は使用しない。結果として得られる生成物は、全E異性体含有率が80%を超え、Z−異性体含有率が10%未満となる。
【発明を実施するための形態】
【0014】
リコピンは、文献(たとえば、Helv,Chim.Acta 75,1848,1992;Acta Chemica Scandinavica B 29,1015,1975;J.Chem.Soc.2019,1965)中に記載されるあらゆる方法による合成によって得られる。リコピンは、対称分子であり、通常採用される方法は、2分子のC−15中間体と1分子のC−10中間体との縮合からなる。C−15中間体は、通常、3,7,11−トリメチル−1,4,6,10−テトラエン−ドデカン−3−オールのWittig塩であり、C−10中間体は、通常、3,7−ジメチル−2,4,6−オクタテトラエン−1,8−ジアルデヒド(多くの場合”dial”と呼ばれる)。この反応は、一般に、ジクロロメタンまたはヘキサンなどの非極性溶媒中、ナトリウムメトキシドまたはカリウムt−ブトキシドなどの強塩基の存在下で行われる。生成物は、ワークアップ後に粗固体として単離することができ、好適な再結晶手順によってさらに精製することもできる。本発明者らの実験の場合、本発明者らは粗固体を使用した。粗リコピン生成物、または精製材料は、約40〜約65%の高い比率のZ−異性体を含有し、粗生成物中の全E異性体は約25%までの低さとなりうる。
【0015】
文献の徹底調査によって、カロチノイド類に類似のポリエン類の異性体混合物の全E異性体含有率を優先的に増加させる試みは行われていないことが分かった。本発明者らは、酸類、重亜硫酸ナトリウム、臭化アンモニウム、過硫酸アンモニウム、臭素酸カリウム、尿素、チオ尿素などのある種の「触媒」の存在下でのオレフィン類の異性化は、わずかな参考文献にしか見いだされず、特にマレイン酸(シス)からフマル酸(トランス)への異性化に使用されていた(英国特許第2207915号明細書、およびそれに記載される参考文献を参照されたい)。本発明者らは、報告されているマレイン酸からフマル酸への異性化において使用されている数種類の「触媒」を使用して、上記概略の合成によって得られたリコピン生成物の異性化を試みた。これらのほとんどは効果が得られなかったが、驚くべきことに本発明者らは、チオ尿素を加えることによって、「リコピン」混合物から全Eリコピンの富化が起こる十分な異性化が誘導されることを見出した。
【0016】
本発明者らは、収量および異性化の程度に対するチオ尿素の投入量の影響を調べた。以下の表3に、得られた典型的な結果をまとめている。
【0017】
【表3】

【0018】
最適な異性化および収量を実現するために、チオ尿素投入量がリコピン投入量の約25%とすべきことが分かる。
合成によって得られた粗リコピンを、メタノールまたはイソプロパノールなどの極性溶媒中に懸濁させ、固体チオ尿素を加え、その混合物を大気圧において還流温度まで加熱し、数時間維持する。この異性化プロセスは、プロセス検査において監視する。所望の比率の全EおよびZ−異性体が得られると、反応を停止し、好適なワークアップを行って、リコピンの回収および精製を行う。
【0019】
異性化プロセスは、HPLC分析により監視し、直列に接続したYMC−Carotenoid(250×4.6mm)5μmおよびYMC−Carotenoid(250×4.6mm)3μm二重カラム、流量1.0m/分において472nmにおける検出、移動相として784:665:74の比率の第3級ブチルメチルエーテル:メタノール:テトラヒドロフラン、注入体積:10マイクロリットルのサンプル溶液、運転時間60分を使用する。
(実施例)
以下の実施例は、説明のみを目的としており、本発明を限定するものでは決してない。実施例に記載される試薬および溶媒は、当業者に周知の他の試薬および溶解で置き換えることができる。
実施例1:
リコピン(11.6g、全E−含有率29%)を、2−プロパノール(75ml)が入れられた250mlの3口丸底フラスコに投入した。得られた懸濁液に、2.9gのチオ尿素を加え、加熱して90〜95℃を15時間維持した。55〜60℃において減圧下で溶媒を蒸留した。残留物にメタノール(50ml)を加え、55〜60℃において20分間撹拌し、徐々に20〜25℃まで冷却した。形成された結晶化合物を濾過し、メタノール(20ml)で洗浄し、減圧下で3時間乾燥させて、86.46%の全E−異性体および6.62%のZ−異性体含有率を有する全トランスリコピン(9.86g)を得た。
実施例2、3、および4:
前述の実施例1の再現性を示すためにさらに数回の実験を行った。結果を以下の表にまとめている。
【0020】
【表4】

【0021】
実施例5:
63.13%のZ−異性体を有するリコピン(43Kg、全E−含有率:29.83%)を、2−プロパノール(260L)が入れられた反応器に投入した。得られた懸濁液に、8Kgのチオ尿素を加え、加熱して80±2℃を15時間維持するか、またはプロセス中のHPLCにより<15%のZ−リコピン含有率が示されるまで維持した。溶媒を大気圧において留去し、続いて<10mmHgで蒸留した。得られた塊状物にメタノール(50L)を加え、塊状物を減圧下において<55℃において蒸留して、微量の2−プロパノールを除去した。メタノール(100L)を反応器に加え、塊状物55℃において15分間撹拌した。得られた結晶塊状物を23±2℃まで冷却し、1時間撹拌し、濾過して、固体を回収した。未乾燥材料に水(100L)を加えて撹拌して、微量のチオ尿素を除去し、濾過し、メタノール(200L)を加えて撹拌して、固体材料を濾過し、30±2℃において減圧下で乾燥させて、84%のE−異性体および9%のZ−異性体の含有率を有する29.2Kgの全Eリコピン(トランス)を得た。
【0022】
実施例5の手順を種々のバッチのリコピンで繰り返すと、以下の表5中に示す結果が得られた。
【0023】
【表5】


【特許請求の範囲】
【請求項1】
触媒としてのチオ尿素の存在下、好適な極性溶媒媒体中、100℃未満において、圧力を加えずに、50%未満の全Eリコピン(全トランス)および50%を超えるZ−リコピン類を含有する混合物中のZ−リコピン類を異性化する方法。
【請求項2】
前記リコピン類の混合物が、任意の合成方法によって得られる、精製されたまたは部分的に精製された固体、あるいは有機溶媒中の溶液または懸濁液である、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
使用されるチオ尿素を、固体、あるいは溶媒媒体中の溶液または懸濁液として加えることができる、請求項1に記載の方法。
【請求項4】
使用される前記極性溶媒が、C〜Cアルコール、またはそれらのいずれかを含有する混合物である、請求項1に記載の方法。
【請求項5】
回収されて富化されたリコピンが、80%(HPLC面積%)を超える全E異性体含有率、および20%(HPLC面積%)未満のZ−異性体含有率を有する、請求項1に記載の方法。

【公開番号】特開2012−176941(P2012−176941A)
【公開日】平成24年9月13日(2012.9.13)
【国際特許分類】
【外国語出願】
【出願番号】特願2012−19161(P2012−19161)
【出願日】平成24年1月31日(2012.1.31)
【出願人】(511185634)ディヴィズ ラボラトリーズ リミテッド (2)
【氏名又は名称原語表記】DIVI’S LABORATORIES LIMITED
【Fターム(参考)】