説明

チタン合金部材およびその製造方法

【課題】α−β型チタン合金の部材において、表面のみならず部材内部全体に亘って高強度かつ高耐力を得るとともに表面近傍に大きく深い圧縮残留応力を付与した、耐疲労性に優れた高強度チタン合金部材およびその製造方法を提供する。
【解決手段】チタン合金からなる原材料の準備工程と、窒化処理により原材料の表層に窒素化合物層および/または窒素固溶層を形成して窒素含有原材料を作製する窒化工程と、原材料と窒素含有原材料とを混合して窒素含有混合材料を得る混合工程と、窒素含有混合材料の材料同士を接合するとともに窒素含有原材料に含まれる窒素を内部全体に亘って固溶した状態で均一に分散させて焼結チタン合金部材を得る焼結工程と、焼結チタン合金部材に熱間塑性加工を施して処理部材を得る熱間塑性加工工程および/または焼結チタン合金部材に熱処理を施して処理部材を得る熱処理工程と、処理部材に圧縮残留応力を付与する表面処理工程を備える。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、軽量かつ高強度が必要な部品に用いられ、特に、繰返し応力が掛かる部品に適した耐疲労性に優れるチタン合金部材およびその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
チタン合金は、軽量で高強度を有することから、特に軽量化が重要な航空機や自動車の部品分野をはじめ、様々な分野で使用されている。また、チタン合金は耐食性や生体適合性にも優れるため、生体用インプラントデバイスの分野でも多用されている。いずれの分野でも、材質としてはTi−6Al−4Vを代表とするα−β型チタン合金が、高強度かつ汎用性の高さから主流である。
【0003】
この様な背景のもと、コスト的にも実用性の高いα−β型チタン合金のさらなる高強度化に関する研究が盛んに行われている。たとえば、特許文献1には、Ti−6Al−4Vにガス窒化処理を施した後、表層の脆いTiN化合物層を除去して疲労強度の向上を図る技術が開示されている。また、特許文献2には、純チタンまたはTi−6Al−4Vに第一層となる窒素固溶硬化層と第二層となる酸素固溶硬化層を同時に形成し、部材表面を硬化させる技術が開示されている。そして、特許文献3には、Ti−6Al−4VにTiC化合物を分散した複合材料が開示されている。
【0004】
さらに、繰返し応力の掛かる部材の耐疲労性の向上に対しては、ショットピーニング等により圧縮残留応力を部材表面に付与することが有効であることはよく知られており、大きな圧縮残留応力を付与するためのショットピーニングに関する研究も盛んである。たとえば、特許文献4には、β相を50vol%以上含むα−β型チタン合金またはβ型チタン合金にショットピーニングを施し、表面からの深さ100μm以内において270MPa以上の圧縮残留応力を付与し、耐疲労性の向上を図る技術が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開平5-272526号公報
【特許文献2】特開2000-96208号公報
【特許文献3】特許第4303821号公報
【特許文献4】特開2006-22402号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
特許文献1および2に開示される技術では、部材表面の高強度化に留まり、部材内部までの高強度化は困難である。よって、耐摩耗性向上や表面の疲労き裂発生の抑制には効果があるが、静的強度や疲労き裂の進展を抑制する効果は乏しい。また、特許文献3に開示されている技術では、チタン合金粉末とTiC化合物粉末とを混合して圧粉体を成形し焼結するため、比重の異なる粉末を均一に混合することが困難であり、焼結後の組織が不均一となる。すなわち、強度の弱い部分が存在するため、部材としての強度の信頼性が低くなり、品質が安定しないことから工業製品としての実用化が困難である。
【0007】
また、特許文献2に開示される技術では、窒素と同じα安定化元素である酸素が固溶された第二層の酸素固溶硬化層が存在する。酸素は窒素と同じα安定化元素であるが、硬くて脆いαケース(α安定化元素富化層)を形成する作用が窒素よりも強く、製造上、酸素固溶硬化層を安定して制御形成することは困難である。また、酸素の高強度化に対する効果は、窒素の場合に比較して劣ることも一般的に知られている。
【0008】
特許文献4に開示される技術では、高応力下で使用される部材、特に曲げおよび/またはねじり応力が繰返し掛かる部品に対しては、その表面近傍における圧縮残留応力は十分ではない。そして、β相を50vol%以上含むα−β型チタン合金またはβ型チタン合金はレアメタルが多量に添加されており、β相が50vol%未満の一般的なα−β型チタン合金と比較して高価である。また、β相を50vol%以上含むα−β型チタン合金またはβ型チタン合金は時効(析出)硬化処理により静的強度は向上するが、疲労強度に関しては静的強度とは比例せずに十分ではない。これは、熱処理により生成する高硬さの析出相は静的強度の向上には寄与するが、β相からなる基地との硬さ(或いは弾性歪)の差が大きいため、繰返し応力が掛かる疲労に対しては析出相とβ相との界面が破壊起点となることが多いためである。つまり、表面強化のみでは、内部起点による疲労き裂の発生を抑制することは困難であり、耐疲労性が求められる部材に対して用いることは不適である。
【0009】
以上のように、チタン合金において窒素を利用して高強度化を図る試みは従来から行われているものの、部材内部までの全体に亘って高強度化できる技術は現在のところ提供されていない。また、高強度に観点を於いているものの、繰返し応力が掛かるような部品の実用強度(即ち、疲労強度)の指標となる耐力(或いは降伏強度)について言及した研究は乏しい。さらに、高応力下での疲労を伴う部材に対し、従来技術による表面近傍における圧縮残留応力の大きさは十分ではない。本発明は上記事情を鑑み、汎用性のある安価なα−β型チタン合金の部材全体において、表面のみならず部材内部全体に亘って高強度かつ高耐力を得るとともに表面近傍に大きく深い圧縮残留応力を付与した、耐疲労性に優れた高強度チタン合金部材およびその製造方法を提供することを目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明のチタン合金部材の製造方法は、チタン合金からなる原材料の準備工程と、窒化処理により原材料の表層に窒素化合物層および/または窒素固溶層を形成して窒素含有原材料を作製する窒化工程と、原材料と窒素含有原材料とを混合して窒素含有混合材料を得る混合工程と、窒素含有混合材料の材料同士を接合するとともに窒素含有原材料に含まれる窒素を内部全体に亘って固溶した状態で均一に分散させて焼結チタン合金部材を得る焼結工程と、焼結チタン合金部材に熱間塑性加工を施して処理部材を得る熱間塑性加工工程および/または焼結チタン合金部材に熱処理を施して処理部材を得る熱処理工程と、処理部材に圧縮残留応力を付与する表面処理工程とを備えることを特徴とする。
【0011】
本発明によれば、焼結工程において、窒素含有原材料に含まれる窒素が部材内部全体に亘って固溶した状態で均一に分散した焼結チタン合金部材が形成される。この焼結チタン合金部材に対して熱間塑性加工および/または熱処理を施すことにより、部材全体に亘って高強度かつ高耐力化されたチタン合金部材を得ることができる。なお、TiN化合物のような窒素化合物が形成された場合は、高硬さの窒素化合物相と基地との硬度(あるいは弾性歪)差が大きく、繰り返し応力が掛かる疲労に対してはその界面が破壊起点となり易い。この点、本発明では窒素が固溶されているため、破壊起点となり易い窒素化合物のような高硬さ相と基地との大きな硬度差のある界面は存在せず、耐疲労性を向上させることができる。
【0012】
本発明において、原材料の材質としては、普及度が高いα−β型チタン合金が好ましい。たとえば、 Ti−3Al−2.5V、Ti−3Al−3Mo−1V、Ti−4Al−3Mo−1V、Ti−4Al−4Mo−2Sn、 Ti−5Al−2Cr−1Fe、Ti−5Al−1.5Fe−1.5Cr−1.5Mo、Ti−5Al−2Sn−2Zr−4Mo−4Cr、 Ti−6Al−2Sn−2Zr−2Mo−2Cr、Ti−6Al−2Sn−4Zr−6Mo、Ti−6Al−2Sn−4Zr−2Mo、Ti−5Al−6Sn−2Zr−1Mo、 Ti−6Al−2Cb−1Ta−1Mo、Ti−6Al−4V、Ti−6Al−6V−2Sn、Ti−7Al−4V、Ti−8Al−1Mo−1V、Ti−8Al−4Co、Ti−8Mn、およびTi−25Al−11Sn−5Zr−1Moなどが挙げられる。
【0013】
原材料としては、粉末、薄帯、薄片、細線などを用いることができる。中でも、取り扱い性や安全性の観点から薄帯、薄片、細線が好適である。薄帯、薄片、細線は大きさが揃え易く、窒化工程における窒化量の制御、すなわち、焼結チタン合金部材の窒素含有量の制御が容易なことからも、粉末と比較して好適である。更に、織布や不織布の製法を用いることができる細線は、薄帯や薄片と比較してより好ましい。織布や不織布の製法を用いることにより、原材料と窒素含有原材料をより均一に混合できるため、焼結チタン合金部材全体に亘って窒素をより均一に分散させることが可能となる。そして、細線の製法としては、清浄度に優れるチタン合金細線の製造が可能な溶湯抽出法が最適である。このため、原材料が、溶湯抽出法により製造されたチタン合金細線であることが好ましい。
【0014】
焼結工程は、加圧機構を有し、かつ、真空または不活性ガス雰囲気で焼結が可能な熱間加圧焼結、熱間等方加圧焼結、放電プラズマ加圧焼結などで行うと好適である。窒素含有混合材料を所定温度に加熱しながら加圧することで、気孔がほとんど存在せず、窒素が均一に分散した焼結チタン合金部材を得ることができる。
【0015】
また、焼結チタン合金部材に熱間塑性加工を施すことにより、欠陥として耐疲労性に悪影響を及ぼす気孔を皆無またはそれに近い状態に減らすことができ、かつ、窒素が均一に分散した処理部材を得ることができる。
【0016】
熱間塑性加工の方法としては、鍛造加工、圧延加工、引抜加工、押出加工などを用いることが可能である。鍛造加工は、ニアネットシェイプな部材の作製に好適である。また、圧延加工は、その後のプレス成形により製品形状に加工を行う薄板部材の作製に好適である。そして、変形とともに部材内部により大きなひずみを導入できる引抜加工や押出加工では、より緻密で高強度かつ高耐力な処理部材を作製することが可能である。緻密な処理部材は、繰返し応力が掛かる疲労において破壊起点となりうる気孔が皆無またはそれに近い状態であるため、安定した高い耐疲労性が得られる。
【0017】
焼結チタン合金部材に熱間塑性加工を施すことにより、α−β相からなる微細変形組織が得られる。微細変形組織はひずみの蓄積による加工硬化が得られると共に、き裂の進展に対し直行、或いは、湾曲した結晶粒界が多く存在するため、き裂停留やき裂屈曲によるき裂進展抑制効果が大きい。したがって、耐疲労性をさらに向上することができる。このため、熱間塑性加工工程後に得られるチタン合金部材が、微細変形組織からなることが耐疲労性の向上に好ましい。
【0018】
特に、微細変形組織は、GOS≧3°が30%以上であることが好ましい。GOS(Grain Orientation Spread)とは、各結晶粒内における全ピクセル間の方位差の平均値であり、GOS≧3°とは、GOSが3°以上の結晶粒が占める観察視野全体に対する面積率である。GOS≧3°が30%未満であると、十分に変形した組織が得られていないため、上記効果が乏しくなり、耐疲労性が低くなる。また、繰返し応力が掛かる疲労に対して気孔は破壊起点となり易く、よって、安定した高い耐疲労性を得るためには気孔率が0.65個/mm未満であることが好ましい。ここで、気孔率とは、電子顕微鏡によるチタン合金部材の断面組織観察において、観察倍率を100倍(視野面積1.1mm)として、その倍率で観察できる気孔の数を任意の30箇所で測定したときの、単位面積当たりの気孔数である(気孔率(個/mm)=全気孔数/(視野面積×30))。
【0019】
熱処理工程では、焼結チタン合金部材に溶体化処理と焼鈍処理を順次施す。焼結チタン合金部材に溶体化処理と焼鈍処理を施すことにより、熱的に安定した均質な微細針状組織の処理部材を得ることができる。熱的に安定した均質な微細針状組織とすることで、窒素の含有量を増加させても脆化を抑制しつつさらなる高強度化および高疲労強度化を達成することができる。熱処理工程によって、微細な針状組織とすることにより、微細結晶粒による高強度化と針状組織による高いき裂伝搬抵抗が同時に得られ、疲労強度向上に有効である。
【0020】
本発明における溶体化処理とは、材料をβトランザス近傍の温度に加熱し、その後冷媒により急冷する処理である。α−β型チタン合金における加熱温度は、βトランザス温度に対して±100℃の範囲が好適であり、α’相(六方晶マルテンサイト)を主体とした微細針状組織が得られる。ここで、加熱温度がβトランザス温度に対して100℃を超える場合には、加熱時にβ相が粗大化し、これにより、冷却後における粒界に粗大なα相が析出するため延性が大きく低下する。また、加熱温度がβトランザス温度に対して−100℃未満の場合には、加熱時にα相のβ相への変態が不十分となり、粗大なα相が多量に残留することにより所望の強度を得難くなる。
【0021】
溶体化処理後の焼鈍処理とは、α’相のような硬くて脆い熱的に不安定な過飽和固溶体を適度に回復・分解することで、組織を熱的に安定化するとともに微細な析出相により機械的性質を向上させる処理である。α−β型チタン合金における加熱温度は、450〜750℃が好適であり、残留β相中に微細なα相が析出することとα’相が微細なα相とβ相に分解することが相まって、熱的安定な状態になるとともに靭性が向上する。しかしながら、加熱温度が450℃未満の場合は組織が容易に分解せず、750℃を超える場合は組織が熱的安定な状態にはなるが結晶粒が粗大化する。なお、溶体化処理後の状態では組織が熱的に安定ではないが、溶体化処理前の部材や時効(析出)硬化型βチタン合金部材と比べ組織が微細で窒素固溶強化されており、強度は十分に高い。よって、熱的安定性が特に問題とならない場合は、この焼鈍処理は省略しても良い。
【0022】
熱間塑性加工工程および熱処理工程は、所望のチタン合金部材の機械的性質に応じて、どちらか一方または両方を行う。熱間塑性加工工程を行うと、高耐力かつ高延靭性が得られるため、耐疲労性に優れたチタン合金部材を得ることができる。また、熱処理工程を行うと、熱間塑性加工工程を行ったままの部材と比較して若干延靭性が劣ることから耐疲労性についても多少劣るが、高硬さが得られることから、耐摩耗性や耐摩耗疲労性に優れたチタン合金部材を得ることができる。なお、両方の工程を行う場合は、熱間塑性加工工程を先に行う。
【0023】
さらに、処理部材に圧縮残留応力を付与する表面処理工程を施すことにより、表面近傍に大きく深い圧縮残留応力を有し、耐疲労性に優れるチタン合金部材を得ることができる。ここで、表面処理の方法としてはショットピーニングが好ましい。ショットピーニング以外にも、たとえば、超音波ピーニングやキャビテーションピーニング等、表面近傍に圧縮残留応力を付与できる各種手段を適宜その効果に合わせて選択することが可能である。
【0024】
ここで、表面処理工程により付与する圧縮残留応力において、最大圧縮残留応力値が880MPa以上であることが好ましい。また、表面からクロッシングポイントまでの領域における圧縮残留応力の積分値I-σRが100MPa・mm以上であることが好ましい。クロッシングポイントとは、チタン合金部材において、表面近傍に付与された圧縮残留応力の値がゼロとなる表面からの深さである。このように圧縮残留応力を付与することで、耐疲労性に優れるチタン合金部材を得ることができる。
【0025】
耐力(或いは降伏応力)と表面処理工程により導入される圧縮残留応力の大きさには密接な関係があり、耐力(或いは降伏応力)が高いほど大きく深い圧縮残留応力が得易くなる。本発明においては、上記の圧縮残留応力を得るためには、チタン合金部材の0.2%曲げ耐力を1600MPa以上とすることが好ましい。
【0026】
本発明において、チタン合金部材には、窒素が0.02〜0.13質量%固溶されていることが好ましい。窒素が固溶された状態で均一に分散していると、部材全体に亘って高強度かつ高耐力化でき、耐疲労性を向上することができる。ただし、窒素の含有量が0.02%未満ではその効果を十分得られず、0.13%を超えると、延性が著しく低下して脆化する。
【0027】
本発明のチタン合金部材は、上記の製造方法により得られるものであり、窒素を0.02〜0.13質量%固溶しており、表面に圧縮残留応力が付与されていることを特徴とする。本発明のチタン合金部材は、窒素が0.02%以上固溶された状態で均一に分散しているため、部材全体に亘って高強度かつ高耐力化され、耐疲労性が向上している。
【0028】
本発明のチタン合金部材は、軽量化が必要な航空機や自動車の部品に適用することが可能であり、特に強度が必要とされる部品に好適である。また、チタン合金は耐食性とともに生体親和性にも優れていることから、生体用インプラントデバイスに用いるのが好ましい。特に強度が必要とされる生体用インプラントデバイスに対しては、軽量化の効果も大きくより好適である。
【発明の効果】
【0029】
本発明により、汎用性のある安価なα−β型チタン合金の部材全体において、表面のみならず部材内部全体に亘って高強度かつ高耐力を得るとともに表面近傍に大きく深い圧縮残留応力を付与した、耐疲労性に優れた高強度チタン合金部材を得ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0030】
【図1】実施形態で使用する金属細線製造装置を示し、(A)は装置全体の概略の側断面図、(B)は装置で用いる円板の周縁の断面図である。
【図2】実施形態で使用する解繊装置を示し、(A)は解繊装置の側面図、(B)は解繊装置の一部拡大図である。
【図3】実施形態で使用する押出装置の側断面図である。
【図4】実施例におけるチタン合金部材の組織写真である。
【図5】実施例におけるチタン合金部材の窒素含有量と曲げ強度および0.2%曲げ耐力との関係を示すグラフである。
【図6】実施例におけるチタン合金部材の窒素含有量と硬さの関係を示すグラフである。
【図7】実施例におけるチタン合金部材の表面からの深さと残留応力の関係を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0031】
本発明のチタン合金部材の製造方法について、具体的に説明する。なお、以下で用いる装置は一実施形態であり、他の装置を用いても構わない。
(1)準備工程
図1は、原材料Aを得るための金属細線製造装置100(以下、装置100と表す)の概略を示し、図1(A)は装置100全体の概略の側断面図、図1(B)は装置100で用いる円板141の周縁141aの断面図を表す。ここで、図1(B)は、図1(A)の紙面垂直方向における側断面図である。
【0032】
装置100は、溶湯抽出法を用いた金属細線の製造装置である。装置100では、ロッド状の原料Mの上端部を溶融し、その溶融材料Maを回転する円板141の周縁141aと接触させる。次いで、溶湯材料Maの一部を円板円周の略接線方向に引き出すと共に急冷凝固させることで、原材料Aとなるチタン合金細線を形成する。原材料Aの原料MとしてはTi−6Al−4V等のα−β型チタン合金を用い、たとえば線径が10〜200μmの原材料Aを作製する。ここで、原材料Aの線径は特に限定されず、チタン合金部材に含有させたい窒素含有量に応じて適宜選択する。たとえば、より多くの窒素を含有させたい場合には、原材料Aの線径を細くし、窒化によって形成される窒素化合物層および/または窒素固溶層の線径に対する割合を多くすればよい。
【0033】
図1に示すように、装置100は、密閉可能なチャンバ101を備え、チャンバ101内には、原料供給部110、原料保持部120、加熱部130、円板回転部140、温度計測部150、高周波発生部160、および金属細線回収部170が設けられている。
【0034】
チャンバ101内の雰囲気は、酸素などの不純物元素と溶融材料Maとの反応を防止するため、真空または不活性ガス雰囲気とする。不活性雰囲気ガスとしては、たとえばAr(アルゴン)ガスを用いることが可能である。原料供給部110は、たとえばチャンバ101の底部に設けられ、原料Mを所定速度で矢印b方向に向けて移動させて原料保持部120へ供給する。原料保持部120は、溶融材料Maの径方向への移動を防止する機能および原料Mを円板回転部140の適正な位置へ案内するガイド機能を有する。
【0035】
原料保持部120は、水冷される金属製の筒状部材であり、原料供給部110と金属細線形成部140との間における円板141の下方に設けられる。加熱部130は、原料Mの上端部を溶融させて溶融材料Maを形成するための磁束を発生させる高周波誘導コイルである。原料保持部120の材質としては、水冷による冷却効果を効率よく得るために熱伝導率が高く、かつ、加熱部130で発生した磁束の影響を受けにくい非磁性の材質が望ましい。原料保持部120の実用的な材質としては、たとえば銅または銅合金が好適である。
【0036】
円板回転部140は、回転軸142回りに回転する円板141を用いて溶融材料Maから原材料Aを形成する。円板141は、たとえば熱伝導率の高い銅あるいは銅合金からなる。円板141の外周部には、図1(B)に示すように、V字状をなす周縁141aが形成されている。
【0037】
温度計測部150は、溶融材料Maの温度を計測する。高周波発生部160は、加熱部130に高周波電流を供給する。高周波発生部160の出力は、温度計測部150で計測された溶融材料Maの温度に基づいて調整され、溶融材料Maの温度が一定に保たれる。金属細線回収部170は、金属細線形成部140により形成された原材料Aを収容する。
【0038】
上記構成の装置100において、まず、原料供給部110は原料Mを矢印b方向に連続的に移動させて原料保持部120に供給する。加熱部130は、原料Mの上端部を誘導加熱により溶融して溶融材料Maを形成する。次いで、溶融材料Maは、矢印a方向に回転している円板141の周縁141aに向けて連続的に送出され、溶融材料Maは円板141の周縁141aに接触して、一部が円板141の円周の略接線方向へ引き出されると共に急冷凝固されることで原材料Aが形成される。こうして形成された原材料Aは、円板141の円周の略接線方向に飛行し、その先に位置する金属細線回収部170に収容される。
【0039】
(2)窒化工程
窒化工程においては、準備工程で作製した原材料Aの集合体を真空炉内に搬入し、真空炉内を真空排気した後Nガスを導入して加熱する。このとき、NガスとともにArガスなどの不活性ガスを導入してNガス濃度と炉内圧力を調整しても良い。炉内圧力、炉内温度、および処理時間は、チタン合金部材に含有させたい窒素量に応じて適宜選択する。
【0040】
ただし、炉内温度が低すぎる場合は、窒素化合物層および/または窒素固溶層の形成に膨大な時間を要する。また、炉内温度が高すぎる場合は、反応速度が速いために処理時間のコントロールが難しく、それ故に厚い窒素化合物層が形成され易い。窒素化合物層が厚いと、その後の焼結工程において窒素の拡散に膨大な時間が必要となる。よって、炉内温度は600〜1000℃の範囲が製造上は好適である。この窒化工程により、原材料Aの表層に極薄いTiN化合物層および/または窒素固溶層が形成された窒素含有原材料Bが作製される。
【0041】
(3)混合工程
原材料Aと窒素含有原材料Bを、チタン合金部材に含有させたい窒素量に合わせた比率で混合する。混合する手段としては、たとえば、図2に示す解繊装置200が用いられる。原料コンベア210には、原材料Aと窒素含有原材料Bそれぞれの集合体が適量供給され、出口側へ搬送される。原料コンベア210の出口にはフィードローラ211が配置され、フィードローラ211の外側には解繊機構212が配置されている。
【0042】
図2(B)に示すように、フィードローラ211の外周には多数の搬送刃が設けられ、原材料Aおよび窒素含有原材料Bを噛み込んで送出する機構となっている。また、解繊機構212の外周には多数の解繊刃が設けられ、フィードローラ211により供給される原材料Aおよび窒素含有原材料Bからその一部を掻き取り、コンベア213のベルト214上に落下させる。その際、原材料Aおよび窒素含有原材料Bは分断されると共に混合され、ベルト214に対して略垂直方向の断面内で配向性のないランダム集合体としてベルト214上に堆積し、窒素含有混合材料A+Bが形成される。なお、図2に示す解繊装置200以外の混合方式としては、カード式やエアレイ式をはじめとする不織布成形機、ミキサーやミルといった混合機など、様々な手段を適宜用いることが可能である。
【0043】
(4)焼結工程
加圧機構を有し、かつ、真空または不活性ガス雰囲気とすることができる装置で窒素含有混合材料A+Bを焼結する。たとえば装置が真空HP(ホットプレス)の場合は、真空容器の内部に加熱室が配置され、加熱室の内部にモールドが配置されている。そして、真空容器の上側に設けたシリンダから突出したプレスラムは加熱室内で上下方向に移動可能な機構を有し、プレスラムに取り付けた上パンチがモールドに挿入される構造とされている。本構成による真空HPのモールドに窒素含有混合材料A+Bを充填し、真空容器内を真空または不活性ガス雰囲気にして所定の焼結温度まで昇温させる。次いで、モールドに挿入された上パンチにより、窒素含有混合材料A+Bを加圧し焼結する。
【0044】
焼結は、雰囲気からの酸素などの不純物元素がチタン合金部材内へ侵入することを防ぐために、真空あるいは不活性雰囲気下で行うことが望ましい。また、焼結温度は900℃以上、焼結時間は30分以上、プレス圧力は10MPa以上であることが望ましい。この条件下において窒素含有混合材料A+Bを焼結することで、気孔の少ない焼結チタン合金部材Cを得ることができる。焼結の際、窒素含有原材料Bに含まれていた窒素は、焼結チタン合金部材Cの内部全体に亘って固溶した状態で均一に分散される。すなわち、完成した焼結チタン合金部材Cには窒素化合物が存在しないか、存在しても極めてわずかであり、組織はα−β相からなる板状組織である。
【0045】
(5−1)熱間塑性加工工程
焼結チタン合金部材Cに熱間塑性加工を施す。熱間塑性加工においては、たとえば図3に示す押出装置300が用いられる。外型305には、筒状を成すコンテナ310が収容されており、そのコンテナ310の一端面側には下型320が同軸上に配置されている。また、コンテナ310と下型320との間にはダイス330が配置され、コンテナ310には摺動自在なパンチ340が挿入されるようになっている。また、コンテナ310の外周には、ヒータ360が配置されている。
【0046】
焼結チタン合金部材Cは予め外炉で加熱しておく。そして、焼結チタン合金部材Cがコンテナ310に装入されると、パンチ340が下降し、焼結チタン合金部材Cが圧縮される。圧縮された焼結チタン合金部材Cは、ダイス330によって縮径されながら下型320内の空間に押し出されて押出材が形成される。ここで、外炉での焼結チタン合金部材Cの加熱温度は800〜1200℃、押出比は2〜7、パンチ340の推進速度は1〜30mm/sとする。この条件下において焼結チタン合金部材を押出加工することで、焼結時に残存した気孔が無くなるかまたは極めてわずかとなり、α−β相からなる微細な変形組織を有した高強度かつ高耐力な処理部材を得ることができる。
【0047】
なお、押出加工における加熱温度や押出比といった条件は、チタン合金の材料組成や含まれる窒素量の影響も含めた複雑な関係にあり、理論、経験、実験によって好適な条件が導かれる。また、本実施形態では、加熱温度と押出比を設定することにより微細な変形組織を得ているが、押出加工以外の加工方法を用いる場合は、加工方法に応じて、微細変形組織が得られるように適切な加熱温度と加工度の設定を行う。
【0048】
(5−2)熱処理工程
熱処理工程における溶体化処理と焼鈍処理は一般的な加熱炉で大気中にて行うことができる。溶体化処理においては加熱後に水や油などの冷媒で急冷することが好ましく、焼鈍処理における加熱後の冷却は特に条件の限定は無く、通常は放冷または強制風冷を用いる。焼結チタン合金部材(または熱間塑性加工工程後の焼結チタン合金部材)Cをβトランザス温度に対して±100℃の範囲で加熱することにより、α’相(六方晶マルテンサイト)を主体とした微細針状組織の処理部材が得られる。焼鈍処理は、加熱温度を450〜750℃として行う。これにより、残留β相中に微細なα相が析出することとα’相が微細なα相とβ相に分解することが相まって、熱的安定な状態になるとともに靭性が向上する。
【0049】
(6)表面処理工程
さらに、熱間塑性加工工程および/または熱処理工程後の処理部材にショットピーニング処理等の表面強化処理を施すことにより、本発明のチタン合金部材を得ることができる。ショットピーニング処理は、一般的な方法を用いればよい。多段ショットピーニングを行う場合は、たとえばエア式ショットピーニング機により、1段目のショットピーニング処理では、粒径0.2〜1.2mm、硬さ200〜900HVのショットを用い、エア圧0.1〜0.9MPaでカバレージ100%以上とし、2段目のショットピーニング処理では、平均粒径0.02〜0.15mmのSiO粉をショットとして用い、エア圧0.1〜0.6MPaでカバレージ100%以上とする。
【実施例】
【0050】
具体的な実施例により、本発明をさらに詳細に説明する。
1.試料の作製
(1)原材料の作製(準備工程)
図1に示す装置100を用い、Ti−6Al−4V(ASTM B348 Gr.5相当)を原料として平均線径60μmの原材料を作製した。
【0051】
(2)窒素含有原材料の作製(窒化工程)
原材料の一部に対し、窒化処理を行った。まず、原材料を真空炉に搬入し、真空排気した後に真空炉にNガスを供給し、炉内圧力を80kPaとした。次いで、炉内温度を800℃まで昇温し、その状態で1.5時間保持し、窒化処理を行った。
【0052】
(3)窒素含有混合材料の作製(混合工程)
原材料と窒素含有原材料とを図2に示す解繊装置200に供給し、両者を混合して窒素含有混合材料を得た。このときの、窒素含有原材料の混合重量割合(Wf)を表1に示す。
【0053】
(4)焼結チタン合金部材の作製(焼結工程)
窒素含有混合材料をカーボン製のモールドに充填し、真空HP装置を用いて厚さ28mmの焼結チタン合金部材を作製した。焼結は、真空容器内の真空度を1×10−2Pa以下に排気した後、Arガスを導入して80kPaの雰囲気とし、昇温速度10℃/min、焼結温度1100℃、焼結時間1.5時間、プレス圧力40MPaとして、冷却方法は炉冷で行った。その際、カーボン製のモールドと、窒素含有混合材料およびその焼結体である焼結チタン合金部材は、上記高温下においては反応しやすい。そこで、カーボン製のモールドには、内張としてAl(アルミナ、純度99.5%以上)製の離型板を予め配置した。
【0054】
(5−1)処理部材の作製(熱間塑性加工工程)
機械加工により直径25×90mmに加工した焼結チタン合金部材を外炉によって加熱してから、図3に示す押出装置300により熱間塑性加工を施し、処理部材(試料1〜8)を作製した。外炉での加熱温度を1100℃、コンテナ温度を300℃、パンチ推進速度を10mm/sとし、押出比を4とした。ここで、焼結チタン合金部材には加熱前に予め酸化防止兼潤滑剤(日本アチソン DeltaGlaze349)を塗布しておいた。焼結チタン合金部材の外炉取り出しからパンチ推進開始までの時間は約30sとし、押し出したチタン合金部材を下型直下において水冷した。
【0055】
(5−2)処理部材の作製(熱処理工程)
熱間塑性加工を施したものとは別の焼結チタン合金部材に対して溶体化処理と焼鈍処理を順次施し、処理部材(試料9)を作製した。溶体化処理では、焼結チタン合金部材を1040℃で2時間保持した後に氷水冷した。また、焼鈍処理では、550℃で2時間保持した後に空冷した。以下、特に断らない限り、本条件を熱処理と記載する。
【0056】
(6)チタン合金部材の作製(表面処理工程)
処理部材(試料1〜9)に対し多段ショットピーニング処理を施し、チタン合金部材を作製した。エア式ショットピーニング機による1段目のショットピーニング処理では、0.80RCW(600HV、東洋製鋼製)のショットを用い、エア圧0.4MPa(試料1〜8)または0.5MPa(試料9)、投射距離50mm、カバレージ200%とした。そして、同じくエア式ショットピーニング機による2段目のショットピーニング処理では、平均粒径0.05mmのSiO粉をショットとして用い、エア圧0.5MPa、投射距離50mm、カバレージ200%とした。
【0057】
(7)比較材の作製
比較のため、Ti−6Al−4V(ASTM B348 Gr.5相当)の展伸材丸棒に上記と同じ条件で熱間塑性加工および表面処理を施して比較材1を用意した。また、この展伸材に上記と同じ条件で熱処理を施した比較材2も用意した。
【0058】
【表1】

【0059】
2.評価項目と評価方法
以下に、評価項目と評価方法を述べる。また、評価結果は表2に示す。
(1)組織
各試料を適当な大きさに切り出し、軸方向と直交する断面の組織が観察できるように樹脂に埋め込んだ後、機械研磨で鏡面に仕上げた。その後、クロール液(2wt%フッ酸+4wt%硝酸)で腐食し、光学顕微鏡(NIKON ME600)を用いて組織を観察した。図4に代表的な試料の顕微鏡写真を示す。表2において、記号「A」はα−β相からなる微細変形組織を示し、記号「B」はα−β相からなる微細針状組織を示す。
【0060】
(2)TiN化合物相の有無(TiN相)
X線回折装置(Rigaku X−ray Diffractometer RINT2000)を用いて、管球Cuターゲットで結晶構造を解析し、TiN化合物相ピークの有無を確認した。
【0061】
(3)窒素含有量(窒素量)
不活性ガス融解−熱伝導度法・ソリッドステート型赤外線吸収法(LECO TC600)を用いて窒素含有量を分析した。
【0062】
(4)結晶粒内方位差平均3°以上の結晶粒面積率(GOS≧3°
FE−SEM/EBSD(Electron Back Scatter Diffraction)法(JEOL JSM−7000F、TSLソリューションズ OIM−Analysis Ver.4.6)を用いて、観察倍率1000倍でGOS(Grain Orientation Spread:各結晶粒内における全ピクセル間の方位差の平均値)マップを作成し、GOSが3°以上の結晶粒が占める観察視野全体に対する面積率(GOS≧3°)を算出した。
【0063】
(5)硬さ(HV)
ビッカース硬さ試験機(FUTURE−TECH FM−600)を用いて、軸方向と直交する断面における表面近傍と中心の硬さを測定した。試験荷重は10gfとし、表面近傍硬さについては、外周表面から1mm深さの位置において、中心硬さについては断面の中心およびその近傍において、それぞれ10点測定してその平均値を算出した。
【0064】
(6)表面粗さ(Ra、Rz)
非接触三次元形状測定装置(MITAKA NH−3)を用いて、JIS B0601に従って算術平均粗さ(Ra)と最大高さ(Rz)を測定した。この時、測定倍率は100倍、測定距離は4mm、測定ピッチは0.002mmとし、カットオフ値0.8mmでRaとRzを算出した。
【0065】
(7)最大圧縮残留応力値(-σRmax)、クロッシングポイント(CP)、圧縮残留応力積分値(I-σR
X線回折法(Bruker AXS D8 Discover)を用いて、2D法により測定し、試料の軸方向の残留応力を求めた。この時、管球はCu、コリメータ径は0.8mm、測定回折線はTi(213)とし、全面化学研磨と測定を繰り返すことにより、試料の表面から内部への深さ方向における残留応力分布を測定した。ここで、得られた深さ方向に対する残留応力分布における最大の圧縮残留応力値(-σRmax)を求め、また、残留応力がゼロとなる深さをクロッシングポイント(CP)として算出した。さらに、表面からCPまでの領域における残留応力の積分値I-σRを求めた。
【0066】
(8)曲げ強度(σ)・0.2%曲げ耐力(σb0.2
300kN万能試験機(INSTRON 5586型)を用いて3点曲げ試験を実施した。このとき、試験片の寸法は幅6mm、長さ17mm、厚さ1mmであり、支点間距離は15mmである。そして、試験速度6mm/minにおいて、各試料について3本試験を行い、曲げ強度(最大曲げ応力)および0.2%曲げ耐力について、平均値を算出した。
【0067】
【表2】

【0068】
3.結果
(1)組織
図4に一例として各試料の組織写真を示す。試料1〜8は押出加工上がりであり、図4の写真1(試料4)に示す通り、その組織はα−β相からなる微細変形組織である。また、比較材1も押出加工上がりであり、図4の写真2(比較材1)に示す通り、その組織もα−β相からなる微細変形組織である。この微細変形組織はひずみの蓄積による加工硬化を伴っており、き裂の進展に対し直交、あるいは、湾曲した結晶粒界が多く存在することから、き裂停留やき裂屈曲によるき裂進展抑制効果が大きい。一方、一般的なα−β型チタン合金の展伸材は、加工性が低いため、通常は熱間加工により最終製品まで加工されているため等軸組織となっている。このため、市場に流通している等軸組織からなる一般的なα−β型チタン合金の展伸材と比較して、微細変形組織は耐疲労性に優れていると考えられる。
【0069】
なお、熱間塑性加工を行った試料1〜8では、微細変形組織中に気孔は観察されなかった。焼結後に僅かに残存していた気孔が、押出加工により消滅し、皆無またはそれに近い状態になったことが分かる。破壊起点と成りうる気孔が存在しないか、存在してもその大きさが10μm以下となるような小さいサイズであると、耐疲労性の向上に極めて有効であり、気孔が消滅するように熱間塑性加工を行うことが重要である。このため、具体的には、微細変形組織中の気孔率は0.65個/mm未満であると好ましい。
【0070】
また、熱間塑性加工を行わず、熱処理のみを施した試料9および比較材2は、図4の写真3(試料9)や写真4(比較材2)に示す通り、その組織は微細針状組織である。試料9は、熱間塑性加工のみを施した窒素の含有量が同じ試料4と比較して硬さが上昇している。同様に、比較材2も、比較材1と比べて硬さが上昇している。したがって、熱処理によって部材の組織を微細針状組織とすることにより、硬さの向上が可能である。
【0071】
(2)TiN化合物相
X線回折の結果、全試料についてTiN化合物相をはじめとする窒素化合物のピークは認められなかった。このことは、含有された窒素は窒素化合物を形成せず、基地に固溶されていることを示している。基地との硬度(あるいは弾性歪)差が大きい窒素化合物の存在は、その窒素化合物相と基地との界面が破壊起点と成り易いことから疲労強度の低下を招くため不適である。したがって、本発明のチタン合金部材は、破壊起点と成り易い窒素化合物相と基地との大きな硬度差のある界面が存在しないため、繰返し応力が掛かる疲労に対して好適である。
【0072】
(3)窒素含有量
窒素量と曲げ強度および0.2%曲げ耐力との関係を図5に示す。窒素を0.022%含有する試料1では、曲げ強度が比較材1と比べ若干低い。しかしながら、0.2%曲げ耐力については比較材1と比べ高く、疲労環境下における部品としてはより高応力下で使用できることから好適である。そして、窒素含有量の増加に伴い曲げ強度および0.2%曲げ耐力は共に増加し、窒素を0.089%含有する試料5までその傾向は続く。しかしながら、窒素を0.105%含有する試料6では、0.2%曲げ耐力は更に増加するものの、延性の低下から曲げ強度は低下し、比較材1と同等となる。窒素含有量が0.105%以上で見られるこの傾向は、窒素の増加とともに顕著となり、窒素を0.138%含有する試料8では、0.2%曲げ耐力到達前に破断に至る。ここで、窒素含有量が0.02%未満では、比較材1に対する高強度かつ高耐力化の効果が十分ではない。したがって、本発明のチタン合金部材においては、窒素を固溶した状態で0.02〜0.13%含有していることが好ましい。
【0073】
(4)結晶粒内方位差平均3°以上の結晶粒面積率
押出加工を行った試料1〜8が示す通り、ひずみの蓄積量を示す指標であるGOS≧3°は、微細針状組織である試料9および比較材2と比べはるかに大きい値であった。微細変形組織は、ひずみの蓄積による加工硬化を伴っており、また、き裂の進展に対し直交、あるいは、湾曲した結晶粒界が多く存在することから、き裂停留やき裂屈曲によるき裂進展抑制効果が大きく、耐疲労性を向上することができる。
【0074】
(5)硬さ
表2に示す通り、試料1〜9の全試料について、表面と中心の硬さは同等である。そして、試料1〜8は、同様な押出加工を施した比較材1と比較して、同等以上の硬さが得られている。また、試料9は、同様な熱処理を施した比較材2と比較して、硬さが向上している。また、図6に示す通り、窒素含有量と硬さは密接な関係が認められ、窒素含有量の増加に伴い硬さは向上する。これらのことから、本発明によって、チタン合金部材の内部まで、全体に亘って高強度化することができるとともに、所望の強度を得ることが可能である。
【0075】
(6)表面粗さ
表2に示す通り、試料1〜7の全試料について、その表面粗さは、Raは2.3μm以下、Rzは13μm以下であり、いずれも比較材1と比べて小さい。また、試料9についても、比較材2と比べ表面粗さが小さく抑えられている。これは、硬さが高いため、ショットピーニングにより形成される表面粗さが比較材1や2よりも小さく抑えられたと考えられる。したがって、本発明のチタン合金部材は、破壊起点と成り易い表面の凹凸が小さいため、繰返し応力に対する耐疲労性に優れている。
【0076】
(7)0.2%曲げ耐力
表2から分かるように、試料1〜7、9では、0.2%曲げ耐力が1600MPa以上と高い値であった。そして、高耐力が得られた試料1〜7については、最大圧縮残留応力値が880MPa以上であり、圧縮残留応力積分値は100MPa・mm以上得られており、いずれの値も比較材1と比べて大きい。試料1〜7において、クロッシングポイントは0.20mm以上であり、表面から十分深くまで圧縮残留応力を得られている。また、試料9についても、比較材2よりも大きい圧縮残留応力を得られ、表面から十分深くまで圧縮残留応力を付与できている。図7に一例として試料4、9、および比較材1、2の圧縮残留応力分布を示す。図7より、試料4、9については、それぞれ比較材1、2と比べ大きく深い圧縮残留応力が得られており、耐疲労性に優れている。この大きく深い圧縮残留応力は耐力の大きさに比例して得られるものであり、したがって、0.2%曲げ耐力が1600MPa以上の高い耐力(降伏応力)を有することによって、大きく深い圧縮残留応力を得られることを可能としている。
【0077】
(8)熱処理について
熱間塑性加工を行わず、熱処理のみを行った試料9については、高濃度の窒素を固溶しているため、曲げ強度や0.2%曲げ耐力は良好であった。また、熱処理によって、熱処理工程前までに蓄積されたひずみを解消することが出来る。このため、表面処理工程において効率的に圧縮残留応力を付与でき、かつ、耐力が高いため、高い圧縮残留応力が得られている。したがって、熱間塑性加工を行わずに、熱処理のみを行っても、耐疲労性に優れたチタン合金部材を得られることが分かる。
【0078】
なお、試料4の曲げたわみ量は平均3.4mmであったのに対し、試料9は平均1.9mmであった。すなわち、窒素量が同程度であり、熱間塑性加工を行った試料4と比べ、試料9のほうが高硬さであるが延靭性は若干劣る。つまり、熱間塑性加工を行ったままの部材のほうが、硬さが若干低いが高延靭性であるため、耐疲労性が求められる場合に好適である。一方、熱処理を行った部材は、延靭性が若干劣るものの高硬さであり、耐摩耗性や耐摩耗疲労性が必要な場合に好適である。また、熱間塑性加工および熱処理の両方を行ってチタン合金部材を作製してもよい。この場合、部材の組織が、気孔が皆無またはそれに近い状態の微細針状組織となり、耐疲労性、耐摩耗性および耐摩耗疲労性により一層優れたチタン合金部材を得ることができる。
【0079】
本発明のチタン合金部材は部材内部全体に亘って窒素を固溶した状態で0.02〜0.13%含有しており、高い内部強度と表面での大きく深い圧縮残留応力を有することから、軽量化が求められ、且つ、繰返しの応力が掛かる疲労部品に対し好適に用いることができる。特に、本発明のチタン合金部材は、表面に大きく深い圧縮残留応力が付与されているため、曲げ応力または/およびねじり応力が繰返し掛かる部材、即ち表面に最大応力が繰返し掛かる部材に対してより好適である。
【0080】
なお、焼結や押出加工における条件は、本実施例の範囲に限定されず、高強度かつ高耐力化を主眼として適切な範囲で設定すればよい。すなわち、焼結における緻密性や窒素の拡散性、また、塑性加工におけるひずみの導入量については、材料組成、温度、加工率等の複雑な関係に影響され、理論、経験、実験により条件を適切に設定することで導かれるものである。
【0081】
また、ショットピーニング処理における条件も同様に、本実施例に限定されるものではなく、作用する応力やその分布、または、表面粗さの影響等を考慮した上で、大きく深い圧縮残留応力を付与することを主眼として適切な装置、ショット、投射速度等の諸条件が設定されるものである。
【産業上の利用可能性】
【0082】
本発明のチタン合金材料は、航空機や自動車等の軽さとともに強度が求められる材料や、生体用インプラントデバイスの材料として適用可能である。
【符号の説明】
【0083】
100…金属細線製造装置、101…チャンバ、110…原料供給部、120…原料保持部、130…加熱部、140…円板回転部、141…円板、141a…周縁、142…回転軸、150…温度計測部、160…高周波発生部、170…金属細線回収部、200…解繊装置、210…原料コンベア、211…フィードローラ、212…解繊機構、213…コンベア、214…ベルト、300…押出装置、305…外型、310…コンテナ、320…下型、330…ダイス、340…パンチ、360…ヒータ、A…原材料、B…窒素含有原材料、A+B…窒素含有混合材料、C…焼結チタン合金部材、M…原料、Ma…溶融材料。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
チタン合金からなる原材料の準備工程と、窒化処理により前記原材料の表層に窒素化合物層および/または窒素固溶層を形成して窒素含有原材料を作製する窒化工程と、前記原材料と前記窒素含有原材料とを混合して窒素含有混合材料を得る混合工程と、前記窒素含有混合材料の材料同士を接合するとともに前記窒素含有原材料に含まれる窒素を内部全体に亘って固溶した状態で均一に分散させて焼結チタン合金部材を得る焼結工程と、前記焼結チタン合金部材に熱間塑性加工を施して処理部材を得る熱間塑性加工工程および/または前記焼結チタン合金部材に熱処理を施して処理部材を得る熱処理工程と、前記処理部材に圧縮残留応力を付与する表面処理工程とを備えることを特徴とするチタン合金部材の製造方法。
【請求項2】
前記チタン合金部材の最大圧縮残留応力値が880MPa以上であることを特徴とする請求項1に記載のチタン合金部材の製造方法。
【請求項3】
前記チタン合金部材において、圧縮残留応力の値がゼロとなる表面からの深さをクロッシングポイントとし、表面からクロッシングポイントまでの領域における圧縮残留応力の積分値をI-σRと表したとき、I-σRが100MPa・mm以上であることを特徴とする請求項1または2に記載のチタン合金部材の製造方法。
【請求項4】
前記チタン合金部材の0.2%曲げ耐力が1600MPa以上であることを特徴とする請求項1〜3のいずれかに記載のチタン合金部材の製造方法。
【請求項5】
前記チタン合金部材には、窒素が0.02〜0.13質量%固溶されていることを特徴とする請求項1〜4のいずれかに記載のチタン合金部材の製造方法。
【請求項6】
前記原材料の材質がα−β型チタン合金であることを特徴とする請求項1〜5のいずれかに記載のチタン合金部材の製造方法。
【請求項7】
前記原材料が、溶湯抽出法により製造されたチタン合金細線であることを特徴とする請求項1〜6のいずれかに記載のチタン合金部材の製造方法。
【請求項8】
前記表面処理工程が、ショットピーニング処理であることを特徴とする請求項1〜7のいずれかに記載のチタン合金部材の製造方法。
【請求項9】
前記焼結工程を熱間加圧焼結、熱間等方加圧焼結、放電プラズマ加圧焼結のいずれかで行うことを特徴とする請求項1〜8のいずれかに記載のチタン合金部材の製造方法。
【請求項10】
窒素を0.02〜0.13質量%固溶しており、表面に圧縮残留応力が付与されていることを特徴とするチタン合金部材。
【請求項11】
最大圧縮残留応力が880MPa以上であることを特徴とする請求項10に記載のチタン合金部材。
【請求項12】
圧縮残留応力の値がゼロとなる表面からの深さをクロッシングポイントとし、表面からクロッシングポイントまでの領域における圧縮残留応力の積分値をI-σRと表したとき、I-σRが100MPa・mm以上であることを特徴とする請求項10または11に記載のチタン合金部材。
【請求項13】
0.2%曲げ耐力が1600MPa以上であることを特徴とする請求項10〜12のいずれかに記載のチタン合金部材。
【請求項14】
α−β型チタン合金から製造されたことを特徴とする請求項10〜13のいずれかに記載のチタン合金部材。
【請求項15】
請求項1〜9のいずれかに記載の製造方法で製造されたことを特徴とする請求項10〜14のいずれかに記載のチタン合金部材。
【請求項16】
請求項10〜15のいずれかに記載のチタン合金部材を用いたことを特徴とする生体用インプラントデバイス。


【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2012−251234(P2012−251234A)
【公開日】平成24年12月20日(2012.12.20)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−127233(P2011−127233)
【出願日】平成23年6月7日(2011.6.7)
【出願人】(000004640)日本発條株式会社 (1,048)
【Fターム(参考)】